1月13日
大きな卵から生まれたデカイ雛を、もふもふ、モフモフする。
ふわふわ、モフモフ、すべすべ、温かい。
『桜木さーん』
目を開けても、ふわふわが頬を撫でていた。
クマさんのもふもふの影響力なのか、夢の感触がリアルだった。
「おはようございます」
『しー、声、そんなに出さないでー。食堂で一緒にごはん食べよー』
クマがベッドの端に座ったと思うと、キラキラとした雲から人間が出て来た。
まるでアニメの変身シーン。
(ターニャ?)
『そうよー、ターニャよー。お熱計るから、ちょっとじっとしててー』
昨日と同じく体温計がピピっと音が鳴り。
36,3 9:10 1/13
と、表示された。
うん、平熱だが、自分としては高い方。
『体温戻ってきたねー、昨日は低かったもんねー』
(平熱、低い)
『そっかー、後で追記しとこー。じゃ、車椅子持って来るから待っててねー』
(うん)
ターニャ補助の元。
トイレに行き、歯磨きをして、顔も洗う。
たったそれだけでも少しフラフラする。
動悸も、昨日は良くシャワー浴びれたな。
『辛そうだね、ご飯沢山食べようねー。はい、マスクー。それと食堂のメニュー』
(おおっ!?)
ターニャはうんうんとスキップしながら、車椅子を押しグングン進んで行く。
『迷っちゃうよねぇー、ちょっと遠いから、今のウチに選んどいてー』
メニューが昨日の倍、凄いぞ北海道の高級病院(天国)。
大きな窓から見える中庭も凄いし、コレでお金の心配無いとか。
凄いな北海道は。
『遠慮しないで大丈夫よー』
行きすがら事前にタブレットで選んだ品物をターニャが取りに行く。
先ずはカウンターでリストバンドを認証させ、出来立てを受け取れるらしい。
実際に選べる場所を目前に通過しただけだが、どう見ても海外の食堂。
洋画で見た大学の食堂だコレ。
そして、途中でブーブーとレジが鳴っていた人を見掛けた。
食事制限有りの人が副菜やデザートを多く取ろうとすると、アラームが鳴る仕組みなんだとか。
うん、美味しそうだもんね、わかる。
主食は制限がある人には決まった量が出るらしく、そこはズル出来無い。
天国ハイテク。
辺りをザッと見回すと、職員と患者と家族の共用食堂らしい。
1人で食べてる人は居ない。
老若男女様々な患者と、その家族か看護師か。
白衣の様々な人種の男女、皆が楽しそうで良い光景。
中庭の見える窓際のテーブル席まで押して貰うと、セリナが居たので同席させてもらった。
『先に食べててー、自分の取りに行ってくるからー』
セリナと2人で手を振る。
天使しか居ないんだが。
「おはようございます、あ、挨拶は結構ですからね桜木さん」
軽く会釈し、頷いた。
(いただきます)
「はい、ゆっくり召し上がって下さいね」
中華粥の小盛りとミックスサンドのハーフ。
昨日と違う小皿を選び、今日のお粥は海鮮系のお出汁、キラキラと輝いて見える、マジで。
貝柱の香りと風味。
病院食と言うより街の結構良い中華料理屋の味。
ミックスサンドは玉子とツナとハム、食べ易いサイズ。
滑らかでフワフワのパンと、しっかり味付けされた具が美味しい。
「美味しいですか?」
(うん)
「良かった、このパニーニもオススメですよ、アボカドは苦手ですか?」
(ううん)
「でしたら具を事前に入力して注文なさると良いですよ。私はアボカドとスモークサーモンのパニーニと、ミネストローネスープの組み合わせが好きなんです。味もバランスも完璧ですから」
(うんうん)
おいしそう。
2割程度まで食べ進めた所でターニャが戻ってきた。
凄い量。
『うふふー♪』
ターニャは大食いなのか主食が3つ、副菜も大きな皿に2つ、デザートは全種類と2台のカートがパンパン。
「わぁ…」
「ふふ」
『まだまだー、もっと食べれるよー』
思わず変な声が漏れたが、笑顔でサムズアップしてくれた。
4人用の丸いテーブルに溢れんばかりに料理が並ぶ。
一口一口がデカイが、良く噛んで美味しそうに食べている。
フォーとお粥と具沢山の黒パントースト達が、ターニャの口にキレイに消えて行く。
大食いを観るのは好きだ、大食いの有名人のチャンネルを登録をする程度に好きだ。
