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3月23日

200話目、200日目ですね。

 桜木さんが繭から出て、自治区への抗議が増え始めてしまった。

 黒い繭の写真を載せた事が逆効果だったと、戻って来てくれた補佐さんに言われてしまった。


『でも、私が指示したんじゃ』

『でしたら、撤回指示を』


「アナタも、籠絡されてしまいましたか」

『は、昨日までは接触もしてませんし、そもそもココにずっと軟き』


『シスター!』

「大丈夫です、気絶させただけです。念の為に悪魔祓いをさせてから、再度お話を伺いましょう」

『そうですね、念の為に』


 結局、補佐さんには悪魔が憑いていたらしく、暫し療養になってしまった。

 酷い言葉ばかりなのと、魔素が勿体無いから、私の治療はダメだとも。


『天使様』


《心配いりません、アナタの思うままに行動して大丈夫ですよ》


 神託には撤退と出て以降、天使様とは中庭の彫像前でしか話せなくなってしまった。

 周りの方には聞こえない、私だけの声。


 補佐さんにも断食は程々にと言われたけれど、私の信心を示したい。


 もう、誰にも離れないで欲しい。






 桜木さんがお昼寝から起きないまま交代の時間になり、ドリームランドを諦め眠った筈が。

 シバッカルの宮殿と呼ばれる場所に、今、居る。


『おう、個別呼び出しじゃ。規制は掛かったまま、蜜仍は既に向こうで遊んでおる』

「それで、何で僕はココなんでしょう」


『鍵を託された者の話は知っておろう、銀では無く、透明な鍵じゃ』

「はい、第3世界ですね」


『うむ、お主に透明な鍵の代理を頼むと、桜木から任された』

「え、何も聞いてませんけど」


『眠気で手一杯じゃったからな、虚栄心も知っておる』

「でも、何で僕なんでしょう」


『パワーバランスじゃよ。弱いじゃろ』

「あぁ、はい」


『そう落ち込むな、立場も信用も加味してじゃ。勿論、断る権利も有る』

「能力は、他と同じなんでしょうか」


『更に、桜木にも干渉出来る。また眠られては心配じゃろ』

「それは、そこは拒否出来ませんかね」


『ならん。拒否するなら他の候補者を擁立せい』

「それこそ、ミーシャさんや、賢人君も居ますし」


『そうか、桜木の指名を断るんじゃな。ただな、断った先じゃ、そこを良く考えい。では、またの』

「あ」


 瞬きをした瞬間、既に別の場所へ。

 映画館の前に立っていた。


「ショナさん、鍵はどうでした?」

「いや、断ろうか迷って居たら、ココに」


「えー、何でなんですか?」

「桜木さんに」


 完全に思考も口も塞がれた様に、全く動かなくなってしまった。

 コレが安全装置なのだろうか、言うべきじゃ無い、と言う事は分かった。


「ショナさん?」

「いや、言えないんですけど、ちょっとすんなり受け入れられない条件が有って」


「そうなんですね、まぁ、観ながら考えましょう」


 既にお互いの手には券が有る、それを切符切りに渡し、中へと入る。

 内部は本当に映画館、見慣れぬポスターが何種類も入口横に張られて居る。


 他の客が口々に何回目だとか、良いシーンはどこかとか話している。

 桜木さんも、何回も観たんだろうか。


『コレが最高記録の映画ですよ、2桁はいってますね。アッチも』

「そんなに好きなんですね」


『ええ、向こうが君達用の映画ですよ』

「ありがとうございます」

「あは、2本立てだぁ」


 中に入ると、もう座席に座っていた。

 ポップコーンと、炭酸ジュースを持って。


「予告編は無しなんですね」

「せっかちさんですから」


 事前に聞いていた通りのアクション映画、確かに動きが綺麗で華麗。

 実際の攻撃力は別にしても、喜んでくれそうな予感はする。


 少し俳優の事が気になると、手元にはパンフレット。

 中を開くと、この俳優が他に出ている映画や、アクションの解説が書かれていた。


「好きですよね、アクション」

「リズさん曰く、珍しいみたいですね」

「まぁな、特にこのダークヒーローの、女受け最悪って記事に不満タラタラだったしな」


 いつの間にか居たリズさんから渡されたパンフレットに批評が載っていた、文字を追うごとに、何で、どうしてと桜木さんの気持ちが入って来た。

 本当に、何でなんだろうか、コレだってこんなに面白いのに。


「不思議ですね」

「向こうはこんなんばっかだ」

「もう、ちゃんと観ましょうよ」


 映画の最後は、叛逆者の味方が増えて終わり。

 桜木さん的にはハッピーエンドなのか、エンドロールで観客が歓声と共に拍手し、退場していく。


「どうだ、感情の余波は無いだろ」

「ですね」

「だから、こういうのだけでも観てたら驚かなかったのにぃ」


「何で驚いたんだ?」

「コレです」


 蜜仍君の視点、桜木さんがどう思っていたか話してくれたのに。

 僕は、驚いてしまった、こんなにしっかりとした思想を持って、遠慮し、萎縮してしまっていたんだと。


「ぁあ、流石に、舐め過ぎじゃないか?俺もココで観るまでは、どこか少し舐めてたかも知れんが。でもさ、映像を観なくたって、このパンフレットで分かるだろ、好きなモノで」

「次も観ましょうよ、桜木様の好きな俳優さんの、天使と悪魔のお話しですよ」


「だな、始まったぞ」


 ほんの少し東洋の血が混ざった様な、端正な顔立ちの俳優。

 パンフレットには更に若い頃の写真も、確かに少し薄い感じで、好きそうかも知れない。


 天使と悪魔、地獄と現代。

 向こうを、桜木さんを知るのに最適なのに。


『どうして、拒否し続けたんでしょうね。そして、どうしてまた、拒否するんでしょう』


 ソロモン神が目の前の座席から立ち上がり、振り向いた。

 どうしてだったのか、それは。


「従者として客観性を持っていたかったんです」

『それは、誰の為に?』


「桜木さんです」

『だけ、なんでしょうかね』


「何が言いたいか分かりません」

『ご自身の為では?万が一好意を持てば、従者の仕事の邪魔になる』


「従者の仕事の為じゃ無いです」

『あんまりにも嘘を言うと、奥底の魔法が発動しますよ、血の盟約。あ、アナタはして無いんでしたっけ、桜木花子に嘘を言える様に』


「嘘は、言いたく無いです。隠し事も」

『良いんですよ、従者なら仕方無いんですし。桜木花子の為に隠し、嘘を付く、アナタの利益は無いんですよね』


「僕の利益の為じゃ」

『あぁ、私じゃ無いですよ。それ』


 左手の小指がじんわりと痛み、ゆっくりと血が滲み出した。

 どこかで嘘と思わなければ発動しない血の盟約、嘘では無いのに。


「僕の為だけじゃ無い、嘘じゃ無いんです、本当に」

『じゃあ、少し視点を変えましょう。コレから先の未来の話を、特別にお見せしましょうね』


 僕が全ての婚姻話にケチを付け、果ては孤独のままに死を迎える桜木さんの姿。

 望んでない、そうじゃないのに。


「こんなの望んでないです」

『じゃあ何を、どんなお相手を望んでるんですか?』


 真面目で誠実で、お金もそこそこで。

 嘘も隠し事も。


「無い、出来ない人が良いんです」

『なるほど、ではアナタは不適格者ですね』


「はい」

『でも、適度な嘘と隠し事は良いスパイスになりますよ。隠し味は、パプリカ』


 突然映画が始まり、ソロモン神は消えて何もかもが戻っていた。

 映画は、桜木さんが強欲と話していた監督の作品。


「マジでちょっとオタクだわ、自信無いのも分かるわ」

「オタクとかマニアじゃ無い人って、居るんでしょうかね?」


「偶に居るんだよ、無趣味人間。なぁ、居るよな?」

「あぁ、ええ、はい」

「へー」


 音楽は聞いた事が有った、何処かで耳にしたココの音楽。

 桜木さんが多次元者と言っていた意味が分かった、全く同じ音楽が異世界に、各世界に有ると。


「すげぇよな、俺も知っては居たけどさ」

「多次元者さん、他の次元の方とコミュニケーション取れたら便利なのに」


「それはあれだ、宇宙の法則が乱れるんだよ」

「あー、クトゥルフ神話の方なんですかね」


「それこそ、ニャルラトホテプだったりしてな」

「それか笛や太鼓の演奏者さんか」


 この映画館も、ヘッドギアも、この映画から作り出されたのだろうか。

 そう思うと再びパンフレットが、ページを捲ると次回予告が載っていた。


 監督の脳を映し出す映画館の短編。

 データと夢の狭間で、機械は夢を見るのか。


「あぁ、それな、それをこう再現すんだなって思ったわ」

「どっちか適当に応用しちゃえば良かったのに、本当に欲しかったんですよね、この施設」

「観せたかったのに、拒否してすいません、桜木さん」


「おう、つか集中しろや、何か途切れたり消えかけたりしてたぞ?大丈夫か?ポンポン痛いか?」

「え、マジか、俺ら気付かなかったが」

「ショナさん大丈夫ですか?」

「大丈夫です、ちょっと動揺が現れたのかも知れません」


「無理すんな?鍵も無理にじゃ無いんだからね?」

「はい」

「次は何にするかな」

「アレ観ましょ、劇場版の」


 そうして何本か観ても、もうソロモン神の影響も。

 桜木さんが感じた気持ちも、もう入って来る事は無かった。




「ふぅ、観た観た。後は温泉だな」

「僕は王都のプールに行って来ますねー」

「ショナも好きにしたらええよ」


「はい、少しシバッカル神の宮殿で相談しようと思います」

「おう、ワシは家でモフモフしてくるわ、行ってらっしゃい」


 手を振り瞬きすると、宮殿に戻っていた。

 そして、シバッカル神の横には、ソロモン神。


『やっぱり長くは干渉出来ませんね』

『じゃろ、まだ眠っておったらな、もう少し介入出来たじゃろうに』

「お2人の仕業ですか」


『おう、死なれるのはイヤじゃし、力はソロモンの方が上なんじゃもん』

『すみませんね、アナタ強情なので。でも大丈夫ですよ、記憶を消したければ消しますから』


「鍵を手にして、何か変わるでしょうか」

『んにゃ』

『何かが変わるとするなら、アナタ次第です。あの未来は選択肢の1つ、批判はしませんよ、幸せは人それぞれですから』


「あんな未来は望んでません」

『あのな、望んでおる事が全て自覚出来たらワシは居らんよ。無意識なんぞの言葉も、超自我も最初から無いままじゃろうて』

『桜木花子はそれを知り、自覚しているからこそ常に心配性なんです。怪しい願望の発露では無いのか、歪んだ願望では無いのか。その恐怖を抑えるのに、欲望を封印する事を選んで来た』


