2月25日
《マティアス》「イデリーナ」『ロウヒ』《ドイツの妖精》『ミア』『レーヴィ』《シバッカル》
見事にベッドへ誘導され、寝入ってしまっていた。
今はもう朝だ、何てこった。
《おはよう》
「いつ見ても起きてるな、寝てる?」
《君が眠ったのを確認してからね》
「何だか昨日は凄いムカついた、何なんだろうか、心当たりある?」
《分んない、けどごめん、心配で邪魔したのが伝わっちゃったのかも》
「なんか、虫刺されを掻くの邪魔されたレベルでムカついた。伝わった程度で、そこまでムカつくかね」
《凄いムカつくじゃん、ごめんね》
「でも、普通ならアレで充分なんだよな、助かった、ありがとう」
《満タンになって欲しかったんだけど、何か凄く怖かった、虚ろで、酔ったみたいで》
「あぁ、そうかも、急に充填されて酔ったんかも、凄い楽で、軽かった」
《今は重いの?》
「いや、まぁ普通、昨日は尋常じゃない位にフワフワ楽しかっただけ、もう無重力よ」
《他の人も幸せそうだったな、それがまた何か怖い感じだった》
「漏れた時の、逆の立場かコレ、そうか、そら面白がるし、神様は治さんわな」
《でも、傍から見たら》
「ヤベェな、なら他の人は一斉に退去してるんかな」
《どうだろ、朝食のついでに少し見てく?》
「おう」
朝食会場の人出は普通に見える。
とりあえず朝食を取る、野菜スムージーにパンやハム、チーズが並び。
フルーツコーナーにも、スムージーを作ってくれる人が常駐している。
今回はキラキラチョイスの不味そうな野菜スムージー。
他にはマッシュルームとチーズの入った大きいオムレツを作って貰い、テーブルに戻った。
マティアスはパンとハムだけ、お腹は痛く無さそうだが、今日はやけに食が細い。
《ん?》
「痛い?」
《大丈夫、痛くなるかもと思って控えてるのもあるけど、普通に食欲無くて》
「二日酔い?」
《いや、多分満タン手前なんだと思う、身体で覚えてるから》
「後で聞こう、何か良い方法があるかもだ」
《うん、ありがとう》
「にしても残念だな、オムレツ美味しいのに」
《何入れたの?》
「マッシュルームとチーズ」
《良いよね、ハム入れても美味しそう》
「食べたら溢れるの?今はどんな感覚?」
《んー、胸がいっぱいって感じ、まだ食べられるんだけど、お腹いっぱいみたいな》
「無いなその感じ、気配も無い、オムレツおかわり余裕よ」
《じゃあ持って来るから、私の分も食べて。それから果物のスムージーもね、あのヨーグルト入り名物なんだって》
「ほうほう、お願いします」
オムレツをパンに挟んだりして楽しんでいる間に、マティアスが次のオムレツと、果物のスムージーを持って来てくれた。
どちらも1口食べて終わり、お腹が痛くなるなら自分でもこうなるかも知れんが。
今は想像も出来ぬ。
《あーあ、美味しいのに》
「すまんな、浴びさせたから」
《ううん、こちらこそ。気にしないで、久し振りだから少しビクビクしてるだけ》
「うーん、不思議がいっぱいだ」
一通り食べ尽くし、ロビーを覗いてみたが帰る客は少ししか居なかった。
様子見にと受付へオーロラの話をしたが、延長するお客さんばかりで嬉しいらしいく、納得が出来ないままに部屋へと戻った。
《眉間に皺が、どうしたの?》
「お客さん達、消費してるんかな、滞留は良くないって聞いたから。あ、どう悪いかまでは聞けて無いんだけどね」
《それも聞いて貰うと助かる》
「おう、双方向出来るかねソラちゃん」
【空間魔法を同時に2つ発生させる、と言う事で宜しいですか?】
「おう」
【可能です、ドイツの黒い森とロウヒ家で宜しいですか?】
「よろしこ」
ベッドへうつ伏せになると、正面に2つ空間が開いた。
1つはロウヒの部屋、もう1つは修理屋の窓。
腕を伸ばして窓をノックすると、妖精が気付き、イデリアーナが窓を開けてくれた。
「あら、とうとう堂々と魔法を使う様になったのね」
「まぁ、少し会議がしたくて、今大丈夫?」
「良いわよ、そちらは?」
『ロウヒだ、宜しく』
ロウヒはドイツ語もイケるらしい。
コッチはマティアスへ通訳が必要、面倒なのでタブレットを経由し、ソラちゃんに翻訳して貰う。
逆にコッチの言葉は、妖精が買って出てくれた。
