6月15日(月)
《おはよう》
「おはようございます」
女媧さんに起こされ、花子のままに蘭ちゃんと共に門を出た。
そうして車に乗り、何処へ行くんだ?
《ふふ、日本へ行くのよ》
「もう?」
《善は急げ》
眠気のままに納得し、日本のチャーター機へ乗り込む。
そこで審査を受け、飛び立つ感覚の後に眠った。
『あの、もう直ぐ着きますけど』
「あぁ、うん」
飛行機の中で軽い審査を受け、また車に乗り込む。
警視庁にでも行くのかと思ったが、この前の中華料理屋に着いた。
《じゃ、ごはんにしましょうか》
時間を確認すると11時過ぎ。
お腹が空いて無いかもと思ったが、温かいお茶を飲むと勘違いだと分かった。
杜仲茶で完全に胃が目覚めた頃、食事が運ばれて来た。
干し海老と椎茸と貝柱のお粥、添え物はピータン、アヒルの卵の塩漬け、紅茶とお醤油の煮卵。
デザートは黒糖と蜂蜜とクルミの蒸しケーキ。
昨日の中医学的食事だった、ぽかぽか、やっと目が覚めた気もする。
「御馳走様でした、それで今日は?」
《この子の準備》
「マジで良いの?」
『はい、沢山人を見て来いと。食堂でも、皆さんに言って頂いたので、そうしようと思います』
食事を早めに切り上げ、花子として葵ちゃんに会うのが嫌なので、車内から浮島へ行き鈴藤に変身し、車内に戻る。
例のキャバクラと喫茶店の有る地域に着いた、ココに縁が有るなぁ。
家はオートロック、葵ちゃんは奥の角部屋らしく。
蘭ちゃんはその手前。
部屋の中はコンパクト、ロフト付きのワンルームだが冷蔵庫や洗濯機置き場、建具の収納に小さなベランダもちゃんと有る。
良いな、1回は住みたかったロフト付きの部屋。
買うべき家電は冷蔵庫、電子レンジ位なモノだろうか。
寸法を測り、家電屋へ。
冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、そして電磁調理器具、炊飯器、大型家電は配送で。
それと勉強用にと、プロジェクターが女媧さんによって追加された。
そうしてフロアーを移動しホームセンターへ、鍋や物干し、食器等を購入、ついでに洗剤やティッシュも。
そのまま上の階で布団1式、すのこ、折り畳みテーブル、カーテンにビーズクッションと買い揃えた。
「こんなもんですかね」
《お洋服、この子何も無いの、下着も》
着の身着のまま、今の衣類以外は無いらしい。
ですよね。
更に階を移動し、衣類屋で下着から靴まで揃える。
それとタオルや何かも、肌触りの良いクッション発見、即購入。
車に戻り、家へと向かう。
凄い使ったな、1人暮らしって最初に金が掛かるんよ。
そして家に戻ると、用事が有るからと女媧さんに置いてけぼりにされた。
「では、ハサミで値札を外して、外にお洗濯に行きましょう」
『ハサミ、買って無いです』
「あ」
ハサミや何かの小物を買い忘れたので、適当な小刀を貸し、値札を外していく。
後でまた買い物に行かないと。
買い物袋に洗濯物を詰め込んで近くのコインランドリーへ、話せても読めないそうなので説明を音読しながら操作する。
今日も湿気た曇りなので、そのまま乾燥出来る場所へ突っ込んだ、お金の概念はちゃんと理解してくれてるので助かる。
洗濯物が終わるまで、更に買い出しへ。
ワンコインショップで、洗濯カゴやハサミやペン、メモ帳なんかも揃える。
ランちゃんはココが最も興味津々だった、コレは何かと聞かれては説明していく、まるで話しの通じる幼児、可愛い。
飲み物にお菓子、折り紙や塗り絵を追加でカゴに入れ、お会計。
