2月29日
起き上がると妖精がポトリと落ちた、昨夜の黒い子が布団の上で起き上がる。
今はピントが合って、顔もハッキリと認識出来る。
見覚えのある顔にそっくり。
「おそよう」
《おそようございます》
「顔に個体差はありますか」
《はい、もしかして誰かに似てますか?》
「うん、似てる」
《産まれる際に変化する事があるんです、近くの人間が粗末に扱わない者に似る、と言われています》
「何て事を、すまん」
《いえ、寧ろ妖精の特性なので。初めてなら戸惑いますよね》
「すまん、知らなくて。大事にするから、コレからは似ないで欲しいんだが」
《そう願えば、そうなるかと》
「そうだと助かる、ちょっとトイレ」
戸惑うレベルじゃない、困る。
マジで。
身支度を済ませ時計を見ると時間は10時近く、点滴は補充されいてほぼ満タンだが。
マティアスの気配は無い。
外は雲間と晴れ間が交互に動いている、そのままテラスへ出て最後の納豆丼を飲み干し、エリクサーを流し込む。
《あの、もし不快でしたら、妖精女王に言えば変えられるかも知れませんが》
「不快じゃ無いんだ、戸惑ってるだけ。大丈夫、気にしないで」
もしかしたら、だから歴代の御使いは妖精を多く生み出さなかったのかも知れない。
自分の弱さを見せ付けられる様な、何とも言えないこんな思いをしたら、迂闊には生み出せなくなるだろう。
御使いなんかは特に、過去を思い出さざるおえないんだから。
指先で妖精を撫でると、赤子に手を握り返される様に指を抱き締められた。
こんな小さい羽根をもぎ取るなんて、まさに赤子の手を捻れる鬼畜行為、外道、どうかしてる。
《小さいんですね、僕が大きくなったみたいで楽しいです》
「良く言われる、指が短い」
《掌が大きいんですよきっと、ふふ》
クッションでも抱えるかの様に掌に抱きついている、どんな感じなんだろうか。
人間椅子か。
暫く妖精と戯れていると、車の停車音が聞こえて来た。
レーヴィとマティアスだ、何か持ってるが。
「おそよう」
《おそよう、何か食べた?》
『おそようございます』
「食べた、それは追加の薪?」
『炭です、バーベキュー用に。オーロラが頻発してるので、焚き火の代わりにどうかと』
「天才、頼もうと思ってたんだ、助かる」
《ソーセージとかも買って来た》
「マティアスでも安心か」
『はい、焼くのは上手なので』
《うん、焼くのは上手》
《お菓子は美味しかったですよ、本当に》
「もう餌付けされちゃったか」
《オートミールクッキーを頂きました、美味しいクッキーでした》
『僕はクッキーまだなんですけど』
《出すよ、待ってて》
魔禍が消えてしまった方が忙しくなるんだろうか、それとも平和になって転職するんだろうか。
秒で妖精と馴染んだレーヴィが問題だ、戦死されたら困る。
勿論、魔獣関連で死なれても困る。
それにしてもどれだけサボるのか、大丈夫かこの2人。
「サボってばかりで大丈夫か」
《病弱なラウラには分からないだろうけど、未病って概念が》
【看護師長、看護師長…】
レーヴィの車の無線機から声が発せられた、魔力酔いらしき数人の患者が来たらしい。
中には往診を頼まれた患者も居るとか。
「吸い上げる練習かな」
《程々にお願いね》
《僕はお留守番してます》
『じゃあ、行きましょうか』
車へ乗り込み、基地の病院へ向かった。
全員に共通するのは、炎症反応が無い事。
瞼を閉じて診てみると、所々膜からマグマの様に魔素が噴出し、滞留し過ぎたのか濁りかけてすらいる。
気になって話せる容体の患者に聞いてみると、最近は殆ど魔法を使ってないらしい。
濁りが有ると症状は控え目。
濁ると固くなって症状が出易い感じか。
額を合わせるのは流石に嫌なので、患者の額に手を当て、吸い上げてみる。
吸い上げは遅いが、コントロールに不安があるので丁度良い。
数人の吸い上げを完了させた所で、マティアスが割って入って来た。
《少し休憩して下さい治療師様、少しで、良いですから》
患者の方も察したのか、止める人は居なかった。
