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2月2日

グロ注意。


《ドリアード》「ショナ」『おじさん』『ノードンス』《ヒュプノス》『マーリン』《ネイハム先生》「柏木さん」「リズちゃん」「魔王」「リサ・ルカ」『ガーランドさん』

 ショナに起こされアヴァロンへ。

 ドリームランド用の従者を選ぶらしい。


 説明の合間に魔力容量を計測、中域。

 妖精のヒソヒソ話しが聞こえる。


 インプにサキュバス、あの子はインキュバスの子孫ね。

 珍しいのは……あの子はマールトの子孫、あっちはダストマン、オーレ・ルゲイエの子孫も居るわ。


 スアン・スアンやドルメット達は優し過ぎるから、従者にはどうかな。

 プーカやリンケッティ達は足が早いけど、子供っぽいのよね。

 ムルラウ、モラの子は眉がしっかりしてて見分け易いわね。


 ラウルの種族はマーリンの親に近いの、イケメン夢魔ばっかりよ。

 仙狸は山猫が仙化したのよ、亜細亜に多いわ。


 妖精達の噂話に耳を傾けつつ、従者選抜会場を見回す。

 アヴァロンに集められた夢魔の血脈達は、種類は違えど美男美女揃いで気圧される。


「気圧される。マーリンもこんなにイケメンなのか」

《そうだったんじゃが…顔を焼きおってな、自分より美しいからと何度も振られ思い詰めての。折角焼いても、今度は怖いと振られ、可哀想な奴なんじゃよ》


「そら女嫌いにもならぁ、プライバシー皆無のドリアードも居るし」

《人聞きの悪い事を言うで無いわ、有名な話じゃよ、振った女が本を書いたんじゃ【マーリンの顔を焼いた女の自叙伝】とな》


「あぁ、えぐい」

《それはもう大袈裟で、時に忠実に書かれておっての…よう死ななかったもんじゃ》


「全くだ、良く生きてくれてた。そいつの子孫はぶっ殺すか」


《兄弟の子孫なら居るが、名を隠し密かに暮らしておる者ばかりじゃて》

「なんだ、じゃあ誰に怒りを向ければ良いのだマーリンは」


《人じゃな、本が随分と売れたからのぅ》

「やっぱソコに行っちゃうかぁ、良く魔王化しなかったね」


《1番は自身を責めてるおるからの「あんなバカを好きになった自分がバカだった、なんて見る目が無いんだ」とな》


「あー、あぁー……もう助けなくても大丈夫って言っといて、関わって嫌な思いをさせたくないから」

《そうか?良いのか?もう少し圧せば行けそうじゃよ?》


「いやぁ、聖人君主じゃ無いから嫌な思いをさせるかもだし。魔王化されても困るし」

《お主は良い奴じゃから、大丈夫だと思うんじゃがのぅ》


「それ、良い奴じゃ無いんだよなぁ。利己的とか我が儘とか散々言われた人間なんだよ、期待しないで」


 何やらブツブツと不満げに呪詛か何かを垂れ流すドリアードの後ろから、ショナがやって来た。


 この中に居ると、ショナが余計に普通に見える。

 安心。


「桜木さん、どうですか?お眼鏡に叶いそうな方は居ましたか?」

「んー、この人にしようかと」

《モラの子孫じゃな、ラウルも少し入っておるで、少し悪戯するかもしれんぞ》


「この人は?」

《プーカとラウルが少しじゃ》


「もう、ラウルの繁殖力が凄いなぁ。何が問題なのさ」

《ラウル種は、気に入らんと悪夢を見せてくるでな。扱いが難しいんじゃよ》


「夢魔全般そうじゃ無いの?」

《スアンやドルメットはそんな事はせん、楽しい夢を見せるだけじゃ》


「本当だ、リンケッティ可愛い過ぎるだろコレ、何だよ、拾ったり治したり」


《悪夢を見せるだけの種は省いておる、何があるか分からんでな。じゃから我はマーリンをじゃな》

「おうおう、それは非常ボタンな」


「あの」

「はいはい、なんでしょか」


「あの、私、ラウルの子孫で…集められたのは何かの間違いじゃ無いでしょうか…」


《夢見が出来ぬのかぇ?》

「あ、いえ、明晰夢は可能です。ですがその、ラウルの子孫でしたら、召喚者様に不利になるのではと…」


《そうじゃな、それで悩んでおるでな、このハナを気に入るかどうかが、第1の選定条件なんじゃよ》

「そうなんですね…後、そもそも私はラウルの子孫と言える程の容姿で無いので…その、寧ろ、お気に召して頂けるかどうかが心配で…」


「性的な事はしないし、容姿に拘りは無いんだけど。他に気になってる事は?」

「いえ、福利厚生もお給金も問題無いのですが…本当に、夢魔も死ぬんでしょうか?耐性があるから大丈夫だろうと噂してる方が居たので…」


《少し変わった夢の国での、マーリンも死ぬ可能性があると言っておってな》

「あ、マーリン様も関わってらっしゃるんですか。立派な方もご一緒でしたら安心ですね、勤務時間が不定とあるのですけど、直近のご予定はいつなんですか?」

「決まったら直ぐに試用期間に入ろうかと」


「そうなんですね!選んで頂ける様に頑張ります!宜しくお願いしますね桜木様」

「お、おう」


「桜木さん的に今の方はどうです?」

「まぁ、ドリアードはどう?」


《女であればラウルの血筋もそう悪さはせんじゃろうが…やはりマーリンに相談を》

「ダメ、心配掛けたら良くない。基本的にはモルペウスさんやヒュプノスさんに何とかしてもらう」


《お主も頑固じゃのぅ》




 先ほど話し掛けて来たラウルと人の子孫、マリアンヌ・ベルシュタインさんが第1候補者となり試用期間が始まった。

 ついでモラの子孫のマーガレット・ハーベス、プーカの子孫であるミッシェル・クランと、どれも女性の候補者となった。


 ラウルやインキュバスの話を聞いたショナが大反対したせいだ。


 確かに美男は緊張するが、フランクに話してくれたメドちゃんは平気そうだったのに、マーリンに相談しないならダメだと却下された。


「最初から男はダメとか言えば良かろうが、無駄な時間を過ごさせて可哀想でしょ」

《そうじゃそうじゃ》

「マーリンさんに相談をと言ったのはドリアードさんじゃ無いですか、気掛かりは出来るだけ排除しないと、命が掛かってるんですから」


「プーカのメンズも却下したじゃないの」

「それは職歴が少しアレだったので…」


《やきもちかのぅ》

「そりゃショナを連れてけないのはしょうがないじゃないか、点滴係なんだし。恨むなら点滴下手な2人を恨め」


「…はい…」


 賢人君とミーシャの点滴は頗る下手で、ショナが試すと痛みと違和感で覚醒しかけるだろうと。

 2人は点滴係から外れてしまい、ショナが点滴係になったのだ。


 ミーシャの友人は上手いらしいが、ココで交代したらミーシャが拗ねるのは目に見えてると。


 面接から直ぐに省庁隣の研究所に移動し、マリアンヌと共に夢の国に向かった。






「ハンナちゃん、お待たせしました」

「うん、大丈夫。この人がおじさんだよ」


「従者候補のマリアンヌと申します、宜しくお願いしますね」

『あぁ、宜しく。さぁお嬢ちゃん、久しぶりの漁村はどうだい?霧も晴れて綺麗になっただろう?』

「うん!なんか進化してる!」


 以前の漁村を良く思い出すと、建物の塗装は剥げ道は凸凹、時に生臭くてぬるぬるした空気だった。

 今では爽やかな風が山から吹き下ろして、道も建物も綺麗に手入れされている。


《お嬢ちゃん!お帰り!》


 鯰人間だった村の人も元に戻り、すっかり活気が溢れていた。

 これが本来の姿だったのだろう。


「オバちゃん!ただいま。先生は?」

《今は漁から帰って診療所だろね、行っておいで》


「うん、ありがとう」


 診療所へ行くと、外で大きくなった犬と遊んでいたノードンス先生が居た。

 最初に会った時とは違って、大きくて顔色も良い。


『お嬢ちゃんか!そちらはお友達かい?』

「マリアンヌと申します」

「お友達予定なの、会ったばかり」


『そうかそうか、お嬢ちゃんは恥ずかしがり屋さんだからな、宜しく頼むよ』

「はい」


『それで、今日は隣町に行くんだったか』

『えぇ、次の町を見せてあげたくてね』

「どんな町なの?」


『猫の町だ』

『猫は嫌いかいお嬢ちゃん』

「すき」


『じゃあ行こうか』

「うん!」


 先生の馬車に揺られていると、あっという間に猫の町に着いた。

 真ん中の大きな壁には屋根が付き、暗い部分と明るい部分に別れた不思議な町だった。


《やあ、いらっしゃい、ココは初めてかい?》

「うん」


