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5月29日(金)

 曇り。

 それでも暖かい。


 測定、高値。

 いくらスクナさんが居るとは言え食事は控えておこう。


 朝食前にひとっ風呂。


 朝食は簡素だが充分。

 5種の佃煮、板ワカメのふりかけ、赤天、あご野焼きと小鍋には豚しゃぶ。

 お味噌汁は魚のあら汁、控えようとは思ったが、ついお代わりしてしまった。


 大丈夫、まだ溢れない。


 車で駅まで行き、返却して新幹線へ。

 出雲大社はまた今度、帰りは席を交代し窓側にせいちゃんを座らせ、東京まで仮眠。






 東京駅が終点だからほっといたが、良く眠るなせいちゃん。


「良く寝ますな」

『あれ、寝てましたね、何ででしょう』


「疲れてるのか」

『そんな感じは無いんですけど、男の子の日なんですかね』


「あぁ、馬鹿か」

『鈴藤さんが言ってたんですってば』


「だからって言うかね」

『でも、本当にそんな感じなんですよ、安眠快眠で。鍵のせいですかね?』


「不眠だった?」

『そうなるんですかね、悪夢で目が覚める時があったりしたんですけ、最近は、確かに無いですね』


「コアリクイが悪夢を食べるんよな」

『そこは獏じゃ無いんですね』


「似てるじゃん、コアリクイの方が可愛いし、威嚇が可愛いのよ」

『こんなんだよ、こう』

『まぁ、確かに可愛いですけど』


 スクナさんが膝上でコアリクイの威嚇を真似ていると、東京駅に着いた。

 何とのんびりした出張か、本当に仕事か疑うわ。


 そこから駐車場へ行き車に乗り、警察庁へ。


 アマテラスさんの部屋でせいちゃんが報告しようとするが、横で採寸が始まった。

 黒子ズが布で目隠しをしつつ、別の黒子が採寸を行っている。


「ここまでしますか」

《一石二鳥でしょう?》


『あの』

《大丈夫よ、スクナ彦も報告して頂戴ね》

『いつも通りだったよ、元気にしてた』


 その報告通り、タマノオヤ神がお元気だった事や。

 眼鏡の魔道具開発は金山彦神へ引き継がれた事、治安や穢れの乱れも無かった事が報告された。


《そう、それで。花ちゃんはどう?大丈夫?お仕事一緒に出来そうかしら?》

『あ、はい、それは、大丈夫です』

「それでも、一緒の泊りはどうかと」


《ふふ、お仕事だから、我慢して頂戴ね》

『はい』

「もう少し抗って良いと思うぞ、せいちゃん」

『ふふふ』


 採寸が終わり、服を着ていると採寸メモを見たアマテラスさんが何か言いたそうな顔をしている。

 胸の事なら気にしなくて良いのに。


「何なら男物が良い位なんですが、胸的に」

《ごめんなさいね、中々こう、珍しい体系だから、お洋服選びが大変そうと思ってね。あ、制服は特に性別関係ない仕様だから大丈夫よ》


「どうも」

《でもねぇ、あ、ちょっと待ってて》


 畳の部屋の奥にある鏡、その前掛けをどけると月読さんが映った。

 なんて便利な。


 暫くコソコソと話しメモを取ると、せいちゃんに分厚い封筒と共に渡した。

 絶対に、意地でも服を買いに行かせる気だ。

 ひどい。


「どんな服を買わせる気ですか」

《大丈夫よぅ、TPOに合わせた服と、私服一揃えだけよ。じゃ、行ってらっしゃいな》


 そうしてニコニコ顔のアマテラスさんに部屋を追い出されると、鼻歌を歌わんばかりにせいちゃんが歩き出した。

 油断したらスキップしそう。


「頼む、手加減してくれせいちゃん」

『上司からの命令なので、我慢して下さいね』


 それからはもう、デジャブの様な買い物風景となった。

 店員とタッグを組んだせいちゃんが、今までのお返しと言わんばかりに試着させまくり、買いまくる。


 そんなに、誂われたのが嫌だったのかしら。


「ごめんて、いくらでも謝るから、もう勘弁しておくれよ」

『え、色々着れて楽しくないんですか?』


「服を着るのに興味有りそうに見える?」

『ウガリットで見回ってたじゃ無いですか?』


「それは向こうでの起業を考えての市場調査と、見るのは良いのよ、見るのは」

『似合ってますよ』


「認知の歪みがエグいな、早急に眼鏡を作らねば」

『店員さんも似合うって言ってたじゃ無いですか』


「お世辞、社交辞令、それに、この体系に、だ。もう月読さんの所に行って良いか?羞恥心で死にたくない」

『せいちゃん、今は行かせてあげよう。追い詰め過ぎは良くないから』

『そうですね、行ってらっしゃいませ』


「うい」


 助かったが。

 着せ替えられたままの姿をジロジロ見られつつ近くの公園へ。

 そうして警視庁の特別室へと向かった。


 そして月読さんまで、ニンマリと微笑んでらっしゃる。


『思った通りね、良い感じよ』

「なんの拷問でしょう」


『せいちゃんの為よ』

「為になりますかね。すっごい、認知いがんでますよ、せいちゃん」


『ふふ、羞恥心で死んだりなんかしないわよ。これもお仕事、我慢して頂戴、それから偽装も解いて』

「ぐっ、くそう、なら着替えちゃダメですか」


『ま、せいちゃん用の制服だから、良いわよ』

「やった、助かった」


『ふふふ』


 その場で服を着替え、偽装の魔法を解除。

 エレベーターで下へと降りた。




 そして次は休憩室で待っていたよもぎちゃん、ヘッドホンしてる。

 手帳を出しながら、声を掛けてみる事に。


「聴風軒さん、楠花子です」

《あぁ、はい、宜しくお願いしますね》


 ピリピリしてる、可愛いなおい。

 ちゃんと警戒してくれてる。


「じゃあ、行きましょうか」

《はい》


 特別室から、神社裏手の公園へ。


 参拝し、黒い小屋へと向かった。


「楠花子です、タマノオヤ様からお預かりしました」

『ほう、楠か』


「はい、宜しくどうぞ」

『あぁ、展開図だな、ふむ』

『あら、面白そうね』


 ココの神様達にはバレて無いのか。

 バレる神様と、そうで無いのと居るみたいだが。


 すんません。


『人にも作れる様に、か』

『良いんじゃないかしら、色々と加工出来るし』


「聴風軒さんは、どう思いますか」

《良いと思うよ、見えれば避けられる事も増えるだろうし。ただ、それを悪い事に利用する輩も増えるだろうから、販売や配布の方法を厳格に決めないとね》


「はい、使用者を限定できれば良いかと」

《うん、最初は特にそうしないとね》

『よし、ならそれも踏まえてだな。先ずは作るか』

『一応、現物を良いかしら?』


「どうぞ、この1品しかないそうです」


 眼鏡を差し出すと、白魚の様な綺麗な手が受け取った。

 こう綺麗な人にこそ、良い服や綺麗なモノを身に付けて欲しいんだが。