とりあえずトイレにでも行って、マティアスが選別した患者を治す。
慢性大腸炎で薬に耐性が出来てしまった患者、重症の肺炎を軽症に、そして最近悪化した床擦れ。
そして魔力酔いの患者に再び戻っては、入院患者へ治療。
今までの治療師に沿った活動らしいが、チマチマして面倒。
もっと治したい。
「もっと治したい」
《無理しないで下さいね、普通はもう疲れても可笑しくないんですから》
「へい」
今度は往診の患者、長くトイレから出られない者が多く、凄い申し訳無さそうで可哀想。
少しの間だけ出て来て貰い、何とか吸い上げる事が出来た。
そのまま往診で眩暈と突発性難聴を治し、魔力酔いも吸い上げて。
終わったのはオヤツの時間。
他の町は大丈夫かしら。
《何か企んで無い?》
「失敬な、他の町が心配なだけ」
《行くなら、ウチの基地の徽章を付けてね。野良とか詐欺師と間違われない様に》
「良いのか」
《移動は前のを見本に動いてよ、アレでも優秀な運送屋なんだから》
「おう、気を付ける」
《うん、じゃあ端まで送る》
マティアスから特別な時や緊急用の徽章を借り、ウツヨキを目指す。
例え医師が居ても対応出来ないので、町を通り過ぎるだけで人が声を掛けてくれる。
そのままベールを取らなくとも咎められる事も無く、町から町を北上していく。
何て便利な徽章、もっと早く貸してくれたら。
ダメか、無茶するからダメか。
漸くウツヨキに到着、もう夜食の時間。
もう患者も居ないと思ったが、前の町と変わらずに声が掛かった。
他と違う点は、シーリーを治してあげて欲しいと請われる事、治ったお礼の次に言われる。
痛いのは可哀想だとか、治せなくても痛みを軽くと願われた。
そして最後にシーリーの家へと向かう。
夜食も食べ終え、眠気でトロトロのシーリーに少し挨拶し、町を出た。
帰りのどの町もすっかり静まり返っているので、少し短縮し基地へ帰る。
ソダンキュラへ入ると、道すがら兵長室でマティアスが待っていると、通りすがりの兵士に教えられた。
「またサボって」
《良かったぁ、時間を掛けて帰って来てって言ったのを、後悔しそうになってた》
『お疲れ様です、どうでしたか?』
「ベール取らなくて良かったからスムーズだった、でも大丈夫かね」
『はい、1個は紛失した事になってるので』
《例のマーリン派らしいって昔の治療師がね、持ったまま出てったらしいんだ、それはその時に補充された物》
「押し付けるんか」
《備品を持ってったんだから、これ位はね》
『野良として転々と生活してるなら、良く回れば彼の利益にもなりますから』
「無茶するから黙ってたのか」
『それも少しありますけど、記録を見つけるのに時間が掛かったんですよ』
《記憶だけじゃね。レーヴィが倉庫で紙の資料から探したんだ、当時は使われてた筈なのに未使用品が有ったから、頼んでみたら出てきた》
「ありがとう」
『いえ、お役に立てたみたいで良かったです』
《うん、明日も回るなら一旦帰ろう》
魔力酔いのついでに他の病気や怪我も治してしまったが、自称マーリン派のお爺ちゃんが何とかしてくれるだろう。
徽章を持ち出したんだし、全部で無くとも半分は背負って欲しいものだ。
家に近付くと灯りが付き、ドアを開けると妖精が出迎えてくれた。
《お帰りなさい》
「ただいま」
2人がバーベキューの準備をしている間に、タブレットで容量チェック。
使ったのもあってか、中域のまま。
小刻みの移動の方が消費するのだが、偽装している以上は普通に則って行動するしか無い。
今回は特に、足がついても良い様に行動するしか無いんだし。
仕方無い。
《まだまだみたいですね》
「仕方無い、地道に行こう」
《行動としては充分派手なんだけどなぁ》
『そうですね、ゲリラ的治療ですから、若い治療師に流行りそうですね』
《困らないけど、揉めるのが困るなぁ》
「全く見掛けなかったもんなぁ、クソの役にも立たんで、揉めるなら共倒れしたら良いんだ」
『流石に、徽章を偽造しないのでは?』
《借りたとか言い出すのが居るかも、持ち出しは良くあったみたいだし》
