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2月7日

グロ注意。


「ショナ」『ロキ』「蜜仍君」『マーリン』「ショナ」《竜神さん》《ネイハム先生》《ヘル》

「おそよう」

「おはようで大丈夫ですよ桜木さん、11時38分ですから」


「いや、半ばおそようじゃん。おそよう蜜仍君」

「おそようございます、桜木様」


「ショナ君や、眠れた?二日酔いは?」

「大丈夫です、酔った感じは直ぐに抜けましたから」


「そうか、寂しいな、おじさん行っちゃった」

『おはようサクラちゃん。大丈夫だよ、呼べば飛んで来てくれるって』


「呼ばなくても済む様にしないと、安心させなきゃ」

『なら、港街に行ってみようか』


 それならばと、身支度をサッサと済ませ、再び床へついた。






 潮の匂いと炭の匂い、横にはロキと蜜仍君。

 霧の深い港街の中、何処からともなく船の警笛が聞こえて来た。


 馬車が走り、路面電車も走る道にはガス燈が点在している。

 大通りには何軒もの商業施設があり、花街と違い煉瓦作りの家屋が多い。


 どの人も燕尾服やドレス、着物にチャイナドレスにと多種多様でカラフル。

 素敵なお店を1軒1軒眺めて行くと、宝飾屋のウインドウに目を引かれた。


 大粒のタンザナイトがあしらわれた細工の細かいネックレス、海の様に深い青のスターサファイアのピアス。

 食い入らんばかりに眺めていると、お店の中からお爺さんに手招きされた、店内に入ると更に目を引くものばかり。


 ショーケースにはファイアオパールの大きなブローチ、透明度の高いエメラルドのブレスレット。

 そうして今日仕上がったばかりの、アレキサンドライトの指輪を出してくれた。


《こっちはどうだい、お嬢さん》

「好き、それも好き」


《タンザナイトだ、こっちはパライバトルマリンだよ》

「好き」

『お爺さん、真珠や金の買い取りはして無いかい?』


《しておりますよ、お持ちでしたら是非、買い取らせて下さい》


 ロキがお爺さんと交渉してくれて大金が手に入った、ココで家が何件か買える位らしい。

 最近は特に金が大流行と言う事で、破格の買い取りをしてくれたんだとか。


「ありがとう」

《いえいえ、コチラこそありがとうございました。所で宿はもう見付けてらっしゃいますか?》


「まだ」

《でしたら知り合いのホテルを紹介させて下さい》


 お爺さんから渡された名刺に目をやり、視線を戻すとそこは既にホテルの前。

 街の中央、港の近くの大きなホテルは、オフホワイトの外壁に黒い鉄柵がカッコいい、内装も柔らかいオフホワイト基調の落ち着いた家具で統一されていた。


 チェックインしたベランダから外を見渡すと、沢山の人で賑わう港が見えた。

 美味しそうな屋台やお土産屋、見世物小屋も出ていたので皆で見に行く。


 アイスを食べ、カラフルなラメの入った綺麗な風船を買ってもらい、見世物小屋に。

 蛇女や狼人間、綺麗な人魚に犬の曲芸、河童のミイラも、どれも本物。


 外に出ると辺りはすっかり真っ暗。

 ガス燈と灯台の明かりだけが、街を照らしていた。


 港に目を向けると、大きな黒船が1隻だけ留まっている。

 船からは沢山の人が出入りしている、鮭人間に蝙蝠人間、何処かに連れられて行く様だ。




 そのまま興味本意で付いていくと、巨大な灯台の入口に入って行くのが見えた。

 姿を消してそこへ入ると、階段は2手に分れていた、耳を澄まし物音の聞こえる地下へ深く降りると、いくつもの檻。


 汚物や腐敗臭の臭い、空気は澱み薄暗い。

 その檻を1つ1つ覗き込むと、中には様々な種類の生き物が閉じ込められていた。


「何でココに居るの?」

《拐われタ》


「悪いことしたの?」

《してない》

《遠くの海で魚食べてた》

《遠くの山で草くてた》


《もっと美味しいご飯食えるて言われた》

《嘘だた》

《騙された》


「お家帰りたい?」

《お家無くなた》

《燃やされた》


「ここ出たい?」

《出たい》

《でも、下の助けて》

《下もっと居る》


「分かった、待ってて」


 部屋を出て更に地下深くに進んで行くと、僅かに声が聞こえて来た。

 階段を降りる毎に沢山の男女の嬌声と悲鳴、動物の様な声が進む度に大きくなっていく。


 そして何かの焼け焦げた臭い、香水、汗。

 様々な体液が潮風と混ざり、悪臭と化している。


 悲鳴と臭いに包まれ辿り着いた重い扉の先から、僅かに明かりが洩れていた。

 中を覗くと色々な色の男女。鮭人間に馬人間、半魚人に白いグール達が拷問されて居た。


 急いで扉を押し開け、拷問していた1人に剣を突き付け魔法を解除。

 焼きごてを押し付けて遊んでいたソイツは、仮面を着けた普通の人間だった。


《ひぃ!》


「何してるの?」

《遊んでただけだ!》


「買ったの?」

《あの、1番奥の、アイツから》


 その騒ぎを聞き付けた用心棒達が、薄いカーテンを押し退けコチラに向かって来た。

 入ってきた扉を背に、貰った槍を射出する。


 用心棒、拷問者、その手足に次々と刺さる。

 天井に、壁に、地面に、人間が釘付けになっていく。


 そのまま部屋の中央に敷かれた絨毯を辿り、部屋の奥のドアを開ける。

 石造りの簡素な部屋に、上等な服を着た恰幅の良い男と、茫然と空中に視線を游がす手足の無い女。


「人とか売り買いしてるの?」


《何だガキ!後にしろ!》


 そう言って背後の扉の隙間から部屋の惨状を見たのか、男は、ひぃ!と悲鳴を上げる。

 ガクガクと震え出し、声にならない声を上げ、部屋の隅に逃げ出した。


「ねぇ、人とか売り買いしてるの?」

《ゆるしてくれ、ゆるしてくれ、ゆるしてくれ》


「ねぇってば」

「桜木様、ちょっと脅かし過ぎちゃったんじゃ無いですか?」


「えー…全部まだ生かしてるのに?」

《ゆるしてくれ、頼む、金はやる、何でも好きなものを持っていけ、たすけてくれ》


「ねぇ、詳しく話してくれたら許すかも」

《本当か!?》


「あなたには危害、加えて無いでしょう」


 女性の手足が無くなったのは大分前。

 しかも身綺麗だし、ただ事に及ぶ前だった可能性も有るが。


《本当に、助けて》


「しつこいと殺す」

《わ!…わかった…人も、人じゃないのも売り買いしている、金の無い奴には貸し出して。使えなくなったのは集めて…繁殖もさせてる》


「凄いねぇ、いい商売してんじゃん」

《考えたのは俺じゃ無い!会長だ!!貸し出し屋と繁殖屋に…会長が仕切ってる…俺はここの責任者なだけだ、勘弁してくれ、何でもやるから》


「へー、商売の才能が凄いなぁ、会長」

《そうだ…貧乏だったこの村を、金持ちの街にしてくれたんだ…》


「ほー、凄い」


《…何だ、もしかして、この商売に興味があるのか?》

「ある」


《お嬢ちゃんは、隣街の有力者か何かか?》

「まぁ」


《それならそうと早く言ってくれよ、会長に会わせてやるから、な?勘弁してくれ》

「なら近くの店を先に視察したいな」


《分かった、案内するよ》




 釘付けにした槍を全て回収し、怯える男の案内で灯台を後に、街の端へと向かった。

 通りすがら見かけた夜間救急の病院には長蛇の列、一体、何と申し開くのだろうか。


「本当にココ?」

《本当だ、目立たない様に外の明かりは消してある》


