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2月23日

 目を開けた筈が、良く見えない。

 暗い、隙間から僅かに光が漏れて居るが。


 そして人の気配、匂いがする。


 乾燥した空気、拘束は無し。

 何重もの布の下は藁、寝台らしい。


《大丈夫?》

「仔山羊ちゃん、ココは」


《ママの人間の場所、コッチ》


 僅かに漏れる明かりの方へ。

 ちょこちょこ、テトテト歩く仔山羊ちゃんの後に付いて行く。


 扉を開けると、質素で身奇麗な女性達。

 女性しか居ない?


『“言葉は分かりますか?”』


 分かるが、適当な言葉が思い浮かばない。

 全く知らない言語、仔山羊ちゃんは、一体どうやってコッチの言語を獲得したのか。


「仔山羊ちゃん、分かると伝えて」

《“分かるって、ママのお陰”》

『“それとアナタのお陰ね、良かった”』


「どうやって言語を獲得したの、仔山羊ちゃん」

《悪夢から食べて吸収した、それをママにも教えた》


「その、ママは何処」

《眠ってる、地面に、奥深くで眠ってる》


「ワシはどうやってココまで来たの」

《ママの影に入ったから、魔道具も全部外してごめんなさいって》


「あ」

《使ったら居場所がバレちゃうから、使わないで欲しいだって》


「あぁ、どれもか、嘘を見抜くのは使いたいんだが」

《ここは魔素が無いからバレちゃう、隠すだけでも大変だって》


「魔力隠すの有るけど」


《それだけって》

「おう、どう」


《うん、大丈夫だって》


「で、魔素が無い?」

《“うん、魔素はとしぶ?にしか無いんだよね?”》

『“魔素が何故無いか、ご説明させて頂いても?”』


「お願いします」

《“お願いだって”》


 大昔、様々な、沢山の神々が居りました。

 神々は争い、人々は生きる事に困りました。


 そして人間は人間の為の神様を創り、崇める様にしました。

 その神様は力を増し、数々の神様を追い遣りました。

 それと同時に魔素は枯れ始め、ついに魔素は国の中心部に存在するだけとなりました。


 残った神様は、人間の神様と大地に眠るママだけ。

 それももう力は残り僅か。


 真の信仰心の有る者のみが都市部へ受け入れられ。

 残りの人間は、人間の為の人間になりました。




「人間の人間て、詳しく」

《“人間の人間を詳しくって”》


『都市部の人間の為に育てられた人間、ココはそれを製造する場所です』


「都市部へ行って、何をしますか」

《“都市部で何するの?”》

『“一生、お仕えするんです、神様と神官に”』


「神官?」

《“神官ってなにって”》

『“数少ない、神に仕えられる人間。私達は、基本的には産み増やす為に存在していますから”』


「ひどい」

《“ひどいって”》

『“そう感じる事を禁じられて尚、その考えから抜け出せなかった者だけが、ママと対話出来るんです。アナタはやはり、選ばれた方なのですね”』


「向こうの大概の女性は、そう感じると思いますが」

《“向こうは皆そうなんだって、男のしか食べなかったから分かんない”》

『“食わず嫌いは良く無いってママが仰ってましたよ”』


「この話しが本当だとして、どうして欲しいんだろうか」

《方舟を運んで欲しい》


「亡命?コッチに住むの?」

《ううん、それは少しだけ。だからママに力を貸して欲しいの》


「なぜ貸す必要が有る」

《ママ弱ってるから、飛び立てない。もう重力に逆らえないって、出られれば大丈夫だって》


「そうじゃ無くて、コッチが貸す理由よ」

《向こうの地球、守れる》


「具体的には」

《言えないけど、信じて欲しいって》


「無茶を」

《見れば分かるって、都市部》


「どう行く」

《間もなく来る、装備最低限、早く“時間稼ぎして”》

『“行ってきます、どうか内密に”』


 変身と嘘発見器、嘘を隠す魔道具を付けた辺りで、押し入って来た。

 仔山羊ちゃんは消えた。


 そして靴は出したが、履かせて貰えるか。


 如何にもな女性と、後方には屈強な男女2人。


『良かった、桜木花子さんですね』


 日本語、使節団員か。


「はい」

『お待たせして申し訳御座いません、手違いが有りまして、コッチらに墜落したとの知らせを、先程……』


 嘘の音、敵か。


「そうでしたか、向かってる最中の記憶しか無くて。ココの人の言葉も分からなくて、日本語、助かります」

『いえいえ。では改めて、正式にご招待させて頂きたいのですが』


