2月21日
早く眠ってしまったせいなのか、早朝にも関わらず起きてしまった。
眠くは無いが、もう少し横になっていようか。
妹ちゃんのお陰で布団が暖かい。
お兄ちゃんは向かいのベッド、変わらずぐっすり眠っている。
様子を診るに、胃の炎症は収まっている。
盲腸の腫れも、もう少しで飲食解禁か。
それにしても、いつの間に妹ちゃんがベッドに入って来てたのか。
もう、起きるに起きられない。
そろそろ、トイレに行きたいんだが。
『あら、おはよう』
「おはようございます、トイレ行きたいんですけど、どうしたら良いですかね」
『起きたら何とかしてあげるから、行ってらっしゃい』
妹ちゃんを避けながらベッドを降り、部屋の外にある共用トイレへ向かった。
窓の外は真っ白く吹雪いている、少し木が霞んでいる。
一通り身支度を終わらせ、病室へ戻る。
妹ちゃんは爆睡してるので、そのままマティアスの部屋へ向かった。
《おはよう》
「おはよう、妹ちゃんと爆睡してたわ」
《はは、お兄ちゃんに遠慮出来たんだね、偉い。患者も来なかったから静かだったよ、これから忙しくなるかもだけどね、無茶する人は必ず出るから》
「耳が痛いね。本を読みに来ましたよ、やっとこさ」
《コレだよ、はいどうぞ》
妖精の声が聞こえる子供を持つ親こと、ノエル・アールトの会社の絵本。
これもまた無能、良いの、悪いのに3等分に分かれている。
何か規則でもあるのか。
昨日の夜食の残りを頂きながら、先ずは分類の中で1番古い本から読む。
無能な御使いの絵本。
ただただ、御使いがコチラで生きるだけの伝記にも似た絵本。
地元の紹介と、生活の知恵についてチラホラ。
恋愛描写多め、ラブロマンスが破局し、終った。
続いては悪い分類の古い絵本。
醜男が親と敵を追う絵本、御使いがその敵らしいが。
悪者にとっての悪い御使いなのか、悪い御使いなのか。
良い御使いの絵本。
御使いが著者を助ける本、物書きが大成する絵本だった。
「成程、こういう分類か」
《うん、分類が難しいのは主人公にとっての立場から分けてる》
「ジャンルもバラバラに見えるし、良く分からん」
《うん、何処もこんな感じだし、感想としては普通かな》
『おはようございます。ラウラ、昨日の本を渡しに来ましたよ』
「ありがとう、どれどれ」
運送屋の本。
大まかに分けると個人事業主と国からの雇われの2つ、どちらも正式な伝票を元に行動する。
仕事の実績を元に、徐々に大事な仕事を任されれ、国から雇われる事も有る。
絶対条件は保証協会に加入、運送品の保証を担保して貰う。
筆記試験は取引する国の言語の問題、その国の最低限の法律を知っているかどうか等。
問題なのは実技試験。
試験官から品物を受け取り送り届けたり、買い物に同行したり。
自己申告した距離を移動し、無事に報告するまでが試験なので、魔力切れで倒れたら即失格。
暗記は好きだけど字がなぁ、ソラちゃん使ってチート出来ればどうにかなるか。
『読み書きと法律が難しいそうで、最初は母国から始めるのが殆どみたいですね』
「なら日本かなぁ、問題は法律よな」
『合格率は10%も無いとか。予備校、通信講座、専門学校があるそうですし、気長に勉強する者が殆どだそうですよ』
「えぐぅ」
試験は年に2回、昇格試験も2回あるらしい。
免許の更新の試験もあるんだそうで、法律が改定した際には定期更新時に研修が行われるんだとか。
《医師も看護師もね、古い情報で問題が起きるといけないから》
「治療師は良いのか」
《派閥によるけど。虐待の疑いがあるなら通報する義務があるとか、一般人にも義務化されてる事は求められてるらしいけど。危険が無いから、そこまで資格化されてないんだ。エリクサーも、普通は知り合いか教会のしか買わないし》
「エリクサーの成分とか気にならないのか」
《教会のは出てるよ、神の涙とワインだって。飲食物として成分分析された時は、葡萄に含まれる成分やナトリウムが出ただけ。プラセボに期待されてる部分もあるし、魔法に成分分析は意味無いだろうし。そもそも知らない人からエリクサー買うなんて、余程じゃ無いと無いから》
「良く買ったなぁ」
《あんな手際で治したし、実際に効果もあったからね》
「信用次第で楽なのは治療師か、恵まれてるな」
《教会派じゃ無いからね。実績もあるし、肩書は軍の治療師って事になってるから》
「おう、お世話になってます。お給料はまだですか」
