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1月31日

グロ注意。

 おじさんの夢すら見ぬまま目が覚めた。

 外はまだ真っ暗、日本時間を確認すると朝の8時。


 カールラもクーロンも居ないせいか酷く寝付きが悪く、ターニャクマと肌触りの良いパジャマが無かったら、今頃どうなってた事か。


「おはようございます、桜木さん。少し寝付きが悪かったですね。大丈夫でしたか?」

「おはよう、手が寂しくて、いつもモフってたから」


「そうですね。お腹は空いてないでしょうが少し食べてくださいね、スクナヒコ様からの指導ですから」

「がんばる」


「じゃ、先ずはバイタルチェックしますね」

「うん…リズちゃんにも影響あるかな?」


「確かに、どうでしょう…」

「確かめてみようぜ」


「はい、省庁に相談させて下さいね」

「おう」


「はい、チェック終わりました」


 月のモノの時と同様に、食欲が全く無い。

 幸いにも汁物でも良いとの事で、アサリ汁を一杯だけ飲んだが、全く食欲は湧かないままだった。


 差が激しい。


『差が激しいな』

「ね、月の時は大体こんなんよ、凄い食べる時が殆どだけど」


『難儀だな』

「ね」


『では、腹が減るまで魔力の消費しか無いな』

「おうさ」


 外に出ると、泉の近くに丸まった葉っぱが置かれていた。

 何やらカードも添えられている。


 [妖精が報酬を要求するまで、魔力を消費する様に。エイル&ドリアード]


