6月22日(月)
枯れた野山に1人。
目の前には真っ赤な鬼火、魔剣を取り出し一刀両断。
火は瞬く間に広がり、野山を焼き尽くし灰になった。
その灰が視界を遮り、暗闇が訪れた。
「ハナ」
「お兄ちゃん、なんでココに居るの」
「なんでって、ココ家だぞ。まだ熱が有るな」
「みたい、お母さんは?」
「姉ちゃんも皆仕事だ」
「ごめんね、熱出して」
「ワザとじゃ無いんだから謝るな、ほれ寝てろ、アイス持ってくるから」
「向こうの、テレビも良い?」
「分かった、布団ごと移動するから掴まってろ」
「ふふ、お兄ちゃんが、こんなに優しかったら良かったなって思ってた、でもね、家族皆、クソなんだ。こんな事、出来ない人達なんだよ」
布団が床に落ち、目の前の兄らしき何かが砂となって崩れ落ちる、そして固まるとまぶしく光りながら浮かび上がり。
夏の陽射しの太陽へと変化した。
《ラウラ、寝てた?》
「マティアス、本、どう?」
《うん、最高》
『サイン入りですよ、どうぞ』
「おー、マジかぁ、ありがとうございます」
《いえいえ、あ、ザリガニ茹で上がったみたい》
『食べてから感想会にしましょう』
「良い匂い、夢じゃなかったら、どんだけ良かったか」
夏至祭の飾りも、焚き火もザリガニも、マティアスもレーヴィも、夏の景色も何もかもが白い砂となり消えて行く。
そしてまた、砂が固まり形を作る。
『はなちゃん』
「ロキか、なに」
『召し上げられた感想は?』
「有り得ない、ウザい、面倒、怠い、いい加減終わりにしたいんだが」
「楠さん」
「ワンコ」
「早くココから出ましょう」
「ココはどこ」
「竜の胃袋だそうです、溶けてますから早く」
「アホ、君も溶けてるじゃない、出るぞ」
「アナタと交換なんです」
「なら決裂だな」
魔剣を振り上げると、今度は薔薇の花弁が舞い視界を塞いだ。
そしてまた真っ赤な焼け野原となり、真っ暗に。
そこに明かりが1つ、2つ。
窓から外を眺めて居ると、街に明かりが付いていく。
ロウヒとイルマリネンが仲良く夕食を囲んで居るのが見え、ミーシャが先生と箱庭の事で揉めているのが見えた。
他の家ではジュラが子供を抱き、賢人君は可愛い女性とデート。
視線を上げ森を見ると、カールラが子育てに奮闘し、クーロンもまた子供を追い掛けている。
そして視線を戻すと、自分は物に溢れた部屋で独り。
ホッとする、安心した。
コレが理想の隠居生活。
嬉しくなり外へ出ると。
目の前にはもう1つの地球。
辺りには死体の山。
負けた、敗けた、なら今出来る事は、全力で死体を生き返らせる事。
『起きたか』
「マーリン、本物っぽい」
『お前がずっと眠ってると聞いて、様子見に、不要だったな』
「そうなるのか、今はいつ?」
『2月15日、それでココはお前の家』
「見覚えは有るが、景色、違く無いか?」
『現実に建てた家だからな』
「なら君の顔に傷が有るべきでは」
『治した、人前に出て同情は買いたくない』
「触れるし、匂いも有るし、痛みも。もし本物なら、酷い夢オチなんだが」
『長い夢を見てたんだろう』
「4ヶ月分なのは覚えてるんだが」
『後で聞く、腹が減っただろ』
「おう」
下へ降りると。
ロキもクーロンもカールラも、そしてショナも。
「桜木さん、おはようございます」
彼は従者の立場を良く理解してる。
桜木花子を良く理解してる、だから。
間違ってもハグはしない。
「悪夢だ、なんて酷い悪夢なんだろ。最悪だ、そこは踏み入ったら許さない」
《主》
「最悪だ、踏み入った、許さない。ムカつく、乗っ取る」
怒りも電界もゴチャまぜに、感覚も何もかもを広げていく。
許さない、絶対に許さない。
絶対にぶっ殺す。
怪獣にでも、化け物にでも竜にでも何でもなってやる。
