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6月3日(水)

 浮島の小屋で眠れぬまま、ボーっと火を眺める。


『どうしたんじゃ?』

「せいちゃん心配だし、寝るの怖い。今飛ばされたら心が壊れそう」


《誰かと一緒でもじゃろうか?》

「神獣と一緒に眠ってた、だから、なんも無理だと思う」


『残酷な手引きじゃが、我等が助かっておるのも事実。すまんな、辛い思いをさせて』

「ドリアードのせいじゃない、多分、誰のせいでも無いから大丈夫」


 帰れるなら心は折れない、また転移なら無理。

 こんな中途半端は、どうしたって引きずる。


《辛気臭い顔しおって、もう、子供は早う寝んか》

『そうだよ、ね』

『あぁ、これだけの目が有るんだ、きっと大丈夫じゃよ』

《ほれ、鍋は任せて少し眠ると良い。大丈夫》


「すまんね、頼みます」


 クエビコさんにスクナさん、ドリアードに白蛇さん。

 過保護にして貰っている、有り難い。







 朝までぐっすり眠ってしまっていたのだが、ソラちゃんも協力したらしく、相当量のエリクサーが出来上がっていた。


 オマケに樽の中身も交換済み。

 タラタラ作るの良くないな、しっかり作らないと。


「有難う御座います」

《良い良い、早う計測じゃ》


 計測、中域。

 お外は今日も曇り。


『ふむ、良い感じじゃな』

《昨夜は低値じゃったでな、安心したわい》

「ご心配お掛けしました」


 単身せいちゃんの家に行くと、まだ眠っている。

 出勤は良いのかしら。


 鏡を取り出し、月読さんにご連絡。


【おはよう】

「おはようございます、せいちゃんまだ寝てるんですが」


【あら、起こして上げて】


「せいちゃん、月読さん」


『ん、あぁ、おはようございます』

【準備して、朝食に行ってらっしゃいな、予約してあるから】

「了解です」


 せいちゃんの携帯に近場のホテルが送られていたらしい、今日はお休みらしいが。

 起こして良かったんかしら。


『ちょっと待ってて下さいね、直ぐに準備して来ますから』

「すまんね、起こして」


『大丈夫ですよ、目覚ましの掛け忘れで私が寝過ごしただけですから』


 本当らしいが、どうだろう。

 心理的過眠も考慮しないと。


 結局前髪が有るので眉毛はそのままに、歩きでホテルへ向かう。


 モーニングにオムレツやサンドイッチ、お粥等を食べた。

 満腹、容量が安定したらしい。


「ご馳走様でした」

『満たされました?』


「安定したみたい、満腹」

『良かった、じゃあ帰りましょうか』


「他に指示は?」

『一緒にゆっくり帰れとだけですけど、何処か行きたい所あります?』


「コンビニ、ジュース欲しい」

『少し寄ってきましょうね』


 せいちゃんは特に行きたい所も無いらしいので、そのまま部屋に帰りお掃除を始めた。


 先に洗濯機を借りお洗濯、せいちゃんを手伝ってからソラちゃんに乾かして貰った。




 ベランダで一服。

 淡雪がじゃれて来た。


《暇そうね》

「ね、このままも良いよね」


《暗いぃ》

「疲れてるんでしょ」


《もう私をずっとしまってたら良いじゃない、きっと永遠に一緒に居れるわよ?》

「そこまでしても、鉢だけ移動になったら悲しく無い?」


《マイナス思考》

「リアリストなの」


《音楽でも聴いたら?映像だって色々有るんでしょう?》


「そうしときます」


 自分の知ってる曲なのは勿論、好きだからこそ聞いていられる。

 92年でこうなら、2020年はどうなってるんだろう。


 楽しみ、どうぞ長生きして下さい。


『楠さん』

「どぅっ、ビックリしたぁ」


『すみません、何してるのかなと思って』

「音楽を少々」

《好きなの見つけたんですって》


『なら色々買っちゃいましょうよ、折角なんですし』

「ご趣味に使うのはどうかと」

《経済を回せと言われてるんじゃないの?》


「情報共有の弊害か。本当に良いんですかね、返せって言われたら普通に怒る案件ですよ」

『大丈夫ですよ、私にも貯蓄位は有りますから』


「ワシまだ白子だし、楠が戻ったらにしときます、はい」

『沖縄で回線使えば良いんじゃ無いですか?アリバイ工作にもなるかと』


「ほう、ちょっと覗いて考えときます」

《私にも見せて》


 沖縄の部屋を開くとベッドで死体の様に寝転がる猫山さんを発見、大丈夫かしら。


 冷房気持ち良い。


「にゃー」

「はっ、楠さん、どうしました」


「スマホで買い物したく、ご相談に来たです」

「回線とか履歴ですね、ご配慮感謝です。あ、分からないとこ有ります?」


「カード無い人って」

「ウェブマネーですね、コンビニで買えますよ。余ったら寄付が基本です」


「ほう、買って来て貰っても?」


「がんばります、アイスも良いですか?」

「お腹に気を付けて頂ければ、いくらでもどうぞ」


「やったー、行って来まーす」

《ふふ、似てる》


「あぁ、暑いよ外」

《ヤバい、凄い、まだ夏じゃ無いのよね?》


「うん」

《私、今の真ん中の位置が良いわ、向こうでも》


「本当に来るの?」

《勿論よ、アナタと運命で繋がってるんですもの、ずっと一緒よ》


「伴侶を見付けて独立して欲しいんですが」

《冷たいぃ》


「本心よ、マジ」

《アナタが居れば良いの、あの子も、だから無茶しちゃったのよ》


「じゃあ、凄い寂しがってるんじゃ」

《それは大丈夫のハズよ、ティターニアが生き返らせたんでしょうから》


「でも、嘘か本当か、覚えててくれた」

《だから、それが運命なの。それに、一生に1人だけじゃ無いから、大丈夫。心配しなくても良いのよ》


「あぁ、そうか、寂しいけど、良い事だ」

《だから私は絶対死なないし、離れないわ》


「殺さないとダメなのか」

《ふふふ、アナタに出来るかしら》




 猫山さんの匂いのベッドで横に成っていると、汗だくで猫山さんが帰って来た。

 すまない。


「すんません」

「大丈夫ですよ、アイスの為ですから」


 アイスを食べてる間にサクサクお買い物、アルバム全部とグッズ。


 配送は来週、来週まで居るかな。


「完了しました。来週居なかったら、適当に売りさばいて下さい」

「了解です、アイス食べます?」


「有り難う、頂きます」


 音楽をダウンロード、コレでアリバイ成立するかな。

 もう今日で終わりなら、意味無いか。


 回線を切り猫山さんとお別れし、部屋へ戻った。


 コレで音楽三昧、聞く時間が有るかは不明。


 音楽を流しながら一服。

 良い時間。


『くす、白子さん、急ぎのお仕事が入りました』

「了解」




 お昼前、せいちゃんと車で向かうのは昨日とは違う都心のホテル。

 また同じ事は勘弁なんだが。


『白子さん、気に入られたみたいですね』

「はぁ、何が良いんでしょうね」


 お着替えにヘアメイク。


 今日はシンプル、陶磁器カラーで四聖獣が描かれている、ただ背中ばっくり。


 そして会場内にはスーツの偉そうな雰囲気の方々と、天然の美しさが真ん中で輝いていた。

 今日は神々しささえ感じられる、マジで本物だ。


《2人共、大丈夫そうね、良かった》


『あ、先日はお世話になりました』

「有り難う御座いました」

《“良いのよ、寧ろコチラの事に巻き込んでしまったから。今日はそのお詫びとお礼”》


 中つ国の言葉。

 試されているんだろうか、そのまま返そう。


「“それでも、凄く優しくして頂けて、とても嬉しかったです”」

《“上手、噂は本当なのね。それだけでも価値が有るのに、控え目で謙虚な子は好きよ”》


「“有り難う御座います、コレからも精進します”」

