2月24日
《おはようございます》
《寒かったのかしら、おはようございます》
《そうね、夜、寒かったでしょう》
《暗い、寒い。朝、暖かい。暖かい、寒い》
《あら、じゃあ怖かったのかしら》
《夜、暗い。朝、明るい。暗い、怖い》
「“暗い、怖い”」
《そうね、暗いは怖いね》
《明かりを増やして貰いましょうね》
違うのだが、伝えたくても聞き取れるとバレる事は得策じゃ無さそうだし。
舐められたままの方が良いかな。
また夜になったら考えようか。
「“はい”」
《そう、怖かったのね》
《大丈夫、日光浴をしましょうね》
テラスへ出て、日光浴をしながら朝食。
侍女達は別室で朝食。
もうヤケクソでケバブを貪り食う。
エリクサーがぶ飲み。
計測、中域。
暇。
体は暖まったけど、暇。
ストレッチも終っちゃったし、筋トレするのも何かな、風呂が何時かも分からないし。
『おはようございます』
「おはようございます、暇です、何かさせて下さい」
『では、お散歩しましょうか』
侍女を1人付け廊下を歩く。
警備は変らず、ただ人は入れ替わってるが、それだけ。
「“妹”と、ルトが言っていたんですが」
『あぁ、妹ですね』
「妹とは」
『同族として受け入れる、と言う事です。グループ、家族と言う事、認めたと言う事ですね』
「家族ですか」
『はい、人類皆兄弟、と言う言葉がソチラにも有るとお聞きしましたが』
「そう言うのは、マサコちゃんの方が適任かと」
『お誘い申し上げたのですが、桜木様の方が適任だと辞退されてしまいました。お心の広い方で助かります』
はい嘘。
誘ったかも怪しい、辞退したのも嘘ぽい。
信用ならんな。
かと言って魔道具無しで話した女性の言う事も、仔山羊ちゃんの言う事も信じきれない。
何も被害に合って無い以上、反応も出来無いし。
判断不可能なので、散歩も続行。
先ずはお食事関係、荷運び等の重労働は男性が、調理は女性達。
洗濯場、同じく重労働は男性が、コチラも女性主導。
礼拝堂にも、何処にも女性は居るが、老人0。
一体、何処へ?
「あの」
『以上になるのですが、何処か行きたい所は有りますか?』
「図書館なるものは?」
『すみません、重要な書類も有るので、今は。もう少ししましたら、行ける様になるかと』
「反対してる方が居ますか」
『はい、残念ですが』
コレは本当。
後は何処に行きたいかと聞かれても、寧ろ何が有るのか。
ただ、有っても行けないなら意味無いか。
「あの、質問が有るんですが」
『はい、なんでしょう』
「敵は、外敵等は居るんでしょうか」
『いえ、今はもう何も、悪魔は滅されましたので』
まさかの本当、あの神様の反応はバグ?
それともこの人が知らないだけ?
「じゃあ、何か出来る事は有りませんかね」
『刺繡がお上手でしたし、中断させてしまいましたので。どうでしょうか』
「なら、それで」
そして刺繍部屋へ。
『“刺繍をと。”私は他の仕事が有りますので、帰りは侍女へ連絡して下さい』
「はい」
《“はい、ご案内させて頂きますね”》
『では』
取り敢えずは刺繍に打ち込む。
青い生地に白い糸。
デザインは百合の花、百合と薔薇は固有名詞が有る。
数人のプロが高速で縫っている、邪魔にならない程度に縫わせて頂いてる状態。
そして大勢が縫っているのは、白い生地に白い薔薇。
仕上がる過程を見るに、花嫁衣装らしい。
ただ、ココでココの言葉で質問出来ないのがな。
不便。
猥談凄いし。
もう考え事をするしか無い。
過度な質問をするな、とは。
聞くな、考えるな、ただ従えと言ってるも同然にも思える。
なら、それは何故か。
先ずはこの国の大事な情報が漏洩しない為だろう、ただ、律法で全体へと組み込まれてる点。
仮に治世の為、昔からの伝統として残ってる、その他色々だとしよう。
ただ、何でだ。
使節団員的には敵が居ないんだから、もう縛る必要無いのでは?
それともあの悪魔は、人間だからか?
そうしないとコントロール出来ない?
