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2月24日

 目が覚めると、まだ朝の4時。

 寧ろ真夜中の4時だ、外は真っ暗。


 部屋も暖炉の明かりだけ、椅子には兵長、腕には点滴。


 この棒は、何処から来たのだろう。

 とりあえず点滴を手で持ってトイレに行って、2階へ向かうもマティアスの姿は無い。

 上から覗くと車はある。


 申し訳ないが兵長を起こそうと下へ降りると、既に起きていた。


「おはよ」

『おはようございます、大丈夫ですか?』


「おう、ギリ間に合ってるっぽい」


 エリクサーを出し、ガブ飲みする。


 昨夜の事があったので兵長にも少し分けると、すんなり飲んだ。


 果物を出すと切ってくれるし、至れり尽くせり。


『昨日はすみませんでした』

「いえいえ、マティアスも体感して安心できたでしょ」


『今はそれどころじゃ無いみたいです、倒れさせてしまったと思ってますから』

「寝ただけなんだけどね、倒れる程では無かった。溢れるの心配してたんだけど、ずっと、低過ぎたみたい」


『容量が多いなりの苦労があるものですね』

「まぁ、季節が良くないのかもね、取れたて、取れたままが1番だから」


『向こうはそんなに、豊富に取れるんですか?』

「特に浮島に居たから、植えた桃とかも食べてたし、神様とかからも貰ってたし」


『もしかして、その神々の果物なんですか?』

「おう、だから出す時も少しにした、凄い量で持ってる。魔力オーバーしてもいけないと思って」


『もっと、大事に食べておくべきでした』

「まだあるから大丈夫だって」


『本当にすみません、色々気を使ってくれているのに』

「仕方無い。楽しかったよ、久し振りの戦闘訓練」


『訓練になりました?』

「まぁ、始まるまでこそが戦闘訓練って感じでもあるし。フェンリルとかヨルムンガンドよりは弱い」


『それを聞けば、マティアスも少しは考えてくれましたかね』

「無理でしょう、見て体感しないとダメな子でしょうから」


『ですよね、すみません、彼の悪い所で』

「良い所でもある、鵜呑みにしないとか警戒するって大事だし、本当に良いと思う。だからリリーちゃんも別に嫌いじゃ無い、縄張り意識も方向性によっては良い事だろう。どう良いかは知らんが」


『広い心で対処して頂いて、助かります』

「あんま関心が無い、興味無いから。でもマティアスが急に興味を失ったのにはゾッとした、マジで怖かったわ、長い付き合いなのに普通あんな事で興味失うか?」


『本当に、昔からそうなんですよ。今思えば、聞こえていたからこその、急な心変わりだったと分かるんですけど。だから、今回も多分そんな感じなんだと思います。聞きたくない事が、マティアスに聞こえてたのかも知れません』

「あー、それは、マティアスに確認するのも酷だろうし、聞けないか。でも無関心なら逆に、聞いても良いのか?聞いて良いか聞くか」


『良いんでしょうかね、聞いても』

「嫌なら言わなくていいから、聞いて良いか、聞けば良いって、お祖母ちゃんに聞いた」


『ふふ、早口言葉みたいですね。でも、尋ねられる事すら嫌がる人も居るのでは』

「それは本人から直接聞かないと分からなく無い?聞いて欲しくない人も、聞いて欲しい人も、どっちでも良いと思ってる人だって居るだろうし。だから、後はもう聞き方とか考慮すべきだろうけど、触れられないって事は、腫れ物扱いに感じる人も居ると思うし。人を見て様子見てだけど、やっぱ聞かない方が良いのかな?」


