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2月20日

 何事も無く目が覚めた、夢を見るでも無く。

 ただただ空腹感で目が覚めた、まだ外は暗い。


 かなり早い時間にも関わらず、ドアがノックされた。


《おはよう、起きてた?》

「おはよう、今さっき起きた」


《そっか、薪をやっとくから顔洗っておいで》

「おう」


 トイレも済ませ部屋に戻ると、マティアスが珈琲の準備をしてくれていた。


 暖炉から僅かに響く薪が弾ける音だけ、外からの音は何も無いので、備え付けのラジオを付ける。


 天気予報が流れたかと思うと、他愛無いニュースが流れ始めた。

 犬が生まれたので引き取り手を探してるとか、赤いスカーフを拾ったので近くのカフェに預けただとか、合間には流行りの音楽らしきものが流れる。


 珈琲が出来上がったので飲む。

 ブラックのホット、美味しい。


 小腹が空き始めた、寝汗でもかいたのかしょっぱいのが食べたいな。


 でも朝食が待ってるし、少し我慢しようか。


《まだ眠い?》

「いや」


《静かだね》

「寝起きはいつもこうよ」


 ただ、ゆっくりラジオを聞くのは初めてだ。


 ニュースが流れるが、万引きがあったけど捕まったから万引きは良くないよとか、飲酒運転で捕まったとかで劇的な事件は流れない。


 詐欺師にご注意下さいと流れた後、御使いを騙る者、無印エリクサーの売買にはお気を付け下さいと流れた。

 その言葉の後にまた、今度は逃げた猫が防犯センサーを作動させたとか、長いロープが落ちていたので荷台はしっかり閉めましょうとか。


 何処か覚えのあるほのぼのとしたニュースばかり、少なくとも今日は殺人事件は無かったんだろう。


 死亡事故も、偶々無かったんだろうか。


《あの、昨日の話だけど、出版社の》

「うん」


《悪い噂とかゴシップは特に無かったよ、でも子会社の情報までは流石に無かった。絵本は変わらず出してるから、今有る本と関連してる本を師長室に分けてある》

「ありがとう」


《お腹減った?》

「おう、待ちきれん」


《だね、今日は何かな》

「ね、何でも美味しいから楽しみだ。そういや兵長は?」


《また会議、ウツヨキの魔渦が弱まったって報告が有って、調査に行く為の会議》

「あー」


 部屋の扉が再びノックされ、良い匂いのリタが籠を持って来てくれた。


 少し早い、なんでだ。


「おはよう、今日は簡単な物だけど、楽しみにしてて」

「おはようございます、ありがとうございます」

《ごめんね2人共、今日はいつもの時間に迎えに来られなそうだったから、リタを急かしちゃって》


「良いのよ、さ、行ってらっしゃい」

「あ、はい」


《はい、じゃあしまっといて》

「おう?」


《オウル、買い物行くでしょ?》

「あ、うん、ありがとう」


 車に乗り込み、まだ薄暗い街を端まで送って貰った。

 降りてから眼鏡等のフル装備を付け、街を離れる為に少し跳んでから、オウルへ空間を開いた。




 久し振りのオウルは変わらず湿気て海の匂いのする場所、今日は安心して回れる。


 カフェは早朝からも開き、繁盛していた。


 急ぎでも無いので、珈琲も頼み待つ事に。

 持ち込みのカップだと何割引きか効くそうで、最近よく使っているマグカップを試しに出すと、並々と注がれた。

 通りで多種多様なコップを出す店だと思った。


 お客は様々で、水兵さんもサラリーマン姿の人も居る。

 少し田舎に居過ぎたのか、何だか騒々しい。


 そしてチラホラと視線も感じる。


《あの、この前ホテルに泊まってた方ですよね?》

「お、あ、この前の、どうも」


 蝙蝠の亜人と一緒にホテルの出入り口で警備していた猫亜人だ、可愛い耳よな。


 茶トラカラーでフサフサ。


《はい、慌ててチェックアウトしてらしたんで気になってたんですけど、何かありましたか?》

「いや、忘れ物があって戻ってたんです、それでそのまま向こうに泊まる事になったもんで、居心地は最高でしたよ、本当に」


《そうでしたか、良かった》

「どうも、ご心配お掛けしました」


 大きなグリーンアイだし、なんとも愛嬌が有る、尻尾も思わず触りたくなるフサフサ。


 良いなぁ、触りたい。


《誰かと待ち合わせですか?》

「パンを待ってます、前に来て美味しかったので」


《本当に美味しいですよね、あ、また泊まる事があれば、是非また来て下さいね、お待ちしてます》

「はい、ありがとうございました」


 出て行く姿を見ると、蝙蝠さんが待って居る事に気付いた。


 手を振ってくれたので、周りを見てから振り返すと2人で再び手を振り、何処かへと消えて行った。


 翼が大きいから外だったのだろうか、寒かったろうに長く待たせてしまった。


 暫くして従業員がパンを持って来てくれた、紙袋いっぱいのパンはまだ暖かい物もある。


 お使いだと思われたのか、レジ横に置かれていた棒付きキャンディーもくれた。


 お礼を言い、外に出ると粉雪が降っていた、何とも情緒的。


 暖かいパンをしまい、リリーちゃんの行く大学まで行ってみる。


 外観からして綺麗でデカい、お洒落。

 寮も近くにあって門には複数の警備員も居る、しっかりしてそう。


 羨ましい。


 大学と寮の周りを半周した頃、公園に先程の亜人警備組が居た。

 屋根付きのベンチで仲良くモーニングを食べている、邪魔しても悪いので少し遠回りして、今度は図書館へ。


 図書館の外観もこれまたお洒落、なんだろうか、やっと現代に居る感じがして来た。

 現代というか、近代というか。


 こうやって良い街だよとリリーちゃんにも見せてあげたら、少しは仲良くなれるだろうか。


 何もしてないのにあの態度だし、無理か。

 諦めよう。


 そのままぐるりと街の端へ行き、低く跳んでからソダンキュラへと帰った。




《お帰り》

「ただいま、飴ちゃんモロタ」


《あはは、レジ横のだ、初めて見たよ貰ってる子…ふふ》

「羨ましいか、やらんぞ」


《はいはい、ちゃんと直ぐ帰って来てくれて良かった。朝食、何かなぁ》


「お、クリームパスタ、絶対美味しいじゃん」


 お鍋の中身は生麺のパスタ。

 トロトロモチモチ、美味い。


《うん、美味しいね》

「うん、もう飲み物だ、永遠に食べれそう」


《日本の料理は恋しくならないの?》

「あー、奇抜な食べ物は不意に食べたくなるけど、臭いから場所を選ぶので遠慮はしてる」


《シュールストレミングみたいな?》

「そうそう、腐り豆、ネバネバした臭い食品」


《ネバネバかぁ、ヨーグルトみたいな?》

「んーそうかも、同郷の人間でも好き嫌いが分かれるから、興味を持たない方が良いかと」


《気になる》

「今度外で出してあげるから、今はやめとけ、不味くなる」


《えー、気になる、すぐ嗅ぎたい》

「おぇってなっても知らないよ」


《看護師だよ?大概の臭いは嗅ぎ慣れてるから大丈夫》


「分かった、どうなっても知らんからな」


 パスタを食べ終えた後、早速中庭へ。


 納豆丼に興味を示したのでスプーンを渡してみると、そのまま1口。


 普通に食べた。


《マーマイトみたいで美味しいじゃない、なんだ、もっと変なのかと思ったのに》

「ネバいのは良いのか」


《下のはライスでしょ?食べ易くなって良いんじゃ無い?》

「ゲテモノ食いめ」


《なのかなぁ、レイパユーストは嫌いだよ、歯ごたえがキュッキュするから》

「あー、それ無理だ、リタにも言っとこ」


《インゲンのキュッキュするのも嫌だよね》

「マジでゾッとする、食欲も何も一瞬で消える」


《ね、コレそのまま頂戴》

「貴重だからダメ、コレ作る知識も無いからダメ」


《えー、残念、美味しいのに》

「日本に行けたらね、色々買ってきてあげるよ」


《やった》

「いざとなったら食品を買いに密入国だな」


《それは止めて》

「おう、冗談」


 納豆丼をしまい、念の為にとマティアスに歯磨きをさせている間に、お兄ちゃんの病室へ。




 なんと妹ちゃんが絵本を呼んであげている、お姉ちゃんを頑張っている様子。

 問題は付き添いにリリーちゃんの姿、踵を返し廊下を歩く。


 後方から速足でコチラに向かってくる足音。

 気付かれたか。


 コチラも足を早める、競歩は得意ぞ。


『待ってよ、治療師様』


「はい、おはようございます」

『おはようございます』


「早いんですね、朝食は食べました?」

『食べました、今日も食堂へは来られなかったんですね』