次は本屋、お金の概念がしっかりしてるので購入を渋られた。
後で図書館に案内しようか、でも少し遠いし、自転車も要るか。
でも、どっちにしてもココの身分証が無いと無理だし。
2つは一旦諦め、潤子さんの喫茶店でご休憩。
教えて貰った中医学の事を思い出し、ほうじ茶と栗羊羹を頂く。
「今度は可愛い男の子かぁ、有り難いねぇ、眼福だよぉ」
「ココら辺に引っ越す予定なんです、この子。世間知らずなんで、宜しくお願いしますね」
「はー、この前も可愛い子ちゃん来たのよ、どうしよ、若返っちゃうかも」
「あー、葵ちゃんですかね」
「そうそう、流石お手が早い」
「なんもしてませんて、知り合いの知り合い」
「そうー?モテそうなのにー」
「煽ててももうマジで、残弾0ですからね」
「えー、そこはもっと頑張って、あ、じゃあね」
「どうもー」
一息ついたらコインランドリーへ戻る。
ランちゃんが温かいフワフワに魅了されたのか、暫く抱き締めて匂いを嗅いでいた。
分かる。
そのフワフワをカゴへ取り出し、畳みながら袋へ詰めた。
家へ戻り収納。
窓を開けながらカーテンを付け、お布団にシーツを掛け、すのこの上に敷く。
そしてテーブルとビーズクッションを出すと、かなり部屋っぽくなった。
花子の部屋何も無いもんな、アレはちょっとヤバい部屋だ。
『有り難う御座います』
「いえいえ、楽しかったわ。家電が来るまで、遊ぼうか」
折り紙の基本の鶴、字を読む練習も兼ねながらとなった。
読めないと大変よね、分かる。
何枚か折れた所で千羽鶴の概念を教えると、少し真剣になりながら更に折り始めた。
兄や弟の事なんだろうか、より丁寧に折っていく。
『僕が生きてるのを、許してくれるんでしょうか』
「許して貰えそうな生き方を、程良くすれば良いかと。それに合わせて、色んな意見の中で合う考えを探せば良いかと」
ブーメラン、特大のブーメランだ。
人には言えても、分かっていても実践が難しいのが悩み所。
『それって、時間が掛りそうですね』
「ね、じゃあ休憩終わり、洗い物をしよう」
テーブルの上を片付け、ヤカンや鍋、食器を洗っていく。
それからまた休憩、お布団の寝心地を確かめさせると、蘭ちゃんが眠ってしまった。
自分もちょっと、クッションで添い寝。
インターホンの音で目覚めた、辺はすっかり暗くなっている。
電気を付けて配送員を部屋へと通す。
洗濯機、冷蔵庫が配置され、すっかり部屋らしくなった。
『コレが、普通ですか?』
「概ねは、普通は更に勉強道具や趣味の物が増えます。1つでも良いから、趣味を持つと良いかと」
『アナタの趣味は?』
「人助け?」
『ふふ、大変な趣味ですね』
「ですね、マジで言うと手芸かな」
『あ、忘れてた』
収納にしまった鞄から、団扇の刺繍セットが出て来た。
壁にもたれながら2人でチクチク。
暫くしてまたインターホンが鳴った、女媧さんのご帰還だ。
【ごはんに行くわよー】
戸締まりをして外へ出ると、葵ちゃんも居た。
引っ越し蕎麦ならぬ、引っ越し中華をご馳走するんだそう。
車へ乗り、例の中華料理屋へ。
小さな卓にお鍋が1つ。
太極鍋には白湯と薬膳スープ、そこへ運ばれて来る薄切りのラム肉、鴨と鶏のツミレ。
魚介は牡蠣に海老、カレイの身、蒸されたウナギも。
野菜はホウレン草、白菜にネギとシンプル、他には豆腐、春雨、キノコに至ってはもう色々。
先ず最初にお店の人が食材を鍋に入れる、ツミレと白菜の芯。
煮立ったら次はキノコ、そしてラム肉、1膳1膳取り分けられ、先ずはラムだけを実食。
「うめぇ」
《ふふ、良かった、お疲れ様》
