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6月20日(土)

 二日酔いも無くお目覚め、時間は9時前とちょっと遅め。

 計測は中域。

 喉カラカラ。


 多分、閾値を超えない限りはアルコールを分解しなさそう。

 今回は毒や薬物で閾値を超えたから、一気に回復して酔いが覚めた可能性が有るが。


 その閾値は、自覚と言うか自認、自分の何処かに有るラインが関係してる感じか、ソラちゃんのお陰か、偶々か。


 ただ先ずは、そう空腹感も無いのでエリクサーだけで済ます。


「おはようございます」

「おは」


 今日は晶君と共に教団に様子見に行ってはどうかと、井縫さんから提案がなされた。

 特に反対する理由も無いので、おニューの服で先ずは晶君の部屋へ、そこから教団のおトイレへ。


 マジでトイレの花子さんだわな。


《おはようございます!新しいお洋服、素敵ですね》

「おはようございます、どうも。体調はどうですか」


《もう食べづわりが大変で、でも今は良い季節なので助かってます。それと沙保里の事、有り難う御座いました、生かして頂けるなんて》

「あら、知っちゃったのね」


《あの人の良い所なんです、隠し事が下手なんですよ》

「にしても、伝える側のミスですね、改善させます」


《良いんです本当、ちゃんと全部知りたいんです。私は知るべき立場ですし、知らない方が、後で知る方がストレスになりますので》

「難儀な性格をしてらっしゃるが、それでも、母体を大事にして下さい」


《はい》

「まぁ、周りが静かにしてくれるのが1番なんですがね」


《はい。あの、お休みはちゃんとされてますか?神様でも休息は必要かと》

「他の神様が、どう過ごしてるのか聞いて回ってみますかね」


《もし私達にも言える事が有りましたら、教えて下さいませんか?》

「そこも聞いてみます。では、ご自愛下さいまし、御母堂さま」


《はい、精一杯養生させて頂きます》


 お次はお子の父親へ。

 説教しようと思ったが、晶君が優しく伝える本等を教授したので言う事が無くなった。


 一通り内部を周るが、平和そのもの。


 そして特にする事も無くなったので、浮島へ。




 そのままタマノオヤさんへ会いに行く。


《休息ですか》

「気持ちの切り替えや、楽しみ。趣味や好きな事です」


《酒宴ですかね、花見、月見、人見。お礼参りなんかはもう嬉しくって、それだけでもう、お酒がいくらでも飲めますよ》

「崇高過ぎて真似出来無い」


《幸せそうな人を見るのは楽しく無いですか?》

「好きですけど、混ざりたくない。混ざってもその場は良いんですが、自分に焦点を戻した瞬間に落差で失神しそうになるので、程々が良い」


《では、綺麗なモノは?》

「好きです、見るのが」


《じゃあ、どんな石が好きなのかな》


 先ずは青系、そして見る角度で輝きや色が変わるのが好きだと伝えると。

 地面から次々と地面から拾い上げ、手渡してくる。


 青色のウォーターオパール。

 透明で青や緑の遊色がオーロラの様に揺らめく、楕円の掌サイズの粒、売ったら都心に何棟のビルが買えるのか。


 恐ろしい。


「動かすのすら恐ろしいサイズ」

《大丈夫だよ、意外と丈夫だから》


 白いハンカチの上で眺めたり、黒い手袋の中で動かして眺めたり。


 この、掴み所の無い美しさが好き。


「語彙が無いのは勿論、表現し難い所が好き。言語で表し切れなくて、掴み所が無いのが良い」

《なら、温泉も好きだろうね、湯布院辺りの青い温泉》


「あ、調べたやつ」

《今の時期は緑に見えるかも知れないけれど。そうだ、浮島でなら青く見えるかも知れないね。スクナ彦や、どうだろうか》

『うん、やってみようか』


「何で大きいサイズでヌルっと出てくる?」

『僕も石を司れるから』


「あー、でも魔石は無理なのね」

『石を越えてるから。輝石とかは無理』

《ふふ、そこまでされたら私の出番が無くなってしまうからね》


『行こ』

「おう、ありがとうございました」

《君のだよ》


「は」


 大人スクナさんにガッチリ捕まれ、タマノオヤさんに逃げられた。




 そして浮島の温泉へ。


 温泉は好きは好きだけど、知らなかったな、青い温泉。

 向こうにも合ったんだろうか、こんなにも綺麗な温泉が。


「晶君は知ってた?」

『はい、湯布院の温泉は有名ですから。ですが、生で見るのは初めてです』


「よし、入ろう」


 下半身だけ水着を着て入浴へ。

 少しトロミが有ると言うか、ヌルみ、滑らかさが有る。


 ほぼ無臭、効能は美肌。


 今は特に必要無いんだが。

 肌心地は良い。


 ただ。

 コレは入ると言うか、眺めるモノだ。


 ブルーラグーンと少し違って透明度が有り、日が差すと湯船の底ではオレンジ色の遊色が揺らめく。

 雲で陰った場所は濃い青に、少し明るい部分は水色なのに、良く日の当たる場所や手元は乳白色。

 それも濁った乳白色では無く不思議な半透明さが有る、本当に液体のオパールに入っている感覚。


 入って眺めるより、立ってるのが1番綺麗に見える。


 延々と眺められる、深いとより綺麗なんだろうか。


『冷えますよ』

「コレ、見るモノだ。ブルーラグーンと違う、不思議」


『向こうはシリカ、コチラは少し違うメタケイ酸だそうです』

『ふふ、良く知ってるね』

「コッチが良いな、深いとどう見えるんだろ」


 スクナさんが白い大理石で丸く深い1人用の立ち湯を作ってくれた。


 大風呂が見える少し小高い場所、これなら鑑賞しながら入れるが。


 乳白色で青くて、コレも鑑賞していたい。


『あ、溢れそうだよこの子』

「あら、待ってて晶君、目を瞑って」

『はい』


 自身に溢れる感覚がさほど無いから、他人が溢れるかどうかが分からないんだろうか。

 どうしたら察知出来るかしら。


「どうしたら分かる?」

『耳鳴りみたいに張り詰めて、張り裂けそうな気配がするんだけど。経験が無いものね』


「無いねぇ、何も感じない」

『溢れさせようとしても?』


「あぁ、そう見たりした事が無いし、ソレは試したく無いなぁ」

『それだと難しいかも、それこそ自転車に乗る感覚だから』


「逆流なら有るんだけど」

『ソレとは違うからなぁ』


「コレみたいな警報器が有ればな、受信コッチで」

『良いかもね、金山彦の所に行ってみるのが良いかもだけど、でも、今日はお休みの日じゃ無いの?人間なんだからお休みしないと』


「何したら良い?スクナさんの休息とか楽しみって何?」

『人間とお喋り、酒宴』


「神様は酒宴好きよな」

『美味しいモノとか綺麗が好きなんだよ、皆』


「ソレはワシも好き。金山彦夫婦は甘いのだよね」

『それとお酒』




 次は金山彦夫婦。


 服は面倒なのでラウラのまま、浮島から和菓子屋近くの電柱へ。


 新作は水無月。

 京都の和菓子だそうで、三角形のういろうに小豆が乗ってる。

 イメージは氷室だそう。


 それと夏越。

 笹巻きの白胡麻くず餅、餡入り。

 睡蓮と名の付いた水まんじゅう、時計草のねりきり、濃い抹茶の水羊羹。


 商店街の方にも足を伸ばし、和菓子を買い漁る。


 そして金山彦夫婦の神社へ。


『いらっしゃい』

『おう、良いおべべに色男付きで逢引とは、やるなぁ』

「お世話になってる晶君です、どうか良しなに」

『お見知りおきを』


「新作はもう献上されてますか」

『あら、コレはまだね、頂くわ』

『何だ、用事か?』


「軽めの相談です、この警報器をと」

『あぁ、そう言うモノなのね、ソレ』

『機械が絡むか、ならイルマリネン神の方が良いだろう』


「あぁ、確かに」

