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5月28日(木)

 今日もアラームで目覚めた、不快。


 ストレスのせいか涎も酷いし、改めてシャワーを浴び乾かして貰った頃、せいちゃんが来た。

 一応、昨日の事があるので、身分証か手帳をのぞき穴に向かって出して貰った。


「すみませんでした、おはようございます」

『おはようございます、準備は大丈夫ですか?』


「あ、はい、ストレージが有るので」

『じゃあ、車で駅まで向かいますね』


「はい、宜しくお願いします」


 小さいスクナさんは内緒のポーズ、どうやら、そう遊びたいらしい。

 そして何よりせいちゃん、思ったより柔らかい対応。


 何でだ、警戒し過ぎたか?

 まさか経歴を話したのか、どっちだ?アマテラスさんか、月読さんか。


『アマテラス様から少し事情をお伺いしたんですが、大変でしたね。ご家族の事』


 そっちかぁ、まぁ、良いか。


「あぁ、まぁ、良くあるみたいなんで、別に」

『もしかして鈴藤さんの事、何か聞きました?』


「似た方だとだけ、まだ浅いので詳しくは知らないです」

『あぁ、そうなんですね。チャラくて、何か失礼をしませんでしたか?』


「特には、眼鏡を預かっただけなので」

『そうなんですね、良かった。朝ご飯は食べました?』


「あ」

『時間に余裕は有るので、駅で何か買いましょうか』


「すみません、お願いします」


 めっちゃ喋るやん。

 滑らかに話せるじゃん、せいちゃん、心配して損したわ。


 同情って強いな、流石付き合いの長い神様達の名采配、後でお礼言わないと。




 駅の地下駐車場に車を置き、駅弁や飲み物を買って新幹線に乗り、お弁当を食べる。


 人心地ついて辺りを見回すと、スーツまみれ。

 しかもコッチはスーツと私服、何かしらの制服を頂いておけばよかったか、浮く。


『読みます?』

「ありがとうございます」


 偉いぞせいちゃん、優しいな。

 観光雑誌で時間が潰せるのは有り難い、未だに公式記録的に花子のスマホは無いので何も出来ないのだ。

 助かる。


 温泉水を化粧水にとな、普通なら興味を惹かれるんだろうが。

 もう飯よ、鈴藤の時の大食いは出来ないが食事が楽しみ。


『何か食べたいのありました?』


「この、割子ソバですかね」

『良いですよね、お昼前には着くので食べましょうか』


「はい」


 もう、無言。


 すまんなせいちゃん、あまり喋るとボロ出ちゃうねん。

 それと罪悪感、すまん、騙してる。


 いや、騙してるのは最初からか。

 危ない、見誤る所だった。


 どうしよう、抑制魔法でコレだろ、罪悪感の反動で死んでしまうかも知れん。




 尻ポケットに入れて居た携帯が振動した。

 取り出し開くと、月読さんからメール。


 [バラしてもよし]