【翻訳を開始。マティアス、聞こえていますか】
《はい、宜しくお願いします》
《ふふ、宜しくね》
『ロウヒって、まさか』
「うそでしょ」
『本当なんだが』
「おう、お察しの通りのお方。それでコッチは狂信者ことマティアス」
《どうも、保護者をしてるマティアスです》
《亜人ね、面白いメンツで楽しいわね》
『妖精、久しく見なかったな』
《どうも、そちらでは絶滅したそうで》
『面目ない、元々ココには少なくてな、絶滅しているとは気付かんで、申し訳ない』
《いえ、地に縛られていては仕方無い事、お互いに苦労が耐えませんね》
「ちょっと、色々分かり易く説明して欲しいんだけど。先ずは何で会議したかったのか、よ」
「すまんね、先ずはココ、ブルーラグーンなんだが、魔力回復目的で来たのに、キラキラして無かったのよ。自分が知ってる温泉は、魔素が濃いと思ってたから、最初は見間違いかと思った。んで、昨日オーロラが出て魔素が降って来て、やっと回復した。コレ、世間の常識なのか?」
『失礼しますね、私からご説明しても?』
「頼むミア」
『一般的には、魔素を視認出来る人は限られています。ブルーラグーンですが、昔はオーロラが良く見えていたそうで、その当時は魔素を回復出来る良い場所だったと聞いていました、最近は行きたいならどうぞって感じですね。皮膚病にも効きますし、観光やリラックスを兼ねた湯治として黙認してる感じです』
「私は魔力回復出来るって聞いてたんだけどな、観光雑誌にもほら、書いてあるし」
「条件次第だって事までは書いてないよな、情報の更新が遅いのか、若しくは商業目的の隠蔽的なモノか」
《かもねぇ、たまにしか回復しないなんて、少し詐欺的だもの》
『ワシはオーロラが降る事で回復すると思っていたのだがな、他はどうだ?妖精や』
《私も、湧く場所では無いけど、降る魔素を効率良く楽しく浴びられる場だと思ってたわ、渡りの妖精の休憩場所として有名だったから》
『昔は良くオーロラが見れたそうですし、そう考えると、当時魔素を感じ取れる者は、降る魔素を浴びに行くと言うのが目的だったのでは』
「昔は良くオーロラが見れて、今は稀な理由は?」
《妖精よ、生まれると同時に魔素を発生させ、それを纏い飛ぶの》
『キラキラして眺めているだけで楽しかったな、特に大移動なんかは1晩中見ていた』
『エルフで観察日記を出してた方も居ましたね、直ぐに出版停止になって可哀想でした。絵も上手で好きで持ってるんですよ、ファーブルさんの妖精日記』
「ヤバい、異世界の話しを聞いてるみたいだわ」
《そんなのあったんだ、読んでみたいなぁ》
【マティアスが読んでみたいそうです】
『あ、お貸ししますよ、どうぞ』
《やった、ありがとうございます》
「そういやマティアスは見えるし、聞こえるの?妖精」
《うん、え?普通はどうなの?》
「レアね、亜人だからかしら」
『エルフの血が少し入ってるんでしょうかね』
『いや、祝福を受けたな、どこぞの神から』
「それが思い出せないらしい」
『あぁ、なるほど、封じられているな。大方ロキだろう、封の仕方に見覚えがある』
「あら、あらら」
「えー」
『まぁ、大変』
【ロキ神の加護だそうです】
《は、え、だって、関わった覚えがまるで無いんだけど、何かした覚えも無いし》
『アレは子供に弱いんでな、そうか、生きていたか』
「良いのか悪いのか判断しかねるので、一旦話を戻そう」
『だな、何処まで戻せば良いだろうか』
「オーロラは妖精と繋がりがあるか」
《妖精の大移動は一定周期、群れの分裂期に起きるの、オーロラが出ると同時に群れが分れ、各地へ移動する》
『そもそも、オーロラから魔素が降るのも常識だと思っていたがな、見えぬ者には違うのか』
『ですね、皆で外へ出る位ですから、てっきりそう思い込んでましたが、違うみたいです』
「珍しくて綺麗だからよ、魔素が降ってるなんて思いもしなかったし」
《だよねぇ。具合悪くなる子が居ても、夜更かしとか風邪だろうってなってたし》
「何そのギャグみたいなすれ違い、分かるんだけどさぁ、何でこうなるか」
「時代じゃない?昔は常識がコロコロ変わって大変だったって父さんが言ってたから、それで昔からのは、そのままって感じ」