「皆さんの税金だろう食事に手を付けるのは気が引けるので、宿の食事を持ち込ませて貰ってます。難民申請でまだ税金を払って無い身分なので」


『あ、そうなんですね…昨日は、少しキツイ言い方になったから謝ろうと思って、ごめんなさい』

「いえ、大丈夫です、昨日の事も(シスコ)ちゃんに良かれと思って出た言葉なんでしょうし」


『まぁ、はい』

「ずっとココに居るつもりは無いので安心して下さい」


『無責任なんですね』

「じゃあずっと居て良いんですか?」


『え』

「え」


『そうじゃ無くて』

「じゃあ何でしょうか」


《おーい、揉め事か?》


「お、カール爺さん、お元気ですか」


《元気に見えるかどうか、少し治療師様を借りようか、良いか?リリー》

『あ、どうぞ、じゃあさようなら』


「助かる」

《ココのプリンセスだからなぁ、まぁ今日中にはお前の噂も広がって落ち着くだろう》


「は、なんの」

《実は男なんじゃ無いかってな、女みたいに育てられた可哀想な子って》


「おぉ、出所は」

《さぁ、嫌なら修正してやろうか?》


「それで構わんです、いっそ本当に男になろうかな」

《はっ!生やせるのか、凄いな最近の治療師様は》


「おうおう、ちょっと頑張ってみる」

《おう、無理すんなよ。宿が嫌になったらウチもシモンも部屋は空いてるから、いつでも来い》


「ありがとうございます」

《それと、馴染むコツを教えてやろう。そんな堅苦しい言い回しは若い子には嫌味に聞こえるから、もっと砕けろ。それに、外人のなりでそんな上手に喋る奴は違和感の塊だ、気を付けろ》


「ひゃい、ぐんぶりむしゅ」

《おうおう、じゃあな》


 散々に顔をもみくちゃにされ、解放された後、病室を覗くと(シスコ)ちゃんとリリーの姿は無かった。


 そこにあるのは、天井に備え付けのテレビをボーっと見上げるお兄(ヴェリ)ちゃんの姿と、マティアス。




「おう、何見てんの」

《天気予報、明日は吹雪だって》

『おはよう治療師様、明日は会えないかもね、残念』


「そんな吹雪く?」

『外出禁止だって』

《そうそう、ウツヨキ近くの部隊には今もう巡回に行って貰ってる。他もそう、今日は吹雪が来る前の買い出しで人が動くから、何処も巡回》


「おー、コレ前回のか、吹雪って初めてだ」

『凄いんだよ、窓はガタガタするし、今回は看板も飛んじゃうって』

《ホワイトアウトで車を動かすのも危ないから、私はこのまま泊まり込み。兵長もね》


「おー、どうしよう、同じくココに泊まろうかな」

『治療師様も、やっぱり怖い?』


「どうだろ、初めてだからワクワクして眠れないかも」

『ふふ、じゃあ絵本を読んであげるよ、きっと(シスコ)も今夜は来るだろうし』


「かもね、でも意外と頑張るかもよ」

『それでも途中で起きて迷惑掛けるだろうから、リリーには今夜連れて来て貰う様に言ってあるんだ』


「それでか、そうだね、一緒の方が安心な時もあるし」

『うん、大分楽になったから、僕も少しは相手出来るし』


「それでもだ、何でも治りかけが危ないんだから、痛くなったら直ぐに言うんだよ、今は我慢したらダメな時期だから」

『うん、マティアスにも言われてるから大丈夫だよ、ふふふ』

《そうだよ、我慢したら内臓が破裂して、手術で大変な事になるんだからね》


「おうおう、なら後は吹雪が病気を吹き飛ばしてくれる様に願っとくか」

『うん』


 目を瞑り、祈ったまま眠ってしまった。

 可愛い顔して眠ってる、食べちゃいたい。


《寝たね、出ようか》

「おう」


《少し胃が悪くて、長引くかどうかの瀬戸際》

「離れたら離れたでストレスなんだろうか」


《だろうね、違う寂しさがあるのかも》

「ね。カール爺さんから聞いたんだけど、噂が流れるらしい」


《へ、なんの?》

「実は可哀想な男の子らしいんだ」


《君が?》

「おう。なんだ、君じゃ無いのか」


《私は知らないよ、そんな噂》

「だから少し現実のモノにしてやろうかと、この性別だから君も少し過保護気味っぽいし」


《いやいやいや、性別どうこうじゃなくて純粋に心配してるだけだよ》

「違えば不安も少しは軽減しないか?増す?」


《少しだけ、でも不安の種類が変わるだけで、戻せないならまた違う不安も出るし》

「言ったな、少しって。じゃあオウルで本格的に買い出ししてから、ロウヒとシーリーの所に行ってくるから、結果は後ほど」


《うーん、無理しないでよ?》

「おう、ちょっと遊びに行くだけだ」


 基地を出る途中、廊下でシモンに会ったので街の外まで送り届けて貰った。




 そして先ずはオウルのスーパーへ、街の端から無料バスが循環しているので乗ってみた。

 人はまばら。

 直ぐに着いたスーパーはクソデカい、まるで倉庫。


 思いの外空いていた、コッチは吹雪かないらしい。


 大きなカートを押しながら、お惣菜や食材、アイスやお菓子のアソート、普段着を少し買い足し。

 お会計でクーポンを貰ったので、言われるがままサービスカウンターへ向かうと、アイスクリームを貰えた。


 外でも軽食が売っていたのでアイスを食べながら並んでいると、お会計の際にドリンクがタダになった。


 全て、子供割り。


 段々罪悪感が湧いて来たので、今回サービスされた分を募金箱に入れ、お店を後にしバスへ乗り込んだ。


 そのまま街の端で降り、少し離れてから今度はロウヒの家へ向かう。




『おう、どうした』

「オウルでお菓子買って来た」


『そうか、入れ』

「お邪魔します」


 お手洗いを借りてからハンバーガー、アソートパックのチップス、アイスを出している間。

 ロウヒはジュースを出し、チップス用のディップを用意してくれた。


 何を話すでも無く、先ずはバーガーを味わう。


 次にチップスを一通り食べてからアイス、そしてジュースを飲んで一息ついてから、ロウヒが口をひらいた。


『遊びに来ただけか?』

「性別をコロコロ変えられる魔道具か魔法が有るか知りたい」


『なぜ』

「心配されてるので、軍の看護師長が御使い狂信者で過保護なのですよ。名付け親でもあるし、戸籍もくれる手伝いをしてくれたから、無下に出来なくて」


『保護者が居るのは良い事だ、お前を心配しての忠言も有るとは、面倒見の良い』

「そうなんですけどね、自分、立ち回りが下手なんで動くのにどうも不便で」


『具体的に』

「女性問題、横恋慕」


『ふふ、よし、待ってろ、良いのを出そう』


 またもや大きな木箱から出て来たのは、紫色のベルベットの布袋。


 促されるがまま袋に手を入れると、中は袋以上の容量が有るストレージ。

 空中に浮く魔道具が手や腕に当たる。


「コレは、どうすれば」

『良さそうなのを出したら良い』


 小さい方が良いなと思っていると、中指に当たった小さな何かを摘まみ出す。


 キラキラ光る太めのピアス。

 陽にかざすと、赤から青へ色が変わる石が付いている。


「お、可愛い」

『もう耳は、場所が無いか、変えるか?』


「いや、まだ皮膚はいっぱい有るでよ」

『まさか、何処に付ける気だ』


「臍か、舌」

『舌は食べるのに邪魔にならないのか?』


「邪魔だと思う」

『なら臍か、鼻は許さないからな』


「おう、付けてみるべ」


 痛覚を切り、簪を取り出す。


 どう開けようか迷っていると、ロウヒが裁縫用の指ぬきを土台にし、開けてくれた。


『見た目に反した過激なファッション』

「な、こんなパンキーな事をするとは思わなかった」


『中々良いな、ワシも後で付けてみよう。起動は触れながら【ムータス】だ、触れるのがポイント』

「今回は簡単なのね」


『お前に機能が無いからだ、機能が有ればより複雑な儀式が必要になってた』

「あー、運が向いてるな、やったぜ」


『ふふ、可笑しな子だ』

「魔渦も消せる目途が付いたんだ、妖精を増やせば消えるって」


『ほう、妖精?確かにココ最近見てないが、まさか森に居なかったのか?』

「居なかったよ、ドイツの黒い森には居たけど」


『魔渦はどうだった』

「無かった」


『そうか、なら妖精の枯渇が魔獣を生んだのか』

「みたいね、妖精女王にも妖精にも確認した」


『花から生まれた者か?』

「おう」


『なら真実なのだろう、そうか、居なくなっていたのか』

「気付かないもんかね」


『家から出れん、見落としていた』

「なんででれない」


『1歩でも出れば力が失われる契約をした、大昔に人々と、この身体の祖先の人間達との契約。誰からも干渉を受けぬ様、あえてこの地に縛られた。そうする事で、子孫を守れると思った』