 一体、何処から何を見ているのか。


 少し悩んでいるとワゴンが通った。

 何も言わないのに、ジュースとお菓子を買ってくれた。


 どうやら、せいちゃんは妹扱いしてくれてる様子。


『はい、どうぞ』

「ありがとうございます。所で、大事なお話しがあります」


『業務関係ですか?』

「まぁ、そうです」


 鈴藤の身分証をコッソリ無言で差し出すと、赤面し俯いてしまった。


『恥ずかしくて死んじゃいそうなんですけど』

「ごめんなさい、全部この方が悪いのです、ほら」


『な、今じゃないですか』

「はい」


『どうしてそんな表情を変えられないで居られるんですか、もう』

「動揺したら不味いと思って、掛けました、強めのモノ」


『大丈夫なんですか?』

「反動が怖いですね、同じく死んじゃうかも」


『恥ずかしくてですか?』

「罪悪感もですね」

『だからか、宿までバラしたく無いって言ってたのに』


「作戦に影響は」

『せいちゃんが女の子扱いすれば、大丈夫』

『こんな、難しい事を』


『だから、バラさない方向でいたの』

「女の子っぽい何かする?」

『ちょっと、整理させて下さい』


 またしても顔を真っ赤にさせながら、目の前の椅子のネジを見ている。


 何度か深呼吸しているが、真っ赤。


「掛ける?」

『ダメだよ、せいちゃんには良くない』

『凄い、残念です』


「凄い同情してくれて嬉しかった。妹が欲しかったのは分かりました」

『そんな風に見えました?』


「違うんですか?」

『確かに、何も無い部屋にも同情はしましたけど』


「良い対応だったと思います」

『忍さんに、凄い指導して頂いたんです』


「なるほど、今直ぐにでもお兄ちゃんになれる優しさ上手でした」

『もー、言わないで下さい』


「誂われてると思えば、怒りとか、どうでしょうか」

『それでもちょっと、恥ずかしさが勝ちますね』


「誉めてるんですが」

『無理ですね、久し振りに一服したくなりました』


「でも、少し考えて欲しい。例えば宿までだったら、明日だったら、どうなってた事か」


『今さっきこそが、確実にマシですね』

「帰り寝台車乗ります?何でも許してくれると思うよ」


『帰りはちょっと』

「どうせなら行きが良いよね、こう、楽しい場所に向かう感じ」


『そう、その感じでお願いします、話し方』

「馴れ馴れしいのでは」


『まだ気にしてます?』

「鈴藤と同じ様に気にしいですから」

『ふふふ』


『今、鈴藤さんによそよそしくされたら、逆にダメージが大きいんですけど』

「なぜ」


『なんか、軽蔑されてるのかなって』

「なんでよ、ナイスガイでしたよ」


『そうなんですかね?』

「モテる、絶対」


『キモくないですか?』

「いや、良い距離感だった」


『でも、鈴藤さんの感想ですもんね』

「ちゃうわ、花子の感想や」


『はぁ』

「どんまい、仮眠するよろし」


『そうしときます』


 どうフォローしても、せいちゃんに一方的にダメージが行ってる気がするのは何でだろうか。

 それと後で忍さんにどう指導したか聞きたいが、バレは最小の方が良いだろうし、やめとこ。




 それから到着直前まで、せいちゃんは死んだように眠っている。

 多分、向こうでもふもふでもしてるのだろう。


「観上さん、着きますよ」


『あ、はい』

『元気出た?』


『少し』


 出入り口まで歩き、ゴミを捨てホームに出た。


 暖かい。


「暖かい」

『ですね』


「アレだけじゃ足りないからお蕎麦、ごめんて」

『すみません、回復はムリでした』


「すまん、ほれ、一服しよう」

『はい』


「どう思うのが、楽そう?」

『そこなんですけど、どっちが本来なんです?』


「答えても、君が楽になるとは思えないが」

『そうなんですけど、気になって』


「気にしいだな、今はどのパターンが最悪か考えといてくれんかね」

『はい』


 的確に突いてくるとは、本当にどう答えようか迷うが。




 一服を終え、改札を出てレンタカーを借りて貰い。

 せいちゃんの運転で神社までは着けた。


「時間は指定してあるんだろうか」

『いえ、今日とだけ伝わっているかと』


「じゃあ、一旦話しを戻そう。考えた結果は?」

『最悪って、そもそも失礼ですよね、どれにしても』


「まぁ、でも仕方無いよ、片方は騙されてた事にはなるんだし」

