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3月5日

ドリームランドから。

『マーリン』《スズランの妖精》


意図的暴力表現アリ。




『やぁ、離れを作ってくれたんだね、ありがとう』

「おう、どうですか」


『好き。良いなぁ、日本にはこんな所があるんだ』

「向こうにはあるけど、コッチはどうだか」


『心配は杞憂だと思うけど、見ないと信じないタイプだよねぇ』

「まぁ、中までしっかり確認したいタイプ」


『トールもだし、困った性格。それにしても国連にロキが食い込んでるかもなんて、正直怖いよね』

「それこそ杞憂だと良いんですけどね」


『行動が読めないからこそ、可能性は0じゃ無いし』

「何でもやりかねんとは、破天荒過ぎる」


『申し訳ないけど、亡くなってて欲しいよ』

「その可能性こそ0っぽいって聞きましたが」


『万が一があるなら、子孫かもってのはあるよね、気配が存在し続ける可能性の1つ』


「まして似た子孫なら余計に有りそうってか、ややこしや」


『全部が杞憂だと良いね』

「全くです」


 暫く川のせせらぎを聞き、遠くで流れ落ちる滝を眺めていると。

 眩しい光と、轟音に包まれた。






 ブリザードの音で目が覚めた、暴風が窓を揺らす。

 妖精の話では2~3時間前からの事らしい、何と今は昼の12時。

 予報でも言われて無かったのに。


 とりあえず測定、変化無し。

 トイレへと下へ降りるが、人の気配も車も無い。


 今日は正式に引きこもれる、公式の缶詰か。

 とりあえず昨日の残りを食べ、ソファーでボーっとする。


 今回は周りが動いて、自分は動かない立場。


 物事はまだ動いて無い筈なのにソワソワする、不安も交じりお尻がムズムズする不安感。

 焦燥感とは少し違う、余計な事をしたのではという不安。


《大丈夫ですか?》

「おう、名前を考えてた」


《ふふ、本当だと嬉しいんですけどね》

「マジマジ、良い名前にしないとじゃん」


《ムスタでもヴィヒレアでも良いんですよ》

「黒と緑って、面白くないじゃない。候補はあるよ、決めきれないだけ」


《期待してますからね、待ってますから》


「おう、待ってろ。それとさ、容量が下がってるんだが、何でだと思う?」

《使ってるじゃ無いですか、偽装に、移動や姿を隠すのにも》


「そんなんで、こんな下がるか」

《周囲の魔素が少ないので内部の魔素を使ってるんですよ。それに体の維持にも使ってますから、消費が激しいんです》


「じゃあ男なら低燃費になるのは」

《変身時のみに使用してますから、補助や補強が必要無いんです》


「あら、あらら、そうなのか、そうか」

《元に戻さないのであれば、男の方が良いかと。容量が抑えられているので、偽装も軽くて済みますから》


「あー、作るか、男の戸籍」

《ラウラはどうするんですか?》


「イギリスに、マーリンの所に帰ったとかにすんべや」

《運送屋はどうするんです?》


「あー、仕事用だけにするとか?もうダメだ、戸籍欲しい」

《もー、人間に相談してからにして下さいよね、じゃないと眠らせちゃいますよ》


「強行手段をスッと出す」

《強いってマティアスから聞いてますから、出来る事をするだけです》


「強いなら、強いなりに動かないとなのにね、優雅に過ごさせて貰ってます」

《暴れ回るだけが強い事じゃないと思うんですけど》


「ぐぬぬ」

《ふふふ》




 妖精と戯れていると、車のライトに気付いた。


 数が多い、軍の車両の他に昨日も見た車と、見慣れぬ車が混ざっている。

 何事か、事件事故でも起こったんだろうか。


 違う、ハンナが降りて来た。


 最低限の装備を整え家を出ると、後ろから聞き覚えのある声と気配。


『ラウラ・エリクセンだな。徽章の無断使用、及び御使いを騙る詐欺未遂の嫌疑が掛かっている。それに、他の嫌疑もだ。話を聞かせて貰うぞ』


 後方から最大限の殺気を発している声の主は、トールだった。


 何か動けば殺される、圧倒的な神の殺意。


 白衣を着た人間に、ゆっくりと制御具が付けられる。


 動けない、息も出来ない。


『まだ嫌疑の段階ですし、何もそこまでしなくとも。若い故の事かも知れませんし、どうか、お怒りをお納め下さいトール神』


『そうだな、だが能力が分らない以上、油断は罷りならんぞ尋問官、下がれ』


『はい、失礼しました』

『だが、お前の言う事にも一理ある。先ずは連行だ、基地へ向かう。私が乗る車両に同乗させる、逃亡の可能性を潰す為、この車両を挟み向かう様にするんだ』


 真っ白な軍服に数え切れない程の勲章を付けたトール、威厳も何も桁違い。


 多分コレ、ロキの嫌疑だ。


 だよな、そう思っても仕方無い。


 終った、全部終わった。


 運転席にはカール爺さんが居た。

 横にはトール、左隣には尋問官の随行者の兄さん。




 長い、基地まで長く感じる。


