2月26日
何で、病室。
明るい、朝だ。
動けない、拘束ベルト、しかも制御具まで。
《ラウラ》
「マティアス、何で」
《最後の記憶は?》
「ソファーで眠った、夢なら見たけど。それで幽体離脱したみたいになって、リリーちゃんの髪を直して、分泌物とか、配線を直した」
《それは現実、君は確かに病室に行った》
「ごめん」
《良かった、状況把握出来てるみたいだね》
「まぁ、暴走に近いんだもの、拘束されても仕方無いよね」
《もうこのままになっとく?》
「オムツは嫌だな、トイレには自由に行きたい」
《じゃあ、それ以外に、今はどうしたい?》
「誰かに全てを代わって欲しい、凄く心が疲れた」
《そうだね、何で彼女を治そうとしたの?嫌がらせはするし、親しくも無いのに》
「親しいから助けるなんて偏ってるでしょう、面白いからって人を何人も殺したとかなら悩むけど、小さな嫌がらせでしょ。マティアスでも、出来るなら治すでしょ」
《皆がそんな善人じゃ無いんだよ》
「見方次第でしょ、どうしたマティアス、何か変。誰か居る?」
《分っちゃうか、流石私の弟子』
「マーリン」
『倒れたってマティアスからロウヒに、ロウヒから私に来たんだけど、元気そうだね。昨夜のオーロラのお陰かな』
「この状態で浴びたのか」
『マティアスがね、彼は外で待ってるよ』
「このままが良いのかな、何もしない方が、良いのかな」
『彼女は元気だよ、君が来てからの記憶が少し薄いみたいだけど。極めて明朗快活な子だ、助ける為に倒れたと聞いて、病室で今も祈ってるよ』
「治った?」
『どうだろうね、発症前に戻っただけかも知れない。でもコレは内緒の話し、昨日の事件は全て内緒になった、治したとなれば君が危なくなると、皆が危ない橋を渡る事に同意した』
「何て事を、もう表に出る覚悟は出来てたのに」
『匿うって言うんだから、大人達の覚悟に乗ろう、それでもダメなら表に出たら良い。早く行動する事が全てじゃ無い時もあるし。ただ、どうしてもと言うなら、イギリスに来るかい?』
「それこそいざと言う時にとっときたい」
『ならココもそう、大事にね。師匠の言う事は聞くものだよ』
「はい、ありがとうございました」
《うむ、ではまたの》
今度はロウヒに変身したかと思うと、病室を出て行った。
少し焦ったけど、このままが良いのか分らない。
覚悟が無いなら動くなと言う事なのか、マーリン師匠の話は深過ぎて、永遠に深読み出来そうだが。
《ラウラ、今外すから待ってて》
「師匠がね、このままで居るか、どうしたいか聞いて来た。今こうなって、正直どうしたいか分らん」
《違うんだ、ごめんラウラ、外すから話を聞いて》
「最悪の、想定してた出来事が今起こってて、何か逆に安心するんだ。ホッとした感じで、元の場所に戻った感じ、しっくりくる」
《ダメ、戻ろう、元の場所に戻ろうよ》
「元って何処なんだろ、パニクってるのかな、何か頭が真っ白で、動きが鈍い感じ」
《薬を使ったから残ってるのかも、トイレは?喉は乾いて無い?》
「トイレは自由に行きたい、けどこのまま暫く入院でも構わん」
《本当に、そうじゃなくて、夢遊病かと思って拘束しただけ。何か暴走してもラウラが悲しむだろうから、だから制御具も付けただけ、危ないなんて思って無い》
「別に良いのに、危ないよ、危ない」
《その話は後で、ね、起きて》
「このまま拘束されてたい、疲れた」
《膀胱押すよ》
「やめて、起きます」
的確に膀胱の真上に拳を置いて来たので、起き上がった。
そして扉が開く音に目を向けると、昨日の福祉士のサンテリさんと、いつもの看護師さん。
『ゆっくり起き上がって下さいね、長く眠ってたんですから』
《大丈夫ですか?何処か不調は?》
「ご心配とご迷惑をおかけしました、申し訳ない」
『いえいえ、良いんですよ』
《そうですよ気にしないで下さい。それより少し無理なさったみたいですね、リリーのお見舞いで倒れてしまう位ですから》
『そうそう、そうですとも。少し具合が悪かったリリーをお見舞いして倒れるなんて、しっかりして下さいよ』
《そうですよ。良く面倒見てあげて下さいね看護師長。治療師様といえど、まだ子供なんですから》
《はい、良く気を付けておきます》
『じゃあ清掃にはいりますから、お家に帰ってゆっくりして下さいね』
《えぇ、ゆっくりなさって下さい》
「反応に困るし、トイレ行きたいし」
《ふふ、車椅子押すよ》
トイレから戻り、リリーちゃんの様子が見たいと言うと隣の病室を指差した。
隣か。
「会って良いの?」
《サンテリ、大丈夫かな》
《最近の記憶が薄いので大丈夫だとは思いますが、揺り返しの兆候が見えたら直ぐに終らせます》
《それでも良い?》
「うん、分かった」
サンテリ福祉士に車椅子を押され、病室へ入ると泣き腫らした顔のリリーちゃん。
顔を見た瞬間に、泣かれた。
皆、泣く。
なんだ、自分の顔に何か呪いでも掛かってるのか。
『ごめんなさい、記憶が朧げなんだけど、酷い事をしたのは分ってるの、本当にごめんなさい』
「ゆるす、元気そうで安心した」
『ごめんなさい、本当にごめんなさい』
《大丈夫ですよ、新しい生活が始まる不安から、少し不安定になったんです。ですから、今はゆっくり休んで下さい》
「そうそう、目を治してあげる、だから早く元気になって」
『でも倒れたって』
「実は単なる寝不足、成長期だから半日位は寝ないとダメな体質なんだ、でも眠ったからもう大丈夫。学校終わりにお見舞いに来る子が心配しちゃうから、目だけでも治そう?ね?」
《少しだけでお願いしますよ、貧血で倒れたばかりなんですからね、治療師様》
「おうよ、さ、目を閉じて」
『はい、ありがとうございます、本当に、本当に』
《じゃあ少し、そのまま横になって、眠って下さい》
彼女もまだ薬が残ってるのか、少しして眠ってしまった。
マジで可愛い寝顔。
そのまま静かに病室を出て、マティアスに車椅子を押され基地の出入り口へと向かった。
少し眠そうなレーヴィ、かなり待たせたらしい。
「ごめん、お待たせしました」
『大丈夫ですよ、少し待っただけですから』
《ラウラがお見舞いしてる間に、ナースステーションから連絡したんだ》
「ご心配ご迷惑をお掛けしました、申し訳ございません」
『いえ、話は後にしてリタのご飯を食べに行きましょう』
《うん、行こうラウラ》
「おう」
シバッカルの言葉は脅し文句だったのか、コレから来るのか。
誰にも理解されず、理解もされない。
あの忠告からは想像できない程に平和に解決、正確に言うと治って無いっぽいし解決はして無いけど。
でも、病識がある今の彼女なら、暫くは大丈夫そう。