《そうかも、更新される情報量が多くて疲弊してたのかも、新しい研究や説を出すのに勇気が要ったって話しもあるし。学会での発表の基準も、害があるのが優先されてたし》
「見える側からでも、夜更かしするなとかの警告で充分か」
『ましてや魔素が危険だと誤認されては困りますし、何回も経験すれば控えるだろうと思ったんでしょうね』
『オーロラの出現率が下がれば尚更だろう』
「浸透しないままに消えたのか、復活する方法は妖精が増える事?増え過ぎて困る事なんてある?」
《悪戯者が増えて見えぬ者は困るでしょうね、昔が懐かしいわ》
『ふふふ、赤いレプラコーンの悪戯が笑えるんだ、クソを踏んだ靴を綺麗にしないと家の中でひっくり返す』
『そしてその靴裏に馬糞を山盛りに盛って消えちゃうんですよね、ふふふ』
「なにそれ」
《親の言いつけを守らないとマジで何かされるのか、子供の頃ならかなり言う事聞いちゃうな》
『大人にもあるぞ、ふふ、それは少し、本当に困るかも知れんが。まぁ、良い子であれば大概は大丈夫だろう』
『どうでしょう、少し過激な子もいますから、ふふふ』
《ふふ、ウチに守りを作らせないと、ふふふ》
「ちょっと、マジで昔話の妖精の悪戯が起こるって事?」
《えぇ、でも死ぬ事は滅多に無いし》
『守りがあれば尚の事、そう滅多には起こらんさ』
『多さによりますが、最低値で想定すると、航空機事故と確率は同じ位かと』
「それも判断しかねる、環境に魔素の循環が起きるワケだろう、それのメリットとデメリットを整理して欲しい」
『先ずだ、通常稼働でラウラの魔力容量が低値に陥る事が減る。それと、妖精の大移動が何度か起これば、魔渦の脅威はほぼ消えるだろう』
『ですね、魔獣発生以前の状態に戻れば安定するかと、情勢も魔渦も』
「それでもよ?魔獣が変質したりとかは無いわけ?」
《それは人為的な介入があれば、否定は出来ないわ》
「誰かがそれをしたならば標的が搾れるけど、多分被害が出るよね」
《ラウラが前に言ってたよね。人が未来を無意識に選んでる、選択した認識も無しに、人が未来を選んでるかもって》
「まぁ、治療魔法の話しだけどさ、それとコレは、今が選ぶ時かもだし。既に選ばれた選択肢の中で生きるのとワケが違う」
《それは何処を分岐とするかによるでしょ、妖精を壊滅状態にした時点で、犠牲無しで修正する選択肢を人が消した》
「君は火中で、例え被害に合っても納得できるかもだけど、何も知らない人にしてみたら不意のとばっちりも良い所だろう。先代の、負の遺産をいきなり背負わされる身にもなれよ」
『だとしてもです、先送りすれば弊害が有るかも知れませんし、先送りで負荷が増えるかも知れません』
「そうなのよね、理論通りなら魔獣被害が減る筈なんだし。なら少し苦労しても良いわよ別に、誰かが死ぬのを避けられるなら、悪戯で死ぬのも諦められる、人的被害より事故の方がマシよ」
「そう認識出来ればであって、認識できなかったら、不幸な事故にしかならないでしょう」
『では少し話を切り替えましょう。デメリットを、魔獣対策による研究が完全に停止しますね、その仕事に従事する者が一時的にしろ無職になります』
「そこは妖精のお守り製作へ移行して貰えば良いんじゃない?妖精を溢れさせてから、魔獣が減るんだろうし」
「意外と死傷者数が増えそうなんだが」
「だから、お守りを先行して配布すれば良いでしょ、妖精の悪戯の被害を最初から抑える」
「どう広めて告知するのよ、名乗り出る気はまだ無いよ」
「私がする、ウチの近くで増やして渡りをさせれば良いじゃない、妖精の移動速度なんてたかが知れてるでしょ?」
《渡りの蝶とほぼ同じ速度ね、村が騒がしくなって、凄い事になるわよ?》
「別に良いわよ、スキャンダルなんて無いし、騒がれても無視すれば良いんだから」
「嬉しいけど、負担が大きいでしょうよ」
「でもだって、それで良くなるなら良いじゃない。中傷で死ぬ程、私は人に期待してないし」
「なんか英雄的思考だな、凄いけど、保留で」
『ではもう1つ、ロシアや隣接する国に何かしら影響があるかと。冬季は魔獣によりロシアの活動が抑えられている可能性も有りますから、魔獣が減ると同時に何某かの動きが出る可能性が濃厚です。例え敵対行動が無いにせよ、難民の移動は避けられないかと』