 ブリザードだしな、そうか。


 何も考えられない、真っ白だ。


 吹雪だ、ブリザードだ。




 手首の違和感からつい手元を見てしまう、ご丁寧に制御具が2個も付けられて手錠の様、痛覚を切っておけば良かった。


 それでも両手を切り落とすのは少し躊躇う、治すスピードが重要になる、最悪は死ぬ。


『あの、逃げ出すのだけは止めて下さい。お願いします、ハンナも悲しむ事になりますから』


 死ぬのか、そうか。


 ロキの嫌疑が自分に掛かっているなら、そりゃ殺すよな。


 最後の食事がフライの盛り合わせで良かった、美味しかったな。


 自分ならこのまま拷問するだろうし、それならさっさと死にたいな、死ねば周りも楽になるだろうし。


 死にたいな、逃げ出せば死ねるんだよな。


 でも面倒、何もかも、逃げるのすら面倒。


 もうやだな、帰りたい。


 帰りたい。




 ゆっくりと止まる車、基地へと着いてしまった。


 レーヴィもマティアスも見当たらない、拘束されてしまってるんだろうか。


 長い廊下を歩き、取調室の様な部屋へ入る。


 椅子とテーブルだけ、窓も何も無い密室空間。


 目の前にはトールだけ、魔道具を取り出し展開させ始めた。


 どれだけ酷い拷問をする気だろうか。


『息をしろ、もう良いぞ。ほら、秘匿の魔道具だ』


「息はしてます」

『もう大丈夫だ、まぁ何にも無いがリラックスしてくれ』


「どういう事でしょうか、ビックリしてゲロ吐きそう」

『待て待て、作戦実行中なんだ倒れてくれるな。俺が裏切ると思うのか?』


「は、いや、裏切るとは思いません、信念の為なら仕方無いかと」

『お前がロキなワケがあるか、こんなに近くに居るなら流石の俺でも、ロウヒでも分る。コレは炙り出しの過程だ』


「なんで嫌疑役がワシ」

『適役が居なかったんでな、即行動に移すならお前が1番だろう』


「言えし」

『言えば緊迫感が無いだろうが、演技出来るのか?』


「できないと、おもう」

『ホレ見ろ、周りもだ。誰にも言って無いからこその緊張感、そして炙り出しなんだ』


「ハンナにも」

『あぁ、何も言って無い。何処から漏れるか分らんからな』


「なんつーことを」

『なら、お前ならどうする。俺の立場でだ』


「する、かも」

『だろう。それなのにだ、俺が裏切ると思うとは、心外だな』


「いや、だからマジでそうじゃなくて、行き違いか誤解か、ロキの嫌疑を掛けられてもおかしくないと思っただけで。殺気も凄かったし、脳が凍った」

『あの程度で凍るな、怯えるな、慣れろ。この程度では戦闘で死ぬぞ』


「はい、すんません、精進します」

『そうだぞ、殺気で気圧されたら負けに近づく、怯えは死だ。どうなろうとも冷静に、負けん気で常に居ろ』


「向こうのロキみたいな事を、いきなり戦闘になる事に慣れろって仕掛けてくるし、それより酷い」

『向こうのも、そうか。子供と共に居られるだけで、そこまで変わるか』


「元が、本質が違うのかもです。妖精女王なんかも違いますし」

『あのおっとりか』


「オベロンも居て、結構しっかり者のお母さんて感じ。マーリンはもっとキツイ」

『マーリンも昔はキツかったんだぞ、トゲトゲしくて陰鬱でな、好かんかった』


「あー、似てるけどニュアンスが違う感じだと思う。どう足掻いても、あんな柔和になりそうも無いもの」

『向こうのは、どれだけ酷い目にあってるんだ』


「フラれた女に暴露本出されて、世界的ヒット。知り合いのエルフすら読んでるレベル」

『は、何だその、男が考える最悪の悪夢は』


「な、でも復讐しないって、もう子孫は質素に暮らしてるからって」

『そこは逆だな、社会的に抹殺するだろうさ、ジワジワと』


「そう見えない」

『するヤツだからスッキリしてられるんだ、するからこそ柔和で居られる。変に制限なんて設けてみろ、バレ無い様に暴れ回るだけだ』


「でもマーリンは、国連に関わるから外に居られるって言ってたが」

『アイツの独特な言い回しだ、基本は無関心なんだよ、何にも頓着が無い自分を知っているから、自分で枷を作ってるだけだ。面白くなければ関わらない、ロキもだ、そういう奴なんだよ』


「向こうのは見てられないって、引き籠ってたのに、助けてくれた」

『アイツは面白いかどうかだ、そんなに優しい面があるかも疑問だな』


「妖精女王と居るのも?」

『妖精だろうな、悪戯の天才だから見ていて飽きないんだとさ。下界では見えない奴に悪戯させて、内心でほくそ笑んでるんだろうよ』


「仲悪いのか」

『別に、少し相性が悪いだけだ』


「大人だなぁ」

『だろう』


「やっと緊張が解けた、死ぬと思った」

『真っ青だったからな、マティアスが見たら卒倒しかねん程に』


「あ、2人は」

『徽章の管理について問い詰められてるだろうが、まぁ、この代で紛失したんでは無いのだし、適当にやってるだろうさ。何せ、問い詰める証拠も何も無いのに、俺のあの迫力で尋問しとけと言っといたからな』


