表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/204

2月8日

グロ注意。


「蜜仍君」「ショナ」『クーロン』『ベリサマ』『エミール』「タケちゃん」『エイル先生』

《ネイハム先生》「アレク」「虚栄心」《コンスタンティン》「柏木さん」『マサコ』《ソラちゃん》

『イシス』『クヌム』《ヘケト》『ターニャ』




 黒い巻き毛の子山羊が、血塗れの闇の中で産まれた。

 立ち上がろうとしているのか、弱々しく細い足が震えながら蠢く。

 真っ暗闇に、黒い角、黒い巻き毛、黒い瞳。

 か細く鳴くと、一気に立ち上がった。


 何本もの細い足が震えている。


 顔を良く見れば何本もの角が生え、何粒もの可愛らしい瞳がコチラを見ている。

 口を開ければ、サメの様に何本もの四角い歯がみっしりと。


 闇であった筈の場所は、巨大な女性の髪であった。

 サラサラと髪に絡め捕られ、飲み込まれていく。

 山羊と女性の笑い声だけが響く。






「桜木様大丈夫ですか?汗びっしょりですよ」

「黒山羊と大きな女性がね、出てきた」


「あれ?ドリームランドで、ですか?」

「いや、ただの夢の筈」

「桜木さん、取り合えずお風呂へ、このままじゃ風邪を引きますから」


 1人で入るのが怖かったので、姿が見える位置にショナに居て貰いつつ、夢の内容を話した。


「怖可愛い感じだった」

「文章にするとおどろおどろしいんですけどね、怖くて可愛い感じだった、と」


「頭洗ってくれクーロン、怖い」

「クーロン、僕は報告してくるので、教えた通り優しく洗ってあげてくださいね」

『あい!』


 顔を両手で隠し、鼻歌で恐怖を紛らわせながら、幼子に頭を洗って貰った。

 クーロンも赤ちゃんなのに、良くやってくれてる、ありがたい。


「ありがとう、お返しに洗ってあげよう」

『あい!』


 湯上りの珈琲牛乳はぬるめ、朝食はパンが食べたくなったのでヴァルハラへ向かった。




 焼き立てのパンの匂いと、ベリサマが迎えてくれた。


「おはようベリサマ、良く来るの?」

『おはよう。エミールの武器の調整にね、ついでに美味しいご飯も』


「成程、ご苦労様です。美味しいよね、エイル先生のパン」

『そうなの!実は何も無くても月1で食べに来てる、スープも好き』


「分かる、添え物とかも組み合わせが良いよね、好き」

『分かるわぁ』


『おはようございますハナさん』

「おはようハナ、焼き立てのパンが食いたくなったか?」


「うん、おはようエミール、タケちゃん、卵どう?」


「まだだ、異変は無いんだがな、流石に心配になってきた」

「じゃあ食事中だけでも、抱いてて良い?」


「うむ、任せた」


 胎動もあり、暖かい。

 確かに異常は見受けられないが、心配は心配だ。


 ただ、おっとりマイペースなだけなら良いのだけれど。


 食卓には謎肉の生ハム、野菜にマヨネーズと焼き立てのパン。

 ケバブの様な削ぎ肉とスモークサーモンの薄切り、マッシュポテトにキノコチャウダー。


『あ、おはようハナ、来てたのね』

「おはようございますエイル先生、あちこちでお世話になっております」


『良いのよ、頂きましょ』


「はい、いただきます」


「「『いただきます』」」


『そうそう、さっきの話だけど、アレクには点滴の技術を仕込んだから、ヘルヘイムでの私の仕事は今日で終わり。楽しかったわー、あんなに点滴を指導するのは久し振りで、滾ったわ。だから気にしないでガンガンドリームランドへ行って頂戴、なんなら私も行きたい』

『最後に本音が駄々漏れじゃない、私も行きたい』


「来ても良いけど、一体何がそんなに魅力なんでしょか」


『先ず珍しいわよね、ベリサマ』

『そうそう、しかも戦闘有りだし』


『神も怪物も居るんでしょ』

『しかも獣人も』


『単純な知的好奇心と』

『未知への探求心が疼く』

『僕も行ってみたいです』

「俺も」


「マーリンに聞いてみる、それと各国にも、宜しくショナ」

「はい」


 食後に泉で休憩しつつ、久し振りにエリクサー作りへ。




 何事も無く出来上がった頃、前触れも無く、胸ポケットに入れていた卵がモゾモゾと蠢きだした。


「あ、タケちゃん、タケちゃん!」


 あっと言う間に、タケちゃんに手渡す前に卵が孵ってしまった。


 中から出て来たのは掌サイズの黒山羊。


 夢の黒山羊と似ているその子は、少し毛足は長いが、巻き毛で足は四本。

 角は既に生え揃い、くるりと巻いている。

 瞳は金色で、角と共に一対だ。


『んめー』


 と一声鳴くと、出来たばかりのエリクサーが入った鍋へと飛び込んだ。

 ぴちゃぴちゃと舐めては泳ぎ、また舐めては。


『んめー』


 と鳴いた。


「そうか、美味しく作れるまで待っていたのか」


「はぁ、マジか、ワシのせいか」


『んめー』

「なるほど」

「タケちゃん、聞き取れん」


「待っていたワケでは無いそうだ。だが草食、菜食主義だが、美味いに越した事は無いと言っている」


「うぅん…まぁ良いか、人化出来るのかな?出来るなら鍋から出て欲しい」


 タケちゃんが黒山羊と少しばかりやりとりし、掬い上げると、早々に名付けた。


 黒曜(シャオヘイ)


 特に人化するでも無く、タケちゃんを乗せられる程度に大きくなっただけだった。


『めぇ~』

「ほう、そうかそうか」

「ダメだ、通訳して」


「このエリクサーが欲しいらしい、足りなければまた言うそうだ」

「わかった」


『めぇ~』

「話せないのが残念な様な気もするし、そうで無い気もする」

「あぁ、俺以外は無理な様だな。だがまぁ、乗り心地は良いぞ」


「複雑な心境だ。心配したんだから、今後は元気に活躍しておくれよ」

『めぇー!』


 自分なら黒王号と名付けたであろうその巨体でウイリーすると、タケちゃんを乗せたまま何処かへと走り去っていった。


「最初、一瞬可愛いと思ったのに、後半の態度とサイズで意見が変わった」

「可愛かったですねー、掌サイズの仔山羊」

「夢の黒山羊は、この事だったんでしょうかね」


「違う気が、そもそも毛はストレートでもっと長いし、もっと禍々しかったけど、なんか愛嬌があった」

「あの、このイラストの外見でですか?」


「うん、何かもっと愛らしかった」

「逆夢とかでしょうか」

「正夢っぽい気もしますけど、どーなんでしょ?」


「よし、先生に聞いてみよう」




 浮島に行き、担当医のネイハム先生が朝も早くから対応してくれた、かなりの早起きらしい。

 ありがたい。


【逆夢こそ迷信、縁起直しの祝詞みたいなモノですよ】

「そうなのか。ドリームランドじゃ無いのは分かるんだけど、タケちゃんの黒山羊じゃ無い気もするんだよね、ただの夢でも無い気もするし」


【専門家でもそこの見極めが難しいらしいですよ、夢見のお告げか正夢か、ただの夢であるのか】


「寧ろ、最近ただの夢を見て無い気がする、こんなに寝てるのに」


【普通は覚えて無いのが殆どです、眠りが浅かったり、心身に何かかしら影響を受けて起きると偶々覚えているだけ。ノンレム時は曖昧で短く、レム時には長いストーリーのある夢が主だと言われています】


「黒山羊は目覚める直前って感じだった、短い」

【睡眠パターンが通常と異なるか、ドリームランドがノンレム時に繋がっているのか、それ以外か】


「子供の頃に夜驚症とか、熱出すとアリス症候群とかあったから、パターンが可笑しい方に1票」

【もしくは、ドリームランドで新しい命が産まれたのかも知れませんね】


「あぁ、成程、確かに。他の神様達も行きたいって言ってるんだけど、どう思う?」

【脳への過負担、高負担にならないか心配ですね、本当はモニタリングしたいんですけれど、団体から反対されているんですよ、解明されてドリームランドが消えて無くなっては困る、と】


「そんな事あるかねぇ」

【聖域の解明を嫌って浮上した世界樹もありましたから、弊害として物理的に一般人が立ち入れなくなってしまい、大騒動になった事もありますし】


「個人的にはモニタリングして構わんのだけど、難しい問題なのね」

【えぇ、君の命が狙われては困りますから、モニタリングは議論が終わってからですね】


「あら残念」

【今回のドリームランドの報告を読みましたよ、バッドエンドでしょうか】


「ハッピーエンドかと思ったらバッドエンドっぽく終わったけど、実はトゥルーエンドだと思う。全員が起きるって言った時に、めちゃくそ不安だったもの、大丈夫かよって。でも、乗り越えた人も居たみたいだから、バッドでは無いと思う」


