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6月9日(火)

 



『鈴藤さん、どうしましょうか』

「何で井縫さんが?」

「すまん、俺が連れて来た」


 シバッカルの宮殿で、せいちゃんと大國さんと目覚めたのだが。

 井縫さんも眠った状態でココに居る、白く薄いベールが羊膜の様に掛けられた状態。


「説明を、最初から宜しく」


 井縫さんから月読さんへ、そして大國さんへ鍵の相談が行った。

 井縫さんが欲しがっているんだそう、影武者的にも欲しいと。


「原文ままだ」

「でしょうね。パワーバランスの問題はどうなるの」


「それもなんだが、先ずは井縫の適性の問題をと」

「シバッカルさん、どうだい」


《適性アリだ》

「あらー」

「それと、他の国にも鍵を欲しがっている者が居る」


「アングラ好きが多いのね、連合国かね」

「あぁ、代表者2名ずつ」

《コッチは良いが、この子次第だからねぇ》


「独善的で無い良い人間に限る。どの国でも常に2人だけ、シバッカルがダメだと思えば取り上げて」

《了解。この子はどうするんだい?》


「どうしよか、せいちゃん」

『え、あ、鈴藤さんが嫌で無ければ、問題無いかと』


「影武者から外れた行為が確認出来たら、最悪は殺して欲しいのだが」

『え』

「承る」


「万が一にも、鈴藤も楠も悪用されたく無い」

『分かりました。ただ、私は監視だけですよ、何の能力も無いんですから』


「それで充分」

《じゃあ、目覚めて貰おうかね》


 シバッカルがレースを外すと共に、井縫さんが目覚めた。

 状況は把握は出来てはいるらしい。


「お邪魔します」

「本当にな、何に成るつもりだい」


「鈴藤紫苑です」

「だけ、のみの使用を許可します」


「はい、ありがとうございます」


 シバッカルが光りの粒を与えると、立体的な蝶の形の鍵へと変化した。

 普通に可愛い、後で誰かに作って貰おう。


《じゃあ、選定にでも行くかね》

「ご苦労様です、行ってらっしゃいまし。ワシも帰る」






 起床。

 曇り。

 計測、高値。


 せいちゃんが起きるまで鈴藤の身だしなみを整える、伸びた髪をソラちゃんに切って貰い、色素を抜き、髭や眉を整える。


 続いて楠に変身し、同じく前髪を切って貰い、眉や何かを整える。

 そのままシャワーを浴び、髪を乾かして貰いリビングで天気予報を見る。


 いつもの時間に、せいちゃんが起きて来た。


『おはようございます』

「おはよう」


『暑いですよねぇ』

「ヤバいな、最高気温31℃だもんな」


 土曜の予報は雨、気温も10℃近く下がる見込み。

 今日も気温差が凄い、風邪引きそう。


 今日の朝食は、例の生卵屋さん。

 車で向かい、ささっと食べたが低迷期と拡張期だからなのか、同じごはんの量で互いに満足した。

 新鮮。


 そのまま出社、久し振りのアマテラスさん。


『おはようございます』

「おはようございます」

《おはよう》


 黒子達はスーツへと姿を変えていた、それに囲まれるアマテラスさんも何だか少し違って見える。

 気迫と言うか、しまりが有る感じ。


 ココで詳しく辞令を聞く事に。

 楠は灯台に加え白子としての役割が増えたのも有り、今後は浮島での待機となった。

 鈴藤も同様に、浮島待機。


 井縫さんも変わらず、ただ以前の事件が有るので、せいちゃんの助手として付いて回る事になったそう。


 スクナさんはスサノオ隊に編成、スサノオ隊は全時間帯をカバーするが、あくまでも先遣部隊。

 誘導や避難が主だそうだが、楠の所属がスサノオ隊へと変更になった、スサ隊は警察の外部委託組織になったんだとか。


 そして、鈴藤は月読隊。

 ややこし。


「スサノオさん、政治に関わる事が嫌なのでは」

《私の直属だから心配無いわ。もう、一蓮托生の運命に抗うのを止めたの》


「大丈夫ですか」

《寧ろ状況は好転した方なの、だから大丈夫、ありがとう》


「ご苦労様で御座います」

《あらあらどうも、ご丁寧に》


 沖縄の果物を差し出し、退出。

 最悪はマジでフルタイム活動じゃないの、死んじゃう。


 つか、どっちで居れば良いのだろう。

 取り敢えず、特別室から浮島へと向かう。


「おはようございます。白蛇さん」


《おはよう、月読が呼んでいるよ》

「あら、どうも」


 水鏡を見ると、機嫌が良さそうな月読さんが映っていた。

 何かしら。


【どっちで居るか考えてくれてた?】

「まぁ、一瞬悩みました」


【ふふ、鈴藤でお願い。楠は猫山が動くわ】

「じゃあ、鍵は」


【それは要らないから大丈夫、日中はスサと行動を共にしてるから】

「ほう」


【それより、他の国の鍵候補の確認は良いの?】

「シバッカルさんを信じてるので、それに、あそこは公共の場ですから。前の地主に会う必要は無いかと」


【会いたがってる子達ばかりなのに、寂しい事を】

「ガッカリされても困る」


【はいはい、普通の人間だものね。それで、体は大丈夫なのかしら】

「あぁ、特には。多分、マーリンが肩代わりしてくれてるのかと」


【その感覚が有るの?】

「いや、前に話した時に気にしてたんで、等価交換の事を」


【ふふ、律儀よね】

「ですね」


【それと、拡散させる話をスクナ彦から聞いたのだけれど。今からでも良いかしら、今日は日和も良いから】

「良いですが、大丈夫ですか」


【大丈夫よ、スサも配置はしてあるから】

「じゃあ、お言葉に甘えて」




 暫くして、スクナさんが池から飛び出て来た。


 その直ぐ後に、中央分離帯に2人の人影が現れた。

 スーツに袋状の羽衣を纒った男女の双子、その後ろにも1人。


《風神じゃ、姉のシナトベとシナツヒコじゃよ》

「後ろの方は?」


《お、雷神は咲じゃの》


《どうも、咲雷神です》

「楠花子、または鈴藤紫苑と名乗っています。宜しくお願い致します」


 元々既に準備が成されていたらしく、もう1つの浮島には安全の為にもと中継器が撤去されていた。


 先ずは小さい方の浮島に神々に待機して貰い、溢れるまでエリクサーを飲む。

 連絡係はコチラはナイアス、予備には白蛇さん。


 エリクサーキツイ、お腹いっぱいなのに、マジキツイ。


 ピッチャーを1つ、2つ目で溢れた。


 ナイアスから向こうに居る白蛇さんへ情報が伝わり、風神さんの起こす強烈な突風が吹く。


 当然とも言うべきなのだが、身を低くしたが浮島から吹き飛んだ。


 急いで羽衣を使うが、余計に飛ばされる。


 海へと飛ばされたが、緊張感は無い。


 船が見える、コレはコレで面白い。


 着水手前で盾が足元から出て来た、それを足掛かりに浮島へと引き返す。

 ちょっと危ないジェットコースター感覚。


『良かったぁ、そうだよね、飛ばされちゃうよね』

「ね、面白かった。ナイアスさん、大丈夫そう?」

『はぃ…不定形の、流動性の有る精霊で有れば、影響を受けないのではと』


「神様は難しそう?」

『はぃ、残留した魔素で少し白蛇さんが…』

『人の形に近い、固定された形を持つ者は影響を受けるみたいだね。じゃあ、もっと安全に行うには……』


 前後から挟み、自身ごと上昇気流に乗せる方法を試す。


 折角なので羽衣を着用し、限界まで上に登る、着陸は空間移動で浮島へ、となった。




 再びエリクサーを飲む。


 今度は拡散と同時に風が起こった、上昇気流で舞い上がり、島が小さくなって行く。


 眼鏡を装着し上を見るが、膜らしきモノは見えない。


 まだ距離が足りないらしい。


 着陸し、ご相談。

 即実行。


 再び、拡散からの突風。


 盾と羽衣を装備し上昇するが、微かに膜らしき何かが見えるだけで精一杯だった。


 それ以上は風圧で真空状態になり、窒息し兼ねないとの事。

 通りで息苦しいと思った。


 何なら少し目眩も。


「ちょっと休憩を」


 一応計測、低値。

 なぜ。


『あ、分かったかも』

「なに」


『先ずは飲んで。透過性だよ、固まってたみたい、普通の膜みたいに』

「なぜ」


『溢れるのが怖かったから?』

「そんな?」

『長く人間と居ったからじゃろ』

《直ぐにコチラに逃げ出すしのぅ》

《神や精霊の方が気が楽とは》

『分かりますぅ、ストレスだったんですね、可哀想に』


「まぁ、楽しいがストレスってのは最近自覚したが、でもなぁ」


『でも、そうなんだもの、良く見てやっと分る位で、前より穴が少し小さくなってるんだもの』

「でもなんで変形しますか」


『環境に適応したのかも、ココは豊富だし。ただ1番は、循環の真似事だと思う』

『じゃろうな、目が細かくなり、ストレスも増え、固まった』

「あぁ、まぁ、治し方は分かったな。ただなぁ、拡散方法がなぁ」


『だね、ココは守りが有るから大丈夫だけれど、普通は吹き飛んじゃうものね』

「まぁ、その為と思って作ったから良いんだけど、毎回神様をお呼びするのは気が引ける」

《どこまで気にしいじゃ》

『のう、前に話した風の精霊の事は覚えておるか?』


「あぁ、名前、なんだっけ」


『アネモイ、ルーマニアではルサリィ。そしてそれとは別に3姉妹の精霊が居るんじゃが』

「ほう」


『先ずば直接、アネモイとやり取りしてみんか』

「する、向こうが良いなら」




 風神さんと雷神さんへ泡盛をお渡しし、ドリアードの指示で鈴藤へ変身してから、ローマの浮島へと向かった。


 待ち構えて居たのは美しい男性、金髪に緑色の瞳、彼の名はファーフォニウス、西、春の風の精霊だそう。

 ギリシャではゼピュロスとして、少し違う状態で存在して居るらしい。


『名乗らんで良いぞ。ウルトゥヌスを呼んで来てくれんか』

『えー、僕じゃダメかぁ』


『ダメー、ハッキリ言ってお主は安心出来んからの。はよ』

『しょうがないなぁ、じゃあね』

「お手数お掛けします」


『特にギリシャに居るのにも、どちらにしても気を許してはいかんぞ、アヤツらに性別は関係無いからの』

「やべぇな、気を付ける」


 そうして来たのは大人しそうで、今にも消えてしまいそうな雰囲気の青年。

 黒髪に緑色の瞳、自信なさ気で儚いが、目つき悪い。


『すまんの』

『あの、アイオロスには』


『言うておる。ほれ、ご挨拶じゃ』

「鈴藤紫苑です、楠花子とも名乗っています、宜しくどうぞ」


『ウルトゥヌスです、どうも』

『ルサリィの事を教えてはくれぬか』

「又は、非常事態に風を起こして欲しいんですが」


『風は良いけれど、ルサリィの事は言えないよ。ただ、3姉妹の忠告なら出来る』

「ほう」


『気まぐれで、怒らせると怖い。彼らアネモイと同じ、両方の側面が有る』

『豊穣と不作、癒やしと病じゃな』

「日本の風神さんも同じかと」


『それを分かってくれてるなら良いんだけど』


「あの、彼ら、と言ったのは」


『僕は季節も親も明言されてない出来合いの精霊、だから他とは少し違うと思ってる。向こうは兄弟と言ってくれてるし、気にしないって。だけど、持ってる者から言われてもね』