「少し可哀想じゃ無いかと思うんだが」


『大昔は不便で少し苦労したが、今は物流もしっかりしている、後はネットが海外と繋がれば完璧なんだが』

「引き籠り体質か」


『親類も家族も遊びに訪ねて来てくれるし、私はこの生活に結構満足している。余り多くを望むと、却って不幸を呼び寄せてしまうからな』

「分かってらっしゃる」


『この世が長い、老婆心からお前もそうしろと言いたい所だが、どう見てもその言葉は不適切そうだ。寧ろだな、もう少し若々しく居られないんだろうか』

「お、お説教か」


『バカ、らしい恰好の話しだ、余り貧相では変な輩が近寄って来る』

「あー、シンプルイズベストはダメか」


『せめて化粧でもだな』

「寧ろもっと髪を刈ってだな」


『ダメ、絶交する、勿体無い』

「えー、そこまで言うかね」


『私の髪を見ろ、湿気れば広がる面倒な髪なんだから』

「交換する?パーマも染めるのもクソ大変で直ぐに真っ直ぐになって、お洒落が面倒なんだぞ」


『慣れてないだけだろう。どれ、少し弄らせてみろ』


 ヘアアイロンで巻かれたり、カーラーを付けられたりと髪を弄られる。


 その合間にテレビを見たり、ロウヒの好きなバンドの映像が流れたり。


 お菓子を食べつつ、ただ流されるままに時間を過ごす。


「どうだ、参ったか」

『うぅ、あんなにスプレーを使ったのに、どうして』


「性格と一緒で頑固らしい、染めてみる?メッシュとかが良いな」

『おう、やってやる』


 説明書の中でも最長の置き時間を2回。

 そうして、ようやっと金色と言える程度の色まで抜けた。


 洗うとギシギシする、治したら治るもんかね。


「どや」

『こう面倒とは思わなかった』


「夏は楽よ、ちょっと乾かしてほっとけば良いから」

『気軽に遊べんからつまらん、編み込みも髪が逃げて撥ねるし』


「慣れてないからでしょ、ほれ、頑張れ」

『疲れた、また今度にする』


「おう、またお願い、楽しかった」

『うん。今度こそ、その髪を攻略するからな、大事にするんだぞ』


「お、そうきたか」

『撫で心地が良い、長ければもっと良いだろうに』


「邪魔で切っちゃった、重いし乾かすのが大変なんだもの」

『あぁ、きっと気持ちが良かっただろうな、なんて事をする』


「最初だけじゃよ、直ぐ飽きるさね」

『そうか』


 椅子に座るロウヒの前に座り、テレビを見ながら結局は髪を弄られ続ける。


 後頭部の髪を三つ編みにしては、勝手に解けるのを楽しんでいるらしい。


「ギシギシなの、治せば治るかな」

『ふふ、それよりだ、何色にする?』


「あー、青、真っ青、濃い青が良い」

『待ってろ、今塗ってやるからな、ふふふ』


 3度目の洗髪の後、鏡に現れたのは反抗期のパンクな子だった。

 口ピアスにしなくて良かった、革ジャン着たら正に荒ぶる子の完成だ。


「パンク」

『化粧もしていないんだ、パンクとはまだ遠いな』


「ライブ行きたくないのか」

『知らない人間に揉まれるなんて御免だ、大きい音が欲しかったらココで遠慮無しに流せるし』


「それで良いのか」

『それが良いんだ』


「そっか、ありがとう」

『おう、もう昼だな、食べて行くか?』


「お菓子で満たされてるから良いや、今度はシーリーの所に行ってくる」

『信じて大丈夫そうなんだな?』


「おう、あの感じで裏切るなら全力で苦痛の有る病に浸食させる」

『よし良いぞ、良い心意気だ。気を付けて行くんだぞ』


「うん、またね」


 ロウヒの家の前からウツヨキの村の近くへ飛んだ。




 相変わらず静か、外に誰も居ない。


 役場の裏の家へ直接向かうと、シーリーが出迎えてくれた。


「いらっしゃい」

「お邪魔します」


「お昼は?」

「まだだけど少しあれば充分です、お菓子食べてきたので」


「あら、子供みたいな事して」

「しちゃった、バーガーとチップスとアイス食べた」


「良いなぁ、私も食べたい」

「食べれる?油っこいよ」


『あ、いらっしゃいませ』

「お昼は少しで大丈夫だそうよ」

「お邪魔します、無くても大丈夫ですよ、ストック持ち歩いてるので」


『サーモンのクリームスープですけど、少し多めに作ってあるので食べていって下さい』

「ありがとうございます」

「上で待ってましょう」


 顔色は良い、体重も少し増えたのか顔が少しふっくらしてきたかも。


 階段は少し大変そうだが、息切れは直ぐに収まってる。


 良さそう、影も無い。


「良さげ」

「えぇ、体力を戻すのって大変ね、出産の時よりキツイわ」


「そんな軽かったの?」

「生んで1週間もしたら仕事に行ける程度にね、あの頃は直ぐに動けたのに。年かしら」


「ほえー、凄いなぁ。でもその時とは状態が違うから、無理せずリハビリしてね、気長にやろう」

「そうね、ほ程々ね」


「おう」


『お待たせしました』


 スープは溶けたジャガイモと玉ねぎでトロトロ、塩味は控え目。

 鮭はホクホク、美味しい。


 絶食のお兄ちゃんも、このスープから始めると良いかも。


「美味しいです」

『ヘパーティカには少し薄いかも知れませんね』


「いや、チップスとか食べてたんで丁度良いです」

「バーガーとチップスとアイスですって、早く私も食べたい」

『じゃあ来週にはバーガーにチャレンジしてみますか、手作りで良ければ』


「やった!頑張るわ」

「アイスも、牛乳でのばしてシェイクなら少しは?」

『良いですね、その日の体調次第ですけど』


「ふふ、楽しみ」


「良いな、来ちゃおうかな」

『是非どうぞ』

「えぇ、何個食べられるのか見てみたいわ」


「そこは流石に遠慮しますって」

「えー、食べて欲しいのに」




 シーリーに合わせ食べ終え、ラルフに食器を下げて貰い。

 本題に入る。


「国連の管轄ですか」

「うん、軍の人は知らない情報なのだけど、何処かにお友達が出来たのかしら?」


「魔法省に」

「そう、良い子なの?」


「はい、良い子です、女の子」

「そう、良かった、私は手伝えないから。ごめんなさいね、何も出来なくて」


「いやいや、話が聞けるだけでも充分です」

「国連の管轄だって事以外は何か聞けた?」


「いや、知る立場に無いから無理だそうです」

「何処もそうなのね、情報の閲覧に資格が居るらしいのよ、ネットみたいに。其々の立場や国、国連を守る為、情報を守ってるって」


「らしいですね」


「だから私は家族から字を教えて貰えなかったの、貴女の為よって。それで字より言語、聞く事だけで、母国語も読めないの、だから権限があっても何も知れなかったし、知らなくて良いって言われてたから、知ろうともしなかったの。でも子供が出来て気が変わっちゃったのよね、私が働きに出てる間だけでも、せめて母国語だけでもってラルフにお願いしたの。もしかしたら字を知ってたら、子供達は好きな事が出来るかなって思ったんだけど、ダメだった。16才で軍の学校に入学になって、徴兵になって、それからずっと離れたまま、私の為にって、もう大丈夫って言いたいの」