 そこは雑木林に囲まれた縦長の古い納屋。

 1枚目の扉の前には丸坊主の用心棒と華奢な会計士が2人、カードゲームをしていた。


《珍しいな、こんな時間に何の用だ?》

《商売に興味があるお客様を連れて来たんだ》


「おう、出資と購入も検討中」


《そうか、こんな夜中にありがたいね全く》

《身なりをみてくれよ、上客になりそうなんだ、頼むよ、な?》


《分かった、今日は混んでるんで少しだけだぞ》


 2枚目の扉に進むにつれ、地下と同じ臭いがしてきた。

 さっきと違うのは藁の匂いと、悲鳴が大半を占めている事。


 悪臭と悲鳴が漂って来る扉を開けると、薄暗い灯りの下で、先程より酷い景色が広がっていた。

 労働者から貴族まで様々な人間が、ありとあらゆる拷問遊びを繰り広げている。


《いつ来ても臭いのが敵わん》

《仕方ない、地下で使えなくなったヤツがココに来るんだからな》


「動けるのは居ないの?」


《殆どが動けねぇし、話せねえのばっかだ。辛うじてマシなのは…そいつだな、反抗的なんで返却されたばっかりだ》

《片腕は無いし、顔もボコボコじゃないか》


「とりあえずこの子、お試しで貸し切りたい。良い?」

《生殖器はぶっ壊すなよ、明日から繁殖屋行きだからな》

《まぁまぁ、俺が言い聞かせとくから》


「いくらよ」

《安い束、1冊だ》


「じゃあそれで」

《金は向こうで払ってくれ》


「うん。ロキ、抱っこしたげて」

『あいよ』


 もう抗うことを諦めたボロボロの子を1人、ロキに抱えさせた。

 肩の少し先は切られたばかりなのか包帯から血が滲み、背中の大きな翼の羽根は無造作に毟り取られたばかりの跡がある。


《灯台の、あの女はどうなった?》

《俺の部屋で寝かせてある、養殖にはまだ小さいから、牢屋行きだな》


《そうか…毎度…金持ちだな、他にも買わねぇか》

《丁度、養殖屋にも行こうとしてたんだ、なぁお嬢ちゃん》


「うん、妹か弟みたいなのが良い」


《そうか、なら養殖屋に馬車を借りたんで序でに返しといてくれよ》

《おう》


 納屋を出て直ぐ、目印に青い蝶を1匹放ち、次の場所に向かった。

 今度は繋がれていた馬を使い、農村地帯を進む。


「弟か妹か、どうしたもんかね」


《女の子が良いぞお嬢ちゃん、繁殖できるし大事にしとけば、飽きても次の買い手が見付かる。男の中古は不人気だ》


「あぁ、そう」


 外門の馬小屋に馬を繋ぎ、道なりに進むと大きく新しい納屋が見えて来た。

 薄明かりが洩れる納屋からは、新築の木の匂いと赤子の声が聞こえて来る。


 外に居た用心棒におっさんが挨拶すると、静かに中へと入った。

 ズラリと並ぶベッドには女達が眠っている、子供用ベッドもあり環境は格段に良い。


「アンタねぇ、こんな所に子供を連れて来て何のつもりだい」


《これからこのお嬢ちゃんは上客になるんだ、うるせぇ事言うなよ婆さん》

「妹か弟候補を見に来たの」


「そうかい、なら静かにするんだよ」

「うん」


 1人1人見て歩く、犬人間の親子、山羊人間の妊婦。

 最奥の水槽には、綺麗な人魚達が沢山泳いでいた。


「あぁそれは売れないよ、予約でいっぱいなんだ」

《高いしねぇ》


「えー…」

『言い値を出してもかなぁ?』


「ね、出すのに」

『ね』

《俺からも頼むよ》


「そうかい?じゃあコッチへ来て選んでおくれ、イタズラするんじゃ無いよ」


 水槽を覗き込むと、次々と人魚達が水面に上がってきた。

 銀色やピンク色、緑や赤の髪、瞳、鱗が輝く極彩色の水槽。


「ねぇ、どうしてここに居るの?何で?」


『沖合いで散歩中、底引き網に引っ掛かって連れて来られた』

『私も…ねぇあなた、私達の子供達を見てない?』


「見てない、何処に連れてかれたか知ってる?」

『知らないの、何人も居たのに…ねぇ、助けて、子供達を』


「良いけど、あなた達は逃げたく無いの?」

『逃げたいけれど、ここから海は遠いし…』


「確かに、でもこの海水はどうしてるの?」

『毎朝巨人が入れ替えに来る、首輪の付いた大きな巨人が』

『いつも傷だらけで可哀想なの、彼も助けてあげて』


「なら少し手伝って欲しい、この中の1人を買うから、手伝える元気な人」

『私にやらせて、この中じゃ一番古いけど、元気よ』


「じゃあ宜しく」


『『気を付けて』』

「うん」


「良い子はいたかい?」

「この子、緋色の子」


「あら、いつもは引っ込んでるのに、よく誘き出せたねぇ。オマケしてあげよう、一番高い束を3つだ」

『はい、どーぞ』


「あらピン札、毎度。水槽はあるのかい?」

「無い」


「なら水槽屋を紹介してやんないとね、ちょっとアンタ、道は分かるだろうね」

《滅多に行かねぇから、覚えてねぇよ》


「じゃあそれはロキと蜜仍君が行ってきて。灯台の、次は会長に会いた」

《あぁ、じゃあそうしよう。頼むよ婆さん》

「あいよ」




 納屋を出て再び蝶を放つ、今度は裏手にある馬小屋から馬に乗ると、暫くして山の頂上のお城に着いた。

 街を見下ろすその大きな城は、頑丈な城壁に守られた真っ赤なお城。


 内部は騒がしく香水の臭いが充満し、豪華で派手で下品。

 長い廊下を進み階段を昇ると、気持ち悪い笑顔を浮かべる恰幅の良い老人が豪華な座に座っていた。


「こんばんは、お邪魔します」

《どうも、会長。お金持ちのお嬢さんを連れて来ました、腕の立つ用心棒も居ましてね、お役に立つかと》


「そうかそうか、良く来たねぇ、お嬢さん」

「どうも、投資も考えてます」


「ほう、お金はあるのかい?」

「あるよ、金も真珠も、ほら。足りない?」


「お目当ては何かな?」

「純粋な投資、少し噛ませてくれたらそれで良い。もっと幅広くやりたいだろうから、事業を拡げる手伝いも」


「なるほど、確かに。だが、こんな小さなお嬢さんがこうも口が回るのは可笑しい…怪しい、捕らえなさい」

《な!会長?!》


「大方、魔女か何かだろう、どこぞの回し者にしても…弱者に姿を変えるとは卑怯な手だ」

《いや、でも会長、どう見ても…それにそのお嬢さんの用心棒は滅茶苦茶強いんですよ、止めましょうよ》


「騙されてはいけませんよ、この娘は魔女だ、そうに違いない。では、守りを固め無くてはな、仲間は何人居るんだ?怪我人を出したくは無いだろう?」


《水槽屋に2人…だけです…》


「そうか、では水槽屋に兵を多目にやろう、灯台の、一緒に向かってくれ給えよ」


《…お嬢さんはどうするんで?》

「まぁまぁ、悪い様にはしない、君はさっさと行きなさい」


《…はい》


「ねぇ、身代金を搾り取ったら次は売る感じ?」


「そうだねぇ、どうしてあげようか」

「投資するつもりだって言ったのに、酷い」


「仕事に、ましてや年下に口を出されるのは嫌いなんだよ、どうせ君は金も口も出すつもりだったろう?」


「まぁ…こんな大仕事1人で考える人なら、そうか」


「そうだよ、腹心なんて使わないのが私のルールだ。商売に裏切りは付き物だからね」

「賢い」


「ありがとう、残念だが褒めてくれても解放はできないよ」

「そっか、痛いの好き?」


「いいや、でも痛め付けるのは大好きだ」


 兵に腕を縛り上げられた後、会長に顔面を斜め上から思い切り殴られ。

 そこで意識を失ったかと思うと、さっきとは別の場所に居た、真っ白だ。




 何も無い、自分しか無い空間。