 ロキの靴を履いてみるが、問題無さそう。


「はい、宜しくどうぞ」

『ええ、では、コチラへ』


 外へ出ると青空に太陽、暖かい。


 玄関先で使われたのは空間魔法。

 魔素も無いのに、どうやって補給してるのか。




 そして何度目かの移動で、今までの景色とは全く違う場所へと出た。

 精巧に建てられた石造りの宮殿群、男性多め、普通に往来している。

 パッと見は普通だが。


「栄えてますね」

『はい、ココは神の都、神都ですから』


 この場所を眺めさせるかの様に、目の前の最も高い建物へと歩かされる。


 道路も石が敷き詰められ、歩き難くは無いんだが。

 身長とコンパスの差に気付いてくれ。


 気付いてくれたのか何なのか、少しコチラに振り向き、足を止めてくれた。


「ココは、空間移動、無理ですか」

『あぁ、少し早く歩き過ぎてしまいましたね、失礼しました。では、コチラで移動しましょうね』


 移動魔法禁止じゃ無いのかい。


 そして一気に神殿内部へ。

 眺めからして、1番高い建物らしい。


《“ようこそ”》


 目の前に居る何者かの声なのか、喉仏が有り声が低いが、体に丸みは有るし、綺麗だが。

 その両サイドにはベールを被った女性、更にその手前に少し肥えた男性が1人。


 分からん、どれの声だ。


『日本語で構いませんので、ご挨拶をお願いできませんか?』


「お邪魔します、桜木花子と申します」

『“桜木花子と、名乗っておいでです”』

《“そうですか、良くぞおいで下さいました”》


 アナタの声か、柔らかい声。


『良く来てくれたと、歓迎しておいでです』

「どうも。それで、御用が何か有るのでは」

『“我々と致しましては、友好関係を築ければと”』


 通訳前のおっさんの嘘、正常に作動してるなら全くの嘘。

 でもなんで、そんな嘘をつくのか。


「それなら、もっと適任が居るのでは」

『小野坂様ですね。彼女はココへ来る能力が無いとの事ですし、ココは能力第一主義ですので、そうして選ばせて頂きました』


 コレは本当。

 卵子狙いかしら。


「今回は、自分の能力と言うより、神獣のお陰で来れただけで。その、ウチの神獣はどうしてるかご存じですかね?」

『お招きしたのはアナタだけですので、遥か彼方、上空でお待ち頂いております』


 コレも本当。


「そうですか。どうやら不時着した様で、大変申し訳無い」

『いえ、弾かれた際に巻き込まれたらしく、コチラの不手際で、申し訳御座いませんでした』


 コレも前半は本当、後半は嘘だが、意味が分からん。

 地母神の影か?どんだけ力あんのよ。


「それで、無事を知らせたいんですが」

『はい、既に伝えさせておりますが。連絡手段はお持ちですか?』


「はい、いくつか、出しても?」

『では、お部屋を用意させますので、コチラへどうぞ』




 案内された部屋で、先ずは強制的に入浴させられた。

 魔素は普通量のお湯、外は黄土色の砂漠なのに魔素アリ。


 ウガリットの砂漠とも同じに見えるのに、何かが違う気がする、風景、環境、空気。

 何かが違うが、何だろう。


 トイレ、古風だが水洗だけど、何か違和感。


 タオルも何もが上等なのだろうけれど、少し目が荒い。

 用意された下着も服も、どうやら手織りらしい。


 文明遅めっぽいのに、そこまででも無い感じが不思議。


 そして髪を乾かす魔法は有る、もしや、魔法特化の地球なんだろうか。


「ありがとうございました、道具を出しても?」

『ええ、どうぞ』


 マスターキーに、容量計測のピアス、通信機1つ。

 鏡を見ながら装着。


「桜木花子ですが、誰か聞こえてますでしょうか」

【クーロンです、聞こえています。ご無事ですか】


「無事です、今の日時は分かりますか」

【日時ですね。はい、日本時間2月23日、真夜中の12時過ぎです】


「今の場所は」

【真上、第2の地球上空、該当する立地はメキシコシティ。日時確認は通信衛星を介し、リズさんよりご連絡頂きました】


「なるほど、変わらず待機で」

【了解しました】


「それで、コレからの予定は?」

『コチラの神様と、ご歓談頂こうかと思っております』


「先程の、真ん中の綺麗な方でしょうか」

『はい、良くぞお分かりに。流石、神々と交流の有るお方ですね』


「どうも。何か気を付けるべき事は」

『幸いにもジェスチャー等は一緒ですので特には。ただ、移動魔法等は一切使わないで頂きたいんです、他の者が驚くばかりで無く、怯える事になってはお互いの為にもなりませんので』