 暫く見つめ、ああでも無いこうでも無いと話し合うと。

 またコチラを向いた。


『境内には繋げないのかタマノオヤに、あの、例の亜空間だ』

「どうでしょう、もしかしたら、水を通してなら可能な場合もあるかと、試してみないと分かりませんが」

『あぁ、もしかして蛇神の事かしら?なら大丈夫よ、いらっしゃい』


 表へ出て、境内の白蛇が祀られる場所へと案内された。


 一般の参拝客には解放されていない、裏手にある小さな湧き水のある場所。

 手を合わせご挨拶し、どうしようかと悩んでいると。

 小さな人が、白装束の小人が現れた。


《蛇の加護を持っているのだね》

「あぁ、どうやら、その様で」


《ふふ、何を持って居るのかな》

「貰ったモノは、コレです」


 ウルカグアリーの金と、二枚貝、真珠を出す。

 その大きな真珠を抱え、耳を傾けては返事をしている。


《名は真珠、海神の子が山で生まれた、か。そうか、それが嫁入りと、ふふふ、面白い》


「この真珠が加護なんでしょうか」

《加護の印だね、加工して貰うと良い。コレさえ有れば、何処の私の水でも行き来が出来る》


「例えばですが、大國須榎さんや、観上清一さんに渡しても、移動可能になりますか?」

《せいちゃんは無理だけれど、大國は大丈夫。だけれど良いのかい?貴重な品物だよ?》


「大丈夫です、こう言うのはバンバン出す方なので、ほら」

《ふふふ、なら私も1つ貰おうかね》


「1つと言わず、あるだけどうぞ」

《いやいや、2つだけで良い。ただ君の、その霊元が必要だ》


「どうすれば?」


 白蛇さんの誘導で泉に手を入れると、ぐんぐん吸われた。

 持って行かれる感覚が波打つ度、水は拡がり深くなる、そうして小人さんから中くらいへ。


 とうとう、大國さんでも入れる程の広さになった。

 膝がびちゃびちゃ。


 そしてナイアスの居る山奥に繋げ、互いの水を1滴交換。

 その合間に金屋子の奥様に服は乾かして貰った。


《よし、もう良いだろう。それで、それだけだったんだろうか?》


「あ、いや、金山彦様がタマノオヤ様に繋げたいと仰ってまして」

《そうかそうか、コレなら大丈夫だろう。ほら》


 水鏡に映るのは、白蛇に呼ばれてコチラを向いたタマノオヤ神。

 ニコニコ、手をひらひらと振っている。


『おう、久し振りだな』

《ですね、お久しぶりです》


 タマノオヤ神の声が泉の奥から響く様に聞こえる。

 不思議な感じ。


『ふふふ、きっと話しが長くなるわ、向こうで暫く休んでて』

「はい」

《はい》


 軒下の長椅子へ行き、お茶とお菓子を取り出す。

 つい癖でやってしまったが、まぁ、誤魔化せるだろう。


「どうぞ」

《ありがとう、この湯呑は鈴藤君へ渡したのだけれど》


「他にも色々とお借りしました」

《そう、元気かな》


「はい、無理に話さなくても大丈夫ですよ。少しは事情は聞いてますので、どう対応されても問題有りませんから」

《ありがとう、でも純粋に、灯台とはどんな役割か聞きたいのだけれど、良いかな》


「月読様に灯台並の誘蛾灯と言われました。多分、目立てと言う事かと」

《大変なお役目だね、観上君も大國君も良い子だから、何か有れば頼ると良いよ》


「はい、ありがとうございます」


 上手い誘導だ。

 せいちゃんか大國さんを頼れ、自分はダメとめちゃくそ遠回りに言っている。


 こう警戒しても、揉め事に巻き込まれるんだろうか、普通に可哀想。

 そう考えて居ると、柱の影の白い何かに気付いた。


 お狐さんか。

 凄い警戒して、めっちゃ見てくるやん。


《お狐さんだね、珍しく警戒してるけど》

「見た事も無いのが来たと警戒してるのでは、ご挨拶して来ます」


 お稲荷さんへ行き、お参り。


 お蕎麦屋のお稲荷を出すと、メンチを切りながらお社の後ろから出て来た。

 どんだけ。


《なんなんなん》

「楠花子です」


《せいちゃんの彼女ってホンマなん。ウチ、アンタの事なんも知らんねんけど、どこの子なん》

「身分証です、どうぞ」


《そんなんで何も分からんし》

「月読様に伺って頂ければ宜しいかと、役職は灯台。他にも誘蛾灯とも言われております」


《目立て、か。霊元あるみたいやけど、せいちゃんに迷惑掛けたら許さんからね》

「はい、承知しております」


 お稲荷さんを持って、プイっとお社の後ろに行ってしまった。


 せいちゃんがウブなのは、もしやコヤツのせいでは?


 長椅子へ戻り、お茶を啜る。

 暫くすると、泉の方から金山彦夫婦が戻って来た。


『やぁやぁ、すまんな』

『じゃ、コレから作ってくるわね』

「はい」


 コレからて。


 だが、あっさりと眼鏡は出来上がった。

 レンズはタマノオヤさんの加工品らしい。


『はい、どうかしら?』


 細い針金の様なフレームに、うすいレンズの眼鏡。

 掛け心地も、機能も問題無し。


 うん、キラキラが溢れてる。


「はい、確かに。ですが」

『せいちゃんに、よね、呼んで来てくれるかしら?』


「はい」


 境内から公園へ移動しながら、せいちゃんに電話。

 意外にも直ぐに出てくれた。


【はい】

「出来上がりました、今は何処でしょうか」


【さっきの近くの公園に行きますね、直ぐに】

「はい」


 迎えに行くと、大きな紙袋を持ったせいちゃんが待っていた。

 まだ買ってたのか、だから追い返したのかスクナさん。


『あの、荷物良いですか?』


「ダメです」

『え』

『ふふ、反撃の反撃だ』


 木陰から木陰へ。

 そうして境内へと戻って来た。


《観上さんお久しぶりですね、聞きましたよ彼女が出来たって》

『あ、え、いや、店先で言った冗談で』


 神様だけかと思ったのに、人間に伝わってる。

 危惧してた事が、しかもよもぎちゃんからとは、そうか、迂闊だった。


『そうなの?でも女性物の紙袋よね?』


『コレは違うんですよ、楠さんので』

『髪の長い子って言ってたものね?』

『そうかそうか、なるほど』

《楠さんが彼女なんですか?》


『違うんですよ、冗談なんです本当に』

《違うなら僕に譲って貰って良い?湯呑と話していたんだけれど、凄く興味が湧いたんだ》


『あらあら』

『ふふ、面白い事になったな』

『ね、ふふふ』


 ダメだもう、神様達が完全に悪ノリしてるぞコレ。


『あ、その、楠さんが良いなら』


 逃げたな。


「ひどい」

『ほれ、コレでも掛けてじっくり楠を見なさい、話しはそれからだ』

『そうね、ちゃんと見てご覧なさい』


『あ、はい』


 紙袋はしまってあげよう。

 さて、どうなるか。


 どうなるんだ?