『大丈夫かえ?名は言えるかの?』


 そこに現れたのは綺麗で優しそうな女性。

 長い黒髪に褐色の肌、甘くて良い匂い。


「ハナ、ココは?」

『うぬらで言う深層心理、無意識、夢の深い部分じゃて』


「何でココに」

『殴られておったから意識だけ逃がしたのじゃ、ココに』


 そう言われ辺りを見渡すと、色と輪郭が滲み出て白い石の宮殿に居る事が分かった。

 暖かい春の日差しと新緑の香り、仄かな湿気と柔らかな風が穏やかに吹いている。


「ありがとう、でも大丈夫。戻る」

『待て待て、うぬの付き人が上手くやるじゃろうて、ココでゆっくりしていかぬか?』


「えー、自分でやりたい」

『なら少しだけ話をしようぞ、灯台のの部屋に居た娘達の話じゃ』


「聞く」


『あの娘らはコチラに居る、酷い目にあっていたのでな、コチラに呼んだのじゃ。ホレ』

「あ、マジだ、元気そう」


『ココはマインドパレスとも言われておる、痛みから逃れられる領域の1つじゃ』


「へー、じゃあ娘さんを戻すにはどうしたら?」


『この硝子の鍵を刺し、右に回すのじゃ』

「左に回すと?」


『ココに来させる事が出来る』

「おう」


『鍵を握り願えば、うぬもコチラに来れる故、大事にしてたもう』

「ありがとう。今、戻るには?」


『放せば良いだけじゃ』

「あ、貴女の名前は?世界なの?イド?」


『いや、知り合いにはシバッカルと呼ばれておる』

「そっか、またね、シバッカル」




 ゆっくりと硝子の鍵を手放すと、瞬きを1回する間に世界が切り替わった。

 真っ暗、目隠しに猿轡、後ろ手に手枷足枷と、厳重に縛り上げられていた。


 顔中がジンジンする、気絶してから数発追加で殴られた様で、口の中は鉄の味。

 早々に手枷と足枷を槍に壊して貰うと、異音を聞き付けた兵士が入って来た。


「起きたか…すまないな、大人しくして居た方が良い、そうすれば直ぐに飽きられる」


 そう言って兵士は部屋から出ると、再び扉の鍵を閉めた。

 今度は音を立てない様に静かに手枷を外し、目隠しを取る。


 扉の正面の壁に、小さな蝋燭1本だけの薄暗い部屋。

 四方に窓は無く、換気口らしい小さな四角い穴が鉄格子付きで天井にあるだけ。


 床には新品の安っぽい絨毯、拷問椅子、使い込まれたベッド。

 壁には赤黒く変色した拷問器具が並んでいる。


 扉の外で話し声が聞こえたので、ローブを羽織り扉の横に立つ。

 暫くして扉が開くと、会長がランプを持って部屋に入って来た。


「何処かなぁ?あの拘束で動けるなんて凄いねぇ、何処だい?」


 ベッドの下を覗き込んだ会長の手足を、槍で釘付けにする。

 情けない悲鳴を上げる会長の声に、外の兵士が部屋に入って来たので剣を抜いた。


「ねぇ、何でココで働いてるの?」

「なっ…」


「ねえってば」


「…娘の為だ」

「あ、それズルいわ」


「っ…コイツに……俺がココで働いている限り、娘の薬代を出すと…」


「本当に?」

「あぁ、手紙ならある…ほら、それだ、元気だとか、子羊が産まれたと…」


「他の人もそんな感じ?」


「あぁ…居場所が無くて働いてる奴も居るがな」

「じゃあ協力してくれたら見逃してあげる、娘さんも、治してあげる」


「…だが、それが本当かどうか…」


「娘さんに会いたくないの?」

「会えない…こんな仕事…」


「今が挽回のチャンス、今なら英雄になれる。けど、断るなら会長もあなたも今直ぐ殺す、城中皆殺し」


 ソラちゃん協力の元、背後に後光の様に槍や剣達をチラつかせると。

 やっと協力する以外に道は無いと悟ったのか、口髭の兵士は大きな溜息をし、兜の隙間からコチラを見据えた。


「…分かった、協力する」


 痛みで失神していた会長を拷問椅子に縛り付けさせ、傷を治す。

 その間に口髭には他に仲間になりそうな、信用出来そうな人間を1人だけ呼んで来させる。


「起きて、会長、遊ぼうよ、起きて」


「ん……放せ!今放せばっ……何が、欲しい」


「首輪付きの巨人、下働きの」

「小屋に居る…好きなだけ持っていけ」


「それとお金も」

「…寝室の金庫だ…開け方はワシしか知らない、ワシしか開けられん」


「じゃあ後は、あの見張りの兵士の娘さんは?殺しちゃったから謝らないと」

「…養殖屋だ」


「あら、村で療養してるんじゃ無いのか」

「親父が病気で金が要ると言って連れ出した」


「知恵が廻るなぁ」

「そうだ、生かした方がお前の得になる」


「かもね」

「あぁ、ワシが居なければ金庫は開かないぞ、どうするんだ」


「考え中」




 扉の外で人が駆け降りてくる音がしたので、会長に猿轡をさせ剣を突き付けた。

 そこに入って来たのはさっきの口髭兵と、若い声の兵士だった。


「お嬢ちゃん、直ぐ呼べるのはコイツだけだ、コイツはまだ汚れ仕事はしてない」


「ぬぅ!うぐぅうぐぅ」


「お兄さんは何故ココでお仕事を?」

「あ…婚約者を…婚約者に金を送るために…」

「俺と同じだ、村は離れてるが、病が流行って肺をな」


「うぐぅ!んんぐ!ぐんぐふぅ!」


「じゃあ治してあげるから一緒に村に行こう、治せる証拠は、ほら」


「うぐっ!」


「凄い!きっとコレなら彼女も」

「あぁ、さっき俺も見た」


「どうする?暫くでも、コッチに寝返る?」

「はい!」

「あぁ」

「ぐう!」


「じゃあ、口髭は見張り、お兄さんは付いて来て」

「はい!」

「あぁ、分かった」


 会長の身ぐるみを剥いでから猿轡をさせ、抜いたら失血死するであろう大動脈に槍を刺し。

 拷問器具もストレージにしまってから、お兄さんに小屋に案内して貰う事に。


「あの、さっきの事ですけど、婚約者は体が弱くて、薬代の為にココに…」


「それ、婚約者は知ってるの?」

「はい、ただ仕事の内容までは…」


「無事だと良いね」

「え」

「おい、何でアノお嬢さんが出歩いてるんだ」


「気に入られた、会長ったら何回も気絶して、で、ほら、ネックレスくれた」

「それは…あの人がそんなに…凄いなお嬢さん、助かって良かったな」


「うん。あなたも故郷に奥さんや娘さんが?」

「あ、あぁ…妻と小さな息子が1人な、故郷で待ってるんだ、もう直ぐ帰れる」


「そっか、頑張ってね、じゃ」

「あぁ、じゃあな」

「はい、失礼します」


 小屋に着くと見張りは無く、中には傷付いた巨人達が怯える様に体を寄せ合い眠っていた。

 どの巨人も首輪を着け、痛々しい傷口は新しいのも古い物もあった。


「ねぇ、ねぇ、起きて」


《お前、誰、何シに来た》

「ハナ。人魚にあなた達を助けてあげてって言われたから、助けに来た」


《ムリ、この首輪、会長の、逆らウ、殺されル》

《反逆の封印、魔法掛かってル》


「マジか、言わなかったな会長め」


 苦々しく思いながら小屋を出ると、見覚えのある人影が2つ。

 ショナとマーリンだ。


『遅くなった』

「すみません、遅くなりました」


「遅い、何で遅かった」


『ココの心得と前回の件のお説教だ』

「はい、申し訳ございません」


「そうか、分かった?」

「はい、色々と肝に命じさせて頂きました」


「ならよし。じゃあマーリン、この首輪とって」


 マーリンが首輪にそっと触れると、パキンという音と共に首輪が外れた。

 いとも簡単に容易く、そうしてそのまま全員の首輪を外した。


《ありがとウ》

