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1月24日

14才に変更。

「ハナ、大丈夫か」


「お、はようタケちゃん」

「おはようハナ、よだれ」


「お、おう、顔洗ってくる」


 顎に違和感。

 歯軋りしてんなコレ、申し訳無いなぁ。


「おはようございます桜木さん、お茶か何か淹れますか?」

「おう、適当に頼む。そしてすまん、歯軋りしてるでしょ」


「いえ、大丈夫ですよ。カールラとクーロンが直ぐに気付いて止めてますから」

《良い子良い子でなおるのよ》

『クーロンのトントンだもん』

「じゃあ両方だな、ありがとうございます」


 有り難い、お茶美味い。


「で、今日はどうするんだ?」


「日本の省庁に、クローンとかホムンクルスの事、聞こうと思って」

「ホムンクルス?」


「魔王を人間にしようと思ってて」

「そうか、プールで聞くぞハナ!」


「避けていた事態が」

「さっさと朝食を食べてプールに行こう!まだ入って無いんだろ?」


「ぅーん」

「ショナ君も入りたいだろ?」

「はい」

「私も」

『いこ?』

《ね?》


「ハナ、多数決ならとっくに決まりだぞ」


「ぐぬぬ」


「あの、桜木さん、この時間ですと柏木さんは寝てらっしゃるかと…起こせば起きて下さいますが」


「……わかった、行こう」


『《「「いえーい!」」》』


 朝食は早々に切り上げられ、プール横のカウンターに全員で行く。

 大所帯だ。


「あの、水着のレンタルを」


《はい、ご案内しますね》

「あ、でも、無駄毛処理が」


《シェービングサービスも御座いますのでご安心下さい、ではコチラへ》

「私も付き添います、安心して下さい」


 魔法で、魔法の見えな風で除毛された。

 ふわっとさらっと。


「シェービングの魔法って」

「気持ち良いですよね」


「ぅーん…」


「お似合いです」

「ミーシャも可愛いよ…」


「おー、着替えたかー」

「筋肉凄いな、タケちゃん」


「だろう?あ、卵を頼む」

「はなちゃん、その羽織り暑くないんですか?」

「いいのー、卵用じゃい、見るな見るな、散れ」


『《ショナー!プールで競争するのー!》』


「はいはい、先ずは準備体操ですよー」


 羽織を着ていると本当に暑い、注文して直ぐに届いたフルーツアイスティーを飲む。


 うまい。


 白い砂、青空、ヤシの木、暑い。


 魔王は爽やかな顔をして汗一つかいてない、谷間の卵は暑くなかろうか。


 神獣やショナ達は眩しいばかりにはしゃぎ、ミーシャはひと泳ぎして直ぐ隣に座った。

 どうやら涼を分けてくれる為に入っただけらしく、ミーシャの体が冷たくて気持ち良い。


『《ご主人ー》』

「人前でそれは今ちょっとマズイな、ハナで」


『《はなー》』

「なんだい?」


『《それのみたいー》』

「どーぞ、ちょっとだけよ、後はこっちのお水ね」


『《はーい》』


 ぬるくなった水を飲ませ、サイドテーブルに置いてあるタオルで2人を軽く拭き、抱っこ。


「2人ともひゃっこくて気持ちいい」

『《一緒にはいろー?》』


「うーん」


『《浮き輪おしたげる》』

「はなちゃん、熱中症になっちゃいますよ?」

「入らないなら、もう私は入りません」


「じゃあ、ちょっとだけ」


『《きゃー!》』


 卵を濡らさぬ様にフラミンゴを型どった浮き輪に乗り、水に入った。


 ケツと足が冷たくて気持ち良い。


「気持ちーねー」

『《ねー!》』


「おせー」

『《あーい!》』


「ショナに突撃じゃー」

『《おー!》』


 流れるプールでショナを追い掛け回させていると、ミーシャもタケちゃんも加わって競争になった。

 空いてるからか、監視員は怒らない。


「桜木さん、そんなに泳げないんですか?」

「うん、全く」


「練習してみます?」

「今度ね、卵預かってるし。カールラ、クローン押してー」


『《あい!》』


「はよはよー」

『《きゃー!》』


 泳ぎ慣れたのか、最初はザバザバドボドボと大きな音を立ててバタ足をしていたのが、段々と音が小さくなり、速くなって行った。


 思わず後ろを振り向くが、本当に上手になっただけだった。

 足だけ大人とかに変身したのかと思った、安心した。




「ちょっとお腹減ったね」

『《へったー》』


「プールは体力を消耗しますし、まだお昼前ですけど少し食べましょうか」

「どれどれ」


《私コレ》

『僕コレ』

「じゃあ僕はコレで」

「コレ」

「俺はコレだな」

「ワシはねぇ」


 量が多いだろうと流れるプールを1周後、料理が一斉に来た。


《『「いただきまーす」』》


 ホットサンド、ブリトーとクラムチャウダー、ホットドッグに山盛りポテト。


 スープはたっぷり入っていて濃厚で、とても美味しい。


「うん、旨いな。ハナ、どうだプールは」


「くっそ楽しい」

「だな、泳げればもっと楽しいぞ?」


「でしょうねー、でも運動音痴だし、運動好きじゃない」

「何でだ?」


「病弱ゆえに、入院が多くて泳ぐ間が無かった。あと昔、溺れかけたのもある、調子のってプール入って肺炎になったのもある、それ以来過保護が加速したし。他の運動も縁が無い」


「ハナは虚弱体質か」

「せやで」


「今はもう良いのか?」

「うん、空気が合ってるみたいで」


「そうか、良かったな」

「うん」


「大変だったな」

「ちょっとだけね」


「ん。所でハナ、ホムンクルスって何だ?」

「あ、ちょっと待って下さい、秘匿の魔法を使いますから……はい、どうぞ」


「ホムンクルスは人造人間」


「ほぉ、魔王を人造人間に?」

「うん、つか人間にしようかと」


「ほう」

「最近の魔王の回顧録はもう見た?」


「おう、小指がエグかったぞ」


「すまん。で、魔王の感情が分離して大罪が産まれたなら、もっと分離させたら、魔王は居なくなるんじゃ無いかと」


「なるほど…確かに、そうかも知れませんね」

「またまた魔王、実は気付いてたんじゃね?」


「いえ、本当に。元は余計な感情を分離してたんです。だから、もう今は分離しようと考えもしてなかったんですよ。本当に、でも、何を分離すれば良いのか」


「双子のお父さんと、お兄ちゃんとか。お兄ちゃんは従者として付いて来てくれると助かる、まだまだ無能だから手伝って欲しいし。今は机上の空論、ホムンクルスもクローンも目処が立ってない」