『皆さん、こう見えてるんですか?』

『ふふふ』

『そうだ、綺麗だろう』

『鈴藤以上の霊元で綺麗よね、本当に』

《それなのに本人は控え目で、天狗になっても良い位なんですよ》


『確かに、凄く綺麗ですね』


 魔力の事だと知らなければ勘違いしてしまいそうだが、まぁ、しないね。

 色々と自覚あるもの。


『初めて見る本当の世界を楽しんで来ると良い』

『そうね、一緒なら、全てが違う景色に見える筈よ』

『だね、でも危ない場所はダメだからね』


《でも、楠さんに興味が無いのなら、譲って頂けると嬉しいんですが》


『あの、少しお時間を頂けませんか』

『ふふふ、よもぎちゃんは私達と眼鏡の事があるから、大丈夫よね』

『そうだな、先ずはタマノオヤの所に行って来い』

『また後でねー』




 とても快く送り出して頂けたが、どうなるんでしょうか。

 認知の歪みは修正されているのだろうか。


 せいちゃんは泉はダメとの事なので、公園からタマノオヤさんの居る神社の裏手へと向かう。


 参拝し終わると、白蛇さんがコチラを見て居た。

 近寄ると逃げてるのか案内なのか、取り敢えず付いて行くと池へと着いた。


 そこにはタマノオヤさんがニコニコと手招きしている。


「度々お邪魔します」

『お邪魔致します』

《うんうん、おいでせいちゃん、ちゃんと見えてるかな》


 真っ正面からせいちゃんの目を覗き込む、あんな間近で、コッチがドキドキしちゃう。


 そうして今度は、コチラを向かせた。

 天国と地獄だろうに。


「どうでしょうか」

《うん、大丈夫だと思う。せいちゃん、鏡を見てご覧》


 池から出て来た鏡をタマノオヤさんが受け取り、せいちゃんに覗かせる。


 固まってる、術が解けたか。


『なんだか、かなり違う気が』

《そうだよ、この鏡では元の姿が見えてる。ただその眼鏡は術が徐々に解ける様にしてある、眼鏡で慣らしていけば、元に戻るよ》


『疑うワケでは無いんですが』

《掛けてはいない、解けてるんだよ》

「ゆっくりで良いんじゃない、慣らせって言ってるんだし」


《そうそう。勿論、そのままで居たいなら、眼鏡を掛けて一切の鏡を見なければ良い。鏡を見る時間の分だけ、元に戻る速さが変わるから》

「でも、周りからも、術に掛かった状態の姿で、見えたままなのでしょうか」


《そうだね、それで良いなら、そのままだよ》


『楠さんには、どう見えてたんですか?』

「最初からイケメン。よもぎちゃんには敵わないけど、イケメン。大國さんはアレな、ジャンル別だから」


『楠さん、魔道具を全部外して貰って良いですか?』

「ええよ、ちょっと待ってな」


 それこそ全部、もう全裸でも良いのだが。

 ロキの靴も耳飾りも何もかもを外し、座り直す。


 そうして抑制の魔法も解く。


 反動エグいな、羞恥死しそうだ。


『大丈夫ですか?』

「大丈夫、ちょっと待ってて、もう少し」


 深呼吸、今だけだ。

 また後で掛け直そう。


『すみません、楠さん』


「いや、はい、どうぞ」


『じゃあ、先ず嘘を言って貰って良いですか?』

「焼肉大嫌い」


『じゃあ、あの』

「最初からせいちゃんはイケメン」


『今は?』

「今は眼鏡イケメン」


 赤くなるな、つられる。


『その、鈴藤さんの』

「鈴藤よりイケメンと思います、女子としても良いと思います」


 赤くなるなってば。


『なら、本当に、認知が歪む術が?』

「だね、実はワシも掛かってるらしい。呪いみたいなのがな、もう良いかな。装備何も無いと怖いんだわ」


『あ、はい、靴もなんですね、すみません』

「いやいや、ブラフかも知れんよ。ただ、疑いを晴らすにはコレ位はしないとね。なんなら全裸になるつもりだったし」


『え』

「マジ、信じて貰うのは大変だって知ってるし」

《ふふ、慣れるまで時間が掛かるだろうから、ゆっくり色々見て回ると良いよ》


「あの、観上さんだけに使える様にお願いしたいんですが」

《大丈夫、せいちゃんにしか合ってないから》


「そうなんですね、ありがとうございます。じゃあ、何処に行こうか」

『何処でも、お願いします』


 それが1番困るのだが、せいちゃんを落ち着かせる為に喫茶店へと向かう。

 場所は大國さんに連れて行って貰った喫茶店。

 神社の裏手から喫茶店近くの公園へ、そして喫茶店へ入る。


 ちょうどお昼、2人席が空いていた。


「鈴藤が大國さんに連れて来て貰った」

『そうなんですね、ナポリタン美味しそうですね』


 せいちゃんはナポリタン、コチラはミックスサンド。


 アイスコーヒーを飲んで、ようやくひと息つけた気がする。


「一服してくる。普通の鏡を貸すから、眼鏡外して見てみると良いかもよ」


 喫茶店横の灰皿で一服。


 せいちゃん真剣に鏡見てる。

 どう見えてるか分からないが、徐々に解けてるなら違和感程度で収まる筈か。


 後は変な虫が来ない様に。


 だから誘蛾灯か。


 でも、どうすれば良いのかさっぱり分からん。

 蛾なら兎も角、誘蛾灯って、灯台みたいにピカピカしてるだけで?


 誘導灯的な?

 そう言う事で良いのかしら。


 視線を感じ、歩道へ目をやると男女がコチラを見ている。

 何だろうか。


《あの、未成年の方じゃ無いわよね?》

「はい、手帳見せて頂けますか?」


《あ、はい》


 本物、コチラも手帳を見せると物凄く謝られた、コチラも謝る。


 そうして別れ、店内に入った。


『ふふ、補導され掛けてましたよね?』

「な、手帳出し合ったわ」


『ちゃんとした服装にすれば、大丈夫かも知れませんよ?』

「そうかねぇ」


『出来たらお化粧も、買っておきましたよ』


「君は、恥ずかしくないのか」

『上司に良く頼まれてましたし、プレゼントですし、全然』


「はー、化粧の仕方覚えんのタルい」

『補導されちゃいますよ?』


「未成年者略取だっけか、今から騒いで付けさせるぞ」

『楠さんの123させますから、大丈夫ですよ』


「く、後輩虐めだ」

『上司の命令ですから、文句は上司へお願いしますね』


 良い頃合いでナポリタン、サンドイッチがやって来た。

 それを眼鏡越しに見せると、また楽しそうにしている。


「露天風呂とかヤバいぞ」

『でしょうね、島根の、行けば良かったですかね?』


「道後もあるでよ。それより、せいちゃんがどうしたいかだよ、普通にか、モテたいかどうか」

『そもそも、顔だけでモテますかね』


「言動がなぁ、さっきのアレ、あの言い淀み方は下手すれば相手が泣くぞ」

『すみません、つい焦って』


「あーぁ、忘れてたよあの感じ、もう悪ノリ凄いのな、ビックリだわ」

『ですよね、蓬さんもあのままグイグイ来られたら…どうするんですか?』


「君の、余計な興味を引いたのは君のせいかも知れんぞ、責任取れ」

『覆せますかね?』


「そこは頑張ってくれよぉ」

『無理かも知れません、楠さんの魅力に惹かれたんですよ、きっと』


「発端が面白がるかね」

『そんな、本来なら嬉しく無いですか?』


「本来であっても無くても、そう言うのは作らん。別れが確実なのに、そんな事してどうする」

『チャラいのに真面目ですよね』


「今この格好はチャラく無いだろう」

『そうなんですけどね、何かもう、チャラいイメージで』


「ならもうチャラくなるか?」

『すっぴんでは難しいのでは?』


「もうコレ、面倒しか無いな」

『頑張って下さいね』


「発端ー」

『覆して、本当に良いんですか?』


「君はどうなんだ」

『まだ、良く分らないんですけど、何も無いよりは、良いのかなと』


「またそう。あのな、世間がどうであれ、清くても良いんだってば、もう開き直れ」


『楠さんは、本当に良いんですか?私が相手で』


「良い良い、全然良い、超余裕っすよ。寧ろ逆に、何であんな女がって思われるに決まってるんだし」

『そうなんですかね?まだ、実感無くて、自信無いんですけど』


「いきなり自信付いても引くわ」

『確かに、そうですよね』


「焦る必要無いよ、医療で治したって、きっとゆっくりなんだろうし」

『楠さんも、治ると良いですね』


「ただな、コレが正当な評価だと思ってる、自信無いと言うか、逆に自信あるからね、難しいと思う」

『向こうだと、どんな対応されるんです?』


「混んでるし、場所変えるべ」

『あ、はい。ご馳走様でした』


 公園から家へと戻り、洋服のタグを切りながら話を再開。

 よもぎちゃんはお昼食べれてるかな。




「先ずは、常識の摺り合わせからか。合コンは存在してるよね?行った?」

『空気でした』


「ワシも」

『派手な顔なのに』


「派手か?人相悪いって言われたが」

『あぁ、鈴藤さんってニコニコして無いと怖いですよ、結構』


「あら、気を付けるわ」

『主に疲れてる時とか眠そうな時ですけどね、誤解されるのは分かります』


「子供の頃に目が悪くて、変な癖がね」

『あー、友人もそうでしたね、成程』


「稀有にもナンパされ、失敗するや酷い捨て台詞を吐かれる」

『女性からで、そんな事が』


「いや、男から」

『鈴藤さんてそっちなんですか?』


「どっちもと言った場合、どうなるのか」

『審議を問います』


「まだ清いケツです」

『もー』


「基本的には好意を利用されて終わるとか、合コンで空気は勿論、笑わせる係。太ってたし、不細工な5枚目」

『それも地獄じゃ無いですか?』


「せいちゃんはどんなん?」

『今なら認識阻害のせいなのかとも思えますけど、仲間内で遊んでても女性にスルーされたり、忘れられてたり。寧ろ、居ない存在扱い系ですね』


「公園で遊んだりとか言ってたから予想外だ」

『思春期以降に多くなったんで、その頃からなのかも知れませんね』


「でも、同性の友達は居るべ」

『まぁ、同性にスルーされるのは稀ですが、楠さんは』


「それは大丈夫、イジメられる程には学校に行って無い。寧ろ稀少種扱いよ、保健室登校とかしてたし。ワシじゃ無いけど、通りすがりにブスとか言われるのがザラに有るらしい」