『明言されて無いだけじゃて、季節も夏に相当す』

『所詮、アウステルとファーフォニウスの繋ぎだよ、雨を降らせる事も殆ど無いし。母からも父からも明言され無いって、有ると思う?』


「無い。他所のお子さんで?」

『いや、両方に似ておるよ』

『そこは疑って無いけど、ね』


「ウチの梅雨の子になっては、夏の通り雨とか、結構降りますよ」

『ちょ、思い切りが良過ぎじゃ無かろうか?』


「居場所は作るもんです」

『じゃが』


「聞いてみて」

『分かった、ちょっと待っておれ』


『同情ですかね』

「まぁ、少しは。後、シンパシーも。ただ、勿体無いなと。出来たら掛け持ちをお願い出来たらと思ってます、風に左右される土地柄なんで。どうぞ、お菓子でも」


『どうも』


 和菓子にアイスと並べた中で、沖縄の紅いもアイスを手に取った。


 1口食べてはアイスをジッと見て、また食べている。


「お口に合わなかったら受け取りますよ、それ好きなんで」

『いや、不思議だなと思って。似た味を知ってる様な、違う様な』


「それは紅いもです、紫のさつま芋」

『あぁ、でも随分と知ってるのと違う』


「ですよね、日本でも南の島が主な産地ですし」

『コレは』


「黒糖、サトウキビのお砂糖です」

『コレも良い?』


「どうぞ、紅茶か何か要ります?」

『日本のお茶は有る?』


「はい、どうぞ」


 ほうじ茶かさんぴん茶が良かっただろうか、それとも。


『美味そうなモノを食いおって、聞いて来たぞぃ』

「どうぞ、それで」


『貸し出しなら良いと、双方は合意したが』

『行く』

「言い出しっぺですけど、決断が早過ぎでは」


『コレ、有るんでしょ』

「まぁ、このラインナップは」


『じゃあ行く』

「もしかしたら呼び出す事が無いかも知れませんし、有っても中心部ですよ」


『それで良い、何も無いより、ずっと良い』


「宜しくお願いします」

『コチラこそ、宜しくどうぞ』


 先ずは浮島をご案内、問題は無さそう。


 続いて風神さん達へご紹介に向かう。




 クエビコさんから教えられた場所へ降りたが、お社は無く風が吹き続ける岩穴が有るだけ。


 間違いかと思いスマホを取り出すと、お社は道の存在する場所にちゃんと有った。


 移動しようと画面から顔を上げると、既に居られたらしく、もう神様同士で握手を交わしている。


 流行り病も請け負っている風神姉弟は、人に声を聞かせる事を自ら禁じているそうで、数回説得したが、完全拒否された。


 だが、風の音で声は聞こえないが、ウルトゥヌスとは何かを話し、打ち解けている様子。


 ハグまでしてる、そして風神姉弟は手を振ると、お空へ行ってしまった。


「仲良く出来そうですね」

『うん、明日。入梅?だって』


「梅雨か、そっか、もう明日なんだ」

『君と一緒に練習して回ると良いって』


「ほう、どちらへ」


 新潟方面、沖縄の雨雲が動いたモノらしい。

 ウルトゥヌスの手に有る壺から吹く風に吹かれ、新潟まで飛ぶ。

 飛ぶより飛ばされてるが正しいが。


 そうして今度はウルトゥヌスに支えられながら、壺から吹き出す風により雲が発達し、雨が降るまでを眺めた。


 壺の傾き加減で風の強さが決まり、範囲は魔法の要領と同じく意思でコントロールしているらしい。


 雨が降り出すとニコニコ顔に変わった。

 降ると嬉しいらしい。


『ありがとう、連れて来てくれて』

「凄いのに、自信持てば良いのに」


『君に言われるのはちょっと』

「何を知られてますか」


『いや、姉弟からちょっと聞いた』

「そんな事を、もっと有意義な会話して下さいよ」


『それもする予定、次は南』


 沖縄よりも更に先へ。

 今回は空間移動で、ウルトゥヌスに支えられたまま移動する。


 何も無い、海と雲しか無い。


 ウルトゥヌスが一気に大きく壺を傾けると、海が波立ち水蒸気を巻き上げ、雲が厚く大きくなる。


 台風、形成される様を初めて見た。


「すげぇ」

『魔力を分散させるには、1番だからね』


「ワシのせいか」

『あぁ、違うんだって。つゆ払い?って言ってたけど』


「多分、面倒事を振り払う意図だと思うけど、何か有るのかな」

『さぁ、見せ終わったら島に帰せって』


「ウルトゥヌスさんは?」

『まだ台風作らないとだから』


「それもそうか、じゃ」

『うん、じゃあね』


 すっかり上機嫌なウルトゥヌスさん、ニコニコ顔で別人に見える。

 可愛い顔とお別れし、空間移動で浮島へ、


「ありがとう、眼福でした」

『ほう、笑顔でも見れたかの』


「おう、別人レベルやんな」

『そうかそうか、うむ、良かった良かった。実力は有るんじゃが、どうにも自信の無い子でな』


「既視感ばかりでした、ワザと選んだか」

『いいや、北のは荒っぽい、かと言って西はの。南はまぁ、相性の問題も有るでな、そんな感じじゃ』


「失礼かも知れんが、鏡を見てるようだったわ」

『じゃろうなぁ』




 中央分離帯で一服。


 何も無ければ昨日のエリクサー作りを再開させたいが、風神さん達の口振りから何か有りそう。


 ただ、頼まれない以上は手出しは余計なのか、どうなのか。


 こう言う時は、聞くのが1番。


「月読さん、お困り事は無いですか」

【あら、あらあら、どうしてかしら】


「攫ってきたウルトゥヌスさん経由で、露払いとの単語を耳にし、気になりました」

【無視しても良かったのに】


「気にしいの知りたがりなので。余計な事なら引きます」

【まだ大丈夫、ただ、困った時はお願いするわね】


「うい」


 結局は内容すら言って貰えなかったが、もしかしたら政治関連かしら。


 外交か、内政か。


 小屋に戻ろうと立ち上がると、立ち眩み。


 忘れてた、低値なんだ。

 そりゃ言えないわな。


 急いで温泉に入り、エリクサーガブ飲み。

 ミード蜂蜜をツマミに一気に流し込む、アルコールだって分解すれば良いだけだし。


 種類を変えながら仙薬にエリクサー、蜂蜜酒と飲んでいく。


 種類を一周したので計測。

 中域。


 ただ、花子はまだ低値だろう。

 倒れなかったのは鈴藤だからだろうか、それとも拡散したのが極限ライン手前だったからか。


 まぁ、どちらにしても倒れなかったのは偉い。


「お昼にと思ったんですが」

「お、井縫さん。行く行く」


 またしても急いで着替え、警察庁の特別室へと向う。


 せいちゃん、井縫さんと3人でお昼御飯に、近くのホテルバイキングへと向かう。


 地上に変化は無し、それなら政治系なんだろうか、それとも地方で何か起きてるのか。


 ホテルへ着くと、悩みも吹き飛びそうな魅力的なフェアが開催されていた。


 メキシカン&アメリカンフェア。

 バイソンや牛のステーキ、ハンバーガーにタコスにブリトーと肉々しいフェアだが、お野菜もたっぷり。


 食ったら筋トレか水泳をしたいが、魔力回復が先か。