【やはり本人から聞くのが1番ですね。報告の中の感想にバッドエンドだって書いてあったので違和感があったんですよ、私は寧ろグッドかメリバだと思いましたから】

「メリバ?」


【メリーバッドエンド、当人は幸福。他者から見れば不幸】


「悪くは無いと思う、最悪では無かった。でも良いとか可とは付けられないな、問答無用で関係者を全滅させていたら、グッドかハッピーだったとは思うが。やっぱトゥルーで」


【過度に悪者になるのも考えモノですし、あの結末は良かったと思いますよ】


「ありがとう。じゃあ、戻ります」

【いえいえ、ではまた】


 通信を切り、泉に足を漬けながら呆けていると、木の裏からチラチラと様子を見てくるアレクの姿が見えた。


「終わったよ、どした」

「虚栄心が服出来たって」


「早い、行こうか」

「うん」




 服を受け取る為、アレク、ショナ、蜜仍君、コンスタンティンと共に虚栄心の店に向かった。


 ラスベガスは夜の街へと変わりつつある時間帯、逆に1番明るいのかもしれない。


「いらっしゃい、さ、アンタはコッチ」


 出迎え早々アレクに服を渡したかと思うと。

 奥のカーテンへと連れ込まれた。


「脱ぐ?」

「上だけで良いわよ」


「はい」


「やっぱり、何なの、ぺったんこじゃないの」

「邪魔で」


「下は?」

「無い無い」


「何になる気よ」


「…勇者?」

「バカね、無理だの無茶だのはして無いわよね?」


「うん、メンタル弱いから無理も無茶もして無い」

「そう、メンタルは大事よ、はい終わり」


「作るの少し見たい」


「ちょっとだけよ…コンちゃーん、はい、ココで着替えてなさい。他はお店番ね」


 カーテンを出てお店の2階に2人で上がる、マネキンには作りかけのスーツの上着。


 虚栄心がそれを手に取ると、手縫いにも関わらず凄い速さで縫っていく。


「はやい」

「そりゃプロですもの」


「虚栄心、外見どこか変かな?見た目変じゃ無い?」

「何よ急に」


「久し振りに鏡見て、なんか、不安になった」


「大丈夫、変な所は何も無いわよ。胸も髪も無くなってビックリしたけれど、変じゃないわ」


「そっか、変だったら言って」

「はいはい……まぁ、戦闘の為に体を弄るなんて今どきのアマゾネスだってホイホイしないのに、良くやるわねって感じだわ」


「そうなのか、してないのか」

「もう、ね。今は良いサポータや装具があるから…アマゾネス達は従者制度創成期に真っ先に手を上げた種族なのよ、まさか人間に仕えるとは思わなかったわ、あそこで魔王の負けが決定した様なもんよね」


「ほう、当時の虚栄心は何か悪い事した?」


「魔王から分離して直ぐに手近の綺麗な人間を沢山食べたわ、食べたら自分が綺麗になると思てたの。そうやってたら知識や技能を吸収しちゃった、何回も変身を繰り返したけど飽きちゃって。今度は美容整形の闇医者になったの、バンバン改造して楽しかったわ。お金さえ貰えば誰の顔でも変えてね、犯罪者の顔も変えまくったもんだから、だから捕まったの、不法医療行為に犯罪幇助」


「そらアカン」

「ね、でもだって正式なのは長い審査があって、高額で、限られた人しか出来なかったのよ。自分の姿が嫌いって理由だけじゃ、昔は出来なかったの、例え傷病で欠損していてもね」


「今は良いんでしょ?」

「今はね、遺伝子レベルの改良も出来る様になったし。で、私の今は洋服やメイクが命よ、デザインして、切って縫って喜ばれる。何かを変えても文句言われないし、寧ろ褒められる、楽しいわ」


「変えたい」


「アンタ…それ以上美しくなったり可愛くなったら、嫉妬の嵐で事故起きまくっちゃうわよ。時として人は完璧を畏怖するの、だからちょっとスキがあった方が、生きやすいわよ」


「そうなのか、そうなのか?」

「歯切れが悪いわね…何か原因があるなら今、言っちゃいなさい」


「うん……昔ね、化け物って親に言われた、それで自分は醜いと思ってる。今でも、だから鏡嫌い」


「皆にちゃんと話したの?」

「話してない、可哀想と思われるのは虫が好かん」


「可愛らしさ全開にしてバカな親にイジメられてたって言いなさいよ、うるうる、ぶりぶり」

「そう言うのマジ無理」


「ならカウンセリング1択ね」

「その方向じゃ無いけど、精神科医とは話してる」


「そこでもまだ言って無いのね?」

「まぁ、でも伝わってるとは思う、言うタイミングがね」


「大きく言ったり言い触らせってワケじゃ無いのよ、言いたくなったら言っても良い内容だって事。アナタの話を聞きたがってる人が居たら、話してあげて。もしクソみたいな反応だったら、私がその子を修正してあげるから、ね?」

「修正て、ふふ」


「そんな人間、修正してやる」

「ふふ」


「あなたは化け物じゃ無いわ、普通よ。魔力は化け物級だけれど…あ、もしかしてアナタの親、この未来が見えてたんじゃ無いかしら、親を超える能力。それならそう言っても可笑しく無いわね、有り得るわ」

「とんでも理論、確かめられないのがまたオモロ」


「うふっ、昔の勇者達って何かしら化け物じみたのが多かったのよね、中身が暑苦しいのが多かったけれど。でもアナタの中身は普通なのに勇者様って、難儀よね。嫌なら逃げても良いのよ、悪魔や魔王になる位ならギブアップなさい、大丈夫」


「正に悪魔の囁き」

「そうよ、大罪の虚栄心は独善的で調和を考えなかった悪魔。嫌われる事を怖れなかった無敵の悪魔。守るモノの無い寂しい熱帯魚。不老の罰を食らった恥さらし」


「不死では無いの?」

「失うモノを得た瞬間に不死は失われたの、恐怖と畏怖が一気に湧いてきて、発狂したわ」


「発狂」

「死にたく無い、怖い、ごめんなさい。そればかり頭でグルグルして、動けなくなったの。今は回復したけれど、大変だったわぁ」


「死にたく無い?」

「死にたく無いわ、まだね。傷付けた以上に救わなきゃ怒られちゃう、顔向け出来ないわ、私の救世主様に」


「救世主って」

「まだ秘密。ま、闇落ちには辛い罰が待ってると胆に命じて、逃げる選択肢も頭に入れとけば良いわ。それを誰も責めないから」


「はい」


「もう出来上がるから顔洗って来なさい、階段の方向いて左手のドアよ」

「うん」


 バスルームで顔を洗い外に出ると、上着が出来上がっていた。

 シンプルなグレーのスーツ。


「ショナ君のよ、さ、下に持って行くから先に行ってて」

「うん」


「さ、コンちゃんとお揃よ、着なさい……はい、コートも……うん、体格が良いから、やっぱりダブルが似合うわねコンちゃん、格好いいわよ。ショナ君も、流石私だわ」


《ありがとうございます》

「僕のまで、ありがとうございます」

「流石プロ、仕立てが完璧。早い、上手い、綺麗の3拍子が揃ってる!よ!美の立役者、拍手!」


「ありがとう。褒めるのが上手になったじゃない、神々の仕込みかしら」

「おう、お礼はどうしたら良いの?」


「美味しい物、あと災害が終わったら式典がある筈だから、そこで私の服を着て頂戴。その時に国から報酬をゲットするの、たんまり貰ってやるわ」


「なら先ずは果物セットをどうぞ…にしても先の長い話をする」

「ありがとう。エミールちゃんとも約束したわよ、喜んじゃって可愛かったわねぇ」


「可愛いよね、頗る可愛くしたげて」


「あら、同族なのに」

「え、可愛いくない?」


「勿論可愛いわよ、コンちゃんも」

「イケメンで眩しい、尊い」


「そうね…ちょっとショナ君、仕立て糸が残ってたみたい、ほらそこ、ちょっと来なさい」

「え?あ、はい」

「お、いってら」


「コンちゃん不便は無い?欲しいモノはある?何か要望は?」

《大丈夫です、ありがとうございます》


「武器は?」

《はい、色々と頂きました》


「そか。ちゃんと話してなかったし、苦手とか好き嫌い教えて」


《寒いのが苦手です、猫舌です、お肉好きです》


「じゃあ、色々食べようね」

《はい》


「僕、桜木様の好きな明石焼きを一緒に食べたいです、現地で」

「良いねそれ、採用」

「俺はケバブの食べ比べ、本場で」


「天才か、それも採用」

「でも、いつか、なんだろー」


「んな事無い、時間があれば明石行って、バザール行く、行きたい。2人に美味しいモノ食べさせたいし」


「お待たせしました、省庁へ行く用事が出来てしまったんですけど、どうしましょうか?」

「お、一緒に行くべ」




 虚栄心の店を出て直ぐ、久し振りに省庁へと向かった。


「おはようございます、桜木様」

「おはようございます、柏木さん」


「おはようございます、じゃあ僕は柏木さんに報告があるので、少し待ってて貰えますか?」


「おう、あ!ちょっと待った、柏木さん、次に会いたい神様が居るんだけども、ギリシャのヘカテ神とかニュクスさんなんだけど」

「そうでしたか。では少しお時間を頂きますが、コチラでお待ちになりますか?」


「うん」

「では、蜜仍君、タブレットの指示に従って客間へ案内して上げて下さいね」


「はい!」


 蜜仍君のタブレットを覗き込むも、ブラックアウトしていて全く見えない。


「何でワシに見えんの」

「あー、ダメですよー、情報保護の観点から桜木様であっても見えなくなってるんです」


「凄い、知らんかった」

「閲覧制限って物理的な事だけじゃ無いんですよ、魔力の波長に合わせて視覚の周波数が限られてますから。魔道具もそうです、微調整されて個人個人の設定になってるので、使える人が限られてるんです」