『じゃが、開放するらしい。だから、お前にまた選択肢を出したんじゃ』

『選ばなければ、解雇でしょうね』

「それは、本当ですか」


『選ばず聞けば良いさ、観測しなくては確定せんのだし』

『非公認と言えど魔王ですし、良い機会だと思いますよ』

「どうしていつもそう、排除しようとするんでしょう」


『表の弱さは関係無いでな、勘違いするで無いよ』

『まぁ、じっくり考えてみるべき事です、桜木花子にとっても、アナタにとっても』


『じゃ、またの』






 目覚めて先ず、全てを記録する為にタブレットを取り出し記載した。


 そして日誌にも、どうして排除しようとするのかと。


 それから少し身支度を整え、小屋へ向かう。

 桜木さんはまだ起きて無いので、温泉をお借りし身支度を整える。


 そのままミーシャさんと朝の会議へ。


「特に無し、全然起きる気配無いです」

「ドリームランドで会いました、大丈夫そうでしたよ」


「私も行く」

「人数制限に気を付けて下さい、僕が途切れたり消えかけたりしてたみたいなので」


「分かった」


 そうして大罪の方々も、全く起きぬまま交代へ。


 何故、僕だけを排除しようと。

 そもそも、僕だけなのだろうか。


 いや、厳密には違う。

 カールラもクーロンも、いずれは帰すと言っていたし。


 ただ、何故、毎回僕なのか。

 僕だからなのか。


 なら、どうして。


「おはようございますショナさん」

「おはようございます蜜仍君、少し良いですか?」


「はい」

「辞めないか聞かれた事って」


「無いですね、賢人さんは任せるって言われて以来は言われて無いそうですし、ショナさんだけじゃ無いかなぁ」


「どうしてだと思いますか」


「結婚しなさそうだからですよ。ミーシャさんは長寿であんなんですし、賢人さんは結婚出来そうだし、桜木様は皆の赤ちゃん見るのが夢なんです」


「それは、だけですかね?」

「はい、僕はそう思いますけど。あ、リズさんおはようございます、早いですね」

「おう、ちょっと心配でな」


「全く起きなかったそうです」

「だよな、しかもまだか」

「みたいです。リズさん、桜木様の夢って、皆の赤ちゃん見るのだと思うんですけど」


「あぁ、自分の事は棚の最上段に置いて、どうやらそれが夢らしい。まぁ、魔王だし、妥当だろ。それがどうした?またショナ君の文句か」


「なんで、僕だけ排除されるのかと」


「あー、弱いとかじゃ無いのは理解してるよな?もうな、ミーシャでも何でも守る存在なんだよ、従者でも何でも。色んな面で強いと自覚してるから、定期的に社長が社員の顔色を伺う感じだったり、まぁ、色々だろ」


「でも本当に、どうしてなんでしょうね?」

「色々だ」

「他にも有るんですか?」


「永遠に従者する気だろ、そんなのアイツは許さんよ。プライベートを犠牲にしてさ、君の親に恨まれたく無いとかじゃねぇの」

「いや、親兄弟は理解してくれてますけど」


「はぁ、じゃあ今度、お前の兄貴に会わせろ」

「どうぞ、名刺です」


「はー、エリート家系かよクソが、坊ちゃんめ、ウブが」

「ご機嫌斜めですね、ご飯先にします?」


「いや、風呂行くわ」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「何か、分かってて、知ってそうでしたね」


「ですね、言えない感じでしょうか?」

「そうですね」


 蜜仍君と僕には分からない事で、リズさんに分かる何か。

 違いは転生者と召喚者か、ココの人間か。


 漠然とし過ぎていて、全く分からない。


「おはよ」

「おはよございます桜木様、リズさんお風呂に行っちゃてて」


「アイツ風呂か、行ったろ」

「あ、機嫌悪そうでしたよ?」


「あら、ちょっと行ってくるわ、入れたらそのまま行ってくる」

『もうかな』

《まだでしょ》


 桜木さんを見送ると、暫くして紫苑としてリズさんと共に帰って来た。


 計測、高値。


 昨日は消費せずに眠った為、食事量は少なめに。

 溢れる事を懸念しての量なのは安心。


「何か、ワシの夢の事で揉めたっぽいと聞いたんだが」

「いえ、どうして桜木さんは僕ばかり排除しようとするのかと思ってまして」


「そうでもしないとプライベートを充実させて、結婚しなさそうじゃん」

「ほれみろ」

「ですよねぇ」

「だからって、鍵を受け取らないと解雇って」


「へ、そんな条件。あぁ、そうです、その通り」

「墓穴を掘ったな」

「あーあ」


「それでも、だからって」

「嫌なら辞めたら?」

「強いなぁ」

「最強の手ですよね」


「魔王ぞ?従者の名誉に傷が付くじゃん」


「そうじゃ無いんです、従者の名誉はどうでも良いんです」

「良くないべ、従者に関わる仕事がしたいなら、担当を変わるべきじゃ」

「そうでも無いと思いますよ?ココで辞めたら逆に、忠誠心とか疑われますし」


「あぁ、そうか。鍵を受け取らないと解雇とかは知らん、誂われたんじゃ無いのか?いたずら好きだし、特にシバッカルと黒山羊ちゃん」

「え、黒山羊さんも居たんですか?」

「マジか?」

「いつ居ました?」


「ドリームランドではずっと、ショナの異変に気付いたのも黒山羊ちゃん、何か変って映画館で」

「あれ?桜木さんいつから」

「映画館前で券を、見えて無かったのか?」

「数が多過ぎたんですかね?」


「なぁ、廊下で話してただろ、最高記録はアレだって」

「いえ、それはソロモン神が」

「どっちだ、悪戯したの」

『ちょっと鍵の事でな、少し介入しただけじゃし』

『まぁ、主に私ですね、内容は契約に関わるのでお話し出来ません』


「ショナに何を」

『アナタのですよ、だからアナタには介入不可なんです。死にたく無いと思う限り、介入は出来ませんよ』


「なんつー不便な。すまんショナ」

「いえ」

『内容を桜木花子に話せば時期を半分にしますから、ご注意下さいね』


「楽しいか」

『まだですね、では』


「すまん、何なら鍵は忘れてくれ」

「いえ、もう少し検討させて下さい」




 ぶっちゃけ、このやり取りで察した。

 ただ桜木に言うにしても、ショナ君に言うにしても、蜜仍でも不適格だ。


 言うなら先生なんだが、俺が先生に言って問題無いんだろうか。


 そも半年でショナ君に嫉妬させるのは、ぶっちゃけ厳しすぎる。


 まだ楽しく無い、命を取る気は無いと言っていた。

 そして俺が初めてドリームランドに行った段階で、あの少女漫画を読破していたなら。


 あの神様は間違い無く、恋愛事が大好きだ。


 そうか、そこからか。


「なぁ、先生は?」

「あ、寝っぱなしなのかな」

「夕方には起きてお食事も普通に。桜木さんが起きてきて、落ち着いたら呼んでくれと」


「俺、行ってくるわ、話も有るし」

「おう、頼むわ」


 もうダッシュ、急いでハンの2階の角部屋に。

 ノックすると直ぐに出て来た。


「先生、謎が解けた」

《どの、謎でしょうか》




 加治田リズ曰く、ソロモン神は津井儺君へのみ、ヤキモチを妬かせたいらしい、と。

 符合する点も、辻褄も合うんですが。


「難しいよなぁ」

《そうですね、本当に、1年で叶うかどうか。そして、それで桜木花子の枯れ木病がどうなるか、ですね》


「まだ何か仕組むとは思うんだが」

《でしょうね、答えは分かっても、まだ空欄がかなり有りますから》


「そうなんだよ、蜜仍もコレには役に立ちそうも無いし」

《ほう》


「アイツが何で排除したいかって話になってな、それは気になると困るからだろ。気になる可能性が有るから、排除したいんだ」

《若しくは、友情を大事にする為か。勘が良いんですし、もしかしたら津井儺君側の何かを既に感じ取っていた可能性も有りますし》


「そこが分からん、アイツに気付かないフリが出来るもんかね」

《ストイックですから、自分の感情を無視する位は有り得るでしょう》


「なんつー、脈がマジで無さそうな所を」

《だからかも知れませんよ、靡かれたら困るんですし》


「そんな、恋愛したく無いか」

《観ましたけれど、まぁ、妥当な反応かと。寧ろ、良くこの程度で済んでいるなと。ちょっと、聞きしに勝る感じでしたね、向こうの世界の反応は》


「んなもんだ、デブとブスに厳しい、なのに整形には批判的、特にドスコイ系女子にはあんなんだ」

《ドスコイ系女子》


「先生が言うと面白いな」

《初めて言いましたよ、この組み合わせの単語》


「アイツの造語だ、普通は、良くてぽっちゃりだからな」

《骨太と言うか、骨格がしっかりしてらっしゃいますからね》


「アイツの嫌いな言葉だな、別にそういうのが好きなのだって居るだろうに」

《カエル好きは好みじゃ無いですしね》


「それ、自分をカエルと認めて無いのか?」

《認めてはいますが、受け入れては居ないんですよ。親からの一言。カエルと言われてカエルだと受け入れればカエルになってしまう、受け入れなければただ親が罵声を浴びせただけと言う事になってしまう。どちらも、受け入れるには難しいんですよ》