『少し混乱してますね、何か食べます?』

「あ、うん、空腹だとやっぱ纏まらんな。もっと食べるか」


『スープも有りますよ、暖めて来ますね』

「ありがとう」


 盛り合わせを出し、もりもりと食べている間にスープが運ばれた。


 缶詰のスープでも全然美味しい。


 もう、他人の料理が好きなだけなのかも知れん。


『缶を薄めただけなんですけど、濃く無いですか?』

「丁度良い、美味しい、ありがとう」




 外が少し明るくなったかと思うと、車のライトだった。

 マティアスが鍵を持ち出していたのかノックも無しに解錠し、入って来た。


《良かった、起きて大丈夫?何か不調は?》

「大丈夫、それより、飲酒運転で捕まったか」


《違うよ、隊の子に送り迎えして貰っただけだよ》

「迷惑掛けちゃったな」

『巡回のついでですから大丈夫ですよ、気にしないで下さい』


《そうそう。それよりラグーンの申請通ったよ》

「あら、でも計測が」


《緊急要請だから大丈夫だと思う、何とかする。早めに行くのが前提だから、今はノルウェーのヴァロイヤまで運んでくれる運送屋待ち》

「何処まで迷惑を拡げる気よ」


《普通の挙動の範囲なんだから我慢して、費用は給料から引かれるだけだから》

「とんでもない恩を着せられてる気がしてきた」


《逆だよ、恩返し中なんだから安心して任せて》

『準備は良いですか?何か持って行く物は?』

「ここの鍵を預けたいんだが」


『はい、しっかり管理しますから任せて下さい』

「何か、入院する気分」

《だね、安定するまで無期限宿泊にしたから》


「少しで良かったのに」

《大丈夫、ごめんね、準備は?》


「少し、上に物を取りに行ってくる」




 休暇ならまだしも、入院だと思うと少し気持ちが萎える。

 入院が嫌いと言うより、入院の嫌なイメージが先行してしまう。


 向こうならともかく、バレる様な検査は全て避けたいし。


 魔力が多いのは自覚してるし、コレばっかりは偽装が。

 出来るのだろうか。


《大丈夫?》

「おう、少しだけ時間が欲しい、用事が出来た」


《魔力低値で大丈夫なの?》

「おう、魔力容量の偽装が出来ないか相談しようと思って」


《分かった、早くて15分って言ってたから、それまでにお願い》

「うん、分かった」


 マティアスが出て直ぐに、ロウヒの部屋へと繋いだ。

 眠ってる、ごめん。


 少し躊躇っていると、ロウヒが目を覚ました。


『どうした、そんな低値で大丈夫か』

「あぁ、問題有りだ。ごめん、少し揉めて消費した、魔力容量の偽装は可能?」


『あぁ、だが何故今なのか』

「ラグーン行きが決定した、残り15分」


『なぬ、何と羨ましい、ふむ、急ぎなのだよな』

「おう、すまん」


『いや、いつか求めて来るとは思っていたので心配するな、うん、今は急場しのぎで良いんだな?』

「うん、安定するまで。本格的なのは追々お願いしたい」


『額を出せ』

「ほい」


 髪をかき上げ目を瞑り、額を出すと、口付けを受けた。


 やぁらかい。


『一時的な偽装だ、代償に低値も高値も気付けなくなっているから、本当に気を付けるんだぞ』

「ありがとう」


『それと、交換条件に見守りの魔道具を持っていく事と、毎夜のパジャマパーティーだ。私しか容量が分らないのだから確認させろ』

「うん、分かった」


『よし、時間はまだ大丈夫だな。追々の方だが、この袋の中身を完成させれば良い』

「了解」


『では、気を付けてな』

「早朝にごめんね、ありがとう」


 嫌な顔1つせずに対応してくれて、頭が上がらない、マジ感謝。


 お土産を沢山買って行かないと。


 ラグーンには何があるんだろう。




 袋を開けるか迷っていると、ドアがノックされた。

 扉を開けに行くと、廊下でマティアスが待っていた。


《大丈夫そう?》

「おう、完璧」


《じゃあ行こうか》

「おう」


 下階へ降りて暫くすると、運送屋が到着した。


 マティアスが点滴を持ち、そのまま行く事になった。


「では、2人をノルウェーのベルケンまで運びます。途中、何ヶ所か経由しますが、全て街なのでご安心を。宜しいですか?」

《はい》

「はい、宜しくお願いします」

『行ってらっしゃい』


 スウェーデンとの国境沿いのコラリで、パスポート審査の合間に休憩。

 続いてイェリバレ、コッダリス、ソールセレと移動した。


 地図的には約200㌔毎に移動出来てる感じらしい、街に止まる度に休憩している。

 エリクサーあげたら、不味いか。


(マティアス、分けたら不味いか)

《ううん、大丈夫、私が渡すね》


「よろしく」


《お疲れ様です、個人的な物なんですけど、無印で良ければどうぞ》

「良いんですか?お付きの方のでは?」


《それは別に確保してあるので大丈夫ですよ、倒れられては治療師様も悲しみますし》

「ありがとうございます、すみません。久し振りの長距離でして、面目ない」


《いえいえ、まだ少しありますから、また必要になったら言って下さいね》

「はい、ありがとうございます」


「ありがとう」

《気にしないで、まだ半分以上距離があるから》


 次はドローテア、エステルスンド、スベーグ。


 ノルウェーの国境内にあるドレーブシェーで入国審査を済ませ。

 リレハンメル、ティーンクリセット、フロム、ベルケンへと着いた。


「お疲れ様でした、では、失礼します」

《ありがとうございました》

「ありがとうございます」


 お金のやり取りが無い、どういう支払いになってるのか。


《よし、じゃあココからは現地調達って事になってるんだけど。移動魔法、大丈夫?》

「運送屋と同じペースで飲んだから大丈夫だと思う、一気に飛んで良いの?」


《途中にあるメインランド島、フェロー諸島を経由して欲しい》

「審査ある?」


《大丈夫だけど、地図のココに着いてくれると助かる》

「おっし、最後だな、頑張る」


 メインランド島、フェロー諸島と飛び。


 アイスランドのヘプンで入国審査を終えて、ようやくブルーラグーンのある場所へと辿り着いた。




 マティアスの指示で療養用のホテルの近くまで空間を開いたが、辺りは薄くライトアップされてる温泉からの揺らめく光りと、ホテルの明かりだけ。


 ホテルへ入って直ぐに受付の人間が気付くと、車椅子を出してくれた。

 少し恥ずかしいが、昏睡しかけた経験があるので大人しく座る。


 チェックインもマティアスがパスポートを提示するだけで終ったが、鍵はまだ受け取って居ない様子。


《ん?》

「コレからどうなるのかと」


《コレから低値か測定してみて、部屋が決まるんだって》

『はい、ズルをする人がたまに居るので、申し訳ございませんが暫くお待ち下さい』

「はい」


 受付横の低いテーブルでサチレーションの測定器の様な物を指に挟むと、少しして甲高い音が鳴った。


 従業員さんが青くなる、分かっている筈なのにマティアスまでも。


『直ぐにご案内します、それとも入浴から先になさいますか?』

《入浴で、ラウラ水着は?》

「無い、ストレージ使って良い場所なの?」


『はい、ではレンタル品をお持ちします。ストレージですが、ラグーン内やプライベートな場所での使用が禁止されているだけで、お部屋やロビーでは大丈夫ですよ。向こうのロビーでどうぞ』


《取り合えず着替えと、自前のエリクサーもね、他のは揃ってるから》

「分かった」


 言われた通りに着替えを出していると、先ずは点滴が外された。


 次いでロッカーキーの着いたリストバンドと、レンタルの水着に透明なバッグを渡された。

 エリクサーを水筒に詰め替え、準備は完了。


『では、ご案内致します』

《もう少しだからね》

「おう」


 少し足早な従業員とマティアスに押されながら廊下を進む。


 男女に分れた更衣室の前まで来たので、車椅子から降りて入った。


 簡素ながらも清潔な更衣室。

 案内には先ずシャワールームで全身を洗ってから水着着用、と複数言語で書いてある。

 そしてストレージ等の禁止区域だとも、プライベートな場所ってそういう事か。


 シャワールームへ入り備え付けの液体で全身を洗い、水着を着用し服はロッカーへ。




 更衣室から出ると、先ずはガラスドームで囲われた半室内になっている。

 少し肌寒い。


 中には誰も居ない。

 少し進んだ先、外でマティアスが肩まで浸かって待っていた。


《寒いよね、大丈夫?》

「立って歩いてたら一瞬で凍りかけたわ」


《しゃがんで移動しないとね、熱いのが大丈夫なら奥が良いらしいよ》

「おう、行く」


 日本の有名な段々風呂の様に、上段へ、奥へ行く毎に熱くなっていくシステム。


 良いよね、調節出来るから好き。


《誰も居ないね》

「6時前だもんね、早朝過ぎでしょう。つか寝た?」


《流石に無理だよ、心配でそれどころじゃ無かったんだから》

「すんません、上がったら点滴再開する?」


《うん、コッチこそごめん。点滴は寝る前に付け様かなって、特に眠ってる時が怖いから》

「なんで」


《低値が長く続くと突然心臓が停止したりするから、普通の栄養失調と同じなんだよ》

「あぁ、そうなのか、そうか、なるほど」


《注意されなかったの?》

「気を付けろとは言われてたけど、大概は直ぐにケアされてたから」


《無茶させてごめんね》

「アレは半ば自動だったから、仕方無い」


《凄い怖かった》

「どれが」


《全部》

「ソラちゃんもか、かっこよかったよね」


《あんな死の恐怖は初めて》

「戦火よりか」


《だって、戦争の時は守られてたし、今回は絶対に手加減してくれると思ったから。でもあの時は、本当に殺されるって思った。その後にラウラも寝込んじゃうし、一層怖くなった。今思えば死なないって分かるんだけど、死んじゃったらどうしようって、凄い焦った》