「成程、賢くなった。もっと何か教えて」

「今向かってるのは角の丸部屋です、はい、着きました」


「お、ありがとう。何でかこの道が覚えられないのよね、困る」


「ココはマヨイガが発動してるそうで、主に神々避けだそうですよ。魔王候補の方とか神々や精霊の血が濃い方、神隠しに会いやすい方などが特に影響を受けてしまうそうです。勿論、方向音痴の方もですけどね」


 ものの数分で部屋に来た2人が申し訳なさそうに、言葉を慎重に選びながら話し出した。


 国連的には先ず自己犠牲の精神がアウト、魔属や同族への忌避感が無いのがアウト。

 そして、魔属の系譜への接触過多でスリーアウト。

 今後は魔王候補として、行動の審査が行われるそうだ。


「あらー」


「申し訳ございません、ハッキリ言って神獣交換が仇となりました」

「え、なんで」

「今回の神への接触要請の直後に、旧米国から監視要請が出されたんです」


「狙っていたんでしょう…本来は旧米国側が御恩で報いるべき所を、どういったワケか……」


[日本帝国の召喚者、桜木花子の神獣カールラは本来小野坂氏の神獣である。神獣を交換してやったのは我々の善意、報いるべきはそちらの筈。だがしかし態々お力添えに向かって頂いた天使様を消滅し返すとは言語道断、こういった不和、不協調的召喚者である桜木花子に対し、我々旧米国は魔王候補として行動監視要請を国連に発動させて頂く。]


「マジかぁ」


「小野坂様への過剰擁護により、公式の声明文が…旧米国の増長を抑えきれず…申し訳ございません」


「わおだな」


「中つ国からも賛成の声が上がり、欧州や南米は反対していますが、情勢は厳しく。正式な謝罪が無い限り要請を取り下げないと言い張っております、嘆かわしい限りです」


「監視の内容によるけど、監視されても構わんよ、それで安心するなら良いさね」


「現時点での内容は変わりませんが、書類上の名目と目線が変わるのです…今回の件は汚名を着せられたと言っても過言ではありません」


「かえって箔がつくので良し、謝らん、取り下げん。舐めんな、クソ喰ら…小野坂さんもそう思ってんのかな、そこは謝る」


「ですが」


 突然、自分の右尻から音が鳴る。

 今まで大して使われていなかった通信機が鳴っていた音だった、その電話に出ると小野坂さんの顔が映った。


【小野坂です!桜木さん?ごめんなさい!こんな事になるなんて】

「おはよ、そっちはこんばんは?」


【あ!ごめんなさい、こんばんは…あの、ごめんなさい、私、こうなるなんて知らなくて。ただ話に答えていたら、大きくなって、それで】

「カールラの事、あんな感じで思ってる?」


【違います!カールラだったらスムーズに受け入れられたかも知れないって言っただけで、天使様の事も…ご本人からお聞きしました、他国のルールを破ってしまったのは自分だから問題にしないでくれと、なのに、こんな】


「面白そうだからこのままで良いよ、そっちは大変だろうから無理せずね。誰か信頼できそうな従者送ろうか?小野坂さんの神獣も人化出来て、洋服も着せたし、返す?」


【え?!そうなんですか!?…ごめんなさい、もっと、ちゃんとミーシャさんの話を聞いてれば】

「まぁ仕方ない、コッチ来たばかりの赤ちゃんみたいなもんなんだから。で、どうする?神獣とか従者とか」


【嬉しいお申し出なのですけど、今キメラちゃんに来られると…かえって混乱が…従者の方は大丈夫です】

「上手にやって貰えると助かる、魔王候補はそのままで良いから。因みにキメラちゃんはコンスタンティンになりました、ね、コンちゃん」

《はい、宜しくお願いします》


【あ、はい、ごめんなさい、宜しくコンスタンティン、桜木さんをお願いします】

《はい》


「じゃあ、何かあったらまた連絡くれると助かる、時差とか用事で直ぐ出れないかもだけど」

【はい、突然すいませんでした、あの、ではまた】


 周りを見渡すと、皆がなんとも言えない表情をしていた。

 なんで。


「なに、どした、まずった?」


「魔王候補を呑まれるのが納得行かないだけです、晴らされて然るべき汚名を甘んじてお受けするなど、全くもって耐えられません」


「いやいや柏木さん、魔属の方が親近感湧くのは事実だし。そもそも大罪と仲良くしたり、悲嘆に会いたいのも加味されてるんでしょ。魔王を消したのが逆に怖いだの不安だのとか、どうせそう言った事情でしょ」


「はい、ですが」

「事実しか無いじゃん、そこを感情論で覆しちゃダメでしょ。精霊や神様が止めないんだから魔王候補で正しいんだよ、多分。ね、ショナ」


「はい、廃れた魔法の素養を持っている事が特に。公になってはいませんが、廃れさせた張本人である旧米国が特に恐れているのです。一時は人の手に世界を取り戻したと公言した国ですから」

「凄い拗らせている…その割りに大罪を手元に置いてるのね」


「憤怒、怠惰、貪食、色欲、強欲、虚栄心。彼らは望んであの地におられるのです、楔となり枷として、と」

「大変じゃん、なんで」


「大戦の影響です、大罪は少しづつ産まれ散り散りになっていましたが、旧米国で集結した時期に大戦が起き。ロサンゼルス地区を抑えたのが大罪達、お互いが枷であり、楔。である筈なのですが」


「その歴史が恥ずかしいのか、なら協力してその歴史を塗り替えたら良いのに」

「一時でも人の力のみで世界の半分を手にしたのです、その自尊心たるや、今でも折れる事は無いと言う事でしょう」


「引かぬ、媚びぬ、顧みぬってか。バカか、せめて顧みろし」

「ですから、その様な国に汚名を着せられるのは心外なのです。それにコチラの世界で我が国は神々との協力を持ってあの自治区を抑え込みました、我々はそれを誇りに思っていますが、向こうは違う思想をお持ちで。それに添わぬモノは全て認めない思想の様です、全く」


「全部じゃ無いんだよね?」

「はい、ロサンゼルス自治区が強行採決させたそうです」


「でも欧州とかは違うんでしょ?中つ国は分からんけど」

「はい、欧州や北欧は同じ様に神々と協力し、大戦を乗り越えましたが。しかし中つ国や諸外国は人の力に惹かれ、転生者を使い核を作成し、落としかけたのです。そういった国々の中には、人の力のみで国を御そうとする思想が根付いている様なのです、ですから当然、召喚者を人と分類せぬ輩もおります」


「こら大ごとだ」


「桜木さん?怒ってます?」


「いや、うん、誰に怒れば良いんでしょうね。原因は殴りたい、そいつを怒りたいけど、それ誰って話よ」


「はい、そういった者の為の国が…どうやらその国が今回関係しているのでは無いかとの疑いがあり、国連監査部も動いています。ですので時間稼ぎの為にも呑んで頂いてありがたいのですが、心苦しいのです、憤っているのです」


「なんで、そんな不名誉?実害ある?」


「不名誉です。撤回されても、子孫代々まで受け継がれます、ご結婚等の、これからの人生に影響が出ることは必須です。例え国内で良くても、国外に出れば益々影響は大きく出るかと」

「子孫なんぞいらんし、この代だけだし、大丈夫」

「桜木さん、それは」


 再び右尻が鳴る、そこにはタケちゃんの名前が。

 公式発表を知ってしまったのだろう、どうするか、出たら面倒そうだが。


【ハナ、今良いか?】


「まぁ、魔王候補の事なら呑むよ、害無いし」

【すまない、今問い詰めてきた。人の力を強くするチャンスだとさ、関係者全員殺すから亡命して良いか?】


「ワシより過激。そんな事で手を汚さんでも良いのに、ほっといて大丈夫そうよ」

【そうか、だが不名誉は不名誉だ、一生付き纏うと聞いたぞ】


「生きてりゃね、生きてたら挽回する。死にかけて魔王化したら、そのまんまで正解ってなるし無問題」


【分かった、また後で話そう】

「ダメ、終わり。挽回する方で助けてよ、それと中つ国に居るならシャオペイ買ってきて、あ、焼き小籠包も、花茶もね、宜しく」


【うむ、分かった、楽しみに待ってろ】

「おう、じゃね……次はエミールか?出来るなら知らせないで欲しいんだけど、大人不信になられたら困る」


「そこは既に連携を取って、知らせを遅れさせていますが、勉強熱心な方だそうですし時間の問題かと」

「じゃ直接説明して良い?フワッとだけ、ちゃんと大人が動いてるって」


「お願いしても、宜しいでしょうか」

「うん、任されました。良いようにします」


「はい、宜しくお願い致します」

「それと、ヘカテ神やニュクスさんは、やっぱ無理?」


「暫くお時間を頂く事になります、申し訳ございません」

「いえいえ、楽しみに待ってます」




 ヴァルハラへ戻ると、昼食の為に戻ってきたエミールが居たので、昼食の合間に伝える事にした。

 今回のメニューはピザ、ピザ祭りだ、エミールの要望らしい。


『おかえりなさいハナさん、一緒に食べましょう』

「うん、タケちゃんは?」


『遅くなるとは聞きましたけど、どうしたんでしょうね?』

「ね、じゃあいただきます」


『いただきます』


「……囮捜査の為に、魔王候補になりました、宜しくねエミール」

『は、え、どうしてそんな事に?』


「実は内々で国同士の思想の衝突、正義と正義のぶつかり合いが起きてましてね、その火中に小野坂さんが居るので、お手伝いの為に魔王候補になった。近づいたり仲良くしたら捜査が上手く行かないから、遠距離からの援護でね。だからこの関連の雑音は遮断して欲しい、関係者全員の為にも、エミールが無関心なのが1番だから」