『イジメが無かったのは良かったんですけど、にしてもどれだけ酷い世界なんですか、0って』


「ねー、でしょ?だから0に戻るか死なら、喜んで死ぬ」

『やめて下さいよ縁起でも無い』


「死にたくは無い。だから、0には帰さないで下さいって、ずっと願ってる」

『自分ならって考えても、何だかんだ戻りたいと思うんですけど。それだけ嫌だって事なんですよね』


「せいちゃんは仕事と顔は良いじゃん、0のワシは何も無いのよ、職歴も学歴も無いし。家族の嫌な事を思い出したし、毎回見てた悪夢の原因がソレだったのよ」


『どういう系統か聞いても良いですか?』

「事実を嘘だと思い込まされてた、父親も、父親の不倫相手も、母親も全部怪物になって襲ってくる悪夢」


『詳しく聞いても良いですか?』


「父親の不倫相手に付け回されて、合鍵で家に上がり込まれて襲われた。それから意識が飛んで、それを母親に言っても信じて貰えなくて、更に手を上げられた。その騒ぎの最中に香水と酒臭い父親が帰って来て、それでも嘘吐き呼ばわりされた。地獄の様な長い時間で、気が付いたら入院してた。悪夢でも見たのかと思ったけど、病院のトイレでアザを見て、事実だって兄姉に言ったんだけど、悪い夢だ、悪夢だって」


『それで、どうなったんですか?』

「その後、今度は熱を出して長い入院になった。兄姉が毎日お見舞いに来て、悪い夢を見て可哀想だ、悪夢を見て可哀相だったねって毎日言うから、だから、悪い夢だと思ってた。でも、1でマーリンに事実だから立ち向かえって言われて、やっぱりって思った。で、悪夢は終わらせたから、大丈夫、もうコアリクイも居るし」


『悪夢を、どう終わらせたんですか?』

「ちょっと反撃したら消えた、燃え尽きた。不倫相手の象徴は従者が手伝ってくれてね、対戦車ライフルだ地雷だって、一瞬よ、面白かった。許せないなら、抹消するしか無いから、それを選んだ」