《まだだよ、来月の今頃だね》
「エリクサーの量り売りしか無いのか」
《成分分析されて目を付けられたり、とかは避けて欲しいんだけど》
「不自由」
《我慢して、お金ならまた貸すし》
「借りるのは嫌なんで、何か考えとく。実行前には言うよ」
《うん、そうして》
「じゃあミアと会う、アリバイ工作宜しく、トイレに篭ってくるから」
《うん、行ってらっしゃい》
基地を出て、ミアの近所の公園へと移動した。
制限時間は1時間、思い切ってミアの家に向かった。
『あ、おはようございます!どうされました?』
「急いでるのです、向こうは吹雪なので。何処で話せますか」
『私の部屋へどうぞ』
こざっぱりとした家へ通され、部屋へと案内された。
ガラスのベルの様な物を振ると、丸く透明な結界が広がり、内壁手前で停止した。
「もう良い?」
『はい、どうぞ』
「コレ、本当に正規品?」
『どうでしょう、お預かりします』
国連の伝書紙を渡す。
暫く眺め、眼鏡を掛けて覗き込んで直ぐに顔色が変わった。
「どした」
『…パッと見は正規品なんですが…分解しても良いですか?』
「ダメ、借り物だから。コッチはどう」
『…少し、何か違和感が…そうですね、コチラも少し変です。分解し、解析しても?』
「宜しく。急いで無いけど、どの位掛かりそう?」
『3時間は掛かりそうかと』
「因みに、伝書紙はどの位でコッチ来るかな」
『私の魔力だと1日は掛かっちゃいます』
「じゃあ3時間後位に来ると思うけど、明日までに来なかったら伝書紙で連絡下さい」
『はい』
再び吹雪の中を基地まで戻る、時間にして30分は経って無い。
トイレに篭った時間的には悪く無いだろう。
「3時間後位にまた行くかも、少なくとも明日までにはまた行く約束した」
《次は長くなりそうだね、私の部屋で昼寝とかにしとく?》
「昨日の今日でそれは無理だなぁ」
『泣きはらした顔で朝食に来たみたいですしね』
《へー》
「マジでマティアス怖いわぁ」
《そう?それよりどうする?サウナにする?》
「タイミングと流れ次第だけど、サウナか、またお腹壊したにするか」
《そんなんで良いの?》
「おう、捕まるより良い」
《後は、ルーカス君とおじさんが来ない事を祈ろう》
「ルーカスが引き留めてくれるだろうけど、警戒しとくか」
《だね》
『それで、朝食は良いんですか?』
「昨日の夜食食べた、美味しかった、あのスープまた食べたい」
『ですね。サンドイッチも美味しかったですし、良い夜食でした』
「食べ切って良かったのに」
『元々用意されてた物もありましたし、余り食べると眠くなりますから』
「そうか、何も無かった?」
『はい』
「良かった、絵本ちょっと借りるよ、病室に戻る」
病室へ戻り、お兄ちゃんの様子を見る。
変化無し、小康状態。
眠っている。
絵本を手にウトウトしていると、マティアス来訪。
《ちょっと良い?》
「お、なんだい」
《家、住所決めようよ。あのおじさんに、この街に居座られたら困るでしょ、念には念をね》
「一応聞くけど、オススメは?」
《私とレーヴィの家の、隣》
「小さくて良いんだけど、金額は?」
《家賃補助でこの位、宿だとこの位》
「宿より安いけど、初期費用はどうなの」
《家具は付いてるし、簡単なアメニティは貸してあげるから殆ど無くて大丈夫だと思うよ》
「保証人は君か」
《うん、保証金は私とマティアスで折半。大した額じゃないけど、貸しね》
「先が長いかもだし、住むしか無いよなぁ…金品換金したい、そしたら直ぐに返せる」
《物は何?》
「金、精錬されてるけど刻印は無い。アクセサリーもある」
《なら1000ユーロ位かな、あんまり売りさばくと出所を気にされるから、程々にお願いしたいんだけど》
「おう、でも他で換金は、身分照会があるからダメか」
《そんなにどうするの》
「人形のとか色々」
《良いのに、蓄えもあるし》
「イヤなんじゃよ、借りがいつ返せなくなるか分からんし」
《なら担保に何か渡してくれれば良いよ》
「魔石なんて渡したら、どうなる」
《困る、本当に無理。他のにして》
「金で良い?」
《うん、そっちでお願い》
「つか換金してくれよ」
《換金理由を考えないと。見回りしてくるから、また後で》
「おう」
病室を出るマティアスを見送り、絵本を開いた。
3冊の中、悪い御使いの分類になった古い絵本。
【醜男と魔女と御使い】
昔々、ケリドウェンと言う魔女が居ました。
