2月19日
ドリームランドから。
今日は川辺を歩いている、隣にはマーリン。
浴衣も着慣れたのか、すっかり板についている。
『やぁ、ゲッシュを使われたそうだね』
「うん、勝手に使われた」
『まぁ、良いんじゃない』
「自分が帰る為だけに、他人を利用するのは気が引ける」
『実は君が利用されてるかも知れないのに?』
「少し位は利用されても別に、損や不快が無ければ良い」
『なら、相手もその程度かも知れないよね』
「そっか」
『うん。向こうの私はどうだった?』
「完全に引き籠り、コミュニケーションに難アリ。コッチに影響されて個性が保てないらしくて、口調がコロコロ変わる、自我が弱いのかな」
『私と同じ道を辿ってるなら、人を避けるのも無理は無いよ』
「告った女に本にされて大ヒット、未だにその本を持ってるエルフも居る、ワシの担当医がな」
『そこまでとは』
「ね、代わりに手を下そうかと聞いたら断られた。そもそも手を下さんでも、子孫は質素に生きてるから良いんだって。根絶やしにしないなんて優しいよね」
『そうだね。でも、だから私を家に入れてくれないのかな』
「2階だけね。重ねたく無いし、棲み分けしてくれると助かる、花街は行った?楽しいよ」
『じゃあ次は向こうに行こうかな、またね』
まだ薄暗い中で目を覚ます、落ち着いてる方のマーリンの夢で目覚めるのは、不思議な感覚。
そういえば昨日聞いた人物を探すタイミングが無かったな、妖精事件の2人の名前を合わせた様な名前だったけども。
【残った者と置いてけぼりの妖精。著者はフランシス・ライト】
そうそう、朝食後に図書室か古本屋にでも行ってみるか。
今日は生地無しキッシュの様なスフォルマート、トマトのシーフードスープには小さなパスタが入っている。
常にサラダもフルーツも用意されているのに、毎回朝は簡単なモノでごめんねと言われる。
コレで簡単なら卵かけご飯なんてどうなる、ハイパーウルトラファストフードぞ。
調理時間から食べ終えるまで、現界し、存在出来る時間は僅か。
そうなると、最早存在しないも同然で。
アレか、皮肉か、社交辞令か。
【主、マティアスが来ます】
《おはよー、あ、良い匂い》
「おはよう、もう少ししか無いけど、食べる?」
《やった、食べる》
スフォルマートにはアスパラとサーモンが入っていて、キッシュより少し硬め。
洋風焼き茶碗蒸しとでも言う感じ、好き。
「ラウラ、コレもパウンドの型で焼くと良いわよ、アスパラは丸々入れられるし、容器の半分で作れば火の通りも早いから。パイだけを焼いて添えれば、キッシュ風になるわ」
「あー、凄い、知恵も凄い」
「でもやっぱりキッシュの方が私は好き、コレは時間を間違えるとパサついちゃうから」
「リタは間違えない、何でも美味しい」
「ふふ、昨日のラウラのキッシュも美味しかったわよ、特にマヨネーズとタラモサラダのキッシュ、私も今度試すわ」
《なにそれ食べたい》
「君にはあげない、リタには貸してくれたのと手伝ってくれたお礼と言うか、味見で。そもそも絶対リタの方が美味しく出来る」
《いじわるする》
「マジでリタの方が絶対に美味しいって、思い付きで作った試作品だったし。職人には勝てん」
「あら、じゃあ、お昼ご飯は私流のタラモサラダのキッシュにする?」
「お願いします」
「ふふふ、任せて」
朝食で昼食の相談をし、食事を終え珈琲を持って部屋へ戻る。
最近、優雅なルーティンが出来上がりつつある。
マティアスがセットなのが多いけど。
掃除は部屋を出ている間にされているし、タオルも常に清潔なモノに交換される。
1度はホテル暮らしをしたいと思ってたけれど、こうも快適だとクセになりそう。
なんか、こう、馴染むと思ったら、入院の上位互換なんだ。
「凄い発見した」
《どうしたの?》
「ホテル暮らしって、入院の上位互換なんだわ。だから惹かれるのよね」
《入院の上位互換て、まぁそうかもだけど。自分の部屋が欲しいとか思わないの?》
「この部屋を1人で使ってるし、ストレージが有るから別に。独り暮らしは鍵を閉めたか、ガスは大丈夫か心配になっちゃうから。正直、疲れる」
《じゃあまだ住む場所は考えて無いかぁ》
「お金が続くなら暫くココで過ごすつもりなんだけど、何処かに居住した方が良い?」
《本登録がされたら住居は構えた方が良いかな、いつまでもフラフラしてると、審査官が怪しむから》
「まぁ、そうか。でもまだ早く無いか?1週間は掛かるんでしょ」
《最短なら後3日で来ちゃうよ、家の候補は無いの?》
「安い適当な所で良いかと。つか、図書室に行きたいんだけど何か用事?その事で来たの?」
《それもあるけど…図書室がどうかした?》
「残った者と置いてけぼりの妖精。著者はフランシス・ライトの本を探しに」
《ん、ウチに有るよ?》
「流石、ココの国の本なの?」
《ドイツの本で、たまたま古本屋で見付けたんだ。だからドイツ語を覚えたのもある》
「凄い、医学的な事で覚えたのかと思ってたのにそっちかよ。まさか、全部の蔵書を覚えてるとか無いよな」
《そこまでは流石に、面白くないのは覚えて無い、半分ちょっとだと思う》
「にしても凄いわ。図書室に有るの?」
《看護師長室だよ、来る?》
「おう」
早速基地に向かい、部屋に入ると迷うことなく本棚へ一直線に向かい、取り出した。
怖いわ。
《はい、どうぞ》
【残った者と置いてけぼりと妖精】
老夫婦が森に入り、それぞれに木の実やキノコを集めていました。
そうしてお婆さんが腰を屈めて地面を眺めていると、小さな羽根を持つ小人が、大きなキノコの笠に上に寝そべっているのを見付けました。
紺碧の蝶々の羽根を持った妖精を、お婆さんが優しく撫でますが、起きる気配はありません。
ココは野生動物も居る森の中。
心配になったお婆さんは、ほのかに暖かい妖精を籠に入れ、先に帰ると暖かい暖炉の前に籠を置きました。
お爺さんはまだ森の中、キノコと木の実を集めていると、2人の人間を見付けました。
寒くなってきたこの秋の季節に、薄着のままに行き倒れているので、起こして家へと連れて帰りました。
次の朝、最初に目を覚ましたのは人間の女で、家の事を手伝わせてくれと申し出ました。
次に目を覚ましたのは妖精で、昨日取り損ねたであろうキノコを、一緒に探すと申し出ました。
最後の1人、人間の男は、まだ目覚めませんでした。
女に家を任せ、お爺さんとお婆さんと妖精は一緒に森へ行きました。
2人の大好物のアンズダケ、そしてリースの為の木の実を探します。
妖精は物知りで鼻も効く子だったので、様々なキノコが沢山取れました。
お昼には籠がいっぱいになったので、家に帰る事になりました。
家に帰ると、ちょうど掃除が終わったらしく、女が湯を沸かしていました。
そのまま皆で食事の仕度をしていると、料理の良い匂いで男が目を覚ましたので、一緒に食事をしながら話を聞く事にしました。
先ずは女が話します。
「遠い所から来ましたが、どうしてあそこに居たのか覚えてません。そして私は彼の事は知りません」
次に男が話します。
「僕は彼女の恋人、駆け落ちしようとしていたんだ」
男は彼女の名前と、どんな家に住んでいたかを話すと。
彼女は覚えている限りでは、名前も家も合っていると答えました。
少し記憶喪失なのかも知れないと男が話すと、女もそうなのかも知れないと答えます。
そして男は老夫婦に頼み事をします。
「少しの間、僕と彼女をココへ置いて貰えませんか?何でも手伝います」
老夫婦もまた駆け落ちし結ばれた夫婦なので、快く受け入れました。
そして最後に妖精が話します。
「女王様が悲しみにくれているので、何か喜ばせられるモノが無いか探していて、疲れて寒くて、眠ってしまっていたんだ」
老夫婦は一緒にリースを作り、プレゼントするのはどうかと提案します。
思ってもいなかった提案に妖精は嬉しくなり、一緒にリースを作る事にしました。
それからは、女がお婆さんから家事を教わりながら家の事を手伝い、男はお爺さんから薪割りや力仕事を教わりながら、家の修繕までこなしました。
妖精は森へ一緒に行き、食べられる木の実やキノコの場所を沢山教えてあげました。
助けていない自分達の分まで、キノコや木の実を取ってきてくれる妖精に、恩返しにと男は小さな木の家をプレゼントしました。
とても喜んだ妖精は、自分以外の妖精や、神の姿が見える粉を振り掛けてあげました。
男は何が見えるのか気になって試しに外へ出てみると、天空に浮かぶ島が見えました。
妖精が話します。
「女王様が居るアヴァロンだよ、ココには他にも色々な神様や魔法使いがいるんだ」
もしかしたら、彼女の記憶を取り戻せるかも知れない。
そうして男は、旅に出る事にしました。
ですが、この家の事が心配なので、妖精のリースが出来上がるまで沢山薪を割り、家を綺麗に改築しました。
そして秋の終わりが近づき、妖精のリースも完成したので男は旅立つ事にしました。
お婆さんは男の為にお弁当を持たせ、お爺さんは家宝の斧を渡します。
一緒に旅をする妖精に、寒いだろうからと手編みのマフラーと、木の実のクッキーが渡されました。
そして以前より少し逞しくなった男は、妖精と共に旅立ちました。
先ずは女王へ挨拶をしにアヴァロンへ向かうと、可哀想な男に付き添う様にと妖精へと命じました。
男を親友の様に思っていた妖精は、喜んで付いて行くと返事をしました。
そして2人は女王の勧めで、魔法使いの居る森へと向かいました。
嗄れた老人の周りには、沢山の人間が集っていました。
その老人へ記憶を取り戻す魔法が知りたいと話をしましたが、老人は訳の分からない言葉を話すばかり。
諦めた男は魔法使いの森を出て、魔女の住む山へと向かいました。
そこでは嫌な男に似ていると門前払いをされてしまったので、次は西の魔女へ。
そこでも記憶を取り戻す魔法は聞けず、東の魔女へと会いに行きます。
そこでも魔法を知る事は叶いませんでした。
記憶を取り戻す魔法を知る者に出会えぬまま、1年が過ぎようとしていました。
とうとう宛の無くなった男は、最近噂で聞いた黒い森へと魔法使いを探しに向かいます。
その黒い森は老夫婦の住む森にそっくりで、彼女と、その家がとても懐かしくなってしまいました。
呆然と立ち尽くす男に、嗄れた老人が声をかけました。
その老人は、かつて魔法使いの森に居た老人です。