「お前のせいでな」

《本当にごめん》


「嘘々、お互いに想定外だったけど良い経験が出来たので大丈夫。ソラちゃんはちゃんとコントロールしてくれるから信頼しておくれ、ワザと威嚇の為に発動しただけだと思う」


《うん、もうしない、宣言したら大丈夫だよね?》

「そらそうよ、なんで」


《点滴刺そうとしたら手が出て来たんだもの、急いで言い訳したよ》

「ふふ、多分冗談で威嚇しただけだよ、見てるからなって」


《ごめんなさい》

「もう良いよ、温泉も入れたし、熱くない?」


《熱い、ラウラは大丈夫なの?》

「良い感じだけど、移動するか」


《うん》


 低値の感覚が本当に薄い。

 少し眠いしお腹も空いたが、独特の怠さは無い。


 コレは確かに危ない、麻痺してる感じだ。


「麻痺してるかも、あんまり怠くない」

《じゃあ、少し早めに切り上げようか》


「やだ、パックしたい」

《有名だもんね、じゃあ少しだけ、確か向こうにあったかな》


 マティアスも泳げるのか、悔しい。


 あの時にもっとちゃんと、教わっておけば良かったか。


 ザブザブと波立たせながら縁まで歩き、すり鉢状の中に入った白いパックを塗ってみる。


 どの位やっとけば良いのだろうか。


 つか似合うなマティアスちゃん。


「何か、似合う」

《どうせ女顔ですよ》


「眉骨出てるし、そこそこ男じゃん、ホルモン出てますやん」

《そうだけど、変な所で詳しいよね》


「ねー、ネットのお陰かな」

《良いなぁ》


 顔がパリパリになってきた。


 マティアスが対岸にある滝湯で流したのを見て、自分も顔を洗い流し、エリクサーを飲む。


 大きな水筒に入れたのだが、もう飲み切ってしまいそう。

 デカいサーバーみたいなのスーパーに有ったんだよな、買っておけば良かった。


「もう無くなりそう。つかココの説明って」

《あ、もう無いんだ。サーバーレンタル出来るから、荷物出すついでに頼んどくよ》


「おう、因みにアメニティって」

《バスタオルにタオル、バスローブ、スリッパ、石鹸にシャンプーとかかな。観光用には良いシャンプーとか付いてるらしいけど、コッチは安いから、そんな感じ》


「高いイメージでしたが、一体おいくらで」

《直接聞いたんだけど、治療師は半額以下だったんだよね。食事と宿泊費込みで150ユーロ、付き添いの料金も入ってるから、本当に心配しなくても大丈夫。まだ空きがあったから、無理やりでも無いよ》


