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2月18日

ドリームランドから。




 いつの間にか旅館の広縁に座り、滝を眺めていた。

 首を戻すと目の前にはお茶を啜るマーリン、中身は緑茶。


『ご機嫌よう』

「ご機嫌よう、あの白いテント群は何だったの?」


『私の狂信者が用意したテント、瞑想用にね』

「狂信者」


『昔は請われて魔法を教えた事も有ったけれど、あまり良い事が無くてね。今はもう教える気は無いのに、今でもどうにかして教えて貰おうとする輩が居るんだ』

「ストーカーか」


『そうそう、だから可笑しな感じにしてるんだけど、どうにも離れてくれなくて』

「顔が良いからじゃないですかね」


『アヴァロンでは普通にしてるだけで、下に戻れば、ちゃんとシワシワ爺さんの顔にしてるんだけどなぁ』

「あら、それすらイケメンなのか」


『どうだろう、男女比だって男が7割だし』

「そんな集団か」


『まぁ、国と魔法協会からの見張りも紛れ込んでるけどね』


「ずっとアヴァロンに居たら良いのに」


『御使いからの接触に備えてだよ、君みたいにココを使う子は想定して無かったけど』

「まだ探してるんですか?居なくなった御使いを」


『いや、流石にもう死んでるだろうし。ティターニア女王は居なくなった日を亡くなった日として追悼はしてるけど。僕はそこまで思い入れが無いし』


「くわしく」


『私が会ったのは、魔力の多いただの中年男性、栗色の毛に緑色の目の普通の男。君に会いたがってる女性が居るから、どうしても会ってくれって。それがティターニア女王だったんだけど、そこで挨拶をしてる間に消えてしまうし、女王は泣くしで。その後の大変な時期ばかりが頭に浮かぶよ』


「お疲れ様です。改めて聞くんですけど、名を使わせて貰って良いですか」

『勿論、構わないよ。それと、コッチで御使いの絵本の事は良く分からなかった、すまないね』


「いえ、昨夜そちらの国の事は聞きましたから、御使いの絵本は無いって」


『すまないね、私もこの通りだし、大してお役に立てないと思うから、名を使って役に立てるなら結構な事だよ、女王からも言われているしね。ココの居心地も良いし、私も歓迎するよ』


「ありがとうございます」

『そうだ、御使いの昔話なら1つあるんだけれど、それで良いかな?』


「お願いします」


『大昔に、帰りたがる御使いばかりでつまらない、と愚痴る人間が会いに来てね、ただ相槌を打っていただけなんだが。良く喋る男は、話を最後まで続けた、絵本を書いてるだとか、近々国に帰るんだとか。人生を整理する為の独り言だったんだろうけれど、相槌に勝手に納得して、話し終えると帰って行ったんだ。そうして暫くすると、彼が話していたタイトルの絵本が人伝手に届いた。だけど国の監視員に即座に捨てられてね、それで逆に良く覚えてるんだ』


「じゃあ中身は」

『分からない、タイトルは。残った者と置いてけぼりの妖精。著者はフランシス・ライト』


「ありがとうございます」

『うん、私は暫くココに居るけど、良いかな?』


「勿論」






 ヒントは貰えた、探してみよう。


 トイレの後にボーッとしていると、リタに呼ばれた。

 朝食の前にアンズダケの香りを嗅がせて貰う事に。


 フルーティーなキノコとは中々に脳が混乱する、フレンチは苦手なので悩ましい。


「あら、微妙な反応ね」

「フレンチ苦手なので」


「慣れないと難しい味よね。うん、分かったわ、少し食べ易い様にアレンジするから任せて。あ、今朝はミニニョッキよ」


 暫くして出来上がった朝食のメインは、刻んだソーセージとキノコのクリームソースニョッキ。

 生地が薄くて食べ易い、美味しい。


「美味しいです」

「ふふ、お昼はピザにしようと思うんだけど、どうかしら?」


「お願いします」

「他にも種類を作ろうと思うんだけど、何が良い?」


「フルーツとセロリが乗って無いなら何でも、エビが好きです」

「じゃあシーフードね、それとマルガリータと…」


 アンチョビオリーブ、ソーセージやベーコンの乗ったミート系。

 朝食を食べているのに、メニューを聞くだけでお腹が空く気がする。


 不思議。


「もう食べたい」

「ふふ、他にも沢山作るから、楽しみに待っててね」


「はい」




 朝食を終えると、マティアスが車で迎えに来た。

 レーヴィはちゃんと休んでるらしかったので、一安心。


《おはよ、じゃあカール爺さんの所に行こうか》

「お?良いの?」


《治すの楽しいんでしょ?兵士なら口も硬いし》

「医学の発展の阻害になるかもだが」


《彼1人治して阻害されるかな?進歩の切っ掛けって、意外とそこら辺に溢れてると思うんだけど》


「まぁ、そうかもだけども」


《何をしても、結局は大きな流れに押し戻されると思うんだよね、2~3年ズレる事はあっても、ラウラの言う流れが主流なら、小さい違いがあっても修正されると思う》

「修正力は確かにあるかも、でも魔法がそこに干渉しないのかは想像つかん」


《全世界的に魔法は共通してる事だし。同時に進化するか、どちらかが先に進化しても、潰し合う事は無いんじゃないかな。魔法と科学、医学って、寄生より共生関係に近いと思うし》


「まぁ、そうか、寄生は食いつぶす事が殆どだもんな」


《どの立場から見るかによるけどね、魔素的にはどうか、魔法使い的にはどうかってのは、私には分からないから》


「魔素は、使われて循環されてこそって感じ。そうなると、魔法使いとか魔獣は単なる道具よね。逆に魔法使いからしたら無くてはならないけど、タダの人間にしてみたらワケの分からん存在で。神々や精霊にしてみたら、空気と同じで有って当たり前、多分、無いなんて想像も出来んだろう」


《どこでそう感じたの?》

「向こう、神様とか、何となくそう思う、気がする程度で根拠は無い。逆に、違うかもって不安も無い」


《それだけ自信があるのに、何かするのは不安なんだね》

「そりゃ考えるだけなら何も無いし、行動したら何かしらの責任が生じると思ってるから」


《じゃあ、軍の為にカール爺さんを治して欲しい。カール爺さんも治療師の事を良く思って無い部類だから、治せば良い関係が築けると思う。融和の為、軍の為、可愛いお孫さんの為にも、お願いします》


