6月12日(金)
朝6時。
曇り、計測は中域。
鈴藤のまま寝たので鈴藤で起きたが。
全身痛い、こう言う時には自己治癒しねぇのな。
《おはよう鈴藤、くふふふ》
「おはよう、触らんでよ白蛇さん、本当」
筋肉痛、水分をいっぱい摂ってストレッチ。
鍛えるせいか鈴藤の柔軟性高し、でも戦闘向きじゃ無いんよなぁ。
《足の速そうな形だ》
《男子であったなら、さぞおなごにモテたじゃろうに》
「ねー、1番残念に思って居りますよ」
《ふふ》
《何を言う、ハナも充分モテモテでは無いか、くふふふ》
「くすぐんなってば、枯葉剤撒くぞ」
《何と酷い奴じゃ》
「くすぐるのがイケない」
「おはようございます、常に誰かとイチャついてますね」
「先生ー、コイツが先に手を出して来ただけですぅー」
《ちょいと足裏を弄っただけじゃしぃ》
「ほらぁ、俺悪く無いもの」
「隙が有るのがイケないんですよ」
「威圧会得したいわぁ、あ、プレゼント。どうぞ」
「魔道具ですか」
「いや、普通の。耳飾り無くて寂しかったら、コレを付けたら宜しい。デザイン嫌なら他のも有るが、ほれ」
「コレは、2つともですか」
「余った方をワシが付ける予定」
「じゃあ、このままで、ありがとうございます」
「いえいえ」
「手伝いますか柔軟」
「宜しく」
「柔らかいですね、意外と」
「コッチは、鍛えてるからぁああー」
「もうちょっとで床に付きますね」
「ぅぐぅ」
「息して下さいよ」
「ふぅ、痛覚切ったったわ」
「便利過ぎ」
「な、もうちょっと頼む」
「コレ以上はケガしますよ」
「ええねん、治すから」
「じゃあ、ゆっくりいきますよ」
痛覚を切ったと言えど筋肉や筋が無理矢理引き伸ばされる感覚は有る、ミチミチと体に響く。
ピッタリと床に付いてから全身を治す、誠にズルい方法。
「ありがとう」
「大丈夫なんですか、こんな無茶な事して」
「知らん、弊害は今の所は確認出来て無い」
「弊害を気にする時点で無茶って言うかと」
「また治したらええねん、それで、君は何しに来たん」
「朝食を集ろうかと」
「ならせいちゃん所で食おうや」
家へ行くとせいちゃんはまだ寝ている、そのままお料理開始。
井縫さんにお味噌汁を作って貰い、コチラは納豆のパックから中身を取り出す、そしてひたすら混ぜる。
「卵焼きはどうしますか」
「潤子さんのだな、甘いやつ」
納豆にタレを混ぜて完成、おネギや海苔を並べているとせいちゃんが起きて来た。
『おはようございます、何故井縫さんが?』
「おはようございます、飯を集りに来ました」
「らしい、良いか?」
『どうぞどうぞ』
昨日炊いた米も盛り、3人で朝食を頂く。
このメニューだと卵黄漬けも食いたいな、でも白身はどうすべか、お菓子?
おかず系が良いんだが、下手に相談すると料亭に迷惑掛かりそうだし。
「鈴藤さん、早食い」
「あぁ、すまん」
『考え事ですか?』
「卵黄の醤油漬け作ろうかと、ただ白身どうすんだと」
『あぁ、料亭に相談しては?』
「片手間ならまだしも本業に影響有るのはちょっと、後でレシピ調べるかってな」
「お菓子でも作ったら良いのでは、楠は女子なんですし」
「お菓子と料理は別、アレ軽量命でしょうよ。つかおかず系が良いねん、しょっぱいの」
『なら中華のお店にお願いしては?有ればですけど』
「聞いてみますよ、片手間前提で」
「ありがとう」
そうして食事を終え、洗いモノをし、出勤。
せいちゃんはこのまま在宅らしいので、家から井縫さんと共に警視庁の特別室へ。
『中華ね、丁度良いから来て頂戴な、楠で』
「もうそれだけで不穏だから行きたく無い」
『ダメよ。今回の会合、楠をご指名なの』
「なぜ」
『向こうで話すわ』
「行かないと?」
『お給料が?』
「減額?」
『みたいな?』
「えー、じゃあ金を換金するぅー」
『もー、井縫、説得して』
「何事も経験、向こうでも役に立たないとは言い切れませんよ」
「君も来ないなら行かん、道連れだ」
「良いですよ、向こうにメニューの追加連絡してきます、じゃ」
「最初から来る予定だった?」
『みたいな?』
「あー」
『ふふ、せいちゃんも来るから大丈夫』
「何が大丈夫か、この前の」
『トラウマの解消は早い方が良いでしょう、思い出の子とご対面と、そのご褒美』
「早過ぎるかと、昨日の今日ですよ。ましてこの前の事も」
『だからよ、楽しい事を増やして欲しいの。そして思い出が美化される前に、ゴミはゴミ屑として処理して欲しいのよ。幻滅して貰う方が、傷の治りも早いんじゃ無いかしら』
「連日のイベントなんで、考える時間を」
『その考え事を思い出が邪魔をする時って、無い?』
「まぁ、でも、じゃあ、会うってなったら直ぐにバラす、拒否する権利は守らせる」
『良いわよ、でも前を向こうとしてる子が逃げるかしらねぇ』
「んー、なんで急く」
『今回の会合にはルーマニアの査察団も加わるわ、三者面談ね。アナタが居なくなる前に、せいちゃんをなんとかしたいの。歪みは人間の手で、自然に治させたいのよ』
「なんか、やっぱ自分のせいかも」
『悪く捉え過ぎよ、時期としては寧ろ遅い位なのだから、良いの』
「でも、ごめんね、昨日も上手く説得出来なかったし」
『随分ムキになってたわね、面白かったわ。今も説得中よ、いざとなったらお願い』
「うい」
浮島へ戻り一服。
任されても、何をどうしたら良いのか。
どっちをどうすれば良いのか。
コレは、誰に。
イタコさんかな、話しを聞くべか。
今度は警察庁の特別室へ行き、8課へ。
コチラは変わらず待機するシステムなのか、休憩所に婆ちゃんが居てくれた。
「おぉ、どうした暗い顔じゃの」
「ご相談が有るですよ、子供の霊」
「あぁ、アレか、難しいぞ。周りに気付き始めたなら、きっと今頃は危うい場所に居るだろうねぇ」
「周りに気付くってのは何ですか」
「親の可笑しさ、自分だけへの罪悪感と愛だと思っていたモノが、自己憐憫まで入ってると気付く。賢い子はね、亡くなっても成長して理解しちまう。そうして自分から離れる子も居るが、その子は、どうだろうねぇ」
「なんとかしてやれませんか」
「親次第、親がしがみついてる限りあの子はココに惹き付けられる」
「それも分かるんですが、忘れるのも」
「それが勘違いなんだよ。簡単な所で言ってやろう、若い子は、失恋かね。完全に記憶から消したらまた同じ間違いをするだろう、ましてそんな事は不可能に近い。だから楽しい思い出を、仏壇やお墓、何処かで良い事を思い出して生きるだけで良いんだよ。全部忘れろなんて、お釈迦様だって言って無いんだからねぇ」
「生き残った罪悪感は、どうしたら」
「んなもん感じるヒマが有るなら、身近な人間から助けて気を紛らわすんだよ。時間薬っちゅうのはね、そう使うんだよ、胸張って報告するんだよ、頑張ったぞ、どうだってね」
「婆ちゃんも?」
「私だけじゃ無いさ、戦争経験したのは大概こうだろう、じゃなきゃね、やってらんないんだよ」
「婆ちゃんの話し聞きたいんだけど」
「良く有る事だよ、結婚して子供が生まれて、旦那が戦争行って、死んで、遺骨は何十年経ってやっとだ。バカだから再婚しないで畑だなんだとね、子供が皆結婚して、ホッとしたら旦那の骨壷から声が聞こえた。海に撒いてくれって。最初は、幻聴か夢かと思ったね、近い家系にイタコは居なかったんだ。それで何をバカなと、折角拾って貰ったのにって、そしたら応えたんだよ、戦友は皆海に居る、お前は再婚しろってね」
「愛が有る」
「バカ言うんじゃ無いよ、今更なんだいって。悔しいから海に撒いてやったよ、でもね、再婚なんてね、気楽な1人になったのに、するワケねべな」
「愛されてますな」
「そうなんだべがな、なも分からんけど、尊敬はしてた、優しくて頭が良かったんだ」
「顔は?」
「勿論良い男だがね、良い男だったよ、良い旦那だった。そうやって引き摺って、申し訳無いと思ったよ」
「だからココに?」
「それとお給金だな、孫が沢山居るすけ」
「すげぇな婆ちゃん」
「だべ」
「んだ」