「食べ放題有りでそれか、凄い安く感じる」

《その代り、低値を抜けたら直ぐに出ないと通常料金なんだって、今の時期は魔獣関係で混むから》


「あー、思い付いちゃった、無茶したい」

《今日は我慢して》


「冗談ですよ、魔道具も使ったらダメなのかな」

《それも聞いた、秘匿の魔道具とかなら良いらしいよ、火気類や危険の無い自己防衛の魔道具だけ、使用は受付に伝えるだけで大丈夫みたい》


「なら良かった」

《うん、だから勝手に決めちゃった》


「ありがたい」

《もう出る?》


「おう、エリクサーも無くなったし」

《うん、更衣室で倒れないでね》


「おうさ」


 再び更衣室へ戻り、タオルを取ってから、シャワールームで完全に洗い流した。

 良く見ればスリッパが有ったので、履いてロッカールームへ向かい、着替える。


 タオルをボックスに入れて更衣室を出ると、車椅子のハンドルを持ったマティアスが待っていた。


《髪、部屋に行ったら髪を乾かすからね》

「おう?流石に自分でやります」


《そう?じゃあ行こうか》

「おう」


 車椅子へ座り、先ずは受付まで向かった。


 さっきの従業員さん落ち着いたみたい、驚かせてすまないね。


『如何でしたか?』

「良かったです」

《魔道具の使用許可と、サーバーのレンタルをお願いします》


『かしこまりました、お部屋へお届けしますね、コチラがお部屋の鍵です、どうぞゆっくりお寛ぎ下さい』


 部屋は3階の角部屋、眺めはそこそこ。


 先ずは魔道具を取り出し、起動させる。


「ただいま」


 魔道具が展開され、浮かび上がり消えた。


 少し懸念していたホテル全体への展開では無かったので一安心、マティアスはビックリ中。


《消えたけど、大丈夫なの?》

「おう、そこらへんに浮いてる筈。どれどれ、移動魔法は使えるのかね」


 試しにロウヒの部屋へ小さく繋いでみると、普通に通じてしまったので急いで閉じる。

 大丈夫かなコレ、何処かに通知されないんだろうか。


 ドアが小さくノックされ、思わずコッチがビックリしてしまった。

 どうやらサーバーが来ただけらしい、ワゴンにはピッチャーまで乗っている、ドキドキしたけど、ありがたい。


《先に髪》

「ふぇい」


 ギシギシで、肌もパリパリ。

 少し化粧水を付け、ソラちゃんに髪を乾かして貰いベッドに戻る。


 点滴を受けつつ、ピッチャーとサーバー、水筒にエリクサーを注ぐ。

 冷蔵庫にピッチャー、サーバーはテーブルへ、水筒は枕元に。


 後は飯。

 今日は贅沢にケバブ、そして果物達。


 お腹の皮がいっぱいなので終わり、次は歯磨き。

 流石に眠いが、もう少し我慢出来そう。


《じゃあ、どっちに寝る?》

「壁側で、眠い?」


《少し、先に寝てて大丈夫だよ》

「もう少しだけ我慢する、逆流性食道炎になっちゃうから」


《病歴に有るの?》

「1回だけ」


《病弱》

「女顔」


《ふふ、レスポンスが早くて安心した、少しは回復してるみたいだね》

「おう、案外早く低値抜けるかもね」


 ホテルの冊子を手に取り、いつもの癖でついクマさんを出してしまったが、特に何も言われなかった。


 そのまま少しさわさわしていると、マティアスが小さくラジオを付けたり、読むのに問題無さそうな照明を消したりしてくれた。






 ベッドへ座っていた筈なのに、すっかり枕で眠っていた。

 外は明るい、どうやら晴れらしい。


 マティアスがベランダで日向ぼっこをしていた。

 起き上がり、近寄るとビクリと肩をすくめられた。


《ラウラ、君が眠ってる時、クマが動いたんだけど》

「おはよう、ソラちゃんだよ、可愛いでしょ」


《おはよう、ビックリした、そうなんだ》

「何かしたんか」


《いや、ラウラの涎拭こうと思ったら、クマが拭いてて》

「なるほど、ありがとうソラちゃん。マティアスは眠れた?」


《ばっちり、快調。お昼ご飯の時間にギリギリ間に合いそうだけど、どうする?》

「いく、いそごう」


 点滴を針だけ残し、歩いて行こうとしたが止めらた。

 普通ならまだ早いと言われたので、乗るしか無かった。


 エレベーターでの視線がまた痛い、食事会場に何とか滑り込めたが残り時間は30分。


《少し多めに取って来ようか》


『あ、大丈夫ですよ、片付けで少し騒がしいかも知れませんが、ゆっくりしていって下さい、ワゴンもお貸ししますよ』

「ありがとうございます」


 自分には重症感が無いのに、周りが重症扱いしてくる。

 何だか少し罪悪感が湧きそう。


 流石に会場内では車椅子から降りて取らせて貰えるらしい。

 ワゴンを押すのは良いのね。


《じゃあテーブルで》

「うん、先に食べてて」


《うん、分かった》


 少し進むと中華粥がある、しかもキラキラしてるのに、余ってる。


「余ったら捨てちゃうんですよね」

『はい、美味しいんですけどね、残念です』


「器ごと良いですか?」

『それはちょっと、でも待ってて下さい』


 暫くして大きい丼を2つ持って来て、よそってワゴンに乗せてくれた、優しい。


 他を見回ってみたが、キラキラしてないのが人気らしい。

 湯治客は飽きちゃったんだろうか。


 それから昨日食べたいと望んだイクラを器ごと貰い、唯一キラキラして人気のラムのロースト。

 手長エビのフライ、タラモサラダと果物を取り。

 オレンジジュース、お水を持ってテーブルへ戻った。


 先ずは中華粥。

 少し味が薄いけど、イクラと合わせると丁度良い。


 少し暑くなったのでタラモサラダ、粗めに砕いたお芋が良い感じだが、コレも塩分控えめ。

 イクラを少し掛けて魚卵サラダに、お酒が飲みたくなる味になってしまったが、そこはお粥で我慢。


 キラキラ中心に選んだが、結果的に好物ばかり。


 それとやっぱりお米、このイクラをご飯に乗っけて食べたい。


 猶予を貰ったとは言えど甘んじても宜しく無いので、お粥をイクラと飲み、タラモサラダ、ラムローストを早々に完食。


 後は果物だけ、時計は終了時間を10分程過ぎている。


《そこまで焦らなくても大丈夫だよ、従業員も言ってたんだし》

「実は早食いだから無理はしてないんだな、味わった」


《なら良いんだけど》

「おう、結構満足、後は持ち込みで何とかする。マティアスは?」


《お腹いっぱい》

「よし、じゃあ戻るべ」


《ならプールサイドに行こうよ、これから晴れるみたいだし》

「おかのした」




 水色の水から湯気が立ち上る。


 考える事は皆同じ、混んでる、椅子は満杯。


《ごめん》

「ベランダあるべ、帰ろう」


 見守り魔道具はベランダまで守備範囲だったので、そのままベランダで太陽の方角へと向きながらベンチで寛ぐ。


 雲間から陽が射しては翳り、また隠れる。


《本当に晴れるか怪しいね、雲の動きが激しいし》

「ね、晴れたらオーロラ見れるかな」


《どうだろう、見れたら珍しい方だし。ソダンキュラでも昔は良く見えたって聞くけど》

「魔素が薄いのが原因かもね、向こうでは凄い見えてたから。だから低値なのかも」


《そっか。どうしたら環境が回復すると思う?》


「違いから考えると循環システムの問題っぽいよね、妖精が関係して魔獣の問題が発生したんなら、オーロラも妖精が増えれば。とか、もっと複雑かもだけど、妖精が増え過ぎて問題が新たに起こるかもだしなぁ」


《あったの?》

「知らん、病弱から回復して1ヶ月での知識なんてこんなもんよ。他のはもっと知識あったかも知れんが」


《最初の世界って、どんな感じなの?》

「魔法無し、神様も妖精も精霊も無し」


《えぇ、じゃあ、最初は、どうやって世界が違うって信じたの?》


「神獣と、魔法。デカい卵が2個も病院の中庭に投げつけられて、それが自分宛に送られたモノで。その時に見た結界魔法が綺麗で、それ含めて、少し現実なんだと思った」


《少しなんだ》

「おう、笑え、前は何も無かったんだから仕方無い。環境が違い過ぎ、夢みたいな世界で現実感が無かったから、怖かった。天国か妄想かと思ったわ、家で眠ってた筈が、目覚めたら上等な病院なんだもの」