「逆にビビって凄い尋問されてたら怒るよ」

『無い無い、年下の弱そうなアイツらの部下にさせてるんだ、変な考えが無いなら、向こうもこんな感じで適当に時間を潰してるだろうさ』


「ダメだ、出る事になったら演技出来る自信が無いんだが」

『トイレか?』


「おう、顔を殴ってはくれんか」


『チビるなよ』


 急に右頬をビンタされ、盛大に吹き飛んだ。


 辛うじて左腕で受け身らしきのは取れたが、肘も手首も痛めた。


「人権とか無いんですかね」

『勝手に転けただけだろう』


 元の役にお互いが戻ると、ようやくドアが開けられた。


 外には真っ青な眼鏡随行官と、ハンナ。


《ぁあ、血が》

『あぁ、立ち上がる時に勝手に転けたんだ、飯も碌に食えてない様でな。詐欺師にありがちな体系には、良くある事だろう』


《偏見です、コレは、人権侵害ですよ》


『偏見か、幼い頃からしっかり身に栄養が蓄えられてる分際で。飢餓が、飢えがどんなに辛いか分るというのか』


《それでも、体験せずとも、私は、知ってます、詐欺師がどう言うものかを》


『やけに庇うな。そうか、この治療師を利用しようと』

《そんな事!》


『噂では、お前の弟が。そうか、流石治療師だな、姉弟揃って落としたか、手が早いガキだ』

『トール神、万が一にも無罪で有るなら』

《そうです、謝って下さい、彼女とは何も有りません》


『なら姉弟でこのガキを利用する気か、どう連絡を』

《してません!伝書紙だって!最近は、家族と、まともにやり取り出来て無いのに》


『検閲に掛かる様な事を書くからだろう』

《そんな事は書いてないんです!ただ元気だってだけで、何処に行くかも、誰と何をしてたかだって、何も》


『どうだかな、言うのはタダだ。そう庇う気なら、今ある伝書紙も出された物も改める、勿論、お前の実家も改めさせて貰うぞ』

《構いません、是非、お願いします》


『ほう、良い子だ。お前も、抗えばどうなるか良く考えて、覚悟しておくんだな』


 トイレに行きたい、顔を洗いたい。


 疲れた、ケンカは嫌いだ。


《あ、大丈夫?ごめんなさい、おトイレ?》

「うん、行きたいって言ったらこうなった」

『あの、誰か付き添いを』


 内勤の兵士が、付き添いとしてトイレの外まで着いて来た。

 中まで来ないのは人権なのか遠慮なのか、とにかく助かった。


 良く手を洗い、うがいしてから顔を洗う。


 痛いし血は出るし、酷い顔が更に酷い顔に、まるでおたふく。


 トイレから出て兵士と目が合うが、何か言おうとして止めていた。


 迷惑掛けてごめん、すまん。


 腫れ物オブ腫れ物扱い、誰もが目を逸らすし、誰も声を掛けられない。


 お互いの為の適切な距離。

 逆に今、誰かに来られても困る。


 頭が、本当にボーっとしてしまう。

 覚悟して暴力を受けても、ショックは受けるんだろうか。


 それとも、想定する最悪な状況に安心してるんだろうか。


『大丈夫ですか?』

「大丈夫、コレ外せたら治せるから」


《一時的にでも許可を求めてみるわね》

「しないで、もっと酷い事になっても困る」


『来ましたよ、離れて下さい』