「呪いじゃねぇかよ」

《そうです、だからカエルや御伽話、民話に惹かれるのかも知れません。呪いは解きたい、でも肝心の王子様はどこにも居なかった、10年以上、現れなかったんですから》


「カエルとして受け入れるヤツを探すべきなのか?」

《1番は、どちらでも無い、それこその目の見えぬ王子様。召喚者も何も関係者無しに、愛してくれる誰か》


「ダメじゃねぇかショナ」

《召喚者として扱うな、は難しいでしょうね、ココの誰もが》


「エミール」

《若いからこそ、機会を他者に譲ってしまうでしょう》


「クソ」

《空欄を探る方が早いかも知れません》


「そこに呪いを解く鍵が有れば良いんだが」

《そう願うしか有りませんね》


 呪いは、自身だけで無く、他者への見え方にも影響している可能性が有る。

 そうして今回、桜木花子が起きて直ぐにソロモン神が行動に出たとなると、余り時間に余裕が無い可能性も有る。


 もしくは、そう思わせたいだけか。




 俺と先生が小屋に戻ると、何も無かったみたいに普通。

 紫苑はボーっと映像を観て歯磨きしてるし、それを真剣な顔でショナは見てるし、真面目に蜜仍は勉強してるし。


 ダメだ、鈴木さんに助けて欲しいわ。


 それか、誰だ、誰が適任だコレ。


「なぁ先生、他に誰を巻き込めば良い」

《それは、私より》

『私でしょうかね』


「ん?んんん?」

「お前のコレからについてだ」

『そうですね、色欲、虚栄心、アポロ。理想はこの布陣でしょうかね』


「他は」

『その時はまた、お知らせしますよ。本、楽しみにしてますよ先生』

《努力はしてみます》


「んんん」

《コレからどうすべきかのご相談ですよ、お金にも時間にも余裕は有るべきでしょう》

「それ以外の支援もな、下手したらまた眠るか行動するかだろ」


「んん、ぺっ、色欲さんね、寄付神だもんな」

「大罪だから、を忘れんな。お前は生身の人間なんだ、同じで良いワケが無いんだよ」

《人間としての最低限度の生活はして頂かないといけませんからね》


「おう、先生メシは?」

《何でも構いませんよ》


 こう、他人には気を使ってバランス良く出すのに、偏食っつうか。


 まぁ、量も有るから良いか。


 改めて観察してみると、俺や蜜仍や鈴木さん、カールラやクーロンの幼体にはベタベタするが。


 起きてきた虚栄心にも、大人の誰に対しても花子では距離が有るが、紫苑だと少し近い。


 それでも、ショナへの距離は一定。


 こう見りゃ分かるんだよなぁ、そうだよな。

 馬鹿だな俺。


「どしたのクソデカ溜息」

「不甲斐無いなと」


「何か有った?」

「いや、何も、何も無いから溜息よ」


「ショナ、動きは教えて貰えないのか」

「残念ですが、何も無いとしか」

「ま、そう言う事、有っても無くても、無いは無い」




 何も教えて貰え無いのに、時間は進む。

 予定も進む。

 移民が本格的に移住計画に乗り出した報告書は、読ませてくれた。


 サフラン染めや綿花、織物の方向性で話がほぼ纏まっている。

 コレは虚栄心にも見せて良いそうなので、ご相談。


 ただ、向こうの地球のモノを出したいと。

 問題は何処で育てるか、それで揉めている。


「つかさ、浮島で育てりゃ良いじゃん」

「それは少し、特別扱いになるだろ」


「環境保全なら仕方無いべ、逆にココではする必要が無いんだもの、特別もへったくれも有るかと」

「まぁ。ショナ君、それで押せると思うか?」

「理屈は合ってるんですが、浮島自体が特別な存在として認知されてますので」


「なら浮島を量産したろか」

「それなら、分配する前提で話せば良いんじゃ無いかしら、使い道も添えて」

「あぁ、良いかもな」

「ちょっと相談させて下さい」


 虚栄心のお陰で実にスムーズに許諾された。

 後は増産体制へ。




 体に異変が有るか、スクナヒコ神が止めるまでとの条件付きで桜木さんの浮島増産が始まった。

 あの信条を聞いた手前、どうしても休養して欲しいとは言えない。


「コレはどっちでも出来るのね」

《魔力を出すだけじゃしな》


 このままずっと紫苑の状態で居るんじゃないかと思うと、どうにもモヤモヤして仕方無い。

 差別感情は無い筈なのに。


「先生、差別感情が芽生えたかも知れないんですが」

《どうしてそう思うんでしょうか》


「紫苑さんのまま居る可能性を考えると、少しモヤモヤする気がするんです」


《意外と良く有るんですよ、特に身内になると。他人がどうしたって良くても、身内となれば古い付き合いになるんです、突然のカミングアウトには動揺して当然。まぁ、桜木花子の場合は少し違いますが。カエルの話と同じですよ、カエルに仕えて居たら人間になった、もしくはその逆。ただ、アナタはカエルか人間か、どちらなんでしょうね》


「桜木さんがカエルなら、僕もカエルが良いんですが。桜木さんは、どっちが良いんでしょう」

《そうなると、カエルの呪いは解けないのでは?》


「本当に、呪いを解いて良いんでしょうか、解いて欲しいんでしょうか」

《どうでしょうね》




 ショナ君、惜しい。

 良い線はいってると思うぞ、それはうん、俺も少し思った。

 古傷はまだ生生しく残ってるんだし、もっとそう考えて、その先の答えが、答えなんじゃ無いかと思う。


 君が呪いを解ける位になってたら、桜木だって何か変わるかも知れないんだし。


「向こう、面白い問答してたわねぇ」

「ウブウブを何とかすべきじゃ無いかって、嫉妬の事で先生と話しててな」


「あぁ、王子様って言うか、商人の子よね、薔薇の花を欲しがる末っ子」

「昨日な、それも話した。豚娘と美男だと」


「あの子なら、ビビって終わりそうよね」

「おう、その通り、青ひげるって」


「茨の城では素通りされ、白雪は苛められる事も無しに政略結婚へ、灰かぶりはただパーティーを楽しんで、人魚姫は相手にされず、赤頭巾は食べられる」

「そこは、なんで変わらん」


「食欲だもの」

「あぁ、だから吸血鬼なのか、接触してるんだよ、第3で」


「突き抜けてるわねぇ」

「な、驚きだわ」


「ココのは?」

「まだだ」


「そこに王子様が居たりして」

「顔より味か、有り得るか。ただ、召喚者も関係無しに、が叶うかだ」


「なによあの子、我儘ねぇ」

「な、本当に困るわ」


「そこが良いのよね、うん、張り切りましょ。ちょっと色欲に話してくるわね」

「おう」




「で、転生者リズちゃん的に、性欲より食欲で責めたらどうだって話しになったのよ。吸血鬼に、カエルちゃんは食欲で好かれるのも有りかもって。アンタ、知り合い居たわよね?」

《あんな美味しそうな子を上げちゃったら、戦争になるかも知れないわよ?》


「あー、そんなになのね」

《だって、栄養満点、魔素満点。しかも黒いオーラでしょう?人間で言うならもう、世界1の美女よ》


「聞かせたいけれど、聞かせられないわね」

《それだけじゃ無いわ、向こうは結構な引き籠りだし、召し上げに近い状態になるのよ。囲って甘やかす、会える回数が減っちゃうかも知れないわよ?》


「あー、本人の為になるか再考が必要ねぇ、ちょっとアンタ向こうに行きましょうよ」

《だって、今、紫苑ちゃんなんでしょう?周りが、心配しちゃうかなって》


「大丈夫よ、てか効かないかどうか試せば良いじゃ無いのよ、効いても眠らせるか知恵熱で1発ノックアウト出来るかもなんだし」

《でもぉ、未成年も居るじゃない、何か見せるなんてやぁよ》


「もう、じゃあ、ちょっと呼んで来るから待ってなさい」

《ありがとう》




 虚栄心は、妹と言うか弟みたいなのよね。

 何にも居た覚えは無いけれど、こう、頼っちゃうのよねぇ。


「あの、お呼びで」

《あのね、私のフェロモンとか魔法が効いちゃうか心配でね、ココに来て貰ったの》

「未成年の前で何か有ったらイヤだって煩くて」


「お心遣いありがとうございます、それで?」

《ちょっと、ジッとしててね》


 普通はただ目を見るだけでキスしてくれたり、何かしてくれるのだけれど。


 うん、効かないみたい、良かった。


「ちょっと、もう良いんじゃないかしら」

「ですね、体が反応しそうで怖いわ」

《お手伝いするわよ?》


「なんで?」

「そこを聞いちゃうのね」

《だってアナタ、可愛いんですもの》


「可愛く感じないのって、有ります?」

《んー、出来ないサイズ位かしら》

「虫とか魚とかよ」


「あぁ、凄い博愛主義」

《可愛くない子なんて、人型には居ないわよ、あ、獣人とかも大丈夫》

「雑食」


「獣人居るんですか?」

《大昔ね、フサフサでワイルドで、素敵だったのよ》

「今はもう魔法で抑えられてるから実質居ないのよ、例の、あの竜人と同じ」


「勿体無い」

《そうよね、今みたいに寒いと凄い良いの、肌触りが》

「なんか、ショナ君の心労が分かって来たかも知れないわ、もう離れなさいほら」


《えー、良い匂いなんだもの》

「溢れてる?」


《いいえ、でも、少し、滲み出てる感じかしら》

「エロい」

「こら、色欲に嫉妬は無理よ。本気になると一途なんだから」


「本気じゃ無い時は、どんな感覚で?」

《お互いに慰め合ってる感じね、ヨシヨシって》

「見習わないで頂戴ね、彼女独特の感性なんだから」


「でも、救われてる人も居るワケで。性別に拘りは?」

《特には無いけれど、やっぱり道具んん》

「まだ朝よ、せめて夜にして」


《んは、朝だからんんん》

「大丈夫、その位の知識は有るので」

「有ってもよ、もう、こう言う話しをしたいんじゃ無いのに」


「あぁ、心配ならベール貸しましょうか?第3世界の、ほら」

「あら良いじゃない」

《よいしょ、どうかしら》


「おっぱい当てるのはズルい」

「もー、さ、行くわよ」

《はーい、ふふふ》




 ハナには蜜仍君を付けさせ、引き続き浮島の増産体制に戻って貰って。

 ベールを被った色欲と一緒に、先生とリズちゃんと、ショナ君とも話す事に。


「色々有って、吸血鬼と接触させたらどうかってなったのよ」

《色欲より食欲、って》

《理屈としては、カエルか人間かすら気にしないであろう種族、と言う事ですね》

「おう、第3で接触してたワケだし」


《ただ、虚栄心にも話したのだけれど。嫉妬深くて引き籠もりで、寿命まで囲って甘やかして。私はその時にお相手が居たから何も無かったけれど、結構な色気が有る方ばかりなのよ》

《噂には聞いてましたが、悲嘆と比べてどうなんでしょう》


《悲嘆よりマシだけれど、ちょっと種類が違うのよ。ドリアード様みたいに、本能から揺さぶる感じなの。吸血を許させる位に、本能に訴えかける感じね》

《ふふふ、じゃな、元は精霊じゃったし》

《そうなんですね。では、相性が良過ぎるかも知れませんが》


《そうなのよ、黒いオーラも相まって、人間で言う世界1の美女なの。だから、普通に喧嘩か戦争が始まっちゃうかもなのよね》

「コレがちょっと悩みなのよ、自信を付ける事にはなるかも知れないけれど」

《争いに発展すれば、益々引き籠もりかねないですね。どの地方のも、そうなんでしょうか》


《もう、ルーマニアにしか居ない筈よ?魔女や人魚と同じで、沢山狩られたって聞いたのだけれど》


「みたいですね、今さっき閲覧許可が降りました」

「マジかショナ君、なんて要請したんだよ」


「桜木さんがココの吸血鬼について詳しく知りたがる可能性が有るので、予備知識が欲しいと」

「やるな、で」


「仰る通りで、今はルーマニアだけだそうです。第3と同じく竜に守られ、地下に住んでいると。普通に会いに行く事は可能ですが、地上で竜人の巫女に許可を得る必要が有るそうです」

「巫女かぁ、竜にも会わせたく無いんだがなぁ」

《そうですね、両方に少し、嫌な思い出が有りますから》

「何より外国だし、もうちょっと下調べしたいわよね。色欲、さっきの知識はいつのよ」

《100年は経ってるはね》


「うん、それ以上だから何か変化してるかもだわ」

「そうですね、僕の資料は予備知識程度ですし」

「かと言って興味を惹かれても困るが」

《色欲の情報を元に追加要請を。取り敢えずは保留にしましょう、戻って来ましたし》


「マジで何の話しなのよ」

「アンタの誕生日の話し」


「あ、何かしたらどっか行くからな」

「はいはい、何にも要らないって言うんでしょ」


「いや、愛が欲しいわ」

《あげましょうか?》

「なによ、もう尽きたの?」


「いや、誰にも相手にされなかったらお願いします。何か、眠いねん」

『スクナや』

『まだ尽きて無いけど、短時間に多く消費したせいだと思う』


「なのでちょっと昼寝、朝寝?してくるわ」

「そう、おやすみ」


《スクナヒコ神、桜木花子の、紫苑の変化はどうですか》

『前と変わらない、ただ少し滲み出てる気もする。他に影響が無さそうだから、問題無いと思う』

《ほら、言ったじゃない》

「周りに影響は無いのよね?」


『滲み出てるのは、打ち消したい気持ちが有るからかも知れない。君ら、少しやり合ったって聞いた』

「すみません、教会から帰って、少し言い合いになりました」


『居場所の確保だけじゃ無く、誰かの為になりたがってる、償いを必要としてる。だから、それを叶える捌け口が無くて、それで体を変化させてる可能性も有る。だから、眠いのかも知れないし、分からない』