『許すって難しいですもんね』

「謝られても泣きつかれても許せない事はある。色々な人や神様に、無理に許す必要は無いって言われて、スッキリした」


『何処までご存知か知らないんですけど、私は親を許す必要が有ると思いますか?』

「いや別に、許さないと問題ある?」


『いえ、それが、無いんですよねぇ』

「許さない自分を許す必要は有る、自分を許して終わらせる。無駄で不必要な感情は邪魔だから、処理すべきじゃん」


『忍さんも言ってましたものね』

「あ、忍さんに会いに行こうか、眼鏡の感想を聞こうよ」


『それより良いんですか?聴風軒さん』

「覆しに行く?何て言うのさ」


『着くまでに考えます』

「そんな秒で、ま、頑張れ」




 家の玄関から神社裏手の公園へ、そして境内へ。

 改めて手水をしていると、スクナさんや金山彦夫婦、よもぎちゃんが出て来た。


『ふふ、眼鏡は気に入った?』

『はい、ありがとうございました。使わせて頂きます』

『おう、それで、どうだ』

『まぁまぁ、急かさないの』


『友人からと言う事になりました』

「だそうです」


『煮え切らんか』

『まぁまぁ、せいちゃんの事ですから、待ちましょうよ、ね』

「聴風軒さん、お昼食べました?」

《そろそろ食べたい頃ですね》


「何処かお送りしますが」

《一緒に食べませんか?》


「予定が有りますので、後日なら」

《じゃあ、警視庁までお願いします。月読様にご報告するので》

『私も報告させて下さい』


『ふふふ』

『おうおう、行ってこい』


『じゃあ、またねー』


 スクナさんを抱え、公園から特別室へ。

 そこから月読さんへ、どんな顔するか。


『お帰り、ふふふふふ』

『眼鏡の件、ご配慮頂きありがとうございます』


『良いのよ、似合うわね。良い男に見えるわよ』

「うん、普通に眼鏡似合うますよ」

『言葉変になっちゃってますよ』


「失礼、噛みました」

『ました、ふふふ』


「じゃあ、失礼します」

『あ、せいちゃん送ったらまた来て頂戴ね』


「はい、失礼しました」

『じゃーねー』

『失礼します』


「アマテラスさんも行く?」

『良いですか?お願いします』


 エレベーターで降り、特別室から特別室へ。

 そしてエレベーターで上がる。


《あらあら、似合うわよせいちゃん、良い男に見えるんじゃ無いかしら、ねぇ?》

「眼鏡の似合うイケメンです」

『ご配慮賜り、ありがとうございます』


《良いのよ、少しは自信に繋がりそうかしら?》

『先ずは、眼鏡に慣れようと思っています』


《そうね、急く必要は無いものね、うん、好きにおやりなさいね》

『はい、ありがとうございます』

『うんうん、じゃあ、お家に帰ろ、3人で』


『はい』

「お送りします、では、失礼します」

《ありがとうね、またね》


 そうして今度は特別室から、止めていた車の中へ。

 買い物の為に止めた駐車場から家まで30分程仮眠。






『着きましたよ』

「ん、ありがとう」

『ハナもココに住む?』


「あ、その事かな、月読さん」

『確かに、どうなんでしょうね』

『ねぇ、一緒に住もうよ』


「友人から始めるのに?」

『ですね』

『えー』


「まぁ、聞いてくるので待ってて」


 そうして今度は玄関から警視庁の特別室へ。

 月読さんの部屋に行くと、よもぎちゃんの姿は無し、黒子も居ない、お昼かな。


『成功したわね、良かったわぁ』

「よもぎちゃんからアプローチが有ったんですが」


『そうみたいね、受ける?』

「なんで?」


『だって、桜木花子が本来のアナタじゃない』

「チガイマスヨー」


『別に良いのよ、どっちで生きても。ただね、変身が不得意なのに複雑な女性形を保ててると言う事から、私にはバレたと自慢したいだけなの』

「複雑ですかね」


『ホルモン値、弄れるなんて尋常じゃ無いわよ』

「あー、凄いんですよ自分」


『ふふ、まぁ、認めなくても良いのよ。どっちでどう生きても良いの。例えどんな容姿でも、誰を好きになるも自由なんだから』

「せいちゃんにも言いましたけど、別れが確定してるのに、そう言う事は致しません。色んな意味で、致しません」


『それでも良いと言われても?』

「人心は変わり易い、変質も変性もする。0で、甘言を信用してはいけないと学んで居ます」


『ケチ、ウガリットでは体を差し出そうとしてたのに。絵本の事もよ、酷いわ、やっぱり捨てる気ね』

「別に捨てませんてば」


『じゃあ、精子提供してくれる?』

「多分、無いですよ。それで良いなら片玉位は差し上げますが」


『えー、どうしたら生産されるの?』

「先ず、対価は?」


『せいちゃんあげる』

「国外に持ち出しますよ」


『それは寂しいから、偶にだけにして』

「せいちゃん国外逃亡の補助」


『循環が失敗すれば、幾人もの命を背負うのよ?』

「それって、都心部だけでは?」


『ココは要なの、他も崩れるわ』


「それは、困る」


『せいちゃんで足りないなら、よもぎちゃんも付けるわ』

「イケメンをぞんざいに扱う」


『能力に惹かれる派なの』

「精子は何に使うんですか?」


『子作り』

「でしょうね」


『それにね、絵本。子作りが帰還の切欠になってる事には気付いてるわよね?』

「最悪の場合です、残される身にもなって下さいよ」


『せいちゃんと同等に扱うわ、人間の手だけには委ねない』

「それが幸せかどうか判断しかねます」


『そこよねぇ、誰なら信用出来る?』

「せいちゃん、大國さん、忍さん、晶君。よもぎちゃんは、結婚する相手次第かと」


『順当に行けば近藤忍だけれど、どう?』

「無理ですね、容器の方が良いです」


『本当に、加護の相性が悪いのよねぇ、カルラ神だもの』

「あぁ、蛇の天敵でしたっけ?」


『そうなのよぉ、せいちゃんも蛇なの、龍神』

「それで、水と相性が良過ぎると」


『そうなの、個の相性は良いのに、うぅ』

「ご愁傷様です、で、よもぎちゃんにバラして良いですか」


『もー、良いけどそれでも来たらどうするのよ』

「え」


『もしよ』

「えー、顔良いからなぁ。断ります」


『よもぎちゃんが女の子で、妊娠したいって言っても?』


「っ、胸を張って帰還出来ない」

『潔癖ねぇ、そんな事で軽蔑する人々なのかしら?』


「1人それっぽいのが、ガッカリされるのは嫌です」

『あら』


「ただの従者です、そう言う関係でも何でもありません。ただ、精巣を研究対象として置いてくのは可能です、但しクローンやそれに類する事は不可とします」


『まさしく、対価ね』

「なるんですかねぇ」


『子種が有ればね』

「そこですよねぇ」


『ふぅ、ちょっと休憩しましょうか』

「はい」


『あのアイス美味しいわね、食べた?』

「少し、カップでノーマルを」


『黒子!アイスをお願い』


 黒子って呼ぶのね。


 北欧ならベリーだろと、ダブルベリーアイスを差し上げたのだが。

 もう半分食べてなさる。


「また買って来ます?」

『そうね、でも他のも食べたいのよね。あ、コッチがミルクとラズベリーで、コッチがストロベリーなのよ』


「あ、うめぇ」

『ね、お醤油と交換で今空輸させてるのだけれど、それまで持つかしら。次はピスタチオの』


「有りますよ、はい」

『好き、愛してる』


「チャレンジメニューに松ぼっくりのハチミツ漬け味も有ります」

『悩ましいわね』


「両方食べましょうよ」


 渋甘い、芳ばしい、そして僅かな酸味、悪くは無い。

 ピスタチオは当然、美味い。


『ちょっとクセになる感じね、悪く無いわ』

「ですな」


『珍しいから控え目な入荷にしたけれど、意外と良いわね』

「黒子さんもどうぞ」


 恐る恐る食べたり、普通に食べたり個性が出る。

 そしてジェスチャーで、△と○を頂いた。


『まぁまぁね、恵比寿にお願いして出店させようかしら』

「個人で食う気だったんですか」


『両省庁でね』

「ドハマりですな」


『他には無いの?』


 ダークチョコレートとクッキークリーム、ティラミスとモカチョコチップ、ヨーグルトのパイナップルソース掛けとマンゴーソース掛け、ミックスベリーとミックスナッツ。


 驚く程、全部美味い。

 滑らかさが尋常じゃない、2味シリーズが特に良い。


 でも、松ぼっくりならメープル漬けの方が良さそうな。

 でも今は季節がアレか。


 あ。


「交渉材料発見」

『あら、何かしら?』


「浮島を置く許可を」

『作れるの?』


「いや、分けて貰おうかと」

『許可します』




 話しが有耶無耶になったが、特別室からアヴァロンへ。


 そしてティターニアへ。


 ドリアードの案内で、朝霧の綺麗な泉に。

 ティターニアがオベロンとチャイチャしてる、どうしましょう。


『なんだ、お前か鈴藤』

「色々と気付いて頂けて助かります、お願いに来ました」

《なにかしら》


「前の世界では浮島を少し分けて頂いたんですが、そう言った事は可能でしょうか」

《そんなに信頼を得てらしたのね》


「今からでも、信頼して頂ける方法があるなら頑張りますよ」


『腕試しだな』


 オベロンが大きな木の杖を持つと同時に、コチラも胸元へと腕を動かす。


 そのまま剣を握り、腕を前へ。

 杖は盾で防ぐまでもなく、オベロンへと剣が突きつけられた。


『ほう、早いのぅ』

《まぁ、負けちゃったわね》

『ふん、俺の本来は魔法だからな』

「それでも充分にお強いですよ」


 ただ何かを握り、腕を前へ出した感覚なのだが。

 勝てた。

 魔剣で、いつか間違えて殺してしまいそう。


《じゃあ、譲らなくてはね》


 ティターニアが土を手に取ると、ドリアードが息を吹きかけた。

 それをオベロンが大きくする。

 そして何処から現れたのか、ドワーフが結界石を立て、小さな浮島が出来上がった。


『ほれ、行くぞ』


 オベロンとドリアードと共に、入口へと戻る。


 そうしてオベロンが小さな島を投げると、宙に浮いた。

 それから更に拡大し、何人か乗れる大きさにまで広くなった。


「ありがとうございます」

『俺はココから出れない、後はドリアードに任せる』


「あの、コレを、奥様に似合うかと」

『ふん、揃いのか、受け取ろう』


 金細工のペアの腕輪、エジプト神の細工。

 前々から2神に似合いそうだと頭に浮かんでいた物、やっと渡せた。


「ありがとうございました」

『おう、次は勝つからな』


「はい」


 小さな浮島へ飛び乗ると、幼体のドリアードが生えて来た。