『そうなんですね、国同士で……分かりました、僕には国同士の事まで手が回りませんし、そうします』

「うん、ありがとう。さっきまでは訓練してたん?魔法の練習?」


『魔法印を入れてました、ハナさんはまだなんですよね?やっぱり馴染みが無いと怖いですか?』

「は、そもそもその事忘れてた」


『もー、怖くてしないのかと心配してたんですよ』

「全然したいし、何なら向こうに居た時から興味津々よ」


『そうなんですね!僕も大きくなって軍に入る時は、お父さんと同じ刺青を入れたいなって思ってたんですよ』

「あら素敵、良いなぁ、どんなの」


『空軍のバッジなんですけど、こんな感じのを指に入れようかと』

「指とは控え目な」


『規則があるので、背中とかある程度見えない場所なら大丈夫なんですけど。なんだか、大きいと標的のマークっぽくて嫌なんですよ』

「確かに、そこ撃たれたら何か嫌だもんなぁ」


『胸なら死んじゃってますしね』

「なー、そう考えると場所やサイズも考えないとなぁ、ホイホイ入れて的にされたら目も当てられん」


『ハナさんはどんなの入れたいんですか?』

「足の裏に蓮の花かツボでも書こうかと思ってた、温泉入れないの嫌だし、蓄光とか紫外線に反応するのとか考えてたなぁ」


『ツボ?』

「東洋のツボ、少陰腎経、湧泉って…こう色分けしてさ、病気や怪我で暇な時とか良さそうでしょ?患者同士の話の種にもなるし」


「桜木さん、そんな身体を張ったギャグみたいな事を本気で考えてたんですか?」

「出来る事は限られてたし、人生の時間が短そうだったし、モテ無いし、ならギャグ路線でしょ。今するなら蓮の花かな」


「蓮の花を足の裏に入れるのは流石に賛成出来ません、いくら仏教徒でも涅槃は」


「え?…いやいや、蓮の花が好きなだけで、そう言った意味では無い、マジ。芍薬を入れるには派手過ぎだから、控え目に蓮ってだけ。釈迦るつもりは無い」


「桜木様の足の裏だと直ぐに消えちゃいそうですよねー、刺青って摩擦に弱いですし、皮膚が直ぐに代謝しちゃいますから」

「その時に飽きたら違うの入れたら良いじゃん?骨とか靭帯とかさ、解剖する時とか面白そうじゃん。そう言う蜜仍君はどうなのよ」


「興味無いですねー、個性は消した方が職業的にも得ですし」

「あー、確かにそうか、忍びの者としては」


「はい、無個性第一です」


「あの、桜木さん、検体する気だったんですか?」

「変わった病気で死ぬかと思って、臓器提供もするつもりだったよ、医学への恩返し。母親の反対が凄くて大変だったから、内緒でお兄ちゃんに署名して貰った。献血と骨髄移植は薬飲んでたし無理だったけど、1回はしたかったな」


「今も無理ですよ、エリクサーやそういったモノを使用した場合、3ヶ月は空けないといけない決まりなんですから」


「あらー、平和になんないとダメか」

「はい」


「臓器提供も?」

「移植を受ける側に委ねられますけど、基本的には培養臓器で慢性病は対応できてますし、緊急の患者が出ない限り、利用はされないかと」


「貢献できひんやん」

「そもそも検体もです、国が許しませんよ」


「そこを何とか」

「僕に粘られても困ります。召喚者様は国の宝なんですよ、御神体や即身仏の様な扱いになるんですから。切れません」


「後は生きて治験か」

「それも相談させて下さい」


「おう」


 食事を終え、館の外へ出るとタケちゃんが泉でお昼寝していた。

 その横でエミールが眠りにつく。




 見計らったかの様にエミールが眠ると、黒山羊がタケちゃんを起こした。


「お、ピザ美味かったか」

「うん、とっといたよ、ほい」


「ありがとう、じゃ、少し向こうで食いながら話すか」

「へい」


「先ずは言われてたやつだ、花茶は適当に買ってきたぞ」


「ありがとう」

「エミールにはもう事情は説明したのか?」


「フワッと」

「じゃあ僕からご説明を…内々で国同士が争っている、その囮捜査の為に魔王候補になったので、小野坂さんに近づいたり仲良くは出来ない、が応援はしている。この関連の雑音は無視し、無関心で居て貰うと皆が助かる。と、そして刺青の話に上手く流し、最後は検体の話で煙に巻いてました」


「良い感じに纏まってる、今度からもうショナが喋ってくれよ」

「急に投げやりに」

「拗ねても良いんだぞ、こんな言いがかり、もっと怒って良い」


「お腹いっぱいだし、もうどうでも良い。タケちゃんは中つ国に行った理由考えてある?エミールに聞かれるかも」

「その事を直に報告されたが、直ぐに買い物に行った。フォローはするが、基本はノータッチでいくと伝える」


「うん、小野坂さんを頼む」

「おう」


「この前と逆の立場かぁ、嘘じゃないけど、少し内緒にすんの」

「その後の処理はハナに任せる事になるかも知れんな、長く掛かりそうだ」


「だよねぇ、ならタケちゃんのせいにするかな」

「おう、じゃんじゃん使え」


「おうさ、湯水の如く使い倒してやるからな」

「頼む」


 亡くなった後の自分の遺体も、子孫も、とってもどうでも良い事なのに、一々大ごとになる。


 小野坂さんもこんな感じなのだろうか。

 しかも火中なら尚更大変だろうに、同情する。


「にしても小野坂さんに何かしてあげたいけどなぁ、何しても良い事は無さそうなのがな、心苦しい」


「そうだな、ハナはダメだろうな」

「だからタケちゃん、任せた」


「あぁ」

「うん、じゃあ魔法印入れてくるわ」




 裏口から医務室へ行き、エイル先生に事情を話すと、エミール付きの従者を連れて来てくれた。


 魔法印を入れるべく、説明を受ける事となった。


「改めましてサイラです、宜しくお願いします」

「はい、宜しくお願いします」


「この専用インクで刺青します、色も選べます」

「ショナ君もあるの?」


「普通は皮膚にですけど、僕は骨に直に入れてあります。サイラさん、写してみて貰えますか?」

「はい」


 タブレットで額を写すとレントゲン写真の様にモノクロの内部が映り、円形内部に紋様のある魔法印が白くはっきりと映し出された。

 人によっては肩甲骨、寛骨に入れる事もあるらしい。

 アレクやセバスは頭蓋骨だそう、知らんかった。


「しゅごい、どうやるの」

「ハッキリ言って手術です、皮膚では解けてしまう可能性があるので、念の為ですが。勿論、キチンと皮膚を縫い直せば再び効力を取り戻しますが、それまでは無防備になってしまいますからね」