『結論無しで良いですか?鈴藤さんは鈴藤さんなんで』


「それで大丈夫?」

『はい、今暫くは』


 運転前には既に切り替えて居たのか、すっかり落ち着いている。

 そのまま神社へ。


 手水をし本堂にお参り、次はどうしようか悩んでいると、物凄いイケメンの禰宜さんが話し掛けて来た。


《いらっしゃい、久しいねスクナ彦》


『うん、お邪魔するねタマノオヤ』

「お邪魔します、楠花子です」

『東京の観上です』


《うん、さ、コッチへ。今日は暑いから》


 本堂横の日陰の長椅子へと案内された。

 手土産を渡すと、薄絹を顔に付けた巫女さんが冷たいお茶を出してくれた。


 参拝客も居るのだが、特にコチラに反応するでも無くお参りしている。


「あの布って」

《あぁ、認識を阻害する術が掛かっていてね、周りには普通の者が普通に過ごしているように見えるんだよ》


「術って、安倍晴明さんですか」

《そうだね、その子孫が継承してる術だよ》


 せいちゃんは全体に掛けられてるのか。

 それを徐々にとは、それを手助け出来るんだろうか。


「あ、眼鏡の事で来たんです。複製出来るか、人間に可能かと聞きたくて」

《どれ、んー、出来るね、うん。展開図を書くから、それを金山彦に渡せば大丈夫》


「最初から、そちらに行けばよろしかったでしょうか?」

《ううん、ココで大丈夫、硝子は私の範囲だからね。はい、金山彦に宜しくね》


「お手数おかけしました、ありがとうございました」

《君の、耳のそれは、良いのかな?》


「んー、1つだけお願い出来ますか?」

《勿論だよ》


 確かにコレも石だが、使い所が難しい。

 誰に渡すか。


 悩もうとしていると、神様がそこら辺から何か拾ったかと思うと、良く似た物を手にしていた。

 思わず耳を触るが、しっかり付いている。


「すごい」

《ふふ、はい、どうぞ》


「ありがとうございました」


 ひらひらと手を振って、社殿へ帰ってしまった。

 あっという間、まだお昼にもなっていない。




『どうしましょうか』

「取り敢えず御朱印、おみくじとかしようよ」


 蕎麦屋までの道中、願い石やら温泉水の化粧水やら。

 観光雑誌に載っている事をし、お蕎麦屋に辿り着いた。


 せいちゃんの事を神様に相談出来なかったのだが、マジで泊まって話しを聞くべきか。


『どれにします?』

「これで」


 5色盛りセットを食べた後、少しお土産屋を見て回る。


 しじみだ海苔だと買い込んだが、もう、本当にどうしましょうか。


 携帯を取り出し、思い切って月読さんに掛けるが。


 今日に限って繋がらない、初めてだ。


『どうしました?』

「泊まりの部屋、確認しました?」


『あ、確認してみます』


 せいちゃんが旅館へ確認した結果。

 案の定、2人1部屋。

 仕事の筈なんだが、取り方おかしいだろ。


「最悪は鈴藤と交代すると思うので、大丈夫かと」

『あ、そう言う事なんですね、良かった』


「でしょう、じゃなきゃおかしいし」

『ですよね、まして仕事なんですから』


「でも、その、本当に出勤、出張扱いになってる?」

『え、あ、確認します』


 出張扱いになっていた、コレでせいちゃんも安心だろう。


「どや」

『安心出来ました、ありがとうございます。もう月読様に慣れたんですね』


「なんとか。ギリ無茶しないライン行こうとするのな、何だあの神様は」

『何だか少し鈴藤さんに似てますよね』


「そうか?」

『大胆と言うか、急な感じが』


「ならコレは同族嫌悪か」

『そうなんですかね?それにしても、何がしたいんでしょうか』


「それはだな、旅館で説明しよう」

『お願いします』


 楠花子としてチェックイン。

 古典的な和風建築が凄く良い、こう言った場所は本当に、永遠に残っていて欲しい。


 広縁には椅子とテーブル、タオル掛けに洗面台。

 畳の部屋には座椅子と、大きなテーブルにはお茶とお菓子のセットが置いてある。


 いつも通りせいちゃんがお茶を淹れている間に、見守り君を発動。


 アメニティーをチェックし、着席。


「どうやら、さっきの認識阻害が観上さんに掛かってるみたいなんです。神様達が頑張って徐々に解いてたらしいんですが、難しい状態になったとの事で要請されました。鈴藤さん的には眼鏡で矯正すれば良いんじゃ無いかって話しになって。こうなりました」