 葉を解くと、様々な種がたっぷり入っていた。

 試しに地面に置いていくと、勝手に発芽していってしまう。


 溢れ出た魔素と昨晩の雨によって、かなり豊かな土壌になっているらしい。

 ココの魔素はかなり濃いのか、魔力を注ぐと妖精達は再び歌いながら作業し始めた。


「暫く掛かりそうですね」

「ね、溢れ続けて、全部出ちゃったりして」


「もうそうなったら心停止ですよ」

「死ぬのは勘弁」


「ちょっと怖いんで確認を…桜木さん、リズさんの件、許可が出ましたよ」


「お、思ったより早い」

「はい。開ける場所は…ココです、リズさんが来たら、直ぐ閉じて下さいね」


「ん、おうよ!」




 指定された場所の空間を開くと、リズちゃんが通り抜けてきた。

 後方に僅かに見えたのは白い施設、どうやら研究所らしい。


「おい、大丈夫か?」

「リズちゃん、久しぶりぃぃ」


「おう、やめろ、抱きつくフリで遊ぶな」

「さーせん。家族会議はどうだった?」


「意外と平気で困惑した…寛容過ぎて怖い」

「分かる、優しいよねココの人…どうぞ、お座りなすって」


「あぁ、どう分岐すればこうなるんだろうな……それでだ、クエビコ様が一緒なんだろう?1つ聞きたいんだが、良いだろうか」


「『なんだ?』って」

「召喚したり転生させてるのは誰なんだ?」


「世界と言われている。世界と呼ばれる概念。誰も見た事は無いって、へぇー」

「個か?複数なのか?」


「個であり複数。集合的無意識とか?…へー、なるほど」


「お前…初めて聞いたのか?」

「まぁ、忙しくて」


「疑問に思わなかったのか?」

「自分の事で手一杯だった」


「疑い深いクセに」

「ね、リズちゃんは嫌なの?この世界」


「嫌じゃ無いが…何で女に…」

「分からないって」


「はぁ…」


『本当に感情操作が効いて無い様だ、少しは安心だな』

「うん」

「何か言ってるのか?」


「フェロモンみたいなのが効いて無さそうで、良かったねって」

「あぁ、少し楽しみだったんだがな」


「不謹慎め」


「へいへい。そろそろ魔法を見せてくれよ、習得したんだろ?」

「おう、まだ初期だけど。マーリンの杖、良いだろー」


「はいはい、良いから早くしろ」

「ふぇーい」


 試しに新しく植えた柿の木を成長させ、収穫を見せてみる。

 案の定妖精は見えないが、蛍の様な輝きは薄っすら見えているらしい。


「ほー、なんとかの法則みたいだな」

「あー、ちょっとしか読んで無い」


「ムヒョは?」

「それも、ネウロはちょっと読んでた…あの箱って」


『ほうほう、何の話し?』


 クエビコさんとは違う艶のある声が真後ろから聞こえ、振り向くとそこには美しい顔をした男の人が居た。

 魔王の様な黒髪に、仕立ての良い濃いグレーのコートと金色の瞳。


「え、だれ」

『ロキ。噂してくれてたのに、中々来れなくてごめんね?』


「あ、どうも、桜木花子です」

『まぁまぁ、座って座って。俺も座って良い?』


「あ、はい、どうぞ」

『島の設定ちゃんとした?誰でも無条件で入れるっぽいけど』


「はい、確認してみます」




 タブレットを取り出し、島と描かれたアイコンをタップ。


 太陽光、空気、風、雨、通信電波のみを透過させる設定に。


 立ち入り禁止項目ではクエビコさん、ナイアス以外は立ち入り禁止にし実行。

 結界が展開しロキが吹き飛ばされたので、急いで解除した。


「ちょ、桜木、なにして」

「なんか除外し忘れて、すみません」


『え?!怒ってる?本当にごめん!違うんだよ本当に、色々とワケが』

「あ、いや、すみません、誤操作です本当」


『そう?本当に怒って無い?遅れた理由を説明しても良い?』

「はい、どうぞ」


『身内の事なんだけどさ、娘が居るんだけど、迷惑掛けるかも知れないから関わるな、って言われちゃって…噂は聞いてるでしょ?』

「少し」


『で、説得に時間が掛かっちゃってさ、もう急いで来たんだけど……ん?何か魔素とか漏れて無い?』

「魔力溢れちゃって魔素が漏れてます」


『わ、大変だ。何か出来る事ある?』

「帰って貰うのが先かと」


『大丈夫、同類だから心配無いハズ』

「あー、じゃあ、空飛ぶ靴を見せて貰えませんか?出来れば触りたい」


『おっさんの靴なんかで良いの?新品を用意しようか?』

「それは後日出来たらでお願いします、でも今は実物が見たい」


『はい、コレね、君なら鍛冶達が喜んで作るんじゃない?』

「ちょっと別件で、急に直ぐ実物が見たかったんで」

「何する気だ?」


「ひみつ、ありがとうございました。お礼は、何系が好きですか?」

『いやいや、何も要らないんだけど。けど、ただ…あの桃ってもう食べれる?』


「はい」

「桜木、俺も食いたい」


「リズちゃんも果物どうぞ、それともしょっぱいのが良い?」

「両方」

『え、俺にも欲しいな』


「おう、今出すから先に果物どうぞ…種とかはそこらに投げといて」


『うん!甘い!』

「美味いなぁ、あのさくらんぼも良いか?」


『俺も!やっぱ他のも食べたい』

「どうぞ、はい、お煎餅」


 神様と幼女の果物狩りは、まるで休日の親子の様で微笑ましい光景。

 ただ、実体としてはおっさん幼女とおっさんの絡みだと思うと、また違った景色に見える。




「あの、桜木さん、その方は?」

『北欧のロキ。あ、ついでに忠告を1つ』

「え、なに」


『従者君。そろそろ魔道具が壊れる音がするぞ、大変だ、面白くなるかな?』


 ロキが言い終えると同時に、バキンと音を立て、ショナの腰に下げていた魔道具が壊れた。


「「「あ」」」


『予備ある?大丈夫?』

「心配すんな、予備は持って来てある、ほれ。それからコレも」

「可愛いポーチ」


「うるちゃい、ホレ、桜木のはコレだ」

「改良型?」


「試作機2号だ、1号は予備として持っておけ」

「ありがとう」

「助かりました、ありがとうございますリズさん。では何かあったら仰って下さい、お邪魔しました」