『まぁまぁ、お茶を淹れますからゆっくりしましょう』

『だな、俺は酒が良い』


 焼酎がお好みらしいので、味が近い泡盛で我慢して頂く。


 泡盛で和菓子食べてる、傍から見たらリアル酔狂よね。

 自分も杏仁豆腐と日本酒を美味いと思うから、迂闊には揶揄(やゆ)れんが。


「焼酎って飲まんから、何処が良いのか」

『それこそ大分でしょうかね、鹿児島や。南の方かと』

『おう、そうそう九州だ』

『お魚も山も良いそうだから、いつか行ってみると良いわ』


 そう言われると行きたくなる。


 裏の池から浮島へ。


 一服しながら晶君の操作するタブレットを眺める、地鶏のタタキ、フグ。

 フグ腹いっぱいって、いくら掛かるんだろう。




 流石にコスパが悪いので、普通にコースが食べられるお店を予約。

 幸いにも夜には食べられるらしい、そして馬刺しのコースが食べれるお店も予約してくれた。


『お昼は何が良いですか?』

「この、牛まぶしと琉球丼を食べてみたいです」


『じゃあ、もう行った方が良いかと』


 先ずは牛まぶしのお店へ。


 お昼には早いが、開店時間ピッタリに入店。


 大皿に盛られた前菜を食べている間に、釜飯が運ばれて来た。


 蓋を開けずとも良い匂い、開ければツヤツヤに蒸されたお肉の登場。

 炊き込みご飯とも釜飯とも違う美味しさ、当然美味い。

 更に運ばれて来た付け合せと食べたり、お出汁と食べたり、出汁美味い。

 そして釜の半分を晶君が渡して来てくれた、食事量を合わせるにはコレ位でと。


 ですよね、普通はコレでお腹いっぱいで、次に琉球丼は食わんだろう。


 サラリと食べ終え、店を出ると平日なのに並んでいた。

 コレは晶君の采配に感謝。


 次は鯵の琉球丼のお店へ。

 青ネギが散らされた綺麗な丼、少し甘めのお醤油で美味い。


 最後はお出汁をとの事、コレも当然美味しい。

 ココも半分くれた。


 そして次はマグロの琉球丼屋へ、お持ち帰りが有ったので2つ購入。


 その次は白身魚の琉球丼が有名なお店へ。


 道の駅のお洒落な食堂、琉球丼の他にちゃんぽん、天ぷらうどん、血合い刺し、ブリのモツ煮を頂いた。

 晶君のカレーも半分頂いた。

 前はブリはそんな好きじゃ無かったけど、ココのだから美味いんかしら。


 お土産コーナーでイカしたTシャツと緋扇貝の冷凍を大量に購入、貝はアーニァ達と自分用。

 もう金銭感覚崩壊してるんじゃなかろうか、今日だけでいくら使ってんのよ。


「金銭感覚、狂って無いだろうか」

『華美な装飾品、無くても死なないモノを購入してるワケでは無いんですから、大丈夫ですよ』


「そう?」

『寧ろ、ご自分の為だけの購入品が少ない事の方が気になります』


「必要なモノは既に購入しとるもの」

『もっとご自分に時間もお金も掛けて良いのでは?』


「そう言われましても、そういうのは後に取っといてるんよ」

『それでも、今、出来る事は無いんですか?少しの贅沢でも良いんですよ?』


 そう言われましても、髪を切るのもソラちゃんで満足してるし。


 脱色も染髪も自分で出来るし、後は、爪磨き?

 コレも自分で出来るし。


「大概は店に行かんでも出来てしまう」

『爪はどうですか?』


「磨くだけなら道具持ってる」

『プロはプロ。仕上がりが違いますよ?』


「まぁ、はい」


 楠の名で予約したと月読さんからメールが入ったので、一旦晶君を部屋に送り届け、服を着替え歯磨きもし、ネイルサロンへと向かう。


 手足を投げ出し、好きな曲の中で暫く大人しくする。






 目を覚ますと、ピカピカの手足の爪とご対面。

 甘皮処理も形も、流石プロの仕上がり。


 現金でお支払い、安いけどもだ、もう自分の中では経費扱いにしとこう。


 お店を出ると、フルスマイルの井縫さんと晶君が。

 何で。


「天之伊さんがお呼びだそうです」

「あぁ、近いものね」


 パンキッシュな服装で、クローズと書かれた高級店へと入る。

 外からでもモガ達が溢れお針子をしているのは見えていたが、中はまた圧巻。

 またしても時代錯誤感がハンパない。


《あら、何で作った服を着てくれて無いのかしら》

《でも良いじゃない、カッコイイのも可愛いわ》

《その服、少し刺繍してあげる》


「昼までは着てたんだよ、マジで」

「どれを着てくれたんですか?」


 ラウラとして着ていた服を出すと、試着室を指されたので着替えて出る。


 また天之伊さんのスケッチが始まった。


「まだ作る気か」

「一般ラインのですからご心配無く」


「なら良いんだが」


 そしてまた窓辺に案内され、団扇を仕上げる。


 枝を縫い、幹を終え先生へと見せる。


 そうすると次は大柄の芍薬を渡された、夜用だそうだ。

 まさか、まだ課題が続いてるとは。


「ふぅ。あ、試着をお願いしようと思ってたんですよ。運び入れておきますんで、お願いしますね」


 もう完全に、仕上がってる様にしか見えない服を着ていく。

 確かに普通に販売されていてもおかしくないラインナップだが、可愛いからワシには着れない。


『嬉しく無さそうですね?』

「ワシには似合わん、行く宛も無い」

「今夜も、だそうですよ」


「そんなに悪人が蔓延ってるか」

「いや、早々無いんですが。今日は大丈夫かと」


「面倒、晶君、付き合ってくれんかね」

『すみません、明日は早朝から研究所なので』

「それと、1人で、との事です」


「ふぇいふぇい、がんばりますよ」

「にしても、本当に嬉しく無さそうですね」


「見る派、ドレスとか延々と眺めてられる」

「分かる、着たら見れないものね」


「そうそう、ネイルと指輪で充分」

「指輪苦手だから羨ましいなぁ、手の周りって何か邪魔だよね」


「分かるぅ、手首は無理、ムレちゃうし、ネイルも感覚麻痺する感じだし」

「それそれ、爪も磨くので手一杯なんだ」


「おー、手、綺麗よなぁ」

「そうかな、ゴツゴツしてるのに細くて、どっちつかずじゃ無い?」


「良いと思うけどな、つか、どっちのも作れる手って事では?」

「そうなる?」


「なるなる、男らし過ぎる手よりコッチが好きっての3分の1は居るハズ、残りは漢らしい感じで、もう半分は無関心」

「ふふ、3種類なんだね」


「想像だけどね、鎖骨フェチも寛骨フェチも居る」

「寛骨?腰骨?ココ?」


「そうそう、ソコ、男性のセクシーの半分はソコから出てる」

「あー、確かに」


 天之伊さんはそう言って、またスケッチに戻った。


 少し着替えを休憩し眺めていると、タイトで寛骨を主張させる服のデッサンを始めた。

 ワシに着せない事を祈る。


 気を取り直し、メンズ2人に視線を向ける。

 思いっきり仕事の打ち合わせしてるっぽい、巻き込んで本当に申し訳無い。


「ごめんね晶君、まだ巻き込んでるとは」

『いえ、コレは研究の方なのでご心配無く』

「スクナ彦様や医神からの助言をお伝えしてるだけですよ」


「良いのか、そんな事して」

「指針や方向性等で、実証実験は人間がする事ですから」

『具体的な指示は無いので、ご心配無く』


 中身は気になるが、日本語がかなり出来る女官も居るのだしココは控えておくとして。


 まだ半分は残っている服へと向かう。

 また着替えに戻り、少し直されてはまた着替える。


 それを繰り返し、一般ラインの試着を終え、休憩。


 オヤツは今日仕入れた和菓子。

 湯呑が足りないのでモガ達の休憩は交代交代、コレもまた時代錯誤で目がチカチカする感じだ。


「身に付けるより、見る派ですか」

「おう、向こうでそれ言ったら、遠慮や強がりと受け取られて非常に不快だったわ。外見を加味し過ぎだっつの、着たら真上からしか見れないでしょうが、観賞用の花は正面から眺めるもんでしょうに」