 モリモリと、相変わらず面白い。


『なんじゃ、ニマニマしおって』

「変わらないなと思いまして、日本へ良いですか?」


『ふむ、では空間を開くのじゃ』

「待って、鈴藤になっとくわ」


『ふふ、そうか、まだバレてはおらんのか』

「まぁね」


『ふふふ、恥ずかしがりやめ』




 ドリアードが指差す方向へ空間を開く、場所は警視庁と警察庁の間、そのはるか上空。

 そこでクエビ子杖を出す。


「クエビコさんや、コレ、どうしましょうか」

《コレ、とは、む、浮島か》

『オベロンからの戦利品じゃ』


《ワシも植わりたいんじゃが?》

「どうぞ、迎えに行きます?」


《うむ、待っておるぞぃ》


 クエビコ邸の前に空間を開くと、結界ギリギリの所に立っていたクエビコさんが枝を投げた。

 空間を通り、見事浮島に着地。


 結構やんちゃ。


「お見事」

《はよはよ》


 特に何も考えず、ドリアードとは反対側となる場所へと刺す。

 そして空間を閉じ、泉の水を振り撒くとナイアスと共に白蛇さんが出て来た。


「コレは想定外」

《そうだな、我もだ》

《おぉ!白蛇や、元気そうじゃの》

『ふぇぇ、すみません、ごめんなさぃ』

『どうどう、落ち着けい』


《主、魔石を》

「あぁ、はい」


 どっちの魔石を出せば良いか分らなかったので、黄色い地の魔石と紫の宇宙の魔石を取り出した。

 地面に置くと両方が吸い込まれ、地面が広がって行く。


《不思議な感覚じゃのう》

《そうだな》

『あのぉ、良ぃんでしょうか』

『じゃの、既に許可は出ておるようじゃし』


 ただ、領空侵犯ではあるらしい。


【周囲を旋回する何者かが居ます】


「誰だろう」

《カラス天狗じゃな》


 進入許可を出すとカラス天狗の面を頭に掛けた人型が、岬らしき先端から入って来た。

 年は同じ頃か、黒い羽根を持つ天狗装束が凄いキョロキョロしている。


「お邪魔してます」

『話しは聞いてたが、何もココに置かんでも』


「すみません。あの、飛べるの羨ましいんですけど」

『あぁ、コレは幻惑と羽衣なんだ、ほら』


「手の内明かしちゃいますか」

『下手に隠して奪う為に殺されては困るし』


「そんな野蛮に見えます?」

『チャラい、気軽に殺しに来そう』

『失礼な奴じゃの』


「まぁまぁ、何処かに移動させます?」

『もう少し高度を上げて、海へ移動して欲しい。コレが禁止区域の空図だ』

《了解》


 その間にも、モリモリと領土が広がっている。

 魔石凄過ぎないか。


『まだ広がるか』

「みたいですね、移動完了までどうぞ」


 シートを出して、お茶と何種類かのお菓子を出す。

 ロシアのナッツクッキーがお気に召したらしい、今度は紅茶も淹れておくべきか。


『にしても、楠と良い君と良い、そんな霊元で何処に隠れていたんだか』

「偽装出来ますから」


『はー、そうか、それでか。いやなに、お狐がイライラしていてな、何でも知れる自分が見逃していたとは思えんと、お前らが隠してたのではと、せっつかれてな』

「ご迷惑お掛けします」


『それで、楠とは縁者か?』

「それは月読さんへご確認を」


『まぁ、良いさ、あぁ、ココらで良い。にしても便利だ、隠匿も侵入禁止の結界も有って、ウチも浮島が有ると良いんだがな』

「一画どうぞ、ただ結界は再構築して頂く必要があるかと」


『お前のだろう?良いのか?』

「共有財産なので、どうぞ」


「待て待て、月読に聞いてみる」


 月読て、人間じゃ無いじゃない。

 懐から鏡を取り出すと、月読さんが映し出された。

 マジ便利、鏡通信。


【問題?】

『いや少し愚痴ったら、一画を分けてくれると申し出られた』


【あら鈴藤、良いの?】

「どうぞ、共有財産、残すモノですから」


【ありがとう。じゃあカラス天狗、善は急げ、無理矢理にでも認めさせるわよ』

『はい、直ぐにでも』


「あの、完全には許可を得て無いんですか?」

『人間側からはな、ただウチの神域が有るとなったら、認めるしか無いだろう』


「是非是非、何なら協力しますよ」

『そうか?頼む』




 天狗の総本山なのか、カラス天狗に和歌山の山中を示された。

 地図上では清不動堂と書かれた場所へ開こうとするが、どうやら移動魔法禁止区域らしい。


「上空も無理ですね、近場で良いですか?」

『良い良い、全然良い、頼むよ』


 麓近くの女人堂、その手前なら開ける。

 深いお山の中、カメラはバス停や駐車場にある程度。


「それで」

『ココから飛べば直ぐだ、さ、行こうか』


「飛ぶのは、ちょっと待って下さいね」


 天狗さんの羽衣に似たモノを出し、羽織る。


『似たのが有るじゃないか』

「跳躍はしても、飛ぶは無いので」


『手を引いてやるよ』

「お願いします」


 天狗さんが飛ぶと、同じ様に体が浮いた。

 夢の様な重力感、跳ぶでは無く、浮く、飛ぶ感じ。


 ロキの靴とも干渉するどころか相性が良いらしい、凄い安心感、コレは楽しい。


 1回の跳躍で凄い距離を飛んだ。

 まさに飛翔。


『よし着いた』

「ありがとうございました」


 目の前には簡素なお堂だけ、誰がココにおわすのか。

 扉の前に座っただけで、何だかソワソワしてしまう。


『カルラ天、浮島を持つ者を連れて参りましたよ』


 お堂の中は朱塗りと金で出来た立派な内部、お焚き上げの台の奥には今にも踊り出しそうな木の仏像。

 そっくりな姿の方が、護摩焚きをしている。


 威圧感とも違う、圧倒的天敵感。


 感覚の一部が苦手だ、逃げろと囁くように疼く。


「鈴藤紫苑と名乗らせて頂いています」


《どうも、迦楼羅です。この地方を守らせて頂いております、宜しく。どうぞ頭を上げて下さい》


 性別不明な綺麗な声が降ってきたのだが、緊張する。

 頭を上げたく無い、このまま床を見ていたいのだが。


『大丈夫か?』

「蛇の加護持ちなんです」


《あぁ、姿を変えますから、どうぞ上って下さい》


 雰囲気、空気が変わった。


 頭を上げると、カルラ天さんは人の姿に成っていた。

 心無しか息もし易い様な、気のせいだろうか。


「助かります、お邪魔します」


 天狗さんが扉を閉じると、暖かい空気に包まれた。

 山はこの時期でも寒いのかと、今、気付いた。


『浮島の一画を分けて頂ける事になりそうですよ』

《そうでしたか、是非お願い致しましょう。守りにも、羽根を休める場所にも成りますでしょう、ありがとう鈴藤》


「はい」

『結界はコチラでとの事ですが、既にクエビコ、白蛇がおられます。どう致しましょうかね』

《そうですね、摩利支天にお願いしてみると良いでしょう》


『では、徳大寺で宜しいでしょうか?』

《えぇ、行ってらっしゃい》


『はい、では。立てるか?』

「ギリ。お邪魔しました、失礼します」


 天狗さんに支えて貰いながら、なんとかお堂から出れた。

 解放感、半端ない。


『よし、上野だな、ついでに買い物でもして行くか?』

「うーん、考えときます」


『そう遠慮するな、下界には人間に行かせる』

「バレてるのがバレてましたか」


『あぁ、面白かったぞ人間。では、空間をまた開いて貰おうか』

「へい」


 今度は警視庁の特別室へ空間を開くと、廊下で待機していたスーツの男性に、羽衣と鏡と封書を渡した。

 そうしてカラス天狗さんは羽衣無しで飛び去って行った、マジもんじゃん。




 次の移動先は上野御徒町、ど真ん中に有るお寺さん。

 階段を登り、お線香を焚いてお参り。


 天狗2号がお坊さんと話していると、意気揚々と若いお坊さんが出て来た。

 勝気、元気と顔に書いてある様な、滲み出ている感じ。


『聞いてるよ、浮島だったか』

「鈴藤紫苑と名乗っています、宜しくどうぞ。そうです、浮島の事です」

「守りを授けて頂きたく、参りました」


『ほい、コレを置けば良いだろう』


 掌サイズのイノシシの石像。

 ちょっと可愛い。


「鈴藤さん、受け取って頂けますか」

「はい、ありがとうございます」

『付き添いの、天狗の、真言は分るか?』


「はい」

『うん、ご苦労さん、じゃあね』

「はい、失礼します」


 良い意味で気安い、楽。

 助かる。


《鈴藤ちゃん!》

「どうも、楠を威嚇してくれたそうで」


《あぁん、怒らんで?だって、気になってんもん》

「だからって天狗さんにまで絡んで、宜しく無いなぁ、ダキニさんに言っちゃおうかな」


《勘弁して、ホンマ、それはアカン》

「じゃあ本人にだけ、ちょっかい出しなさい、周りに迷惑掛けたらいかんよ」


《はーい》

「お菓子上げるから、摩利支天さんに宜しくね」


《うん!じゃあね!》


「あの、ちょっかいを出すのを許すのはどうでしょう」

「御して言う事を聞くか微妙では、それに楠は、誘蛾灯で灯台だそうですから、頑張って貰いましょう」


 にしてもクソ暑い、気温差でやられそう。

 お茶屋のアイスを食べながら、暫く天狗さんの買い物に付き合って、うっかりピータンだ服だと買ってしまった。


 そのまま広小路の公園に行き、浮島へ。


「一画とは、どう区分を?」

「もう真ん中で区切っちゃいましょうかね、ドリアードがココでクエビコさんがこうで、こんな感じ」

《いっそ陰陽にでもするかの》

『ふふ、あまり複雑では管理の者が可哀想だ。ココは1つ、双子島にでもなろうぞ』


「それは良いな、アリ」


 瓢箪(ひょうたん)の形に地面を変形させ、結界を縮小させた。

 中央の細い部分が着陸地帯、コレは便利だべ。


 その分れた地面のもう片方、真ん中にイノシシの石像を置き、離れた。


 天狗さんが何かを唱えると、ゆらゆらと陽炎の歪みの様な膜が拡がった。

 コレはコレで中々、良い感じ。


《双子島》

『双島』


《もうちょい洒落た感じが良いのう》

『じゃの』

《折角だ、当て字でも良いだろう》


《麩田子》

「美味しそう」


《蓋碁》

「暗い、堅い」


《なんなら良いんじゃ》

「天狗さんの候補は?」

「双護島」


「良いね、それで」

「いや、その、鈴藤さんのモノでは」


「公園は誰のモノでもありませんで」

「公園て」


「公共物です。じゃあ、其々に報告に行きましょうか」

「この鏡で済ませましょう」


 天狗2号さんが鏡を出すと、早速月読さんが映った。

 難しい顔をしてなさる。


【待って、名前を当てるから】

「名付けは天狗さんですよ」

「候補を言ったら、決まってしまいました」


【ぅうん、双碁島】

「惜しい」


【え、双醐?】

「残念、ふたまもりで、双護島(ふたごじま)


