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2月5日

グロ注意。


『おじさん』『マーリン』「ショナ」「蜜仍君」『エミール』《ドリアード》《フギン・ムニン》

『エイル先生』「タケちゃん」「《アレク》」「虚栄心」《コンスタンティン》『イシスさん』

《土蜘蛛さん》《ネイハム先生》『クーロン』『ナイアス』

『モズグズ』『ラティ・レト』《ヘル》『ロキ』




 モフモフした毛が顔に当たる感覚に目を開けると、尻尾が顔を撫でていた。

 猫カフェの託児所、猫の兄弟達が顔の周りで眠っている。


《大丈夫にゃ?》

「うん?ココは?」


『やぁ、おはよう。森の中からここまで運んで来たんだ、大活躍だったからね、疲れたんだろう』

「おじさん!」


『見付けて来たんだね、土蜘蛛族の子を』

「うん、凄く良い子。凄い強くて可愛い子」


『そうかそうか、良かった良かった。今度、連れて来てくれるかな?』

「少し恥ずかしいから、もう少し待って欲しい」


『分かった、じゃあ今日は2人で猫の町を楽しもうか』

「うん!」


 ベッドから起き、おじさんの案内で役所へ行くと奥の応接間へ通された。

 椅子には立派な燕尾服を着た恰幅の良い、大きな猫人間が座っていた。


《この度は山の怪物を倒して頂き、誠にありがとうごにゃいました。私は猫の商店街の理事長、猫山ブチです。早速にゃんですが先ずはお礼お、僅かではありますが、どうぞお受け取り下にゃい》