「あの顔が良いのか、魔王と毛色が違うが」

『へー』

「だ…おいてめぇ、何で知って」


「そら関係者だからなぁ、転生者だし、答え合わせをさせられた。お前が本当に召喚者か」


「おぉ、疑われてんの、良いね」

「そこ喜ぶ所か?…一時は騙そうとする奴も居たらしいからな、直近の転生者が審査するんだ。形式上な」


「エミールもタケちゃんも?」

「そうだ、担当は俺じゃないが」


「へぇー、安心した、意外としっかりしてて」

「舐めてんなぁ」


「違うよ、心配してんの、優しい世界だから」


「そうだな」

『良いねぇ、これが昨今の女子トーク?』

「俺の中身はおっさんだ、女子じゃねぇ」


『そっか、大変だなぁ、男の子にしてあげようか?』

「ダメ、先約があるから」

「な、勝手に断っ…まぁ、そうだな、義理は通さないとな」


『先約があるのかぁ、じゃあダメだね。基本的には神様との約束は絶対だから』


 雑談をしながら再び綿畑や果物、新しく植えたオリーブを成長させていく。

 土地が拡がった影響で妖精も大繁殖し、沢山収穫された。


 段々、ストレージの内容が八百屋の様相を呈して来た。




「そういや、リズちゃんお仕事は良いの?」

「これも仕事の範囲だが…今までは男になる為に努力してたんだ、後はもう適当にやるさ」


「えぇー、夢は無いのかい」

「ハーレム」

『わお、ストレートな夢』


「ね、えっち」

「うっさい、男のロマンだろうが」

『そう?面倒そうじゃん?』


「モテたい…」


「童貞だったとか言うなよ」


「言うかバカ」

「ちび」


「オデ オマエ カジルゾ」

「オレ オマエ マルカジリ」


 リズちゃんはふざけながらも左腕を確認してきた、これが一番堪えた。

 申し訳ない。


「オマエ ウデ ダイジョウブカ」

「ダイジョウブ モウ ナオッタ」


『腕、ケガでもしたの?』

「こいつは魔法の練習の為に、自分の腕を切り落としたバカ」

「人が痛いの見るの嫌なんだから、しょうがないじゃんか」


『それは凄い、何の魔法を練習しようと?』


「治療と殺すの」

『あぁ、それで。死刑囚でも練習台にしたら良いんじゃないの?』

「無理だ、大罪の管理で出来ない決まりになってる」


『そっか、それなら良い方法があるかも』

「お、くわしく」


『ひみつ。じゃあ準備してくるから、また来るよ!』

「はい、ありがとうございました」




 ロキ神が消えると、また静かになった。

 穏やかと言うか、静か。


「良い天気だな」

「うん」


「お前の夢は?」

「マンガ読んでゲームして、ピザとコーラに囲まれて」


「映画にアニメにラノベに、編み物か」

「そりゃもう怠惰に過ごしたい…怠惰って居るの?大罪の」


「居るぞ、法務関係だ、上の方のな」


「そんな重役させてんの」

「名前の意味が逆なんだよ、勤勉で真面目過ぎる。怠惰が出来ないのが罪なんだ」


「憤怒も?」

「必要悪、怒る役を引き受けてる様なもんだ」


「嫉妬は?」


「…それは……引きこもってる、嫉妬と言うか、悲嘆だな。魔王の様に消滅を望んで」

「じゃあ会いに行かなきゃ」


「は?」

「開戦してから死ぬ為に無茶されても困るし、味方は多い方が良いし」


「会ってどうするつもりだ?」

「とりあえず会話」


「だけか」

「そんな長く死にたいと願ってる人を、説得出来る程の人生経験は無い。先ずは、様子見して把握しときたい」


「あぁ、なるほどな、上に伝えておいてやる」

「おう、ありがとう」


「じゃあそろそろ帰る、養生しろよ」


「おう、またね」




 元の場所へ空間を開き、リズちゃんを見送った。

 一瞬だけ見えた行き先には、白い服の研究員が何人も。


 そして小屋に戻り遅い昼食、クラムチャウダーを1杯。


 だが、まだ食欲は戻らない。


「ショナも帰る?」

「いえ、まだ大丈夫です」


「その頑固はフェロモンの影響?」

「いいえ、素ですよ。それにどうやら、魔法を使う桜木さんの近くに居なければ影響は低いみたいです」


「ほう」

「僕とリズさんの持っていた魔道具からの情報で、魔法の使用中と使用後は、暫く離れていれば大丈夫だそうですから」


「そっか、嫉妬に会ってみたいんですが」

「なんでまたそうなったんですか」


「リズちゃんと理想の将来の話しして、そこに」

「何故。何故、接見の許可が無いとダメなのか聞きましたか?」


「いいや」


 嫉妬、悲嘆、羨望、妬み僻み嫉み、羨み。

 そう呼ばれていると。


 ただ本人がそうなのでは無く、周りがそうなってしまうらしい。

 だから無人島に1人、引き籠って住んでいると。


「魔道具や魔法である程度はレジスト出来るらしいそうですが、資料が古いので断言は出来ません。そして、改善策が出ない限りは、誰とも接触したくないと言い残してるそうです」


「ロキさんが大丈夫だったし、なんなら今の方が大丈夫かもじゃね?相殺出来そう」

「計測が出来ないので、それは予測に過ぎませんよね?それに、向こうが…どう精神の変化を起こしているか、分からないんですよ」


「じゃあ余計把握しときたいじゃん、戦争になって自爆覚悟ででしゃばられても嫌だし。この魔素の流出も今回だけかもしれんし、魔道具貸してくれたら1人で行くし」

「ダメです」


「じゃあ一緒に行く?」


「…行って、会話が出来なかったらどうするんです?」

「そら殺してみる、武器の射出で」


「じゃあ逆に、会話が成立して改善策を求められたらどうするんです?」

「魔王のホムンクルス計画に組み込む?」


「アレは魔王の精神が分裂するのが、成功の大前提では?」


「そうか…殺す以外無くなるか、味方になってくれるのが1番なんだけどなぁ」

「改善策を出せないなら、申請が通るのは難しいですよ」


「分かった、考えとく」




 最悪はまた失敗して、自分が死んだら。

 死んだらどうなる?