「まぁ、確かにそうですけど」

「子供の頃は、部屋にマネキン置いて好きな服を飾って眺めてたいと思ったもんよ。ドレスのカタログ切り抜いたり、綺麗な小物とかスクラップブックにしてたもの」


「アナログな、今なら良いアプリが有りますよ」

「ほう」


 お気に入りをタグ分けすると、それに関連したオススメの画像が次々に出てくる。

 なにコレ、神アプリやん。


《あら、目の色が変わって可愛い》

《ハマるとヤバいのよねぇ、ソレ》

《私もちょっと、リハビリに見てみようかしらね》


 ドレス、景色、アクセサリー、ルースの宝石。

 画像の掲載元にも飛べるし、画像保存しなくても良いし、実質スクラップブックより有能やんけ。


 料理にレシピも、ショートムービーで作り方も見れる。


 ただ、ご家庭にディルは無いだろうよ。

 いや、有るんか?


 ココのスーパーを思い出してみてもバジルは有ったが、ローズマリーの横に。

 有ったわ。

 ディル農家とかハンパないな。


「ちょっと良いですか、直したのを着てみて下さい」

「あいよー」


 素人、まして適当に着替えてただけの一般人には何処をどう直したか分からんのだが。

 服飾の先生と天之伊さんが頷くと、お直しされた服達の試着が始まった。


 そして靴と帽子も合わせ、そのまま写真撮影が始まった。


 井縫さんに撮られてるのが気に喰わんが、顔は見えないし、一般ラインの為だ、仕方無い。


 そうしてこの流れで、最後まで試着する事になった。




 夕飯間近、外はまだ明るい。

 夏が近い雰囲気。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様でした、もう脱いで良いか?」


「え、着心地悪いですか?」

「いや、お夕飯には最初の服で行こうかと」


「折角なんですし、そのままでお願いします」

「んー、じゃあ晶君、行こか」

『すみません、日頃が素食なもので辞退させて頂ければと。天之伊さんか、井縫さんと行かれてはどうでしょうか?』


「あ、ごめんね」

『冗談ですよ、あまり独占しては心配されてしまうので』


「あぁ、じゃあ天之伊さん行こうか、フグと馬刺しどっちが良い?」

「フグで、馬刺しは井縫さんにお譲りします」

「有り難う御座います」

『宜しくお願いしますね』


「えー、じゃあ馬刺しはワシ1人で食うわ」

「嫌ですか、俺とのデート」


「そう言う物言いが嫌だわ」

《ふふふ、傾きもしなさそう》

《あの子も難儀な子を好きになったものよね》

《歯応えの有る錆びた天秤ちゃん》


「ひでぇ言い種」

《ふふ、錆びを落として》

《油を差して》

《少し螺子を緩めないと》


《大事な事にまで気付け無くなってしまうわよ》

「女媧さん、馬刺し行きましょうよ」


《お生憎、馬に蹴られる趣味は無いの。それに今日はもう先約が有るものね、皆》


 ホテルのビュッフェに皆で向かい、そのままホテルに泊まるんだそう。

 良くお金有るな。


 女官や女媧を見送り、店に戻りフグのお店へ天之伊さんとお食事へ。


 フグの煮こごり、皮焼きとシュウマイの前菜から始まり。

 お刺身、お寿司、白子焼き、唐揚げ。


 少し厚い身をしゃぶしゃぶし、ぶつ切りを頬張り、お雑炊へ。


 甘味は抹茶のくず餅、美味しゅう御座いました。




 次は晶君に変身した井縫さんと共に、馬刺しのお店へ。

 気にしてるのか作戦なのか。


 タタキから始まり、盛り合わせへ。

 お酒に焼酎も飲んでみたが、紫蘇の焼酎位しか飲めんかった。


 ステーキとハンバーグを赤ワインで楽しみ、ユッケを合間に桜鍋へ。

 〆はうどん、結構お腹が膨れてきた。


 甘味はさくらんぼのシャーベット、小洒落とる。


 お店でもお酒を販売してるとの事なので、何本か購入し浮島へ。


 一服。


 力を入れないとお腹ポンポコリン。


「休みになりましたか」

「いやぁ、全時間帯は難しいなぁ」


「ですよね、じゃあ就業時間として報告しときますね。半分だけ」

「良いんかね」


「半分の申告ですら少ないですけどね」

「だらけると尋常じゃ無いからなぁ、このアプリ眺めて1日が終わる自信が有る」


「じゃあ、明日こそはちゃんと休んで下さいよ。ちゃんと休めるまで就業時間半分に申告しますから」

「良いんだか悪いんだか」


「上の査定へ響きます、俺にも。監督不行き届きで」

「えー、じゃあマジでだらけるからな?」


「是非。じゃあ、行きましょうか」

「待ってくれ、お腹ポンポコリンだからもう少し待って」


「そこは恥じらうんですね、上裸で男と入浴するのに」

「下履いただけマシやろ、褒めろや」


《くふふ、本当にそうなってしまえば良いのにのぅ》

『じゃの、見ものじゃな』

《そう誂うと標的がコチラに向くぞ、知恵の樹達よ》


「そうなるって、半陰陽?」

『まぁ、そうじゃな』

《くふふふ、どうじゃ、どうなると思う》


「教えて無かったら、ベッドイン直後に逃げ出される?」

《今のお主にとって、便利とは思わんか?》


「確かに。せいちゃんからの好意からも逸れそうだしな、良いかも知れん」

《それは意図しとらんのじゃが》


「え、違うの?意味無い?」

《意味が無いと言うかじゃな》

『それすら乗り越えられたら、受け入れてしまうじゃろ?』


「まぁ、はい」

《壁がデカ過ぎるんじゃぁ》

『貞操的には、もう少し低いハードルを複数用意して欲しいんじゃが』


「んー、井縫さんのハードルは?」

「えーっとですね」

《なんつー攻撃をしおる》


「あ、ごめん、ヤリチン誇って無いもんね井縫さん」

「抉りますね」


「いや、良くこなせたなと。出来たらコツが知りたいんだが」

《塩と辛子まで捩じ込みおったわ》

《無垢とは残酷なモノだ》


「すまん、だが真面目にだ。向こうでそうせにゃならんかも知れんのだし」


「体の感覚にだけ集中して、匂いと音から意識を遠ざけて、流れに任せる感じです」

「初めてでもか?」


「マジですか」

「頼む、大國さんには今度聞くし。サンプル欲しいんだ、初手で溺れるのも失敗もしたく無い。命に直結するかも知れんし」


「年上でした。好き合ってると思って普通にしました。失敗が何を指すかは無視しますけど、成功はしたと思ってます。ただ、すぐにフラレましたし、引き摺る程好きでも無かったんだと自覚して、少し後悔はしました」