お祖母ちゃんも良く手をニギニギしてくれてたが、どこの婆ちゃんも手をニギニギしてくれるんだろうか。
シワシワ、お祖母ちゃんよりはガサガサして無い。
「またイチャイチャして」
「邪魔すんなよぉ井縫さん」
「おぉ、両手に花だねぇ、眼福だ、寿命が伸びる」
「ちょっと借りますよ」
「返す返す、ヤキモチ妬かれちゃ堪らんからね、ついでにババァは退散しとくよ」
「なんすか」
「服、楠に仕立てに行かせます」
「なんの」
「今夜の」
「はぁ」
「あの体型用の高級なフォーマル服が容易く溢れてるとでも」
「着物でええやん」
「良いんですか、凄い額が動きますよ」
「あ、有る有る」
「残念、身体検査的に向こうからダメ出しが出てます、色々隠せるので」
「何だよ、先に言えよ」
「持ち駒の確認です」
「はー、掌でコロコロと」
先ずは浮島で楠へと変化。
再び下界に戻り、案内されるがままコロコロと車に乗り込まされた。
助手席には井縫さん、後部座席に自分とスクナさん、運転席にはせいちゃん。
何故か神妙な面持ち。
高級店を通り抜ける事も無く高速へ、かなり遠くへ行くらしい。
ナビを見ると拘置所、なぜ。
そうして拘置所へ到着すると、スクナさんを抱えせいちゃんが歩き出す。
辿り着いたのは面会室、何故。
『楠さん、同席願います』
「はい」
扉を開けると真っ先に目に入ったのは見慣れぬ術、結界に何か混ざってる。
臍に違和感、変化解除の効果か。
そして目の前にはアジア系の可愛らしい人、何処かで見た様な。
『この前はお世話になりました、お化粧のせいか全然分かりませんでしたよ』
《残念、いつ分かってくれたのかしら?》
『さっきまで記憶が合致しませんでしたけど、今見て納得しました、整形ですか』
《昔に戻しておけば良かったかしらね》
『まぁ、それでも失敗してたでしょうね、なんせ彼女が居たので』
《有能よね、参ったわ》
「ん?ホテルの?」
《正解、私ってそんな印象薄いかしら》
『そうですね、少し前まで忘れてた位ですから』
《そう?少しは引き摺ってくれてると思ったのだけど。邪魔されちゃったからかしら、昔も今も》
『どうでしょうね、少なくとも今は激しく幻滅し、残念に思っては居ます』
《あら?あんなに顔を赤くしてくれたのは、私じゃ無いの?》
『少なくとも、アナタでは無かったです』
《なんだ、リサーチミスばっかだわね、捕まるワケだわ》
『はい、なので大人しく証言し更生して下さい。まだ何か聞きたい事は有りますか』
《本当に、好きだったの。アナタもでしょ?》
『いえ、勘違いですよ。以上で宜しいですね、では、失礼します』
《またね》
『それは永久に有りません』
何か、修羅場を見せられてしまった。
エグいな、どう慰めれば良いのか。
今度は車へ戻り、運転は井縫さんへ。
そしてスクナさんを抱えたまま、後部座席の隣にせいちゃんが座っている。
気まずい。
「あの、コレは一体」
『要請を受けたんです、会って話せば証言すると』
「そうでしたか、お疲れ様でした」
赤くなる事も無く、寧ろ怒りすら湧いてる雰囲気。
会合で会わせるのかと思ったら、連れ込み女が思い出の女性だとは。
『最後の、なんなんでしょうね』
『最後っ屁じゃない?自信有りそうだったし』
「でしょうねぇ、嘘の音色ビンビンだったし」
『あ、井縫さん、止まったらコレ返しますね』
「あぁ、はい」
「なん、それは」
『一応、念の為にと月読様からお借りしました。嘘を見抜けなくさせるモノだそうですね』
「ほう」
「じゃあ、少しサービスエリアに寄っても」
『ええ、お願いします』
小さな高速のサービスエリア、喫煙所と自販機とトイレと言った設備、トラック多め。
そこで3人で一服。
井縫さんは耳飾りを交換すると、フルスマイルでコチラを見て来た。
何て事を。
「せいちゃん、怒らないのか、耳飾りの事」
『まぁ、コレだけ鈍感ですし、演技も出来ませんから、仕方ないと思ってます』
「そこは怒って良いのよ?」
『どう怒れば良いんでしょうね?国家機密の概念も分かりますし、こんな魔道具も有るんですから、仕方無いなとしか出ないんですよ』
「でも何か怒ってるじゃないの」
『自分にですよ、どんだけ鈍感なのかって。バカだなぁと』
「楠も結構ですよ」
「は、何が、何した」
「背中に貼り紙なんてしてませんよ」
『私よりはマシかと』
「ですね」
『ですよねぇ』
「仕事休むか?島にでも行くか?甘いの食うか?」
『優しさって、ズルいですよね』
「なぜそうなる」
「弱った時ほど漬け込まれますから。目の前のが鈴藤じゃ無くて良かったですね、きっと惚れてますよ」
「八方美人て事?」
「かも知れませんねぇ」
『気を引き締めないとですね、はぁ』
『そう言う時は美味しいのを食べたら良いよ、辛いの』
スクナさんのお陰で話が急展開した、車に乗り込みながらお昼ごはんの話へと変わる。
辛くて美味しいと言ったら、ガパオだろう。
そのままお店探しへ、つか服はどうなったんだ。
『ココ、どうでしょう、通り道ですし』
「あー、うまそ、全部美味そう」
「食べたら仕立てに行くんですから、程々で」
近くの駐車場へ停め、駅ビルの中へと入る。
飲食店も雑貨屋も入り混じった駅ビル、その中に有るベトナム料理屋へと入った。
ガパオにココナッツミルクジュース、生春巻き、カオマンガイは我慢。
辛さ控えめでと頼んだが、ちゃんとちょいピリ辛。
揚げ半熟卵うま。
持ち帰り用にカオマンガイとガパオを3つずつ、卓上のタレが美味いと褒めたら普通にくれようとした、ビックリして拒否したが、貰えば良かったかも。
満足。
コレで終われば良いのに、このまませいちゃんを連れて仕立てに行くらしい。
「なぜ」
『気分、転換?』
「ですね」
「いや、仕事しろよ」
『持ってますよ、パソコンなら』
「じゃあ仕事出来ますね」
そして着いたのは1等地に有る高級店、なんつー不釣り合いな店に行かせるのか。
その店の奥へ案内されると、既に服が何着か掛けられている。
カラフル。
何着かフィッティングしたが、胸が、無さ過ぎて。
「ちょっとなぁ、直すにしてもだ」
「ほら、じゃあ次に行きますよ」
少し歩いて裏道へ。
生地屋かとも思ったが、そのどれもがチャイナドレスをベースにした洋風デザイン、確かに着物より物は隠せないが、自分には意味無いんよな。
何処から何でも出せるし。
そうか、確かに男より隠せる部分が。
【主、お選びになれと】
「じゃあ、コレで」
「また地味な」
『折角ですし、可愛いのにしたらどうですか?』
「あーそうですか、じゃあ君らが選べ、オラ」
自分はマネキン、クソマネキン。
着せられるだけのクソマネキン。
薄水色の艶の有る生地に、銀や白い糸で牡丹が刺繍されている、同じ刺繍が施されたレースが胸元や肩口で透けて爽やか、袖や裾にはフリルが有りマーメイドラインが可愛い、見る分には可愛い。
見る分には。
「似合ってますよ」
『可愛いですね』
「はいはい、じゃあコレでお願いします」
「じゃあ会計するんで、車に向かってて下さい」
値段を見れないままに車へ向う。
地獄は一時的に終わった、羞恥地獄、生き地獄。
「羞恥地獄は有るのだろうか」
『無いかと、いや、聞いた事は無いだけで有るのかも知れませんけど』
「はー、せいちゃんも来るんだろう」
『はい、同席予定です』
「今日会わせるって聞いたから、そこで会うのかと思ってた。今朝知った、事前に言うつもりだった、すまん」
『そうなんですね、どうでした?』
「エグいとしか思えんな、ワシなら発狂して殺しちゃうわ」
『思い入れを削がれましたからね、犯罪を犯さず助かりました』
「もっと優しい方法でも良かったのでは」
『他の方法、思い付きます?』
「いや、今は思い付かん」
「お待たせしました」
「荷物は?」
「寸法直しが有るんで」
「あぁ」
結構ピッタリだったんだが、見て無い何処かがバランス悪かったんだろうか。
向こうに行ったら、誰に着せよう。
車はせいちゃんの家へ、そして自分達はせいちゃんの家から浮島へ。
「布団借りて良いですか」
「どうぞ」