 たらふく食べ、警察庁へと戻る。


 さぁ、浮島へ戻って来たが。

 どうすべ。


 一服すべか。


 何かを成す為にルーマニアへ行きたいのだが、それを成すには何かを成さなくてはいけない。


 何かを成す為に何かを成す、アホか、ややこし過ぎる。

 面倒だからとルーマニアに突撃しても迎撃されるらしいし、雨降って来たし。


 小屋へ入り火種とエリクサーを囲炉裏にセット、火を眺めていると眠気が来た。


 クエビコさんと白蛇さんにエリクサーを任せ、雨の中の温泉で仮眠させて貰う事にした。






 15時、雷鳴で目が覚めた。

 そして頭上には咲雷神さん。


《すまんな、起こした》

「いえ。あの、いつから?」


《2時間程だろうか》

「何か御用で」


《いや》

「いや?何をしてらっしゃったんでしょうか」


《鑑賞と、雷だよ、ほれ》


 咲雷神が人差し指を軽く下ろすと、稲光と轟音が響いた。

 近っ。


「何か、理由が有るんでしょうか」

《見たいから見ていた。雷は、落とせと言われた》


「ほう?」

《君は、雷の素質が有る様に見受けられるんだが、使えないのか?使わないのか、どっち?》


「軽くなら使えはしますが、大きいのは、使うタイミングが無かったので」

《そうか、なら少し見せてくれ》


「いや、場所が」

《他郷の者を案内したろう、そこなら船も通らんよ》


「分かりました。服着るんで、少々お待ちを」


 服を着て直ぐに、抱え上げられた。

 男性と言うには余りに華奢で、楠並にスリム体型の咲雷神にお姫様抱っこをされ、空間を通る。


 羽衣を付けてるとはいえ、凄い。


『シオン、その方は』

「雷神の」

(さき)、さくとも呼ばれている、どちらか好きに呼ぶと良い》


『さき、さく、言い難い。女神ですか?』

《どちらでも無い、無性と言って良いだろう。生まれ故、機能が無い》


『失礼しました、そう言う経緯の方も居るとは』

《気にするな。それより雷電の練習をさせに来たんだが、良いだろうか》


『あぁ、どうぞ』


「下ろして頂いても?」

《何故》


「重くは?」

《無い。それに自分は不器用だから、コレ以外では落としてしまうかも知れない》


 中性的な神様スマイル、近いし眩し。

 どう言っても降ろさない雰囲気、お言葉に甘えてそのまま海へ一振り。


『おー、凄い』

《紫白の太い雷電、良い雷だ、何故使わない》

「練習不足です」


『ならココで練習したら良いのに』

《そうだな》

「色々な意味で、地に足を着けて練習したいんですが」


《気にするな。それに、オゾンの良い匂いがするんだ君は》

「近い、顔近いっす」

『僕が支えて上げる』


「あぁ、助かる」


 ひとしきり匂いを嗅がれ、手を伸ばすウルトゥヌスの元へと行けた。


 片腕に抱え上げられた、だが腰をしっかりと支えられ不安要素は無し。

 エリクサーを飲みつつ、咲雷神の言う通りに雷を落とす。


《何を不安がる事が有るんだろうか》

「使える様になったのは最近なのと、間違うと人が死ぬかと」


《そうか、小さい制御がまだか。なら、この指とこの指の間に走らせてみると良い。先ずは私の見本から》


 自分の右手の人差し指と、咲雷神の左手の人差し指に稲妻を発生させるとな。


 指焦げないかしら。


 心配を余所に、指を差し出した瞬間に青白い稲光と、軽い衝撃。

 ただ、静電気の様なビリッと感は無し、何か当たった感覚。


 ウルトゥヌスにも影響は無さそう。


 今度は自分も。


 普通に出来た。


「なんでビリッとしないのか不思議」

《閾値が有る、電気ウナギは毎回感電死しないだろう》


「電気ウナギ」

《ナマズにエイ、アロワナにも居る。そう言った種類と同じく準静電界が意図的に作れたら、探知も可能になるだろう》


「詳しくお願いしても」

《先ずは小さく作る、違和感の有る場所で手を止めて》


 咲雷神の差し出した掌に、手を近付ける。

 ある程度の距離へ近付くと、反発するでも無い違和感が有る。


 気のせいか、目を瞑って手を近付ける。


 同じ位置。


「ココかと」

《私が出したのはココまで、だから君に元々有る準静電界はこの範囲だ》


「ほう、コレが広げられたら」

《見えない場所でも探知が可能になる》


「エコーロケーション電気版」

《そう、コレの利点は神々や精霊にも対応している事。音を利用するのはあくまでも形有るモノだけ。ただ、合わせ技が出来るなら最高だろう、雷鳴と準静電界》


「あぁ、ですね、どう練習すれば」

《体で覚えて貰う。頂くよ、邪魔した、じゃあ浮島へ帰ろうか》


「へい、またね」




 再びお姫様抱っこをされ、浮島へと空間を開いた。

 そして木陰のベンチへ移動、隣に居る咲雷神の電界が展開された。


 異界の地球を見るまでの焦燥感や、落ち着かないソワソワした感覚の様な何かが全身を覆った。

 とってもいんずい。


《何か感じるだろうか》

「落ち着かなくてジッとしてられないんで、動いて良いでしょうか」


《駄目だ、耐えろ》

「ええ」


 耐えろと言われても、どう耐えたら良いのか。

 動き出したいと言うより、最早暴れたい衝動に近い感覚。

 あまり感じる事の無い感覚で、どう耐えれば良いのか。


 上手く頭も回らないし、もう痛みを逃す時の事だけを考えるしか出来無い。

 呼吸を整えて一定にしたり、1番楽な部分を探したり。


 試行錯誤の結果、胃の少し下、臍より手前に集中し。

 浅過ぎず深過ぎない、一定のリズムで鼻呼吸するのが1番マシと分かったが。


 今度はもう、それしか考えられない。


 集中、呼吸、集中、呼吸。

 お腹がポカポカして来た頃、漸く開放された。


《よし、休憩しよう》


 中央分離帯へ行くと咲雷神も付いて来てしまった。

 取り敢えずは菊の紋印で一服。


 雷神様は何をするかと思えば、空いた左手を持つと顔を近付け、匂いを嗅ぎ始めてしまった。


 しかも間の悪い事に、井縫さんが来た。


「両手に思草ですか」

「おもいぐさ?」

《あのカルラ天の子か。南蛮煙管か女郎花とでも言いたげだな、まぁ良いが。オゾンの良い匂いがするんだ、君も嗅ぐか》


「いいえ、後ほどで」


 目の前で手の匂いを嗅ぐ咲雷神を横目に、井縫さんをチラ見。

 疲れてるのか無表情、良かった、誂われ無さそう。


「あの、お疲れで」

「いや、大丈夫です。下での問題も特に有りません」


「さよか、じゃ」

「はい、後ほど」


 煙の匂いがするので両手をナイアスに流して貰うと、再び地獄の訓練が始まった。


 今度は威圧も混じった感覚が襲って来た。


 何の罰ゲームだろうか。

 もう呼吸とお腹に集中するだけで、何も考えられない。


《膜とも結界とも違う、準静電界と言うモノを広げるんだ。想像でも何でも構わない》


 無理、知識の基礎も無いし理系苦手だし、マジ無理。

 何だよ静電界って。