ご馳走様までしたと手を合わせ、暫くターニャのモグモグタイムをセリナと一緒に眺める。
ターニャのカットフルーツに少し目を奪われた。
とてもキラキラして、美味しそう。
「桜木さん、リストバンドちょっと良いですか?」
ちょいちょいとセリナがタブレットと共に操作。
待ってて下さいね、とトレーを持って何処かへ行ってしまった。
そして今度はターニャがタブレットを触る。
『あー成る程ー、お腹足りて無いでしょー。遠慮しないでもっと食べても大丈夫だよー』
「そうですよ桜木さん、フルーツ如何ですか?」
セリナが持って来たのは、ターニャと同じキラキラしてキレイなカットフルーツ。
『美味しいーよー?』
「今日のは特に美味しそうですし、どうです?」
(うん)
いただきます。
美味し!梨にマスカットに完熟みかん。
みずみずしくて良い匂いで、甘くて美味しい。
再び、ご馳走様の合掌。
まだお腹が空いてる気がするが、気の所為だろう。
「では、少し中庭にお散歩に行きましょうか」
『ターニャが片付けとくよ、いってらっしゃーい』
(ばいばーい)
中庭には、大きなドーム状のガラスが張られている。
そのガラス越しの空には、大きな飛行機だか鳥類が飛んでいる様に見える。
北海道はハイテク化が凄い。
中庭に入り、少し進むと一面が青い花畑。
「桜木さん、お花を摘んで来ますね」
美人さんが綺麗な花を摘んでくれて、お世話してくれて。
これは夢か、妄想か天国か。
でもだ、食事の味はする、痛みも有るし。
1 夢。
夢なら痛くない筈だ、幽体離脱や明晰夢でもなさそう、頬は痛かったし後回し。
それにだ、夢なら元気に動き回れろよ自分の体。
2 仮想空間。
だったら有りうるかも、めっちゃハイテクばっかだし。
VR外したら、お疲れ様でしたーって。
ただ、体には寝間着と下着とスリッパの感触だけだし、後は手首に病院で付けられたリストバンドだけで。
それ以外は何も、スマホ、無くしたなコレ。
3 妄想。
高熱で脳に障害が出て、認知障害が出てて良い病院に入って療養を受けてる。
1番可能性が高いかも。
当たりの病院では魔法使いの様な凄腕の介護士や、看護師が居ると聞くし。
良い施設に思えるのも実は脳か精神に何かダメージが有るとか、薬の影響とか。
セリナがこちらに手を振るので、大きく振り替えした。
焦げ茶色の瞳に黒髪お団子ヘア、中性的な顔立ちのさっぱりとした和風美人。
好きな顔だ、胸がほんのりあるので同性だ、多分。
背景も相まって絵の様に綺麗。
ターニャは薄い緑色の瞳に、赤茶色のクリクリパーマ。
ほんわかとした愛嬌のある狸顔とも呼ばれていそうな、寒い外国の可愛いアイドル顔系、クマ姿は最高の触り心地。
アイリーンは柔らかな金髪に、青い目の元気な天使。
明るく朗らかで、美人と可愛いの良いとこ取り。
全員羨ましくなる程の顔立ち。
自分の容姿は、アレだ、その評価も分かっているので考えるのを止めた。
そもそも虚弱病弱は容姿より健康第一、元気が1番。
自分と現実から目を背け、再び中庭とセリナをボーっと眺める。
そうして花を摘み終わったセリナが、軽く屈んでそっと小さな花束をくれた。
「やはり、悩んでらっしゃいます?」
頷きながら小声で喋る。
(すこし)
「お1人で、不安でお辛いですよね。何でも、仰って下さいね」
しゃがみこんで手を握り、真っ直ぐ目を見て言ってくれた。
ダメだ。
弱っていると我慢が効かなくなる。
また、鼻の奥がツンとする。
直ぐに差し出されたティッシュを使っていると、セリナが後ろに回り、何処かへゆっくりと車椅子を押し始めた。
「私の父と母は病院で出会ったそうなんです、この病院で」
(ほう)
「両親は今は帝都の病院で、父が庭師、母が司書をしてるんです」
「弟が2人居て、上は大学生、下はまだ小学生なんです。もう、しょっちゅう騒がしくて……」
「寂しく感じるかと思ったんですけど、そんな暇も無い程楽しくて、アイリーンもターニャも居てくれて…あ、今3人で、そこの寮に住んでるんですよ」
「さ、あそこの水で顔を洗いましょう、それにあのお水、美味しいんですよ」
そこは白い花崗岩の様な石造りの水路、穏やかなのにキラキラと水が良く乱反射している。