「はい、頑張ります」


 上手く言い包めて貰い、カール爺さんの家へと着いた。


 言われた通り可愛いお孫ちゃんに出迎えられた、5才の女の子と、2才の男の子。

 2人とも人見知りを発動させ、もじもじしたり、ぐずっている。


《何だ2人して、説教でもしに来たか》

《まぁ、そんな感じ》

「お邪魔します」


 渋い顔のままに彼の部屋へと案内された、こざっぱりとした部屋には、釣りの道具が飾られている。


 そう言えばエミールに、釣りとかルアーの作り方を教えて貰う筈だったんだよな。


《なんだ、興味があるのか?》

「まぁ、知り合いに教えて貰うって約束してたんで」


《そうか、まぁ今は釣りの時期じゃ無いしな。で、何しに来た》

《ラウラに治して貰いましょう、心臓》


《教会の奴らも無理なのに、いくらマーリン派だからって出来るもんか》

《まだ見習いらしいんで無理かも知れませんが、診せるのはタダですし》


《時間は有限なんだ、診るならさっさと頼むよ》

「はい」


 昨日も診た通り、心臓の一部が壊死。

 良く見れば血管にはメッシュ状の金属も入ってる、コチラにもカテーテルはあるらしい。


 じっくり診ていると、たまに洞調律が崩れる、コレか、治させたいのは。


《どう?》

「機械の、ペースメーカーって無いのか」

《高いんだ。調整に時間も取られるし、俺はリスクがあるから順番は大分先だ》


「じゃあ治せるか診てみます」

《うん、頑張って》

《待て、代償は何だ》


「頑張って治すんで、世間知らずをフォローして下さい」

《それと、練習だから非公式って事で》


《失敗する位なら受けんぞ》

「それは無い、寧ろそんな事あるのか聞きたい」

《ほら、ラウラなら大丈夫。何かあれば私がカバーするし》


「あ、金属はどうする?入れたままで良いの?」

《出せる?》


「んー、普通はどう出す?」

《開胸して外科的に出すけど、治療師様には難しいかな》


 コレは考えて無かった、他でやるなら深く切開して出しちゃうけど。


 ソラちゃん、ストレージは無理?


【はい、ストレージ禁止の魔法が掛かっています】


 それもそうか、大事なのに勝手に取り出されたら困るもんな。


 分解っても、金属はした事無いし、化学は苦手だし。


「んー…無理かも、残す事になると思う、血管を通して切開して取り出しても良いけど、そこまでする必要ある?」

《そこまでする必要は無いかな、また同じ場所が狭まる可能性は高いだろうし》

《食事は気を付けてるぞ、気を付けさせられてるが正解だがな》


「気を付けててもなる事もあるし、じゃあ残したままで」


《痛くすんなよ》

「がんばります」


 先ずは同調細胞を見付ける事から。

 他と少し違う神経細胞の群れ、その生きた正常な細胞を増やし、亡骸は分解へ。


 心筋、心膜、血管、一通り見渡し、洞調律の乱れが出ないか確認。


 金属の周りの血栓を溶かすと、メッシュが動く可能性があるのでそのままに、再度見渡す。


 問題無し。


 ついでに全身を見る、脹脛の皮膚に怪しいのがあるので一応治す。


 もう1回見回す、特に無し。


 マティアスを見ると、少し目を見開き、深く息を吸い込んだ。


《じゃあ、また今度にしましょうか。少し、長く掛かるみたいですから》

「ですね、折角のお休みなんですし」


《なんだ、期待させといてもう諦めんのか》

「どうでしょ、体感してみるのが1番かと」

《無理はしないで下さいよ、私は確認出来て無いんですから》


《まさか、もう治したとか言うなよ》

「言わない」

《後は病院で、気長に様子を見ましょう。次の検査は遠征直前ですし、それまでは程々にお願いしますね》


《だからか、マティアス、何に巻き込む気だ》

《何にも巻き込みませんよ。可哀想な難民申請中のラウラが、過ごし易い様に手を回してるだけで、なので仲良くしてあげて下さいね》

「世間知らずな治療師なので、宜しくお願いします」


《バカ野郎め、昨日も顔を合わせてんだ、少しは何か言えただろう》

《サプライズ嫌いでしたっけ?》


《あぁ、大嫌いだバカめ》

「すんません、何も聞いてないとは知らなかった」


《お前もか。変なのに絡まれて、アンタも運が悪いな》

「こんな狂信者だって知ってたら関わらなかったかもですね」


《狂信者か、ぴったりだぞマティアス》

《響きは良いけど、そんな風に思われるのは心外だなぁ》


《似合い過ぎてお前の為にある言葉にしか思えんな》

《カール爺さんだって、お孫さんにも読ませてるでしょう、絵本》


《アレはチビだから良いんだ、お前の年まで読んでたら流石に取り上げるぞ》

「こんなんなったら困りますもんね」


《全くだ。嫌になったらウチに来い、暫くは面倒見てやる》

「ありがとうございます、少しはお金もあるんで大丈夫です、いざとなったら逃げ出せる力もあるんで」


《おう。大変なのにすまんな、有り難く世話になるよ》

「はい、コチラこそ宜しくお願いします」

《じゃ、帰ろうか、無茶しないで下さいよ、何かあったら、お互いに困るんですからね》


《おう、下まで送る》


 お孫ちゃんも居るからか、体調が良くなったからか。

 最後はにこやかにカール爺さんが見送ってくれた。


「断るかも知れないから、カール爺さんに言わなかったの?」

《まぁ、私が治すんじゃないし。あの身体でサウナは無理だったしね》


「あー、危ないもんね」

《そうそう、血栓が脳に行かれても嫌だから》


「脳は流石にな、難しいかも」

《そうなの?何でも出来そうなのに、何なら生き返らせるのも出来そう》


「それはごめんな、本当に、前のは無理だった」


《うそ、待って、冗談だよね?》


「ごめん」

《え、あ、ウチに向かうけど良い?》


「はい」


 とんでもなく長い時間の様に感じた、たった数分だった筈なのに。


 とてもとても長く感じた。




 マティアスに押されるがまま、既に暖かいサウナにコートのまま入った。

 時間が惜しいのか、マティアスはコートを床に投げ、サウナへと入って来た。


《出来るの?》

「うん、出来る。でも前のは、もう遅かった」


《私、あの時、あんな態度を取ったし、ごめんね。もっと早く気付いてたら、日本語勉強してたら良かった、ごめんね》

「いや、出来ても蘇生させたか怪しいよ、もしかしたら保身に走って、そのままにしてたかも知れないし」


《いや、無いよ。自分からご遺体に会いに行く位なんだし。綺麗に治してくれたんだし》


「少し興味本位もあった、魔法が使える様になって、生き返らせれない遺体がどうなのか。向こうで、何か起こってたらどうしようって怖くなった、生き返らせられるのは神を除いて自分だけで。自分と入れ替わりで、現地の最後の治療師が亡くなった、それ位廃れた、他の魔法は発達してたのに」