 今の所は悪意は無さそう。


「分かりました」

『では、ご案内させて頂きます』


 気になるのは、警備らしき人間が男2か女2で守っている事。


 他に人の気配も無さそうなのも。

 本当に、そも人が住む場所なのか。


「ココは、神様だけが住む場所でしょうか」

『いいえ、ですが神都の中でも選ばれし、限られた人間だけが神様と住める場所です』


 コレも本当。


「そうでしたか、もし粗相が有れば遠慮無く仰って下さい」

『ありがとうございます、そうさせて頂きます。では、コチラへどうぞ』




 眺めの良い部屋、応接室なのだろうか。

 茶器にお菓子、床に敷かれた絨毯がウガリットを彷彿とさせるが、茶器はアジア、お菓子は焼き菓子。


《どうぞ、コレで、伝わっているだろうか》

「大変お上手でいらっしゃいます」

『はい、とても素晴らしいです。では、失礼致します』


 神様と2人きり、試されてるのか油断しているのか。

 または、その両方か。


《緊張してますね》

「はい。何をお話しすれば良いでしょうか」


《何を、聞きたいでしょうか》


「ココの事をお願いします」


《そちらの計算で、歴史は4000年以上。ココは女性を家長とし、女系制度を維持する世界。そこで私は唯一神として、古くから崇められる神》

「お名前は無いのでしょうか」


《ただ“(エルヒム)”と呼ばれています》


 聞き取れた言葉を脳で復唱するに、エルヒムと聞こえた様に思えるんだが。

 名を言ってはいけないとか有るし、どうしようか。


「その、神様のお望みは何でしょうか」

《人々の幸せです》


 何処の地球のどの種類の人間の事でなのか、女系なら男性は入っているのか。

 この疑問を、ぶつけて良いんだろうか。


「人々の幸せとは」

《子孫繁栄、争いの無い世界、平和》


「なるほど」

《アナタは今、幸せですか?幸せとは、何ですか?》


 玄関口か歩道橋の上でしか聞かない様なセリフを真面目に、しかもココで聞かれるとは。

 どうしよう、ついニヤけてしまう。


「私事で恐縮ですが、2月11日の様な日が毎日続けば、とっても幸せです」

《では、今は?》


「少し不安なので、不幸では無いですが、幸せとは言い切れません」

《不安ですか》


「まだお互いを良く知らないので」

《そうですね、もっと知って頂く為にも、滞在をお願いしたいのですが》


「はい、喜んで」


 全く喜べないが、望みを叶える事で腹が探れるなら滞在するしか無いワケで。

 少なくとも人質交渉してる様子は無さそうだし、どう足掻いても様子見しか無さそうだが。


 他に方法は有るんだろうか。

 判断するには材料が無さ過ぎるし、引き出すにはどうすれば良いのか。


《他には何か、有りますか》

「敵は、居りますか」


《いいえ、居りません》


 何で嘘、しかも神様の嘘に反応するとは。


『失礼します、そろそろお時間なのですが』

《うん、滞在して頂けると返事を頂きました》


『そうでしたか。ご滞在頂けるそうで何よりです、では改めてお部屋へご案内居たしますね』


 コレも本当。

 ただ、友好以外の何を望んでいるのかは不明。


「はい、宜しくお願い致します」

《コチラこそ、宜しく》