このまま発症しないで画期的な新薬が開発されたら、辛い治療が短期で済む。
何も知識が無いから、もう手助けは出来ないけど、またなったらまた同じ事をする。
他の人でも、悪名高いロキでも。
「おかえり」
「ただいま、お婆ちゃん達は?」
「今日はお出かけの序にデートに行ったわ」
「らぶらぶ」
《今日はなに》
「今日はラビオリ。具はマティアスから貰ったラムを使ったの」
右往左往してくれたらしい。
その甲斐も有って、美味しいラビオリが食べれた。
「美味しい、流石サラブレット」
「あら、聞いちゃったのね」
「うん、勝てる気がしない」
「そんな事無いわよ、シェフを教えるなんて私でもした事無いんだから」
「お喋り」
《美味しかったぁ、醤油ってそんなに手に入りにくいの?》
「そうね、それこそオウルとかヘルシンキならあるんじゃ無いかしら」
「オウルには無かった」
「じゃあヘルシンキね」
「今度行く、何か買って来る?」
「ニシンね!新鮮で安くて、フライにすると良いらしいの」
「目利きに自信無いけど頑張る」
「宜しくね」
《カラクッコもあるみたいだから、私はそれね》
『じゃあ僕は隊の皆にシナモンロールを』
持ち帰り用にサンドイッチまで貰い、平和に食事を終えて家へと向かう。
見守り君を取り出し、展開。
マティアスは流石に慣れたらしいが、今度はレーヴィが驚いていた。
「よし、オッケーどす」
『あ、はい、一応石を暖めますね』
「あ、ならミアに暖めて貰おう」
空間を開き、窓をノックした。
今日は都合良く、ミアが出て来た。
『あら、偽装は解除なさらないんですか?』
「色々あって、マーリンに会ったよ、改めてお礼をお願いしたい」
『はい、伝えておきます』
「それと、コッチに来て石を暖めて貰える?」
『ふふふ、はい、喜んで。少し行って来ますねー、ラウラが呼んでるのでー』
《私も行く》
実に下らない事を頼んだのに、嬉しそうに石を熱してくれた。
何か、確認作業みたいに皆を見てしまう、シバッカルの言葉が引っ掛かってる。
「ありがとう、それと、記憶と精神操作をゲットしたかも知れん、昨日無意識に使った、記憶はある、でも夢遊病みたいな、夢みたいな感覚だった、ごめん」
『何故、謝るんですか?誰かを助ける為に得たのでは?』
「まぁ、そうなんだけど、悪用を心配されたらと思って、滅多には使う気は無いけど告知すべきかと」
『レジストには効かないのでは?試しました?』
「いや、そこまでは、さっき起きたばかりなんだ、ぶっ倒れてたって」
『ちょっと、マティアス、点滴は』
《マティアス、点滴はどうしたのかと激怒してるわ》
《落ち着いたら、お風呂の後にする予定だったんだけど》
「後でするって、お風呂入ってから」
『もう、どうしてそう呑気に』
《ふふ、大丈夫よ、低値で倒れたのじゃ無いみたいだし》
『でしたら、少しレーヴィに試しましょう』
「は」
『察するに、コントロールが不安なんですよね?なら練習するしか無いですよ』
「にしても、昨日の今日で」
『魔法初心者なら尚更です、殺すわけじゃ無いんですから、覚えてるウチに練習しないと、それとも感覚は記憶に無いんですか?』
「いや、ありますけど」
『なら練習です、珍しい貴重な魔法なんですから、大事にしないと』
「あるにはあるんだ」
『はい、主にギフテッドの方々らしいです。国連所属なのでそこまでしか知りませんが、知り合いに1人。サム・フープって方が』
《ねぇ、今サム・フープって》
「言った」
《前に話した子だよ、魔素が溢れちゃう子の名前》
「国連に所属してるらしい、知り合いなんだって」
《そっか!良かった、生きてたんだ。彼の地元だと行方不明って事になってたから》
「彼の地元だと行方不明になってるらしいんだが」
『苛められてたから行方不明のままにしてるそうですよ、魔素が溢れて魔獣を引き付けるって、嫌がらせされたそうですから』
「ワシもそうなんじゃが、溢れて影響及ぼす系」
『なら、今回の魔法は潜在下にあった能力が目覚めたって事ですかね、おめでとうございます』
「なんだと、新規の神様に教えて貰っただけなんだが、名前はシバッカル」
『え、この前絵本を探してる時に買いましたけど、本当にいらっしゃる神様なんですか?』
「おう、その絵本持ってる?」
『はい、あ、絵本では無いんですが。どうぞ』
「少し借りる、ソラちゃん暗記して」
【了解】
画集と詩集。
大人の絵本的、抜け道有るのね。
パラパラと流し見、絵は本人と同じでふんわりホンワカ。
内容は後で読み聞かせて貰う。
「ありがとう」
『いえ、あの、ソラちゃんとは?』
「秘密。あ、マティアス、彼は苛められてたから行方不明のままなんだって」
《そっか、それもそうだよね、まして国連所属ならすり寄って来られそうだし。でも何でミアと?》
「どう知り合ったの?」
『ふふ、秘密です。まだ連絡が取れると思いますが、どうしますか?』
「信用できそう?」
『私は、ですが。ご自身で見極められるのが1番ですよね』
「すんません、出来るならそうしたい」
『では、無難にお引き合わせ出来る様に考えておきますね』
「ありがとう、お願いします」
『では、始めましょうか、レーヴィでしたね、少し良いですか』
『名前を呼ばれた気がしたんですが』
「ダメダメ、来ちゃダメ、実験する気ぞ」
『何のですか?どうしました?』
「昨日の練習と実験をした方が良いって、記憶と精神の操作。心配なら、レジストが掛かってるなら、効かないハズだって」
『なるほど、確かめてみましょう』
《私でも良いよ、もう欠落してる様なもんだし》
『これは、名乗り出てる様に見えますが』
《そうね、ヤル気よ》
「危機感が無い」
『何とかしてくれるという信頼ですよ、さ、折角ですし』
「じゃあ、害が無さそうな範囲で」
少し怖いが、リリーちゃんの髪を直した後の行動を追従する。
向こうのシバッカルから貰った鍵を手に額へと、差し込もうとしたが弾かれた。
『やはり、レジストには効きませんね』
《【レジスト解除】》
「あ」
『察しの良い方ですねマティアスは、では再開しましょう』
今度は鍵が刺さり、以前と同様の配線が浮かび上がる。
黄色は警戒心、オレンジは喜び、赤は怒り、イメージであって文字として書かれてはいないが、そう感じる。
何本もの大小様々なサイズの線があるが、全てが繋がっているワケでは無く、違う色の配線と基盤が繋がってたりもする。
灰色と紫の配線なんかは本数が多い、多分結婚と不安が連結してる。
赤い配線は細くて少ない、本当に怒りが薄いんだろう。
ピンク色は無視しといて、黒と白、善悪なのだろう、同じ色で配線されてる。
青は男らしさか、細い、けど良い所でもあるから触らないでおこう。