《“緊張しなくても大丈夫よ、もう、その子はもう大丈夫だから”》


「せいちゃん、もう大丈夫だって」

『あ、はい、有り難う御座います』

《ふふ、可愛い子に囲まれて。今日は良い日になりそうね》


 勧められるがままに月餅を食べていると、月読さんが大國さんと井縫さんと共にやって来た。

 隣に座ると、とてもフランクに話し始めた。


『ふぅ、お待たせ。もう直ぐ来るからお待ちになってね』

《良いのよ、もう充分楽しいわ》


『もう白子も餌付けされちゃって、本当に心配になっちゃうわ』

《あら、意外と義理堅い子だから大丈夫よ、そんな心配したら可哀想だわ、ね?》

「大いに心配して下さい、馬鹿な子程可愛いでしょうから」


《意地悪ねぇ、よしよし》

『後でお仕置きの写真撮影ね』

「えー、ごめんなさい、お菓子置きますぅ」


『もぅ、透かし手も使うんだもの、やぁねぇ』

《ふふふ、あら、来たみたいね》


『さぁ、気を引き締めましょうか』


 覇気、威圧、威光とも言える何かが両隣から一気に高まった。


 目の前のスーツの人達は真っ青。

 井縫さんは平然としているが、大國さんが少しビビってる。

 つられてなのか、せいちゃんもかなり緊張している。


「大丈夫せいちゃん、ウチらにじゃ無いから」

『はい』


 黒子組に連れられ偽物の女媧が入って来るなり、殺気が混ぜられた。


 鳥肌が全身に沸き立つ。

 スーツは汗が噴き出している、せいちゃんも何を感じてか少し震えてる。


「倒れちゃいます、他の人が」

《あら優しいのね、じゃあ、少し抑えましょうね》

『そうね、そうしましょう』


 どれだけ無酸素状態だったのか、気が収まると溜め息や深呼吸の音が連呼した。

 流石の井縫さんも例外では無いらしく、静かに呼吸を整えている。


「せいちゃん、深呼吸」

『すいません、気圧されました』


『それで、この中に関わってる者が居るわよねぇ、この偽者に』


 直ぐに名乗り出たらワンチャン有りそうなのに、誰も何も言わない。

 偽者はもう放心状態、諦めが早過ぎる。


《そんなに怒らないから大丈夫よ、ね?》


 まだ出ない、逆に度胸が有る。


『残念だわ、名乗り出ていたらココで生き残れたのに』

「待っ」

《ダメよ、ね?》


『えぇ、もう時間切れ。じゃあ、お送りしますわ』

《えぇ、お願い》


 月読さんが女媧さんの手を取って、これまた眼福、取り敢えず拝む。


 観音開きの扉が開くと、入れ違いに制服とスーツが雪崩れ込んで来た。

 それぞれに罪状が読み上げられ、大人しく連行されて行っている。


 少し騒がしいけど面白い、実にワクワクする。


「大國さん、あの人達の所属って」

「公安、警視庁の公安だ」


「素敵、堪らん」

「好きか、密着系」


「だいしゅき」

「パトカーにでも乗るか?」


「なら白バイが良い」

「それこそ、その服装じゃ無理だろう」


「え、今かよ」

「おう」


「せいちゃん?」

『大トリモノ、初めてで』

「ココで喜ぶのか清一は」


『こう、ちょっと興奮しますね、生で見ちゃうと』

「分かる、職場も似て非なるものだしね」


『私、異動しようかな』

「マル暴はやめとけ」

「麻トリ」

「踏み込む事は有るでしょうけど、依存症相手はキツいらしいですよ」


「えー、どこもキツいでしょうよ」

「まぁ」

「柔道、また始めるか?付き合うぞ」

『それはちょっと、考えておきます』


 ぞろぞろと連行され、随分と開けた空間になってしまった。

 取り残されたのは、どうするんかしら。


 暫くして携帯が一斉に鳴る。

 内容は様々らしく、返信したり部屋を出たりと反応は色々。


 せいちゃん達には上の階へ来る様にとの事、外へ出たんじゃ無いのね。


 上へ行くと歴史を教えてくれたイケメンさんが廊下で待っていた。

 そして案内された部屋の雰囲気は、軽く明るい。


《あぁ、スッキリしたわ。偶には外も良いわね》

『そうね。あぁ、いらっしゃい』


「お邪魔します」

《下の残りはどうかしら》


「慌てまくりです」

《ふふ、全面的に手を引くと伝えたの、良い気味だわ》

『私達もよ、請われなければもう何もしない。軽い引退宣言ね』


「大丈夫ですかね」

『私達が居るから最小限で良いと、予算を絞られていたのだから。予算を増やすにはコレが1番よ』


《対価、代償。甘えとツケの代償を人間が払うのよ》

「しわ寄せが」

『大丈夫、アナタの素材で動くから。コレで良いのよ』


「人間が、あの席に付きますか」

『そうね、今、選んでるところね』


「えぇー、じゃあ辞めるぅ」

『え』

『あら嬉しい、引き抜こうと思ってたのよ』


《折角だから、ウチにもいらっしゃい。美味しい飲茶をご馳走するわ》

「いくー」


『ふふ、休暇の練習ね』

《そうそう、休暇が苦手だそうね》

「え、休暇の練習は聞いた事無いが」


『留まって貰う為にも、少しはコチラもね』

《ウチも負けないわよ、ふふふ》

「観上さん、取られちゃいますよ」

『いや、楠さんにも、頼り過ぎは良くないとは思ってましたが。本当にお辞めになるんですか?』


『ふふ、流転の寄神にどんな縄も鎖も効かないの、だから自由にさせるのが神々の総意。そう見定めが完了して尚、人間からの文句が多かったから、仕方無いのよ』

「ワシの事を言ってますな?」

《気にしないで大丈夫、向こうに行ったらフカヒレにアワビ、燕の巣も食べましょうね》


「食べたいですが、ルーマニアはまだですか」

『疑い深い神様がいらっしゃるみたいなの、だからこその連盟も有るのだけれど、偽物の邪魔も有って』

《ごめんなさいね、もう少しだけ待ってて》


『手順なんて不条理な事だけれど、少し我慢して頂戴ね』


 時間稼ぎなのだとしても、従うしか無い。

 実際に死力を尽くしてくれてるなら、邪魔も出来ないし。

 前みたいに飛び越して行動したら、もう確実に迷惑が掛かる様になってしまった。


 もっと早く動けば良かったのかも知れないが。


《それで、あの子達の事なのだけれど、アナタに任せて良いかしら》

「うい」


《なら、サンニァー、おいで》


 少し覚悟していたのだが、人間の姿で出会えた。


 年若い普通の女の子、見覚えが有るような。


「あ、会場に居ましたか」

《はい》


 鉄仮面でも付けてるのか、無表情で怖い、良く見ると整形させられたらしいが。

 そも表情が乏しいのだろう、どうすべか、何処に居させようか。


「お姉さん達と顔見知りです、どうしたいですか」

《会いたい》

『そうよね、直接病院に迎えに行ってあげて。皆で』




 先ずはそのまま病院へ、チャンイーはすっかり元気になっていた。

 サンニァーは途端に表情が崩壊した、悲しみは無くただ喜びだけで一安心。


 でも、本当にどうしようか、ココらでは生きては行け無いだろうし。


 女媧さんに言えば引き取りも可能だろうが、それを望むかだ。


『帰りたく無いわ、もう中つ国の言葉は聞きたく無いの』

《私も、嫌な事を思い出すから》

「ワシ以外、読んだらダメよ」


『《はーい》』


 健康状態は良好、尻尾も振って、可愛いと言って良いのだろうか。

 食事は食べさせて貰ってるらしく、サンニァーが居ればそこも大丈夫だろうが、寿命がどうだか。


「寿命はどうなんだろう」

「10年有るかどうかだそうです」

『良いの、もっと早く死んでたかも知れないんだもの』

《そうね、もっと早い子達も沢山居たものね》


「もう少し上を望みましょうよ、望める世界なんだし」


『じゃあ、アーニァと一緒が良いわ』

《何処なの?》

「それなぁ、ちょっと頑張るか」


 先ずは浮島へ。

 それから北欧のユグドラシルへ、連盟が成立したからと井縫さん、大國さんもせいちゃんも同行となった。




