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?月??日

昨日まで、浮島に居たんですよ。

【主、起きて下さい、緊急事態です】


 ソラちゃんの声に目を覚ますと、大雪の降る森林の中に寝転んでいた。

 酔って移動しちゃったか、ロキか。

 暗いが真夜中じゃ無さそう。


 ここはどこ、どこの雪国よ、ニブルヘイムか?


「真っ白でなんも分からん、案内頼むソラちゃん」


 辺りを見回すも、誰も居ない。

 ロキもショナも、皆でハンに泊まるとか言ってた筈なのに。


【義体を使用しますが宜しいですか】


「うい、使用は最低限で」


 特製の義体に乗り込んだソラちゃんがストレージから出て来た。

 万能環境型らしいけどこの吹雪ぞ、大丈夫かマジで。


【大丈夫です。ですが複数の通信、GPS共に機能していません。地理、場所、共に不明。反響定位、赤外線共に正常に機能。近隣に幹線道路らしきものがあります】


「何処まで来ちゃったんだろ、取り敢えず浮島で」


【ご指定の位置に浮島は存在していません】


 確かに、空間を開いてみたが何も無い。

 何故。


 通信機もマジで不能。


 悪戯?嫌われた?


「じゃあ、道路までお願い」


【了解、2時方向へ進んで下さい、5分程度で道に出ます】


「了解」


 歩き難い、この吹雪じゃ神様達の防具が無かったら即死だ。


 つか、マジでココ何処?


【酸素等の大気成分から、地球であるのは確かです】


「ヨグさんの気配は?」


【いえ、今は感じられません】


「いつも感じてるの?」


【はい、ココに来る前迄は】


 浮島、移動させた?


【いえ、移動させた記録は残っていません】


「クエビコさん、起きてる?クエビコさん」


 繋がらない、前まで感じていたクエビコさんの存在が杖から感じられない。

 マーリンの杖も、話せそうな気配はまるで無い。


 嫌われた?知らぬ間に魔王になって幽閉されてる?

 夢から醒めてる?


【落ち着いて下さい、夢では、ドリームランドではありません】


 銀の鍵を出し、手に取ろうとするとソラちゃんに取り上げられた。


【今、眠られては困ります、安全な場所で確認して下さい】


 ドキドキしてきたぞ、不味い、何か知らんけど不味い。


 また違う世界か?


 でもそんなの聞いて無いぞ。


【ココが異世界とは限りません、時間移動の可能性もあります】


「なにそれこわ、あ、道路」


 ようやっと森を抜け、大きな道路に出会えた。


 外灯も、電線らしきのもある。

 除雪はされている、轍もある。


【次は左へ進んで下さい、多数の熱源を感知しました】


 言われるがまま銀世界を左へ進むと、白い建物が見えてきた。


【眼鏡を】


 それと同時に見付けたのは、結界との境目に建つ簡素な木製の柵。


【外部からの確認不可、結界の詳細は不明です】


 触っても特に何も無いので、そのまま進むと。

 長屋の様な赤い建物、道路の反対側にも似た様な建物はあるが。


 字の書かれた看板も、人も誰も居ない。


 そのまま進むと雪が無い場所を見付けた。

 外灯は有るがガスや電球でも無く、魔法のライトに似た柔らかい明かり。


 隣接する大きな白い建物には看板が、英字で書かれてはいるが読めない。


【フィンランド語で村役場と書かれています、活動している人が存在しています】


「うむ、どうしたもんか」


 集落で何て説明する?

 そもそも、車無しで、この吹雪で一般人が集落に無事辿り着けるのはおかしいんじゃ?


 何かしら疑われるかも知れない、集落の人にしてみたらコチラは不審者だろうし。

 そして向こうもどんな人か分からんのだし、お互い警戒MAXで接触?不味くない?


 もう、誘拐されたとかにしとくか、誘拐からの迷子。

 ヤバかったら転移か、出来るか?


