2月11日
「ショナ」「蜜仍君」『クーロン』《ヒュプノス》《コンスタンティン》『マーリン』『ロキ』《ドリアード》『ロキ』【「柏木さん」】『ニュクス』「リズちゃん」【《ソラちゃん》】《フェンリル》《ヨルムンガンド》《ドゥシャ》『エイル先生』《ヘル》『クエビコさん』
「桜木さん!起きて下さい、たった今許可が降りました」
「おうふ、今何時よ」
「現地時間は真夜中の1時過ぎで、日本時間では朝の8時頃です」
「嫌がらせか何なのか分からんな」
「ですね」
「自治区の気が変わらん内に行こう」
「はい」
大使館から外へ出ると、ヒュプノスさんが空から舞い降りて来た。
凍り付く警備兵にさよならし、クーロンに上空まで運んで貰った。
そうして洞窟に到着すると、蜜仍君とコンちゃんが待っていた。
「桜木様ー!待ってましたよ!」
『ほら、どうしたって、誰かがご主人様の側に来ちゃうんですよ』
「だね、まいった」
「何の話です?」
「桜木さんは人気者だって話ですよ」
「ふふ、そうですね」
洞窟からニュクスさんの館を更に通り過ぎ、再び上空へ上がり、西へ向かった。
真っ暗な島に目を凝らす。
乾いた地表に草木は少なく、山らしきモノを良く見ると、背の低い木々が丘を覆っていた。
所々に細長い木が、疎らに生えている。
松明の灯る、白い石畳の大きな三叉路。
上空を旋回し、着陸、辺りをぐるりと見回す。
低い木々が茂る乾いた土地、潮風。
少しの間立ち尽くしていると、ガサガサと茂みから蛇の尻尾が。
と言うか下半身が蛇の女性、松明を持っていたのも綺麗な女性、蝙蝠の羽と肌を持つ美女等々、美人ばかりがぞろぞろと迎えに出て来た。
《いらっしゃい召喚者》
《いらっしゃい人間》
《いらっしゃい神獣》
《ヒュプノス、貴方は帰って頂戴、この園は刺激が強いから入れてあげられないわ》
《うん、弁えてるよ。でもヘカテ神に直接引き合わせたいんだ》
《そう、偉いわね、お使い出来る良い旦那様》
《待っていて、直ぐにいらっしゃるわ》
《良い匂いね人間の子》
《この子はまだお乳の匂いがするわ》
「近い近い」
《ごめんなさいね、人間の子は久しぶりで興奮しちゃって》
《そうね、ごめんなさい、でももう少しだけ》
《あら素敵な尻尾蛇ちゃんね、脱皮はするのかしら》
沢山のおっぱいに包まれ囲まれ、ひんやりした肌、柔らかな肌、張りのある肌と、色香に気が遠くなりそうになった。
男で無くて良かったかも知れん。
「桃源郷か」
《東の桃の楽園ね、ココはリンゴとザクロとイチジク》
《尻尾蛇ちゃんもどうぞ召し上がって》
《緊張してるのかしら?ドキドキして、大丈夫よ、ヘカテ神は優しいお方》
《それは貴女達のせいよ、少し歓迎し過ぎです》
《まぁ怒られちゃったわ》
《逃げましょう》
《うふふ、またね人間の子達》
「怒濤の歓迎、ありがとうございました、ご褒美でした」
《ごめんなさいね召喚者、食べちゃいたい程、人間の子が好きなのよ》
《お久し振りですヘカテ神。召喚者、桜木花子を連れて参りました》
《ご苦労様でした、もうお帰りなさいヒュプノス、ニュクスが心配するわ》
《はい、では》
「いつもありがとうヒュプノスさん」
《じゃあねハナ》
《さぁ行きましょう、道すがらお話しを伺いましょうか》
「宜しくお願いします、影に入って移動したりしたいんです。便利な魔法が欲しいんです。雷電も扱いたい」
《それで私の所に、嬉しいわ。でも人間界では禁忌じゃ無いかしら、その魔法は》
「あら」
「それは、ちょっと、待って下さい……この通り許可が出てます、神託が降り続け国連が折れました」
そう言い立ち止まったショナが、少し前へ出てヘカテ神へタブレットを見せる。
繁々とタブレットを眺めていたヘカテ神が、微笑みながらコチラに向き直った。
《うふふ、今さっきの発表ね、良いでしょう。許可さえあれば何でもお教えしましょう》
「ありがとうございます、身体強化も覚えたいです」
《格闘も出来るのかしら?》
「いえ、でもイザって時に使える手を増やしたいんです」
《使い方を間違えば痛いわよ?》
「痛覚切れるので大丈夫です」
《あら、少し良いかしら》
そう言って少しの沈黙の後、両手で頬を支え上げられ、ジッと瞳を見つめられる。
黄色と緑、猫目のオッドアイ、赤黒い髪のウェーブは大きく嫋やか、たおやか。
白く透き通る肌はきめ細やかで、若々しくも妖艶な顔立ちが眼前にあり、ちょと気恥ずかしい。
「あの」
《ジャンヌの最後の祈りの魔法、天使の入れ知恵ね。ソレは限り無く黒に近いグレーゾーンな魔法、身体強化と大差無いのに、狡いモノを教えられたわね》
「いえ、願ったのは自分なのでそれは」
《何故願ったのかしら?あ、ごめんなさいね、神殿に向かいながらにしましょう》
ヘカテさんに優しく背中を押され、再び神殿へ歩きながら話す。
「痛そうなのを見るのが嫌で」
《傷口を見るのも、苦痛も嫌なのね。それなのに治癒の能力なんて、残酷ね、ごめんなさい》
「僕らも、治癒の魔法を完全に衰退させてしまったせいで、桜木さんを喚んでしまった可能性が有るんです。申し訳御座いませんでした」
「君らだけじゃ無いでしょ」
「いえ、桜木さんが召喚された日に最後の回復魔法持ちの人間が亡くなっていたんです。某国で、ひっそりと。そこを持ち出したお陰で謁見が可能となりました」
「回復魔法を保存してれば、桜木様が喚ばれる事も無かったかも知れないんですね、最低です」
「ごめんね、もっと使える人だったら良かったのに、医療関係者とか」
「僕は桜木様で良かったですよ、性格が悪くて生意気な人だったら、僕はとっくに里に帰ってますし」
「盲目的、性格は良く無いぞ」
《いえ、私も今頃消えてたかも知れない命を救って頂きましたから、桜木様は良い人です》
「いや、余計な事をしたかも知れない」
《そうなのかしら。いらっしゃいケンタウルスの子、見せて頂戴アナタの記憶》
《はい》
神殿の入り口で立ち止まり、ヘカテさんがコンスタンティンの瞳を覗き込む。
2人の瞳孔が散大し大きな黒目がちになると、また元の三日月目に戻った。
《コンスタンティン、アナタは今から桜木花子の神獣です》
《はい》
「いや、それだと小野坂さんが」
《天使が何とかするから大丈夫でしょ、キメラにキメラと付ける者には任せられません。さぁどうぞ我が家へ、少し座ってお茶にしましょう。モルモー、お茶を》
『はい、ヘカテ様』
反論の機会を封じられながら、シルキーの様にフワフワした精霊に手を引かれ、客間に案内される。
大理石のソファーの上には落ち着いた色をした沢山のクッション、テーブルには様々なお菓子が乗っていた。
あの甘いバクラワも。
《どうぞ座って、お好きな物を召し上がって頂戴ね》
「ありがとうございます、ほんのり甘いの有ります?」
《このルクマデスなら良いんじゃ無いかしら、そのままでも美味しいけれど、蜂蜜やヨーグルトを掛けても美味しいのよ》
何処かで見た事がある様な、黄金色の生地に粉砂糖がまぶされた長方形の1口サイズの何か。
そのまま一口食べると、粉砂糖のほのかな甘味だけ、芳ばしくモチふわで美味しい。
昔食べたベニエの様。
「好き、ベニエみたい」
《良かった、私も好きよ》
「本当に、練乳みたいなソースも美味しいです」
「確かに甘さ控えめで美味しいですね」
《蜂蜜、美味しいです》
《ふふ、作った甲斐があったわねモルモー》
『はい』
「ありがとうございます、それでお」
《小野坂とアナタの道は交差しても沿う事は無い、他の者に任せなさい。優しくすれば良いと言うモノでは無いのは、良く分かっているでしょう?》
「でも」
《今はアナタが出来る事をしましょう、魔法も魔術も禁忌を越えてお教えします》
「うーん…泳げる様になる魔法とか無いんですかね?」
「解禁された長距離飛行や跳躍の練習もしないとですし」
「ですね!蝙蝠になれたら喜んでくれます?」
「うん、虫以外なら何でも喜ぶよ」
「蛇もですか?」
「うん」
「じゃあ一緒に頑張りましょうね、桜木様!」
「うん、宜しくお願いします、ヘカテ神」
《さん、で良いわよ。私だけ仲間外れは寂しいわ》
『私も何か欲しい』
「んー、蜜仍君」
「はい。君、さん、ちゃん、様。異色なのだと、たん、きゅん、転生者様が流行らせましたね!」
《日本の敬称は沢山有って楽しいわね、私も何か付けて欲しいわ》
「えぇー…モルモーたん」
『ハナたん』
「蜜仍たん、ショナきゅん」
「それはちょっと」
「ショナさんは嫌なんです?」
「嫌と言うかこう…」
《…こう、母性が擽られる感覚が凄いわね、モルモーたん》
『ヘカテたん、呼んでも呼ばれてもくすぐったい』
《あの、僕は》
「スタンきゅん、言いづらい、コンたん」
《ふふ、本当にくすぐったいですね》
《うふふ、さ、先ずは身体強化ね》
「はい」
《強い人間の力のリミッターが外れれば体を壊すわ、それを見た事はある?》
「いや、いえ、少し。四肢が千切れるのを少し」
《まぁ、ならそれをイメージして、私の目を見て、思い出して》
ヘカテさんのオッドアイを見つめる。
瞳孔が拡がり、ゆっくりと黒く丸くなっていく。
1番強い人。
その人は、機械仕掛けの体を持った綺麗な人。
どんな堅い扉も、開けようとする。
全身の大きな筋肉が盛り上がり、蠢く。
骨が、関節が悲鳴を上げ、筋肉が、繊維がブチブチと引き裂かれる。
見も骨も捻れ。
跳ねる様に体が崩壊した。
「これしか思い浮かばない」
《良いわ、強い人ね、狼人間の変身の様》
「それも見た」
《あら素敵、見せて頂戴、その姿》
悶え苦しみながら、体が巨大化する。
骨がメキメキと音を立て、ミチミチと筋や皮膚が拡張される
雄叫びを上げながら月に吠え、服が裂け、皮膚が裂け体毛が出現する
そうして大きな狼人間になった。
『ヴァンパイアの変身は有りますか』
「うん」
《さぁ見せて》
瀕死の人間がヴァンパイアの血を飲み、焼け付くような死の痛みと苦しみに転げ回る。
心臓が止まると同時に、呼吸が止まり、青い血管が浮き出る。
犬歯は牙に生え変わり、渇きに目覚める。
そして金色の目を輝かせ人の血を求める。
怪物なら沢山知ってる。
馬の様な逆関節に足を変形させた、細く長く蹄のある足。