「いえいえ、とっても楽しかったです」
《そう、静蘭は?楽しかった?》
『お買い物が、ワンコインショップが楽しかったです、それと、コインランドリー』
『コインランドリー?』
『服もタオルもフワフワで、暖かくて良い匂いになるから』
『分かる、冬はもっと幸せになるんだよね』
「そのまま広げて寝転びたいよね」
《分かるわ、怒られちゃうけど》
それからはもう各々が好きな具材を入れては取る、そうして薬味や付けタレで味を変えたり、お肉を追加注文したり。
大食いがバレないかとも思ったが、そんなワケも無く葵ちゃんに突っ込まれる。
『凄い、食べますね』
「あぁ、まぁ」
『あの、お名前をお伺いしても?』
「あ、失礼しました、鈴藤紫苑、楠の同僚です」
『あぁ、チャラ男さんでしたか』
「はい、そうでおま、何かお酒飲みます?」
『いえ、帰ったら勉強が有るので』
「そうでしたか、ご苦労様です」
油断してすっかり名乗るのを忘れてた。
ただそれから特に突っ込まれる事も無く、〆となった。
勿論仕上げはお店の人。
雑穀米と刻んだ芋のお雑炊、完食。
お次はデザート、黒ごまと黒豆のプリンと卵のタルト。
薬膳まみれでぽっかぽか、このまま温泉入って寝たいわ。
葵ちゃんは勿論、ランちゃんの頬も赤味を帯びて蒸気している。
うん、健康へ近づいてますな。
車に乗り帰宅。
部屋に葵ちゃんも呼んで、お話し合いに。
ランちゃんはもうこのまま住むらしく、少しして女媧さんは帰るらしい。
《で、身分証ね、それと労働許可証。学校もネットで授業を受けて貰うから、はい、タブレットパソコンとスマホ、気を付けて遣って頂戴ね》
『はい、有難う御座います』
《楠や鈴藤が教えてくれる事も有るでしょうけど、先ずは自分で調べる。調べる事から覚えなさいね。じゃ、鈴藤、楠にも宜しく伝えて頂戴》
「はい、了解です」
女媧さんを見送ると、今度は3人だけ。
何を話せと。
『あ、ネットの繋ぎ方を教えますね、書類が有るのは……』
靴箱かよ。
水道やガスの書類だと勝手に思ってたわ。
設定はお任せし、忘れていた石鹸やらのお風呂用品をセッティング。
ネットへは簡単に接続出来たらしく、もう調べ方の講習が始まっていた。
そうして調べ始めたのはレシピ。
そうだ、冷蔵庫有るのに何も入って無い。
『あの、出来たのでお勉強に行かれるそうですが』
「あぁ、有り難う、頑張って」
『はい、じゃあ』
葵ちゃんにお礼を言ってお菓子を渡し、お別れ、今度はスーパーへ買い出しに向かう。
調味料に米と卵と刻みネギ、納豆が食えたら完全食で心配要らないのだが。
どうすべか、食わしてみるか。
缶詰やインスタントも少し買い、家に帰ってお米を炊かせてみる。
教えた通りにこなせはした。
後は説明が面倒なので、中華スープに溶き卵を入れ、納豆を仕込んで翌日の食事の準備は終了。
洗い物の後にお米が炊けたので冷凍へ。
「納豆は好き嫌いが分かれます、ちょっと食べてみて」
『不味くは無いかと』
臭豆腐有るから平気なのか。
それからお風呂へ入らせ、歯磨きも終わらせる。
少し眠そうだが、洗濯機の使い方を軽く教えて終了。
大丈夫かな、こんなんで。
それから鈴藤と楠の連絡先を交換。
まだ何か無いかと思案していると、急に不安そうな顔になり始めた。
なぜ。
「どうしたの」
『1人で寝るのが少し、嫌な事を思い出す』
「城では1人じゃ無かったの?」
『あそこでは皆が家に居ますから、今は違うから』
「じゃあこのスベスベクッションを貸します、で、どうしたら思い出さないか、横になって話し合いましょう」