《何か、分からない事でも?》
「日本語、凄い。出来るんですね」
《神様から昨夜授けて頂いたんです、お寂しいでしょうからと》
「お気遣い感謝します、お礼に。礼拝すべきでしょうか」
《素敵ですわ、では早速行きましょうか》
ココでの最年長らしき女性。
それにしたって30代かどうか、色白で美人。
2人でベールを被り、礼拝堂へ。
壁画や玉座がローマ的、チグハグに思えるが。
ただの後世の名残りなんだろうか、知識が無いから何も考査出来ぬ。
そして彼女の真似をし、礼拝を済ます。
エルヒムの足は生暖かい、知ってる神様とは違う気がする。
神様なのは分かるが、何が違うんだろうか分からん。
《ハナ、彼女の名はイナンヌ、何でも彼女に相談すると良い》
「有り難う御座います」
《では、行きましょうか》
女神の名前に似てるが、偶々なんだろうか。
地球と言えど文明が全く違う感じになってるワケだし、もしかしたら神様が悪魔認定されてのコレなのかもだし。
そして刺繍へ戻る。
再考査。
糸は天然の絹、お蚕さんが居るなら桑の葉が有る筈。
ただ、こんな土地に桑の葉が生えるとも思えない。
そうなると、温室か、輸入か。
思い出す限り温室は無いし、有るなら案内しそうだし。
もしこの国しか存在して無いなら、輸入と言うべきか。
そもこの国だけなのか。
仮に他の国があるなら、クーロンが何か言ってくるか。
なら、一国一神教で、何故このメキシコシティ?
馴染んで欲しいなら、日本に似た環境に連れて行くべきでは?自転が同じらしいとなると、妨害工作?
実質昼夜逆転だし、妨害は成功してるが。
何でだ?
何で、ワシを取り込みたい?何故、マサコちゃんじゃ無い?
本当に友好関係を築きたいなら、ワシ?何でマサコちゃんじゃ無いのか?
いや、もう既にマサコちゃんと友好関係に有るなら、次はワシ?
平和ボケしてぬるま湯でフヤケてるにしても、あの国を、一国を騙せるか?
しかも天使が居るんだろ。
なら、本当に友好関係を築こうとしてる?
ピアスが無ければ、確かに異文化交流とはこんなもんかと思うだろう。
となると、方舟に協力して欲しいと言う地母神側は何だ?
単なる反社会勢力か?向こうが乗っ取りを企んでる?
なら、何でワシを手放した?
そもココと仲違いしてるかも確認出来ないし、裏で手を組んでるかも分からんし。
もう、聞くしか無いか。
「質問して良いですか」
《どうぞ、私で答えられる事でしたら何なりと》
「幸せとは、何ですか?」
《私の幸せは、人々と神様に尽くす事。そう育てられ、ここまで参りました。そして今はそれを成し、幸せです》
「ご結婚は?」
《結婚、家族の事でしょうか?》
「近いです」
《そうですね。ルトが家族、兄です》
「年が、ルトさんの方が下では」
《もう1つの言語では、ブラザー、妹はシスターと》
「あぁ、はい、確かに」
《そして皆、家族です。シスターとブラザー、そして父と母が家族の呼び名です》
「なるほど」
《はい、この刺繍も家族になる為の刺繍、向こうの刺繍も、家族になる儀式の準備なんですよ》
「誰のでしょう」
《そろそろ神様がお選びになる日が近いので、今回のお針子長に選ばれた子、中心で刺繍をしている子が選ばれるのが通例ですね》
「幼い、可愛いらしい子ですね」
《ふふ、先月外から来た賢い子なんだそうです、神様は賢い子を何年かに1度、選ぶそうです》
転生者じゃあるまいな。
「会って話したいんですが」
《では、向こうの刺繍に加わりましょう》
もし転生者なら、何かしらの言語で話してくれないだろうか。
もうそれだけで見極めも何も、必要無い筈なんだが。
「ニーハオ、ハロー、こんにちは」
《お話しして大丈夫ですよ、第2の地球から来られた転移者様です》
「こんにちは、転移者様」
「日本語を習得されましたか」
「はい、神様に英語と呼ばれるモノもいくつか」
嘘無し、先手を打たれたか、転生者を装ってるか。
「生まれ変わりや転生と言う概念や、知識は有りますか?」
《私にはちょっと、どういったモノでしょう?》
「知らないです、分からないです」
嘘。
転生者かも、どうしよう。
「向こうでは、賢い人の事を指したりします、賢人とも」
《そうですか、賢人、素晴らしいお言葉ですね》