「いらないにゃ、孤児の子達に使って下さいにゃ」

『ふふふ、そうして下さい。この子に無理に渡しても、寄付する手間が増えるだけですから』


《それでは申し訳にゃい、何か欲しいモノを言って頂かにゃいと困ります》


「燕の子安貝」


《燕石の事ですかにゃ?》

『そうですね、ですが貝、タカラガイだとなお良いですね』


《分かりました!少し待ってて下さいにゃ……つ、つ…たー…》


 理事長がしっかりと伸びた猫の爪で、机のパソコンを器用に操作する。

 そうして暫くすると8番倉庫に在庫が有る事が分かったので、理事長と共に向かった。


『言ってみるもんだねぇ』

「ねー!びっくり」


《さ、ココの倉庫です。倉の番の猫村さんや、燕の子安貝まで案内して下にゃい》

『はいにゃ、こちらですにゃ』


「どんにゃんだろう」

《燕の巣から取れるそうにゃ、大昔に行商が金と交換した品物だそうですにゃ。お爺さんがそう言ってたにゃ》

『…えーっと…ココにゃ!』


 理事長さんが大きな箱から小さな箱を取り出し、蓋を開けた。

 中にはシルクのふわふわクッションに、真珠層の綺麗なタカラガイが数個入っていた。


「わお、凄い綺麗」

『差し上げます、お礼の金の替わりですにゃ』


「高いでしょ?」

『1個で大きい金の粒が500個にゃ』

《昔にょ価値だにゃ》


「うぇ、多分さっきの報酬より大いにゃ」

《当時の価値でにゃ、在庫が埃を被る毎に価値が落ちるにゃ》

『そうにゃんです、さっきの金以下の価値にゃので、安心して欲しいのですにゃ』


「どうしよう、そんなものなのかなぁ」

『商店としては、そうなのかも知れないね』


《そうにゃ、商店は在庫を抱え続ける方が問題にゃ》

『足りにゃければ、他のモノもお探しますにょ?』


「良い良い、充分です。ありがとうございます」


《良かったにゃ!》

『ではパレードですにゃ!』


 小箱をストレージに収納した瞬間、おじさんと共に胴上げされながら倉庫を出た。

 外には真っ赤な御神輿の山車、あっという間に頂上に乗せられてしまった。


『あははは!こりゃ変わった凱旋カーだ!』

「何か、サンバカーニバルみたい」


 山車の回りでは本当のサンバカーニバルの様に、猫達が楽器を奏で踊り騒いでいる。

 祝いの出し物の1つと思えば、少しだけ恥ずかしさも消えた。


《ハニャお姉ちゃんー!ありがとにゃー!》

《にゃー!》


「ハニャだって、可愛いなぁ」

『あぁ、可愛いねぇ』


 孤児になってしまった猫達の声援に答えつつ、町を1周。

 そこからは勿論宴会、お昼の部や夜の部に集まる者達に振る舞われたのは、マタタビ酒、マタタビのお付けもの、大人の猫もおじさんも、皆が酔いしれた。


『楽しそうだな』

「マーリン、はい、燕の子安貝」


『バカが、勿体無い事を』

「なんでさ」


『ココなら何でもある筈、もっと有用な物を望め』

「魔法のマントは作って貰う予定だし、思い付かなかった」


『全く、これだから初心者は』


「で、要らない?他に何が欲しい?」

『要らんとは言ってない』


「素直な口をきくと死んでしまうのか?」

『あぁ、腐り落ちるかも知れない』


「そら大変だ」

『あぁ、そろそろ起きた方が良いぞ、涎が酷い』






 目を醒ますと本当に涎が酷かった、首まで来てた。

 急いで顔を洗い、ダイニングへ行く。


「おはようショナ、猫の町に行ってきた。三日月の夜に赤い御輿の山車、凱旋パレードされた」


「え、何で急に行っちゃったんですか」

「おじさんに呼ばれたっぽい、早く蜜仍君に会いたいって」

「ドリームランドですね!早く行きたいなぁ」


「来て貰うだけなら構わないんだけど、恥ずかしいんだよね、子供の姿だから」

「僕より幼いんですか?」


「幼い、時々大きくもなるけど、基本的には幼い」

「ふふ、楽しみです」


「可愛いは禁句ね、追い出すから」

「はい!」




 朝食を終え省庁からの連絡を待つ間、エミールと泉に浸かる。

 皆の戦闘訓練を眺めつつ、医神について調べる。


 筈が、つい今まで出会った神様や精霊の事を調べてしまう。

 そして国によっては邪教だの異教だの、悪魔だの言われている文章にイラッとする。


 全然、良い神様や精霊ばかりなのに。


 人間の資料は100年以上前のも混在してるし、そう当てにならんかも知れん。


『何か分かりました?』

「実際と違うっつーのは分かった」


『悪魔扱いとかも有りますからね』

「そうなのよ」


『あ』


 お喋りしていると突然エミールの卵にヒビが入り、縦に割れたかと思うと白い神獣が飛び出した。


 真っ白な翼と体、1本角を持った6本足のアリコーン。

 勿論、卵の容積の何倍もある成獣の姿。


 本当に、一体どう収まってたのか。


「わ、でっか」

『ですね、でも綺麗』


「ねー、名前を付けないとね」

『パトリック』


 その名はエミールの口から考える間もなく出てきた、きっとずっと考えていたのだろう。

 立派な名を貰ったパトリックは金色の短い巻き毛に、瞳は緑色の美しい男性へ変化した。


「はい、お待たせしましたエミール様」


『様は要らないよパトリック』

「はい、エミール」


(またイケメンが)

《じゃの、キツそうで我のタイプでは無いがの》


(でも笑うと優しい感じ)