《突拍子も無くなんだ》

「寝込んでたし、記憶はほぼ無い。良くあるインフルエンザだったみたいだけど、熱に弱くてフラフラ外に出ちゃう事は良く有るし」


《それ早く言ってよ、もう無いと思うけど、熱を出したら制御具付けないとだよ》

「あぁ、はい、そうね、宜しく」


《それで、日時は?》

「同じ、他も、ココもほぼそうだね。例え過去だったとしても、知識が無いから役に立たないだろうし」


《たまに暈すね》

「大した情報無いし、必要そうなら言う」


《戦闘は?》

「1回だけ、今思えば偵察だったのかなって思う、他は無かったし」


《強かった?》

「そらもう、武闘派が苦戦してた。武闘派とは手合わせしてないけど、ワシ瞬殺されると思う。向こうは場数が違ったから」


《想像すら出来ないんだけど、良く勝てたね》

「重傷者2、死亡1。想定してたのに苦戦した、勝てたのは自分と相性が良かったから、魔法で何とかした」


《くわしく》

「マーリンが手伝ってくれた。魔法が扱えるなら、誰でも出来る事なのかも」


《想定してたって言うのは?》

「夢、正夢を見た、そういう素質らしい。普通の夢も見るし、夢の中にもいける。痛みを取り除くだけじゃ無く、夢の向こうに送るのも出来る、女神に許可は得たから」


《聞いてないんだけど》

「ココで正夢は見てないし、女神も最近だから」


《この前の?》

「おう」


《マジだったんだ》

「おう、嘘であんなん言えるかいな」


《そっか、シャーマン的存在なんだね》

「んで、後方支援型だと思ってる」


《あんなに強いのに》

「素体が悪いから魔道具で底上げよ、素手なら即死ぞ。試す?」


《もう怖いからやめとく》


「書けそう?」

《どうだろ、楽しかった話は?》


「えー…食べて眠ってたのが殆どだからなぁ、夢の中ので良い?」

《うん》


 それから、始まりの森、漁村、花街や港街の話をした。


 流石に量が有るからか、メモを取ってるのが新鮮。




「後は絵師がなぁ、詳しく説明出来るんだけどね、地理とか風景とか」

《大丈夫だよ、この描写でも何となく分かるし》


「ルーカスが絵を書けたら最高なんだけどな、そのまんまで、言わなくても良いし」

《絵で見えるなら、国籍は関係無いもんね》


「でもガードは緩いみたい、そこまで重要視されて無いって言ってたし」

《そう思わせない様に、あのおじさんがしてるみたい。本当に孫とか息子を重ねてて、大事に思ってるのが伝わってきたから》


「もう片方は周りに人が居なかったけど、相当参ってた、泣かれた。でも地元の人とは仲良さそうで、厳重に管理されてる感じはしなかったんだよね」

《本当なら、細工する感じには思えないよね》


「現場レベルでは違うけど、上がそうとかか。周りはそれを知ってるのか、知らないのか。認めるのか、コチラに協力してくれるのか。その見極めの期間でもあるのかなぁ」

《そうだね、なんせ聞くに聞けないからね》


「不信感しか無いだろうに、強いよなぁ」

《弱さもあるから泣いたんじゃない?》


「魔が差しただけでしょ、ワシが急にそんな能力に目覚めたら引き籠る自信しか無いわ」


《例の引き籠ってた人?を、どうやって説得したの?》

「情報が少なかったから、装備解いて手を上げながら話し合い。意外と素直で助かった、精神操作も相殺されたのか効かなかったし」


《それって、無策で突っ込んだ様にも感じるんだけど》

「こまけぇこたぁ良いんだよ、問題無しだったんだから」


《もしかして、ずっとそんなんだから、夢でも怒られた?》

「まぁ、でも不安な時は強行してないよ。なんでか大概の事は出来るって自信があったし、今は思い悩んで止まる事が多く感じる、凄い不快」


《ごめん》

「いや、そうじゃなくて、上手く行かないなという不快感。止められて納得する所もあるから、そこが不快なワケでは無いんだ、言葉足らずですまん」


《何か、聞いてるウチに何でも止めるのは得策じゃ無い気がしてきて。前は運良く進めてたんでしょ?私が邪魔してるかも知れないって不安になってきた、良かれと思った行動が、全てが良い方向に向くワケじゃ無いし》