「じゃあ骨で、全麻したかったけど今回は急ぎだしな、頭蓋骨で」

「え、じゃあエイル神にお願いすると言う事で宜しいでしょうか」

『良いわよ、そのつもりだったし。じゃ、準備しましょ』


 ゴムの様な丸い魔法のビニールボールで押されたかと思うと、次の瞬間には眉から襟足までが包まれた、シャワーキャップを被った様な状態。


 そして両頬骨と後頭部を固定された。

 そこへ温い消毒液がシャワーキャップの内部で噴霧され、乾かされた。


 次に違う種類の消毒液が噴霧、乾燥。

 今度は紫外線ライトが動き回り隅々まで殺菌、そしていよいよ親指サイズのミニメスが内部に現れたのが鏡で見れた。


 緊張のせいで眉が動きそうになったが、既に麻酔が効いているらしく、眉から上、耳周辺を動かす事は不可能で、少し安心したが。


 やはり怖い。


「あー、やっぱ怖い」

『開いたとか言わない様にしようか?』


「それは言って、気が向いたら見る感じにしたい」

『はいよ、じゃあ見たくなったら言ってね、鏡を戻すから』


「うん、宜しくお願いします」

『はい、じゃあ始めます』


 目の前の鏡が移動し、ショナが用意してくれた可愛い動物の映像が映し出されるモニターだけとなった。


 早速皮膚に何かが当たる感触があったものの、痛みは全くない。

 袋状の内部で行われているので、膜を剥がす音が無いのが特に有難い。


「ショナー、蜜仍君、見てる?」

「はい、見てます」

「僕、手術生で見るの初めてです」


「嫌なら見るなよ?」

「嫌とかの問題じゃ無いですし、見ますよ」

「僕は見たいので見ます、桜木様の頭蓋骨」


『やっぱ心配?』

「ですけど信頼もしてます!」

「心配はしてませんが…」

「心配してくれ無いのか」


「そうじゃ無くですね」

『全開よ、見る?』

「見る」


 鏡に映し出されたのは産まれたての赤子の様に、ぬらりとした赤い楕円形の頭蓋骨。

 ここからさらに刺青を入れるらしいが、一体どうするのか。


「何か、綺麗で神秘的です」

「蜜仍君は場慣れが凄いですね」

「産まれたての赤ちゃんみたいよな」


「あ、確かに!」

「無理して見なくても大丈夫ですよ、桜木さん」

「貴重な体験だ、程々に見る」


「では、入れさせていただきます」


 ミニメスが消え、代わりに出現したのがミニドリル。


「ドリル」

「はい、歯科用ドリルとほぼ同じです」


「わー、マジか」

「音は消音されてますので、安心して下さい」


「それもそうか、宜しくお願いします」

「はい」


 色をお任せしたら緑色が選ばれた、見えないとは言え好きな色なので嬉しい。

 大きな円が彫られ、内側に図柄が書かれていく。


 少し振動が伝わってきて、なんともむず痒い。


「変な感じ、むず痒い」

『一旦鏡下げるわね、気が紛れるまでお話ししましょ』


「うん、ショナもこんなんだった?」

「全身麻酔が選ばれる事が多いんですよ、同時に肩甲骨や寛骨にする方も居ますから。なので僕は同時で全麻でした」

「他の骨にも彫るのでしたら、全身麻酔に切り替えるのをお勧めします」


「レジスト以外に何彫ったら良い?」

「定番はライトですが、オススメは契約阻害です、契約魔法を無効化し、操られるのを阻止します」


「どれも任意で解除したりとか出来るの?」

「契約阻害は解除出来ません、ご自身や他者が解除出来ては意味がありませんから」


「ギアスも防いじゃう?」

「それは、どうなんでしょう?」

『神々との約束を既にしてあるなら、それ以降のギアスが出来なくなるだけ。でも契約自体は生きているから、何か有ればギアスが効くわ。新規の契約が出来なくなるって感じね』


「その魔法印が描かれた骨を壊せば解除出来る?」

「はい」


「なら踵の骨とかにしようかな、任意でのみぶっ壊せて、そうそう骨折しなさそう」

『踵骨は面積が狭いしスポンジ状だから無理ね。それに骨折の割合って、特殊なのを除いたら頭蓋骨が一番低いのよ?』


「へー、でも頭蓋骨割る勇気は無いわ」

「普通には見えないインクでの、皮膚への刺青をオススメします」


「ちょっと保留で」

「はい、承りました」


「ドライは?」

「魔法の制御がおぼつかない方には入れられません、暴走されては一帯が砂漠地帯になってしまいますから。制御印を入れる必要が出てきますが、それもオススメしかねます」


「なら、魔力の可視化とか無い?」

「昔はあったそうですが、今は道具で賄えてますから、復活は難しいかと」


「んー、嘘発見器みたいなのは?」

「私は存じ上げません」

『それも昔にあったけど、契約魔法に融合して廃れちゃったし、図は覚えて無いわぁ』


「レジストだけかぁ、折角、頭開いたのに」

「サイズが大きいので他の骨に印は彫れませんので、ご自分から提案して頂けて感謝しております」

『そうそう、魔力容量でサイズ変わるからね、特大のだからこう時間がかかってるのよー』


「彫ってたのか」

「はい、ですがもう少しで終わります」

『見る?』


「少し」


 頭蓋骨一杯に大きく書かれた図柄は、複雑で良く話しながら出来たものだと感心した。

 ぶっちゃけカッコいい。


『どう?』

「好き、皮膚にやれば良かったかも」


『重要な印だし、簡単に外部から解除されちゃ困るわ、コレはコレで正解よ。空間の有効活用』

「はい、他に入れたい印がありましたら、皮膚にもさせて頂きますし、その為にもスペースは開けておいて頂けると助かります」

「ふむ、分かった」


 彫りが終わり、サイラが呪文を唱えると魔法印が強く発光した。

 無事定着したので、後は縫合のみ。


『ハナ、自分で治す?』

「良いの?印が消えちゃわない?」

「大丈夫です、その為の印は刻んでありますので」


「お、ありがとう。やるやる」

『じゃ、手伝うから繋げてって』


 目を閉じ、自身の頭部をイメージする。

 筋膜や皮膚は蓋をする様に戻されただけなので隙間がある、それをエイル先生が器具で手繰り寄せる。


 エイル先生のスピードに合わせながら、接地面を繋げていく。

 隙間が埋まり、頭蓋骨へと筋膜がくっつき、皮膚がくっついていく。

 チャックが閉まる様に切り口が噛み合い、先へ先へと繋がっていった。


 最後に全体を見渡し、隙間が無いかチェックしてから、自身の治療を終えた。


「終わった?」

『うん、上出来、お疲れ様。血は付いてるしお風呂行こ?』


「うーん、怖いから洗って欲しい」

『ふふ、じゃあ一緒に入りましょ』


 契約阻害、やっぱした方が良いのか。

 良いか、安心したいだろうし。


「契約阻害印、やっぱりお願いしても良いですか?」

「はい」

『取り敢えず洗ってからね』


 エイル先生の洗髪は、思いの外優しく、眠ってしまいそうな心地良さ。

 幾千もの戦士達を看護した結果だそうだ、熟練の技がココにも出ている。


「凄い、ヤバい、最高、ありがとう」

『ふふ、いえいえ』


「傷も接合しやすかったし、流石エイル先生」

『まーね!クーロンや蜜仍君に仕込んでおきましょうか?洗髪』


「お時間あったらで、お願いします」

『【ドライ】さ、消毒してこのままココで刺青しちゃいましょ、身体、まだバレて無いんでしょう?』


「お、あ、お願いします」




 脱衣場で刺青の準備が始まった。


 マスクをし、消毒と乾燥を繰り返す。

 大きなビニールボールが膨らみ、横になっていた身体とエイル先生を包んだ。


 仕上げとばかりに胸と下半身に滅菌タオルが掛けられると、どうやってかサイラが呼び出されたらしく、脱衣所へ入って来た。

 サイラが自身を消毒しマスクを付けると、ドーム内部へゴムを引き伸ばす様にミチミチと侵入する。


 その光景は、余りにもホラーだった。


『入るのにコツが居るのよね、苦しく無かった?』

「はい、大丈夫です。桜木様、背中か腹部、どちらが宜しいですか?」


「お腹でお願いします」

『じゃ、麻酔開始』

「はい、契約阻害印、開始します」


 腹部に液体が塗りたくられる、最初は少し冷たかったものの、塗り終える頃には感覚が薄れていた。

 先程より少し大きな刺青の機械を手に取り、サイラが針を入れ始めた。

 一筆書きで、なぞられていく。


 痛みは無いが、少しくすぐったい気もする。


『くすぐったいなら、少し眠る?』

「うん」


『【おやすみ良い子、良い子はねんね、ゆっくりぐっすり、おやすみなさい】』







「桜木様、終わりましたよ」


「な、あ、もう?」

『皮膚の炎症は治したから、お風呂に入り直そうう』


「あ、うん、ありがとう」


 皮膚に目視での変化は一切見受けられない、眠る前は確かに針が入ったのに。

 その痕跡すら確認できない、本当にしたのか。


 身体を軽く温め、脱衣場を出るとエイル先生とサイラがお茶をし始めた。


「お疲れ様です、ありがとうございました。びっくり、痕跡すら無いの」

『確認したい?』


「もち」

「このライトで照らし覗くと浮かび上がります、どうぞ、お持ちください」


「え、良いの?」

「はい、予備はありますので」


「お手数をお掛けします」

「いえいえ、大事な事ですから」


 ライトの光は薄い青、付属するオレンジ色のカラーフィルターが上部に付いている。

 早速服を捲り腹部を照らすと、紋様が緑色に光った。

 蓄光、ルミノール的な輝きは、とても綺麗。


『ふふ、綺麗ね』

「うん」

「ありがとうございます」


 暫く眺めていると、蜜仍君やショナ達が戻って来たらしい。

 廊下に出て早速見せびらかす。


「見てー、ほら、綺麗でしょ」

「わぁ、本当に光ってる!綺麗ですね」

「あまり出してると、お腹が冷えちゃいますよ」


「ショナには珍しく無いもんなぁ、つまらん」

「後で暗くして見せて貰っても良いですか?」


「おう、それやろう」

「蜜仍君、女性のお腹をガン見はどうかと」


「あ、すみません、桜木様は気にされます?」

「いや、蜜仍君は気にする?」


「いいえ」

「じゃあ寝る前に鑑賞会しよか」


「はい!」


「ご苦労様ですショナ君」

「はい、今回もお世話になりました」

「も?ショナもサイラさん?」


「はい、子供の頃に印を入れて頂きました」

「おー、そんな繋がりが」

「針を見て引き攣っていたいた子がこんなに大きくなって、感慨深いです」


「あの針は凶悪な面持ちです」

「美しいと思うのだけれど」

「うん、綺麗な櫛みたい」


「ありがとうございます。蓮の花、入れます?」

「お耳が早い、入れたいけどデザイン決めて無い」


「じゃあ、蓮の花の見本を送っておきます、ショナ君に」

「ありがとうございます、でもショナが休んだら見れないので」

「桜木さん、僕は当分休みませんから大丈夫ですよ」


「は、なんで、どして」

「半年働いて、半年休む制度に移行しました」


「船乗りかよ、ダメ、休め」

「そんなに嫌ですか?」


「良い年こいた大人がプライベート皆無なんて、蜜仍君の見本にならないでしょうに」

「僕も代替わりしたら個人の時間はかなり消えますし、問題ありませんよ?」


「じゃあ今こそ自由にしないと、蜜仍君も解雇しちゃうぞ」


「だとしてもです、明日世界が壊れるかも知れないのに、楽しく遊べません。こうやって従者としてお側に居られる方が、安心できます。そして僕にとっては良い経験で、有意義です。だから里には帰さないで下さい、お願いします」