《良い兆候では無いですね、それこそ救世主症候群の様な事になっても困りますし》


『うん。向こうはまだ、解決しないんだろうか』

「今、カールラとクーロンへの救護要請が来ました、話し合いに借りたいと」


『朝食は少なかったんだろう、普通に考えたら昼頃には起きる筈だけど』

「だと良いんだけれど。よし、辻褄合わせに誕生日の話しでも少しだけしましょうか、何を上げるつもりなの皆は」


「僕は芍薬の球根です、お好きだって観たので」

「俺はゲームのセット」

《本、民話集ですね》

『野山の山菜と花の寄せ植え、ククノチとカヤノと作った』

《縄と蝋燭》

「え」


「ちょっと、他のにしてよ」

《えー、興味津々だったわよ?》


「アンタはお酒、私はアンタのお店に行く為の服」

《んー、分かったわ》


「ショナ君はどうするのかしら?」


「まだ、決めてなくて」

「何でも良いのよ、花だってなんだって」


「武光さんやエミール君の事も有るので、皆さんと被ると悪いなと」

「そう優しい所は良いんだけれど、候補位は無いのかしら」


「いつもロキ神の靴ですし、靴はどうかとも思ったんですけど」

「あら良いじゃない」


「出来たらピッタリのサイズにと思うと、難しくて」

「あー、生地によって変わるものね履き心地。あの子、肌弱いし。大丈夫、私が見てあげるわ」


「ありがとうございます」


「で、何処でしましょうかね、ココも良いのだけれど。本当はね、ウチのベガスでって思ってたのよね」

「浮島やアヴァロンでとも思ったんですが、最初の転移があった場所ですし」

「下手に家でやって逃げられても困るな」

「理想は、イスタンブールだと思うんですよ、あのケバブ屋さん。どうですかね?」


「あぁ、天才か蜜仍君。良いなそれ」

「アレクさんと相談してて、そこなら食べるだけだと思って逃げないだろうって」

「流石元魔王、良い発想ね。そうしましょ」


「でも、雨宮さんの問題が。まだ勘違いされてしまってて」

「あぁ、有ったわねそんな問題。何で興味無いのよ、それとも理想でも有るワケ?」


「無いですよ、なんにも」

「それも問題よねぇ。折角、ハナの基準点に居るのにベーシックな理想も何も無いなんて、標準点を明示出来ないんじゃ、逆に従者失格じゃない?」


「それは、賢人君やミーシャさんも居ますし」

「アナタなのよ、アナタで基準や標準を知りたがってるの。何だって良いのよ、マーカーが有れば、そこから考えるだけだもの」

《ちょっとウチのサイトに来てみない?興味無い人のコミュニティも有るから》


「そうね、私ので良いから試しなさい、はい」


「はい」


 取り敢えず、そのマキちゃんに会ってみてよね。

 ソロモン神の呪いか、ハナ自身の呪いか、何か別のものか。


《従者さん、どうせ私にはバレちゃうから、私だけに見せてくれるかしら?》

「はい」


《うん、大丈夫。今はお仕事大好きなだけね、ふふふ》

「ちょっと気になるけど、まぁ良いわ。私達の出来る事は、そのマキちゃんに会う事じゃ無いかしら」

「でもなぁ、日本国内しかダメなんだろう?」


「そうなのよね、だから呼び寄せるか、先生に行って貰うか。よね」

《良いですよ、私も興味が有ったので。呪いか、本人に恋心の自覚が無いだけか、もしくは他の何かか確認したかったので》

「なら鈴木さんも大使館員も呼び寄せた方が早いんじゃ無いか?」

「はい、相談してみますね」


「あ、終わったら靴の候補見せてくれる?」


 それから相談だ何だとしてるうちに、ハナが起きて来てしまった。

 早過ぎよ。






 空腹で目を覚ますと、相変わらず1階に皆がたむろしていた。


 折角なので、美食や強欲も呼んで昼食。


 温かい汁物で胃を慣らし、いつの間にかストレージに放り込まれていたクエのお刺身を頂く。


 美味い、捌きたてと違ってトロトロやんけ。


「桜木さん、お食事の途中で申し訳無いんですが。武光さんとエミール君から、説得の為にカールラとクーロンをお借り出来ないかと」

「許可。場所は?」


「決まり次第連絡頂ければ、向こうから迎えに来ると」

「ごめんねカールラ。タケちゃん、紫苑ですどうぞ」


【おう、すまんな。手こずってる】

「マジか、他に出来る事は?」


【無い】

「言い切るか、分かった。分離帯跡地に行かせる」


【おう、じゃあな】


「すまん、世界平和の為に頑張って来て欲しい」

《わかった》

『がんばる』


 食事を中座し、花子に戻り見送りへ。


 遠くに見えるタケちゃんとエミールに手を振り、食事へ戻った。




『良かった、手足が有りましたね』

「あぁ、だがまだ顔がな」


『僕も、治すのには少し覚悟が要りましたから』

「あぁ、見守ろう」


 ハナさんからカールラとクーロンをお借りして、ベガスを中継地点に、教会自治区へ転移した。


 話し合いは平行線、こんなに言葉が通じない感覚は、向こうの世界以来。


 昔は良く分からなかったけれど、今は分かる気がする。

 もう、受け入れたら死ぬ様な感覚なんだろうか、それか。

 操られてるか。


《軟禁されてたの、天使も見たでしょ》

『その時の天使様は各地を回られております、きっと何かの間違いでしょう』

「お互いに誤解が有った様ですが、どうかお許し下さい。現に我々は既に、許しているのですから」

『なら、魔王の撤回をして下さい』


『それはなりませんよ、大罪が降りたとの掲示時に、桜木花子が目覚めたのですから』

「そうです、向こうの情報が無い以上、今まで通り魔王として告発させて頂きました。皆さん、お分かりになって頂けてると思いますよ」


「そうか、小野坂に会わせて欲しいんだが」

『今は祈りの時間ですので、もう少しお待ち下さい』

「誰にも邪魔する権利は有りませんので」


 既にそうして何時間も待たされたのに、彼女は祈りを捧げるだけ。

 罪悪感からなのか僕達とすら話をしない。

 罪悪感が有るなら撤回して欲しいのに。


「以降の神託は、どうした」

『もう充分だと判断なされたのでしょう』

「そうですね」


 見放されたと気付きたく無いんだろうか。


「エミール、目を瞑ってろ」

『いやです』


「わかった、トラウマになるなよ」


 武光さんは青龍刀を取り出すと、2人を斬り付けた。

 動けるし息もまだ有る。


『何を!』

「あぁ、悪魔に魅入られてしまわれたんですね」


「ほら、緊急事態なんだ、早く小野坂の所に行けば良いだろう」

『いいえ、祈りの邪魔をしては』

『その祈りは、いつ終わるんですか』

「桜木花子が、死ぬまでです」


「天使は、助けに来ないんだな」

「お忙しいのです」

『そして、我々に敢えて犠牲になれと言う事なのです』


「アクトゥリアン、死体なら時間経過は無いんだよな」

【はい、特例で人間の死体のみ時間経過無しです】


「すまんハナ、手間を掛けさせる」


 2人の首が刎ねられると、次は自分達だと悟ったシスターや神父達の悲鳴が上がった。


 逃げ出す者、敵対する者、祈りを捧げる者も居た。


 こんなにも煩いのに、出て来ない。

 斬り殺される悲鳴が響いてるのに。


 もう、僕の銃を鳴らすべきなんじゃ。


『武光さん、次は僕が』

「大人の手に負えなくなったら、俺が居なくなったらお前の番だ。大丈夫、きっとこれからも手を汚す機会はいくらでも出て来る」


 そうならない為に、今こうしてくれてる。

 ハナさんも、難民の支援に僕の名前をって。


 それがどうして、魔王や大罪になり得るんだろう。


《匂い分かる、案内する》

「そうか、頼む」


 完全に絶命した段階で、死体が僕のストレージに仕舞われていく。


 今は、これだけしか出来ない。


《ここ》


 案内されたのは中庭。

 ガラス越しに彼女が天使の彫像に向かい、膝を折り祈りを捧げているのが見える。


「入るぞ」

『はい』


《マサコ、撤回して》


『資料、全て読みました。洗脳されてるんですね、可哀想に。大丈夫ですよ、私が解放してあげますから』


 カールラに触れると同時に、小野坂さんから黒い靄と共に悪臭が滲み、鼻を突いた。

 止めたいのに、動けない。


《ぅ、いゃ》

『大丈夫、離れた事も、許して上げますから』


 抱き締められると、カールラが悲鳴を上げて巨大化し始めた。


「動けるかエミール」

『無理です』

「コチラは動けます、ドゥシャ」

『行けます』


 武光さんはドゥシャに、僕はパトリックによって連れ出された。

 そのまま教会の外に居た黒曜(シャオヘイ)に乗せられ、逃げ出す。


 どうしよう、まだ動けない。


「待てクーロン!」

『僕が抑えますので、一時撤退を』


 夜なのに、更に大きな影が僕らを覆うと、黒曜(シャオヘイ)は更に加速し、天へと駆け上がった。


 後ろでは大きな音が、また、何も出来ないんだろうか。


「ハナに頼もう。浮島に行くぞ」




 日光浴をしながら、ボーっと浮島を作っていると。

 中央分離帯跡地に空間が開いた、ジッと見てると黒曜(シャオヘイ)が大人数を背負って走って来る。


 止まれるか、その勢い。


 目前で前脚を上げ、全員を振り落とした。


 近寄ると、血の匂いがする。


「タケちゃん、怪我して無い?」


「いや、俺のじゃ無い」

『すみませんハナさん、動けないのでどうにかして貰え無いでしょうか』


「あぁ、スクナさん」

『どれ、一緒に診よう』


 花子に変身し、エミールとタケちゃんを見ると。


「何でココにも黒い靄が」


「資料を、全て見たと言っていた。具現化させたのかも知れん」

『少し違う。穢れ、大罪の穢れだ、ハナの逆の作用、人も獣も操作する魔法だ』


「どうしたら?」

『少し触れてみると良い』


『あ、動けた、良かったぁ』

『中和だ、コレで大罪に変化した可能性は確定した』

「タケちゃん、喋らんと治さんぞ」


「分かった、少し肘を打った、頼む」


 肘だけ治し、見下ろす。

 治さんぞ、言うまで。


「カールラとクーロンはどうした」


「向こうに居る」

「ほう」


「それより、治して欲しい人間が居る」

『すみませんハナさん』

「は、教会の神父さん」


「縁の糸にと思ったんだが、蘇生を頼みたい」

「分かったが、一旦しまう、ちゃんと着替えて来るからそのまま待ってろ」


 小屋に向かい、ショナ達に報告し、部屋で着替える。


「ちょっと、普段着なんてダメよ、こう言う時にこそ、ちゃんとしないと」

「えー」


「ソラちゃん、黒いセット何種類か出して頂戴」

《了解》

「ノリノリかよ」


 ヘアメイクはされなかったが、強制的に着替えさせられ、漸く解放された。