余りにも悲しそうな男に同情し、記憶を取り戻す魔法の呪文を内緒だと言って男に教えました。
男は喜び勇んで帰ると、既に彼女の姿は無く、お爺さんも亡くなって、お婆さん1人だけが家に居ました。
あの後、直ぐにお爺さんが病に倒れ、医者に暫く診て貰っていたが、看病の甲斐も無くお爺さんは亡くなってしまった。
そして葬式も終わった頃、彼女は、医者と共に彼女は出ていってしまったと、淋しそうにお婆さんは話しました。
妖精はお婆さんを慰める為に、今まで歩いた森の木の実を渡しました。
男は、自分の選択が間違ったのかも知れないと思いつつ、お爺さんの斧を返し、お墓参りへと向かいました。
森の中のお墓は立派でした。
今は彼女の夫となった医者が建ててくれたそう、お墓参りでなお、居た堪れない気持ちになった男は家へ戻り。
また前の様に、沢山の薪を割り始めました。
それからも薪割りが終わると、森へ木の実やキノコを取りに行き。
川で魚を釣り、鹿を仕留めました。
せめてお婆さんとお爺さんへの恩返しだけでもと、懸命に働きました。
そしていつも一緒に居てくれる妖精には、人形を作ってあげました。
すっかり逞しくなった男によって、薪小屋からは薪が溢れ、倉庫には沢山の食料が集まりました。
沢山の薪に沢山の食料、今年の冬を1人で越えられるか心配していたお婆さんは、思わず大笑いしてしまいました。
そうして笑うお婆さんに、もう何もする事は無いだろうから、冬には人形を作る様に勧められ。
男は言われるがままに、溢れた木で人形を作り始めました。
お爺さんにそっくりな人形、妖精にそっくりな人形、女王そっくりな人形。
そして彼女にそっくりな人形を作り終えた頃、外は春になっていました。
良く出来た人形なので、少しばかり売りに行ったらどうかとお婆さんが言い、妖精も同意しました。
男は買い物のついでにと何体かの人形を抱え、町まで出掛け。
試しに骨董品屋に持ち込むと、直ぐに買い取ってくれたので、お婆さんと妖精に毛糸を買って帰りました。
喜んだお婆さんと妖精は、次は洋服も着せて売ったらどうかと男に言いました。
毛糸を買っても少し余ったお金と、女王に似た人形を持って、男は再び町へと向かいます。
生地屋へ相談に行こうと店の前で人形を取り出すと、1人の女性が話し掛けて来ました。
「その人形のデザインは、知り合いか何かですか?」
男は答えます。
「昔見た妖精女王です」
その答えを聞いた彼女は、男へ抱きつきました。
「貴方も彼女に会ったのね」
と、嬉しそうに話す彼女を慌てて引き剥がし、近くの公園で話を聞く事にしました。
彼女は絵描きで、大昔に祖母が見たと言う妖精女王の絵を大切にしている事、その絵が好きで絵描きになったのだと話しました。
そしてその絵と、男の人形が余りにも似ていたので、つい声を掛けたんだと。
最後には恥ずかしそうに抱き着いた事を謝罪しました。
妖精女王を知っている人が居れば、立派な服が仕立てられるかも知れないと思った男は、生地を選んで欲しいと頼みました。
彼女は喜んで引き受けました。
それから彼女の家へ絵を見にお婆さんと共に出向いたり、彼女を食事に招いたりしていると、季節が夏へと変わりました。
器用な彼女はお婆さんの教えで、妖精の服や人形の服を仕立てられる様になり、人形もどんどん売れる様になりました。
そうして妖精とも仲良くなった彼女が、秘密を打ち明けます。
妖精女王と会ったのは自分で、彼女の美しさを伝えたくて絵描きになったが、全く売れないので悩んでいると。
女王の話も子供の頃に嘘つき呼ばわりされて以来、本当の事を言うのが怖かったのだと話しました。
妖精は驚く事無く、寡黙な男の代わりに彼の話しを聞かせました。
失恋の手慰みにと作った人形が売れて驚いている事、彼女の絵から作った人形が売れて、男が喜んでいる事を伝えました。
喜ぶ彼女にプロポーズさせ、全てを打ち明けさせました。
そうして男も、彼女も、お互いに居なくてはいけない存在だと思った2人は、結婚する事にしました。
お婆さんと妖精に祝福され、結婚し、4人仲良く森で暮らし始めました。
そうして何年かが過ぎた頃、いつもの様に男は町へと人形を売りに行きました。
それは冬の始まりの頃、昔良く見た顔が、目の前からやって来ました。
医者と駆け落ちした彼女。
顔に痣を作り、白衣の男の後ろを歩く彼女に、通りすがりに男は呪文を唱えました。
すれ違った瞬間、記憶を取り戻した彼女は男へと駆け寄ろうとしますが、医者に掴まれ動く事は叶いません。
絶叫する彼女の声に男が思わず振り向いた瞬間、医者の手をどうすり抜けたのか。
彼女の姿は消えてしまいました。
そして医者は男へ襲いかかり、男は死に、妖精はいつまでも森で待つ事になってしまいましたとさ。
おしまい。
「なんてこった」
《ね》
「後味が悪過ぎる」
《絵は良いんだけどね、この人形とかさ》
確かに絵は良い、以前に見た人形の様に可愛らしい絵が綺麗に描かれている。
なんなら服まで同じに見えるが。
【服のデザインは同じです】
マジか、高くて止めたんだよなぁ。
「この話しは史実っぽいんだけど、何か知らない?」
《当時かなり人気で、姉さんが人形と本のセットを何年も待って買って貰ってたけど。史実っぽいってどう言う事?》
「ナイショ。会いたいな」
《姉さんにはちょっと》
「作家に、なんだけど。お姉さんでも可」
《どうやって引き合わせるか頭が回らない》
「レーヴィに相談したら?」
《うーん…》
「それかイナリにこの人形が有ったから買うか、だ」
《そっちにしようよ、出すから》
「高いよ」
《欲しかったし、ちょうど良いよ》
「何でそんなに会いたくないの」
《…波長が合わないのか、あんまり読めないんだ、好きな食べ物とか嫌いな事位しか分からなくて、機嫌を損ねたく無いのに、いつも怒らせちゃうし。だから会わないのが1番かなって》
「あー…根本的に合わないのか。でも連絡するって前に言ってたんだし、1回レーヴィに相談しようよ」
《その方が良いと思う?それともお金の事気にしてるだけ?》
「両方、ほれ、行くぞ」
今はちょうどオヤツの時間、ダイナーへ兵長を連れて向かった。
《あら!元気にしてたかい、ちゃんと食べてるかい?》
「こんにちは、元気ですよ、ちゃんと食べてますけど、小腹は減ってます。スイーツ全種類とソーセージの盛り合わせ下さい」
《あいよ、珈琲で良いかい》
「あい」
《私も、今日のシフォンね》
『はい、僕はパンヌクッカで』
《あいよ!》
珈琲が美味しい、今日はとうとうブラックだ。
旨い、何で前は呑めなかったのか不思議な位に呑める。
『ミルクは良いんですか?』
「うん、甘いの食べるし大丈夫」
《ラウラも大人かぁ》
「人形が気になってるし、まだ子供でお願いします」
『人形って、その本のですか?』
《そうそう、レーヴィの嫌いな本》
『ドイツ語まで嫌いになりかけましたからね、良い話だから訳すと勉強になるって、騙されましたし』
《実際に勉強になったでしょ?》
『確かにドイツ語の勉強にはなりましたけど、楽しそうに勧めてたじゃ無いですか』
《どんな感想が聞けるかは楽しみだった》
「感想は?」
『後味が悪いです』
《それ以外も聞きたい》
「子供はいたのかなとか」
『描写はされてなかったですね』
《子供が居たから妖精は残ったんじゃないかな、守る為に》
「置いてけぼりって誰の事かなとか」
『途中までは最初の男か女かと思ってたんですけど、妖精ですかね』
《私は、絵描きの事かと思ったんだけどな》
「うーん、絵描きが御使い説か。そんな描写無さそうだが」
『そうなんですよね』
《無いから無いとは限らないし》
「そしたら同族嫌悪で忌避する筈で…いや、男が地元民、絵描きがそうなら忌避しないか」
《同族嫌悪?》
「同じ同士は惹かれ合わないらしい、例外も有るけど基本的にはそう。万が一、似た遺伝子が混ざり合わない様にする為か、何某かの濃縮回避でもあるのかなとは思ってるが、実際どうかは分からん」
《寧ろ、似た遺伝子に惹かれるって研究が有るんだけどな。ウズラのデータだけど、近親は忌避するけど従姉弟に最も惹かれるって》
「逆に言えば稀人信仰、外来の違う遺伝子を取り込みたがるって性質も有るだろうし、コッチはまた別の作用が有るのかもだし。うん、会うのが1番やろ」
《だからこの本の人形が欲しいんだって、隣町に買いに行くか、姉さんに人形を見せて貰うかなんだけど》
『そこですか』
「おう」
『じゃあ会いに行きましょうよ』
《やっぱそうなるよね》
「里帰りか」
《でも、今の時期に急に行ったら怪しまれる》
『確かにそうですね』
「でも買うと高いよ、20万ぞ」
《それ位なら別に出せるし》
「返す宛が無い」
《お誕生日プレゼント》
「高い、引く」
《じゃあ何なら良いの》
「分割払いで、利息は常識的な範囲だと助かる。最大の譲歩」
《じゃあそれで、レーヴィ、半分こで良いかな》
『はい』
「宜しくお願い致します」
銀行へ同行し現金を受け取り街を出ようとした時、マティアスの車の無線から声が聞こえた。
【急患、急性虫垂炎の疑いあり…】
《どうする?私でも診れるけど》
「行く」
医務室へ向かってみると、例の兄妹のお兄ちゃんの方がお腹を抱え診察台に横になっている。
傍らには涙ぐむ妹ちゃん、泣かないで居るのは偉い。
《エコーは?》
《はい、破裂は無し、糞石無し、虫垂が腫れてました。血液検査も今出してる所です》
《うん。触るけど、痛いって言って大丈夫だからね》
触診でも想定通りの反応、離すと痛みが増強していたので、多分盲腸。
1回やったけど記憶が跳ぶ位に痛かった、点滴で散らしたけど。
後方で勝手に身体を見てみると、少し胃にも炎症が有る。
ストレスか、何だろう。
「原因ってやっぱり不明?」
《そうだね。薬で散らすか迷ってるんだ、再発だし》
「温存した方が良いっての聞いた気がする、何かしらの免疫だかに役に立ってるって」
《じゃあギリギリまで点滴。大丈夫、直ぐに収まるよ》
「良かったね、直ぐに良くなるって」
《お兄ちゃんの痛いの消してくれないの?》
《痛いのが分からないと、酷くなったら分からなくなっちゃうからね、でも痛み止めは使うから大丈夫》
「少し痛い方が安全だし、直ぐにお薬が効くから今より楽になる」
《ちょっと痛いままなの?》
《少しだけね》
「お薬が早く効く様にするから大丈夫、見てて、こうすると早く効く」