『密談か、いよいよだな』

《いえ、治療が必要か聞いていただけです》


『まぁ、全て調べれば分る事だ。この治療師は据え置き、休憩後に先ずはお前の実家に行く。同行して貰うぞ』


『あの、私も』

『お前もだ。それに、向こうは早々に尋問が終わったそうだ、正直者は得だぞ』

《私は》


『あぁ、お前もそうだと良いんだがな、治療師。そしてお前らにも言っておくが、くれぐれも制御具の鍵は開けさせるな、万が一にも逃げ出されたら基地全員の命は無いと思え。軍人以外の命もだ』


 上手い、一瞬で基地全員を人質にした。


 余程の悪人でも無い限り、逃げ出そうとも手助けしようとも思わない。


 普通なら、密通者や内通者以外なら何もするべきじゃ無い。


 怖い、本気なら本当に殺される殺気だ。


『了解しました、では取調室へ移動させます』

『あぁ、若いの。顔は覚えたからな、余計な事はするなよ』


 倒れた椅子がそのままにされた取調室に入る、あぁ言われても椅子を直して座らせてくれた。


 後は囚人と看守の役回りに、周りが染まらない事を祈るだけ。




『治療師様も祈るんですね、マーリン派なのに』

「まぁ。余計な事を話すと怒られますよ」


『大丈夫です、コレも尋問のテクニックですから』

「手の内を言ったら意味無さそうですが」


『心を開く優しい警官役が居ないと、緩急が付きませんから』

「メリハリですね」


『はい…ねぇ、まだ気付かない?』

「チッ」


『あーぁ、つい我慢出来ないんだよねぇ』

「変身まで解かんでも」


『嘘でも怖かったでしょ?見た方が信じられるかなって』

「まぁ。じゃあ、その兵士はどうしてるの」


『寝てる、独り暮らしでバレる心配も無いし、念の為に妖精に隠して貰ってる』

「巻き込む量が、どんどん増える」


『本人には夢で働いて貰うから大丈夫。それより、痛みを消してあげようか?』

「演技出来なさそうだから、このままで良い」


『完璧主義』

「ビビりなだけ」


『まぁ、良いけど』

「おう、面白いか?」


『え、うん、面白い』

「ムカつくと思ったけど、良いか」


『もしかしてトールが何か言った?』

「黙秘します」


『言ったんだ。どうせ何にでも無関心でいけ好かないとかでしょ』

「黙秘」


『彼だってロキが1番の関心事なのにさ、良く言うよね』

「たしかに」


『彼は好き嫌いがロキ以外薄くて、私は好き嫌いが濃いから、周りに無関心に見えるだけ。相性が悪いんだろうね』

「向こうも言ってた」


『だよねぇ、良くつるめてると思うよ』

「大人ですもんね」


『ね、君も』

「それこそ君達にしてみたら胎児だろう」


『私だけかも知れないけれど、人間みたいに記憶が薄れる事がそこまで無いからか、年が離れていても遠く離れた感じはしないんだ。赤子がむずがる理由にも共感できるし、老人が死を怖がる気持ちも分る。昨日の出来事の様に、その時の自分を思い出せる』


「それは、辛く無いんだろうか」


『記憶と感情が完全には繋がって無いのかも知れない、怒りで我を忘れる事も、悲しみで死にたくなる事も無い。面白いって感情は太く繋がってる気はするけどね、行動原理の軸な感じ』