人の幸せを覗き見るなんて、絶対に許さない。
何もかもを飲み込んで、壊してやるからな。
影の出口は上に有る、だから上に行けば出れる。
魔法は、何でも出来るから。
そして見えて来たのは立派な竜の本体。
悶え苦しんでるみたいだが、知った事か。
影の出入り口に厚い障壁の感覚、コレを突破すれば出られる。
全ての武器を発射し、粉砕していく。
そして隙間に手を捩じ込み、無理矢理開く。
目の前には大きな竜。
どうしてやろうか。
『“すまない、どうか剣を”』
「“許さない、踏み入るべきじゃ無かった、なんて事をしてくれる”」
『“本当にすまない、ただ等価交換としての涙が欲しかったんだ”』
「“やり方を、間違えてる”」
『“すまない、許して欲しい”』
《主、お姿をお戻し下さい》
「いやだ、もう、このままで良い」
《帰れなくなる可能性が高まります、どうかお戻りになって下さい、お願いします》
「なんで、こんなんばっか」
《お強いからです、試練だからなのです》
「なんの」
《救う為、アナタが大事に思う者を救う為です》
「そう思う?」
《はい、誰よりもアナタは強い、だから、何世界も渡るのです》
「おじさんも?」
《はい、きっと、向こうで待ってらっしゃいます》
「皆は」
《勿論、カールラもクーロンも泣いてるかも知れません、だから戻りましょう、先ずはお姿から》
「コレはコレで受け入れてくれると思うんだけど」
《その可能性は高いですが、身柱になんとご説明をされますか。怯えられては体外受精も叶いませんよ》
「それは、そうよな、うん、それは良く無い」
痛覚を切り、人の形へと戻る。
バキバキメキメキと凄く煩い、そして元には戻ったが、全裸じゃん。
『“本当に、すまなかった”』
「“服を着て良いですかね”」
『“ああ、頼む”』
直前に着ていた服は無事だったが。
どんな原理よ、そしてなに、等価交換て。
「ベスクちゃん」
《何も知らなかったとは言え、傷付ける結果となった事を深くお詫び申し上げます。誠に、申し訳御座いませんでした》
「“竜さん”」
『“ワシはルーマニアの礎、ズメウ。ペトレアとイレアナに討たれた竜の子孫、人と竜の子孫”』
「英雄の母から生まれた、英雄の異父兄弟かよ」
『左様、そして上に居ったドラクルは我を守りこの地に縛る楔、管理者、監視者だ』
「だからってなんであんな酷い夢を見せた」
『それは違うんだ本当に。お前に涙を流させる為の夢に過ぎなかったんだが、ココでもドリームランドの影響が有るとは思わず。ただの悪夢になってしまった様だ、すまない』
「知ってたでしょうが、夢見が少し有るって」
『だからこそ、より馴染み、良い夢が見れる様にした筈が。こう、拗れてしまった』
『もっと言うと、その為の情報収集は無意味だったとも言える。すまない、君がこうも偏屈だとは』
「ブラドさん、偏屈て」
『事実だろう、君が覚えている以外にも何通りも試してコレなんだ、もう君が偏屈で頑固としか思えないだろうに』
「は」
『事実だ、飲み込んだ直後からドリームランドが介入を始め、君が意識を取り戻してしまった。そうして夢の破壊が始まり、最後の手段に出ざる負えなかった』
《すみませんでした》
「玉ねぎで泣くとかダメなのか」
『感情の伴わない涙では意味が無いらしい』
『すまんな、乙女の涙はワシにとっての宝なのだ、それが叶わねば何もしてやる事は出来ん』
「ベスクちゃん」
《知りませんでした、何も》
『じゃなきゃ国から出さないし、主従関係も結ばせないよ』
「主従ちゃうよ」
『同義だよ、すっかり君に肩入れしてるもの』
「そうかぁ?ほぼユダやんけ」
《謝るしか出来ません》