【可能です、転移禁止魔法の気配は感じられません】


 よし、ダメなら違う村に行く。

 大きい道路に戻って走って逃げよう。


【了解。装備は最低限を推奨、警戒される可能性が有ります】


 ですよね。


 眼鏡を外しながら、道を歩く。


 村役場は赤い煉瓦造りで古めだが、綺麗に修繕はしてある。

 すりガラスの填め込まれた白いドアを開けると、もう1枚ドアが。

 マジで寒い地方の仕様。


 そこを開け、ようやく暖かい空間へと入れた、受付らしき場所には白髪頭の老夫婦。


《どうされましたか?》


 不思議そうに訪ねて来たのは白髪の男性、背が高く線は細め。

 優しそう、優しい人であってくれ。


「少し道に迷いまして、ココは何処ですか?」

《それは大変だ、ココはウツヨキですよ》

《寒かったでしょう、今お茶を入れますからね、コッチへいらっしゃい》


 お爺さんがカウンターを跳ね上げ、お婆さんが中へと手招きしてくれたので、カウンターの中へと入る。


 内部は思っていた役場と違い、少し古めのパソコンにFAXに電話、無線機に旧型のコピー機。

 棚には大量のファイル、少し古典的なのは外国の田舎だからか?


《ムンモ、ココより家へ入れて上げなさい。暖炉の前が良い》

《そうね。さぁコッチよ》


 役場奥のドアを開け、渡り廊下を抜けると家の広間へ出た。


 濃い色の木の柱に高い天井、大きな窓に白い壁。


 大きな石の暖炉。

 その前のロッキングチェアに案内された、そして暫くしてホットココアを持って来てくれたのは、若い男性。


 顔の横に、もふもふの獣耳が。

 動いているので犬のコスプレでは無さそう、亜人的な何かか。


 服装は自分の服装とも違いは無く、時代に差異は無さそうだが。


 何なら、自分より上品で上等な品かも。


『迷われたとの事ですが、詳しくお伺いしても?』


「ココに、急に連れて来られて途方に暮れてます。なので、どうしたものかと」


《まぁ、こんな季節にほっぽりだすなんて》

『東洋人の方だとお見受けしますが、日本の方ですか?』


「そう見えますよね」

《そうね、フィンランド語お上手ね、お嬢さん》

『ご家族へ連絡しましょうか?』


「いえ、独り身なので。現在地が分かれば帰れるんですが、地図を少し貸して貰えませんか?」

《ウチの観光案内で良いかしら》

『周辺地図もお持ちしましょう、少しお待ち下さい』


 不審がられると言うより、心配してくれてそう。

 そうであってくれ。


 広間にある備え付けの棚から、観光案内の冊子と地図を出してくれた。

 冊子の発刊日は2019年7月10日、室内の時計は12時50分を指している。


 ちょっとした時間移動なのか?

 だとしても杖も通信機も反応しないのは何故だ。


 冊子は日本語のフィンランド国内の観光冊子、案内も日本語版。

 観光地慣れしていらっしゃる。


「ありがとうございます、少しココで読ませて貰っても良いですか?」

《えぇ、勿論よ》

『日本茶は切らしているんですが、紅茶か珈琲は如何ですか。それともココアにしますか?』


「ありがとうございます、お水を下さい」

《大丈夫、遠慮しないで良いのよ》


「…じゃあ、ミルクが入ってれば何でも良いので、お願いします」

《じゃあミルクティーが良いわ、良い茶葉があるの、私のもお願いするわ》

『はい』


 棚から別の冊子を手に取り、斜め前のロッキングチェアに座ったお婆さん。

 フィンランド語の日本の観光冊子を読み始めた、お婆さんも気になるが、先ずはコッチ。


 ソラちゃん、相違点分かる?