リリーちゃんと違って違和感が無い、変えた方が良いと思う色も感じも見当たらない。
半透明の配線は怖いから無視で、緑色は少し配色が青と混ざってる部分がある、コレも綺麗だしそのままにしとこう。
後は更に奥の、ツヤツヤの青緑の丸いスライム、プルプル。
リリーちゃんはざらざらした汚れが付いた鉱物だった。
全然違う。
そして更に下に行くと、リリーちゃんのは不味い味の漬けだと思ったんだけど、マティアスは甘い花の匂いの綿飴で出来てる。
なんだ、何処までファンシーで食いしん坊なんだ。
いや、そもそも自分が食いしん坊なのか、マティアスなのか分らんが、ただ美味しそうには感じる。
このままで良い気がする。
『どうでしたか?』
「無理、変えた方が良いって思えるのが無い」
『その、前はどうだったんですか?』
「それは。ソラちゃん、タブレット出すからマティアス達に翻訳して」
【了解】
マティアスのイメージ、リリーちゃんのイメージを簡単に双方へと伝えた。
変えてないと分かると、マティアスがガッカリした。
怖いわ狂信者。
《はぁ、【レジスト】》
「ガッカリする所じゃ無いのよ、怖いわマティアス」
《だって、魔法が使えないなら使って貰うしか無いんだもの》
『未だに流れ星に魔法を使わせて欲しいって、お願いする程ですからね』
《流れ星に魔法が使いたいって願ったんですって》
『あら可愛い』
「まぁ、それは置いといて。こちらの思い込みなのかもだけど、そう見えたワケだ」
『聞いた話しでは後は経験だそうで、どういった方向に持っていきたいかどうか、どう変えればどうなるか』
「怖い事を言う」
『彼の担当は犯罪者ですから、特に更生が難しいと判断された者の中で、有用とされた方へ行ってるそうで。死刑か変えるか選べるんだそうですよ』
「怖いけど、有効な手段ではありそう」
『一部の悪人に大勢が困らせられるのは良くある事ですし、私は賛成派です』
《私も、良いと思う、無罪の善人にするんじゃ無いなら、良いんじゃない》
『僕は冤罪が怖いので、諸手を上げて賛成は出来ません』
《そこは尋問官が付くでしょう》
『マティアスは知らないかも知れませんが、昔は軍に不服従ってだけで撃たれた人も居たんですよ』
《それは知ってるけど、今は規律自体が見守られてるんだし。偽造の話が個人だと仮定したら良い所だと思うんだけどな、国連だって、馴染めない人にしたら特にだよ》
「紙の主犯が不明なので判断保留で」
『では、彼への接触を検討すると言う事で宜しいですか?』
「うい、接触しないかもだし、良い手段を考える段階だけでお願いします」
『はい』
「少し長くなった、ありがとうございました」
『いえ』
空間を開くと、窓を開けたままのイデリアーナと目が合った。
なんか頬を膨らませて、怒ってる。
「ちょっと、少しの割りに長いんだけど」
「あ、ごめん」
「今度は私も呼んでよね」
「そこか、すんません、是非招くですよ」
「うん、お願いね」
『じゃあ、失礼します』
女子おっかないな、怖い。
コッチは違う意味で怖いのが居るし、常識人はレーヴィだけか。
次はロウヒの部屋へ空間を開く、怒っては無さそうだけど。
どうだ。
『どうだ、マーリンの変身は』
「完全に、マティアスだと思って騙された」
『そうだろう、ふふふ』
「ロウヒも、特に完璧だった」
『だろうとも、お土産は?』
「どうぞ、コチラです」
『うむ、実に良いチョイスだ』
「ご心配お掛けしました」
『うん、マティアスから伝書紙が届いた時はどうなるかと思ったが、魔力容量も回復しているし、安心した』
「無茶したつもりは無いんだけど、すんません。他の神様に頼んで魔法を得た、記憶と精神の操作」
『何だ、使えなかったのか。私に言ってくれたら、もう少し穏便に済んだモノを』
「あー、焦ってて、頼んじゃった」
《それなんだけど、何処で?どうやって》
「秘密。良い魔法と思わないから、ロウヒに頼み難かったのもある」
『全ては使い方次第、そもそも悪い魔法とは何だ』
「えー、人権侵害しちゃうやつとか」
『大概の魔法をそう使えばそうなる、そう使わなければ良い。それにだ、一方的な魔法など存在せん。マティアス、その少女をどう見る』
《治ったかどうか分らない、ただ以前には戻ってる、私が知ってる子に戻った感じ。戻った事に後悔は無さそう、寧ろ、他の行動に対して後悔してるのが大きい》
『ほら、お前の会得した魔法は使用される側がそうありたいと望まねば、そうならん。一片でも治りたい、戻りたいと思えなければ治らんし戻らん。魔法と言えど強くなりたい、速くなりたい、そう思ってこそなれる可能性が出る。老人を診たのだろう?あの治りの遅さもそう、治ろうと思う力が、もう尽きてるからこそでもあるんだ』
「マティアス、行動歴を全部話したのか」
《変な事言うし、夢遊病みたいだったから倒れた原因か分らなくて》
「あれは、リリーちゃんへの感想がポロポロ出ちゃっただけで、他意は無い」
《さっき聞いた話しからそうなんだなって分かったけど、あの時は凄い悩んだんだから》
「すまん」
『マティアス、マーリンから説明はあったか?』
《それが、問題は無いから大丈夫とだけ、詳しくは後で本人に話すって》
「なんも聞いてない、後で聞く」
《もしかして、夢?》
「さぁ」
『それで、倒れた原因だが、大方その神とやらだろう、教えるのが下手なのか、教える事を得意としない神なのか知らんが。燃費の悪い神なのだろうな、酷く精神力を持ってかれたんだろう』
「あぁ、精神力か。教えてと言ったから、彼女なりの教え方なんだと思う」
『では本人に聞いてみたら良い、ワシも居るし、マーリンも居るだろうから、安心だろう』
「おう」
透明なガラスの鍵を出し、ロウヒに触らせると倒れ込む様に眠った。
そして自分も同様に、鍵に触れた。
白い部屋に神々が3人。
片方は酷く怯えている、
『成程ね、ココがそうなんだ』
『ふむ、まぁまぁだな』
《ようこ、そ、地球本来の神々よ、シバッカルと申しますぅ》
「どうした、バグったか」
《だって、どう見ても怒ってるんじゃもん》
「ん?そうか?」
『まぁ、少し。さぁ、先ずは話し合いをしましょうかね』
『うむ、任せたぞ。ではラウラ、ココの案内を頼む』
「おかのした」
ココはソラちゃんと連なるクトゥルフの神、シバッカルのマインドパレス。
ドリームランドの更に奥にある感じ、苦しむ人々の最後の砦。
本が販売された事で繋がったらしい、コチラでは初めて接触するクトゥルフ神。
他はヤバイから発禁らしい、だからなのか他の神の接触無し。
この家具や部屋は向こうをモデルに構築した。
最初は空白地帯だったから。
『そうか、それで元はこの本か?』