『それで、すまないんだが話を戻させて欲しいんだが』
「あぁ、男なら対価はどうなるの」
『子種』
『だな』
「そこにロマンは無いのね」
『閉じた国だからね、いつだって新鮮な遺伝子は欲しいんだ』
『オトコには興味無いんでな』
「開国しなさい」
『それはワシがな許さんかった、お前さんみたいなのがホイホイ居るとは思わんが、危ないだろう、他国は』
『遺伝子に刻まれちゃってるんだよね、侵略者への恐怖が。まぁ、僕が言えた事じゃ無いんだけど』
《ズメウを倒し幽閉したのが3世です》
「変わりは居るんだよな、面倒だから殺して良いか?」
『だね、もう良いかなって思ってた』
『待て待て、それだけじゃ無い。ズメウの血も吸血鬼の血も混ざり合い、他国に浚われる危険も有ってだな』
「全開放しろとは言わんよ、行き来は厳選したら良いべさ」
『ぶっちゃけ縄張り意識が強いし、女にだらしないし、ズメウの血が濃いと大変なんだよね』
「ロシアと連携してノウハウ教えて貰いなさいよ」
『ね、プライドが許さないみたい』
『いや、そうでは無く、大昔に竜が余りに増えてはいかんと交流を断ったんだ。向こうの血と混ざると先祖返りし、竜人が生まれ易くなるんだ』
『そうなんだ、それは確かに困るかも』
「何故、良い子だったぞ向こうは」
『竜に成れる力を持つ者が増えれば脅威の対象になる、そうすれば侵略の対象になるだろう』
「それこそ向こうと相談すれば良くね?空間開いて良いならココに連れて来るし」
『助かる』
『だが、それとこれとは別だぞ?』
「それは別に良いんだ、泣ける方法考える片手間だし」
《考えないとダメな程に枯れてますか》
「人前で泣くは勇気が居るんだぞ、出来るんか君は、おおん」
《そうですね、はい、配慮不足でした》
『そうだ、誰か連れて来る位は許しても良いんじゃない?泣かせられる人間』
『まぁ、もうこうなるとその方法しか無いとは思うが、そも居るのか、そんな人間が』
「んんー、ロキはココには無理だろうし……あれ、詰んだかコレ」
『真面目にお願い、足を引っ張りたくは無いんだ』
「マジで」
《居るでしょう、身柱が》
「いや、むり、だめ、むり。また踏み入るなら本気で殺すぞ」
『帰る為には仕方無くない?』
「だめ、他の方法考えて」
『誰かに、誰かに変身させて、何か言って貰うとか?』
「心を壊す気かな?」
『いや、この世界に居ないなら模倣するしか無いじゃない』
「まぁ、でもなぁ」
『あのマーリンは良い線を行ってた筈なんだがな』
「アレは危なかった、アレでお帰りとか言われたらヤバかったわ」
『あー、惜しかったんだ、残念』
『そんなにあの従者が』
「殺すぞ?」
『まぁまぁ、好きじゃ無いって言うんだから深追いしない。で、マーリンだったっけ、泣けそうなのって』
「悪夢の解決者、夢の救世主だから」
『データに無かったんだよなぁ』
《プライバシー保護です》
《すみません、ナイーブな問題だと思い伏せさせて頂きました》
『お前のせいで失敗した感も有るが、まぁ良い、読み違いしたのは確かだ』
「情報提供を許すんで、どうぞ、と言うかもう好きにしてくれ、一服させてくれ」
『じゃあ、ちょっと出ようか、案内するよ』
外には簡単に出れた。
山に横穴有るんだもん、何よ本当にココは。
「何なのよココは」
『幽閉されてたらしいよ、3世が竜と共に。最初に3世が竜を幽閉して、その力を恐れられて3世も幽閉された。そして取り決めをし、共闘したらしい』
「へー」
『僕にも良いかな、新しいモノが好きなんだ』
「どうぞ」
『んー、不健康で実に良い味だね』
「子種じゃダメかね」
『良いけど、身柱に嫌われない?ホイホイ子供を作るなんて』
「あぁ、それは、ちょっと、心配になるなそれは」