井縫さんはお昼寝、もう1つ布団買うべきか。
エリクサー作り開始。
同時並行で丸薬を作る。
最初は購入したアニメをヘッドホンで流しながら作業していたのだが、映像が気になって集中出来ず。
結局落ち着くのは雨の音。
1番落ち着く、集中出来る。
1回目のエリクサー完成。
眠い。
顔を洗っても眠いし、ストレッチをしても眠い。
エリクサー作りをお願いし、井縫さんの横でスベスベに包まってお昼寝。
15時、眠ったのは1時間程か、トイレに起きた。
計測、中域。
エリクサー作りを引き継ぎ、丸薬制作開始。
金平糖みたいに作れないだろうか、でも時間掛かるか。
でも、時間有るし。
つか金平糖、絶対ロウヒが喜びそう、取り寄せてあげれば良かった。
可愛くて甘いから、もう知ってただろうか。
もうロウヒには会えないけど。
次の誰かの為に買っとくか。
ミント味や何かを探してみると、色々な味で可愛いのが発見。
容れ物が良い。
ガラス容器に陶器、缶。
井縫さんに書き置きをして、鈴藤に変身し、金平糖を買いに向う。
京都で個人用に袋入りを全種類、瓶入りも。
次のお店では缶入りを。
向こうでは変わり種も有ったのだが、ミント味が限界らしい。
ワインや梅酒味も有ったのに、そう言えば宝石みたいな琥珀糖もと探したが、まだ無いらしい。
貢物に良いと思うんだが、今はまだ92年だしなぁ。
この案は転生者に譲るべきか。
でも、それに関して知識が有るかは別だし。
と言うか、お坊さんのお礼に買うか。
京都へ引き返し、大入りの贈答用を購入。
そのまま浅草のお寺へと向う。
『どうも、今日はどうされました?』
「お礼でござい」
『ありがとうございます、受け取らせて頂きます』
「何かお手伝い出来ますか」
『縁を、切ってあげて貰えませんか』
「あの親子の?それやって大丈夫なんですか?」
『はい、もう迎えが来ております』
イケメン坊主の視線の先に、シンプルな抹茶色の袈裟を着た錫杖を持つお坊さん。
優しそうな人、例の父親の隣にただ座り、子供の霊を眺めている。
眺めているは正しく無い、憂いている。
「あの方は」
『西の方から来て頂きました』
「縁を切るのは初めてなんですが」
『何事にも初めては有るかと』
「ダメでしたか」
『奥様にも娘様にもお会いさせたのですが、今度は修行僧に成りたいと』
「そうですか、引き受けます」
失敗はしない、魔法は何でも出来るのだから。
何でも出来る、あの子を救う為に縁を切る。
出来る、縁を切れる。
何で切ろうか。
刃物は怖がるだろうし、ハサミは無いし。
子供が怖がらない様に、簪を手に近付く。
そうして眼鏡を掛けると、細い糸の様な縁が見えた。
父親から黒い靄を纏った糸が、子供を絡め取っている。
足元が真っ黒になった子供がなぞっている字は。
ゆ、る、さ、な、い。
み、ん、な。
ゆ、る、さ、な、い。
「アナタは昨日の…」
父親を無視し、黒い糸へと簪を引っ掛ける。
切れますように、痛く有りません様に。
目を閉じ願いを込めて、祈りを込めて簪を持ち上げる。
プッつりとした感触に目を開ける、子供は立ち上がると嬉しそうに駆け出した。
それをお坊さんが笑顔で受け止める、性別を超越した、母性と父性を併せ持つ微笑み。
このお坊さんは本当に優しい良い人だ、もう大丈夫。
情緒不安定な自覚は無かったのだが、嬉しいのか悲しいのか涙が出た。
涙を拭うと、もうお坊さんも子供も消えていた。
先程までずっと煩かった父親が突然黙った、少しは何かを感じてくれたんだろうか。
『お疲れ様でした』
「すんません、感極まったみたいです」
『大丈夫ですよ、一緒にお菓子を食べましょう』
社務所へと背中を押され、中へと入る。
酷く冷静で、自分とあの親子を重ねた可能性が有ると分析出来るのに、全く涙が止まらない。
悲しくて嬉しいと分かるのに、それから先へ進めない。
「どうすれば、止まるでしょうか」
『膿は無理に堰き止めるモノでは有りません、出し切りましょう。その間に、少しお話をしましょうか』
地獄の話し。
河原で鬼が子供に石を積ませるのは、本当は罰では無く気を紛らわせ、仏様のお話を聞き入れ易くする為のモノだと。
洗脳にも近いと思ったが、頭も心も柔らかい子供だからこその、導き方だそう。
そうして子供からも他所様からも鬼と見えているモノは、自分の子供を殺した人間の一部。
鬼には河原の子供が自分の子供に見えている、だが石を崩さねば苦痛を与えられてしまう。
現世でも同じ事をしたモノの地獄、崩す事を止め、苦痛を受けない限り鬼も救われない場所。
そうしてお地蔵様の言葉は子供だけで無く、鬼への言葉でも有る。
お地蔵様の話を聞き入れ、良き行いをすれば救われる、子供も鬼も。
ただ、あの父親は別の地獄へ行くらしい。
あらゆる手で自分が子供を殺す様を見せ続けられる地獄、無間地獄で自分を殺すまで助からないらしい。
「門外漢ですが、1番重い地獄では」
『亡くなった子供の魂は仏様のモノも同然ですから、無間地獄の黒肚処、或は身洋処行きなんですよ』
「そうでしたか、ありがとうございます。落ち着きました、何だったんでしょうね?」
『傷を洗い流す行為の1つ。癒す手助けが、なされたのかも知れませんね』
「ならお礼をしないと」
『大丈夫ですよ、ほら』
真っ白な素の金平糖が無くなっている、箱を開けた時は有ったのに。
イケメン坊主と食べてるのはいちご味だし、まさか。
「あの」
『偶々ですよ、ココは深く考えず、ゆっくり傷を癒やしましょう。そうですね、紫陽花が宜しいかと、良い場所が有りますよ』
案内されるがままに、紫陽花の咲くお寺へと移動した。
段々畑に色とりどりの紫陽花が咲いている、ずっと曇りだったのに雨が降って来た。
傘を差し、花々を見て周ろうとすると、しゃがむ子供の姿。
見た事有る様な。
《あら、お目々が真っ赤じゃない》
「あ、どうもカヤノヒメ様」
《ふふ、さん、で良いわよ。お花を見に?》
「えぇ、案内されました」
《なら案内してあげる》
両手を差し伸べる彼女を抱き上げ、紫陽花を見て周る。
紫陽花の花言葉は色や種類で違うそう、由来から、良い意味も悪い意味も教えてくれた。
赤やピンクは元気な女性、愛情、母性。
青色は移り気、変節、家族団欒。
そんな中に、コンペイトウなる品種が有ると知った。
「忍耐強い愛情って、なんですかね」
《花を支える強さ、どちらかと言うと幹や枝の事よね》
「ありがとうございます、食べれる紫陽花どうですか」
《紫陽花のコンペイトウに金平糖の紫陽花ね、ふふふ》
一緒にお菓子を食べながら回っていると、井縫さんが目の前に降って来た。
羽衣のお陰で雨なんぞに濡れそうも無いが、一応傘へと入れる。
「またイチャイチャしてますね」
《ふふふ、良いでしょう?》
「やっぱ行きたく無い」
「美味しいごはん有りますよ」
「今は食べたく無い」
「今すぐじゃ有りませんよ、準備も有りますから」
「まだ見る」
「少しだけですよ」
《ふふ、一緒に回りましょ》
白は寛容、一途な愛。
緑は、ひたむきな愛。
「てまりまりの白が良いけど、意味が二重になるか」
《良いじゃない寛容な家族、血の繋がらない家族に良いわよ、うん、そうしましょう。出来上がったらそうするわ、じゃあね》
「フラレましたね」
「ですね」
カヤノヒメは目の前から歩いて来たククノチへ飛び乗り、紫陽花の後ろにある雑木林へと消えてしまった。
そしてこれから、再び羞恥地獄の始まりだ。
でもその前に浮島で一服。
「目、治さないんですか」
「あぁ、治す」
「お地蔵様に会われたそうで」
「その呼び名で良いんでしょうか」
「そう名乗られてるそうですから、問題無いかと」
「そうですか」
「話してくれ無いんですか」
「だって、コレから楠は化粧されて着飾らせられるんよ。地獄と言ったら烏滸がましいだろうが、最早、羞恥地獄ですよ、その地獄が待ってるのに感傷に浸れますかね」
「そんなに嫌ですかね」
「えぇ、顔が良い人間には分からんのです」
「一応、不細工にもなった事は有りますが」
