1月29日
グロ注意。
喉の渇きに目を覚ますと、点滴が付いていた。
時間を確認する為にタブレットを見る。
通信衛星が稼働したとの連絡が入っていたので、涎を拭いクーロンを枕にカールラをモフモフしながら、リズちゃんへ初めてのメールをしてみた。
[おはようハナです。リズちゃんへ。家族会議はどうでしたか。アレからずっと忙しかったので、休むのは大事だと改めて思いましたが、ソチラはどうですか。]
[おっさんみたいなメールをすな、チャットだから会話形式で大丈夫だ。家族会議の結果、暫く休む。が、いつでも連絡して来ていいぞ。]
[おうよ、ありがとう。適度に頑張れ、愚痴ならたまに聞く]
[おう、ありがとう。]
なんか、へんな感じ。
「大丈夫ですか桜木さん、寝直しますか?」
「いや、起きる。おはようショナ」
トイレに行き、顔を洗い、歯磨きをし。
暖炉の前で胡座をかき、暖かい麦茶を飲みながらボーっと火を眺める。
時間に押され忘れていたが、昔から予定にムラがある。
病弱な事も重なってか予定が来る時は一斉に来て、そして暇な時はとことん何も無く暇。
今回は予測が足りないからギュウギュウになったのか、それとも計画的では無いからだろうか。
いや、何も分からんのに何を計画しろと。
「どうしました?具合でも」
「いや。予測が足りないのか、計画的じゃ無いからか、両方か、予定が詰まったりガラガラだったりが良くあるので、それを解消したいなと」
「昨日は突発的な用件が立て続けに起こりましたし、予測は難しいかと」
「うーん…昔からなので、なんとかならんかと」
「それは…寝起きに難しい事はどうかと、先ずはゴハンにしませんか?それともお風呂に行かれます?」
「食事でお願いします」
魔力の増減が激しかった事、精神的に疲弊していた事、体を弄った事が重なったせいか、12時間以上眠ってしまっていた。
今居る大きなソファーには、泉酔いしていた筈のミーシャとクーロンが眠っている。
中々起きない事を心配した魔王が、ショナの交替要員としてミーシャを迎えに行き、先程までずっと起きて付き添ってくれていたそうだ。
気の回る周りで助かる。
ティターニアやエルフ達からはスコーンやクッキーの差し入れが、エイル先生からはポタージュとスモークサーモンが届けられていた。
「全部並べちゃいました、豪華ですね」
「うん、いただきます」
温かいポタージュを2杯、スモークサーモンのホットサンドを1個。
ミルクティーを1杯飲み干して、スコーンをジャムとクリームで1個。
食欲が湧かないのは、気のせいだろうか。
「お味噌汁もありますよ?ナメコの」
「いる」
梅干しおにぎりと味噌汁で、ようやっとエンジンが掛かったのに。
疲れからなのか箸が止まった、胃は要求しているのに、急に何も食える気がしなくなった。
月経の前兆が、まだ体に残っているのだろうか。
「調子悪いですか?」
「ぽい、ちょっとお風呂に行ってくる」
「あ、でしたら前髪を」
「あ、はい、お願いします」
外に出てタオルを顔に巻く。
安心。
「じゃあ、いつも通りで」
「うい、昨日の戦い見た?」
「はい、圧倒的でしたね」
「エグいよね」
「…はい、少し。でもエリクサーでかなり回復して、お墓参りに行けたそうですよ」
「そっか」
「すみませんでした、もっと早くに駆け付けて、止めれていれば」
「視線とひそひそ話に負けて戦ったのもイカン、だが説明を省いたアホが1番悪い」
「あの、言い訳をしても?」
「どうぞ」
「嫉妬って良く分からなくて…理解出来るんですが、実感が伴わなくてピンと来ないんです」
「わかる」
「それと、駆け付けようとした時に、各国の人間に止められて遅くなりました。日本が従者の権利を独占して、召喚者を弱体化させていると。それを否定するなら、模擬戦で桜木さんの力を示させるのは良い機会だと…多勢に無勢で柏木さんも僕も物理的に抑え込まれて、動けませんでした」