《オレ達、お前何か、礼スル》


「じゃあ、水槽屋の場所わかる?」

《オデ、わがル》


「じゃあ人間の子供と大人の神様が居る筈だから、ハナは仲間になった、お城に居るけど大丈夫って伝えて」


《わがっタ》

「他の皆は、城が騒がしくなったら竜神洞窟に逃げて」


《《わがっタ》》




 今度はマーリンとショナも引き連れ寝室へ、再び長い階段を登り、いりくんだ廊下を進む。

 長い長い廊下の先に、ようやっと寝室に着いた。


 扉を開けると兵士達が揃って居た、口髭兵と服を来た会長も。

 兵士達がコチラに飛び掛かる前に槍を射出し、串刺しにしてから会長と口髭兵に向き合った。


「何でですか!」

「すまない…今助ければ金を持たせて、帰してくれると言ったんだ…」


「それ絶対嘘でしょうに、村には居ないんだから」


「それこそ嘘だ、あのガキを仕留めたらもっと金をやる!さぁ」

「もう良いから、会長、金庫あけて」


 コチラを指差す会長目掛け、真上から槍が降る。

 差し出した右腕、崩れ落ちた右膝、左腿、左手へと、1つずつ降らせた。


 兵士達の呻き声の中、崩れ落ちる口髭の兵士。

 一際大きく金切り声を上げる会長は、再び瀕死の状態へと戻された。


「ぅあ…命だけは…」

「金庫の中身次第かなぁ」


「あける、開けるから、助けてくれ」


 会長の槍を抜き、両腕の傷を治してから金庫に向かわせる。

 ダイヤルを回し、鍵を差し込み開けると、金塊と共に書類が出て来た。


「カツカツだって言ってたのに、コレって…」


「コレで良いだろ…助けろ!コレが…全部だ!」


 そう言って、金庫に隠してあった銃に手をかけた会長が振り向く。

 引き金が引かれるまでの僅かな間に、蜜仍君が割り込み、会長の右手を切り落とした。


 折角なのでソラちゃんが防御にと出してくれた盾を、左手に振り下ろしブツ切りにした。

 泡を吹き、血を撒き散らしながらのた打ち回る会長を尻目に、兵士達から槍を取り除く。


「早いね、蜜仍君」

「ありがとうございます!」


「治せ!さっきも治しただろう!俺を生かせ!役に立つ!!」

「偉そうで五月蠅い」


 再び会長を槍で釘付けにし後ろを振り返ると、お兄さんが固まっていた。

 最初の槍の巻き添えで壊れたらしい他の隠し金庫があった様で、中から出て来た手紙を手にへたりこんでいる。


「これ、こ、これ、か、彼女の、て」

「違う!違う!!やめろ!見るな!」


 真っ青になりながらポロポロと涙を流し、浅く速く呼吸しながら両手に手紙を握り絞めている。

 真新しい手紙と、古い手紙の束を。


《お嬢ちゃん!お嬢ちゃん無事かい!》

「お、灯台の、どした?」


《心配で!あぁ…強いのはお嬢ちゃんの方だったんだな…良かった……兄さん、どうしたんだ?》

「あの手紙のせい」


 お兄さんが握り絞める手紙を覗き見た灯台の責任者までも、真っ青な顔で呟き出す。

 泣き震えながら絞り出す様に、読み上げる。


《怪我はまだ痛みますか……お薬代に…待っています…》


「なんで、僕は、元気なのに、働いてるって、会長の、紹介で」


 さっき貰った硝子の鍵を取り出しお兄さんに差し込んだ、左に回すと直ぐにゆっくりとした呼吸に戻った。

 そして穏やかな表情になると、床に崩れ落ちた。


《おい、兄さん、兄さん》

「大丈夫、ちょっと失神してるだけ。灯台の、こっちも見て」


 金庫の前に散乱する書類を指すと、血を避けながら手に取った。

 徐々に、段々と、紙を見る毎に表情が変わっていき、とうとう会長に掴み掛った。


《おい、おい!会長!!もう書類は無いのか?!》

「この娘に焼かれた!」


「嘘つき、何もして無いよ。灯台の、あの手紙も読んでみてよ」

「やめろ!おい!お前!!誰でも良い!燃やせ!!」


「この字、これ、俺の息子のだ、何で、明日の事が、書いてあんだ?」

「母ちゃんの…」


《コッチのは昨日のだ、養殖屋の婆さんの孫の、葬式の案内?何でだ?昨日の手紙に》

「そ、それはこの娘が!」


《うるさい!それにこの金塊は何だ!村に金を送って無かったのか!?》

「送ってる!信じてくれ!助けてくれ!」

「なら皆で村に帰ってみたら良いよ、生きて村に行きたい人は手を上げて」


 手紙を漁る兵士達も。

 騒ぎを聞き付け駆け付けたものの、部屋の外で呆然と立ち尽くしていた兵士達もが手を上げた。


「助けてくれたら帰す!だから頼む!お前!金はやる!だから!」

「うるさいバカ、灯台のは行かないの?」

《まだ、書類が、村に送った金の書類が》


「おい!助けろ!金はやる!まだある!もう1個隠し金庫が!」

「ほっといて広間に行こう、向こうで見よう」


 その場に居た誰もが会長の言葉に耳を傾ける事も無く、無言で動き出した。

 各々が手紙や金塊をかき集め、広間に向かって歩いて行く。


 廊下で手紙を読む者、読んだ者を見て手紙を拒否する者。

 金塊を運ぶ者、灯台のを手伝い書類を運ぶ者。


 口髭の兵士は手紙を読み、背中を揺らしながら地面へと突っ伏していた。

 音もなく、声もなく蹲り背中を揺らしていた。


 叫ぶ者、暴れる者、死のうとする者、惨憺たる状況をただ見ていると。

 騒ぎを聞きつけた巨人が1人、様子を見に廊下まで来てくれていた。


《お嬢、オデ、何かスル》


「あ、ありがとう、会長を拷問室に連れてきたいから持ってて」

《わがっダ》


「口髭の、最後のお仕事、帰ろう」


「…あぁ」


 血塗れの会長の腕を治し、巨人に摘まみ上げさせ、口髭の案内で拷問室へ向かった。

 拷問椅子に再び縛り上げ、猿轡をはめさせ全快にした後、扉の鍵を閉めた。


「この扉を見えなくする方法無い?」

『ある』




 マーリンに隠匿の魔法で扉を消してもらい、兵士達の集まる広間に向かった。

 場が落ち着くわけでもなく、へたり込む者、呆然と立ち尽くす者、怒り狂う者、発狂する者、様々だった。


《あぁ、お嬢ちゃん…金庫の帳簿も全部ぴったりなんだ、金塊も帳簿も全部ぴったりなんだ》


「隠し金庫は?」

《いや、んなもの無いさ、ぴったりなんだ、村に金を送って無いんだ、嘘だったんだ、全部》


「そうなんだ」

《あぁ……》


「ここは任せた、とりあえず一旦、繁殖屋に行ってくるよ」


《あぁ…そうか、なら、待ってくれ…コレを繁殖屋に》

「うん」


 荒れた城を後にし、繁殖屋のお婆さんに手紙を渡すと、用心棒と共に何処かへ消えて行った。

 後に残されたのは、巨人2人とロキ、そして親子達。


『サクラちゃん!』

「おまた」


『何か良い処を見逃した気がするんだけど』

「それなら僕が、お説教中も部屋から見てたので」

「何それ便利」


『面倒を省くには見てるのが1番だからな』

「出るタイミング見計らってんのかよ」


『おう』

「卑怯者」


『介入は控え目に、だ』

「この後、絶対面倒だろうからそうしたい」


『それなら巨人たちを迎えに行ってやろう。場から離れ、移動だけでも時間は経つからな』

「じゃあそうしよう」


 移動の合間にマーリンがどの様に覗いていたのかを聞き出した、それは遠見魔法と言う簡単な魔法らしい。

 その魔法ですら唯一見えなかったのは、マインドパレスでの出来事。


『また可笑しな物をホイホイ貰って』

「良い人そうだったのでつい」


『ヤバい奴だったらどうする気だ』

「え、返す。お土産付けて返す」