「そうですか、良かったですね」
「不機嫌ですね」
不機嫌も不機嫌、上不機嫌。
もう特上よ。
誰が嬉しくて但し書きが裏に有りそうなお世辞の海へ飛び込みたがりますか、マゾですか、変態ですか。
褒めるには裏が有る、自分への言葉なんぞはもう利用する為の言葉に決まっているのだし、そんなの聞いて誰が嬉しい、誰が楽しい。
せいちゃんは楽しいか、鈴藤だと思っているのだし。
なら良いか、少しは楽しい思いをして貰わんと。
良いおべべ着たピエロ、自分はピエロ。
「よし、不機嫌直った」
いざ羞恥の生き地獄へ。
案内されたのは警視庁の特別室、警備部警護課。
そこで化粧も髪もされるがまま、施してくれる女性に何でか不機嫌になられながらなのだが、何故。
飯が羨ましいのか。
「成人越えて化粧も何も出来無いって、どんな人生送ればそんな風に育つ事が出来るんですかね。あ、顔に自信有るんですか」
「いや、無駄な事はしない主義と言いますか」
「髪もただ伸ばしっぱなしで、ココも自信の現れですかね。少しは揃えるとか上げるとか出来無いんですか」
「すんません、手が回らなくて」
「言い返す気概もヤル気も無い癖に、人の仕事は奪うんですね」
「奪った覚えが無いんですが」
「抜け抜けと、今日、同行するのは私だったハズなんですよ」
抜け抜けって初めて言われたかも、余りにも清々しい程に悪意をぶつけられ、ちょっと言葉を失った。
ポッと出の人間が来て、自分に来ると思ってた仕事と違うからって、ワシにどうこう出来無い事を言うか、凄いなおい。
でも仕事ちゃんとすんのよね、仕事へのプライドか、仕事しか無いのか、アホか。
着替えも済ませ廊下に出る。
仕上がりは上々、単に口が悪いだけなのかしら。
「似合いますよ」
「今ちょっと、凄い悪意でビックリしてんだけど、どうしたら良い」
「誰にですか」
「ヘアメイクしてくれた人、女の子の日なのか、仕事奪っただなんだと」
「周りは何か」
「何も、どう言う事なんでしょうかね、月読さんは何がしたいんでしょうか」
「ちょっと、上で話しを聞いて来ます。車に行ってて下さい」
「うい」
駐車場へ着くとせいちゃんの車で行くのかと思ったが、違うイケメンさんが手招きしている。
一応周りを見るが、どうやら自分に手招きしているらしい。
目が悪いフリをして眼鏡を掛ける。
靄とは違う黒いオーラが混じっている、真っ赤とオレンジが混ざって夕焼けみたい。
『お迎えに上がりました』
「誰の指示でしょう」
『とある神様です』
怒りの篭った嘘なワケだが、何ででしょうか。
ちょっと分からん、何の試し行為だろうか。
つか、何処の誰よ。
人間だろうけど、関係者じゃ無い?どう入ったんだコイツ。
「ちょっと、何言ってるか分かんないっすね」
『アナタの為なんですけどね、まぁ、良いですよ』
え、しかも舌打ち。
何でこんな悪意ばっか、何かしたかしら。
「どうしましたか」
「井縫さん、どうでしたか」
「処置はするそうです。コチラは」
『向こうの警備部警護課の者です、ご挨拶にと思いまして』
「あぁ、どうも」
「宜しくお願いします。じゃあ車向こうなんで、また後で」
「失礼します」
なんだ、何も分からんのだが。
女媧さん裏切った?
それともルーマニアの人達?
顔は日本人に見えるけど、変化?
いや、日本語普通だったし。
車にはせいちゃんは居たけど後部座席だし、今日は随分離れた所に駐車して。
なんだ、また何か起きてるのか。
「どうしましたか」
「なんか起きてますか」
『え?何か有ったんですか?』
「いや、ちょっと絡まれただけ。さっきの人間が、自分達の車に乗れって」
「新手のナンパでは」
『ですね、外交官ナンバーでしたし。モテモテですね』
「面白がって」
『はい、とっても似合ってますよー』
「猫山さん?」
「あれ、分かっちゃいましたか」
「ワザとでしょう、で、なんですか」
「せいちゃんとイチャイチャするなんて大変でしょうから、私が交代しました。会合、2つ有るんですよぅ。井縫は変化でソッチの警護にあたります」
「井縫さんマジか、ソッチ見たいんだけど」
「イチャイチャはしませんよ」
「なんだ」
「残念ですよねぇ、あ、指輪です」
「なんで」
「お返しです、せいちゃんからの」
「猫山さんセンスなら安心出来るけど」
「井縫になって一緒に買いには行きましたけど。やっぱり女と一緒に選んだのは嫌ですかねぇ?」
「恋人なら。まぁ友人なので有りかと、とんでもないの選ばれるよりマシだし」
「さ、開けて下さいよぅ、はやく」
「どーしよーかなぁー」
「もー、ワクワクドキドキなんですから、早く早く」
「なんか、猫山さんのせいちゃんは数倍可愛いな」
「ふふ、猫被りの猫山ですからね、は、や、く、は、や、く」
「どれどれ」
少し横長の箱を開けると、とてもシンプルな指輪2つ。
手に取って眺める、内側に透明な宝石、そして表面からは想像出来無い程に厳つい彫りが裏面びっしりに施されている、柄は茨と龍。
「魔石と交換しても良い様に、キュービックジルコニアにしときましたぁ、でもでも、良いジルコニアらしいですよぅ」
「愛してる」
「私も」
「もう着きますよ」
お互いに自分で指輪を嵌め、車から降りる。
慣れない感じのエスコート、はにかむ姿は本当にせいちゃんみたいで可愛い。
そうして井縫さんは後部座席へ、そのまま浮島へ行ったらしい。
『じゃあ、行きましょうか』
「うい」
話しを逸らされて何でこんな状況になってるのかは聞けなかったが、井縫さんが向こうに居るなら大丈夫か。
楠に変化した井縫さんか、誂いたいなぁ。
お店は以前にも来た中華料理屋、貸し切りじゃ無いのか集団とすれ違い、奥の部屋に。
行燈の灯りだけで薄暗い。
円卓のテーブルにはかなりの空きが有り、月読さんと以前見た女媧さんの付き人イケメン、それと数人のスーツ組が後方で控えている。
『いらっしゃい、似合うわ、良く見せて』
「あの、お客様へのご挨拶が先では」
『回って見せたら紹介するわ、はい』
「へい」
猿回し、クソマネキンの猿回し。
我慢我慢。
『うん、良いでしょう。コチラはもう知ってるわね?』
「女媧さんの後ろに居たイケメン」
『心変わりはして頂けましたでしょうか』
「せいちゃん、どうしましょうか」
『断って頂けますかね、指輪もお渡ししたんですし』
「らしいです、残念」
『せいちゃん、その事なのだけれど、1度破棄して貰うわね?』
『今日買って渡したばかりでですが』
『中つ国へ行って欲しいのよ、楠1人で』
「それと破棄がどう繋がりますか」
『伏儀様にお会いして頂くべく、宮中に上がって頂く必要が有るのです』
「何で会う必要が?」
『ご興味無いですか?』
「そんな、無い。宇宙行けないなら別にいい」
『宇宙へ行かれる理由をお伺いしても?』
『大丈夫、話して上げて楠』
「穴を開けて循環させたい、全体を」
『それは、どうしてでしょうか』
「何かを成さねばいけないらしいので、ただ良かれと思って実行するつもり。そも帰還の為です、元の世界では無く、ナンバリング1の世界、健康と魔法を与えてくれた世界に帰って、役に立ちたい」
『少し噂を耳にしました、欺ける魔道具をお持ちだとか』
「あぁ、コレがそうです、で。嘘は無い、帰って役に立ちたいだけ」
『嘘を言って頂けます?』
「んー、エビが大嫌い、虫大好き」
『ありがとうございます……ふふふ』
『もう、早過ぎるわよ、女媧』
《だって、エビって、うふっ、しかも虫、ふふふ》
「もー、ちょっと緊張したのに。で、視察団さんは何処へ」
『ココに居るわよ。もう良いでしょう、早く出て来て頂けませんかしらね』
自分やせいちゃん、スーツ組の影から人が出て来た。
寧ろ人に見える何か、美しい人から好みで無い方々まで性別はバラバラ。
目や髪の色も様々だが、皆が一様に透けてしまいそうな肌の白い事よ。
ソラちゃん、気付いてたか。
【殺意も悪意も無かった為、無視しました】
マジか、いつの間に。
【店内入店直後です、数人のグループとすれ違ったかと】
ぁあぁ、それに着いてた?