「そっか、それは腹立つねぇ、昨日聞いてたらもっと暴れてたわ」
「ですよね、僕も流石にムカつきました…でも正直、桜木さんが圧勝するとは思ってませんでした、ごめんなさい」
「自分も、なので許す」
「ありがとうございます」
「あ、やっぱ許さない。髪の毛切って良い?バッサリと。良いなら許す」
「じゃあ許さなくて良いですよ」
「失敗した」
「ですね。神様達も気に入ってらっしゃるんですから、勿体無いですよ、後で洗いましょうか?」
「うむ、こんどで」
「はい、終わりました」
「ありがとう、行ってくる」
「はい、長湯は禁物ですよ」
クソも居るのね、この世界。
《おそようじゃ》
「おう、おそよう」
《おや?萎れておるな》
「魔力の増減と体の変化のせいぽい」
《うむ、そうじゃなぁ……言われれば匂いが少し違、一体な、まさか》
「そゆ事じゃ」
《なぜじゃ》
「邪魔だからじゃ」
《そんな…す、スクナやスクナヒコや、き、来てたも》
『ん、どうかしたんだろうか』
《ハナの、この、コレは…大丈夫なのかぇ?》
『大丈夫だろう、馴染んでいる。それよりコレは一体どうした事か聞きたい』
《邪魔だったんじゃと、大丈夫とは一体》
「そうじゃ、もうそろそろだったので色々と変えて貰った。大丈夫、気分は良い」
『そうか、大きく魔力が減ったのはそれが理由か、温泉の魔素を濃くしてやろう』
「ありがとうスクナさん」
湯が先程より柔らかく、心なしかトロトロしている。
湯気を吸い込むと少し噎せた。
地上の、魔素が濃いと言われていた温泉の何倍も濃いせいか、何だかクラクラする。
『濃過ぎたか、少し薄める。長い睡眠で喉も弱っているな、ゆっくり吸い込め』
「ごめん、病弱で」
『仕方無い、お前はそういう体質だ、それは治さなかったんだな?』
「それはね、また今度にした。病弱はリミッターとかストッパーなのかと」
《あぁ、そうじゃな。永遠に動き回りそうな時もあるしの》
『あぁ、だろうな』
『やぁクエビコ、そうだな、無理をしたがりな様だ』
「またクエビコさん、野次馬を」
『あぁ、何をしたのか気になってな』
「エイル先生とかの会話、聞こえなかったの?」
『他国、しかも医神。そんな会話が聞けるワケ無かろう。人同士ならまだしも、無闇矢鱈に聞けるワケでは無い』
《我やユグドラシルのフギンとムニンも制限はあるしの、伝えられん事や聞き取れん事は在るんじゃよ》
「そうか、だから驚いてたのか」
『全く、誰にも相談せずになんて事をするんだ』
《そうじゃそうじゃ、一体何人が卒倒するやら》
『そんなに驚く事なのか、人界では少なく無いと聞く』
《それとこれとは話が違うのじゃよぅ》
『そうだ、召喚者なのだぞ』
「そうか、じゃあ暫くはバレ無いように黙ってて貰おうか、皆のもの。馴染んだ体で知らせて安心させようぞ」
『わかった、暫くは内緒だ』
《ふふふっ、秘密の共有は堪らんのぅ》
『…精々バレぬ様に用心するんだな』
「おう」
「桜木さーん、湯中りしてませんかー?」
「おー、してないけど涼んでるー」
『ショウナや、温泉の魔素を濃くしておいたからハナを蒸らすだけでも効果は高い、お前は湯を浴びるなら少しだけにしておくんだぞ』
「あ、はいスクナ様。桜木さんは大丈夫なんでしょうか?最近また魔力の溜まりが悪くて」
『大丈夫、漏れてはいない。使っているからだ、良くなってる』
「そうなんですね、ありがとうございます」
「ショナー、このままエリクサーするからオヤツ置いといてー」
「はーい、気を付けて下さいねー」
『任せてくれ、ドリアードもクエビコも来ているから』
「はい、ありがとうございます。では」
『…行ったか、で、感想はどうなんだ』
「快適、ブラ要らないし。月1の体調不良の前兆も消えたっぽくて快適。たまに食えない眠れないがあったから。痛みも無いのは安心だし、しかも皆と一緒にお風呂も入れるから気楽…あれ、良い事しか無い」