『ほら、なら涙の方が良いでしょ』
「まぁ。何で50年で世代交代してるの」
『選挙制だから、治世が片寄らない様にね。でもね、ココまで八方塞りだってのは就任してから知ったよ、こんな大変だとは思わなかった』
「お疲れ様です」
『君もね、お疲れ様。で、どうする?』
「嫌な選択肢しか浮かばん、その手段は取りたく無い」
『身柱?』
「いや、アーニァ、別れを言う」
『人魚かぁ見てみたいな』
「でも水場がな」
『有るよ、水場』
一服終え、横穴に戻り竜の前を素通りし、水場へと到着。
暗く深い水場、来てくれるだろうか。
「他に無いか考えるから保留で」
『そう、じゃあ戻ろうか』
『で、敗因は分かったぞ。情報提供ミスだった』
《申し訳御座いませんでした》
『良いよ、役割を伝えなかった弊害だし』
「少しは守ろうとはしてくれたから許す、お前らは許さんが、ロシアとは繋げる」
『良いのか』
「おう、どこでやるよ」
『いくら何でも連絡無しは不味いだろうから、移動しようか。回線の繋がる場所に』
《お待ち下さい、主をもう影に入れないで下さい》
『あぁ、ごめん。場所はブラン城なんだけど』
《了解、横穴にて空間を開きます》
空間を開くと、お城の上空、結界が有るからと近くまで移動。
ベスクちゃんの指示の元、お城の入口に到着。
先程の城塞と同じレンガ造り、隣には見張り塔も有るが。
実に簡素、圧政を強いて贅沢してるとは間違っても見えない。
既に到着していたブラドさんに動き有り、スマホを取り出し何かを話してる。
『お待たせ、楠花子の死亡診断書を欲しいって』
「あぁ、死んじゃったのね」
『ほら、画像くれた、刺激的』
「おぉ、撃たれた時のか。後でくれ」
『良いよ、それと遺品の回収も。今、ジェット機で回収班が向かってるって』
「公式用の動きなのね」
『だね、これで完全に悪者になるからね、あの国が』
「あー、魔王候補らしいムーブだわ」
『ね、楽しいね』
「いやぁ?」
皆がお別れを言う理由が分かった気がした。
この動きを予測してたなら、もう会えないと思っても不思議では無いが。
問題は泣けるかで。
泣けないのが問題で。
ヴラドさんに付いて周り、本来の執務室らしき場所に到着。
お手紙をスラスラと書き、蝋印で封をした。
なんと古典的。
『はい、渡して来て』
「誰に、どの格好で」
『君の知り合いの竜人で大丈夫、シオンの方だっけ。着替える?』
「着替えます」
服を脱ぎ鈴藤に変身し、お着替え、この着替えが面倒になって来た。
もうこのままで良いんじゃ無かろうか。
『じゃ、コッチで宜しく』
裏庭らしき場所に案内され、先ずは手紙を折り、伝言を吹き込む。
空間を開き、飛ばす。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
盾で勢いを付け上空に上がると、もふもふも付いて来た。
そのまま跳躍を続け、竜人ディーマ君の元へと向う。
『シオンさん、聞きましたよご同僚の事。大変でしたね』
「あぁ、おう、ニュースに?」
『ええ、合同演習で敗けた腹いせに狙撃、重症と』
「あぁ、コレは死んじゃいそうですな」
『ですよね、ルーマニアが保護してるそうですが、容態が悪いそうで』
「そのルーマニアからお手紙です」
『え、あ、確かに。拝見させて頂きます』
覗き込むワケにも行かず、心配。
緊張する、なんて書いてあるのか。
「中身知らんのですが」
『あぁ、国交再開の打診です。どうしてこの手紙を?』
「色々有って、渡されました」
『では、ご同僚の方は』
「残念ですが」
『そうでしたか、お悔やみを』
「どうも。それとか色々有って、開国に向けてノウハウが知りたいそうです」