妹ちゃんを抱え、お兄ちゃんの背中を摩る。
少し熱が有るのか暖かい、妹ちゃんの背中も熱を発している。
多分薬が効くのに15分は掛かる、それまでひたすら背中を摩り続ける。
そして寝ぐずりも相まって、非常に機嫌の悪かった妹ちゃんだったが。
お兄ちゃんは薬が効いて来たのか少し目を開けた、それを見て妹ちゃんの機嫌も治まってくれた。
呼吸も安定してきた、表情も少し緩んでる。
『魔法を掛けてくれたの?』
「魔法より簡単なやつね、誰でも出来るよ」
《私でも出来る?》
「出来るよ、でも使う人が泣くと効かなくなっちゃうから、少し難しい」
《ちょっとも泣いちゃダメ?》
「だねぇ、涙で魔法が飛んじゃうから。良くなってって、心穏やかに願えば効く」
《むずかしい》
「慣れと練習、慣れれば出来る、練習すれば出来る。算数より簡単」
《足し算なら出来るよ》
「おぉ、難しい事だ」
『算数は簡単だよ』
「そう?頭良いんだなぁ」
《お兄ちゃんは頭良いんだよ》
『数字が好きなだけだよ、工作とか絵は苦手』
笑って話せるまでに回復してくれたみたいなので、再度診る。
まだ腫れは引いて無い、痛み止めが効いているだけの様。
そして少し目を離した隙きに2人とも眠ってしまった、看護師が付き添うらしいので部屋を出る事に。
「治したら不味いんかね」
《簡単に治したら身体を大事にしなくなるかも知れないって禁止されてる。流石に破裂してたらお願いしたと思うけど、薬で充分だったから》
「大人は簡単に治して良いんか」
《ダメ、基本的には。でも苦痛が取り除けない場合は、簡単に治して欲しいなって思うけど、流派とか治療師の方向性に任せるしか無いんだよね》
「凄いブレんのね」
《うん、個人差が凄い》
「そこは良い世界とは言い難いな」
自分から見てアンバランスで気に食わないが、この世界的にはバランスが取れてるのかも知れない。
介入して良いのか悩む。
《ただ、そこは私達でなんとかすべきだとは思うから、ラウラは自分がすべきだと思う事をして》
「顔に出てた?」
《いや、そう思うかなって》
「嘘付くな、どう出てた」
《少し眉間に力が入ってて、何もない所を見てたから。癖だよね、何か適当に相づちして、流す方が無難だよ》
「あー、そうしときます」
《うん。後は私に任せて買い物に行っておいでよ、もし急変して応援が必要なら、ちゃんと、どう伝えようか?》
「余分に伝書紙を渡しておくから、宜しく」
《はい、行ってらっしゃい》
基地を出て人形を買いにイナリへ。
そう売れる物でも無いのか、ウインドウには前と変わらず人形が飾られている。
「あの、ウインドウの人形を下さい」
《本とセットじゃ無いんだけど、大丈夫かな?》
「はい、本は有るので」
《そうか、じゃあ今持って来くるから待ってておくれね》
丁重に扱われるその人形は、自分の半分位の大きさ、薄いベールが掛けられている。
目の前でそのベールが取り払われると、確かにコチラの女王に良く似ていた。
「綺麗ですね」
《1度修理に出したからね、職人の腕も良いし、新品同様だよ》
「凄いなぁ、お知り合いなんですか?」
《いやね、この人形を修理するなら連絡をくれって保証書が有るもんでね。試しにそこへ連絡してみたら、引き継いでて、今でも直してると思うよ……ほら、コレだよ》
「一緒に大事にしとかないとですね」
《そうそう、一時は贋作も出た位の人気だったんだよ》
「なら安い位なんですかね」
《ナンバリングされててね、本とセットで価値が倍になるんだが、コレは本が無いからこの価格でね。本を探してもみたけども、中々見つからなくて》
「おー、探してみようかな」
《宜しく頼むよ、対と離れ離れは可哀想だ》
「はい。因みにどうしてココへ来たんでしょう」
《娘を亡くしたって男が売りに来てたんだ、本は譲ったと、15年位前だったかな。なんだか可哀想で、身分証は確認してない時代でね、お金だけ渡して、それっきりだ》
「看板娘なんですよね」
《あぁ、買い戻しに来るかとも思ったが、結局は来なかったよ。だからもう、彼女はこの景色を見飽きただろうから、新しい世界を見せてやっておくれね》
「はい、大事にします。でも、もし買い戻したいって現れたら帰しますので、隣街のソダンキュラ中間基地の看護師長、マティアスまで連絡を貰えませんか?」
《あんた看護師長なのかい?》
「いえ、知り合いが看護師長なんです。この人形の価値も彼から聞きました」
《そうかい、もし来たら連絡するよ》
人形をストレージへ入れ、町を出て基地へと向かった。
お金を払ったとは言え、少し罪悪感が湧く。
《お帰り》
「どうよ」
《そんな直ぐに変わらないよ、少し落ち着いてきてるけど、まだ様子見》
「そっか」
《うん、で、買えた?》
「買えました、少し曰く付き」
《娘を亡くした男が売りに来たって話しでしょ》
「おう」
《私もそれで買うの躊躇ったんだ、買い戻したいって現れたら、可哀想だなって》
「だから、現れたら君に連絡する様に言っといた、基地の看護師長のマティアスにって」
《分かった、承るよ》
「事後ですまんね、頼む」
《良いよ、それより人形見せて》
ストレージから人形を出し、膝へ乗せた。
思ったより軽い子、足の裏を見るとナンバーが刻まれている。
マティアスの本とは残念ながら一致しない。
なら、人形の対である本は何処へ行ったのだろう。
「対を探してあげてって」
《セットだものね》
「製作者の連絡先もゲットした、ほら」
《今でも同じ場所に住んでるのかな》
「前に修理に出した時は居たみたい、後で行こうと思う」
《お昼は食べないの?キッシュだよ?》
「あ、もうそんな時間か」
《うん、レーヴィが取りに行ってくれてる。珈琲淹れるね》
「うん、ありがとう」
兵長が帰って来るまでの間、看護師長室でソラちゃんと人形の融合を試みる。
適合率は良い感じらしい、単純な構造で魔力が馴染みやすい所が特に良いんだとか。
魔道具とは言えない程度の潜在的な魔力媒介の傾向が有るんだと、ますます怪しい品物だ。
《如何でしょうか》
「可愛い」
《口が動かなのが少し怖いよね》
「隠しちゃおうか、口元」
《主、幻惑の魔法の使用許可を》
「お、許可します」
関節の節が見る見るうちに皮膚へと変わり、瞬きや呼吸による胸の挙動までもが再現された。
そうして人形の面影が消えると、小さな子供が現れた。
《如何でしょうか》
「寧ろワシが小姓、従者に見えるな」
《それは意図した方向ではありません》
「最悪はそれで、身代わり宜しく」
《了解》
《この子にも戸籍が必要かな?》
「あ、どうしよう。表立って連れ回すつもりは無いんだけど」
《なんで?》
「顔で引っ掛かりそうじゃん」
《あー、確かに》
「あ、お帰り兵長」
『ただいま戻り…あの、その子は』
「ソラちゃんの入った人形」
《宜しくお願いします》
『あ、はい、どうも』
戸惑う兵長から貰ったリタのキッシュはお洒落で美味しい。
マヨタラモキッシュはトロトロ、酒に合いそう。
ソーセージと星型に型抜きされたパプリカのキッシュはシンプルに美味い、ホタテとオリーブのは焼き目が香ばしいのにジューシー、そしてトマトとバジルはプルプル。
食感も違うし、組み合わせもお洒落、流石プロ。
「うまい」
《ラウラ》
「あげない」
《はやい》
「様子見てくる」
食べかけのキッシュをしまい、兄妹の元へ向かう。
妹ちゃんがなにやら愚図っている、看護師に抱えられながらも反り返って今にも溢れ落ちんばかり。
《お兄ちゃんが食べないなら食べない》
『僕が食べれなくても食べないとダメだよ、大きくなれないよ』
「おう、揉めてますな」
『食べて来てって言ってるのに、行ってくれないんだ』
《お兄ちゃん一緒じゃなきゃ嫌》
「それは難しいなぁ、今お兄ちゃんは食べたら悪くなる」
《じゃあ食べなきゃ良いの》
「それは辛い、お腹は減ってるけど食べちゃイカンはツライ」
《治療師様ならお兄ちゃんを治して、お願い》
「そうだな、看護師長に相談に行こう、おいで。お兄ちゃんは寝て待ってて」
『うん、ごめんなさい治療師様』
妹ちゃんを抱え師長室へ入ると、2人はまだ食事中。
部屋はキッシュの良い匂いで溢れている。
「連れて来ちゃった、一緒にご飯食べたいから治してって」
《お願い》
《ゆっくり治した方が、お兄ちゃんの為になるんだけれどなぁ》
《でも、だって、1人はイヤなの》
「ココで一緒に食べる?アレルギーは有る?」
《でも、お兄ちゃん食べれないの可哀想》
「後でその分食べて貰おう、ほら、美味しそうじゃない?」
《イヤ、一緒が良い》
「コレもイヤ?」
《…コレは何?》
「日本のお子様ランチプレート、子供しか食べれない特別なメニュー。ワシが作ったのだけど、食べれない物入ってる?」
《無いと思う、この中には何が入ってるの?》
「貝とブロッコリーのキッシュ、キノコのキッシュ。コレはたらこパスタ、コッチはタラのフライ、サーモンのムニエル、ラム肉にライスでしょ、コレはベーコンチューブのパン」
《良いなぁ》
「他のメニューも有るし、宿屋のリタさんのキッシュも有るよ」
《君が食べないならソレは私が食べるね》
「お兄ちゃんには治ったらプレゼントするつもりだけど、イヤならマティアスに全部あげちゃうか」
《やった!》
《だめ!お兄ちゃんにあげるの》
「じゃあ味見してくれるかな、1口だけ」
『前に食べた時は美味しかったですよ』
《イヤになったら、私にくれれば良いからね》
「いや、やっぱマティアスにはあげない」
《良いじゃん1口だけ、ねぇ?》
《うん、じゃあ1口だけ》
《それなら、治療師様もこれからランチだから、私の横においで》
《うん》
半分不本意では有るが、マティアスと分け合いっこしながら食べ進めてくれた。
子供でも食べれる味付けだった様で何より。
デザートも仲良く分け合うと、暫くして妹ちゃんの瞼が落ち始めた。
「どうだった?」
《うん、おいしかった》
「そりゃ良かった、もう少しで食べ終わるから待っててくれるかな」
《うん》
《じゃあ歯磨きしに行こうね》
見事に煙に巻き、妹ちゃんを寝かせる事に成功した。
後は目を覚ます前に、お兄ちゃんの元へ戻すだけなのだが。
「お、マジ寝したか」
《だね、ありがとう》
「いえいえ、面白かった」
《お子様ランチプレートって本当に有るの?》
「有るよ、メニューはかなり違うけど」
《本場のはどんなんなの?》