「たはー、初い、青春やん、オバちゃんキュンキュンするわぁ、たぁー、酒飲みたい」

《おぉ、可哀想に犬神の》

《あぁ、血の涙が流れているのが見えるぞ》

『耐えるんじゃ、きっと良き未来が待っておるぞ』

「はあ、そうですかね」


「いい男なんだから自信持ちなさいな、オバちゃんがもっと若くて可愛かったらベタ惚れよきっと」

「可愛く無いから興味無いんですか」


「錆びて汚ねぇ天秤より、綺麗な天秤に乗るべき逸材。2つの意味でな」

《うまい》

《不意に下品になりおってからに》

『溺れるのが心配じゃったら、我が加減して相手してやろうか?』

「え」


「マジか、ちょっと真剣に考える」

『因みに、コレが雄の我じゃ』


「どストライク、クリティカルヒット」

『流石にこう一緒に居るでな、好みは把握済じゃ。雌ならこう、どうじゃ?』


「土下座してお願いするレベルなんだが、加護から外れないだろうか」

『我の事が嫌いか?』


「いや、ヤれる程度には好きです」

「容易過ぎですよ」


「そう?絶対に傷付けないし、優しくしてくれるし、気配りも出来るし、可愛いわカッコイイわ。完璧じゃん?」

『ちょっともう今からヤらん?』

「部屋を用意させるんで待って貰って良いですかね」


『弘法は筆を選ばんと聞いたが?』

「それは道具、場所を選ぶと言う意味だそうです。それと筆を誤る、もワンセットで覚えて下さい、だからこそ鈴藤の思い出になるに場所は」

「ソコでエエぞ別に、他のは一時的に出禁にするし」


『明日、1日中空いとるんじゃろぅ?』

「ね、ヤりまくるか」

「ちょっと、まだ早く無いですか決断が」


「だって、初めてって大事だけど重要じゃ無さそうだし、別に良いかなって」

「俺のはその。他からのサンプルも抽出して、再検討をお願いします」

《まぁ、焦らんでも直ぐには死なんじゃろうし、心得だけでも先ず聞くべきじゃろ》

《だな、そうそう》


「えー、じゃあ聞いたらしよか」

『じゃの』

「もー」


「なんで止める?ヤリチンの分際で純潔派か?」

《これこれ、お口が強過ぎじゃぞ》


「召し上げの心配は無いんですか」

「無いが、心配すべきか。召し上げる気は無いでしょ?」

『うむ、無いが。一応コチラでも再検討しておくかの、楽しみに待っていておくれよ』


「おう、愛してる」

『我もじゃよ』

「あの、今夜の準備を宜しいでしょうか」


『ほれ、行ってまいれ』

「あいよー」


 携帯には前と違うホテルがメールで送られていた。

 だが同じく高級なホテル、もっと井縫さんから聞き出したかったんだが。




 そうか、他の人から聞き出せば。

 ワシなんかが聞き出せるか?こんな事。


 ベスクちゃん、手伝うか君の話を聞かせないと、血を撒き散らして影から引き摺り出すぞ。


【忘れてくれてるとばかり思ってたんですが】


 んなワケ有るか、で、どっち。


【対価は血液で】


 いつ、どこで。


【後でで良いですよ、お手伝いします】


 よし、交渉成立だな。


 かなり暗いバーラウンジに入り、先ずは自分の好き嫌いを伝え、お任せでと注文。


 人数はそこそこ、服の良さはピンきりでカジュアルもドレスも居る、隅の萎れた人間の癒やしにもなっているのが逆に良い、好感が持てる。

 そしてその萎れた人間へと話し掛ける。


 初めて来たのでこの店の事を教えて欲しいと伝えると、常連だそうで嬉しそうに教えてくれた。

 数日に1回、仕事の帰りに飲みに来るんだそう。


 ドレスコードも特に無し、汚く無いならTシャツでもサンダルでも大丈夫だそう。


 そして自分も偶に良い服を着て来て、声を掛けたり掛けられたりして楽しんでいると。

 この萎れた服の時との落差を楽しんでるんだと、中々良い性格してる。

 なら声を掛けたら不味かったかと聞くと、どの格好でも独りで飲みたい時はちゃんと断るから大丈夫だと。


 確かに気張った格好の女性も、かなりラフな人も居る。

 高度な女装の方も、男装も。


 そしてどちらなのかと聞かれたので聞き返す、どっちに見えるかと。


『じっくり見ても?』

「どうぞどうぞ」


 立ち上がり、踊る様に手を取られ1回転させられた。


『女の子か半陰陽かな、スリムだから直に気付けなくてごめんね』

「いえいえ、お気遣い無く。この胸をとっても気に入ってるので。半陰陽の子は良く見かけますか?」


『良く見ると言ってもココ位だね、先日もどちらか分からない美人さんが来たそうだよ』

「背の高くて黒髪ロン毛、綺麗な二重で唇が薄いとか」


『なんだ、お知り合いだったか』

「多分、別人ならココ来れないなぁ、気が引ける」


『小さきものもまた良し、巨女好きも蕾に見える花もココでは対等だから、大丈夫。オジさんの相手なんかしてないで、もっと華やかに楽しみなさいな』

「いやぁ、オジさん落ち着くんだもの、離れがたし」


『なら僕が帰る迄なら巣になるから、色々と飛んで見て回ると良い。そうだな、先ずはカウンターで待っててみると良いよ』

「了解です」


 空けたショートグラスを片手にカウンターへ行き、そのまま座る。


 暫くすると、優しい女性が話し掛けて来てくれた。


《窓辺のおじ様のご機嫌はどうだった?》

「宜しい方かと。優しい方ですよね」


《あら、疲れてると常連でも追い返されちゃうのよ、良かったわね、楽しんで》

「はい、どうも」


 バーテンダー曰く、今のが今日の女王様。


 古株の常連さんだそう、そして窓辺のオジさんは最古参の常連さん。

 どちらも40代だと思っていたが、もう少し行ってるらしく、若者のエキスで若返ってるのかと聞いたら、割りかしそうかも知れませんと真顔で冗談を言われた。


 冗談か本当に、ベスクちゃんの同族では。


【無いですね、人間の匂いですよ】


 凄い人間も居るもんだ。


 そうこうしていると、今度は優しい男性が声を掛けてくれた。


 名前は須藤晶、元はお医者さんで、今は研究職に付いてるそう。


『お名前を聞いても?』

「橘桜子です」


『素敵なお名前ですね、お洋服も素敵ですよ』

「ね、何してんのよ晶君」


『ふふ、呼び水と緊張を解すのに、と呼ばれたんですが、不要でしたね』

「窓辺のオジちゃまが、巣になるから楽しみなさいって言ってくれたんよ」


『随分と年上の方がお好みで』

「下はもう候補だけなら居りますんでね。同年代が無理なのよ、話しを合わせられないから」


『確かに、音楽も何も殆どご存知無いでしょうしね』

「なら下か上から教えて貰う方が良い、同い年に教えて貰うのは何か、マウント感が合って嫌」


『嫌な目に?』

「いや、後から思い返してマウント取られてたんだってビックリした事が合って、それ以来苦手、同性も異性も。大昔の事だが、何かね」


『再度、アレに怒っておきましょうか?』

「アレは大丈夫、寧ろ普通にココに居て欲しい位だわ」


『本当にお許しになったんですね』

「そらね、男気と勇気を見せて貰ったし。あの子のお世話もしてくれてる、良い子だと思う」


『良かった。それで、ものは相談なのですが当て馬になって頂けますか?』

「喜んで、何をしたら良い?」


『そうですね、少し不機嫌にテラスへ出て頂きたいんです。グラスを持って』

「おっけー」


 グラスを手に取り、足早にテラスへ向かう。


【そこは喜んで受ける事なんでしょうか】


 なんで。


【お互いの当て馬、試金石になってるんですよ】


 どうして言い切れる。


【もうそろそろアナタに声が掛かるからです】


 煙を吐き出しグラスを空けると、バーテンダーが新しいグラスを持って来てくれた。

 それをくれたのは、少し後方に居た綺麗な顔の男装した人。


『何か嫌な事を言われました?』

「大丈夫ですよ、若いと心配されたので、一服したかっただけですし」


『心配になるのも分かります、お肌が綺麗ですもん』

「有り難う御座います、皆さん優しいですね。ココはイタリアかな」


『そんな優しくないですよ、私は興味本位半分だし』

「男では無いですよ、ほら、喉」


『にしても、随分スリム』

「この胸を気に入ってるんですがね、やっぱ気になりますか」


『中にも服にも、オートクチュール?触っても?』

「手作りでは有ります、どうぞ、意外と柔らかいんですよ」


『本当だ。でも迂闊にこんな体を触らせたら、勘違いする人が沢山集まっちゃうよ』

「失礼かも知れませんが、アナタの中身は女性だと思ってるんで、普通の男には触らせませんよ」


『どっちもいけるとしても?』

「はい、楽しみ方は違うでしょうから距離も違う」