『最初から、そう言って頂ければ良かったのでは』

「魔法と同じで、観上さんの意志が関連してるらしいです。だから、自信を付けて頂ければ、少しは良くなるんじゃないかとのご配慮だったんですが、完全に失敗ですよね。女なら何でも良いワケでも無いんですし」


『あれ、あの、鈴藤さんなのでは?』

「鈴藤さんは鈴藤さんと仰っていたのと、そも楠花子は鈴藤紫苑とは別の身分証を持っています。鈴藤さんの身分証はお預かりしただけと思って頂ければ、宜しいかと」


『え、あ、そうなると、鈴藤さんは別の場所に?』

「はい、携帯で位置情報をチェックして頂ければ分るかと」


 せいちゃんが携帯を暫く弄ると、勢い良く顔を上げた。

 少し混乱してるらしいが、落ち着いてはいる。


『携帯の場所は確認できましたけど、本人は結構移動できる方ですし』

「観上さんが思いたい方向に合わせてるんですが、何か少し変更しましょうか?」


『ちょっと、考えさせて下さい』

「うい、ご連絡お待ちしておりま」


 浴衣やタオルを持って部屋を出て、ロビーで一服。


 さぁ、どうしようか、最悪は花子を妹にでもするか?


 ただ誰に匿っ、晶君か?もう、晶君で良いか。


 なら一緒に、バラバラの場所に転移して来た事にするか?