「神っぽい」

『でしょ。まぁ、感情を引き摺らない様に対処してるってのも、有るかもだけどね』


「倍返しか」

『何でも、最低でも倍以上にして返さないとスッキリしないじゃない?君もこうなった仕返しをしないとね』


「誰に」

『ロキか、他の神か、伝書紙を悪用した誰か。人間だとしても、行動に見合う対価は支払わせないと』


「どんなんが良いかしら、理由によるな」

『最大の、納得行かない理由から考えてみないとね。ただムカつくってだけでも良いんだし』


「一生、一族郎党顔パンパンの刑」

『ふふふ、地味で絶妙』


「えー、じゃあ一生口の中鉄の味の刑」

『ドラキュラなら喜んじゃうね』


「居るの?」

『居るのか分んないな、向こうには?』


「分んない、居るのかしら」

『やっぱり蝙蝠になれるのかな』


「あー、霧だかに成れるって聞くけど、ココだとダイアモンドダストになるよなぁ」

『確かに、あ、でも太陽光はダメじゃ無い?』


「あ、そうか」


 不意にドアがノックされた瞬間、瞬きの間にマーリンが変身し扉へ向かう。


 覗き窓で何かを確認すると、鍵を開けドアを開いた。


《ラウラ》

「来るな、密談されてると思われたら困る」


《でも、怪我したって》

「後で治す、だから来るな、困る」


『看護師長、これ以上は。もっと酷い事になってはと、先程も治療を拒否されてましたので』

「うん、大した事無い、ほっといても死なん、死にそうになったらちゃんと言う」


《分かった、待ってて、早く誤解を解いて貰うから》

「何もするな、余計に怪しまれる。今はただ待って、耐えて欲しい」


《…うん、分かった》

『看護師長、お疲れでしょうから、向こうで少し座って下さい』


 そうして部屋に独り。




 改めて考えると。

 1周して、逆に騙されてる可能性すら出て来た。


 結局は捕まる可能性、このまま詐欺師として病院送りか。

 あるのか分らないけれど更生施設送りだろうか、未成年だから少年院か。


『いやに真面目な顔だ』

「まっ!ロウヒ、何で」


『ワシの魔道具なんでな、どうにでも出来るわい』


 机の下にはロウヒ、部屋と部屋を繋いだんか。


「代わる代わる、心配してくれてる?」


『当たり前だろう、しかも予想通りに殴られるまでの芝居をしおって。バカめ』

「自分、不器用なんで」


『戯け、どうせマイナス思考の泥沼にでもズブズブのめり込んでおった癖に』

「なんでわかる」


『魔女に先見の明が有って当然だろうに、占いの元祖だぞ』

「自分のは、見え無いのか」


『己は見えん、見えるは不幸のみだ』

「でもだからって、そう丸々見えてるって何かねぇ」


『何でもは見えんよ、勘も経験も重ねてだ』

「まして分かり易いと」


『信じてもいる、妖精女王が反対したんだ。お前の心が潰れるならば賛成は出来ないと、だがな、この程度で潰れないと信じた』

「潰れ掛けましたよ、死ぬんだと思ったわ」


『でもだ、潰れておらん』

「意外にも図太い」


『強さだと誇れ、強かでしなやかだと誇れ。嘘も全て、周りの為の誇れる行為だ』


「開き直りっぽい、ムズイ」


『若いからなぁ、上手くはいかんよな』

「そうそう、意外にも頑固だし」


『意外では無い、どう見ても頑固だろう』

「どこがよ」


『先ず服装だ、馴染む為に流行に乗らず。どの性別にも阿らない服装、如何に楽かを貫く所。髪型も、化粧もだろう。それにだな』

「ぐ、同意します」


『ほれ、外見だけでコレだ。中身の話しもするか?』

「もう少し、ミステリアスにする方法は」


『個性だな、お前は能動的であれ個性を消す方に動いている。その逆に個性で塗りつぶそうとすれば良いだけだ』

「え、面倒」


『だぁー、これだから最近の若いのは』

「おまえもな」


『ワシは若いもん』

「そうなんだよな。マーリンと話してたんだけど、記憶と感情がそこまで繋がって無いの?」


『そう言っていたのか。そうさな、そうかも知れん、全部が全部では無いな。家族、愛、喜びは強いと思う』

「良い内容ばっかだ」


『全部が連なって、そうか、ロキはそうなのか』

「なら辛いと思うんだが」


『ロキで無くとも、全てが連なっていては、長く生きるには余りに辛いだろう』

「身近でリアルな感情って、発狂しちゃう」


『それでもだ、良い大人なら癇癪は抑えねばいかん』

「そも、暴れたのって本当にロキなの?」


『トールからの又聞きなんでな、気配と外見を一瞬とは言え確認したそうだ』

「ダメかぁ、仮にも向こうでの恩人だから、直接どうにかしたく無い」


『それこそトールに、俺の仕事だ!とか本当に殴って邪魔されるぞ』

「さもありなん」


『マーリンも、トールが音を上げたらやれば良いとでも言うさ』

「良く分ってらっしゃる」


『神なんてモノは分かり易いものだ、ぼやけていては形が保てん』

「自覚はあるんだ」


『あぁ、他のモノとは語り合わないがな、薄々分っている役割と言うモノがある。どう守るか、何をすべきか』

「良いなぁ」


『それでも迷うのだが、その迷いを消すのも人だ』

「人に左右されるんか」


『今だって見てみろ、お前に動かされている、お前が動かさなくともだ』

「ネジか歯車か」


『添加剤、起爆剤、導火線、何でも良い。爆薬だけでは爆発せんよ』


「良いのかなぁ」

『まだ言うか、良いも悪いもこの世界の人間が決める事、お前がどんなに良くしようと動いても、この世界の人間が動かねば、良いと思わねば意味が無い。何がどうなろうとも、この世界で生きるモノが選ぶ事だ』


