2月28日
完全に眠ってしまったのだが、オーロラが消えかけ始めた、と起こされた。
そう言えば普通は消えるのかと寝ぼけた事を思いながら家へ入り、トイレに行ってからベッドで寝直した。
そして今はお昼、家には誰も居ない。
偽装を解除し容量チェック、低値は抜けたがまだまだ。
タブレットをしまい食事の準備、途中で少し薪を足す。
点滴は、後少しで無くなりそう。
今日は良い天気、テラスで食事をしているとマティアスが戻って来た。
《おはよう、点滴はどうする?》
「低値抜けたけど、足す」
ピッチャーから太い注射器でエリクサーを吸い上げ、点滴バッグへぶち込む。
注射器は浄化してストレージへしまい、残りのエリクサーは飲む、雑で手軽で無骨で笑える。
《なに?私何かした?》
「いや、点滴の手順が無骨で面白いと思って」
《そこ笑える?》
「雑で手軽なのが良い、面白い」
マティアスに食事を分け、ベンチでお昼寝。
トイレに起きては昼寝をして、最終的には真っ赤な夕陽に起こされた。
勉強出来て無いが、今は回復が先と自分に言い聞かせ、夕飯を作る。
大量に作ったキノコ炒めで、ミルクリゾットを作り、早めの夕飯を食べる。
果物を出すとマティアスが切ってくれたので、それも食べた。
余った果物で何やらマティアスが作っているが、甘い匂いの中で再び眠ってしまった。
《凄い、子猫みたい》
「あ、今、何時」
《21時》
「あー、夜食にするか」
《甘いのならあるよ、作った》
果物のカスタードパイ、甘く煮られた果物がレアで、カスタードも甘過ぎ無くて美味しい。
とても料理下手に思えない。
「美味しい、料理下手と思えない」
《でしょう、リタのレシピ教えて貰ったんだ》
「美味しいんだけど、絵本は?」
《大丈夫、コレは息抜き。ちゃんと書いてるよ》
甘いモノを食べ、キッシュを食べてから軽くシャワーを浴び、ベッドへ入った。
そして真夜中に目が覚めた。
下へ降りるとマティアスが眠っている、窓の外はまたしてもオーロラが出ていた。
僅かな時間でも浴びようと外へ。
今日は何にも出来なかった。
何にもしなかった。
ヌルいエリクサーが沁みる。
夏を迎えられるのか分からないけれど、もしそうなったら。
冷えたエリクサーが欲しくなるんだろうか。
雪へエリクサーのピッチャーを数本突っ込み、テラスへ戻りボーッとオーロラを眺める。
エリクサーも作らないとな。
今度オーロラが出た時用に、焚き火か何かでも用意して貰おうか。
今あるエリクサーの半分は、シャリシャリにしとこうか。
ピッチャーの中身だけを回収し、再びぬるいエリクサーを投入。
果てはエリクサーかき氷か。
それなら泉の水を凍らせた方が良いのかな、それとも果物を凍らせようか。
サウナ上がりを想像して。
果物も少し凍らせよう、屋台みたいに串に刺すのもアリかも。
そうして果物を雪へばら撒き、ピッチャーには魔素が雪の結晶の様に降り注ぐ。
良く見ると吸い込まれている様にも見える、液体か、濃い方へ寄る性質があるのだろうか。
流れに意識を向けると、自分へ大きく流入しているのが分かる。
不味いか、魔獣が来ないか。
だが辺りの気配には変化は無いし、ソラちゃんの報告も無いが。
ただ、地を這う様に小さな人型に輝く何かが近づいて来ているんだが。
なんだ、例のウィスプか、魔獣のなりそこないか。
コチラには気付いている様子で、リンゴの近くをウロウロしている。
警戒しながらゆっくりと花壇へ向かい、妖精を生み出す。
白いスズランから真っ黒なトンボの羽根の子が現れた、初めて見る羽根だ。
「こんばんは、あの子の事を何か知ってる?」
《魔獣のウィスプですね、魔獣から妖精に戻る途中なんですけど、魔力に惹かれてココまで来たみたいです》
「あら、妖精に戻すのを早めるのは?」
《魔除けの鈴で早まると思います、何回か鳴らしてあげて下さい》