水路の先には水芭蕉の花の様な水生植物が咲き、そこへと流れ込んでいる。
ゆっくり立ち上がり、顔を洗う。
凄く冷たい、浸かったら心臓発作を起こしそうな程に冷たい。
流石北海道。
差し出されたタオルで顔を拭き、改めて少しだけ飲んでみる、美味しい。
ココはやっぱり天国なのだろうか。
遠くには雪景色の山が有るのに、近くでは暖かい庭園に蝶が舞っているし。
お水美味いし。
「あ、それ以上飲んだら、お腹が緩くなりますよ」
やんわりと止められ、替えのマスクを差し出されたので大人しく着けた。
凄い美味かった。
「この花瓶にお水を入れたら帰りましょうね」
(やらせて)
「はい、お願いします」
青い花が入った花瓶を抱え、真っ直ぐ病室へ。
歯磨きをして、ベットに横になった。
凄く眠い。
お昼過ぎにアイリーンに起こされ、パニーニを注文、ツナとエビとトマトのパニーニとクラムチャウダー。
今回はそのまま、病室で食べた。
今度は歯磨きする間もなく、眠気が襲ってきた。
寒い日のシーツは嫌だ、他の肌触りの良い何かが欲しい。
真っ暗な中を手探りで探す。
ツルツルすべすべのひんやりした、触り心地の良い何かと、ふわふわサラサラな暖かい触り心地。
大きくて全身が包まれる、気持ち良い、安心する。
頬をぷにぷにと押される感覚で目が覚め、起き上がった。
窓の外は沈みかけの夕日、オレンジ色に輝いて綺麗。
コップの水もいっそうキラキラしている。
うん、寝過ぎだ。
枕元に視線を戻すと、クマのぬいぐるみが動いている。
(ターニャ?)
ジェスチャーし出したがよく分からない、多分イエスでノーなのだろう。
良くできたぬいぐるみ、触り心地はターニャには劣るが、結構良い感じ。
かわいい。
高い高いしてあげよう。
軽い、反応オモロ。
コンコンとドアをノックする音で、我に返った。
「桜木さん、何か変わりはありませんか?」
軽く頷く。
不便さはあまり無いが、いつまで喋れないのだろうか。
セリナの用意した車椅子で移動する、ターニャクマはお留守番らしく、バイバイされてしまった。
「これから軽くですが、入浴タイムです」
暖かい脱衣場に浴室、漢方やハーブの様な香りが漂う。
浴槽に湯が満たされている、匂いとは裏腹に透明、そしてキラキラしてる。
「浴槽の中で身体を擦ってて下さい、その間に頭を流しますから」
人に頭を洗って貰うのは、とても気持ち良い。
背中も洗って貰い、風呂から上がり体を拭く、とまたしても髪が一瞬で乾いた。
不思議。
「着替え終わったら水分補給して、お夕飯に行きましょう」
夜のメニューも変わらず豊富。
もう寝るだけだし、患者1番人気のお粥と豆腐のセットを注文。
もう問題は無いのに又お粥にしてしまった、小皿定番セットがそろそろ出来上がりそう。
看護師3人と夕飯。
香草系は苦手だが、1皿だけチャレンジ。
うん、ダメだコレ。
『分かるー、ターニャも臭いの嫌いー』
「私も、辛いのが苦手です」
「私は辛ければ何でも食べれますよ!」
『アイリーンはフルーツも辛くするもんねー』
「初めて見たときはちょっとビックリしましたね」
「美味しいんすけどねー?」
暖かい国でチリパウダーを掛けるらしいしのは知っていたけど、実際にパイナップルやアイスに掛けるのを生で見ると驚く。
そうして食事を終え、3人がとりとめの無い話をしながら病室まで送ってくれた。
「おやすみなさーい!」
「おやすみなさい、桜木さん」
『ターニャ後で来るからー、ゆっくりしててねー』
ベッドに座りひと息ついていると、布団からクマが顔を出して、手を広げながら近付いて来た。
喋らないが良く動き、暖かくて気持ち良い。
暫く顔を埋めスリスリした後、歯磨き。
眠気は大丈夫、少しタブレットを弄る。
先ずは操作確認。
縦にすれば縦画面に、横にすれば横画面に、手動でも設定可能。
薄いのにタッチ感度も良いし、軽い。
この病院のタブレット凄い。
そして院内の地図、丸い敷地だ。
今居る病院の他に、教会では無く協会、図書館、中庭、公園と広場、そして宿舎。
病院をタップし詳細を見る。
食堂や病室を紹介する動画が流れ、音声も出て楽しい。
情報に飢えているので片っ端から見ていた最中に、眠気が。
『ターニャ』
「セリナ」
「アイリーン」