「それだとシーリーがまた働く事に」

「慣れてるから大丈夫、心配なのよ、下の子は特にナイーブだから」


「今、2人はいくつなんです?」

「あ、そうね、もう18才、大人なの。結婚はまだ大丈夫そうだけど、私が死んだら、きっと話を進められちゃうわね」


「何か出来る?」

「2人に、国連にも内緒で、もう大丈夫って伝えたいの、それで仕事を少し休んで帰って来て欲しいって。でも無理だろうから、せめて結婚は、好きな人としなさいって伝えたい」


「あの、父親は?」

「好きって思ったんだけど、赤ちゃんが出来たら向こうの気が変わっちゃったみたいで、直ぐ別れられちゃった。今は別の家庭が有るみたい」


「ラルフは知ってるの?」

「えぇ、仕事の事を少しと、父親の事はね。泣いてた私を励まして、子供は神様がくれたから大事にしないとねって。私、何にも知らないから、子育ても家の事も、沢山手伝ってくれたの」


「ラルフも大事にしないと」

「ね、動ける様になったらケーキを焼いてあげるの、お菓子は得意なのよ」


「食べたいな、あんまり甘くないのが良い」

「任せて、ほろ苦いのはどう?ナッツとビターチョコのケーキ」


「あ、絶対好き、いっぱい食べたい」

「うふふ、楽しみに待っててね」


「うん、宜しく」


 一気に話して疲れたのか、水を飲んでから暫くして眠ってしまった。


 何を考えるでも無く、シーリーの体内を診る。


 影は無い、魔力も栄養も問題無さそう。

 ただ骨折が心配なので、少し股関節の骨を圧してみる。

 うん、密度が高くなった。


 溜息が吐きたくなったので部屋を出ると、廊下脇の日当たりの良い椅子にラルフが座っていた。


 苦労してるだろうに、それでもココに居るのを選んだんだろう。


『寝てしまいましたか?』

「少し話させたから疲れたのかも」


『お仕事の事ですか』

「まぁ、それと子供の話も。会いたいって」


『その事なんですが、少し部屋まで来て頂いても宜しいですか?』

「おう」




 差し出されたのは軍のマークらしき模様の入った伝書紙、ラルフが開くと若い女の声が聞こえて来た。


【最近手紙が来なくて心配で、紙を譲って貰って出してるの、お見合いの話が来てるんだけど、お母さんを安心させたら良くなるんじゃないかって言われてて、悩んでる。ラルフ、どうしたら良いと思う?今はスペインのマドリードのホテルなの、お願い、連絡を頂戴】


『今朝届きました、紙の手紙も届いてたんですが、それは下の子の字で、いつも通りの内容でした。前にも有ったんです、お互いの思い違いかとも思ってたんですが。シーリー様の声で、結婚を迷ってると。若いんですから、迷うなら時間を置くべきだと返事を送りました。そしたら暫くして妊娠したシーリー様がお1人で帰って来て、産後少し経って、シーリー様が熱を出した時にケンカになり。お見合い相手は好きだけど、冷たくて読めなくて怖い時が有るから、結婚を迷っていると送ったと。それでも優しい所は有るだろうし、結婚すれば幸せになれるってラルフが手紙で言ったから結婚したのに、捨てられたって。僕はそんな物を送って無いんです、当時の伝書紙は直ぐに燃え尽きる仕様で、証拠は無いんですが、お互いに違う手紙のやり取りをしてたんです』


「伝書紙に、細工なんて出来るの?」


『いいえ、国の、まして国連の正規品でしたし…民間の非正規品でしたら途中で落ちて届かない事はあっても、まして声でしたし』


「今回の紙と同じ?」

『いいえ、今回のは多分スペイン軍の伝書紙かと。国連のはコチラです、シーリー様に何か有った時にと、渡された物です』


 眼鏡を掛け紙を見る。

 紙に魔法印が描かれている、パッと見の違いは無い。


 国連のは少しぼやけて滲んでる気がするが。

 良く見ると紙の厚さも少し違うけど、国が違うからだろうか。


「ちょっと、娘さんに挨拶に行っても良いですか」

『この調子だとヘパーティカの事は伝わって無いので、警戒されるかと。それに尋問調書官も追従してるでしょうから、危険ですよ』


「この伝書紙に伝言すれば大丈夫だと思う、手紙も別に書いてくれれば助かる」

『あ!はい、直ぐに』


「まだ折らないでね、少し余所に寄ってから戻って来るから、書いてて。名前はなんだっけ?」

『ハンナです、弟のルーカスと一緒に行動してる筈で、2人共シーリー様に似てるので直ぐに分かるかと。あ、この写真です』


「おう、ちょっと待っててね、行き先を告げに行く。直ぐ帰って来るから」

『はい、隊が巡回してるので気を付けて下さいね』




 隠匿の魔法を唱えてから村を出て低く跳び、そのままソダンキュラへ着いても、更に基地の近くまで跳んだ。


 誰も居ないことを確認し、魔法を解いてから基地内へ。


 そしてマティアスを探しに師長室まで向かった。


「お邪魔しますよ」


 居るはずなのにノックをしても出てくる気配も返事も無い、眠ってるのか。


 少しして話し声が聞こえたかと思うと、ようやっとマティアスが出て来た。


《丁度良かった、身元監査の人が来てるんだ》

「タイミング、少し急いでるのに」


《君と話してみたいって、さ、入って》


 耳飾りと眼鏡、コートを外し部屋へと入った。


 スーツ姿に眼鏡の恰幅の良いおじさんの横に、さっき見た顔の人間、ルーカス君。


 お姉ちゃんはどうした。


「どうも、ラウラ・エリクセンです」

『どうも。早速だけど経歴は…マーリン派を名乗る者の下で生活していたそうだが、どんな生活だったのかな』


「色々な人が世話してくれて、特に困る事も無く過ごしてました」

『そうですか、それなのに急に放り出されたと?』


「はい、年も年なんで、もっと他も見ろって送り出してくれたんですかね?」

『ははは、治療魔法が使えるそうで』


「はい、閉じた世界での生活だったので独学ですが、常識も基礎も特に知りません」

『その割りにフィンランド語がお上手だ、フィンランドで過ごしていたんですか?』


「気が付いたらこの言葉だったんで何とも、前は欧州の浮遊した島に居たと思ってたんですけど。そう思い込んでただけで、別の場所だったのかも知れません」


『でしたら、イギリスに国籍を変更されますか?』


「いや、ココのご飯が美味しいんで、このままココが良いんですけど」

『あはははは!マーリン派どころかマーリン本人に育てられたのかも知れませんね、面白い。では暫く待ってて下さいね、少し外で彼と相談しますから』


 急になんだよ、早くないか?

 つか急いでいるのに、そしてこのタイミング、なんでいつもこうなの。


 運命か、そういう星か、生まれた日時か、そんなんでこんなになるか。

 イベントが重なるって最悪だわ、折角染めたのに自慢出来る空気じゃないし、マジなによ。


 こうならもっとパンクな恰好して、お淑やかに対応してギャップを見せるべきだったか、化粧して貰えば良かったかも。

 あー、ダメだったらどうしよう、現に早く来たんだし、捕まる?牢屋?監獄?