「おう、さっきミアから借りたばかりで読んで無い」
『ふむ、ほうほう、詩集に画集か。悪くないだろう』
「ほう」
『終ったよ、分かり合えて何よりだ。お互いに、平和にやろうね』
『まだだ、どういう事か、じっくり私とラウラにも聞かせて貰おうか』
《ひぃ、ごめんなさぃ》
「どうどう、マーリン、どんな話し合いしたのよ」
『君が眠ってる間に少し記憶を覗いたんだ、それで怯えていると分ってね、迫力を出す相手を間違えたねと、教えてあげただけだよ』
『だな、あんなに旅館を細かく作るのだ、本質を見ずにテンプレートの対応は良くないぞ』
《すまぬ。その、旅館とは?》
「あぁ、後ろの部屋を繋げとく」
『そうだね、行ってみると良いよ』
『ココは我らに任せ、行くと良い』
《トラップとか》
「無い無い、悪さしなきゃ安全だから」
《そうか?なら、少し》
ココにおける時間経過とは曖昧なモノなので、別室とココの時間なんかは特に曖昧になる。
ものの数分で戻って来たが、頬はすっかり上気してツヤツヤしてる。
『どうだ、良いだろう?』
《確かに、ヨグの系譜なだけはある、ましてかの者が世話したのであれば尚の事、本当にすまなかった》
「おじさんを知ってるの?」
《あぁ、随分と前、こうなる前じゃ。知り合いが来るだろうからと聞かされていたんじゃが、お主だと思わなんだ。こんな子供が渡りをすると誰が思う》
『渡りとは違う様なんだ、望んで来たのでは無いのだから』
《らしいのう、ただヨグの系譜を騙る面白い子供だと思っていたが、違うのじゃな。そんな子供を苛めたんじゃから、それは説教でも何でも受けねばならん》
『分ってくれれば良いんだよ、ねぇ、ロウヒ』
『あぁ、繊細でナイーブなのだ、あの旅館で分かっただろう。対応を間違うは100叩きでは足りんが、経験の浅さもあろうて、今回は見逃すが、次は無いぞ』
『ラウラ、何故イギリスで本の規制が厳しいか知っている?』
「いやー、どうだろ」
『本が、人へ根付く力を知ってるからなんだ。本の情報は正確に拡散されて人へ浸み込む、そうして御伽噺が神を甦らせたと信じてる。勿論、そんな事は無かったんだ、前までは。今はそう信じられたからこそ、こうやって具現化された神が現れた。私はね、そういった事に介入する代わりに、地上での生活を許されているんだ、彼女の元になった本も、過去にティターニアが発禁にさせた。あまりに凶悪で、あまりに残酷な神々だったから』
『早過ぎたのだ、神々の連携も無い状態で現界しそうになったのでな、封じると言う事に至った』
『その時にロウヒとね、今のイギリスにある魔法も魔道具も、彼女からもたらされたモノもある』
『だがな、その脅威を忘れたのだろうな、私の名も功労も。偽造伝書紙なんぞ、嘆かわしい事だ』
『人間は世代交代があるからね、ましてプライドが高いから、助けられた事は早く忘れたいんだろう』
「覚えてるよ、マーリンに助けられたのとか、ヨグがソラちゃんくれたのとか、覚えてるよ」
『ほら、本当はこうなんだよ、コレが本来のドリームランドでの姿』
『こんな幼女を苛めて、悪い神様だ』
《すまぬな、我の為にココも作ってくれたのに、浮かれておったのかも知れん。現界出来て、人と会えた事が、頼られた事が、嬉しくて堪らなかった》
「サービス精神が旺盛」
『そうだな、そういう事にしといてやろう』
『気を付けてくれるなら発禁にはしないよ』
《うむ、本質は我欲だけでは無いのじゃし、見抜いてこその楽園じゃ、気を付ける。また来てくれるか?》
「うん、向こうで困ってる人を見付けたら任せるからね、宜しく」
《うむ、ありがとう》
『じゃあ、少し温泉に行ってから帰ろうか、少し回復したいし』
『お主も分けたのか。全く、ラウラは大食らいだな』
《そうか、足りぬのに動かしてしもうたか、どれ、温泉のお返しじゃ》
おでこをくっ付けられて目を閉じた、そうして瞼を開けると温泉宿へ居た。
マーリンとロウヒと3人で浴衣で寝転んでいる、暖かい。
『まだココを利用してなかったんだってね、寂しがってたよ』
『あぁ、良い心地なのに、勿体無い』
「何か、余裕が無くて」
『良くないね、魔法は心身と直結しているんだから、ストレスを溜めたら良くないよ』
『そうだぞ、マーリンもそれで悩んで魔法が使えなくなったそうだからな』
「なに、どうして」
『それこそストレスでね、鬱って言うやつ、魔法を使える全ての人が恐れる病気。無気力になっちゃって、今日のラウラみたいに、もっと酷いのになった』
『だから、ココでお前がリラックス出来たら良いと思ってな、問題も早期に解決すべきと判断した。どうせ周りに気を使って、シバッカルの事は手が空いたら聞くか、とでも思っていたのだろう』
「なんでバレてる」
『あの過保護な保護者が居ては気を使うだろう、この身体の親もな、中々に過保護で苦労しているんだ』
『保護するだけが保護者の責じゃ無いんだけど、なんせ若いから』
『親にはもう少し、自分の人生を楽しんで欲しいんだがな、気を抜いてな、もう赤子ではないのだから』
『まだ未成年だからね、その身体も』
『まぁ、同士と言うワケでもあるし。そして何より私は強い、だからその事を忘れず頼って欲しい』
『一極集中を懸念してるのは分かるけど、ロキが生きてるかもしれないってなった以上は、ロウヒとトール中心で動くしか無いよ、2人は身内なんだから』
「身内?」
『何でか、ロキの母親と言う話しになっているんでな。民間伝承が纏め上げられる過程でそうなったらしい、だから話が一定の広まりを越えた辺りから、徐々にロキとの繋がりと情報が降りて来た、上書きと言うよりは別枠が湧いて来た感覚でな、本人とも対面してない。どうにも、しっくりこないんだ』
「なんで言わなかったし」
『隠す、隠れる天才だからか繋がりを感じられる時は極僅かで、しかも薄いんだ。トールも同様らしくな、死んだと言われた期間以降は全く感じ取れんで、だから死んだ扱いにしていたが』
『その期間以降のロキの痕跡があったから、今開示したんだよね、余計な不安を与えたく無いから』
「配慮は嬉しいが、開示された方が安心するタイプ」
『だろうが、ロキの母親なんぞは中々に悪名高いのでな、言いたく無かった』
「魔王候補みたいなもんか」
『こんな子が魔王候補とはな、どれだけ善人の世界なのだろうな、見て見たいわ』
『国や宗教にもよるからね、魔王の定義は』
「まぁ、お察しですよ。箔が付いたなとしか思わんが、ロウヒには家族が居るものね」
『守らねばいかん名誉もあるんでな、中々に苦労する』
『私なんかは子供だと名乗るのが年に20は出るからね、あの老人の何処にそんな精力があるのか問い質したいよ』