『それでも気に食わと言って何かあったら』

「ウムルかソラちゃんが助けてくれる、多分。だから大丈夫」




 僅かな雑談の間に辿り着いた龍神洞窟では。

 泉の端っこで怯える巨人達と、困った顔をした龍神様が距離を置きつつ平穏を保っていた。


《おぉ、来たか。怯えてなのか碌に口も利いてもくれぬのでな、困っておった》


《ハナ、仲間》

《ハナ、来タ》


「すまんね、お待たせ。悪い人は閉じ込めてきたから大丈夫よ、おうちに帰してあげる」


《おウち、無イ》

《燃やサれタ》


「とことんクソだなぁ」

《コラ、余り汚い言葉は良くないぞ》


「ごめん、ついうっかり地が出た」

《それで、行き場が無いならココで引き取るぞ、性根の良さそうな者達ばかりだしな》


《オデ達、水怖イ》

《多イ水、怖イ》


「ごめんよ、山とか森系か」

《前、居たノ、森》

《ズッと、森、水、多イ、怖イ》


「ごめんよ、聞けば良かったね。じゃあ養殖屋に一旦行こう、龍神さんもごめんね」

《あぁ、気にするな》


 巨人達を引き連れ洞窟を歩いて出ると、あっと言う間に養殖屋に着いてしまった。

 そのまま養殖屋の前で待っていた巨人と合流すると、灯台のが中で待っていた。


《お嬢ちゃん…全部わかってたのか?》

「何を?」


《あの兄さんの婚約者の事も、この人の娘の事も…俺が管理してた、灯台に居るって》


「知らなかったの?」

《知らなかったよ、ここらはな、昔は村が点在するだけの貧しい農村地帯だったんだ》


 村同士の交流は少なく、物々交換の行商を頼りに細々と暮らしていた。

 だが半年前に会長が来て、道を作り発展させてくれたから信じた、信じれば豊かになったし、信じるだけで良かったから。


「だから信用して酷い事に加担したの?」

《盗賊や犯罪者だから売り買いして良いと言われて、そう思ってた、そうだと思った》


「本当ならね、事実なら自業自得だから良いと思うけど。違った」


《違った、巨人に聞いた、他のもだ。繁殖屋の婆さんは勘付いてたんだろうな、首括ったよ、貸し出し屋は狂っちまった…もう俺も、死にてえよ》

「まだダメ、お兄さんは今どこ?」


《ココの空いてるベッドに寝かせた、もう何処にも行き場がねぇしな》

「他の人達は?」


《口髭のは灯台で守りを固めてる、後は散々だ、帰ったり死んだり、色々》

「何も進んでねぇ」


《あぁ、どうしたら良いんだ?どう償ったら良いんだ?何をしたら…》


「手伝うなら一緒に来なよ、償えるかも」


《あぁ、頼む…》


 先ずは傷を負っていた巨人達や親子を治し、養殖屋から色とりどりの人魚達を海へと運んだ。

 次には水槽屋、職人は茫然自失のまま窯を眺めていたので、飾られていた子達を放し、灯台へ。


 灯台に居た子も運び出し、海へと放した。

 口髭のおっさん、完全に窶れてる。


《ありがとう、子供達を見付けてくれて》

《ありがとう、やっと海に帰れる》


「おう、帰る前に聞かせて、どんな奴等に連れて来られたの?」


《船に居る奴等よ》

《オデ達も、船の奴等に捕まっダ》


「あ、それ聞いて無い」

『詰めが甘い』


「すんません、もう逃げてるかなぁ」

《アイツら強イ、一緒にイグぞ》


「それはいい、大丈夫、ところで巨人の特技って何?」

《家建デる、家作ル》

《森、山、守ル、綺麗にスル》


「じゃあ繁殖屋の近くに家建て、灯台の人達を避難させよう」

《わがっタ》

《建てル、久シ振り》


「あ、灯台の、金塊はどうした?」

《金庫に俺が戻した、暴れた奴が居たんで緊急避難だ、鍵はお嬢ちゃんに渡すよ》


「いらん、それで暇そうな兵士纏めて手伝わせよう、城と灯台も綺麗にさせてさ。ね、ロキ、口髭も灯台のも」


《分かった》

『あいよー』


『で、海賊達はどうするんだ』


《船大きイ、中迷う》

《オデ、迷タ、怒らレた》


「船の内部が分かる何かが、あると良いんですけど」

「船図?地図?的な?」


《地図か…あ、すまん、お嬢ちゃんに渡そうと思ってたんだ、ほら》


「確かに船図ですね、助かります」

「他にもある?」


《あぁ、この地図だ。他は見当たらんかった》

「砦っぽい」

「ですね」


「他の書類は?」

《ホテルのオーナーに託したよ、会長の仕事に反対してた人だからね》


「そうか、やるじゃん灯台の」

《こんなんじゃ償えねぇよ…》


「はいはい、手伝って、それからまた話そう。ね、口髭も」

《おう》

「…あぁ、分かった」


『じゃ、一先ず兵士を集めに行ってくるよ、じゃあねサクラちゃん』

「うん、宜しく」


「にしても砦って、地図的にも少し攻略が難しそうですよ」

「ですね、ワクワクします」

「意欲的」


《山賊、海来ナい、そロソろ寝ル時間》

《海賊、伝言無イ、動かなイ》


「じゃあ、砦から行きましょうか?」

『俺は家に戻る、頑張れガキ共』

「おう、じゃあねマーリン」


「どっちが良いんでしょうね?桜木様」

「どっちでも良さげっぽいけど、今回はショナに任せよう」


「じゃあ先ずは船と海賊ですね」

「わーい!」

「あの、2人とも、地図読める?」


「読めますよー?」

「桜木さん読めないですか?」


「うん、手紙も飛び飛び。看板がやっと」

「桜木様、僕が付いてますから安心して下さい、ずっとお側に居ますから」


「頼んだ、蜜仍君」

「はい!」


《海賊退治、手伝ウぞ》


「本当に大丈夫。船を制圧したら見張りを頼むから、2人余分に残しといて、後は家を建てといて」


《わがっタ》

《気ヲ付けレ》




 そしてそのまま、灯台から黒船を観察する。

 出入り口の見張りは2人、船室の所々から灯りが漏れている。


「船内図把握しました、今すぐ行きましょうか?」

「待って、ショナ君て何が出来るの?」


「そこからですか。簡単な乗り物の操縦、それらの簡単な整備方法。隠匿、秘匿、スリープに…浮遊や飛行の魔法ですかね。ココに来るのにも使ってますよ」


「あ、アレ飛行なのか」


「はい、最大30メートル迄。浮遊は体外の無機物限定で、重量は魔力容量で変わります、半径5メートル内なら自由に動かせます」


「規制で30とかなの?」


「はい、でもココではもっと飛べます。影移動は使えませんけど」

「僕は使えますよ!他のも!」


「成程、隠し玉でとっとこう、ショナ君や作戦をば」

「ローブを羽織り船の甲板に飛び移って、見張りを眠らせましょう。総数が分ってませんから、安全策です」


「うん、おかのした」

「了解です!」


 作戦通り船内に侵入し、1人1人無力化させていく。

 あらゆる手段で眠らせ、縛り上げ、徐々に戦力を削ぐ、正直時間が掛かる。


「飽きてますけど、これも実戦練習の1つですよ、血で汚したら船が直ぐ使えませんからね?」

「ですね」

「なるほど、賢い」


 スリープの魔法を無効化させる道具を使っていた者には、麻酔針で制圧、時に締め上げ。

 船を静かに無傷で制圧すると、後始末と守りを巨人に任せ、砦へと向かった。


 今回は正面入り口から侵入する、そこしか無いからだ。

 見張りに麻酔針を使い、ローブで隠れながら船と同様に粛々と進んで行く。


 砦の半分を攻略し終えた頃、粘着質の蜘蛛の糸が増え。

 最上階に辿り着いた先には、蜘蛛人間が待ち構えていた。


「これはちょっと、大丈夫ですか桜木さん?」