 あ、住む所を探しとけば良かったのかな、でもお金が。


《ラウラ、落ち着いて》

「お、おう、むり」


 少しして2人が部屋へ戻って来た、おじさんはニコニコ。

 ルーカスは変わらずむっすり。


『お待たせしました、ドキドキさせてしまったかな、大丈夫ですよ。東洋人の誘拐事件の関係者かどうか確認していただけなので』

「神帰りの影響ですね」


『えぇ、今は大分減りましたが、魔法使いに育てるべく誘拐する輩が多かったんですが、行方不明者とは関係無さそうですね。では、本カードです、パスポートも同時申請でしたのでお持ちしましたよ、どうぞ』

「ありがとうございます」


『では、これにて終了です。少し基地を見学させて頂いても?』

《はい、では広報に案内させますね》


 ホッとした、ビックリした。

 良かった、無事ゲットだ、しかもパスポートまで、有り難い。


 じっくり眺め、廊下に出る。


 目の前にはルーカス、どうしたルーカス。


『何で姉さんと母さん、ラルフの顔まで知ってるの』

「見たから、君とハンナは写真だけど」


『そう、母さんは元気?手紙が全然来ないんだ』

「送ったって聞いてるけど、お姉さんと一緒じゃ無いの?」


『直ぐに引き離された、僕はそんなに便利じゃ無いのに、人手が必要だからって』

「絵で見えてるのか、音じゃ無くて」


『うん、それで矛盾が無ければ良いって、だから君のは矛盾は無かったって言った。本当に無かったから』

「じゃあ待ってる間のイライラは」


『壁越しに見えてたよ、友達の家で今日髪を染めたとか、舌か鼻にピアスのイメージ、パンクバンドの映像。それも話したよ、映像がコロコロ変わるから、友達に報告したくてイライラドキドキしてるって』

「騒がしかったな、すまんね」


『大丈夫。それより、君を結婚相手にしたいって言ってココに来たから、話を合わせて欲しいんだけど』


「コレから手紙受け取って渡しに行くから、繋がりはココで作りたく無い。フラれて欲しいんだけど、怪しまれたくないから」


『分かった、僕が接触する側になるよ』

「おう、ビンタするから歯を食いしばってくれ」


 特に情も無いので思い切り振り抜いた、痛い。

 向こうも少しよろけた、ごめんよ。


『痛い』

「ごめんね、それと今度から大事な事はコレ使って、国連のは何か変みたい」


『ありがとう、じゃあラルフに出してみるね』

「うん、いきなり結婚は無理だけど、コレで文通してお友達からなら良いわよって事で」


『うん、分かった、じゃあね』


 思ったよりスムーズだったが、凄いドキドキする。

 久し振りに人に暴力を振るった、震える、武者震いか。


 廊下を歩いてそのままお兄ちゃんの部屋へ入った、眠ってる。

 熱も無い、炎症もかなり収まってる。


 廊下へ戻り、面会所の長椅子へ座った。

 疲れた。


《大丈夫?ラウラ?》

「マティアスか、久し振りに暴力を振るった、緊張した、疲れた」


《え、なに、どうしたの》

「ちょっと告白を受けて断った」


《は、誰に》

「さっきの子」


《な、そんな素振り無さそうだったのに》

「少しややこしい話なんだが、主題はそこじゃ無いんだ。スペイン料理買いに行きたいんだけど、パスポートどうしたら良い?」


《普通は出発点から行先へ連絡する、警察か軍から連絡して。更に着いた先の最寄りの警察署か軍に申請に行くんだけど、発行されて直ぐって目を付けられそう》


「じゃあ、運送業の人もそうなの?」


《それは専用の送り状が…そもそも資格が無いとダメだよ、送り状も正式なモノ以外は違法なんだから》

「ぐぅ、じゃあ警察署行く。本カード貰ったから、お祝いにスペイン料理を買いに来たとか言う」


《それで通じるかな、そんなに大事な事?》

「他人の人生が掛かってる」


《スペイン語は?》

「多分大丈夫」


《じゃあ申請しておくから、気を付けて行って来てね》

「おう、適当にやる、じゃ、行ってくる」




 ウツヨキに戻り、再び家のドアをノックすると、直ぐにラルフが出て来た。

 ずっと玄関に居たらしい。


『良かった、大丈夫でしたか?』

「ソダンキュラでルーカスに会った、伝書紙渡しておいた、ハンナとは別行動だって」


『そうなんですね…』

「なぁ、悟られたく無いなら眠らせてあげようか?」


『それだとシーリー様が…大丈夫です聞かないで貰います、ただ、アナタに託したと伝えます』

「責任重大だ」


『申し訳ございません、家族の事に巻き込んでしまって』

「おう、後で話そう、行ってくるから折って」


『はい、宜しくお願い致します』




 向こうでの地図とコチラの地図を元に、スペインのマドリードへ空間を開いた。


 折られた紙は勢い良く上昇、曇りで助かった。

 耳飾りに眼鏡とフル装備に隠匿の魔法を掛け、跳躍。


 暫く跳んでいると、市街地へ入った。

 何処もかしこも白い建物、その内の1つ、中庭の有るホテルへ降下していった。


 ベランダで1人珈琲を飲む金髪の女性の元に、手紙が舞い降りた。


 写真より実物の方がシーリーに似ている気がする。

 そして手紙を開く瞬間に、隠匿の魔法を解いた。


「こんにちは、ヘパーティカです」

【ハンナへ、目の前のヘパーティカと名乗る者はシーリー様のお友達ですから、どうか警戒しないで話を良く聞いてあげて下さい。妖精の心を思い出して、ラルフより】


 手紙が読み上げるのを聞きながら、コチラを呆然と見つめているハンナちゃん。


 劇的過ぎたか、どうしたハンナちゃん。


『アナタ、どうして』

「タダの治療師なんですけど、ついでなのでお届け物です、もう1枚の手紙」


『え、あ、ありがとう、中へ入る?』

「警戒してるので無理、ココでお願い」


『そうよね、ごめんなさい。読ませて貰うわね』


【シーリー様は元気です、目の前のお方は御使い様で治療師もやっておいでです、シーリー様を秘密裏に治して頂きました。それから手紙の行き違いがあった様なので、以降はヘパーティカの伝書紙を使ってコチラへ送って下さい。それと、今までの手紙も普通に出して、何も気付かないフリをしていて下さい、ラルフより】