『それだと女装はどうなるの?お兄さん心配なんだけど』

「性対象が男なら触らせちゃう」


『どっちもだと?』

「自分に興味が無さそうなら、触らせる」


『はぁ、触らせてから興味が出たらどうするの』

「素顔を晒す。この下には、見た者を失神させる程の醜さが」


『見たいな』

「一見さんお断りどす」


『じゃあ、また会える様に連絡先の交換しようか』

「一体、何に興味が」


『服と、その中身』

「あらエッチ」


『その格好の君が言うかな』

「ですよねぇ、はい、どうぞ」


『桜子ちゃんか、名前まで可愛いね』

「だけですよ、確実に期待を下回るんで覚悟しといて下さい」


『それは何回目の時?』

「3回目かと」


『分かった、じゃあまたね』


 猫山さんかと思ったが、普通の人っぽかった。


 でも、猫山さんの線は捨てて無い。




 また火を付け、煙を吐き出していると次の方がやって来た。


 何だろうか、同種と思われたんかしら。


《あの、少しご一緒しても》

「あぁ、煙いでしょうからコッチにどうぞ」


《どうも。あ、飲み物勝手に頼んじゃったんですけど、無理に飲まないでも大丈夫ですからね》

「有り難う御座います。何に興味を引かれました?」


《どちらの何者なのかと、お洋服が素敵で。正直私も欲しいなと》

「知り合いの知り合いのです、そのウチ普通に販売するかと」


《そうなんですね、でも、値段って》

「あー、聞いてねぇや、待っててね、聞いてみる」


【はいはい天之伊です、もう破きました?】

「破いて無い、この服欲しいけど値段が気になるって」


【あー、今その服で3万位かと。今日のラインはその半分ですかね】

「安くない?」


【量産ラインでの価格ですから、オートクチュール価格も教えますか?】

「それは聞かないでも良いかな?」


【良いですよ。あ、もし本気ならお店を教えちゃって大丈夫ですよ、サイトから予約受け付け開始しましたんで】

「マジか、言っときます」


 値段と店名を伝えると、秒でスマホで調べ予約を始めた。

 マジで服に惹かれたか。


《あ、すみません、胸が無くても女性らしく着られる服って、少なくて》

「あー、ね、余っちゃって不格好になったりするしね」


《そうなんです、タイトだと股間が目立っちゃうし。あの、全部手術済なんですか?》

「戸籍上女やで」


《あ、ごめんなさい、すみませ》

「ええよ別に、この胸を気に入っとるし」


《それでココのモデルさんしてるんですね?》

「は」


《え、コレ違うんですか?》

「ひぇ、知らん、違うって事にして貰えませんかね」


《あ、え、はい、でも。デザイン提供のこの橘桜子って》

「ぐぇ、ちょっと上司に確認してくる」


《あ、はい》


「あのさぁ」

【無職が良かったかしら?】


「それは話し別やろ」

【だって、モデル用の服まで仕立ててたら、パクられて売り上げ下がっちゃうんですもん。それに、一般ラインって着用されてた方が売り上げ良いらしいのよ】


「だからって」

【ま、営業って名目が有った方が良いみたいだし、頑張ってね桜子ちゃん】


 それはそうだが。

 確かに、営業なら楽だけど。


《あの、大丈夫ですか?》

「すまん、サンプル用の写真だと勝手にコッチが勘違いしてたんだわ」


《お似合いですよ本当、マネキンだとイメージズレちゃうけど。あの、失礼かも知れませんが》

「この胸ね、何も気にして無いから良いのに、無乳って言ってもええよ」


《その、無乳のお陰で私達みたいなのが着たら、どんな風になるか想像できて。助かります、本当》

「嬉しいけど、もう一生顔出せねぇわ」


《口紅とか、お化粧しないんですか?》

「浮く?」


《いえ、ただ、折角く可愛い感じの唇なのに、勿体無いなって思いまして》

「流行とか分からんの、山奥で野猿みたいに過ごしてたから。何が良いと思う?」


《自分だったらなんですけど、縁をボカして真っ赤なのを塗りたいなって》

「それファンデーションからやん」


《基礎は知ってるんですね》

「面倒くさがり」


《勿体無い》

「顔面的にはそうでも無い」


《痣とか有る感じなんですか?良かったら良いファンデーション紹介しますよ?》

「優しいなおい、不細工が治る薬無い?」


《それがお化粧ですよ》

「落としたら魔法が解けちゃうじゃん」


《だから魔法なんですよ》

「天才か。時間有るならやってくれんかね。性対象どっち?」


《あの、私、対象が女性なんですけど》

「そらアカンな、自分で頑張るか」


《なら良い動画有りますよ》


 教えてくれたのは初心者用のパーツ毎のお化粧シリーズ、全部やる動画よりハードル低く感じるし。

 見てて楽しい、化け方がすぎょい。


「ありがとう。そういや連れとか居ないの?」

《待ち合わせる友達は居ますけど、難しいんですよね。誂われたくないから、出会い系すら手を出せないし》


「あー、かと言って後から暴露は違うしなぁ」

《それやって会社に言い触らされて、会社の人は良い人達で庇ってくれたんですけど。そのかわり、この格好で出会うべきだって言われちゃってて》


「善意の建前だけど、難しいなぁソレ」

《どうしたら出会えますかね?》


「なんだ、無乳は嫌か」

《違うんです、私じゃ物足りなくなると思うんで、無理かなって》


「なんで?」

《だって、綺麗な方やイケメンが周りにいっぱい居る環境ですよね?服飾関係って特に、だから無理かなって》


「ぱっと見では分からん程度には綺麗な方だと思うが」

《結構厚塗りしてるんですよ、脱毛してても生えてきちゃって》


「子供の事とか特に考えて無いなら」

《そこなんですよね、コレ辞める程には子供は欲しく無いけど、絶対に要らないってワケでも無くて。どっちつかずだから、居場所も少なくて》


「精子保存して、取らないでホルモンだけとかどうよ。精子も劣化するもんだし」

《やっぱそれですかね、戻したかったら戻せますし》


「ただ副作用がなぁ、後々で何か病気が出る可能性は否定出来んもの」

《良い面も有りますよ、ハゲ難い》


「あー、やっぱ気になっちゃうか」

《今は地毛なので、大事にしたいんですよね》


「カツラしんどいもんね。あ、美髪のお寺さん知ってる?」

《え?東京に有るんですか?》


 自分の行ったお寺さんも伝え、一緒にカウンターまで戻りお手洗いへと向かった。

 今なら分かる、トイレが左右に別れてる理由。


【結構な視線の数ですよ】


 好奇心旺盛ですな。


 トイレから戻り、カウンターで水を飲みながらカクテル待ちをしていると、窓辺のオジさんが帰り支度を始めていた。


 もうそんな時間か。


「オジさん、もう帰っちゃうん」

『君はもう大丈夫だろうに』


「最初は優しさと興味本位だけだろうし、本番はコレからやと思います」

『凄かったぞ、君が女子トイレに向かった時のココの気配。大丈夫、ただもし心配になったら上に行きなさい、会員のカードだ』


「いや、今度案内を」

『ん、どうしたのかな』


 なんで、せいちゃん来るかなぁ。

 しかも井縫さんと、最悪、帰るか。


「アレはマジで知り合いだ、知られたく無い」

『おやおや、じゃあ上の階にでも行くかい?上は制限有りで同行者も1名限りだよ』


「あーんお願いしますぅ」

『はいはい、じゃあお手をどうぞ』


「宜しくお願いします」




 コソコソと2人を避け、上の階の入口までオジさんに案内して貰った。


 そこは更に落ち着いた雰囲気、ソファー多めのゆったり空間。

 逃げ場には確かに最適なのかも。


『ちょっと知り合いが来ちゃったそうだから、緊急避難だ。宜しく頼むよ』

「1杯飲んだら出ますので、宜しくお願い致します」


 良い趣味なのか悪趣なのか。

 ココはVIPルームだった、大きいスクリーンに、下階の様子が首振りカメラによって映し出されていた。


 ただ、それには理由が有るのは分かった。

 芸能人やら偉い感じの別格さんが多数居る、つか女王コッチに移動してたのね。


《あら、嫌な思いでもしたの?》

「いや、嫌な顔に似たのが来たので」


《あらあら、そんな事は忘れて飲みましょう。そしてお洋服の事、聞かせて》

「はい喜んで」


 よし、営業や。

 つか何とか姉妹的なの居るし、凄いなココ。


《こういう場所は初めて?》

「勿論、色々とご教授願います」


《じゃあ交換こね、アナタが桜子ちゃん?》

「はい。お耳が早い」


《昨日からその服の型が目立ち始めたから気になって調べたのよ、美人さんは借り物だから何も知らないって言うし》