魔法の大釜で魔力と知恵、知識を得られる薬を作る事が出来た魔女には、美しい娘と醜い息子が居ました。
息子の顔はどんな魔法でも変える事は出来ません、自分にとっては可愛い子供であるアヴァグドゥを可哀想に思った魔女は。
せめて知恵を授けようと、大釜で秘薬を作る為に材料を集めました。
息子アヴァグドゥの為を思い、早速作り始めます。
薬が完成するまでには、1年と1日掛かります。
魔女は急いで薬を調合し終えると、煮立たせ始めました。
アヴァグドゥが来年から独り立ちしなくてはいけないので、急いで作っているのです。
しかも、煮詰め始めた釜の中は絶えず混ぜ続けないと完成しません。
ですが、その秘薬の噂を聞きつけた黒い翼の御使いが魔女を探しに城へ来てしまいました。
この大事な薬を他人に渡したり、邪魔をさせるワケにはいきません。
なのでグウィオンとモルダに釜を任せ、薬を持ってるかの様に装い御使いから逃げ回る事にしました。
盲目のモルダが火の管理をし、グウィオンが釜を混ぜます。
そうして1年経った日。
絶え間なく釜を混ぜていたグウィオンですが、魔女の美しい娘が様子を見に来たので手元が狂い、指に3滴の熱い薬が飛び跳ねて思わず舐めてしまいます。
その瞬間に未完成の釜の中身は全て毒となり、怪しい煙が立ち込めます。
薬のお陰なのか、全てを悟ったグウィオンは逃げ出しました。
そして丁度、薬の確認に帰って来た魔女ケリドウェンの目の前で城が爆発し、釜が割れた音が聞こえました。
爆発に驚いたグウィオンは、新しく得た魔法の力で野兎に変身し逃げますが、ケリドウェンは猟犬へと変身しグウィオンの後を追います。
猟犬ケリドウェンの速さに今にも追い付かれそうになるグウィオン、鹿に変身してなお追い付かれそうになったので、魚に変身し川へと飛び込みます。
ケリドウェンはカワウソへと変身し、魚になったグウィオンを追います。
またもや捕まりそうになったグウィオンは鳥へ変身しました、ケリドウェンは鷹となり追い詰めます。
そしていよいよ追い付かれそうになったグウィオンは小麦畑を見付けると、1粒の小麦へと変身しました。
ですがケリドウェンは黒い雌鶏へと姿を変え、グウィオンである麦を食べてしまいました。
そうして復讐を果たし城へ戻り全てを元通りにした所に、今度はあの悪い御使いが再び城へとやって来ます。
娘は殺され、ケリドウェンは逃げ遅れ、お腹の子供が御使いの手に残されました。
御使いは美しい赤子を殺すのは忍びないと思い、皮袋に包み海へと流します。
そして皮袋に包まれたグウィオンの生まれ変わりである赤子は、川で鮭を釣ろうとしていたエルフィンに釣り上げられました。
「輝く額だ!」
美しい赤子を目にしたエルフィンが叫び、そのままタリエシンと名付けた。
すると赤子は話し始めます。
美しい人エルフィン、300匹の鮭より役立ちます。
気高く優しいエルフィン、か弱く小さい私をどうか…
なぜ赤子が喋れるのかとエルフィンが聞くと、赤子のタリエシンは答えました。
小舟の様に暗い袋に包まれ、果てなき海を彷徨っていました。
今にも死んでしまうと思った時、お告げを受けました、天の主が自由をくれたと。
エルフィンもコレは天啓だと思い、タリエシンを大切に育てました。
その頃、ケリドウェンによって隠された唯一の生き残り、息子アヴァグドゥは弟を探しに、海から川へと船を走らせていました。
そして鮭と共に川を登り、タリエシンの噂を耳にします。
そうしてやっと、弟の居るエルフィンの家へと辿り着くと、事情を話し始めました。
「皮袋に包まれた赤子を知らないか?僕の家族、母さんの忘れ形見なんだ」
醜い姿のアヴァグドゥとタリエシンが兄弟に思えなかったエルフィンですが、ポロポロと泣くアヴァグドゥに同情し、タリエシンに会わせる事にしました。
3才になっていたタリエシンは、アヴァグドゥの姉よりも誰よりも美しい子供に成長していました。
そしてタリエシンはアヴァグドゥの事を一目見て全てを理解すると、兄弟では無いと拒絶しました。
絶望するアヴァグドゥ、母ケリドウェン同様にタリエシンを食べてしまいました。
するとどうでしょう、身体が縮み、美しい3才のタリエシンへと変身したのです。
そうしてアヴァグドゥはタリエシンとなり、詩人として王宮で暮らしましたとさ。
おしまい。
確かにコレは追い詰めた御使いが悪い、悪い御使いの見本だ。