「あぁー、ダメじゃん、魔獣対策から隣国対策に移行するって事は、下手したら戦争になりかねないじゃんか」
「そこよねぇ。魔獣対策がギリギリだと、国もそこまで想定してるか怪しいし、大量の難民流入はかなりの問題になるわよね。戦争が有っても無くても、どのみち難民問題で揉めそう」
「テロも想定されるだろうし、つんだ」
「隣の情勢が分ればね、何か無いの?軍関係なんでしょ」
【隣国の情報を何か出せ】
「雑」
《えぇー、私は軍の所属だけど、情報が入って来る立場に無いし》
『ワシを使えば良いだろう、神託でも何でもと理由を付けて、そこからもたらされたと言えば良い』
『イギリスの魔法省のエルフが、如何にしてフィンランドのロウヒ様へ繋がったのか、どう繋ぎを付けたのかが争点になってしまいます、果ては密通の罪を疑われかねません』
《妖精の私でもダメなのかしら》
『はい、見えぬ者は否定するでしょうから』
「人が人の邪魔をする」
「人間なんてそんなモノよ、足を引っ張る者は必ず何処かに居るし。そう自覚して無くても、しちゃうみたいよ」
《ゴシップ誌も少しは役に立つわね》
「人と関わるだけ摩擦が増える、それをどうこなすか、よ。お祖母ちゃんがいつも言ってたから」
「だから引き籠ってるのか」
「まぁね、嫌なモノを見ないで良い距離が、あの家と村だから」
『枯れている、そんなに嫌なら引っ越せば良いものを』
「修理しに来る人が居るから、修理して欲しがる人達が好きなの。大事にして、長く一緒に居たいって思ってくれてるから来るんだもの、それが嬉しくて大好きなの。人形が全て無くならに限り、引っ越さないわ」
「つよい」
「好みが偏ってるだけよ、好き嫌いがハッキリしてるだけ」
「だから結婚しないのか」
「分ってくれる人が居れば良いんだけどねぇ、どうも自分のテリトリーに引き込みたがる人ばっかで」
『分かります、私の仕事を辞めさせようとしたり、引っ越させようとするんですよね』
「お前が引っ越して来いよって言うと大概消えるのよね、何だ、その程度かって」
『その癖、自分だってその程度なのねって言うと逆切れするんですよね』
『男運が悪いのう、少しは弱さを見せんと向こうも意地になるのだから、適当な所で折れねばいかんよ』
《そう言い聞かせてるんだけど、折れる程の良い男で無かったって反論してくるの。全く困った子達よね》
「親戚の家族会議になってきたな」
《凄く参考になる。今度、家族への言い訳に使おうかな》
「やめとけ、そこまで惚れさせられないお前が悪いとか言われるぞ」
《うっ》
「やめて、私にも刺さる」
『ダメですよ、ココで負けては』
『何だ、惚れ薬の1つも伝授しなかったのか』
《初代に旅の途中で知られて、それ以降禁じられてるの》
「えー、曾お祖父ちゃんめ、よくも先手を打ってくれたわね」
『まぁまぁ、まだ若いんですし、運命の人を待ちましょう』
「運命派が多いなぁ」
『1番枯れておる者が決まったな』
《1番若いのに、苦労したのね》
「ミア、何か聞いて無いの?」
『残念ながら』
「あら、マイノリティーへの攻撃は良くないぞ、差別だ、人権侵害だ」
《ふふ、ラウラは繊細でナイーブだからね》
「そうそう、だから家族会議は終わりね、話を戻すよ。戦争が起こる可能性があるから、ロシアから遠い国から実験する、コッチも帰ったら近くの妖精に話して、国境沿いの魔渦は放置して貰うとか。どう?」
《では、私から妖精女王に伝えておこうかしらね、他の妖精にも会えたなら、随時伝えるわ》
「私とミアは妖精のお守りね」
『はい、宜しくお願いしますね』
『では、ワシは何を授けようかぁ』
「は、まだ貰ったのを開いても居ないのに」
『オーロラを追い掛けて浴びねば、碌に行動も出来まい。そうだな、トールにも手紙を送っておこう、今夜もきっと、良いオーロラが浴びられるだろう』
「普通の人なら容量オーバーだからって、昨日は強制帰投命令があったんだが」
『ふむ、そうか、実に難儀だなぁ』
《低値抜けてるなら帰れるけど、まだなら無理だよ、危ないから返してくれない》
『では、どれどれ』
手招きされたのでロウヒへ近寄る、おでことおでこを合わせて、暫くすると離れた。
「なにコレ」
『妖精や、少し』
《そうね》