 普通に嬉しそうだが、分からん。




 そして侍女の居る別室に連れられ、先ずは生活するにあたっての注意点が挙げられた。


 無闇に歩き周らない事。

 無闇に異性に声を掛けてはならない。

 神様か同性以外と2人きりになってはいけない。


 寝台は神様に足を向けない様に配置されているので、位置を動かさず正しく使用する事。

 本来は指定された衣類以外身に付けてはならないが、賓客なので許可している状態、最低限身に付ける以外は止めて欲しい。

 食事は何を食べても構わないが、他者に影響が有っては困るので独りで摂る事。

 所持品や知識の流布、過度な質問、殺生、飲酒、窃盗、性行為、嘘もダメ。


 過度な質問て、なに。


『主だった決まり事はその程度です、質問は御座いますか?』


「喫煙は?」

『あぁ、大丈夫ですよ。ですが、人目に付かない場所でお願い致します』


「その場所へ案内をお願い出来ますか?」

『はい』


 そうして神殿下部、裏口や通用口に有る休憩場所と言った所に案内された。


 人気は一切無し、コレで男性が来たら何処かに逃げないといけないんだろうか。

 クソ怠い。


 直射日光は熱め、カラカラした暑さ。

 夏場は死ぬな。


 煙と共に、電界をじんわり広げる。


 本当に人の気配は全く無い。

 そして砂漠に辛うじて植わる木々の奥は、ただただ砂漠。

 表の活気溢れる町並みとはうってかわって、神殿の後方には何処までも砂漠が広がっている。


 どうにも判断が付かない、街には高齢者は居なかったが、ただ住み分けしてるだけかもだし。


 何よりママ、地母神さんの情報皆無だし。


《誰か居る?》

「影に居たのか、誰も居ないよ仔山羊ちゃん」


《分かってくれた?》

「まだだね、戒律だか律法は良く有るもの、まして地中海気候の宗教には有りがちな傾向だろうし、否定しきれない。もっと教義と行いを知らないと」


《うん、わかった》


 黒く濃い影に仔山羊が溶けた。

 属性は確実に闇系でしょうよ、何だろうか、この神話生物は。




 喫煙を終え、戻ろうとすると廊下に侍女が2人待っていた。

 1人で待てば男性と2人きりになる可能性が有るからこその手間、面倒を掛けるのは良く無いので、暫く禁煙だろうか。


 そして侍女2人の後ろを歩きながら、警備の人間の確認。

 槍や剣を常に片手に持ち、防具は無し。

 目をこすりつつ魔素の確認、神器や魔道具では無さそう。


 全体の人種傾向は色白、方や街では日焼けした人間が殆どだった。

 違いは、労働内容?


 部屋へと戻され、ただただ待機。

 1番苦手な行動、状態。


 侍女は刺繍や糸紡ぎをしている。


「何かお話を聞かせて貰うワケに、通じ無いですよね」


 つか、規則破ったらどうなるのか。

 名言されて無い行動をしたら、どうなるのか凄く気になる。


 先ずは侍女に接近、問題無さそう。

 次に手を取ってみる、問題無さそう。

 顔を近付けるのは、問題有りなのか後退りされた。

 顔面の問題は置いといて、女性同士でもダメらしいが、使節団員に言い付ける気配は無い。


 なのでもう1人にも接近、手を取り、動こうとした時点で硬直。

 特に戒律を守るタイプなのか。


 落とすなら、後退りの方か?