 また真夜中、申し訳無い。


《“やぁ”》

「“お邪魔しますバルドルさん、真夜中に申し訳無い。この大國は鍵持ちです”」


《“そう、宜しくね”》

「バルドルさんが宜しくって」

「あぁ、宜しくお願い致します」


『良い匂い』

《潮の匂いがする》

《“海も湖も有るよ、案内してあげようね”》

「案内してくれるって」


『《はーい》』


 遠目から見たら良い光景なのに、状況は最悪。

 半分は確実に自分のせいで、3人が巻き込まれたのだろうし。


《“騒動は、君が来る前からだそうだよ”》

「“ほう、でも焦らせ無ければアーニァは失敗しなかったかも”」


《“どうだろうね、適合し過ぎる子だったそうだから”》

「“それでも、責任は感じるものです”」


 海を眺め、新しく建ったらしい小屋を覗き、川を辿り泉に来ると、ミーミルが出て来た。

 後方で絶句する3人の気配、後ろに目が有ったら写真でも撮ってやるのに。


【承知しました】


 お、有難う。


『“ココに住みたいか?”』

「ココに住みたいかって」


『アーニァが居るなら』

《何処でも良い》


『“心を読ませても問題無い、通訳は大変だろう”』

「心を読んでも大丈夫だって」

『有難う』

《凄く頭が良いのね》


『“それで、お前は何をする気だ”』

「そこは分らんのね」


『“あくまでも知識ありき、意志や思考は別物だ”』

「“バルドルさん、もし倒れたらエイルさんに看病をお願いしたい”」

《“うん、言っておくよ”》


 ドリームランドからコチラへ、初めての現界、ユグドラシルの魔力と自分の魔力をフル活用。


 泉に手を入れ、アーニァを呼び戻す。


 人魚はきっと卵生で、泡から産まれる。


 小さな泡は人魚を内包して、大きくなる。


 自分の身を守れる大きさまで、元の大きさへ育てる。


 そうして大きくなったアーニァは、成長すると自分で目覚め、泡から飛び出す。


『アーニァ!』

《綺麗よアーニァ》

《チャンイー!サンニァー!》


 触れる、呼吸もしてるし動いてる。


 出来た、そうだ、やれば出来る、魔法が有る、何でも出来る世界だもの。


《私も、何かになりたい》

『サンニァーは良いのよ、このままで』

《普通も良いと思うの》


《同じが良いの》

『我儘言って』

《サンニァーは我儘な子なのよね》


『“こうなっても良いのか”』


《え、なりたい》

《チャンイー、ご飯食べさせるのアーニャで良い?不器用よ?》

『大丈夫だけれど、ご迷惑じゃないかしら』


『“人魚は海だろう、だから君らは海の近くに住むんだ”』

《素敵、お願いします》

『我儘で困らせたらダメよ』

《美味しいお魚いっぱいかなぁ》


『“良いのか、首を切るんだぞ”』

《良いです、チャンイーもアーニャも切られてます》

《同じねー》

『そこは同じで無くても良いのに、苦しくて痛いわよ』


《ハナの剣は大丈夫だったのよ》

《お願いします》

『それなら、私からもお願いします』


「チャンイーが、泉の子になるのが1番では」

『“適性が無い”』

『私も、それは感じています』


「体は?」

《焼いて海にでも捨てて下さい》

《汚く無いのに、イヤなのね》

『良いのよ、私達は誰も、何も気にしないわ』


《私が嫌なの》

『泣かないで、良い子ね』

《お腹減ったのね、美味しいお魚有るかなぁ》


《“そうですね、下界と繋がる様にしておきましょうか”》

《やったー》

『すみません、本当』

《お願い、ハナ》


『“頼む、いい加減五月蠅い”』


「せいちゃん、目を瞑ってて」

『いやです』


「君まで我儘言うか」

『はい』


 イライラするミーミルを待たせるワケにもいかないので、サンニァーの血流を止め胴体と頭を切り離す。


 頭は泉へ落ちたので、胴体を抱き止めた。


『“どうだ”』


《“不思議です、考えると、分かります”》

《サンニァー、お話お上手ね》

『そうね、言葉を教えて貰わないと』


「寿命差が出る、どうしたもんか」

『良いの、大丈夫』

《チャンイー死んじゃうの?アーニァ食べる?》

《アーニァの心臓を上げたら、アーニァが死んじゃうわ》


《それはイヤ、皆一緒が良い》


『“そこに犬憑きが居るだろう、引っぺがして付けろ”』

「井縫さん?何か憑いてるの?」


『“あぁ、相性が悪いんだそうだ、遠見と眼鏡が有るだろう、合わせて良く見てみろ”』

「ほい」


 黒い部分にそれは居た。

 子犬と言うよりネズミの様にも見える、黒くて小さな何か。

 井縫さんの赤いオーラにくるまれ、苦しそう。

 辛うじて生きていると言った状態、ただ、良いか悪いかで言ったら、決して良いモノでは無さそうだが。


『“あそこに居るから悪く出る、ココのコイツになら悪さはしない”』

「相性ですか」


『“だけでは無いが、まぁ、そんな感じだ。もう帰る、疲れた”』

「有難う御座いました」


 トプンと泉へ戻ってしまった。

 引き剥がし方も教わりたかったが、言う通りに引き剥がせば良いだけなのだろうか。


 井縫さんに近付き、黒ネズミを掴もうとするが。

 凄い逃げられる、井縫さんもめっちゃ怯えてるし。


「なにをしてるんですか」

「大丈夫です、移すだけなので」


 その言葉で黒ネズミも安心したのか、今度は捕まえられた。


 握ったままチャンイーの背中に乗せ、放す。


『何をしたの?とっても暖かいのだけれど』

「秘密」

《ふふ、後で私が教える》

《言葉もよ、皆にお礼を言うんだから》


《“もう大丈夫だろうから、皆で海へ行っておいで。あの家は君達のだ”》

「すみません、何から何まで」


《“海を繋いだのと家だけだよ、さぁ、行こうか”》


 サンニァーの体をストレージにしまい、再び真夜中の川を遡る。


 月明りの下で遊ぶ3人、微笑ましいのだが、経緯がエグ過ぎる。


 バルドルの勧めも有り、サンニァーの体を焚火にくべると、一瞬で灰として舞い上がった。


 サンニァーは少し横目で確認したかと思うと、直ぐに遊びへ戻った。

 泉の精霊の力なのか、透明な液体の体で遊んでいる。


 そうして3人は小屋に入って行った。


「“お世話になります”」

《“それはコチラもだよ、今度お邪魔するだろうから、宜しくね”》


「うい」

「楠、呼び出しだ」


「あら“すみません、お世話になりました”」

《“あぁ、またね”》


 立ち上がると。






『無茶をするのが好きなのは分かるけど、もうやめて欲しい』

「ごめん、今回は無茶した、全力で」


 目覚めたのは浮島の温泉、抱えてくれてるのは大人姿のスクナさん。

 服は着てる、手の甲には点滴。

 頭上には井縫さん。


「他は報告に行きました」

「すんません、向こうでも良かったのに」

『すみません…ココの方が、アナタは気が楽かと…』

『ナイアスの配慮じゃよ、感謝せい』


「有り難う、お気遣い感謝です」

『ぅう』


「はぁ」

「すんません」


「謝らないで下さい、助かったんで」

「どの事で」


「俺の犬」

「すんません、勝手に」


「良いんで、少し飲んで下さい」

『今日のは苦いんだからね』

「うい」


 後悔する程の味に耐えながら飲み込んでいると、井縫さんがポツリポツリと話したのは代々犬神憑きだと言う事。


 しかも人間で蟲毒を行った最悪の血族だそうで、絶えなかったのは月読さんと、血と呪いの相性の良さだったんだそう。


 要するに間者、スパイに適任だそうで、親族はかなりの数にのぼるんだとか。

 ただ離反者も勿論居て、それは全て出家し、神様の加護で呪いが抑えられているんだそう。

 完全に引き剥がす事も可能だが、結局は本家に力が行くので、そのままにする者も多いとか。