気を付けないと。
『何を読んでるの?』
「お、おはよう。醜男と魔女と御使いだよ」
『それ嫌い、だって兄弟を食べちゃうんだもの』
「丸呑みしたのかね?」
『3才は小っちゃいから、そうなのかも』
「このタリエシンことアヴァグドゥを食べたら、知恵を授かるかな」
『ふふ、怖い食いしん坊だ』
「知恵は欲しい、血だけとかなら、どの位の知恵が貰えるか気になるじゃん?」
『身体の体積で、サイズが分かれば計算できそう』
「おぉー」
『でも、知恵の総量が分からないとダメかも、どうだろう、後で先生に聞いてみるね』
「退院してからで頼む、ちょっとお昼寝してて良い?」
『うん、おやすみ』
久し振りに普通の夢を見た。
浮島に建てて貰った家で過ごす夢、ショナに叱られる夢。
理由は良く分からないが、無茶をしたか何かで叱られていた。
それでクーロンが出てきたかと思うと場面転換して、食事をする。
実に夢らしい、無秩序な夢だった。
どうやら、病室まで昼食の匂いが入って来てたらしい。
ベッドを覗くとお兄ちゃんの姿は無く、代わりにマティアスが椅子に座っていた。
「おはよう、お兄ちゃんはどうした」
《良い匂いがしちゃってるから、車椅子でお散歩させてから図書室に行って貰ってる。胃が良くなってお腹空き始めたみたいで、その配慮》
「そっか。それで君は何してる」
《起こしに来た、もう少しで3時間経つから》
「お、ありがとう…まだ30分あるじゃん」
《寝起き直ぐにサウナは身体に悪いから、体調が悪く無いならサウナ予約するけど?》
「夜にとっとこうかな、吹雪にも伝書紙って耐えられるのかね?基地の外からココまで」
《ラウラ程の魔力なら大丈夫だと思う、私は無理》
「ちょっと早目に行こうかな、20分過ぎて戻らなかったらサウナ作戦、無理ならトイレで」
《任せて》
身支度をし、基地を出てミアの家へと向かった。
インターホンを押して少し時間が経ってから、扉が開いた。
芳しくない様子。
「どうですか」
『分析は完了しました、加工されてます』
表面を半分だけ捲った伝書紙を差し出してきた、上の紙がトレース紙の様に薄い。
特定の薬液に漬ける事で剥離出来たらしい、薬液の入手は少し難しいが、絶対に手に入らない物では無いとか。
気付いたのは、魔法も見える顕微鏡で見ての事だそう。
極小の魔法印を見付け、そこから過去の魔道具のデータを調べに魔法省へ行き、詐欺に使われた古い手順だったと判明した。
文書偽造の古い手口で、本来の正規品には有ってはならない物。
「あらら」
『コチラ、国連の伝書紙ですよね?資料で見ました』
「おう、知り合いに手紙の行き違いが起きてね」
『正規品に貼り付けるなんて、しかも記号とナンバーまで後付けされてるんです。R51って』
「ありがとう、元に戻せる?」
『全く同じは無理です、剥離液同様に調合成分は様々ですから』
「誰がやったか探れるかな」
『魔法省に持ち込めば可能性は無くは無いんですが』
「関係者に相談させて欲しい、大事になるんでしょ?」
『はい、正式な国際事件になり関係者も出ざるおえないかと』
「黒幕とか居たら逃げられるか、身代わりが出て終りそう。少し待って欲しい」
『はい、お待ちしてます』
ミアの家を出て基地へ戻ると、居るはずの無いルーカスが居た。
吹雪で外出禁止なのに、何してるんだ。
「なにしてんの」
『おじさんがお腹痛いって、今は検査中。盲腸かもって』
「あらら、マジなら絶食じゃん」
『そうなの?魔法で治せない?』
「簡単に治したら大事にしなくなるって、聞いた事無い?」
『こういう仕事だからか直ぐに治して貰ってる、忙しい時とか特に』
「治療師が居ない場所に行かないのか」
『確かに、そうかも』
ルーカスと話していると、診察室からおじさんが呻き声と共に運ばれて出て来た。
良くないらしい。
《あ、ラウラ、盲腸、治してあげてくれる?書簡があるから治して大丈夫》
「理念的に治したくない場合はどうなるんだ」
《えー、特に無いけど。治したく無いの?》
(加減が分からないからしたくない)
《30分~1時間、必死に前の人は治してた》
「でも前に、ココの治したのは報告されてんじゃ無いのか」
《いや?何の話?最近の重傷者は盲腸のお兄ちゃん位だよ、隊の怪我人は軽症者ばっかだったし、血塗れだったから重症と勘違いしたのかもね》
「あー、あらら、そうですか。成程、じゃあ頑張って治しますか」