「名前は有りますか、名前、ハナ。私、アナタ、私、ハナ」


《“名前の、事かしら”》

《“ご相談すべきでしょうか”》


《柔軟に対応せよとは言われましたが

《律法には請われれば教えるべきだと》


《今回は、直接は教えろとまでは言われてませんよ?》

《私は、リェヴィカ。リェ、ヴィ、カ》


「“リェヴィカ”、ハナ」

《そうです、リェヴィカ、ハナ》


 リェヴィカは良い子。

 巻き込むなら、もう片方だろうか。


「ハナ、“リェヴィカ”」


《お上手ですね、ここまでして下さってるのに、無視しては可哀想では?》

《余計な事はするなと言われているんですよ?》


《名前を教える事が余計な事であると、どの律法に記載が有ったのでしょう?》

《無いですが》


《名は、余計なモノなんですか?》

《そうは言ってませんが、分かりました。私はスァリャィ。スァ、リャィ》


「スァ、リャィ。“スァリャィ”私は、ハナ」

《素晴らしいですね、そうですよ、スァリャィ、リェヴィカ、ハナ》

《もう余計な事を教えてはダメですよ、使節団様に一緒に怒られたくは無いので》


《教えを広め、布教するは国民全ての義務では?》

《お言葉も何も、使節団様がお教えになるかも知れません、そのお仕事を取っては、罰が与えられますし》


《では、教えそうも無い事なら大丈夫かも知れませんね。指、手、腕》

「“指、手、腕”」

《私は注意しましたからね》


《はいはい、顔、目、口》


 空、地面、花。


 花の詳しい部位は知らないのか、無いのか。

 ただ、花と呼ぶだけ。

 そして種類も無いのか、赤い花、白い花としか言わない。


 そして彼女は飽きずに色々と教えてくれた、水は水のまま、冷たい、丁度いい、熱い。

 必要最低限の言葉しか無いのかと疑う程に、言語は簡単、ただ発語が本当に難しい、ロシア辺りに近いだろうか。


「話す、難しい」

《どう言う意味かしら》

《簡単、楽しい?難しい、かしら》


《それを、どう確認しようかしらね》

《ココには何も無いものね》


 難しいが分かる環境を作り出さねばいけない、この会話から察したと思われるのは良く無いだろう。

 何が有る、文明のひけらかしは不味いし。


「スァリャィ、難しい。ハナ、簡単。リェヴィカ、リェ、難しい」

《難しい、なの、そう、難しいわね》

《面倒、かも知れないわよ?》


《それは困ってしまうわね》

《難しいだと思い込みましょう》


 仲は良いみたい。

 ただ、若干の解釈違いは有るらしい。


「ごはん、食べます」


《なにかしら》

《お腹、口、お食事かしら》


《あぁ、お食事するみたいですね》

《では、失礼させて頂きますね》


 そうして隣の部屋へと移動していった。


 ポツンとおにぎり、匂いが出ないのはそんなに無いので。

 エリクサーを少しと、おにぎり数個。


 食事は終わったが、独りは独りで気楽なので。

 侍女をそのままに、歯磨きをしてお昼寝。






『失礼致します、お寛ぎ頂けてますか?』


 いつの間にか部屋に入って来ていた使節団員、名前を聞きたい所だが。

 過度な質問が気になって、聞けない。


「あぁ、はい、でも、何かすべき事をしたいのですが。女性としての役割、文化を知りたいです」

『そうでしたか、有り難う御座います。では少し、ご案内致しますね』


 先ずは神殿での礼拝から。

 手足を洗い流し、侍女にならい床にへばり付く。

 そして聞き様聞き真似で少し下手に祝詞、中身は何て事はない感謝の言葉と賛辞。


 目の前には神様(エルヒム)

 何とも言えない微笑みで、足にキスを受けている。


 コレ、ワシもするのか。

 するか。


 一瞬躊躇ったが、直ぐに侍女と同じ行動を取る。

 そして最後に、使節団員後方の男が礼拝。


 女性とは違い、手にキスをした。

 意味と理由が色々有るにせよ、男尊女卑とも女尊男卑とも思えないしが、何で違うか気になる。


《コレで改宗は終了》

「へ」

『冗談ですよ半分は、コレで庇護下に入ったと言う事ですよ』


 前半が嘘とは、本気って事か。

 エルヒムの言葉も本当らしいし、コレはちょっと認められないんだが。


「庇護下とは、どの様な事で?」

『そのままの意味です、ココの法律に則って守られると言う事』

《その法律を、教えて上げると良い》


『はい、ではコチラへどうぞ』


 長いパピルスの有る展示室へと促され、そこで説明が始まった。




【創世記】


 最初、世界には天と地だけでした。

 そこに水の姿をした神が現れ、地の半分を水で満たし、空気を生み出した。


 水と大地が混ざり、人間、そして馬が生まれた。

 だが馬が沢山増えてしまったので、緑の大半が失われた。

 困った人間は馬を管理する事に、そして平和になりました。


「魔素が少ないのは馬のせい?」

『そうですね、それと、神々に良く似た悪魔のせいです。詳しくご説明しますね』


 最初に人間が造られ、最後に馬が造られた。

 嘗てその間には幾千もの悪魔が現れてしまい、人々を陥れ争わせ、地面を枯らし、砂漠へと変えた。


 それを嘆いた神様が最後に馬をお作りになり、数々の悪魔を蹴散らさせました。

 ですが今度は馬が大地を荒らすので、人間が管理する事を許されました。


 神様を支えるには先ず女が、次にそれを支えるのが男達、そしてそれを支えるのが馬である。


 女1に男3に馬1と、グループ分けされたピラミッドの頂点には、エルヒム。

 そしてそれを更に手に持つ、複数の表情をしたエルヒムのタペストリー。


「秀逸な刺繍ですね」

『はい、そして非常時にはこの糸は解かれ、人々を助けると言われております』


 暗喩なのか本当の事をなのか、ベール内部で確認すると魔力有り。

 ついでに使節団員もチェック、ショナ位の容量か。


「すみません、乾燥に弱くて目が」

『あぁ、お体が弱いそうですね。ではもうお部屋に戻られましょうか?』


「いや、そこまでではまだなので。それより、どう支えるんでしょうか男性が女性を」

『それは多岐にわたりますし、未婚の女性の知らない事もご説明しなくてはいけないので。そうですね、古くから伝わる絵本をお貸ししますので、お部屋でお読みになってみては』