「もう良いでしょうか、慣れなくて、集中しないと出来ないんです」
「あぁ、失礼しました。彼女の名前を聞いても良いですか」
《彼、彼はアポロです》
「彼」
《神様に性別は関係有りませんので、未成年の男が刺繍に加わる事は稀に有るそうですよ》
自分の花嫁?花婿衣装を縫うって。
真っ青だし、もう地獄じゃん。
「あぁ、緊張させてるみたいなんで、向こうに戻りますね」
男の子とは。
髪も長かったし、てっきり。
どうしよう、想定外過ぎて何も思い浮かばん。
兎に角、先ずは仮定しよう。
転生者じゃ無い場合だと、ワシに娶らせる方向か。
転生者の場合、違和感と文明の歪さに説明が付くが。
だからと言って、あの子が転生者だとは言い切れ無い。
ただ、神様から召し上げられるかもと聞くと、青ざめた。
それは何でかだ。
先ずは、単にココの男だから。
若しくは転生者で、元が男だから何されるか怖くて青ざめた、若しくは何されるか知ってて青ざめた。
後者は単にココの男でも青ざめる可能性は有るワケで。
若しくは女で男に生まれたから?ワシは喜んじゃうが、性嫌悪者なら青ざめるかも知れんか、猥談凄いし。
《あの、そろそろお昼のお食事のお時間では?》
「あ、あぁ、はい、戻ります」
確かに空腹、人も疎ら。
古い電話機に近い通信機で、侍女を呼び出していた。
ノック音がして振り向くと、侍女2人が迎えに来てくれた。
部屋まで送られ、テラスで独りごはん。
もう帰りたい。
相談したいが、どう相談するよ。
ヤケケバブ、肉美味い。
計測、中域。
どうしよう。
《お食事、終ったみたいですね》
《では、入浴の準備をしますね》
最も日が高い時間に入浴するらしい。
そして昨日と同じ様に乾かして貰い、着替える。
そしてまた刺繍へ。
もう日が落ちるまで刺繍。
そして帰り道、またルト。
また怪我をさせてる。
『お願い出来ますかね』
「はい」
今度はちょっとエグい、手加減を知らないのか。
腕の骨が切断されて、痛がってるが痛覚遮断無し。
申し訳無いが、失血死しない程度にゆっくり治す。
失神した。
痛いものな。
『汚れてしまいましたね、お風呂を用意させましょう』
「いや、手だけ洗えば別に」
『ココではそうする決まりなので、お願い致します』
「はい」
とうとう、決まりだと言う文言で押して来た。
衛生観念が有るのは良いんだが、お湯が勿体無い。
しかも入浴介助は必ず付くから誤魔化せないし。
そして石鹸の匂いが何か分かった、薔薇の匂いだったか。
そして再度乾かされ、テラスで軽い夕食。
マスカット美味い。
《明かり、後で来るそうですよ》
《ついでにお布団も頼んでおきましたから》
そう言われながら明かりが消され、また暗い夜が始まる。
次にルトが来たら、もう殺すか。
ただ、国際問題になるし。
なら、脳梗塞か。
いや、隊長だし動けないのは不味いか。
じゃあ、心筋梗塞か。
出来るか?
お昼寝も無しに刺繍をしたせいか、少し眠い。
順応早過ぎるぞ、自分の体よ。
そしてまたしても、ノック無しでルトが来た。
『“ハナ、明かりと布団だよ”』
「“ありがとうございました。”さようなら」
明かりと布団を受け取り、早々に侍女の部屋へ行こうとするも、鍵が掛かってて開かない。
出入り口も、開かない。
詰んだか。
いや、テラスだ。
テラスは自由にして良いんだろ。
『ハナ』
「“アポロ、神様”」
『“あぁ、彼の事を知ったんだね、賢い子だそうだ”』
「“賢い”」
『“そう、あの年でもう字が読める、見た目も良いし。神様に召し上げられる予定だそうだ、君も興味が有るんだね”』
「“ルト、賢い違う”」
『“賢く無い、か、怪我をさせた事だろうか、何度も治させてすまない、これも仕事なんだ”』
まぁ、隊長なら仕方無いだろうが。
近付かないで欲しい、単語が分からんと本当に不便。
「近付かないで下さい。“おやすみなさい”さようなら」
『“昨日は悪かった、もう手首は大丈夫そうだとは聞いたが”』
「近付かないで下さい。“おやすみなさい”さようなら」
『“また来るよ、ハナ”』
いや、来るなよ。
ただジェスチャーが伝わってくれたのか、今日は一切触れずに帰ってくれた。
これに懲りて、もう来ないで欲しいんだが。
取り敢えずはこのまま就寝しよう。
短刀を握り締めて。