「ハンバーグ、オムライス、パスタのケチャップ炒め、エビフライ、サラダ、プリン。他にフライドポテトとか、唐揚げかソーセージも入ってたりする。主にレストランとか外食で出されるかな」
《凄い、手が込んでるね》
「マジで年齢制限が有るからね、だから大人のも出始めてた」
《そっちも食べたいなぁ》
「ね、リタに作って貰って。じゃあ連れてくわ」
すっかり暖かくなった妹ちゃんを連れ病室へ戻ると、お兄ちゃんは変わらず起きていた。
痛みは完全に消えてないので、眠るに眠れないのだろう。
『コッチへ置いてね、落ちるといけないから』
「あいよ、食べさせたよ。治せなくてすまんね」
『良いんだ、無理しちゃうから、何でも直ぐ治せないって聞いてるし』
「うん、さすろうか?」
『うん。手、暖かくて好き』
「今は妹ちゃんの方が暖かい」
『夏は暑くなるから離れろっていってるのに、直ぐにくっついてくるんだ』
「匂いに寄ってるのかもよ、身代わり人形でも作ってみたらどうかね」
『身代わり人形?』
「着てたパジャマをぬいぐるみとかに着せて、それを置いとく。意外と効くかも知れんよ」
『ふふ、それで大丈夫なら勉強に行ける』
「勉強好き?」
『うん、正解が好き。答えが有るって分かってるから好き』
「答えが複数有るのは苦手か」
『その方が良い時も有るけど、答えが1個だけの方が好き。コレで終わりって分かるから』
「あー、そうね、終わりとか答え、知りたい」
『算数の?』
「人生の」
『マティアスか兵長で悩んでるの?』
「ソレは無い。これからどうやって生きていこうかなって話」
『治してくだけじゃダメなの?』
「それだけで良いのか分からないから、考え悩むのです」
『他にも何か出来る?』
「お洗濯とお掃除と、料理が少し」
『あ、妹はちゃんと食べた?』
「うん、マティアスと食べたよ。治ったら君にも特別なメニューがあります」
『本当に?楽しみだなぁ』
「早く治さないとね。沢山眠ると、治りが早いらしい」
『痛くてあんまり眠れない』
「だよねぇ、眠れないのは辛い。目を瞑るだけでも良いらしいよ」
『イヤな事ばっかり思い出すから、瞑りたくない』
「マーリンの話なんだけど、ちょっとだけ瞑ってみてくれない?」
『聞く、瞑る』
霧の濃い深い谷の先に、秘密の里が有りました。
そこへ行くには、崖の両端から生えた木の根で出来た橋を渡らないと行けません。
頑張ってその先へ進むと、異国の建物が見えます。
木の柱、不思議に波打つ屋根、白い壁。
変わった模様の書かれたドアを開けると、同じく異国の服を着た人が受付に居りました。
『着物でしょ、日本の、知ってるよ』
「近い、もっと手軽な浴衣の方だ」
その浴衣を着た人には、髪の色と同じ黒い猫の耳が付いていました。
長い尻尾をユラユラさせ、薄く透ける袋を差し出して言いました。
どうぞ先へ進みながら、好きなモノを選んで下さい。
黒猫人間の言う先には、色とりどりのタオルや石鹸、浴衣が並んでいました。
そこから好きな匂いの石鹸、シャンプー。
好きな色のタオルや浴衣を選ぶと、また受付に辿り着きました。
どうやらぐるりと回った様で、受付には黒猫人間が待っていました。
初めての人は今日1日はタダですよ、案内はこの翼人にお任せ下さい。
黄色い翼を持った翼人が中を案内してくれる事になりました。
先ずは、暖かい木の床があるだけの場所へ着きました。
人々は猫の様にゴロ寝して、暖かい床を楽しんでいる様です。
次に進んだ先には大きな木をくり抜いた露天風呂、真新しい木の良い匂いがします。
目の前には緑色の大きな森。
お湯は丁度良い温度で、とっても気持ち良い。
お風呂は他にも沢山あって、大きな岩がゴロゴロ置かれた岩風呂。
人が入れる大きな陶器で出来た壺のお風呂…
『あらあら、ありがとうございました、良く眠ってますね』
「どうも、余計な事をしたかもです」
『いえいえ、福祉士の数も足りないので助かってます。私達は看護師の仕事しか出来ませんから』
「医師も福祉士も足りませんか」
『はい、この時期は魔獣対策に大きく割かれてますから』
「魔獣が居なければ回りますか」
『そうですね、兵役で招集されてしまって。この時期はどうしても手薄に、最近だと頻度も増えてるみたいで』
「増えてるんですか」
『少し、私の感覚ですけどね』
「減ると良いですね」
『はい。あ、余計な事を話しましたね、大丈夫ですよ、ココは安全ですから』
「ですね、じゃあ宜しくお願いします」
『はい』
部屋へ戻ると兵長の姿は無く、マティアスがお兄ちゃんの血液検査の結果を見ていた。
白血球数、炎症反応共に高値、3日は入院確定らしい。
前の入院も妹ちゃんが大騒ぎで大変だったらしく、お兄ちゃんはあの年で心労からか入院が長引いてしまったんだと。
おちおち入院出来ないのも、ホイホイ入院してしまうのも大変さは其々。
「大変だぁ」
《毎日夜泣きしちゃってね、大変だったんだよ》
「ストレスで夜泣きになるらしいね」
《暫くは泊まり込みになるから、何かあったらココに来て》
「おう、ガンバれ」
《うん、次は工房に行くの?》
「おう」
《ならレーヴィを連れてって、少しは盾になるかもだし》
「止めとく、警戒させたく無いし」
《そう?なら気を付けて行って来てね》
「おう、行ってきます」
人形の保証書に書かれた場所へ向かう。
そこはドイツの黒い森と呼ばれる場所の近くにある村。
本に書かれた村がそのまま現存していた。
そして森に最も近いその家は、同じく絵本に書かれた家そっくりの建物が建ち、煙突からは煙を吐き出していた。
懸念していた魔獣はこの森には存在していないらしく、軍の基地も、警備兵も存在していなかった。
灯りの付いた家の扉をノック。
暫くすると、女性の声と共に扉が開いた。
栗毛色に緑色の目を持つ女性、持っていた人形を見せると直ぐに家の中へと入れてくれた。
名前はイデリーナ。
暖炉の前には真っ白な髭と頭髪を持った老年の男性と、小さな妖精が仲良くロッキングチェアで寛いでいる。
「あら、見えるのね」
「何がでしょう」
「妖精よ、あの子」
指差す方向には老人の手の中で眠る、髪の長い妖精。
よく見ると緑色のトンボの羽根を持っている。
最初の絵本の妖精だ。
「他の人には見えないんですかね」
「見えない人は半々ね、何で見えないのか研究してるんだけど、共通点が無さそうなのよ。あ、で、修理よね?」
「いえ、御使いの話を聞きたくて来たんですが、無理そうなら帰ります」
「あぁ、そういう事。身分証を見せて貰えるかしら、教唆で捕まりたくはないから」
「はい、どうぞ」
仮の身分証と実物を何度か往復し、紅茶を淹れ始めた。
これは、許可してくれたのだろうか。
「アナタ、本当は何人なの?」
「血は日本ですけど、有効な日本の身分証は所持してません」
「御使い様の話を悪い事に使うつもりは無いわよね?アナタの名前と顔は覚えたから、何か事件が起きたらアナタを通報するわ」
「悪い事はしません。ただ、誰にどう悪いか迄は判断が付きかねますけど」
「じゃあ、何で話を聞きたいの?」
「後学、自分の人生の為に」
「まさか御使い様だなんて言わないでよね、それは重罪だわ」
「言いませんよ、重罪なのは知ってるんで」
「詳しく聞くのは面倒そうだから止めておくわ。で、御使い様のお話ね」
「はい、そもそもあの本で誰が御使いなのかだけでも聞きたくて来ました、今の処は誰をどうするか、とかは考えてもいません」
「曾祖父よ、絵本で言う主人公。そこで眠ってるのは父、私は信じて無いのよ、何にも能力が無かったって聞いてるし。私も何も継いで無い、単なる御伽噺よ」
「そうでしたか、こうやって訪ねて来る人は多そうですね」
「母は良く相手してたけれど、大概はがっかりして帰ってったわね」
「折角妖精が居るのに」
「ね、まぁでも話せないから直ぐに帰っちゃうのよ、私は昔から一緒に居るから会話出来るんだけど、他の人は聞き取る事すら無理みたい」
「会話できるか試したいんですが」
「ふふふ、良いわよ、ちょっと待ってて」
老人の手の中で眠っていた妖精にイデリーナが優しく話し掛けると、起き上がり、伸びをした。
長い髪を垂らしながら、フヨフヨとコチラへ飛んで来た。
《聞こえるかしらね。少しは面白い事が起こると良いのだけれど》
「全然聞こえないなぁ、面白い事は待ってても起こらないもんですよぉ」
《ふふ、聞こえているのね》
「どうも、少し外でお話でもどうでしょう」
《良いわよ、少し行ってくるわ》
驚いて目を見開く女性を置き去りに、妖精は玄関脇に掛けてあった小さなマフラーを引っ掛けた。
そして扉を開けると、寒そうにするでもなく雪の中を飛んでいる。
「寒さを感じますか」
《可笑しいわよね。このマフラー、あの人が作ってくれたから、何となくよ》
「この人形もですか」
《うん、良い魔道具職人だったわ》
「魔道具職人か、なるほど」
《良い子だったのに、あの通り亡くなってしまった》
「残念です」
《本当に、あの子も、あの子も、あの子も…皆死んでしまった》
「ずっと居るんですか」
《離れるタイミングがね、見失ってしまったの》
「家族の一員ぽい」
《ふふふ、そう見えるかしら》
「はい、手の中で眠ってたのが特に」
《居心地が良いの、お年寄りってね、掌から魔力が出てるから特に気持ちが良いのよ》
「魔力。あの家は、代々魔道具職人?」
《そうよ、人形の片手間にオーダーを受けてるの、政府とかには内緒にしてね》
「あら、危ない橋を渡ってらっしゃる」
《お金は大事だし、身体の弱い子が多かったから、仕方無いの》
「あらら、それは責められないかも」
《医者の逆恨みで刺されたとは言え、村八分にされてしまったし。殆どは治療する為の移動費や治療費に消えてしまったのよね》
「それでも引っ越さなかったんですか」
《オーダーが頻繁に来るワケじゃ無いから、半分は人形の修理で食い繋いでいるのよ》
「この人形の最初の持ち主とか分かりませんかね、娘が亡くなって人形だけ売り払ったらしいんですよ」
《それはあの子に聞けば分かると思うわ、購入者の記録が有る筈だから》
「お、助かります。それと、女王には会ったりしないんですか?」
《ずっと帰って無かったから、気まずくて》
「そっか、何か伝えておきます?」
《ふふ、まるで御使いね》
「自分じゃそうは言えませんが、否定はしません」
《じゃあ、他にも聞きたい事が有る筈よね》