 井縫さんは本家出身だが犬神と相性が悪く、周りに悪影響しか無かったので、強制的に出家させられたそうで。

 神様の加護と世渡りの上手さから、その経緯でも黒子になったんだと。


 心配した人間蠱毒はその1度きりだそうで、スサノオさんが全滅させようとしたのを月読さんが保護。

 以降は法律ギリギリやちょっとアウトな事も受け、一族は黒子か仏門へと分かれたんだと。


「だから、感謝してます」


 眼鏡で見ると黒い色はすっかり消えていた、単に犬神の色だったらしい。

 なんか残念。


「仲間かと思ったのに、残念だ」

「すまん」


 それからトイレに行ったりなんだりとして計測、中域。


 なら何で倒れたんかしら。


「なんぜ」


『循環の真似事をしたからだよ、周りのも使って成したから』

「透けてビビりました」

「透明な感じ?」


「それか、幽霊に近い」

「死んじゃぅう」

『ふふ、死なないよ、膜が少し変化しただけだと思う。けど、もうして欲しく無い』


「控えます」


 怠さは無く、寧ろフワフワした感じ。

 憂鬱だった感じも消えて、ちょっとスッキリ。


 ぶっちゃけ気分が良い。


「今朝は死んだ魚の目をしてたのに、ラリってますか」

「気分は良い、それに落ち込む時も有りますさ」

『うん、良さそう。もう戻っても大丈夫』


「じゃあ、戻るか」

「ういー」


 化粧も特に落ちて無いので、温泉から上がり全身を乾かして貰い、そのままホテルへ直行。




 せいちゃんと大國さんが、衣装合わせをさせられて居る。


『おかえり、ご苦労様』

《助かったわ、有り難うね》


「何をしてるんでしょう」

『スーツを新調させてるの、夏物よ』

《楽しいわよ、ほら、困った顔をして可愛いの》


『あの』

『《ダメ》』


「ふふ、気が合うんですね」

《そうね、もっと早くにこうすべきだったわ》

『お優しいから、ご配慮の結果で仕方の無い事ですわ』


「お腹減った」

『なら、そろそろ解放してあげましょうか。下がって良いわよ、せいちゃんと大國は』


『はい』

「了解」


『アレはバチカンの者だったのよ、様子見に来た子が偽者になってしまったそうよ』

《居場所を転々としていて、困ってたのよ》


「あぁ、そりゃ合わす顔も無い」

『そうみたいね』

《それでもよ、アナタをほっておくなんて、どうかしてるわ》


「相性が悪いんですよ、きっと」


《あぁ、ウチに来て欲しいのに、無理なのよね、分かるわ》

『偶然に感謝する日々ですわ、本当に』


《でも、一晩だけ、ウチの1番はどう?》


 イケメン軍人さんが推しなのか。


『どうか思い出だけでもお与え下さい』


「えぇー、有り難う御座います?そのお言葉だけで充分で。目が悪いんでしょうか、彼」

《ふふ、手強いわぁ、でも鈴藤紫苑は、何とかならないかしら》


「どうしたって耐性が有るので、無理かと」

《そうよね、じゃなきゃ神々を渡り歩けないものね》

『地味で素朴で、普通が良いみたい、ね?』


「イケメン好きですよ、美人も可愛いも、大好きです」

『見るのはね』

《そこは遠慮したらダメよ、花の命は短いのだから、愛し愛されなくては》


「帰ったら、そうします」

《んんー、何で最初がこの世界じゃ無いのかしら》

『分かってらっしゃるでしょう、適しませんわ』


《そうだけれど、ねぇ?最初がココなら、どうなってたと思う?》


「入院から始まって、長く入院するでしょうね。それで無戸籍から戸籍を取得、良い流れで8課か月読隊か。最低限働いて、ビビって、引き籠もるかと」


《もう、ココの女神はそんなのばかり》

「ココが最初でも、結局は何処かに飛ばされそう」


《思い出を作りたいとは思ってくれないのね》

「作られる方の人間が可哀想です、直ぐに居なくなると分かってるんですから」

『あら、直ぐじゃないかも知れないわよ?』


「絶妙に不安な事を」

『そうでも無いわよ?ねぇ?』

《向こうの情勢が安定してからの帰還も有り得るんじゃ無くって?》


『それに、こうホイホイと無茶するから、隔離されただけかも知れないじゃない』

《年単位なら、浮いた話しが有っても悪くは無いでしょう?》


『普通なら、正常よねぇ?』

《えぇ、お年頃ですもの》


「ロキが混ざっ、あ、会合に居るんですか、ロキも。生き返らせたのにヘルさんの反応無いし、ユグドラシル追い出されたし」


『ご挨拶は、まぁ、ねぇ?』

《良いお嬢さんだったわね》


「あーあー、もぉー」

「壊れた」

《落ち着いて、今回意外は策は巡らせて無いわ》

『本当よ、準備はしてるけど、アナタの自由にして大丈夫よ、本当』


「でもルーマニアは」

『本当に無理なの』

《ヴラド伯爵をご存知な筈とは聞いているのだけれど》


「吸血鬼で有名ではありますが」

《他の国の神々も、人間も信用しないお方だそうなの》

『向こうの転生者も命懸けで説得してくれてるのだけれど』


《その位、疑心暗鬼で国を守られた方だそうよ、だから、今アナタが行っても誰も守れないのよ》

『精霊の力でも、だから準備が整うまで行かないで欲しいの。行けば命が危ういわ』


「強いですか」

『状況が、環境が違うのよ。バチカンですら私達の事を知り、そして認めているわ』

《だからこそ影響し合える、こうしてココに居る事も出来るの。その環境で無ければ、無力なの、人間にすらアッサリ殺されてしまう》


『アナタも例外では無いかも知れない、アナタを認めない場所へ行ったらどうなるか、分からないの、だから、お願い』


「どうしたら、認めて貰えるんでしょう」

《今日の事もそう、アナタの善性と行いを持って信頼して頂くしか無いそうよ》

『転生者も協力してコレなの、どうしても時間が掛かってしまうのよ』


「歯痒い」

《分かるわ、そうよね》


『だから、休暇を取って欲しいの』

《ただ待つのは嫌いなのよね、待たされるのも。だから、英気を養う、万全の体制を整える為の時間と思って、過ごして欲しいの》


『それに、少しの無茶も見過ごすわ、彼女はまだアナタが成長すると見込んでいるの』

《だから、ね?》


「ちょっとは働きたいです」

《ふふふ》

『勿論よ、メリハリが無くてはね。前とは少し変わるけれど、キチンと働いて貰うわ』


「せいちゃんは」

『配属は少し変わるけれど、大丈夫』


 間が悪く、腹が鳴ってしまった。


《お腹が減ったでしょう、下で食べてらっしゃい》


 篭絡された。

 ただ休めとは言われても、動くなとは言われて無いのでまだ良いが。


 いや、良いんだろうか、ブラック基準で言えばホワイト過ぎだが、労働時間はブラックだし。




 エレベーターで下に降りると、昨日も居た8課の人間と共にせいちゃん達が居た。

 可愛いのが居ないが、どうしたんだろう。


「足りない気が」

「アレは向こうに堕ちてたから、処分だ」


「マジかよ、もう何を信じて良いのか」


「お前は、観上さんだろ」

「まぁ、はい」


「白子さーん、今日も着せられちゃってるんだ」

「はい、玩具ですな」

「良いなぁ、私も着てくれば良かった」


「あの、もう1人は」

「あ、あの子ね、お休みですって、結構強い子なのに」


「どうせ先輩が酷い振り方でもしたんでしょう」

「凄く丁寧に優しく断ったんですがね」

「君の感じだと、逆に傷付きそうだ」

「ねー。行きましょ、お休みだし、飲むわー」


「ういー」

「僕も飲むぞー」


 中華のレストランに入り其々に座る、女子に囲まれながらのお食事会。


 なんでも綺麗な方は警護の為にと、ココへ1泊させられたらしい。

 忍さんも同様に、あのままココに来たんだそう、箱詰めでデータ解析をさせられたとか。