時には鳥の翼の様に腕を肥大させ、巨大化する筋肉、体、増殖する細胞。
菌、ウィルスが一瞬で増殖する。
コントロールを失った体が大きく大きくなって、部屋が小さく感じて。
感覚が鈍麻して、大きくなって、部屋いっぱいに広がって────────
『また変身して、今度はどうした』
「マーリン、どうしてココに」
『お前がココに来たんだろう、俺の部屋に』
そこはドリームランドの桜木家、マーリンの部屋。
蝋燭と月の灯り、虫の音と川の流れる音、梟の声がする。
「ヘカテさん所で身体強化の魔法をイメージしてたんだが」
『それでか、とにかく邪魔だから少し小さくなれ、お前好きだろう、幼獣』
天井に頭を擦り襖に手足を抑え込まれた状態を、猫程のサイズに変え、窓辺のマーリンの足元に座る。
翼を腕から分離させ、マーリンから貰った指輪を探す。
「指輪ない」
『奪った、練習だ。元に戻れるだろ』
「むり」
『着せ替え遊びや人形遊び位はしただろ、それと一緒だ。好きな服からでもイメージしろ』
「着ない、似合わない。見る側」
『もう本当に、サクラちゃんは可愛いねぇ』
「ロキ、送ってくれてありがとう、楽しかったよ大使館」
『それは良かった、所でサクラちゃん、戻りたい理由とか無いの?』
『戻る理由か。無いぞコイツ』
「無いね」
『いや、有るね。そんなに小さいと、ショナ君に可愛い可愛いされちゃうよ、獣姿も可愛い可愛いって』
気が付くと元の姿に戻っていた、ココでのいつも通りの姿、マントを羽織り剣を携えていた。
ロキはニコニコして、マーリンは大きな溜め息をつく。
『流石パパだ、逆の発想か』
『子育てでは苦労したからねぇ』
それから少し、神獣を奪ってしまった事。
今は少し気が楽な事を話した。
『まぁ、神獣に関しては天使が関わるなら大丈夫だろ』
『だね、大丈夫、天使は強いから』
『あぁ、そろそろ帰ってやれ』
「あ、うん」
『またねー』
銀の鍵を手離すと、見知らぬ天井を見上げていた。
頭は打って無いみたい。
《良かった!ごめんなさい!夢遊病の気があったなんて》
「夢遊病?小さい頃に少しだけあったけど、今は平気よ?」
「桜木さん、アリス症候群も有るのでは」
「あぁ、うん」
《浮かれて見逃してたわ、ごめんなさい。それは危険な因子だから、特別に気を付けなければいけなかったの》
『そうそう。ハナたん、小さいままだけど自覚はある?』
手を見ると確かに小さいまま、ドリームランドと同じサイズ。
服はブカブカ、靴は脱げてパンツも脱げそう。
「どうすれば」
「このままで良いじゃないですか、可愛くて敵も油断しますよ!」
《それもそうね、良い子良い子、可愛い良い子》
「あの、あんまりその、程々に」
《そうなの?でも可愛いのは本当よ…あ、でも不便じゃ無いかしら?お洋服はどうしましょう》
『ロキに買いに行かせましょう、対価は魔法1つ』
《そうね、致し方ないわ》
「ちょ、ショナ、褒めてくれ」
「あ、え、真っ黒ですけど、小さくて、可愛らしいと、思いますよ。あの、小動物とか弟みたいなって意味で、愛らしいと言うか」
重い心苦しさを感じると同時に全身に激痛が走った、骨の軋む音が体の中から響く。
皮膚が引っ張られ、突っ張って伸びて、触れる何もかもが痛い。
目を瞑り、必死で手を握りしめ、歯軋りする。
刺さって剥けてヒリヒリする様に痛い、外側が痛い。
痛覚を切る隙も無い。
何時間にも感じた痛みの後、体内からの音が静かになる。
目を開け手を確認すると、体が元に戻っていた。
「はぁーーーー!くっそ痛かった」
「ショナさん、ドンマイです」
「いえ、大丈夫です、全然…」
「ごめん、ショナが嫌いだからじゃ無いのよ」
「じゃあ好きなんですね?」
「好き好き、蜜仍君もクーロンもコンちゃんも好き」
『モルモーも』
「好き、ヘカテさんも好き。心配掛けました」
《いいえ、ありがとう。でももう身体強化も変身も控えた方が良いわね、相性が良すぎて危ないわ》
「いや、そこをなんとか」
《さっきのは練習でも何でも無いのよ、イメージトレーニングの初期段階。夢遊病や、そのアリス症候群が潜在的に有ってはコントロールが難しいわ》
「一旦諦めましょう桜木様!次!影移動とかどうです?」
《そうね…コンスタンティンの影に入ってみましょうか、痛覚は切っておいて》
「はい」
痛覚を遮断し、コンスタンティンの影に跪く。
《影に触れて、影だけを見て、入り込むの。溶けて馴染んで影になる、影と影が重なって、1つになる》
窓から入って来た雲の影が、コンスタンティンと自分の影を覆い隠す。
ストンと入ってしまった。
入れたは良いが、出るのはどうやって。
【どうやって出るのヘカテさん】
《コンスタンティンの影と同じ形になって出て来るのよ、そこに光が射せば、形は現れるでしょう》
雲が晴れ、光が射すと地下から地上へ出れた。
出たは良いが、キメラだ。
自分までキメラになってしまっている。
「わぁ!モフモフですよ桜木様、すべすべだぁ」
『モフモフハナたん』
《僕と同じですね》
「もしかして、それで桜木さんの痛覚を?」
《えぇ、だからショナ君にモフモフされる前に戻りなさいね、ハナたん》
『モフモフハナたん、ショナたんモフモフ』
体が音を立てて縮んでいく、さっきより早く感じる。
痛みは無い、違和感だけが体を這い蠢く。
《無駄に器用と言うか、1周して不器用と言うのかしらね》
「痛くないし問題無し」
『ショナたんが落ち込むのが問題かもかも』
「ごめんて、恥ずかしくて戻れるんだって、ごめん、マジ」
《その子が居なかったら、誰に恥を感じるのかしら?》
「あー…居ないかも、戻れないと悲しむだろうって人は居るけど、だからって別に困らないと思ってしまう。その人から見えない様に離れれば良いとか思っちゃう、多分」
《それじゃあ戻れないリスクが大き過ぎるわ》
「仲良くする為に喚ばれた筈じゃ無いし、救う為に喚ばれたので、別に良いかと」
「だから、その思考だと魔王候補から抜け出せませんてば、桜木さん」
「そう、デメリットか?」
「定期的なカウンセリングが…嫌じゃ無いんですか?」
「別に、おじいちゃん優しかったし、ネイハム先生は目の保養」
「それは良かったですけど…」
「桜木様は、サリンジャー先生みたいなのが良いんですか?」
「見るのはね、ヘカテさんもニュクスさんも見てたいよね。綺麗なの見てたい」
《手に入れたいとは思わないの?自分に織り混ぜたくならない?》
「大それた事を、思わない。自分に混ぜたら美しいのが濁る、勿体無い」
《そう、なら結界と遮断の練習をしましょう、きっとアナタに合うわ》
「もう変身しない?大丈夫?」
《大丈夫、ふふふ…あら、眠い?》
「何か急に」
『それで良いんじゃないか』
『ねー、結界と遮断とか良いと思うよ。捕縛とか緊縛とか縛り系とか』
「スッとコッチに行ったり来たりって、なんでよ」
『魔力消費が激しくてストッパーが掛かったか』
『か、その島が強い神域だからかな、ココとの相性が良くて近いから、とか?』
『だな。まぁ、今は守りを固めて捕まえて、それで良いんじゃないか』
「戦闘力0じゃろがい」
『剣も槍あるだろ、盾でも殴ったりすんだから』
『後は雷電だね、でも一体、何と戦う気なのサクラちゃん』
「いっぱい、沢山」
マーリンの部屋の窓から外を見ると、沢山の人間が降っている。
雲1つ無い水色の青空から、雨粒の様に、雪の様に降り続ける。
紙吹雪の様に軽く。
沢山の人間が舞い落ちている。
『降ってくるのか』
『なんの暗喩だろ、一体何処から』
「空から、見えない所から」
『落ちたのが雨粒に戻ってるな。無害って事か?』
『本当だ』
いつの間にか外に出ていた。
自分の差す透明なビニール傘に、さっきまで人だった雨粒が当たる。
ポツ、ポツと、透明な傘に透明な雨が落ちる。
傘と雨粒を、ボーっと、ずーっと見ている。
『にしても多いな』
『転移なら切れ目が見える筈なんだけど』
「転移はもっと前にある、大きいの」
『どの位なのかな?』
「地球」
『地球って、1個じゃ無いの?』
『待て、ドリアードを呼ぶ、良いか?』
「うん」
庭の大きな木の枝が伸び、新芽からドリアードが顔を出す。
大きく伸びをし、口を開いた。
《やっと呼んでくれたのう、どうしたんじゃ?》
『地球は1つの筈だろ、この世界には』
《そうじゃが?》
『ほれ見ろ』
《ぬお!大地の色は少し違うが、ほぼ同じ地球と見える…が、どうなんじゃろか、ワシ直接見た事無いし》
『そうだった、ドリアードは知識に弱いんだったな』
《はん!》
『適任はクエビコ神か』
《ふん!そうじゃな》
『呼んでも良いかハナ』
「うん」
大木から2本目の枝が伸び、葉に包まれたクエビコさんが出て来た。
目を開け周りを見渡すと、小さな溜息を吐いた。
『もう少し空気の軽い雰囲気の中、呼んで貰いたかったんだがな』
《すまんのう、ほれ、アレじゃ》
『っ…地球にしては砂漠地帯が多すぎるが、ハナの居た地球か?』
「いや、知らん地球」
『クエビコ神、地球は何処も1つの筈だろう』
『あぁ、何処であってもそう仮定されていると聞くが。コレは一体』
《答え合わせをしようぞクエビコや、うぬの所に伝わる創世を教えてたもう》
『あぁ、良いだろう』
小さい惑星が何度もぶつかり、地球が出来た。
長い時を経て人類が発生し、文明が発達した。
神と神が海をかき混ぜ、泡が島になった。
浮島と地上、其々が戦争と融和を繰り返し、今の世界が出来上がった。
昔から転生者は産まれ出でていたが、異端とされていた。
そして何処かに文字が出来た頃、召喚者も降臨した。
そして転生者も召喚者もこの地に根付き、平和が訪れた。
筈が。
《ふむ、我の所と相違無いぞ。じゃがな、地球が来るなんぞ聞いた事が無い》
『あぁ、ワシの誕生より前は噂話程度の精度だと思って欲しい、が、同じく地球規模は聞いた事は無い。最近来訪が確認されたのはクトゥルフ神話の神々だが、侵攻してきたが併合された』
「僕ら人間にその情報は殆ど公にされてませんが…」
『お、ショナ君も来たんだねぇ』
「はい、鍵が浮かび上がってたので」