《だから、自分が及ぼす影響が怖いんだね》

「おう。どこまでやったら良いか分からない、でも、生き返らせるなと言われても、従えるか分からない。どっちも、廃れさせたく無い」


《大丈夫、生き返らせるななんて言わないし、何とかカバーするから大丈夫だよ》

「いや、もしそうなったらココから出るよ、向こうでもフラフラしてたし、何とかなる」


『何してるんですか2人とも、服のままで』


《ごめん、どうしても急いでて》

『ラウラは暑く無いんですか?大丈夫ですか?』

「うん、大丈夫」


『それでもコッチへ来て下さい。マティアスはシャワーを浴びて、着替えて下さい』

《うん、ごめん》


 買い物から帰って来たらしく、袋を持ったままのレーヴィに案内され、リビングのソファーへ座った。

 暑く無いのは普通じゃ無いな、ウッカリ本当の事を言ってしまった。


「すまん、ちょっと急に大事な話になった」

『無理になんでも言わなくても良いんですよ、言いたくない事だって沢山あるでしょうし』


「いや、この場合は言うべき内容だと思ったので」

『服を脱ぐ手間を惜しむ程にですか?』


「まぁ、マティアスは、特に聞きたい事だと思う」

『気を使って合わせなくても良いんですよ、そんな事で怒る人でも無いんですから』


「大丈夫、ビックリさせてごめん」

『それにしても顔色が悪いですよ、ちゃんと食べました?』


「食べたけど足りない、タイミング逃した」

『じゃあ食べて下さい、飲み物は何が良いですか?』


「お水で」


 半分ほど食べ終えた頃、マティアスが戻って来た。


 皿を見られた。


《あ、良いなぁ》

「やらん」


『先ずは謝って下さいね、問い詰めるなんて良くないですよ』

《ごめん》

「いや、コチラこそ急にブッ込んでごめん」


《レーヴィにも話す?》

「そこは任せる」


《聞く?》

『聞いた方が良いですか?』


《いや、聞かなくても問題は無いかな》

『ラウラもそう思いますか?』

「おう、なんなら君は聞かなくて良い」


『じゃあ止めときます』

「うん、休みなのにごめんね」


『大丈夫ですよ、家事も、掃除も終わりましたし』

「何か手伝おうか?」


『いえ、殆ど終わってるので大丈夫ですよ』

《ご飯作ってよ》

「どうせお昼は食べに来るんでしょ、今日はピザだよ」


『行くしか無いですね』

《どっちも食べたい》

「選択肢に入れるな」


《えー》

「レーヴィが休みなんだから、先ずはココを出ようよ」

『居ても大丈夫ですよ、アイス食べます?ピスタチオアイス買ってきたんですよ』


「お、食べたいけど」

《食べながらで良いんだけど、相談させて。カール爺さん以外にも候補が居るんだけど》


「やる」


『そこは聞かせて貰いたいんですけど、危ない事をしようとしてませんか?』

《だからサウナだったんだけど》


『分かりました』

《アイス食べながらでも良い?私も食べたいんだけど》


『ですね、そうしましょう』


 良い大人たちが各々大きなアイスを持ち、サウナへ向かった。


 マティアスはクッキークリーム、兵長はヨーグルトベリー。


 何と冒涜的な。




《で、練習させつつ、仲を取り持とうと思って》

「カール爺さんとは和平を結べたと思う」


《治ったかは確認して無いけど、ちょっと話しただけで大丈夫だよ》

『目立たない様にって、難しそうですね』


《悪目立ちより、ちゃんと認めて貰った方が良いと思って》

『そうですけど、本当に大丈夫なんですか?』


《安全だと思ったの以外には声掛けないし》

『なら良いんですけど、他は誰なんですか?』


《シモン、アンテロにも改めて紹介しようかなって。レーヴィの近くにいつも居るでしょ?普通の治療師じゃ無いって心配してたし》


「なんでだ」

《口、読んだみたい》

『読唇術で読まれてたんですね、申し訳ない』


「他に伝える方法が浮かばなくてすまん、お節介した」

『いえいえ、安全に素早く任務を終えられて助かりました…やはりサウナが良いですね、こういった話は』

《で、どうやって分かったの?シモンはかなり目が良いし、アンテロは索敵の魔法持ってるけど、それでも分からなかったのにって、不審がってた》


「眼鏡とソラちゃん、精霊のお陰」

《昨日の子?》


「おう。寧ろ、今度は索敵の魔法が気になるんだが」

『半径200㍍内の魔力を感知出来るんですが、その範囲外でしたからね』


「コッチは何処まで感知できるか、どうやったかも知らん。眼鏡はまぁ、魔素見る程度」

『綺麗でしたよ、清浄魔法』

《やっぱ眼鏡かぁ、隊の標準装備にしたいよねぇ》


「上を脅しに行くか」

《ちょっとお願いしたいかも》

『でも、標準装備になれば、ラウラが自由に動けなくなるかも知れませんよ』


「多分コートで何とかなる、後で確認してみて」

《うん、じゃあ脅して来てよ》

『マティアス』


「真意は聞きたいよね、尋問が嫌なだけじゃ無いかもだし」

《政治家や高官が尋問官と会いたく無いから、眼鏡が手に入り難いかもって話》

『あぁ、脅しに行って貰いましょう』


「でもね、それだけが理由じゃ無いかもだし。話しはちゃんと聞きたいよね」

《ね。そう言えば従者って言ってたけど、もしかして公的な機関の配属なの?》


「おう、各国に大体ある。国防省とか防衛とか、そういう管轄」

《良いなぁ、ココに有ったら私も所属したい》


「そういうマニアが居たよ、マジで。寧ろ従者マニアかも」

『どうやって設立出来たんでしょうね』

《何か知ってる?》


「向こうは、神様が多かったから参考にはならんかもだが。神々やアマゾネス達、その他の強い民族が協力してお伴や生活の手引きをしてって感じ。従者の原型になった当初の民族は最近まで問題が有ったけど、それなりに、何とか融和出来たかな」