《ふむ、確かにそうじゃな》


「桜木様」

「ぅ、へい、ハナで。何でしょうパトリック」


「ハナ、エミールがお世話になりました。ずっと、ありがとうございます」

「いえいえ、無事に孵って良かったです」


《おめでとうですぞー》

《おめでとうですぞー》

『おめでとう、これから本格的な修行ね、頑張んなさい』

『はい!お世話になりました、エイル先生、もっともっと頑張ります!』


『うんうん』


 エイル先生は2人をギュッとハグすると、鼻歌を歌いながら館へ戻って行った。


 やっぱり全快した患者を見れるのは、医者としても神としても最高に嬉しいのだろう。


「また消えてった」

《祝杯を上げに行ったのですぞ》

《父上に自慢しに行くんですぞ》


「そうか、なんだかんだ親かぁ」

《少し違いますぞ、見返しに行ったのですぞ》

《女子の医神なぞ聞いた事も無いと、まだ根に持ってるんですぞ》


「あは、そっか」


「桜木様、武光様達の許可が出ましたよー!」

「直ぐにでも行けるそうですが、どうします?」


「うむ、虚栄心の所にコンちゃんとパトリックを連れて行きたいが、直ぐ戻るよ」

「そうか、じゃあ後で合流してくれるか?」


「おうさ」


 セバス、ショナ、タケちゃんにエミール、蜜仍君が里へ向かい。

 コチラはコンスタンティンとパトリック、クーロンとアレクと共に虚栄心の店へ向かった。




「邪魔するぞー、元魔王だー、アレクシスになったぞー」


「うるさいわねぇ…え、は、どうなってるのよちょっと」

「良いだろぅ、人間になった」


「は。ちょっとハナ、どうやったのよ」

「トップシークレット。虚栄心もなりたい?」


「うーん…平和になったら考えるわ。で、仕立てに来たのかしら?」

 《はい、宜しくお願いします。コンスタンティンです》

「エミールの神獣、パトリックです。宜しくお願いします」


「良いわ2人共、いらっしゃい」


「クッソ切り替えが早い、秒どころの騒ぎじゃない」

「昔の俺にもあったらな、何で切り離したんだろ」


「金銀財宝奪ったって追われたからよ!免罪だからって、逃げてる最中で道中に投げ出されて大変だったんだからね?!」

「ごめーん。そっか、そうだった気もする」

「そんなフワッとか」


「うん、多分セバスの方が覚えてる。アッチが殆んど持ってったから」


「忘れられて良かったわね!私は一生覚えててやるわよ!」

「おー、頼むー」

「緊張感皆無」


「だって、昔なんて殆んど覚えて無いんだもの。悪い事をした自覚はあるよ?でも俺じゃ無い感じ。最近のは良く覚えてるよ、サクラと一緒に居るあたりの」

「本当に最近のだけじゃん、ベイビーちゃん」


「おぎゃあ」

「ふざけてんなぁ」


「真面目、マジベイビー」

「絶対ふざけてる」


「まぁまぁ、撫でて落ち着いて」


 長椅子の上で影に丸々と、直ぐに狼に変身した。

 そしてコチラの膝の上に上半身を預け、臥せの姿に。


 猫も狼も、耳の下の毛の触り心地の良き事よ。


「それで喋れる?」

《すこし。むずかしい、ながいの、にがて》


「声、カスッカスやん」

《はなす、たいへん》


「無理すんな」


 小さくなって割り込んできたクーロンも撫でながら、長い様な短い様な時間が流れる。


 ショーウィンドウにはフワフワの薄緑色のドレス、中世ヨーロッパ的とも言うべきなのか、花の様な豪奢な帽子が良く似合う。

 良いな、飾りたい。


「はい、採寸は終わりよ。準備しといたから前より早く出来上がる予定。で、もう神獣はこれで全員かしら?」

「後1人、タケちゃんのが」


「…分かったわ、これから少し時間ある?」

「無い、これから行くとこある、ごめんね」


「そう、良いのよ、気を付けて行ってらっしゃい」




 里へ行く前、エジプトへ。

 資料より実物、誰か紹介して貰おう。


 神殿の横を流れる川、その船の上でイシスさんは日光浴をしていた。


『あらいらっしゃい、その子の事かしら?』

「はい、少し丈夫にして欲しいんです、戦闘用に」


『分かったわ、さ、この船にお乗りなさいな』


 船で川を下る、とても静かで揺れも無い。

 キラキラ光る水面を眺めているうちに、浮島にある神殿に案内された。


 いつの間に。


『クヌム、良いですか?』

『あぁ、準備は出来ている』


『ごめんなさい、残念だけど今日は造るんじゃなくて、彼の身体を変えて欲しいそうなのよ』

『そうか』


「どうもチェリ子です、この…クロをお願いします」

『あい分かった』


 クヌムさんがアレクことクロを素っ裸にさせ、寝台に横にならせた。


 全身に柔らかで滑らかな泥を塗り込み、何かを唱える。

 そうして暫くすると、今度は川の水で洗い流し。

 儀式は終了した様だった。


「何が起きてるんでしょうか」

『泥で補強したの。クヌムは本来、人間を作る神、上手よ』


「あれま…本業をさせずに申し訳ない」

『なら、本業を見て行くと良い。丈夫にも賢くも出来る。従者が足りなければ造ってやる』


 アレクが寝ていた寝台の横にある大きなロクロでササッと人間の姿を作ると、早々に顔の造形に入った。

 まった、たんま。


「ちょ、ちょっと待った、相談させて。ちょっとイシスさん」

『はい?』


「人間を作るって、こんな簡単に」

『以前に人間の従者の事で揉めてらしたでしょ、だから準備していたの、ふふふ。丈夫で賢く従順な者を作り出せば、問題は解決じゃないかしら?』


「おふ…魂はどうするの」

『私、ヘケトの担当です』

『体が消えても魂はこちらで回収出来ますから、その魂をまた体に入れるだけ。無限に再利用が可能なんですよ』


「命をサクサクと…待って、リサイクル従者は少し考えさせて欲しい。持ち帰り案件で」

『えぇ、ではお送りしますね』


 アレクが少しイケメンになってしまっているが、クヌムさんの愛だと思って見過ごした。


 それよりも、リサイクル従者だ。

 倫理観とか道徳とかモラルとか、色々がちょっとアレだ。

 流石に即決出来ない。


 そうこうグルグルと考えるウチに、元の神殿に辿り着いた。


 直ぐに里の炭焼き小屋まで空間移動、それでも未だに、全く答えは出せない。




《おうおう、辛気臭い顔、どうした?》

「おうおう土蜘蛛さんや、美味しいけど難しい話が降って湧いて来た」


《そうか、中で聞こう》


 神獣は契約無しで入れるそうで、前より短い竹林を抜けた。

 そのまま土蜘蛛さんの案内で洞窟へ行くと、居間にあたる場所でタケちゃんやショナ達がぐったりしていた。


「なにがあったの」

《ワシが少し相手をしたらへばりおってな。情けない奴らだ》


「エロい意味でか」

「やめて下さい桜木さん、そん」

《はは、流石にこんな大勢を相手にはせんよ》


「そうか、性豪ぽいのに」

《あはは、見た目はそうでもワシは以外と初いんだぞ?》


「ほう、なるほど。良かったなショナ君」

「もう、本当に、言い返す力が、無いのが」

「頑張れ、ショナ、俺も、加勢する気力が、無い、頑張れ」


「本当に何をしたのさ」

「土蜘蛛様が変幻して、皆さんと戦ったんです。時に本人には恐ろしいモノに見え、時には守るべき姿となった相手と戦うので、相当精神が消耗するんですよ。因みに僕も、この戦闘訓練が1番苦手です」


《多対一で戦うに適した変幻なんだぞ、言うより体験して貰った方が早いと思ってな》

「守るべきモノが同じ空間に居る場合も効果があるのが、更に厄介なんですよね、見破るのに一苦労ですから」


《解説御苦労蜜仍、ハナも体験するか?》

「何が見えるかは分かってるし、安定する迄は暫く止めとく」

「そうですね、桜木さんは、止めといて下さい」

「あぁ、だな、やめとけ」


《だな、夢の主が不安定では、周りにも迷惑を掛ける事になるだろう》

「はい、頑張ります、気を付けます」


《それで、美味い難しい話とはなんなんだ?》


「召喚者だけで話したい」


《ワシは良いのか?》

「勿論」


「…分かりました、結果は教えて下さいね桜木さん」

「奥で練習しましょうね、ショナさん」


 蜜仍君を先頭に、洞窟の奥へぞろぞろと従者や神獣達が向かって行った。




 どう切り出すか。


「ハナ、最初は端的でも構わんが」


「端的に言う。再利用可能な従者、リサイクル出来る従者。どんなに死んでも魂を再利用して、身体も造り直してもらって戦って貰う事が可能な従者。外見も中身も何でも自在に造れる、思うがまま。神様から提案された、どうですかって」

《ほぉ、便利だなぁ》


「ね、だけど利便性にかこつけて、永遠に戦わせる事になるかもしれないし、本人は嫌だけど嫌と言えない状態なだけかも知れない。そもそも、その魂は本当に同じ魂なのか、生き返ったその人は本当に同じ人なのかも分からない。纏まって無いけど、どうしたもんか悩むって事だ」


「試しに1人、造ってみたら良いんじゃ無いか?それでもし良ければ、1人1体限定で造る。ダメなら再利用は止める」

「軽くない?道徳的にアレとか言って止めないの?」


「使い捨てないで人として全うさせれば良い。カスタムされているだけであって、そもそも一般の従者と同様に扱えば問題は無いんじゃないか?」

「凄いなタケちゃんは、どうしてそう思えるのさ」


「リサイクル従者が子供だと思えば簡単だろ、子供が出来ると思えばただ、大事に育てれば良いだけだからな」

「ほうほう、戻りたい理由はそれか」


「バレたか、忘れろ」


『え、武光さんて、パパなんですか?』


「あぁ、パパ予定だ」

「勝てんなぁ、親は強いって言うもんなぁ」


『僕は、話に追い付けなくて、考えるだけで精一杯だったんですけど、弟が出来ると思えば良いんですかね?』

「んー」


《よし、昔話をしよう。昔も何処かでそんな話が出たんだ、似た様な条件だ。困ってたからこそ、国々は賛成したが、今はもう、いつの間にかその話しも反対される様になり、今はどの国も反対しているらしい。過去に賛成したからこそ、君達の意見に反対はしないだろうが、歓迎もしないだろうよ。そしてそれが失敗すれば、その責は君達に掛かる、分かるな?》