「と言う訳だ、その紙に読んだってサインくれるかね。コレから警察署にパスポート出して買い物して帰るんだわ」


『え、あ、なら、私が付き添うわ、知り合いが出来たから、アナタは怪しまれないと思う』

「信じて良いのか」


『家族に誓うわ。ありがとう、届けてくれて。手紙がボロボロだったり、中々来なくてずっと心細くて…』


 泣きながらサインしてくれた。


 嘘は無さそう。

 音は鳴らないけど、凄いツライ音が鳴りそうな声だった。


「ルーカスは静かな子だね」

『ルーカスにも会ったのね?元気だった?』


「おう、ワケあって引っ叩いたけど合意の上なんで許して下さい。難民審査に来てたんです」

『そうなの、今日?』


「今日」

『なら余計に警察署に一緒に行くわ。大丈夫、下で待ってて、直ぐに行くから』


 ホテルの裏へ降り、入口へ回るとハンナが待っていた。

 美人だからか、秒でナンパされている。


「大丈夫か」

『心配しなくても大丈夫、挨拶みたいなものだから。じゃあ行きましょ』


 暫く歩くと直ぐに着いてしまった、またしても緊張する。


 迷う事無く受け付けへ進むハンナに続く、受付近くの数人は既にパスポート片手に並んでいる。

 人種は多種多様だが身なりは良い、お金持ちなのだろう。


 そんな事を考えていると、あっという間に順番が来た。

 何か言えば良いのだろうか。


《観光?》

『観光かだって』

「はい、買い物したい、美味しいの欲しい」


《帰りの予定は?》

『帰りの時間は何時?』

「1時間位、多分」


《ふふ、アンタの知り合い?》

『えぇ、可愛いでしょ、警察署が分からないって言うから、案内してあげたの』


《優しいのね、美味しいのならこの前の紹介してあげなさいよ。はい、ようこそスペインへ》

『そうするわ、じゃあね』


「ありがとー」


 すんなりだ、何でもこうすんなりなら良いのに。


『じゃあ、何が欲しいの?美味しいモノって言ってたけど』

「持ち帰れる美味しいモノなら何でも、市場だとなお良い」


『じゃあコッチよ』


 ユーロ便利。

 生ハムの原木、コロッケやピンチョスと呼ばれるおつまみ、パイにキッシュにカキを買い込み、カフェで休憩していると、あっという間に帰る時間が迫って来た。


「ありがとう、そろそろ帰るね」

『あの、手紙を預かってくれないかしら?ココからだと、伝書紙でも時間が掛かるだろうから』


「シーリーに?」

『ラルフに、きっと今は母さんより状況が分かってそうだから』


「良いよ、渡したる」

『ありがとう』


 ホテルへ戻ると直ぐに手紙を書き上げ、ホテルの移動魔法専用の空間を使わせて貰った。

 なるほど、行きと到着の部屋に分かれている。


 都心部には混雑を避ける為に良く設置されてるらしい、もう少しちゃんと観光雑誌見ておけば良かった。




 そのままウツヨキへ空間を開き、ラルフへ手紙を渡した。


 玄関先で直ぐ読み始めると、考え込んでしまった。


「何か話してくれよ」

『あ、すみません』


 状況は把握した、以降の手紙は2重に送る、状況把握まで大人しく従うので心配無用。


 何だこの業務報告は。


「業務報告か」

『はい、言語は必須でしたから。字を教える時間の目途が分からなかったので、最短での情報交換と、重要な話を伝えるのを目的に教え込みましたから』


「シーリーの意図と少しズレてそうだけど、今回は良い方向に転じたから良いのか?他の手紙もこうなの?」

『あ、はい、ルーカスの字ですが、どうぞ』


 仕事は順調、健康にも問題無し。いつもの日付にお金を送ったので要確認を。今日の姉さんの料理は微妙でした。お母さんとラルフの幸せを願って、ルーカスより。


「単純で偽造され易そうな文章を、没個性だ」

『公的な郵便物が、まして手紙の内容が改変されるとは思って無かったので…』


「誰がしたんだろう、理が有るのは国連だけど」

『他の方までもこうなら、その可能性がありますが』


「それがなぁ、接触は難しいだろうから分からないし。目下は伝書紙がネックになるかと」

『はい、ですが魔法省に問いただすのも、気付いてると知らせる事になりますし』


「大丈夫、宛はある、くれ」

『はい、1枚しか無いので、くれぐれも宜しくお願いします』


「おうよ、じゃあ、何かあったら遠慮しないで、あの伝書紙で知らせてきてね」

『はい、ありがとうございます』


 ストレージにしまい、外へ出ると隊が居た。

 見知った顔が居る。


 前に基地で治した子だ、油断した。


《治療師!シーリー様のお見舞いですか?》

「はい、前にお世話になったので、本カードを見せびらかしに」


《そうなんですね!おめでとうございます!今夜はコチラに泊まられるんですか?》

「いや、移動魔法が有るのでソダンキュラの基地に帰ります、盲腸の子が居るので」


《そうですか、僕らも陽が暮れるので帰る所なんですが、途中まで送りましょうか?》

「大丈夫、運送業に転職出来る位の移動魔法なんで」


《そうなんですね凄い、良いなぁ、僕もお金を貯めて移動魔法を買おうと思ってるんですけど、安い所知りません?》

「マーリン派で会得した事なんで、タダでした」


《マーリン派ですか!通りで変な組み合わせだと思った、なら将来は大金持ちですね》

「おー、なりたいかも。運送業の資格取得は大変なんでしょうかね」


《寧ろ各国での信用実績とかが大変ですね、行き来する国に一定額の貯金が無いと営業ができませんから》

「最初から金が無いと詰むじゃん」


《国から借りられるので大丈夫ですよ、顧客になってくれそうな人から融資して貰ったりって手も有りますし》

「良いな、なりたい」


《成れたら僕にも少し仕事を分けて下さいね》

「なれたらね、じゃあね」


《はい、気を付けて!》




 大人になって初めて、なりたい職業ランキングが変動した。

 お金欲しいし、後で資料を探そう。


 ソダンキュラに帰り基地に戻ると、出入り口にルーカス、マティアスも一緒。


「ただいま」

《おかえり、泊まるそうだから宿を紹介してたんだ》

『息子の様に可愛がってるルーカスが気に入った子も居る事だし、彼の休養に良いかと思ってね、最近働きづめだったから』


「彼がお金持ちなら考えます」

『それなら悪くないと思うよ、国からのお祝い金でかなり貰えるだろうから、ココでなら不自由しないだろう』


「運送業にも手出ししたいので、自分より稼ぎが良くないと」

『目標が高くて良いね、今夜3人で食事でもどうだい』


「保護者代わりのマティアスが同伴で良ければ、それとルーカス以外も一応紹介して下さいね、お金は多い方が良い」

『分かった!おじさんそういう子は大好きだぞ、じゃあホテルで待ってるからね、詳細はマティアス君に伝えておくよ』


「ありがとうございます、楽しみにしてますね」

『あぁ、じゃあまたねお嬢さん』


 師長室へ戻り珈琲を取り出し飲んでいると、マティアスが帰って来た。


 眉間に皺を寄せ、怒った様な、困った様な表情。


「なに、どっちの表情よ」

《怒りたいけど、詳しく話を聞くべきだと思って、困ってる》


「何を怒りたいのか」

《勝手に会食を決めたのとか》


「色々あったから、説明する。先にサウナに行ってて、お兄(ヴェリ)ちゃんの様子見てくるから」


 廊下へ出て病室へ向かう。




 夕暮れの病室で大分良くなったのか、算数の本を出して読んでいる。


『大分良くなったんだよ』

「みたいだね、熱も無さそう」


『明日にはお水飲んで良いかもだって』