「ご配慮有難う御座います、そうさせて頂きます」




 部屋に戻る頃には、絵本が山程積まれていた。

 違和感を抑えられない程の革の表紙の折本、表には絵が、裏には文字が書かれた紙芝居方式。

 こんな技術が有るのかと驚くレベルの革の仕上がり、古いのに手入れがしっかりしてるし。


 何かが違和感。


《懐かしいわね》

《神官様は字も覚えて大変よね》


《そうね、お話し覚えている?》

《ええ、勿論よ》




【洪水】


 その昔、悪魔が地上で争っている頃。

 神様が舟を作れと仰られました。


 女達は悪魔から家族を守り、街を守っているので。

 舟を作るのは男達の仕事でした。


 街1つ載せられる舟を作るのには何年も掛かりましたが、男も女も協力し、何とか舟を作りました。


 そして次に神様は仰いました。

 健康な食べ物と番になっている馬、愛する男を乗せる様にと。


 番の居ない人間は舟には乗れず、怪我や病気をした人間も乗れず、全ては緑色をした悪魔の血の洪水と共に、神様へと捧げられました。


 そして舟で漂いながらも陸地を探しましたが、悪魔の血の洪水から立ち上る毒により、船の人間もどんどん減ってしまいました。

 頭の悪い男は病気で死に、子を成せぬ女は海に落ち、そして容姿の良く無い者は雷に撃たれました。


 そして何日もの時が過ぎ、悪魔の血の洪水が引いた頃、舟に乗っていた人間は半分になってしまいまい、地面も荒れ果ててしまいました。


 そして地上に降りた神様は仰いました。

 街を作り都と成し、神都を作れと。


 言い付け通り男は地を肥やし、女は争いと馬を収めました。

 そうして都が出来上がり、神都となりました。




《おしまい》

《絵だけで分かってくれていると良いのだけれど》


《難しいかしら?》

「うーん」

《じゃあ次は私ね》




【火の水】


 洪水の前、更に太古のお話し。


 まだ人々が悪魔と対等に戦えていた頃、火を操る悪魔が現れ、とある村を滅ぼそうとしました。


 その村には女性同士の婚姻、男同士の性行為、窃盗、殺人、悪虐の限りを尽くした村の人間が住んで居たので、神様は焼き尽くされるまで待ちました。


 悪魔の力は圧倒的で、火の雨と毒の煙を撒き散らし、人々を病気や怪我にしたかと思うと、瞬く間に村は滅びかけます。


 ですが慈悲深い神様は、子供だけはとお救いになられましたが、悪魔の呪いに掛かった子供達の子孫は、醜く生まれる様になってしまいました。

 悪魔の呪いの赤い皮膚は、正しい火でしか消せません。


 神様が子供を治している間にも、悪魔が地面からも真っ赤な熱い水を溢れさせ、木も草も花も、そして善人の村の人間も燃やし尽くそうとしました。


 呪いの子を治し終え、神様が助けに来て下さいました。

 時には天から雨を降らせ、悪魔の血が枯れるまで剣の雨を降らせて、何日も掛けて悪魔を倒しました。


 ですがもう地面には、芋も草も生えなくなってしまいました。

 それに気付いた神様は、新たな土地へと人々を導きます。


 そこで女達はその地に住む悪魔達と戦い、男は地を肥やして平和に暮らしました。




《怖かったわよね、この真っ赤な熱い水って》

《絵が怖いんですもの、大丈夫?》

「大丈夫」


《大丈夫そうね》

《じゃあ次は》




【高い塔】


 もっともっと古いお話し。


 悪魔より人間が多かった頃、人間は神様への捧げ物に高い塔を作りました。

 とてもとても高い塔は何年も掛かり、何故作っているのか、もう誰も分からなくなってしまっていました。


 そして塔が完成すると、天に居られる神様にお会いしたくて、女も男も入り乱れて塔に登ってしまいました。

 そのまま塔は崩れ、沢山の人間が死に、悪魔が繁栄を始めたのです。


 それを悲しんだ神様が女には戦い方を、男には女の命令で行動する事を教えました。

 そうして次に出来た塔は崩れる事無く、皆が神様に会う事が出来ました。


 ですが、神様も人間も妬んだ悪魔が塔を壊してしまいました。

 何人もの男が犠牲になったので、神様は地面に降り女達を守り、人々の繁栄を願いましたとさ。




《そして最初のお話しね》

《とっても珍しい氷のお話しよ》




【神様の創造】