《実はラウラ、従者だった?》

「惜しいな、召喚者、向こうでも御使いだった。ココは2回目の転移、3つ目の世界」


 動揺の音は中々に愉快、もっと聞きたくなる軽妙で心地良い音。

 中音域に高音が混じり、風鈴が鳴る夏の様。


『絶句する顔は滅多に見れないんですよ、何年ぶりですかね』

「良い音がします、聞かせたい、この音」


《からかってる?》


 耳飾りを外したのを見たマティアスが、兵長とコチラを交互に見やる。

 兵長の心の声に反応したのか、兵長をじっと見たまま動かなくなってしまった。

 全く動じない兵長が、溶けていくマティアスのアイスを取り上げ、ストレージにしまってあげていた。

 優しい。


「心停止してる?」


《いや…魔力酔いしてた時の話だったんだね、全然知らなかった》

『はい、それで思い出す間が無かったのと、そもそも思い出さない様にもしてたので。マティアスには内緒だって言われてましたから』


「何処までのがどうバレるのか気になって内緒にさせてただけなんだけど、そもそも読めるかもって思い至ったから無駄なフラグだったわ」

《やっぱ聞こえないの怖いなぁ》


「そのメンタルを分けてやりたいわ、引籠ってた子に」


《流石に矢鱈滅多に聞こえてたら私でも引籠るよ》

「シーリーは制御出来なくなってたしね、何でだ、心の問題?」


《酷い病気だと誰でもなる可能性はある、心の病気でもね》

「あー、病気は両方に影響するもんね、心も身体も」


《だから魔法を制御する魔道具も有るんだ》

「うわぁ、何それ、こわい」


《そっちに無いの?》


「無い、と思う、この聞こえなくする魔道具も作って貰ったけど。多分無い、暴走の捌け口に発光の魔法印が刻まれる事はあるけど、制御不能は…例の膜が周りに影響させるのはそうか、制御出来ないかも知れんな」

《それこそギフテッドなのかもね》


「与えられてはいないけど後発だからなぁ、向こうに行って発現したワケだし」

《魔道具で制御した事は?》


「自分は無い。偶にだし、そもそも神々にも影響あるから、面白がって作ってくれないと思う。散らす方法は知ってるけど、森が壊滅するレベルの突風で対処するとか言う力技だし」


《ワイルド。制御具なら私でも自由に扱えるけど、試してみる?》


「んー、こわい。試してみたいけど、どんなんなの」

《アンクレット、迂闊に外れない様に接続部は螺子で止める、ドライバーは特殊なやつ》


「CTとかどうするの」

《麻酔で深く眠って貰えれば魔法も起動しないから、麻酔か深い睡眠の時に入れちゃう》


「こわい、ドライバーくれないと試せないわ」

《ココらだと私か医師位だね、予備は特殊な金庫の中、兵長以上じゃ無いと開けられない》


「壊して良いなら試したい、どこ産なの?」

《国産、各国が開発してる品だよ》


「あー、ならミアにお願いしてみようかな」

《私、英語ダメだからなぁ、心配。信じて大丈夫なの?》


「君らの欧州の知識くれ」


《んー、昔の印象ね。御使いが出たって噂の直後に軍の施設でテロが有って、軍部の高官が更迭される事態になって、御使いが本当に居るかも知れないって話が有耶無耶になったらしいんだ、だから当時は何処もピリピリしてたって。母さんが怒りながら教えてくれたから良く覚えてるんだけど、30年目の式典がテレビで流れてた時の話しで、私が7才頃。だから良いイメージは無いかな、御使いの絵本も発禁だし》


『魔道具の開発が盛んで、諸外国に出荷できる程の力のある国。御使いに見捨てられた国だとか言われてますね。日本と同様にパスポートや身分証の携帯を厳しく要請してますから、自由に動き回るのは先送りにした方が良いかと。同盟国は多いですが、友好国は日本のみであるとか無いとか』