《分からない事があれば看護師達がリードしますんで、宜しくお願いしますね治療師様》
「はい、了解です」
後はもう、看護師達に流されるまま行動する事に。
15分置きに脈拍や血圧、痛みの確認をし、時間を読み上げサインして行く。
少し安定しましたし、休憩して下さいと部屋から連れ出されたり。
自分でもトイレに行ってみたりと過ごし、1時間はあっという間に過ぎた。
『どうですか治療師様、そろそろですかね?』
「はい、なんとか」
『じゃあ再検査しますから、治療師様はナースセンターでお待ち下さい』
外へ出てナースセンターへ向かうと、珈琲とお菓子が用意されていた。
ルーカスは待合室らしく、なんとリリーと一緒だとか。
「ありがとうございました、助かりました」
《初心に返ってサポートしただけですよ》
『そうそう、声出し確認って意外と大事だから』
《日勤じゃ無いと患者の前で、ってのは難しいわよねぇ》
『そうよねぇ、いつもは薬の確認の時だけだし』
《お疲れ様ラウラ、無事に治ったよ。お疲れ様でした治療師様》
「こちらこそ、ありがとうございました」
《で、会いたいそうだけど、疲れて休んでるって事にしといたよ》
《そうね、しつこそうだし休んじゃいなさいよ》
『あの子の病室へ戻って寝てたら良いわ、他の患者さんが居る所には来ないでしょうし、来ても追い返してあげる』
「そうしときます、ありがとうございました」
病室へ戻ると、お兄ちゃんが少しだけ水を飲ませて貰っていた、少しずつ慣らすらしい。
久し振りの水を味わっている。
自分のベッドに座り、そのまま眺めていると、飲み干したカップを看護師が受け取り、カルテに何か書き込んだ。
『じゃあ、また時間が経ったら水を持ってくるからね』
『はーい』
「ただいま」
『看護師長が、治療師様はお腹が痛いからトイレに籠ってるって言ってたけど、大丈夫?』
「大丈夫、良く食べると良く出るんだ、それとちょっと考え事して長くなった」
『何を考えてたの?』
「人間について、不思議だなって」
『ふふ、不思議だよね』
「ちょっと横になってて良い?朝早く起きちゃって」
『良いよ、嫌な夢でも見たの?』
「イヤじゃ無いけど、良い感じでも無かったな、叱られた」
『夢占いの本ならあるよ、ほらソコ』
「お、分厚いなぁ」
『妹が嫌な夢を見た時に、コレで意味を調べて話を逸らすんだ』
「ほうほう」
『調べてあげる…えっと、叱られたのは誰から?』
「えー…同僚とか、ある?」
『あるよ、どんな事でどうやって叱られたの?』
「目の前で…仕事?の事かな」
『対人関係が開けます、心強い協力者が現れるとかです。ちょっと褒めて欲しい時期です、仕事に対して強い思いがあるようです。だって』
「お、良い意味だけチョイスした?」
『ううん、治療師様は大きい子だから普通に読んだよ、ほらココ』
「おぉ、お?ほうほう」
『前にね、夢で僕に怒られたって妹が、僕に泣きついて来た時に困って、怒っちゃって。そしたら看護師長が持って来てくれたんだ。今は入院してるから、ココに置いて貰ってる』
「成程ね、お助けの書か。少し貸しておくれ」
『うん』
自分のベッドへ戻り、夢占いの本をパラパラと開く。
親に怒られる夢をソラちゃんを使って調べてみたが、良い単語が無いので適当に捲っていると、マティアスが病室へ来た。
《お、何してるの?》
『夢占いの本、治療師様が同僚に叱られる夢見たって』
《へー、どんな意味だったの?》
「良い方向に向くかもだって」
『対人関係とかね、心強い協力者が現れますだって。後は仕事に強い思いがあるんだって』
《なるほどね、良い感じの夢だね》
「でしょ」
お腹が空いたな、そう言えばお昼食べ忘れてるじゃんか。
そら空くわ、何食べようかな。
つかどうやてココ出ようかな。
『あの』
「お、ルーカス、どうした」
『売店に行きたいんだけど、案内してくれる?』
《そっか、なら私が案内してあげるよ》
『ラウラが良い』
「よし、ちょっと行ってくる」
病室を出ると、待合室へと腕を引かれた。
どうやらお腹が空いたのが伝わってたらしい。
そのまま無言で盛り合わせを出し頬張る、ルーカスも無言で珈琲を飲んでいる。
少し、何かが物足りない。
そうだ、エビフライだ、ココにエビフライが欲しい。
『エビのフリット?』
「衣はパン粉、サクサクで、タルタルソース掛ける」
『黒いのは?』
「お醤油?しょっぱい調味料」