 伝書紙でお互いを見付けた、で、鈴藤で先ずは様子見し、身分証をゲットしたと。

 まぁ、成立するか。


 一服終えて、そのまま温泉へ。


 頭だ何だと洗ってから、ゆっくりと温泉に入る。


 無理矢理せいちゃんに判断を委ねたので、今は罪悪感はギリ大丈夫。


 ただ、それでもグイグイと自分を追いやるもどかしさが有る。


 それと、どう判断されるかの不安。

 コートの方がマシだな、ちょっと時と場所に余裕がないとこの魔法の扱いは難しい。


 のぼせる前に露天で涼む、暖かいとは言ってもまだまだ涼むには良い気温。


 せいちゃんは、どれだけ悩むかしら。




 露天や内湯を堪能し、人が居ないのを良い事にソラちゃんに頭を乾かして貰い。

 そのままランドリーへ向かった、鈴藤の洗濯物と共に洗濯機を回す。


 湯呑を出し仙薬を1杯、美味い。


 ロビーへ戻り観光冊子やチラシを漁っていると、旅館の方に声を掛けられた。

 貸し出しの浴衣があるそうなので、外湯に行きたい時は来て出ても良いと。


 ちょっと切羽詰まってて見逃してたが、まぁ、この浴衣でも良いみたいなのでコレで良いかな。

 今、着て出て、誰かに嫌味を言われたら反動で殺しちゃうかも知れんし。


 検討するとだけ伝え、冊子を見る。


 勾玉作りや飯屋の案内、そして出雲大社の冊子を読む。

 今行ったら誰が居るんだろう、それとも同時に存在出来るのかしら。


 お土産コーナーもウロウロ、そして洗濯が終わったので乾燥の為に部屋に戻った。


 広縁には浴衣姿になったせいちゃん、ボーっと外を眺めてる。

 お風呂に行っても、結論が出なかったらしい。


 洗濯物をソラちゃんに乾かして貰っていると、漸く話し掛けて来た。


『あ、あの、楠さん』

「へい、どうしましたか」


『結論が出たので』

「うい、どうぞ」


『気持ち的にはまだ落ち着かないので、鈴藤さんの妹と思う形でも良いでしょうか』

「良いも悪いも、合わせますよ。だけどそんな感じで宜しいんで?」


『鈴藤さんだとは思ってるんですけど、じゃあ本来はどうなのかと成るので。なら、似た能力の妹さんだと思い込めば、自分も大丈夫かなと思いまして』

「お試しですね」


『はい、そうさせて下さい』


「因みに、女性用に入りましたが。本当に女とは限りませんよ、ほら」

『わ、しまって下さいよ』


「同じ胸板です、そこはちゃんと認識して下さい」

『分かりましたから、しまって下さい』


『ふふ、誂われてるのかも知れないよ、せいちゃん』

「ね、実は弟かも知れんよ、幼く変身した鈴藤かも知れん」

『それなら、その方が良いんですけど』


「それならそう言いなさい、何を心配してる?」


『もし女性なら、無理をさせてしまったなと』


「そうか?つかどこに女性要素有った?」

『もし女性だったなら、その要素が無いって言ったら、失礼じゃ無いですか?』


「そう思うなら、男にならんのでは?」

『そうなんですけど、鈴藤さんの性別を取り払っても、やぱりそう言う事はしそうだなって』


「お、鈴藤をなんだと思ってますか」

『それこそ、トリックスターですかね』


「機械仕掛けの?」

『最近、少し、鈴藤さんて実は神様なんじゃ無いかって』


「神様に失礼」

『そうですかね、結構鈴藤さんて出来る事が多いから、尻込みしそうになる時もあるんですよ、一緒に居て迷惑じゃ無いかって』


「鈴藤と両思いだな、きっと向こうも思ってる」

『あの、良かったら鈴藤さんに成って貰えませんか』


「残念、見られてると出来ないんだわ」

『本当ですか?』


「触られてても無理なんよ、万能じゃないのよね」

『じゃあ、確認出来ないんですね』


「方法はあるよ、移動出来なくさせる結界内部で変身すれば、すり替わりの可能性は消せる」

『あぁ、でもそこまでは別に良いんです。因みに、鈴藤さんと、楠さんはどう言う状態が理想なんですか?』


「せいちゃんがリラックス出来る環境なら、別に何でも良い」

『やっぱり鈴藤さんなんですね』


「今、下確かめる?」

『もー、止めて下さいよその姿でまで、少しは女性らしく振る舞わないと、周りにバレますよ?』


「鈴藤とバレなきゃ良いの、それに、この姿ではそう動かないだろうし」

『もしかして、この前の体調不良はこのせいですか?大丈夫なんですか?』