【通信不能の為、サーバーへのアクセスが出来ないので相違点は分かりません。タブレット内部の情報との相違があり次第、別途お知らせします】


 頼む。


 フィンランドの主な観光はオーロラやトナカイ、犬ぞり。

 名物はトナカイシチュー、サーモンクリームスープ。

 価格は今のレートが不明なので、この冊子の当時金額で換算するに、国内旅行と変わらない程度。


 ホームページの注意書きには、国外からのアクセス不可と書かれている。


 そんなん見た事無いぞ、どうしたネット。


 そして合間に登場する魔法の宣伝、魔術の形態に進化した魔法の宣伝が多い。


【直ぐそこへ。アナタの行きたい場所へ行ける魔法、スターピーチ】

 空間移動の魔術の宣伝、価格は日本円で10万~。

 魔力容量で金額も、移動距離も変わるらしい。


 元の世界では見聞きした事も無い情報、ストレージも販売している。

 こちらも10万~。

【何処へでも自由に、引っ越しも旅行もこれで楽々。クロサギ運送】


 極めつけは治療魔法、元世界では消えた筈の魔法。

【病気や怪我、体調不良には教会か病院へ】

 病院への案内の横に、この案内。


 なんだ、どこだここ。




《自分の居た場所は分かりそうかしら?》

「それが、微妙で。もう少し大きな町だったと思うんですけど」


《それならイナリか、ソダンキュラかしら。それか…》

『もしかして日本からココまで飛ばされたんでしょうか?』


「いや、欧州辺りで眠ってたんですけど。起きたらこの近くの森に居て、道路の明かりを頼りにココへ来たんです。何かの悪戯ですかね」


《あら、マーリン様かロキ神か。ロウヒ様にお会いしたの?》

「いえ、ロウヒ様とは」


《ココの大魔女様よ、気に入らないと出会った時に何処かへ弾き飛ばしちゃうそうだけれど。でも、知らないのね》

『マーリン様も、気に入らない魔法使いへの悪戯として、何処か遠くへ飛ばすそうで』


「マーリンか、機嫌を損ねる様な事をした覚えは無いんだけれど」

《まぁ、マーリン様とお知り合いなのね…だから詳しく言えなかったのね、分かるわ》


「知らぬ間に嫌われたのか、少しは仲良くなれた筈なんですけど」

《気を落とさないで、彼はかなり風変わりだと聞くし…じゃあ、アナタは魔法使いなのよね?》


「治療を少し」

《まぁ!》

『あの、少しお時間を頂けませんでしょうか。診て頂きたい方が居るんです、末期癌なのですが、少しでも痛みを取り除いて頂けませんでしょうか』


「まだ見習いなので出来るかどうか分かりませんが、それで良いなら」

《それでも良いわよね》

『えぇ、勿論です』


《是非、お願い》


 若い男性に広間から階段を上がり2階の部屋へと案内された。

 ベッドの上には白髪の女性、点滴は繋がっているが、とても痩せている。


『シーリー様、お客さんですよ。今、起こしますね』


「うん、いらっしゃい、旅人さん?」

「はい、不本意ながらその様です。少し診させて貰おうかと」


 声や身振りは想定以上に若い、若い人の癌は、こうも人体を酷使するんだろうか。

 ゆっくりと起こされた体は、水を飲むのもやっと。


「治療師様なのね、嬉しい。でも状態が良くないのは知ってるから、無理なさらないで」

「はい、じゃあ少し診ますね」


 目を瞑り、ゆっくりと体内を覗く。


 黒い腫瘍が散らばって骨まで到達している、絶対痛いじゃんか。

 胃にも少し、出血して腹水も溜まっている。


