3月12日
マイケル補佐官の視点。
《補佐、お疲れですね》
『あぁ、すみません天使様、寝坊しかけてしまい、助かりました』
《いえいえ、お疲れが取れませんか?》
『そうですね、日本から配られた資料を読んで以来。悪夢を見るんです、天使様方が離れてしまう夢を』
《不安なのですね》
『ほんの少し、魔王候補の事が、どうにも気掛かりなのです』
日本から渡された書類は僅か。
ただ、あれだけの事が起きてしまった状況で、寧ろ良く書類を渡してくれたと思う。
そのせいでは無いハズなんだが、どうしても不安になってしまう。
アレは、悪夢そのものだった。
《あぁ、マサコが目覚めたみたいですね》
『そうですか、私も準備させて頂きますね』
元は学区で勉強を教えるただの教師、それがあっという間に召喚者補佐になってしまった。
当時の私は喜んで引き受けてしまった。
今までの研究が認められたのだと、周りは経歴と人柄が良いからだと、嬉しかった。
そうしてここまで来た。
尻拭いの為に。
マサコは良い子だが、失脚し、辞めて逃げた人間達のせいでかなり物を知らない。
世間も、ココの常識も。
そして今、自分がどんな立場なのかも。
支援をしないなら立ち退けと、正式に国連からの命令が届いてしまった。
沐浴と朝食を終えた彼女に命令書を見せたが、納得はしてくれなかった。
支援はしていると。
コレは、私が悪い。
彼らの食事はとても簡素で、日本の食事とも合った。
もうこの世界に彼らは慣れ始め、コチラの用意した前と同じ様な食事は摂らなくなった。
それを遠慮しているだけ、いつか食べる、昨日は食べていた。
そう、嘘を吐き続けた。
落ち込む彼女の為にと、嘘を重ねた。
食事も、寝床も、もう使われてはいない。
彼らはベッドでは寝ないし、もうパンは食べない。
我々が用意したモノがことごとく合わなかった、ただそれだけなのに、それを伝えられなかった。
今までは。
『どうして、支援はしてる筈なのに』
『申し訳ございません、食事も寝床も、もう使われてはいないのです』
『え』
驚くのも当然だ、彼女は桜木花子の様に見て回る事が無い。
プライバシーを重んじ、向こうから来るまで待つ姿勢も、合わなかった。
裏目に出た。
そして服装も、桜木花子も紫苑も、彼らの服を着て同じ食事をし、同じ言葉を話した。
例えポーズでも、それは仲間意識を感じさせるには充分だった。
合わない以上に、最早成果を見せるにはそれ以上の献身が必要だった。
それに気付ける様に、彼女に様々な提言をして来たつもりだった。
だが、彼女は聖書の中身を説くだけ、行動しなかった、ただ待った。
『いつか気付いて頂けると思い、提言をさせて頂いていたつもりでは有ったのですが。私の力が足りず、申し訳ございませんでした。どうか、交代をお申し付け下さい』
自分の国で初となる召喚者に憧れていた、舞い上がっていた、浮かれて期待をしていた。
そして、まだ幼い子供であると忘れていた。
任命された直後、英国、中つ国、日本の資料を何とか読破し、勝手に期待していた。
他の召喚者の様に自主性が有ると、勘違いしてしまっていた。
彼女は、余りに受け身が過ぎた。
『なら早く言って貰えれば』
『言うのは簡単です、ですが気付いて頂きたかった。テントを見回ってみてはと、提言させて頂きましたよね』
『でも、居住空間ですし』
『日頃、彼らは何処で過ごされているか、ご存知でしょうか』
『日陰ですけど』
『日陰に敷物を敷いて過ごしています、彼らは飲食も眠るのも、地べたなのです。プライバシーを重んじる事は良い事です、ですが実態を把握するには、踏み込んでみる時も必要なんです』
『コレから、話せる様になりましたし』
『もう、翻訳機が完成したのです。最速は日本、もう、我々の居場所はココでは有りません。国に、帰りましょう』
『これじゃあ私は何の為に』
『何の為だと思いますか、国は、どうしてアナタをココに寄越したか』
『役に立つべきと』
『違います、内乱、分裂にあたって邪魔だったからです』
『纏め上げるって』
『彼らは、異教徒排除を主とする国として独立宣言を出しました。コチラが、書簡になります』
『これって、桜木さんの排除じゃ』
『一時は民間にまで分裂は広がり、二分化。ただし、魔王候補を魔王と認定し、討伐する事で纏まってしまった。コレは善行では有りません、悪行なのです』