「でしょうね、本当に着せられただけでしょうから」


《アナタの為のデザインよね?》


「ちょっと頼んだら、こうなりました」

《あら、どんな伝手?》


「知り合いの知り合いに引き合わされて、あれよあれよと言う間に」

《良い縁を持ってるのねぇ、良いわぁ。欲しいわアナタ》


「所属が向いて無いので、コレが終わったらどっかフラフラする予定なんですわ」

《残念》


「ですな」

《それで、アナタはどっちなのかしら?》


「どう見えます?」

《女の子だけれど、そう、少し違う感じもするのよ。中性的じゃなくて、無性的。どうしてかしら?》


「無乳だからでは?」

《うふ、じゃあ今度は私が色々と教える番ね》


 最初は本当に下階からの避難場所として作られたバーラウンジだそう、良くない客から逃げるのに飲めなくなるのは良くないとの発想から、より良い逃げ場へと進化を遂げたと。


 バーテンダーがココへ誘導する事も有れば、オジさんや女王の様な人が一緒に上へと同行したり、時には電話を使って呼び出したりと。


 しつこい客に困る女性や、誂われた異性装の人間等、様々な人間の一時避難場所。

 そしてそこでより良く楽しんで貰う為に、良識有る会員だけが、常時入店出来るシステムで有ると。


 天之伊さんに良いんじゃ無いかしら。


「このデザイナーの、天之伊さんに会員証上げられませんかね」

《アナタじゃ無くて?》


「はい、ココなら楽しめる可能性を秘めてるかと」

《そう、じゃあ招待状でも送らせようかしらね。ココのオーナーにのみ、権限が有るの》


「へー」

《本当に興味無さそうね、ふふふ》


「もう遊び相手が決まりそうなんで、もうどうでも良くって」

《あら、フラレたらまた来てくれるのかしら》


「かも」

《掴み所の無い子ね、少し目を見せてくれないかしら》


「ちょっと準備おば」

《そうね、構造は下と同じよ、行ってらっしゃい》


 トイレに行き、口元を隠すベールも付ける。

 もう完全に顔が見えんなコレ。


 頭のベールを外し、目の色素を試しに抜いてみる、銀色。


 かっこいいなコレ。

 そのまま席に戻り、女王とご対面。


「どうでっしゃろ」

《どうしてそんなに欲が無いのかしら》


「ある程度、もう持ってますんで」

《それだけ?》


「家に帰ったら全部用意されてる予定」

《あらあら、良い家の子なのね。失礼したわ、アナタの名前じゃ何も出なくて警戒してしまったの》


「そのウチ、親族の舟渡櫂も出てきます、どうか良しなに」

《分かったわ、そうしましょう。さ、飲んで飲んで》


「おツマミ無いとそんな飲めない」

《ま、もう早く言って頂戴よ、全部載せお願い》


 再び頭のベールを付け、口元のベールを外し、美味しいおツマミと爆乳姉妹でシャンパンをグイグイ飲み干す。


 そうして次は一服させて貰う為にテラスへと出た。

 ココはココでも優しい世界、もうココだけイタリアの領地としたら良いのに。




『どうも、どうですかココは』

「良く聞かれるんですが、不満そうに見えますかね」


『見えてるのが口元だけですし。そこですら表情が消えてますから、そんなには楽しく無いのではと』

「めっちゃ見てるやん。銀座天之伊の服です、宜しくどうぞ」


『あぁ、服は別に良いんですよ本当』

「戸籍上は女」


『性別にもそこまで、どうして皆さん拘るんでしょうね』

「人間界に生きてたら、多少なりとも枠に嵌まるべきでは」


『そうですかね?』

「神様は好きにしたら良いと思いますよ、生きる流れが違うから」


『僕が誰だか分かちゃった?』

「その質問の時点でロキやん」


『イイね、ロキやん』

「愛称違う、訛り」


『気に入ったからそれでしか返事しない』

「マジでロキさんか……ロキやん」


『うん。でも本当に、なんで?』

「いや、だからさっきの質問よ、それまで何も気付かんかったわ。普通に女性の相手もしてたし、周りも普通だったし」


『意外と見てるよねぇ、お多福さんみたいにポヤポヤしてそうなのに』

「よう言われます、何してんすか」


『だって、会いに来てくれないんだもの』

「は」


『ずっとヘルと待ってたのに』

「それは、すんませんでした」


『何で、どうしてそこまでして不要な繋がりを作らないの?もう別れが嫌だから?』

「それはそう。それに、重ねたり、ガッカリしたりは失礼だろうし、しない自信も無い」


『でもなぁ、向こうのヘルの話しをヘルが聞きたがっててさぁ?』

「だけ?」


『俺も聞きたい、ロキの事』

「ウッカリ殺しちゃうかも」


『ならオーディンも宜しくね』

「分かった。それで、どうすれば良いですか」


『話しは通して有るから、来てくれると嬉しいな』

「幽体離脱的な?」


『ううん、実態を伴う移動だから。後は影の子がどうするかだけ、影響は無いと思うけど、招いた事が無いから分からないんだ』

「どうするよ」


《同行させて頂きます》

『わぁ、もふもふぅ』

「で、何処から」


『地下から』


 女王に別れを告げ、1人で部屋を出る。


 そうして1番左端に有る従業員用のエレベーターに乗り込み、ロキオーナーから手渡されたカードをエレベーター内部で機械に翳す。

 ボタン操作も無しに動き始めた。




 00と表示された階で扉が開いた。

 何て事は無い設備室に見えるのだが、執拗な迄に主張する案内板の矢印は奥へと続いている。


 それに従い進み、突き当りで再び機械へカードを翳す。


 部屋の中には既に移動していたロキと、真っ暗な穴1つ。


「こっわ」

『もふもふちゃんおいで、はい行くよ』


 完全な自由落下が15秒程続き、水へと着水。


 浮上後、橋の袂へと救助の体制で運ばれた。


《ドライ》

「ありがと」

『ねぇ、今の子見せて』


「後でな、ほれ、行くべ」

『えー、分かった、じゃ向こうで』


 黄金の橋、中央には普通の人間サイズのモズグズさんらしき女神。


「ロキとヘルに招かれた花子ですが」

《伺っております、どうぞ》


「お邪魔します」


 大人しくて上品な感じ。

 前のモズグズさんが下品とかじゃなくて、こう、上品。


《慣れてますね》

「おう、前はもっと誘拐スタイルだった」


《誘拐スタイル》


 橋の中央から進むと直ぐに、白い塀が見えた。

 何処までも続く白い塀、大理石の門はクソデカい、門番のワンワンはシュッとして足が早そう。

 ちょっとずつ違うのがオモロ。


 そして門前で待っていたロキに門を開けて貰い、中へと入る。




 向こう以上に広大で、複数の建物が連なっているが、空には月だけでなく星も輝いている。


 正面へとひたすら進み、玉座へと辿り着いた。


 白い大理石の玉座には、何重にも重ねられた黒いベールを被るヘル。

 王冠も真っ黒、かっこいいな。


《どうして、来てくれなかったの?》


 日本語。


「すみません、ガッカリしたり、重ねたりしたら失礼だと思いました。それを隠す自信も有りませんでした」

《私が嫌とかは》


「無い無い、証明にオーディンさんでも殺してきましょうか」

《え、お願い》

『コッチだよー』


 左側の1番奥、黒い大理石の寝台で手を合わせたまま眠り続けるオーディンさん。

 片目は落ち窪み、片足も無い。

 無数の傷と老いてはいるがガタイの良い体が、静かに横たわっている。


「歴戦の勇者感が凄いですな」

『ねー』


「トールさんは?止めてくれないんすか」

《だから敗けたのよ、横暴過ぎた、傍若無人が過ぎたのよ》

『一応、呼んでこさせようか?』


「お願いします、それまで2人の事を話しますね」

《お願い》

『やった』


 最初の出会いは浮島。

 フェロモンが溢れて暫くして、転生者には効かないとの事なので、オヤツを食べたりダラダラして過ごしてた時、侵入禁止の設定をして無かったのでスッと入って来てしまったのがロキ。


「あ、オヤツ食べます?和菓子とか」

《可愛い、頂戴》

『俺も』


 そこで一緒にオヤツを食べて、フェロモンのせいなのか楽しくなったロキは、従者の魔道具が壊れると予言して飛び去った。

 それからもちょくちょく、ちょっかいを出して来たり世話してくれたり、果ては誘拐紛いの方法でココへと抱えて連れ去ったり。


 米俵みたいに。


「こう」

《あぁ、目に浮かぶわ》

『待って、俺は生きてるの?』


「うん、演舞で終わったからフギンもムニンも、オーディンさんも隠居してはいるけど生きてるらしい。ぶっ殺そうか聞いたけど、ココに居る方が、ヘルさんが嫌がるだろうって」