【はい】
「どうでした?」
《その耳飾りや、他の魔道具等に阻まれ、最後以外は真意を読めませんでした》
「外してますよ、ご質問をどうぞ」
《その言語は、何処で、どうやって収めましたか》
「ナンバリング1で、気が付いたらこうで、文字はダメです。0では何も無しの無能です」
《もう1度聞きますが、どうやって》
「知らん」
《では、ココへ来た理由も》
「来たんじゃ無い、居た、理由は知らん。振り向いたらココに居た、その前も起きたら違う世界、その前もそう、見知らぬ病院のベッドだった」
《循環の為の穴を開けるだけなら、竜は必要無いのでは》
「その方法を知ってるなら教えて欲しい、穴を開ける為の足場になって貰いたいだけだし」
《足場》
「浮遊は出来無いから、飛んだり跳ねたりしか出来ん」
《竜を、その足場に?》
「神聖なのは存じてるが、力を借りたい。1に居た子は、それが軽々と出来たから」
《もし、それが無理なら》
「ロケットにでも乗って宇宙行く」
『楠、その後はどうするつもりなの』
「魔道具で息出来るか試す、つか竜居ても試せたら試す、何かに乗れない?」
『何処も許可が降りなかったら、どうするつもりなの』
「盾で上昇して穴開けて、でも最悪死んじゃいそうなのよね。宇宙漂うか、戻る時に成層圏で燃え尽きそうじゃない?」
『生きて帰るんじゃなかったかしら』
「そうだけど最悪無理そうなら、悪人ぶっ殺しまくって、穴開けて死んでやる」
《ふふ、良い笑顔、良い子良い子》
『だそうよ』
『無茶な事を』
「死ぬのは1番最後、生きるのは大前提」
《我々は情報の点でも完全に出遅れています、コチラをお貸しすれば情報が得られると聞きましたが》
「操作出来るのはただ1人、会った事も無い方には指名出来無い」
《出来ませんか》
「はい、自分の身を守る為です。でも、ちょっと魔法を使えば可能かも知れない、会わなくても」
《お伺いしても》
ギアス、血の盟約で縛り、そのモノへと届けさせる事。
了承したのか、1人が前に出て来た。
血の盟約も、ギアスも不成立。
「ですよね、ワシに全く心を開いて無いもの」
『誰か付けて頂戴よ、人間嫌いで無いモノ』
《良いわねぇ、私が影に入りたいわぁ》
《アナタの世界は複雑だ、入るにはある程度の能力が無くては呑み込まれてしまうでしょう、相談させて下さい》
「待った、ずっと影に?トイレにも?それはちょっと」
《それはご安心を、我々にも遮断する技術は有りますから、ただ》
「ただ?」
《それも、ある程度の能力が無くては、アナタの声やイメージに侵食されてしまう》
「アナタが入ったんですか」
《えぇ、非常に居心地が。ですので、相談させて下さい》
なんか、自分の影の悪口を聞いた様な。
言い切らなかったからギリだが、実質アウトだぞおいコライケメン、殴るぞ。
『じゃ、もう食事を始めて良いかしら、お腹が空いて不機嫌なのよね?』
《ふふ、もう鳴ってしまいそうね》
《そうですね、では失礼し》
「待った、ソッチのご飯は血?要るなら上げるが」
《必要量をご存知でしょうか》
「知らんが作れる、献血してみたかったんだわよ」
《大丈夫かしらねぇ》
『そうねぇ、飲む方が心配だわ』
「あぁ、試飲如何ですか、湯呑で良いですか?」
《ふふ、グラスが有るじゃない》
『湯呑は無いわよ、湯呑は、ふふふふ』
《用意は有ります、どうぞ》
「おっしゃ、まかしとき。虹色なんで目が潰れますぞー」
大きなガラスの器を膝に載せ。
腕の痛覚を切り、短刀で肘の内側を縦に切る。
肘先から器へ落とす。
ちょっと切るの遠慮して、時間掛かっちゃうかも。
『大丈夫ですか?』
「切り落とした事も有るし大丈夫、それでも貧血になった事無いんだわ」
《もうその位で》
「遠慮すんなって、ごめんな、ちょっと浅くて時間掛かってる」
《違うんです、香りが》
「臭かった?すまん、片付けるか?」
《いえ、頂きます。では》
「そんな臭い血なのか、バランス良く食べてる方なのに」
『禁煙すべきなのでは?』
「あぁ、マジか、だが断る」
『拭うだけじゃダメね、洗いに行ってらっしゃい』
《そうね、ふふふ》
『案内しますよ』
耳飾りを嵌めお手洗いへ向かうと、トイレから出て来る自分が居た。
色違いのピンク色を着た花子、顔真っ赤やん。
そして男子トイレへと振り向くと、フルスマイルのせいちゃんと鈴藤。
「は、なんで」
「もー、どうしてこのタイミングなんですかぁ」
「いやぁ、偶然だなぁ」
『まぁまぁ、親交を深めて下さいよ、お化粧も、直して下さいね』
「もう嫌ですぅ」
「我慢して、直ぐ終わらせるから」
「あ、血が」
「大丈夫、後で教える」
一緒に女子トイレに入り、腕を洗う。
ちょっと石鹸も使わないと無理か。
「あの」
「お試し、自分でやったから問題無い。それより似合うね、別人みたいに可愛いよ」
「どうも、ソチラもお似合いで」
「だから下半身が目立たないフリルなのねぇ」
「もー」
「コラ、化粧落ちる、余り顔触らないの」
「お化粧嫌がる理由、分かった気がします」
「でしょう。油取り紙で軽く顔抑えて。目の下も綿棒で黒いの軽く拭いて、つかギュッて瞑らない、下に付く、ほら綿棒」
「はい」
「よし、お粉、目開けて上見て」
「はぃ」
「はい、目を瞑る」
「はぃ」
「ほい、グロス塗れ」
「ぅー」
「ワシの顔で照れてどうする、今更だろうに」
「だって、ずっと鏡も見ない様にしてたんですよ」
「じゃあやるから、目瞑ってろ」
「無理ですって、もう何もかも恥ずかしいんです」
「慣れだ慣れ」
「慣れって、一体向こうで何してたんですか」
「エロエロ」
「もー」
「あ、バカ、化粧が落ちる」
「変な事言うからですよもー」
「あ、溢れ無い様に、ちょっと吸い出すよ」
「あ、お願いします」
どうせ自分の顔だし、うっかりチューでもしてやろうかと思ったが、不味いよな。
せめて鈴藤じゃないと。
なんとかお直しを終え、2人を先に帰らせトイレへ。
影に入られる生活になれば、マジで安住の地はトイレのみになるのか。
面倒、本気で自力で宇宙に行こうかしら。
そうして意を決し廊下へ出て案内されたのは、先程とは違う部屋。
主に人間が多い、川上さんも居る。
他はアマテラスさんとスクナさん、分類不明には女媧さんのイケメン付き人。
花子に変身しているせいちゃんの右手に座り、更に右隣にせいちゃんに変身している猫山さんか誰か。
川上さん以外は日本のメンツは鳩豆、中つ国の人間もルーマニアの人間と思われる人間も、少し表情を変えたが直ぐに戻した。
「鳩豆」
「なんですかそれ」
「鳩が豆鉄砲」
「あぁ、そう言う事ですか」
《さ、大勢で食べると美味しいと良いますからね、召し上がって下さい》
『そうですね、さぁどうぞ』
見るからに中つ国のイケメンが主導権を握っているが、女媧さんに入れ替わってる?