「益虫だから、益虫は大丈夫。ハロー、話せます?」


 言葉とも言えない怪音波を放ち、糸を吐きかけてきた。

 通路に戻り、様子を伺うも部屋からは出ない様子。


「喋れないなんて蜘蛛の風上にもおけません」

「試しに行っても良いですか?」

「うん、いてら」


 扉に隠れつつショナが何発も銃を撃ち込むが、極細の糸に絡め取られ急所に一切当たらない。

 麻酔針も毒針も効果が現れない、刃物も通さない丈夫な糸が敵の守りを固めている。


「ダメでした、桜木さん、お願いしても良いですか?」


 意識を集中させ、心臓や脳を探る。

 上半身と下半身に心臓が2つ、脳は上半身に1つだけ。


 槍で脳幹を切断するが、直ぐに再生されてしまった。

 片方の心臓を止めても、もう片方が蘇生させてしまう、どうやら同時でないとダメらしい。


「砦、少し壊して良い?」

「火はダメですよ、砦の中には何人も人が居るんですから」


「槍使うだけ、ココだけ」


「砦を崩さない程度でお願いします」

「がってん」


 外の異音に気付き、天井を見上げた蜘蛛人間に屋根を突き破った何本もの槍が刺さった。

 糸によって何本かは絡め取られたが、上空から様々な角度で射出した槍でようやっと蜘蛛人間は絶命した。


『破壊神』

「マーリン、どうしたの」


『巨人を数体連れて来たから後始末を任せろ、王都からの兵士も来てる、戻るぞ』

「じゃあ、僕は後で合流しますね、少し良いモノ見付けたので」

「うん、じゃあ宜しく」




 港街に戻ると、サーカスのパレードが大通りを行進していた。

 会長に良く似た顔の裸の王様風ピエロが、象やダンサーに翻弄されている。


 笛吹き男を先頭に、白いハツカネズミの音楽隊、猫人間達はチラシを配る。

 ダンサーが花びらを撒くと花火が舞い上がり、歩く楽器達が更に場を盛り上げると、勢いに呑まれた街の演奏者たちが楽器を持って次々に加わっていった。


『サクラちゃーん!賊は港の倉庫に一纏めにしといた』

「お疲れ様、ありがとう。口髭のは?」


『あれ?先に出てたんだけど来てない?』

「来てない」


『そっか、パレードで遅れてるのかな。にしても獣人達を動かし易くて助かったよ、パレードって。ねぇマーリン君』

『偶々だろ』

「そっか、確かに。何人かには住む場所をあげないとね」


『例の禿げ山に巨人が住みたいらしい、その麓に故郷を失った獣人達も住みたいと。養殖屋に戻ろう、灯台のも待ってる』


 養殖屋の近くに戻ると、納屋の前で立派な鎧の兵士に囲まれた灯台のが小さく座っていた。

 兵士は港街の更に奥にある王都から来たそうで、事情聴取は終わったと告げられた。


《お嬢ちゃん、全部やっつけたんだな》

「おう」


《じゃあ俺も罰を受けねぇとな》

「うん、その前にさ、ちょっと着いて来て」


 納屋の隣の小屋に入ると、灯台で監禁されていた獣人に混ざり、あの少女が寝かされている。

 お兄さんの隣で穏やかに、少し微笑んだまま眠っている。


 《娘さんには変な事はしてない、本当だ。あの状態で俺の所に来たんだ》

「何処から?」


《お城からだよ…繁殖屋に世話させるか様子を見てたんだ、あんまり酷いと、殺処分になっちまうから…》


「繁殖屋は処分もしてたの?」

《あぁ、孫の為に、村の為に耐えてたんだ。用心棒の息子達とな、耐えてたんだ》


「孫は?」

《村に兵士が向かったが、帰りは今晩だ…生きてたら良いんだがな…》


「口髭の子供は?」

《それもどうだかな…何でこうなっちまったんだろうな、馬鹿みてぇによ》


「息子生きてたらどうする?」

《全部話してから死ぬよ、海に落ちりゃ少しは役に立つだろう》


「まぁまぁ、娘さんを救ってから考えよう」


 灯台のがしまっていた娘さんの手足をくっつけ再生させる、そのまま体の隅々まで治してから鍵を右へ回した。

 遅く浅かった呼吸が深くなり、暫くすると目を覚ました。


《あなたがハナ?》

「うん」


《あの人から聞いてるわ、鍵は返してくれるなですって》

「そっか、前の事は何か覚えてる?」


《怪我をしたお父さんに会わせてあげるって言われて、お城に行ったら、会長って人に痛い事をされたの》

「うん」


《それからあの人に呼ばれてずっと楽園に居たの、織物を覚えたわ》

「よかったね」


《うん、お父さんが帰って来れる様に頑張ったの、お父さんに早く会いたい》


《…あんた、幸せだったのか?》

《うん、少し寂しかったけれど、お友達も沢山居たから》

「そっか、お城で事故があってね、兵士はバラバラに逃げちゃったんだ、だからゆっくりお父さん探そうね」


《えぇ、沢山織ってお父さんにご馳走を準備してあげるの》

「料理は覚えた?」


《ふふ、パンを皆で作ったの、美味しいパンよ》

「じゃあ沢山稼げるね、がんばろう」


《えぇ、お父さんの為に頑張るわ》

「お家もココに用意しよう、織物とパンのお店が出来るお家」


《ありがとう、お友達も沢山待ってるから、大きいお家をお願いね》


 そう話し終わると、娘さんは再び眠りについた。

 灯台のは変な顔と変な声でずっと泣いていた。


「村からの知らせを待とう、事件も誤魔化して伏せよう。生きてるのが1番最優先だから」


 お城で事故があり会長は行方不明、巷街を騒がせていた賊は王都の迷宮送り。

 その賊が仕切っていた娼館は、違法営業で取り潰し。


 他に内密に決まった事としては、兵士や従業員達の事、殆どの者は騙されていたのもあってほぼお咎め無し。

 あるのは街と王都への貢献のみ、だがどうしても刑を受けたい者は、王都で引き受けるそう。


 パレードの合間に号外のビラが撒かれ、港街には事件が正しく広まった。

 王都の兵は賊と共に大半が引き揚げ、僅かに残った兵が、残りの後始末をしてくれる様だ。


 人間が事件の後始末をしている間、この荒れた農村地帯を巨人達が整地し、何軒かの家を建てた後、禿げ山へ向かって行った。

 例の納屋の近くにある家も、元々あった物で修理してくれたらしく、その外観は立派な宿だった。


「桜木様!遅くなりました、蜘蛛の糸ですよ、お役に立つかと」

「ありがとう」


「あと、通りすがら野垂れ死にしかかってた兵士に声を掛けてたんですけど、何人かは来るそうです!」

「この宿が直ぐにでも使えるそうですし、良かったですね」

「ナイス、ありがとう蜜仍君。口髭の兵士は見なかった?」


「いいえ、残念ですけど見かけませんでした」

「そっか、じゃあ先ずはお風呂か、やっぱ釜焚きかなぁ」

《俺にも手伝わせてくれ、釜焚き位なら出来るぞ》


「宜しくね灯台の、がんばれ」

《おう、行ってくる》


 お城で雇われていた兵士達が元の農民に、建築屋に、家具屋に、金物屋に戻って行った。

 草を刈ったばかりの匂い、鍋を直す規則正しいトンカチの音、山から吹き下ろす冷たい風が何とも物悲しい。


「こう見ると普通の人達なんですね。僕、凶悪事件の加害者って、もっと怖くて、変な人達かと思ってました」

「買ってた奴らは知らんが、大抵は普通なんじゃないの」


「おかしいって気付かないんですかね?」

「気付かないからおかしい事が起こる」


「そうなんですかね?」

「そうなんじゃない?ね?」

「そうかも知れませんね」


 起きてきた少女が、宿の窯に火をくべ早速パンを作り始めた。

 小麦や他の食材は、ロキが城から強奪してきてくれたそうだ。


「あ、蜜仍君、ココで織物に適したのってある?」