「あの、予備知識を蓄える暇をば」

《そうか、なら下へ行こう》




 雨の中、傘を差し公園の木陰から出る。

 鈴藤である自分と身長差の無い雷神様と相合傘、傍から見たい。


 つか近い。


 案内されたのは普通の喫茶店、民家の中にポツンと建っている。


 お客さんは老人中心、メニューは和風多め。

 定番には地元のお菓子やお茶等が書かれ、今週の新メニューには隣駅の手作りマシュマロ、リクエストメニューには更に隣の駅のパン。


 オリジナルメニューは、今日のお惣菜と抹茶のセット。

 お店の人は若そうなのに渋いチョイス、地元密着型だからか。


 セットの中身は里芋の煮っころがし、揚げ出し豆腐、俵型の小さなお握りが2つ。

 抹茶も苦く無いし、普通に美味い家庭料理。


 誤解を恐れずに言うなら、隣のオバちゃんの家の味。


 店内にはあの好きなミュージシャンの曲が流れ続けている、店内は明るく広々。

 奥の喫煙スペースはスタンド方式、吸いに行ったりずっと居たりするお客さんがチラホラ。


 ゆったりした普通の場所、逆にどう知ったのか気になる。


「何故、ココへ」

《雷電繋がりだ、天満宮も嘗て雷神と恐れられた事が有る。そこへ良く参ってた娘が、僅かな雷電持ちで、それを抜き取った》


「なぜ」

《微弱故に制御が効かない、どんな機械とも相性が悪く壊れる、妙に勘が鋭い。この世では生き辛い》


「あぁ、つか抜き取れるんですね」

《微弱故だ、病弱でもあった》


「ふっくらして元気そうですが」

《今はな、見た目は変わらないが、病気は減った》


「ストレスですか」

《小さくとも積み重なれば、重く伸し掛かるだろう。それと、電界は生まれ付きも有る、ほら、君に気付いた》


「お代わりどうです、半額ですよ」

「あ、いや、大丈夫です」


「咲ちゃんのお仕事仲間さんで?」

「はい、まぁ」


「おー、珍しい。イケメン有り難い、是非毎日来て下さいよ。咲ちゃんも、毎日来ておくれ、他のお客さんが喜ぶ」

《仕事》


「今は」

《仕事中》


「来れてるじゃん」

《偶々》


「もー、マジで3ヶ月に1回だものなぁ。また連れて来て下さいよ、頼んます」

「はい、努力してみます」


「是非、じゃ」


「咲ちゃん」

《ココ以外での接触はして無い、それにもう今日が最後だ。請われない限り、接触出来無いのだから》


「請われてたじゃない、また来てって」

《君は、こんな事で来ても良いと思うか》


「おう、大事な軸だと思うが、駄目なのか」

《君の言う物差しや基準、軸に見えるか》


「見える、あの人が曲がれば悪い世の中。あの人が幸せに生きられる世の中は、良い世の中だと思う。悪人が幸せは悪い世の中でしょう」

《だが、寵愛にもなりかねない》


「茶を飲んだ程度で寵愛とかほざく貧相な考えの人間を尊重すると、軸が歪むかと」

《私もそう思う》


「は、試しました?」

《あぁ、今日限りにしようと思い、もう5年》


「恋は無しですか」

《残念ながら友情と、ほぼ親心だ》


 抹茶も水も飲み終わってしまったので、お会計へ。


 そうして外へ出ると、ニコニコ咲ちゃんに戻った。

 神様、やっぱり複雑過ぎる。




 安全確認後、そのまま浮島へ空間移動しベンチへ。


 注文が来るまでの僅かな時間で調べられたのは、静電気の広範囲版らしいと言う事だけ。


 超、抽象的。


「あの、境と体の間に、何か有る感じなんでしょうか」

《何かは漂ってる、境と言っても濃淡に過ぎない》


「了解、頑張ってみます」


 今度は威圧感も焦燥感も凄い、もう、パニック寸前。


 お腹、呼吸、濃淡、お腹、呼吸、濃淡。


 無理。

 何が漂ってるの。


《頭でっかちだな》

「です、無理です」


《しょうが無い、今日はもう終わろう》

「有難う御座いました」


 咲ちゃんとお別れし速攻で温泉へ、そしてエリクサー。


 圧倒的開放感。




 雷を落とすのは平気なのに。


 なんだ、雑だからか。

 普通の人が持ってるハズの知識も無いし、もう少し、何が漂ってるのか分かればイケるハズ。

 想像出来ればイケる、魔法は何でも出来るんだし。


 クソデカい溜め息が出てしまった。

 久しぶりの凄い不快感、健康に慣れてしまったのかも、アイス食って腹でも下すか。


《大丈夫かえ?》

「なんとか。すんません、作って貰ってるのに」


《良い良い、焦りは禁物じゃて。コツが掴めるまで訓練は無しじゃ、回復が先じゃて》

「すんません、もう少し具現化の材料を貯めます」


 まだ17時、凄い疲労感。


 お腹減ったし、里芋美味しかったな。

 また食べたい、つか里芋食いたい。


 でもなぁ、面倒なんだよなぁ。


《のぅ、夕飯を一緒にどうかと大國が訪ねておるが》

「和食が良いなぁ、せいちゃんも一緒?」


《じゃの、何が良いんじゃ?》

「里芋がアホ程食いたい、ストックも欲しい」


《ほうほう、伝えておくでな、ゆっくりすると良い》

「すまん、ありがとう」


 それまでは空腹をツマミにエリクサーを飲む、特別苦い仙薬を敢えて飲む。


 しんどい、すんごいしんどい。




 更に、敢えて酸っぱいエリクサーと仙薬を交互に飲んでいると、井縫さんが迎えに来た。


 フルスマイル、どうした。


「お疲れ様です」

「おう、凄いしんどいです」


「怠いのか、大変と言う意味なのか」

「両方です」


「咲雷神様にお相手して頂いてですか、成程」

「誤解を恐れずに言うなら、その通り」


「本当に疲れてますね」

「ソワソワゾクゾクする様な不快感と、圧と、全身の違和感で、色々持ってかれました」


「それは、本当に誤解される語彙ですが」

「え、あぁ、でも無性なんでしょうよ」


「女神とも男神とも明言されては居られませんが、一部の性の機能は有ると小耳に挟みました」

「あー、あぁ、そう言う事か、マジか、どっちなんだろ」


「そこまでは」

「まぁ、興味本位で聞く事でも無いか」


「いや、そこは聞いた方が」

「なんで」

《かの国の、西の風と同じではと心配して居るんじゃろう、なぁ、大伴の君よ》


「まぁ、そうです」

「あぁ、距離が近いタイプなだけでは」


「相手が人間でも、そう言いますか」

「それは言わんが。だって相手は神様よ?しかも中性的な、変に意識して距離を取るのもおかしくないか?それともそんな神様なん?月読さんが何か言ってるの?」


「いや、俺は先程初めてお会いしただけで、噂も特には聞いてはいませんが」

「まぁ、距離が近いのは少し困るから追々話し合うが。そも不用意に立ち入る話しでは無かろうよ、それともココの常識は違うんかいな」


「いえ、相手が人間なら常識的な判断かと」

「じゃろう、召し上げる気が有るならとっくに話しが来てるだろうし、そしてそれは断るのだし」


「断れず、なし崩しでは、困るかと」

「なるほどね、君から見たら、わしゃウブか」

《5・7・5で遊ぶのが主流か》


「まぁ」