 ソラちゃん、死んだらストレージ内部の物はどうなる?


【委任先が無い場合、周りに溢れ出ます】


 委任先リストとかある?


【はい、タブレットに表示しました】


 そこにはカールラ、クーロンの名前があり。

 配分割合や、詳細設定等が表示されていた。


 この、共有ストレージってのは?


【はい、マニュアルのココです】


 タブレットの文字が点滅し、委任先への細かい割り振りの下に、共有ストレージの項目があった。

 時間経過あり、生物不可の有限ストレージ。


 便利。


 その他にも島の設定も弄った後に、嫉妬の対策を検索した。


 嫉妬の文献、少な過ぎ。

 レジストと言った魔法以外に対抗措置が無いのだが、レジストですら一時的にしか効果が無いらしい。

 その対策の議論も実際は殆どされておらず。

 一応遠隔監視もされているが、本人が実際に島から出ない為、事実上は放置されてる状態。


 いくら武器の射出でも、相手の戦闘能力が分からない以上は無謀過ぎるし。


 勝手に行ったら、またマジで本当に怒られるだろう。


『また、何を考えている』

「今すぐ嫉妬の所に行ったら、マジでヤバいなって」


『だろうな、録な情報が無いだろう。大半の文献は焼失している上に、そやつは孤島に独り、ワシでも分からん』

「オモイカネさんなら分かるかな」


『どうだろうか、世界に1番近い存在らしいが、意思の疎通は難しいと聞くぞ』

「会った事は無いの?」


『あぁ、一生会う事は無いだろう。動けぬ国の要を一時にでも1ヶ所に置いては危ないからな』

「そらそうだ、テロられたら敵わんな。会いたい?」


『どうだろうな、分からん』

「クエビコさんの夢は?」


『……そうだな、今ほぼ叶っているさ。お前が色々と見せてくれている』

「お、照れんじゃんか」


『そうだ、精々照れろ、誇れ』


 そう言われ、ほくそ笑みながら木陰でウトウトとしていると、妖精達がお菓子をねだって来た。


 やっと、魔素の漏洩が終わったらしい。


《おかしー》《おせんべー》《クッキー》


「あいよ、お疲れ様でした」

『一応は、一段落か』


「ね、意外と早」


 突然、タブレットの警報が鳴った。


 《緊急事態宣言です》

 《旭川市中央公園付近の皆様、至急お近くの建物へ避難して下さい》


 《繰り返します、旭川…》

『行くなハナ、おタケが出ると』

「公園に移動」

【はい】


 島の端に駆け寄り、結界の外から空間転移。

 まだ誰も居ない、空を見上げると夢で見た光が稲妻の様に亀裂を生む。


 早い、まだエミールは万全じゃない、戦えない。

 自分だって。


 目の前で空間転移の光を視認した直後、空に雷鳴が響き。


 濃い紫の稲妻が光った。


 直線的に。


 移動して来た賢人君に。


 彼の心臓、顔を。


 吹っ飛ばした


『ご主人様!』

《下がって下さい!》

「ハナ!下がれ!」


「賢人君を回収!」

【回収完了】


「武器とエリクサーの射出用意。盾も、最大防御、最大出力で総攻撃準備」

【了解】


 賢人君の血に染まった小さな塊が2つ、瞬く間に大きくなって。

 もう既に子供のサイズにまでなっている。


「武器射出、先ずは1個に」

【了解】


 下がりながら、切り刻んでも、潰しても。

 それを吸収したかの様に、倍々に大きくなっていく。


『gすをfんぉふうqbxこあq』


 瞬く間に、肌色の人がいっぱいくっついた様な化け物が大きくなり、叫ぶ。

 武器が刺さる度に、言葉に成らない声を発する。


 もう1体は横に移動し、更に巨体となりカールラ、クーロン、タケちゃんへ。


 だが成獣化したカールラ、クーロンの攻撃でも傷が塞がってしまう。


 目の前で相手にしていた肉塊も大きくなり、射出した武器達が、肉に飲み込まれていく。


「武器の回収」

【現時点では不可能】


「足に集中」

【はい】


 もう足止めで精一杯、動きが止まるだけでトドメをさせない。


 魔素が、まだ溢れてる?