「大丈夫よ、良いお薬が有るから、そんなに辛く無いの」

「すいません、顔に出ちゃったみたいで。でも軽くなる様には出来るかも知れません、どうします?」


「ありがとう、お願い」


《お爺さんに知らせて来るわね、宜しくお願いします治療師様》

『何かお持ちしましょうか?』


「特に無いけど、少し道具を出しても?」

『はい、お任せします』


 魔石付きの指輪を握らせ、エリクサーを少しずつ飲ませ、様子見。

 嚥下から先の吸収が上手くいかない。


「美味しいエリクサーね、アナタが作ったの?」

「はい。他に、酸っぱいのも苦いのもありますよ」


「ふふ、この味が良いわ」

「ゆっくりで良いですよ、本当は点滴に入れたいんですけど。その技術が無いので」


『では僕が、看護師の免許も持っていますから』

「ならお願いします」




 点滴の方が明らかに吸収が良い、胃の癌に栄養を吸われる事無く体内を巡っている。


 眩暈がする、空腹感も出て来た。


「治療師様?お腹が空いてらっしゃるの?顔色が良く無いわ」

「あ、昨晩から食べて無いので。自分もエリクサー飲ませて貰いますね」

『何かお食事もお持ちしましょうか?』


「落ち着いてから自分のを食べるんでお構いなく、じゃあ始めますね」


 先ずは痛覚を遮断、少し早かった脈がゆっくりになる。


 痛みを逃がす為の呼吸から、落ち着いた呼吸へ。

 それでも肺には何もしていないので、呼吸数はまだ多い。


 そうしている間にも魔素が少しは増えたので、先ずは肺へ。

 まだ無事な正常細胞を良く観察し、悪性細胞へ上書き、置換していく。


 徐々に面積を拡げていくと、活動が活発になった肺が異物を出そうとしているのか、咳が増える。

 腹水が副次的に増えてしまったので、注射針で抜いて貰い、また様子を見ては治療の繰り返し。


 何度目かの注射の後、ようやっと肺の黒い腫瘍が消えた。


 次は胃の腫瘍、何層もの粘膜をチェックし腹水を抜いて再びエリクサーを飲ませる。

 今度は正常に吸収され、少しずつ全身へ広がり始めた。


「やっぱり痛みが無いだけで、こんなに楽になるのね。久し振りだわ」


 最後に骨に食い込んだ大きな腫瘍、背骨を正常な細胞に変えていく。

 だがコレはかなり魔素を持っていかれる、シーリーも自分も。


 根本的に栄養が足りて無いのだろう。

 この部分の痛みだけを遮断し、一旦治療を止めた。


「もう少し掛かるので休憩しましょう。少しずつ飲み続けて下さい、飲めたら水も、スープも」

「ありがとう、本当に凄い楽よ。無理しないで、顔色が悪いわ」

『お食事を用意しますから、下へどうぞ』


 ありがたいが、ココで使えるお金無いし、トイレで適当に食べて続けるかな。

 まだ心配だし。


「大丈夫よ、お金を払うのは寧ろコチラだわ。御使い様」


「は」


「ふふふ、ごめんなさいね、制御不能でアナタの心が読めちゃってたの、アナタが下に居た時から。アナタの中にもう1人居て、その子の言葉は分からなかったから、少し怖かったのだけれど、アナタは悪い人じゃ無いって分かったわ、少し診るだけって言ったのに、治してくれてるんですもの。だから、遠慮なさらないで食べて頂戴、お願い」


 御使い様って、なに。


『申し訳ございません、騙し討ちの様な形になってしまって。シーリー様は病に犯され読心術の制御が出来なくなってしまっているんです、なので、この様な何も知らないアナタに』