「俺は帰る、だから決めるのは残る者に任せたい。俺は最後まで尻拭いが出来ないからな。リサイクルは反対、カスタムは賛成だ」


『僕も、本当に信頼が出来る強い従者の魅力に抗えません。土蜘蛛さんにもボコボコにされたのもありますけど、そうじゃなくても、制御が出来るなら強さは欲しいです。僕らの体は1つしか無いのに、世界中をカバー出来る力はまだ有りませんから。カスタム賛成です』


「まさか2人とも前向きに賛成してくれると思わなかった、土蜘蛛さんはどう思う?」

《再利用には反対だが、使い捨て無いなら賛成だ》


「じゃあ、誰の従者から造る?」

「俺だ、訓練の相手が欲し」


「すまん、泥を被って貰う」

「おう」

《なら、後は従者や神獣に言うかどうかだろうな、ショナ君の悲しそうな顔が目に浮かぶ》


「そこもフォローします、言う」

《よし、もう呼び戻すか?》


「はい、お願いします」




 暫くすると、ぞろぞろと徒歩で戻ってきた集団よ。


 真っ先に口を開いたのは勿論ショナ。


「どういうことでしょうか」

「食い付き方が怖い。先ず、採寸のついでにアレクを丈夫にする相談をしにエジプト行ったら、クヌムさんを紹介された。本業は人間を造る事、魂はヘケトさんが担当らしい。で、前に従者の事で揉めてたのを気にしてくれてて、造る準備をしてくれてた」


「まさか造って来てませんよね」

「見本に造ろうとしたから止めて話を聞いた、即決は出来ないから、こうやって持ち帰って検討した。で、造る事にした、カスタムで使い捨て無し」


「従者としては反対したい気持ちもあるんですが、正直、さっきの戦闘で必要性を感じている面もあります。僕ら従者の組織は、確実に弱体化していますから」

《ワシらの時代と比べればだ、今は今で充分。出来る範囲はこなせていると思う》


「災害かも知れないし、それはこう、人間の方が良いとは思う」

「ただ、そうじゃ無い場合、だな」

『そうですね、それに、人造でも機微が分かるかもですし』


「でもなぁ、新たに命を造るワケで」

「話を持って来たハナが反対か」

『コレだと同数になっちゃいますね』


「反対なら最初から持っては来なかったろう、どうなんだハナ」

「まぁ、最初は良いかなと思ったけども」

『何が引っ掛かりましたか?』


「いやぁ」


「桜木さん、召喚者様がこれだけ揃うのは稀です。はっきり言って、災害だとするなら地球規模の想定です」

「うげ、胃が」

「桜木様、どうぞ白湯です」


「ショナ、いくら追い詰められてるとはいえ、ハナに今伝えるのは」

「いえ、寧ろ後押しのつもりです、僕ら木っ端の事を気にするより、感性に任せて動いて頂きたいんです。小野坂さんがいらっしゃった事で、各国も対策に本腰を入れ始めました。もう桜木さんの突飛とも思える行動を、制する段階は過ぎてしまっているんです」


「今こそ倒れたい、どんなんよ、何が起きるんよ」

「神託は世界規模の厄災の到来を予言しています、この里の許可がすんなり下りたのも、各国が危機にあると認めたからなんです」


「タケちゃんもエミールも知ってた?」


「こういう鋭さは困るな、知ってた」

『はい、僕は昨日知らされました』

「神々からも出来るだけ桜木さんには言うなと言われていました。他の従者も、神獣も知っています」


「気遣いと仲間外れの線引きの難しさよ、少しムカつくなぁ」


《お前さんが夢見である以上は別枠だ、夢は繊細。それは自分が1番分かっているだろう》

「好きで繊細じゃねぇのよ」

『繊細は誉め言葉だ、貶し言葉では無いんだが』


「今は何も評されたくねぇ」


「桜木さん、申し訳ありません」

「今は、無理。蜜仍君、外に連れてってくれ」

「はい」


 体や頭が燃える様に熱い、怒りや苛立ちで脈拍が早い。

 心臓が跳ねる。


 言って貰えなかった自分が情けない、強ければ良かったのに。

 申し訳ない、悔しい、ムカつく。


「ムカつく」

「僕も黙ってました、僕にもムカついてますか?」


「いや、君からは言えないのは分かるから。ムカつくのは自分、カッカしてる」

「ふふふ、初めてあんなに怒ってるのを見たって、皆がドギマギしてるそうですよ」


「空気を変えるのが上手いなぁ、人当たりの良さはどう学んだの?」

「兄弟が多いからですかね?里の未成年は全員兄弟みたいに育つんです、成人したら兄弟じゃなくて個を持った大人として扱われます。でも、国の指定した成人まではと、ついつい子供扱いしちゃうそうです」


「完璧に話を変えてきた、上手い、スムーズだ」

「もー!そう思うなら切り替わって下さいよー、冷静に自分に怒るなんて器用な事をしないで、皆に怒ったら良いんですよ。騙したも同然なんですから」


「情けないなと思って、怒らないと涙が出そう。だから怒らせておくれ、競争心が無いから、そこに繋げたい」


 それから何も言わないまま、蜜仍君が洞窟の周りを1周してくれた。


 滝で足を止めると一緒に滝を見てくれて、雪を弄れば一緒に雪ウサギを作ってくれた。


「競争心出ました?」

「無理だった、今は情けないが過半数で大手を振ってる」


「競うのは嫌いですか?」

「好きな事なら特に。料理も編み物も何でもプロは居るんだし、嫌い以前に興味が無いと言うか、上には上が居るのは知ってるんだもの、余りの違いや格差を見るとね。意欲がそこまで無い」