妖精とも額を合わせる、何なのだコレは。
『少し分けたからな、コレで低値は抜けただろう』
《微力ですけど、どうかしら?》
「偽装してるからか、何にも分らん」
『構わん、偽装値での低値は確実に抜けている』
《偽装なのね、通りで》
「吸ったり分けたり出来るの?」
『治せる者は皆がそうだが、そうか、お前は初心者だったな』
《簡単よ、額をあてて流入をコントロールすれば良いの》
「吸えるのか、そうか」
『誰か溢れそうなんですか?』
「あ、マティアスが、昨日止めに入って少し浴びた、容量小さいのに」
『そうか、だがまだ大丈夫そうだぞ』
《気にし過ぎよ》
【容量気にし過ぎ】
《そっかぁ、良かった、ありがとうございます》
「念の為にオーロラ対策の魔道具が無いか聞こうと思ってたんだ、お腹痛くなるのは可哀想だから」
『私もなんですよ。あ、オーロラには魔除けの鈴が良いですよ、そういう設計ですから』
《ねぇ、昔に作った子供用のがあるでしょ、彼にはアレが良いと思うわ》
「あ!待っててね、今出してくるから」
「助かる、ありがとう」
《それにしても、会議始めるなら言ってくれたら良かったのに》
「出来るか分からなかったんでね、向こうにだって用事が有るんだし」
《じゃあ、出来なかったら?》
「伝言頼んで考察しといて貰うか、時間合わせるとか?」
《いつもこんな感じ?》
「まぁ」
「はい、どうぞ」
《ありがとうございます》
《ありがとうって、ふふふ、似合うわねぇ》
「で、安全策を取る限り、解決するのは細やかな問題だけかな」
『それも大事な事ですよ、大局を動かす英雄だけが全てではありませんから』
「もどかしいのは分かるけど、戦争は嫌だし、地道にやりましょう」
『こうして話し合えたのも有意義な事だ』
《えぇ、認識を改める良い機会になったと思うわ》
「だと良いんですけどね、すみません、解決に繋がらずで」
《情報収集も大事だし、ゆっくりやろう》
「おう。ありがとうございました」
ドイツの空間を閉じ、残るはロウヒとマティアスだけとなった。
『後はトールか、今夜は帰るのだろう?』
「買い物してから帰りたいな、帰ったらまた開く」
『うむ、チョコとチーズケーキを頼むぞ、それからラム肉もだ』
「了解」
『だが、疲れているならまた明日でも良いのだぞ、付き添いのもゆっくりしたいだろう。この激情娘の世話は大変だろう』
《ラウラは良い子ですよ、激情の気配も無いし》
『ふふ、そうか、良い子なのだな、ふふふ』
「子供扱いがなぁ、気に食わんよなぁ、年下なのは分かるけどもさぁ」
《何だか危なっかしいんだもの、どこがどうって言われると困るけど》
『ふむ、中々に良い感覚を持ってるな、お前は疎んでいるかも知れないが、その感覚は大事にした方が良い、きっと何かの役に立つ』
《はい。何でも分っちゃうんですね》
『何でもでは無い、知っている事だけだ』
「何でも知ってそうだけどな」
『ふふ、どうだろうな』
「怖い怖い、マティアスはどうしたい?偶には言う事を聞く」
《帰ってオーロラ浴びよう、早く安心したい》
「じゃあ今度は観光で来よう、お金貯めて、レーヴィも連れて。今日は退却」
《うん》
『ではトールに伝えておこう、ロキの事も』
「頼みます」
『うむ、ではまたの』
「よし、じゃあ測りに行きますか」
《その前に、最後に入って行かない?》
「行きますか」
早く動く空模様を眺めながら、ゆっくりと浸かる。
水中の魔素はかなり消費されたのか、僅かに残りパール状に波間で揺らめくだけ。
良く見ると、青空より雲間の方が水色に見えるな。
白い泥を塗り、他の客と同様にサウナに入ってから洗い流す。
これが正解なのか、回復したからか、化粧水でお肌プルプル。
部屋へ戻りチェックアウトをしに受付で測定、低値をギリギリ抜けていた。
マジでアレで良いのか。
『空室もまだありますし、泊まっていかれては?』
《私も心苦しいのですが、患者が待っていますから》
「はい、ありがとうございました。和食担当の方に宜しくお伝え下さい」
『はい、分かりました』
なんとかチェックアウトを済ませ、最寄りのスーパーまで行くバスへ乗る。
物価が高いイメージだったが、完全に真逆だった。