「ラルフ。御使い様が、御使い様って何かって。そこが疑問みたいよ、やっぱり本物ね」


『え、あ、失礼しました。御使い様と云うのは』

「まった、タイム。ココで食べながらで良い?限界だ、頭が回らない」


「ふふ、どうぞ。ラルフ、話してあげて」


 ケバブプレートとエリクサーのピッチャーを出し、食事を始めた。


 御使い様は神様の使いだと、昔から広く伝わってるらしい。

 神様とは、世界各地に居る神々の事。


 この辺だと、ロキやトール、大魔女のロウヒらしい。

 2人とも会った事は無いそうだが、特にシーリーは嫌われているんじゃ無いかと何故か心配している。


 そしてシーリー曰く、御使い様は有名な絵本の題材の1つ、世界中の大人も子供も知っている。

 知らないと云う事は、御使い様である証拠だと。


 何にも知らなくて、何でも知ってるのが御使い様。

 神様が連れて来てくれるが、どの神様も何も知らない。

 きっと、神様の神様が居るんだと。


 その神様の気が済んだら、帰れるらしい。


 ラルフ曰く、大人は御伽話や伝説上のモノとして扱っている者が大半、そして最悪な事に詐欺師は少なからず居るそうだ。


「あー、もし御使いなら、何処か行った方が良い場所あります?」

「自由に動いて、そして教会と軍の上層部には近付かないで。きっと利用されてしまうわ」


「あー、争いの火種か」


 それは困る、1秒でも早く帰りたいのに。

 帰る方法はあるんだろうか。


「お役目を終えれば帰れるって、絵本に書いて有るけれど」


 お役目って、悪を成敗?それとも誰かを治す?

 役目を探す所から?前と同じか。


 従者制度は無いのか。


「じゃあ」

「その、それはどんな制度なの?」


「あぁ、召喚者専用の従者と呼ばれる者が、御使いを丁重にもてなして案内してくれる」

「ごめんなさいね、それは無いの。本物は本来、居ない事になっているから」


 困る、情報もお金も無いのに。


「あー」

「現金なら用意させるわ、情報ならココの本棚を使って。ね、ラルフ」

『あ、はい、直ぐにでも』


「なら換金して下さい、金品はあるので。詐欺師と思われたく無いし」


「ふふ、やっぱり本物の御使い様なのね、心を読まれるのに慣れてらっしゃるし、お優しい。ありがとう、私の元に来てくれて」


「いえ、偶々です、本当に」

「それでも嬉しいの、本当にありがとう」


「いえいえ、じゃあ少し、本当に休憩しましょう。スープか何かを食べれるなら食べて下さい、何でも体に入れて下さい」

「えぇ、そうするわ」

『分かりました、直ぐに用意します』


「んじゃ用を足したいんですけど、そういった場所って」

『はい、コチラです』


 トイレは普通の水洗、ウォシュレット付き。

 どこも暖かい、窓も大きな2重窓。




 再び部屋に戻り彼女の全身を診る、スープを少し飲んだのもあってか、短時間でも魔力が僅かに回復している。

 若いからだろうか。

 だが治療は難しそう、早々に体力を戻す方法は無いのか、身体強化とか習っておけば良かった。


「続きはもう少し先にしましょう、魔力も体力も回復が間に合って無いみたいなんで。頑張って何か胃に入れて下さい、定期的に診に来ますから、落ち着いたら治療を再開しましょう」


「ありがとう、でももう大丈夫。後はもうこのままで構いません、コレはきっと私への罰ですから」


「でも治しちゃうんで他の方法で償って下さい、心配してくれる人も居るんですから。今は痛みと死以外で償って下さい、再発の可能性もあるんですし、それまで他の方法で罰を受けて下さい」