「もう1つの絵本に出てますよね?」
《ふふふ、アレはね、私じゃ無いわ。それにアレは緑じゃ無くて、本当は水色の子の話。彼女は彼の葬儀の日に帰ったって聞いてるわ、何も離れて無くても良かったのにね、彼は恨んで無いって聞いてたし》
「彼も御使いだったんですか」
《そうよ、自分の生まれた場所だと思い帰ったけれど、根本的に世界が違うって分かって、女王の元へ帰ったの》
「少し本と違うのは仕様ですか」
《そうね、関係者に分かる様に、少しだけ変えたんじゃ無いかしら》
「誰が書いてますか、何の目的で」
《きっと、其々よ。忘れ去られたくないって、あの絵本は絵描きの子が書いたの。突然に不幸は起こるし、良かれと思って行動しても良くない事が起こる、それを知らせたい、あの子の事を残したいって》
「彼女を解放する為に、記憶を戻したんですか」
《多分そうだと思う、1度だけ聞かせてくれたの。行く当てのない自分の面倒を見てくれた彼女を、不幸から解放したくて遠いこの場所に逃げて来た。それなのに、弱かった彼女は元居た場所を離れた不安に耐えられなくて、旅の途中から可笑しくなって、自ら記憶を消してしまった。記憶を戻す為に旅に出たのは間違っていた、彼女とココに居れば良かった。でも新しい事も知れた、彼女も御使いだった。記憶を戻す方法も、元の場所に戻る方法も見付けた、だからまた彼女が不幸になる様な事があれば、その魔法を使う。って》
「核心、戻る魔法って」
《記憶を戻す魔法なら私も聞いて知ってるんだけど、元の場所に戻る方法は彼も知らなかったわ》
「その魔法は何処で」
《女嫌いな魔法使いって事しか知らないの、宿に置いてかれちゃったから、詳しくは知らないわ》
「マーリン?」
《名前は知らないけど、おじいちゃん魔法使いだったって言ってたわね》
「魔法を教えたとは聞いてないんだけどなぁ」
《マーリンを訪ねる人は多かったみたいだし、もう忘れちゃったんじゃ無いかしら》
「んー、何年前の事なんです?」
《100年は経っちゃってるわねぇ》
「ただの人間なら死んでるかぁ」
《そうねぇ》
「絵描きさんは普通の方ですか」
《んー、少し普通とは違ったのよ。前から神様って居たのよ?妖精も、あの子は見えてたの。でも周りが見えなかっただけで、噓付きと除け者にされた。でも最近は話も出来る子が増えてきたから嬉しいわ》
「他にも最近来ましたか」
《男の子よ、金髪の子、代々人形を大事にしてくれてる家でね、記録も有ると思うわ。あの子ってマメな処がそっくりなのよ、遺伝って言うのよね。不思議だわ》
「お、じゃあ中で聞いても大丈夫ですか」
《えぇ、心配してるみたいだし、そろそろ戻りましょ》
先程まで窓に張り付いていたイデリーナは、何事もなかったかのようにお茶を淹れ直していた。
そして妖精の忠言にお菓子も出そうとしている様子。
お祖母ちゃんと言うか、姑と言うか、家族の中でも更に不思議な存在だろう。
「それで、男の子だっけ、金髪の」
《可愛らしいお金持ちの子、2年前かしら》
「あぁ、それだけ?」
《それと、この人形の元の持ち主ね》
「買い取ったと知らせようかと」
「どれどれ…あら、このナンバーは譲渡品ね、曾祖父がお世話になった人だと思う。うん、最初の住所は無し、登録住所は、コレね」
「ほう」
「でも何十年も前だから、同じ住所じゃ無いかも。本と別に売り払うって事は、お金に困ってるのかも知れないし」
「娘さんが亡くなったから売り払ったそうで、一応は骨董屋に連絡先を残したので大丈夫だとは思うんですけど、万が一にでも手元に戻したくなったら、アレだなって」
《そうなのね、でも何年もお迎えに来なかったのなら、もうきっと別の人生を歩んでいるんじゃ無いかしら》
「それで要らないなら安心して手元に置くだけなんで、コレはついでですから」
「分かったわ、じゃあコレ、住所と名前の写しよ。私の名前も入れて有るんだから粗相の無い様にお願いね、コレは大事な顧客情報なんだから」
「ありがとうございます」
2ヶ所の住所と名前の書かれた紙を受け取り、先ずはこの人形を売り払った人の住所へ向かう。
家には既に他の住人が住んでおり、紙に書かれた名前の人間も知らないとの事。
近くの店で情報収集、古そうな店の、古株そうな老人に話を聞く。
《あぁ、あの人か、引っ越して実家に帰ったらしいな》
『子供が急に具合悪くなってね、看護師に見せたんだが、軽くあしらわれて。他の伝で医者が来た頃にはもう、手遅れだったって。奥さんは後を追うし、嫌な出来事だったよ』
《それ以来ココでは必ず医師が見る様になったんだ、他の町にも広がってね、亡くなった子供の慰霊碑が有るんだ》
『その人形ね、偶然手に入れた物だし、恨んでね、壊すかどうか迷ってるって言ってたってね』
《この人形のせいだってな》
『誰かを恨むしか無いさ、あんな不条理な事があっちゃね、捌け口が必要でしょうに』
《本はね、図書館に寄贈されてるよ》
『ケースに入って展示されてるんだ、見てくると良いよ』
身分証と共に人形を見せると、快く入館を許可してくれた。
ガラスケースに入れられた本は新品同様、閉じたまま飾られている。
職員の解説では、元の持ち主が家族で買い物に出掛けた時に、子供のお祝いにと老いた露天商から格安で譲られた物だとか。
そしてこの本は人形と共に投げ捨てるつもりで居た所を館長が説得して、本は譲られた品だと。
人形は売れると知っていたので、何処かで金に困れば売れば良いと、そう言って故郷に帰したそうだ。
それで、もし良ければ合わせて展示したいらしい。
「いずれはそうしますけど、出来たら1度元の持ち主に会わせようと思ってたんですが」
《でしたら引っ越し先を館長がご存じだと思うので、聞いてみますね》
記載された住所は再びフィンランド、何年かに1度連絡を取ってお互いに生存確認をしているらしい。
イナリとウツヨキの間に有るカーマセンと言う村に、今でも住んでいるんだそう。
陽が傾き始めた図書館を後にし、カーマセンへと向かった。
ガソリンスタンドに併設された商店と、ホテルが有るだけの小さく質素な村。
ホテルもレストランと併設されていて、さながら高速のパーキングエリアの様。
レストランの方に人が居るらしく、人形をしまい店へ入ると、中年の男性が1人声を掛けて来た。
《泊りなら食事はタダだよ、質素なモノだけれどね。良いモノが食べたいならメニューを見てくれね、少し時間は掛かるが何でも出せるよ》
「ニエミネン・リキを探しに来ました」
《俺だが、何かなお嬢ちゃん》
「人形を手に入れました、買い戻す意志が無いのなら、いずれは図書館へ寄付しようと思います。色々と意思確認に来ました」
《あぁ…そうか、珈琲で良いか?》
「はい、急にすみません」
《はいよ、さっき淹れたばかりだ…》
「どうも」
《もう俺のじゃないから、好きにしてくれて構わんよ》
「人形を図書館へ寄付するのも構いませんか」
《あぁ、好きにしてくれ》
「向こうで少し話を聞きました、老いた商人から買ったとか」
《駆け落ち同然にあの村に行ったんだ、嫁の親戚を頼ってね。案の定貧乏で、臨月だったのに子供の為に何も買ってやれてなかったんだ、タダでくれようとしたんだがね、悪いと思って、その時の持ち金を全部払って買ったんだ。嫁は怒る所か、その絵本を知っててね、凄い喜んでくれたんだ》
「そうなんですね」
《あぁ、今までで1番喜んでくれたかも知れないよ。それで、嫁に言われて余りに安く売ってくれたんだと気付いて、夕食に招こうって話になって、1晩泊まって貰ったんだ。その爺さんは占いも少しやってると言って、腹の子を見てくれたんだが、少し魔力が多いから人形を常に側に置いてやれと。それからは何も無しに2年が過ぎて、その話を俺が忘れててな、旅人に人形を貸してくれと頼まれて貸したんだ。嫁が出稼ぎに行ってる時でな、その晩に子供が熱を出したんだ、人形の事なんて迷信だと思ってたから、すっかり忘れたまま。病院だ何だと駆けずり回って、旅人が返しに来た時には、もう遅かった。医者も来てくれたんだが、泣きもしないでな、弱って、若くてバカだった。少し眠ってる間にな、大人の、医者の、商人の話を聞いてれば良かったよ。葬儀が終わって、直ぐに嫁が。バカでな、死にたかったのに、死ねなくて、ごめんな》
真っ白な白髪頭から、老人だとばかり思っていたが、よく見るとまだ若い。
この話から、生きていたら、自分の年齢に近い娘が居た筈で。
酷な事をした、ただ商人の話が聞きたかっただけなのに。
「ごめんなさい、その商人の話を聞ければと思ってて、すみませんでした」
《すまんな、余計な話をした、娘の年頃に近く見えてな、すまない》
「いえ、話させて申し訳ない」
《いや、良いんだ、すまん。うん、腹は減って無いか?何か作らせてくれないか、料理をすると落ち着くんだ》
「分かります、じゃあ1番落ち着く料理でお願いします」
《おう、待っててくれ》
「はい、お待ちしてます」
こう辛い体験には時間薬がうんたらとか良く聞くけれど、その時間をどう過ごせば良いか誰も教えてくれなかった。
ココではどう教えてるんだろうか、やっぱり何かして気を紛らわせる以外に方法は無いんだろうか。
そんな事が出来たら、誰も苦労しないのに。
《味が合わないといけないからな、先ずは味見だ》
意外にも早く出て来たのは、小さなカップに入ったトナカイとキノコのスープ。
美味い。
「美味しいです」
《そうか、よし、待ってろ》
それから暫くして出て来たのは、お子様ランチの様な盛り合わせだった。
オムライスにホワイトソースのミートボールが添えられ、サーモンフライにはトマトソースが掛けられている。
フライドポテトにソーセージ、オープンサンド、傍らには小さなカップに入ったプリンが添えられていた。
「お子様ランチみたい」
《お、分かってくれたか、この前テレビで見てな。お嬢ちゃん日本人だろ?子供のメニューだって料理番組でやってたんだよ、全部同じは無理だったけどな、どうだ?》
「おいしいです」
《夏に向けてな、家族連れも来るからな、出そうと思うんだ》
「5才か6才までなんです、向こうで食べれるのって」
《はは、そうか、年を聞くのも面倒だし、食いたい奴に出すかな》
「手間が掛かりますよ」
《良いんだよ、そこまで混まないし、手伝いに人も来るから》
「大人も頼んで良いですか」
