3月11日
元魔王、アレクシスの視点。
『おうおう、元魔王の登場か』
「ココは」
『シバッカルのマインドパレス、最初に来る場所じゃ』
「白い」
『あぁ、最初は何も無かったがの、今はこうじゃ』
起き上がり辺りを見回す。
何も無かった天井には照明、家具、庭には水槽。
「花街の映画館に行きたいんだけど」
『ほれ、ココを通ると良い』
促された扉を開ける。
景色はまるで違い、和風の街並み、目の前には映画館。
中に入るとブザーが鳴った。
人波に圧されるがままに入ると、同時に映像が流れ始めた。
『席、座らないんですか?』
「あ、あぁ、映画館を良く知らないんだけど」
『ご案内しますね』
「どうも」
椅子に座ると、2色のポップコーンと炭酸ジュースを渡された。
彼は、誰だろう。
『あ、ソロモンです、どうも』
「あぁ、なら俺の名前も知ってるよな」
『はい、あ、始まりましたね』
何か疑問が有った筈なのに、画面を見ると脳が溶ける。
何を考えていたかもどんどん溶けて、消えていく。
魔王と初めて会った時の映像、今の顔と同じ筈なのに、違う気がする。
こんな風に自分が、昔の自分が見えていたんだろうか。
『懐かしいですねぇ』
「セバス、なんで」
『んー、何ででしょうね?』
『はい、温かいお茶ですよ』
『どうも』
「馴染むの早くないか?」
『まぁまぁ、元魔王同士なんですし、アレクも、気楽にやりましょう』
『そうですね。あ、良い場面が来ますよ』
画面に視線を戻すと、魔王の衣類が床に落ちていた。
大きな罪悪感と悲しみと虚無感、心臓辺りから湧いて息苦しい様な、息がヒリヒリする感じ。
それから下から鳴き声が聞こえると、ルシアの姿を喜んだ。
嬉しさや困惑、愛おしいとか、跳ねる様な気持ち。
そして俺やセバスを見て、安心した。
喜んでくれた事が、凄く嬉しい。
『年を取ると、涙脆くなるのは、脳が衰えてるからだそうで。もう、年でしょうか、ダメですね』
『まだまだお若いんですから、肉体年齢は50頃なんでしょう』
「もー、直ぐ泣くー」
『精神安定のセロトニン増加、不安定にするマンガン排出に一役勝ってるんですよ』
『らしいですが、どうにも、子供達には見せたくなくて』
『どうしてですかね?』
『不安にさせたく無い、心を乱させたく無いんです』
『でも、独りで泣かれるのは嫌でしょう、あんな風に』
魔王の時以上の罪悪感、人魚、人面犬、そして首だけの水の精への罪悪感。
独りで泣いてるのに、何で堪らえてるんだろう。
『あぁ、はなちゃんは全て終わった時に、ちゃんと泣こうと思ってたんですね』
「全部って、なんで」
『原動力が無いと、人は動けないモノなんです。特に苦手な事には、力が要りますから』
それからは、赤い花柄のワンピースの女に追い掛けられるホラー。
次いで人間共からの悪意に漢字が振られ、セバスが読み上げる。
「侮慢、嘲罵、侮言、讒謗」
『ざんぼう、良くお読みになれましたね』
「な、マジ凄い。つかくっそ歪んでるんだが」
『この中で育った割には、真っ直ぐな方だと思うんですけれど。良く偏屈、へそ曲がりと言われてますよね』
『そうですね、そう知れば、ですが。話さない事には伝わらないですから』
『だからこそ、ココが有るんですよ。嘘、本当に?なんて言われませんし、例え向こうで言われたとしても、もう関わらなければ良いと決めてるそうですから』
「積極的なのか、消極的なのか」
『この子は両方、結構効率良くこなしたいタイプなんですよ、不器用なりに』
『逆にと言うか、器用な方だと思いますけどね』
『そこはほら、上には上が居ると思ってますので』
『あぁ、子供には、上を見せるのも考えモノですね』
『経過、過程だと思いますよ。素晴らしい絵画には習作が有ると知ったのは、最近だそうですし』
『そう考えると、まだまだ子供なんですよね』
『そうですね、大人とは何だと、ずっと考えてたそうですから』
『アレク、アナタの大人とは、どんなモノですか?』
「俺?責任が取れるのが大人かな、常識の範囲内で。今回のはもう、個人の裁量を越えてるでしょ」
『そう、納得して頂けてるんでしょうか』
「そうか、ごめん、言って無かったわ。虚栄心が、戦時中なら良くある事だって納得させようとしたけど、完全に納得して貰うには時間が掛かりそうって、そう言ってた」