「きっと、競う事に興味が無いんですよ」

「ゲームで悔しいとか有っても自分にで、他人に悔しいとか羨ましいとかって一瞬で過ぎ去っちゃう。他人に興味が無いのではと、偶に疑う」


「僕にもコンちゃんにも構ってくれてるじゃ無いですか」

「弱いからこそ、より弱い者を構って自尊心を満たしてるのかも知れない」


「満たされてる様に見えませんよ?」

「どうしたらそう見えるだろうか?」


「余裕を持って焦らず、気配らず、尊大に振る舞うとかですかね?」

「難しいなぁ」


「情けない気持ちは和らぎそうですか?」

「難しいなぁ」


「ふふふ、難しいですね」

「ねー」


 またミニ雪ダルマや雪ウサギを作る。

 コレのプロも、あぁ、北海道のお祭りの方々か。




「あの、アレクさんとショナさんが喧嘩を始めたんですけど、どうしましょうか?」

「止めて良いのかねぇ、ガス抜きは必要なんじゃない」


「桜木様の事で喧嘩なさってるみたいですよ?」

「は、それは止めよう」


 狼に変化した蜜仍君の背に乗り洞窟へ。


 近付くに連れ、土蜘蛛さんの盛り上がっている声が聞こえた。


《お、お帰り。丁度2人とも暖まってきてな、中々良い訓練だぞ、ほら!目を逸らすなショナ君!》


 真っ黒な狼となったアレクの目は血走り、完全に歯を剥き出し毛を逆立てている。

 一方のショナは血塗れでボロボロ、頬は完全に抉れている。


「アレク!止めなさい!」

《いや》


「やめなさい」

《やだ》


「なんで」

《サクラ、いじめた》


「いじめじゃ無いのはわかってるでしょ、やめなさい」

《やめない》


 最後の停止命令を無視し動いたアレクは、契約魔法により身体中の紋に縛り上げられ、失神した。

 変化も強制解除されたので全身を見るが、打撲痕はあるものの大した怪我では無かったので後回し。


 ショナは頬以外にも肩と腕に深い傷を負っていた、咬み傷に爪で裂かれた傷。

 痛々しい。


「痛々しい」

「申し訳ありません」


「痛いと思うけど許して」


 再熱した自分への怒りにイライラしながら治療する。


 上手くいかない、落ち着かないと。


 自分が悪い、自分が悪い、自分が悪い。


 痛がるショナを見ない様に、気にしない様に治療する。

 これ以上のストレスがあったら、治療が出来ない。


 治す、治してから、治してから話す。


《ほう、治せたか》

「次はアレク」


 アレクの側へ向かい、頬目掛けて目一杯ビンタ。

 地面に寝ていたので衝撃は逃げず、物凄い衝撃と共に目を覚ました。


「っえ、あっ」

「治すから黙ってろ」


「はい」


 骨折も脱臼も捻挫も無い、ショナが手加減したのだろう、打撲だけだった。


「怪我するなら事前に知らせて欲しい、急にだと落ち着いて治せないから時間が掛かる」

《次からは奇襲の練習だと思えば良いさ》


「分かった、で、どうしてこうなった」


「ショナがサクラを苛めた」

「黙れバカ、誰か説明してくれんか」


《少し、意見の相違があってな、アレクがあっという間に変化して噛み付いたんだ、上手だったぞ。で、標的がショナ君だけだったんで、良い訓練と思って止めんかった》


「サクラが怒ったから、ムカついたからムカついた」

「怒りは表したけど、それは自分にだ、ショナや周りじゃ無い。話して貰えない自分に腹が立った、自分が情けなくて苛立っただけ、早とちり馬鹿野郎」


「だから代わりに怒った、サクラは悪く無い」

「いや、弱いのが悪い、いいから謝れ」


「やだ」

「なんで」


「俺も厄災の事は知らなかった、ムカついた。知ってたら止めた、言わないのを止めた」

「それは結果論的過ぎる、君はまだ赤ちゃんなんだから、それこそ別枠でしょう」


「そこまで幼稚じゃ無い」

「このざまで良く言う」


「サクラが許したら謝る、ショナと普通にしたら謝る」

「難しい事を言う」


「なんで難しい」

「怒ってないと泣いちゃうからに決まってんだろクソが、泣くぞコラ」


《お口が乱暴で良い感じだ》

「これが素、お育ちが悪いんざんす。お騒がせしました、恥ずかしいから今日はもう帰る。ショナだけ置いてく。行こう蜜仍君」

「はい」


 蜜仍君に手を引かれ、アレク、コンちゃんとクーロンとで竹林を抜け里を出た。




 暫く歩いてから取り敢えず病院へ連絡し、コンちゃんとアレクを診察して貰う事に。


 2人の付き添いには蜜仍君。

 クーロンには幼体となってもらい、ネイハム先生との面談に行った。


《何かありましたか》

「喧嘩の仲裁をした、喧嘩の原因は自分。アレクがショナに噛み付いた、実際に、物理的に」


《ほう》

「厄災の規模とかの話し、さっき知った。自分が情けなくてムカついた、まだ怒りでお腹がポカポカしてる」


《お腹は減ってませんか?》

「少し」


《良ければコレ、食べて下さい》

「ホールケーキって…ピスタチオ?」


《はい、お好きだと聞きましたけれど》

「好きです、頂きます」


《じゃあ紅茶を淹れますね……それで、どうして喧嘩に?》

「つられ怒りが少し、自分も知らされず共に蔑ろにされた怒りが少し、代わりに怒ってくれたのが少し。らしい。でも半分位は、ショナと仲直りさせる為の喧嘩だったんじゃ無いかとも思ってる」