魔獣の心配の無い海路の方が運送費用も安いんだそうだ、なので内地のソダンキュラが高いんだそう。
イクラはそこそこ、ラムが特に安いので大量に買い溜め、クジラは生食用を確保。
チョコとチーズケーキは受付で聞いたオススメの店へ、店内で食べてみる。
美味しい、お土産ゲット。
帰還は近くの空港にある移動魔法専用室から。
目くらましの為にもと、ノルウェーの魚屋に寄り、破格でイクラとサーモンの柵をゲット。
そして基地まで飛び、マティアスと共に兵長室へ向かった。
『お帰りなさい、早かったですね』
「色々あって、兵長は魔素中毒になるとどうなる?」
『え、そうですね、吐きます』
「あら、大変だ、鈴ある?魔除けの」
《オーロラから降る魔素除けに良いみたい、私も貰った》
「子供用、ぷぷ」
『可愛らしいですね、どなたから?』
《それは後で、隊でも今夜までに準備しといて、特に外回りと巡回に》
『はい、昼食はどうしますか?』
《どうする?》
「中庭で食べとく、2人は食堂へどうぞ。アレ食う」
《あぁ、アレね、分かった》
今回は2手に分かれ、自分は中庭で納豆丼を食す。
今夜はイクラ、帰ったら仕込み。
お米、炊きたて。
【主に水が人為的に掛かりそうな場合、どの様に対応すれば良いでしょうか】
ただの水なら被る、但し飲食物や物品は死守。
【了解、合図します】
ソラちゃんの合図通り動くと、水が降り注いで来た。
見事に納豆丼は守られたが。
コートは凄い撥水してくれているが、頭だけが濡れた、くっそ冷たい。
まだ空腹なのを我慢し納豆丼をしまい、シャワー室へ。
コソコソしていたのを、看護師に見られた。
『ちょ!サウナに、シャワー行って下さい、今は空いてるだろうから』
《あぁ、服はどうしましょう、患者着で良ければ》
「服はあるので大丈夫です、次はどうするのが穏便に済みますかね?」
『話は後でで、冷えたら大変ですから』
《そうですよ、直ぐに行って下さい》
流石にお昼はガラ空き、とりあえずシャワーを浴びて小さい方のサウナへ。
どうする、受ければ溜飲も下がるかと思ったのに。
見られるとは。
暫くすると兵長とマティアスが飛んできた。
不味い。
不味いですぞ。
「飯はどうした」
《置いて来たよ、話を聞いたんだけど誰か見た?》
「いや、真後ろだったので見てない」
『そうですか』
《ごめんね》
「まだ犯人確定してないでしょ、謝るなって、穏便に済ませようとしてるんだから」
《もう確定してる》
「証拠は」
『ナースが濡れたバケツを抑えました、掃除用で、今日は使ってないそうです』
「それだけじゃ緩い、疑わしきは罰せず」
《妹ちゃんのトイレの付き添いで抜けたんだ、そのトイレのバケツ、そして妹ちゃんが証人》
「巻き込んだのか」
『はい、今は福祉士が付き添ってます』
「あらら、処分は?」
『高校の再査定と謹慎、治療が難しそうなら何処かで留年して貰うそうです』
「治療って、厳しい、別に人を殺したんでも無いのに」
『この寒い中で冷水を浴びさせ、低値を抜けたばかりの治療師様の食事を邪魔したんです、傷害未遂ですよ』
《ラウラが風邪引いたり倒れたら傷害罪》
「どうすれば丸く収まる」
『もう無理ですね、手を出したんですから』
《だから関係者の話し合いの場に来て欲しい、減刑を望むなら尚更》
「分かった、直ぐ行くけど、何処に行けば良い」
『兵長室です、宜しくお願いします』
身支度を済ませ、兵長室へ向かう。
気まずい、避けるのがベストだったのだろうか。
「失礼します」
『どうぞ、こちら福祉士のサンテリです、関係者から全て話は聞いてますので、後はラウラが話すだけです』
《サンテリです、宜しくお願いします、良いですか?》
「はい」
《では、録音を開始させて頂きます》
「はい、じゃあ先ずは軽くしてあげて下さい、事故でしょう」
《申し訳ありませんが、既に彼女が故意にやったと話しているので、覆す事は不可能です。全く反省もしてませんし、軽くするのも難しいです》
「どうしたら反省しそうですか」
《アナタでは無く、マティアスが辞めるとなれば、認識を改める可能性はありますが。元々は、アナタが居なくなった後に安心して高校へ行き、大学も無事に卒業してココへ戻る。そうする事で、マティアスと前以上に仲良くなれると、そう思い込んでるんです》