『そうでしたか、今回の事は巻き添えとは言え外交問題も出ますしね。分かりました、移動のお手伝いをして頂いても?』
「勿論」
フィンランド近くの首都へ空間を開き、省庁近くの料理屋で待つ。
どうしようか、言い出すタイミングが分からん。
《問題無いのでは》
「良心の呵責よ、もふもふ」
もうすっかり首元のシャツから顔を出すのが定番になっているが、ベスクちゃん。
良いのか君はそれで。
《ある意味不法入国ですから、堂々と出られませんので》
「もふもふで気持ち良いんだが、まぁ、良いなら良いが」
ビーフストロガノフを始め、ボルシチやなんやかんやと食べ進める。
にしても行き先が首都で助かった、他なら飯屋空いて無さそうだもの。
今は10時ちょっと過ぎだし。
つか、日本時間で15時位に起きたのか。
やべぇな腹時計、それと、どんだけ眠ってたんだ。
キセリと言うデザートで〆た所で、ディーマ君が帰って来た。
『日本の、ご遺体回収用のジェト機に乗せて頂ける事になりました』
「ほう、君が乗るの?」
『はい、首都ブカレストまで』
暫くしたら空港に到着するそうなので、街をぶらぶら。
ライスクリスプ入りのダークチョコチップ、紅茶、松ぼっくりのジャム。
不思議なお菓子のチュルチヘラ、パスチラ、季節外れのもふもふな帽子を買って、カフェで休憩。
コケモモジュース美味い。
「すいませんね、また買い物に付き合って貰って」
『いえいえ、国が潤いますし、有り難い事ですから。そうだ、アイスどうでした?』
「美味いっすな、なんであんな滑らかなんでしょ、甘さも良い感じだし」
『夏も冬も食べますから、甘過ぎるとベタベタしてしまうので』
「あー、冬もって」
『食べちゃうんですよねぇ、あ、連絡が来たみたいです』
「お、送りますよ」
空港へと送り、遠くから乗り込むのを見守る。
中に居るのは誰かしら。
既に補給が済んでいるのか、ディーマ君を乗せ早々に離陸した。
空港から離れ、お城の裏庭へと戻る。
『ありがとうね、順調順調』
《それで、心は決まりましたか》
「いや、買い物が楽しくて忘れてたわ。はい、お土産」
『有り難う、紅茶好きなんだ、それとコレも貰うね』
チュルチヘラなるお菓子を手に取り、薄くスライスし始めた。
ベスクちゃんがお湯を沸かし、暫し待つ。
どうしようね、巻き込みたくは無いが。
《主、計測を》
「あぁ、はい」
計測は低値。
『大丈夫そう?』
「いや、ちょっとこのまま休憩します」
エリクサーをがぶ飲み。
もう溢れても良いや精神で飲むと、意外と溢れないモノで、勝手に手が止まった。
計測、中域。
服を脱ぎ変身、計測。
中域。
流石に花子で溢れるのは怖いが、まぁ、もう少し飲むか。
服を着替えエリクサー祭りを地味に開催。
ちびちび飲み、おトイレに行き用を済ませ、ソファーでお昼寝。
『“えっと、お亡くなりになったのでは?”』
「“あ、えっと”」
「ディーマさん、本名は桜木花子、もう1つは橘桜子、そしてかつては楠花子。そして鈴藤紫苑でも有ります」
「全部バラしちゃうのねワンコ」
「無防備に涎垂らして寝てるのが悪いんです」
「不機嫌だなぁ」
《お化粧室までご案内致しますよ》
用を済ませ、顔も歯も洗って部屋に戻る。
紅茶が淹れられ、先程のオヤツが出る。
『“で、まぁ、そう言う事なんで、宜しくお願いしますね”』
「“ディーマ君、分かる?”」
『“ギリギリですね、もう生のルーマニア語を何十年も聞いていないので”』
『“じゃあ、ロシア語で”“宜しくディーマ君”』
『はい。その、使節団等を遣わせますが』
『大事にしたく無いんだ、目を向けられるのが嫌だから』
『私には荷が重いんですが、あくまでも地方のいち公務員ですし』