「で、どうなんよ」


「そこそこ、ウブい」

「お前ぇ、心配は有り難いが、緊張はすれど不快では無いし。何なら眼福で目が潤う位だし、セクハラ位は断れる。個人差、許容範囲内」


「元は、蛆ですよ。親神の死体に集る」

「蝶も元は毛虫じゃろ、ワシも親に化け物と言われたし。整形を悪と思わん」


「変な所で懐の広さを」

「普通、常識常識」

《迎えに来るそうじゃぞ、準備せい》


 服を着て中央分離帯へ。


 井縫さんと一服していると、大國さんとせいちゃんがやって来た。

 もう1つの浮島へ大國さんと井縫さんが向かう、多分、中継器の設置かしら。


「おつ」

『お疲れ様です、今日は何を?』


「訓練、ほれ」

『わぁ、電気ですか、じゃあ今日の雷も?』


「それは雷神さん、ワシ違う」

『良かった、凄かったんですよ、火事まで起きちゃって』


「まじか」

『死傷者は出ませんでしたけど、最近評判の悪い神社に落ちて、罰が当たったとか言われてました』


「ご本尊的なのは無事?」

『ええ、修繕に出てましたので。それが裏金作りに関連してたらしく、ウチの課も出る事になって、大変でしたよ』


「お疲れ様です。今また落ちたら、悪い人はもっとビビるんだろうなぁ」

『船舶と建物は勘弁して下さいね』


 噂をしたからか、目の前に雷が落ちた。

 ココは中央分離帯、多分、聞かれたんだろう。


「凄いよなぁ」

『因みに、どの方が?』


「咲ちゃん」

『そんなまた、ちゃん付けを』


「注意はされなかった」

『なら、良いんですけど』


「終わったぞ、行けるか」

「うい」


 井縫さんとはココでお別れ、大國さんとせいちゃんと警察庁の車へと移動する。


 運転はせいちゃん、何処に行くんだろうか。


『里芋が好きだなんて、意外と平凡なんですね』

「フォトフレームの事をまだ根に持つか」


『冗談ですよ、私も好きですよ里芋。ただ、面倒なんですよね』

「下拵えが面倒なんよなぁ、洗って乾かして剥いて煮て。最低でも洗って乾かしてが入るんだもの」

「里芋の唐揚げ」


「そぼろ煮」

『お味噌汁』


「あー、良い、分かる」

『ですよねぇ、胃に優しいのに美味しいんですもん』

「胃の調子が悪いのか?」


「その自覚症状は無いが、ストレスは溜まった」

『最近色々と食べましたし、ある意味休憩ですね』




 着いたのは和食屋、懐石料理が出そうなお店。


 高そうと思いきや、まぁ、それなり。

 お座敷に通されると、短時間で仕込んだとは思えない量の里芋。

 桶一杯の煮っころがし3つ、銀のバットに敷き詰められた揚げ里芋が2つ、蒸かした里芋が鍋2つ。


 多分、先読みだ。


「マジか」

「コレとは別に出て来る、器ごとしまってくれて構わない」


「ありがてぇ」


 しまって直ぐに襖が開く。

 暖かい番茶におしぼり。


 一息付くと、先ずは蒸かした里芋。

 お塩だけ、はい、美味い。


 続いては、里芋の海老真丈のキノコ餡掛け。

 なめことエノキでトロトロ、うまうま。


『胃に優しいお料理を食べててアレなんですが、お酒が欲しくなりますね』

「飲めないのに吞兵衛な事を」

「運転してやる、少し飲んだら良い」


「優しいなぁ」

『ありがとう』


 せいちゃんが好きそうな軽い甘口と、にごりが有ったので一緒に頼む。


 美味いが、にごり酒は度数高い、せいちゃんには強いか。


「ソレ強いべ」

『ですね、舐める程度にしておきます』


 次は揚げ里芋2種と揚げ出し豆腐、海苔風味と素揚げ。


 先ずはイモに塩をつけて食べ、次に別添えのおろし汁を掛けて頂く。

 料理長は神か、美味い、天才。

 お酒とも合う。


 次は3種の煮っころがし。

 味付けはシンプルなお醤油味にはイイダコ、甘じょっぱいのはイカが入り、お出しが効いた優しい味は里芋のみ。


 ごはんも少し欲しいけど、もうこれだけで良い感じ。


 〆はさっきの話しにも出た里芋のお味噌汁とタコと里芋の炊き込みご飯。


 もう終わりか、寂しいな。


 そんな事は無く、炊き込みご飯とお味噌汁、里芋海老真丈とキノコの餡とおろし汁が大きな鍋のままに運ばれて来た。

 これは中身だけ、直ぐにしまってお会計かと思ったが、先払いされているらしいのでそのまま部屋を出る事に。


 既に暖簾も看板もしまわれており、板前さんに女将さんらしき人も慣れた感じでお見送り。

 味も合うし、もしかして。


「前にも頼んだ?」

「あぁ、ココだ」


「マジか、ありがとうございます、美味しかったです」


 女将さんと板前さんにお礼を良い、車へと向かう。


 暑い、ポカポカや。


『次も有るんですけど、行けます?』

「まだ有るのか、行ける」

「直ぐ近くだ」


 次はイタリアンちっくな洋食屋さん、ココも自分達だけらしい。


 里芋のオーブン焼きと、タラコとほぐしアジの里芋ポテトサラダ風で1杯飲んでいると、里芋のクラムチャウダーが出て来た。


 堪らん、両方好きだからか2倍美味い。


 続いてはパンチェッタの里芋ジャーマンポテト風、意外にあっさりしててコレも美味しい、新鮮。


「じゃが芋の代用にしたって、凄いな、美味い」


 褒めている間に、取り分けられた里芋のポテトグラタンが2種類出て来た。

 マッシュされたシェパーズパイ風と、スライスされた里芋が入ったクリーミーなグラタン。


 どっちも良い、選べと言われたら殴るレベル。


『鈴藤さん、どっちかって言うと?』

「そう聞いた人間を殴る」

「ふっ」


 〆のデザートはヨーグルトのマンゴーパフェ、果肉もゼリーもソースも美味い。


 美味かった、食べ終わってしまった。


「ご馳走様でした」

「向こうにストックが有る」


 ココでは調理場近くまで行き、大型の調理器具は置いていくスタイル。


 シェフがテーブルで大國さんやせいちゃんとお話し中に、ストレージにしまう。

 このままどうぞと張り紙されたタッパーには、大量のマンゴーパフェ。


 有り難いしか出ない。


「ありがとうございました、お腹パンパンなんでお辞儀限界がココですいません」


 ココでもお会計は先払いされてるらしい、断り難いなら進言すると申し出たが。

 喜ぶ事は有っても拒否は絶対にしないと言い切られた、流行り病の中で店を支えて貰い、だからこそ続けられたんだと。


 それにお金はちゃんと頂けて、新作開発にもなる、それに明日は定休日、早く上がれて一石三鳥だと。

 喜んでくれてるなら良かった。


 それどころか次のリクエストをと言って貰えた、ご厚意に感謝し、甘えさせて貰う事に。


 次は念願のパスタグラタンをリクエスト、少しガーリックの効いている軽く炒められたパスタの上に、ホワイトソースが乗ったモノ。


 幾つか試作を作るので、大國さんに連絡すると。

 感謝のお別れ。


 車に乗り込みせいちゃんの家へ。

 そして大國さん曰く、懐石料理屋も似た境遇らしい。