 妖精達はお菓子を強請ったし、来る前は空腹感もあった。


 なら、何で倒せない。


 射出された剣をリサイクルしても、徐々に飲み込まれ続け、数が減ってる。


 右足、左足、右足、左足…何度も何度も再生し、コチラに向かってくる。


 ふと2匹の目を見る、沢山ある目が、全てがコチラを見ていた。


 標的は自分。


 ジリジリと距離が詰まり、無数の手が自分に伸びてくる。


 なんで。


『おい、杖を手に取れ』


 一瞬ベルトに視線を向けると、マーリンの杖が光っていた。

 手に取り即座に返事をする。


「はい」

『目を閉じて、光の中心を見付けろ』


 言われるがまま目を瞑り、怪物の体内を見る。

 光が頭に集中している、先ずはエンキさんに教わった通り、かき乱す。


 殺す。

 絶対殺す。


『それじゃコイツはダメだ、もっと良く見ろ、大元の流れだ』


 大きな光の流れを探る。

 暫く辿ると、複数箇所から一方向へ、全身へ流れていた。


「見えた、一方向、複数ある」

『それを、真ん中に全部集めろ』


「わかった」

『そして圧せ、枝葉からも漏らすなよ』


 上手く集まらない。

 杖の先じゃ足らない。

 手でかき集めて両手で囲む。


『もっとだ、小さく固めろ』


 掌で少しずつ固めるが、磁石の様な反発があって上手く包み込めない


『固めろ、固めたら、潰せ、終わる』


 そう言われ力を込めた、漏れない様に、確実に。


 一定のラインを越えた時、一気に握り締められた。

 同時にパキン、と割れる感覚と、咆哮が聞こえた。


『gyふえhづづづえうえいkwklっっっっsぁああああああ』


 目を開けると、眼前にはドロドロに溶けていく怪物の姿。

 やっと1体。


『次だ』


 タケちゃん達が抑えていた化け物に集中する、自分の手を大きくイメージして、化け物の光は小さく。


 出来るだけ早くかき集めて。

 圧縮して。


 潰す。


『gすsっhがgysっhじゃあああああああああああ』


 目を開けると2体目の怪物の近くで、竜化したクーロンの脇腹が真っ赤に裂けていた。

 骨も、内臓も出てしまって。


「クーロン!」


 駆け寄って傷口を圧迫しょうにも、大きい、穴が、内臓が出て、骨が。


『習ったんだろう。光を圧せ、促せ』

「竜の体なんて知らない!」


『中身は同じだ、まして神獣なら勝手に元通りになる、促せ』


 再び目を瞑り、クーロンの大きな傷を見る。


 光が点画の様にクーロンを形作り、傷口は途切れ、地面へ吸い込まれている。


 その部分を注視していると、損傷した内臓が、骨が、筋肉が自然と再生されていった。


 逆再生の様に魔力が流れ、吸収され、イメージせずとも修復されていった。


『次は小僧だ、出せ』


「ソラちゃん、賢人君を」

【はい】


『胸からだ、足りなければ教えてやる、圧せ』

「はい」


 太い動脈から血管を、筋肉を、神経を想像し、再生させる。


 心臓が出来上がる、今度は周りの血管、神経、筋膜、骨、皮膚。

 全てを再生し終え、次は顔に目をやった。


 脳は無事、でも顔も、首も吹き飛んで、皮一枚で繋がっている。


『脳は無事だな?顎からいけ』

「はい」


 目が合う、動向は完全に散大。

 かつて首だった場所からは血が流れ出て、真っ白な雪が染まっていく。


『集中しろ』

「はい」


 かろうじて無事だった上顎骨から、下顎、頚骨、脊髄。


 細かい、難しい。


『学習しようと構えるな、流れに身を任せろ』

「はい」


 再度息を深く吸い、集中。


 ただ圧すだけに、集中。


 クーロンの時と同様に、魔力と魔素が細胞の1つ1つに吸い込まれていく。

 骨を、骨膜が、腱膜が、皮膚が顔を覆った。


『全体に魔力を注げ、植物と同じだ、流せ』

「はい」


 植物を成長させた様に魔力を注ぐ。

 怪物の時とは逆に、全身に満遍なく巡らせる。


『そのまま、心臓の位置は分かるな』


 肋骨をなぞり胸骨をなぞり、鳩尾の直ぐ上に拳を置く。


「はい」

『思いっきり叩け』


 力一杯叩いた。


 もう1回。


 もう1度。


「起きろ!バカ!」


 ドンッ!


 ドンッ!


 ドンッ!