《寂しくは無いのかぇ?》
「胸?邪魔じゃん、清々しいわ」
《あぁ、我のムチムチぷりぷりボディが…せめて髪は大切にしてたもぅ…》
「そろそろ切ろうかと思ってたんじゃがな」
《もう!何でもすっぱりといくでない、爪もじゃ…折角美しいのに》
「でも邪魔やん」
『お前の常套句だが。平和になれば、伸ばすのか?』
「いや…まぁ、そうかも」
《よし!先ずはお主が努力せい!飲めー!しこたま飲むのじゃー!》
ドリアードの一気コールを一身に浴び、出来立てホヤホヤのスクナさんの万能薬を飲み干していく。
休憩に羊羹を食っては飲み、食っては飲み……千切っては投げ、千切っては投げ。
凡そ2時間で10㍑近く飲んだが、トイレに2回しか行っていない自分が怖い。
どうなってる、万能薬と腎臓。
『ハナ、そろそろ食事に切り替えた方が良い』
「お、はい、行って来ます」
『ついてく』
「お、一緒に食べます?」
『いや、観察だけだ』
「おうん?」
スクナさんと共に食卓へ。
寝起きの何倍も美味しく感じながら全て平らげ、昨日の天丼にも手を出し、約1時間の食事が終わった。
単に、魔力の容量が低過ぎた為の食欲不振だったらしい。
暑い、汗かいた。
「食事にも体力が必要だって良く理解出来る状態ですね、またお風呂に行かれます?」
「ちょっと、休憩してから行く、暑い」
『その食事が何処へ行くのか分かっているのに、何処へ行くのかと思ってしまう』
「大食いの事ですか?」
『あぁ、何だろうか、この不思議な高揚感は』
《ふふ、面白いじゃろう。おタケもエミールもここまで食べはせんからのぅ》
『そうなのか、才能だなハナ。食べれるは良い事だ』
『そうか、そう言う事か。えびすが気に入った理由は』
「才能って、コレかよ、向こうじゃ普通の量だったんだが。エミール達もやれば出来るんじゃ?」
「桜木さん、頑張っても追い付けないって武光さん言ってましたよ。エミール君なんかは早く見たいって楽しみにしてましたし」
「何か恥ずかしい気が?」
『誇って自慢して良い、容量が大きい者が必ず沢山食べれるワケじゃないから。それで不足し不調をきたす者も居る、だから温泉や泉の療養所がある。魔力消費は人それぞれ、吸収もそれぞれだ』
《じゃの、魔法の申し子じゃ。誇れ、能力を伸ばすのじゃ》
「治療の魔法の練習台か、でもなぁ」
『大昔は死刑囚を練習台にした時期もあったが、今はな。憤怒が許さんだろう』
《ひぇ…あやつは嫌じゃぁ》
「かと言って、また誰かにケガさせんのもちょっと」
《魔王相手にすれば良かろう?》
「ダメ、パパだし可哀想。双子に怒られる…ドリアードはたまに過激な事を……魔王を無闇に傷付けちゃダメな」
《ちぇっ》
「桜木様は貴女と違ってお優しいんです、くそビッチ淫乱ドリアード」
「うわ、寝起き悪いねミーシャ。おはよう、五月蝿かった?」
「いえ、おトイレです」
「はい、いってらっしゃい」
《生意気エルフの耳や目でも治してやれば良いじゃろぅ》
「失敗したらヤバいやんけ」
『僕は皮膚が主、ハナの練習には少ししか加われない』
「そうか、皮膚で練習か。ショナ、古傷無い?」
「え、あ、肩と腰に有りますけど」
「治させて、お願い、1個だけ」
「僕は構いませんが」
『小さいのを1つだけだ、他は回復してから』
スクナさん指導の下、ショナの肩の小さな傷を治す事となった。
目を瞑り、ケロイド状の皮膚の細胞を1つ。
正常な状態になる様に、加減しながら魔力を注ぎ圧す。
魔力を注ぎ過ぎれば、皮膚が過剰に生産されたり代謝が狂ってしまう。
弱ければいつまでも改善はされない。
難しい、たった1個の細胞にこんな時間を掛けてたら、蘇生なんて無理じゃろ。
「休憩。コツは無いでしょうか」
『正常な細胞の状態を覚えられれば一気に出来る筈、完治後を想像し、細胞に言い聞かせる』
TVCMだの解剖図だので、見てきた映像を思い出しつつ、試しにやってみる。