「どうして拗らせた、あんな美人なのに」
《今までライバルが居なかった。そして本人曰く、マティアスは男性的な目で見ないでくれたから、最初に優しくしてくれたから、と》
「マティアスが悪い?」
《いいえ、我々の責任です。連携して対応に当たっていたんですが、実行を防げませんでした》
「治す方法は」
《ホルモン療法に投薬に行動療法、リハビリになります。少なくとも、もうココでの治療は難しいんです》
「被害が無いのに」
《害を与えようと行動に移した。もう治療師様と接触させるワケにはいきませんし、治らない限りはマティアスとの接触もコントロールしなくてはいけません。なので彼女が移動する以外に、選択肢は無いのです》
「なら自分が居なくなる、それでリリーちゃんが移動だとどうなる?」
《成功体験として習得してしまう可能性が高いので却下です、彼女の望みが一切叶わない事こそが、治療への一歩なんです》
「病気の原因は?」
《ホルモンバランス、遺伝とも言われたり、環境だとも、はっきり言って不明です。ただ投薬治療の成功確率は高いので、リハビリと共に行えば治る希望はあります》
「年単位ですか」
《はい、特にホルモンバランスが不安定な時期なので、薬の調整が難しいんです》
「妊娠に影響は」
《ホルモン療法で排卵が止まりますが、寛解可能域だと確認されてから、3ヶ月の経過観察後に可能になります。ホルモン療法が治療方法である以上避けられません、この病気での望まぬ妊娠も避けられますから》
「眠ってる時でも良いので、会う事は可能ですか」
《はい、被害者救済が第1ですので、お望みであれば》
「はい、お願いします、マティアスと話しても?」
《はい、では録音を終了させて頂きます、お疲れ様でした…本当に、申し訳ございませんでした》
「いえ、こちらこそ、原因が不明でも一因になった可能性もあるんで、少しでも何かさせて下さい」
《いえ、アナタでなくても、同年代の誰かが来た時点で発症していた可能性もありますから、どうか気にしないで下さい》
「やっぱり、誰でもなりますか」
《はい、鬱や拒食症、原因が明確で無い以上は誰しもが、何かしらの可能性を持っています》
「そうですか、ありがとうございました」
《いえ、では失礼します》
だから、マティアスは結婚も家族も嫌がったのか。
分かる、自分がなったら、子供がなったらと思うと不安になる。
《ごめんね、大丈夫?》
「おう、少しビックリしてる。だからマティアスは結婚したく無いのか」
《まぁ、皆は杞憂だって言うけどね。そんな相手に出会って無いからとか、見合いなのに幸せそうな姉さんが不思議で仕方無い》
「でもレーヴィならなんとかなりそう、とか思う」
『僕ですか?こういった事例を見ると少し考えてしまいますよね、家族になる人には一緒に乗り越えて欲しいですけど、この立場ですら難しいんですから、我が子となれば余計に辛いでしょうし』
「ね。何か新しい治療法は無いの?」
《無いんだ、兆候があってから改めて探したんだけど、今提案されてるホルモン療法と投薬だけ。合わせて行動療法もされるけど、ある程度安定しないと効果は薄いらしい》
「電気ショックも?ちゃんとやれば鬱にも効くって」
《若いから無理なんだ、少なからず脳細胞を壊すから、20代後半からの適応になってる》
「ホルモン療法だけで何とかならんか」
《それはもう、向こうの医師が決める事だから何も出来ないんだ。向こうの病院での診断で治療方針が決まる、オウルの病院は大きいし評判も良い、もう任せるしか無いよ》
「脳の、ホルモンの問題なら治せんか、治療師でもダメなのか」
《ロボトミーに近い方法は一時期話題になったけど、結局は似た様な問題が出て禁止になった。例え一時的にホルモンを調整できても、何かの切っ掛けでバランスが崩れたらまた同じ事が起こるだろうし。成功体験を作らせない、経験を積ませないのが、周りで出来る限界なんだよ》
『ラウラ、昔、大きな事件が起きたんです。患者が、相手とその家族を巻き込んだ事件で、関係者全員が亡くなりました』