【良いじゃない、それで、結界はどうしたのかしら】

「どうぞ天狗さん」

「はい、摩利支天様に頂きました、後は迦楼羅様から許可も頂けたそうです」


【なら、手回ししとくわね】

「はい、宜しくお願い致します」

「あの、その鏡通信、便利過ぎません?」


【ふふ、アナタ鏡好きじゃ無いでしょう?】


「あぁ、まぁ」

【水鏡でも大丈夫だから、白蛇に宜しく。じゃあまたね】


 中央分離帯で一服、天狗さんも吸う人らしく、2人でのんびり一服。


 島を眺めるに家は建てられないが、キャンプは出来るサイズ。

 拡張しても良いが、松ぼっくりが欲しかっただけなので充分か、どうするか。


「ナイアスさん、ロシアの美味しい松ぼっくりの成る木を、松ぼっくりを持ってません?」


『…っあ、有りますぅ…どぅぞ』


 少し端に1つ置き、エリクサーを垂らし成長させる。

 ナイアスが手伝ってくれたので、ものの数分で松ぼっくりがゴロゴロ取れた。


「よし、ありがとうございます」

『はぃ…』


「良いなぁ、ウチにも何か出来ませんかね」

「良いですよ」


 鏡合わせの様に、池を作り松を植える。

 提供は白蛇さん、こうなるとお社も必要かしら。


「お社は、どうしようか」

「ですよね」

《要らんわい、お社で溢れてしまうぞ》

《だな、コレで良い》


「拡張すりゃ良いかと」

《要らん、こうが良いんじゃ》

《だな》


「なら折角の休憩所なんだし、小屋でも建てたら?」

「有れば助かりますけど、当ては?」


「72柱に居た気が」

「いやいやいや」

《大丈夫じゃよ、意外と気安くて良い奴等じゃし》

『じゃの、もふもふしておるし』


「それは少し語弊があるが、まぁ、もふもふですな」

「いや、それはコチラに任せて頂いても」


「じゃあ、お任せします」

「はい、少し待ってて下さい」


 そう言って服を整えると、天狗の領地の池から何処かへと移動して行った。


 あの天狗さん、多分人間だな。

 クソイケメンの癖に何処か普通で、隙が有って、イケボで少し気さくいのが良いな。

 コレで良いんだよコレで、こんな感じのが良いのにな、せいちゃん丁寧語のままだし。


 もう、このまま引きこもっちゃおうかな。


《どうした、疲れた顔じゃの》

「まぁ、もう引きこもってしまいたい」

《スクナ彦に見せずにか、さぞ拗ねるだろう》


「それは不味い」

『今はどうしておるんじゃ?』


「せいちゃんと一緒やで」

《じゃったら2人共連れて来るが良い》

『じゃの』




 中央分離帯へ行き、玄関から様子を伺う。


 2人して、ダラダラ映画観てる。


「人が忙しくしてたと言うのに」

『あ、鈴藤さん、お疲れ様です』

『月読に聞いてくれた?』


「あ」

『もー』


「まぁまぁ、ちょっと寄り道してて、まぁ来てよ」


 スクナさんは大喜びだが、せいちゃんは微妙。

 なぜ。


『怖くないんですか?手摺りも無しに』

「あぁ、そうね、うん。向こうには行けないか」


『無理ですね、怖いです』

「柵と休憩所か」

『温泉作ろうよ!』


「良いね、絶景だし」


 地面に魔力を少し注いだだけで、地面が広がる。

 呼応して反対の島も大きくなる、ただ、そんなに持って行かれる気配は無いが。

 なぜ。


『凄い、周りから吸い上げて大きくなるんですね』

「あぁ、メガネメガネ」


 確かに大気中の魔素を吸い、土地が広がっている。

 大丈夫なんだろうか。


『大丈夫なんですかね』

「どうなん?」

《良い良い、濃度は低いほうが良いんじゃよ。コレで暫くは平和かの》

《そうだな、風通しが良くなった感じだ》

『だね、良い感じ』


「凄い、デッカくしたら」

《大きなダムを作っても解決はせん、そう、一時凌ぎに過ぎんな》


「そっか、残念」

『温泉、ナイアスも一緒に作ろう』

『ひぇい』


 スクナさんが地面を叩くと盛り上がり、水が吹き出し始めた。

 慌ててナイアスが川を敷き、水を端へと逃がす。


 水はどんどん溢れ出し、土を流す。

 そうして抉れた1枚岩が出て来ると、浴槽の出来上がり。

 凄いなおい。


「すぎょい」

『ふふ』


 お湯は真ん中の穴から湧き出ているらしく、ふつふつと湧いて水面を揺らしている。

 溢れたお湯は、ナイアスの作り出した川へと流れ込む。

 急場なのに、岩風呂に合わせて小石の小川が出来上がっていた。


「ナイアスさん、急な事なのにありがとうございます」

『ふぇぃ』


『こうなると、向こうに負けぬ島を作りたいものじゃな』

《じゃの》


「柵と家は有った、従者用の家も、畑も」

『そんなに拡張して大丈夫なんですかね?』

《地上への日当たり、航空域に問題は有りません》


「らしいよ」

『でも、家はどうするんです?』


「カラス天狗さんが連れて来てくれるっぽい」

『カラス天狗って、本当に居るんですね』


「本物に誂われたし、大本の迦楼羅天さんにも会った、天敵だって感じで、死ぬかと思ったわ」

『珍しいですね、鈴藤さんがそんな事を言うなんて』


「初めての感覚だもの」


「あ、客人ですか」

「あ、どうも、観上清一さんです」


「あぁ、連絡係だそうで、どうも」

『はい、宜しくお願いします』

「それで、そちらは?」


手置帆負(たおきおおい)様と彦狭知(ひこさち)様です」

《家、建築の神じゃな》

「鈴藤です、宜しくお願い致します」


《お噂はかねがね》

《そうですね、どうぞ宜しく》


 小さなお爺さん2人、手足は長めだが華奢でコンパクトでらっしゃる。


「あの、何かお手伝いしましょうか?」

《大丈夫、まぁ見てておくれや》

《ほっほ、さあ始めようかね》


 地面をポンポン叩くと土台となる石が生えた、迫り出したとも言うべきか、生えた。

 次に地面から勢い良く手を上げると、材木を抜き出した。

 一瞬何が起きたか分らなかったが、地面から材木を抜き出した。


 既に組むだけの状態になっている材木が抜いた勢いのままに投げられる。

 それをお爺が受け流し、適切な所へと置いて行く。


 人間離れした流れ作業、頭では分かっているのだが、何が起きてるのか飲み込めない。


 風の音、材木が飛んでいく音、カンカンと組み立てる音だけが響く。


 最早、いやまさしく異次元空間。


「っちょっと、言葉に成らないですわな」

『そうですね、神業と言うか、それを越えてる感じですよね』


「ですな、ありがとうございます。あのお2方は何がお好きなんでしょうか?」

「酒と肴だそうで、山の方だから海の物が良いだろうと。終わったらお出しすれば問題無いそうです」


「うい、了解です」

『所で、どうしてこの浮島を作る事になったんですか?』


「松ぼっくりが欲しくて」


「は」

『冗談ですよね?』


「マジ、松ぼっくりのハチミツ漬けってのがあるんだが、メープルシロップで漬けた方が美味しいだろうと思って、原材料から集めようかと」

「原材料を」

『たったそれだけの事で』


「いや、ウチとしては助かるので良いんですけど」

『メープルシロップも作る気ですか?』

「イヤ、それは市販で。最初は、月読さんのアイス話しから始まったのよ」


 取り敢えずアイスを出し、食べながら聞いて貰う。

 天狗さんもせいちゃんも、このアイスはイケるらしい。


『確かに美味しいですけど』

「どうしてこうなるんですかね」

「恵比寿さんを巻き込んで売り出そうって言うから、じゃあ、松ぼっくりのメープルシロップ漬けならもっと美味しくなるかと。ただ、好き勝手に出来る土地が無いし、じゃあ浮島作れば良いかなって。何かで役に立つかと」