「え?!えーっと…刈ったのは…麻の仲間ですから、近くの小川で加工すれば、織物が出来るかと!」


「じゃあ、それを兵士達に伝えて来てくれる?」

「はい!」


『ショナ君ー!薪を持って来ておくれー!』

「はーい」


『あの兵士が心配か』

「他の人もね、村からの知らせはもうそろそろでしょ?どうなるか心配」


『なら家へ戻ろう、王都の兵も居るんだ、良い様にしてくれる』

「良いのか、投げっぱなしで」


『もう道筋は既に出来ている、今生に生きる者を保護する事、探索のみが君の仕事。ただ大きな流れに添うだけ、結末の変更は見合わぬ代償を生むよ』

「ウムル、マーリンの体を勝手に借りると怒られるよ」


『許可は得ている』

「そっか、なら良いか」


『コレがどんな結果になろうとも、決して君のせいじゃない。ココはドリームランド、僕が創った神と人との夢の世界』

「おじさんも創ったの?」


『いや、彼は人だ。君と同じ普通だった人』

「そっか、この結果に満足してくれるかな」


『君が生き残る事が、彼にも僕にも良い結果だよ』

「生きてるのが1番か」


『そう、生きているのが良い結果』






 目を覚ますと、ショナも蜜仍君も起きていた。

 ロキはヘルに報告に行っているらしい。

 眠っていた時間は、たったの3時間だった。


 もの凄い空虚感と、静けさ。


 夢の中は梅雨だった、五月蠅くて明るかった。


 今は永遠に真夜中の世界で、音は殆どない、宇宙はこんな感じなんだろうか。


「大丈夫ですか桜木さん?」


「大丈夫、お腹が空いた」

「オヤツはナメコのお味噌汁とトロロご飯ですよ!頂きましょ?」


「うん、いただきます」


「「「いただきます」」」


 今回のドリームランドでの魔力消費は思いのほか激しかったらしく、エリクサーの一気飲みを数回行って激しい空腹感が収まった。

 そしてさっきまでの不安感も和らぎ、いつも通りの不安感に落ち着いた。


「どうしました?まだ不安ですか?」

「まぁ、あんな夢見たらね」

「桜木さん、サリンジャー先生にお話ししますか?」


「うん、そうする」


「じゃあ連絡してきますね」

「おう、宜しくショナ」

「大丈夫ですよきっと、口髭さんも」


「ありがとう、蜜仍君」




 直ぐにショナが戻って来た。

 どうやら、ナイアスとドリアードが伝言係を請け負ってくれたそうで、直ぐに浮島で遠隔面談が行えると。


 先ずは浮島まで戻り、そのまま泉の近くで回線を繋ぐ。


 精神科担当のネイハム先生と、タブレットでTV電話。


 自宅からの通信だそうで、背後には本と植物が整然と溢れていた。


【ドリームランドにおいての夢の意味なんて、ありません。夢はただの夢、記憶の整理や想像力の豊かさを表すモノであるだけです】

「なんつー夢の無い話を」


【それならユング、フロイト派の方々からお話を聞きますか?幼児性、凶暴性に目を付けられて、分析や診察に時間を取られますよ】

「それはしんどい」


【でしょう。で、何が不安なんです?】


「んー…もう道筋は既に出来ている、ただ大きな流れに添うだけ、結末の変更は見合わぬ代償を生む。ウムルがそう言った、ドリームランドの事だけと思えない。それが不安、1番良い選択をしたい」


【大きく複雑な問題に、その場で最適解を出せる人は中々居ないと思いますよ、高位の神を除けばですけど】


「何でも知ってるオモイカネさんとかなら、出来そうじゃない?」

【例え解っていても、行動出来なくては意味が無いのでは】


「うむ、じゃあなんだろうな、この不安。眠ってばっかな事への罪悪感?」

【食べて寝るのも仕事です】


「そんな赤ちゃんみたいな事を」

【そもそも、君が来てまだ1ヶ月も経ってないんです。常識や価値観が違う中に産まれて1ヶ月と思えば、かなり行動が出来てるのでは】


「しょうがねぇだろ赤ちゃんなんだから精神でいけと」

【はい、この世界にとって君は生後1ヶ月の赤ちゃんです、不安でも可笑しく無いのでは】


「バブれ、と」

【大いにバブって下さい】


「難しい事を言う」

【ですよね】


「結論がコレって、どう従者に伝えれば」

【私からもう伝えてありますから、お気になさらず】


「お、不安の種」

【オブラートには包んであります】


「オブラートか、カプセルか糖衣錠に包んで伝えて欲しかった」

【無理ですね、ナイーブな内容ですから】


「神経だけに」

【だけにです、少しは気が抜けましたか】


「気は抜けた」

【それは良かった】


「ありがとうございました」

【いえいえ、ではまた】


 緊張と緩和で一瞬お腹が痛くなったが、単なる便意だった。

 もうそのまま1人で入浴や身支度を終えてから、ヘルヘイムまで戻ると、庭からヘルが手招きしてきた。


「はいはい、何でしょ」

《私も、ドリームランドへ行けないかしら?》


「え、あー…んー……人間の王女様の役とかどう?次は王都へ行く予定だから」


《…人間の?》

「イヤなら他の役を言ってくれると助かる、ヘルには安全な役柄で出て欲しいから、その方向で」


《良いわ、王女様ね》

「うん、港街で待ってるね」


《えぇ、おやすみ》


 そのまま寝室に戻り、再び夢の中に入った。






 港街1番のホテル、その最上階になんと王女様御一行が泊まりに来たらしい。

 なんでも、サーカスの為に態々駆け付けたそうで、街中が大盛り上がり。


 港近くのこのホテル前では、特に人が活気付き。

 以前の事件を気にも留めていない様子。


『アレから1週間だ』

「進み遅っ」


『お前が気にかけていたからな、進みが遅いのはしょうがない』

「口髭の兵士、どうしたかな」


「お…お嬢ちゃんなのか?」


 後ろを通りかかった荷馬車の上から、聞き慣れた声が聞こえた。

 口髭のだ、鎧も兜も脱いだ姿はガタイの良い農夫そのもの。


「な!無事だった?」


「あぁ、何とか。旅で忙しいのに戻って来てくれたんだってな、すまない」

「大丈夫、で、貴方の口から聞きたい。色々と」


 村へ戻り、藁にも縋る思いで娘を探した。

 だが、村には居なかった。


 それだけでなく、住んでいた家は取り壊され農地にされ、思い出は全て消されていた。

 その農地では鹿人間や、巨人の生き残りが農作業に従事させられていた。


 そこを取り仕切る村長へ事情を話し、獣人を解放させ、共に港街へと引き返した。

 戻る途中、繁殖屋付近の農村地帯を歩いていると、かつては宿屋だった廃墟が綺麗になっていたので覗いてみた。


 そこには穏やかな表情に変わった灯台のが居たので話を聞いた、顛末と刑罰を。

 そして今は港街と宿屋を往復し、宿屋の営業に精を出していると。


「元同僚の娘は元気にしてるが…俺の娘が目覚めないのは、俺への罰だと思っている」

「は、お前だけ不幸になれよバカ、巻き添え喰らわすな。それでも親かよ、何とかしたいと思わんのかクソが」


「本当に、すまないと、思っている」

「じゃあ、様子見しに後で行くから、首洗って待ってろボケ」


「すまない、ありがとう」


 消え入りそうな返事をする口髭のおっさんを見送り、最高級ホテルへと向かった。

 入口の王兵が深々とお辞儀をし、顔パスで通されたホテルの最上階はペントハウス、部屋の中に入ると真新しい長いヴェールにはティアラが、王女様は窓辺で外を眺めている様子。