「それは大丈夫、心配するなら慣れてくれたまえよ、ほれ」

『もー、分かりましたから、しまって下さいよ』


「平らがお好みか、真反対だわ」

『私だって有る方が好きですよ』


「どの位?」

『言いません』

『ふふ、じゃれるのも良いけど、まだ明るいんだし外湯巡りしようよ』


『そうですね、貸し出しの浴衣有りましたよね?』

「お、選んでくれるかね?」


『はい、可愛い浴衣を着て貰いますからね』


 せいちゃんが、成長した。

 打たれ強くなってしまった、とうとうやり返される日が来てしまった。




 ニコニコしながら浴衣を選んで、何てやつだ。

 しかも旅館の人まで巻き込んで選びやがって。


 白地にピンクの枝垂れ桜に緑色の帯、旅館の人に軽く髪をアップにさせられた。


 完敗。


「完敗です、負けました」

『名前に合わせたんですよ、じゃ、行きましょうか』


「なんと勝ち誇った様な顔をしなさる」

『楠さんも赤面してくれたので、溜飲が半分は下がりましたね。あ、何ならもう少し可愛い服も買いに行きましょうよ』


「ただでさえ地獄絵図なのに、周りの方に迷惑だよ」

『大丈夫ですよ、似合ってますって』


「帰りたい、家に」

『ダメですよ、旅館の方が心配します』

『ふふ、やり返されてる、ふふふ』


 今はロキの靴では無く下駄なので、替わりにチョーカーを髪に巻き付けてあるが。

 居た堪れない、不安でしょうがない。


 それから1件、2件とハシゴ。

 3件目はスクナさんから、せいちゃんにストップが掛かった。


「気を付けてって言われてたものね」

『じゃあ、ゼンザイ食べましょうか』


 振り切れたと言うか、吹っ切ったのか。

 お店の人にデートか聞かれても真っ赤になりながらニコニコと受け答え、良い返事をしやがった。

 そしてスクナさんまで、真っ赤な顔を見てニコニコしてる。


 こうダメージが来るとは想定外だ、良かった、抑制魔法掛けといて。


「もう、勘弁してくれ」

『ふふ、そろそろ帰りましょうか』

『ふふふ、楽しいなぁ』


 旅館に帰り、浴衣から寝間着へ着替え、貸し出し用の浴衣を返した。


 凄い疲労感、顔面偏差値を自覚して欲しいと本気で思ったわ。


「浴衣が拷問器具になるとは思わなかった」

『それにしても寝間着って、もう寝るんですか?』


「いや、ピラピラしたら落ち着かんだろう。君も」

『そこは配慮してくれるんですね、ありがとうございます』


「はぁ、手玉に取られた、もうお嫁に行けない」

『変な言い回ししないで下さいよ、それに、まだまだですよ。戻ったら服を買いに行きましょうね、いくらなんでも良い年の女性が地味過ぎですよ』


「大國さんもだが、君らの周りの女性と同じにせんでくれよ、この顔面にはコレが丁度良いの」

『だとしても、地味過ぎると変なのが来ちゃいますよ』


「そんな事ある?」

『控え目そう、大人しそう、そうやって犯罪に巻き込まれる人も居るんです。自衛ですよ』


「金髪なら?」

『あー、良いかも知れませんね』

『お人形さんみたいになるかもね』


「こんな不細工な人形あるか」

『良いから、やってみてハナ』


 目を閉じ、髪の色素を抜く。

 ブリーチ無しの長い金髪はスルスル、サラサラ。


『綺麗ですね』

「眺めるのは楽しい、コレなら地味で良い?」


『ギャップが有り過ぎですね、隙が有る様に見えます。どっちにしても、それなりにお金を掛けた服装にすべきかと』

「どうしても買わせようとしてるな」


『大丈夫ですよ、私のお金で出しますから』

「楽しそうだなおい」


『はい』


 取り敢えず今日は黒に戻し、夕食までゴロゴロ。


 地方局を見たり、お茶を飲んだり。

 だって、スマホ無いんですもの。


「せいちゃん、服の前にスマホか何か、楠名義のが欲しいんだが」

『買って無かったんですね、そんな急場で決まったんですか?』


「そうなのよ、服も急いでプラトンで買ったし」

『じゃあ買い揃えないとですね』


「買ったってば」

『スーツは良いんですか?』


「あぁ、そうか、一応買うか。有るかな、この胸に合うの」

『そこは、忍さんに相談しましょうか』


「失礼な、忍さんはコレより有るぞ」

『そうじゃなくて、今回の報告も有りますし』


「ダメ、知る人間は少ない方が良いんだが」

『でも、女性の協力者は必要かと』