《じゃあルールを説明するから、良く良く守っておくれね》

「はい!」


《1つ、猫を殺さない事。以上だ》

「襲って来ない?悪い事しない?」


《ココの猫は特別上品で、品行方正だから大丈夫。では、ルールは守れるかな?》

「はい!」


 門をくぐると目の前には大きな壁かと思っていた物が、実は大きな商店街だった事に気付いた。

 縦長の巨大な壁の内部には、数え切れない程の商店が犇めいている。


『そうだ、町の人からお礼として金の粒を貰ってあるから、コレを渡しておこう』

「わ、こんなに」


『まだ再建途中で少ししかお礼が出来ないけれど、受け取ってくれと頼み込まれてね。コレでお買い物すると良い』

「うん、ありがとう」


 マタタビ酒、マタタビの味噌漬け、毛糸やキャベツをお土産に買い。

 鈴や爪研ぎ等の猫グッズのお店を通り過ぎ、暗くなっている方へと向かった。


 後ろの壁には三日月を模した大きな明かりが柔らかく町を照らし。

 様々なサイズの猫達が、宴会を催していた。


《やぁやぁ、夜の部へようこそ。面白おかしく騒げるよぉ~》


 歌い話すのは猫耳人間達、チンドン屋をしながら来客の対応をしている。

 どこの猫もサイズに関わらず、普通に言葉を話していた。


「まぁ、可愛らしい」

「ねー、触りたいなぁ」

《お触りならコッチだよぉ~》


「いかないと」


 三毛猫人間の案内に付いて行くと、花街の様に猫や猫人間がガラス越しにコチラをチラリ。

 高そうなお店から気軽に入れそうな店まで様々だが、どの猫の毛並みも美しかった。


《いらっしゃ~い、ボンジュールはただいまサービスタイムだよ~》

「おいくらまんえん」


《お1人様で金の粒1つ、1時間。ドリンク飲み放題だよ》


「3人で20分、1粒でお願いできない?」

《良いよ~、3名様ご案内~》


「やった」


 思った通りの猫カフェだったが、保育所も兼用していた。

 ただ、猫人間も居るとは思わなかった。


『わぁ、堪らないねぇ。お、子猫も良いのかいい?おぉ…』


「可愛いですねぇ、よしよしよし」

「にゃんこ、いいこ、かわいいねぇ」

《ありがとうにゃの、この子達は僕の兄弟、2ヶ月前に生まれたばかりにゃの》


「ごはんは?」

《さっき貰ってお腹いっぱにょ》


「お母さんは?」

《食べられちゃった、お父さんも山の怪物に。だからココでお世話になってるにょ》


「ココ好き?」

《うん、大好きにゃ》


「そっか、おじさん、倒しに行こう?」

『そうだね、そんな子達ばかりの様だし。行こうか』


「うん」


 それから直ぐに保育所を出て、役所へ行くと詳しく話が聞けた。

 最近になって暗い側の山の奥に、町を襲う怪物が現れる様になったそうだ。


 討伐隊の生き残りに途中まで案内してもらい、山奥へと進んだ。

 暗く湿気た空気が、少し重くてビリビリする。


『マリアンヌさんは戦闘の経験は有るのかい?』

「いえ、でも自分の身を守る訓練は受けています」

「あ、じゃあ一応盾を渡しておくよ」


「ありがとうございます」


『そろそろみたいだ、臭いがしてきたよ』


 おじさんがそう言うと、確かに腐臭がしてきた。

 獣道を進むにつれ、臭いは強くなっていく。


「凄い臭いですね」

「口だけで呼吸して、鼻から通さないよに、あくびするみたいに息してみて」


「はい」

『居たね、少し様子を見よう』


 茂みからおじさんが指差す方向へ目を向けると、そこには灰白色の顔の無いヒキガエルが数匹群れていた。

 鼻先の触手はイソギンチャクの様に、ピンク色でウネウネと蠢いている。


「うわ、アレなに」

『ムーンビーストだ、どうやら密入国し』


 余りに悍ましく、余りにも気色の悪い未知の生物にマリアンヌは凍り付き、発狂した。

 耳を劈く高音が、怪物達にも届いてしまった。


「いやああああああああああぁぁぁぁ」

「マリアンヌ、見ちゃダメ。コッチ見て、大丈夫だから」


「アレは、アレは、何なんですか。あんな大きな、そんな」


「大丈夫、直ぐ倒すから、盾の裏で待ってて」

『そうさ、大丈夫、直ぐに倒すからね』

「あ、待っ」


 マリアンヌに裾を掴まれ、おじさんが躓いた。

 そこをすり抜け、剣を抜きながら怪物へ突進する。


 既にコチラに気付き攻撃体制に入っていたムーンビーストが、カウンターの様に槍を突き出して来た。

 その突きは距離が詰まる毎にゆっくりと遅くなって、回避、攻撃へと難なく移行出来た。


 手応えはまるで蒟蒻の様で、ブルンと切り裂き1体、2体と倒して行く。

 そして3体、4体目にして体液でスリップしてしまった。


《ハナちゃん、危ないよ》

「ありがとうヒュプノス」


《うん、じゃあちゃんと構えて、最後の1体だ》

「うん」


 べちゃべちゃの体をヒュプノスに抱えられ、上空まで助け上げられた。

 そして、手を離され一気に急降下、最後の1体に剣を刺し入れ倒した。


《お疲れ様》

「ヒュプノスは汚れてない?大丈夫?」


《うん、ハナちゃんも汚れてないよ》

「お、本当だ。マリアンヌ、大丈夫?」


「本当に、申し訳…」

『すまないね、もう少し心の準備をさせるべきだった様だ』

《いや、彼女は…もう帰った方が良い、送るよ》


「あの、でも」

《大丈夫、この子も直ぐに帰るから、ね?》

「うん」


「あ、え、じゃあ…」


 マリアンヌはヒュプノスに抱えられ、雲の上へと消えた。

 再びおじさんと2人、何だかホッとしたかも。


「ごめんねおじさん、ちゃんと選んだつもりだったんだけど」

『仕方無いさ、今回は無事だったんだし。ゆっくり探せば良い。今日はもう』


 おじさんがいつもの様に抱えてくれると同時に、目の前が血飛沫に染まった。

 おじさんの肩を食い破った怪物、鬼婆と目が合った。


 まただ、また出た。

 いつも、昔から出てくる怖い女。


 髪をボサボサに振り乱し、いつも追い掛けてくる。

 全身真っ赤な鬼婆。


「おじさん!」

『君は逃げるんだ!』


 おじさんは抱えていた自分を空へ投げ出すと、鬼婆を掴み反対方向へ跳んで行った。

 だが鬼婆はおじさんに目もくれず、すり抜けコチラに向かって来る。


 木の生い茂る暗い森を、夜の森を何個も何個も越える。

 それでも鬼婆は、一直線に追い掛けてくる。


 そしてひたすらに逃げ続けていると、街に入っていた。


 良く見た事の有る暗い夜の住宅街、直ぐ近くには実家のマンションがある。


 この街に居れば、鬼婆は少し大人しくなる。


 振り向かなければ走って追って来ない、反応せず帰宅するしかないんだ。


《ふ、可愛く無い子》


《お父さんに似てないのねぇ》


《不細工なお母さんに似たのかしら、可哀想に》


《本当に可哀想》


《可哀想な醜い子》


《化け物みたい》


《ばけもの》


《バケモノ》


 後ろから強引に顔を掴まれ、無理矢理に曲がり角の鏡を見せられた。

 そこには真っ黒な化け物が映ってる。


《ほら、鏡を見てご覧なさい、お母さんそっくりの化け物が映ってるわよ》


 青黒く腐ったゾンビの様な顔がコチラを見て叫んでいる。


 手を振り解き、鏡から目を背けると手が真っ黒い鉤爪になっていた、よく見ると足も体も真っ黒。


 顔を上げると、目の前には電灯が全て壊れた古びたマンション。

 いつもこうだ、怖いのに“怖い”から逃げられない。


 他の逃げ場を探して、思わず振り向くと真っ暗な街中に街灯が1つだけ付いていた。


 その下には、茶色いパーマがかかった長い髪の女が1人立っている。


 赤いヒール、長い爪も赤く、白と赤の花柄のワンピース。

 また何か、ぶつぶつと言っている。


 振り向いてしまった。


 逃げなきゃ。


 結局は目の前の真っ暗なマンションに逃げ込む。


 全てのエレベーターには故障中の貼り紙。


 急いで近くの非常階段から駆け登る。



 沢山いっぱい走ってるのに引き離せない



 急いでいるのに足がゆっくりとしか動かない、体も景色も暗く重くゆっくり



 カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン



 後少し、後少しで家に着く



 カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン




 ドアを開け、ようやく家の中に着いて鍵を閉めた


 なのに



 入って来るんだ




 カギを閉めたのに




 振り返って助けを求める



 お父さん、お母さん


《化け物》

「うそつき」

【バケモノ】


 女もお父さんもお母さんも、バケモノの顔

 自分もバケモノの顔で叫んでる


 声が出ない


 息が切れて苦しい



 気持ち悪い




 吐き出したのは紫色の胃液とサソリ、蜘蛛、ムカデ、毒虫達がゲロを這い回る


「うそつかないで」

《バケモノ》

【ばけもの】


 違うと叫んでも声が出ない



 お酒とお化粧の臭いが部屋いっぱいで、また吐いた



 そうして暫くすると今度は3人が散々に言い争う


 女の人は絶叫して

 お父さんは部屋いっぱいに大きくなってこっちを見て

 お母さんは何処かを見ながら何か呟いて




 臭い、うるさい、息が苦しい



 頭が痛い、気持ち悪い、苦しい

 こわい


 だからカーテンの裏に隠れた、テレビの裏のいつものカーテン




 でも、耳を塞いでも聞こえる


 怒鳴り声、何かが割れて壊れる音、女の叫び声


 ずっと響いてる


 収まること無く最大音量で




 いつもなら収まらないのに

 急に静かになった。



 コンコンコンとベランダの窓から音がする。


『開けろ、ココから出るぞ』


 窓のカギを開けると、赤い髪の男の人が入って来た。


『何を怯え…分からないのか?マーリンだ』


 マーリンと名乗る何者かと自分の間に割り込む様に、天井から、赤い女が絶叫しながら襲い掛かって来た。


 目も口も真っ赤にしながら、いつも首を絞めてくる。

 赤い爪を食い込ませて、首を目一杯締めてくる


 恨んでやる、祟ってやると呟きながら


『なんだこのうるさいブスは』


 その言葉に女の頭が弾け飛んだ、だけど体は動き踠いてる、喉からひゅーひゅー叫んでる。

 今度はそれを見たお父さんが大きくなりながら「バケモノ」《ばけもの》【化け物】と詰め寄って来る


『これがお前の父親か、クソだな』


 お父さんが吹き飛んだ、ドアに体をめり込ませながらも顔はどんどん大きくなって

 いつもの様にこちらを見つめながらバケモノ、ばけものと言い続けてる。


 お母さんを見ると天井に意味不明な言葉を呟きながら、コチラへと長い腕を伸ばし、手首を掴んで離してくれない。

 逃がしてくれない、助けてくれない、意味不明な事しか言わない。


『コッチにはお前の味方が沢山居る、こんなクソは見放せ。お前から、見放すんだ』


 そう言うと彼はお母さんの腕を切って引き剥がし、手を引いてベランダから空に飛んだ


 でも手は黒いまんま

 鉤爪のまんま


『もう化け物でも良いだろ、これから戦争なんだろうから』



『おい』




『何か言え、チビ、ガキ……』



『ほら、お前の好きな月虹だぞ』


『もう怖がるな』


『塔にはドリアードも居るぞ』



『なんだ、会いたく無いのか』




『じゃあ綺麗な場所に連れてってやる』




『大丈夫だ、もう終わった事だ』


『もうアイツらは死んでる、忘れろ、それが1番だ』



『ほれ、コッチだ、虹と海だぞ』


 顎を押され向いた先は、空も海も同じ水色で、遠くには大きな虹が掛かってる。

 砂浜にはシャベルとバケツ。


 夕陽が沈むまでと、沢山遊んだ。




『よし、塔に帰るぞ』



『ほら、また来れるから行くぞ。大丈夫だ、いつでも来れる』


 再び抱えられ、花の匂いがする方向へ跳んだ。

 とても高い塔。



『水だぞ、人魚姫』


 ザブンと水の感触に目を瞑り、ビックリして目を開けると。

 ターコイズ色の水掻きと尾ひれが付いていた。


 周りを見渡すと、そこはマーリンの塔の浴室、猫足バスの中。

 でも、まだ声が出ない。


『声か?お前、変身の仕方は習って……』


 なんだ、変身の仕方って。


『手を出せ…ほら、一時的に戻れる。紅茶を淹れるからさっさと上がって来い』


 嵌められた指輪を見ようと手を見ると、水掻きは消え、足も尾びれが消え、ただ空の浴室に座っていた。


 浴槽を出て階段を登り、部屋に入るとマーリンが紅茶を淹れてくれていた。


『姿は戻ったな、砂糖とミルク入りだ、飲め』


 紅茶を飲もうと手元を見ると、指輪が、指輪を返さないと


『それか、指輪はやる』


 でも、戻らないといけないし


『遠慮するな…別にゆっくりすれば良い、今戻ろうとしても、悪夢に引っ張られるだけだぞ』


 申し訳ない、でも、誰かに連絡しないと


『気にするな。ドリアードが何とかする』




「ありがとう、また助けてくれて、ありがとう」


『あぁ』

「お礼はどうしたら良い?なにか、欲しい物は無い?」


『燕の子安貝』

「なん」


『考えとく』


「もう関わらないとかでも良いよ、嫌でしょ?」

『別に』


「関わるの嫌じゃ無いの?」

『別に』


「顔、痛くないの?」

『別に』


「治そうか?」

『いい』

《お!ハナ!ヒュプノスもモルペウスもお主を見失って、慌てておったんじゃぞ》


「すんまそん、取り乱した」

『昔からのだろアレは、倒さない事には今後も不安定さは消えないだろうな』


「うん、良く考えたら迎撃出来たのに、つい逃げちゃったなぁ」


『…その奇襲の前に何かあっただろ、ドリアード。ヒュプノスからの話を順を追って話せ、戦闘直前からだ』


《森を分け行っておじさんとやらが怪物を見付けての、したらば突然マリアンヌが叫んで、おじさんの裾を引っ張って、そこをハナがすり抜けてバッサバッサと》


『女の叫び声か』

《ん?まぁ、凄い叫び声だったそうじゃの》


『お前の不安定さはソコだ、それで心の安定が崩れた。戦闘が終わって気が緩んで、不安が一気に溢れた、だから危ないんだ夢見は』


「ごめんなさい」

『いや、お前だけが悪いんじゃ無い。そのマリアンヌとか言う女だドリアード、弱いのを連れてきやがって、悪い意味で共鳴したんだバカが』


《でもだって、ハナがマーリンに相談するのはダメじゃと》

『言い訳するなバカ』

「すいません、またミスった」


《ハナは謝るで無い。そもそもお主が協力せんのが悪いんじゃマーリン、古い拘りを捨てず、手助けせぬとはとんだ腑抜け、継母と言えどほんに情けない、少しはだな》

『協力しないとは言ってないだろ…ほらお前、小さくなるな…』


《おぉ、すまぬ小さいハナや、喧嘩じゃないぞえ?お話合いじゃ、良い子じゃ良い子》

『話を戻すぞ、兎に角だ。ハナの過去の記憶が混ざって悪夢が強化されている、対策は事実を認めた上で鬼ババァを殺すか、忘れるしか無い』


「…あ、おじさんは」

《大丈夫じゃよ、モルペウスが直ぐに助けたそうじゃ》


「忘れてた…ごめん、おじさん」


『仕方無いさ、怖い夢を久しぶりに見たんだからね』

『勝手に入ってくるな、おっさん』


『すまないね、君があんまり強情だから、妥協案を持って来たんだ。お嬢ちゃん、マーリン君の手を煩わせたく無いと思っているんだよね?』

「うん」


『なら、土蜘蛛族の話を柏木卿に聞くと良い、順応出来る子が居るハズだ』

「うん、分かった」

《うむ、提言しておくのじゃ》


『だがそもそもだ、今後もアンタが助ければ良い話だろ』

『まぁ、その話は今度だ。じゃあまた、次は猫の町で会おう、お嬢ちゃん』


 おじさんも、銀の鍵を。






 何の余韻も無しに突然目が覚めた。


「おじさんに強制解除された」

「大丈夫ですか?桜木さん、どこか痛いですか?」


「いや、特に無いが」


「桜木さん、何か食べますか?」

「いや、今はいいや、ちょっとトイレ」


 研究所は省庁と違って迷路では無いが、簡素でまるで病院の様。


 手を洗いに鏡の前に立つと、首には赤い手形がくっきりと写っていた。

 ショナが心配したのは、この首の痕の事か。


 見た事がある。

 同じ様に、昔、病院のトイレで見た。


 全ては悪い夢だと、熱を出して怖い夢を見たんだと言い聞かされてたけど、嘘だった。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも本当は全部知っていて、嘘を吐いていた。