《分かる人にだけ分かる目印が有ると良いですね》
『妖精付きの治療師様、とかですか?』
《良いね、絵本みたい》
「次は一緒に来る?身を守れる魔法が使えるならだけど」
《はい!》
それはもう嬉しそうにニコニコと、つい提案してしまったが良いのだろうか。
まぁ、危なくなればココへ帰すか。
軽くシャワーを浴びている間に、レーヴィの素早い焚き付けによって、適当に切られたお肉や野菜が難なく焼けていた。
そして今日も遅く起きたせいなのか、眠気はまだ来ない。
今夜はオーロラは無さそうだが、そのままエリクサー作りへと移行した。
グリルギリギリの大きさの魔法の鍋を置き、ひたすら煮込む。
煮込んで冷ますのだが、どうにも出来が悪い。
一旦室内に戻り、ロウヒの部屋と繋ぐ。
「ロウヒ、エリクサーが変」
『そうか、いつもはどう作っているんだ?』
説明し、話し合った結果、煮出し方が悪いらしい。
ざっと言うと気温差。
納得。
環境に合わせて抽出方法を変えるか、室内でやるか。
ロウヒに蒸留器がセットであるはずだと言われたので、ソラちゃんに聞くと倉庫の一角にそれらしき何かが有ると。
外でやるなら蒸留器でやると良いそうだ、煮込みとはまた違う出来上がりになるとか。
「流石、大魔女ロウヒ」
『だろう、魔道具なら私に限る。だが薬は作った事は無いんでな、そういうのは他の魔女の担当なんだ』
「大釜の魔女さんか」
『あぁ、コチラに居るかは分らん、お互いに不干渉の契りがある』
「商売的には棲み分けみたいな?」
『そうだ、棲み分けは大切だ』
「確かに、ありがとうございました。遅ればせながら紹介します、ウチの妖精です」
《こんばんは、お世話になってます》
『良い子だな、コッチはウチの妖精メリヘボネン、タツノオトシゴだ』
『こんばんは』
「カッコいい名前」
『付けぬのか?』
「借家の子だし」
本人は気にせずメリと仲良くしているが、ロウヒの視線が凄い。
何でだ。
『借地なら買い取れば良い』
「何でよ」
「分かっているのだろう、この子の事を。現状を、少しは受け入れろ』
「帰れない覚悟をしろと」
『それもだが、帰らぬ選択肢を考える余裕を持って欲しい。願わくば、悲観的にならずに』
「役立たず意外に思えんのだが」
『誰がどう呼んだにせよだ、どう思うかは自由だろう』
「そう思えるまで何かしない事には思えんよ、誰にどう願われても」
『頑固』
「志が高いのねん」
『良く無いぞ、意固地は』
「考えてはおく」
『言ったな、名前もだ、候補を聞くぞ』
「はい、探しておきますぅ」
『絶対に、だ』
万が一の場合を、全てを受け入れる度量と度胸がまだ無い。
そして、戻る事を諦めるのが申し訳無くて出来ない、だから、どうしても帰る事に固執してしまう。
《あの、今日は私が作った物を試食して貰いたいんだけど》
『お、早く出してくれ』
クッキーに果物のパイ、そしてデカフェの珈琲まで出してくれた。
ナイス、マティアス。
そして褒めて貰ったマティアスに、なんと魔道具が渡された。
とんでもなく難しそうな知恵の輪、なんだこれ、どうなってる。
「えぐぅ、どうなってんの」
『お前はもう持ってる魔法だ』
「あ、え、なんで」
《え、何?どんなの?》
「秘密、でもマティアスに使えるんかね」
《使える範囲のしか使えんが、使える筈だ。コレに関しては魔力の容量はそこまで関係ないからな、純粋にマティアス次第だ》
「マジか、でも何でまた」
《単に。ワシもお前もコレは絶対にやらんからだ、だが完成品は見てみたい》
「分かる。マティアス、やったね」
《ラウラの気持ちが少し分かったかも、何コレって感じ》
「だろう、でもゴールはあるから頑張れ」
《うん、がんばる》
ロウヒは夜更かしさんなのか、空間を閉じる寸前でも部屋の明かりを付けたままだった。
もう日付が変わりそう、今日は一旦お開きに。
歯磨きし、ベッドへ。
《スズランの妖精》《マティア》『レーヴィ』『ロウヒ』
『ボトルガーデンの妖精』→『メリヘボネン』
どんな魔法かと言うと、ハナちゃんは使わない、です。