『神々の戦いは通常の人間には知覚出来ぬし、そもそも規制もされている。人が関われば別だがな』
『なら、人間だけの侵攻は何処かで、かつてあったのか』
『無い、人の身での異界渡りは本来不可能だと言われている、異界の侵攻は神霊が関わらねば起きぬ、と』
『えー、じゃあ神霊だけの侵攻は?地球丸ごと来た事も無いの?』
『丸ごとなんぞ、転生者の創作話にしか出てこん。神霊だけだとしてもだ、最大でユグドラシル程度の浮き島がやっとだろうと推測されている』
『そっか、じゃあアレは何だろうねぇ』
『ハナ、異界の地球が来るのか』
「みたい」
『ショナ君、君の上司に報告した方が良いかもね。サクラちゃん、ショナ君を目覚めさせてあげて』
「うん」
銀の鍵を出し、ショナに触らせるとロキに抱えられながら眠りに落ちた。
すうすうと眠るショナを布団に寝かせると、コチラに向き直り抱っこしてくれた。
『怖い?』
「すこし」
『だよねぇ』
ロキに抱かれ背中を優しく叩かれる、赤子の様にあやされ。
ホッとした気がする。
目覚めると、大使館のベッド。
横には心配した様子のクーロンと、爆睡する蜜仍君。
「どの位寝てた?」
『3時間程です。島では地上との連絡が取れないので、ココまで運んで来ました』
「ショナは?」
『報告に行ってます、もう少し眠りますか?』
「いや、お風呂入ってご飯食べる」
何だか狐に包まれた様に、頭の中がふわふわしている。
自分が何を言って、何を指し示したかは分かっているが、実感は全く無い。
本当に狐につままれたら、こんな感想が出るのだろうか。
取り敢えずケバブプレートを出し食事をとっていると、ショナが貧血を起こした様に真っ白な顔をして部屋へ入って来た。
「あ、起きてましたか」
「おう、悪い知らせが顔に出てるぞ」
「すいません、想定外で。他の地球が来るなんて、今まで無かったですから」
「たいへんだ」
「落ち着いてますね」
「今は狐につままれて包まれてふわふわしてるから、実感が無い」
「もしかして、察してたんですか?この事態を」
「そうなのかも、そうかも、そう、多分。凄いホッとしてる。溜まってたクソ出し切ったみたいな感じ」
「どれだけ切迫してたんですか」
「かなり」
「じゃあ、落ち着いてるんでしたら、少し柏木さんとお話し頂けます?」
「うん」
『あ、待って待って、俺も』
「ロキ!びっくりした。何してんの」
『だってー、誰も情報くれないかもだから、サクラちゃんにくっ付いてたら情報収集出来るかと思って。来ちゃった』
「大使館の人どうした」
『ちゃんと許可得たよ、サクラちゃんに会いに来ましたって』
「まぁ、許可されたなら良いけど、あんまりビビらすなよ大使館の人を」
『うん』
「じゃ、柏木さんと話すか」
太陽系の地球に、惑星が衝突した事で生命が誕生した。
海をかき混ぜ泡から島が出来た、と言うのも比喩的表現としても間違いでは無いらしい。
その海が太陽系で、掻き混ぜ棒が惑星、島が地球。
だがそれはあくまで可能性、シミュレーションでは計測されているが、ココの科学でも至ってはいないらしい。
【ですので、観測しうる限り地球と良く似た星は確認されていません。ですが神話を再定義し、地球同士の争いであった場合ですと、話が大きく変わります。我々が異界人である可能性が出てきますし、その第2の地球の痕跡を探す所から新たに始めなければいけませんから】
「その可能性を探るのは急務じゃ無いから良いだろうけど、科学的には星ごと転移は本来だと不可能な筈、で良い?」
【はい。あるいは、膨大な魔力を消費し、一部地域では天候悪化で人が住めなくなる程の状態になり、神々と人類の多くを犠牲にする覚悟があれば、可能性は僅かに有るそうです】
「そこまでして、やっと可能性か」
【はい、召喚や移動には膨大な魔力と計算式が不可欠、物質のある空間を開き移動しようとすれば衝突や重なりが生じます、それを回避する為の計算は現代でも不可能です】
「でも、呼ばれたんだよね」
【はい、神をも無しえぬ行い。某国はソレを奇蹟と呼び、ソレその物を手中に納めたがっているのです。神の御業として】
「さぞ複雑な心境でしょうね、この事態は」
【いえ、寧ろ大喜びです。ですので第2の地球こそ真の救い主、味方であるからして融和政策を進めるべきだと提言しています】
「わお、反対はしないけど極端だなぁ。友好的とは限らないのに」
【神託の内容から、敵では無いと判断した。そう宣言していますからね、降る人の雨は恵みである。と】
「今回は感情が一切絡まんかったから印象が湧かんのよね、良いか悪いか、敵か味方か分からんのに」
【基本的には、天使の言葉や神託以外は聞く耳を持っていませんから、例え何を言っても無駄でしょう】
「ややこしや」
【えぇ…それにしても、随分と落ち着かれていらっしゃるので安心しました】
「デカい神託が出たんで、スッキリふわふわしてます。多分、もう落ち着きました。今まで心配かけました」
【いえいえ、心配等と烏滸がましい事は出来ません、我々は桜木様を信じていますから】
「ありがとう柏木さん」
【いえ…そちらはそろそろ夜明けですか?少しでも構いません、ゆっくりお過ごしください】
「うん、ありがとうございました」
【はい、では】
『どうするサクラちゃん』
「知識の泉に…?」
『片目失っちゃうよ?』
「左足とかになんないかな」
「やめてください」
「はいはい。柏木さんはあんなに信じてくれてるのに、ショナは信じてくれないよなぁ」
「信じてますけど、色々と見て来てますし」
「しょうじき」
『ご主人様の日頃の行いがアレですからね』
「うぐぅ」
『思い付いちゃったら動いちゃうのはしょうがないよ、ねぇ?』
「なにかはなしたか」
『大丈夫ですよご主人様、何も話してません。今さっき会ったばかりですから』
「あ、はい、僕もです」
『え?何々、何があったの?』
「いうな」
「はい」
『戻るの』
『えー、教えてよぉ、何でそうやって誰も何も教えてくれないのさぁー』
「思い当たる節しか無いでしょ」
『うーん?』
「ヘルに聞きなさい」
『うん!で、どうしようか、戻る?』
「だね、戻る。ありがとう、じゃあね」
『うん、またね』
蜜仍君を起こし、大使館を出た。
朝日と共に島へと上がるにつれ、雲間から天使の梯子が射した。
金色の朝焼けが余りに綺麗なので、携帯で写真を撮り、待ち受けにした。
綺麗なのは好きだ。
『いらっしゃいハナたん』
「おはようモルモーたん、ヘカテさんは?」
『こっち、裏庭でお茶してる』
噴水に反射する朝日を浴びるニュクスさんとヘカテさん、何やら楽しそうに談笑している様子。
近づいて良く見るとヘカテさんは銀髪を靡かせ、少し年が上がっているようだった。
《いらっしゃいハナ、ニュクスとお茶をしてたの。さぁ、どうぞ座って》
「お邪魔します、ニュクスさん、ヘカテさん。あの、地球と地球が戦う際に勝てる何かをお願いします」
『そうねぇ…相手の火山を爆発させるのは、どうかしら』
《そうね、雷電で火山に刺激を与えれば良いわ》
『それか、大物から順番に雷を落とせばなんとかなるわ…木は燃えるし機械は壊れるもの』
《結界で防ぐにも限界があるものね、地球全体を結界で守るには膨大な魔力が必要になるのだし》
『守れても、大きな攻撃を受けていてはいずれ壊れてしまうし…防衛戦は持久力よ』
《兵糧に水攻め、毒霧を撒くのはどうかしら》
『最初から、総力戦がオススメだわ…手の内がバレる前にあらかた叩くの』
《戦意を削ぐのが重要ね、徹底的に最初から全力で叩くのよ》
『そうそう…サーチ魔法は持ってるかしら?敵の力量が計れてこその総力戦よ』
「サーチとは?魔力は少し見れますけど」
『それよそれ…なら次は、不可視の魔法ね』
「魔道具なら」
『飛び道具は…?』
「はい、むしろ何でも飛ばします」
『そう…良い子ね、良く準備したわ』
《本当に、後は落雷の練習ね。杖を出して…そうね、そこの海に縦に線を描くのよ、好きな色で描くの》
『大丈夫よ…人も獣も居ないから安心しておやりなさい』
《音と色さえイメージ出来れば大丈夫よ、最初は厚い雲を始点に描いてみると良いわ》
遠くで鳴る雷鳴、細く青白い線をイメージしてマーリンの杖を降り下ろす。
数秒後、遠くの厚い雲から海に、雷が落ちた。
「こんな簡単に」
『ね…だから使える人は皆、殺されちゃったのよ…』
《大昔…魔女狩り、虐殺があって大変だったの。私の弟子も、沢山、亡くなったわ》
『だから…平和になったらおいでなさい、下界は危ないわ』
《そうね、折角世界を救っても、また殺されてはジャンヌも悲しむわ》
「やっぱり殺されちゃうのかぁ」
「いいえ!昔と違って今は大丈夫です、その為の安全装置も安全策も沢山あ」
「そうやって僕らみたいに監視して、管理するんですか?」
「それは、保護し守る為であって」
「平和になってから、桜木様の生活はどうなるんですか?今、言えます?」
「確かに気になるが」
「…先ずはお仕事と住居の斡旋をし、魔王候補から外れたとしても月1のカウンセリングの管理。一般人との関わりが始まる段階では、友人や交友関係、関係者の調査。以後は住居の安全確認等の定期点検に従者が赴き、金銭管理やメンタルケアを総合的にフォロー。召喚者様の望む生活をお手伝いする、決まり、です」
「ね?監視とどう違うんです?」
「目的が違います。破綻させない、傷付けさせない様に。本当に、守る為なんです」
「良いね、強制的に構ってくれるのか、義務で。だからタケちゃんの所は従者を結婚相手として付けようとしたのか、そうなったら監視が容易だもんなぁ」
「それはあくまでも副産物であって」
「悪いとは思って無いよ、管理されたいダメ人間的には凄く良いと思う。マジ、全然良い。でも構われるのが義務感からってのはね、そこは引っ掛かる。仕方無いにしても切ないでしょうよ、召喚者としては」
「安心して下さい桜木様、僕は違います。構いたくて構ってるんです。ついでに言いますけどショナさんが言えないだろう話も、今させて頂きますね、従者の十戒です」
1、世界を嫌わせるな
2、従者自身を嫌わせるな
3、観察せよ
4、情報を引き出せ
5、心を開かせよ
6、支え守れ
7、命を捨てるな