《良いのよ別に、ヘルで》


「でも、今会ったばかりだし」

《何を童貞みたいな事を気にして、お願いよハナ》


「じゃあ、ヘルで」

《ふふ、それでそれで?》


 それで殺したり生き返らせたりする訓練をココでさせて貰った、痛覚遮断を願ったからか天使が来てしまい、元魔王を殺した。

 それを変わりにブチ切れてくれたのはヘル、自分の国で勝手すんなと殺してくれた。


「ビビったけど、嬉しかった」

『向こうのヘルちゃんもやるねぇ』

《当然よ、まして“元”魔王なんでしょう、そんなの許すワケ無いじゃない》


『大切な子?』

「血縁上は従兄弟になったから、遠い親戚かな」

《あら、良い人じゃ無いのね》


「居らんよ、何処にも」

『だからってドリアードは無いでしょう』

《え、何それダメよ、もっと大事にしないと》


「えー、紫苑の童貞捨てるつもりなだけなのに」

《あ、その紫苑にも会いたいのだけれど》


「待ってて、はい、目瞑って……ほい」

《ふふ、綺麗な体。うん、ダメ、大事にしないと》


「なんで」

《心は1つなのでしょう?本当は潔癖で高潔だって噂よ》


「噂は噂、減らんもん」

《減るわ、心が。操を守って死ぬのなら、いくらでも生き返らせて上げる、きっと向こうの私もそう言うハズ。だから、ね?》

『そうそう、で、続き続き』


「先ずは戻って良いかね」

《あ、ごめんなさい、つい倒錯的で眺めちゃってたわ》

『男で女性の下着ってエロいもんね』


「変態」

『えへっ』

《てへっ》


 花子に戻り、話を再開。

 それから今度はドリームランドに行く事に、そこで沢山探検して、装備が必要になる強敵が現れたので、ニブルヘイムで装備を整える事になった。


 ただ途中で魔剣に飲まれて、ココで従者の腕を切り落として、めっちゃ凹んだ。


『良く有る事だし、治したんでしょ?』

「まぁ、うん。ただ恐怖の目で見られたのがショックで、自業自得なんだけどね」

《従者なんでしょう?弱いのが悪いんじゃない》


「同じ事言ってた」

《ふふ、常識よ、常識》


 それからは装備を整えて強敵を倒して、ドリームランドも落ち着いたからヘルも呼んだ。

 王都の王女様として、途中で出会った悪人もあげた、拷問しても死なないから欲しいって。


『そっか、誰も居ないんだもんね』

「うん、とは言え長居させてくれたよ。ゲッシュも教えてくれたし、従者も元魔王もヘルに誓いを立てたんだ」

《あぁ、どうしよう、それはちょっと恥ずかしいわ》


『表舞台には立たないものね、良かったねヘル』

《止めてよもう、まだ子供扱いして》

「フェンリルとヨルムンガンドとも訓練したよ、遊んだり」


《へ、どの姿なのかしら》

『この言い方は、獣の方かな』

「へ、人型になれるの?」


『そりゃ俺の子だし』

《ただ、獣の方が可愛いのよねぇ》


『あ、トール、コッチコッチ』

「花子と申します」

『おう』

《ごめんなさいね、オジさん無口なの》


「前の世界でお世話になりました」

『そうか』

『えー、それも聞きたい』

《ね、お願い出来る?》


 フィンランドに投げ出されて暫くしてからの事、ロキの良い噂を聞かなかったので警戒しつつも会いに行ったら。

 上裸で薪割りしてた、真冬なのに。


《やだ、そこ一緒よ》

『だね、本当に不思議』

『汗をかくから仕方無い』


 すんなり受け入れて館へ招いてくれた、そして見抜かれる事を前提としてなのか、家族には力が無いから関わらないでくれと言われて。

 良い人、良い神様だと思って信頼する事にした。


『それで、向こうの俺の悪い噂って?』


 数千人を巻き込んでの自爆自殺未遂。

 ただ、後からだけど良い話も聞けた、妖精狩り狩り。


『妖精狩り狩り、か、ふふ』

『お、珍しい』

《何処へいっても優しさの偏りが凄いのね、ロキって》

「向こうのロキも子供を愛してたから、ヘルも誰も居ない世界が嫌だったのかなって」


『でもなぁ、トールは居たんでしょ?』

「トールには家族が居たから、遠慮したんじゃ無いかな」

《話さなかったの?》


「アヴァグドゥの深層に抑圧されてたみたいで、ほんの一瞬、少ししか話せなかった。でも、そのアヴァグドゥも、凄く家族を大事にするロキそっくりだったんだよ」

『ごめんね、向こうの俺が分らず屋の我儘で』

『すまんな、向こうの俺も、何をしてたんだか』


「その、アヴァグドゥのせいで気配を感じ取れなかったみたい。それと少し、迷いが有ったみたい」

『コッチのは無さそうなのになぁ』

『おう、躊躇わん』

《脳筋じゃ無さそうね》


「おう、演技も出来る。威圧感と殺気で死ぬかと思ったし、殴られもした」

《向こうの事でも謝って》

『すまない』

『それはそれで面白そうなのになぁ』


「ね、このロキ見たって、何であんなに死にたがってたのか不思議になるけど。やっぱり思い出しても、生きる道が無さそうに思えたんよね」

《ふふ、誰か愛してないと死んじゃうのよロキって、だから子沢山なのよねー》


「あぁ、ココもロキが産んだの?」

『何で知ってるの?書かれて無いハズなのに』


「それは女神に変身してなの?そのままの状態で?」

『女神になってが殆だ』

『なんで君が言うのよ』

《ふふ、トールが手伝ったりもしたんですって、うふふ》


「ご苦労様でした」

『全くだ、腰を擦らないと地震は起こるし火山が』

『仕方無いじゃん、痛いんだもの』


「きゃーこわい」

《ね、産んでない者には中々の恐怖よね。それに、嫌な事を思い出させてごめんなさい、殺した時の事、こんなのでも嫌よね》