『あぁ、そうですよね、私のせいで前例も有りますしね』
「大丈夫だって、俺が頑張るから」
『すみませんが、どうか、宜しくお願いします』
ソロモン王が気を効かせてくれたのか、サクラから見た沢山の笑顔が映し出された。
さっきみたいなタイトル付きの嫌な笑顔では無く、本当の笑顔、俺達の表情が代わる代わる映し出される。
魔素もキラキラ光って、綺麗な景色。
楽しそうな俺ら、少し遠くで見てるのは、何でだろう。
目覚めたのは白い研究室、ショナ以外の人気は無し。
もう朝か、天気悪いな。
「どうでしたか?」
「トイレ先な」
それから先生に報告する事に。
病院へ向かい、報告。
《じゃあ、少しお伺いしましょうかね》
「眠そうだけど」
《大丈夫ですよ、それで?》
ソロモン王の案内なのかセバスも来た事。
そして魔王の映像から始まり、ホラー、漢字検定に移行した事。
最後に、少し遠目で俺らを見て喜んでいる映像で終わった事を伝えた。
「特に、人面犬のアレ、しんどかった。罪悪感で泣いてて、辛いし、可哀想だった」
《あぁ、人魚と泉の精霊は桜木花子が手を下しましたからね》
「それは、アレで正解だと僕も思うんですけど」
「でもさ、向こうから言わないと、言うに言えないし。でも、嘘、マジ?本当に?って言葉が聞きたくないみたい、言われ過ぎたっぽい」
《かなり覚えてるみたいですね、何か思い出せない事や、引っ掛かる事は?》
「無いとは思うけど」
《そうですか。アレク、ソロモン神について何か有りませんか?》
「あぁ、先代魔王だなって位で。あ、何か聞こうと思ってたんだけど、なんだったっけか」
《津井儺君は、何か心当たりは?》
「僕も、何か聞こうとはしてたんですけど、それがどうにも思い出せなくて」
《嫉妬、悲嘆、魔王、恋愛、どうでしょうか》
「分からん、思い出せない」
「そうなんですよね、そうな気もするし、違う気もするんですよ」
《でしたら、改めてソロモン神の事を調べてみてはどうでしょう、何かヒントになるかも知れませんし》
「する、ショナ手伝ってくれ」
「はい」
浮島に戻り、アレクのままショナと蜜仍とソロモン神の勉強。
勉強と言うか、朗読して貰う。
漢字とカタカナとひらがなって、どんだけ学べば良いのよ日本語。
報告書に有った名前を、1柱ずつ調べて貰う。
要塞の神に木工の神、後は、見た目と肌触りで選んでそうなモフモフ達。
悪態を吐く鳥なんかは、もう完全な趣味だろうに。
「なー、どう言う基準で選んでたと思うよ」
「触り心地とかみたですね」
「桜木様らしいですよね」
「な、戦闘、変身、モフモフって感じだよな」
「恋愛系の神様が凄く多いのに、ほぼ選んでませんよね」
「枯れたままになられる位なら、寧ろ、僕らがお願いすべきなのかも知れませんね」
「なにその枯れてるって」
「桜木様の恋心です、枯れてると評判で」
「良いか悪いかで言えば、良くないと思うんですよ」
「今は別に良くないか?寓話の姫じゃ無いんだし」
「ロキ神が髪にキスしてもダメでしたしね」
「え」
「眠り姫にはどうしたら良いかってなって、なら王子様が、と。一応、王位継承権は有りますし」
「へー、皮膚じゃ無いから効かないんじゃないの」
「あぁ、でも中に手を入れるの少し怖いんですよね、もしドロドロに溶けてる最中なら、邪魔する事になっちゃいますし」
「そんな、さなぎの変態みたいな」
「魔法は何でも出来る、って言って何でもするヤツだぞ?無くは無いだろう」
「ですよね」
「なら、何になると思ってるんですか?」
「男」
「ですよねー、かなり気に入ってるみたいで、良くニコニコしてくれますし」
「僕は反対なんですが」
「まぁ、反対者だしな」
「ですね、どうそどうぞ、後で桜木様に嫌われても知りませんから」
「そんな事で嫌う方じゃ無いと思うんですけど」
「まぁ、嫌いなのは嘘付きとか、おべっか使うヤツみたいだし。そのまんまでも、精々、無関心になられるだけかもな」
「あー、僕それが1番嫌だな、気を付けないと」
「無関心って、桜木さんに有るんですかね?」
「あー、意識外は記録されてすら無さそう」
「逆にそれを映画館で確認するって難しそうですよね」
「基本的に何でも気にしますしね」
「そうそう、悪い見本学習しまくって異変に気付くもんだから、指摘すれば相手は逆ギレ、良くて否定。間違って無いのに、間違ってるって言われる。そら否定されたく無いよな」