 タケちゃんは未だに固まった態勢で転がっている。


「すまん」

「そうやって固まって転がってなさい」


 先ずは神父の頭を持ち、首、肩口の刺傷を治し。

 蘇生へ、体内限定のこの雷電だけは使える。


『っ、う、ココは』

「天国」


『ひっ、桜木花子、なぜ』

「ココはワシの天国だ、天使さん、どうなってる」


『あぁ、天使様、ココに囚われてらっしゃったんですね』

《いいえ、主はアナタ達を見放しました、撤退、と啓示が有った筈ですよ》


『そんな、アレは桜木花子を見放したのでは』

《アナタ達です、もう、話の邪魔ですね。改めて見聞きする能力を、奪っておきましょう》


『あ、天使様、天使様どちらへ』

《お手数をおかけします》

「いえいえ、先生、どうしましょうか」


《他国の者ですし、もう見飽きてるんですよね、この種類の方って》


《隣の自治区、ベガスに拘置所を開けて頂いておりますので。宜しければお願いできませんでしょうか?もう、我々には殆ど、力が有りませんので》

「送りますけど。綺麗だし、羽根も有るし好きですよ。頑張って」


《はい、ありがとうございます》


「ハナ、実はまだ有るんだが」

『もう少し、後にお願いする筈だったんですが、ごめんなさい』

「面倒な、死の天使さんは居るかね」


【お久しぶりです】

「お元気そうで何よりです、くっ付けますから任せます」


【はい】

『いらっしゃるんですか天使様、どこに』


 神父さんが煩いので、先にベガス送りへ。

 指定先に空間を開くと、久し振りに憤怒さんに会えた。


「すまんな、手間を掛けさせて。良い服だ」

「いえいえ、後で、色々と教えてくれるんですよね」


「勿論だ」

「じゃあ、宜しくお願いしますね」


 以降の手筈はコッチで接着、蘇生は死の天使さん。

 そして移送の空間移動はエミール。

 タケちゃんは寝転がり役。


「ハナ、頼む」

「辛いか」


「少し、首が攣りそうだ」


「時間経過で解けないのね」

《じゃの》

『どう思うスクナ』

『ハナのは水溶性、コレは脂溶性』

「あぁ」

「そこで納得すんのかお前は」


「なに、グロいぞリズちゃん」

「お前ばっか辛いの嫌なんだ」


「バカめ」


 透明な鍵をコッソリ出し、触れさせる。

 曝露療法の基本は少しづつ、ゆっくりにだバカめ。


《鮮やかな手並みで少し怖いですね》

「嫌なら先生も鍵を手にするが良いさ、じゃあ、始めるでよ」


 エミールが出し、治し、蘇生、煩い者はエミールが憤怒へ送り出す。


 リレー方式、ピストン輸送。


 15人程で終わり。

 大人しい人達も纏めて送り出して貰い、手袋を外し、手を洗う。


 地べたに座り込んで腕を組んじゃって。

 全部、タケちゃんがやったなコレ。


「あぁ、俺だ」

「まだ何も言って無いが、そうか、なんで」


「まだ言えない、言えば来るだろ」

「まぁね、だって、負けて退散した感じやん」


「魔道具も展開してたんだが、さて、どうするか」

『やっぱり、ハナさんが居ないとダメなんでしょうか』

「んー、行きたくなるから立ち去るぞ。一服してくる」




 思わずハナの浮島に避難してしまった、そうしてどうにかなってしまったワケだが。


 全く、打開策が思い浮かばん。

 黒曜(シャオヘイ)は沈黙を続けているし。


「お知恵をお借りしたい」

《もう、さっさと呼ばんかバカ者が》

『まぁ、自分で考えようとしたんだ、良い事だろう』


《カールラとクーロンが今でも戦っておると言うのに、何を呑気な》

『それも、ハナに治させ怒られる気なのだろう』

「すまん」


『おー、召喚者勢揃いだ、大丈夫?血の匂いがするけど』

「あぁ、ロキ神、俺のじゃ無い」

《神父達を切り捨てハナに治させおったんじゃよ》


『やるねぇ、で、どうしてココに?』

 《大罪の穢れに侵され、動けなくなって撤退して来たんじゃよ》

「面目ない」


『魔道具は?』

「ある、ほら」


『コレでもダメかぁ』

《ハナのは水溶性、この穢れは脂溶性じゃと》


『あぁ、精霊系の亜種、吸血鬼系かな』

「そんな様子は無かったが」


『穢れの本質の話。ほら、ドロドロした感情とか言うでしょう?そう言う、本能に訴えかける系かなって』

「俺がビビったって事か」


『んー、違うと思う。コレ以上、この女の子に何かしたら不味いって、脚が竦む感じの方。激しい感じより、長く効きそうじゃない?』

「あぁ、分かり易い」


『ただ、どうやって治ったの?』

《ハナじゃ、ほんの少し漏れ出ておっての、触れて中和したらしい》


『もう連れてったら?』

「いや、それは避けたい。間違い無く、ハナを真っ先に狙う筈だ」


『守れば良いじゃない』

「もう、戦いは、見せたく無い」


『なら、耳栓させて目隠して連れて行けば良いじゃん。見せない聞かせない、そしたら後は自由に動けるんだから、守れば良いだけでしょ』

『ほう、なるほどな』

「居るだけで、そうか、溢れ出させるのか」


『だって、君等触れて無いんでしょ?なら向こうが滲み出してるんだから、溢れ出させて中和しないと、最悪は広がるんじゃ無い?』

《予想通りじゃ、徐々に広がり始めておる》

「大丈夫かドリアード」


《危うくなれば切るだけじゃ、どうする、押されておるぞ》




 カールラとこんなに戦った事は無かった、どんな模擬戦でも、お互いにどこかで力を抜いていた。


 今は全くそんな気配も無い。


 他の竜種に手出しするなと伝えてはあるけれど、勝てる気は全くしない。


『カールラ!戻って下さい!』


 もう人語も話せない程に荒れ狂い、足元の民家すら気にせず踏み潰す。

 そして黒い靄を垂れ流し、噛み付いて来る。


『ありがとう、私を守ってくれるのね、ありがとう』


 最も大きな黒い靄から響く声。

 ご主人様が見たと言う縁の糸、真っ黒い糸の先に小野坂が居る。


 壊れた中庭で、まだ祈り、感謝しているのが見えた。


『下がらせて下さい!せめて人化を!』


 カールラが甲高い鳥の鳴き声と共に、僕へ突進してくる。

 守る為じゃ無い、僕を目の敵にし追い回してるだけ。


『良い子ね、大丈夫よ。人化なんてしなくて良いの、ありのままの自分で良いのよ』


 黒い靄からの声は、それに触れた人間まで侵食している。


 見物に出て来た人間に、瓦礫の下の人間に。

 小野坂を称賛する言葉を吐かせている、この汚染は広がる、遠くには逃げられない。


 もう、宇宙まで逃げるしか無い。


 真上に舵を切り、上へ上へと上昇する。

 カールラは、ご主人様のカールラなら宇宙には来れない筈。


 追い掛けて来ない。


 違う、そっちは違う。

 ベガスは壊したらダメなのに。




「すまん、ヘッドホンと目隠しで、付いて来て欲しい」

「ショナ、こういう、ヘッドマウントディスプレイ的なのは無いかね」

「ありますけど、映画鑑賞する気ですか?」


「音楽程度じゃ気になる、気にしない方法はそれしか無い」


「分かりました、どうぞ」

《セットアップします、暫くお待ち下さい》

「タケちゃん、ここまでするかね」

「コレで俺が、俺とエミールが負けたら任せる。我儘だ、すまん」

『少しだけ、頑張らせて下さい』


《完了しました》

「分かった。よし、行ってくるかの」

「はい」


「ダメ、1人で行く」

「せめて、誰かお願いします」


「じゃあ、白雨起こすか」


 ハナは我儘を呑んでくれた。

 危ない賭けを信じてくれた。

 殺したく無い事も、多分、分かってくれてると思う。


『はい』

「ちょっと遊びに行くから、来なさい」


『はい』


 表情1つ変えずに返事をし、寝間着のままハナに付いて行く元大罪の悲嘆。

 心做しか少し嬉しそうに見えるのは、アドレナリンのせいだろうか。


「ワシはコレから暫く見聞きしちゃならんのだ、この2人が負けたらワシが出る、君は付き添いだ。最悪君は死ぬ」

『うん』


「死んでも、生き返らせない」

『分かった』


「うん、着替えるか」

『うん』


 ハナが髪を白くすると、白雨は虚栄心に仕立てられたスーツでやって来た。


 傍から見れば心中でもするみたいだが、絶対にさせない。


 本当は分かってる、ハナが戦えばきっと勝てると。

 ただ、その後なんだ、残るハナを、エミールを悪者にだけはしたくない。


「行くぞ」

「おう、頼むよ白雨」

『はい』




『カールラ!』


 中心街を踏み潰す直前で、何とか体当たりして砂漠地帯まで吹き飛ばしたが。


 もう僕じゃ無く、街に執着している。

 完全に操られている。


 戻ったら、悲しむだろうに。


『カールラ、帰ろう』


 再び甲高い声を上げると首をぐるりと捻った。

 ご主人様が来てしまった。


【クーロン、連れて来ただけだ、ハナには見聞きさせない。俺達だけで決着を付ける】


『分かりました』


 何がどうなってるか分からないが、カールラを殺してでも抑えつける。

 綺麗な羽根が飛び散る、血も、黒い靄も。


「すまん、嫌な役回りをさせた」

『危ないですよ、もう自我が』


「ハナに近付ける、中和させる」

『でも、失敗したらご主人様が汚染されます』


「アレが汚染されるワケが無い、魔法で何でもするヤツなんだ」




 ハナさんを背に、銃を構える。

 狙いは小野坂さん、何か話している。


『更地にして自然に還すべきなんです、あんな場所は有ってはいけない』


 口の動きで、そう言っている様に見えた。

 ベガスの事かも。


 どうして。


 ココの賛美歌が聞こえる、少し煩い。


 教会内をスコープで覗いたが、偉い人が居そうな所には死体が吊り下がっているだけだった。

 自殺か他殺か不明だけれど、刺し合ってる人間も居たので他殺かも知れない。


 救うべきなんだろうか。

 許したり、ハナさんの様に、面倒を最後まで見れるんだろうか。


《気が乱れとるの》

『死体が見えたので、救うべきか悩んでました』


『少し、良いだろうか』


『白雨さん、はい、なんでしょう』

『ハナを見本にしなくて良い、君は君の基準を持つべきだと思う』

《おう、良い事を言う。来たな》


『パトリック、宜しく』

「はい」


 僕は、世界とハナさんが大事。

 だけど、他は、その合間に救えたら救うだけ。


 ハナさんに気付いたカールラが、コチラに真っ直ぐ進んで来た。


 先ずは威嚇射撃。




「白雨、揺れたよね」

『うん』


 ハナの手を取り、顔に当て頷く。

 少し手に汗をかいてる、緊張、少しの恐怖。


「結界が崩れても、行くからね」