「筋は通って…反論できん」

「僕もそんな感じです」


「あー、ズルいぞショナ君」

「じゃあ、お側に仕えて無いと不安でどうにかなりそうなんで、宜しくお願いします」


「君はいつからそんな卑怯な…ロキか、ロキだな」

『ロキの困る所って、そこなのよねぇ』


「どうしよ、ピュアなショナ君がこんなになっちゃって、うう」

『諦めるしか無いわね、ショナ君はもう…うぅ』

「僕は違いますよ!桜木様」


「うんうん、蜜仍君は綺麗なままで居てね」

『そうよ、ピュアなままで居て頂戴』

「こんな筈じゃ」

「ショナ君、後半のダメ押しは悪手だったわ、もう少し精進を」


「はい、精進します」




 それからはオヤツ変わりに焼き小籠包、餡餅(シャーピン)、花茶を頂きながらダラダラと過ごした。


 エイル先生はことのほか花茶が気に入った様で、タケちゃんに注文しに行ってしまった。

 サイラさんはお昼寝しに寝室へ。


 アレク達は省庁から帰って直ぐに訓練所に行って、未だに帰って来ない。


 蜜仍君とショナと泉で休憩しつつ、雑談を始めた。


「アッチに帰る場合は刺青ってどうするの?残らんの?」

「専用の解除師が居ますが、もう消したくなりました?」


「いんや、タケちゃんがね」

「武光さんは帰還希望でしたね、大丈夫です、伝えてありますから」


「そか。魔王になる弊害、ある?」

「今それですか?それこそ前魔王の様になる可能性が高くなるそうで、望まない能力も得てしまう可能性があると聞いています」


「不眠も食わないもキツイなぁ」


「それと、桜木さんへの心配がまだ」

「なに」


「神との接触に偏りがある、神からの接触も多い、いずれ召し上げられてしまう可能性あるのではと危惧されていて。今後の接触や行動の審査は慎重に、と言った助言が各国からも出ています」

「お?召し上げって?」


「召し上げられると、その神と同等になる、つまり人間界と接触出来なくなります。ロキ神等のトリックスターと呼ばれる神は例外ですが、基本的には召喚者様以外の人間に接触する事は、禁忌。神々の協定で禁止されているそうです」

「なにそれ困る」


「そういった事も絡み合い、今回の協議が難航している所もあります」

「心配してくれてる勢も居るのか、有難い」


「はい、敵視と言うよりは畏怖が大きいそうですから」

「うーん」


「桜木様?魔王候補がショックですか?」

「いや。ゲームしろって連絡来た、ネイハム先生から、箱庭ゲーム」

「あ、僕も偶にやってますよ。カスタム出来て面白いんですよね」


「蜜仍君はゲームしないの?」

「僕は格闘ゲームばっかですね、対人対戦が楽しいんですよー」


「良いなぁ、それを見ていたい。ショナは個人用のタブレットで箱庭を?」


「はい、今は家に置いてありますけど、外部からでも普通に僕のも見れますよ」

「やる、見る」


 アプリを起動すると、先ずは○か□の箱を選んだ後はサイズ、底の色、砂の種類を選ぶ。


 砂をどけて川を作ったり、湖や海にしたり。

 天気も変え放題。


 後は小さな動物、植物、好きな物を選んで置く。

 他にも朝焼けや、真夜中、時間帯を選び。

 タイトルと短いストーリーを入力する。


 ショナが自身のアカウントを覚えていたので検索。

 お気に入りの箱庭は従者シリーズの名場面、どこまでも従者。


 置けるモノは著作物からオリジナルまで何でも揃っている、コッチの世界のモノは。


 期待せず多脚式戦車を検索すると、誰か匿名さんが作ったらしく存在していたので使わせて貰った。

 タイトルとストーリーは、南国で機械と過ごす日々。

 さぞ楽しいだろうに、思わずニヤニヤしてしまった。




「どうです?楽しいですか?」

「そらもうたまらんね、宝石もあるし、エフェクトが良いし」

「桜木様がやるなら僕もー」


「やろやろ」


 自分の箱庭は公開、非公開、匿名公開等が選べ、タイトルやストーリー検索で他人の箱庭も見れる。

 そもそもモノのクオリティがね、小学校の保健室でやった以上。

 コレは嵌る、1日1回にしておこう。


「桜木さん、もっとやってても大丈夫ですよ?」

「ゲームは1日1時間、作るのも1日1回。コレ嵌っちゃう」

「大人ですねー」


「大人ですよ、蜜仍君は3時間まで可」

「流石にそんなにやりませんよー」


「えー、平和になったら1日中やる自信がある」

「えー、一緒にご飯行ったりしましょうよー」


「買い溜めしたのをウチで食えば宜しい」

「そっかー」

「引き籠るのも程々でお願いします」


「うい。にしても蜜仍君、この登録してたのって前回のドリームランド?」

「はい!」


「そんな悲惨な感じだった?」

「そうですよ!僕的にはハッピーエンドかもって聞いてたから、落差で」

「そうですね、平和に終わるかもって空気でしたし」


「最後ってもんは解らんよね」

「むー」


 何でもそうだ、今まで考えていた自分の人生の最後も、今となっては予想とは違うだろうし。

 問題はこれから。


 問題は?

 障害になりそうな事は?

 今、解消出来そうな問題はなんだ?


 魔法がまだまだで、敵が不明で、国同士でちょっと揉めてる。

 その問題は誰をどうすれば解決出来るか未定、でも本当はコレに介入すべきか?


 いや、要請が来るまで待とう。


 後は、誰かに会うべきか。


 誰だ?


 あ。


 ソラちゃん、居場所分かる?


【はい】




「桜木さん?」

「クーロン達にも刺青と箱庭見せびらかしたい、訓練所だっけ?」

「はい!行きましょ!」


 ヴァルハラの館の裏の森、そのずっと奥の訓練所。

 崖や海、ありとあらゆるシチュエーションが用意されている。


 エイル先生が楽しそうにタケちゃんと剣を交え、エミールは援護射撃。

 アレク、クーロン、コンちゃんは大きな巨人と戦っていた。


「すぎょい」


『ハナー!おタケが負けたらー、花茶買いに行ってくれるってー!』


「がんばってーエイル先生ー!」

『あいよー!』


「クーロンちょっと来てー」


『はい!……どうしました?』

「休憩して、ちょっと付き合って」


『はい』

「じゃあ変わりに蜜仍君と、ショナ、がんば」

「はーい!」

「はい、行ってきます」


 泉まで戻り、青い羽根の靴を履いてから空間を開いた。


「クーロン、行きたい所がある。危なくないと思うけど、いざとなったら助けて欲しい」

『危ない事をする気なら止めます、何処へ行くんですか?』


「えー、違うけど嫌なら置いてく」

『え、あ!』


 人型のクーロンが驚くと同時に竜へと変化していく。

 初めて空から落ちる感覚は、尋常じゃなく恐ろしい。

 一気に手汗が吹き出し、背筋がギュンギュンする、落ちてから3秒も経たずに後悔した。


 落下から5秒後、竜となったクーロンの掌に優しくキャッチされた。

 下を眺めると、大海原には月明かりに照らされた孤島が1つ。


「ありがとう」

『もう!』


「止めたのに強引に突破されたクーロンは悪くない。因みに素直に帰る気は無いので、平穏に帰す方法は言う事を嫌々聞くことだけだ。説得は無理。もうね、身動き取れないなら魔王候補らしく行動してやるまでよ」

『また怒られますよ!』


「そしたら謝る」

『もー!ココは何処なんですか』


「嫉妬が居るらしい場所、居なければ帰る」

『危ない気配がしても帰りますからね!』


「うん、頼むよ」


 海からの侵入は結界により不可能、出入り口に利用されている穴は島の中央上部のみ。

 そこへ入ると森が円形に切り開かれていた、着陸し、良く見ると小道があり手入れがなされている。

 誰かは居る。


『会ってどうするんです?』

「会話」


『えぇー…』

「まぁまぁ、上で待ってて」


 クーロンの手から降り、辺りを見渡しつつ、満月ソラちゃんに哨戒させる。


 風の音は聞こえるものの、水音は聞こえない。

 飲料水はどうしてるんだろうか、雨水?