傷が無いみたいに、段差も変形も何も無い、他の皮膚と同様の状態を思い浮かべる。
そこに傷跡は無かった、無い。
「あの、少しチリチリするんですけど…」
『大丈夫、もう終わる』
コツを掴んだ瞬間、上書きされる様に細胞が一気に入れ替わり、広がった。
改めて魔素の流れを見ても正常、細胞も他と変わらない状態になった。
目を開けると、白い瘡蓋の様なモノが肩に広がっていた。
「瘡蓋?」
『うん、代謝して押し出された古い皮膚だ。温泉で掛け湯してくると良い』
「はい、では少しだけ失礼します」
「おうさ」
「マーリン様も手伝って下されば良いのに」
「お、お帰りミーシャ、会った事あるの?」
「いえ、でもお話は良く聞きました」
《マーリンとティターニアとオベロンと…たまにアーサーが来ての、平和じゃった。じゃが魔王のせいでな、一時はバラバラになったんじゃよ》
「くわしく」
《まだ地上にアヴァロンがあっての、結界で守っておったが。人と魔王が争い、結界が壊れてのぅ……洗脳されたエルフや人が攻め入って、それを魔王が追い回して散り散りになっての。助け出せた僅かなエルフの子供をマーリンが守ってな、ティターニアやオベロンは探しに出ていたんじゃ》
「魔物も人も居ない静かな森だったのは覚えてます、マーリン様とドリアードだけの領域でしたから」
《じゃから全裸で走り回ってはならんと教えるのに、どれだけ時間が要ったか…》
「だってドリアードは全裸ですし」
《それ、それじゃ…アッチを立てればコッチが立たん…もうアレは育児ノイローゼじゃった》
「ティターニアは男装していて、オベロンやマーリン様、アーサー様も男で服を着てる。ドリアードは女性だから服を着ないのが普通と思ってました、今は違います」
《ミーシャは孤児でな。ワシが殆んど育てたんじゃぞ?》
「記憶に無いです」
《はぁ…ティターニア達が数年掛けてエルフ達を集めてな、地上から離れ、こうなったんじゃ》
「人は憎くないの?」
「私は憎いは無いです、他のエルフは憎んでるのも居ます。でも召喚者は別なのが不思議です、召喚者でも悪い人は居たのに」
《複雑な歴史があるからの、人憎しから魔王憎しになり、また人憎しに戻るんじゃよ》
「へー」
「当時の欧州の混乱は世界史を読み進めれば出て来ます、人と魔物と魔王と、神々の混乱期は長かったので」
《当時は魔素が不安定な時期での、マーリンは留まるしか無かったんじゃ。それを悔いていてな、戦場に出れば良かったと》
「無理だったと言い聞かせても聞かなかったとか、優しいショボひね爺さんです」
《ショボくれひねくれ爺の略じゃ、もう…口が悪いのを似おって、常にヒヤヒヤしておるわ》
「マーリン様は正直が好きです」
「柔らかめの正直は好き」
「柔らかいの頑張ります」
「よろしく」
「さっぱりしました、ありがとうございます」
『うん。ハナ、そろそろ入浴しても大丈夫、温泉へ行こう』
「おう、ミーシャはゴハン?」
「はい、食べてから入ろうかと」
『では後に掛け湯だけにすると良い、今は魔素を濃くしてある』
「はい、分かりました、いってらっしゃいませ」
再び湯治が如く、掛け湯し、肩まで一気に浸かる。
少し熱めが気持ち良い。
「スクナさん、魔素濃いのに入るとダメな人はどうなるの?」
『秒で湯中り』
「秒で」
『目眩と吐き気、頭痛。噎せたり、ビリビリして入って居られなくなる。だから少しずつ濃いのに慣らす。ハナはドリアードの恩恵で外からの吸収が良いから耐えられてるだけ』
「あらこわい」
『弱っている時は何事も程々にだ。温まったら、出てから万能薬を飲み始めると良い』
「はい、お世話になります」
『大丈夫、お世話させてくれ』
何度と無く入浴とエリクサーを繰り返し、小腹が空いたら上がり食事をする。
流石に3食同じは飽きてしまい、ショナが料理し始めてくれた。
いつの間にか軒下に置かれていたキノコの山で、数種のパスタとドリアを試作。