 どうやら丸々借りたらしく、お昼なのにガラガラ、財力と権力が凄すぎて怖い。


 こうなると、他の関係者も泊められたんだろうか。

 なら、今日ギリギリまで囮捜査だったという事か。


 マジ怖い。


 2人は何も知ら無さそう、その方が良いとは思う。

 知ってどうにか成る事でも無いし。


「はぁ、昨日も思ったけど白子ちゃん、お酒強いのねぇ」

「鍛えられました」

「基本は遺伝子だからなぁ、元が強いんだと思う、真っ赤になるのは弱い証拠」


「お姉様、真っ赤だものね」

「そう?じゃあもうやめとくわ」

「観上君も、昨日は真っ赤でビックリしたよ」

『あぁ、はい、ご心配お掛けしました』


「可愛い子と出てったから、僕、誤解しかけた。ごめんね」

「そうですよ、井縫さんが介抱したとは聞きましたけど、灯台にヤキモチ妬かれますよ?」

『それは無いかと』

「どう思うよ白子」

「さぁ、普通は妬くでしょうね」

「普通の人間なら、だろう」


「楠さんは普通でしょう」

「いや、本人に聞きましょうよ大國さん」

「あぁ、楠は沖縄だったか」

「鈴藤さんはウガリットでしたっけ、もう鈴藤さんにしようかなぁ」

「それは流石に節操無さ過ぎだよ、少し期間空けないと」


「バレなきゃ良いじゃない、井縫さん何か知らない?」

「巨乳好きだそうです、しかも年上の清純派が良いとか」


「忍さぁん」

「そんな直ぐには効かないよ?」

「あんなのの何が良いんですかね」


「優しそうじゃない、男受けは悪いけど」

「なんで受けが悪いんでしょうね」


「真面目な男子校にギャル男が来たら、誰でもあぁ成るわよ」

「ほう、でも灯台はギャルじゃないかと」


「繊細で真面目そうよね」

「あの図太いのがですか」


「男の子はコレだから困るのよぉ」

「そう見えないんだ、白子君には」

「はぁ、まぁ」


「もう白子ちゃんでも良い」

「見境無さ過ぎだよ」


「冗談よ、背の高い方が好き」

「ふられた」

「大國君は?」


「本人を目の前にして言うのもなんだけど、苦労しそうなのよねぇ。何も話してくれなさそうなんだもの、そんなの寂しいじゃない、沢山お話しする、幸せな家庭にしたいの」

「すまん、自覚は有る」


「ふふふ、お話しって大事なのに、あの子、最近話してくれなかったのよね」

「よしよし」

「お姉様の、お友達でしたか」


「そこまでは言わないけど、仲の良い同僚。結婚式に呼び合いましょうねって」

「眠そうですな」


「弱いの、白子ちゃん送ってくれる?」

「良いですよ」


 お手て繋いで廊下からエレベータへ、お部屋は綺麗に使ってある。

 真面目。


「あぁ、失恋って久しぶりなの、それなのに吐き出せなくて、有難う」

「お見合いって手も有るかと」


「そうかなぁ」

「あのチャイナで撮ったら良いじゃ無いですか、意外性が有って良いかと」


「経歴とか考えなきゃじゃない?」

「もう、顔で選んじゃいましょうよ、いきなり結婚するんじゃあるまいし」


「良いのかな」

「顔で選んだってバレなきゃ良いのでは?」


「ふふふ、そうよね、それで好きになれたら、きっと楽しいかもね」

「そうです、顔もそれなりに大事です」


「ごめんね、楠さん」

「良いんですよ、前の事も伝えましたけど、大丈夫だって言ってましたから」


「そう」


 靴を脱がせ、やっとこさお布団の中に居れる。

 横を向かせ、水をベッド脇に置いて部屋を出た。


 エレベータで戻ると、井縫さんが待っていた。

 まだ宴会は続いてるそうで、一服したいらしい。


「早いですね、食べられたと思ってました」

「浪速のシューマッハ呼ばれてまんねん」


「ふ、馬鹿だ」

「そうなんですよぉ」


「こうなのに」

「ね、どうかしてますよねぇ」


「な」

「ね」




 喫煙室で一服を終え、レストランへ。

 傍から見たら和やかムードだが、内容は。


「あ、白子君、僕の偽者の話し、聞いた?」

「電話が有ったとは聞いてます」


「内容は正しいからさぁ、その事でさ」

『はい、すみませんでした』

「なんで謝ってます」


「上辺の性に合わせるなら、初手は褒めるべきだもの」

「あぁ、まぁ、観上さんウブですし」


「それはそれ、コレはコレ。最低限のマナーだよ」

「いや、幾ら優しくてもブスには難しいでしょうよ」


「ほらー、灯台もそう思ったら可哀想でしょう」

『確かに、はい』

「いや、灯台はお世辞が嫌いなので、彼なりの配慮かと」


「本人を褒めなくたって、(服が)可愛いですねって、腹芸位は出来るでしょうに。楠さんが来るからって言うから、あんなに色々と教えたのにさ」


 真っ赤、顔抑えて可哀想に。

 忍さん、絡み酒とは。


「赤面死しちゃいそうですし、そろそろ」

「い、や、だ。僕、学習しない人嫌い」

『すみません』


「個人的な付き合いがブラフだとしても、本当でも、余計に、らしくすべきだよ。謝る位なら、今度からはそこを直す様に、じゃないともう何も教えないからね」

『はい、有難う御座います』

「忍さん、井縫さんとかどうです?」


「え、無理、なんなら蓬さんが良い」

「意外」


「この人、気強い気配するもの、絶対合わない」

「俺もそう思います」

「へー、勉強になるなぁ」


「そうだ、灯台は元気?観上さんこんなんだから、気を悪くして無いかな」

「えぇ、元気ですよ。お世辞嫌いなので丁度良さそうです」


「本当にそうなら良いんだけど、心配なんだ。会った事無いし、社会人初めてなのに大変な場所に配属されてるし」

「井縫さんも皆さんも良い人達ですから、大丈夫ですよ」


「かなぁ、会う前に辞められたら嫌なんだ、仲間なんだし」


 優し過ぎ、愛しいな忍さん。


 せいちゃんの赤面が落ち着いたので、お会計なのだが支払いの必要は無いとの事。

 上に挨拶も必要無しだそうで、忍さんはお昼寝してから帰るそうで、エレベーターまでお見送り。


 そして大國さん、眠そう。


「シューちゃん大丈夫か」

「いや、先に帰りたいんだが」

「どうぞ、ココは俺が送るんで」


「すまない、頼んだ」


 多分浮島かしら、徹夜なのか。

 大丈夫か。


「ただの訓練疲れですよ」

「なら良いんだけど」


「今日、ウチきます?」

「なんの為に?」


「昨日の続き」

「せいちゃん誂うのハマりましたね」

『井縫さんまで、どうしてなんですか』


「こんな誂える年上は中々居ないですし」

「こんな楽しい反応も中々居ないしね」

『もー』


 井縫さんにせいちゃんと共に車で送って貰い、部屋でシャワーを借りた。




 楽、ほったらかしが1番よ。


「何、何を思い出して赤面してますか」

『突っ込まないで下さい』


「いや、まだ何を覚えてるかも聞いてない」

『言わないとダメですか』


「うん、眼鏡取り上げる」

『良いですよもう、懲りましたし』


「君は、真実に興味無いのか」


『有りますけど、まだ、周りに影響してる事が納得出来なくて』

「変身魔法と同じじゃろ」


『うーん、それって、本人にもそう見えるんですかね』

「蛙の王子様は、蛙と自覚してたのでは?」


『まぁ、そうですけど』

「野獣は野獣と自覚してこそだし、美女は美女と自覚してないと物語は上手く進まない。でもココは現実だから、別に上手く進まなくても良いのでは」


『普段はそう思ってる筈なんですけど、急に来られると、どうも引いちゃう感じで』


「もう全部お世辞と思って受け流せば良いじゃん」

『そうなんですけど、少し不安で、井縫さんに相談したんですが』


「何で忍さんじゃ無いの」

『やっぱり同性かなと、車で送って頂いた時に、少し』


「実質、送り狼されてるやん」

『えぇ、意味が違うかと』


「性別反対なら食べられてるよ、アレにそんな弱気な相談は迂闊過ぎ」