 もう、すぐ関わる、日本め。


《御使い支持派的には宜しくない国って感じ、絵本も出さなくなったから、態々他の国に帰化した作家も居るし。後は、魔道具のイメージだなぁ》

『魔道具を巡る戦争もありましたし、御使いよりも魔道具ですね』


「ほー、エルフはどうなの?精霊との子どもとか珍しく無い?」

《ココだと亜人と変わらないかな、同じ様なモノだと思ってる。特に気にして無いかな》

『フィンランド人か、それ以外って感じだそうです。ココの方々は特に』


《そうそう。特に内向的で、物静かな国民性だから、澄ました外国人とか凄い苦手》

「ほぉー、ほう、そうですかぁ」

『半分本気で言ってますけど、気にしないで下さい。コレも国民性ですから』


《えへへ》


「まぁ、そこまで良くないイメージが有るのは分かったけども、向こうの内情的には違うっぽいよ。それでも、ゴリゴリには信じないから大丈夫」

《でも、もし試すなら立ち合いたいんだけど》


「それは悩む、何か出来る?」

《う》

『それは、何かあった時に、僕が何処かに連れて逃げるとかでも良いんですかね』


「良いね、他は?」

《んー》

『ギリギリまで考えておきましょうマティアス、いつ試すつもりですか?』


「時間が空けば、いつでも」


《対抗策は考えてるの?》

「腕ならね、首輪型とかだとちょっと、壊す事になるかな」


《首輪型は流石に、倫理的にもう無いと思うけど》

「結婚まで指図する軍が倫理とか言うかね」


《誰の事?》

「シーリー」


《え、お見合いとは聞いてるけど、まさか軍が主導したなんて》

「ね、詳しくは聞いて無いけどね」


《えー、本当なら辞めちゃおうかな》

「だから言わなかったのかもよ」


《からかって無いよね?》

「だって、旦那らしきの居なかったし、子供の話しだけだったし」


《ラルフさんは?違うの?》

「昔からのお友達だって」


《えー…全然知らなかった…》


『そこは今度、また会った時にでも伺いましょう、言えなかった事情があるのかも知れませんし』

「うん、そうしといて」


『少し早いけど、ご飯に行きましょう』

「また固まって、置いてくか」


《行く》




 車へ乗り込み宿へ戻る途中、合間に沈黙ばかりで少し心配になったが。

 食べるとなると切り替えたのか、宿に着く頃には浮上し。

 美味しそうに食べ終え、普通にデザートまで平らげていた。


 そのまま3人で暖炉の前で一息ついてから、先ずはシモンの家へと向かう。


 またしても沈黙。


 そんなに軍を信じてたのか。

 それともシーリーの事か、表情からも全く読み取れなかった。


「大丈夫か」

《うん、レーヴィは待ってて》

『はい』


 街外れの一軒家、ドアに近づくと子供達の声が漏れ聞こえて来た。


 中々に子だくさんな様子。


 ドアをノックして暫くすると、シモンが出て来た。


《やぁシモン、誤解を解きに来たんだけど少し時間を良いかな》


 了承してくれたのか、家の裏手へ向かうと地下へと案内してくれた。

 セントラルヒーティングの施設なのか、上へと続くダクトや、木材のチップが積まれている。


「お邪魔します」

《お邪魔するね。早速だけど、彼女は少し特殊かもなんだけど、そこはまだ何処にも通知してないんだ、理由は分かるよね》


《あぁ》

《うん、だからそのままにしとこうと思う。世間知らずの箱入り娘だし、何かに巻き込まれても可哀想だし、本人もただの治療師だって言ってるから》


「治療師見習いです、独学に近いので色々と知らない」


《あぁ、分かった》

《うん、じゃあ宜しく頼むね。お邪魔しました》

「お邪魔しました」


 ただの治療師と言う言葉に少し反応して以来、特に音が鳴る事もないままに彼の家を出た。


 コレだけの会話で事情を察してくれたのが不思議、コレが軍なのか。

 マティアスだからか。


《お待たせレーヴィ、次はアンテロの家にお願い》

『はい』


「話が早かった」

《次も多分早いと思うよ、カール爺さんから連絡が行ってるだろうし》


「あー、それは良い意味でだよね」

《勿論、順調だよ》




 10分程、沈黙のままに車が走り、そして止まった。


 次は集合住宅。

 マティアスが部屋番号を押すとドアが開いた、中には管理人も常駐している。


 部屋は1階。

 扉をノックすると直ぐに開き、中へと入れてくれた。


 リビングらしき場所のベッドの上、お昼寝中なのか、お婆さんが静かに横になっている。


《寝返りさせたばかりだ》

《うん。ラウラ、褥瘡を診てくれる?》


 お婆さんを診ると、筋力はすっかり衰え、腰に深い褥瘡が出来ている。


 その痛々しい褥瘡を治し、マティアスを見るとアンテロへ視線を動かした。


 その視線に眉を動かし、お婆さんの布団を捲り確認したアンテロが、コチラへ視線を向けた。


《ありがとう》

「いえいえ」

《本当にコレだけで良いのかい?》


《あぁ、充分だ》

《うん、ラウラは少し変わった子だけど、宜しくね》


《あぁ》

《うん、じゃあ帰ろうか》


 しまいには会話らしい会話も無いままに、家を後にした。


 治った事を確認してもなお、アンテロから音は聞こえずで。

 寧ろ、マティアスから少し緊張する様な音が鳴り響いた程。


 今日は、特に、とても静か。


《じゃあ今日はこの位で、宿へ送るよ》

「なら買い物したいからスーパーで降ろして」

『はい』


 駐車場で解散し、今までのスーパーより大きな店へと入った。




 品揃えも豊富。


 今日のピザに感銘を受けたので、パイ生地とキッシュの具を買い揃える。


 アンチョビとオリーブ、エビとスモークサーモン、貝とブロッコリー、キノコミックス、定番のホウレン草とベーコン。

 アスパラにトマト、卵に生クリーム、ミックスチーズ、粉チーズとミートソースの具材、パウンドケーキの型を買い、宿へ戻った。


 そしてキッチンを借り、卵液をボウルいっぱいに作ってから、キノコを炒め、半分取り分けておく。


 パイ生地が柔らかくなったのを確認してから、ケーキ型に入れ軽く焼き。

 アンチョビとオリーブ、キノコミックスのキッシュを2つづつ作り、焼く。


 昼食のピザは、このオーブンの器で四角に焼かれたものだった。

 そして生地は冷凍パイシートと普通のパン生地、サクサクのとモチモチの2種類。


 丸くなくとも適当に広げて焼くだけでも充分に美味しピザが出来るし、キッシュなんかもパウンドケーキの型で作ると楽だと教えてくれたリタ。

 手伝ってくれるし、洗い物まで引き受けてくれるし、リタ様々。


 焼ける間に他の具材の下拵えや、ミートソースとポテトサラダを作り終え。


 リタの夕飯作りの前に、台所を返す事が出来た。


「助かりました、手伝いします」

「良いのよ、今日はサーモンとパンを焼くだけだから大丈夫。慣れない台所で疲れたでしょう」


「いえいえ、ありがとうございました」

「良いの良いの。ミアちゃんの為でも有るんだし、迎えに行くの?」


「はい、行ってきます」




 宿を出てミアの家の近くの公園へ空間移動。

 伝書紙へ伝言を頼み飛ばすと、ミアの家の方向へ静かに飛んで行った。


 数分もすると、ミアが自転車に乗ってやって来た。


 急いだらしく息を切らせている。

 コートの魔法を解くと、息を落ち着かせながらベンチへ座った。


『はぁ、お待たせ、しました』

「急がないでも大丈夫って言ったのに」


『その、コートの効果を、実際に、見て無かったので、心配で』

「そっか、ごめん。少し来て貰って良い?」


『はい、是非』


 ミアの自転車と共に空間移動し、玄関先に置いて部屋へと戻った。


 サウナの石をミアに暖めて貰い、入る。


「飲む?」

『濃いエリクサーですので、薄めても良いですか?』


「どうぞ、もう少し薄めて売ったりした方が良いですかね」

『そうですね、この濃さは少し、一般的ではありませんから』


「あらー、少し売っちゃった」

『私達の様な者でなければ、効き目の良い栄養剤としか思わないのですが…もう売ってしまったと言う事なので、もう、マーリンが作った事にしましょう。それで、今後は薄めて販売して頂ければ問題無いかと』