ドリアをミーシャも気に入ったので、ショナを手伝いながら増産。
篭いっぱいのキノコの山は、あっという間に消えてしまった。
「誰かは分からないけど、お礼をしないとね、篭にドリアとパスタを置いておこうかな」
《じゃのう、誰かも喜ぶかも知れん》
「じゃあ他にも、お裾分けしに行こう」
ミーシャは留守番のついでに里帰りさせ、パスタとドリアを携えヴァルハラへ向かった。
「はなちゃん!大丈夫でしたか?」
「おう、おはよう。帰ってくるの早くない?」
「あ、おはようございます…追い返されました」
「あら、どうしたの」
「あのですね、はなちゃん達がストレージも空間移動もゲットしたので居場所が無いと話したら、追い返されました…」
『はいはい、話したいなら給仕して。ありがとうねハナ、美味しそうなお裾分け。さぁ食べましょう!』
「「『いただきます!』」」
「で、何で追い返されたの魔王」
「役に立つ方法を探して来なさい!って…怒られちゃいまして」
「なんとしっかりした子達なのか」
「はい、それは嬉しいんですけどね…どうお役に立てます?立ち入り禁止区域が多過ぎて、はなちゃんが困っている時にお助け出来ません、おタケ君の戦闘訓練の相手も出来ず…」
「俺は居て欲しいがな、寝ずの見張りは長期戦に役立つ……旨いなぁ、このトマトソースのが気に入った」
『僕はこのドリアが、リゾットより芳ばしくて好きです…僕も役に立てて無いので、お恥ずかしい』
「魔王に同情するつもりはありませんが、僕も似たような状況ですし。どうお役に立てるか、ずっと探してます」
「ショナは料理と見張りと前髪と連絡係とか、色々あるじゃない」
「桜木様が全快して本気出せば、それ殆どが出来ちゃうじゃ無いっすか。お洗濯は自分でしちゃうし、お料理も普通に出来るし」
「そら洗濯は恥ずかしいし」
「料理も出来て移動もストレージも、私は一緒に居て良いんでしょうか…大勢に嫌われてるのも重々承知してますし、このままでは負担になるんじゃ無いかと」
「じゃあ人になろうよ、人になったら、のイメージ全然聞いて無いよ?」
「人のお父さんって、どんな感じなんでしょう…」
『私の父はね、他人には横暴で横柄だった。でも私達にはとても優しくて愛してくれた、バカな事をして来たのも知ってるけれど、憎めない大事な父。そんな父を愛して支える母が居て…って感じかしら』
『僕のお父さんは元軍人です、強くて優しくて尊敬できて、厳しいけど正しくて。でも不器用で、母さんに勝てなくて、母さんは誰よりも家族を愛してくれる人だと思います』
「俺の父は無口で厳しかったな、悪い事をすれば拳骨で…確かに不器用な人だった、良く母を泣かせてたし。スタント中に死んだ、でも凄い格好良かったんだ、最後に最高だった。母は酷く落ち込んで。母は愛が深い人だな、今でも父を愛してる」
「僕の家は…躾は両親ともに厳しかったですね、沢山教えてくれて遊んでくれて…2人とも器用な人だと思います、家庭と仕事の両立なんて、僕には想像できませんから」
「ウチ言い辛いんすけど…母が死んで、父は一時酒に溺れちゃって。直ぐに一時施設に行けたんで何とかなったっすけど。気が弱くて優しくて、嫁が好きで、そんな感じっすかね。しっかりした母ちゃんだったから、家が守られてたんすよね」
「色々やね。双子に、理想の家族ってのを聞くのが1番じゃね?魔王はもう聞いてるの?」
「そう言う話はしてないです、なんか、気後れしちゃって…」
「ドリアード、聞き出して無い?」
《…痛い事しない、怒鳴らない、怒らない人、眠らせてくれる人、ゴハンくれる人、嫌な夢を見たら抱きしめてくれる人。魔王がパパで良かった、寒くない暑くない綺麗なおうち、好きって言ったら何回も同じゴハン出してくれる、オヤツもくれる、絵本のパンケーキ作ってくれた。いい匂いのフカフカのお布団なのに、ねれなかったら怒らなかった、撫でてくれた》