「魔法でなんとかってか」
『本当に。でもね、魔法って便利だけど無法じゃないんだよ』
『ラウラもそう誤解してる節がありそうだ、そんな規律も何も無い魔法があったら、世界はとっくに壊滅しているだろうさ』
「生まれた所では、そんな魔道具があってだな、何度滅びかけたか知らんという話しもある」
『そう分岐した世界の1つなのかな、色んなルールの世界があって、行き残った世界の1つ』
『崩壊していては行き来も何も無いだろうし、行き来の前提が、残った世界からの無作為取得なのかも知れん』
「賢そうな会話してる」
『これでも君を無事に帰す為に、試行錯誤に話し合いを重ねてるんだよ』
『トールもな、本格的にロキの追跡を始めたそうだ。今までの痕跡の再追跡からにはなるが、新たな情報が得られるかも知れんからな、礼は不要だぞ。アレは、アレ自身の為に行動している別動隊だ』
「殺す為に」
『出会った瞬間に殺すつもりは無いだろうが、まぁ、状況次第ではあるだろう』
『そこは民間人にも配慮するだろうから大丈夫』
『いざとなれば子供達も出るだろう』
『私達もね、国も、国連も』
「警戒レベルトップか」
『あぁ、国境も地形も変えたんだ、何処の国もそうだろう』
『だから御使いを警戒してるのもあるよね、ロキが御使いに化けるのも考えられてるから』
「国連の情報って手に入らん?」
『派閥によるね、良くも悪くも1枚岩では無いから』
『ワシは無理、動けぬから後方支援だ。何より北部担当、トールが南部で前線担当だ』
『でも、あんまり人と関わらなかったらしいから情報は少ないかも。でも今回動き出したから、これから入って来るかもね』
『だから少し待った方が良い、行動力もコミュ力も凄いからな。あの島も、交渉力で獲得した恐ろしい男なんだ』
「流石ロキの義兄弟」
『うん、だから焦らずに英気を養って欲しいな、トールが動き出した以上は、情報が何かしら入って来る筈だし』
「待つの苦手、おみくじでな、控えろとか待てって必ず書いてある時期があって、待つのと我慢するのと控えるの、どう違うんだと思ってたんだが、どう違うと思う?」
『おみくじとは何だ?』
『紙に書いてある占い?』
「そうそう、あ、あった、コレをこうで、出た。この紙に似たやつ、神様の神託と占いの複合っぽいやつ」
『方角、南方が良し。恋愛運、待て。ほう』
『待ても色々あるからね、まして帰還を焦がれてる者に、ただ待ては酷なのは分かる。なら、体調を整え万全の準備態勢で待て、とかならどうかな?』
「良い、凄く良い、します」
『では、その様にな』
『うん、じゃあまたね』
《良かったぁ、起こして良いか分らなかったんだけど、せめて点滴しようかと思って準備してたんだ》
「風呂だのサウナだのに入れんがな、どれだけ眠ってた?」
『えっと、30分程ですかね』
「そっか、じゃあサウナ行くべ、エリクサー飲むから向こうで待ってて」
『はい、準備して来ますね』
《じゃあ先にシャワー浴びてくる》
レーヴィが石を準備する間に、マティアスがシャワーを浴びる。
自分はエリクサーとトイレ、更にその合間に今度はレーヴィがシャワーを浴びる。
そしてレーヴィが終ったら自分。
もう、完璧な段取りでサウナへ入れた。
『変身して大丈夫ですか?消費はどうなんです?』
「大丈夫、変身の時に少し消費するだけだし、こっちの方が燃費が、体が軽く感じる」
《暫くは魔渦を解消出来なさそうだし、本当に男の子の身分証も作った方が良いのかもね》
「あー、ね、それも」
《あ、お腹鳴ってる》
『僕が掃除しますから、何か食べて大丈夫ですよ』
「すまん、凄い音したな」
《半日近く眠ってたんだから、空っぽだよねぇ、本当はすきっ腹でサウナは良くないんだけど》
「食べるから良いっしょ、サンド食べる?あ、サウナ用に冷たいパスタとか欲しいな」
《アイスにする。それでその事なんだけど、本格的にリタに作って貰ったら?量が量なんだし》
『リタは慣れてますし、機材もありますからね。勿論僕らも手伝いますよ、一緒にどうですか?』
「大食いだってバレちゃうじゃん」
《もうバレてるよ、一緒に買い物したでしょ?何かピンと来たんだって》
「あ、だから今日は多かったのか、持ち帰りも。ついいつもの買い方をしたから、失敗したな」
《少し話したら事情も察してくれた、知り合いが容量が大きいからって、好きな事を諦めた子が居たみたい。だから、素直に納得してくれたよ》
「すまん、何か誤魔化すのすら下手だ、気を引き締めます」
《大丈夫だよ、そこまで気負わなくても。シェフとだって上手にやり取り出来てたんだし。リタの事も、私もそこまで誤魔化す気が無かったんだ、その子の事を旦那の方から聞いてたし》
「どんどん巻き込む範囲が大きくなってる、看護師さんも福祉士さんまで」
《皆、事情があるんだよ、あるから協力してくれてる。あの看護師は親が病気だったから、治療魔法の可能性を信じて、黙る方が未来の為になると思った。福祉士は自分の不甲斐なさと、リリーを幼い頃から見てきた情、同情と治療魔法への期待。君の為だけじゃ無くて、本人達の理由もしっかりある。だからラウラが、そこまで重く考えなくて良いんだよ》
「それを、マティアスを使って利用してる」
《真面目も程々にね、利用されたがってる人を利用する位の気概で居てよ、向こうで世界を救うつもりなんでしょ》
「でも、ココは関係無いでしょう」
《あるかも知れないじゃない、得たモノはあったでしょ?その為かも知れないんだし》
「まぁ、それはそうかもだけど、ココの人には関係無いでしょ」
《ラウラと関係がある、ラウラと繋がりが出来た世界なんだから、関係ある。分かるでしょ》
「こっぱずかしい、幸せを願うから関係あるとか言うか」
《うん、ラウラが幸せになってくれる方が、リタもレーヴィも私も嬉しい、あの兄妹だってそうだよ》
「方向を変えて来たな、どんな心境の変化だ」
《ロウヒとマーリンから、少し過保護過ぎたって言われたのと。ブルーラグーンでの話しから読み取れる限りは、経験は君の方があるし、制限するのは悪手だと思った。周りはヒヤヒヤするけど、何とかなってる以上は、ラウラに任せるのが良いって、そう納得出来たから》
「マジ保護者、納得させなきゃいかんかったのか」
《そうだよ、何も知らない赤ん坊だと思ってたんだから》
『赤ん坊は言い過ぎですけどね、最初の幼いイメージが強かったですから』
「バリくそ成人なのにな、シオンは成人でいこうかな」
『外でも堂々と飲めますね』
《国連に徴集されそうなのが心配》
「偽装が完璧になれば良くない?無能ならほっとかれるでしょ」
《あては有るの?》