 息を吸うと何かが喉に絡まっている感じがする。

 何度か咳払いをしても不快感が取れない。


 そのまま何度も咳き込む。

 吐き気まできた。


 もう胃に何もないだろうし、しこたま吐いてやろう。


 暫く便器を抱えていると、外のドアの開く音に続いてノック音が聞こえた。


《桜木花子、居るだろうか》


「はい、居ますが」

《ネイハムだけれど、どういう状態か話せるだろうか》


「吐き切ろうとして、もうちょいな感じです」

《なら飲み物を、そして存分に吐いてどうぞ》


「はい、すいません先生」


《外の椅子で待っているので、ごゆっくり》


 扉の隙間から渡されたのは、経口補水液系のドリンク。

 飲み慣れた味に良く似ていて、薄味で美味しい。




 味わってるうちに不快感が消えた。

 気を取り直して歯磨きをし、顔を洗い外に出る。


 廊下の椅子に座る先生の手には【マーリンの顔を焼いた女の自叙伝】


「なんてモノを」

《あぁ、少し読み返してまして、面白いですよ》


「面白い?」

《とても、特にこの子の図太さと醜さが》


「マーリンが可哀想じゃ?」

《少し、ただ恋は盲目と言いますし、結局はドリアードが何をしようとも顔を焼いたそうで。それは彼が信じたかったから、その子を信じたかったから、かと。ですので、彼への正確な感想は、可哀想と、凄い人なのにありきたりだな、と言うところですね》


「冷静で酷な感想だ」

《医者は冷静な方が良いのでは?》


「そりゃそうだ」

《それで、少し本題に戻しますね。先ずはマーリンの塔に付く前です》


「砂浜で遊んでだ、ドリアードから何か聞いた?」


《とてもざっくばらんで、かなり抽象的に。昔からそう、確かに話は聞いているのに却って謎が残って仕方無い言い方ばかりで、だからこの職業なのかも知れないですね》

「興味が強い」


《思考や感情に、ですね。予想外で時に面白い動きをしますし、そう思うのか、なるほど。と》

「そうポジティブにばかり捉えられん」


《私に実害が無いのが大前提、直接自分に被害があれば嫌にもなりますよ。さっきの話でもそう、マーリンは友人でも無いので、そこまで可哀想とも思わない。それに何もあんな話はマーリンに限った事でも無いですし》


「例えば?」

《美しさのあまり忌避され、それを悲嘆し顔に薬を掛けたが不死性で元に戻ってしまい、二重にドン引きされて引き籠った大罪》


「嫉妬の事?プライバシー保護はしないの?」

《君が興味が有るそうですし、忠告も兼ねてです。関わらない方が本人の為になる場合も有りますから》


「戦になって好機だと自爆されたりしたら困ると思ったんだけど、それは無さそう?」

《それは私達も気にしてはいます、やりかねないかも知れないと。ただ、データが古い、今は落ち着いてるかも知れない、そうで無いかも知れない》


「関わりたくないか、死にたいか、ちゃんと聞くよ」

《なら慎重に、お願いしますね》


 後はただ何も話さず、また本を読み始めた先生。

 マイペースと言うか、偶に飄々とした雰囲気は出るが、誠実さはあるし。




 ただ、何を話せば良いのか。


「先生、他に何を話せばいい」

《話したい事をどうぞ、それに気軽に、ネイハムで》


「ネイハム先生、何か、知っておくべき事は?」

《君は充分貢献していますよ》


「実感が無い」

《敵を倒した、2体も。それに、ドリームランドから生還した初の召喚者、充分に貢献はしていますから、気負う必要は無い筈なんですよ》


「初って」

《歴史が浅い方ですし、クトゥルフが来てからの召喚者では初めてですから。それに元々ドリームランドへ行った者の報告は少ないんです、楽しい場所だから教えたくなかったと言う者も居るし、詳しく話せないと言う者、そして意識不明者からの報告は無理。なので、どうしてもそうなるんです》