《それで制御具が看護師長権限でも使える様になった。その人が事件を起こすのが2回目で、病院関係者が近くに居た。通院後で、看護師が不信に思って付き添ってたんだけど、患者の自宅ごと焼き殺された。その後に相手の家に行き、家と自分と相手を焼いた。当時は通報した音声データが公開されて、今では非公開。最後まで、残ってたから》
「だから厳しいと」
《うん。その相手の人ね、落ちた物を拾ってあげただけなんだ。看護師も最後まで逆らわないで、言う事聞いてたのに殺された。それで対応マニュアルも再考されたし、病院にも調査が入った。看護師が病気の兆候を見付けて医師に言ったけど、信じて貰えなかったって記録が出てね。それからは最低でも医師2人以上の診断が必要になった、だから、どうあがいてもあの子はココに居られない》
「それこそ、魔法で操られてるとか無かったのか」
《レジストの魔法が掛かった部屋とか、魔法の影響を無くす部屋で入院してた記録もあるんだけど、変わらずだったみたいだし、その可能性は真っ先に除外された。あの子も処置室にカール爺さんが魔法を掛けてるけど、今の所は変化は無いみたい》
「影響が長く響くのだって見てるでしょ」
《勿論、向こうで改めて時間を掛けて観察される、もし魔法の影響なら直ぐに退院出来るし、事件の被害者として登録される。ただ、そういう事件は軍の施設で起きた事が無いから、大事になるのは間違いない》
「ちょっと整理したい、部屋を借りても良いかマティアス、少し寝たい」
《うん、本調子じゃ無いのにごめんね、行こうか》
「うん、ごめんねレーヴィも」
『いえ、帰って直ぐでしたし休んで下さい、彼女はまだココに居る予定ですから』
少しだけだからとソファーへ横になり、ガラスの鍵を出した。
《どうした?何か嫌な事でもあったのか?》
「あった、記憶を消すとかの方法を教えて」
《待て待て、事情を話してはくれんか?》
「もしかしたら自分のせいで発症したかも知れない、だから、何とかしたい」
《ほれほれ、良い子。うん、お主が何をしたワケでも無かろうて、うん、お主は耐えて収めようとしたでは無いか》
「それでも、治せなくても、発症を遅らせるのだけでも良い、もしかしたら、数年したら新薬だって、何か」
《そうか、身内と重ねているのだな、辛い目に合うのではと、心配しているのだな》
「ココの病院を信用して無いんじゃ無いんだ、ただ、自分が居なければ、ならなかったんじゃ無いかって、だから、なんとかしたくて」
《運命は少しズレても変わる事は無い、分かっているだろうに》
「それでも、だから、少しでも発症を遅らせたい、少しでも、良い方向にズレて欲しい」
《では、記憶を操作するだけでは収まらない事も分かっているな?》
「うん、精神操作も関わる」
《そうだ、お主が恐れる事の1つ。そして誰にも感謝もされず、理解もされない可能性がある》
「今の居場所も、人も無くすかも知れない」
《それでもやるのか?》
「する、科学や医学が少し遅れても。エゴで、自己満足でする」
《それは私が最も好むモノ。良いだろう、欲望と望みあらば叶えるのがクトゥルフなりや、汝に叡智を、我欲こそ真髄》
確かに目を覚ました筈なのに、薄ぼんやりしている。
何処も明るくて眩しい。
マティアスの声も少し遠く感じる。
身体を動かしてる感覚は無い、けど立ち上がり歩いてる。
病室の前、福祉士と看護師さんが話してる。
暴れちゃって薬で鎮静中らしい。
病室に入ると拘束されて眠るリリーちゃんが居る、髪が乱れてる。
お洒落さんなのに、直してあげないと。
「なおそうね」
他にも無いか調べてみよう。
良く見れば分泌物のバランスも、接続も接触不良気味。
メモリも余計な増設があるし、虫食いは取り除いて。
甘過ぎるから味付けをやりなおさないと、1回洗って、昆布にカツオ、塩とお酒と薄口醤油。
あぁ、後は磨いて終わりかな。
可愛いんだから、ちゃんとしてあげないと
《ラウラ、ラウラ、何してるの》
「なおした、もう終った、可愛いんだから綺麗にしないとね」
《なおしたって、なにしたの?》
「メモリをバランス調整した、味付けは美味しくしないと」
《そうだね、美味しいのが1番だね》
「そうそう、可愛いんだから、それだけで価値が上がる、家が買える位に」
《そうだね、眩しい?》
「うん」
《うん、じゃあ少し目を瞑ろう》
「うん、眩しいから丁度良いね」
《サンテリ》