ランちゃんを布団に横にならせ、電気を消す。
ビーズクッションにもたれながら、横で話を聞く。
大昔に面倒をみてくれてた人が実は母親だったと聞かされても、特に何を思うわけでも無いし。
1日1回の風呂と食事で生きて来たが、少ない方だと聞かされてもそうなのか、としか思わない。
『でも、他にも普通とは違う事がいっぱい有るって聞いて、不安。痛い事はいっぱい有ったけど、大事にされてると思ってたのに、それも少し違うって』
「どう、違うと言われましたか」
『理由無しに愛される場合も有るって』
「あー、それは社交辞令や世間体のお話が含まれる複雑な話なので、日の出てる時間に考えたり話したりすべき。なので、今からは眠る練習」
先ずは、全身の力を抜く事から始まる。
場所はバラバラで良いので、各部位の確認、勿論顔も、顎も。
力が抜けたら今度は呼吸。
お腹で規則正しく呼吸する。
今度は両方、また力が入って無いか確認。
誤魔化されてくれた。
せいちゃんの事も有るので、このまま空間移動で浮島へと向かう。
そこで一服。
ちょっとあの子のフォローは、皆には無理だろうか。
自分でもグロッキーになりそうなのに、凄いパンチ力の有る問題を抱えてるし。
城を出すべきじゃ無かったのか。
でも宦官はもう少し先送りにしたいし。
でもなぁ。
「どうしましたか」
「あぁ、井縫さん、偽者の関係者と接触しまして、ボッコボコになっとります。不幸と言うか、不幸だったと知らされる過程は、こんなエグいですかね」
「でしょうね、土台から再構築するんですから」
「大変だぁ、コッチも不安だわ」
「子供は意外と強いかと」
「そう変に強くなられても困るんよな、嫌われても良いだとか、自分は自分だとか協調性の無いのは嫌いなんで」
「お嫌いですか」
「嫌われても良いって、悪い意味で運用したらかなりの狂犬が出来上がるんですよ。独善的になり易い、そうしていつしか人を見下し全く話しを聞かなくなる。嫌なら離れれば良いって、折れる事を忘れるんですよ」
「近くに居ましたか」
「兄です。身内には優しいですけど、諌めてももうね、嫁さん苦労してました。まぁ、分かってて結婚したみたいなので同情はしませんが」
「周りに不幸が多いですね」
「なー、困っちゃう。お風呂行くわ」
「月読さんがお呼びです」
「鏡で言えば良いのに」
井縫さんと共に警視庁の特別室に向かうと、いつも通りの月読さんが居た。
相変わらずニヤニヤしてる、コレは何か企んでる顔か。
『さぁ、なんでしょーか』
「蘭ちゃん取り込む気か」
『いつ分かったの?』
「いや、今顔見たら、勘で」
『ま、そう言う事。普通に生きられるかどうか、怪しいとは思わない?』
「まぁ」
『普通に生きられるならそのまま、勿論その手助けもするわ。だけれど、それでも難しそうなら誘うわ。女媧にも許可は得てるの』
「いつから」
『アナタがお知り合いを頼ってみては、と言った直後かしら。向こうからお話しが来たの』
「あぁ、余計な事を言いました」
『そんな事は無いわよ、だって、女媧はあの子の為を考えて、その結論に至ったのだから』
「井縫さんは、どう思いますか」
「会って無いので何とも。ただ、幸せになれる可能性は増えるかとは思います」
『猫山はどう?』
「普通では苦労しない事も苦労するでしょう、逆に普通では苦労する事が簡単に出来る。適材適所、無理に修正しても余計に歪む事も有るかと」
『狼に育てられた子供、と言えば分かると言われたのだけれど?』
「あぁ、河瀬は元気ですか」