「何があっても責は無いと、なぐさめてる?」

『そのつもりだが、分らんかバカには』


「分らないなぁ、バカだしぃ」

『本当にバカで困る、頑固で意固地で、困るものだ』


「頭良くなる泉の水とか飲みたい」

『トールがアレで飲んでいたとして、どうする』


「黙秘」

『あ、ズルいぞ』


「悪くは無いでしょう、今の所、この作戦は破綻して無いんだし」

『だがな、お前に負荷が掛かっている。図々しいんだよ、耐えられるだろうとほざいてな』


「耐えられなかったってフリしたら、どうなるかしらん」


『どうだか、気にも止めないならワシが殴る』

「やめれ、戦士ぞ」


『そう、戦士なんだ、周りを見ずに戦う。これはトールのサポートでもあるんだ』

「ほう」


『勿論、お前のサポートも怠ってはな、ミア達に怒られてしまうからでもある』

「良い、こういうのは、凄く嬉しいなぁ」


『急に何を、ニヤニヤして』

「リアルで初めて遭遇したから、この展開」


『変な所で喜ぶな、何だ、頭でも打ったか』

「それは大丈夫、でも腕を持ってかれた」


『それでも治さんのか、本当にバカだ』

「それな、バカに付ける薬はあるかね」


『自分で作れ』

「は、大釜の魔女の事をトールに聞くか」


『それでもだ、1年は掛かるんだぞ』

「混ぜといてよ」


『妖精にも手伝って貰わんとな』

「絵本の通り失敗しそう」


『かも知れん。お、何か動きがありそうだな。では、またの』

「うん、ありがとう」




 後ろでドアが開く、入って来たのは軍靴の音。

 マティアスじゃ無いなら、顔を上げるか。


『兵長から氷の差し入れですが、どうしますか?』

「怪しまれないなら、受け取ります」


『では、お水もどうぞ』


 氷嚢が2つに水のペットボトルが1つ、マーリンがチクったのか偶々か。


 肘へ1つ、テーブルに1つ置き、突っ伏した。


 それからは氷が解ける音だけ、プチプチと気泡が出ていく音。


 解けてズレて、ぶつかり合って拡散する音。


 今もブリザードなのか、収まったのか。


 何時なのかも分らない。


 何も無い。


 運送屋の勉強用に手配写真を要求すれば良かった。


 もう、居ないかなトール。


 聞いてみるか。


「すみません」

『はい、どうしましたか?』


「運送屋の勉強で、手配書を暗記したいんですが、貸して貰えませんか」


『分りました、少し待ってて下さい』


 しっかり仕事してるマーリン、楽しいのかしら。




 暫く待って居ると、国内のみの手配書が50枚程届けられた。


 名前は読めないので、イニシャルと特徴を暗記する。


 E・K・P

 頬全体に赤みを帯びていて心臓病の気がありそう、眉は鋭角でアーモンドアイ。

 禿、鼻下は長め、唇は薄め、口角が下がってる。


 A・R・C

 釣り眉、鼻先が大き目、上唇が薄く口角は下がり気味。

 珍しいグレーの目、左がハッキリとした二重。

 輪郭は四角~長方形、眼鏡。


 A・N

 上唇が薄く、口角が下がっている。

 先太の鼻、穴がやや外向き。

 白衣を着ているのは、医療関係者かそれを偽っての事か。

 眼鏡で禿、面長~楕円の輪郭。


 ほぼ人の顔を見ない生活を続けてたので、どう普通に顔を覚えたら良いのか思い出せもしない、そもそもこの方法で合ってるのか謎だが。

 続けるしか無い。


 U・O

 唇が薄く口角は下がっている。

 左の小鼻の横にイボあり。

 エラが張り気味。


 A・T

 面長~楕円の輪郭。

 上唇は薄く、下は厚い。

 鼻骨の膨らみ有り、額も広い。


 P・K・B・L