「ロウヒからね、多分、何か作るんだと思う、まだ確認してない」
《今見てみようよ、長く掛かりそうなら方針も変わるし》
「おう、ワクワクしてんな、見るか」
サウナから出て、バスルームで袋をひっくり返す。
ポッテリとした大きなガラスの空ボトル、観葉植物用の土と小さな苗のポット、そしてコルク栓。
《10ガロン位かな、コレをどうするの?》
「多分、ボトルガーデン作れって事だ、密閉した中で完全に循環する環境にしろって、無茶だぁ。バランスが難しいって聞いてるよコレ」
《ならリタの所で全部解決じゃないかな、ウッキは農林関係の人だから》
「だから発芽の事をあんな念入りに調べたんか、そら本職を誤魔化すのは大変だもんな」
『いっそ、植物の魔法の事を知って貰った方が良いのでは?もしかしたら何か情報があるかも知れませんし、僕らには言えなくても、ラウラになら教えてくれるかも知れません』
《でも、これ以上増やしたく無いでしょ?》
「まぁ、ボトルガーデンの助言は欲しいけど関わらせるのは最小限が良い。こうなってしまって、今更だけど」
《じゃあ明日の朝か昼にでも相談に行こうか、食事の事も、ボトルガーデンの事も》
『良いですね』
「賛成。暖まり直そう」
ボトルガーデンセットを袋にしまい、サウナへ入り直す。
もう大食いがバレたのなら、買い出しも一緒に行った方が良いだろうか。
沿岸部なら安いし、良い物があるらしいし、後で提案しよう。
2人はそのまま兄弟会議をするらしいので、先に出てシャワーを浴びる。
食事を再開し、リタ自家製パンの生ハムサンドをウマウマしていると。
次にマティアスが出て来た。
上裸のままで左腕に点滴の針を刺す、ラフというか気軽というか。
慣れてるから良いんだろうが、向こうでは想像も出来ない光景。
寧ろ、これだけラフな方が楽かも、帰ったら流れでサクサクやってくれとでも言おうか。
《あ、痛い?》
「いや、こう、ラフにサクサクしてくれと、向こうでも頼もうかと思って」
《従者に?難しいんじゃない?》
「なー、刺しミスっても治せるから気軽にサクっとやれば良いのに」
《看護師か医師の免許を持ってて、経験者ならまだしも、そうじゃ無いんでしょ?》
「おう、緊急用の仮免ぽい」
《なら数をこなさないと、特にラウラは調子悪いとやりにくい》
「やっぱそうか、どうにかならんかね」
《そもそも、低値にならない》
「おう、血管を鍛えるのは無理か」
《うん、足はやった事ある?》
「記憶には無い」
《流石にそこまでいった事は無いんだね》
「鎖骨はあった気もする、ずっと眠ってばっかの時かな」
《えー、夢でも消費するの?》
「はい」
《夢見ちゃダメ》
「努力する。つか着替えなさいよ」
《あ、うん、温まりなおしてくる》
入れ替わりでレーヴィが帰って来た。
コッチはちゃんと着替えてる、パジャマだけど。
「パジャマ」
『部屋着ですよ、何処か出掛けます?』
「いや、何か新鮮、この前はスウェットだったし」
『近所への外出用ですから、ラウラはパジャマ着ないんですね』
「不意のお出掛けが多いし。今日は料理の仕込みするし、どうせまた入るでしょ」
『それなんですけど、精霊さん、熱した石をストレージにしまえませんか?』
《可能です》
『そうですか、ならまた少し加熱してからお願いしますね』
《了解》
柔軟性が溢れてるというか、物怖じしないというか。
何でも馴染むのが早い。
どうしたらこうなる。
「どうしたら、そう柔軟になれる」
『家族に、特にマティアスの家で鍛えられましたから。人でも物でも堂々と使いこなさないと、周りを不安がらせて信用を落とす。使えるモノは親でも使え、仕事を任せてこそ、周りから初めて信用される。と』
「目線が高い、意識高い、帝王学か」
『使う側前提の話しですよね、使われるなら全てを先んじるつもりで常に考えよ。なんて子供に無茶を言うなと思ったんですけど、要は不器用であるならば、良く見て合わせろってだけでした』
「育ちぃ、ウチにそんなの無かったからなぁ、羨ましい」
『昔の家族はそうでしたよ、家事を手伝わないと分量を減らす、病人の食事に合わせるって、暗黙の了解程度でしたけどね』
「病人の食事に合わせるって良いな、こんな病弱なら周りが大変だろうけど」
『父方の祖母が少しの間だけ居たんですよ、病気で亡くなるまで祖母の提案するメニューで。母に料理を教える為だったらしいんですけど、当時はその大事さが分からなくて、少し恨めしく感じてましたね、自分の食べたい物が中々通らなかったんで』
「その時好きだったのは?」
『ピロシキです、今は手間が掛かる事もあって却下されたのは分かるんですけど、凄い好きだったんで、拗ねては父に怒られて、兄に窘められて。一時帰宅でレシピ帳を見付けた時にお腹が鳴って、マティアスに体が生きたがってるねって言われたんです。きっと、死にそうな顔をしてたんでしょうね』
「ピロシキを、今度、教えてくれんかね」
『はい、喜んで』
生まれと育ちと環境とが複雑に絡み合って、揉まれて柔らかくなったんだろうけど。
元の素養、素質もあるのだろう。
どこでも適合率が高そう、しかも良い子だし。
こういう人を飛ばしたら良いのに、レーヴィを飛ばすのはダメだけど。
《ふー、夕飯はどうする?何か手伝う?》
「大丈夫、つか2人は仕事に戻らないのか」
『僕は待機中なので、もし何かあったら基地に戻る予定です』
「すまん」
《私も。付き添いも兼ねてる、何かあったら嫌だし》
「心配性、もう原因が分ったんだから戻りなさいよ」
《何でレーヴィと対応が違うの》
「兵長は柔軟性と信頼感があるけど、マティアスは信じてくれないし」
《だって、現に倒れた様なものだし、心配になるでしょう》
「すまん、でも精霊が居るから大丈夫。前に魔石の話をしたでしょ、エリクサーも豊富にあるから、即死も野垂れ死にも無い、ハズ、何とかなる」
《それでも、点滴して、回復は早い方が良いでしょ?》
「まぁ、でも書かないのか、絵本」
《書くよ、ココで》
「落ち着いた家でとか」
《ココは慣れてるし、落ち着くから大丈夫》
「見張り」
《経過観察って言って欲しいなぁ》
『そうですね、今日だけは我慢して下さいね』
「うい、料理の仕込みしてきます」
2人を置いて台所へ、先ずはお米を炊く。
次に醤油と昆布とお酒で、漬け汁を煮切り、外の雪へ鍋を放置し。
イクラへ取り掛かる、水道水がマジで冷たい。
包丁を使う作業が無いので、思わず考えてしまう。
元に戻したらしいリリーちゃん、剪定をした気がする。
マーリンもロウヒも、ミアすら普通の事の様に受け入れてくれたが。
そも人格を変えるなんて禁忌過ぎ。
良く捉えて考えた場合だと、望まれてると思う方へ魔法が導いただけ。