「で、その事を訪ねに行くのか」


「うん、省庁に行こうと思ったけど時間がね。先にエリクサーとか医神の事を欧州で、アヴァロンで聞こうかと」


「そうか、良いと思う、付き合うぞ」

「ありがとう」


『《ハナーあついー》』

「よし、行くべやー」


『《きゃー!》』




 散々泳ぎ回らせたカールラとクーロンがぐったりしたので、引き上げる事に。

 水着から着替えて部屋に戻り、チェックアウトの準備。


 準備と言っても、本当にただの最終チェックだけ。


《年中、あんな感じの場所があったら良いのにのぅ》

「ハワイとか?」


《ほう?》

「南の方、海のど真ん中の筈」

「ハナは行った事は有るのか?」


「ねぇよお、行きてぇよぉ」

「じゃあ今度行きましょうね、はなちゃん」


「うん、平和になったらね」

《すぐ行きたいんじゃが?》


「ドリアードだけ行く?」

《それはイヤじゃ》


 ホテルを出る直前、ダンディ紳士に出会った。

 今日もビシッとダブルのスーツをキメて格好良い、前に会った時より若く見える気がする。


「ありがとうございました、凄く楽しかったです」


『それは良かった、不備は無かったかな?』

「無い、美味しかったし凄く良かった!完璧!」


『そう!ならまた来ておくれ!』


「うん、また!」

『《バイバーイ!》』


 今回は全員でアヴァロンへ。

 柵内部なら、魔王やクーロンも来て良いそう。

 家のある場所は治外法権、柵は中立緩衝地帯だそう。


《お帰りなさい》

「お、はい、ただいま」


『来れた』

《うん、いっしょ》

「うん、一緒だね」


「前回は挨拶できずすまなかった、李 武光だ」

《ティターニア》

『オベロン』


「宜しく頼む」

『あぁ、お前、鍛えてるんだろう?やるか?』


「おう!ハナ、卵を頼む」


《家から離れて下さいね、いってらっしゃい》

「いってらっしゃーい。にしても卵孵らないね、何でだろ」


《お2人が早かったのです、通常なら、魔力が混ざり終わってようやっと産まれるのですよ》

「あら…早過ぎる弊害は?預かって良いの?」


《えぇ、武光様がお任せしたのですから大丈夫でしょう。早過ぎる弊害は…可愛らしい所でしょうかね》

《幼児性じゃな、心身は連動しておるからの》

《えへー》

『えへへ』

「反省0」


《だって、早く一緒が良かったの》

『早くしないとだったの』

「何でさ」


『《なんとなく》』

「なんとなくで早く生まれるか」

《ハナ、卵が心配でしたら少し一緒に眠ってあげては?夢見の力があるならば、卵の事が分かるかもしれませんよ?》


 お言葉に甘えて少しだけ、泉に入って目を瞑った。






 少年が空から降ってくる。


 ゆっくりと地上に落ちて。



 泣いてる。






「卵出て来なかった、空から男の子が降ってくる夢だった。あ、タケちゃん、返す」

「おう、夢か?」

「武光さんの事ですかね?」


「いや、金髪の少年で、ショナ何か連絡来てる?」

「いえ、まだ何も」


「ちょっと下に行こうショナ。何もなかったら直ぐ戻る、クーロンおいで、カールラも」

『《あい》』


 地上に降りると直ぐにショナへ緊急通信が入った。


 タブレットで通話へ、便利。


「桜木さん、柏木さんです」

「はい」

【桜木様、柏木です、緊急です】


「召喚者?」

【え、はい、欧州で】


「今居る、細かい場所は」

【はい、直ぐに座標を送ります】


 カールラにはショナを持たせ、クーロンに抱えられながら指定の座標に向かい、上空から捜索する。


 思ったより、自然が多い気もする。


『ご主人様、見つけました』

「は、どこ」


 クーロンに近くまで飛んで貰い、カールラ達は後方で待機させる。


『“誰か!”』


 英語圏の子だ。

 茂みの人影がフラフラと動く、手探りで何処へともなく歩いている様子。


「“ちょい!待ってて!”」

『あの!あ、僕』


「ストップ!深呼吸して、待ってて、直ぐにそっち行くから」


『あ……僕、目が、見えなくて…』


「そっか、はい来たよ、手を握るよ?いい?」

『はい、お願いします』


「ケガは?具合はどう?」

『大きいのは、多分無いです、少し気を失ってたみたいで』


「そっか、直ぐ安全な場所に連れて行くからね。段差1段、はい、ココに掴まって」

『はい』


「近くにウチがあるから向かうよ、掴まってて。クーロン、最初はゆっくりね」


 左手を握ったまま、右手でクーロンの指を掴ませ、ゆっくりと島へ向かった。


『あの、この乗り物って』

「クーロン、竜の手だよ。名前を良いかな?」


『え?あ…エミール・ペンドルトン』

「宜しくエミール、桜木花子です。直ぐに家に案内するから待ってて、クーロン、スピード上げて大丈夫そう」


 細かな傷や大きな古傷がある。

 寒いのか怖いのか、手足が震え続けている。


 そうして島に着くと、先ずは家の前のベンチに案内。


「はなちゃん、その子にケガは?温かい紅茶?珈琲が良いでしょうかね?」

「ありがとう、どっちが良い?エミール」


『紅茶を…お願いします…』

「毛布をどうぞ」

「ありがとうショナ、痛い所は無い?エミール」


『……今は特に…』


 エミールの顔は髪で隠れて良く見えないが、酷い傷痕や時々白く濁った瞳が見えた。

 両手には火傷痕の様なケロイドと、草木で切ったのか切り傷も、ボロボロだ。


「そっか、でも取り敢えず病院に行こう」

『あの、それはちょっと…』


「保険とかお金の事なら心配無いよ」

『でも、あの…痛くないので、病院は、大丈夫です』


「そっか、紅茶にお砂糖とミルクは?」

『はい、お願いします…あの、スマホを見掛けませんでしたか?』


「ごめん、見当たらなかった、後で探しとこうか」

「はい、紅茶ですよ、足りなかったら言って下さいね。はなちゃんも」

『すみません、ありがとうございます』


「年を聞いても良い?」

『14才です』


「わ、若いなぁ…困った……もうあれだ、ココは異世界です」


『変な番組の何かですか?それか、僕を誘拐しても大したお金にはなりませんよ』


「普通そうなるよね。でもマジなんだ、証明する。ドリアードって知ってる?木の妖精の」

《精霊じゃ、間違えるでないよ》


「ごめんごめん」

「誘惑するって言う、御伽噺のドリアードですか?」

《我がそうじゃぞ》


「ドリアード腕出して。エミール、本物だから、繋ぎ目を探してみて」

《ふふ、繋ぎ目か、地面との繋ぎ目はあるがの》


『確かに滑らかに動くし、繋ぎ目も無さそうですけど』

「よし、次はクーロン、小さい竜になって」

『はい、エミールは軽かったの』


『わ、スルスルだけど、なんか、蛇みたいな鱗が…』


「次はカールラ」

《あい、カールラとクーロンはご主人様のなの》


『ふわふわで暖かくて、凄い高性能な人形ですね』