そう言って耳を塞ぎながら頭へ乗ってきた、妖精にも効いてしまうらしい。
その鈴を何回か鳴らすと、ウィスプから魔素がもうもうと立ち上がり、そのままエリクサーや果物へと入ってしまった。
「あぁ、妖精さんや、大丈夫かね、アレ」
《純粋な魔素なので大丈夫ですけど、魔獣からだと、ヤッパリ嫌ですか?》
「別に、初めて見たからビックリした。まだ鳴らした方が良い?」
《そうですね、飛べる様になるまでお願いします》
そしてまた何回か鈴を揺らす。
変わらず果物の前をウロウロしている、お腹が減ってるのだろうか。
何度目かの鈴の音の後に、漸く浮けるまでの体積に縮小した。
「おーい、どうよ」
《あ、はい、もう大丈夫だと思います》
リンゴの周りをクルクル飛び回る光り、何がしたいか分らん。
「アレは、どうしたいのか」
《リンゴになりたいんですけど、ココでは根付けないから困ってるんです》
「あぁ、そういう事か。向こうに温室のリンゴがあるんだけど、どうだろうか」
《良いと思います、ほっとくとまた魔獣になっちゃいますし》
「あらま、じゃあ空間を開いてあげよう」
リタの宿の中庭近くへ空間を開くと、フヨフヨと惹かれる様に飛び去って行った。
森が近いと危ないな、気を付けないと。
《ありがとうございました》
「いえいえ、この時期に起こしてすまんね、ポットで家の中に入れとく?」
《いえ、それは大丈夫ですよ、花は生きるので問題ありません》
「辛くなかろうか」
《いえ、ちょっとビックリしただけです。それにしても、随分と閑散としてますね》
「狩り尽くされたらしい」
《あー、それで。なら魔獣の活動に気を付けて下さいね、オーロラで活性化してると思いますから》
「それ、困るんだが、街の近くは勘弁して欲しい」
《この近くはさっきの子が最後だと思いますよ、気配は無いので大丈夫かと》
「他が心配だなぁ」
《妖精が居ないと危ないですけど、そんなに居なくなっちゃったんですか?》
「らしい、魔渦いっぱい」
《あー、そんなに魔渦を発生させて、何がしたいんでしょうね》
「さぁ、何が考えられる?」
《そうですねぇ、昔は国境を守らせる為に妖精を追い立てたって話しも聞いた事はありますけど、追い立てるだけでしたし》
「何百年前よ」
《うーん、寝る前で200位かと?》
「いつから現界してるのさ」
《妖精はずっとですよ、ずっと居ました。居たんですけど、何で狩ったんです?》
「羽根らしい」
《そんな事で》
「無いから欲しいのかね、生きて飛んでる方が綺麗なのに」
《僕もそう思うんですけどね、不思議》
「ね。君は何処かへ飛び立たないの?」
《僕は昔からココです、ずっとココだったんです》
「ご愁傷さまです」
《いえいえ、他の子も夏にお願い出来ませんか?》
「夏まで居るか分らない、それに色々事情が有って。寂しい思いをさせます」
《殺されるよりはマシなので、暫くは我慢しておきます》
「話し相手は都合出来るので、何かあったら言って下さい」
《と言う事は、他の妖精のお知り合いが?》
「居ます、妖精女王とも顔見知り」
《は、それは、礼節を欠きました、申し訳ございません》
「いやいや、急に呼んだので、おあいこでお願いします」
《ありがとうございます。もうオーロラも消えますし、冷えますから室内へ行きましょう》
「ですね、どうぞ」
蝶の様にひらひらと舞いながら飛び、リビングを1周してマティアスの頭へ寝転んだ。
金の藁の上で横になっているみたい、柔らかそうな巻き毛を彼も気に入ったらしい。
《もう少しで起きてしまいそうですけど、どうします?》
「寝た方が良さそうなら寝かせて貰っても良いですけど、無害なんで任せます」
《じゃあ、このままにしときましょうか》
「見える子なんで、驚かしましょうよ」
《良いですね、どうしましょうか》