「アレクさん人間ぽい」
「いや、一応前から人間の筈なんだけど」
「前はただ肯定するだけで、何も考えて無かったっぽいんですもん」
「もう、肯定するだけじゃ足りないだろうなってのは、バカでも分かるし」
「ショナさんなんか否定派で…否定派がショナさんだけだから、逆に、置いといてるんですかね?」
「結構言いますね?」
「だって、魔王化反対派じゃないですか。先を考えて、魔王化したら僕らがすべき事って、先ずは人員整理だと思うんですよ。反対勢力の排除とか、賛同者集めとか」
「あぁ、昔と違うやり方で良いと思うが、ショナはな、邪魔と言うか、向こう側だろ、小野坂側」
「嫌ですよ、敵対するなんて」
「じゃあ中立地帯役か」
「ならエミールさん側ですかね」
「もー、話を戻しますよ。ソロモン神の事に」
「おう」
「まぁ、このまま調べても、何も分からないって結論に辿り着きそうですけど」
「いっそ、おいで頂くワケにはいかないんですかね?こう、呼び出して聞くって」
「残念ですが禁止されてるんです」
「逆にさ、本当の事しか言わないのを呼び出すのも」
「ダメです」
「なんで」
「自治区だけでなく、国連も反対してるんですよ」
「えー、聞くだけ聞いてみても良いじゃんか、違う方面から助言だか神託貰えるかもなんだし」
「そも桜木さんがこの状態では無理ですよ、多分」
「あー、補給か、魔素の」
「大丈夫なんですかね?お腹空いてないかなぁ」
3人で部屋に行くと、ミーシャが飛び起きた。
警戒心強すぎ。
「なんですか」
「いや、腹を空かせてないかなって、なって」
「気になって来ちゃいました、へへ」
「起こしてしまい、すみません」
「魔素、ちゃんと吸収してます、空中から」
「ならさぁ、やっぱり濃い場所の方が良いんじゃね?」
「溢れた場合の対処がですね」
「でも、お腹減ってたら可哀想ですよ?」
「でも、柏木さんがココにと仰ってましたし」
「あ、エイル先生呼んで来るか」
「でも、桜木様は最小にと」
「煩い、揉めるなら外、廊下」
「へい」
「怒られちゃいましたねー」
「起こしてしまいましたしね」
「なぁ、人間は最小限にって事なんじゃ無いのか?マーリンも土蜘蛛の長も知ってるんだし、後、ロキ神も」
「確かに、アレクの割りに鋭いかも知れませんね」
「ですね」
「だから、柏木さんに聞いてみよう」
そうして省庁の裏口へ行き暫く待って居ると、ショナが出て来た。
鉄仮面、何考えてるかさっぱり読めん。
「待ったが掛かりました」
「ええー」
「良い方の待ったです、万が一にも召される様な事が有ってはと、相談してる最中です」
「あぁ、なるほどね」
「褒めてましたよ、良く思い付いたって」
「考えてるからね、それなりに」
「何を考えてるんです?」
「どうしたら幸せになってくれるか、最初からずっとそれと、贖罪、どうしたら償えるか」
「結構、役に立ってると思いますよ?」
「でも、こんな程度で許されないだろ」
「桜木さんが許すって言ったらどうするんですか?」
「難しいけど、生半可な事で許すって言わないと思う。けど、その判断からも解放したい」
「僕に任せるって言うのはどうです?」
「良いかもな、一生許さなそうだし」
「そこまではしませんよ、桜木さんに嫌われても困るんで」
「従者を辞めても困るか?」
「え」
「従者を辞めて、もうサクラと関わりが無くなって、それで判断するってなったら本当に任せる。真面目だし、公平性も信頼はしてる」
「結構、重役ですよね」
「だから、従者じゃ無い方が良いだろ、近いと公平性が微妙になるし。それで、ショナが辞めれば嫌われても困らないだろ?寧ろ、嫌われてる方が公平っぽそうだし」
「それはそれで、桜木さんは喜ばないんじゃ」
「お互いに嫌いなら問題無いだろ?」
「そうなると思います?」
「おう、2人共頑固じゃん」
「まぁ、否定材料が今は無いですけど」
「もし、それこそ魔王化したら、エミールか誰かに付くだろ?なら距離が出来るし、嫌うか無関心になるかもだし」
「そう見えますか」
「嫌だろショナは、神聖視してた存在が逆の立場になるんだし。無意味に傷付く必要無いんだし」
「心配してくれてます?」
「おう、皆もな。多分ショナだけだ、魔王化の覚悟して無いのは」