「それで問題が無かったら固形物かな、前は何を食べた?」


『ゼリーだよ、色が選べるんだ、赤か緑』

「緑?」


『うん、前は緑だったから今度は赤にするんだ』

「良いなぁ、味見しに来ちゃおうかな」


『1口だけだよ』

「おう、じゃあね」


 サウナへ向かおうとすると、リリーに出会ってしまった。


 今朝より不機嫌そう。


『ビッチ』

「おふぅ、急にどうしたの」


『今日来た尋問官の連れの子、変な魔法を使って取り入ったって噂なんだけど』

「してない、見慣れない東洋人が珍しいだけでしょ」


『でしょうね、化粧も何もして無いし。本当に、男の子みたいなんだから』

「そうだよ、だから化粧しないんだもの」


『え、でもだって、声も、喉仏も無いじゃ無い』

「成長が遅いのかも、気になるなら下を見てみる?」


『誂わないでよね本当、バカみたい』


 言うだけ言って去った、何がしたかったんだ。


 イライラして、女の子の日か何かか。


 うん、マティアスに言いつけてやろう。


 サウナへ向かうと、既に兵長とマティアスの札が掛かっていた。


 折角なので身体を変え、サウナへと入る。


「おっす」


《だれ?》

「おう、変身したラウラ」


『あぁ、なるほど』

《えー、そんな直ぐに受け入れちゃう?こんな、身体に負担は無いの?》

「無い、機能して無いから。それよりだ、リリーちゃんにまた絡まれたぞ、どうしてくれんだ」


『マティアス、まだ話して無かったんですか』

《ごめん、だけど、あ、ラウラの臍にピアスが》


「おう、髪も染めたのに誰も何も言ってくれんのよ、寂しいわぁ」

『似合ってますよ、自分でやったんですか?』


「兵長は良い奴、ロウヒがやってくれた。切ろうとしたら止められて、こうなった」

《まだ短くする気だったの?》


「男の割りには長いじゃん」

《何になろうとしてるのよ》


「男、それなら心配も減るでしょ」

『戸籍を変えますか?』

《え、変えるにしてもまだ早いよ、それこそ尋問官に目を付けられちゃう》


「ラウラで行き詰ったら変えるかも。それか、この性別の戸籍も作ろうか」

《暫くはココでは作らない方が良いかも。何処か遠くで、出来たら違う国で作れると良いんだけど》


「それでも顔が似てたら怪しまれそう、また経歴も作らないとだし」

《だね、今日みたいに尋問官が来たらどうなるか》


「ねー、シーリーの子供の話って何か知らない?名前とか顔とか」

《それは何も教えてくれなかったんだ、写真も規則で持ち歩いて無いって。名前も知らなかったんだけど、あの子がそうなんだね》


「おう」

《やっぱり、シーリーの事を思い浮かべてたら反応してたから》


「お姉ちゃんにも会った。伝書紙に不具合があったみたいで、それでスペインまで行き来した。2人とも大変みたいだから、少し手助けしようかと」


《…でも、シーリーの子供とはいえ、近づいて大丈夫かなぁ》

『事情が通じてるなら大丈夫じゃないんですか?僕らとは違う情報がもたらされるかも知れませんし』


《シーリーは知ってるけど、子供達の事は知らないし、出来るなら尋問官には関わって欲しく無いんだけど》

「情報が限られてるんだもの、他に情報が得られるなら良いんだけどさ」

『例の人形の伝手はどうなんですか?』


「雑誌社だっけか、妖精と会話出来る子が気になるけど、マティアスの許可が無いとな、許可してくれるかね。それか、運送業の資格取るの許可してくれるか」


《考えさせて》

「更に説得する。自由に動き易そうだし、お金儲け出来そう」


《だからって何も、ルーカスと結婚するのはちょっと、早すぎるんじゃない?》

「近づく方便なだけで結婚なんてしないよ、それより運送業の情報くれ」

『図書室に本がありますから、後で渡しますよ』


「助かる」

《いくらお金が欲しいからって、更に目立っちゃうよ。それに、色々と大変らしいし》


「マーリン派でも気にすべき?」

《うん、そもそも治せる病気も桁違いだし。移動魔法、距離も方法も他とは桁違いなんだから、力は抑えて欲しい》


「他の治療師を知らないからなぁ」

『オウルには確実に居ますから、行ってみては?』

《あー、でもなぁ、違いが認識されちゃうと不味いんじゃ無いかな》


「あー、詰め寄られても面倒だしな、リリーみたいに。ビッチって言われたんだぞ、下半身見せようとしたら逃げられたし」

《え、あの子がそんな事を、信じらんない》


「女の子の日じゃないかと思うが、マジで実害が出る前に何とかしてくれよ」

《うん、ごめんね、何とかする》


「どうやって」

《う》


『昨日、手順を話し合いましたよね。ラウラの事で注意をしてから、無理だとちゃんと話すって』

《それだとラウラに余計に矛先が向かないかな、理由を探しちゃうかもって、福祉士が言ってたじゃない?》


「福祉士まで巻き込んでるのか。もう、そしたら身体を成長させたって事で、男として出ちゃうとか」

《それだとずっと男で居る事になっちゃうよ?》


「回避したくば努力したまえよ」

『そうですね、放置してラウラへ酷い事を言わせたんですから、それ位の痛みは引き受けないと』


《荷が重いなぁ、私は何もして無いのに、何でこうなっちゃうんだろう》

「更に何もして無いのに、巻き込まれている者がココに居るんだが」

『そうですよ、覚悟して今日中に決着を付けて下さい』


《今日はコレから食事会だし…》

「兵長が代りに来る?」

『良いですね』


《ダメ、あのおじさんに上手く言い包められそうだからダメ》

『そこまでバカじゃ。じゃあレストランに向かう前に決着を付けて下さい、無理なら僕が食事会に出ますからね』

「おう、がんばれー出るー」


《待ってラウラ、変身し》


 立ち上る湯気の中で変身を解除、ベンチに座っていると雪が降って来た。


 コレから天気が悪くなるのだろうか、雲も厚い。


『ほら、心配し過ぎなんですよ、ちゃんと元に戻ってるじゃ無いですか』

《そうかもだけど、うっかりとか有るかもでしょ》

「まぁ、無くは無い」


《でしょう、ちょっとした事で危なくなるって自覚して無さそうなんだもの》

「自覚はしてる、でも帰るには何か掴まないといけないんだから、突っ込んで行かないとダメな時も有るでしょうに」

『そうですね。そう言えば、服はどうするんですか?あのホテルは良い服じゃないと』


「は、なんそれ、聞いてないぞ」

《高級ドレスじゃなくても、落ち着いたワンピースとかで良いんだけど、持ってる?》


「有るが、多分サイズ直さないと無理だ。何処かで買えないかな」

《今から行ってギリギリ、もしかしたら早仕舞いしてるかも》


「じゃあ誰かに直して貰うなら」

《リタかな、もう上がって行ってきたら?》


「おう、行ってくる」


 急いで宿に帰り、まだ着た事も無いワンピースを見せた。


 懐かしいな、着ないと思ってたのに。


「ダメよ、コレを直したら形が崩れちゃうわ、ほら」

「うー、確かに凄い変だ」


「街のお店の子が知り合いだから無線で確認してあげる、ちょっと待ってて」

「ありがとう」


 暫くして戻って来たリタから、お店の名前と住所を貰った、ありがたい。


「開けてくれるって、ならお夕飯は要らないわね?」

「絶対足りないから取りに来る、それで向こうに泊まろうと思う」


「ふふ、じゃあ作って待ってるわね、行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 街の外れの一軒家、小さな洋服屋の看板が掛かっている。