 額は広く鼻が高い。

 顎は迫り出し、僅かに三角形の輪郭。

 両方共に二重で個性が少ない、何も知らなければイケメンで終わるが。

 髭や長髪、顔の小ささからナルシスやコンプレックスと言った言葉が浮かぶ。


 P・L・M

 顎は尖り、輪郭は三角形~楕円。

 上唇は薄く、口角は下がっている。

 額は広く、耳が少し立っている。

 日本と書かれた単語が目に付いたが、かなり前の様だ。


 中には少ないが女性も居る、数が多くなれば多くなる程に特徴は散漫して。

 誰も彼もが犯罪者に見える、見慣れない人種だからなのか、何処にでも居そうに思えてしまう。


 ソラちゃん無しはキツイ。

 もう、額に惡の字でも浮かび上がれば良いのに、出来たらイニシャルと共に。


 何の犯罪が関連しているのかが欠落しているし、もう今は予習としよう。


 顔を見慣れる方にシフト、顔を見たらイニシャルを唱える。


 繰り返し繰り返し唱える。

 ARC、AT、ランダムに混ぜては唱える。

 EKP、PLM、脳内で勝手に流れる曲に合わせ、時には合いの手であったり。

 流れるイニシャルを刻む、その合間に気付いた特徴を復唱し、再び曲へ戻る。


 幾ばくかの時間が過ぎたのか、尻が痛い。


 ストレッチしつつ部屋をウロウロしていると、扉が開いた。




「オヤツですか」

『はい、それと氷嚢の交換に』


「ありがとうございます」

『いえ、では』


 割れない食器に珈琲とニンジンマフィン、追加のお水。


 外は真っ暗では無かったが、時間経過が分からない。


 例え時間通りの配膳にしても、まだ15時頃だとでも言うのか。


 それは無い、少なくとも17時過ぎだ。


 何故なら、お腹が減ったから。


 時間感覚を狂わす手法は知ってるし、食べたら寝ちゃおうかな。


 長く感じるのが何さね、寝られない拷問よりマシだ、寝られないのは困る。

 なら寝とこう、手配書飽きたし。


 ニンジンマフィンと珈琲を流し込み、床へ横になる。


 目を閉じると、白い明かりが瞼を透過し光を感じさせる。


 そこにゆっくりと、透明な鍵を思い浮かべる。






《待っておったぞ》

「待たれちゃってたか」


《長期戦と聞いておるでな、いつか来るだろうと》

「目的地はマインドパレスの筈だったんだが」


《だって、何にも無いんじゃもの》


 そこは温泉郷、離れの一画。

 シバッカルは紫の浴衣に白い帯、紫陽花柄だ。


「何も無いって、自分で作んなさいよ」

《だって、何も知らんのだもの》


「なんで」

《人が来ぬから》


「良い事ではあるが、だ」

《知識を増やせぬのよ、我の知識は限られておる。外部から吸収する以外に、手は無いのだ》


「知識は分けたいが、魔力を凄い持ってくじゃんよ」

《てへ》


「あ、ココ出禁にしようか」

《嫌じゃぁ》


「うーん、どんな知識があるのよ」

《エジプトを少しじゃろ、それと火星》


「エジプト少しを、詳しく」

《んーと》


 世間一般的に知られていそうな常識的知識ばかりで、役に立たなそう。

 そして火星に至ってはオカルト色が強い、作家の知識なのだろうか。


「はぁ」

《うぅ、酷い。役に立たなそうだなんて》


「しゃあないじゃろが。で、今度は何の知識が欲しいのさ」

《スパじゃろ!》


 もう、宮殿をスーパー銭湯も真っ青の設備にしてやる。

 ワインの樽風呂、ジャグジー、サウナはトルコにフィンランド、水風呂は温度が選べる様に3種類。


 垢擦りに全身シャンプーは勿論の事。

 マッサージだけでもオイル、ストーン、タイ式にインドに日本式もだ。