それと何時視察団が戻って来るのか気になるし、駐車場で悪意を向けて来たのも居無いし、なんだコレ。
そうしていると、日本に魔改造されてしまった創作料理達が運ばれて来た。
前菜にはアヒルの卵の塩漬けを使ったポテトサラダ、ピータンのデビルドエッグ風、彩りがハロウィン、名前通り毒々しいが美味い。
紹興酒が進む。
せいちゃんは上げた銀の箸に腕輪もしてるので安心、杏露酒がお気に入り。
スープは土瓶蒸し高級乾物スープ、キラキラしとる、ほのかに漢方の香りと上品なトロみ、お坊さんが壁を乗り越えて食べに来るレベルの芳香、美味いけど値段が気になる。
お次は3種のイカとアスパラのXO醤炒め、からの北京ダック。
北京ダック、身も、食べたかったんよ、身。
そこからは飲茶タイム、回転台に何種類もの飲茶達が乗る。
全種類食べたい。
『「全種類取ります?」』
「「うん、ありがとう」」
猫山井縫ペアとは違い、イントネーションやなんかは微妙に違うが、せいちゃんと声を合わせると、中つ国が鳩豆した。
残るはルーマニアか。
「ちょっと、面白くなってきてしまいました」
「分かる、残る鳩豆は1つだ、バレる前に当てないと」
どう当てるか。
観察してみるに、コチラの事は聞かされて無いのか不明。
不動の鉄仮面集団、不味そうに食いやがって。
「ところで、ご挨拶はしてきましたか」
「いいえ、まだですが」
「ちょっとご挨拶をしてきます」
「良いんでしょうか?」
『「どうぞ」』
双子芸、すげぇ。
せいちゃん(花子)を着席させたまま、アマテラスさんとイケメン付き人が居る、ルーマニア視察団と思しき集団まで移動。
「楠花子です、ご挨拶に参りました」
『ルーマニア視察団、姓はウェーバー、名はハンリックです』
「意味をお伺いしても、因みに自分のは草花ですが」
『織工、そして定規です』
「おぉ、定規。フィンランドではエリクセンって言うんですよね、行かれた事は?」
『いえ、近々行こうとは思っています』
「是非ザリガニの感想をお願いします、食べた事が無いので」
『そうなんですね、では向こうで用意させますよ』
「辛いのはちょっと」
『少しなら大丈夫でしょうか?』
「ちょっとなら」
『では是非、用意させましょう』
『あの、中つ国へ行かれるのでしょうか』
《ええ、明日にでもと》
『それは』
『女媧様がご興味を示されているからに過ぎません、お力も有る方だと神々へは周知されてらっしゃいますから、無理強いは出来ませんが』
何だ、猫山さんにせいちゃんまで来て。
どうした。
《ルーマニアの方は直ぐには受け入れ難いでしょうし。日本だけで無く様々な場所へ行き、視野を広げて貰いたいの、ね?鈴藤》
「はい、俺には謁見不可能な伏儀様ともお会い出来るそうですからね、百聞は一見に如かずですし」
『お土産、楽しみにしてますね』
ほっぺにチュウて、破棄はどうなった。
隣で本物が赤面してるし。
「うい、ただ、破棄なのでは」
『一時的と聞いてますけど』
『現時点で関係解消をお願いしたく』
『じゃあ、お預けしますね』
「あぁ、はい」
《寂しくても他に手を出してはダメよ?私が直々に怒りますからね》
『はい』
「はい、で、マジで明日ですか」
『はい、自家用機で来ましたので、お乗り頂ければと』
『それでは、我々がお呼びするのは難しそうですね』
《そこは鈴藤がお相手致しますわ、ね?》
「勿論ですよ、本当に呼んで下さるならですが」
『お力が有るとは思えませんが』
《あら、なら楠もそうよね?》
『そうですね、能ある鷹は爪をと申しますし。見た目で判断はまだ早いかと』
「良いですよ、無能と思われる方が楽なんで」
また何処からか舌打ち、音の方向は日本。
川上さんめっちゃ焦ってるし、どうしたんだ一体。
《あら、まだお腹が減ってる子が居るみたいね》
『では、お食事の続きを』
マダコのチャーハン茶漬けを〆に。
デザートは燕の巣、胃液だか唾液だっけか。
愛玉子が良かったな。
「御馳走様でした」
《ご感想は?》
「杏仁か愛玉子の方が好きです」
『分かりました、手配しておきます』
《満足して頂けたかしら、では、少し下がらせて貰いましょうね、いらっしゃい》
アマテラスさんに手招きされ、移動した先は前の部屋。
女媧さんが黒子スーツと談笑中。
《おかえり、首尾はどうだったかしら》
《もう凄いわ、舌打ちが聞こえた時は思わず笑いそうになったもの》
「それそれ、何か起きてますが」
《そうなのよ、だから2人共向こうでお着替え、お願いね》
アマテラスさんに促され、せいちゃんと服を交換。
また顔触って、いい加減慣れて欲しいんだが。
「慣れろってばぁ」
「いや、見たら失礼かと」
「なんで」
「一応女体ですし」
「女体ってなんか」
「聞かないですーあーあー」
「分かったってば、ほら着て」
「あの、腕輪はどうしましょう」
「もう飲食しないだろうけど、外して持ってて」
「はい、あの」
「大丈夫、毒耐性有る」
嘘、ほぼ無いです。
着替え終えたがトイレに行きたい。
《うん、じゃあ後は帰宅ね。お家に帰るまでが戦争よ、せいちゃん、鈴藤、気を付けて》
《じゃあ、またね》
おトイレ行きたい。
「あの、おトイレに」
「しょうがないなぁ」
鈴藤こと井縫さんにギリギリまで着いて来られた、用を済ませ外へ出る。
せいちゃんこと猫山さんの運転、助手席には鈴藤の姿の井縫さん。
目的地は楠の家らしい。
『美味しかったですねぇ、特にスープ』
「高級過ぎて値段が気になったわ」
「私もですよ、具材が凄くて」
「乾燥ナマコ初めて食いましたよ」
《皆さん、耐ショック姿勢を》
ソラちゃんの声と同時に一斉に身構えたが、目先で転倒したバイクに乗り上げ。
後続の外交官ナンバーに追突された。
『意識ありますかぁ』
「結界解除するんで降りてて下さい」
「待って、先に出る」
「気を付けて下さいね」
バイクはもぬけの殻。
そして後続から降りて来たのは、駐車場で悪態をついてきた残念イケメン、外交官ナンバーは中つ国か。
『大丈夫ですか』
「はい、発炎筒後方に投げたら歩道に避難して下さい」
『手伝いますよ』
「お構い無く、出て大丈夫、避難しましょう」
せいちゃんは楠の仕事用携帯で救急車を、鈴藤も同じく仕事用で警察へ。
そして猫山さんはせいちゃんの携帯で上司へご報告。
ワシ、何すりゃええねん。
『災難でしたね、当て逃げなんて』
「ですね」
『何処か痛くは無いですか』
「今は」
後にも無いだろう、治すし。
『後で出るそうですし、ご家族へご連絡しては?』
「身内は居無いので、家族には仕事場から連絡が行くかと」
コレは多分、本当。
だって楠家の連絡先知らないもの。
『なら付き添いますよ、ご不安でしょうし、色々と手伝わせて下さい』
「あぁ、お願いします」
何の指示も無かったし、あぁ言うって事はこう言う事かと。
落とせたとでも思ったのか、嬉しそうにお偉いさんの所に行ってるし。
でも何だろ、偽女媧の残党?
にしては露骨過ぎ無い?
「大丈夫ですか?」
「おう、全員検査か」
「人数が人数だし、分散するかと」
『まぁ、楠さんは早速お見舞い係が出来たみたいなので、コチラは寂しく肩を寄せ合いましょう』
「だな」
「良いんですかね、1人にさせるなんて」
「大丈夫、慣れてるし」
『関係、解消しなければ良かったですかね?』
「さぁ、返すとは限りませんし、ねぇ?」
「そうなのかぁ、楠」
「あ、いや、それは」
『あ、来ましたね、救急車』
消防署が近かったらしく、思いの他早く来た。
せいちゃん達3人を載せ、後から来たパトカーの人間と話し、発車した。
そうして合計3台、向こうの外交官2人が1台に、コチラは自分と残念と外交官を載せ、救急車が発車した。
『大丈夫です、彼は友人でも有りますから』
会食には居なかった人間、大人しそうで少し気弱そう。
黒幕に良く有る感じに見えるけど、ココで眼鏡を掛け確認するワケにもいかず。
悶々としたまま、救急車が着いた。
小さな療養所ですが、大丈夫なんでしょうか。
「ココは」
『大丈夫、医師免許も外傷の救急指定も有りますから、ほら』
確かに看板には書かれてるが。
背中を押されるがまま、院内へと入る。
受付も看護師さんも普通、お医者さんも。
普通にレントゲンやなんやと撮り、残りはMRI、頭は確実に打って無いので無しに、時間掛かるしぶっちゃけ無駄だし。
「コレで帰れますかね」
『どうでしょうね』
残念に付き添って貰い、出たのは軽度の捻挫だが髄液漏れの疑い有りだそう、今は痛く無いだけで数時間もしたら痛みや髄液が出るんだとか。
医師は嘘の気配無し、何ならめっちゃ心配してくれてるし。
ただ、ココに来て直ぐにトイレで全身治したから、それは無いんよなぁ。
髄も無事だったし。
「入院ですか」
『ほらね、付き添いますよ』
お連れの外交官様もお怪我したとの事で、直ぐに転院手続きに入った。
その病院の場所は近いが、家からかなり遠い。
ギブスを付けられ、医療用タクシーで入院先の病院へ向かい、そのまま入院となった。
全く何が起きてるのか分からん。
女媧さんの取り計らいなのか何なのか、外交官さんの個室の隣だし。
良い部屋、ベッド埋まっててタダで泊まれた時以来だわ。
あ、1でもか。
取り敢えずは病院着に着替えベッドへ。
洗いたい、ギブス外して顔を洗いたい。
また悶々としていると、残念が飲み物や何やと持って病室へ来た、凄い馴れ馴れしい。
「あ、ありがとうございました、もう大丈夫かと」
『遠慮しないで下さい、あ、ギブス少しなら外しても良いそうですよ、慣れないと肩凝りの痛みが出るそうですから、それとメイク落としです』
「何から何までどうも」
悪態は何処へ。
アレは誰かへの演技?