8、最後まで生き残れ
9、心に入り込み楔になれ
10、上記を決して気取られるな
「何で蜜仍君はそれを喋っちゃうのか」
「こんな十戒を抱え込んで親しそうにしてるショナさんがムカつくんです、桜木様の事をちゃんと考えてるか、全然分からないんです」
「それは大丈夫、心配してくれてありがとう」
「あんなモノが根底に有るのに、桜木様は嫌じゃ無いんですか?」
「集団になれば群衆心理が働いて、異分子が排除されるでしょう。なのにショナは苦言だ注意だ目立つ事をしまくるのよ、率先してやってんだから、ショナに他意は無い。筈」
「蜜仍君。十戒は、先ず最初に標語として覚えますが絶対じゃ無いんです。狡いと思うからこそ、心を開かせようとか入り込もうと思って行動してはいません。そうなって欲しいとは思いますが、無理になんて。無理ですよ、桜木さんは頑固ですし」
「ですよねー」
「良いんですか?あんな標語があって、監視されちゃうんですよ?」
「それなー、言い方次第、捉え方次第。親が過保護で助かった面も有ると思う、病弱だったからマジで放置されてたら死んでたと思う。だから、無視より構われる方がマシに思えるのかも」
「桜木さん、それマイナスの振り切れ方では」
「嫌か、我儘め」
「桜木様は、どうしてショナさんを信じられるんですか」
「考えた事も無いが、殺せるからじゃね?裏切ったら秒で殺しちゃうのも有るし、長く居ると嫌な面が見えそうで、だから遠ざけたかったのも有るんだけどー。もしかして、土蜘蛛さんも心配してくれてるの?」
「そうです、僕も土蜘蛛様も…今は大丈夫でも、場合によっては監視や管理が厳しくなる事だって有るんですから。だから心配なんです、だから里に嫁いで来て下さい」
「ありがとう。それよりだ、手助けが義務でってのがなぁ」
「桜木さん、それは従者の補助は国の義務って事で、本質は公的に国が手助けします、窓口は従者。って事を文書にしただけですから」
「マジで?」
「はい、そうです。保証人は国です、国は本当に宝だと思ってるんです。転生者様も召喚者様も」
「かーらーのー?」
「完全に誂う方向ですね」
「はい、だそうですよ蜜仍君、万が一、やっぱダメだと思ったら召し上げられるか里に匿って貰うから、宜しくね」
「じゃあ桜木様は、魔王になんかなりませんよね?」
「そこ?善処する」
「約束してくれないんですか?」
「考えとく」
「何で、約束してくれ無いんですか」
「万が一破ったら怒るでしょ?」
「どうしたら約束してくれますか」
「出来ない約束をして欲しい?」
「そうじゃなくてぇ」
『あ、ハナたんが泣かせた』
『ハナはいけずね…頑張ったわね、坊や』
《いけずでも出来ない約束をしないのは偉いわね、ハナは魔の色が濃いもの》
「ごめん…魔の色って黒色の事?」
《そうね、黒色の発生の半分は環境なの、だからハナは雷電が使えるのよ。今この世界に雷電使いが居ないのは、平和だからでもあるし…》
『あ、ロキ様が来ました。ただお話しを、と。如何いたしましょう』
《そう、呼んで来て頂戴な》
『はい』
「もう、何で桜木様は約束してくれないんでずがぁ」
「破るかも知れんから。君の里が滅ぶ位なら、なっちゃうぞ」
「皆上手く逃げるからぁ、大丈夫でずっでばぁ」
「それは例えで…ほら、あのキノコの和え物とか温泉とか、守れたら良いなと思うワケよ。美味しいから」
「あのキノコの和え物はぁ、おどうざんが作ったのでずぅ」
「美味しかったって言っといて。つかさ、魔王になったら人に戻してよ、手段はアレクか白雨に聞いて」
「!でもダメでず、苦しいって、嫌なごどいっぱいあるから、魔王になっちゃダメでず」
「美味しい物を沢山食べれば心変わりするかも、そこはかなりの執着があるから大丈夫」
「本当でずが?」
「マジマジ、だから泣き止め。良い子良い子」
『お邪魔しまー…あぁー!サクラちゃん蜜仍君を泣かしてるー!』
『いけずハナた~ん』
「ロキ五月蝿い、なんか服焦げて臭い」
『何かさっき雷に打たれかけちゃって、避けたけど少し焦げちゃった』
「ごめん、ワシかも」
『海に?』
「うん、あそこらへん」
『それだ。死ぬかと思ったよー、凄い威力だったぁ』
「ごめんよ」
『幸運なのか不運なのか…どっちかしらね、ヘカテ』
《そうねぇ、1周して不運かしら》
『どうもヘカテ神、ニュクス神、結界はもう教えました?』
『あら、あらら…つい戦の話で忘れてたわ』
《そうね、つい血が滾ってしまって、ありがとうロキ神》
『いえいえ。ではヘカテ神、ショナ君に強い結界魔法はどうでしょう、守りは大事ですから』
《そうね、坊やが泣き止むまでお教えしましょう、無垢な従者》
『では、ニュクス神はコンスタンティンへご指導はどうでしょうか、まだ未熟者ですし』
『そうね…おいでなさい、戦いの子』
「ありがとうロキ、少し話が脱線してて」
『だよね、彼女達はあぁ見えて闘神だからねぇ、ゼウスも恐れる女神達。戦の話はつい、ハッスルしちゃうんだ☆』
「それはそれで面白かった、勉強になった」
『総力戦の話とか?』
「おう、毒撒くのは良いなと思った」
『流石魔王候補』
「ううっ、うぐ」
「大丈夫大丈夫…先ずロキおじちゃんは、蜜仍君に謝ろうか」
『え、ごめんね?蜜仍君は本当にどうしたの?』
「魔王になって欲しく無いって」
『あ、そうか、ごめんよぉ、半分冗談だよぉ』
「ロキ神も、桜木様を魔王にさせないで下さいね、最悪は召し上げて下さっても、だから、お願いします」
『うん、そのつもり、最大限努力するよ』
「え、ダメだよ、地上で過ごしたい」
『えぇ、ここ拒否する所じゃ無いでしょう』
「嫌だよ、ロキの娘とか魔王候補と変わらん。ヘルには悪いが断固拒否、エイル先生が良い」
「じゃあ僕からエイル先生に頼んでおきますね!」
「うん、頼むよ」
『泣き止んだわね、顔を洗いに行きましょう』
「はい」
「ありがとう、モルモーたん…ロキも魔王候補と思ってたのか」
『聞いた。それに外側の黒い魔力、歪で歪んだ良い匂いがするし、居心地が良い』
「無かったら近寄らなかったか」
『性格によるかなぁ、あんまり潔癖で神経質はちょっと』
「潔癖で神経質だが」
『違う違う、そうやって比べないのが良い』
「比べてる、戦闘力とか超比べてる」
『そう言う屁理屈が堪んない』
「変態だぁ」
『そうそう超変態、俺もロキたんとか呼んでよぉ』
「変態」
『んふ、でも魔王になるのは良くないのは本当、召し上げようってのも本当』
「魔王は忌避するつもりだけど、召し上げは考え無い様にしとく、少し楽しそうだ」
『やっぱり、そういうのも魔王候補なんだよなぁ』
「マジでそれさぁ、今後は蜜仍君の前で言わないで、絶対に、本当に」
『はいはい、じゃあ心を入れ替えて魔王の選択肢を消してね?長い目で見たら良い事なんて殆ど無いんだから』
「はい、頑張ります」
「ただいま戻りました!」
「はいよ、じゃあヘカテさん所に一緒に行こうか」
「はい!」
『ではロキ神はココで、貴方に知られては不味い魔法ばかりですから』
『はぃ…』
結界はガラスドームのイメージ、大きくすれば薄くなり守りが弱くなる、厚くすれば面積が小さくなってしまう。
何重にも張るのがセオリーで、内側程厚くするんだそう。
良く使われるのは相殺減衰、反射の万能版。
水が来たら自動で土や火の魔法で打ち消してくれるやつ、要するにカウンターなので凄い消費するんだそう。
普通の反射は、種類毎に貼るので耐久値高め。
火・水・風・土は工場や施設でも使われるメジャーな魔法らしく、反射と言うか弾くんだと。
吸収は、魔法の魔力を吸収しきれなくなると魔力が暴走するので、通常は絶対に1人では行わず複数人で行い、解除し易い様に何枚も薄く張るんだそう。
剣や拳等の物理は、結界石で土地レベルで排除する機能だそう。
コレは精霊にお願いするんだそう、要石の加工と精霊が認めるかどうかで出来ると。
金属なら土の、木製なら木の、そして人間はマヨイガなので相性が良い精霊なら何でも良いらしい。
そしてヘカテさんの反射と吸収、相殺減衰の結界を実際に見せてもらった。
虹色に輝くのが相殺減衰。
ツルツルで無色が反射。
少しザラついて景色の色味が薄くなるのが吸収。
《どれが好きかしら?》
『私は相殺減衰、景色が綺麗に見えて好き』
「どれも好きで困るわぁ、今は吸収かな、冬みたいで今と合う」
《手を輪にして、見本と同じモノをイメージ、シャボン玉を膨らます様に吹くの、そうすると感触があるから伸ばす。最初の一息で人1人分は膨らむかしらね》
「大きいのはどうやって?」
《それはもう大きいのを、ドーンと膨らますイメージで吹くの、こう広げる感じよ。慣れれば吹かなくても良いし、形だって四角でも星でも良いのよ?》
アバウト、抽象的。
某野球監督の様な説明、天才は皆こうなのだろうか。
とりあえず相殺減衰は謂わば万能属性なので、何に何が対応するか理解し思い浮かべられれば良いんだそう。
後はもうとにかく掌で丸を作って、言われた通りシャボン玉を広げる感じに吹く。
「ふーっ」
息を吹くのと同時に手に粘ついた感覚を覚えたので、それを大きく広げると一気に3㍍程まで大きくなった。
良いんだか悪いんだか分からん。
『ダメ、ですね』
「あら」
《耐久値が無いわね、残念だわ》
『拒絶したり、形作る気持ちが大事』
《変化と同じで、もう少し内面が成長したらね》
「へい」
《ふふ、そう落ち込まないで、魔法は沢山有るんだから》
『次は、どんな魔法が知りたいですか』
「鍵とかの解除とか、あれば」
「桜木様はチャレンジャーですね、余生の監視が本当に厳しくなっちゃいますよ?」
「だから、そうはなりませんてば」
《仲良しね。ハナ、鍵の構造は分かるかしら?》
「なんとなく」
《それよ、そのイメージで開けるの、カチャって》
『では、この宝箱を』
モルモーが影から取り出したのは、鉄と木で出来た使い古された2つの木箱。
その横でヘカテさんが魔法円を描いた。
《この魔法円を何層にも分けて書くのよ、見てて》
地面スレスレに光で描かれた複雑な図柄の魔法円が、鍵穴に吸い込まれた、かと思うと鍵穴の前に崩れた図柄が浮かび上がる。