《なるほど、君はどう思いますかクーロン》

『そうおもう』


《厄災の話しでも、そういうセンサーが働いちゃったんですか。全員の思惑が裏目に出ましたね》

『初めてあんなに怒ったの見て、皆ビックリしてたの。アレクにビンタしたの、自分自身に怒ってるのに、もっと皆ビックリしてたの』


《皆が、ですか?》


『土蜘蛛とー、蜜仍は驚いて無かったの。おタケかショナが1番ビックリしてたの』

《そうでしたか、面白いですねぇ》

「どうも抑えきれんかった。本当は、大人は感情をコントロール出来るもんでしょ、失敗した」


《時と事情によりますよ。どんな事にも動じないのは往々にして想像力が欠如しているか、抑うつ状態かサイコパス位なものです》


「中二病をこてんぱんに言う」

《何にも面白くないは危険な兆候。逆の怒りは、最高の原動力です》


「この怒りは持続しない、もう情けない気持ちが多くなってきた」

《ケーキや紅茶は美味しいですか?》


「うん、両方美味しい」

《紅茶のおかわり淹れますね………はい、どうぞ。落ち着きました?》


「いえ全然、小心者だから、次はどうしようとグルグル考えてます」

《そう言ったら良いんじゃ無いですか》


「幼稚感が凄い」

《良いじゃないですかたまには、私にしたら殆どの人間が幼子同然ですし》


「あぁ、もう、常識外ればっか」

《あなたも中々ですよ》

『天然破天荒って呼ばれてるの』


「だれがいったの」

『ロキなの、ニコニコしてた』

《あぁ、気分転換にお話ししに行ったらどうです?》


「いや、でもなぁ、弱い自分が悪いんだし」

《怒りに転化させる練習、文句を言いにいきましょう》


「おう、ちょっと文句言ってくる」

《それはお持ちになって下さい、今度はどんなのが良いですか?》


「ビターチョコケーキの、詰め合わせみたいなの」

《はい、楽しみにしてて下さい。さ、行ってらっしゃいませ》


 廊下に出ると、アレクだけが座っていた。

 本来は中庭に集合なのだが。


「どした」

「俺は前の記録があるから短時間で済んだ、異常なし」


「双子達には?」

「会ってない、今は勉強の時間だから」


「なにさ、しおらしい」

「ごめんなさい、噛んじゃって」


「代わりに怒ってくれるのは嬉しいけど、許可した時だけにしてくれ」

「うん」


「仲直りさせようとするのも許可制で」

「はい、ごめんなさい」


「所で、少しイケメンになってるのは君の意向じゃ無いよな?」

「う、俺の意向、色仕掛け様に良いかなって。ダメだった?」


「土蜘蛛さんの弊害かよ。今後は改造も許可制」

「うん、イヤだった?」


「別に」

「変える?」


「いや」

「変?」


「いや」

「イケメン?」


「おう」


 詰問されながら中庭へ出ると、ドリアードとナイアスが待っていた。

 揉めたのはバレて無い筈だが。


《どうしてココに居るのじゃ?》

「アレクとコンちゃんを人に診せる為」


《ほう、ほうほう》

「それよりロキさんは何処に居るかね?お話しがあるんだが」


《んー…》

『ヘル神とご一緒かと…ドリアードが探知できない場所は、限られてますから…』

「いつもありがとうナイアス、揃ったらヘルヘイムに行きたいんだけど、少し案内してくれる?」


《うー!我の探知できぬ場所ばかりに行きおって!》

「すまないねぇ、どうもそういう場所に縁があるみたいで」


《じゃのう…それはお主のせいでは無いがぁ、でもぉ》

「桜木様ー!お2人とも異常なしだそうですよー!良かったですね」


「付き添いありがとう、ヘルヘイムに行くんだけど、どう?」

「はい!行ます!」




 空間移動ではどうしても行けないヘルヘイムへ。

 ユグドラシルまで転移し、ナイアスの案内によって黄金の橋までは来れたが。


「あの、ロキに会いたいんですけど、ヘルさんの所に居ますかね?」

『えぇ、さっき来たわ。皆で通る?』


「はい、初心者なんで聞くんですけど、弊害って無いですよね?」

『神獣は人型を解除してね。名乗ってから橋を渡る。橋で行ったら、橋から帰るルールよ。それだけ守ってくれたら大丈夫』


「はい、桜木花子です」

『クーロン!』

《コンスタンティンです》

「アレクシス」

「山乃蜜仍です!」


『私はモズグズ、どうぞ、行ってらっしゃい』


 門番の犬が少し警戒し、体勢を低くしながら控え目に唸る、それでも中々の迫力。

 暫くして急に大人しくなると、ラティとレトが出てきた。


『いらっしゃいませ』

『いらっしゃいませ、どうされました?』


「ロキに話があって来ました」


『そうでしたか』

『どうぞ、お入り下さい』


「いや、連れも居るし外で待ちますよ」


『遠慮せずおいで下さい』

『お2人とも中庭にいらっしゃいますから』


「じゃあ、お邪魔します」


 中庭で2人仲良く談笑している様だ。

 何の話しで盛り上がってるのだろう。


《いらっしゃいハナ、ちょうどアナタの話をしてたのよ。凄い良く食べるって本当?》

「お邪魔します。人間の割には食べる方」


『サンドイッチなんか無限に食べられるでしょ、サクラちゃん』

「1斤はイケる」


《見たい》

「今ケーキを食べて来たから、1斤いけるかどうか」


『半分でも良いからお願い!ね?』

「しょうがないにゃあ」


 2人が使っていたチェアセットとは別に、テーブルと椅子が中庭に用意されたので、手持ちのサンドイッチとスープを並べてから食べ始めた。