『なんだ、お前は』


 日本語。

 髪はプラチナブロンド、ブルーアイ、肌は真っ白く、頬はピンクで可愛い。

 今まで見たこともない庇護欲をそそられる美しさ、身長は175㌢位だろうか、それなのに儚い感じ。


「桜木花子です、召喚者です」


 先ずは両手を上げ、敵意は無いと示すが。

 伝わるんだろうか。


『伝わっている、何しに来た』

「対話」


 心読まれてるぅ。


 暫く沈黙が続く。

 虚栄心同様に、性別判定不明よな。


『あぁ、会った事が有るのか』

「なんなら今日会ったわ」


『何故、対話を望む』

「消滅したいって聞いて、本当かどうかと」


『本当だ、それで』

「不死なら、1度人間になって貰えれば殺せると思うんですけど、どうです?魔王で試して成功した」


『気配が3つに分かれたのは感じたが、死んでは無いだろう』


「まぁ、まだ今は殺す時期じゃ無いので。平和になったらその内死んでもらう予定」

『殺せるのか?』


「もう情が少し湧いてるけど、がんばる」


『俺も、殺してくれるのか』

「うん、厄災が終われば。そもそもの懸念が厄災に便乗して自爆されたら困るからなんだ、誰かに迷惑が掛かるのは困る」


『そんな事をするとでも?』

「自分ならそうする、便乗する。だから交渉に来た、死ねる身体にするから邪魔するな」


『他に望みは?』

「あわよくば手伝って欲しいけど、邪魔される位なら手伝わんでも宜しい。でも味方は増やしたい気持ちはある、望みって程でも無いけど、でも良ければ仲間にって感じ」


『レジストの解除方法は知ってるか?』

「【レジスト解除】」


『先ずは、握手か』

「なぜ」


『影響を受けたら、そのまま帰って欲しい』

「あぁ、おう」


『何か感情が湧き出ないだろうか』

「握手は久し振りで、手が冷たいなぁとしか思わんが」


『なら、次はハグだな』

「慣れて無いのよジャパニーズは」


 こんなイケメンズハグはもう、初めてかも知れん。

 あ、心読まれるんだった。


『君は、女性だと思ったんだが』

「おう、乳は神様に平らにしてもろた、邪魔やし」


『ほう』


 近い、眩しい、死んじゃう。

 まだか、まだ?


「いつ影響くんの?どんな感じになると予想しとる?」


『…本来は、直ぐに効果が出る筈なんだが』

「ほう。他にも方法有る?」


 やっと、距離が。


『こう、だな』

「わ、なに」


 何で脱ぐ、つか下着はどうした。


『さっき脱いだ。もう着たぞ、どう思う?』

「どう思うって別に、意外と丸みを帯びた体型でらっしゃるなと」


『両性具有だ』

「ほう。え?影響ってヤりたいとかって事?」


『それも有るらしい、脱いで直ぐに刺された事も合った』

「あら、ご苦労様です。大変ですね、魅了系って」


『影響を、受けていないな』

「似た体質だからじゃね?」


『そうか』

「おう」


『俺は魔素を出し続ける体質らしく、魔道具が破壊される事もあった。だからこそ、ココに引き籠もって、偶に来る奴には脱いで追い返していた』

「凄い身体を張った追い返し方」


『弱いからな、人と魔道具に何かしらの影響を及ぼす以外、能力は無い』

「不老不死以外無いの?」


『無い。食えるし、眠れる』

「そっか、人になったら何かしたい事無い?」


『無い』

「志が低い、何か捻くり出せよ、勿体無い」


『無い、死ぬまで引き籠るだけだ』

「引き籠って何してんの、ご趣味は」


『…映画と本』

「箱庭は?さっき始めた。あ、ドリームランドは?来たくない?」


『行けるのか?』

「いける」


『行ったのか』

「好きな事が好きなだけ出来そうな感じぞ」


『なんだ、無ではないのか』

「無は死だから違う所属でしょ、ヘルなら知り合い」


 また沈黙、何を考えてる?

 何かを探ってる?


『お前、まさか魔王候補では無いよな』

「うっせぇわ、上等だわ、クソが」


『その状況で黙って来たのか』


「おう」

『何故』


「反逆と、待ってられん、ジッとしてられん。先延ばしとかマジ嫌い」


『せっかちだな』

「うん」


『気分はどうだ?』

「まだ心配か。別に、普通…?寧ろビビってる、帰ったら怒られると思って。で、来る?」


『一緒に行けば、もっと怒られるんじゃ無いだろうか』

「嫉妬を人間にして、無事に戻ったら大丈夫だと思う」


『何処で、どうやるんだ』

「今回はエジプトのクヌム神に頼もうかと」




 クーロンには引き続き距離を取って貰い、羽衣と靴で一緒に結界外まで跳躍。

 結界を出てそのままエジプトへ転移。

 明るい。


 カルナック神殿の川辺で、イシスさんが船の上でお昼寝していた。


 着陸すると、神殿の柱の影から人が出て来た。


「待ってましたよ」


 ショナだ。


「ひぃ、ごめんなさい」


『あらあら、お話は後で、ね?』

「うん、ごめん、後で良い?」

「ココで待ってますから、逃げないで下さいね」


「はぃ」


『あの少年、確実に怒っているな』

「ね。イシスさんごめんね」

『いいえ、ご案内致しますね』


 神殿から船で川を下り、川の中州にある神殿に案内された。


「クヌムさん、宜しくお願いします」

『そいつを改造するのか?従者を作るのか?』


「今はこの人でお願いします、大罪そのものを取り除きたい」

『宜しくヘケト』

《はい。では今回その者の場合ですと、魂を取り出し、清め、再び元の身体へと戻し、名付ければ完了します》


「能力とか、不老不死は消える?」

『あぁ』

《はい》


「だって、どんなんが良い?」

『あの、さっきの少年の様な、平凡な顔が良い』


『そうか、平凡で普通、それがお前の望みだな』

『あぁ、頼む』


『分かった』

『チェリ子、少しコチラでお茶しましょう』


 イシスさんがお茶の準備をする間に、嫉妬が全裸になりロクロの側の台に横になった。

 そこへ泥が被せられると、嫉妬の顔にヘケトさんが顔を近付け、呼吸を合わせ始めた。


 何度目かの呼吸で合うと、嫉妬の口から赤紫色の煙が溢れ、ヘケトへと一気に吸われた。


 そうして煙を吸い終えたヘケトさんが太陽へ向き直り、呼吸をする度、黒や紫、赤色といった煙が吐き出され、キラキラとした光りを吸い込む。

 吸い込む度にヘケトさんのお腹は大きくなり、遂には色の付いた煙は見えなくなった。


 真ん丸なお腹、愛おしそうにお腹を撫でてる。


 それでも、このまま死なせてあげられるなら、そうしてあげた方が良いのだろうか。


「このまま殺しちゃダメですか?」


《大罪といえど、無抵抗な人間を殺すのは禁忌を犯す行為です》

『そうなの、だからごめんなさいね、その願いは叶えられないわ』

「あ、良いんです、すみません」


『良いのよ…どうしたのかしら?顔色が悪いわよ?』


「いや、怒られるなって思ったら、間違ったかもって急に怖くなって」

『悪い事をしたの?今してるの?』


「いや、今は正しいと思ってる、今は」

『なら良いじゃない』


「間違ってたら」

『そう分かったら直せば良いのよ、生きていれば直せるわ』


 泥に塗れた嫉妬に、今度はヘケトが息を吹きかける。

 キラキラとした光りが入り終えると、その身体をクヌムが抱え、川で泥を洗い流す。


 泥が落ち切ると、ゆっくり瞼を開け、起き上がった。


 その全身は全てが白く、ホムンクルスの原型の様に生気が無い。

 顔は特に不定形に揺らめいているのか、上手く認識出来ない。


《終わりました》

『新しい命だ、名付けてやると良い』

『帰ったら、ね?』


「ありがとうございます、お返しは」

『キラキラしたモノが良いわね?ヘケト』

《有ればですが》

『だそうだ』


「こう言うのでしょうか」


 研磨大会の宝飾品を並べると、笑顔で頷けて頂いた。

 地の魔石カラーや黄金がお好きらしく、ヘケトさんはインカローズの金細工のピアス。

 イシスさんはアメジストの金の腕輪を手に取った。


『あら…この腕輪』


「どしました?」


『プタハが作ったのね、どうりで』

「お知り合い?」


『えぇ、うちの者よ』

「へー、イケメンでしたね、お2人ともお綺麗だから良く似合う」


『ふふふ、ありがとう。じゃあ、送るわね』




 帰りのなんと気の重い事か。

 クーロンとショナを回収し、浮島へ。


 怒られるなら人目は少ない方が良い。


「桜木さん」

『ショナ、まだなの、名付けするの』


「しらう、字は白い雨。苗字は…桜木」


『桜木白雨(しらう)