『何で頭の中を見られても嫌がらないの?』
「今は見られても良いから、コントロールは出来るでしょ」
『うん』
「ノエルは知ってる?雑誌の」
『その花のマークだけ』
「便利。子供のカウンセラーとかやったら凄そう」
『辛い記憶は嫌い、出来るなら楽しいのばっかが良い』
「それもそうか、ごめん」
『美味しい記憶も好き、幸せなのは幸せになれる』
「キノコのフリットってあるのかな」
『食べた事無いかも、今のがそうなの?』
「うん、塩だけでも美味しい」
『おいしそう』
やっとニコニコし始めた、人見知りだったのか。
まさか警戒してたのか。
「人見知りなのか、警戒してたのか」
『両方』
「そっか、ごめんね」
『僕こそ』
ちびカールラやクーロンが居れば、もう少し早く警戒を解かせられたかも知れない。
何なら、どの行動でも早く良く立ち回れたかも知れない。
「神獣って知らない?」
『知らない、今の竜がそうなの?』
「おう、居ないか、不便だ」
『きっと、居ても狩りつくされてるよ』
「野蛮だ、妖精も標本より動いてる方が綺麗なのにな」
『裏の家庭菜園に、凄い』
「盗聴の心配しなくて良いなコレ」
『熱出たりするとコントロール出来なくなるから、僕には不便』
「だから治療師に治して貰えるのか」
『多分、見られたく無い人が殆どだから』
「よし、じゃあおしまい、もう見ないで」
『うん、でもまた見たい、面白い』
「良いって言った時だけね、ご馳走様でした、じゃあね」
『うん、またね』
こういう大人しい子に最近遭遇してなかったので、中々可愛いく思える。
何より話すのも、内容に気を使わないで済むのも良い。
病室へ戻ると変わらずマティアスが座って待っていた、お兄ちゃんと共にテレビを見て休憩している。
見ているのは天気予報、今夜には吹雪も収まるらしい。
『今夜には収まるって、僕の病気も収まらないかな』
《そうだね、早く収まると良いね》
「なー、早く治れって盲腸に言っといて」
《じゃあ、聴診器を逆に付けて、聞こえる様に言っとこうか、ほら》
『早く治って、今度は赤色のゼリー食べるんだから』
「ついでに褒めとこう、破裂しないでありがとうって」
『破裂しないでありがとう、いつもありがとう。もっと大切にするから良くなって、一緒にゼリー食べよう』
「良いね。肝臓は1番我慢強くて寡黙らしいよ、膵臓も。我慢し過ぎて、手遅れになり易いんだって」
『なら盲腸は良い子だね、直ぐに無理ってちゃんと言うんだから』
「ね、他の子も皆そうなら良いのにな」
《聞き方にもよるんだよ、血液検査とかエコーとかで聞いてあげれば、小さい声だけど言うんだよ。確かに痛みには鈍感かもだけどね》
『でも、痛いなら痛いって言えば良いのに』
「無痛症ってのがあってだな、小さい時は良いなって思ったけど、早死にしちゃうのと、周りが大変だって知って、逆にやめとこうって思ったな。だから痛いのは悪く無い事らしい」
《程々だよね、神経痛は少しの刺激でも、凄い痛くなっちゃうし》
『普通が良いな、元気が良い』
「だね、わかる」
お腹いっぱいになったからか、人の気配のお陰か。
瞼がとても重い。
ピューマの子供を暖める為に胸元に入れる、小さくてフワモコ。
辺りを見回すが雪で真っ白、傍らには一対のテーブルと椅子。
目の前にはマーリン、よく見るとテーブルには紅茶が置いてある。
出来立てのスコーンとクッキーからも湯気が立ち込めている。
『どうぞ』
「どうも。一体、この子は何でしょう」
『君の願望じゃないかな』
「あー、最近触って無いからなぁ、もふもふ」
『想いは具現化するからね』
「でも、向こうの知り合いは出て来ないよ」
『リミッターやストッパーが働てるんだろうか』
「あぁ、そっか、そうなのか。そうそう、大事件が起きてる、尋問官を操ろうとしてるのが居る」
『それは、物証はあるの?』
「ある、ただ国連が主導してるのか、誰か特定の者が企んでいるのかが分からない。だから国連に報告するか悩んでる」
『突き止めようとすれば当然、君も狙われると思うんだけど』
「それなぁ、殺される位ならこのままノンビリ暮らしても良いんだけど、ノンビリ暮らしててもいつか狙われそうで。ならヤられる前にヤってやるか、と、そう思ってしまう」
『平和に暮らせる保証があったら、残る?』
「帰るのが最優先。帰るのが死なら、残る」
『そんなに未練が?』