作戦会議の結果、自分の声で起こし、妖精に変化したと思わせる事となった。
ノリの良い子で助かる。
「マティアス、起きて、大変な事になった」
《ん、え、は、どうしたの》
《魔力が足りなくて縮んだ、妖精になっちゃった》
《あ、もー、何してるの》
「早いなクソ」
《完璧な筈だったのに》
《何で妖精が?また何したの》
「ウィスプが寄って来たんで、妖精に助けて貰おうかと」
《魔獣から妖精に変わろうとしてたので、魔鈴で助けて貰いました》
《魔鈴って、魔除けの鈴?》
《はい。所で、何で気付いちゃったんです?》
《声が後ろから聞こえたから》
「心のか、クソ、ずるいぞ」
《亜人なのに、時代は変わるものですね》
「くわしく」
《そもそも亜人は新しい存在ですし、いずれギフテッドも受けるだろうと噂されてましたから》
「いつだろか」
《眠った時がそもそも分からないので、追い立てたって噂と同じ時期ですね》
「最低、200年以上前かぁ」
《ですね》
《その前から居たの?》
「らしいよ」
《ふぇー、写真に映るかな》
《魔道具なら》
《じゃあスケッチかな、その前にラウラは点滴の補充だね》
「もう寝なくて良いの?」
《5時間は寝たし、かなり長く眠ったから少し怠い位》
《君の特性だからね、その感覚も、有効活用出来てそうで何よりだよ》
「見て分かるのか」
《うん…アナタは、目が弱いからピントが直ぐにズレちゃうのかな、足りてそうだけど、魔力が不安定?》
「偽装してる、本来はコレ」
《だからオーロラを、大丈夫ですか?》
「おう、弱いのは知ってるけど、ココまで弱いか」
《魔力低値の耐性があるみたいだから、何処かで弱っている信号が出せないとパンクしちゃうでしょ?それだと思うんだけど》
《うん、その解釈で合ってますよ。ピントがズレるんですよ》
「魔法の無い世界で生きた後遺症かな」
《御使いの様な事を》
《そうだから困ってる事が沢山あるんだ》
《あ、え、噂には聞いてましたけど、本当に、そうですか、なるほど》
「落ち着け」
《個体として弱いのでつい驚きました》
「そこまで凄くない事に安心した」
《通りすがりのロキと噂された人に比べたらもう、お子様ですよ》
「前言撤回だ、神と比べるな」
《あ、つい人間と同個体だとばっかり、やっぱり人じゃ無いんですね》
「そんなに見紛うか」
《容量以外は人間に見えましたよ、遠くから見ただけですけど、妖精女王に話した時も、たまに凄い人は居るって》
「それが御使いなんじゃ」
《そうなんですかね?少ない者も居ると噂で聞きましたけど。あ、緑羽根からは知識の差で、見極めるとか何とか》
「かと言って他を見本にしても何にもならなそうなんだよなぁ、やってる事がバラバラっぽいし」
《だよねぇ》
《やはり妖精を復活させては?何か情報が繋がるかも知れませんよ?》
《戦争が起きなきゃ良いんだけどねぇ》
《危ない場所はそのままにすれば良いんですよ、現に昔はそうやって守ってたんですから》
「そんなに融通が効きますか」
《1度壊滅させられてるんですし、嫌でも聞きますよ》
「負の歴史を利用するのか、何か気分悪い」
《あ、でも嫌で従うとかじゃ無いですよ。頭が良いって意味ですから、ご心配無く》
「君達が頭良くても周りがね、人間が適応出来るかだ」
《現に僕ら滅びかけてますしね》
《どうしても少し時間が欲しい問題だから、2人には暫く我慢して欲しいんだけど》
「おうよ」
《僕は悪戯出来るなら構いませんよ》
「死ぬのはダメよ」
《そこまでしませんよ、さっきの位です》
《そこそこビックリするレベルじゃない》
ビビるマティアスの頭に絡み付く妖精、楽しそうなので放置。
眠くなって来たので再び2階へ上がる。
マティアスも頭に妖精を載せて、点滴の追加準備をしている。
《スズランの妖精》
《マティア》