悪い捉え方は、自分の都合の良い様に剪定した。
今更になって、恐怖心が沸き立つ。
凄く、怖い事をした。
『変わりましょうか?』
「大丈夫、休み休みやってる」
『細かく取るんですね』
「舌触りとか食感が変わるらしいが、そこまで雑にやった事が無いから分らん」
『お醤油でしたっけ、不思議な香りですよね』
「嗅ぎ慣れて無いと臭くないか?」
『大丈夫ですよ、良い匂いだと思います』
「隣は塩で漬けるんだってね、レーヴィは食べないの?」
『少し高いのと、お酒がいくらでも飲めちゃうので控えてます』
「分かる、コレは無限に米が食える」
『お米が少し違うって聞きましたけど、それでも合うんですか?』
「それが合うんだな、イクラ強いから」
『そうなんですね。少し、休憩の時に試験の勉強はどうですか?日本のを借りて来ましたよ』
「ありがとう、一体どこから」
『この前頼んだ運送屋に話したら貸してくれました。ただラウラでは無く、別の隊の子に貸す名目で借りたので、少しの期間だけですが』
「ありがたい、少しで大丈夫だと思う」
予想外に凍ってしまった汁へイクラを投入し、今度は家で1番寒い玄関へ放置。
サーモンを刺身用に切り皿へ盛り、収納。
そして炊けた米をケバブが乗っていた皿達に盛り、コチラも収納。
それからロッキングチェアに座るレーヴィから本を借り、暖炉の前のソファーへ座る。
隣には真剣な顔のマティアスが、原稿用紙にひたすら書いている。
本の内容は一般的なマナーや挨拶、返事の仕方、避けるべき返事やジェスチャー等が載っていた。
ネットがあれば簡単に調べられそうな事なのに、高いし、薄い。
《もう読み終ったの?》
「おう、常識が書いてあるだけだった。コレはいけますわ」
『応用編だそうですからね、基礎編はどうですか?』
「おう、これから読む」
これは各国の常識や、共通する法律が書かれている。
個人的な買い物の上限金額、運送出来ないモノと許可が必要なモノ、各国で差があるモノの簡易一覧。
法律がネックか。
運送の法律に移動魔法の法律、更に上の資格には人を雇う上での法律まである。
移動魔法に速度規制がある事に驚き、そして魔力容量の確認で諦めた。
偽装が出来ない事には、試験すら受けられん。
『どうしました?』
「魔力容量の確認があるって」
《実技試験の途中で倒れられたら困るからって、低値かどうか出発する前に確認するだけなんじゃ?》
「それでもよ、今年から法律変わりますんで詳しく測りますって言われたら、終る」
《それでも無いと思うんだけどね、特にラウラの移動魔法の場合は生き死に関係無いから、無闇に測れないハズなんだよ。魔力容量ってプライバシーに関する事だから、緊急事態以外は測れないハズだし。そこにコストは掛けないんじゃ無いかな?》
『数値を誤魔化すのに魔道具が必要でしょうから、測る際にレジストの掛かった部屋で行われるでしょうし、そうなれば1人1人、個別にしなくてはいけませんからね』
「でもだ。ボトルガーデン完成しそうになかったら願書取り下げる」
《お、受けるんだ》
『では、代筆は不可能なので、先ずは名前の練習からですかね』
「おう、がんばる」
もう完全にソファーから降りて、床に座り字を書く。
2人の生暖かい目線を感じながら、ひたすら書く。
久し振りの紙と鉛筆かも、鉛筆が子供用なのが何とも言えん気持ちになるが。
『後は預金証明と』
《スタンプだね、サインだけじゃ偽造され易いから》
「それ、急場で間に合うのか」
《向こうのとか無いの?どんなのでも良いんだよ?》
「無い」
『試験日までに作らないとですね』
《大元の資本家の家紋をスタンプに使うとか、大きな運送屋のスタンプがそうみたい。ウチは運送屋には手を出して無いけど、言えば貸してくれると思う》
「出来るなら君達に関係無いのが良いんだが、誰か金持ち知らんかね」
《基本的には知り合いからお金を寄せ集めるか、金持ちから投資を受けるか、国から援助を受けるか。でも、投資家からの資金援助には宣伝したり交渉しなきゃだよ?》
「あら面倒臭い」
《でしょう。ならルーカスと隊の人はどう?》
『シモンやアンテロ、カールさんも協力してくれるハズですよ』
《何にも説明無しでね、他の投資家には色々と説明しなきゃだよ》
「預金証明は…コレは願書となのか、時間が無いなぁ」
《それに、来たばかりなのに投資家から援助を受けられるって事は》
「有能か、何かが際立ってるか、になるか」
《私らに直接紐付かない方法で良いと思うんだけど》
「頼む。それしか無いだろうし」
《うん》
『なら今日にも口座を作って貰いましょう、まだ銀行は空いてますから。僕は基地に話しに行きますね』
「それで1ヶ月後に試験か、がんばります」
イクラをしまい、着替えて車へと乗り込む。
銀行の前で降りると、車とレーヴィは基地へ戻って行った。
国営銀行には運送信託と言うモノがあり、口座はどの年齢からでも開く事が出来る。
送金手続きは窓口でのみ、事前に受ける側である委託者から、投資してくれる受益者を申請しておく必要もある。
その記名はマティアスが代りにしてくれた、結局は未成年の立場である限り、保護者が必要になってしまう。
未成年はマジで失敗したかも知れんが、代筆は助かる。
他にも住所等をマティアスが代筆し、開設は無事に終了した。
銀行から出ると、2台の車が目の前で停車、レーヴィとアンテロ達。
『終ったみたいですね』
《うん、何とか。後は任せたよ》
「ルーカスはどうするのさ」
《確認の為にも連絡が行くから大丈夫、半分も信託に保証金出すんだから。多分、今ルーカス宛てに伝書紙を出してると思う。入金が確認出来次第、預金証明を直接運輸省に送る手続きもしたし》
「そこはスムーズなのね」
《資金集めって難しいし、ギリギリになる人も多いから猶予があるんだって》
「下調べしてくれてるよね、ありがとう」
《いえいえ》
『彼らにお礼は不要だそうなので、帰りましょう。顔を合わせると時間が掛かるだろうから面倒だ、このままで良い。だそうです』
「なんと男らしい、ありがたい」
3人が乗る車に一礼し、レーヴィが運転してきた車へそのまま乗り込む。
折角なので、そのままリタの元へ向かい、食事とボトルガーデンの相談をする事になった。
「あら、お帰り」
《ウッキ帰って来た?》
「あ、まだだけど、ウッキに用なの?」
《それもあるんだけど、食事の事も、一緒に買い物に行って作ろうって》
「うん、良いわよ。いつにする?明日の早朝とかどう?市場に行きましょ」
「すみません、お世話になります。それでお願いします」
「何よ、水臭い事言って。もう、足りなかったって言ってくれて良かったのに」