バラバラだった魔法円の記号が前後に分かれ回転し始める、ダイヤル錠を回す様に右へ左へ。
魔法円が完全に元の図柄に戻ると光り、木箱からカチャンと音がした。
「そんな複雑な記号の暗記ムリ」
《最初はもっと簡単でもいいのよ、そもそもこれは私の好みだから。好きな記号や線画で良いの》
「え?単なる趣味だったんですか!?」
「ん?どしたショナ」
「桜木さん、その図柄を完全に覚えて綺麗に描けないとダメだと。僕が習得出来無かった魔法の1つなんです」
《あら?直近でも、教える際にはそんな事を言った覚えは無いのだけれど?》
『情報は変化するものです、直近でも100年は経過してますよヘカテたん』
《でも、どうして、そう変わったのかしら?》
「簡単に覚えられない様に、人がルールを変えたとか?」
《それで継承者が途絶えては、意味が無いのに》
『それは置いておきましょう、さ、どうぞ描いてみて』
絵心が試されるが、それは無いので記号に逃げた。
三重丸の最初の内側に雌雄の記号、次にトランプ柄、中央に五芒星。
完成したと思うと吸い込まれ浮かび上がり、元の図柄を思い出す間に解錠された。
「そら難しくルール変えますわな、余りにチョロい」
《上手よ、難しい鍵を開けたい時はもっと複雑な柄にすれば大丈夫、ちょっと書き足せば良いの》
「暗記で挫折する人が殆どでしたけど、こんな簡単だって知ってたら、確かに悪用が増えますね」
《でも柄より想像力、発想力の問題なのよ、それが乏しいと魔法の会得自体が難しくなってくるの。リミットが掛かれば、会得は容易では無いわ》
『抑圧からのイメージング。平和なのは良いけれど、少し淋しいです、魔法が衰退する事が』
「なるほど?妄想なら得意。何でも解除出来る?魔道具とか魔法印のレジストを解除させたりとか」
《ふふっ、試してご覧なさい》
ショナの前に図柄を描こうとしたが、書く前に走って逃走された。
はやい。
『とりあえず書き上げると良いです』
《そうそう、矢印でも書いて、トンってしたら追い掛けてくれるわ》
先ずは五芒星を描き三角部のてっぺんに1つ点を加えた、そして時計回りに三角内部に点を増やしていく。
その外側に六芒星、その三角内部にα、β、Ω、x、y、zを入れ、中央に上向きの矢印。
丸で囲み雌雄とトランプマーク、思い出せる限りの星座。
まだ発動しないので、更に外側に円を足し、あいうえおと50音を書き足すと魔法が発動した。
遠くに居るショナを黙視後、トンと図柄を叩くと薄く発光し浮かび上がり、分離した。
そして人や物を避け一目散に図柄が地面を這った。
気付いたショナが跳躍するが、その何倍ものスピードで迫る魔法円。
それは影に逃げても続き、浮遊していた魔法円が影に吸い込まれた。
接触したのか、足元の地面にうっすらと光っていた元の魔法円の図柄が、バラバラになって浮かび上がる。
木箱の時とは違い、前後に何層も分かれた文字や記号が、ダイヤル錠の様に左右に回転し填り、元に戻っていく。
早々に諦めて戻って来たショナの前には、魔法円が浮かんでいた。
そうしてショナの目の前で同時に完成した2つの魔法円が強く輝き、何処からともなくカシャンと開く音を立て、魔法円は消えた。
「お」
「【レジスト】」
「あ、ひどい」
「酷くないです、ココは影響力が凄いみたいなんで、無いとどうなるか」
「ケチ。解除された時とかどんな感じよ?」
「どんな変化も無いので怖いですね、乱用悪用禁止です」
「カシャンって言わなかった?」
「はい、何も。桜木さんが反応したので張り直しただけですから」
『対象となるモノには感知出来無いです』
「ほう、良いね」
《上手だったわ、後は書かなくてもイメージ出来る様になれば完璧よ。態々書かなくても済むから》
『あの外側の記号は?複雑で多くて、良かったです』
「ひらがな、日本の文字」
《良いわね、教えて頂戴》
即席の青空教室が始まり、地面にあ、い、う、と書いていく。
合間に蜜仍君が成り立ちを説明し、ショナが意味を説明する。
2人とも説明が上手。
似ているから衝突するのか、同族嫌悪か。
「仲が良くて宜しい」
「僕は嫌です」
「なんで」
「平和になったら掌返すかもですから、桜木様の将来の敵は僕の敵です」
「立場は分かりますが心外です、掌返したり、まして敵になる様な事はしませんよ」
「だって、桜木様に内緒にしたり、言わないが多いんですもん。国に仕えて、桜木様に仕えてる様には見えません」
「それは」
「そら仕事だし、雇われはそんなもんでしょうに」
「それは、そう見せた僕の落ち度かも知れませんが、仕えるのは召喚者様です。標語にならない程、基本中の基本ですから」
「じゃあ、僕にも桜木様にも言えない事って、もう無いですか?」
「はい、ありません」
「納得した?」
「まだです、これからの態度と言動次第です。今後も見極めさせて貰いますからね」
「頼むよ、大いに従者を監視してくれたまえ」
「はい!」
「好きにして下さい。じゃあ休憩にしましょう、魔力を使用しましたし、残量を計測させて下さい」
「うい」
モルモーがコンちゃんとニュクスさん、ロキを呼びに行きピクニックが始まった。
ニュクスさんは日光浴、ヘカテさんは甘いお菓子をパクパク食べる。
ロキはケバブプレートを美味しそうに食べている。
「そろそろ魚介も食べて貰えますか?」
「はい」
「ネギトロ丼だぁ、僕もそれ下さい」
「市場で買った物以外に、魚介類で好きな物って有ります?」
「マグロ…穴子、ハマグリ、イカ…魚は火が通ってたら大概好き、炙りとかも。ホヤとか赤貝とか磯が強いのは無理」
「今度、鍋とかどうです?」
「良いね、あん肝とか白子をポン酢で食べたい」
あの夢以来、ピクニックや公園が苦手になったが、ココなら大丈夫だろう。
強い人が居れば安心。
「桜木様、他の魔法は良いんですか?」
「他に魔法が思い付かんなぁ」
《現代の魔法は最早魔術よね、式があって成り立つ。本来の魔法はもっと豊かで型に填らない、感性から出るモノなのよ、本当は》
『火を出す魔法にファイアと名付け、固定しマニュアルを作った。そこまでは良かったとは思います』
『名もなき魔法は他者に伝わり難いもの…そうすれば自然と広まる事無く消える。消されたのもあるけれど、寂しいわね』
『大変だねぇ』
『貴方が主犯のも結構ありますが』
『俺は引き金ってだけで、消したのは俺じゃなくて人間でしょぉ』
《まぁ、そうだけれど、魔法使いは少なからず起因の貴方を恨むモノも多いから。仕方無いわ、我慢すべきよ》
『そうね』
『えー』
「あ、メテオとか有るのかしら」
《どんな魔法かしら?》
「宇宙からデカい超新星が降って来て、地球壊滅」
『まぁ素敵…名前も良いし具体的で良いわね、これぞ魔法って感じよ』
『でも、我々の魔法の範囲は大気圏内限定ですから難しいですね。例え超新星や星を呼べても来るまで時間が掛かりますし、規模は壊滅させられる程の物は瞬時に魔力を消費するので、最悪は魂が消滅しかねない』
「うん、そういうのだ。呼んだ人はその時に殺されてた、そうで無くても多分死んでた」
「やめてくださいよ」
「しませんよ、そんな捨て身。やるなら他の方法でするさ」
《あるの?地球を壊す魔法》
「やっぱどでかい地震じゃ?」
『膨大な魔力が必要ですね、発現するまで少し時間も掛かるかも。範囲によっては魔力が無限に吸われます』
『あの感覚が、怖いのよね』
「エリクサー飲みながら魔力注ぐとかじゃダメなの?」
《さっきの星呼びと違って、継続して大量に持っていかれる筈よ、普通なら何処まで注げば良いのかも分からないでしょうし。人が吸収出来る程度のエリクサーじゃ、焼け石に水じゃないかしら》
「この魔力量でも無理?」
『神の加護の無い小規模な島なら』
《地球1個は、そうね。この世界の全ての神々と、人口の8割を持ってすれば、可能じゃないかしら。余程備えて、何とか生き残れれば、ココの人類が生存出来る、かしらね?》
『そうね』
「えぐい、じゃあ毒霧?」
『ねぇねぇ、そもそもだよ?あの距離が本当なら、星同士が惹かれ合って衝突しちゃうんじゃない?ショナ君、何か知らない?』
「はい、その危険性は示唆されています」
《それなら、星を動かす程度で済むわ。回転を早くする程度、ハナの魔力量でも可能かも知れないわね》
「おぉ、たのもしい」
『だねぇ、だからサクラちゃんのその魔力量が必要なのかな』
『他の召喚者の説明が付きませんが』
《そうね、友好的な政策に便乗した反体制派が攻めてくる、とかかしら?》
『若しくは、サクラちゃんが寂しく無い様に呼んだだけだったりして』
『かも知れません、世界の考えは分かりませんからね』
『本当に…そもそも、考えて動かしているのかしら?』
《動かしてるかどうかも、分からないもの》
『本当に…真意を測りかねる事ばかりだわ』
『夢が全部外れて、軽い天災で済むのが1番なんだけどなぁ』
「ね、それならどんなに良いか」
『やっぱそれは無理かぁ』
「感想としては、アレは揺るがない」
『じゃあ最悪を想定して、後は好きな事しちゃうのも良いんじゃない?思い付く限りの欲しい魔法は得たんだろうし』
「まぁ、焦りが消えたせいか特に何かを思い付かんしなぁ」
『思い付くまで練習して…また、来ると良いわ』
『うん、また来て。その従者のレジストの魔道具が悲鳴を上げてる、ハナの魔力と干渉して壊れかけてる』
《あら、そうね》
「そうなのショナ?」
「いえ、何も、大丈夫そうですけど」
『干渉での壊れ方は様々、音も無く外装の損壊無しで壊れる事もある。ココでの影響を端的に説明するのは難しいけど、ふとした瞬間に大きな衝動の波に呑まれると思う』
《そうね、ハナたんと居るなら、魔道具か魔法のどちらかにした方が良いわ》
『もう…小さな裂け目が出来てるわね』
「あら、急いで帰ります。お邪魔しました」
《いつでも歓迎するわ、また来てね》
『えぇ…気を付けて帰るのよ』
『またねー』
『お送りします、土壇場でロキにちょっかいを掛けられたら敵いませんから』
ロキが来た方向へ急ぎ、楽園の端から空間移動し、研究所へ向かった。
鑑定の結果、微小ながらも致命的な破損が内部で起きていたそうだ。