「うい、そうしときます」

『はい。それにしても素晴らしいコートでしたね、気配も何も無かったですから』


「似たのはある?」

『そういった物の製造は禁じられていますし、私は見た事はありません』


「内緒で作るとか、昔にあったとか」

『確かに過去には神々の魔道具の摸倣はありましたが、それ程の物は無理です、素材からしても想像がつきませんし』


「ワシの髪じゃ」

『え、その為にお切りになったんですか?』


「いや、邪魔で切ったのと、素材になるかなって」

『え、えー?』


「乾かす魔法が使えないし、長くて重くて邪魔だったので」

『そんなに、身近な存在でらっしゃるんですか?』


「まぁ、ロキもヘルも身近に居た」

『そちらのロキ神は、どうでしたか?』


「凄い優しいお父さんて感じ」

『そうなんですね…さぞ、落胆されたでしょう』


「うん、頼ろうと思ってたから」

『そうだったんですね……あ、それで、今日は魔道具の事でしたよね、どの様な魔道具の事ですか?』


「魔法が制御できる魔道具の事を耳にした、マジなら恐ろしいんだけども」

『魔法の暴走を起こす方が稀に居るので、医療用、刑務用に存在しています』


「刑務用って、刑務所全体に魔法掛けないのか」

『ありますが、念の為に付けられている者も居ます。凶悪犯等の、人に危害を加える恐れがある者のみですが、足首に付ける物と…首に付ける物がありましたが、今は全て回収し、手首か足首のモノに入れ替わってるので安心して下さい』


「首のはどんなのだったの?」


『3センチ幅のチョーカータイプで…所謂首輪と言って差支えの無い物だったそうです。神帰りの起こらなかったフランスで400年程前に開発された魔道具で、当初は自国を魔法使いから守る為にと、入国する者へ付けさせたそうなんですが。そのまま魔法使いを捕縛等してしまい、戦争になった為に、魔法協会が出来きたんです。設立切っ掛けとなった、曰く付きの物なんです』


「それでも足輪や手首用に残ってるのね」

『やはり暴走は起きてしまってますから』


「向うでは聞いた事が無い、大概は具合が悪くなるか、他の魔法へ発散されてる」


『コチラも殆どが具合が悪くなるだけなのですが、毒の生成を止められぬ者が出まして開発へ至りました。今でも意図せずに他者へ害を及ぼしてしまう者が居ますので、フルオーダーで製造し、自主的に付けて頂いています』


「オーダーメイド?」

『自分で付け外しが可能な物、特定の者のみが解除出来る物などです。操られたりしていないかしっかり確認し、ご本人の意思で付ける場合のみで。凶悪犯への装着も、裁判と共に決められた者のみです』


「認知症の人や精神が不安定な独り身とかはどうするの」

『指定が無い場合は国が後見人や身元保証人等の指定をし、審査は魔法協会と国の共同部署で行い、本人の意思確認が困難な場合でも審査の上で施設、施設と魔道具の併用等が決定されます』


「後は審査の公平性とか透明性が問題」

『確かに不安でらっしゃるとは思います、昔は御使いと名乗る詐欺師に対しての審査は行われましたが、全て不問に処され国外追放であったと聞いていますし、我が国へそこまで警戒されずとも入国は問題無いかと』


「念には念をで、この国にも存在してますしね、制御の魔道具。どれも物理破壊は可能なんですか?」

『はい、ハンマー等の工具が有れば。実物は持っていますが、どうしますか?お出しします?』


「その前に、開閉はどうするんです?」

『刑務用は本鍵と予備、省庁にも予備があり。医療用はマスターキーが存在しますし、その予備も同じ様に省庁に予備があります』


「壊したら怒られますか」

『いえ、実験で壊れても怒る様な部署でもありませんから』


「医療用の鍵と制御具を、ココへお願いします」

『はい』


 椅子へ置かれた制御具は、眼鏡を通してでも特に何も見えない。


 徐々に熱を帯び、熱くなっていく。

 普通の金属らしい。


「借りるね」

『はい』


「それと、ココで見つけた絵本なんだけど。御使いらしきのが酷い怪我をして、ティターニアが面倒見るってヤツ、知ってる?」

『いえ、聞いた事も無いですね。今、有るんですか?』


「フィンランド語が読めるなら持ってるんだけど」

『フランス語とラテン語なら読めるんですが、難しそうですね』


「残念、個人所有も難しいの?」

『えぇ、詐欺師の教唆犯として捕まってしまうので』


「中々に厳しい」

『詐欺師が多かったそうで、今では詐欺師が避けて通る国と揶揄されてるとか』


「滞在しても問題無かろうか」

『パスポートの所有は絶対ですし、軍部に知られてしまったり、万が一何かしらで捕まってしまっても、御助力できる範囲は限られてしまいますので。お任せしますとしか言えません』