「ほう」

《どんな所なんでしょう》


「楽しい」

《また行きたいですか?》


「勿論、まだ治す練習が出来てないし。でも、止めた方が良い?」

《もう少し準備してからの方が、土蜘蛛族の話も出ましたし》


「あ、それ、土蜘蛛族ってなにさ」

《私には権限が無くて殆ど、ほぼ話せないんです。柏木さんから話す、と。少し休んでから行くと良いですよ、何か食べないと》


「まだ食欲が無い、エリクサーは飲む」

《君の大食いを楽しみにしてたんですけどね》


「何食べてるの見たいのさ」


《んー、何でも良いですよ、食べ易く、吐き易いのでも構いませんし》


「納豆丼」

《じゃあそれで》


「こんどね」

《はい。では、また》


 少し残念がるネイハム先生と別れ、着替えてから省庁の柏木さんの部屋へ向かった。




「土蜘蛛族って何」


「詳しくは…向こうで聞かれた方が宜しいかと」

「なんで、ネイハム先生は柏木さんが話すって」


「きっとそれも向こうが宜しいかと…我々の口から語るには些か偏りが出てしまいますから」

「分かった、いつ行って良い?」


「はい、もう許可は降りています」


 ショナ、魔王と早速向かった先は、一見して何も無い山奥の小屋だった。

 その炭焼き小屋には、普通のお爺さんが炭の番をしていた。


「召喚者の桜木花子です、土蜘蛛のお話を聞きに来ました」


『ここはただの炭焼き小屋ですよお嬢さん、道に迷いましたかな』

「国防省庁の柏木さんに聞いて来ました、間違いなら帰ります」


『…その国に、忍術は禁止されたのはご存知ですか』

「いや、で?」


『国が何をしたか知らないんですか?』

「何も全く知らんから聞きに来た、が、そう敵視全開で不機嫌を炸裂させるなら一旦帰る。お邪魔しました」

《ちょちょ、おいおい待て待て、召喚者や》


 裏の竹藪から分け入ってきたその女の人の目は、とても赤く視線は少し不安定。

 髪は艶のある長い黒髪、豊満な体は透き通る様に白く、着流しは黒い自模様の紬。


 とんでもない色香が漂っていて、非常に美しい。


『あ、土蜘蛛様、この様な短気な…あ』

《おい!待てって、帰るなってば、教えてやるから里に来い》


「忙しいから交渉はしない」

《うちの者が悪かった、是非話を聞いてくれないか?》


「本当?」

《あぁ、本当だ》


『ですが土蜘蛛様』

《私が連れて行く、お前はココに居なさい》


『はい…』

《すまんな、国と色々あってな。今準備させている、少し待っててくれ》

「山の民なの?遠野物語の」


《あぁ、柳田を知ってるのか》

「名前程度しか、まだ生きてるの?」


《とっくに死んだよ、転生者だったのに国に捨てられて……まぁ、アイツの絵本は残ったが》

「絵本か、ところで、マジで忍術あるの?影移動とか」


《あるぞ》

「おぉ」

『その便利さを恐れられたのです、少しの魔力と技術だけで、人の身で行えるのが危険だと』


《お前は少し黙ろうな……あの時代では忍術を規制する術が無かったから封印されたんだ、それを恨んでる者も未だに居てな》

「強いならしょうが無いんじゃないの」

『そうやって封印して…』


「誰にでも使えれば満足するの?」


『そうでは無く!他に方法が!』

「銃って持ってる?」


『猟銃なら、ございますが』

「所持は許可制?」


『はい』

「その銃と一緒、誰でも持てたら危ないでしょ。実際にアッチでも大問題になってる。で、不便はあるの?」


『…町に出る時や、こうして里の者以外と接触する際に、監視されているのです』

「他に不便は?医療は?足りない物はある?」


『いいえ、ですが、とにかく監視が嫌なんです!自由に人と話しを』

「嫌なら里を出たら?」


『それは』

「じゃあもう神様にお願いして、全ての記憶を消して貰って里を出るとかは?探しておくよ?」


『それは』

「それも嫌ならもう諦めるしか無くない?誰にだって持つものと持たざる者の悩みはあるんじゃないの?この魔王にすら悩みがあるんだし」

「はい、どうも魔王です、大変ご迷惑をおかけしました」


《どうも、君のお陰で色々大変だったらしいな、覚悟は出来てるかな?》

「はい」


《そうか。うん、準備が出来たな。じゃあ行こうか》




 炭焼き小屋の中から見える庭の奥、鬱蒼と繁った竹藪が開き、道が出来がった。


「おぉ」

《少し時間が掛かるが暫く付き合ってくれ、この迷路を正しく進まないと、中での許可の無い者は入れないんだ》


「うん、警備厳重で安心。あのお爺さんはいつも1人なの?」

《いや、週に1回6時間勤務だ。あれは人気職なんだ、それに爺でも無い、アレは変装だ》


「あの不満は本物だよね?」


《あぁ、好いた男が外界の男でな》

「あー…それはそれは…」


《ココの者の結婚条件は厳しいからな、微妙な者を好きになりおってからに。あ、そこの従者も婿候補だぞ、外の血は必要だからな》

「え?!それは、聞いて無いですよ?」

「好きな人居ないんだから別に良いじゃん」


《お主も嫁候補だぞ☆》

「あぁ、それもそうか」

「僕、まだ結婚はちょっと…」


《戦が終るまで待つぞ!さぁ、着いた、伊賀も甲賀も混ざった隠れ里へ、ようこそ》


「普通の村だ、田舎の普通の村やん」

「ですね」

《さ、こっちだ》


 村の端の洞窟に案内され、土蜘蛛さんが和蝋燭を灯しながら進む。

 奥には小さなお社があり、そこがこの土蜘蛛の家なのか、生活用品に溢れつつも綺麗に手入れされていた。


「お邪魔します」


《おう、で、何が聞きたい?》

「ざっと全部、大体で」


《あぁ、じゃあ今から誓約書を書いて貰う。ココの話をする時は隠匿や秘匿の魔法を使用する事、ココの記録や場所は残さず消す事等々だ。国からのお達しでね》

「それだけで良いの?」


《今後次第では、知る内容に見合った契約には書き換えて行くよ、術なんかは厳しいが…子種をくれるなら良い条件にする》

「ショナ君」

「絶対に嫌です」


《残念だなぁ》

「契約魔法も交わそうか?」


《それなら誓約書も軽いので済むが》

「そのままでも良いよ、不安でしょ」


《じゃ、お願いしよう》


 ショナと魔王と3人で誓約書を読み、サインを終えると、紙が3枚に剥がれ、その中の1枚が手元に舞い降りてきた。

 土蜘蛛さんの血を使い、額にその紙を貼られ契約魔法が施され、体に半紙の様な薄紙が溶けていった。


「面白いよなぁ、魔法って」

《ここでは術と呼んでいてね、実際にも諸外国の魔法とは少し種類が違うんだ》


「ほう」


《で、先ずはココの歴史か》


 大昔、国からの要請により、強い力を持つ土蜘蛛族が諸外国で起こる大戦に何度も駆り出されていた。


 そして争いが沈静化すると、今度はその力を恐れた諸外国が術を教え広めるか、監視や制限する様にと、この国に詰め寄った。


 当時、直接的に大戦の影響を受けていなかった日本への、国々の妬みもあったんだろうと。

 そうして規制に反対したこの国は反抗し、果ては国同士の戦争になった。


 かろうじて国は勝ったが、国連からの通達があった。

 土蜘蛛族に監視と制限をと。


 そして国は呑んだ、幾度となく遠方の戦争に駆り出される事からも守ろうとしたのもあるんだとか。

 既に、その時にはかなりの数に減ってしまっていたから。


 だが監視や制限を嫌がった土蜘蛛族も居た、そして一時的に内戦状態に、でも結局は従うしか無かった。

 居場所はココしか無いから、他国の遠隔地に住んでは力を失うからだと。




「歴史の勉強に土蜘蛛の事は一切乗ってなかったよ?」

《保護とか機密の観点から載せない事になったんだ、戦争の原因は他にもあったし》


「ほう、大変だったね」

《本当に、その魔王に何十人やられたことか》

「申し訳ありません」


《もうなぁ、聞いた話と違うなぁ、何であんなに暴れてたんだ?》

「どの戦のか…基本的には嫌な事があって、抗ったとしか言い様が無くて」


《やっぱそうだよなぁ、現地でも噂されてたんだが、本当だったんだな。あいつら横暴だったって聞いてるし》

「今ならもう少しやりようが有ったと思いますが、あの時は我武者羅に暴れてたので…申し訳ありません」


《おう、今度殴らせろ》

「はい」


《で、先ずは紹介したい子が居るんだが。従者を希望している子でね、国の政策でどうしても成れなくてな。掛け合ってはくれんかね》

「土蜘蛛族で従者になりたい子なんて居るのか、会ってみたい」


《良いのか?》

「まぁ最初は話すだけだし、従者のプロのショナも居るし」


《そうか、ありがとう。直ぐに来る……ほら来た》


 土蜘蛛さんが指差す先に、1人の少年が来た。

 エミールよりも年下に見えるその子は、走って来たのか息を切らせ、手にはカボチャを持っていた。


 カボチャ。


「宜しくお願いします!召喚者様!!」

「おう、土蜘蛛さんの子?」


「いえ、でも今はそんな感じです、山之蜜仍(やまのみつなお)です」

「はい、宜しくお願いします蜜仍君。先ずは、このショナから従者の説明を聞いて貰いたい」


「はい!」

《ありがとう。で、本題に入ろうか、何の用だい?》

「夢見出来る人を探しに来た、プロがココの人間に適格者が居るって」


《そうか!あははは!君は夢見だったか。ならあの子は最適だろう、村1番の夢見だ》

「戦闘とかグロいのに耐性無いとダメなんだが」


《そこも問題無い、私と繋がってるから過去の大戦も見ている。あの子は次代候補なんだ》

「何それ便利」


《だろう、私も先代から夢見で大戦を知ったからな。それに術も、影移動もなんでもござれ》

「一子相伝?」


《長の術はな、だが他の者も多少なりとも術は使える。ココで途切れさせるワケにはいかんからな》

「大変だね、ショナを説得してみるよ」


《ありがたいが、期待しないでおくよ》


 後方では、いかに従者が不自由で覚える事は山程あるか、心得や、やりがい。


 遂にはワシの愚痴に至った。


 すまんな、突飛で。




「ですから、勉強だけで無く、満遍なく頑張って下さい」


「はい、お裁縫もお料理も親に習いました、過去問も最近は合格点に達したんですよ!でも、土蜘蛛族だから成れないって、もう古いと思うんですよ。それに厄災も来るそうですし、お力になりたいんです」


「若いのに偉い。有り難いんだけど、死んじゃうかもよ?」

「はい、覚悟してます。死にたく無いから術も頑張りましたし、でも、厄災で国が滅べば、結局は死んじゃうんじゃ無いかと思うんですよね」


「そこまでの厄災か確定してないみたいだけど」

「はい、だからこそ、万全に備える為にも、土蜘蛛族の力をお貸ししたいんです!」


「聡いけど、君は子供じゃんか」

「エミール様も同じ年だと聞きましたよ!でしたら、僕にもチャンスが欲しいんです」


「んー、どの位強いのかによる」

《では試しに、その従者と一戦交えてはどうか、ウチのは強いぞ》


「よし、宜しくショナ」

「はい」


 洞窟横の竹林の中、戦闘が始まった。


 だが、蜜仍君の影縫いの術で戦闘は一瞬にして終わってしまった。


 合図と共に地面に手を付いた蜜仍君の影が伸び、ショナの影と繋がると、動きを止めた。


 そして正面から影をたどり、腰に携えていた鞭を振るった。

 巻き取られたショナの両膝は、そのまま地面に着いてしまった。


「どうです桜木様!」

「凄い、秒殺」

《そりゃ土蜘蛛族は戦闘民族だからね、陶土撃退にも一役買ったんだ。だが一時は人攫いも起きたし、国なりに私らを守ってくれてると今でも思ってるよ。だからこそ、国や召喚者を助けたいんだ》