あぶない。
「あのまま居てどうなってたか気になる」
《ですよね!その記録も欲しかったなぁ》
「嫌ですよ。それで、前から桜木さんの魔力と干渉してたんでしょうか?」
《記録確認したけどココ最近みたい、顕著なのは前の魔素の暴走と、嫉妬に会った時のだね。で、次は嫉妬が消えて強く出た》
「嫉妬の能力引き継いだ?」
《いや、嫉妬は魔力容量が少なくて常に溢れてた、尚且つ特定の魔素が集中してたから、あんな事態になってたみたい。だけどその能力が消えて、嫉妬に集中してた魔素が似た性質の桜木様に集中した、磁石みたいに。暫くは1日と同じ場所には居ない方が良いかも、出来たら小まめに反対側に移動すれば吉。魔素の濃い場所は避けて下さいね》
「大気圏辺りに行って、パッパと払えないもんかね」
《余計危ないなぁ、宇宙は濃いから大気圏周辺と地上の濃い場所は同程度。あ、ヘルヘイムならどうだろうか、魔素も逃げ出す死の地だから、兎に角今は、そういった場所がオススメ》
「逃げ出す?だから生命が無いの?」
《うん、だから自然に植物が育たない。桜木様の育てた植物にはそこに適応した魔素循環が備わったからこそ、今でも元気なんだと思う。けど、現地に行って調べたぃ》
「ヘルは人見知りだから難しいよ、何か計測器借りられるならやるけど、それも期待しないで欲しい」
《良いんですか?!お優しいし柔軟で感謝です、じゃあコレとコレと…あ、ショナさんの代替機はコレです》
複数の測定器を預かり、次はリズちゃんの元へ出向く。
久し振りだ。
「久し振り」
「今度はナニしに来た」
「別に何も」
「じゃあ何だ」
「顔見に来ただけ」
「そうか、どうだそっちは」
「見ての通り普通。いや、デカいクソして落ち着いた感じ」
「お前その表現やめろよ、他に無いのか?」
「無い、思い付かん」
「こう、憑き物が落ちたとかあるだろう」
「憑かれた事無いし」
「そうなんですか?ドリームランドでは憑かれたみたいでしたよ。殆ど、もう1個の地球から目を離しませんでしたし」
「神憑りか」
「それにしろ。だが俺は信じないぞ。他の地球ってアホか、比喩表現だろ、俺は信じんからな。信じたくも無い」
「だよね、わかるぅー」
「なんだ、余裕ぶっこかれるとイライラするな」
「アレの日か?」
「ころすぞ」
「こわぃー」
「何でそんな落ち着いてられる、弩級の神託だぞ」
「あの焦りが皆に伝わったからじゃん?知らんけど」
「本当に、クソした後の犬みたいに落ち着きやがって」
「ほら、そんな表現になるじゃんか」
「クソっ…で、今後の予定は有るのか」
「今日すらない」
「なら来い」
リズちゃんに案内され研究所の奥へ入ると、真っ白で美しい機械人形が吊り下がっていた。
黒髪に青い瞳、顔だけ見れば本物の人間そのもの。
球体関節の隙間からは配線が見える、何処かで見た様な。
「電脳芸者か」
「あぁ」
「じゃあ少女のゴー」
「いや、お前の精霊を入れたい」
「ソラちゃん?なんで?」
「最初は純粋に義体を作ってたんだが、積載されたがる奴が居なくてな。で、ドリームランドで蝋燭の月に精霊が入った報告書を読んだ。他の報告書もな、それでこう転換した、肉体の無いモノの器にと」
「てんさい」
「おう、お前の精霊が入ってくれるなら、1度テストさせて貰いたい。動くか、改善点はどこか探りたい」
「ソラちゃん、入ってくれる?」
《了解》
光の粒となったソラちゃんが、リズちゃんの指示したコア部分の心臓へ入る。
背中の配線と繋がっているモニタには、心電図の様なメーターやなんやら、ごちゃごちゃとした何かが表示されている。
数値は上々、安定、正常値だそうで、問題は無さそう。
「手指はこう、動かせるか?」
《はい》
リズちゃんのやる通り、手を拡げ、1本づつ握り込む。
手首等は360°回るので、ぶっちゃけ少しキモい。
「次は口を動かして、喋ってみて欲しい」
《あー、いー、ゔー、えー、おー…》
「最低限の表情筋しか搭載してないが、喋りに問題は無さそうか?」
《はい、もんだい、ありません》
「はぁ、ソラちゃんかわよ」
「桜木さん、何でも良いんですね」
「なんだその人を雑食みたいに言って、好みはちゃんとある」
「ショナ君はこの良さが分からないか、残念だ、アッチ行け」
「ねー」
「なー」
「コレは試作機?今欲しいんだけど」
「いや、実機だ、試作機には声帯はあるが口は開かん。表情も無い、実生活じゃ不便だろ」
「あぁ、オタクめ」
「分かるお前もオタクだ、試作機なら出せるが性能はかなり低いぞ」
「良いからくれ」
「テストしてからだ」
壁から出て来たのは、黄色い透明な袋に真空パックされた白髪の試作機。
人工皮膚を被せたので、この保存方法らしい。
「ほんとか?」
「あぁ、試しにやったら意外とイケた」
「お前が魔王候補になったから凍結されかけたんだ、で、実機に移った。アンドロイド自体は合法だからな、申請方法を変えて継続させた」
「ココにも余波が、すまん」
「良いさ、政治は知らんが馬鹿は何処にでも必ず居るんだろ。じゃあ、頼む」
《はい》
実機の経験のお陰なのか、今度はかなりスムーズに動く。
試しに立たせると、ゆっくりではあるが歩けもする。
そして幾分か喋り易そうだ、発声が滑らか。
「良い感じ?」
《はい、先程のより動かしやすいです。慣れるまでは機能が多いと負担も増え、ラグが生じます。機能の削減を提言します》
「どの機能だ?」
《涙腺機能、プロジェクター、音声認識、顔認識、リモート機能、それから…》
痛覚等のソラちゃんにとって不要な機能が切り離され、再稼働されると動き、反応が更に上がった。
今度はその空き容量にソラちゃんが要望する機能のデータが入り、再々起動を繰り返していく。
そしてソラちゃん、リズちゃん共に納得のいく義体が出来上がった。
「はぁ、どうだ」
《はい、問題有りません》
「で、くれんの?」
「ダメ、だが、知らん間に消えてたら分からんからなぁ」
「ありがとう、リズちゃん」
「さー、急に腹がアレで、トイレ行くぞー」
リズちゃんが部屋を出て直ぐに試作機の義体をしまい、研究所からも出た。
コレはちょっと悪い事をした気分だ、このまま浮島に逃げる。
「どうすっかな」
「ご飯に行きましょうよ、桜木様の好きな物を沢山味わって貰って、沢山執着して貰うんです。うっかり魔王にならない様に、色々行きましょうよ」
「今は何が美味しいかなぁ」
「まだ冬ですし…ジビエでしょうかね、春になれば山菜が美味しそうですけれど、食べれます?」
「たらの芽とミズなら」
「ミズ、ウワバミソウですね!美味しいですよね!もうちょっと暖かくなったら出回りますよー」
「ウワバミソウですか、調べておきますね」
「ありがとう、箱単位で食いたいわぁ」
「後は少し早いかも知れませんが、筍ですかね」
「新鮮だとお刺身で食べれるんですよー」
「良いね、きのこも好き、川魚の塩焼きも好き、内臓は嫌い」
「苦いですもんね」
「沢蟹カリカリしたい、歯応え良いのも芳ばしいのも好き。蜜仍君は?」
「明石焼き!行きましょ!」
「良いね、本場に食べに行こうか」
「はい!」
夕飯時の明石市に、空間移動した。
出汁の良い匂いと、玉子が焼ける匂いがそこかしこから漂ってくる。
1軒目はお出汁があっさり優しめ、玉子が少し硬めの焼き加減。
2軒目はカツオがしっかり効いて、玉子はふわふわだった。
3軒目は昆布が強め、玉子はとろとろ。
4軒目は出汁は薄いが、玉子はぷるぷる。
「はしご明石焼きって」
「次、全部食べるぞー」
「はーい!」
タコ飯も頼みつつ、行きの合間にケーキ屋で売っていたクッキーをつまみ。
遂に近隣10軒のお店を制覇した。
「持ち帰りも有って良かったですね」
「ねー、蜜仍君は何処が好みだった?」
「3軒目が好きです」
「わかるー、ねー、ショナは?」
「僕は8軒目ですね」
「五目焼きが良かったね、家でも作って食べたいなぁ」
「良いですね!作りましょ!」
「銅板買わないとですね、さっきのお店で聞いて来ます」
「作った事、有ります?」
「明石焼きは作った事無いわ」
「じゃあ僕がお教えしますね!」
「宜しく頼むね」
「はい!」
「お待たせしました、もう少し行った所の金物屋で売ってるそうですよ」
金物屋で銅板等の道具を買い、玉子やタコ等の材料を揃えた後、ヴァルハラへ。
戦闘練習にニブルヘイムに来てくれと、フギンとムニンにロキが言付けしていたので。
そのままアレクも連れて、ニブルヘイムに向かった。
『よし!じゃあ始め!』
何の説明も無しに戦闘が始まった、今回はロキも加わり完全に乱戦状態。
早々にヨルムンガンドに網を投げ付けクーロンに抑え付けさせ、蜜仍君と共に前線に出た。
槍にフェンリルを牽制させながら、ロキを集中的に狙う。
「ロキ!」
『なんで俺!』
「じゃあフェンリル行こう、蜜仍君守って」
「はい!」
引き離され過ぎたのもあり、フェンリルまで飛ぶ。
が、近すぎた。
盾を前に出した瞬間、前足でヨルムンガンドのもがく網まで吹き飛ばされた。
《たすけてー》
《咬みきるね!》
フェンリルがアレクやショナを尻尾で捌きつつ、何度も体勢を変えながら網を咬み破ろうとする。
2人が無視されているので、長鞭を出し尻尾を狙う。
思い切り振り上げ、長鞭を振り下ろすと鞭の先が伸びた。
しなり唸る鞭の先がフェンリルの尻尾に当たると、根元から切断した。
《キャン!》
《にげてフェンリル!》
驚きと痛みに飛び退いたフェンリルが、全身の毛を逆立てこちらに突進し。
跳ね上がると、真上から飛び掛かって来た。
ソラ、口開けたら盾で開かせて。
【はい】
噛み付かれると同時に盾が巨大化し、口を大きく開口させた。
フェンリルの口から出て、2匹に問いかける。
「ギブ?」
《ひぃひゅ》
《ぼくも》
そうして網に意識を向けると、背後に怒りと殺意の入り交じった気配を感じた。
『ちゃんと殺さないとダメでしょ』
振り向く間もなくロキの指先が首筋に触れた瞬間。
リボンが噛み付き、その隙をついて蜜仍君がロキの首を折った。
『はー、何か噛み付かれたー』
「おう、何で怒ったの」
『手加減したし殺さなかったから』