『でも、実際に魔王らしい話ばかり出ますし』
『どこの情報ですか、もう、我が国の情報は信用ならないんですよ』
『でも、他の国には情報が』
『本人にお聞きすれば良いんです。天使様、嘘が見抜けるんですよね』
《はい。ですが、万能では有りませんからね?魔法、魔道具の類は見抜け無い》
『では、魔道具や魔法を排除すれば』
《はい、嘘かどうか分かりますよ》
『マサコ様』
『私は、信じたい。先ずは国に話しに行きたいです』
『分かりました、ですが決して鵜呑みにする事だけは。例え私の言葉でも、どうか真実を見抜いて下さい』
《私も付いてますから、どうか心配なさらないで》
『ありがとうございます天使様、引き上げましょうマサコ様。帰りましょう、あの国に』
ココは、地獄だった。
先ず最初に、桜木花子の味方をしたと投獄された。
不用意な彼女の発言によって、天使を上手く利用され、引き離されてしまった。
そしてココには、嘗て日本に居た大罪の白雨、神獣のカールラが投獄されていた。
情報を引き出す為に、優しく軟禁された監獄、盗聴器の有る優しい地獄。
ココを出るには、彼らから情報を引き出せと命令された。
『大丈夫か』
『あぁ、すみません、少しボーッとしてしまって』
《カールラをモフモフしたら良いのよ?》
『どうぞ』
『すみません、じゃあ少しだけ』
《良いのよ、泣きそうな人には優しくって、ご主人はきっと言うもの》
彼女の、幼獣の言う主人とは桜木花子。
国からの命令で、孤島から直ぐに引き揚げさせられ、ココへ送られたらしい。
そして白雨も。
何も知らないと分かると、直ぐにココへ連れて来られたと。
『最初から、こうなっていると知っていたら、補佐なりに、何か出来た筈で』
《最近なの?》
『はい、言い訳になるかも知れませんが、黒い地球が消えた直後の事です』
『急造の補佐なら仕方無いだろう』
《マサコは、何も言わなかったのよね》
『はい、桜木花子の元に帰ったと思っています。だから、向こうが先ずは礼をし、返すべきだとの国の話を信じています』
『あぁ、なるほど』
《ちょっと、マサコは悪くない》
『もっと早く、教育すべきでした。大人の狡猾さ、独善的な人間が居る事を。意気地が無くて、申し訳無い』
《良い人よ、アナタは良い人》
『すみません、ありがとうございます』
お2人はとても優しい、例えコレが偽善でも。
私には優しく思えた。
こんなにも悲嘆を穏やかにし、龍殺しの異名を持つ神鳥が穏やかなのに、あの桜木花子が魔王で有るとは思え無い。
『アナタは、何をしてココに居るんだ』
『苦言を呈した事。桜木花子を魔王だと思うかと聞かれ、全く思えないと、それで、こうなりました』
《まだ候補なの?》
『もう、彼らには魔王なんだそうです』
『そうなのだろうか』
《白雨、冗談でも良くない》
『何も知ら』
《あ》
『どうかされました?』
『いや、何でも無い』
《ご主人の事、思い出してたの。白雨と》
『無力な私では在りますが、この状態に先ずはお詫びを』
『アナタの名前は』
『マイケル・ジョンソン。元、補佐でした』
《マイケル・ジョンソン。元補佐》
『はい、無力で愚かな元補佐です』
《大丈夫よ、きっとご主人が、皆が迎えに来てくれるもの》
『あぁ、いつか来る』
『落ち着かれてらっしゃる、何を支えに?』
『拷問は無いから慌てる理由が無い』
《凄いのよ、色々されたって教えて貰ったの》
『すみません、嫌な事を』
『遠い過去、問題は無い』
『もし良ければ、ココで何をされていたか聞いても?』
《お話し、白雨とご主人のお話ししてた》
『好きな食べ物、嫌いな食べ物、色、季節、天気』
《分からないのは予想してるの、それで後で答え合わせするのよね?》
『する、沢山話しをする』
《ココでも沢山お話ししたから、もう無いの。補佐さんのお話し聞かせて?》
『大した人生では無いんですが……』
何処で生まれ、どんな家族で育ち、どんな環境で育ったか。
彼らに進められるがまま、食事をしながら話していると、気が緩んだのか眠気に襲われた。
『いつ何が有るか分からない、休息は取るべきだ』
《カールラ温かいから眠くなるのよね、おやすみが良いのよ》
『すみません、ありがとうございます、少しだけ』