「ありがとう」


 目に涙を浮かべ、瞳を閉じて暫くすると眠ってしまった。

 病疲れや興奮であんな事を言ったのだろうか、随分と人懐っこくて良い人そうなのに、何をしたんだろう。


『ありがとうございます。彼女はあの能力のせいで苦労してまして、ご迷惑お掛けしますが、どうか』

「似た人を知ってるから大丈夫、最後までちゃんと治す。で、楽しいとか嬉しいは治療にも繋がるらしいんで、彼女が喜ぶ物をバンバンあげて下さい」


『はい』


 点滴の中身へ多めのエリクサーを追加し、ラルフと共に廊下へ出る。


 もう外が暗い、冊子に書いてあった様に太陽の出ている時間が短いのだろうか。


 そのまま下の階へ向かうと、老夫婦にソファーへと招かれ、愚痴とお礼を言われた。


 この村にも病院と教会は有るが、派遣される治療師と医師は冬の間は居てくれないんだそうだ。

 あのシーリーが居ても尚、この対応なのは凄い。


《それでなんですが、ココへ泊まられていきませんか?教会を暖め様にも時間が掛かりますし》

《宿はあるけれど閑散期で、準備が出来て無いと思うし、どうかしら?》


「ご迷惑で無ければ、ココでお願いします」

《お夕飯はサーモンのクリームスープなのだけど、大丈夫?》


「初めて食べるんで分からないですけど、鮭もクリームも好きです」

《ならきっと気に入るわ》


 お夕飯が17:30、お夜食が20:30らしいので、それまでの合間に冊子の続きを読む事にしたのだが。






 ロッキングチェアと暖炉の火にやられ、お夕飯近くまで眠ってしまった。


 暖かくて美味しいスープ。

 チーズにサラミ、黒パンは食べ慣れないと辛いだろうからと手作りのパンを出してくれて、美味しく頂けた。


 だが空腹感が止まらない、魔力低値の音は鳴らないが、お腹が減ってしょうがない。

 魔力の容量を悟られない様に、案内された部屋でおにぎりを限界まで食べ、エリクサーを飲んでからシーリーの元へと向かった。


 シーリーに少しだけ起きて貰い、再び増えていた胸水や腹水を吸い出して貰う。

 痛覚を切っているとはいえ、か細い体に太い針が刺されるのは痛々しい。


 ラルフが慣れた手付きで針を抜き、その傷を治す。

 そうしている間にも再びシーリーが眠りについた、上手いし、安心しているんだろう。


『眠ってしまわれましたね、顔色も良くなっているのですが、本当に大丈夫なのでしょうか』


「大丈夫、注射上手だね」

『私にはコレ位しか出来ませんから』


「切開して腫瘍を取り出すのは?」

『分かった頃にはその時期を過ぎてしまっていて、魔法も手術も、もう出来ませんでした』


「ぶっちゃけお金持ちなんですか?それとも点滴は市民にも手軽に出回ってるんですか?」

『こういった医療器具は普通に手に入ります、資格があればですが』


「ほうほう」


 もっと聞きたいのだが、兎に角今は治療が最優先。

 魔素は大分循環している、今なら何とかなりそうだ。


 さっきよりも少し早いスピードで、オセロをひっくり返す様に置換していく。

 背骨を終え、肋骨を終え、全身を何度も見返す、脳も骨も全て、何度も、何度も。


 取りこぼし、取り残しが1番怖い。


 再発なんてして欲しくは無いし、コレは初めての経験だから。


 何度も細かい部分まで見る、黒い点を残さない様に。


「そんなに眉間に皺を寄せて、どうしたの?」

「あ、今痛覚を戻すね……どう?」


「痛く無いわ、アナタを信じてるから心配しなくても大丈夫」

「自分を信じられんのですよ、初めてだから」


「そうなの?とっても上手よ、でもあんまり早く終わらせると見習いの割りに凄い、御使い様かもって怪しまれちゃうから、気を付けてね」

「なるほど。じゃあ念の為、明日も診させて下さいね」


「えぇ、お願い」


 お風呂を借りシャワーを浴びて、少しだけ横になる。






 ドアのノック音で目が覚めた、完全に眠っていたらしく、ラルフが夜食を運んで来てくれた。


 固めのヨーグルト、ハムチーズのホットサンドに薄いパンケーキ。


 完食して食器を台所へ持って行くと、ラルフが片付けてくれた。

 そして部屋に戻り歯磨きをしてから、ベッドで少し冊子を流し見しようとしたが、無理だった。

《ウッキ》《ムンモ》『ラルフ』「シーリー」


2020年2月12日。

新章が始まってしまいましたね、場所はフィンランドの最北端に有る村、ウツヨキ。

以降は、召喚者→御使い、と呼び方が変わります。

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