『葵ちゃんの下に住んでるわ、あの子って高所恐怖症らしいの』
「は」
『大丈夫よ、多少纏まっててくれる方が助かるから』
「先に相談してたら、どうなってましたか」
『好きにしろとしか言わないわよ、もう、分かってるでしょうに』
「河瀬は、何処まで知ってますか」
『アナタ以上よ』
「大丈夫ですか」
『もう号泣よ』
「マジか、お礼を言おうと思ったんですが」
『じゃあ明朝にでもお願いね、好物はケーキだそうよ』
「分かりました、おやすみなさい」
『はい、おやすみ』
浮島へ戻り。
そのままお風呂へ。
ちょっと甘く考えてた。
ゴミ人間すら資源と言い切る女媧さんがここまでするとは、今考えれば可能性が有ると分かるのに、考え無かった。
浮かれてしまったかも。
風呂から上がり、次は城の精神科医へと向かう。
「こんばんは、幸せですか」
《はい。じゃ、血を取りましょうね》
白衣の人間に血を取られ、腕を圧迫する。
先生はお茶を淹れ、目の前に出してくれた。
「どうも」
《菊花茶にクコの実と少しの蜂蜜、カフェインの抜かれた紅茶を混ぜてます。目に良いんですよ》
「美味しいです」
《思い切りが良い方ですから誤解するのも分かりますが、そう悪い選択はしませんよ》
「普通を知って欲しかっただけなんですが、どうしてこうなるんでしょう」
《普通だけを見せるより、他にも例外は有ると知っていた方が楽では?》
「まぁ」
《それで何を選ぶかは本人の個性。そして全てを見せるだけでは想像力が育たない弊害も有る、この人と結婚したらどうなるか、どんな生活が待って居るのか、好意だけでは生きてけませんからね。勿論、良き人間の皮を被った獣も居ますから、嫌でも学ばないといけない事も有るでしょう》
「あんな不安定なのに信じますか」
《頑なであるよりは良いでしょう、柔らかく無いと折れますから》
「あー」
兄には是非折れて、鬱になって家族から見放されて欲しいと思ってしまった。
でも、プライドから親が匿うだろうから、一生引き篭もりで親に世話になるだけか。
それだと姪っ子が迷惑するし、でも兄に似てたし、まぁ、勝手にしてろ。
《もう少し、思っている事を口にしても良いのでは?》
「腹黒い事を考えてたんで、ちょっと言い難い」
《なら余計に聞くしかなくなりましたね、では、言ってみましょうか》
「兄は頑なで独善的で、人に嫌われる事を意に介さず、他人の話しを聞かない人でした。頑な人が折れるなら、折れてしまえと思ったんです。でも姪っ子がと一瞬過ぎったんですが、似てるし、やっぱり折れててくれと考えたんです。何故かと言うと、正式にその世界に定住が確定した段階で、元の世界の体は死を迎える可能性が有る」
《では、この肉体は再構築されたモノなんでしょうかね》
「不確定です、確認出来ませんから。勿論、行方不明の可能性も有りますが、戸籍上だと結局は死亡認定されます。そうしたらあのクソみたいな家族が、少しはまともになってくれないかな、ダメなら壊れてくれたら良いのになと思いました。って、普通言えませんよ、同情されても困るし、酷いと思われても苛つくだけだし」
《繊細、ややこしいアナタが最初の転移者で助かります。素直で普通の方だったなら、それを元に制度が整備されますから。アナタのお陰で、後から来る方がどんなに拗れていても、対応出来ますね》
「照れるなぁ」
《手間の掛かる方ですね、少し褒めるだけでこんなに苦労させるなんて。人相も相まって、ハマる人にはハマるんですよ、アナタは》
「神様達にハマるだけで良いんですが、どうも変態が寄って来て。元の世界じゃ痴漢も無かったのに」