「クーロン、指を触らせたまま巨大化」

『あい!』


『あ、わ、竜の手って、乗り物の名前じゃ』

「今なら魔王の角も触れ…る?良い?」

「はい、勿論ですよ」


『魔王って、あの、魔王?』

「今は無害だけど、止めとく?」


「やめときます…」

「残念です…」

「じゃあ今度はクーロン、人間化、翼だけ生やせる?」

『はい。どんな感じですか?怖いですか?』


『僕、騙して驚かす番組嫌いなんです…』

「騙してないし嘘も無い。でも全部、今直ぐに完全に信じなくても良いから、大丈夫」


「そうですね、紅茶のお代わり如何です?スコーンもありますよ」

《まぁ、早々に信じられても頭を疑うでな》

《でも信じてほしいの》

『はい』

「どうしても、妄想だとか夢だとか必ずなってしまうそうで」


「つい先日までワシもそう思ってました」


『あの…仮にその、異世界だとして、僕なんて招いて…』


「この世界を救って欲しいらしい」

『目すら見えないのに』


「知能や知識で呼ばれる事もあるみたい、自分は魔法の素養っぽいけど」


『……わかったので、もう家に返して下さい…』


「ね、分かる。仮想世界か夢か幻覚か疑うよねぇ、自分は最初病院で起きたから、天国かと疑った」


「お?新人か!宜しく、俺は李 武光だ、タケちゃんと呼んでくれ」

「私はミーシャ、桜木様の従者」

『オベロンだ』

「しっ!待って!ごめんねエミール、ココはアヴァロンって所なんだ、妖精と精霊の森」


《ふふ、ティターニアです、宜しくお願いしますね。ハナ、少しは怪我が治ったら信じて頂けるのでは?》

《そうじゃの、どうじゃ坊主、その手の傷を少し癒さぬか?》

「泉は温かいけど、服のままで大丈夫。嫌なら入らなくて良いからね、ほっとく以外は何でもするから、どうしたい?何か食べる?」


『…その、泉とは、怪我が治るんですか?』

《貴方の目を一瞬で治す事は出来ませんが、擦り傷であれば直ぐに治ります、試してみますか?》


『……はい…』


 今回は服のまま。

 エミールの手を引き泉へ。


「ストップ、しゃがんで、はい、泉だよ、どう?」

『温かいですね』


「ね、上げてみて、直ぐ乾くでしょ?匂いも無いし」

『はい…』


「さ、そのまま、服のまま入ってどうぞ」

《そう、ゆっくりと、横になり【眠りなさい、眠る良い子はゆっくりと…】》


 暫くしてエミールは寝息を立て始めた。


 落ちた時の怪我なのか、手探りで動いたせいなのか、その前からなのか。

 手は傷だらけで痛々しいのに、痛みを訴えなかった。


 無痛症なのか、アドレナリン的なモノのせいなのか。


「目覚めて落ち着く迄、待とう。心配はそれからにしようハナ」

「うん」


「なぁ、ハナもこんなに傷付いていたのか?」

「いや、ちょっとインフルエンザ的なので。記録読む?」


「本人の口から聞く主義でな」

「そっか。無傷だったと思う、寝込んでて記憶にないけど、起きたらしこたま鼻水が出て止まらんかった」


「ふふ、そうか、俺にも聞きたい事が有ったら聞いても良いんだぞ?」


「…タケちゃんは戻りたい?」


「俺は戻る、ハナは?」

「戻る気は無い」


「そうか、婚約者が居るんだ。死んでも死にきれん」

「そっか、無事に帰るしかないね」


「おう、きっと全部上手くいくさ」

「うん」




 緊張した。

 そして、その緊張も解けたので、泉の端に足を浸け、魔法の練習をする。


 そう言えば、使うより出ていく魔力の方が多い気が。


 ティターニアに訊ねると、慣れてないので魔力効率が悪いからだと。

 もう、練習有るのみらしい。


 さくらんぼやオレンジ以外にも、麻や椰子、ハーブや観賞用の花も成長させた。

 タケちゃんとショナはオベロンと戯れては休憩を繰り返している、審判はミーシャ。


 カールラとクーロンも人型になり、見様見真似で近接戦闘訓練をしている。


「くそー、また負けたー」

「僕は勝てそうな気配もありません…」

「ショナはボコボコですが武光様は追い付いて来てます、流石です」

「お疲れ様」


「あぁ、ハナもどうだ?」

「今度ね。痛いのイヤじゃないの?」


「おう、へっちゃらだ」

「腕真っ青じゃん」


「オベロンの攻撃をまともに受けてました」

「それで手一杯だ」

「ムリムリ折れる」


「はは、避けきれなくてな。でも意外とそんなに痛く無いぞ?」


「ドMめ」

「だな」


「認めちゃうタケちゃんも格好良い」

「おう!もう1戦行ってくる、行くぞショナ!」

「はい!」


 泉の端でパンツ一丁で水浴びし、また闘いに行くタケちゃんと、汗だくのショナが眩しく感じる。


 ショナは泉を使えないので疲れるのも無理は無い、なのにエリクサーは遠慮するし、困った従者よ。


 それにしても、この森は木が鬱蒼としているからなのか、酸素が濃く感じる。

 標高は高い筈なのに暖かいし、不思議。




 もし出来るなら、平和になったらココに隠居したい。

 機織りでもして、梨食べて、後は温泉があれば完璧だろうか。


《のぅ、うぬは本当に戻らなくて良いのか?》


「うん、戦があっても平和でもね」

《そんなに、嫌な事があったんじゃろか?》


「んー、怪我や病気に振り回されるのが嫌。1年中健康だった年なんて数える程しか無かったから、今最高に元気で楽しい」

《ふむ…》


「他の嫌な事を言い始めたら止まらんよ?愚痴を言わせたら、ショナの従者への道以上に時間が掛かる」

《良いぞ、聞かせぃ。代わりに誘惑の真髄を教えてたもうぞ》


「マジか、戻りたくない理由なんぞベロベロ喋るわ。親がクソでさ、特に父親が」

『あ、の…』


「お、エミール大丈夫?」


『はい、大丈夫です…あの、夢じゃ無いんですね…本当に…』

「せやで、マジ。傷触ってみ?軽いのなら治ってると思う」


『…はい、はい、確かに』

「こうやって泉とかで回復すると、髪も爪も異常に早く伸びるから、そこで異世界なんだなってちょっと思った」


『……でも、僕を喚んだって…』


「自分の時もそう思った、来てからずっとどうしようって、今でも思ってる、スポーツ出来ないし頭良くないし、知識も同年代より劣ってる」


『何と、戦うんですか?』


「戦うのかは決まって無い、災害のフォローかも知れんし。どう貢献できるかまだ良く分かって無いけど、何か、頑張る」


『それでも…あなたは戻りたく無いんですね』

「おう、絶対嫌。寝起きに変なの聞かせて、すまんね」


『いえ、コチラこそすみません』

「本当の事だし、聞かれて困る事じゃ無いから大丈夫、寧ろ気になった事は何でも聞いておくれ」


『…そんなに病弱だったんですか?』

「うん、全部のカルテを纏めたら辞書位の厚さになるかも知れん、こっち来た時もインフルエンザか何かで朦朧としてて良く覚えて無い。病気だけじゃ無く怪我も有る、秒で捻挫とか、運動音痴だし、泳げないし」