『うん』


 ただただ溢れさせる為だけに、エリクサーを飲み続ける。


 意外と苦行だと思う。

 前に見た時も、少し嫌気が差したり、飽きたりしてたから。


 今も、触れると少し読み取れる気がする。


「威嚇射撃が通じないな」

『意識が有ってこそですし、もう、自我は無いかと』


「無いのか、その方が良いな。すまんハナ、許せ」


 黒曜(シャオヘイ)が掲げた前脚を足場に、武光がカールラの頭部へ飛び、打撃を加えた。

 芯を捉えた打撃、吹き飛んだカールラは体勢を崩し、地上へ不時着した。


 もう何人、被害が出ただろうか。

 早く終わって欲しい。




『武光』

「殺すつもりだったんだが、難しいな」


 今までで1番ボロボロなのに、それでもカールラはご主人様へ向かって行く。

 足や嘴を使って、ご主人様の居る塔へ向かって行く。


『どうしたらカールラは』

「溢れ出たのだけじゃ、もうダメか」


 カールラ自体から溢れ出る靄を、ご主人様から溢れ出た魔素が中和するだけ。


 本体には、届いていない。




『あ、人化を、狙えますよ武光さん』

【いや、ハナに触れさせる】


『でも、殺した方が早いんじゃ』

【常に、いつでも誰でも生き返れるとは限らない、カールラが生きる気が無かったら】


『生き返れない』

【あぁ、俺もそっちに行く】


 近接用の武器に持ち替え、人化したカールラを待つ。


 ボロボロの赤い羽根で、ゆっくりとハナさんの前に降り立った。


『ハナ、カールラだ』


 白雨さんがハナさんの手を取り、カールラの方向へ向けた。


 カールラはその手をすり抜け、ハナさんの首元に手を伸ばした。


「どっ、カールラか、よしよし、治そうな」


 首元に触れるかどうかで、カールラが崩れ落ちた。


 何が、触れたのか。


「おう、成功したか」

『何も触れる前に』

《髪じゃ、舞ったろう》


『あぁ、髪で、良かった』

「まだだ、パトリック、どうだ」

「コチラに気付いたみたいです」


「クーロンも治してから来い」

『はい』


 エミールが照準を定め、武光がマサコへと向かった。

 ハナは黙々とカールラを治したかと思うと、次はクーロンへ。




「こう、なんも分らないのは、ヤッパ辛いな」

『ごめんなさいご主人様』


 謝罪の声は聞こえないし。

 カールラは眠ったまま、このまま眠っていた方が良いのかも知れない。


 耳栓をしている右側、エミールから爆音が響く。

 そして硝煙と、火薬の匂いも。


「火薬の匂いなんだよなぁ」

『うん。クーロン、もう行った方が良い』

『はい』


 クーロンが援護に向かった、僕は更にその援護だけ。

 下手に撃って武光さんの邪魔は出来無い。


 小野坂さんと武光さんの戦闘は、圧倒的に小野坂さんが有利。

 素手を最も得意とする武光さん、剣技を得意とする小野坂さんの相性は最悪。

 そしてクーロンも加わって、狙撃のタイミングは極僅か。


 なんで、どうしてこうなってしまったんだろう。

 最初は、普通の人だと思ったのに。


 今はもう、中庭がどんなに破壊されようとも、天使の彫像を守っている。


 武光さんが剣の横腹を打っても剣は折れず、いなされては反撃される。

 下手に足技を出せば切り落とされそう。


 切り落とされないだけマシかも知れないけど。

 全く攻撃が届かない。


『武光さん』

【おう、頼む】


 少し後退した瞬間に、小野坂さんの胸を狙撃。


「命中、した筈なのに、変化しています」


 スコープを確認すると、真っ白。


 真っ白な羽根を生やし、それでガードしたらしい。


【生やせるんだな】

《いや、アレは炎じゃ》


 中庭の植物はすっかり灰になっている。


 空中へ舞い上がると、再び祈り始めた。


 2射目。


「エミール、弾丸はおそらく、融けてます」

『え、何度なんですか』


「太陽と同じ、7000度以下かと」

『じゃあ氷の魔法でも届くかどうか』

【俺には盾が有る、エミールは隙を狙え、絶対に有る筈だ】


『はい』


「太陽の匂いがすんな、大丈夫かコレ。念の為に武器を出したいんだが」

『エミール』

『はい、ハナさんが安心出来るなら』


『良いって』


 武器を変え、魔法銃で狙撃。


 着弾前に消えてしまう。

 どんなに氷をイメージしても、どうしても高温に掻き消されてしまう。

 どうしたって、現実の下限温度ー273℃が邪魔をする。


「ただ、何が出てるか分からんな」

『クーロン、魔剣が有りますよ』

【お借りします】


 ショナさんの桜花を持って、人型のクーロンが飛び去った。

 僕も貰った、きっと、この時の為のモノなんだと思う。




『洗脳されてると気付かない、自覚が無いそうですね』

「らしいな」


 話しながらも息切れ1つも無しに、盾と共に打ち込む打撃がいなされる。

 真っ黒な靄にまみれた剣と白い羽根が、盾を弾く。


 魔剣でも無いだろうに、全く歯が立たない。

 強がったのに、かっこ悪い。


【僕が出ます。呼吸、整えてて下さい】

「すまん」


 クーロンが持ち出したショナの桜花が、羽根を切り裂く。


 流石だな、ハナがあのショナにあげたんだ、強いに決まっている。


《お前のもハナのだ、信じるかどうかだぞ》

「だよな黒曜(シャオヘイ)、疑ってたんじゃ、無いんだがな」


《魔法は何でも出来る》

「知ってる、分かってるんだが」


 桜花に圧されるマサコに、更に追い打ちが入る。

 エミールの弾丸が肩を貫いた。


【効きますよ!ハナさんの魔銃!】

「だな、俺も確認した」


『大丈夫、それでも許してあげますよ』


 効いた事に完全に油断したのか、桜花をいなされた瞬間にクーロンが触れられてしまった。


「クーロン!」

『耐性って、出来るものなんです』


「おう、でも気を付けてくれよ」

『はい』


「エミール、傷が治ってる」

【ですよね、何度でも撃ち込みます】


「おう、マサコだけにしてくれよ」

【勿論ですよ】


 心臓への弾丸すら治した。

 マジで大罪化してるな、どうする。


《お前が出来る事をしろ》

「分かってる」


《分かって無い、お前だからこそ、出来る事だ》


「分かった、俺が悪かったマサコ。国やハナと話しに行って来る」

『それなら彼も下げさせてくれると助かるんですが』


「そいつは俺のじゃ無い、それに俺より強いんで無理だな、じゃ」




 武光さんが何か話し、下がると何処かへ転移した。

 正直、居ないと安心。


 間違えて撃つ心配が無いし。


『ガンガン撃ちますよ』

【どうぞ、武光が言う様に僕は強いので】


 何度も何度も撃ち込む、いつか効く。


 絶対に効く。




「武光様、どうしてコチラに」

「柏木さん、この映像で検証してくれ。大罪かどうか」


「少々お待ち頂けますか」

「おう、ほんの数分前からのだ、最速で頼む」


 武光様がお持ちになったボディカメラの映像には、小野坂様が大罪と化したとしか言い様の無い映像が映っていた。


 胸元に撃ち込まれた弾丸すら治癒、ココまでの治癒の能力はお持ちでは無かった筈。


 しかも、人々に讃美歌を歌わせるなど。


「お待たせしました、直ぐに国連へ」

「俺が直接、は、俺らにも洗脳の疑いが有るか。なら、検査でも何でも受ける」


「はい、直ぐに手配を」


 直ぐに医師を手配し、映像を転送。

 武光様が診断を受ける間に、映像を再度見直す。


 映像を遡ると、白雨君に手を引かれる桜木様が映っていた。

 そして転移し塔の上へ。


 武光様の手が桜木様の頭を撫でると、視線は遥か上空へ。

 カールラ、クーロンが争い、地上へと落ちた。


 人々は讃美歌を唄っていたが、突然叫び声が聞こえ始めた。

 そしてカールラが桜木様へ近づくと、突然崩れ落ちた。


 カールラの治療が始まると、今度は教会へ視線が向かう。


 まだ羽根の生えていない小野坂様、武光様が押されている。


 そして弾丸が小野坂様へ向かっていく瞬間。

 白い羽根が全身を覆い、狙撃から守った。


 高温なのか、中庭の植物を燃やす事も無く灰にした。


 空中へ舞い上がると、武光様が盾を出し、追い掛ける。


 小野坂様が見つめる先は、桜木様なのか。

 進もうとするのを阻止している。


 攻撃は通らず、進行を防ぐので手一杯。

 そうしているとクーロンが津井儺君の大太刀、桜花で翼を切り裂いた。


 流石、桜木様が津井儺君に差し上げた魔剣。


 関心していると今度は小野坂様の肩へ着弾。

 今まで着弾する手前で蒸発していた弾丸が、小野坂様に届いた。


 少し驚いた様子の小野坂様だが、服の裂け目から血も引き、傷口が修復された。

 まるで、逆再生でも見ている様に。


「良いか?」

「あぁ、終わりましたか?」

『この状態を洗脳されていると呼ぶなら、我々は全て洗脳されている事になるんでしょうな。結果は既に送信しておきましたが』


「なら神託時の映像の確認も頼む、それと通信機も。じゃあ、俺は戻る」

『はい、了解です』


「はい、お気を付けて」




 武光が消えて直ぐ、カールラが起き上がった。

 どうやら覚えているらしく、泣きながら、ずっとハナに謝っている。


『カールラ、見聞きしない決まりでココに居るんだ。2人の為に、武光とエミールの為に』

《どうして》


『どうしても、ハナはそれを受け入れた』

《男の、プライドなんかの為に》

『ごめんなさい、でも、こうするのがハナさんの為なんです』


 話し終えて一呼吸、エミールの魔銃が放たれる。

 威力は強く、マサコを後方へ吹き飛ばすと、クーロンが追撃する。


《私は、どうしたら》

『ハナならどうするか、君は分かると思う』


「大丈夫だから、行きなさいカールラ」


《はい》


 どうするのかと思ったが、瓦礫の下から人々を助け始めたらしい。


 そう、ハナならそうすると思う。


『指輪、してくれてない』


「なに」

『指輪』


 指輪を触らせると、大きな溜息をついてストレージから指輪を出した。


「すれば良いのか」

『うん』


「ほれ」


 魔力はほぼ無い、特に何かハナに思う事も無い。

 だから、何の能力も無い指輪。


 ハナが喜ぶと思ったデザイン、ただそれだけ。


 今は、何か能力が有れば良かったと思う。

 今、ハナが感じてる苦痛が、皆に伝われば良いと思う。


 何かしたい、どうにかしたい。




 エミールと一緒に行ったドリームランドの映画館、そこで感じた様な感覚の侵入。


 何かしたい、どうにかしたい。