「リリーちゃんの事で自信無くしてる?」

《まぁ、少し。子育てとか家族とか、ただでさえ自信無かったのに、何か嫌になっちゃった。レーヴィとラウラが居れば、私はそれで良いのに》


「単純と言うか、偏食」

《音程も音量も一定で心地良い、安定してる》


「結構荒ぶる時もあるんだが」

《尋問官が来た時ね、流石に少し聞こえて来ちゃったけど、寧ろ面白かったなぁ、新鮮だった》


「ヤバい時は物量で押すのよ、考えないが出来ないから、他の事を考えて、考えないをする」


《それで、病院のおじいさんの時も何か考えてたんだ》

「好きな食べ物とか、少し悲しかったから。考えを物量で押して、誤魔化そうとした」


《事前に言ったら治そうとしちゃうかなって思って、言った方が良かったかな?》

「いや、どうだろ。多分、どうしたって一応試しちゃうよね、聞いてても。今度のも任せるよ、事情を説明する間が無い場合もあるだろうし」


《うん》


「少し眠い、ちょっと休憩」






《ラウラ、寒く無い?中で眠ったら?》


「お、うん、どの位眠ってた?」

《心配で1時間半で起こしちゃった、大丈夫?》


「おう、大丈夫。トイレ行く」


 時間を確認すると、もう少しでオヤツの時間。


 気絶する様に眠入ってる気がする。

 良くない感じ、あまり回復して無いのかも。


《フィーカの時間は軽食が下で食べられるみたいだけど、どうする?》

「そら勿論、行きますよ」


 しっとりした甘めの黒パンのオープンサンドにはクリームチーズが塗られ、更にスモークサーモンやキャビア、子羊のハム、ラムパテが其々に乗せられている。


 甘味はプレーンヨーグルト、横には様々なフルーツやソース、フレークも数種類、ソダンキュラのスーパーだと高くて買わなかった果物が豊富にある。


 並んでる物を改めて見ると、凄い高級ホテルだ。


 だが、更に脇ではシェフが乾燥タラをハンマーで叩いてお客に分けている、凄い見慣れた感のある干しタラ、非常に庶民的な食べ物も混在していて少し面白い。


 他にも薄いクレープに、ねじり揚げパンみたいなのもある。

 メニューは固定だが、日帰り客も利用するらしく常に出来立て、新鮮な物が提供されてる。


 日帰り客の腕のバンドはオレンジ、だがサービスに違いは無いみたい。

 良いね、日帰りならもっと安いのかな。


 先ずはオープンサンド全種類にヨーグルトのベリー添え、どれもキラキラ。

 ランチよりメニューは少ないが、キラキラ多め、そしてキラキラの頂点である果物が人気。


《私、魔素中毒にならないかな、お腹壊すタイプなんだよねぇ》

「果物とオープンサンドのシーフードは止めといたら?」


《やっぱそう?取ったの食べてくれる?》

「おう、ありがたい。魔素中毒ってどうやって治すの?」


《魔法が使えれば良いんだけど、私みたいに何も使えないのは身体から抜けるまで、ただ我慢するだけ》

「地獄やん、何か使えないのか」


《無い》

「魔道具の使用とかは?」


《あ、子供用なら。でも大人用は無いかな、子供用は吸い上げる量が少ないらしいし》

「あー、そこはミアかなぁ」


《かも、今度お願いしても良い?》

「良いぞ、2週目行ってくる」


《行ってらっしゃい》


 今度はヨーグルトを少な目にフルーツ盛り盛り、ベリーソースを少し。

 オープンサンドを合わせてサンドにし、積んで持って行く。


『あの、お客様』

「へ、はい、何でしょう」


『良かった、言葉が通じるんですね。日本の方ですか?』

「まぁ、そう見えますよね」


『実は日本の料理を試作してまして、もし良ければなんですが、試食して頂けないかと』

「喜んでお引き受けさせて頂きます、あの、連れが居るんですが、一緒でも良いですか?」


『えぇ、是非』


 マティアスが待つ席へ、シェフの恰好をした人と共に行く。

 少し驚かれたが、シェフが簡単に説明してくれたので、料理を持ったまま裏方へ行く事に。


 キッチンの一角には、見慣れた料理。


 肉肉しい赤身魚の漬け丼が、丼の中で輝いていた。

 三色に分れていて、トッピングはキャビア、イクラ。


 お箸も用意されている、何だ、何かの罠か。


「コレは美味しそう、クジラ?」

『はい、流石、同じクジラを食べる国の方ですね。是非、率直な意見を伺いたいんです』


「日本を代表するのは無理なので、自分としての評価で良いなら」

『はい、お願いします』


 仄かにニンニクの香りが漂うお醤油、甘味の無いお醤油の角が少し立ってるが、余計な味付けが無くて美味しい。


 お米も意外に良く炊けている、ただイクラのトッピングは微妙、キャビアは良い感じだが。


「お醬油が少し尖ってるから、煮切りを使う方が良いかも、日本酒入れてアルコール飛ばすやつ。角とか尖りが柔らかくなるかも」

『分量をお聞きしても良いですか?』


「そこは、醤油によりますけど2:1かと。みりんとかあれば2:1:1とかの甘めの味付けもオススメかと。あ、みりんが無いなら砂糖でも良いかも。でも、サーモンなら脂が多いからこのままで良いか、あ、マティアスも食べる?」

《うん、でもお箸使った事無い》


「ほれ、あー」


《うん、初めて食べるけど美味しいね、ガーリックの風味が好き》

『ありがとうございます、みりんは無いのでお砂糖でタレを作ってみようと思うんですけど、もう少しお時間良いですか?』

「良いですよ、喜んで」


 卵黄を掛けるバージョンは流石に遠慮されたが、卵黄漬けは相談するとの事。

 サーモンとイクラを合わせた海の親子丼は、そのまま目の前で作って貰った。


 美味しい。

 少しの西洋わさびとイクラが美味い、マティアスも唸った。


 そして白身丼。

 カルパッチョ用の白身魚を少し拝借したそうで、少し淡白な白身に甘めのたれが合う。

 ゴマがあると尚良いと言うと、炒ったケシの実が掛けられた。

 香ばしさが相まって、マティアスの1番の推しに。


 白米がもう少しで終りそうだったので、ノリとイクラで完食させてもらった。

 シェフは意外にもノリが好きだそうで、イクラは醤油で漬けた方が白米に合うので作って欲しいと言うと、コレも受け入れてくれた。


 そして話はマグロの漬け丼をオーナーがテレビで見た事、オーナーの無茶な要求に答えるべく試作を重ねた話へと移った。


『クジラのお刺身でピンときたそうで、でもお醤油選びが難しかったんですよ、甘いのや色が薄いの、濃いのまであって。何より日本酒も、料理に使うのを頼んだら酸味が凄くて、私の知ってる日本酒からかけ離れてましたから、使うのに躊躇したんですよね』

「酸化したのかも、自分は飲む用の日本酒で作ってました、封を開けたら冷蔵庫で保存してても風味が飛ぶんで」


『あら、成人されてましたか』

《それが残念な事に書類上は未成年なんですよ、なので私が保護者代わりで付き添ってるんです》


『なるほど、飲める方ですか?』

《少し》


『じゃあ後で、夜食の時間に試作品を届けますね、オススメの日本酒と漬け丼』

《わぁ!ありがとうございます》

「良いなぁ」


『ふふふ、飲まないで下さいよ、怒られちゃいますから』

「くそぅ」


『その代わり、丼は大きいのを用意しますから、楽しみにしてて下さいね』

「うん、暖かいスープも欲しいな、寿司にも丼にも普通は付く筈だから」


『お味噌のスープですか?』

「いや、味噌で無くても、さっきの薄い色の醤油と貝の出汁だけで潮汁になるし。ノリも具として入れて大丈夫、ただ出汁が出ればだけど」


『それもチャレンジしてみますね』

「おうよ」


 思い掛けない出会いに感謝し、程々の腹心地でラグーンへと向かった。


 外へ出ると、夕日が煌々と輝いている。

 椅子が満杯なので、浮き輪を借りてただ浮かぶ。


 なんとも贅沢な時間の使い方、食って眠って風呂に入る。


 それしか出来ないワケだが、景色が良い、良い時間。


《楽しい?》

「そらね、温泉好きだし、向こうでも良く入ってたから」


《さっき聞いた時は楽しい話しに入ってなかったから、少し心配したんだ》


「楽しい時もあったけど、もう半ば修行みたいな行程だったからね、苦手な味のエリクサーとかあったし。食事も効率化を測って野草の鍋とかも有った、まぁそれは美味しかったけど。義務化されると楽しみは少し減るよね、集団での生活ってのも不慣れだから緊張したし」


《成果を出さなきゃって負い目?》

「それ、そうそう。楽しんだりして良いか分らんかったのよ。後半は麻痺したのもあってか開き直れて、楽しめそうなら楽しもうって思えたけど。今は、直ぐに返せそうだから楽しめてるのかも、宛が無かったら萎縮してる」