《お嬢ちゃんはまだ子供だろ、もう5年は出してやるよ。まぁ、大人なら倍の料金で出すかな、ははは》
「おいしいです」
《だろ、日替わりで毎日食っても飽きない様にしてやるんだ》
「毎日食べられるのが羨ましい」
《おう、泊まってくか?子供だけの料金てのは無いが、安くしてやるよ》
「いえ、直ぐ帰れるので。お子様ランチ付きなら、普通の価格で良いと思いますよ」
《そうか?子育ては大変だからな、まぁ親御さんへのサービスだ》
「素敵ですね」
《小さい恩返し、罪滅ぼしだよ。なぁお嬢ちゃん、もう暗くなるが本当に大丈夫なのか?》
「こう見えて移動魔法が使えます」
《そうか、運送屋か。なら納得だ、おいおい、焦って飯を詰まらせるなよ。本当にダメな時は宿を安くしてやるから、無理するな》
「はい、ありがとうございます」
《おう、そう言えば商人の爺さんだったな、その時はヒッチハイクで回って商売してるとか言ってたんだ、絵本とエリクサーを売って各地を転々としてるんだと、フヴェズルングって名乗ってたな》
「お、ありがとうございます。助かります」
元の早食いがウッカリ出て心配されたが、少しスピードを落とし完食。
今度来たらもっとゆっくり味わおう。
陽が、すっかり傾いてる。
お会計で押し問答し、通常メニューの半額を押し付け店を後にし、イギリスへ向かった。
前回同様に公園から伝書紙を飛ばし、暫く待っていると自転車を走らせるミアの姿が見えた。
『今晩は、お待たせしましたか』
「大丈夫、この人形について何かご存じか」
『珍しいですね、人形型の魔道具、久し振りに見ました』
「魔道具なのか、詳しく」
『でしたらあの、どちらかの家に行きませんか?』
「またコッチに来て貰っても良い?」
『はい!』
宿へ戻りサウナへ入ると、早速人形の説明に入ってくれた。
肌に触れている間だけ、体内に余る魔力を吸収する作用が有るそうで、余る事の無い場合は吸収しない安全装置まで掛かる優れモノ。
コレを元に子供用の安全装置等が開発されたらしい。
凄いじゃん。
「凄いのに、なんであの家は質素なのか」
『著作申請が成されなかったのと、既に開発のベースになってしまっていたので、著作権が有耶無耶になってしまったらしいんです。今でもかなりの魔道具の元となる機構ですから、半ば強制的に共有財産の形になってます』
「勿体無い、財団でも作って祀り上げて、ガンガン開発させたら良いのに」
『昔は人間の覇権争いで大変だったそうで、ご家族が早々に辞退なされたらしいんですよ。争いに巻き込まれたく無いって』
「それでも代々変わるたびに聞くべきだと思うんだが」
『そうですよね、提言しておきましょうか?』
「内々に出来る?」
『あ、難しいかと…』
「んんー、名乗ったら救われるかもか。それなら向こうに再度意思確認しとかないとな」
『ですね』
「他に機能は有る?精霊とかの依り代になるとか」
『精霊の依り代に?可能だとは思いますが、前例が無いので何とも。依り代が無くとも行動可能な精霊が殆どですから。あ、吸収した魔力は離れてる間に勝手に放出されるので、メンテナンスがほぼ要らないんですよ、外に少し置くだけで空中へ霧散するので、かなり重宝されてたそうですよ』
「もっと本物が普及してても良かったのに」
『当初は魔力が余り、身体を壊す者が殆ど居ませんでしたから、彼が亡くなり暫くして物の良さが広まり、高値で取引される事になったみたいです』
「隠れて魔道具作ると、何か罰が有る?」
『物によりますね、それこそ制御具なんかは死刑相当です、人権無視に当たりますから。余程の理由が無ければ、何かしらの刑は逃れられないかと。逆にこういった害の無い物でしたら、協会に登録する様にと勧誘と注意で終わります』
「なら野良制御具の心配はしなくても良いのかな」
『はい、執行猶予なんて甘い処罰は下りません、在籍国を超え、最も厳しい罰が下ります』
「中々に怖い、処罰された人は居る?」
『最近ですと、魔力吸収の魔道具を改造し昏睡強盗を働いた者と、製造者が処罰を受けましたね。制御具の不良で犯人も使用された方も昏倒したので、事件は直ぐに解決しました。かなりの大事件だったので、関連する可能性が有りそうな、協会の名簿者と候補者が強制捜査を受けました。この国でも、密かに家宅捜索等が行われたかと思います』
「公にはなって無いの?」
『悪い見本として知識が広まる事を懸念して、情報は限られた者にしか開示されていません。そういった事を防ぐ為の魔道具が開発されるまで、開示される事はありません、真似られて頻発しては困りますから』
「それを知れる範囲は?」
『協会内か犯人の関係者だけです。構造を解析し、正規職員の中で順次製造可能な者への厳重注意として情報開示がなされ。次に候補者達への注意喚起と、製造に関わらなかったかの尋問が行われました』
「尋問官忙しいな」
『はい、過労で倒れる者が多いとか。子供を残せば退役出来ると酷な噂が流れてますが、国連の管轄ですから、国が提言しても聞き入れて貰えないそうです』
「な、国連所属なのか」
『各国の国内での活動は一応軍の範囲で、委託という形らしいです。私はそこまでしか知れないので詳しくは分かりませんが、尋問官でも国派か軍派、国連派で分かれてるそうです』
「国連加盟国」
『バチカン、日本、イギリスなどの魔法主要国で。ロシア等の神帰りの無かった国の多くは加盟してません』
「加盟しない弊害は」
『魔法使いの行き来に制限が掛かり、治療師の派遣も制限されます』
「ロシア可哀想」
『国民の方々が心配ですよね、内部の情報が分からないそうですから』
「考える事が多過ぎて困る。あ、この人何か知ってる?妖精と会話できる子持ち、この人形の修理屋から聞いたんだ。スウェーデンの人で、ノエル・アールト」
『スウェーデンですか、生憎存じ上げませんが。珍しいお子さんをお持ちなんですね。姿形は見えても会話出来る世代が増え始めたのは最近で、珍しい子ですね』
「そこの境が分からんな、魔力があっても見えなかったり、会話出来ないのが不思議」
『妖精狩りがありましたから、女王が呪いを掛けたんです。精霊やエルフの血筋のみに見える様に、人間の血のみなら会話が出来ない様に、妖精に呪いを掛けたんです。私としては会話が出来ないのが不思議なんですけどね、逆に周りには居ませんから』
「あー、血が関係してるか」
『見えない聞こえないって、どんな感じなんでしょうね。気紛れですけど、お天気を教えてくれたりと、良い子達ばかりですから』
「女王だけが妖精を生み出せる?」
『意図的にと言う事であれば、そうですね。普通は自然発生するんですけど、土地柄によっては違うみたいです』
「人が生み出す所は?」
『見た事も聞いた事も…もしかして』
「まだ試して無いけど、向こうでは出来た」
『!!見たいです!あ、何処でします?どうやって、あ、どうしよう、カメラは良いですか?』
「顔以外ならどうぞ。何処でしましょうね、温室とかビニールハウスみたいに環境が良い処が良いかと」
『そうですね、ココら辺に無いんですかね?家庭菜園が盛んだって、フィンランドを調べた際に出て来てたんですけど』
「そうなのか、ならリタに聞いてみよう」
この街ではやってないらしいが、地方の雪解けの魔法の掛かった村では行われているらしい。
ウツヨキか。
ウツヨキへ向かいミアを広場で待たせ、町役場へと向かった。
老夫婦が親切にも直ぐにラルフを呼んでくれた。
夕飯の準備をしていたのか、良い匂いを纏わせたラルフの案内で直ぐ裏の家庭菜園へと向かう。
『どうしてまた家庭菜園に?食料不足ですか?』
「いや、少し魔法の実験に使おうかと。危ないのとかじゃないんですけど、良いですか?」
『そういった事ですか、どうぞ。夕飯を食べていかれますか?』
「急ぎなんで大丈夫です、後はこのまま素知らぬ顔をして帰って頂けると助かる。連れが居るので、お互いを認識させたく無い」
『分かりました、ではまた』
「はい、ありがとうございました」
ミアを呼び菜園の植物を成長させてみる。
トンボ羽根の子達が生まれて来た。
蝶々羽根は少な目、土地柄で羽根に傾向が有るのだろうか。
『わぁ!凄い!初めて見ました、マーリンも出来るのでしょうかね、今度聞いてみないと』
「女王の前ではやめてあげて、プライドが傷つくかもだし。どうも妖精さん、お話を伺っても宜しいか」
早くも何処かへと飛び去ろうする妖精達の中で、足を止めて振り返ってくれた妖精が1人。
濃い紫のトンボ羽根を持った男の子、髪も目も、ベリーみたいに美味しそうな濃い紫色をしている。
《はい、何でしょうか》
「魔渦の有る、魔獣の居る森でも住めますか」
《はい、僕らは魔獣とほぼ同質ですから襲われませんし、魔渦は貴重なエネルギー源ですから大歓迎です》
「魔渦がエネルギー源?」
《はい、冬には魔渦をエネルギー源とし、夏は生い茂る草花と人々から溢れる魔力をエネルギーとします》
「そうしてずっと生きてられる?」
《はい、殺められない限りは》
「そっか、魔獣について何か知ってる?」
《私達とほぼ同じ、魔渦を糧とする生き物。私達の恨みを晴らす為、実体化し、穢れてしまった可哀想な仲間です》
「そうなのか、ごめんね、殺しちゃった」
《いえ…近くのあの子達は僕達が返します、少しお時間を下さい》
「うん、ありがとう」
《もし魔渦を早く消滅させたいのでしたら、もう少しだけ私達を呼んで貰えれば可能です》
「助かる、お願いねするね」
熟れた実が落ち、2度目の開花により再び妖精が生まれた。
光の筋は森へと連なり、後はこの紫の子だけとなった。
《どうか余所で魔渦を見付けたら、僕達を呼んでください。兄妹達を楽しみにしています》
「うん、ありがとう。長生きして、良い子でね」
《はい、さようなら、いつかまた》
そしてそのままミアを連れ、女王の元へ話を聞きに向かった。
蜂の様に居ないとなれば当然環境が悪くなる、他国がそこまで単純な問題に悩んでいるとは思わなかったらしい。
居て当然の妖精が居ないのは空気が無いも同然なのだろう。
ミアは女王が送り届けてくれる事になったので、そのまま宿の近くの橋へ戻ると、夕飯を取りに向かっていたらしい兵長が車を止め降りて来た。
『お帰りなさい、送りましょうか?』
「ただいま、宜しく」
車内は走行音のみ、無音で無ければ無言も耐えられる様になった。
やっと、兵長にも人見知りしないで良くなった。