 うつ伏せのままの足先から拡がり、スコープを覗く指先へと伝わる。

 今にも泣きそうで、苦しい。


 どうにかしたいのに、我慢している。


 エミールが大好きなハナさんの感情。

 私だけじゃなく、エミールにも伝わっている。


『ごめんねハナさん、頑張るから待ってて』


 狙撃の命中を見届け、少し視線を逸らし下を見る。

 カールラが泣きながら瓦礫を除去し、人々を助けている。


 そして助けられた人々も、歯を食いしばり、泣きながら他の人々を助けている。


 讃美歌が、遠のき始めた。





 怪我の酷い者をどうしようか迷って居ると、天使が降りて治した。

 もう人間の目には見えなくなっているらしく、人間は加害者の私に礼を言う。


 そうして他の者を助け、讃美歌を歌っていた者は避難誘導を始めた。


 どうにかしたい、何とかしたい。


 ご主人様の代わりに私が動く。

 洗脳でも強制でも無い、私がしたいから、する。


「すまん、遅くなったな」

《武光》


「気にするな、お前のせいじゃない。俺は教会の中の人間をハナに運ぶ、お前はお前がしたい様にしろ。ハナもそう言う筈だ」

《はい》


 どうにかしたい、何とかしたい。


 罪悪感でも贖罪でも何でもない、ただただどうにかしたいハナのもどかしさが地面を這い、広がる感覚。


 教会内部の死体を集めていると、逃げ遅れた者が他にも居ると案内してくれた。


 お互いを刺し合った者、首を括って居る者も。


 案内した人間も、カールラを手伝っていた者と同様に、歯を食いしばり泣いている。


 もう、コレが洗脳でも汚染でも構わない。

 これで平和になるなら、受け入れるべきなんだ。


「もう無いな、アナタも避難した方が良い」

『ですが、何処へ?』


「ベガスだ、送ろう」


 教会は既に結界の機能さえ停止していた。

 廊下で空間を開くと、憤怒では無く怠惰が拘置所の前に立っていた。


『避難するなら向こう、自首なら俺の後ろだ』


 そう言われ、教会の人間は怠惰の後ろへと歩いて行った。


「手間を掛けます」

『いや、手間を省く為に避難所も有ると言ったんだがな、もう拘置所は満杯だとでも言うべきか』


「お任せします」

『そうか。避難所が有るとだけ伝えておけ、面倒だ』


「はい」


 教会の外へ戻ると、既にベガスへの列が出来ていた。


 塔へ戻り、死体を出そうとすると、天使が声を掛けてきた。


《今、彼女に手間を掛けさせるワケには参りません》

【ココに出すだけで充分です】

「ハナは鼻が良いからバレるぞ」

『私が結界を張ります』


 天使がハナへ結界を張ったので、目の前に死体を並べる。

 溢れ出るハナの魔素を使い、治療し、蘇生を始めた。


 目を覚ました者達は怯えるかと思ったが、教会や塔の下の惨状を目にし。

 今度はハナへ祈り、許しを請い始めた。


「都合が良いな。怠惰、コイツらは拘置所で頼む」

『あぁ』


 空間の先の怠惰を目にし、自分達の行く先を受け入れたのか、諦めたのか。

 後はもうただ黙って、空間の先へと歩いて行った。




「ドリアード、向こうはまだ終わらないんですか」

《ショナ坊、待つのはさぞ苦しいじゃろう》


「桜木さんがどんな気持ちだったか良く分かりました、ですから状況を教えて下さい」

《聞いてどうする、お前なんぞに何が出来るんじゃ小僧が》


「何でもです、出来る事をします」

《ハナの決めた事を、それを破るか》


「はい。もう充分待ちましたし、召喚者が間違ってたら正すべきです」


《ふふふ、まぁ、連絡するなとは言われておらんよなぁ》


「武光さん、どうなってますか」

【おう、もう我慢ならんか】


「我慢って、現状の報告をお願いします」

【後一手に欠けているな、救援も必要だ】


「行かせて下さい」

【ハナの精神に汚染されるぞ。結構、きてるんだ、俺ですら】


「魔道具は効かないんですか」

【あぁ、柏木さんに判断を仰げ、じゃあな】


 急いで柏木さんに連絡を取ると、小野坂氏の大罪化が認定されたと報告を受けた。


 ただ、桜木さんの精神が影響する事は聞いて無いとのことなので、行くなら完全に自己責任になると。


「行きます」

【気を付けて、桜木様をお願いしますよ】


「はい。アレク、行きますよ」

【おう、待ってろ】


 外へ出ると直ぐにアレクが現れたが、鈴木さん、アンさん達まで付いて来ていた。


「何を勝手に連れて来て」

「仕方無いだろ、勘の良い婆さんが行けって唆したんだ」

「絶対、ハナに何か有るんでしょ」

『どうか、盾にすら成らないかも知れませんが、お願いします』


「じゃあ、高い所に空間を開けば良いのでは?」

「蜜仍君、連れて行かないならココから飛び降りる、損失になる筈よ」

『少しは、邪魔になるとは考えんのか』


「ハナは強いもの、私達が邪魔になるなんて有り得ない」


「じゃあ、俺も行くかな。ハナが動く良い機会になるかも知れん」

「ダメだよリズちゃんは」


「強いんだろ。俺は見てないけど、強いのは資料で知ってる。アレク、俺も飛び降りるぞ、どうする」

「アレク、ダメです」


「危ないと思ったら、引き返させる。それに従わないなら、強制送還」

「やった」

「よし、行くぞ」

「いくら桜木さんでも」


「なんだお前、信用して無いのか」

「信用の問題じゃ」

「信用の問題なの、じゃなかったらアナタが来なきゃ良いじゃない」

「僕は行きますよ、どうなっても桜木様を守れる自信も有りますし」

「私は待つ、桜木様を、ちゃんと待ってる」


《私も待ちますよ、精神汚染は避けたいですし》


「おタケ、何処に。あぁ、分かった。時間が惜しいからもう行くぞ」

「待って下さい僕も」


 空間の先は夜。

 高い塔の上。


 白雨さんに抱えられながら、あぐらをかいてエリクサーを飲んでいる。


「ハナ、血が」

『それはカールラの、ハナは無傷だ』


「白雨さん?私、スーちゃん」

『よろしく』

「はぁ、コレが精神汚染か、キツいな」


 どうにかしたい、何とかしたい。


 桜木さんの葛藤と困惑で、うっかりすると泣きそうになる程の強烈な感情。

 それを一瞬掻き消したのは、エミール君のエレファントガン。

 桜木さんとエミール君の魔銃。


「桜木さんは」

『ずっとエリクサーを飲んで耐えてる、匂いはさっき天使が結界を張ってくれて収まったが。衝撃はな』

「それなのに、怖く無さそうですね、桜木様」


『最初は少し緊張してた、今はもう。どうにかしたい、何とかしたい。だけ』

「それが漏れて影響してるそうですが、何か知りませんか白雨さん」


『あぁ、コレかも知れない』


 白雨さんがお揃いの指輪を外すと、さっきまでの重苦しさが消えた。


「それ、能力が無かったんじゃ」

『無いと思ってた、すまん、知らなかった』


【ハナは大丈夫か、気配が消えたみたいだが】

「大丈夫です、白雨さんの指輪、魔道具のせいみたいです」


【ショナ、来たのか】

「はい、すみません。自分達の身は守ります」


【なら指輪を付けさせろ、カールラも他のも不安がりだした。下を見ろ】


 下を覗くと列が乱れ、泣き叫ぶ子供が出始めていた。


《ご主人様は》

「白雨さん、指輪を」

『あぁ』


 白雨が指輪を付けると、サクラの魔素が一気に広がった。

 魔素の先が気になり空間を開くと、広がった先にまで既に波及していた。


 サクラの気持ちが一瞬で、周りに影響を及ぼしてる。


「ショナ、一気に末端まで広がった。下手に刺激しない方が良いかも」


「下手に、ね。ハナ、会いに来ちゃった」


「スーちゃん、何でココにって、どう聞けば良いんだこれ」

「あ、い、に、き、た」


「会いに来たって、心配無いのに。大丈夫、タケちゃんとエミールは強い、ワシより強い。カールラもクーロンも先に来てるし。大丈夫、ワシはただの中和剤」

「ふふ、ハナの方が強いのに」


「お、れ、も、い」

「バカめ、パパが心配するでしょうに」


「知るかバカ」


「あぁ、血で汚れるよ」

「知るかバカ」


「白雨、コレ、どうせ悪態ついてるんでしょ」

『うん』

「うるさい、こんなの洗えば良い」


「暴露療法はゆっくりだ」

「おう、分かってる」


「分かってるのかぁリズさんよぉ」

『うん、分かってるって』


 ハナさんにアポロさんとリズさんが寄り添うと、少しだけ嬉しくて、少しだけ安心していた。

 それは一瞬で拡がり、いつの間にか子供の泣き声も消えて。


 下を確認すると、列は綺麗に戻っている。


『ふふ、ハナさんて小心者なんですね、自分で言ってた通り』

「そうなんだよー、なっ」

「アレクもか、ですよね。バカめ」


「おう、バカだし。救援しに行くわ」

「あ、僕も行きます、行って来ますね桜木様」


「何か誰かどっか行ったのか」

『うん』


「クソぉ、何も分からんで進むぅ」

「ねぇ、リズちゃん、ハナの動画一緒に見れないかな」

「あぁ、ちょっと待ってろ、アクセス解析で、出た」


「うわぁ、プライバシー0じゃん」

「しゃあない、コレは公式用、個人のはちゃんと用意してある」


「まだ渡さないの?」

「精霊が魔改造するからな、それの対策でな」

《仰って頂ければ、プロテクトは破りませんが》


「それが破られてないか定期的にっ、凄い音だな」

「向こうで戦ってるのって」

『クーロンです、ショナさんの桜花で』

「パトリックさん、武光さんは」

「下がって救助をしています、被害が大きかったので」


『誤射しないで済んでて助かってるんですけど、どうにも致命傷が与えられ無くて。どうしても、殺す覚悟って、難しいですね』

「はい、命中しても、治癒してしまうんです」

「頭は、蘇生出来るか危ういか」

「ハナは帰したいって言ってたものね」


【なぁ、ショナ、傷が勝手に治ってるのも居るんだけど】

【アレクには見えないか、天使が治してる】

『神獣か僕らにしか、もう見えないみたいですね』


「もう、桜木さんに縁を切って貰うしか」

【それは最終手段だ、ハナが撃退したとなったら、またハナが狙われる可能性が有る。ただ、それで多分、俺は帰れる気がする、だから待って欲しい】

『だから、後始末をしてくれてるんですか?』


【おう、すまんが引き伸ばしててくれ。最後の神託が降りるまで】

『はい』


 天使が言った、再び神託が降りると。

 それが降りるまで、出来るだけ多くの人間を助ける。


 そしてそれが最後。


 素体の強さから、俺が戦闘要員なのだと思っていた。

 ハナも、俺も周りも。


 ただ、それは単なる思い込みで、俺には別の役割が有った。