「信じるけど、ワシの従者になるなら告解の魔法や盟約魔法も使うよ」

《構わんか?蜜仍》

「はい!お願いします!」


 告解と盟約魔法をかけ、蜜仍君と共に里を出た。




 柏木さんに連絡すると、先ずは研究所へ寄ってからと言う事に。

 出入り口にはリズちゃんが待っていた。


「変なの連れて来たんだってな」

「おう、それより多脚式戦車無い?AI搭載の。それか強化外骨格とか、義体とか、オペ子とかジガバチとか何で無いの?」


「ある、ジガバチはもう稼働してる。その他も俺が企画した、まだ製造途中だけどな。お前が来たから進んでて助かってるぞ」

「おぉ、青色?黒?緑?赤?」


「そこまでいってない、まだ試作機で銀色だ」

「それもまたロマンがあって良い」


「乗りたいか?」

「もち」


「今度な」

「なー、待ってる、けど特急でお願いします」


「勿論だ、でも俺が乗ってから、お前だからな」

「もち、陣中見舞いの果物の盛り合わせになります。宜しくリズ様」


「おう、で、コレが柏木さんからの頼まれ物だ、じゃあな」

「うん、またね」


 再び柏木さんの所に戻ると、以外と冷静にお茶を飲んでらっしゃった。


 落ち着いてらっしゃる。


「お帰りなさいませ、お使いを頼んでしまって申し訳ありません。ソレが、土蜘蛛族専用装備なんです」

「ほう」


「それと、ストレージバッグは却下されたので、申し訳ないですがショナ君か、桜木様のお世話になって下さいね蜜仍君」


「うぅ、はいぃ」


「タブレットも以前のは預かります、以降はこの新規の土蜘蛛族専用の物で、移行も我慢して頂きます。それと、この魔力をショートさせる装置もです」

「足輪か。ナイス便利グッズ。嫌なら里に帰っても良いんだよ?」

「戻るのはイヤです」


「じゃあ付けないとね」


「ぅう」

「1度着けたら里に戻るか、従者を辞める迄は外れません、国連からの命令なんです」

「外を楽しみたいなら今日1日は付き合うよ」


「……本当に僕ら土蜘蛛族って、怖がられてるんですね…」


「そりゃあんなに強いんだもの、ショナは蚊みたいにやられたんだし、蚊にしてみたら強い蜘蛛は怖いじゃろ。蜻蛉も魚は怖いじゃろ、人だってサメや虎は怖い。君に怖いモノは無いんかい?」


「ありますけど…同じ人なのに」

「1番怖いのは人だと思う。アッチでは蚊が人殺しのトップで、2位が人間なんだぜ。意外なのはカバ」


「でも」

「ね。あ、これはどうよ、1人殺して5億救うかどうかの話し」


「それは、僕は全員救いたいです」

「ショナと同じだね。自分は1人が聖人で、5億人が悪人だったら5億殺すか考えるタイプ。それを怖いと思われても仕方無いと思ってるけど、5億人分の怨念も怖いとも思う」


「大昔に、桜木様が来てくれてたら、土蜘蛛族に味方してくれました?」


「今の土蜘蛛さんと蜜仍君が居ないなら難しいかもなぁ。仮に居てくれて、土蜘蛛族が正しくて、諸外国が間違ってたなら戦っちゃうかも、でもそうなると、魔王みたいになりそうな気もする」


「桜木様、憤怒様みたいな事を言わないで下さい。そう成らない為の国であり、従者なのですから」

「桜木様は憤怒様とは会いました?素敵な方だって土蜘蛛様が言ってました」

「会ったよ、格好良いけど好みじゃないなぁ」


「良いなぁ、僕も会ってみたいな」

「今日会いに行こうか?」


「いえ、従者として、ちゃんとしてからお会いしたいです」

「良いの?足輪ぞ?」


「はい、お力にならせて下さい」


 早速、蜜仍君への試験が始まったので、休憩がてら開示された土蜘蛛族の情報を軽く閲覧した。


 が。

 イマイチ頭に入って来ない、古い文章しんどい。


「ごめん、入らんから解説頼むショナ」

「伊賀も甲賀も風魔も雑賀も忍者全て、本来は土蜘蛛族だったそうです。常に繋がりながらも、個人である。そうです」


「ほう」


「次代は長と、長は民と蜘蛛の細い糸で繋がってるそうで、常に意思疏通が可能だと」

「ダメじゃん」


「契約魔法で防げますし、足輪にも安全装置がありますから、大丈夫ですよ」

「そうか」


「情報を見ても土蜘蛛族は本来は友好的だそうですし、柏木さんも認めてらっしゃいますから」


「子供なのがなぁ」

「エミール君を引き合いに出されては、反論が難しいですよね」


「うむ…何かお腹減ってきたかも」


「まだ時間はありますから、外で何か食べますか?」


「牛丼」

「はい」




 数件の牛丼屋でテイクアウトし、オヤツタイムに公園で牛丼を食べ比べた。


 結果、吉田家の牛丼が至高だった、玉子を入れて食べる牛丼は最早飲み物。


「牛丼は飲み物」

「少しは噛んで下さい」


「少しは噛んでる、麻婆丼も飲み物」

「もう、噛むのは中華丼位じゃ無いですか」

「食べてくれるならそれで良いじゃないですか、今日位は好きにさせても大丈夫ですよ、はなちゃんの胃は丈夫ですし」


「ママみたいだ魔王」

「そうなんですかね?」


「うんうん、まじまじ」

「なら、色々言いますけど、本当に心配してたんですよ、はなちゃん。全然食べないから具合でも悪いんじゃないかって」


「嫌な夢を見て、嫌な事を思い出して萎えてただけ」

「桜木さん、ドリアードから嫌な夢を見て具合が悪いかもと聞いてましたから、お食事も無理なさらないで大丈夫ですからね」


「おう、吉田屋を買溜めしたい」

「あ、はい、足りなかったですか?」


「ちと少し、買溜めしたい、キング盛」

「流石にキング盛の買溜めは予約しないと難しいかと」


「じゃあ店舗回る」

「そろそろ蜜仍君の結果が」

「私が買って回っておきますよ、他にも買い足す物があるので、ね?」


「ありがとう、助かる」


 緊急ながらも正式に行われた試験に合格した蜜仍君は、年齢と出身も考慮されつつも、超特例の例外措置として従者の仮資格が与えられた。


 柔軟で素早い、それとも元々計画されてた?