 ………


 …


 もう1度叩こうと胸に手を置いた時。


 ドックン、トックン、トクン、トクン、トクン。


 手から鼓動が伝わってきた。

 安定した、ゆっくりとした鼓動。


『次はもっと、早くしろ』

「うん、ありがとうマーリン」


『伝えただけだ、コレは俺の力じゃない、じゃあな』






 杖の光と声が同時に消えたのは覚えてる。


 意識を失ったらしい。

 目を覚まして見たのは、最初と同じ景色、病院の天井。


 初失神や。


「桜木様、大丈夫っすか?」


「賢人君!うそ、生きてる?不具合は?動いて良いの?クーロンは?」

「桜木さん、落ち着いて下さい、皆無事ですよ」


「あ、ごめんショナ」

「今回は謝らないで下さい、通知が行ったのがそもそもコチラのミスですし」

「そうなんすよね、切ってたのに。知ったら来ちゃいますもんね、桜木様」


「はい、申し訳ない」

「サイバー攻撃か不具合か不明ですが、既に調査中ですから安心して下さい」


「多分、オモイカネさんだ。勘だけど、話題に出したから」

『有り得なくも無いが、そうして何になるんだ?こんな危険な目に合わせおって』


「世界に一番近いんでしょ?お陰でマーリンさんに助けて貰ったし。これっきりみたいな事を言われたけど」

「聞きました、ロキ神にマーリン様って、今日は濃密っすね、マジで」


「君は死んだし、生き返るし…どうとも無い?記憶は?」

「残念ながら死んだのも覚えて無いんすよねー、公園に移動したら次の瞬間に病院っすもん。検査でも、特に異常はないっすよ」


「そっか…クーロンは?」

「無事ですが検査中です、人型のデータ用にと」


「失礼します、起きられましたか」

「あ、はい院長先生、お世話になりました」


「いえいえ、少しお時間を頂いても。出来たら桜木さんだけで」


「うっす」

「僕らは外に居ますね」

「おう」


「あの、体に変化があったとは聞いて無いんですが」

「はい、内緒でしちゃいまいした、数日前に」


「プライバシーの観点から、ターニャと私しか、まだ知りませんが…報告しても?」

「異常があれば」


「異常はありませんが…お体に違和感は?」

「特には、寧ろ色々無くて快適です」


「分かりました、ではターニャと私だけに留めておきますが、違和感を感じたら直ぐに仰って下さい。どうか、お大事に」

「はい、すみません。有難う御座いました」


 先生が出て行くと、直ぐにショナと賢人君が戻って来た。

 何と説明しようか。


「何かあったんすか?」

「体を大切にって。お腹減った、今何時?」

「まだ31日の20時です、夕飯にしますか?」


「たべる」


 久しぶりの病院の食堂は、夕飯の時間を過ぎていてかなり空いていた。

 ターニャ達は、クーロンや双子を落ち着かせる為に付いてるそうだ、有り難い。


「ウマイっすねぇ…どしたんすか?」


「辞めようとか思わんの?」

「記憶無いんすもん、辞め無いっすよ」


「ショナも?」

「足手まといにならない様に努力しないといけないなと、思ってます」

「そうっすね。まだ食欲無いんすか?」


「いや…夢かと疑ってる、それか薬でおかしくなってるのか。蘇生出来た説明が出来ないし、再現もきっと。理屈抜きで勝手に出来た感じで、実感も無い、自分の力は魔力を注いだのと、心臓叩いたのだけで」