《気付いて無いだけでは?偶々手が当たってるだけだろう、とか思った事は?》
「んー、痴漢にお詳しい」
《日本の勉強もさせて頂いてますからね、それで、どうなんですか?ナンパも無いんですか?》
「でもそれは1回だけで」
《ほう。痴漢の事には答えて頂けてませんね》
「満員電車で良く手の甲が当たった時は有るけど」
《思い当たる事はソレだけ、ですか?》
「喫茶店で1人でお茶をしてたら、愛人にならないかって、エメラルドのジュエリーセットを鑑定書付きだとかって差し出されたけど、話したいだけの寂しいお爺さんだと、フラれたって言ってたし、でしょうよ?初めて会ったのよ?」
《それだけですか?》
「外人に褒められながら後を追われたとか、でも酔っぱらいだったし」
《それもナンパかと》
「酔っ払いの度胸試しでは。知り合いがつるんでしてましたもん、誰でも良いから声掛けるやつ」
《じゃあ、もう無いですか?》
「無い」
《そうですか、そうですか》
「なに」
《いや、最近はどうです?》
「変質者、男の娘、変態残念イケメン。歪んだのしか来ない、歪んでるからか」
《そこは人相かと、人受けの良いお顔をしてらっしゃいますからね、お地蔵様と勘違いして来てしまうんでしょう》
「未成年と疑われるのは」
《お地蔵様も小僧の姿をした像が有るかと、見えない方には見間違えるんでしょう》
「見えますか」
《残念ですが、見えない方なんです》
「ほれ」
《あぁ、もしくは。御本人を知らなければ、間違えるのかも知れませんね》
「黒い色が有るのに」
《五行では、水。木を活かす役割が有ります、無くてはならない存在なのは分かりますよね。そして全身の陰陽を左右する腎とも関係しています。心とも影響し、不足すれば息苦しさ、多夢、不眠、月経異常と。思い当たる節は?》
「占い師みたいな事を」
《五行は全員に当て嵌まりますが、全てが当て嵌るワケでも有りません。だからこそ傾向と対策が可能なんです。それで?》
「あります」
《黒は生まれ付いての、生命力の元、成長に左右すると考えられています。どうです?悪くはないでしょう》
「まぁ」
《それに引き寄せられるのは、乾いている人間、オアシスが目の前に有れば、近寄ってしまうでしょうね》
「乾いた変態がな、どうしたら良い」
《諦める事ですかね、お相手が居ないと振り払ってもくっ付いて来るそうです。あ、偽装は無駄ですからね》
「相手が居れば?変化するの?」
《見える方が言うには、お相手の気が保護してくれるそうですよ。ヤれば》
「他の方法は」
《私は知りません。ただ、アナタの場合はお相手の霊元が豊富で無いと難しいかと、それか》
「か」
《複数の方の気を纏うかですね。こう考えると英雄のハーレムも納得出来ますよね》
「できるか」
《見知らぬ誰かを惚れさせるより、知り合いを宛てがう方が安心じゃ有りません?》
「どっちも嫌だわ」
《大丈夫ですって、お相手はそれを受け入れるしか無いんですから》
「え、確定路線?」
《霊元が多いので、少なくともこの国ではそうなります。信じるか信じないかはアナタ次第》
「信じたく無いが、自分でも調べてみる」
《是非どうぞ。ですが、もう遅いですから、おやすみになって下さい》
「有り難う御座いました、甘い物はお好きですか」
《ええ、頂きます》
紫陽花の和菓子を1つだけ取り、奥へと帰ってしまった。
自分も、何処へ帰ろうか。
蘭ちゃんが心配なのも有り、蘭ちゃんの部屋へと戻る。
寝てる。
ビーズクッションを退け、布団を横に敷き、眠った。