それともコレから口説くん?病院で?
いやぁ、説教後にヤル位に無理だろう、軽い捻挫でも髄液漏れ有りでしょう?
マジならビビってそれどころじゃ無いもの、何なんだ、何の遊びだ神々よ。
『宮中行きが延期になるだろうけれど、今のウチに宮中がどんなものか説明しておくよ』
ザッと言うと大奥、後宮モノ。
ただ王様は2人、伏儀と人間の王様。
伏儀には女媧、人間の王様には各国の女性が揃って居るらしい、ワールドワイドな人種が揃ってるんだとか。
男は宦官だが、玉除去のみ、しかもしっかりと精子バンクへ預けられて、嫁も子供もちゃんと居ると。
薄々気付いてたが、思ったよりは健全そうで安心した。
「そうですか」
『まだ事故の動揺が抜けてない時にごめんね、取り止めるなら今のウチだと思って』
「入ったら、出れなくなるんですか?」
『普通はそんな事は無いけれど、君の場合はどうだろうね』
嘘キター。
まだ内部抗争しとるんか。
いや、日本の派閥の手先?
「なら、逃げるなら何処へ行けば」
『カナダ自治区、そこへ行くフリをして国内に潜伏しましょう、教祖様』
そっちかぁ。
「教祖様、とは?」
『お美しい髪を今でも覚えています、颯爽と治療されていた日を、今でも』
「箱入りでして、ちょっと何の事か」
『良いんです、身分を隠されてらっしゃいますものね、大丈夫です、我々がお守りしますから。他国へ阿らなくとも、もう良いんですよ』
「あの、もしお間違えの場合、私は殺されるんでしょうか」
『いえ、まして間違える筈は有りません、河瀬と言う者から聞きましたから』
「はあ」
『幼い少女で、こう言った内部に詳しい者だと言って入信し、接触して来たのです。アナタ様の為を思い、協力してくれた同士です』
嘘無しか、困ったな。
炙り出しリークだろうけど、度胸付いたなぁ。
「じゃあ、隣の方は」
『同士です、名簿にも載っていません』
あぁ、コレか。
「じゃあ、治さないとですね」
『ありがとうございます、ギブス、お外し致しますね』
「どうも、アナタも治しましょうね」
『私は良いんです、どうか御髪に触れるご許可を』
変態がココにも。
どんな魔力纏ってんのワシの髪の毛、もう切っちゃおうかしら。
「なら、あの駐車場のは」
『申し訳御座いません、内通者と思って声をお掛けしたので、あぁするしか無かったのです、どうかお許し下さい』
許したら髪を触るんじゃろがい。
変態残念イケメン男、密着シリーズのあだ名か馬鹿者め。
「じゃあ、梳かすなら」
『ありがとうございます』
ブスの髪なんぞ爪やウンコと変わらんだろうに、もう神様扱いなら何でもどうにでもしたくなるんかしら。
何が願いなんだろう。
「願いは?」
『神様の自由です、多大なるご功績を挙げられたと存じております。ですから、政や人間、国に縛られる事無く、お好きに生きて頂きたいのです』
最初は感動しかけたけれど、後半に作為的な何かを感じる。
まだ内部の立て直しが始まったばかりでコレは、排除したい層と合致してしまったんだろう。
なら、中つ国へ行かせれば良いのでは。
「中つ国は、そんなに危ない場所ですか」
『河瀬ですら宮中の内部情報が掴めないそうです、ですので万が一にも何か有っては』
「信徒が離れますか」
『いいえ、悲しむと言いたかったのです。お望みで有れば良いのですが、手籠めにされるなど以てのほか』
「誰に手籠めにされるなら、納得しますか」
『スサノオ様、人間で有れば大國と呼ばれる者。この国の新しい礎の1つとなって頂きたいと願う者も居りますが、私は、アナタ様の望みが叶うのが1番なのです』
「髪を梳くだけで良いんですか」
『懸想を抱く事を、どうかお許し下さい』
髪の毛すげぇなおい。
母ちゃん、良い釣りの道具になったよ、凄いな、本当に見る目が有る両親だ。
少し背を預けると容易く抱き締めやがった、もう懸想超えとるやん。
めっちゃ匂い嗅いでるし、残念を返上しかけたが残念なままだわ。
ただ、それ以上手を出す事は無かった、コレは神様扱いで助かったのかも。
暫く嗅がれて居たが、ドアがノックされた。
「少しお待ちを、開けて貰っても」
『はい…あぁ、どう致しましょうか』
《突然すみません、お加減は如何でしょうか》
「大丈夫ですよ、どうぞ」
『もう大丈夫ですよ』
《そうでしたか、アナタ様の為とは言え、ご迷惑をお掛けして大変申し訳御座いません》
「待って待って、治すから、ジッとしてて」
変態よりは常識が有る様な、30代か、少し草臥れた感じ。
怪我は捻挫、それこそ髄液漏れしかけてる。
つか癌か、胃癌。
一旦治すか、ついでに隣も治して終了。
《ありがとうございます、ご説得ご苦労様でした》
『いえいえ、皆様のお力添えの賜物です』
「何故、中つ国の外交官として居られたのでしょうか」
《ハーフでして、父が中つ国の者で。低きに流れました》
「良く有る普通の事かと」
《信念も何も無く生きた結果、で、あの、もしかして》
「少し治しただけですから、余り喜ばない様に」
《ありがとうございます、僕なんかの為に》
『お母様を亡くされたそうなんです、私は向こうの部屋に行ってますので、お話しだけでもどうか』
「勿論、どうぞ」
《ありがとうございます》
自分を生むと同時に母親が亡くなった、兄姉は居るが邪険にされて苦しんで居た時に、教団を知った。
親の事も有り名簿への記載は無いが、匿名の寄付を続け、顔も知られている信者なのだそう。
もう少し神様が居れば、自分も母親も救われたのでは無いかと、そう思っていると。
「救われましたか」
《はい、ですからどうか、宮中だけは》
「何か知っていますか」
《の口から聞けた少しの事なら、定かでは有りませんが、否々行った女性すら人間の王は虜にすると。今日のアナタ様の反応を聞き、お助けせねばと思いまして、強硬手段を取らさせました》
せいちゃんの赤面か。
「バイクの方のお怪我は」
《元スタントマンですので、ご心配無く、無事との報告も受けて居ます》
「アナタの願いは何でしょう」
《僕らの神様を手籠めにされたく無かった、誰のモノにもならず、自由になって頂きたいんです》
「他には?」
《それだけです、ほんの少しでもお役に立ちたいんです。コネで外交官になったも同然で、無能なんです。だから、少しでもお役に立つ、お役に立てたら幸せなんです》
偶像崇拝、アイドルの語源かよ。
「でも、誰かを手籠めにしたら、失望するのでしょう」
《いいえ、生き神様でらっしゃいますから、そう言う事もお有りかと。ただ、ちゃんと好いた方と一緒に成って頂きたいんです》
「生き神とは」
《人間と同じ寿命を持たれた方だろうと、翠さんが仰ってたのですが》
「そうですか。それで疑問なんですが、アナタが好きだと言ったらどうなるんでしょう」
《ご冗談を、僕は顔も才能も恵まれてはいませんし、少し良い生まれなだけですから。嬉しいですが、心配で嫉妬に狂ってご迷惑お掛けするだけかと》
「まるで体験談」
《はい、振り返ると利用されていたのかと思うばかりの、臍曲りですから》
「他の神々とお話しした時、求められないのは寂しいと言う話題が出ました。それが少し分かりました、自由しか求められないのは寂しいですね」
すまんねマーリン。
今度までに何か考えておくよ。
《あの、もし宜しければ、何処でも良いので、触れさせては頂けませんか。実体が有ると、コレが現実だと確かめたいのです》
掌を上にし両手を差し出している。
ただの人間なのに、ちょっと可哀相だ。
「どうぞ、存分に触って下さい」
手に手を合わせる。
どうか、人間だと気付いて下さい。
泣くな、ただの人間だぞ。
《ありがとうございます》
彼にとっての初めての成果、初めてのアイドルなんだろうか。