 まだ大地と空しか無かった頃、水はとても冷たく、硬い水として地面を覆っていました。

 空と大地しか無いので水は硬いまま、なので神様は最初の人間の2人に溶かして貰う事にしました。


 2人が抱き合うと、先ずは太陽が生まれました。

 嬉しくてもう1回抱き合うと、今度は月が生まれました。

 そうして何度も抱き合い、水も人間も沢山増えました。


 ですが最初の2人を妬んだ人間が悪魔となり、2人を半分に引き裂き食べてしまいました。

 それでもなお抱き合う2人は、1つとなり、神様になりました。




《そして1月に1人、人間は神様に選ばれるの》

《神様に選ばれ無くても、次は神官様がお選びになるのよ》


 選ばれないとどうなるのか。

 思わず首を傾げてしまう。


《あぁ、選ばれなくても家族になれるから大丈夫》

《女性は生涯に3人、男を選ぶの》


 そんなに男居るのか。


《大丈夫、誰にも選ばれない子は居ないから》

《そうよ、どんなお姿でも神様は選んで下さる優しい神様なのよ》


 ココでもワシは顔面偏差値低いのね。


《大丈夫》

《安心して》


 全く安心出来無いが、納得するフリ。

 ホッとするフリ、ココの嘘の範囲は、どんなんだろうか。


『失礼致します、(エルヒム)様よりお部屋の移動をと』

「あぁ、はい」


 何故今更部屋の移動なのかと思ったが、テラスの有る部屋へと変更してくれたらしい。

 思い草のお陰か、それとも食事の匂いが?でもおにぎりだし。


『このテラスでなら、ご自由にとのご配慮です』

「ご配慮感謝致します。何か出来る事は有りますでしょうか」


『特には無いのですが、もし良ければ、少し周ってみませんか』




 案内されたのは女性の部の部屋、刺繍とお針子の作業中。

 刺繍は中つ国とそう違いは無く、下絵に沿って針を刺している。


 生地も糸もココでは珍しく上等な品、絹っぽい。

 この環境でお蚕さんを飼えてる事の方が気になる、凄いな。


「絹ですか、凄いですね」

『はい、記念に少し如何ですか』


「じゃあ、少し」


 下絵に沿って、青い生地に白い糸を刺す。

 部屋に戻っても、刺繍なら大丈夫だろう。


 雑談も聞けるし、もう暫く居たいな。


『お上手ですね』

「有難う御座います、もう少ししてて良いですかね」


『はい』

「ありがとうございます」


 ただ、雑談は大した内容じゃ無かった。

 どこの誰が素敵だとか、何なら誰を共有しようと相談するだとか。

 果ては飽きたから交換しようだとか、エゲツい内容まみれ。




『失礼します。ちょっと、宜しいでしょうか』


 リェヴィカと共に慌てて連れ出された先には、模擬戦の負傷者。

 しかも男性いっぱい、ココだったか。


 コチラを待って居たのでは無く、新鮮ピチピチの傷口。

 ちょっと骨まで傷の入った程度の軽症、痛覚も切らず、出来るだけ遅く治療。


「はい、終わりました」

『有難う御座います、流石ですね。あ、ココの隊長さんがお礼をと』


 男だ、久し振り、男。

 雄々しい。


『“お見事でした、有り難う御座います”』

「あぁ、どうも。お辞儀か何かすべきですか?」

『“リェヴィカ、お辞儀の見本を”』

《“はい”》


『彼女が見本をしますので、どうぞ』


 リェヴィカの仕草のままにお辞儀。

 ココは欧風的、ベールを上げて、裾を上げてのご挨拶。


『“お上手で、言葉も分かってくれれば良いんですが”』

『“聞き取るのが難しいそうで、どうですか”』


『“良いと思います。ただ、剣術も知っているとか。そっちに興味が有ります”』


『“分かりました。”宜しくどうぞとの事で、お手合わせを、お願いしたいそうです』


「最弱、最も弱いんですが、良いんでしょうか?」

『ええ、武器もお好きなモノをお出しになって大丈夫ですよ。彼は対人戦ではかなり強い方なので』


「本当に弱いんですって、もう少し格下の方をお願い出来ません?」

『遠慮せずどうぞ。お強いと聞いてますし、では、どうぞ』


 魔剣に似た剣を取り出すと、真っ先に槍を投げて来た。

 何とか槍を剣で弾き、後方に飛び退くも、真っ直ぐに突っ込んで来て剣を弾き飛ばされた。


 利き手を掴まれて、痛い。


「参りました」