《真面目》

「小心者なの、そして繊細でナイーブ」


《だね》

「そうそう、これからも丁重に扱ってくれたまえよ」


《勿論》




 とてもくだらない話をしているウチに、夕日が沈もうとしていた。


 子供が太陽へさよならと叫び、笑いが起きて拍手が沸き起こる。

 日本には無い現象。


 すっかり陽が沈むと、人が減り、サウナも椅子も空きが出た。


 オーロラを期待して早めに上がる話をしていた人が居たので、多分そういう事なのだろう。

 肌がピリピリする、回復してないのか合わないのか。


 早々にシャワーで良く洗い流し、部屋へと戻った。


「合わないのかヒリヒリした、回復も、して無いかも知れない」

《食べ物での回復はあるんでしょ?》


「キラキラしたのを中心に食べてるけど。あ、海水も混ざってるのか、なら合わないだけかも」

《化粧水とかちゃんとしないとね、身体の回復に回すの勿体無いでしょ?》


「はい、そうしときます」


 シャワー後に適当に付けたのがバレたかの様な忠告に、今度はちゃんと化粧水を付けて、ベッドへ潜り込んだ。






《夕飯の時間だけど、どうする?》


「ん、おう、ありがとう、行く」


 少しボーっとしながら食事を適当に眺める。

 ソーセージの横にカットされた見慣れぬ物体があったので取ろうとすると、先程とは違うシェフが話し掛けて来た。


『レーバーとか内臓って大丈夫ですか?』

「あ、これってハギスみたいなやつか」


『そうなんです、食べ慣れてないとビックリするから。ハギス食べた事あるなら大丈夫だと思いますけど』

「大丈夫だと思うけど、薬味も添えとく」


『是非どうぞ、伝統的な食べ方はお砂糖です』


 それは少しだけにして、他にも普通のソーセージ、クジラのレアステーキ、タラの塩漬けコロッケ、ラムスープをゲット。


 先ずはラムスープ、ヤギ汁を想像してしまったが、真逆の風味で非常に美味しい、トナカイスープより食べ易いかも、馴染みがあるからか。


 そしていよいよハギス似のソーセージへ。

 レバーは滑らか、内臓のはコッテリめ、食べ慣れたソーセージが1番だが、コチラにもラム入りがあって癖はあるが良い味で悪くは無い。


 クジラのレアステーキはタルタルソースでまろやか上品な感じ、だがどうしても醤油を欲してしまう。


 タラのコロッケはスペインの生ハムコロッケみたいに酒かパンが欲しくなる、そして周りの大人は飲んでいる、羨ましい。


「マティアス、飲まないの?」

《良いの?》


「コロッケが絶対に合いそうだし、子供の世話も程々にどうぞ」

《ありがとう、じゃあお言葉に甘えて1杯だけ》


「おう」


 次はサラダを取りに向かう、ここからはもう完全に義務感。

 なんせキラキラですから、食べないでは来た意義が薄くなる。


 ビーツのスライスやトマト、全種類入れ込み、最後は手長エビのグリルを乗せて席へと戻った。


《お、偉い》

「でしょ、頑張る」


《朝はスムージーあるみたいだし、無理しないで》

「なんで早く言わない」


《言ったら食べないでしょ》

「そんな事無いですよ、果物に割合を割くよ、多分」


《ふふ、無理しないで好きな物食べてね、食事が体に合うまで時間が掛かってるかもなんだし》

「そっか、それは想定外」


《気長にやってみよう、焦りは心身に良くないし》

「うい」


 マティアスがお酒を楽しんでいる間に、サラダを貪る。


 顎が疲れる、スムージーが待ち遠しい。

 最後のエビをご褒美に、次は甘い物。


 ココもチョコが好きなお国柄なのか、チョコのデザート多め。


 暖かいデカフェの紅茶と、白と赤の葡萄。

 ビターチョコ、ニンジンケーキには生クリームとキャラメルソース、ヨーグルトチーズケーキにベリーを添えて、フィニッシュ。


 マティアスもチョコで満足したそうで、気分良く部屋へと戻った。


 お昼寝し過ぎたのか、あまり眠くないのでテレビを付ける。

 どれもお行儀の良いテレビばかり、真面目で為になるから良いが、どの国も規制が厳しいのかと少し気になる。

 マティアスはメモをノートに纏めている。


 外は星空が綺麗に見えている、オーロラはまだ見えない。


 クマに顔を埋めていると眠気が急に。






 ノックの音で目が覚めた、夜食だ。


 シェフが直々に持って来てくれた、私服だ、プライベートとして来てくれたらしい。


《ありがとうございます、どうぞ》

『お邪魔します』

「わーい、凄いいっぱいだ」


『早速ですが、どうぞ召し上がってみて下さい』

「ありがとう、いただきます」

《凄い、寝起きで良く食べれるね》


「程々に食べたからかな、寝ると消化し易い。うん、美味しい」

『スープなんですけど、味噌で頑張ってみました、ロブスターの頭のスープなんですが』


「天才かな、超美味しいんだけど、それに向こうにもある筈だからコレは正解の筈、甲殻類の味噌スープ。凄い良い」

『ありがとうございます』


「味噌タレも美味しいし、卵黄も使って、味見大丈夫だった?」

『オーナーに相談したら、生食可能な畜産の友人が居ると紹介してくれまして、卵かけご飯ですよね、食べました、美味しかったです』

《凄い、勇気ある》


『オーナーにも出したので、何かあったら宜しくお願いしますね』

「おうよ、そういうの治療した事無いけど頑張る」

《育ての親元から巣立ったばかりなんですよ、だから経験が浅いんですけど、腕は確かですよ。私も居ますし、看護師長なんです》


『そうでしたか、それなら安心ですね』

「でもマティアスは生卵怖いんでしょう」

《保護者に何かあったら困るのは君だよ》


「はいはい、まぁ酒でも飲んでくれ、絶対に合うぞぉ」


 フレンチか何かでも卵黄ソースある筈なのにな、恐る恐る食べてる。

 無理しなくても良いのに、結構食いしん坊。


《臭くない、まろやか、美味しい》

「シェフの腕と畜産の人の腕が良いからな、感謝感謝」

『ふふ、ありがとうございます。あ、足ります?それとも多いですか?昼の部の人間から量を食べられる方だと聞いてたんですが、良く食べる方の料理は担当した事が無くて』


「足りますとも、夜食には豪華過ぎる位に良い感じです。最高です、後はオーロラが見られれば完璧」


『今日見れるかどうか厨房の皆もソワソワしてましたね、先代のオーナーは良く見えたんだって、ぼやいてます。私達でも、中々見れませんから』

《やっぱりそうですよね、昔の人は良く見れたって言うのって、本当なんですかね》


『当時は、観光が主なお客様が多かったそうなんですけど、オーロラが見えなくなるのと重なる様に湯治客が増えたとかで。今のオーナーは信じてませんけどね、情勢が不安定になったからだろうって』

《魔獣が増えて被害が凄かったですしね》


『幸いにもココには居りませんが、各国が大変だったと聞き及んでいますから。だからせめて、お食事でも回復していただければと。ですが魔素が見えない以上は、常に手探りなんですよね、我が国は眼鏡の入手が規制されてますから』