覆したら壊れてしまわないだろうか、繊細で気弱で、昔の自分を見ている様。
野心も無さそうなのに、こっちの派閥に入れたのは誰だ。
「派閥が分かれてるとは聞きましたが、誰の導きでコチラへ?」
《アナタ様が最後に治されたお方、吉岡沙里さんです。今は袂を分かちましたが、幼い頃から翠さんのご友人だそうです》
「翠ちゃん、悲しんでいらっしゃるでしょうに」
《はい、体調も崩されてまして、もし宜しければお慈悲を頂けませんでしょうか》
「そうするつもりですが、派閥が分かれる程の意見の違いが有るとは思えませんが」
《はい、僕も存在を公にすべきでは無いとは思っていますが、ただ、僕らが動かない事だけがアナタ様の為になるのかと問われ、甘えでは無いかとも。なので、行動に移した次第です》
「そうですか、先ずは翠さんの所に行ってきますね。休んでて下さい」
《はい、ありがとうございます》
もう一生分のありがとうございますを聞いた気がする。
もうお腹いっぱいだ。
外交官を部屋から出し、トイレに入ろうとすると足元から声が聞こえた。
【私です、聞こえてらっしゃいますでしょうか】
あぁ、ルーマニアの。
【はい、私達の影にも移動の弱点が有りまして】
飛ばれたら、くっ付いてられないんでしょう。
【はい、そちらにも居られましたか】
いや、知らん、でも似たのは知ってる、それで。
【観察の為に、上空からの移動は控えて頂きたく】
宜しいが、ただ、非常時は飛ぶ、素でウッカリ忘れて飛ぶ可能性も有る。
【分かりました、宜しくお願い致します】
コチラこそ、宜しくどうぞ。
トイレで顔を洗い、声を変え、喪服に着替えベールを被る。
そうして教団内部の翠ちゃんの部屋にあるトイレへと移動した。
「失礼しますよ」
『ラウラ様、こんばんは』
「顔色が悪い、夕飯は食べましたか」
『少し食欲が無くて、それに』
「沙保里さんの事でしょうか」
『はい、何かご迷惑をお掛けしては』
「お気になさらず、それよりもう遅いんですし、横にならないと」
『それが、気分が悪くて、無駄に起きてるなら書類をと』
「ココで良いから、横になって」
『あ、はい、すみません、ご心配をお掛けして』
「大丈夫」
案の定、お腹に小さな光り。
どうしてか、あの男の子を思い出し、また涙が出て来てしまった。
多感過ぎる、せいちゃんの思春期に中てられたか。
『ラウラ様?』
「大事にしないと」
『あぁ、申し訳御座いません、まさか』
「その1回で、出来る事も有りますよ」
『あぁ、違うんです、違く無いけど、お恥ずかしい。あぁ、どうしよう、どうしましょう?』
「過剰に喜ぶのも動揺も控えないと、出産までは安定平穏健康」
『はい、すみません。ごめんね、気付かなくて』
「コレで気付いたら凄い、妊娠初期未満ですから」
『でも、今思うと思い当たる節は有るんですよ、食欲やイライラ。沙保里の事だとばかり』
「凄いカリスマ性とリーダーシップの持ち主なんでしょうね」
『ええ、昔から皆の人気者で、可愛くて才能も有って、なのに病気で動けなくなって。ずっと、苦しかったと思います、お喋りが好きな子ですから』
「今、どちらに?」
『私の身の安全にと、行方は教えて貰えませんでした』
「信徒の移動は起こりましたか」
『2、3割が、沙保里に付いて行きました。秘匿すると言う事はラウラ様を囲う様な事でもありますし、罪悪感を持つ者も居りましたから』
「折角岩戸に隠れてるのに、騒がれると余計に奥へ引き籠る質なんですけどねぇ」
『そうですよね、お顔を隠してらっしゃいますし』
「コレは、胎教に良くない醜女を隠してるだけですよ」
『黄泉からお呼び出ししたのなら、さぞ日の元はお辛いかと』
「そこ出身では無いのでご心配無く、さ、もう寝ないと。カフェインも、マグロもクジラも控えて下さい」
『はい、ありがとうございます、あ、笹野』
「こんばんは、おめでとう、お父さんですよ」
《っ、ぁ、あの、ありがとうございます》
「ふ、じゃあ、またね」
『はい、おやすみなさいませ』
《ありがとうございました》
良いお父さんになりそう、うん、成って頂かないと。
翠ちゃんも、邪魔なモノは排除しないと。
警視庁の特別室へと向かおうと空間を開くと、影が蠢いた。
【ココからでは、私は入れません】
面倒な。
一先ずは目の前の公園へ向かい、そうして警視庁の正面から入る。
受付で観鏡教団のラウラと名乗り、月読さんからの連絡を待つ。
直ぐにも連絡が有り、黒子スーツの案内で月読さんの部屋へと入った。
『ラウラ、良いお名前ですこと』
「どうも、教団の事でご相談に参りました。分派の成した事と言えど、ご迷惑をお掛けした事を教団の人間に変わり、謝罪致します」
『下がって、黒子……もう、土下座なんて、心が痛むじゃない』
「いため、向こうは妊娠初期未満だ、守りたい」
『ほら立って。それでも、アナタは産む気も無いのよねぇ』
「無い、少なくともココでは」
『好きな人が居るなら分るけれど』
「居ないんだなぁ、コレが」
『あら、涙の匂い』
「多感なの、せいちゃんに中てられたみたい」
『あら大変、ふふふ』
「それは良いから」
『吉岡沙里ね、今日の狙いはソレ。アナタって何にも言わなくても転がってくれるから好きよ、愛してる』
「で」
『冷たぃい。包囲網は完全に成立したわ、後はアナタが好きに動いてくれたら良いだけ』
「殺しても?」
『それはダメよぅ、暴行も傷害も過剰防衛もダメ、まぁ、器物破損位ならカバーするわ』
「分かった、それはしない」
『ええ、そうして頂戴。じゃあね』
特別室から浮島へは影も移動可能だそうで、そのまま影と共にご休憩。
一服。
《お手数おかけしました》
「全くだ、変身か何か出来ぬのか、蝙蝠とか、蜘蛛とか」
《虫がお嫌いでは》
「触るなら、小さいハエトリグモでギリ。理想はオオコウモリの赤ちゃん」
《こうでしょうか》
「あぁ、可愛いなぁ、犬顔」
《野生の者には触れないで下さい》
「分かってる、伝染病よな」
《梟にも、なれますが》
「なんで早くそれを言わない、小さいので頼む」
もふもふ、ふかふか。
触り心地良し。
「またイチャイチャしてますね」
「おう、お疲れ、可愛いだろう。明日動く、今日はもう遅いし、疲れた」
「ですよね、もう11時近いですし」
「じゃ、風呂入るから、おやすみ」
「はい、お気を付けて」
何に。
この名も知らん吸血鬼にか。
「名前は聞けぬのか」
《スタス、定規です》
「コッチも定規なのか」
《子孫ですから、向こうが》
「似て無い」
《曾孫ですからね、姓も違いますし》
「ほう」
《ズグラベスク、過去を説明するモノです》
「へー、覚え難い」
《ハンリックにも言われました、日本人には耳慣れぬ綴りだと》
「ベスク、アラベスク、幾何学模様職人、ズグラ、ズグラってなんだ、覚え難い」
《ベスクの愛称でも構いません、特に決まりも無いので》
「スーちゃん」
《お好きにどうぞ》
「血、不味かった?臭い?」
《いえ、問題は無かったです》
「でも匂いがって」
《魔力が隠されていたので、血から漂う魔素に驚いただけです》
「あぁ、隠したつもりは無いんだが」
《そうでしたか》
「で、不味い?上手くする方法は?もっと居る?」
《賄賂を頂いてもお応えは出来ませんが》
「賄賂の意図は無かったが、なら前払いで。情報も普通に上げたいんだが、基本的には一代限りだから、人間よりは精霊か神々に渡そうと思ってる」
《もう少しお待ち下さい》
「候補者受け入れるよドリームランドに、招待する。そこで映画館で見たら良い」
《分かりました、どうすれば》
「眠るだけ」
温泉から上がり、病院へ戻る。
そうして小さな梟を枕元に立たせ、顔でもふもふしながら入眠。