『彼もだよ、何も知らないであの子の影にずっと入ってココまで連れて来たんだから。大丈夫、普通の事だけで良いから』
『普通と言いましても』
「ここの人と君の国の人間が番うと先祖返りが起き易くて、竜人が生まれ易いらしい」
『そうらしい、コッチもさっき聞いてね、国を閉じた理由』
『その、向こうでも似た話しは聞きましたが、本当なんですかね』
『だよねぇ、ウチの竜に会わせるよ。お願いハナ』
「ういー」
中庭に向かい横穴の近くに空間を開く。
そして竜の御前へ。
キリッとされると殺したくなるな。
『そう、ドラゴンスレイヤーの様な目で見ないで欲しいんだが、イレイア姫よ』
「ハナと呼べ」
『何か問題が?』
『生き違いが有ってね、今は腹の探り合い中なんだ。で、竜人が生まれ易くなるのは本当かって』
『本当だ。1000年程前に竜人はココと北に別れた、そして500年程経った頃、北の竜人がコチラに来た事が有ったんだが、まぁ、ココの者が手を出して腹に子供が出来た。何人産んでも竜人ばかり、不思議に思い、今度は向こうに人を向かわせたが、それも竜人ばかり。自然のバランスが崩れ、狙われる事を恐れ、ソチラには傍若無人なズメウが居ると流布させ、コチラは国を閉じた、その子孫でも有るのがワシ』
「何代目なの」
『コヤツの倍、35代目だな』
「そっちも50年単位なのね。向こうは魔獣化したのを食べたりしてるんだが」
『まぁ、似たモノだな、何人かで魔獣狩りをし、選挙の日に殺し合う。口減らしも兼ねている』
「それは同情する」
『身柱よりマシだろう、聞いたぞ、自由を奪われている立場だと、そして寿命もその半分だとか』
「それでも、殺し合いはしないもの」
『それでもだ、我々は初めから役割を認識し、精一杯生きる事を楽しめるが。そちらは、周りも辛かろう』
「ね」
『それで、我々は何を情報提供すれば』
『どう抑えてる?竜人の性欲』
『あぁ、それは、その』
「ワシ水場行くお」
『助かるよ』
かつてドリームランドで見た水槽を思い出し、ストレージから出させる。
アーニァの時と違って持って行かれる感覚は無かったが、念の為に計測。
中域。
「アーニァ、来れるだろうか」
結界もしっかり張られた場所なので、流石に無理らしい。
後で一時解除して貰おうか。
取り敢えずは迎えが来るまで、横穴から出て一服。
翻訳機が有るとは言え、井縫さん大丈夫かしら。
《暇そうですね》
「まぁ、泣けそうな話でもしてくれんかね」
《それは難しいですが、アナタに似た御伽話を1つ》
【イリアナ姫】
王子になった王女の話。
ある国の国王は男児がどうしても欲しかったが、女王は女児ばかりを産んだ。
そして最後の子も女の子、怒りに身を任せ子供を殺されては困ると女王は末娘を男の子として育てた。
そんな中でも末娘は健やかに育ち、帝国の王女イリアナと婚約するまでに至った。
そしてイリアナが気に入った様子を見て、帝王は試練を受けさせる事にした。
銅の橋3つを渡り、宮廷に来る様にと。
そこには皇帝がオオカミに変身し、唸り声を上げ道を塞いでいました。
それでも王子はそのオオカミ以上に大きな声で吠え撃退します。
そして次にはライオンを退け、次には12の頭を持つ竜を打ち負かしました。
そしてなんとか宮殿に辿り着いたのですが、今度は王女が巨人に拐われたと教えられましたが。
その巨人を打ち負かし、王女を連れて帰りました。
今度は優秀な牝馬が逃げたと野山へ放り出されますが、馬を連れ戻し帰って来ました。
そして今度は王女が、山の上の小さな教会に有る聖水を強請りました。
四六時中修道女に守られている中を掻い潜り、何とか聖水を盗み出します。