「お、起きたかエミール。大丈夫か?」


『はい、ありがとうございます、どこも痛く』


 カミナリが鳴る様な音が、エミールのお腹から響いた。

 顔も耳も真っ赤にさせて、恥ずかしそうに顔を隠した。


「はははははっ!何が食いたいエミール」

「少し重たいかも知れませんが、ハンバーガーやタコスもありますよ、桜木さんも食べます?」

「食べます。エミールはアレルギーある?ベジタリアン?何食べたい?」


『アレルギーはありません、大丈夫です、何でも食べれます』




「「「ごちそうさまでした」」」


「で、エミールはどうしたい?神様か人間か、どっちに診て貰うかなんだけど」

『あの、神様って…』


「あ、知り合いか何か紹介しれ」

《我のオススメはエイルじゃな、エリクサーも作っておるし、お主らにはピッタリじゃろう》


「北欧神話のヴァルキュリア?」

《よう調べたのうハナ、そうじゃヴァルキュリアのエイルじゃ。この泉を通って行くんじゃよ》


「マジかよ、泳げないのに」

《大丈夫じゃよ、のう、ナイアスや》


『ぁ、はい…どうも、ナイアスですぅ…』

「どうも、いつもお世話になってます、桜木花子です」


《何をビビっておる、ほれ皆の衆、行くぞぃ》

「溺れたって話をっ」


 ドリアードに手を引かれ、泉へ落ちたと思う間もなく、手が地面に付いていた。


 顔を上げると、美しく豊かな世界樹が遠くに見えた。

 ココは、アヴァロンの何百倍の大きさだろうか。


『大丈夫ですか?!私はウルス、お怪我は?!』

「大丈夫…桜木花子です…どうも…」


『ドリアードったら強引で、ごめんなさいね』

《ふん、大丈夫じゃったからええじゃろう、のぅナイアス》

『そうですけど…でも…もう少し御説明差し上げてからでも…』


《説明してもこやつが直ぐ来るとは限らんじゃろ、ほれほれ他の皆も呼んでたもう》

『はいぃ…』

『今日は何だか急いでるみたいで、すみませんね。あ、そちらの坊やは大丈夫?』


『あっ、はい、大丈夫です』

「ごめんエミール、油断してたわ」


「おぉ!面白いなこの移動方法は!」

「桜木さん!土下座してどうしたんですか?大丈夫ですか?」

「ダメじゃ、くそビックリ、そしてちょっと酔った」


「宙返りする様な感覚でしたもんね、吐きます?」

「そこまでじゃ無いけど目が回る、ちょっとこのままで、挨拶してて」


「あ、はい。従者のショナです」

『はい…改めまして、泉のニュンペー、ウルスです。ようこそ北欧神話の世界樹、ユグドラシルへ』

『どうも、エミール・ペンドルトンです』

「李 武光だ。よしよし、なぁウルス、戦いの神は居るのか?」


『はい、勿論です!戦闘訓練でしたら是非、ヴァルハラへ!』


「ヴァルハラて、タケちゃんを殺さないでよ」

『勿論です、皆さん少し見て廻りますか?』

「頼む!だが先ずはハナが回復してからだな」


『では、先ず案内役を呼んでおきましょう、フギン!ムニン!』


《《待ってましたぞ!》》


「随分大きなカラスだな」

「風圧が凄い」

『羽音がしないんですけど』


《酔われましたなら、気を紛らわせるお話を》

《少し長い、ラグナロクのお話しを…》




 昔々、大昔。

 バルドルと言う神が悪夢を見ました。

 その悪夢を父親であるオーディンが心配し、ニブルヘイムへ行き巫女の亡霊を呼び出し、悪夢の話しをします。

 バルドルは近い将来にヘルヘイムへ行くのか、死んでしまうのか、一体誰に…いくつかの問に「バルドルはヘズによって死ぬ」と、一呼吸の間に告げ巫女は消え去りました。


 そして母親であるフリッグは万物にバルドルを殺すなと命じると、生まれたばかりのか弱いヤドリギのヘストルティン以外が誓約しました。

 母親曰く「新芽で弱そうだったし、幼くて誓約出来なかった」と放置しました。


 その誓約の後、成人したバルドルに神々が祝福の儀式だと言って、ありとあらゆる物を投げつける遊びを始めました。


 盲目であったヘズと言う神は勿論参加しませんでしたが、ロキがヘズを誘うと、小さな小枝のヘストルティンを持たせました。

 ロキとヘズは言いました「ムカついたから、ちょっとケガさせて遊びを止めさせようと思った」と。


 ですがヘズが適当に投げた筈のヘストルティンは、心臓のド真ん中に命中してしまい、バルドルは死んでしまいました。


 母フリッグがオーディンへ、オーディンがヘルへ懇願します、バルドルを生き返らせてくれ。

 オーディンが大嫌いなヘルは言いました「全てのモノが泣けば生き返らせてあげる」と。


 様々な生き物、様々な神々が泣く中でロキだけは泣かず、バルドルを火葬用の船に乗せ海へ流しました。


 季節が何周しても尚、ロキは喪に服していました。


 ですが、バルドルを忘れた暇な神々達は再びいつもの様に宴を催すと、豊かなユグドラシル全土ではドンチャン騒ぎへと発展します。


 宴の7日目の事でした、あまりに長く煩い宴にロキが文句を言いに乱入すると、オーディンまでもが楽しそうにして居たのでキレてしまいました。

 そして他の神々をも1人1人罵倒していきます。

 オーディンも神々も反論しようにも言い負かされ続け、宴は戦場と化し、焦土と成り果てました。


 そこに狩りから戻ったトールが不穏な空気を察し、ロキを探しに宴会場に乗り込むと。

 見るも無惨な神々の姿を目の当たりにします。


 あまりの惨状にトールは「黙らないとミョルニルを突っ込む」とロキを制します。

 いくらロキが反論しても暴れても「黙らないとミョルニルを突っ込む」とトールはロキに言い続けました。


 ロキはとうとう言い負かす気も何も無くなってしまい「薄情者!バーカバーカ!」と、捨て台詞を吐いて近くの川へと消えてしまいました。


 そして本当の事を言われ悲しみ、逆上した神々は徒党を組みロキへの嫌がらせを開始します。

 先ず、ロキの子供達を捕らえ世界の隅の洞窟に追いやり、押し込めました。

 そして助けに来たロキをも閉じ込めると、洞窟の隙間から毒液を流し込み、ロキに苦痛を与え続け様としました。

 長い間、ずっと。


 そしてとても長い時が経ち、ロキや子供達の事がすっかり忘れられた頃。

 今だかつて無い厳しい冬が到来、様々な生き物が死に絶えていきました。

 厳しい気候に遠く忘れ去られた洞窟の入り口も崩れ、獣や神々が解き放たれ。

 ラグナログが始まります。


 先導者は勿論ロキ、炎の巨人スルトや他の神々と獣と共に殴り込みに行きます。

 そこへトールが真っ先に止めに入りました「争うのは後だ、今は太陽を復活させなくては」と、空を指差しますが、厚い雲に覆われ太陽は見えません。