「バカ!って叫んでたやつっすね!」


「なんでしってる」

「武光様に戦闘記録用のカメラを起動して貰ってたんです、僕も見ましたよ」


「それは恥ずかしい」


「でも、見たら実感湧くんじゃ無いっすか?」

「いや、みない、湧かなくていい。帰りたい」

「ダメですよ、ちゃんと食べて下さいね」


「もうやだ、穴に入りたい」

「食べてからにして下さい」


 ショナも賢人君も早々に食べ終えてしまいそうだったので、仕方なく食べた中華粥は、美味しかった。


 お代わりした。


「おう、ハナ、もう大丈夫か?」

「タケちゃん。大丈夫、お代わりした」


「来てくれて、本当に助かった」

「急にごめんね、行っちゃって」


「アレじゃどのみち来て貰う事になってた、そうなったら連絡出来てたかも怪しいさ、謝るな」

「んー」


「じゃあ俺は様子見に来ただけだから、ちゃんと、ゆっくりするんだぞ」

「うい」


「武光様には素直なんすよね」

「お兄ちゃんには逆らえん」


「あー、そういう感じっすね、なるほど」

「末っ子の悲しいサガよ」


「俺はお姉ちゃん欲しかったんすけどね、優しい姉」

「姉とは厳しいもの、躾係だし」


「見てるとつい、口煩く言いたくなるもんす」

「食事のマナーとか」


「あるあるで、デザート要ります?」


「うん…賢人君、本当に大丈夫?触って良い?」

「どぞどぞ」


「なんも痕跡が無い」

「あ、髪は切ったっすよ。何か、伸びちゃってたんで」


「そうだっけ?」

「少しだけっすけど、ショナさんに、上手いっすよねマジ」

「本当に少しですけどね、時間も有りましたし」


「うーん…胸は?胸毛生えた?痕は?」


「ちょ、ココではちょっと不味いっすよ」

「確かに」

「まだ現実味が無い感じですか?」


「そらそうよ」


「でしたら、前倒しで精神科医に掛かってみませんか?初回のお試しカウンセリングで」

「おう、ええよ」




 海外ドラマで見る様な、ソファーに腰掛けながら、斜め向かいの医者と話すタイプのカウンセリング。

 医者は2人、おじいちゃんの磯山五十六先生と、自分より10個程上に見えるネイハム・サリンジャー先生。


 そして先ず話し始めたのは、おじいちゃん先生。


「では、今どの様な感じですか」


 達成感から来る高揚感でフワフワしているのか、疲労か、全部か。

 兎に角フワフワした感じで落ち着かない。


 嬉しい反面、たまたま誰かの介入で迎撃に成功しただけであって、浮かれても居られないのに、やっぱり嬉しい。

 素直に喜べ無いからと言って、振り返って映像を見たくも無い。


「…で、兎に角、落ち着かないです」

「では、今したい事は何ですか?」


「肌触り良い何かをモフモフして、頭を空っぽにしたい。何か、動画とかゲームに没頭して、したいけど」


「アチラの世界の、ですか?」

「ですね、コッチでは特に探してもいないので、お気に入りが無いです」


「では、タブレットで15分以内に欲しい物や気に入りそうな映像、何でも5個、探して下さい。用意、スタート」

「え、あ、はい」


 欲しいゲームが2つ。

 落ち着いた声のゲーム実況者を1人、向こうの作品をコッチでリメイクしたのが1つ。


「はい、時間切れですが…今したい事を1つ上げたら、セーフにしましょうかね」

「バッサリ髪切りたい」


「はい、結構です。では何故、伸ばしてたんでしょう?」

「母親の機嫌を取る為と、ボランティアで髪を提供する為、人間関係での話題作りの為に」


「それだと確かに、伸ばす理由はもう無いですね」

「洗うの面倒、邪魔、褒められるの嫌」


「褒められる、と社交辞令やお世辞の区別はついていますか?」


「自分に来るのは全部一緒、同じ、社交辞令でお世辞、おためごかし。それに、褒められてどうリアクションを取るのが正解か悩む、個人によってバラバラだし、面倒、しかも不正解だと嫌われる」


「中々殺伐とした世界で生きてらっしゃったようで」

「家庭が殺伐としてましたから」


「戻りたいですか?」

「いいえ、戻る位なら死にたい。祖母ももう長くなくて、姉も兄も家庭があります。自分が居なければ向こうは平和なんです、居なければ結婚して無いって両親は言ってましたし、離婚した方が2人の為になります」


「あくまで憶測ですが、コチラに定住が決定した場合、向こうでは病死となるかと。ご家族は悲しむのでは?」

「でしょうね、多少は。後年はホッとするんじゃ無いですか、病弱なお荷物が早々に消えて」


「では、次です。どうして現実感を疑うのだと思ってますかね?」

「あんまりにも幸せだから、ふとした時に幸せで、それで怖くなる。迷惑掛けてばかりだった自分が、ココで大した役にも立たず、立てず、幸せで良いのかとか」


「ココは、良いと思いますか?」

「好きな物が食べれて、静かな人が多くて、外見に煩くも無い、良く教えてくれて、ちゃんと心配してくれて。殆んどの人が優しい、思い遣りと余裕があって、病院も完璧だし。万能薬の味は苦手ですけど、薬だし。良い、好き」


「コチラにも嫌な人、悪い人は居りますよ」

「飛んで逃げてコッチが消えれば良い、最初から根無し草なんだから、根付こうなんて思わないです」


「馴染めないと思っていますか?」

「人見知りで目立つのが嫌なんで、召喚者としては馴染めないかと。そもそも召喚者にも不向きだと思ってます、そちらも、想定外が多いでしょうし」


「そうでしょうか、立派に戦われたと聞きましたよ」


「手助けされて何とか勝てただけです…弱くてすみません」

「いえいえとんでもない、お疲れの所をご足労お掛けしました。次回からは彼が面談を行いますが、もし気に入らなければ、その場で変更も出来ます。いくらでも、人を変えて良いですからね」