『あぁ、はい、気を付けます』


「お世辞、受け流せないもんかねぇ」

『と言うか、態度や環境が変わった事への戸惑いが大きいんです、今までは何だったのかって』


「あぁ、どうせ皆、下心アリアリだとでも思えば良いじゃない」

『蓬さんの話しもですけど、自分がその標的になると思ってもみなくて』


「平和だったんやねぇ」

『ですね、本当にそう思います』


 一部を除けばとても平和に育てられたせいちゃん、この人こそ箱入りなのでは。


 あまり苛めても可哀想なので、ベランダに水をやりに出る。


 そうして日向ぼっこ。






 良く寝た。

 今日もオヤツの時間に目を覚ます。


《スッキリした顔してるわね》

「良く寝たから」


《循環って、そんなに良いものなのね》

「そっち?その影響?」


《そうよ、心配になってティターニアから聞いたの。ココまで響いてたから、多分ルーマニアにも伝わってはいるでしょうね》

「魔素に影響は?」


《それは大丈夫、普通の人間には分らない程度よ》

「普通じゃないと分かっちゃうのか」


《悪い感じじゃ無いから大丈夫》

「どんな感じよ」


《大雨とか台風とか、私達にしてみたらそんな感じ。人間は、花火?かしら?ね》

「分る様な、分らない様な」


《それより、休暇よ。何処に行きたい?沖縄なら、しまっておいて頂戴ね》

「1人で休暇って、少し寂しい気もするんだが」


《あら、せいちゃんと行かないの?》

「その話しは聞いて無いが、行くなら忍さんかなぁ」


《それだと、本来は女だって怪しまれないかしら》

「あぁ、そこも考えないとダメか」


《まぁ、誤魔化せるなら良いんだけれど。あ、あのワンちゃんは?》

「井縫さん?ずっと誂われそう」


《なら、せいちゃんとワンちゃん》

「それは面白そうだが、せいちゃんの負担になりそう」


《そうかしら、流石に手加減するでしょう》

「どうだかなぁ」


『白子さん、良いですか?』

「はいはい」


『今、井縫さんから連絡が来て、辞令が下りるまで遊びに行かないかって』

「あぁ、行ってらっしゃいませ」


『白子さんもですよ』

「それは、楠と行くも同然なのですが」


『はい、なので2棟、楠さんの居る沖縄にと』

「ぐ、楽しそうでは有りますが、お邪魔では?」


『男2人もどうかと』

「なら忍さんはどうでしょう」


『もう予定が有るそうです』

「じゃあ、スーツの」


『お見合いするそうで、井縫さんに相談が行ったそうです』

「あぁ、固められていってる」


『もし嫌なら』

「嫌では無いです、大國さんは?」


『お稽古、鍛錬中だそうです』

「首都防衛がガラ空きに、自分が控えになりますよ」


『それも大丈夫だそうです、黒子隊とスサ隊が組んで、既に行動してるそうですから』

「大丈夫かなぁ」


『もし何か有れば、ご本人が出られるそうです』

「あぁ、それは安心。でも」


『久し振りに暴れられるんだから、邪魔するな。だそうです』


「なに、ワシのマニュアルでも有るの?」

『ふふ、はい、指示書です』


「はー、どう足掻いても沖縄行きじゃん」

『往生際が悪いので、こうするしか無いそうですよ』


「それ、書いて有る?」

『はい、最初のココに』


「こわ」

『私も休まない方ですけど、ココまでのは初めて見ましたよ』


「他にもした事が?」

『ええ、スーツ組に何回か、実働隊の皆さんは割りと素直でしたから』


「スーツ組、意外と真面目なのね」

『はい、エリートですから。で、どうします?』


「行きます、ただ、ウガリットに少し行きます」

『はい、準備してきますね』


「あ、観光雑誌、はい」

『ありがとうございます』




 花子用のフィンの相談に先ずは浮島へ、王様はオアシスらしい。

 お店が開くまでに少し時間が有るので、王様にご挨拶。


 ワシ、めっちゃ寛いでる、凄いな影武者の猿子(ましこ)君。


「おはようございます」

《はい、おはようございます》

「あ、おはようございます、何か問題でも?」


「いいえ、少しご挨拶にと。“ソロモンさん、おはようございます”」

『“おはよう”』


「寝不足で?」

『少しね、シェヘラザードにね、本の事で問い詰められて、何で紹介しないのかって』


「今なら会えますよ」

『そうだね、良い機会だから会わせようか。中に居るよ』


 魔法を解き、キャンピングカーの中に入ると、色香が部屋中に溢れている美しい女性が本を読んでいた。


 お話しの神様に読まれるのは、恥ずかしいし緊張する。


「お邪魔します、楠花子と名乗っています」

《あぁ、やっと会えた、嬉しい。あの人、凄い意地悪よね?》


「お綺麗でらっしゃるから、お守りする為ですよ」

《どちらを、かしら》


「両方です、エロ過ぎです」

《ふふふ、女の子だなんて少し残念だけれど、鈴藤が寂しくなったら、何時でもいらっしゃいね?》


「はい、喜んで」


 女性でもグッと来るのに、普通の人間ならイチコロだろう。

 分かる、ガードしてくれて助かった。


『凄いよね彼女、興味無い男には認識すら出来ないんだからね』

「マジか、すげぇ」

《まぁ、アナタには効いてませんし、心配し過ぎたかも知れませんね》


「いや、助かりました。本能的に来るモノが有ると言うか、何か、凄かった」

《ふふ、彼女が興味を示したにも関わらず、何も無く、無事な人間は初めてですよ》


「耐性とレジストが有るんで」

《それ、紋様見せて頂けません?文献が焼失してて、少しで良いんです》


「どうぞ」


 木陰でライトを照らし見せると、素早くスケッチを書き終えてしまった。


《有り難う御座います、コレで補完出来ます。それにしても、容量で大きさが決まっているんですね》

「あぁ、らしいです」


《どなたが?》

「施術はエルフです」


《凄い腕ですね》

「そうなんですよ、面白くて良い方です」

『もっと聞かせて欲しいのだけれど』

《もう、また抜け駆けするのね》


『バレましたか』

《私も聞きたいのに》

《ご用事が有るそうで、ね?》

「すみません、フィンを買いに来たんです」


『そうだったんだね、バアル、付いて行ってあげて』

《はい、では行きましょう》

「うい」


 偽装の魔法を掛け直し、バアルさんとお買い物に向かう。

 オープンしたてのお店には、鈴藤とせいちゃんが作ったフィンの写真が飾られていた。


《同じにしときます?》

「少し変えます」


 黄緑色から青のグラデーション、ラメ入り蓄光で水色に光るタイプ。


 どうにも青系選んじゃう。


《私が受け取りに来ますから、お届けしますね》

「いや、言って貰えたら」


《お届けしますね》

「はい、お願いします」


 圧に負け、建物の影からオアシスへ、そうしてお家へと帰った。




『お帰りなさい、コレから飛行機なんですけど、向こうで待ってます?ココで少し待ちます?』

「向こうで待ってます」


 ベランダの淡雪をしまい、一緒に戸締まりと火の元をチェック。


 見守り君はそのままに、駅まで一緒に歩く。

 荷物持ってるの見ると旅行感出るな。


 駅前でお別れ。


『じゃあ行ってきます』

「おう」


 歩くのは面倒なので、駅のトイレから特別室へと向かってみた。

 鍵を閉めずに来たので、困る人は居ないハズ。


『ズルッ子したわね』

「マジで、何処で見てますか」


『コレ』

「何処にでもあるぅ」


『映るモノ全て、ね。それだけよ』

「いやぁ、結構な目ですよ」


『それを知ってる人間も居た筈なのに、こうだもの、情けないわ』

「何処へ行かれるんです?」


『出雲よ、ココは閉鎖』

「寂しいなぁ」


『遊びに来て』

「はい」


『じゃ、行ってらっしゃいな』