 落ち着かせる為の嘘だと思ったロキは言いました「また神々の尻拭いか、例えお前でもバカは殺す」と、長年の鬱憤は限界突破しています。


 そこへすっかり弱々しくなったオーディンが現れ、今までの非礼を詫びるから、どうか力を貸してくれと言いました、それに続き他の神々も謝罪していきます。


 自分達より小さくなった神々を見て、怒りのやり場を失ったロキの子供達が一斉に叫ぶと、あの分厚かった雲が晴れました。


 オーディンの様に弱々しく燃える太陽に、いよいよこの世界が終わってしまうと皆が悟りました。


 最早怒っている場合ではありません、ロキや他の神々が相談し作戦を立てました。

 スルトの炎の剣を投げつけ太陽を復活させようと。


 ですが太陽は余りに遠く、神々だけでは到底届きません。

 皆で協力しなくては。


 そこでオーディンや神々が、ロキの子供達や獣、その他の神々に謝罪行脚。

 何とか協力を得ることが出来ました。


 ユグドラシルの根に戻っていたヨルムンガンドが、樹上のてっぺんまで行き、背伸びをし。

 ヘイルダムが長い虹の橋を掛け、フェンリがスルトを背に乗せ空へと跳ぶ。


 それでも太陽は遠く、スルトはフェンリを踏み台に跳躍し、炎の剣を投げ込みました。


 作戦は成功、炎の剣は太陽へ捧げられました。


 ですが、思う様に太陽は燃えてくれません、一部の神々が謝罪を渋り時間を浪費したため、炎の剣だけでは燃料が足りなくなってしまっていたのです。


 呆然とするスルトの左肩で、その異変に気付いたオーディンは太陽へと跳躍し、身を投げました。

 その意図に気付いた他の神々も、スルトの背を爆走し太陽へ飛び込んで行きます。


 ですがそれでも足りないと悟ったスルトは、最後の力を振り絞り、太陽へ飛び込みました。


 そして沢山の命を溜め込んだ太陽は復活し、光と熱を取り戻し、今でも輝いているのです。




《おしまい》

《ですぞ》


「ありがとう、オーディンさんは死んでるのかぁ」


《いいえ、一度死にましたがヘルに生き返らされてしまったんですぞ》

《ヘルの屋敷を追い出され、今は隠居してますぞ》


「凄い嫌われてる」

『それと、少し違いますね。皆が争い、スルトによってユグドラシルが壊滅してしまうって』

「そうなのか、それだと滅びて面白く無いな」


《確かにそう予言されましたが》

《ロキがそれを聞いて、史実を変えたのですぞ》


「あぁ、それでロキさんが損な役回りを…」

『ですね、悪神とは思えません』

「悪神なのか?良い奴そうだが」


「ね、他の神々も生きてるの?」


《あまり予言を大きく変えてはいけないと》

《予言で死んだモノの多くは死んだまま…》


《まぁ、バルドルやロキは生きておるぞ。じゃが、プライドの高い神々は死んだまま。この話を聞いた人間の反応が目に見えてる!このままで良い!とな、あはははははは!》

《はははは!如何でしたかな?》

《ご気分は良くなりましたかな?》


「ありがとう、もう大丈夫」


《では先ずは、ヴァルハラへ》

《心優しいヴァルキュリア、医療の女神エイルの元へ》


 フギンとムニンの先導の元、神獣の背に乗り暫く飛ぶ。


 巨木の生える広大な森の奥に、大きなお屋敷が見えた。


 神殿と言っても差し支え無い、荘厳な黒い石造りの建物。

 黒曜石より、雲母石に近い素材だろうか。


「お邪魔します」


 内部は黒い木で仕上げられ、赤いベルベットの絨毯が敷き詰められている。


 大階段に、何枚ものドアは金の細工でノブも金、厳つい。


《エイルー、患者ですぞー》

《患者を連れて来ましたぞー》


 2匹は器用にドアを開け進んで行くと、白い大理石の廊下へ出た。


 白く塗られた木や、磨り硝子の窓、匂いもまんま病院ぽい。


『はいはい、落ち着いて。どうも、エイルです』

「桜木花子です、こっちがエミール。宜しくお願いします」


『大丈夫?アレは慣れないと酔うから』

「ちょっと酔ったけど、もう大丈夫です」


『そう、良かった。じゃあエミール、早速診察して良いかな?』


『はい』

『はい、じゃあ彼のプライバシーもあるでしょうから、皆はこのまま外で待ってて』


「おう、じゃあエミ」

『い、あの、一緒に、居てもらえますか。桜木花子さん』


「おうよ」


 真っ白な部屋の中に入ると、アルコールや薬液の匂いが更にフワッと香って良い匂い。

 エミールは嫌そうに僅かに顔をしかめて、手に汗を少し滲ませてる。


 室内は良くある昔ながらの病院に近い、診察台、椅子に机と簡素。


 患者用の椅子にエミールを座らせると、エイルがもう1つ椅子を出して座らせてくれた。


 そうして手を念入りに消毒した後、エミールの前に有る椅子に座わる。


『んじゃ、始めるね……んー、化合物、人工の薬品、薬液かな?ちょっと経ってるね、1年以上前かな』


『はい……まだピリッとしたりジンジンして、集中したり、上手く寝れないんです、痛み止めも限界まで飲んでますけど、今は切れてて』


『痛いし苦しいよね、ちゃんと寝れなくて辛いよね』


『はい…瞼を開けると光が少し、それがチリチリして…魘されるんです、それでたまに、目の奥も痛くなって』


『大丈夫、治るから、あっという間に全部治るから大丈夫。ちょっと針でちゃちゃっとして、泉で休めば大丈夫。お薬もちょっと飲んで貰うけど、甘くて美味しいのだから』


『え』

「やったやん、ちょちょいのちょいやん」


『あ、今直ぐじゃなくても良いからね、心の準備もあるだろうし。使うのは注射針だけだけど、麻酔はするし…うん、手術は手術だから心配だよね。うん、良く考えて』


『…少しだけ、5分だけ考えさせて下さい』


『勿論、いくらでも。それとアナタの目、焦点合わなくなるでしょ』

「あぁ、昔から疲れるとなりますが」


『それも治せるわよ、じゃ、あっちで薬の調合してくるねー』

『はい』

「どもー……やっぱ怖い?」


『はい…治らないって言われてたのに、簡単に治るみたいでしたし』


「まして異世界とか神様とかだもんね、見えないし、不安しか無いよなぁ」


『はい…』


「だよなぁ、実感するまで延期して貰うか」


『あの…手術って、した事無くて』

「そっちか、分かる。昔、瞼に膿が溜まっちゃってさ、その時にメスで切って出したんだけど、怖かったもん。不安で当たり前だよ」


『…本当に病弱なんですね』

「おう、エミールの年位に両目がものもらいになっちゃって、片方は治ったけど、右目の腫れが引かなくて、1人で病院行ったらさ『あぁ、切開しないと、良いよね?』って…流されるままに、はいって返事しちゃった」