「はい」

「では宜しくお願いします、話したくなったら、本当にいつでも、連絡を下さい」


「はい…今少し話しても?」

「どうぞどうぞ、では僕は先に失礼しますね」


 おじいちゃん先生が、よっこいしょと席を立ち、部屋を出て行った。




 綺麗な先生、濃い色の金髪に目が青、端正なお顔立ち。

 眼福。


「あの、どうしたら予定が上手に組めると思います?暇と忙しいが交互に来るんですけど、やっぱり自分に問題があるからですかね?」


《占いは好きですか》

「はい、好きな方かと」


《運です、そういう運。まして特に、昔からなんですよね、ソレ》

「あ、はい、でも病弱だったからかと」


《病弱でも予定が詰まらず暇ばかりの人も居るでしょう、健康でも平穏に暇な人も、その逆に何故か忙しい人も。では逆に、病弱な人で何故か忙しい人も、居てもおかしくないのでは?》


「理屈的には」

《今の所は特に、大きな問題は見受けられませんよ。そもそも、突拍子も無いのは召喚者に良くある事ですし、召喚者を動かすのは大半が運。お伽噺同様、運命に翻弄される運命》


「大半がこんなんすか」

《ずっと健康な人が大半で、残りの何割かが大罪の様になったり、実際に大罪になったり、自滅したり様々ですね》


「様々」

《そうです、それに幸運にもマーリンと接触したそうで》


「あ、はい」

《彼は人に対してはとても気まぐれなので、今後は期待しない方が良いかも知れません。ですが、今は幸運を喜んで、事実を受け止めてみては》


「あ、はい。つか呼び捨てって、お知り合いで?」

《私はエルフです、ほら》


 彼が見せたのは耳。

 ピアスも何も無い、ミーシャと同じ尖り耳、さては、おじいちゃん先生より年上か。


「じゃあさっきの先生より」

《上、立場は向こうが上です》


「おいくつとか」

《ミーシャより上、ココに来てかなり経ちます、里の戦争で逃げて来たので》


「もしかして面倒臭いです?」

《いえ、無表情なのは気にしないで下さい。ミーシャのも、種族の特性です》


「他にも召喚者を実際に診た事が?」

《何人かは。病まなくても苦悩は多い、アナタも普通に話せば良いんですよ。焦らず、ゆっくりでも》


「焦るなと言われても無理でして」

《どうしてでしょう》


「なんか、なんでか、分からない。神様を、信じてますか?」

《はい、現に居ますし》


「それでも、実感がどうも」

《普通の人はそう言うでしょう、神々には会えず君よりは恩恵が薄いので。でも、君はお会いしてますよね?最近はロキ神にも》


「はい、でも、雑で抜けてる自分が何でかと」

《それを、神では無いかも知れない何か、世界が求めてる可能性があるとは思いませんか》


「自分で良いのでしょうか」

《少なくとも私は良いですよ、話が通じる人で安心してます》


「1番通じ無かったのは?」

《怠惰、焦燥感と正義感から不眠不休で壊れそうになって、物理で休ませました》


「わお」

《わおですよね、聞いてくれないのが1番不安です。君は、遥かにマシかと》


「召喚者だから優しい?」

《いいえ、ですが召喚者専用のカウンセラーなので、貴方が一般人なら接する機会はほぼ無かったでしょうけど。私は立場で態度は変え無い方です、面倒ですから》


「うーん」

《召喚者として役目を終えるまで、そのままでも良いと思いますよ、私は》


「んー」

《直ぐに納得が難しいのも理解は出来ます、色々有りましたし。今日はもう遅いですし、考えるより先ずは休んで下さい》


「はい、ありがとうございました」

《はい。では送りますから、車椅子へどうぞ》


 車椅子で病室まで送られる傍ら、ネイハム先生の人生を聞いた。


 アヴァロンに居た時は戦争もあったけど普通に幸せだった事、親が逃がしてくれてココに来た事、両親は争いで亡くなって、争いの原因は人だと思った事。


 それで、人の感情の研究を始めたのだと。


 病室に戻ると、カールラとクーロンも戻っていた。

 あの傷も消え、いつもの2人に。




 そのまま病院を出て浮島に戻り、3人でお風呂に入り。

 ベッドへ横になった。

「ショナ」『クエビコさん』「リズちゃん」『ロキ』『クーロン』《カールラ》「タケちゃん」


『マーリン』


「賢人君」「院長、窪川ハリー」


「磯山五十六」

《ネイハム・サリンジャー》

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