《ウチもですよ、医師意外にも少しは回して欲しいですよね》


「美味しい、イクラ漬けたんですね」

『はい、試しに漬けてみました。少し硬いですけど』


「いやいや、良い塩梅で硬さなんて気にならんですよ」


 サーモンの親子丼、クジラの漬け丼、そして白身魚の味噌漬けの卵黄添え、ロブスター味噌汁、どれも美味しかった。


 何よりもキラキラしてたし、もしかして本当に食材で合う合わないがあるのかも。


 夕食もキラキラは不人気なのが多かったし、ノリと牛乳の消化の事もあるんだから、無いとは言い切れないか。


《綺麗に食べたね、もうお腹いっぱい?》

「いっぱい、満足、ごちそうさまでした」


 大人組はまだ少し晩酌を楽しむらしい。

 今夜のパジャマパーティーは少し遅くなりそう。


 またテレビを付けて眺めていると、オーナーが見たらしい日本の料理を紹介する番組の再放送がやっていた。

 クジラ刺しにマグロの漬け丼、そこでもおっさんが日本酒を飲んでやがる、畜生め。


 歯磨きをして、ふて寝のフリをする。






 フリで済まなかった、起きた頃にはマティアス1人、いつの間に帰ったのか。


《おはよ》

「いつの間に帰っちゃったのか」


《結構早い時間だよ、お酒も切れたし、君の寝息が聞こえて来たからね》

「すまんな、フリのつもりが爆睡した」


《大丈夫、良い頃合いだったし、それより外、ほら》


 外には白と緑の大きなオーロラ。

 ゆっくりと、うねりながら光り輝いている。


 懐かしい様な、新鮮な、複雑な気持ち。


 前はあんなに当たり前にあったのに、今は珍しいのが悲しい。


「ロウヒにも見せる、これからパジャマパーティーだ」


 ロウヒの部屋へ繋ぐと、早速オーロラの話しになった。


『おぉ、そっちでも見えているのか、久し振りの大きいオーロラだな』

「お待たせ、最近はやっぱり、あんまり見れないの?」


『あぁ、そうだな、それこそ妖精が消えて暫くしてからだ。その時に少し調べたが、時期が重なっている』

「あ、マティアスも居るんだったわ、例の狂信者の、ほら、コッチ」

《どうも、こんばんわ、マティアスです》


『例の狂信者か、通りで不思議な血をしている、僅かに亜人の血が現れているのだな』

「凄い、流石」

《え、言ってないの?なのになんで?》


「そら大魔女だからよなぁ?」

『それもあるが、光り方が違うんだ、亜人は時折ぼやけて霞む、野生の本能から隠す習性が出るんだ。狂信者のは微量だが、今日はオーロラにあてられて、分かり易く出ているんだろう』


「へー、眼鏡で分かるかな」

『だろうな、見てみると良い』


 マティアスを見るとオーラは微弱、確かに良く見れば、縁がブレる感じ。

 だが、目がキラキラと瞬いてる。


 何だか可愛らしい演出。


「見る?」

《うん》


 鏡を食い入る様に見つめ、コチラと鏡を交互に見て。


 今度は眼鏡をはずし、ロウヒへ向かった。


『なんだ?』

《ラウラのが、前より小さくなってるのは》


『あぁ、私だ。そして思ったより回復してないな、やはり温泉に効果が無かったのだろう』

《え》

「やっぱり、キラキラして無いもの」


『だがまだ希望はあるぞ、今から温泉に行ってみろ、きっと変わっている』

「でもパジャマパーティーがまだなんだが」


『また明日、合間の何時でも良いさ。ともかく回復が先だ、行ってこい』

「おう、分かった」


 お風呂セットを持ち、再びラグーンへ向かった。




 様相が、完全に一変していた。

 水色のお湯はキラキラと煌めき、湯気すらも輝いている。


 本能が向かわせているのか、同じ様に湯治のバンドを付けた客が湯舟に浸かり、ボーっとオーロラを眺めている。


《ラウラ》

「ヤバいな、マティアスは浴びると不味いかも。中で、サウナに居て」


《うん、分かった、あんまり長湯はしないでね》

「おう」


 サウナからでも見える位置に移動し、邪魔な上着を脱いだ。


 麻痺しているにしても、実感出来る魔素の量。

 独特の満たされる感覚、身体中に染み入る。


 適温の温泉に入った様な皮膚の感覚であったり、サウナから出た時の呼吸の楽さ、日光の暖かさであったり、そんな感覚が一気に来た。


 他の客を見ても同様なのが一目で分かる、恍惚とした表情でオーロラの光りを迎え入れている。


 そしてそのまま温泉に溶けた魔素が身体へ取り込まれる、これが本来の温泉だったのだろう。


 効果は絶大な様で、湯治客は次々に更衣室へと向かって行った。

 観光客も、僅かに異変を感じ取っているのだろう、サウナや更衣室へと帰って行く。


 とても心地良い、今までは泥水の中で生活していたのかと思える程に全てが軽い。


 呼吸も、瞬きひとつとっても軽い、重力が無いみたい。


 相当濃いのか、ついには自分とマティアスだけになってしまった。


 だがどうしても離れる事が出来ない、心地良いこの場所を離れ難い。


 もう溢れても構わない気もする、人居ないし。


 誰かが返し忘れた浮き輪で浮かぶ。


 たまに薄紫色になったり、また緑色に戻ったり。


 大きくゆっくり変わるオーロラを眺める、それと同時に魔素が降り注ぐ。


 心地良い。


 だけど、帰りたい。


《ラウラ、大丈夫?》

「マティアス、戻らないとお腹痛くなるよ」


《上がろう、流石に怪しまれちゃうよ》

「後で、中毒で寝込んでるとかで良いじゃん、まだ足りない」


《上がってくれないと上がらない》

「痛くなっても知らないよ」


《うん、お願いだから上がって》


「分かった、上がる」


 少しマティアスにムカつきながらシャワーを浴び、そのまま無言で部屋へと戻った。


 コートを羽織り、ベランダへ出て再び浴びる。


 だが服やコートが邪魔で、先程より感じ取れない。


《ラウラ、髪を乾かさないと冷えちゃうよ》

「寒くない」


《それでも、変な風邪引いたら嫌でしょ、インフルエンザだってあるんだから》


「何で邪魔する」


《乾かしたらまた出て良いから、ね?》

「分かった」


 大人げないのは承知しているが、魔素を浴びるのを邪魔されると、どうにもムカつく。


 痒みを掻くのを止められた様な不快感、瞬発的にムカついてしまう。


《クマさんは?》

「だす」


《少し水分取ったら?暖かいのもあるよ》

「うん、飲む」


《もう少しベッドで温まったらにしよう、他のお客さんが見たら心配するだろうし》


「わかった」

『レーヴィ』《マティアス》「運送屋」

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