『痛かったですか?』

「いや、麻酔も最初は点眼だったし。術後もギュってしなきゃ痛くなかった。でもさぁ『お、凄い溜まってる』とか『う~ん、まだ出るなぁ』とか言う先生でさ、もう感想なのかコッチに言ってんのか分からないし、ビビった、手に冷や汗で、もうビチャビチャ」


『ふふ』

「で、そのまま両手をぎゅっと握ってたら《大丈夫だからね》って看護師さんが手を握ってくれて、手汗グッショリなのに最後まで素手で握ってくれてて、嬉しかった。で後遺症も何も無しで治ったけど、もうヤダ。親知らずでも似たような事が起きたし、もう手術イヤ、全身麻酔が良い」


『ふふ、親知らずの時もですか?』

「奥の歯茎が痛くて歯医者行ったのよ、したら親知らず取らないと再発するって。もう2回目の痛みで来たから取りますってレントゲン撮ったの、したら《もしかしたら、歯に骨が被さってるかも。それだとウチじゃ難しいから大きい病院ね》って、半年前」


『最近なんですね』

「そうそう、ハタチすぎてんのにまだ成長してんのかよと。で行って歯茎をメスで切開した瞬間に『あっ』って言って、目が合って『もう気付いてると思いますけど、骨が歯に被さってるんで、砕きますね』って、イエスしか言えない状況じゃんよ。でだ、ノミで砕くんだけど『うーん…がっつり被ってますねー…』ってガンガンバリバリしては『うーん、もう少し』って、めっちゃ長く感じた…2回目の後悔、何故、全身麻酔をしなかったのか」


『ふふ…痛い検査は沢山してきたから、痛いのは良いんですけど…』

「強いなぁ…痛い検査ってアレか、目薬の瞳孔開くヤツみたいな?」


『はい、アレした事あります?凄い痛いですよね』

「目が悪かった子供の頃に良くやった、眩しいし痛いし、暫くちゃんと見えなくなるからトイレ行くの大変だし、暇だし…その検査で眼鏡する事になったけど慣れないし、邪魔だし。走って転けてメガネ壊して顔に怪我して怒られるし、何回も眼に合わせて調節したり作り直したり、その合間に入院したり、両足捻挫したり、そんなんばっか」


『本当に…ふふふ』

「でも今は眼は良くなって裸眼、14才位で眼鏡卒業。寧ろ視力は良いのよ、でも疲れたりすると見えにくいのがぶり返す、体質って言われた」


『へー、視力って治るんですね』

「おう、良く驚かれる、小児なんちゃらだから眼鏡で治るもんらしい。病弱と運動音痴は治らんかったけど」


『運動音痴ってどんな感じなんですか?』


「走れば直ぐに捻挫、その次の日にもう片方も歩いてて捻挫で両足包帯。それ以降は成長痛もはさみながら、交互に捻って治っての繰り返し。関節柔いのに体固い、良く攣る、何なら攣って筋肉切れた事も有る」


『ふふ、そんなに固いんですか?』

「マジで。柔軟してんのに、何してんの、どうした、って言われる。そして何より泳げない、進まず沈む、そして風邪引くか肺炎」


『ふふ…もっと早くココに来れてたら良かったですね』

「本当にそう思う、でも運動音痴は治らないんじゃないかなぁ」


『運動って全部練習ですよ、自転車に乗る練習みたいに、ある時にフッと出来る様になって、それでどんどん上手になる感じで。あ、自転車は』

「乗れますー」


『良かった』

「でも歩くの練習しないとな、直ぐ転ける」


『そこからですか?ふふ』

「あ、スキップは得意やぞ、走るよりスキップ、クラスで5番目に速かった、失敗すると捻挫するけど」


『ふふふ、走るよりスキップって、ふふ』

「本当本当、今度スキップで競争しようや」


『良いですよ…ふふ…今日、しようかな』

「スキップ?」


『違いますよ、ふふふ、手術です』

「マジで?」


『マジです、スキップの練習しないといけないし、ぷふ……桜木さんの話が本当なら、悩んでるのが何か、可笑しくて』


「いや、マジだって、信じて貰えないかも知れないけど全部本当。なんならまだある、自転車で転けて小指脱臼とか、スケボーで肋骨にヒビとか、病弱編もまだあるの、本気にマジで」


『もう、運動音痴なのにスケボーって…ぷふ、ふふふ』

「チャレンジしちゃう派、マジのリアルガチ、この小指、脱臼したのマジで、ちょっと節が太くて短いでしょ?」


『わぁ、もう痛くないんですか?』

「大丈夫、治す時が一番痛かった、捻挫もさ、グギュッて治すからさぁ…コレは美術の時間にカッターでバッサリやっちゃった、この甲の点々は歴代の点滴の痕だけど、触って判るかなぁ」