「残念」

『申し訳ありません、安全とは言い切れない状態でして』


「何処でもそうだろうね」

『そうですね、日本でも似た様な状態だと聞いていますから』


「行った事は?」

『いえ、国外から出たのは昨日が初めてです』


「観光案内とかしてあげられなくてごめんね」

『いえいえ、雪とサウナで充分楽しいですよ』


「そっか、急なのにありがとう。また今度も、こんな感じになると思うけど良いかな」

『はい』


 交互にシャワーを浴び、ミアを公園まで送り届けた。


 外が暗くなってきた、もう少しで夕飯。


 部屋へ戻り、借りた医療用の足輪を取り出す。

 義体のソラちゃんを出してなお、試すのには不安がある。


 誰なら頼れるか。


 ロウヒは大丈夫そうだけれど、部屋を汚す事になりそうだし。

 万が一があっても対処出来そうなのは、トールさんか。


 トールさんへ伝書紙を飛ばす。


【魔法を制御する魔道具をイギリスから借り受けたので、試用の際に立ち合って欲しい、その際に何かあれば助力をお願いします】


 暫くウトウトしていると、窓が小さくノックされた。


 梟の姿をした紙を部屋に入れ、手の上に乗せると解けて広がった。


【了解、夕飯の後にでも来られたし】


 夕飯のサーモンとアスパラのグリルにはタルタルソース、トマトスープにパン。


 ヘルシーで健康的、しかも美味しい。




 夕飯を終え食後の散歩にと、トールの元へと向かった。


『おう、元気にしてたか』

「はい、変わらず軍人と関わってますけど、何とかやってます」


『マーリンにも会えたそうだな、事情は聞いた。向こうは難しい状況なんだな、知らなかったよ、すまない』

「いえ、有能な人材を借りられたので助かってます」


『それで、何で制御具なんだ?』

「ヤバそうな道具は分析しときたい、向こうに無かった」


『無かったか、そうか』

「うん、怖いしか無いわ」


『だからって試すか』

「怖いまま放置は無理、抜け道を、弱点を知っとかないと眠れない」


『そうか、なら俺も試してみるかな』

「な」


『俺も使われたらどうなるか気になるんでな』

「神に効くかどうかはちょっと、どんな作用するか分からないし、止めた方が良いのでは」


『何かあればお前が何とかしてくれるだろう』

「いやいや、多少の事はどうにか出来るけど、流石に死なれたら困る」


『死なんさ、役目を終えるまではな。そうしないと、無理なんだろう』


「その結論になりましたか」


『あぁ、家族の為に静かにと思っていたが。違うからこそ、俺は還れんのだろう。ロキと、どう足掻いても対峙するしか無いのだろうな』


「ご立派ですが、試すのはちょっと」

『何かあればお前はココから直ぐに逃げろ、遺言は既に残してある』


「えぇー、説得されてくれませんか」

『無理だな、俺は頑固だ』


「無理なら、本当に見捨てますからね。コレが足輪です」

『おう』


 テーブルに足輪と鍵を置くと、躊躇う事無く足へと付け、鍵を閉めた。

 途端に、眼鏡で見ていた視界からトール神のオーラが消え。


 腰に据えたハンマーを持とうとし、ゴトリと落とした。


 少し顔を強張らせたかと思うと、少しの沈黙の後に突然笑い出した。


「な、どうしました」

『あははは、お前のそのピアスでは分からんか、すまん冗談だ』


「は、何が」

『ほれ、神には効かん』


 そう言い落としたハンマーへと手を伸ばすと、ハンマー自らが動き出し、トールの手に戻っていった。


 なんて人騒がせな。


「なんて冗談を、他に魔法は使えます?」

『おう、試してみるか』


 トールがハンマーを天へと翳してみるが、何も無い。


 暫く静かな間が続くと、光りと轟音が響いた。


「コレはどっち?」

『久し振りでな、少し時間が掛かった、次はそこに落とすか』


 外の樹を指差し、再びハンマーを天へ翳した直後に落雷が起きた。


 枯れ木は煙を上げ、トールは大笑い。


「オーラが見えなくなってるのに、不思議」

『そうか、見えないのか。人間に変装するには良い道具だな』


「いやぁ、威厳を持ったままで居て下さいよ」

『神として見られては困る事もあるだろう…そうか、ロキはコレを使って人間に紛れて居るのかも知れんな』


「別のこわい事が増えた」

『コレはイギリスのだと言ったな』


「はい、この国のも借りられますけど」

『そうか、借りてきて貰えないか。この国のも同じとは限らない』


「違うならイギリスにロキが居るかも知れない」

『そうだ、イギリスの者が関わっている可能性も出る』


「分かりました。なのでもう外して貰えませんか、心配でお腹が痛くなりそう」

『お、違和感が無くて忘れていた、すまんな』


「じゃあ、今から借りてきますか?明日にします?」

『今でも構わんが、相手の都合は大丈夫なのか?まさか例の軍の者か?』


「はい、狂信者なんで大丈夫かと」

『そうか、人間の味方が出来て良かったな』


「はい、じゃあちょっと行ってきますね」




 軍の看護師長の部屋へ向かうと、マティアスは古い絵本を抱え、ソファーで天井を見つめていた。


 なんだ、まだ男の子の日か。


《どしたの?》

「制御具貸して」


《ついてく》

「トール神に会いたいの?」


《え、いや、止めとく》

「なんで」


《総合的に考えたら私は悪い子だし、きっと怒られる》


「シーリーも言ってたけど、何なのか、その罪悪感は」


《嘘ついたら神様から雷を落とされるって。会ったことが無いから落とされなかっただけで、会ったら、落とされてしまいそうだから》


「落とされた事は無いぞ、無茶しても逆に褒めてくれてビックリした。寧ろ、怒られたのは神獣とか人間にだな」


《何その神獣って》

「今度教える、来るの来ないの」


《良いの?》

「向こうがダメって言ったらその場で帰す」


 オドオドするマティアスを連れ出し、トールの家の近くまで移動した。


 着いた頃には移動魔法に感激したのか、すっかり饒舌な元の姿に戻ってしまった。


《帰りは眼鏡貸して、移動とかの見てみたい》

「落とされたら困る」


《皮膚に縫い付けるか、くっ付けるから、お願い、貸して》

「え、それはキモイから無理」


『おう、その子が例の狂信者か』

「です、マティアスです」

《初めまして》


『緊張するな、さ、入れ』


 雷を落とした枯れ木の処理をしていたらしく砕いた木にスコップで雪を掛けていた。


 そう言えば、遠くに落ちた雷は大丈夫なんだろうか。


「あの、最初のは何処へ落ちたんでしょう」

『アレは湖だ、誰も居ないのは分かっているから大丈夫』


「なら良かった、向こうで適当に海に放ったらロキにかすっちゃったんですよ」

『あはははは、俺もだ!あんまり適当に落とすと何故かアイツにばかり落ちてな、散々怒られて、場所は気を付ける様になったんだよ』


《ラウラも出来るの?》

「まだ試して無い、目立ちたくないし」


《見たい》