「お帰りなさい、今夜はナスのラザニアよ、インボルティーニって言うの。向こうで食べるのかと思って用意しちゃったけど、コッチで食べる?」
「ありがとうございます、向こうで食べます」
「そう、じゃあ行ってらっしゃい」
「行ってきます」
看護師長室へ戻ると、マティアスの姿は無し。
病室へ向かうと、妹ちゃんをお兄ちゃんから引き剥がしている最中だった。
《ほら、治療師様が帰って来たよ》
「ただいま、ご飯に行こう」
《一緒に食堂に行ってくれる?初めてだよね?》
「お願いします、初めては心細いし不安、一緒に行こう?」
《お世話して欲しいって》
《しょうがないなぁ》
妹ちゃんを抱え病室を出た、赤ちゃんとはまた違う幼児の匂い。
姪っ子もこんな匂いだったっけ。
「今日のメニューは?」
《サーモンのクリームスープとフライドポテトよ》
「うまそう」
《お兄ちゃんはポテトにケチャップたっぷり付けるの》
「良いね、今日はそうしようかな」
《私はスープにパンを浸して食べるの》
「それも良いな、フワフワのパンも美味しいよね」
《うふ、食いしん坊さんだ》
「だね、食べるのは大事だから」
《お兄ちゃんは食べられないけど、大丈夫?》
「ずっと食べないワケじゃ無いから大丈夫、あの点滴は栄養満点だから平気なのよ。赤ちゃんもミルクだけで大きくなるし、そんな感じ」
《お兄ちゃんは赤ちゃんになったのね》
「少しだけね、赤ちゃんになって治してる。だから君はお姉ちゃんになって、早く治れって世話するの」
《私がお姉ちゃんになるの?》
「そうそう、練習してちょっとずつお姉ちゃんになるのだよ。皆そう」
《お姉ちゃんてどんなの?》
「そうだなぁ、先ずは皆に聞いてみようか」
《一緒に聞いてくれる?》
「良いよ、聞いてみよう」
食事を取り席へ向かうと、心配していた年上の女の子達が妹ちゃんの相手をしてくれた。
妹ちゃんは先輩お姉ちゃん達の助言を真剣に聞きつつ、パンの溶けたスープを完食。
食器を片付けると、妹ちゃんは直ぐに福祉士から紙とペンを借り、メモを取り始めた。
お姉ちゃんは1人でも眠れる。
お兄ちゃんとばかり遊ばない。
お兄ちゃんの我儘を偶には聞いてあげる。
直ぐに泣かない。
我儘を言って困らせない。
そこまで無理の無さそうなメモに安心。
一応、先程話を率先して聞いてくれた先輩お姉ちゃんの所に確認に行かせる。
褒められたのか、嬉しそうに帰って来た。
《コレね、頑張ったらお兄ちゃんの病気、あんまり無くなるかもって、だからね、頑張るの》
「だね、今日1日出来てたか思い返そうか」
《我儘言わないの!ってお兄ちゃんに言われた》
「じゃあ明日の朝起きたら読んで、覚えるのから始めるか、覚えてたらきっと出来る様になるよ。歯磨きは?」
《うん!してくる》
お兄ちゃんにベッタリしなくとも、周りの子達がそれなりに世話を焼いてくれている。
面倒見の良い子が多く見える、年齢も性差も有るが、纏まりの有る良い環境。
『ねぇ、治療師様』
「はい、なんでしょう」
『この後あの子をお風呂に連れてくから、今の内に消えててくれると助かるんだけれど』
「あ、はい、宜しくお願いしました」
最年長のお姉ちゃんからは嫌われているらしい。
新参者を警戒するとは良い縄張り意識。
何でもホイホイ受け入れるより安心。
看護師長室へ戻ると、大皿に入ったナスのラザニアも兵長も消え。
マティアスが取り分けられたラザニアを頬張っていた。
《お帰り》
「食べきったのか」
《冷めちゃうからしまってただけだよ、はいどうぞ》
「おう、ありがとう。最年長の子に警戒されてる」
《あの子は長いからね、16才だからもう直ぐココを出る事になってて、今はナイーブになってるんだと思う、良く相談されるし》
「何処へ行く事になるの?」
《8月にはオウルの大学に行って寮で暮らす予定なんだ、不安だよね、この街しか知らないんだもの》
「オウルか、カラクッコ美味しかった」
《カフェの?美味しいよね、あの硬いパン》
「良い塩味だった」
《分かる、ずっと食べてられる》
「食べきっちゃったから買い足したいんだよね」
《明日にでも行って来たら?》
「何時には開いてるんだろうか」
《日の出前には開いてる筈だから。朝食後、直ぐでも大丈夫だと思う》
「それから行くか。ノエル・アールトって知ってる?スウェーデンの人」
《いや…どうだろう…何で?》
「妖精と話せる子が、同じ人形持ちなのよ。人形の修理屋から聞いたんだけど、金持ちらしい」
《一応調べてみようか、お金持ちなら国内の情報だけでも何か出るかも》
「おう、お願いします」
外観の型式が古く思えるのに、カラーの画面に出て来たデータは出版社の名前。
そこに連なる子会社に、同姓同名の名前が載っていた。
元はフィンランドに在籍していたが、本社ごとスウェーデンへ移った。
それでもなお、フィンランドの医療関係等への資金提供は変わらず行われているそう。
地続きなのに、スウェーデンでの情報が大して拾えないのは面倒。
《あー、医学部の特待枠にこの名前あったんだ、アールト財団って。姉が他の人に譲ってたんだ、忘れてた》
「寧ろ良く覚えてたね」
《自分は恵まれてるから相応しくない、って言ったのが相手に伝わったらしくて、怒鳴り込まれてた》
「どストレート」
《ね。お金が有るなら使うまでで、国の為にも回すべきだと思うから譲っただけで、他意は無いって追い返してた。友達になれそうだったらしいのに、部屋で泣いてた》
「自分も気を付けよう」
《そうだよ、気を付けてね》
「おう、その財団も気を付けた方が良いかね」
《んー…昔は絵本も出してたみたいだけど、今は子会社に任せて雑誌に専念してるみたい、そのノエルが子会社代表。会社が移転して残念って声が多いね》
「何を見て言ってるの」
《ウィキとか。資格が無いと見られないから、君は見ちゃダメね》
「は、ネット免許制かよ」
《うん、大規模なサイバーテロがあったんだし、事件が多かったから仕方無いよ》
「したらば痕跡が残るじゃん、大丈夫なの?」
《日頃から絵本関連は調べてるし、大丈夫。閲覧ランクは高いから、噂話も見れるしね》
「ネットリテラシー高いのか」
《ウチの教育でね、レーヴィは少しランク低いんだ。低いと大した情報がないから面白く無いんだよね。あ、ちょっと前に離婚してるんだって、子供が数ヶ月置きに両親の家を行き来きしてるらしいけど、平和らしいよ》
「それを平和と言うかね」
《父親の方がどうしても仕事で出張が有ったりで、離れる事が多くて寂しいって。子供達は慣れてるから平気そうって》
「ドライ」
《へー、親戚が本社の代表。本当に家族経営なんだね、揉めない様に基本はお互いにノータッチなんだって。雑誌で言ってたってさ》
「便所の落書きだろうし、信憑性は半々でしょう」
《まぁね、人形については……雑誌の写真の端に映ってたみたい、画像は有効期限切れだけど…雑誌のバックナンバーが見れそう、ちょっと待ってて》
「この国内だけの情報で良く集まるもんだね」
《隣だし、川が国境だからね、トルニオなんかは少しはみ出して繋がってる位だし。図書類なんかは復元中で、他国のも見れるんだよ。高ランクのみの試験運用中だけど》
「紙媒体ありきか」
《使う側のマナー次第で衰退が決まるから、今はかなり神経を使ってるよ、ネットに関わる全ての人が》
「罵詈雑言クソみたいな書き込みが見れないのか」
《資源と管理の無駄だからね、ある程度は自由に発言出来るけど、このアンサイクロペディアも国ごとに管理されてるから。ヤバい書き込みには刑罰が有るんだよ、犯罪も多かったから》
「にしても、なんか過剰に抑制されてる気はするが、人命と国の金が動くなら仕方無い事なんだろうか」
《ネットを整備する位なら魔獣対策にもっと金を出せってのが民意、他の国でも意見が分かれてるけど反対派が多め。管理されるのは嫌だって話もあったけど、お金と命に直結しちゃったからね。病院が閉鎖されて、余波で亡くなった人も居たから》
「そうなっちゃうか」
《うん、もう少し探ってみるから接触は待って欲しいな》
「もう既に1人接触した、この人形の元の持ち主。カーマセンに居た、老いた商人から譲って貰う事になって、僅かな持ち金で譲って貰ったって。更にお礼に夕飯を出して泊めてあげた時に、生まれる前の子供の魔力が多いとも占ってくれたって、凄い怪しい」
《危ないじゃない、何かあったら》
「レストランで働いてて、お子様ランチ食べさせて貰った」
《もー、餌付けされないでよ》
「あの状況で食べないは無理だ、アレは断れなかった。亡くした子供と似た年だなんて言われたら無理だ、しかも40代位の筈なのに頭真っ白で、泣くんだもの、無理よ」
《…分かった。だけど今度からは行く先だとか、誰に会うだとかは教えて。何かあったら行方が追えないのは嫌だから》
「おう、少し気を付ける」
《大いに気を付けて、いきなり居なくなったら2人が悲しむ》
「そうか、そこか、気を付けます」
《うん、それと事後報告でも良いから、何か聞きたいんだけど》
「ちょっとサウナに行きたいんだが」
《じゃあ、開いてるか見に行こうか。レーヴィにも声掛けてこ》
「おう」
部屋の無線でレーヴィにサウナへ来る様に呼び掛け、扉にサウナ中の札を掛けてから、シャワールーム脇のサウナへ向かう。
大きい方は兵士達が使っていたが、小は丁度交代の看護師達が出て来た所だった。
『お疲れ様です、これからお2人でサウナですか?』
《お疲れ様、兵長も来るよ》
『あ、聞こえてましたよ、強く当たられたそうで』
《ごめんなさいね、あの子も師長が大好きだから、妬いてるのよ》
「うわぁ、めんどくせぇ」
《ふふ、今回の治療師様はハッキリ言う方で助かるわ》
『福祉士にも言って聞かせときますから、許してあげて下さいね』
「別に大丈夫ですよ、新参者への警戒心が有るのは良い事だと思うので」
《大人な対応で助かります》
『ふふ、じゃあ失礼します』
「おい、何か言え」
《え?何が?》
「あ、凄い面倒くさい子だ君」
《え、なに?》
「やっぱ宿を移そうかな」
《待って、ごめんよ、あ、レーヴィ!たすけて》
『はいはい、どうしました』
「詳しくはサウナで」
『分かりました、お先にどうぞ』
《うん、少し待ってるよ》
「おう」
全部、全てが面倒だ、いっそイチモツでもあれば楽だろうか。