 流行り病の時期に夜勤への仕出しや出前を作って貰ってたんだそう、コレはせいちゃんも知らなかったんだとか。


 里芋の時期になったら、普通に里芋懐石として出すとの事。

 今度は普通に行って貢献したいので、皆で行こうという話になった。


『職人さんへのリスペクトが凄いですよね、対応もちゃんとしてますし』

「日頃がダメみたいな事を。まぁ、命綱だし、喜んで手綱握ってくれるとかマジ感謝じゃん」

「ふっ、向こうにそんな気は無いだろう」


「それでもよ、実質医療従事者と同義」

『じゃあ、農家さんは』


「薬剤師」

『重要ですね』


「ですとも。清掃だってそう、命に関わるもの」


 2の世界で最初に怖いと思ったのが疫病、感染症、しかも自分が感染源となる事。

 アレは本当に肝が冷えた、最近で1番怖かった。

 2番目は、幽霊。


 3番目は、やっぱり1番は0の世界、最初の世界に帰らされる事。

 記憶保持ならまだマシ、全てを忘れて元の世界に戻るなら、やっぱり死を選ぶ。


 死を選ぶ理由は、もうコレだけ。


『ありがとう大國』

「ありがとうございます。マジで感謝してます」

「良い、コレも仕事だ。じゃ」


『鈴藤さんは浮島ですか?』

「だね、ゆっくりしたいが、作って貰ってるし」


『腹ごなしにと言ってはなんですが、見に行っても?』

「どうぞ」




 家へと上がり、浮島へ。


 せいちゃんは怖がりなので羽衣を装備させ、服の端を掴ませて一緒に夜景を眺める。


 曇りで少し景色が濁っているのに、喜んでる。


『この前は怖くて見れなかったんですよ、綺麗ですねぇ、良いなぁ』

「まだ怖いくせに」


『それこそ普通の人間ですからね』

「ですね、温泉入ってく?」


『はい』


 クエビコさん経由でスクナさんへ確認、少し溢れる可能性が有るが問題無いとの事。


 一旦家へと空間を開き、せいちゃんのお着替えの準備。


 まだ酔ってるのか鼻歌まで、どんだけ楽しみなのよ。


「言えば良かったのに」

『公共の場とは言ってくれてますけど、まだ鈴藤さんのだと思ってるんで』


「国有地に期間限定の私有地が有る感じ」

『複雑過ぎですよ。はい、準備出来ました』


「お先にどうぞ」


 せいちゃんを温泉に向かわせ、小屋のエリクサーは念の為に避難。


 自分は中央分離帯で一服。

 晴れならもっと良かったんだが、生憎の曇り。


 腹の皮ぱつんぱつん、満腹度は、ちょっと分らん。

 計測、中域。


『ただいま』

「おかえりウルトゥヌスさん、今、来客中なんよ」


『人間?』

「そうよ、温泉入ってる」


『あの、咲雷神だっけ、苦手、西のみたい』

「あぁ、人間のもそう心配してましたわ。その西の方は、何でも良い感じで?」


『性別はね、後、面食い』

「ワシも」


『相手を1人に定められない』

「あら、残念な方だ」


『それでも嫉妬でうっかり殺しても好かれるんだもの、特だよね』

「こわ、近寄らんとこ」


『ねぇ、お客さんなら、星を少し見せてあげようか』

「宜しいんで?」


『うん、ちょっとだけ』


 真上にツボを振ると、雲に切れ間が入った。

 粋な計らいである。


「お礼には何が良いでしょうかねぇ」

『僕も温泉に入りたい』


「どうそどうぞ、暫しお待ち下さい」


 せいちゃんが上がるまで、改めて島をご案内。


 ドリアードにクエビコさん、ナイアスに白蛇さんと池。


 微笑ましい自己紹介を眺めていると、甘い香りと濃い魔素が漂い始めた。


《清一じゃ、鈴藤》

「退避、ウーちゃんも」

『分かった』


 温泉へ向かうと甘い匂いは濃く強くなり、せいちゃんから魔素までもが立ち昇る。


 本人は全く気付かないまま、タオルを腰に巻き足湯を楽しんでいる。


「せいちゃん、のぼせて無い?」

『大丈夫ですけど、そろそろ上がろうかとは。ただ、景色が良くて』


「また来たら良いのに、はい、お水」

『ありがとうございます』


 泉の水を飲み込んで暫くすると、せいちゃんから溢れ出した。

 甘いお菓子の様な香り、自分もこんなんだったのか。


「ナイアスさんや、少し風を送って貰おうか」

『はぃ』


『ふぅ、気持ち良いですね』

「でしょう」


 濃度が濃いのか、重いらしく中々吹き飛んではくれない。

 どう言い包めて立ち去らせ、どう吸い上げるか。


『あのぅ、ウルトゥヌスは大丈夫そうですぅ』

「じゃあ、お散歩に連れてって貰おうか。せいちゃんお散歩行こう、着替えて」

『あ、はい』


 羽衣を装備させ、ウルトゥヌスと共に海上へ移動して貰った。


 その後に中央分離帯へ向かい咲ちゃんを呼ぶ。


「咲ちゃん」

《来たよ》


「早い」

《雷神だから、どうした?》


「せいちゃんが溢れた、今海上に移動させた」

《そうか、風神姉弟に後始末させるが。君はどうする》


「せいちゃんウルトゥヌスと海上に居るから。多分凄いビビってるから、向こうに行こうかと」

《それで私に?》


「お願いします」

《承った》


 空間を開くと、愛想笑いのウルトゥヌスに、少し青ざめたせいちゃんがしがみついて居る。


 すまん。


「すまんね、行こうか」

《その前に、溢れそうなのを何とかした方が良いんじゃ無いか》

『あ、え、そうなんですか?』


「みたいだね、ちょっと吸い上げるべ」

『すみません、お願いします』


 言葉が通じる咲ちゃんに、せいちゃんをお願いし。


 ウルトゥヌスの元へ自分が向うのだが、羽衣無しなのでせいちゃんに先に移動して貰う必要が有る、が。

 手が離せないらしい。

 羽衣は機能してるが、どうにも動けないと。


《さぁ、大丈夫だ、足の上にほら、おいで》

「雷神の咲ちゃんだから、心配無いよ」

『すみません、お願いします』


「ほらね」

『有難う御座います』

《私はこのままでも良いが》


「いやいや、向こう行きますよ」

《じゃあ落とすかな、受け取れよ東の》

『あっ』

『“もう”』


「“っ、玉が、ヒュンってしたわ”」

『“一応付いてるんだ”』


「“まぁね、じゃあ、ちょっとお願いしますね”」

『“うん”』


 咲ちゃんへ壺をゆっくり傾けながら、同じ速度で移動している。

 もう原理だとかを置き去りに、スピードが増して行く。


「大丈夫かいな、寒く無い?」

『ちょっと』


「ほい、咲ちゃん宜しく」

《はいはい》


 せいちゃんが安心出来る様に、フワフワスベスベ毛布を空中で受け渡す。

 息がし辛いとか、お互いの声が聞きにくい事も無い。

 原理は別として、何で平気なのかは気になる。


「“何か、結界とか張ってる感じ?”」

『“うん、自身を守る為のモノだから、それの影響だと思う”』

《吹き飛ばすのとはワケが違う、静電場と似た様なモノ、身近なモノも取り込む》

『鈴藤さん、もしかして吹き飛ばされたりは』


「した。羽衣装備で、楽しかった」

『もー、危ない事を』


「空間移動有るし、大丈夫だって」