『ふふ…疑ってないですけど、その。凄い、病気とケガのレパートリーが』

「マジ豊富、大体の病院の科は制覇した」


『ふふふ…あの、こういった傷は、泉で治らないんですか?』

「浅いので治りきって無いのは治ってる。基本的には治癒能力向上と魔力補給が主なんだって」


『万能じゃ無いんですね』

「有ったら医療が発展しないし、奪い合いになるからだって。昔は万能のがあったけど、戦争の引き金になったから止めたって、ドリアードに聞いた」


『なるほど、桜木さんは目を治さないんですか?』

「エミールが治ったら治す」


『じゃあ早く治さないとですね、今日にでも』

「無理してない?」


『大丈夫です、寧ろ楽しみです』


「ホントに?」


『ホントです、特にスキップが楽しみです…ふふ』


「よし、じゃあエイル先生呼んでくる?」

『はい、お願いします』

《私が行きますぞー!》

《いや私がですぞー!》


『聞かれちゃいましたね』

「問題無し」




 廊下に戻り、フギンとムニンが待っている部屋の前まで戻った。

 もう既に準備がなされ、後はエミールが横になるだけ。


『よし、ちゃちゃっと終わらせましょ』

『はい』


 宙に浮いた小さい水晶玉や注射器の様な物が、エイル先生の指先一つで動いていく。

 魔法、凄い。


 蜂蜜色の少しトロミのある液体を飲んだエミールが診察台に横になる。


『始めるよ』

『はい』


 手に手を添えていたのだが、エイル先生の動く気配に手が握り締められた、見えないし、余計に怖いよな。


『大丈夫、リラックスリラックス』

「色んな意味で超綺麗だから大丈夫、是非見せたい位にマジ魔法」

『はい、ありがとうございます』


『よし、じゃあ先ずは点眼から』

『はい』


 少し落ち着いたエミールの目に、透明な液体が瞼の上からゆっくりと掛けられ、乾くと開瞼器が取り付けられた。


 そして細長い注射針が、右目の瞳孔の真ん中に刺さる。


 瞼を固定されたエミールの表情は変わらない。

 圧迫感は僅かに有ったのか、握る手に軽く力が入ったが、直ぐに緩んだ。


 続いて2本目の注射器が少し斜めに刺さる。

 痛みは無くとも圧迫感は感じるのだろう、また手に力が入るも直ぐに緩んだ。


 片方の注射器は空、もう片方は少し黄色味がかった透明な液体が入っている。

 眼球の液体、中身の入れ替えらしい。


 抜き取られた中身にキラキラとした魔法が掛かる、そして光が収まると液体はエミールの瞳に戻された。

 今度は少し引き抜き、浅く刺さった注射器が同じ様に入れ替えられ、戻され。

 もう作業が終わったのか、注射器は取り除かれた。


 そして今度は小瓶の液体を数滴、開いたままの眼球に目の端から注がれる。

 青色、赤色、緑色。


 次に左目も同じ行程が行われたが、エミールの手が強く握られる事は無くなった。


 もう終わったのか、次には開瞼器を外し、瞼を閉じると筆で何種類かの薬液を塗り、ケロイドの治療に入った。


 これが1番怖かったらしい。

 ケロイドを溶かし、人工皮膚の様な物を張り付け、正常な皮膚に戻す治療。

 手に少し力が入り、じんわりと汗をかき、強く早くなった拍動を感じた。


 もう片方の手でエミールの左手を擦る、看護師さんがしてくれた様に。


 自分より大きな手、爪は良く手入れされて、とても綺麗。

 でも皮膚は小指側にケロイドが少し、右手は何処まで広がっているのか、手首が曲げ難くなっている程に深い傷痕。


 多分、2回掛けられたのだろう。

 不意に目に1振り、避けようと腕で顔を庇った所をもう1振り。


 液体が塗り終わり、ケロイドが溶けピンク色の皮膚が露出すると、今度は卵の薄い内膜の様なものが何枚も貼られ、白いガーゼを当て、黒い包帯が巻かれた。




『はい、終わり。よく頑張ったね』


『もう、終わりなんですか?』

『丸1日は泉で安静にしてて貰うけどね、手術は手術だから経過観察させて貰う。はい、麻酔無しのエリクサーよ、飲んで』


『はい、ありがとうございます……美味しい』

「マジか、味見してぇ」


『ふふ、ハナの分は泉の近くに有るから、一緒に行きましょ』


 部屋を出るとベンチにはフギンとムニン、魔王とミーシャが待っていてくれた。

 他の皆は手術が決まった段階でヴァルハラに、戦闘訓練に行ったらしい。


「お疲れ様でしたエミール君」

「お疲れ様でした、桜木様もエイル様も」


『ふふ、まだまだ、治ってからにして。さ、泉に行くわよー』


 眩しい日差しと、森の匂い。


 アヴァロンとは少し違う匂い、草花と水の匂いが強くて良い感じ。


 《エミール、気を付けるですぞー》

 《声がする方へー、ですぞー》


『あの、桜木さん』

「何だいエミール、つかハナで良いよ」


『はい、あの、迷惑を掛けてばかりで…』

「いやいや、迷惑じゃないし…エミールは何か特技ある?趣味とか」


『射撃と釣りなら』

「ワイルド、釣り針とか作る系?」


『えぇ、はい。道具の手入れも、作るのも好きでした』

「今度教えてよ、商売にも出来そうだし。迷惑掛けたと思うならそれでチャラで」


『そんなので良いんですか?』

「おう、見える様になったら色々教えておくれ、ワシ知らん事が多いのよ。で、それまでは治すのが君の仕事だと言う事で」


『はい!』


『さ、着いたよ、ゆっくり入って』


 エイルがエミールを泉の縁に横たわらせ、鎖骨の下に点滴の針を入れた。


「おやすみエミール」

『はい、お休みなさい…』


『よし。ハナ、エリクサー作ってみない?』

「是非お願いしたいんですけど、少し人間の用事がありまして」


『良いのよ、行ってらっしゃい』

「はい、すみません、行ってきます。ミーシャ、宜しくね」

「はい」




 先ずはフギンとムニンの案内で、訓練所へ向かう。


 地平線が見える広大な広場。

 その端には、相変わらずボロクソにやられ休憩してるショナ、神々に良い様に遊ばれるタケちゃん。

 巨鳥と竜になり激しくやり合うカールラとクーロン、それを肴に酒を飲む神々が手前に居られる。


「桜木花子です、従者共々お世話になっております」

《おう、そろそろ酒と肴が無くなりそうなんだが》


「はい。ショナ、頼む」

「はい」


「どうぞ」

《おう、お前も練習するか?》


「また今度お願いしようかと。ショナ、エミールはミーシャが見てるから省庁に行こう」


「はい、ですが欧州から連絡が有りまして」

「それは後、省庁が先。カールラおいで、クーロン、タケちゃんをお願いね」


『《はい!》』

《コッチじゃ、先ずはアヴァロンじゃな》


 泉を使い移動した後、少し休憩してから魔王に空間を開いて貰い、省庁へ。




 心なしか歩くのが若干遅いし、受け付けで書類を書く時にすら不満気なショナ。

 そんな従者好きかよ。


「柏木さん、おはよー」

「おはようございます、桜木様」

「初めまして桜木様!賢人です!」


「あ、はい、どうも…」


 賢人君とショナが別室に移り、連絡事項の確認を始めたので、魔王とドリアード、カールラを応接室で待たせ。


 早速、柏木さんへエミールの報告と。


「エミールは大丈夫です」

「はい、お陰様で助かりました」