「お待たせ、そのティアラ見覚えがある様な、無い様な」

《そうなの?ココへ来た時には既にあったわ》


『お前、鍛冶の神達からヘル神に何か贈呈する話を聞いてなかったか?』

「あ、何か言ってたかも、だけどなんでまた」


『大方そのプレゼントをコッチに引き込んだんだろう、また魔力を無意識に消費しやがって』

「ごめん。でも良いじゃん、良く似合う、王女様にぴったり」


《ふふ、ありがとう。でも、パレードなんて聞いてないわよ》

「王女様が辺境に来たら、やっぱパレードっしょ」


《そう、ふふふ。あなたは…マーリンで合ってるかしら?》

『はい、どうも』


《ヘルよ。ハナを宜しく頼むわね?》

『はい』


《それにしても、梅雨なのに眩しいわね》

「暗い方が良い?」


《褒めてるの。海もキラキラ青くて綺麗ね、全部、初めての景色》

「何処か行きたい所ある?」


《全部、でもアナタの用事を先に済ませてからが良いわ、宿屋へ行くんでしょう?》

「うん、少しね」


《じゃあ、見学と行きましょう》


 王族専用の馬車に同乗させて貰い、農村地帯の宿屋へと向かった。

 ヘルは末の王女なので、比較的自由に動けるのだと、お付きの者が説明してくれた。


「末っ子か、同じだ」

《フェンとヨル以外にも兄弟が居るのよ、2人と1匹》


「6人兄弟かぁ、実質1人っ子みたいな感じだったから想像できん」

《私もよ、偶にフェンとヨルが来てくれる以外は殆ど関わりが無いから》


「誰かに会いたい?」

《良いの、見守ってくれているのは知っているから、大丈夫》


『着いたぞ』




 田畑はすっかり耕され、畝には新緑の苗が植わり。

 移動の間に降ったにわか雨が、土の匂いを蒸気させる。


《良い匂いね》

「雨上がりの匂い」


 宿屋までの小道を、ヘルがドレスの裾を少したくし上げながら歩く。

 板に付いたその姿は、まさにお姫様。


 宿屋の中に入ると、待っていたのは灯台のと口髭だけだった。

 神妙な面持ちで、死刑を待っている様な雰囲気。


《やぁ、お嬢ちゃん》

「おう、どうよ最近」


《ぼちぼちだ》

「そっか、口髭さんがお世話になってるって聞いた」


《俺、力仕事がダメでね、助かってるよ》

「いや、俺の方こそ凄く助かっている」

「好意に甘えやがって、無能、ロクデナシ」


《あんなに心配してたのに、どうした嬢ちゃん》

「知ってて何もしない奴が1番嫌い、豆腐の角で頭をぶつけて弾け飛べ、軟弱者」


「すまなかった、俺の命で」

「足りん、全く足りん、蟻すら蘇らんわ。お前の魂は塵以下、空気に謝れ、吸うな、吐くな勿体無い」


 散々に暴言を吐いていると、炊事場から何名かの元兵士が口髭を庇う様に歩み出てきた。

 罪悪感と悲しみを滲ませながら、口を開いた。


「勘弁してやってくれねぇか」

「最初は騙されてたんだ」


「良いけど、じゃあ誰も起こさんよ」

《待ってやってくれよお嬢ちゃん、あの娘さん以外、誰も目覚めないんだ、頼む。勘弁してやってくんねぇか?》


「庇い合いかよ、反吐が出る」

《違う違う。なあほら、皆も下がって、1度きちんと謝る約束だっただろ?》


「すまんな、つい。すまなかった」

「口髭さんは良い上司だったんです、勘弁してやって下さい」


「本当にすまないと思っている、一生を掛けて償いたい。だからとは言わない、お嬢さんが言う様に娘は無関係だからこそ、起こしてやって欲しい、頼む」


「そう、他にもそう思っている人は?」


 元兵士達が厨房や、炊事場からゾロゾロと出て来ると直ぐさま手を挙げた。

 弟妹が、婚約者が眠っている者ばかりか、家族を亡くした者も友の為に手を挙げた。


「全てと引き換えに目覚めさせてやる、ただし裏切ればまた眠りにつく。どうする」


「全てを捧げる、頼む、どうか娘を」

「妹を」

「姉を」

「弟を」


「ちゃんと守れるのか?」

「あぁ、どんな形になろうと、今度こそ守る」


「解った、先ずは本人に確認してやる。感謝しろよクソ野郎共」


 納屋へ向かうと、窓が増設され内装も小綺麗に改装されていた。

 それぞれのミニテーブルには花が飾られ、清潔な布団の上に寝かされている。


 1つだけ空いているベッドへ横になり、硝子の鍵を取り出す。

 閉じた筈の目蓋が開くと、白く美しいマインドパレスへと移動していた。


 1人1人に起きたいかどうか確認したが、不思議な事に誰もが起きたいと願った。

 その願いを口にした者から順に消えていくと、その広間にはシバッカルだけとなった。


『良い、コレで良いのじゃよ』

「本当に?コレから生き地獄だよ」


『知る者にとっては地獄であろうな』

「もしまたココに来るなら、今度は永遠に戻らない様にして」


『分かっておる』

「ありがとう、お礼は?」


『いらぬ、良い笑顔を見れる事が1番じゃ、娘達の笑顔を見守ってたもう』

「おう、任された」


 硝子の鍵を手放すと、部屋中が泣き声や笑い声に包まれていた。

 横を見ると、お兄さんも目覚め、婚約者と抱き合い泣いていた。


《眠り病が流行ったんだが、皆、治って良かった。さぁ、スープを用意するぞ、忙しくなる》


 灯台のが大声で告げると皆が頷き、持ち場へ戻る者、世話をする者と分かれていった。

 起きたばかりの者もベッドへ戻り、ゆっくりと水を飲んだり、隣の者を労ったりと穏やかな時間が流れた。


 その光景を後にし宿屋へ戻ると、灯台のが抜け殻の様に座っていた。

 その顔に浮かぶのは、安堵と悲しみの表情。


「どした」

《俺の息子は行方知れずのままでさ…少しホッとしてんだ、何でだろな、俺は何処までクズなんだろな》


「親族はもう居ないの?」


《いや…繁殖屋の婆さんの孫が来てな、外で畑仕事してくれてるけど、お互い顔を合わせ難いのなんの、大事にしてやりてぇけど…どうしたもんか》


「ドンマイ、様子見してけば良いじゃん、時間あるでしょ。悪い事してた時間と同じだけの時間、善行しろ。腑抜けんな、まだ早い」

《あぁ、そうか、そうだな》


《ねぇハナ、機織りの音が聞こえるのだけれど》

「え?そう?」


《あぁ、最初の娘さんだな。機織りの音が煩いといけないから、皆が目覚めたら織るんだって張り切ってたんだよ》

「お、じゃあ行こう」


 小川近くの水車小屋から、水車が何かを突く音と、規則正しい機織りの音が聞こえて来た。

 トン、トン、トン、パタン、バタン、カシャン。


《いらっしゃい》

「先日は、どうもありがとうございました」

「いえいえ、元気そうで何よりです」


 緊張した面持ちの小柄な父親と、嬉しそうに機を織る娘さん、少しぎこちないものの概ね問題無さそう。

 機織りも順調な様で、細く紡いだ麻糸が折り目正しく織られている。


《上手ね》

《ありがとうございます、織りあがったら染めようと思ってるんです》


《楽しみね、何色に染めるのかしら?》

《コレから夏ですので藍染めをしようかと、虫除けに良いと蜜仍様に聞きました》


「あら、ナイス情報だ、後で褒めとくよ」

《はい、宜しくお伝え下さい》


 水車小屋から出ると、赤紫の夕焼けが目に飛び込んで来た。

 ナイル川で見た様な、美しい夕焼け。




《もっと早くに、お願いすれば良かったわ。こんなに楽しいだなんて、独り占めしてたロキは狡いわ》

「ロキねぇ、皆どうしてんだろ」


『ばぁ!来たよ!』

「何してたの」


『サクラちゃんの家の2階、マーリンの部屋でずっと観てた』

「は、マーリン、良いの?」

『見せる方が早いからな、許可した』


「聞いてない」

『俺もヘル神を連れてくるのは聞いてないぞ、事後承諾以下じゃないか』


《あら、迷惑だったかしら?》

『いえ』


「他のも観てるの?」

『ううん、俺だけだったけど』

『他は城だ、会長の始末がまだだからな』


《ねぇ、私に頂戴?》

「城を?」


《会長をよ、1度で良いから中年の極悪人を拷問器具でいたぶってみたかったの。普通の道具や人って、触れたら直ぐに壊れちゃうから、ね?お願い》

「個人的には全然良いんだけど、マーリン的にはどう?」


『ロキの付き添いがあるなら、どうぞ』

「だそうです、どうぞ」


《ふふふ、ありがとう》


 再び馬車に乗り込み、城へ向かうと。

 赤黒かった筈の城は、落ち着いたレンガ色へと変わっていた様だった。


『汚れと、あの時は夜だ、時間によって見え方も変わるだろ』

「そっか」


 城内へ入り、馬車から降りると蜜仍君とショナが待っていた。

 この城で働く事を許された兵士は、王都の兵士の命令に従い、動いているらしい。


「お疲れ様です」

「桜木様!さっきまで寝ちゃってたんですけど、どうなりました?」


「ハッピーエンドっぽい」

「そうなんですね、良かった」


「うん」

「お疲れ様でした」

「後は、このお城ですかね?どします?」


「どしよか」

《素敵なお城よね、取り壊すには勿体ないわ》


「いる?別荘地に」

《嬉しいけれど私は偶に遊びに来させて貰えたらそれで良いの。それに、あなたが制覇したお城なのだから、あなたの別荘地にすべきよ》


「じゃあ、地下と会長はロキと一緒ならフリーパスで。普通に遊びに来る場合は、独りでもOK」


《ありがとう、喜んでお受けするわ》

『でも独りは心配だなぁ』

『じゃあ付き添え』


「ならロキがダメな時はマーリンね、宜しく」

《宜しく》

『はい』

『俺より待遇が良いじゃないかヘル、良いなぁ』


「王様にでもなる?」

『やめとく』


「じゃあ城主だ。宜しく城主様、この港街を頼むよ」


 そこからはただエンドロールが流れる様に、自分の居ないエピローグが流れる。


 事実を知り再び眠りにつく者。

 悲しみを乗り越え共に歩む者。


 ふと記憶が甦り半狂乱になった者。

 自死する者、発狂、心中、逆恨み。

《灯台守り》

「会長」

『シバッカル』

「口髭の兵士」

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