『気を付けて下さいよ、井縫さんが意外と抜けてるって言ってましたし』


「何をどうして抜けてる評価になるのよ」

『鈍感だと』


「あー、咲ちゃんの事かな、距離が近いけど大丈夫かって心配されました」

《ふふ、ヤキモチか、面白い》

『あー、友情のヤキモチって珍しいですね』


《妬み嫉み僻み、種類は様々だろう。居場所を奪われる不安、独占欲の崩壊、優れたモノへの依存》

「井縫和尚にも煩悩が」

『見えませんけどね』


《余程、生きるのが上手いのだろう》

『“アナタも、上手く話しを逸らした”』


《自分と似た者へ情を向けるのは良く有る事だろう、君も》

『“そうですね、そうやって賢い方は苦手です”』


《ほら似ている、私もだよ》

「仲が良いのか悪いのか」

『喧嘩を?』


《いいや、ただのじゃれ合いだ》

「みたい」

『もう、ちゃんと訳して下さいよ』


「翻訳機出そうか?」

『落とすかもなので嫌です』


「慣れた?」

『ですね』


「ビビりだけど順応性高いのが良いよね、せいちゃんて」

『何ですかその落として褒める新しい方式は』


「落として無いよ、事実と褒めなのに」

『いつもこう、素直過ぎて心配になるんですが』


「ん、落として褒めてる?」

『ちょっと落とした事実ですよ、鈍感ですね』


「ビビらせたのはごめんよう、ちょっと楽しませようとして」

『別にもう大丈夫です、急に、準備してくれたんですよね?』

《そうそう、お友達の為にってね》


『有難う御座います、星空も』

「ソレはウルトゥヌスさんよ、ギリシャの東風さん」


『そうなんですね、怯えてしまって申し訳御座いません。有難う御座いましたと』

「“怯えて申し訳無かったって、星空も有難うって”」

『“ふふ、友達の友達の為だよ”』


「友達の友達の為だって。せいちゃん、友達なん?」

『今更そこですか?』


「どうなのよ」

『改めて聞かれると、何か恥ずかしいと言うか』


「分かる、照れ臭い的な?」

『多分、それだと思います』


《じゃあ、そろそろ帰ろうか。コレ以上の夜風は体に毒だろう》

『“もう大丈夫らしいよ”』

「よし、じゃあ家に直通だ」


『有難う御座いました、はい、お返しします』

「おうよ、今度は天気の良い時かね、おやすみ」


『はい、おやすみなさい』


 家への空間を閉じ、浮島へと開く。




 残渣は無いらしく、皆も無事な様子。


「お疲れ様でした」

《お主もじゃ、良うやってくれた》


「風神姉弟、ウルトゥヌスさんと咲ちゃんのお陰ですよ。それにナイアスさんに白蛇さんも、皆さんご苦労様でした」

《まだだ、匂いを嗅がせなさい、頭の》


「臭いかも」

《オゾンの良い匂いだよ》


 先ずは風神姉弟へ泡盛を渡すと、後ろから抱え込まれつつ頭を嗅がれる様を見てか、声を出さずに笑いつつ手を振り去って行った。


 何だろう、ワシは何もしてないのに笑われてる様な感覚は。


「解せん」

《スクナ彦の事かの》


「あ、ね、何だよ少し溢れるって」

《想定外じゃったらしい》


「にしてもなぁ、咲ちゃんエリクサー飲みたいし、そろそろ一服したい」

《じゃあ、手だ》


「どんな気持ちで嗅いでらっしゃるのか」

《あの甘い匂いと同じだよ》


「ウルトゥヌスさんも?」

『うん、甘い花の匂いだった』


「お菓子みたいなんじゃ無く?」

『うん』


「マジか、甘くて美味しいお菓子の匂いだった」

《それこそ食べたくなる様な》


「ですな、オゾンも食べたいですか」

《もう今、ご馳走を鼻から吸収してる》


「そこまで」

《霊元を纏っとるんじゃろうな、どれ、検証じゃ、楠に化けい》


「待って、吸い終わってから」


 ひと息ついてから小屋に向かい服を脱ぐ、そして変身。


 風呂にも入りたいのでTシャツ1枚で表へ。


《コッチの方が強く匂う、良い匂い》

「またたびか」

《じゃの》


「つか、肝心のスクナさんは何してんの」

《病院巡りじゃ、治して回っておる》


「なん、医療の発達が」

《それも考慮済みじゃて、心配いらん。本人と家族の意志を持ってしての、幾ばくかの延命じゃ》


「それでも、本人は苦痛なんじゃ」

《井縫が人間嘘発見器となり着いて回っておる》


「後で労ってやらんと、慣れて無いと辛いぞ患者巡りは」

《じゃろうな、良う労ってやってたもう》


「うい、つか交代しようか?巡礼で慣れてるし」

《霊元次第じゃな》


 計測、中域。


「勘だが、高値寄りのハズ」

《中なら良い、もう直ぐ休憩じゃ、交代させようぞ。鈴藤で頼むぞい》


 折角脱いだのにまた着る、そして念の為にエリクサーを飲んで待つ。


 火種はどうするか迷い所、寒いし。




「どうも、交代してくれるそうで」

「おう、飯は?火種戻す?」


「少し、今日はココで待機するんで」

「おうおう、暖かくしような、タオルも貸したる。布団も、里芋嫌いか?」


「普通です」

「じゃあプレートに、乗せとくわ、ほい」


「ありがとうございます。よく、あんなキツイ事してましたね」


「いや、最後まで見守れ無いし、責任が負えないからこそ無責任にも治したり、見殺しにしたりした。何だ、健康優良児か君は」

「はい」


「じゃあ弱ってる人間大量に見ただけでツライだろうに」


「正直、そうですね」

「慣れてるもんに任せとけ、慣れて良い事じゃ無いと思うぞ」


「はい、すいませんがお願いします」


「どうしたら少しは元気になる、酒か?女か?」

「手の匂い」


「マタタビの木はこんな気分なのか、ほれ」

「なんもしないんですけど」


「知らんよ、雷神さんの言う事なんだもの」

「雷使ったら、匂いますかね」


「あぁ、確かに、ほーれ、稲光だぞー」

「おー」


 指先の間で光らせ、手を顔へ。

 井縫さんの鼻に静電気が走った。


「すまん」

「匂いしましたけど、もう良いです」


「ですよね」


《そろそろ良いかのー?》

「ういー、行ってくるー」

「はい、宜しくお願いします」




 案内されたのは例の病院の駐車場、何処までも縁が有るなココ。

 車へ空間を開くと、スクナさん、黒子と共に川上さんが居た。


「どうも今晩は、鈴藤です。お噂はかねがね」

「あぁ、川上です、宜しくお願い致します」

『大丈夫?』


「何が?」


『色々』

「おう、大丈夫」

「では、行きましょう」


 車を降り病院へ入る、受付で外来特別客の名札を受け取り身に付ける。

 そしてマスクや防護服を着込み、医師の案内で更に奥へと向かう。


 小児科、そら井縫さんでも気が沈む。

 自分だって、全くツラく無いワケでは無い。


 頭髪と片足の無い女の子、最初はご両親とは別々に話を聞く。


 年は10才頃だろうか、大人スクナさんと共に、眠る女の子を起こす。


 医師とは思って無いのか、身嗜みをキチンと整え自らベッドを起こした。


「どうもー、天使ですよー」

「本当に?」