「うん、親戚だ、宜しく頼むよ」

『桜木白雨。宜しく、桜木花子』


 濁った眼に輝きが戻り、呼吸が始まった。


 肌は黄色人種へと変わり、髪も瞳も黒い。

 顔立ちもすっかり和風に、少し年上のそこらに良くいる男性となった。

 儚く美しかった嫉妬は、完全に消えてしまった。


 ちょっと勿体無いかも。


「あ、ぺったんこだったから男で名前考えちゃったけど、女が良かった?」

『いや、コレで良い』


「綺麗だったのに、顔、勿体無い」

『普通が良い』


「よし、じゃあ死ぬ?勿体無いけど、身内殺しになっちゃうけど」

『止めておいた方が良いと思う、魔王候補がそんな事をしたら、魔王認定になるのでは』


「そうなの?」

「はい、その通りです、なので止めて下さい」


「適当に身内にしちゃってごめん、じゃあアレクに殺させるか」

「あの、桜木さん」


「はい、ごめんなさい」

「違くてですね、彼は無戸籍であれ人間に変わったのでしたら、普通に殺人になりますよ」


「でも元大罪なら良いんじゃ?」

「大昔でしたらそうなんですが、今は正式な鑑定の後に、判決が下されます」


「アレクもセバスもそうなの?」

「はい」


「えー、直ぐに死なせられなくてごめん」

『大きな厄災が来る予定なら、そこで死ぬかも知れない、だからそれまでは生きる。そこでも死ななかったら、そこから考える』


「おう、すまんね、頼むよ」

「で、桜木さん」


「はい」


「これからの事も有るので、白雨さんも、一緒に省庁に行って貰えますね?」

「はい」

『あぁ』


 白雨に適当な服を着せ、クーロン、ショナ、白雨と共に省庁へ向かった。




 もういっそ、早く怒られてしまいたい。


 だが生憎と柏木さんは会議で直ぐには抜けられず、暫くの間、待つ事となった。


「居ないと気付いた瞬間、どれだけ肝が冷えたか分かりますか?」

「はい。動き回る赤ちゃんから迂闊に目を離してはいけないってやつですな」


「ご自分でそれを言いますか」

「開き直る思考に時間が割けたので」


「最初、何処に行ったか誰も分からなかったんですよ」

「急に思いついちゃって、止められるだろうし勝手にした」


「今度は、いつなんですか」

「ドリームランドの最後は解らんもんよねって後らへん。今、早急に解決すべきは何だろなと考えてて、ソラちゃんに聞いたら場所分かるって言うから」


「え?場所は機密の筈なんですが」

《問題無くアクセス出来ました》


「調べさせます」

「うい、どうやって分かったの?」


「通信機のGPSです」

「あー、なるほど、ケツに入れてた弊害が」


「そこから予測してエジプトか、研究所だろうと。エミール君に送って貰って、それで待ってたんです」

「エミールにも謝る」


「…あのですね、今回はレジストが有っ」

「あ【レジスト】」


「もう、何で解除しちゃってるんですか」


「信用して貰うのに」

「だからって無防備に」


「こらこら津井儺(ついなぎ)君、嫉妬の空気に当てられてますかね」


「あ、柏木さん、ごめんなさい」

「ご無事そうで安心しました。計測では、かなりの魔素を浴びてたそうですね」


「そうなのか、別に普通です」

「柏木さん、ここで桜木さんを叱らないとまた」

「こんなに真っ青な人を叱るんですか?解除師を呼んでありますから、頭を冷やしに行って来なさい」


「はい、申し訳ございません」

「ごめんなさい」

「お腹は空いてませんか?お食事は?」


「凄い減ってます、今、食べます」




 怒られながら食べる度胸が無いので我慢していたが、中々お腹が減っていた。

 当直の先生に簡易検査を受けながら、ストレージから天ぷらソバを出し、頬張る。


『空腹だって分かってたでしょうに、何で食べなかったの』

「怒られてたので」


『あー、分かるけどさ、図太くだよ、食べないと死んじゃうよ?』

「にしても今回はちょっと難しいっす、自分が悪いので」


『怒られても死なないけど、食べないと死んじゃうんだから、分かった?』

「はい」


『ほら食べる』

「はい」


 次に白雨の簡易検査が始まった。


 身体は問題無いが、大罪である以上はどうしても細かい検査が必要だそうで、今から北海道へ送る事となった。




 しょんぼりと帰って来たショナも連れ、北海道の病院へと向かう。


 ターニャに出迎えられ、白雨を検査室まで送り届ける事に。


『桜木さーん、やほー』

「やほー、度々お世話になります」


『いえいえ、桜木白雨さんで良いかな?』

「そうなの、うっかり付けちゃった」

『あぁ、桜木白雨だ』


『あいよー、じゃ、行こー』

『桜木花子』

「呼ばれ慣れないからフルネーム以外にして」


『桜木』

「はいよ」


『花子』

「それは少し嫌い」


『ハナ』

「なに」


『すまない』


「いえいえ」

『じゃ、ココで検査しますから良い子にしてて下さいねー、桜木さんに迷惑掛かっちゃいますからー』

『あぁ』


『じゃ、桜木さんはご飯食べて待っててねー』


 北海道は雨、オーロラも雲で見えず、廊下が薄暗い。

 ただただ黙ってクーロンを抱えながら、食堂へ向かう。


 アレは、白雨は一体、親戚的に何になるんだろうか。

 前例を考えると、従姉弟か、叔父?伯父?


 そもそもアレクだって親戚で。


 コレか。

 こんな事ばっかしてるから魔王候補なのよな、うん、仕方無い。


「ごめんよショナ、魔王候補で。やっぱりエミールかタケちゃんに付いた方が良いよ、こんな事ばっかするし、神獣まで脅して嫉妬の島に行ったんだから」

『ご主人、空に飛んだの、ビックリしたの』

「そんな、どうしてそうなんですか」


「やも、たてもたまらず」

「そうじゃなくて…すみません、先ずは影響を受けて怒った事を謝らせて下さい。あの僅かな時間で影響されると思いませんでした」


「え、だめ、聞き入れんぞ、そもそも悪いのはコッチだ。それに君は志が高いから側に置くのが申し訳ない、かと言って、魔王候補だからと言って行動は変えられんし。今回は合わなかったって事で移籍してくれない?」

「嫌です」


「なんで」

「なんでもです」


「は」

「僕がどう、何を言っても言葉巧みに解雇しようとするのは目に見えてます。だから言いません」


「な」

『ご主人の手の内、読まれ始めたの』

「はい、習うより慣れろです」


「こまった」

「困って下さい、嫌になったら解雇して下さい」

『クーロンは好きよショナ』


「ありがとうございます」

「もう、絶句だ、頑固過ぎ」


「桜木さんには負けます」

「がんこ、ちがう」


「頑固ですよ」

「そうか?」

『かたくななの』


「あー、それはある」

「ほらー、あるじゃないですかー」

『あるのー』


 食堂はガラガラ、患者やその家族が僅かに残るだけ。


 メニューは職員用へと切り替わる時間帯、患者用で残った料理を片っ端から頂戴し、エリクサーと共に頂く。

 魔力がかなり回復出来た、ありがたい。


 そこへ検査を終えた白雨がターニャと帰って来た。

 食事は摂って大丈夫だそうだが、明日には刺青を入れるので固形物は念の為に止めといた方が良いとの事。


 スープと飲み物だけを飲ませ、ネイハム先生の所へと向かった。




「お疲れ様です、こんばんは」

《こんばんは、お疲れ様です。じゃあ白雨さん、少しお話しましょうか》

『あぁ』

『じゃあ私はココまでなんだー、またねー』


「またねー」


 薄暗い廊下に雨の音が響く、時折り風が吹いては木々をザワザワと騒がせる。

 単調で不規則な音と消毒液の良い匂い、安心する。


「眠いですか?」

「うん、暖かいし、静かな病院は落ち着く」


「泊まって行きます?」

「いや、かえる」


「浮島にしますか?」

「ヴァルハラ、エミールに謝らないと」


「エミール君には詳しく言ってませんから、大丈夫ですよ」

「本当?」


「はい。エジプトへ行く筈だったんですが、桜木さんと連絡の行き違いが起きて、他へ行ってしまったみたいなんです、先に送って貰えませんかと」

「ありがとう」


「いえ、少し眠ります?」

「我慢して爆睡する、ヴァルハラで」


「はい」




 暫くすると診察室のドアが開き、白雨と先生が出て来た。

 2人とも少し穏やかな顔に、良い話し合いが出来たのだろう。


《お待たせしました。白雨さん、セバスさんに会っていかれますか》

『そうした方が良いのだろうか』


《お任せします》


『分かった、今度にする。もう眠いだろう』

「すまん、限界だ」

《はい、ではまた》


 白雨を連れ、ヴァルハラへ帰った。


『血の盟約をする』

「分かった、宜しくショナ」

「はい」


 血を額へ付け、簡単な契約を済ませる。

 召喚者が許可しない限り、何者をも傷付け無い。

 アレクやセバスと同じ内容、裏切れば即死。


 そうギアスも同様に宣言させ、終了した。


『もう良いのか?』

「抜けがあると思うなら言って」


『いや、無いと思う』

「ならよし、ねる」


 ようやっと、館のベッドへ潜り込んだ。

黒曜(シャオヘイ)

「サイラ」

『嫉妬』→『桜木白雨(しらう)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