「月読さんに、か。でもさっき出なかったんだよなぁ」

『じゃあ、私が掛けてみますね』


 出た。

 なんださっきのは、着拒か。


 何だか和やかに会話してなさる、責任の半分は月読さんなのに。


 なんぜ。


 そして電話を替わると、跳ねる様な声でらっしゃる。


【ふふ】

「どんだけ見通しますか」


【まぁまぁ、それでスーツの事だけれど。制服も用意させるから、明日にでも戻って寸法に行ってらっしゃいよ】

「もう帰って宜しいのか」


【そこよね、他の相談は出来なかったのでしょう?】

「そうなんす、後で報告に行っても?」


【今、大丈夫よ】

「じゃあ、行きます」


 服に着替え、特別室へ転移。

 手土産を携え、月読さんを訪ねた。


『何処までバラしたのかしら?』

「殆ど、ただ今は鈴藤と思ってくれてます」


『残念』

「勘弁して下さい。認識阻害の術が掛かっている話しはしました」


『暗示に暗示を重ねるのね、良いじゃない』

「暗示なんですか?」


『術も暗示もそう変わらないじゃない、強度の問題よ』

「はぁ」


『それにしても、せいちゃんには眼鏡は要らないのかも、凄い楽しそうにして、ふふふ』

「変に歪まれても困ります、男と思っての態度なんですから」


『それでも、慣れるに越した事は無いじゃない?』

「まぁ、変な肩の力が抜けてくれればとは思いますけど、このまま、上手く行きますかね」


『さぁ?蛙を人間に戻すお姫様が現れたら、良いのだけれどね』

「ですね、蛙に蛙は戻せませんから」


『ま、今はまだタマノオヤに相談しなくとも大丈夫そうね、金山彦達に話せば充分よ。明日、服の寸法が終わったら、蓬と行ってらっしゃいな』

「鈴藤で?」


『楠でよ、せいちゃん以外には出来るだけバラさないで頂戴ね』

「うい」


 特別室へ、そして旅館へと戻る。


『どうでした?』

「忍さんには言うなって」


『どう、言えば良いか困るんですが』

「鈴藤に雰囲気が似てて楽だった、で通せ、そしてバラされた時の事と、コレだ」


『う』

「まだ赤くなるか」


 お夕飯までもう少し、少しだけお昼寝。






 王都の温泉。

 コチラは大変だと言うのに、マーリンとソロモンさんが楽しそうに談笑している。


《おう》

『やぁ、調子はどう?少し体調を崩したと聞いたけれど』

「大丈夫、超回復した」


《ウチの泉も勝手に使って良いんだからな》

「えー、なんか気まずい、何もしてないし、ココでも結構良くしてくれてるし」


《情報と魔道具の対価なんだ、遠慮するな》

「せいちゃんも良い?見せたい」


《まぁ、別に良いが。泉はダメだぞ、暴走されたら困る》

「魔法の暴走?」


《あぁ、魔法を使った事も無いのが溢れたら、どう発動するか分からないからな》

「それなんだけどさ、使える様にしたら不味いの?」


《どうだかな、一応、そっちでも確認しとけ》

「うい」

『本当に、彼が気になって仕方無いんですね』


「親近感だろうか」







 不意に出た自分の言葉にビックリしたが、病弱だったのは似てるが、それ以外は似てる所無いと思うんだが。

 どこだろ。


 トイレに起きて考えたが、寝起きだから良く分からん。


 そうして顔を洗っていると、部屋食が運ばれて来た。

 豪華、名物が殆ど食べられる。


 小鉢には鯛めし、うずめ飯、箱寿司と3つの主食以外に、うず煮、鯖の煮食い、へか焼きが並ぶ。

 碗には芋煮、小鍋にはすき焼き風の猪鍋、そして鮎の焼き物に輪切りのお刺身と鯉の洗い、ウルメイワシの暖かい出汁蕎麦。


 美味しいしか無い。


『小さいのがまた憎らしいですよね』

「もっと食べたいってなったら行っちゃうものね、色んな意味でうまい」


 甘味は出雲三昧と言う綺麗な和菓子、三層で求肥で、甘さ控え目で美味しい。

 お品書きにお店の名前が有ったので行けたら行こう。


 食事の後、スクナさんはタマノオヤ神に会いに行った、コチラは広縁でまったりタイム。


 腹がこなれたら温泉へ。


 またまったり。


 遅いな、大丈夫かしら。


『迎えに行きますか?』

「ちょっと見てくる」


 神社裏の公園から、境内をコッソリ覗き込む。

 スクナさんとタマノオヤ神が楽しそうにしているが。


《おや、心配させてしまいましたか》

『あ、ハナ、おいで』