 この最後になって、やっと気付いた。


 ハナを助け、時に仲裁し、収める。

 全ての軸はハナだった。


 エミールもそう、ハナを軸にしている。


 あのマサコも、ハナを軸にしたからこそ歪んだ、自治区に歪められた。

 俺の側に居たら、俺が軸になればマサコは歪まなかった筈。


 ココの人間も間違える事も有ると知っていたのに、俺は鍛えられる環境に、世界に甘んじた。

 マサコをココから引き剥がさなかった、混じり合わ無いと言われたのはハナとマサコだけ。


 なのに俺は無闇に他人を信用し、マサコを任せる失敗を侵した。

 もっと介入すべきだった。

 戦闘要員なんかじゃ無い、大人として支え、一緒に戦うべきだった。


 最後に、マサコにもチャンスを与えるべきなんだ。


黒曜(シャオヘイ)、俺が死んでも大丈夫か」

《お前は死なん》


「分かった、ちょっと付き合ってくれ」

《あぁ》


「クーロン、少し下がってくれ」




『了解』


 黒曜(シャオヘイ)に乗った武光が教会へ降りて来た。

 無数の死体を抱え、目の前に。


「治さないのか」

『神の御業に手を出すべきでは無いので』


「どうも、思わないのか」

『天使様や神様に選ばれただけですので』


「違ったら、どうする」

『違う筈は無いんですよ、全ては神様の計略ですので』


「それも違うとなったら、お前はどうするんだマサコ」

『違う筈は無いんです、異教の神を信奉する方には分からないんですね。ですよね天使様、可哀想に』


「なら、お前は何の為にココへ呼ばれたんだ」

『桜木花子を倒す為、もうお別れも済んだ様ですし倒させて頂きますね』


 塔への転移。

 コチラも同じく塔へと向かう。


「待て、本当に最後の神託まで待つべきだ」

『最後の神託でしたら、もう降りたと聞きましたよ』


「天使よ、まだか」

《いつなのかも、私にはどうする事も出来ません》


「この天使に聞け」

『誂わないで下さい、そこには居ないじゃ無いですか。天使様は向こうにちゃんと居ますよ』

《もう、見えも聞こえもしないのです》


「なんでだ」

《もう、見放す事しか、召喚者には出来ないのです》

『穢れてしまっては困るので』


「随分不便だな」

『それも計略、私はただそれに従うだけですから』


「少しは、自分の頭で考えるべきなんじゃないのか」

『考えました、知り、良く考えても、桜木花子が悪なんですよ』


『ハナさんが悪なら、皆が悪ですよ』


『そうですね、皆さん邪教徒ですし、そうですよ』

『独善的ですよね、今まで自治区は協調路線だったって聞きましたけど』


『だから魔王、大罪の桜木花子が誕生しちゃったんじゃ無いですか。エミール君は宗派が違うから分からないんですか?』

『宗派が同じでも、アナタの考えにはなりませんよ』


『やっぱり、洗脳されちゃってるんですね皆さん。もうそんな真っ黒い靄の中に居ないで、コッチへ来た方が良いですよ』


「マサコ、自分から出てる靄の色を言ってみてくれ」

『靄?この聖なる白い魔素と、そっちの靄と一緒にしないで下さいよ』


「なら俺に、その靄が付いてるか?」

『いえ、でもきっとスッカリ染み込んじゃってるんじゃ無いですか、どうせずっと一緒にいらっしゃったんでしょう?』


「いや、俺もエミールも、其々が別々に過ごしてたが。全部読んだんじゃ無いのか?」

『置いてあった資料は全部読みましたけど』


「それが全てじゃ無い、そんなのはホンの一部だ」

『判断するには充分ですよ、どうせふしだらな事しか書いて無いんでしょうし』


「ドクター、アレは投影だろう」

【ですね、抑圧された願望の投影。承認欲求、妬み、嫉み、僻み。他の映像でも確認が取れました、アナタ達に囲まれた桜木花子を見ての、嫉妬の発現で確定です。マサコは大罪の嫉妬です】


『何も言えないなら、もう良いですかね。燃やし尽くして終わらせないと』


『待って』

「エミール待て、皆も。見ろ」

『また、そうやって』


 穢してはいけないと、いつも祈りを捧げていて見れなかった虹の啓示。

 初めて見る、神様の啓示。


 虹の袂に啓示を探しに向かうと、誰かのタブレットが落ちていた。


 良く見ると死体も有る。

 国連から派遣された従者の服にそっくり。


 祈りを捧げていると、タブレットが鳴った。


 止めようと画面を見ると。


【マサコ・リタ・小野坂を大罪の嫉妬と認定。桜木花子の魔王申請取り下げへ。】


 何かの間違い、だって、私は正しいんだし、普通にはこのタブレットは見れない筈で。


《それは、お主が認証したからじゃ。お主の教育の為に、閲覧認証をしたタブレット。ココにずっと居ったんじゃな、可哀想に。お主の、従者じゃよ》

『誰が、こんな……あぁ、桜木花子ですね』


《いいや、この腐敗からして。ハナが居らん時期のモノじゃな》


『居ない時期って、どう言う』

《他の世界に居たんじゃよ、他の世界も救って来た》


『だって、引き籠もってるだけだって』

《本当に引き籠もってたとして、何故、ただボーッとしておっただけだと断言出来る。冥想して悟りを啓こうとしておったのかも知れんし、魔法の練習をしておったのかも知れん。全てにおいてそうじゃ、何故、直接見聞きして居らんのに、断言出来る》


『それは大人が』

《ならお主は子供か?手足も自由も無い子供なんじゃろか?違うじゃろう、耳も聞こえ目も見える、自由に動く手足に、尋ねる口も有る。大人と違いは無かろうよ》


『だって、守る為にって』

《そこに甘んじねばいかん程に、お主は弱いのか?違うじゃろ?イジメにも負けず立ち向かい、勉学にも励み負けんかった、剣技もじゃ、プライドを持ち、大人に負けじと賞を取ったと言っておったろう?》


『ココは、前とは違うからって』

《全てが違うワケでは無かろう、善は善、悪は悪。そう違わんと思わんか?》


『そしたら、コレが本当なら、私』

《誰でも間違う事は有る、まだやり直せる、少々間違えただけじゃ》


『いやだ、間違えたく無かったのに、私は、間違いを。天使様、私は』


 中庭に向かい天使様に語り掛けても、何も聞こえない。


 賛美歌も聞こえない。


 誰も居ない。


 外に出ると、列は教会の前を通り過ぎ、ベガスの方へ向かってる様だった。


 私は、桜木さんと違って間違え無い筈だったのに。


 この靄がいけないんだ。

 この黒い靄が、桜木さんが皆を先導して、私を大罪に認定させたんだ。


 引き籠もりも、他の世界を救ったのも全部嘘。


 だって、私こそが救世主だって、皆が言ってたんだもの。

 じゃないと私は、私が来た意味が。




《ダメじゃった》

「あぁ、認められないのよね、きっと」

「だろうな、ここまでの間違いを認めたら自死したくなるだろうよ」

『でも、自死は禁止されてますし』


「だからって、桜木さんは」

「あぁ、無関係だ。クーロン、カールラ、エミール、あと少しだけ頼む」

『はい』

《任せて下さい》

『もう少しですよ、ハナさん』


【ハナ】

「お、おうタケちゃん、まだ終わって無いのね」


【もう少し、結局頼る事になる。マサコの縁を、全て切ってやって欲しい】

「ワシのだけじゃ、ダメなのか」


【あぁ。それで、俺ともお別れだ】

「予感がするのね」


【あぁ、寂しいだろう】

「おう、でも安心。無事にパパとして帰せるんだし」


【ハナは良い子だった、面倒の後を任せる事になって、本当にすまない】

「余裕っすよ」


【そのまま、縁の糸は見れないか?】


 マサコちゃんの縁の糸と意識しただけで、他の糸は全て手をすり抜けた。


「見える」

【じゃあ、立って、振り向かせる。マサコの糸は、掴めるか?】


「うん、もう手元に有る」


 自分との糸を避け、先ずは半分。


【まだ、みたいだな】

「なんか、もう少し居て欲しい気もする」


【エミールもショナも居るんだ、頼むよ】

「ありがとうね」


【おう、こっちこそ】


 残り全ての糸を切ると。


 ヘッドホンも何もかもが取り払われた。


「もう良い?」

「あぁ、もう良いぞ」


 目を開けると、まだ居てくれた。


「タケちゃん」

「おう、終わったみたいだが。まだ少し猶予が有るらしい」


「すげぇ惨状だもんなぁ」


《すみません》

「カールラだったのかコレ」

『仕方無いんです、操られてしまって』


 マサコちゃんの記憶が残ってる、失敗したのか。


《大丈夫、マサコの記憶だけが消えました。ありがとう》

「天使さん、そのマサコちゃんは」


 塔から下をみると、ドリアードに支えられるマサコちゃん。

 ホッとしていると、もう消えてしまった。


「ありがとう、コレからも頼む」

「勿論よ、任せなさい」


「エミールも、頼むな」

『はい、お元気で』


「おう、頼むよショナも、お前はハナの大事な」


「なんつータイミングで戻るのよ」


 【帰る?】


 いや、残る、例え魔王と呼ばれても。


『ハナさん、聞こえました?』

「おう」


『僕も、宜しくお願いしますね』

「おうよ」


『あ、虹ですよ』

「おぉ、夜の虹、始めて見るわ」


 ベガスの明かりが無いからか、ハッキリと2重になった虹が見えると、従者達の通信機が鳴った。


「桜木さん、厄災、終了だそうです」

「やった!マジか」


「それと、魔王の撤回も完了したそうです」

「短い魔王生活だった」

『あの、四天王を決めたとか聞いちゃったんですけど?』


「おう、最弱と最強をな」

『何で2種類あるんですか?』

「まぁ、それには長い説明が掛かるだよな、鈴木さん頼むわ」

「私、そういうの詳しく無いんだけどー」

「桜木様ー!おめでとうございますー!」


「蜜仍君も居たのか、ショナもさ、何で言い付けを守らんかね」

「今さっき来ましたよ、ね?」

「はい」


「嘘を言うな」

「職権乱用ですよぅ桜木様、もうそれ外して頂けませんか?」


「まだダメ、後処理を始めましょうや。エミールは休憩な、ほれ、浮島に」

「桜木様、血が」

「あ、ミーシャ、コレは」

《私のです、すみません》

「俺らで動くから、風呂と着替えに行って来いよ」

「うんうん、まだコレからだし」

『皆さん心配しますし、一緒に行きましょハナさん』

「ですね、行ってて下さい、待ってますから」


「へい」




 完

新シリーズ。

病弱召喚者の保護者日誌ー前衛だと思っていたんだがー

召喚者の病弱日誌ー永住を決意したのは良いんですがー

始まってます。

決意の方は9月まで日付進行中です。

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