「自信無いけど、向こうで役に立とうと思ってたから。恩返しをしてからじゃないと、貰いっぱなしになっちゃうから、だから帰りたい。勿論、帰っても役に立つ保証は無い、でも少しは何かの役に立てるかも知れない」
『それで帰る為の行動として、ソレに介入するの?』
「だね、少しはココの役に立ちそうだし。そもそも定住は最終手段。悪い場所じゃ無いけど、御使いと発覚したら、酷使されそうだから帰りたいのもある」
『帰れるとは限らないのに、危険に近寄るんだね』
「やっぱ少し遠回りした方が良いかな」
『出来るだけ危ない事は避けて欲しいよね、折角こうして会えたんだし』
「ありがとう、もう少し考えてみる」
『うん』
「そういえば、エリクサーとか本を売り歩いてたりした時期ってある?人形とセットで、主にドイツで」
『治したり占ったりはあるけど、何か売った事は無いかな』
「そっか、じゃあ違うのか」
『騙られる事が多いから、その類かもね』
「そっか、なるほど」
『うん、意外な事が役目かも知れないし、焦らないで。じゃあね』
優しいな、大して知らんのに心配してくれるのか。
普通におじいちゃんしてる時のも会ってみたいが、ギャップにドン引きするんだろうか。
《おはよう、夕飯に行こう》
「もうそんな時間か、食堂に?」
《いや、私の師長室》
「おう、いく」
お兄ちゃんは今日も何処かへ散歩中なのか、今は病室には居ない。
師長室へ付いて行くと兵長も居た、テーブルには何も無い。
《スペインで何か買って来たんだよね?》
「おう、無かったらどうするつもりだった」
《無いなら、ラウラの作ったご飯を貰おうかなって》
「そっちかよ。ならお礼に出しますとも、スペインで買い付けた美味しそうなモノを」
コロッケにミートパイ、キッシュに生ハムサンドを出す。
ピンチョスとカキはお酒が欲しくなりそうなので、もう少し要求されてから出すべか。
《美味しい》
「ご支援賜りまして、見事本カードにパスポートまで受け取らせて頂きました。ココにてお礼とお祝いを兼ねましたお食事会とさせて頂きます」
『おめでとうございました、後は家ですね』
「それな、寧ろ基地と近い方が良い気がして来たんだわ、それか極端に遠いか。コレから先も居ない時間が多くなるだろうし、それをどうにかカバー出来る方が良いかなって」
《うーん…じゃあ、ココ》
それは基地から遠い、一軒家。
別荘用にと建てられた小さな家は、間取りもシンプルで使い易そう。
何処の家とも遠く離れていて、誰に何を気にしなくても良さそう。
「良さそう、見に行きたい」
《話はしてあるから、明日にでも見れると思う》
「ありがとう」
『後は学校ですかね』
「それは無理」
『冗談ですよ。でも長く居る事になりそうなら、治療師に学歴はそこまで重要では無いでしょうけど、行けるなら行くべきかと』
《だね。書類上、君は妹ちゃん以下の学歴って事だし、8月頃と1月から学校が始まるから、考えといてね》
「あら、妹ちゃんは先輩か。考えとく」
『あまり深刻に考えないで下さい。難民の場合の入学試験は、どの学年に入れるべきかの実力を測るテストですし、今からでも勉強して頑張っておけば、高卒や大卒認定がそのまま取れる人も居ます、場合によっては時間が自由になりますよ』
《そうそう、近い大学はロヴァニエミで教育・社会科学・法・芸術が学べる。オウルだと更に科学や医学も。当然どこの大学でも語学の専攻はあるから、ラウラはどこにでも入れると思うよ。難民の試験は入学の1ヶ月前まで受け付けてる》
「入れる能力があればでしょ、あれば」
行くとしたら、7月まで帰れそうも無かったら。
試験をチート出来れば、学歴と自由が獲得出来そうなのは魅力的だが。
何処でもソラちゃんが使えれば、だ。
少し考えとかないといけない。
考えたくなくても。
例え役目を探すのに邪魔でも、長期戦を想定するなら学ぶのも。
少し思い悩んでいると、ドアをノックする音がした。
『お!豪華な食事会だね、本カードのお祝いかな?』
「はい。身体はどうですか?」
『快調だよ、ありがとう』
「少し如何ですか」
『いやいや、もう病院食を食べてしまったし、美味しいモノは暫く止めておくよ。吹雪が収まる早朝までお世話になるから、ルーカスを宜しく頼むね』
「あの、何で家族や周りの事を詳しく聞かなかったんですか、もっと厳しい審問があると思ってました」