『“こんなモノですか”』

『手加減されました?』


「いえ、素体はこんなモノです。寧ろ頑張った方ですが」

『そうですか。“頑張った方だそうですよ”』

『“なるほど”』


「自分は治療が主なので、人質の価値も有りませんから、ご心配無く」

『人質なんてとんでも無い、本当にただの腕試しですから』


「魔道具や神獣のお陰なんですよ、本当」

『あ、お怪我を、御自分を治されないんですか?』


「コレ位は大丈夫ですんで、お気になさらず」


 久し振りに痛い。

 ジンジンする、とっとこう。


『そう言うワケにはいきません、氷を用意させますよ』

「いや、氷、大変なんじゃ?」


『地下には氷室が有るので、ご心配無く』


 嘘を、何故。


「勿体無いんで、大丈夫です本当。1日有れば勝手に治るので」


『ほんの少しですからご心配無く、ではお先にお部屋にお戻り下さい』

《“さ、行きましょう”》




 テラス付きの部屋はすぐ近く、押し込まれた。


 もう日暮れ、夕焼けは綺麗。

 手首は痛い、捻挫だ、懐かしいな。


『“氷をお持ちしました”』

《あら、隊長様》

《言って頂ければ受け取りに伺いましたのに》


『ご様子をと』

《機嫌は良さそうですよ》

《痛みに強い方なのかも知れませんね》


『それでもです』

《ふふふ。ハナ、ルト》

「どうも」


《ハナ、ルトよ》

《ル、ト。心配で来てくれたそうよ》


「“ルト”」

『あぁ、ルトだよハナ』


 好みなら楽しいが、全く楽しくない。

 男性ホルモン全開のむさ苦しい男、嬉しく無いし。

 もう治してしまおうか、でも、折角の弱点だしな。


《大人しい》

《照れてるのかしら》


 いや、何にも興味無いわ。


『お淑やかな国の女性だそうだ』

《あらあら》

《まぁまぁ》


 お淑やかでも無いんだなぁ。


《恥ずかしがってしまってるなら、今日はもうこの辺で》

《そうですね、少しずつお時間を》

『そうか。さようなら、ハナ』

「さようなら、“ルト”」


 もう来ないで欲しい。


 この地球の夜は早い。

 燃料、魔素の節約に朝は早く夜も早い。


 腕を冷やしている間に、夕暮れ時は夕飯時。

 外から良い匂いがする。


 侍女2人は隣の部屋で食事だそうで、自分も軽く食事。

 また様子を見に来ると、今度は明かりを消して行った。


 原始的なのに、何処かに違和感が有る。

 何処とは言えないが、何か、ごっちゃ混ぜ感。


 タブレットを取り出してみる。

 通信は出来無いが、時間が合ってるなら日本はまだ朝の9時。


 そのまま計測、中域。

 念の為にエリクサーとケバブをバカ食い。


 そして一服。


 何口かで終了。


 服に着く臭いが気になって禄に吸えない、コート便利過ぎ。


 しかも寒いし。

 気温差ヤバい。


 スベスベの布団を出し、ベッドへ潜り込む。

 このベッドもまた、文明感に沿わない寝心地。

 中身どうなってるのか。


 分解したら奇行だし。


 たった9時間しか起きてないのに寝れないわい。




 仕方無い、鍵を。


 ノックも無しにドアが開く。


 男の足音。

 取り敢えずは狸寝入り。


『“ハナ”』


 ルト、何しに来た。

 音的に氷も持って無さそうだし、律法はどうした。


 何で隣に座る、そして乗ってくるな。


「“ルト。”何しに来た」

『君の星の言葉も勉強するよ、俺の妹』


「2人きりは不味いんだろう、“律法。律、法”」

『本当に覚えが良いね、律法。2人きりがダメなのは他人、俺と君は家族になる、君は妹になるんだ。妹』


「“妹?”」

『そう、妹。意味が分からないだろうけれど、明日には分かる、じゃあね、妹、ハナ』


 出て行ってくれたが、寝れる気がしない。


 なんだ妹って。

 家族なら2人きりでも大丈夫なのは分かるが、何で妹。


 流石に娶るのは不味いと思ってか?


 でも、生物学的に外の血は欲しいんじゃ。


 独りで寝るの怖いな。


 侍女の部屋を覗き込む。

 2人は、仲良く1つのベッドで寝ている。


 端に滑り込み、就寝。

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