ですが、盗まれた事を知った修道女は、盗人が男なら女に、女なら男になる祈りを捧げました。
そして王女は王子となり、結婚し幸せに暮らしました。
「なんか、普通に良い話しだった」
《気に入って頂けましたか》
「気に入りました」
《それは良かった》
『お待たせしました』
「あいよ」
竜の元へ戻り、結界の一時解除をお願いする。
そうして暫くすると、アーニァがやって来た。
来てしまった。
《このガラスに入る?》
「うん、竜を見せてあげる」
《わぁ、やったぁ》
水槽に水ごとアーニァを移動させ、竜の尻尾で運び入れて貰い、人払いもして貰う。
口の中に入るか聞いたが、そう言う事では無いらしい。
「お話しが有るんだアーニァ、もう知ってるかもだけど、ワシは他の世界に帰っちゃうんだ」
《ココはイヤ?》
「イヤじゃ無いよ、大事な用事が有るんだ」
《凄く?》
「凄く。だから、ごめんね、人間の体を助けられなくて、このままで、不便にしたかも知れない、チャンイーも、サンニァーも」
《皆気に入ってるのに、どうして泣きそうなの?》
「元通りじゃ無いから、申し訳無いなのよ」
《元通りだけが良い事じゃ無いって、ミーミルが言ってたのよ?変わるのは良い事の方が多いって、アーニァも、チャンイーもサンニァーも良い事だって思ってる、だから謝らないで?この鱗も貝も嬉しいのよ?》
「それでも、ごめんね」
《良い子良い子、誰に怒られた?アーニァが変わりに怒られよか?》
「誰も怒ってくれない」
《怒られたい?》
「違うんだけど、良く分かんない」
《分かるー、アーニァも良く分からない事がいっぱいなのよね、あ、ミーミルに聞く?サンニァーならきっとこの前の貝で大丈夫よ?》
「もうちょっと、自分で考えてみるよ」
《ハナは偉いねぇ、アーニァは直ぐ聞くから良く怒られるのよね》
「ルールを決めて貰ったら良いよ、何時間、何日考えてもダメなら教えるとか、ヒントは誰から貰えるとか」
《そうするぅ、ありがとうね》
「うん、じゃあ気を付けて帰るんだよ」
《うん》
再び竜が尻尾で水槽を運んだ。
コレでダメなら、もう。
『対価は受け取った。そして完全に見誤っていた事を謝罪する、すまなかった。そして人間への偏見が有った事も謝罪する』
「偏見は良い、国民を守る為には必要悪だと思う。人間は低きに流れるモノだって聞いた」
『人は生まれながらの悪であり、成長によって正しい生き方を学ぶとも』
「そっちの方がしっくり来るんだわな、性善説じゃ成り立たない事有るじゃない」
『全くだ、理想と現実は遠く果てない』
「全くですな」
「話を戻すか。竜で空を、宇宙へ行きたいんだったな』
「それでデッカイ穴を空ける、全体の循環の為に。宇宙では何かしらの加護が無いと、地球の膜に届かないで死ぬ」
『ワシの子孫で良いか』
「おう」
『なら少し腹の中に居てくれ、その願いを叶える為の手段なんだが』
「溶けちゃうのは勘弁」
『それは大丈夫だ、胃袋とは違う場所に収まって貰う。ただ、これ以上詳しくは聞かないで欲しい』
「むり、何か困ってるなら言えよ」
『お前に危険が及ぶ事は無い』
「なんか、嘘を言ってくれ」
『肉は嫌いだ』
「おっけー、呑まれましょう」
『ちょっと待って、コッチの準備が先ね』
ブラドさんが慌てて来た。
井縫さんに楠の携帯や身分証等を渡し、血塗れになった衣類も渡す。
普通の無地のTシャツ、買っといて良かった。
そして遺髪として長い白髪を一束、ソラちゃんに切って貰い、井縫さんに手渡された。
「後は?」
「いえ、これで大丈夫です」
「そっか、帰りは?」
「ジェット機で帰ります、公用なので」
「おう、じゃ」
「また」
横穴から空港まで見送り、城へと戻った。
そして全ての装備を外し、竜に呑み込まれる。