 全貌を知る事は可能だろうが、政治に関わる事は御法度だと自分から言ったのだし。


 でも気になるし。

 取り敢えず、月読さんから聞くのは止めよう。


 そうして特別室へ行き、浮島へ。

 大國さんは爆睡中。


 空間を開き、猫山さんをチェック。

 お部屋でゴロゴロしてる。


「にゃー」

「わ、寝てませんよ、全然」


「寝てて良いですよ、お外は嫌いですか?」

「暑いの苦手です」

《分かるわ》


「はあ、妖精さんですね、始めまして」

《淡雪よ、宜しくね》

「寒いが好きですか」


「寒いも嫌です、夏は北海道、冬は沖縄に住むのが夢です」

「家、買いますか」


「ですね、小さくても良いので、ゴロゴロしてたいです」

「ご趣味は?」


「お布団でゴロゴロ」

「好きな事は」


「お布団でゴロゴロ」

「気が合いますな、交代です」


「あぁ、変化解きますね」


 浴室に行き、直ぐに戻って来た猫山さんは。


 全く似てない、可愛い。


「可愛いですな」

「犬神憑きですから」


「そこ?」

「数が多い程に力を増すので。顔が良いのに注意して下さいね、ウチみたいに憑いてるかも知れませんから」


「詳しく知らんのですが、どんな弊害が?」

「お相手と自分に憑いてる犬との相性が良くないと、咬み痕が出来ちゃいます。うっかり適当な人と一夜を共にすると、その人が咬み痕まみれになって、ビビられます」


「そら大変だ」

「相性が良いと、先に犬が手を出しちゃいます。まぁ、告白して貰えるので楽ですけど、落とす楽しさ0ですね」


「モテ無い人間にはクソ羨ましい話ししか出て来てませんが」

「好きなのに相性が悪いと、殺されちゃう事も有ります。だから、先ず好きを殺します。好きになりたかったら、仏門に行くのです」


「矛盾してそうですが」

「今の時代はお坊さんも結婚は出来ますから、その子孫なら犬は憑きません。落としても憑きませんが、抱えて一緒に居るのが大半です」


「勝手に引っ剥がしたんですが」

「大丈夫です、助かりました」


「大変な子だったそうで」

「はい、暴れん坊で。感情の揺らぎが多い子を好むので、あの子は適性が有り過ぎたんですよ」


「みえない」

「修行の成果ですよ、制御の為に5歳で仏門へ行きましたから。それでもダメで、仏様に抑えて頂いていたんです」


「ふぇー、誂うネタが欲しいです」

「ふふ、沢山有りますよぅ、はとこですから」


「苗字が、意味が?」

「分家です。苗字は動物に関係するか、似た音か。純粋に仏門出身のカラス天狗も居ますが、半数は犬神憑きと思って頂いて大丈夫です」


「カラス天狗以外にも?」

「はい、そっちには犬神憑きは居ません。主に地方を守って居ます」


「勉強になります」

「恐れ入ります。あの子はどうですか?良い子にしてます?」


「いや、誂われます」

「あぁ、殴っておきますね」


「いや、そこまでは大丈夫です、リラックスさせようとしてくれてるかと」

「沢庵と動物で黙りますから、囲んで上げて下さい」


「あぁ、動物。沢庵は」

「修行中に食事の文句を言って、きちんと謝るまで、沢庵しかオカズが出なかったらしいです。それ以来、白い大根の沢庵が苦手なのです」


「ウケる」

「ふふふ、好物はうどんです、きっとソーキそば大好きですね」


「有り難う御座いました、何処まで送りますか?」

「浮島でお願いします、あ、メモと、お洗濯すべき物はクローゼットに有ります、お手数ですが」


「あの、洋服は、また入れ替わりが有るかもなので、いくつか受け取って頂くワケには?」

「そうですね、そうしときます」


「うい、では」

「はい、失礼します」


 可愛らしいのばかり着てくれたので助かる。


 半袖に着替え、ベランダに出て一服。

 暑い。


《そのまま日に当たると、焼けちゃうわよ》

「あぁ、だから出なかったんだ。不自由だったろうに」


《どうかしら、ゴロゴロは好きみたいよ》

「アイスもね」


《日焼け止め、有る?》

「長袖の水着だし、せいちゃんが持ってるでしょ」


 部屋に溜まったゴミを捨て、タオルを変えて貰う。


 ロビーのアイス珈琲を飲んで、そのまま部屋へ行きベランダでまた一服。


 猫山さんと余り変わらない行動かも知れん、本当に合わせてくれただけかも。

 しのびない。


 折角なので、そのまま暑さに体を慣らす。


 日陰でもそこそこ暑い。


《今位の時間なら、外でも大丈夫よ》

「出たいのね、あいよ」


《ふう》

「花が全部落ちないかね」


《別に良いじゃない、また咲かせたら良いのよ》

「なんか、花が勿体無い」


《ふふふ、ケチ》

「楽しいか」


《えぇ、勿論よ》


 せいちゃん達が来るのは夕飯頃か、メモに良い場所が無いかチェック。


 朝はココの朝食、お昼は買い溜めたアイス、夜はソーキそば。

 詳細な食レポが凄い。


 取り敢えず2人が来たら、まだ行って無いお店に行こうか、せいちゃんが行きたい店でも良いし。


 ヒマ。


 暑い。


 寝るか。


 ソラちゃん、後で起こして。


【了解】






《おはようございます、間も無く到着予定です》

《おはよ、本当に便利よねぇ》

「おそよう、行くべか」


 自転車に乗り港まで行く、一服して待っていると高速船が着いた。


「どうも」

「こんばんは」

『こんばんは、お夕飯食べました?』


「まだ、行きたいとこ有りますか」


 2人で相談した結果、食堂に決まっていた。

 中身イリチーが気になるとの事、確かに気になる。


『良いですかね?』

「ソーキしか食って無いので大丈夫です」


 近くの食堂へ。

 井縫さんはゴーヤチャンプルーとソーキそば、せいちゃんは中身イリチー、自分はお刺身定食。


 1杯だけ泡盛で乾杯、小鉢を貰ってお裾分け。


 中身イリチー、酒に合う。


「要らないんですか、俺の」

「苦いでしょうよ」

『そんなに苦く無いですよ』


「噛まなければギリ」

「子供舌」

『本当に、良くそれでお酒飲めますよね』


「酒は苦くない」

「苦いのも有る」


「あぁ、それは飲まない、カルーアミルク好き」

「子供舌」


《カルーア好きなら良いの有るよ、泡盛の珈琲漬け、牛乳入れたげようか》

「おぉ、お願いします」

「俺も、牛乳無しで」


 シロップも入れてくれて、甘くて美味しい。

 ノーマルは酒感全開だが、普通の泡盛よりは飲み易い。


『少し良いですか?』

「どうぞ、良かったら交換しますよ」

「はい、コッチもどうぞ」


『甘いのは、ヤバいですね』

「コッチは氷足せば、ほら」


『珈琲割り、良いですか?』

「どうぞ、美味しく飲むのが1番なんで」

「ですな」


 牛乳割りは最早デザートなので後方待機、せいちゃんの泡盛を井縫さんと分けたので、それをチビチビ飲む。


 まだ食べれそうなので、オツマミにスパム多めのそうめんチャンプルー。


 2人はすっかり仲良し。


 お会計を済ませ、タクシーでホテルまで。

 自転車も載せて貰い一緒に向かう。


 そういやフィン、どうするんだろ。


 せいちゃん達はチェックイン、自分はテラスに出て一服。


 バアルさんが現れた。


《どうも》

「おう、どうも」


《お届けに来ました》

「有り難う御座います、どうやって」


《普通に、影を使って》

「あぁ、連盟ね。便利」


《酔ってます?》

「少し、今日位はね」


《その割に、楽しそうじゃ無いですね》


「3人組って苦手で」

《あら、ご自分で発案されたのでは?》


「まぁ、便宜上」

《厄介な性格でらっしゃる》


「知ってるー、でも神様達なら甘やかしてくれるから平気」

《神格を持ってしてのご帰還は》


「考えてもおりません」