「それが複雑で、後悔して無いのが怖いと言うか。つかトールさん、オーディンさん殺しても良いんですか」

『構わん』


「食い気味、そんなダメ神でしたか」

『女癖が、性癖が最悪だった』

《ココは人数も多いから安全の為に眠らせてるの、あ、周りの安全の為にね》

『神話のまんま、見境無い系なんだよねぇ』


「よっし、いっちょやってみます」

《頑張って》

『頼む』

『はぁ、魔剣楽しみ』


 ココで殺せれば真の神殺しの称号ゲットか。

 殺せなかったら(仮)神殺し位か。


 扱いは確実に変わるだろうが、必要な事を、人が嫌がる事でも、すべき事ならする。

 それが役目で役割。


 躊躇わん。


 脳天から魔剣を差し入れ、真上へと剣を引き上げる。


 体から剣が離れると同時に、傷口から灰となり霧散し始めたが。

 失敗かしら。


「失敗?」


『いや、成功だと思う』

《そうね、魂が完全に離れたわ》

「やっぱり身内だし悲しい?」


《違うの、半分冗談だったのに実現しちゃって、腰が抜けちゃった》

『俺も、長年の肩の荷が下りて、もう無理かも』

『それに、お前は世界で最も恐れられる人間となってしまったからだ』


《大丈夫よ、私は黙ってるし、ココから出ないもの》

『あ、生まれ変わったらバレるか、でも直ぐには無理じゃない?』

『それでもだ、死の概念は世界中に繋がっているんだろう。今頃は』


《あぁ、天使ね》

『それと、その周りの人間かぁ。どうする?暫くココに居る?』


《それか、我々の国へ来ますか?》

《あらイケメン、名乗ってくれるわね?》


《ベスク、ルーマニアの吸血鬼と呼ばれているモノです》

『もふもふになってよぉ、もふもふ』


《あ、はい》

『もふもふぅ』

《きゃわわ》

「もふもふぅって、行って良いの?」


《ココは常闇の死の世界、向うにも全てがハッキリ伝わりました》

《良かったわね、アナタの望む竜、居るのかしら》


《はい、ただいくつか条件が有ると》

《貞操はダメよ、総力上げて全力で叩き潰すわ》

『だね』


《それは望んでは居られないのですが》

《意地悪もダメ、悪意を向けた時点で敵と見做すわ。だって、私にはほぼ国境は無いもの、ね?ヨモっちゃん》

「へ、あ」


《一緒に暮らしてるの、ね?》


 ヘルに呼ばれて来た自分と同じ位の黒い物体が、ヘルと同じベールを被った物体が激しく頷く、ヨモっちゃんて。


「旧イザナミさん?」

『そうそう、今はヨモツオオカミさん。ヘルが土地を広げてたらウッカリ繋がっちゃって、で、今はココにね』

《だって、あんな所に居たら誰だって恨みがましくもなるわよねぇ?そうだ、まだお菓子有るかしら、ヨモっちゃんにも上げたいの》


「勿論、どうぞどうぞ。それと、勝手に生き返らせてごめんなさい」

《大丈夫って、それとコレとコレで悩んでるんですって、ふふ、両方貰えば良いのに》


「そうですよ、どうぞ。あ、皆さんももう1個ずつなら平等になるかと」

《じゃあコレ》

『俺はー』

『頂く』


《それで、どうしますか?》

《ねぇ、それって今決めないとダメなのかしら》

「威圧感スゲェな」

『ココでも何でも、誰より強いのはヘルだし』

『あぁ、間違い無い』


《ふふ、でももう、私より強いのはハナ、アナタよ》

「それ困るぅ、望んで無いぃ」

『そんなもんだよ、人も神もね』

『だな、寧ろ望まぬ役割でもこなすのが、英雄だ』


「それも望んで無いぃ」

《帰りたいのよね》

『あ、気にしてるのは、そっちの循環装置の事だね?』


「おう、帰り支度が始まったら夢遊病の様に行動しちゃうから、しっかり準備しときたい」

《ヨモっちゃん、良い案無い?》


 そしてヘルが聞き取った情報として、もう開花が始まった段階では手遅れでは有るが。

 ロキの様に女体化からの妊娠で、せいちゃんは残れるとの事。


「何故それが後世に残って無いのかしら」

《…ぁあー、他国からの文化の流入で男尊女卑から掻き消されたのと、異性装が分かれて、形だけ残ったみたいね》


「あぁ」

《アナタの計画に賛同するって、もし成功したら断ち切れるかも知れないから》


「じゃあ、せいちゃんが身柱になったら」

《継続する可能性が高いみたい、それこそどうするの?全て話さないと納得して貰えないんじゃ無いかしら》


「どうしよ、緊張してきた、ドキドキすんな」

『まさか、恋』

『無いだろ、緊張が強い様だ』

《あ、もう遅い時間よね?ごめんなさい夜遅くに》


『あ、そうだね、じゃあ橋の袂で』

「あぁ、うん。あ、ありがとうございました、嫌じゃ無かったらコレ」

《可愛い飾り。そう、簪って言うのね》


「金山彦夫婦が、女性に渡せって」

《あら良いじゃない、好きでしょう椿、ふふ、ほら、手を出して》


「どうぞ」

《ありがとうって、じゃあね色男さん達》


「お邪魔しました」

《失礼します》


 帰りの橋を通る時、花子です、で通れてしまった。

 姿かたちより、魂の問題なのだろうか。


『んー、向こうで着替えちゃうか』

「そこまで送らんでも」


『もう天使の敵なんだから、ホテルからも出ちゃダメね』

「は」


『大丈夫、喫煙出来る部屋に案内するから。じゃ、行くよ』


 有無を言わさず梟と共に川の水へ連れ込まれると、濁流に飲まれた後、落下とは逆に強烈なGが掛かり、穴の縁へと投げ出された。


 そしてロキをクッションにしてしまった。

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