 もしかして、単に融和政策に利用されただけかしら。


「ありがとうございます桜木様!」

「おめでとう」


「はい!桜木様の専属ですので、宜しくお願いしますね!」

「宜しく、蜜仍君」


「はい!」

「桜木様、それから少し、宜しいでしょうか」

「はい」




 それはホムンクルスの事だった。


 許可が出たのはついさっき。

 神託により、制限は予期せぬ出来事を起こすと出た、と。


 ワシが乗り気で無かった人間をドリームランドに入れた為に、危うくなった事。

 土蜘蛛族も問題が無いと、上が理解した事。

 桜木花子の邪魔は不利に、不利益になると判断したらしい。


 信頼と言うか、投げっぱなしになると言うか。

 良いなら良いんだが。


「今まで、召喚者に懐疑的だった者も説得出来たと言う事で、収めて頂けませんでしょうか」

「良いなら良いんだが、良いの?破茶滅茶しちゃうかも」


「それでより良くなるのならと、国は受け入れました」

「そうなる様に努力はします」


「はい」


 それから浮島へ。


 蜜仍君にはドリームランド等の情報を、ドリアードやショナからインプットして貰ってる間に。

 自分は、賢人君と魔王とホムンクルスの施設へ向かった。




「ごめん賢人君、事前に警告しとく。きっと酷い何かがあるかも」

「え、戦闘っすか?それなら覚悟してますけど」


「違う。非人道的とか、そういうの」

「人体実験っすか?」


「近いかも、だから賢人君じゃないとダメだったんだ、急にごめん」

「またまた、大丈夫っすよ、流石に国の管轄なんすから」


「そうか、じゃあ行こう」


 その施設は桜島の麓に存在していた。

 簡素な外観はただのプレハブ小屋の群れであり、建築現場に良くある風景。


 国の、まして省庁の施設には到底思えない外観。


 ゲートで身分証のチェックをし、中央の大きめのプレハブ小屋の入り口で、柏木さんから借りたセキュリティカードとパスワードを入力する。


 作業着を来た案内役に部屋の奥へと先導されると、再びセキュリティ認証のあるドアがあった。

 次は案内役と同時に解除し、プレハブ小屋のサイズを越えた、長いエスカレーターを降りていく。


 地下では複雑に入り組んだ通路を右往左往し、何枚ものドアを通る、迷宮構造なのか全くもって記憶できる気がしない。


 そして次にはガラス張りのエレベーター。

 それを降りた先では防護服を着た人間が、数人だけで作業していた。


 案内役の人はここまでの様で。

 次に「施設長」とだけ書かれた名札を付けた、白衣の職員が案内へ。


「こちらです」


 どの部屋も区画がガラスで区切られ、人工的で無機質で静か。

 そんな中の一画、テーブルや椅子が置かれた部屋に案内された。


「宜しくお願いします、桜木花子です。早速なんですけど、魔法を使える人は?」

「はい、待機させてあります」


「後、説明書みたいなのは?」

「はい、コチラに」


 国連のマークが入った使い古された書類の束を渡され、ざっと目を通す。


 主な内容は失敗例とその理由。


 心臓を動かした直後に暴走するか、動物の様に動き回るだけか、瞬きと呼吸をするだけか。

 基本的には全くコミュニケーションが取れず、短命に終わるばかり。


「コレは」

「どうしても、魂が定着しないのです」


「召喚者を造ろうとして失敗した?」


「はい」


 案の定。

 そして、さっきまで手持ち無沙汰からキョロキョロとしていた賢人君が言葉の意味を察し、真っ青になりながら呟いた。


「マジっすか…なんっつー怖い事を」

「内密に国連で決め、各国で秘密裏に研究されました。ですが今は禁止され…ココが最後の稼働する施設です」


 賢人君はもっと真っ青になると、黙って俯いたままになってしまった。


「賢人君、沢山の人を救いたいだけだったんだよ、多分。きっと善意」


「はい…前任者達は皆、救いたかった…と…私も、今でもそう思っているのです」


 どんなに好意的に取ろうとしても、実験の失敗例があまりに酷すぎる、そもそも姿形が殆んど保ててないのも有るし。


 どの顔も苦しそうに見える、痛いのか、悲しいのか。

 想像より酷い内容で、戸惑う、これは躊躇う。


「動画はある?」

「はい…」




 出されたのは持ち出し禁止のマークと、国連のマークが入ったタブレット。

 ネットワークには繋がっておらず、端子も特殊で見た事が無い形。


 そして中には、実験に失敗した動画が無数に入っていた。

 ナンバリングが違うだけの同じ映像が何個も、何百個も。


 悲鳴と絶叫、意味を成さない言葉を話す何か。

 肌色と赤色と白い何かが蠢き、叫び、炸裂し、飛び散る。


 目を背ける賢人君の横で、施設長が口にしたのは、魔王を倒す為の召喚者を造ろうとしたが、全て失敗に終わった事。


 そして憤怒が現れ、魔王が完全に無力化された事で。

 どの国でも計画は凍結、国によっては抹消された。

 そしてこの国では残滓として僅かに残った、残した、負の遺産として。


 そして、ずっと黙って見聞きしていた魔王が口を開いた。


「この失敗した方々、私のせいなんですよね…」


「そうかもね、罪悪感が出た?」

「はい、とても」


 魔王も心を痛める施設、それを再び稼働させる。


 自分が。


「あの、施設長。もし、万が一このホムンクルスを製造するってなると、どうすれば?」

「今まではテンプレートを用いてまして、それがコチラに、歴代の召喚者様のです…」


「そんな、なんて事を…」

「魔王?」


 魔王と一緒に歴代召喚者のデータを見ていく、この国の者だけでなく、全ての国の召喚者の遺伝子データが記録されていた。


「あ…初めて私を説得しようとした人ですよ、そしてこの人は…最初の人間の友人で…」

「今は?」


「寿命で亡くなりました、私とずっと一緒に居たせいで…良い人でした…とても…とっても優しくて」


 魔王は泣きそうな顔をしているのに、全く涙が出ない。


 今気付いた、泣けないんだ。

 その魔王に1番ビックリしたのは施設長だった。


 賢人君はもうずっと、机に突っ伏したきり。


「もしかして双子のデータもある?」

「はい、桜木様のデータもございます…」


「あ…ですよね。とりあえず双子の使おう」

「はなちゃん、それは…」


「責任は取る、刺される覚悟はする」

「違うんです、その…私がパパで、本当に良いんでしょうか…」


「どう思う」


「私が犯した罪の波及がこう及んで居ると知らなかったら、ココに来る前でしたら、良いかなと思ってたんですけど。私が居なければ、こんな施設は無かったと思うと、今は良いとは思えません」


「居なくなる準備の1つなんだから覚悟してくれ、役に立って死ね」

「生きるって、今より辛いでしょうか?」


「そうでなくちゃ困る、取り敢えず原型のシミュレートしてみよう。それと施設長、双子のデータは後で完全に消去してね。じゃなきゃ暴れる」

「はい、勿論です。では、素体の詳しい設定をこれから行います」


 双子のデータを使いつつ、魔王の顔に出来るだけ寄せ、少しおじちゃんにした。


 双子に移植出来る様に血液型等を同じにし、後は魔王の友人のデータも少し入れ、更に髪や瞳の色を弄った。


「はなちゃん、何故、あの人のデータを」

「戒め」


「戒め?」

「早死したり、自殺しない様に」


「仮に失敗して私が消えて、本当は何も残らないのが、1番だと思ってしまうんですけれど」

「でしょうね、双子の事が無ければ賛同する」


「未だに正しいと思っている殺しもありますし…でも、無関係な人を沢山殺した自覚もあって…」


「それでも双子が待ってる」

「それは…ガーランドさんも、はなちゃんも居てくれますし…」


「覚悟はどうしたよ、人間の不便さの中で悩んで、苦労してから弱音吐けバカ。双子に怒られるぞ」


 沈黙の中。

 ずっと黙っていた施設長が突然、堰を切った様に口を開いた。


「…えぇ、そうです。ストレージや空間移動を使える貴方には、不食不眠、不死の貴方には分からないでしょうね魔王さん。人間は不便で限界があって、些細な事も大変なんです。家族を保つだけでも…どんなに頑張っても、後悔や悲しみが沢山積もってしまうんです。だから、人間の苦しみを、少しで良いから味わってみて貰えませんか」


「施設長、苦労したんだね」

「あ、いえ…すみません…」


「私こそすみません…ごめんなさい」

「ん、続行、次」


 双子と最初の友人の遺伝子データを元にした、素体と呼ばれる体が、防護服の居るガラス張りの部屋で、少しずつ造られていった。




 3Dプリンタの様に体の中心から骨が出来上がっていく、腰椎から骨盤へ、背骨から肋骨へ。


 上顎が出来上がる頃には別で造られていた脳が移植され、頭蓋骨と髄膜の内側へ納められる。


 同じく別枠で作られた眼球が嵌め込まれ、少し遠くでは毛髪がミシンの様に皮膚へと植えられている。

 頭部が出来上がる頃には、脳幹から出る神経が骨を這う様に造られていた。


 そして骨に骨膜や神経、筋肉や血管が付き、腹部には腹膜や内臓、それに筋肉が被せられていく。


 脇や踵にスプレーで脂肪を乗せ、体の造形が出来上がると、今度は皮膚が被せられていった。




 その合間に次の2体目、魔王の好きな様に弄らせてみた。

 先程と同様に例の召喚者の友人の遺伝子、双子のと続いて、何故か桜木花子のデータも混ぜ始めた。


「なぜ」

「嫌でしたか?」


「嫌じゃ無いが、何故」

「はなちゃんとも家族になりたくて、リサもルカも喜ぶと思うんです」


「従兄弟か再従兄弟位にしといて」

「はい」


 顔は魔王似、黒髪。

 年は随分と若い設定。


「何故、若い」

「双子の体力に合わせました。それに、はなちゃんに沢山尽くさないといけませんから、若くないと」


「今と同じ位でも充分だよ、余り幼いのも問題だ」


「蜜仍君の事ですか?あそこまでは流石に考えてもいませんよ」

「おう、頼む。賢人君、大丈夫?」


「いえ、全然整理がつかないっす」


「すまんね、もう少し我慢しておくれ」

「うっす」


 そしてついに2体目も出来上がると、横では魔法使いが1体目の素体の血管に魔力と擬似血液を通していた。

 毛細血管が特に難しそう。


「どう?理想の自分?」

「はい…人間に、良いパパになりたいです。良く褒めてちゃんと叱って、私が居なくても困らない様に沢山生きる術を教えて、善悪の区別の着く子を育てられる、良きパパに成りたいです」