「うん、で、ホムンクルスの事なんだけども」

「道徳や倫理に反すると、随分昔にクローンやホムンクルスの製造は禁止されているんです」


「だろうと思ったけど、でも資料だけでも」


「それも非常に難しく…」

「魔王を消滅させられるかも知れないのに?」


「それはそうなのですが、上の許可が」

「何で」


「それも言えません…が…もう少し…お時間を下さい」

「柏木さんは反対?」


「いえ、私は桜木様を信じていますから」

「そっか…宜しくお願いします」


「はい」


 少しプレッシャーだけど、少し嬉しい。

 柏木さんの執務室を出て、隣の応接室で従者を待つ。


 お腹減った。


 何もする気にならん。




《なんじゃ、静かじゃの》

「腹減って心細い」


《あんなに帰らそうとしとったクセに》

「ニコニコしてても疲れてるかも知れないし、不満はあるだろうし、なんなら実は嫌われてるかも知れないし。規則は大事だし、おでん食べたいし」


《腹の具合と心情を混ぜるでない…嫌われている訳が無かろう》

「読心術?」


《我は精霊ぞ?どう思うておるか位分かるわい》

「うーん」


《心配性め》

「楽天家」


《疑り深過ぎじゃ》

「慎重なだけだしぃ」


《頭でっかち、耳年増》

「能天気ビッチ」


《きぇー!》

「きしゃー!」


「あのぅ…桜木様?」

「また、どうしたんですか桜木さん」

「別に、なんでも無い。引き継ぎ終わったの?」


「はい、無理しないで下さいね」

「努力する」


「はい、して下さい。ではまた」

「うん、また」

「桜木様、次は欧州で良いですか?」


「うん、カールラは小さい鳥で宜しく」

《あい》

「では、私が案内しますね」




 賢人君を連れ魔王に付いて行くと、大きな時計塔の裏道に出た。

 そこには上等なコートを着た人間が2人。


『お待ちしておりました』

「お待たせしてすいません」


『いえ、ご案内致します』

「はい」


 喋るのは、この人だけなのかしら。


 時計塔の裏口から、窓の無い無機質な長い廊下を歩いた。


 何分も歩いた気がする。

 通信機使用禁止な上に時計して無いので、とても長く感じた。


『お待たせしました、コチラへどうぞ』


 ドア前の警備の厳重さ。

 そして周りの人間の緊張感。


 そうだ、しまった、同じか、王室なのか。

 何で誰も言ってくれなかった。


「どうしたんですか?入りますよ」


(ちょ、お、魔王)

(大丈夫ですよ、落ち着いて下さい)


「まだ生きていたのね魔王、ごきげんよう」

「お久し振りです女王陛下」


「案内ご苦労でした魔王。そして良く来て下さいました召喚者様、そして神獣様も」


「初めまして、桜木花子です。こんな夜遅くまでお待たせして、大変申し訳ございませんでした」


「とんでもない、コチラこそお忙しい中を呼び出してしまい。頭を上げて下さい、話は聞いておりますから、我が国の召喚者様が大怪我をなさって居るそうで」


「はい、命に別状はありません、治療中です。動かせませんので、今暫くお待ちいただけますでしょうか」


「勿論、お任せしても良いかしら」

「はい、頑張ります」


「ありがとう、宜しく頼みますね」

「はい」


「では、ごきげんよう」


「はい」

『ではコチラへ』


 扉が閉まり、ようやっと緊張が。

 震えるわ。


「はなちゃん上手でしたよ、立派でしたね」

「大丈夫ですか?桜木様」

「もうイヤ、帰りたい」

『紅茶でも飲まれていかれますか?』


「もうやだ、一刻も早く帰りたい」

「すいませんねぇ、はなちゃんは正直が取り柄で」


『いえ、驚かせてしまった様で申し訳ございません。お許しください』

「いや、うん、女王陛下と謁見って話して欲しかった」


「え?ショナさんから聞いて無かったんですか?」

『私は聞いていたとばかり、確認せず申し訳ありません』

「すみません、許して下さい、はなちゃん」


「許さん、ばか魔王と従者め」

「すんません」

「すみません」

《ご主人の手汗しゅごい》


『あの、ご安心を、立派にこなされていました。それで、従者の名簿とエミール様への支援金、通信機等のセットと、タブレットなのですが』


「お、あ、はい、どうも」

『はい、是非とも、宜しくお願い致します』


「うん、はい、勿論」

「では行きましょうか、はなちゃん」


「あ、待って、名前は?」

『フィラストです』


「フィラストさんのオススメの、この国の美味しいご飯屋を教えて下さい」

『はい、ではエミール様のタブレットと、従者にお送りしておきます』


「うん、ありがとう、じゃ」

『はい、お気をつけて』




 時計塔の裏手からアヴァロンへ、そして泉を使ってエミールの居る泉に帰った。

 コレ嫌い、吐かないが動けなくなる。


「ミーシャ、知ってた?」


「欧州の人間の女王の事ですか」

「そうだよ、ビックリしたよ…」


「ショナが話したとばかり、ごめんなさい」

「ミーシャは可愛いから許す…次はコッチからもちゃんと確認を…もう、エミールに行って貰うから、もう良いか」


『お帰り、エミールはまだ眠ってるよ』

「ただいまエイルさん、教えてエイルさん」


『もう遅いから明日ね、お腹減ったでしょ?夕飯にしましょ。エミールを宜しくねドリアード、ウルス』

《我々もココでお守りしますぞ!》

《何かあれば直ぐにお知らせ致しますぞ!》

「私はココで、おにぎり食べて待ってます」

「私もココで。行ってらっしゃい、はなちゃん」


「うん、宜しくね、直ぐ帰ってくるから」


 神獣と新従者を連れ食事へ。


 ヴァルハラの晩餐はワイルドだった、謎肉のローストとミートボール。

 芋とサーモンを蒸しか焼きで食べる、味付けは基本的に塩、コショウ、レモンのみ、実にシンプル。


 そして程好い固さの芳ばしいパン、キノコのクリームスープはエイルさん特製だそうで、メチャウマ。


 謎肉は牛に近い感じがするけど、羊ともまた違ったクセが少しある、でも美味しい。


 賢人君は、物怖じせず何でも食べててエライと思った。

 タケちゃんは食べながら寝そうになってて面白かった。


 食べ終わって直ぐに歯磨きをさせられ、それからやっとエミールの元へ向かう。


 静かに様子を確認、魘されるでも無く穏やかに弛んだ口元、規則正しい寝息。


 泉に足を付け、神獣を撫でながら点滴を見上げる。

 満タン、天気は良い、心地良い。


 草の匂いに、水の匂い。






 ふと気が付くと、バラの香りのする暗い海に浮かび、漂っていた。

 辺りを見渡すと、少し先に鈍く後光が差す巨大な石の扉。


 目の端で光を捉え、足元に目を向けた。


 水中で光が煌めき、鋭い光に。

 深海の奥深くからの視線が怖くなり、直ぐに目を逸らした。




「タケちゃん」「ショナ」《カールラ》『クーロン』「ミーシャ」「魔王」《ドリアード》《ティターニア》『オベロン』「柏木」


『エミール・ペンドルトン』

『ナイアス』

『ウルス』

《フギン・ムニン》

『エイル』

「賢人」

『フィラスト』

「女王」

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