「ギブ、ギブアップ、ドリアード。ショナ、すまんが、通訳したげて」
「はい」
ショナの通訳の合間に、自分の家族の事を言うべきか悩んだ。
ハッキリ言って、魔王に聞かせる意味が無い。
アレにも良い所は有るんだろうが、自分には全く分からない。
稼いだのも母と祖母、育てたのもほぼそう。
気紛れに1度だけ運動会に来て、それ以外は何も、お見舞いだって無かったし。
何だったんだろう、アレは。
《まぁ、不満は無い、今既に充分に満たされておるんじゃと》
「不満は無く、今既に満たされてるそうです」
「そうなんですね、良かったぁ」
「ウチのはね。仕事と浮気だけのクソなクズ野郎と依存女。で、これは一旦忘れて、皆のを纏めると。色々と教えてくれて、優しさと厳しさを持ち合わせてる人。誰かを愛し愛される人。誇れる人、よね?」
『シンプルで良いんじゃない?シンプルこそ難しいけれど、良い事は追加すれば良いし』
「尊敬は、これから尊敬される行為をすれば良いし、世界を救えば良いんだから。これから思春期だろうから難しくても、双子達が老いて死ぬ迄の間に、いつか尊敬して貰える行為を残したら良いわけだし」
『そうね、良き提案者にはご褒美にデザート大盛り!』
「やった」
「尊敬なら働くのが1番っすよ、酒に溺れても、ちゃんと稼いで食わせてくれたのは尊敬っす」
『良いわね、飢えさせないって大事』
『やっぱり、僕は生きてく知恵を教えてくれたのが大きいですね、焚き火の焚き方、魚の捌き方、辛い時にどうしたら良いか教えてくれて。僕の目が見えなくなっても、諦めないで励ましてくれて…辛く当たってしまったのが、今は申し訳なくて』
『絶対お父さんは分かってくれてるわよ、ずっと貴方を育てたお父さんでしょ?大丈夫』
「そうだな、信頼も重要だな」
『そうよ、戦においては父を絶対的に信頼してるわ』
「嘘つかない、裏切らない、が信頼にも尊敬にもなり得ますよね」
「どう?整理出来そう?」
「はい、皆さん、ありがとうございます」
頑張ってアレの良い所を探したのだが。
姉と兄をそれなりに育てた所、位だろうか。
困るな、まともな話しが出来ない。
『さ、デザートも終わったし。後はエミールの検査ね』
「検査?」
『見えるかどうかよ、ねー?』
『はい!』
『じゃ、検査室に行きましょ』
『ハナさんも来てくれませんか?』
「おう、もちもち」
完全に遮光され、エミールの後方で特殊なホタルの光だけが室内で点滅している。
今回は座位での診察。
横に座り、エミールの手を握り返す。
『外してる途中、少しでも痛くなったら言ってね』
『はい』
完全に暗くなったかと思うと、徐々にホタルが輝き出した。
何事もなく包帯を外し終え、ゆっくりとエイル先生のコントロールで、ホタルの輝度が上がる。
そうして今度はゆっくりと点滅。
合間合間に前髪から瞼が覗く。
傷も消え、綺麗に睫毛も生えてる。
『ゆっくり開けて、強く瞑らない、違和感が有れば直ぐに閉じて言って』
『少し、開けてられない感じがします』
一気にホタルの輝度が下がり、点滅の暗い時間が長くなる。
『じゃあ前髪を上げて、少し上を向いて、目は真っ直ぐ。ゆっくりね』
『はい』
『どう?』
『はい、少し眩しかったみたいで、今は大丈夫です』
『ん、問題無し。3日は強い灯り、明るい太陽の下でのお昼寝禁止。空間移動は、明日までかな。今日はこのベール着用ね、人界に行くなら人間用の目を保護するモノを使って、詳細は従者に伝えるから。目は治ってるけど慣れるまで無理しないで、少しでも異常を感じたら言うんだよ?』
『はい!』
「エミール、これ何本」
『3本』
「これは」
『こら、早く動かさせるのも1日禁止』
「はい、ごめんなさい。夜空は良い?」
『勿論、リハビリに最適。先ずは遮光部屋を案内させて』
『はい!ありがとうございます』
部屋から出ると、館に布でも掛かったみたいに全てが真っ暗になっていた。