《やっぱり、ウチに来ません?》


「シェヘラザードさんがなぁ、自分を保てる気がしませんな」

《ご冗談を、あの方の本気全開でも平然としてたじゃ無いですか》


「いやいや、手加減してくれたんでしょうよ、初めてなんだし」

《そんな事する方じゃ無いですよ》


「そうなんですかねぇ」

《そうだ、試着して頂いても?》


「あぁ、はい」


 陸で付ける分には問題無し、近場にはプールも無いので試用は明日か。


《ウチで試しません?前回のホテルに滞在中なんですよ》


「少しだけ、伝言してきます」




 部屋の内線で少し出掛けると伝え、着替えて部屋の中からウガリットの海へ向かった。


 まだ明るい海へと入る。

 付け心地はバッチリ、少しとは思いつつ泳いでしまう。


 初めてがこうなら、アーニァが人魚を選ぶのも分かる気がする。


《少し、じゃ無いんですか?》

「ね、帰ります。有り難う御座いました」


《はい、例の施設の会員証です。いつでもいらして下さいね》

「おぉ、有り難う御座います、じゃ」


 海からテラスへ。

 少しの海水と共に帰国、何か有ってもいけないので良く水で洗い流す。


 フィンも洗って乾かして、水着を脱水しにフロントを通り抜ける。




 脱水が終わっても、楽しそうな声が聞こえた。


 部屋に戻りベッドへ寝転ぶ。

 あの2人の中に突っ込んで行く気も無い、鈴藤ならまだしも、白子でも無い楠なのだし。


 無理にでも忍さんに来て貰ったら、多分、あの人なら行っちゃうか。


 コミュ障は本当。

 奥手なのに、今まで良く頑張ったと思う。


 向こうでも普通を望むけれど、人と居る楽しさを味わってしまうと、向こうでも寂しさを感じるかも知れない。

 ただ今寂しいのは鈴藤で無い事だから、向こうなら平気なのかもだし。

 寂しいのは男じゃ無いから、やっぱりこの体は好きで無い。


『楠さん』


「はい、はいはい」

『帰ってたんですね、言ってくれたら良かったのに』


「ついボーッとしてました」

《フィンをね、ふふ》

『私も持って来ましたよ、どんなのですか?』


「あの、井縫さんは?」

『部屋で待ってますよ、見せに行きましょう』


 コレはズルい、言い出させてしまった、申し訳無い。


「いや、お疲れでは?」

『大丈夫ですけど。楠さん、ですよね?お疲れですか?』


「大丈夫です、直ぐに行きますんで、お先にどうぞ」

『はい』


《また暗い》

「これが素なの」


《もう、私が行って全部》

「やめい、行くから」


《ふふふ》


 フィンとお菓子を持って部屋へ向かう、最高に暗い幼少時代を思い出す。

 兄姉の部屋に行こうものなら、凄い形相で睨まれた、怒鳴りはしなくても急に何も話さなくなって、居辛くなって部屋から出る。


 ある時から急に優しくなったが。

 多分、全部、クソ親父のせいなんだろう、多分。


「綺麗」

「鈴藤の貸すよ」


「サイズ合わん」

「ぴったりに見えるが」


「足の形、ココが当たる」

「あぁ」

『本土で作ったらどうです?』


「有るの?」

『えぇ、さっき見つけたんですよ』


「マジか、それもそうか、そうよね」

「鈴藤にも楠にも、距離は関係無いからな」


「ね、今思うとめっちゃ便利」

『あの、代わりの方は?』


「もう帰ってる、井縫さんの事を色々教えて貰った」

「猫山かぁ」


「おう、沢庵」

「あー、それ嘘だし」


「じゃあ食え」

「有るのかよ」


「べったら漬け」

「むり」

『珍しいですね、沢庵苦手なんて』


「あのポリポリが、永遠にループする音が、味も、食い飽きた」

「白玉、作り過ぎて食い飽きた」


「どんだけ」

「1人で、こん位。小学、2年の時」

『1人で食べたんですか?』


「1人、この位食べた、残りは覚えて無い」

「家族はどうしたよ」


「年が離れてるから、2人は学校。共働き、実質1人っ子」

「だからコミュ障か」


「せいちゃんにも刺さるんだが」

『ですね、自覚してます』

「聞いたと思うけど、俺も一時寺に預けられたから、そう変わらないけど」


「ほう、人が食うのは良いのか」

「無理」

『ふふ、大國はリンゴのシャリシャリが嫌いらしいですよ』


「おぉ、買わないと」

「今度やるか」

『あぁ、他の人が食べる分にはそんなにですよ』


「耳元で」

「だな」

『私が居ない時にして下さいね、仕返しされたく無いんで』


「せいちゃんには、なに」

「黒板か銀食器か」

『言わないでおきます』


「ワシは太めの骨が折れる音」

『また特殊な』

「観上さんの番ですよ」


『えー……ステンレスの擦れる音が苦手で』

「そう?」

「発泡スチロール」


「平気、黒板も」

『私も発泡スチロールは平気ですね』

「きゅうり、ナス、栄養ほぼ無いのに食わされる」


「セロリ、パクチー」

「かめ虫だもんな」

『井縫さん、かめ虫食べた事有るんですか?』


「1回、口に入って来た」

「ご愁傷様です」

『本当に』


「向こうの水族館に蝶園が有る」

「ワシ無理」

『行きたく無いんですか?』


「遠めで良い、無理」

「防護服の貸し出し有るぞ、クソ暑いらしいけど」


「想像したけど無理」

『残念』


「行ってどうぞ、イルカでも見てますんで」

「具体的に何が?」


「本体がね、どうにも。羽根は好きですよ、こういうのなら」

『わぁ、凄い、コレって素材は』


「蝋燭」

『良く飛べますね』

「電気消しますよ」


『あー凄いなぁ、綺麗ですねぇ』

「コレで充分」


 それから今度は星空の鑑賞会、テラスで星を眺めていると、酔っているせいちゃんが撃沈、早々にベッドへと戻って行った。


 コチラは一服、無難に終われた。


「なぁ、面白い事を聞いたぞ。神々も賭けてるらしい、女なのか男なのか」

「あぁ、井縫さんは」


「女」

「なぜ」


「仕草、振る舞い。恥じる部分」

「凄い観察眼ですねー」


「だから、観上さんは気付かないフリに見える」

「都合が悪い方へは普通は考えないでしょうね」


「どう都合が悪いと思いますか」


「自分が、穢れるとか」


「ばかですか」

「そうなんすよぉ」


「ちゃんと考えないと、拗れますよ」

「じゃあ、もう消えますかね」


「そうじゃ無く、もうマジで拗れてますね」

「シンプルですぞ、帰還有るのみ」


「人間に相談しろと忠告されたと聞いたんですけどね」

「そこまで情報が。大丈夫です、暴れたり魔王になる予定皆無」


「推測が出てます、魔王とは何か、どう魔王に成るのか」

「ほう」


「その答えの1つが孤独」

「淡雪も神様も居るのに」


「その楔だけで足りないから、向こうには専属のカウンセラーに、親しげな従者が居るんじゃ無いんですかね」


「あぁ、そうかも」

「召し上げを、人間側は許容してるんですか?」


「まぁ、最終手段って感じじゃないかと」

「ココのは無効かも知れないけど、友人なり何かは、作るべきなんじゃ無いんですか」


「それ、男同士の友情とは、どんなんなん?」

「殆どふざけてる。バカ言って。個人的には連むのが友人で、他は顔見知り」


「そんなもんで良いんでしょうか」

「そんなもんです、深く考えても離れる事も有るんですし。フォローしますから、気負わないで下さい」


「おー、仏門。ありがたいっす先輩」

「おうおう、いくらでも説法してやる」


「今度で、お休みなさい」

「おう」


 すっかりアルコールを抜いて、お布団へ入った。


 窓の外では波の音が聞こえる。


New!  《サンニァー》 ミーミルと同じく、知恵の神へ転化

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