「実際に、これから役に立つので文句は無いですけど」

『アイスから浮島はちょっと、飛躍と言うか、異次元と言うか』

『ねぇ、月読にはまだ聞いて無いの?』


「あ、水鏡やってみようか」


 コチラの池を覗き込み、月読さん、と話し掛ける。


 少し水面が揺れたかと思うと、月読さんが映し出された。


『はいはい、進捗はまだよ』

「あら、お疲れ様です。スクナさんがお話したいそうです」

『楠と一緒に住めないの?』


『もう少し先ね、今は鈴藤と同居中なのだから、準備が必要でしょう?』


『うん、わかった』

「で、ですね、アイスの事なんですが」


『それは恵比寿ね、楠に行かせるからアナタはコッチへいらっしゃい』


「あ、はい」


 万が一を考えて、大國さんの進入許可を出し、島から特別室へと転移。


 月読さんの部屋へと戻ると、黒子ズの姿は無し、下げさせてくれたのだろうか。


『もぅ、そっちの進捗状況が速過ぎるのよぉ』

「ですね、思いもしない方向に行きましたけど」


『あら?そうなの?てっきりだわ』

「買い被りは良くないですよ」


『そうねぇ、ま、お着換えなさいな』


 楠に戻ると、よもぎちゃんの事を思い出した。

 すっかり忘れてたわ。


「あ、で」

『好きにして良いわよ、蓬にどう漏れるか確認したかっただけだから』


「湯吞ちゃんは言わなかったみたいですよ」

『ふふ、良い子ね』


「まぁ、頑張りを無に帰してしまいますが、バラします」

『ふふ、頑張んなさい。じゃあ、恵比寿に宜しくね』




 時差を気にしないで移動出来るのは助かる、西宮神社へ向かいお参り。

 頭を上げると、本殿内部へと移動して居た。


「アイスお持ちしました、楠花子です」


 月読さんから食いさしでも大丈夫と言われたが、其々を小皿に出し恵比寿さんへ差し出して行く。

 どれを食べても表情が変わらないのも、逆に怖い。


 一通り出し切り、今度は松ぼっくりのハチミツ漬けシリーズを出す。

 そしてメープルシロップ漬けなら、更にお客さんは増えないかと考えた事も話すと、サラサラと紙に字を書き、終えると蝋燭を垂らし封をした。


 宛名は月読さん、結論は出たらしい。


 兎も角はお礼を良い、味変にお煎餅を渡して神社を出た。


 もう夕暮れ。


 神社の近くの電柱から特別室へ行き、封書を渡す。


『ありがとう、どれどれ……そう、ふうん』

「結果発表ー」


『行けるわ』

「わお、めでたい」


『じゃあちょっと……はい、コレも添えて、ロシア自治区の案内人の所に行って頂戴、レンスクにウチの関係者と一緒の筈だから』

「うい、行ってきます」




 また着替えて鈴藤に。


 特別室からロシアのサハ地区のレンスクへ、伝書紙を飛ばし、羽衣も使って付いて行く。


 川に向かっている様子、そうしてホテル横のレストラン上空を旋回し始めた。


 試しに伝書紙を掴むと、紙が広がり初期化された。

 今度からこうしよう。


 レストラン裏手に降り魔法を解除、正面から中へと入る。


 制服姿のディーマ君と、フィンランド製の翻訳機で頑張る日本人の姿が見えた。

 客が少ないからか、ディーマ君が直ぐにコチラに気付いてくれた。


『シオン?どうしましたか?』

「お手紙を預かって来たのです、ウチの関係者に」


『そうでしたか、ご案内しますね』


 席へ付き、手を振り日本語でご挨拶、物凄いホッとした表情。


「鈴藤紫苑です、月読様からお手紙を預かって来ました」

「あぁ、ありがとうございます。早速、失礼しますね」


 30代だろうか、ふくよかで優しそう、その彼のメモを見る。

 どうやらお醤油への評価や、取り入れられそうな料理の名前が書かれている。

 北国料理人、頑張れ。


「アイスクリームの事だと思うんですけど」

「はい、販売するので空輸量を少し増やして欲しいとの事ですね、積載にはまだ間に合いますので、助かりました」


「お手数お掛けします、実は発端は自分なのです」

「いえいえ、旅行気分もありますから、大丈夫ですよ、ご心配無く」


「訳して貰いたい事が有れば通訳しますよ?」

「あ、良いんですか?上手く行かないのが少しあって」


 主に調理法や味についてで、語彙力の少ない自分的にも苦戦を強いられたが。

 何とか伝える事は出来た、その代わり、独特な共通言語が出来てしまったのは仕方無い事だろう。


「逆に、ディーマ君は?」

『アイスクリームがそんなに気に入って頂けたのが不思議だと、皆で話していたのですが』


「松ぼっくりが意外にも好評でして、それと2味あるのが良いみたいで、欲張りなので合ってたんですよ」


 ゆっくり話すと、翻訳機を通して料理人も話しに加わる。

 うんうんと頷き、日本語で話す。


「松ぼっくりをメープルシロップに漬けた物は、あるんでしょうかね?」

『“メープルシロップは余り聞きませんね、何処か他の地方なら、しているのかも知れませんが”』

「地方に有るか無いかだそうです、どう思います?煮詰める前の状態に入れたら良さそうだと思ったんですけど」


「採れたてですか、良い匂いですね」

『“あぁ、良い匂いですよね”』


「ココら辺は樺の木のシロップが有るので、その組合せでも面白いかも知れませんね」

「“樺の木のシロップって売ってます?”」

『“少し高いですが売ってますよ”』


「おぉ、買って来ます」


 スーパーへ行き樺の木シロップとアイスクリームを買い足して、レストランへ帰った。

 ボルシチ、美味しそう。


「あぁ、コレですね、開けても良いですかね」

『“大丈夫ですよ、どうぞ”』

「意外、スパイシーな気がする」


「そうですねぇ、これならクルミのシロップかメープルですね」

「大人味ですもんね、アイスクリームこそ万人受けすべきです」


「ですね、ただ、アイスクリームに掛けたがるかも知れませんね」

「あぁ、じゃあこのまま持って帰っときますよ」


「はい、宜しくお願いします」

「困ったらこの番号に掛けて下さい、個人のです」


「あぁ、助かります、ありがとうございます」

「じゃ、また」

『“もうお帰りになるんですか?”』


「“はい、内緒で来ちゃったんで”」

『“そうでしたか、ではまた”』


「“はい”」




 レストランを出て直ぐに隠匿の魔法を掛け、空間移動。

 久し振りのローマのホテルへ、淡雪はどうしてるか。


《意外と何も無いのね、つまらないわ》

「平和で何よりです、お水は?」


《お願い》


 ゆっくりとお水やり。

 その合間に、置いていた鈴藤の携帯から、せいちゃんへお電話。


【はい、今何処ですか?もう終わりそうですよ】

「ローマですお」


【そうなんですね、淡雪さんはどうですか?】

「平和で、ご機嫌斜めでござ。コチラはそろそろお昼ですな」


【コッチは夕飯の時間ですよ】

「ですよねー、お腹空いた。じゃあ、またね」


【はい】


 意味が有るのか分からんアリバイ工作をして、島へと帰った。

 忙しいな今日は。




「ただいまん、凄いなぁ、柵まで」

『たった今、終わったところです』


「ありがとうございます、つまらないモノかとは存じますが、どうかお納めください」

《ふぉっふぉっふぉっ》

《頂こうねぇ》


 島根で買った海鮮佃煮セットと、日本酒を数種類差し出す。

 お2人とも辛口がお好きらしい。


《うむ、気に入った様じゃな》

「良かった、疲れた」

『お疲れ様です』

「お疲れ様でした。後は俺に任せて帰って大丈夫ですよ」


「すみませんが、宜しくお願いします」

「はい」

『失礼します』


 せいちゃんを家の近くに届け、今度は楠になり家へと帰る工程が入る。

 まぁ、帰るフリだ、また来るんだもの。


 せいちゃんが買い物から帰ってお風呂に入り夕飯の支度をしている間、コチラは家まで徒歩で帰りシャワーを浴びて、そこからまたせいちゃんの家へと直接空間移動で向かう。


 バレない様にするの面倒過ぎる。

 サッサと言えて本当に助かった。


 今日はせいちゃんのナポリタン、ドはまりやん。

 粉チーズをたっぷり掛ける。


 美味い。


「料理上手、美味い」

『簡単でしたよ』


「作った事無いのよね、余り食べた事無くて」

『意外ですね』


「ミートソースが多かったな、それと市販のソースのタラコパスタ、刻み海苔で埋めてレモン汁掛ける」

『あー、美味しそうですね』


「歯に、めっちゃ海苔付く」

『今度のお昼にしましょう』


 コーンスープとポテトサラダ、デザートは追加で買ったアイスクリーム。

 喫茶店メニューで夕食を終えた。


「んじゃ、帰るべか」

『えー』

『別に、私なら大丈夫ですよ?』


「それもどうなのよ、一応体は女ぞ、胸無いけど」

『無いから平気なんですかね?』


「失礼だなぁ、ワシじゃ無かったら椅子投げられてるからね?」

『ですよね。それより服の洗濯は良いんですか?新しい服の』


「あ、もうちょっと居るわ」

『やった、パズルしよ、パズル』


 リビングでパズルをしながら、せいちゃんとスクナさんが見ていた映像の続きを流す。


 怪獣モノ、大きなモスと恐竜タイプの怪獣大決戦。


 終盤だったらしい。


 そうして映画も終わり、音楽番組に切り替わった。


 0と全く同じ人間が、全く同じ音楽を奏で歌っている。

 異次元的天才だとは思って居たが、本当に異次元にまで存在しているとは。


 あぁ、鳥肌が立つ。

 懐かしくて新鮮で、きっとこの人なら新作も共通しているだろう。


 多次元に存在する人間は、本当に居る。


 《では、新曲。TIMELINEの…》


『鈴藤さん?』

「何でも無い」


 明日こそ、楠でスマホを買おう。

『せいちゃん』『スクナさん』《アマテラスさん》『月読さん』『金屋子夫婦』《よもぎちゃん》

《百合車》『オベロン』《ティターニア》『ドリアード』《クエビ子》『ディーマ君』


《白蛇さん》 白い小人さん

「カラス天狗2号さん」 似た年齢のどちゃクソイケメン


多次元者は、作者の名前をもじった方です。

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