 ヘッドスパにヘアエステ、フェイシャルも、こうなったらネイルも髪もだ。

 一画が余った、着付け教室も付けてやろう、着物は奥が深い沼なんだから。


「どやぁ」

《ファッションが質素な割に知っておるのね》


「お、やんのかコラ」

《褒めてるんじゃぁ》


「クソが、浴衣でも着物寄りのお洒落は出来るんじゃぞ、オラ」

《おぉ、良いではないかぁ》


「花火なんかがあると良いよね」

《おぉ!じゃが、ココまでやって大丈夫なのか?》


「さぁ?不味そうかね?」

《どれどれ……帰ってくれんか?》


「散々利用して、酷い」

《アレじゃよ?補給が無いとヤバそうじゃよ?》


「またまた、そんな少なく無い筈なんじゃけど」

《ストレスで容量は減るし、消費は増えるんじゃよ?》


「は」

《お主のってかなり過敏なんじゃろね、最初と比べて容量も半分以下じゃし》


「偽装は別にしてだよね?元に戻りますかね」

《うむ。ストレスが無くなれば、じゃが》


「このままじゃ0になりかねんな」

《流石にそれは、無いと、思うんじゃが》


「偽装無しでも普通の容量になれる可能性があるんなら、もう少しストレス受けるかな」

《慣れぬ取り回しは体に良くないぞ?》


「何とかなるべ」

《我は、ロウヒやマーリンに怒られとう無い》


「じゃあ、程々にストレス受けとく」

《是が非でも、我が怒られぬ程度で頼むぞ、前の技は厳しく制限されておるんでな。魔力がそうでは容易に痛覚は切れぬし、これ以上は怪我せんでおくれ》


「努力はするでよ、ほれ」

《わぁ、カキ氷じゃぁ》






 胃痛と共に目が覚めた、空腹からの胃痛。

 そして、トイレに行きたい。


「あの、トイレに行きたいです」

『はい、少し待ってて下さいね』


 ドアを出て先ずは外を見るが、真っ暗。


 廊下にもトイレにも時計が無いので時間は不明、兵士にも腕時計は無し、徹底している。


「それと、食事も要求したいです。量があると助かります」

『はい、直ぐに持って行きますね』


 トイレを済ませ暫く待っていると、割れない食器に山盛りのミートボールパスタ。


 ご丁寧に粉チーズまである、しかも飲み物はベリージュース。

 デザートはプリン、子供待遇で初めて喜んでいるかもしれない。


 今回はフォークが付いているからか、食事中は室内で見守られる形となった。


 空腹なら辛、いや、マーリンだし良いか。


 口の中の傷に気を付けながら、ゆっくり食べる。

 トマトが染みる。


 リタの料理みたいで美味しいのに、ツラい。

 咀嚼は諦めて、飲み込む形式に変える。


 プリンは味わう、生クリーム美味しい。


 見事にお腹の皮がパンパンになった。

 お膳が下げられたので、暫くの間は手配書を眺める。


 きっと髪の色は変えられるのだから、宛にならないだろう。

 だが瞳の色はどうなのだろうか、カラコンなんかあるんだろうか、あったとしても価格帯が問題なワケだが。


 後は病歴、この頬の赤味は心臓が悪い証しと向こうで聞いたが、このおじさんは大丈夫だろうか。

 実際に取り締まる人が、アレルギーとか分かってると良いんだが。


 整形ってどうなんだろか、話しても無いから分らんし。


 やっぱり基礎とか常識が薄いから、捕まえられる自信が無いな。


 トイレにでも行くか。


「トイレお願いします」

『はい』


 部屋に戻り水と氷嚢を受け取り、氷嚢に突っ伏した。


『トール』『眼鏡随行官』《ハンナ》《マティアス》『ロウヒ』《シバッカル》

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