「だって生き返らせるの面倒なんだもの、可愛いし。つか練習って言ってたじゃん、雷落とすぞ」
『あぁ!ごめんごめん、殺し合いの練習って言ったつもりだったんだけど。あは、言葉足らずだったかも』
「もう、帰るか」
『ごめんよぉ』
「せめて遊びながらとかにしてくれ、まだ教わったばっかなんだから」
《遊ぶの?》
《何して遊ぶの?》
「盾を投げるから、先ずはキャッチして、ゴールに投げ付けて当てるゲーム。最初に盾を投げるのは蜜仍君とショナ。ゴールはロキ」
「はい!」
「頑張ります」
『うん?』
「じゃあ皆で邪魔するから頑張ってロキに届けてね。いくよー、よーいドン!」
《きゃあ!》
《まって!》
投げられた盾の軌道を長鞭で変えたり、落ちた盾の周りに槍の雨を降らせたり。
蜜仍君がフェンリルの背に乗ってモフモフしたり、ゴールに向かう2匹を直接邪魔したり。
ロキに雷を落としたり。
何回も何回も、盾投げ遊びを繰り返した。
『休憩しよう!誰かゴール役変わってくれない?!』
「ん-…休憩しよか」
『はい喜んで!』
「蜜仍君の武器って?」
「弓を少しと、自分の身の丈までの物なら大体は何でも使えますよ」
「おぉ」
「銃は扱わないんですか?」
「匂いが付くので僕は使いません、弓で充分です。長槍なら身の丈越えても扱えますよ、ホラ」
「…流石従者の源流ですね、焚き付けも上手ですし、さっきの戦闘も。負けます」
「やっぱ里で修行する?」
「そうですね、ちょっと考えてみます」
《まだー?》
《休憩まだー?》
《遊ぼ》
《沢山遊ぼ》
それからもまたロキをゴールに盾投げをしたり、盾版の缶けりをしたりと、雪原を駆け巡った。
合間に戦闘訓練をしたが、どうにもまだ戦力が足りない。
『もう1人増やせればなぁ』
「ドゥシャか、呼んでくる!」
「あ、バカ!」
空間移動が使えるアレクが即座に移動し、どう説得したのか早々に連れて来た。
エイル先生と白雨、ベリサマまで。
《参加させて頂きます、桜木様》
「ダメ、タケちゃんのだからダメ、帰ろう?」
《私は強いので大丈夫です》
「な、1回だけ」
「1回だけね」
ロキ・フェンリル・ヨルムンガンドとの戦闘訓練で初めて、ようやっと均衡が保てた。
身体能力特化型のドゥシャは強い。
アレクも多少は動けるが、攻撃力が弱い、ロキすらダウンさせられない。
蜜仍君も短刀なので武器は弱いが、ロキの膝は付かせた。
ショナはフェンリルとヨルムンガンドから逃げるのに必死。
ロキと相対するクーロンが膝を着いた一瞬、アレクの脇腹が吹き飛びその場に倒れたが、ドゥシャがロキの背後を取った。
「ストップ!」
『強いね!ドゥシャ君』
急いでアレクを治すと、焦点を失いかけていた目が完全に戦闘体制になり輝き出す。
元気かよ。
「次は気を付ける」
「一旦ストップ、どうどう」
『武器がなぁ』
「強い武器を持たせるのに、少し抵抗が有る」
「まだ信じてくれて無いのかぁ」
「違うけどさぁ、大量殺人犯の元因子持ち、白雨は元殺人教唆フェロモンマンでしょ?責任取れぬ」
『酷い言い方、盟約もギアスもしたんだし大丈夫だよ。何かあれば俺が取り上げるから』
「じゃあ、何が良い?」
「サクラの長鞭、楽しそう」
「コレはダメだ、ソラちゃん在庫に長鞭あったっけ?」
《はい、お出しします》
アレクの手に落ちたのは何の変哲も無い長鞭、自分の鞭は4本編みらしいが、コレはもっと本数が多い。
見るからに重そう、持ち手も太くて扱い難そう。
「大丈夫?」
「頑張る」
「僕も!」
「長鞭?」
「大鎌とかあります?」
持ち手から出現した大鎌を持った蜜仍君は、とんでもなく凶悪な絵面だ。
逆にコレは、似合っているのだろうか?
『やっぱり2人とも、大物を想定しているのかな?』
「はい、でもこの武器は扱った事が無いので、困ったら先ずはアレクさんと交換してみます。ね!アレクさん」
「お、おう」
「そこまで、頼もしいなぁ」
武器を持っての第1回戦。
団体戦なのだが、ほぼ乱戦状態。
いよいよ痛い目に合いそうなので痛覚遮断をさせたが、逆効果だった。
全員が捨て身上等になったり、ガードが荒くなる事が多くなったので、即痛覚遮断を止めた。
その不甲斐なさにエイル先生が一喝。
『こら!捨て身特攻は指示があるまで禁止!ガードが荒いよ!』
「そうだぞ、見てて逆に痛いわ」
『そうよ!特にドゥシャ、アレク!』
《すみませんでした》
「ごめーん」
『ハナが悲しまない様に、自分の体を守って動く様に!分かったかな!』
「「「はい!」」」
「スパルタ」
『ほら、サクラちゃんも攻撃して』
「え、でも直ぐ戦闘終わっちゃうよ」
『じゃあ、先ずはアレクを仕留めて』
「…うん、分かった」
戦場に足を踏み入れた瞬間に、アレクの心臓のペースメーカーと呼ばれる部位を遮断した。
全く戦闘訓練にならん。
『ストップ、おいでおいで。よし、ココで治してほっといてみ』
「良いの?腐っちゃうよ?」
『大丈夫……ほら』
「蘇生させて無いのに」
『ヘルの恩恵だよ、体さえ治れば勝手に戻るんだ』
「便利!マジでヘルにお礼を言わなきゃ」
『帰ったら言おうか』
「うん、もっとお礼しないと、何が良いかな?」
『何でも喜ぶよ、手作りの食べ物以外なら』
「うん、そういうの以外ね、うん」
混戦のさなか、この死が効いたのか場が一気に動いた。
ドゥシャとアレクが連携をし始め、ロキへ向かった。
それを見て蜜仍君とショナもクーロンと共に連携し、フェンリルとヨルムンガンドへ。
蜜仍君の大鎌にやられたフェンリルが戦線を離脱、2組でロキを牽制しながらもヨルムンガンドへ。
目を潰され、フェンリルの血を纏ったアレクとドゥシャによってヨルムンガンドも戦線離脱。
残るはロキ、先ずはショナが不意打ちされ戦線離脱。
アレクと蜜仍君を撃ち合わせ、アレクを離脱させた。
流石闘神の親友、卑怯で狡くて強い。
残るはドゥシャと蜜仍君とクーロン、こちらも流石の戦闘民族。
卑怯な手にも一切引っ掛からず、健闘したが。
ロキが桜木花子に擬態し、ドゥシャと蜜仍君が離脱。
純粋な経験の差によりクーロンが負け、ロキが圧勝した。
『じゃ、次はサクラちゃんも戦闘に入る?』
「んー、クッソ卑怯だったね」
『うん!』
「…そして君達、本人ココに居るでしょうが。クーロンは目もくれず攻撃してたぞ」
《申し訳ございません》
「はい、すいません。つい止まりました」
「ワシが敵なら同じ事をする、だから敵と分かってるならどんな顔をしてても、切り捨てましょう、勝ちましょう」
「《はい》」
「その他も、分かった?」
「「「はい」」」
『じゃあ、今度は全員でサクラちゃんを守って。始め!』
距離があればある程こちらが有利だった。
槍でロキを牽制し、クーロンが巨体に攻撃を仕掛ける。
盾でヨルムンガンドを牽制しながら、アレクと蜜仍君がフェンリルへ向かう。
ドゥシャ、ショナが状況を見て加勢する。
防衛戦が有利に進む中、闘争心に完全に目覚めたフェンリルが強行突破して来た。
蜜仍君、ドゥシャが弾かれ、そのまま前足によって右腕が吹き飛んだ。
「やっぱ本気でやられるとダメかぁ」
「申し訳ございません!傷は?!」
「集中!続けて」
『だね!ほら続けるよ!』
腕を拾い、血管のみを接合した。
その間にも戦況を見ながら、槍と剣の雨でロキを足止めし、ヨルムンガンドには盾の雨で離脱させた。
フェンリルにはアレク、ドゥシャ、蜜仍君、クーロンと総攻撃させ快勝。
残るはロキ、剣も槍も当たりはするが致命傷には至らない。
持久戦に持ち込むか、総攻撃を仕掛けさせるか。
考えながらも神経や骨を繋ぎ、指示を出す。
「アレク、ドゥシャ」
「《はい》」
鉢合わせが怖いので、この安定したメンツで波状攻撃。
息が上がる前に交代させる。
「交代!蜜仍君、ショナ」
「「はい!」」
次にいよいよ、クーロンと共に出撃。
「退いて!クーロン。人型」
『はい』
人型になったクーロンを前衛にし、胸から剣を出しながら一気に駆け寄る。
武器の雨が止み、自由になったロキもコチラに向かって来る。
剣はフェイク、ストレージ内で槍に高速射出の準備をさせ上空から即射。
だがまたしても当たらない。
「捕まえて!」
クーロンにロキを捕まえさせ、そのまま刺そうとしたが逃げられ、背後を取られた。
『危ないなぁ』
義体を纏ったソラちゃんに捕まえさせ、自分ごとロキを貫いた。
「勝った」
『負けちゃった』
『ハナ!待ってて』
「大丈夫、自分で治す」
剣をしまい、肺を治す。
なんとか太い血管は外れていたので、早く治った。
幸いにもロキの心臓は貫けていたので、自分の身体を治し終える頃には、既に息絶えていた。
治すだけ治して放っておくと、ヘルの加護で生き返った。
『生き返らせてくれても良くない?』
「なんでバレた」
『やっぱり、何となく』
「かまやろう」
『サクラちゃんはもう治した?大丈夫?』
「うん」
『じゃあ最後に、ドゥシャとショナ対サクラちゃんね』
「待って、直ぐ準備する」
再び薔薇の剣を手に取り、どちらの血か分からない血を振り落とす。
2人を見る、緊張しているのか膠着状態だ。
人は初めて。
堪らなく動き出したい衝動に駆られる、自分はどこまでやれるのだろう。
神様の作った従者、強い従者。
ドゥシャを見つめると、目が合った。
前のめりの低い体勢から、ドゥシャの長槍へ一気に突撃。
左腕、右腕と落としたドゥシャの次に、ショナへ向き直る。
バックステップで長い距離を取ったショナが
左手で銃に手を掛け
ホルダーから引き抜こうと
遠慮しているのか
躊躇っているのか
随分ゆっくりとホルダーから引き抜いていく
待ちきれず
1歩
2歩と近づき
銃を持った手首目掛けて
剣を振り
続いて短剣を持つ右手の指も
落とした
『終了!終わりだよサクラちゃん!』
青い顔をしたショナが、叫ぶのを我慢してる。
こっちを見ながら親指しか無い右手で、左の手首を抑えていた。
「ごめん、治す、右手から」
右手を拾いショナの右腕を持とうとする。
手の中で一瞬震え、僅かに硬直したのを感じた。
両肘から下の痛覚を遮断してから、全てを繋ぎ終えると、ショナは気を失ってしまった。
ストレージの水でショナの血を洗い流してから、ドゥシャの腕も繋ぐ。