「ごめんなさい、何かに巻き込むのが嫌で」
「それでも、もう遠慮したらダメよ。何が食べたい?」
「エビフライ」
「と?」
「タルタル、リタのタルタルで食べてみたい」
「じゃあ、いっぱい作りましょうね。お皿はあるの?」
「ある、お鍋とかもある」
「うん、じゃあ明日の為に、今日の夕食か夜食は軽いモノにしといてね、市場でも食べるんだから」
「うん」
《フライかぁ、楽しみだなぁ》
『一応、胃に優しい、軽い料理を教えて貰えませんか?』
「そうねぇ、バター無しのミルク粥とか良いけど、甘めにするのよねぇ。ラウラは大丈夫?」
「大丈夫だと思うけど、足りなかったらリゾット作る」
「ならチーズは控えめにね」
《そっちが良いな》
「はいはい」
「後は、ウッキに用事って?」
《ボトルガーデンってのを作ろうって、それで何か助言が貰えるかなって》
車の停車する音が聞こえた、暫くして扉が開くと噂の人物が帰って来た。
《おや、夕飯の相談かな》
《ただいま、どうしたのかしら?》
《ウッキにボトルガーデンを教わろうって話してたんだ、ラウラが頼まれちゃって。あ、運送屋の願書も出して来たんだよ、ね》
「うん」
《そうか、サイズはどの位なんだ?》
《出しちゃおうか》
「コレ」
デカい空瓶を出すとビックリした様子だったが、暫く考えてからウッキが口を開いた。
《投資の条件なら面白い内容だが、植物の成長の様子を見て水の量を調節しなきゃならんよ。長く掛かるだろうに》
「植物を成長させる魔法って」
《俺は使えないんだ、使える奴も知り合いに居るんだが。このサイズを安定させるなら、有料になるだろうな》
「あれま」
《あ、でも宛があれば大丈夫なんでしょ?なら初期設定だけでも、ウッキの助言を貰えないかな》
《最初なんかは意外と簡単なんだ、大体ココまで土を、そうだな、ハウスでやるか》
「お願いします」
「2人はウチの夕飯の仕込みをお願いね」
『了解です』
《はーい》
ビニールハウスへ赴くも、芽はまだ出て無い、ウッキが道具を出してる合間に様子を伺う。
瀕死のもある、後で芽を出させるか。
シートを敷き、シャベルに筒状の何かと漏斗、長い金属製の箸を出し、消毒してる。
綺麗な布で拭き上げてから、シートへ置いた。
《人間と同じで、いじる時も使い終わった後も消毒するんだぞ。で、手袋だ》
「ほい」
《瓶もなんだが、消毒してあるんだろか》「あー、多分大丈夫かと、渡されたのがコレで全部なので」
《まぁ、匂いも少しアルコールの感じがするし大丈夫だろう》
「匂います?凄く良い鼻」
《俺も亜人だ、まぁ、背中に毛が生えて鼻が良いだけ、大して役には立たん》
「へー、気付かなかった」
《だろう。残留薬品も無さそうだ、よし、土を入れるか》
ウッキがスコップで土の入った袋を突き刺す、袋からは肉眼で確認出来る程に魔素が溢れ出した。
見えてないのか当たり前なのか、特に気にする素振りも無く、漏斗を持たされた。
ウッキが袋を持ち上げ土を入れる、少し湿り気がある土がボトボトと入る。
ボトル半分に土が入った頃、袋が空になった。
筒や箸で土を均し、真ん中を窪ませる。
そして徐ろにポットへ箸を刺し、ひっくり返すとカップを外し。
ボトルへ入れ込み、埋めて均す。
豪快。
随分と可愛らしい苗が、真ん中でちょこんと鎮座している。
良い感じだが寂しい、知ってるのはもっとワサワサしてる。
水を汲みに行ったウッキの隙を見て、庭の芽をほんの少し出させ、根付かせる。
イチジクなんかは特に気を付けて、芽が土から出た瞬間に止めた。
戻って来たウッキは気付く事も無く、如雨露を渡してくれた。
ゆっくり優しく、水を撒く。
水を得た土から再び魔素が湧き、ボトルの口から煙突の様に噴き出す。
「ありがとうございます、急に頼んですみません」
《道具を少し貸しただけだ。さ、道具を洗いに行くぞ》
「うい」
洗剤で洗い、良く流してからアルコール消毒。
後は吊り下げとくだけだそう、道具小屋の中は良く手入れされた物ばかり。
流石。
《持てるか?》
「むり、しまいます」
《どうだ、楽しかったか?》
「はい、ガーデニングとかした事無かったので新鮮でした」
《元気な時で無いと出来ないからな。もし成長させられたんならまた持って来てくれ、水の調整をするからな。当分は蓋は開けたままで、陽が当たる様にしてやってくれ》
「はい、ありがとうございました」
リビングで改めて取り出し、お披露目。
《まだ封はしないんだね》
《あぁ、土が見えなくなるまで葉が増えてから水を足す。まぁ、魔法が出来るのに見せれば分かるだろう》
『どう分かるんでしょうね』
《感覚らしいぞ、乾いてるとか栄養が足りないだとかが分かるんだとさ、便利で羨ましいもんだ》
「その人に来て貰ったら、イチジク食べ放題よね」
「ね」
《忙しいのを呼ぶとなると、最低でも移動費を出さんとな。個人事業主なんだ、友人でも少し割引が効く程度だ》
「良いお金になりそう」
《そらそうだ、種が死んでなきゃ何でも根付かせるんだ。金持ちの庭なんかもやっててな、良い暮らししてるらしい》
「資格ってあるのかな」
《無い、会社を立ち上げるだけだ。なんだ、成りたいのか、欲張りな治療師様だ》
「お金持ちは皆の夢かと」
《まぁな、それでも自由な時間があればだ。デートする間も無いなら、程々で良い》
《ふふふ、そうね》
「ヤバい、ノロケがくる」
《よし帰ろう》
『お邪魔しました』
「じゃあ、また明朝にね」
「うん、お邪魔しました」
再び家に帰り、今度はリゾットを作る。
市販のジェノバソースとお米、水を入れ、煮る。
隣ではミルク粥を作るレーヴィ。
マティアスはまたソファーで物書き。
忙しい様な、ゆったりした時間の様な変な1日。
もうそろそろ陽が落ちる。
お粥はもうレンジで終えたらしいので、リゾットを任せ、夜食用のスープを作る。
キャベツにベーコンとトマト、コンソメをぶち込み終了。
少し早めの夕飯を食べ、サウナへ向かう。
《お疲れ様》
『お疲れ様でした』
「お疲れ様、長かった、疲れた」
《やっぱ足りないのが続くと疲れ易くなるんだね》
「まぁ、偽装でこれなら、倒れるのも分かる」
『早く寝ても大丈夫ですよ、適当に過ごしますから』
「君らはどうするの」
《私はソファー》
『僕は帰って、また朝に迎えに来ますよ』
「すまんね、ありがとう」
早めにサウナを出て、ベッドへ入る寸前に、バスローブを羽織ったマティアスが点滴をしに上がって来た。
何とか目を開けドアを開け、腕を捲り横になった。
『マーリン』《マティア》『看護師』《サンテリ》『リリー』「リタ」『ミア』『ロウヒ』『レーヴィ』《宿屋のウッキ》《宿屋のムンモ》