「あぁ、ミーシャさんもですか」
「賢人は言い分次第、それはエミールも。でも、明確にハッキリと嫌がってるのはお前だけ」
「桜木さん個人を選ぶも同義で、桜木さんはそれを望んでないと思うんですよ」
「だろうな、だからショナは離れる事になる。宜しく、裁定者さん」
「決定みたいな事を言わないで下さいよ、ただ候補なだけなんですから」
「まぁね、ならないのが1番だけど」
ショナは魔王化が嫌なのか、魔王化で離れるのが嫌なのか、どっちなんだろうか。
まぁ、両方か。
暫く待ってると、神々の関与は多少増やせる事にはなった。
だが移動は不可との結論に。
やはり繭を蛹と同等に考えてるらしく、衝撃を与える可能性が有る事も含め、異変が有るまで神々への接触も移動も先延ばしに。
外が好きなのに、出してやれないのが少し残念。
浮島に帰り、ロキ神と交代、紫苑のフリをし孤島へ。
『良い案だったが、もう少し先だな』
「外が好きなのに、何とか出来ないか?」
『ワシに聞くな、自分で考えろ』
「ヒント、どう探すかとか、どう考えたら良いとかさぁ」
『アレが喜ぶ事の本質を考えるべきだろうな、外が好きな理由だとか、外の何が好きなのか』
雨が好きで、木陰が好きで、光るのも好き。
夜空も好きだし。
そう言えば、双子が欲しがったオモチャに夜空が映せるの有ったな。
曇りが多いから欲しいって、ココも曇り多いし。
「ショナ、オモチャ欲しい」
【えーっと、用途は何でしょうか】
「花子用、金とデカいオモチャ屋の場所もくれ」
【それなら僕が行ってきますけど】
「ダメ、俺が選ぶ」
【分かりました、受け取りに来て下さい】
オモチャ屋で沢山の小型プラネタリウムから、1番色々出来るモノを買った。
カスタムでカレイドスコープも、水面を投影する事も出来る。
値段はまぁ、俺の借金って事にする。
早速設置、コレにはミーシャも文句は言わなかった。
なんなら褒められた、機嫌は直ったらしい。
もし起きてくれたら、喜んでくれるだろうか。
昼、飯は魚介丼と豚汁、バランス良く食わされる。
問題発生、どうやら移住先で揉めてるらしい。
イスタンブールか中つ国か、別に2組に別れても問題無いだろうに。
スーちゃん曰く、家族意識が強く、離れるのに抵抗が有るらしい。
「一生会えないと勘違いしてんのかもな。つか家族は離れるもんだろ、大人になれば」
「はっ!行って来る!」
元気だな、若いからか。
つか俺も変わらないのに、何だろな、あんな風になれる気がしない。
揉め事は時間が掛かったが納得は半数を超えたらしく、そのままどう班分けするかになったらしい。
良いのか悪いのか、まだ悩んでる派を除けば半々だろうか。
つか小野坂は何してんだ、この話を拗れさせたの向こうみたいだし。
タブレット学習をしているとまた騒ぎ。
小野坂が出て来た、しかも翻訳機無しで話してる。
だが、主に説教っぽい話し。
最初は聞いていた人間も、早速BGM扱いして他の事をし始めた。
そうしてまた引っ込んだ、空回りしてるなと思った。
明かりにも慣れ、学習スペースで作業をする者が出始めた。
昼夜逆転の傾向、移住先が決まるまでは自由にさせる話しだったんだが、子供はダメだ。
スーちゃんから成長しないぞ、と説明させるも納得しない。
成長したく無いらしいが、大人にも猶予期間があると説明し、アンちゃんが寝かし付けていた。
2人共、良い先生になると思う。
「お疲れ、良い先生になりそう」
「嫌、無理、子供そんなに好きじゃないし」
「女子校」
「え、有るの?」
「有る、制服有るとこも有る」
「ちょっと、考えるわ」
紫苑も花子も基本的には双方への接触は最低限にすると言ってある、お陰でまだバレてない。
ただ、小野坂が居なくなったら深く絡まれるかも知れない、そうなるとバレる可能性が高い。
コレが直近の問題。
移住先が決まってくれれば、少しはマシなんだが。
殆どの人間が眠りについた頃、移民の女から相談有り。
個室を案内し、自己処理をして貰う、ついでに広めろと言っといた。
ロキが俺になり、浮島から降りて来た。
見守り君改が起動しているテントで交代し、アレクとして浮島に戻った。
ミーシャと同じ様に一緒に寝ようとしたら、ショナに怒られた。
蜜仍と簡易ベッドを両脇に置き、横になる。
つまらない。
つまらないからじゃ無いけど、早く起きて欲しい。