 ハムチーズ、レタスタマゴ、ツナのミックスプレートを1つ2つと食べていく。


 合間、合間にスープをはさみ、時にロキからシュークリームやショートケーキを貰いながら、3皿、4皿と食べ進める。


 時には紅茶を頂きながら、5、6、7とお皿を重ねた。


《一体何処へ行くのかしら、わかって居るのに、とても不思議な感覚だわ》

『ペースが変わらないのが楽しいんだよねぇ…あ、足りなかったら言ってねサクラちゃん。君の好きなケバブ、沢山買って来てあるからね』


「ケバブ頂戴」

『ほいきた、どうぞ召し上がれ』


 以前にアクトゥリアンが買って来てくれたケバブ、めちゃんこ美味しい。


 それからはもう、ロキの思うまま。

 ハンバーガーにタコス、ホットドッグにクラムチャウダー、好物を次から次に出されていき、とうとう目算で3キロを越えた。


「お腹の皮膚がパンパンなので、このケーキでギブ。ご馳走様でした」


《本当に最後まで見てしまったわ…》

『ね?凄い気持ち良いでしょ?』


《えぇ、でもハナ、本当に大丈夫なの?気持ち悪くは無い?》

「皮膚が邪魔しなければ、まだ食べれる位には大丈夫」


《はぁ、凄いわね、お腹を見せてくれる?》

「ほい」


《あ、ちょ、服の上からで大丈夫よ……コレが全て魔力に?》

「身になるのもある、ホットドッグは身になるタイプ」


《不思議。私はココの空気から魔力を供給するの。ロキは人から。オヤツ、嗜好品として食べ物を嗜む事もあるのだけれど、こんなに食べるのを見るって、本当に不思議》

「喜んで貰えて何よりです。植物を何種類か持って来たんですけど、どうです?」


《ふふ、ありがとう、お願いするわ》

『ヘルちゃん、他の子の紹介も促してあげて』


《そうね、お願い》


「山乃蜜仍です、従者です」

「元魔王、アレクシス」

『クーロン』

《コンスタンティンです》


《まぁ、キメラの子ね。滅びたと思っていたけれど、生きていたのね、嬉しいわ》

《私の両親は違うんです、隔世遺伝で生まれました》


《そうなの、でもね、それでも嬉しいわ。長生きしなさいね》

《はい、ありがとうございます》


《ふふ、今日は良い日ね、じゃあお願いハナ》

「ほいきた」


 百貨店で買った花や苗木を一通り植えてから、一斉に成長させる。

 妖精が発生する様にと、全力で草花へ魔力を注いだ。


『わお、一気に華やいだ』

《えぇ、ありがとうハナ。良い匂い》


「いえいえ、ちょっとロキさんをお借りしても?」

《えぇ、いってらっしゃいパパ》


 妖精は出なかった、残念。


 皆と共に、ロキの案内で離れに向かう。


 壁と床、家具までもが白い大理石で出来ているが、煖炉に火は無く、カーテン以外の布製品は一切無い。

 消毒液の匂いと、庭から僅かに漂う花の匂いで、どこか懐かしい感じもする。


『なになに、どうしたの?』


「喧嘩した」

『ショナとアレクが喧嘩したのー』


「発端はワシじゃ、ちょっと苛立ったら波及した」

「俺が物理的に噛み付いた」


「厄災の情報をさっき知った、配慮とは言え、自分だけ省かれてたので少しムカついた、主に自分自身に」

「それで僕とお散歩に出たんですよねー」


「したらばその間にバチボコに喧嘩したらしい、ショナボロボロ、コイツほぼ無傷」


『へぇー、手も足も出ない感じ?』

『ショナは遠慮したの最初だけなの、ボコボコだったの』

「で、話の流れでロキさんがワシを天然破天荒だと言ってると聞いて、文句を言いに来た」


『えぇ、そこ?』

「そこ、なんだ天然破天荒って」


『良い意味で親近感があっての、情愛を込めての評価だよ?』

「本当かよ」


『本当。ヘルに誓って、本当です』


「はぁ、そう。まぁ、気まずいのでショナから逃げて来た」

『なるほどね、じゃあお目付け役のショナ君も居ない事だし、ドリームランドにでも行く?』


「したらば一応点滴役が欲しい」

『向こうに行ってエイルちゃんにお願いしたら?』


「ショナ達と会っちゃうかもじゃん」

『そんなに嫌かぁ』


「何話したら良いか分からんもの。どうせ壮絶な謝罪合戦になりそうだし」

『じゃあエイルちゃん呼んで来よう、待ってて』


「え、あ」


 ロキは止める間も無く庭へ行き、ヘルから許可を得たのか、さっさと館の外へと向かって行った。


 呆気にとられているとヘルが手招きをしていたので、離れから中庭へ移動した。


《気にしないで、エイル神なら来ても問題無いわ》

「ありがとうヘルさん」


《ヘルで良いわよ、従者と喧嘩したんですって?》

「まぁ、実際にやり合ったのはショナとアレクなんだけどね」


《仲が良いのね》

「そうかねぇ、他にも色々悩んで考えてたのにさ、もう吹っ飛んじゃったよ」


《何を考えてたのかしら?》

「治療魔法に痛みが伴うから、麻痺か何かを会得したい。色々な神様に会った方が良いみたいだから、方々を回ろうかと思ってたんだけど、上手くいかんね」


《治療の事ね。沢山、居るそうだものね》


 突然目端に動く物体が。


 空から、逆さまにゆっくりと降りてくる人影。

 顔から灰色の羽根を4枚生やし、マントを被った人型の何か。


 羽根の隙間から見えた目と目が合うと、空中で静止し、逆さまのまま静かに話し掛けて来た。


【私に、教えさせて頂けませんでしょうか?】

「はぁ、何をでしょう」


【麻痺です、私は通りすがりの死の天使】

「どうも。教えるとは、どういった感じなんでしょう」