ただ、未分化の胎児ならまだしも、この成長しきった身体を変えるのは、ちょっと出来るか分からない。
練習するにしても、リセットボタンが有る訳でも無いので、戻す作業にも不安が残る。
魔道具でもあ、あ、有りそう。
少しトリッキーだからロウヒに聞いてみるか、久し振りに会いたいし、シーリーにも国連の事を聞きたいし。
服を脱ぎ、掛け湯をして外に声を掛けた。
タオルを腰に巻いた兵長とマティアスが入って来た、もう、すっかり慣れた感じ。
こう悩まないのは、性差だろうか。
『それで、何を揉めてたんですか』
「マティアスが鈍感で馬鹿なので宿を変えて離れたくなった」
《なんか、リリーの話でこうなったみたい》
『あぁ、リリーが治療師様に威嚇してたらしいって聞きましたけど、本当だったんですね』
「噂が早い」
『リリーはマドンナですからね、兵士達のお姫様ですから』
《美人さんになったもんね、下の子達の面倒を良く見てくれて、将来は教師になるんだってさ》
『いずれココに戻って、子供達の面倒を見たいそうで』
「それは無理かも、いずれ魔渦は消える、魔獣も。妖精と妖精女王の話が正しいならばだが」
《なにしたの》
「妖精を呼び戻した、ウツヨキの家庭菜園で魔法を使ったら妖精が生まれた。その子に話を聞いたら、魔獣も同じ仲間なんだって、妖精が狩り尽くされた復讐の為に実体を持った、穢れた仲間。だけど妖精が戻って収めてくれるって。魔渦は本来、妖精の冬のエネルギー源なんだと、だから妖精が戻れば魔渦も消えて、魔獣も返るって。妖精女王にも確認した、そんな根本的な事で悩んでると思わなかったってさ。居て当たり前だったから、分からなかったんだろってな。アホか」
《そんなアッサリ解決しちゃうの?そんな方法で?》
「今はウツヨキ近くだけね、どんな副次的な事が起こるか分からないし。そもそも妖精が生まれるか試そうってミアと話してて、試してこうなったワケだし」
《妖精って、そもそも本当に居るの?コミュニケーションできるの?》
「おう、特定の血が入ってればそうみたい。向こうでもそう、それか召喚者、御使いだね。見えない魔法が掛かってるらしいよ、妖精自体に。ましてココらには居なかったんだろうから、居なかったって事になるか」
『それで、いずれ基地が解体されると』
「将来的にね、中間基地として変わらず機能したとしても、子供は別の場所に移されるでしょ」
《確かにそうなると思うけど、かなり先になるんじゃ》
「早める事は出来る、沢山妖精を呼べば良いだけだし。魔力はそこまで消費しなかったから」
《この世界の話だと思えないけど、私達一般人には、どうにも出来なかったって事?》
「さぁ、もし御使いの血を引いてたら可能だったかもね、でも国が分断されてるから難しかったかも、他国へ気軽に行き来できたから解決した感じも有るし。てかまだ成功してないんだから楽観視しないでくれよ、妖精や妖精女王が嘘言ってて、悪い方向へ行くかもなんだし」
『明日にでもウツヨキ付近の魔渦に近隣の隊を向かわせましょうか、巡回監視の名目で』
「怪しまれない?」
『巡回だけでしたら問題ありませんよ』
《悪い方向って、どんな事を想定してるの?》
「妖精による人間への復讐とか?妖精女王は優しくて良い人だけど、怒ると怖いらしいし。もし自分なら魔渦を活性化させて、魔獣を増やして人間を追い詰める」
《そんな怖い事を》
「そうであって欲しくないから、誰も考えなかったのかね」
『絵本は別にしても、人間と同じであるなら、そう考えても不思議じゃ無いですよね。同じ事をやり返そうと考えるかも知れません』
「話した子は良い子だったよ、だけど全員が良い子とは限らないでしょ。ましてこんな人間が生み出したんだから、変な子が居てもおかしくない」
《食べ物につられて餌付けされちゃうとかね》
「おう、お人好しのアホな子も居るかも知れない」
《レーヴィ。ラウラは例の人形の持ち主と接触して、あまつさえ餌付けされちゃったんだよ、危機感無さ過ぎでしょ》
「若くに子供も嫁さんも亡くして、田舎に引っ込んだ嗄れた中年男性に、亡くなった子の年と近いとか駄目押しでさ、お子様ランチ出されて食べない方法を逆に教えてくれよ」
『それは、無理ですね、僕だって食べますよ』
《それでもだよ》
「料理したら心が落ち着くからって。そもそも解毒の魔道具有るし、付けてる」
《なら良いけど、でも》
「勿論気を付けるけど、考えてはいるぞ」
『なんだか、過保護な親みたいですね』
「なー、まるで本当に子供扱いだ」
《だって、なんかいつか無茶しそうなんだもの》
「それはな、仕方無い」
《ほらー》
『それでも一応大人なんですから、少しは信じてあげましょうよ』
「そうだそうだ、あついぞ」
『じゃあ出ましょうか』
タオルを巻き直さず、上半身裸のままで雪へと飛び込んだ。
どうかリリーちゃんに敵では無いと伝わりますように、願いを込めて。
外の兵士達と目が合ったが、直ぐに逸らされてしまった。
女性名にしなきゃ良かったか。
出来るなら男と誤解してくれると有り難いのに。
《あーもう、何してるの》
「リリーちゃんの敵では無い事をアピールしようかと」
『男の子と思われても、また別の問題が発生するかもですよ』
「そしたら順次対応する、目下はリリーちゃんだ、面倒は避けたい」
『対応すべきはマティアスなんですけどね、ご迷惑をおかけします』
「そうだぞ、きっちり言い含めたまえよ」
『そうですね、後でしっかり話し合います』
《えー、色々と調べたいのに、調べ終ってからでも良い?》
『調べながらで良いですから、ちゃんと聞いて下さいね』
「まさに逃げ道なし」
《あー、アイス食べたい》
「有るの?」
《薬剤保管庫に》
「ギリいけるな」
《冗談だよ、私用のに入ってる》
『じゃあ僕はベリーで』
「チョコナッツみたいなのが良い」
《有るよ、先に行ってて》
「おう」
マティアスの部屋でアイスを少し食べてから、お兄ちゃんの病室へ様子を見に行くと、少しうなされていた。
熱が出ているらしい、妹ちゃんと離れたからだろうか、安心したからだろうか。
丸くなり横になっている。
看護師に氷枕を貰い、枕を変えようとした時、お兄ちゃんが目を覚ましてしまった。
『治療師様、どうしたの?』
「氷枕をお持ちしました、熱が出てるから」
『ありがとう、妹は?』
「お姉ちゃんになる為に、1人で眠てるみたい」
『そっか、暑かったから近くに居るのかと思った』
「着替える?」
『うん』
汗で張り付く寝間着を脱がせ、点滴を袖から通した。
そして新しい寝間着の袖から点滴をくぐらせ、着せ直す。
痛みと熱で寝付けないらしい、目を瞑ってはコチラを見て来る。
「落ち着かないなら帰ろうか?」
『違うの、今までの治療師様はこんな事してくれなかったから、何でかなって』
「病弱だったから、やり方を心得てるからかも」
『身体が弱かったの?』
「おうよ、入院は必ず長引くし、6才の頃には粉薬が上手に1人で飲めてたもんね」
『凄いなぁ、粉薬は難しいから好きじゃないな』
「だろう、アレはコツが有るんだ」
『美味しいお薬なら良いのに』
「美味しいと沢山飲む人が居るからなぁ、少し不味いのが丁度良い」
『そうなのかなぁ』
「そうなのよ」
『今日は忙しかった?』
「少しね、妖精を見て来たよ、トンボ羽根で、濃い紫色の妖精」
『ふふ、妹が喜びそうなお話』
「髪も目もベリーみたいに濃い紫色の男の子。大きいウェーブで肩までの長さの髪だった。少したれ目で、知り合いに似てたかも」
『男の子の妖精も居るんだね、全部女の子かと思ってた』
「ね、ココら辺の妖精はトンボ羽根が多いみたい、蝶々の羽根は少な目だったな。花が咲くと同時に蕾から出てくんの、ポンって」
『今の時期に、花が咲くの?』
「温室とか、雪解けの魔法が掛かった菜園とかで花を咲かせたら妖精が出て来る。話したけど良い子だったよ」
『紫の子?服は着てるの?』
「着てた、白い布を巻き付けてた。他の子もそうだったな、雪と同化する様に白なんだろうね」
『じゃあ夏は、緑色になるのかな』
「それか、暑いから着て無いかも」
『ふふ、はずかしい』
暫くして寝息が聞こえてきた、熱も下がって一安心。
甘やかし過ぎと怒られるかと思ったが、看護師達からは特に注意されるでも無く、逆にお菓子を貰えた。
これも子供の特権なんだろうか。
《お帰り。面白かったよ寝物語、この前のも、上手だね》
「クソが、盗み聞きか」
《だって、様子見する為のカメラとレシーバーが…向こうは違うの?》
「んなモノ使わん、チラッと見回って終わりだバカ、恥ずかしい。忘れて下さい」
《そっか、言えば良かったね、ごめん》
「他に誰かに聞かれてた?」
《さっきのは、入院が長引くって辺りから私がココに持って来たけど》
「だからお菓子くれたのか、恥ずかしいしぃいあああああ」
《どうどう、大丈夫、子供としてお菓子くれただけだろうから》
「それもアレだけど、もうダメだ、オワタ」
《今日は早めに寝て忘れたら?》
「それ無理なタイプ」
《薬でも使う?》
「合わないのが多いからやめとく」
《もしかして、種類によって口の中が苦くなるタイプ?》
「なる、あの苦いのはマジヤバい、ずっと苦いの、1日中口の中が苦い。苦いの嫌いなのに」
《今は眠れてる?》
「もう超熟睡よ、睡眠コントロール完璧。ムラも乱れも一切無し、完璧」
《なら良いけど》
「君は眠れてるのか、常に起きてるっぽいが」
《私は短期睡眠型だから大丈夫、2~3時間と昼寝で足りるから》
「狂気の沙汰だな、どうかしてる」
《絵本読み放題、調べ物し放題で楽しいよ》
「ナポレオンか」
《らしいね、無理してないんだけど、どうにも目が冴えちゃうんだよね》
「居るのか。今ならその体質も少し羨ましいが、やれる気がしないな」
《それこそ体質だから真似しちゃダメだよ、身体壊しちゃうから》
「おう、眠くなってきた、もう帰る」
《うん、兵長に送って貰ってね》
「おう、じゃあね」
《うん、おやすみ》
見回りのついでに兵長に宿まで送って貰った。
夜食は芋のポタージュと、リンゴとシナモンのオーブン焼き。
食べてから暫くして、布団へ入った。
『マーリン』《マティアス》「リタ」《ダイナーのオバちゃん》『レーヴィ』
《ソラちゃん》《妹ちゃん》『お兄ちゃん』『ミア』
「イデリーナ」
《ドイツの妖精》
『リリーちゃん』
絵本
【残った者と置いてけぼりと妖精】