ドゥシャは相変わらず無表情で、ショナの様に怯えも何も無かった。
『ごめんね、ヘルの所で少し休憩しよう』
館の裏から入り、浴室へ直行した。
白い大理石のお風呂場は蝋燭の灯りだけ、鏡も無くて凄い落ち着く。
バザールで買った石鹸で体を洗う、イランイランの良い匂い。
頭上にあるシャワーで全身を洗い流し、浴槽に湯を貯めた。
家でゴロゴロと本を読んでたのが懐かしい。
帰りたいワケじゃ無いけど、懐かしい。
ひたすらボーっとしていると、カーテン越しにロキの気配。
「なに」
『凄かったね。ドリームランドで、あの剣で何体倒した?』
「さぁ」
《凡そ200程度です》
『おじさんに手伝ってもらって?』
《凡そ300を越えます》
『少し見せてくれる?』
「はい」
『あー、魔剣になっちゃってたか。武器に疎くて、気付かなくてごめんね』
「魔剣て、そう簡単に出来るのか」
『沢山殺して神の血まで吸ったから、多分、なっちゃったんだよ』
「あら。ショナを怯えさせてしまった、ゲロ吐きそうだ」
『弱いショナ君が悪いんだもの、仕方ないよ』
「にしても、戦力差があるなら余計に手加減したげないと」
『それは無理だよ、ゾウがアリを潰さない様に歩くなんて出来ると思う?』
「器用なゾウなら出来るでしょ」
『器用で経験があればね、君は不器用で経験が浅いから仕方ない』
「くちがうまい」
『もー、ショナ君もう元気なんだから…おいでショナ君』
「桜木さん」
「はい、ごめんなさい」
「情けない所をお見せしました、申し訳ございません」
「痛くしてごめんなさい、本当に申し訳無い」
「もう謝らないで下さい、どんどん情けなくなってきます」
「すまない」
「言葉を変えてもダメです。確かに凄く痛くて怖かったです、正直死ぬんだと思いました」
「コントロール出来んかった、サーセン」
「もっと精進しますから、コレにめげずに訓練に参加して下さい。もっと強くなれる様に頑張りますから」
「うん、いつでも余所に移ってくれて構わんよ」
「桜木さんの従者は絶対に辞めないです、ガンガン鍛えて下さい」
「とんでもございません、たまたま魔剣の力でああなっただけっす」
「ならいざという時はその魔剣、僕に下さい、桜木さんより技能は上ですから」
『確かに!ショナ君が扱えるか試すのも良いねぇ』
「はい。とにかく桜木さんが引けと言えば引きます、結界魔法も点滴も出来ますし、お役に立ちますから」
「でも」
《そこの坊や、弱い癖に生意気なのね》
「ヘル、騒がしくしてごめん」
《いいのよ。でも私、こんなに弱い子って嫌い。とってもイライラするわね》
「申し訳ございません、ヘル神」
「ごめん、管理不足で」
《ハナは黙って。あのね、この子は人が傷付くのが嫌なの、分かる?あの元魔王に傷が付くのも嫌がったのよ》
「はい、承知しております」
《なら、ハナの攻撃を避けるなり耐えうる状態になってから何か仰い、ハナが全力を出せないんじゃ本当にアナタ足手まといよ。パパもあんまりよ、ハナを止められたでしょう》
『ごめんよヘル、つい見とれて』
《でしょうけど、ハナの腕が見たいからって、止めないのはハナが可哀想よ》
『ごめん、悪かった』
《ごめんなさいねハナ、あんなに良くしてくれたのに…パパ、ちゃんと謝って》
『いや、いやね…途中でサクラちゃんから殺気出てるの気付いたけど、まぁ良いかなって。でもまさか扱ってるのが魔剣なんてさ、ね?相変わらず綺麗な剣だなー、って、じっくり見たかったし丁度良いなって見てたら、これまたサクラちゃんが綺麗に動いてね、したらドゥシャ君の腕が落ちてさ、お見事!って思ってたらショナ君の手首が落ちて、早いなーって感動してたら指落ちて、あー流石にヤベーって思った。でもさ、サクラちゃん治せるし、このままほっといたら何処まで殺るかなーって考えてたら、つい、ね。ごめんね?』
「なにそれ、めっちゃ早口で言ってるが」
《あれで正直に話してるのよ、早口だから誤解を受け易いけれど。パパまで魔剣に落ちたのね》
『ごめん、そうですね』
「ありがとうヘル。ロキはダメ」
《うふふ…勿論、パパは許さなくても良いわ、コキ使ってあげて頂戴。神の分際で魔剣に屈した罰よ》
「ありがとう、抱き締めて良い?」
《それは嫌》
「ふふ」
《ふふ》
「あの、ロキ神…」
《ハッキリ言いなさい》
「止められたんですか?」
『はい、ごめんなさい、実はおタケちゃんよりは全然止められました、はい』
《従者、力量の差をお分かり?首を跳ねなかったハナに感謝なさい》
「ちょ、ヘルさん」
「いえ、良いんです、本当の事ですから」
「もう想定と、180度違う着地点に」
《あらそうなの?》
『どうなると思ってた?』
「魔剣に操られた弱い自分が悪い、と責められるかと」
『無い無い、俺も魔剣に負けたし』
《私も見たいわ、見せて》
「はい」
『触らないでね?』
《分かってるわよ》
『ね、綺麗でしょ、フェンシングとかやってた?由来は?』
「無い。由来は、王子様になりたいと願った女の子の剣、その強い王子様が乗り移ってくれる剣」
『ん、なるほどね、相性が良かったんだ。サクラちゃんは悪く無い、相性が良過ぎると暴走なんてのは良くある。そもそも従者なんて昔は使い捨ての盾以下だったんだから、気にしないの。あ、ヘルは特に触っちゃダメだよ、女の子が強くなっちゃうみたいだから』
《うん、分かったわ》
「にしても、流石にぼろ糞に言われてショナが可哀想」
「もうお役に立てるなら盾でも何でも良いです」
「ダメダメ」
「冗談です」
《綺麗ね、特にココの薔薇が素敵》
『だよねぇ』
「うん…もうそろそろお風呂出るわ、皆、ちょっと出て貰えるだろうか」
部屋へ戻ると皆が普通だった、いつも通り。
ドゥシャなんか心配した表情だ、表情出るのかこの子。
『ご飯食べないとね、顔色悪いよ』
「食欲無い」
『じゃあ、お酒でも飲む?』
「いや、お酒は楽しく飲むもんだし…」
『じゃあエリクサー出して、この水差し半分』
「ん、ほい。あ、ちょ」
『よし、蜂蜜酒割りの出来上がり、俺への礼に付き合いなさい』
「おう、負けた、頂きます」
『はい皆もねー、おつまみもー』
「へいお待ち、チーズにサラミにハムにケバブにオリーブの盛り合わせ」
『やるじゃないか君、日本酒は無いのかな?』
「生憎、売り切れでござ」
『ふふふ、元気そうだな』
「あ、クエビコさん、ここでも杖で繋がるの?」
『いや、ナイアスから見舞いにと繋げて貰ったんだ』
『なぁ、クエビコさんや、良い日本酒無い?』
『あるぞ、ワシの所にな。八塩折も天甜酒も神変奇特酒も捧げ物だ、ワシは飲まんから貯まっているんだ』
『よしサクラちゃん!突撃だ!』
「ちょ、あ」
人拐いに誘拐される様に、ロキに抱えられ門の外に飛び出した。
皆は何故か生温かく見送るばかり、言い包められたのかショナすら止めないで手を振っている。
『サクラちゃん!開けー!』
「すまん、クエビコさん」
『構わん』
着地した先は真っ暗、真夜中の世界樹の入り口。
クエビコさんの世界樹。
『邪魔するよー』
「お邪魔します」
《まぁまぁ、拐われてらっしゃいますの?》
《こんばんは、桜木様》
《今日はどうされました?》
『酒を貰いに来たんだぁ、ね、クエビコさん』
『あぁ、案内してやってくれ』
《はい、畏まりました》
《あら、お履き物はどうされたんですの?》
《落としてしまわれました?》
「あ、すっ飛んでった?」
『いや、持ってるよ』
「返して、降ろして」
『大丈夫、直ぐ帰るからじっとしてなさいねー』
《うふふ、囚われの》
《王子様?》
《お姫様?》
《ふふふ、どっちも素敵ね》
《桜木様、今日のお土産は素晴らしいですわね》
《こんなに良いモノを見せて下さるなんて、うふふ》
「恥ずかしい!もう帰りたい!」
『すまんなハナ、詫びの酒だ、持っていけ』
『俺からのお詫びの品は薔薇の砂糖菓子で良いかな?お茶に入れて飲んでも美味しいよ』
《まぁ素敵》
《良い香り》
《キザですわ》
『流石、子持ちはあしらいが上手だな』
「パパー帰ろうよーオロシテー」
『はいはい、帰りましょうねー』
世界樹を飛び出した先に館への空間を開いたが、門番のモズグズさんにヘルはもう休んでいると言われ。
皆を連れて浮島へと向かった。
勿論、抱えられたまま。
すっかり忘れていたのだが、浮島にはハンとサウナが出来上がっていた。
昼寝をしていた棟梁達が起き上がり、早速酒宴が始まった。
『よし、飲むぞー!』
《《《おー!》》》
『どうだ、旨いか?』
「メロンみたいな風味」
『だね、甘い白ワインを柔らかくした感じ』
「うん、あ、アレク。ドゥシャはちゃんと帰した?」
「おう、帰してきた」
「そっか、クーロン、頑張ったご褒美だよ」
『ありがとうございます』
「蜜仍君はジュース」
「はーい」
「ショナもどうぞ、クエビコさんのだけど」
『ねぇねぇクエビコさん、これ回復するけど?呑んで良いの?』
『そうなのか?人間が作った人間用の飲み物だが』
『状態良く聖域に保存してたからかな?熟成してるし』
「確かに、新しいのと味違うものね。島根の酒蔵か、国に連絡してお、アレク初めてちゃんと飲むんでしょ、君は舐めるだけだ」
「分かってる、舐めたら報告してくる」
「よし」
「美味しいですね」
「ね、やっぱりショナもイケる口か」
「桜木様はお強い方ですか?」
「弱くは無い筈……天甜は、どぶろくみたいな甘酒感だ」
『確かに、これは甘いものと食いたいなぁ』
「温泉饅頭あるよ」
『出そう!もう今日は晩酌で良いでしょう?』
《皆で酒宴じゃあー!》
《《《うぉー!》》》
「ドリアードは飲めるのに、クエビコさんは飲めないの?」
『ワシは元はカカシだからな、アイツは元から木だっただろう。その違いだ』
「そっか、飲みたい?杖浸ける?」
『いや、ふふ、雰囲気だけで充分だ、満足している』
『折角だし、一時だけでも人間にしたげよか?』
『いや、今はまだやめておこう』
「ただいまサクラ、何か食べてる?水は?」
「呑んでる、食べてる」
《酒の肴が足りないぞぃ》
「はいはい、出す出す」
もう大盤振る舞い。
ショナの頬も血色良く染まり、自分も眠気が。
《ヘカテ》
『モルモー』