【では、元魔王の彼にお願いしましょう。目を閉じて彼の魔素の流れを見てて下さい、どの神経がどの感覚器を司っているか、分かりますか?】

「分かりません」


【では、活動している部位と静止している部位、末端へ行くモノと脳へ行く神経の違いは分かりますか?】

「んー…」


【では、感覚と運動の神経の違いを、それぞれお見せしましょう】


 天使がアレクの手を持ち、掌をなぞると活性化した神経が見えた。


 次に指を動かさせたのか、違う神経の活動が見える。


「お、見える、不思議」


【コレは全身に見て取れます、そうして様々な神経が首から脳へ、繋がってるのが見えますか?】

「見えます」


【配置は早々変わらないですが。首から上は少し複雑ですから、味覚や臭覚、色々と試して見て下さい】

「はい、ありがとうございます」


 それから次は自分の神経で試してみる、神経の受容体に行かない様に阻害したり、受容体を壊したり。

 そうして感覚神経を遮断した指先を、小刀で軽く切ってみる。


「おー、痛くない、痒みも?」

【えぇ、末端なら時間は気にしなくて良いですが、全身の感覚遮断は短時間にして下さい】


「うん?気を付けるけど、何で?」

【温冷も汗の出も全てが鈍くなっています、例えば低体温、低温火傷、熱中症の危険性が高くなるのです】


「全部鈍くなるからヤバいと思えば良いのね」


【はい】


 次はアレクの神経を弄る、見極めに時間が掛かるけれど、感覚の遮断は意外と容易。

 受容体を変形させて封じるか、何かすればいける。


 慣れれば直ぐに出来る様になるらしい。


「俺は感覚が鈍過ぎると煩わしくて嫌だ、半分遮断位で良いや、何かキモい」

「了解」


【そうそう、困った時やいざと言う時は、こうするのが早くて簡単ですよ】


 そう言って、いきなりアレクの首元の全神経を切断した。


 急いで目を開けると、糸が切れた人形の様にアレクは地面にへたりこんだ。

 直ぐ側に寄り、神経を接合し心臓マッサージ。


 数回繰り返して、ようやっとアレクは意識を取り戻した。


「何すんですか、急に」

【お手本を…彼は貴女のモノなんですよね?】


「いえ、管理者なだけです」

【では貴女のモノですね、どうして怒ってらっしゃるのですか?】


「だから…んー、人のモノを勝手に壊したから、気に食わないと」

《そうね、勝手は良く無いわ。あなた、御自分がしでかした事を分かってらっしゃる?勝手が過ぎるわ、私の国よ?》


【召喚者の為です、貴女も神なら】

《確かに私も神よ、だからハナの為と思って見逃そうとしたけれど、もう我慢ならないわ、死の国と言えど私の国。許可無しに殺すだなんて、絶対に許さない》


 そう言って立ち上がったヘルが、ヴェールの隙間から手を出し天使のマントに触れた。


 一瞬にして身体をも干からび、灰になり、あっという間に霧散していった。


「ちょ、天使殺して大丈夫?」

《さぁ、罰を与えた程度で戦争になるなら受けて立つわ、私も軍隊なら持っているもの》


「ごめんね、そうなったら加勢する」

《うふふ、ありがとう》


 コチラがビクビクしているのに対してヘルは、落ち着いて堂々としている。

 それこそ余裕綽々な態度。


『ヘルー!ただいまー!』

『お邪魔するわねヘルー!』


《いらっしゃい、ゴミも消えて丁度良いタイミングだわ》


 絶妙なタイミングで帰って来た2人に事情を話すと、慌てるでも無く大した反応も無かった。


 全然、落ち着いてる。


「何で落ち着いてられるの」

『だって、天使でしょ?なら心配無いわよ、向こうの万能だって言う神様が何とかしてくれるでしょ』

『そうそう、悪いのは向こうだし。寧ろ、その場で諍いを終わらせてあげたヘルが優し過ぎる位だよ』

《いつもなら生きて返してから、色々としたけれど、今日は機嫌が良いからあの程度で許して上げたわ》


『うんうん、流石俺の娘。ヘルは優しい良い子だねぇ』

『そうね、ウチならどうなってた事か』


「飄々として。結構死生観が揺らぐんだが」


《人の身で反魂の術が出来るアナタが言うかしら?》

『本当にそうなのよー!まだ自分の事をイマイチ把握してないのよ、この子』


《そうみたいね、うふふ》


「なんかすんません」

『気にしない気にしない、さ、眠るならお風呂に入ってきたらどうかな?それまでに準備させとくよ?』

『そうね、私も準備しとくから、行ってらっしゃい』


「ありがとう、お言葉に甘えます。では各自大人しくしつつ自由行動で」

『《「はい」》』




 浴室も同じく白い大理石。

 浴槽からでも中庭が見える、蜜仍君やアレクが食事をし、エイル先生とヘルは談笑しいていた。


 その中でも大人しく眠っているコンスタンティンはヘルに撫でられていた、コンちゃんには死耐性的なものでもあるんだろうか。


 風呂から上がり離れへ戻ると、ソファーやクッションが揃い、寝台には布団、煖炉には火が灯っていた。


『他に何かご入り用でしたらお申し付け下さいね』

『遠慮は無用ですから気軽に仰って下さい』


「とっても充分です、ありがとう」


『では、エイル神をお呼びしてきましょうか』

『それとも皆さんをお呼びしますか?』


「じゃあ皆をお願いします」


 そうしてエイル先生に髪を乾かして貰い、点滴を受けてから眠りについた。

《猫の商店街の理事長、猫山ブチ》

「パトリック」

『クヌム』

《ヘケト》

【死の天使】

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