「おうよ、羽根の変わりにほら、見える?眼鏡貸そうか」

「お願い、私見えない方だから…あ、白いのと、黒と、紫、それと、黄緑?」


「正解」

「今日、雷が光ってたの知ってる?それと同じ色よね」


「ほーれ」

「凄い、雷様?」


「天使、死の天使」

「私、死ぬの?」


「このままだと、可能性が凄く高い」


「やっぱり、気付いてた。もう何年もココに居るし。もう知ってるのに、皆言ってくれないの。それが、凄く嫌だった」


「分かる、話し合いたいよね」

「なのに、言ってくれなかったら、ちゃんと話せないじゃない、私をどうして欲しいかも、その後も、全部、言いたいのに」


「大丈夫、もう言えるよ。だってもう聞いちゃったでしょう」

「良いの?」


「もう少し生きるのも、このまま死ぬのも。聞いた事を話すのも、聞かないフリも君次第。君が全部選べる」


「でもお母さんが、お父さんも」

「君の変わりに苦しむ事も死ぬ事も出来ない、ただ君の事を凄く愛してると思う、毛糸も肌触り良さそうだし、手編みっぽい」


「一緒に編んだの、毛糸はお母さんが選んでくれた」

「愛してるから、君の考えを大事にしてくれると思う。ただ、親でも、親だから我儘も言う、治って欲しい、もっと生きてて欲しいって」


「もう治療したく無いって言えない、だって悲しむのがわかるから、怒って、泣いて、見放されるかもしれない」

「見放すは無い、万が一見放されたら、直ぐに天国に届けてあげる。動物は好き?」


「好き、触りたい、トラを触って、そのまま食べられたい」

「ウチのは食べない方だと思うけど、後で聞いておく」


「今はダメ?」

「この願いを叶えて貰えるのは、頑張った人だけ」


「だから、話し合わないといけないのね」

「何処から話そうか、言っちゃったって言うよ?」


「多分、お父さんが怒って殴っちゃうかもだから、私が言う」

「えー、遠慮しないでよ、たまには殴られたい」


「それでお父さんを、地獄に送ったりしない?」

「しないよ、殴られた痕は君への愛の証しだから、他の神様に見せびらかす位かな」


「もし殴らなかったら」

「殴るのは元気な証拠だからね、ショックで殴れなくなる事は有っても、愛が有るのは変わらない」


「ずっと見ててくれたの?」

「いんや、今日が初めて、でも直ぐ分かる」


「天使だから?」

「そうそう」


「話しの時も、一緒に居てくれる?」

「勿論」


 付き添いの医師が両親を呼びに向かった。

 直ぐには帰って来ない、向こうはまだらしい。


「治る確率、知ってる?」

「知ってる?」

『3年我慢して、3年後で30%』


「んー、今、痛みは?」

「痛いし、ずっと気持ち悪い、でも子供だから強い薬はダメだって。もう死んじゃうのにね」


「万が一治ったらを考えて、後遺症で訴えられたら困るからね」

「私が、今の私が訴えなくても、お父さんが訴えたら、そうか、そうだよね」


「頭良いなぁ、同じ年の子は直ぐに分らんと思うよ」

「病院の子は大体こんな感じだよ、皆、ちゃんと分かってくれる」


「もう嫌だって話した?」

「それは話せないけど、でも、同じ風に思ってる子は居ると思う」


「雰囲気で」

「そう、病気の事も、雰囲気で」

『来るみたい、何時でも休憩して良いからね』


 それからはずっと手を繋ぎ、彼女が話す事を黙って聞く。


 親はもう、表情が隠せない程に疲弊していた、先ずは何年も生きられないと思っている事を伝えると、母親は泣き崩れ、父親はコチラを睨んだ。


 そして自分より弟を可愛がって欲しいと伝えると、怒声を上げた。

 泣きながら怒っている、それを彼女が庇ってくれた。

 自分が無理矢理聞き出した、もう分かってると伝えたと、そして分かってくれる人が居て嬉しく思ったとも。


 振り上げた拳を降ろして、今度は両親揃って子供に謝り続けた。

 辛い思いをさせて、すまなかった、ただ、それでも生きて居て欲しいと。

 我儘でゴメンとも。


「痛みが無かったら、生きてたいよね」

「うん、気持ち悪いのは慣れたけど、痛いのは無理」


「痛いのが無いなら」

「それなら1人でも大丈夫だし、うん、生きてたい」


「痛み感じてみると良いですよ、とんでもない我儘を言ってるって」

『痛風を増強させたらどうだろう、トゲトゲ、実際には害は無いし』


「じゃあ、ちょっと向こうに行きましょうか」

「天使さん」


「はいはい」

「コレで大丈夫?」


「もちよ、いつでも天国で待ってる」

「うん、ありがとう」


 痛風の元となる結晶を各関節へと発生させ、痛覚を増強させる。


 ギブアップするまで止めるつもりは無かったが、彼女が眠ったと聞いて止めた。

 眠るまで15分掛かった。


 どんなに眠くても、疲れて体力が無い子供でも、寝入るまでにこんなに時間が掛かるのだ、苦痛のせいで。


 そうして話しは延命から痛みを止める方向へと向かった、それならと延命と痛覚遮断を請け負った。


 病巣を半分にし、痛覚も半分に。

 痛みに鈍感になったので良く見て上げないと、他の病気や怪我を見逃す事になるので注意を払う事だけを伝えて、車へと戻った。


 呻きながら泣きながらも、黙って痛みに耐えた両親は。

 多分、良い両親なんだと思う。

 健康で居て貰わないといかんので、母親の腱鞘炎と父親の胃潰瘍は治しておいた。


『お疲れ様』

「お疲れ様でした」


「お疲れ様でした、スクナ彦様、鈴藤さん」


 存在を忘れてた、そうか、普通の人間も居たんだった。


「あぁ、どうも」

「冗談だとは思いますが、天使様では」


「無い無い、今度本人に会えたら謝っとくから、ご心配無く」

「はい、あの、立ち会わせて頂けて有難う御座いました」


「いいえ、どういたしまして。他は?」

『もう終わりだよ』


「おう、じゃあ帰るわ」

『だね、じゃあね』

「はい」


 車の中から浮島へ。


「作戦通りか、月読さんの」

『うん』


【ふふ、有難う。ちゃんと説得してくれるとは思わなかったわ】

「子供にとって親は大事なんで」


【じゃあ、他に説得した家族の名前も送るから、宜しくね】

「今からですか」


【何時でも良いけれど、朝まで待てる?】

「行きます」




 スクナさんをせいちゃんの家に送り、隠匿の魔法を唱え病院へ向う。


 時には病院の窓辺から、時には不法侵入で子供達を治して行く。


 ただ、自分が倒れてもイカンので、一服しつつ計測。

 中域、エリクサーを飲む。


 コレで大丈夫だろう。


 それからは関東だけで無く、新潟や島根、群馬へと名簿通りに飛んで行くらしい。


 隣の病室の子供も、看護師も、医師も、あの話し合いをしたであろう人間にも、何かをしては上げたいが、直接は関わりを持つ事になってしまうし。


 そう無条件に死にたがる子供なんて早々居ない、寧ろ居ないのが良い世界なんだし。

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