魔法だろうか、便利。
「おめでとうエミール」
『ありがとうございますハナさん、本当に、似た身長なんですね』
「もっと小さいイメージだった?」
『逆です、もっと大きい感じがしてました』
「確かに、もう少しふくよかだった」
『違うわよ、オーラ的な話よ。実際のオーラじゃなくてイメージね、懐の深さとか』
「んな、超狭量。シェリーにも周りにも少しイラっとしたし」
『それそれ、初陣が見れなくて残念だったわー、フギンとムニンの実況だけだったんだもの』
『少し聞こえた折れる音は、ちょっと怖かったです』
「グロかったよな、ごめんな」
『いえ、ハナさんの音かと思って。相手の音だと分かった時は、正直ホッとしました』
『うんうん、こめかみヒットも良い狙いだったし、止めたのも偉かったわ。私より加減出来てるし、エライえらい……で、ココが遮光部屋。躓かない様にベッドは撤去してあるの』
「人をダメにするクッションが」
『長い名前のクッションですね?』
『従者と相談して、転生者が開発したクッションを取り寄せたの!寝心地最高よ!枕も数種類あるから好きなのを使って』
「はー、ココに引きこもりたいぃ」
『エミールが良いなら良いんじゃ無い?』
『ご一緒します?』
「一生出たくなくなるので止めときます」
『それは残念、トイレはコッチの引き戸の先ね。じゃあ、お披露目へ行きましょうか』
光量がかなり制限されているからと、まだ手を繋いでの移動。
もう、一生美少年と手を繋ぐ機会は無いのだ、噛み締めて味わって、全身に焼き付けておこう。
「お、見えたか!良かったな、エミール!」
『はい、武光さん!ありがとうございます!』
『ふふっ』
《エミール殿はニコニコですぞ》
《皆もニコニコですぞ》
『ふふふふっ、これぞ生き甲斐よねーふふ~』
《流石ですぞエイル殿!》
《スーパードクターエイル殿!》
「よ!天才!」
《敏腕!》
《腕利き!》
『ふふ~、うふふ、ふふふふっ』
「よ、名うての名医!」
《流石医神!》
《ユグドラシルの名医神!》
「どっか行っちゃった…エミール、髪の毛邪魔じゃない?」
『確かにそうですね、治ったとはいえ、目に良くないですよね』
「ショナ上手だよー、いつも切ってくれてる」
『じゃあ、お願いしますショナさん』
「はい」
前髪を切り終えたエミールは、西洋のお人形さんみたい。
マジで、こんなドール欲しい。
「似合い過ぎ」
『変じゃないですか?』
「良い、良い感じ、超良い感じ。コッチが眩しいわ。クーロン、ちょっと流星出来る?」
『あい!』
皆で仰向けになり、暫くすると日の出前の空に流星が舞い始めた。
その流星は不規則に、直線に、星々を繋ぐ。
数分もすると、エミールがすぅすぅと寝息を立て始めた。
「よし、エミールは俺が運んでおこう、事前に部屋は聞いてあるしな」
「俺も行きまーす」
「ありがとう、後でクーロンを向かわせるよ」
「おう、じゃ、また」
空間を開き、クーロンを待っていると直ぐに戻って来てくれた。
『ただいま帰りました』
「お帰り、良く分かったねクーロン」
『魔王に空間転移を察知できる様、訓練を受けました』
《一緒に見る練習したの、カールラも見れる様になったのよ》
「なるほど、2人共偉いねぇ、凄いねぇ。ありがとう魔王」
「いえ、この程度しか出来ませんが…これからも宜しくお願いします」
「はい、宜しく。早速提案がある、キャンプしよう」
「はい?」
「また急に、何を思い付いたんですか桜木さん?」
「カールラと魔王とキャンプします、どう活躍するか確認するには実地訓練が1番。人が居なさそうなキャンプ場知らない?」
「えっと…冬季で閉鎖中の所ですかね?」
「それ」
場所は九州の端の森の奥、2月近いのに夕日のお陰か少し温かく、トレーナー1枚で過ごせる。
近くに神社も結界も無い、省庁の提携先だが、至って普通のキャンプ場。
手入れはされているが、管理人も暫くは来ない静かな場所。