 閉店と書かれたドアをノックすると、リタと年の近い女性が出て来た。


《アナタは?》

「ラウラです、リタに案内されました」


《ふふ、どうぞ入って》


 店内には主にリメイクされた服が並んでいる、ドレッシーな物からカジュアルな物まで揃っていて、値段は手頃。


 お直しもしてるのか、ミシンの横には糸が沢山並んでいる。


「急な上に吹雪の前なのに、ありがとうございます」

《良いのよ、急なお食事会に、しかもあのホテルに呼ばれたなら仕方無いわね、審査官とお食事なんでしょう?》


「はい、連れの男の子に少し気に入られちゃって、興味無いんですけど、断るのもアレかなって」

《そゆこと、じゃあ場に合わせる程度で、余り高くないのが良いわよねー…》


 話しながらも選んで歩くと、1着の服の前で止まった。


 手に取ったのは濃い青のベルベットのドレス、形はテントタイプと言うらしい。

 ハイネックの後ろには真珠貝のボタン、シースルーの袖は七分袖。


 シンプルで良い感じ。


「コレにします」

《せめて試着して、はい、コッチよ》


 裾が滑らかに広がって可愛い、平らな胸でこそのドレスとも言える。


 問題はお値段。


「コレにしたいんですが」

《靴やバッグは?》


「ストレージに有るんですけど」

《出して良いわよ、見せて》


 冠婚葬祭用の靴に、バッグを出した。

 流石にこのバッグは不味いか、唸ってる。


「ダメなら」

《良いわよ、そのカバンで。靴も、この飾りで、ほら大丈夫》


 背中のボタンとお揃いの飾りが、カバンと靴に付けられた、商売が上手い。


 しかも可愛い、問題は総額。


「でもお高いんじゃ」

《そこは任せなさい、ドレスはリメイクだから安いの、全部でコレよ》


 電卓には100ユーロ、安い。


「安過ぎじゃないですか?お金はありますよ?」

《大丈夫、次も買いに来てくれるのを楽しみにしてるから、ね?》


「はい、ありがとうございます」


 宿へ帰りリタに見せると、そのまま薄化粧をされ、髪をブラッシングされ、最低限整えられてから送り出された。


 もう既に少し後悔し始めてる。

 マナーも微妙だし、このまま逃げてしまいたい。


 髪が乱れない様にベールを被り基地まで跳び、師長室へ向かった。


 途中の待合スペースから話し声が聞こえる、リリーだ、引き返そうか。


 少し悩んで居ると、走る音が聞こえた。

 遠ざかってる、助かった。


《ラウラ》

「おう、ただいま。お疲れ」


《うん、つかれたぁ》

「悪いんだがマナー教えて、良いお店に行った事が無いんだ」


《あ、そうか、料理かメニューを指定すれば良かったね、気付かなくてごめん。でもいつも通りで大丈夫だよ、ちゃんと出来てる》

「基本は分かるんだが、数をこなしてないので切るのとか苦手、それこそウッカリ何かしそう」


《そこは分かってくれるでしょう、慣れて無い人を厳しく注意するのもマナー違反だし》

「恥ずかしいのがイヤ、眠れなくなる」


《大丈夫、私を見てれば良いんだから》

「頼むね、もう後悔してる」


《やめる?》

「やめない」


《じゃあまだ時間が有るし、聞いてくれる?》

「やだ、兵長に言え」


《えー、まだ何の話かも言って無いのに》

「聞くべきなら聞く、どうせリリーちゃんの事でしょう」


《そうだけど、ビックリしちゃって、子供って成長が早いなって》

「ほう」


《あんなに変わるんだなって、女の子だからかな》

「さぁ、どうなんでしょうね」


《もうコレ以上誰かに酷い事をするなら、嫌うより無関心になっちゃうから止めて欲しいって言ったら、泣いて出て行っちゃった》

「あら」


《いつの間にか生まれ変わってて、違う子になったのかな。もう本当に、どうでも良くなっちゃった》

「怖いな、もう無関心かよ」


《レーヴィにはこんな事無かったのに、何がいけなかったんだろう》

「兵長が特別良い子なんじゃないの、コレが普通なのかもよ」


《ラウラも?》

「知らん、疲れた」


《ね、疲れたね》

「だね」


『あ、戻ってたんですね』


「おう」


《話したよレーヴィ、泣かせちゃった》

「無関心になってやんの、マジ怖いんだけど」

『昔から、特にお姉さんがそうなんですよ、遺伝なのか。姉弟間で、そこは似てるんですよね』


《嫌いってのが無くて、いきなり無関心になっちゃうんだよね、どうしても治らない》


「治るもんかね」

《これだと治らなそう》


「御使いに関心が持っていかれて狂ってるんじゃないの、バランスが」

『確かに、中間が無い感じですからね』

《嫌うエネルギーが無いんだよね、魔力と一緒で、エネルギーが少ないのかも》


「平和で宜しいんじゃないですか」


 各々にぐったりとしながらソファーにもたれていると、あっという間に時間が過ぎ、食事会の時間となった。


 マティアスと共に車に乗り込み、ホテルへ向かう。




 いつも泊まっている宿とは反対に位置するホテルに着くと、靴を履き替え、挑むは夕食会。

 いざ尋常に。


 眼鏡を外したおじさんに、むっすりルーカス。


 男は良いな、着飾らなくて良いんだから。


『おや、可愛いドレスだ』

「はい、急いで買いに行きましたよ、見合う物が無かったんで」


『用意しとけば良かったかな、悪かったね。食事はその分、考慮したから遠慮なく食べておくれ』

「ありがとうございます」


『では、楽しもう』


 椅子は自分で座るシステムで助かった、そしてこんな日だからなのか、客は自分達だけ。


 危惧していたナイフやフォークは一対のみ、スープもカップにコンソメスープが注がれたモノ。


 美味しい。


 手づかみでのスティックサラダの後、トナカイシチューのマッシュ添えが運ばれて来た。


 お互いに気まずくならない良いメニュー構成、優しいな、嘘も言わないし。


 それでも嘘を分からなくする魔道具を使ってるなら、凄い強かな人間て事になるが。


 眼鏡が無いので、魔道具を身に着けてるかも分からない。


「美味しいです」

『あぁ、本当だね。イギリスとは大違いだよ』


「あー、ご愁傷様です」

『あはは、本当に当たり外れが酷いからね』


「シェパーズパイは美味しかったですよ」

『アレも外れが有るんだよ、周りの人は料理上手だったのかな』


「ですね、不味いと思ったのはセロリとか香草ですかね、臭いのが嫌いなんで」

『ならシュールストレミングも苦手かな』


「どうだろ、ヤギのチーズでギリギリです」

『私は苦手だな、ブルーチーズの方が良い』


「あ、無理、頭が痛くなる」

『ふふ、ならマーマイトはどうだい』


「鉄を舐めてるみたいで、嫌いじゃ無いけど、好きでも無いかな」

『じゃあ好物は?』


「エビ、ぷりぷりのボイルエビと、下味がしっかりした美味しいお肉」

『お肉は滅多に外れないからね、ついいつも選んでしまうよ』


「脂身は嫌い、赤身かハンバーグ」

『良いセンスだ、肉は赤身が一番』


 次に運ばれて来たのは、一口大にカットされたサンドイッチ。


 お洒落で美味しい。


「マティアスは何が好きよ」

《えーっと、アイスかな》


「ルーカスは」

『ケーキ、甘く無いのが良いけど』


『この国の子は甘党が多い様だ』

「夜食にパンヌクッカが出る事が多いですしね、サウナでアイス食べちゃうし、種類多いし」


《ヨーグルトベリーが1番だよね》

『ビターチョコクッキーが良い』

「ラズベリーシャーベットとピスタチオ」

『そこはキャラメルリボンだろう?』


「見事にバラバラ」

『サルミアッキのアイスは、食べた?アレならリコリスでも美味しいよ』


「タイヤの原料」

『違うよ、植物の根っこで身体に良いんだよ』


「知ってるが、グミはタイヤだ」

『アイスなら大丈夫だって、本当に』


「誰か食べてるのを1口貰うだけで良いや」

《私は好きじゃ無いけど、レーヴィの冷凍庫に有るだろうから後で貰ってみなよ》


「おうよ」

『では、そろそろデザートかな、ほら来た』


 ヨーグルトアイスに3種類のベリージャムが掛けられた、パフェの様なアイスの盛り合わせ。


 フレークが下に敷かれ、パイ生地が刺さっている。

 リンゴンベリーに、ラズベリー、例の黄金のジャム、やっぱりクラウドベリーが一番美味しい。


 他愛ない会話が交わされ、珈琲が出される。


 食事も終わりらしいが、足らない。




《じゃあそろそろ》

『大人はコレから1杯やるもんだ、さぁマティアス君、ノンアルコールで良いから付き合っておくれ』


 お見合いにありがちな流れ、何だあのおじさんは。

 ただの良い人なのか分からん。


「アレはただの良いおじさんなのか、曲者なのか」

『僕の監視員だけど良い人だよ、普通の人。僕はあんまり重要視されて無いから緩いんだ』


「ほう」

『母さんは、もう少し厳しかったみたい』


「他の尋問官とは」

『通りすがりに挨拶する事はあっても、話す事は無い』


「結婚させられそうか」

『うん、僕の方は主にあのおじさんが善意で進めようとしてるけど、ハンナはもっと強引に進められてるみたい。連絡が取れた、ありがとう』


「いえいえ、じゃあもう大丈夫かね」

『もう少し手伝って欲しいんだけど』


「何をしたら良い」

『誰があんな事を仕掛けたのか知りたい、自分の組織がしたと思えない。お見合いは斡旋しても、そこまでする理由が無い筈』


「完全にコントロールしたいんじゃないの、数も確保したいだろうし」

『すれ違うだけだけど、数は多い筈だよ、休暇もくれるし。何でか家には返してくれないけど』


「何で家に返さないのさ」

『機密事項がそこから漏れない様にだって、あちこち飛び回るから、一々帰す予算が無いとも聞いてるけど。ココまで近くに来てるのに帰れないなんて、変。親離れしてないって思われたく無いから、何も言えなのもあるけど、変』


「言えば良いのに」

『前に言ったんだけど、親離れ出来ないと逆に親不孝だとか、予算が無いとか、急に遠くの仕事が入ったりして、お金も余分に持たせて貰えなくなった。欲しい物は手に入るけど、直ぐに自分では手に入らないんだ』


「絶妙なコントロール」

『ね、家族からの手紙もあんまり来ないし、紹介された子と会ってもみたけど、お金が目的だって分かっちゃったから、イヤになっちゃったんだ。だから、そこまで細工するとも思えなくて』


「うーん、コントロールにもムラが有るのか、他の何かが有るのか」

『ね…そろそろ君の連れが帰りたそうにしてるから、解散しようか』


「おう」

『手紙のやり取りの許可を貰ったから、今度は紙のを普通に出してみるよ。どうなったか知らせて』


「わかった、国連からの伝書紙を何枚か貰える?多分返せない」

『はい、どうぞ』


 再び伝書紙のやり取りをし、バーカウンターへ目をやるとおじさんは盛り上がり、マティアスは盛り下がっていた。


 そのマティアスがコチラに気付き、解散へ。


 食べ足りなかっただろうからと、手土産にサンドイッチとニンジンのマフィンを沢山貰い、ホテルを後にした。


 良いおじさんなのは本当みたいだ。




《お疲れ様》

「おう、お疲れ様、何を話したの?」


《ルーカスは良い子だとか家族思いだとか、自分には可愛孫が居るとか》

「普通の良いおじさんらしいね」


《本当にそうみたい、警戒してたのに嘘も無いし》

「良いじゃんか、何も無いのは」


《最初は彼が尋問官かと思ったのにさ、眼鏡掛けてたし。それがただの老眼鏡だなんて》

「老眼鏡かよ。あ、宿に行って、リタに夕飯お願いしてたんだ」


《お、行こう》


 お鍋いっぱいの小さなラビオリの入ったスープ。

 巡回する兵長への心遣いらしい、優しい。


 基地へ戻り、兵長に鍋と手土産の箱を渡し、シャワーを借りて、兄妹と共に病室で眠った。

《マティアス》「リタ」《猫耳さん》『リリーちゃん』《カール爺さん》『お兄(ヴェリ)ちゃん』『ロウヒ』「シーリー」『ラルフ』


『随行官のおじさん』

『ルーカス』

『ハンナ』

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