「すみません、過保護で」


《無理も無いよ》

『もう、もうちょっと2人で居られなかったの?』

「そこか、無理ですね、手持ち無沙汰だもんで」


《ふふ、それにしても本当に似ているね、せいちゃんと》

『ね、認知の歪みまでソックリ』

「そこは、せいちゃんより自覚はしてますが」


『治って無いなら、やっぱりせいちゃんと一緒じゃない』

「へーい、そのウチ何とかしますよー」


《ふふ、スクナ彦から聞いたのだけれど、眼鏡で認知の歪みを矯正する話しは面白いね。展開図に少し書き足しておくよ》

「ありがとうございます」

『ふふ、ハナも掛けないとね』


「へーい」

『ふふ』

《ふふ、彼氏が心配してしまうから、もうお帰り。また、おいでね》


 スクナさんを抱え、旅館に戻った。

 布団が敷かれている。


 にしてもせいちゃんめ、どうしてくれよう。


「ただいま。タマノオヤさんに彼氏呼ばわりされてたぞ君、どうする」

『え、もうそんなに広まってるんですか?』

『ふふ、もう伝わっちゃったねぇ』


「みたいだ、月読さんが上機嫌だったのも多分コレだ。今回はスルーしたけど、今度から訂正しとこうか?」

『楠さんに迷惑なら、お願いします』


「いや、せいちゃんに迷惑になるだろうと言ってるんだが」

『寧ろ、もう、一生何も無いよりは良いかと』


「その思考もどうかと、いっそ清さを貫き賜えよ」


『そうですか?どっちが良いんでしょうね?』

『誂いだから大丈夫だよ』

「マジで?せいちゃんの汚名にならん?」


『大丈夫、ふふふ』


 そうしていると間髪入れずアマテラスさんから、せいちゃんへメールが入った。

 明日は報告書の提出と楠の採寸に付き添えと、要するに服を買う時間が確実に取れたのだ。


 絶対に2神に遊ばれている、忘れてたが神様ってこんな感じだったか。


 そうだ、鍛冶神とかこんなんだったな、ロキなんか加わったら悪乗りに輪をかけそうな感じだし。


『どうします?』

「採寸の事は聞いてた、制服仕立てるって、スーツも」


『どの制服になるんでしょう』

「そこよな。あ、無線で暗号みたいなの喋るじゃん、アレのマニュアルみたいなの有るの?」


『有りますよ、少し待って下さいね』

「民間にも公開されてんの?」


『いいえ?主に警ら隊等の無線はアナログなので聞かれる事は有りますが、他はデジタルなので心配は無いかと』

「傍受は良いのね」


『傍受内容の利用や他者へ教える事がダメなので、傍受はグレーゾーンです』

「制服と無線の暗号使ったのが居てね、大國さんが捕まえたらしい」


『制服の譲渡も売買いも違法ですよ』

「だよねぇ」


 無線通話のコード、略語辞典が初期配置時に配布され、問題が増えれば随時更新されるんだそう。

 所属や車両番号やら、身分照会センターのコードが載っている。


『123ヒフミから04と返って来たら、窃盗の前科がある。代々木公園で06なら暴行事件発生の知らせ、こんな感じですかね』


「00は核当無し、マルモクは?」

『えっと、この、目撃者ですね』


 思い出せる限り、あの犯人の口から聞き取れたのは、北村PM、マルモク00、03施行。


 要約するに、目撃者も居なさそうなので襲おうとした、と。

 でも無線からは応答有ったし、何だろ。


 せいちゃんの元の家近くで起きたんだし、誰かがせいちゃんへ接触する為の演習だったとか?

 にしても楠に偶々当たるか?ワザとか?


 続報無いし、可能性は有るのかも。


「いきなりは覚えられんな」

『ですよね、食堂で新人の近くに行くと良いかも知れませんよ、大概はコードや略語を過剰に使って話しますから』


「なるほどね、ところでこの、マル食の290ニクマルは何よ」

『肉まんです、マル食は交番勤務の出前とかお弁当の手配ですね、岐阜で使われたのが知れ渡って、一般化したらしいですよ』


「290の季節ですねってか」

『ですね』


 暫く布団でゴロゴロしながら略語辞典を見ていると、隣から寝息が聞こえてきた。


 このまま楠でも大丈夫そう。


 電気を消し、そのまま眠る事にした。

『せいちゃん』『スクナさん』『月読さん』《マーリン》『ソロモンさん』


《タマノオヤ神》 石や水晶の神様

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