「狂信者め、制御具貸して」


《あ、うん、はい》


『小さいな、子供用か?』

《あ、女性や子供用ですけど》


『男用を出してくれないか』

《あ、はい》


 マティアスが慣れた手つきで螺子を閉めると、トールが立ち上がり、ハンマーへと手を伸ばした。


 持った瞬間にハンマーが落ちると、マティアスが真っ青な顔になる。


『なるほど』

《え、あ、直ぐに、外しますから》


『なんてな、お前は雷が好きか?』


 マティアスの目の前でハンマーが手元に戻ると、再び雷を呼んだ。


 へたり込むマティアス、笑うトール。


 この悪戯具合を見るに、ロキは相当の悪戯をしかねないと思えた。


「大丈夫かマティアス」

『あははははは、雷は嫌いか坊主。さては悪い子だったか』


《ひぁい、弟に嘘を、ずっとついていました》


『お前如きの罪を罰する程の暇は無い、落として貰うなら、そのラウラにで落として貰え』

「えー、人にはまだ落とした事が無いので、制御できるかどうか」


『なら、裏切りの代償に実験台にでもしてしまえば良いさ』

「そしたら全力で落としますけど、まだ裏切られて無いので」


『マーリンから聞いたが、何でもゲッシュと言うものがあるそうだぞ。俺の様な神に誓いを立て、裏切る様な事があれば死を持って償う魔法だそうだ』

「あー、ギアスね、それは良いです、うっかり死なれても困るし、多少の嘘も許す方向性なので」


『そうか、だが使いたければいつでも宣誓させると良い。例えどんなに遠く離れていても、その声は聞こえるそうだからな』

「ありがとうございます」


 マティアスから工具を奪い取り、トールの足輪を外した。


 それから魔石、小刀と薔薇の剣、短刀をストレージから出し、そのまま子供用のを自分で付けようとすると、マティアスが正気を取り戻したのか工具を手に取り、螺子を回した。


 男女用も別の工具なのね。




『おぉ、確かに、魔力が見えんな』


 眼鏡を掛けても、自身やトールのオーラすら見えず。

 神々の魔道具である短刀では、髪の毛1本すら切れなくなった。


 今度は魔石を持った手で眼鏡に触れると、トールのオーラが見えた。


 短刀も魔石を持った手で触れると反応し、髪は切れた。


 試しに痛覚遮断を行おうと目を瞑るが、自分のもマティアスのも何も見えない。


 ただの瞼の裏の暗闇。


「壊したら不味い?」

《壊し方によるけど、どうするつもり?》


「この短刀でスパっと」

《あまり切れ味が良いと切り口で怪しまれちゃうよ、一応、それなりに頑丈な物だし》


「あー、じゃあ1回外す」


 次にイギリス産の足輪を出し、付ける。


 同じ様に実験してみるも結果は同じ。


 魔石さえ握り込めば、魔道具は使えた。


 ただこんなにも簡単な抜け道があって良いのか。


 もしかしたら、今は更に改良され、魔石や魔道具が無効化されてしまっていたら。

 本当に手も足も出なくなる。


『どうした』

「最新のは、コレすら対策されてたら終わるなと」


『魔石は俺でも持って無いんだ、普通の人間には所有は難しいだろうに』

《はい、高価で珍しいですし。軍の懸賞金にもなってます、一般人には入手は困難かと》


「でも無くは無いでしょ、自分ならそうする。魔法が来たのが結構前でしょ?そしたら、シンギュラリティの可能性があるだろうし」

《技術的特異点?この魔法の場合でもそう言うのかな、突然現れたモノだし、下地が無い所に急に現れたら、そうなるか》


「実際は分からないけど、知らない所で凄い進化してるかもだよ。君にも知らない事は沢山あるでしょう」

《そうだけども》


 それから次はまた外し、痛覚を切った所で、何をするかマティアスにバレた。

 トールは大笑いしてくれたが、マティアスには普通に怒られた。


 実験は、終了となった。




『そろそろ夜食の準備をするが、何か食べてくか?』

「あ、いや、お構いなく、すみません、遅くまでお邪魔して」


『そうか、面白いモノが見れて楽しかったぞ』


《トール神に誓います、ラウラを裏切る様な事はしません、裏切る位なら死にます》

『承ろう』


 片付けに集中していた隙に、早口で見事に誓約が成されてしまった。


 眼鏡越しに、マティアスとトールのオーラが混ざり、青色に薄紫色が加わるのが見えた。


 綺麗だけども、何て事を。


「なんて事を」

《コレで信じてくれるでしょ?》

『流石、狂信者だ。実に面白い』


「コレで帰したら弟も宣誓しちゃいますよ、この兄弟ヤバいんですよマジで」

『味方は多い方が良いだろう』


「にしても、どうなるか分からないのに巻き込むのは」

『その覚悟はあるんだろう、マティアス』

《はい、勿論です》


「失敗した、元気ないかと思って連れて来たらコレか」

《え?何の事?》


「は、シーリーか軍の事で悩んでるのかと」

《あぁ、制御具の件で何が出来るか考えてただけなんだけど、心配してくれたんだね、ごめんね》


「しくじりました。トール様、宣誓を解除して貰えませんか」

『その方法は無いらしいぞ。まぁ、死ねば解除出来る可能性は有るらしいが』


「お、死んでくれ」

《やだ》

『お前に損は無いのだから構わんだろうに』


「命を背負いたくない」

『それは俺が背負ってやる、ラウラ、お前は自分自身の命を背負うだけで良い。お前はお前の世界に帰るんだ、ならこの世界の命を背負うのは、ココに残る者の役目だ』


「良いんですか」

『あぁ、俺にはこの世界しか無い。それに、この世界には愛着がある、責任がある』


「壊す事になるかもですよ」

『なら俺を倒すなり説得なりしろ、それで俺が折れたなら。俺の、世界の運命だろう』


「でかい、器がデカ過ぎて、ぐうの音も出ません」

『俺なんかでお前を抑え込めるかも分からんが、少し止める位は出来るだろうさ』


《あの、トール神でもですか?》


『魔力量だけで戦闘技能は測れんし、どれだけの能力を持っているか、俺は知らんからな。侮った時点で負けが決まる』


「弱いから負けるかもですけど、責任を取ってくれるって言って貰えて、ありがとうございます」

『おう』


「はい、じゃあ、お邪魔しました」


 少し、胸騒ぎが収まってホッとした。

 どれが原因か分からないが、何だかホッとしてしまった。


 神の言葉だからか、嘘でも良いと思えたし、そんな事すら気にもならなかった。


《ラウラ、ごめんね?》


「あ、あぁ、お好きにどうぞ、じゃあ、おやすみ」


《あ、うん、おやすみ》


 マティアスを基地に送り届け、宿へと戻った。


 リタが用意してくれたのは、温かいホットチョコレートと、ニンジンのマフィン。

 ほの甘いマフィンと、ほろ苦いホットチョコレートが眠気を誘う。

『マーリン』「リタ」《マティアス》《カール爺さん》『レーヴィ』

《シモン》《アンテロ》

『ミア』『トール』

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