「はなちゃん、具体的にはココで何をするんですか?」
「キャンプ、焚き火して寝て起きて。普通の事をする。カールラは警戒しつつ薪集め、魔王は応急手当ての練習後、直ぐにテント張り」
《はい!行って来ます!》
「はい、応急手当てですね。何処をどうします?」
「左腕、切断された場合ので。どれだけ止血とかが痛いか知りたいから、本番と同様にしっかり縛って」
「本番て、本当に痛いらしいですよ?」
「良いの、直ぐ止めるし。終わったら直ぐにテント宜しくね」
「分かりました、じゃあ…」
清潔なタオルでしっかりと止血すると、直ぐに手がうっ血し、紫色に変わっていく。
クソ痛い。
「ありがとう、じゃあ急いでテント張り用意、スタート!」
「わ、はい、行って来ます!」
ブルーシートを敷き、手を消毒。
カバンにしまってあった短刀で、手首より少し下を切り落とした。
後は時間との勝負、短刀を置き手首を拾い、繋ぎ合わせる。
先ずは骨、骨膜、血管の順に最低限繋ぐ。
緊張のせいか痛みは縛られた部分が1番痛い、試しにゆっくりと止血帯をほどく。
手に血色が戻り、温かさも戻ってきた。
そして鈍い痛みを感じながら、細い神経から繋いでいく。
痛い、ほどいたせいか、凄い痛い、ビリビリギンギンする痛み。
歯を食い縛って、ゆっくりと太い神経を繋いでいく。
右の手が汗でびちゃびちゃ、震えてきた。
神経を繋ぐのが1番苦痛。
痛くて吐きそう。
それでもゆっくり、ゆっくり太い神経を細かく繋ぐ。
きっと一気にやれば失神しそうな激痛、もうやめたい。
《ご主人様!何をなさってるんですか!!》
薪をばら撒きながら、走ってくるカールラに驚いて集中が完全に途切れてしまった。
なんでバレた。
「何で分かっちゃった、カールラ」
《匂い!血の匂いです!》
「カールラ、落ち着いて。はなちゃん、どうしてこんな事を」
「あぁ、匂いか。治す練習をと思ってやったんだけど、びっくりさせてごめん」
「はなちゃん…治せそうですか?」
《何かお手伝いしましょうか?》
「大丈夫、元の作業に戻って。時間掛かりそうだから」
「分かりました、行きましょうカールラ、今度は私がちゃんと見てますから」
《…はい》
それから再び自分の腕に集中して、神経を繋いでいく。
話してる間もずっと痛かった、気持ち悪い。
治す魔法が綺麗で良かった。
キラキラしたのを繋げていく遊び、磁石の様に繋げるべき神経が引き寄せられ、くっ付いていく。
そこをただ促していく、痛みがなければさっさとくっ付けるのに。
早く促せば痛みも増す、ゆっくりである程に痛みは薄らぐ。
クソじれったい。
半分繋がるまでに1時間は掛かったんじゃ無いだろうか、少なくとも体感では1時間。
やる前に時間を測れば良かった、次はそうしよう。
「はなちゃん、焚火を付けましたから休憩しませんか?」
《シートは私が片しますから、少し休まれては?》
「ありがとう、たのむ」
辺りは真っ暗、結構寒い。
カールラはシートを綺麗に拭き上げ、魔王は飄々とお茶を入れてくれてる。
傍から見ればさぞホラーだったろうに、申し訳ない。
「そんな顔しないで下さい。大丈夫ですよ、私は召喚者の奇行には慣れてますから」
「すまんね、申し訳ない」
「いえいえ、それよりまだ痛いんですか?真っ青ですよ?血が足りないんですか?」
「痛い、繋ぐのもクソ痛い、早く治すと痛い、止めたい、でも引くに引けん」
「いっそ医神に治して貰っては?」
「怒られたくない」
「子供みたいな事を」
「見つかった時点から既に、悪い事した子供の気分」
お茶を1杯飲んでから、再び腕を繋ぐ為に集中する。
やっと、神経を全て繋ぎ終えたと思うと、急激な眠気に抗えなくなった。
「ショナ」《ドリアード》『スクナさん』『クエビコさん』「ミーシャ」「魔王」『エイル先生』「タケちゃん」『エミール』「賢人君」《フギン・ムニン》『クーロン』《カールラ》