『いやね、ほら、色々な事情の子が多いからね、嫌な思いをさせるワケにはいかないし。君から話してくれる分には問題無いよ、それでも、無理に話さなくても大丈夫だからね』
「あぁ、はい」
『いずれは他の難民とも話す機会があるだろうから教えておくけれど、誘拐された人の子供や孫の世代の難民が多いんだよ、その過去を知らないまま育てられた人も居る。だから深く突っ込まない、特に生育環境が悪くなかったら。だから早く来たんだよ、ケアが必要かどうかね』
「悪ければ自分から話すか、尋問官が気付く?」
『そう、親や周りの話をしたがらない、何かを抱えてる人にケアが付くが、君は大丈夫』
「兄弟が居るかもとか言ったら、どうなるんだろう。もしかしたら、同じ様にコッチに来るかもって」
『本当かい?!仲は良いのかな?同じ国に住むかい?』
「向こうに任せます。身内だなって認識はあるんですけど、育ち切ってから見たので他人なんですよ。仲が良いかどうかすら言えない感じです」
『似てるんだね』
「いいえ、本当かどうか疑う程に」
『見付けたら連絡しようか?』
「向こうが連絡したいって言ったら、まぁ多分無いでしょうけど」
『そうか、ルーカス、ちょっと』
『はい』
《ラウラ、また急に、その時の尋問官がルーカスとは限らないんだよ?》
「無理そうなら逃げるでしょう、自由な子だから」
《それでも》
『お待たせ、どうしたんだい?』
「目を付けられるんじゃ無いかって心配してくれてるんです、普通の女の子として育って欲しいみたいなんで」
『分かるよ、才能のある子は嬉しいのと同時に心配にもなるからね。でも大丈夫、子供は時として我々の計り知れない成長を遂げるものだ、そういうものなんだよ』
『兄弟なら同じ様な能力を持ってる可能性があるから、丁重に扱われると思う』
『そうだね、うん。君の兄弟ともなれば大切にして貰わなくてはね、上にも進言しておくよ』
「もし来たらですけどね、内弁慶なんで、ずっと向こうかも知れないし。もし向こうが連絡するって言ってくれたら、お願いします」
『勿論だよ、向こうの意志に委ねよう。優しいお姉さんで恵まれてるね、名前を聞いておいても良いかな』
「あー…確かシオンだったかな」
『よし、じゃあ元気になれた事だし、早速仕事に復帰だな。明日は挨拶が出来ないかも知れないから、代わりにルーカスを置いていくよ。私は少し図書室に寄ってから病室へ行くから、ゆっくりしてきなさい。じゃあね』
『うん、おやすみ』
「食べる?」
『うん』
扉が閉まり、食事が始まると直ぐに兵長が話し始めた。
マティアスは不機嫌そう。
『レーヴィです、宜しくお願いします』
『ルーカスです、お母さんから少し聞いてます、良い人達だって』
「いきなり本題に入るけど、細工されてた。後は君達がどうしたいか」
『相談したんだけど、暫く様子見しようってなった。今は困って無いから、このままで』
「分かった、紙の宛はある?」
『君から貰ったのだけ、出来るなら定期的に欲しい』
「貰い物だからなぁ、相談してみるけど期待しないでくれよ」
『じゃあ、運送屋の事なら僕が手伝うよ、保証金とか暫くの生活費だとかを、姉さんと出させて欲しい』
「交渉上手、じゃあ聞くだけ聞いてみる。次は何処に行くの?」
『不正が無い様にって、事前には知らされない』
「なら伝書紙をコッチから出すか」
『…そっか、それで姉さんと、便利で良いなぁ。僕にはその魔法が許されて無いから、羨ましい』
「逃げられたら困るからか」
『スパイ防止。君からの手紙なら、もう怪しまれないだろうし、大丈夫だと思う』
「それでも言わないでくれると助かる」
『うん、僕から出す時は君の名前って、どうしたら良い?』
「どっちでもどうぞ、ラルフから貰ったのでも良い」
《どんな名前?》
「ヘパーティカ」
《雪割草?花の名前を貰ったの?》
「ラルフに、和名は使い難そうだったから」
《そっか、和名って》
「言わんぞ、必要無いでしょ」
《気になるじゃん?》
「花に関連する。ご馳走様でした、まだあるから残りはあげる。シャワー行く、あ、本借りてく」
悪い御使い分類の最新刊を手に取りストレージへしまい、シャワー室を借りた。
そのまま病室へ戻ると、妹ちゃんがお兄ちゃんのベッドで絵本を読み聞かせている。
聞きながらベッドに座っていると、そのたどたどしい話し方に眠気を誘われた。
《マティアス》『レーヴィ』『ミア』『お兄ちゃん』『ルーカス』『マーリン』『随行官のおじさん』
【醜男と魔女と御使い】