「良いと思う」


「そして、罪を償う自分も欲しいです、2人で償いながら、生きたいです」

「うん、よし、それを分離させよう」


「はい、気に入ってくれるか少し心配ですけれど」

「ダメなら整形すりゃいいさ」


「そうですね」

「じゃあ、やってみようか」




 魔法の使用を許可して貰い、剣と盾を装備した。

 コチラの準備が整うと白衣の職員が一斉に下がり、魔法使いが周りに集まった。


 施設長は指令室の様な場所から、コチラを見下ろし管理する。

 最悪は、ココが壊滅するボタンが有るんだそう。


 そして魔王と素体、自分、そして後方の賢人君の周りに、色とりどりの結界が何重にも張られた。


 全ての準備が整うと、素体の入ったケースが開く。


 疑似血液と僅かな魔力は入っているが、まだ命は通っていない。

 全身は泥の様に真っ白で平たく、無機質で静かで、遺体の様。


 魔王が2体の間に立った。

 手を合わせ祈りの姿のまま膝を着く。


 暫くして上を向いた魔王の口から白い煙が吐き出され、次に紫色の煙が出た。


 迷う事無く白い煙は赤茶毛の素体の口に入り、紫色の煙が黒髪の素体の口に入った。


 煙が完全に入り込むのを確認すると、技師が遠隔で心電図を起動、ピーーーーと長い心停止音が鳴り。

 除細動器がオートで作動し、2体の体が僅かに跳ねた。


 同じく遠隔で心臓に注射が打ち込まれ、また僅かに跳ねるが。


 反応は無い。


 そのまま自動的に心臓マッサージが行われる、注射、除細動器、心臓マッサージと続く。


 《この注射は3回までと決められています》


 頭上から聞こえた施設長のアナウンスに頷く。


 そして3回目の最後の注射と、何度目かの強い除細動に心電図がやっと反応した。

 ピピッ ピッ ピッ ピッ と、正常な心拍音。


 《名付けを》


 赤茶毛を指し、セバスチャン・パーカー、と。


 黒髪には、アレクシス・フォスター、と名付けた。


 そのまま目を瞑り、2体の魔力に漏れが無いか確認する。


 2体とも破れも漏れも無い様で、安定している。

 心臓も、肺も、僅かな魔力の流れもちゃんと見える。


 脳波確認、固定確認と、次々に他の技師達の声がスピーカーから聞こえる。


 それから漸く、騒がしく動いていた施設長の声が聞こえてきた。


 《成功です!》


 声が聞こえたと同時にパサッと音がした。


 目を開けると誰も居ない、バサッと音を立てたのは服が落ちた音だった。


 まさか魔王が完全に消えるなんて思っていなかった、想定して無かった、何かが残ると思ってた。


 悪とか、なにかが残ると思ったのに。


「キュン、キャゥン」


 不意に聞こえた声に目をやると、自分の足元にある魔王の服が蠢きながら鳴いている。


 呆然と眺める中、折り重なった服の中から這い出て来たのは、目が開いたばかりの仔犬。

 しゃがんでそっと撫でると、嬉しそうにすり寄り尻尾を振る。


「キャン」


「ルシア」

「キャン!」


 真っ暗で艶々な仔犬を持ち上げると、掌サイズで少し震えている、頬擦りした毛の感触は、もふもふ。

 しっとりして気持ち良い。


『おはようございます、はなちゃん』

「おはよう、血の盟約しよう」


「おはよう、よし、やるか」

「キャン」


 賢人君の魔法により、アレク、セバスと血の盟約を交わすと、自分もだと言わんばかりにルシアも横に並んでいた。


「血の盟約だから逆らえば死んじゃうんだよ?」

「キャン!」


「良いの?アホなの?」

「キャン!」


『はなちゃん、お願いします。きっと彼も私ですから』

「そう?」

「キャン!」


「わかって返事してるから大丈夫だよ、やろやろ」

「キャン!キャン!!」


「はいよ、ルシア、人を咬んじゃダメね」

「キャン!」


 次いでギアスを行わせ、いくつかの検査を終え、安全が確認された後、結界は解除された。


「賢人君、どうしよ、良いのかなコレ、増えちゃったよ、成功っぽいけど、どうしよ、双子は大丈夫かな?」


「え、今さ…とりあえず会わせてから、考えたら良いんじゃ無いっすか?」

「そっか、そうか」

「キャゥ!」


「桜木様!成功ですよ!大丈夫です!やりましたよ!」

「本当に大丈夫なん?呆気なくない?」


「はい!2人とも不死性は失われ、傷が付いたままですし、魔力上限も人並みです。胃腸も膀胱も正常に活動してますから、食事も排泄も行えます。後は、睡眠も」

「涙腺も?」


「はい!ただ、練習は必要でしょうが」

「ありがとう施設長」


「いえ、コチラこそ。本当に、ありがとうございました」




 早速病院に行き、夜空の中庭で待っていた双子に話し掛ける。


 緊張する。


「あの、リサさん、ルカ君。あの、魔王の事なんだけど……」


「どしたの?」

「殺しちゃったの?」

「いや、違うんだ、その、増えた」


「ん?どして?」

「増えたの?」

「色々あって、その、気に入って貰えると助かるんだけども。コチラになります」


『リサ、ルカ。パパですよ、はなちゃんに名前を貰って、セバスチャンになりました』


「パパ?」

「ふけた」


「サクラ、俺も紹介してくれないと」

「あ、こっちはアレクシス、セバスチャンの兄弟と言うか、2人のお兄ちゃんて感じです、はい」


「キャン」


「その更に兄弟みたいな、犬じゃなくて狼の子だそうで。名前はルシア」

「キャン!」


「あの人がパパ?」

「セバスチャンが?」


「うん」

『はい、パパですよ』

「抱っこしてみたら分かるんじゃね?」


 おずおずと抱っこされた2人が、セバスを抱き締めた。

 2人が頬におでこをグリグリとすると、お返しにセバスがおでこにキスをする。


「においちょっと違う」

「でも同じにおいもする」


「パパとルカのにおい」

「リサとパパのにおい」


「「パパ?」」

『はい』


「たべれる?」

「ねれる?」

『はい、これからは一緒に食べて、沢山眠りましょうね』


「「ありがとう!さくらぎ!」」


「パパ!かみ似合うよ!」

「カッコいい名前だね!パパ!」


『2人に似てますか?』

「「うん!」」


「私とルカにそっくり!」

「僕とリサにそっくり!」


 顔はアレクの方が魔王に似ているし、セバスの雰囲気に至っては全く違う、愁いも陰りも何も無い。


 それはアレクも同様で、明るく優しい青年ぽい陽キャ。

 苦手。


 セバスはアレク程は顔が魔王に似てないのに、魔王っぽい。

 愁いよりも双子を愛しそうに見る目が強くて、そこがまた魔王っぽいけど、何か違う。


《ホイホイと増えおってからに。なんぞ憎たらしさも消えおって、憎らしいのぅ》


「もう、聞こえてるんだよなぁ」

《あれま、想定外じゃ》


「サクラの為だ、どんだけ不便だったか」

《ふん!若造が》


「貧乳」

《きぇー!気に食わんー!》


『ありがとうございました、ガーランドさん』

『いえいえ。では、今日は一旦帰りましょうね、2人とも』

「「はーい」」

「急なのにありがとう、ガーランドさん」


『いえ、ではまた』

「「またねー!」」

「またねー」


「「バイバーイ!」」




 中庭から研究所へ行き、再度2人を検査。


 アレクもセバスも攻撃魔法は一切使えない。

 が、念の為に後日、骨に魔法を封印する印が彫られる事になった。


 他には、ストレージや空間移動はアレクにのみ継がれ。

 過去の記憶や知識は、セバスが殆ど継いでいるらしいとも。


 ただ体の構造が少し不安定で、まだ完全に人間とは言い難いらしく、寿命がかなり短いらしい。

 最長でも2~3年のテロメアだそうで、今の科学での治療は不可能。


 2人共、そのままで良いらしいが。


 本当は対処したい。


 ルシアは普通に狼の子、可愛い。

 ミルクを飲んではセバスの胸元で寝るばかり。

 本当に人語を解してるのかは不明だが、カワイイ。


 今の所は。


「キャン」


「これで良かった?」

「キュン」

『私は満足ですよ』

「俺も、早くおにぎり食べてみたい」


『まだ重湯ですしね、次はお粥だそうです』

「味無いんでしょ、やだー」


「生きてるからしゃーない、検査はまだ掛かるの?」

「一通りは終わったみたいっすよ、ただ、時間が許すんであれば、いくらでもって感じらしいっす」


「それは困る、もう夜も遅いし」

「夕方からっすもんね、断っておきます」


「おう、お疲れ様。今日からお休みでしょ」


「はい、色々考えさせられましたし、丁度良かったっす」

「ごめんよ」


「いやいや、ショナさんなら立ち直れ無いかもですし。にしてもあの映像、想定してた通りっすね。殆んど見れなかったっすけど」


「そういう話がアッチであったから」

「もう、マジでアッチ怖いんすけど」


「ごめんよ、本当に」


「いえ」

「今後は無理せず断って、見ない聞かないは自衛権」


「はい、じゃ!桜木様!」

「おう、じゃね」


 省庁に空間を開きお見送り。


 彼も良い子だ、もう、死なないで欲しい。


『では、どうしましょうかね』


 アレクとセバスと共に浮島へ帰り、2人を島から出れない設定に。


 軽く入浴し、遅い夕食を食べ、布団へ入った。

「マリアンヌ・ベルシュタイン」

《定食屋のオバちゃん》

《土蜘蛛さん》

「山之蜜仍」

「施設長」

「ルシア」

『セバスチャン・パーカー』

「アレクシス・フォスター」

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