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5月23日(土)

ドリームランドから。

 



 家の縁側で目を覚ました。

 庭ではボーッと枯れた地球を見上げるドリアードに、クエビコさんが居た。


『のう、アレはいつからなんじゃ?』

「2~3ヶ月前、神託だって言われてたっぽい」

《夢見でもある様じゃから、確かに神託ではあろうが。どうしてお主なんじゃ?》


「さぁ」


『ふむ、落ち着いて居るのは慣れかの』

「いや、アレ見てやっと正体が分かってホッとした感じ。何と戦うか分かって安心した」

《アレを見て落ち着くとは、どんだけ気にしいなんじゃ》


「結構、気にしいよ」

《にしてものぅ、アレ、落ち着いて見れんわワシ》

『じゃのう、何ぞ落ち着かんわい』


「もうさ、どのタイミングで戻れるかの方が気掛かりよ。戦争終わってからひょっこりなんて、カッコ悪いべさ」

《ぶっちゃけ、お主が生き残って、平和に過ごしてくれれば別に良いんじゃけど》

『じゃの』


「そうはいかんよ」

『気にしておるのは、従者の事じゃろうか?お主を思う成ればそう思うであろうよ』

《じゃの》


「はいはい、それはそれ、コレはコレ」

《もっと言うと、このまま居て欲しいんじゃがの》

『まぁ、ソロモン王の軍勢が帰還を指し示しておるそうじゃし、難しいじゃろ』


《なんの、お主の魅力で何とか出来ぬのか》

『残念ながら効かんのじゃ』

「ね、レジストもあるし」


《ぐぬぬ》

「うぇーい」

『ふふ、まぁ、束の間を楽しもうぞ』


 渋爺とは違い、クエビコさんもドリアードも動物達にかなり好かれている。

 ドリアードなんかは特に、もはや動物の成る木と化している。






 日の出と共に目を覚ますと軽い頭痛、本格的にホルモンの数値を確認すべきなのかも知れないが。


 何処で?

 つかスクナさんじゃ、ダメか、周りに言えって言われそうだ。


 ボーッと頭痛を治していると、先に起きていた晶君が珈琲を差し出してくれた。


『おはようございます』

「おはよう」


 測定は中域。


 スーパー等で買った食品で軽く朝食を食べ、花子の身体を観察。


 そういえば教会で変身した時、胸は有った。

 服を着たら収まって、移動し終えて確認したら平たくて。


 移動の際に一時的に抑えて貰ってただけで、もうとっくに体が戻りかけてたんだろう。

 かと言ってあの服はココだと目立つし。


 胸を押さえて、喪服を着るしか無いか。




 そうして身支度を終え、教団へと向かった。


 玄関先で掃き掃除をしていた翠ちゃんに手を振ると、箒を持ったまま猛ダッシュしてきた。


『おはようございます!お久しぶりです、何かご不便は?』

「ご心配無く、順調ですよ」


『良かった。ではもしかして、噂を耳にされましたか?』

「教団が、分裂しかかっている事でしょうか」


『そうなんです、申し訳御座いません、ご足労お掛けして』

「纏まって居て欲しい場合、どうしたら良いでしょう」


『成果を披露して頂きたいのですが、無理ですよね』

「はい。ですが、これから治す方々をソチラの味方には出来ませんか?」


『ありがとうございます、纏めてみせます。ご案内致しますね』

「では少し、アナタの経歴を聞かせて下さい」


『はい!』


 なんと、元RTT所属。

 両親と共に鵺に襲われ、自分だけが生き残ったそう。

 それが教団を継ぐ切欠だったそう。


 そして笹野さんは元警察庁の人間、事件を切欠に仕事を辞めたスーツ組だと。

 だからこそ、この教団は大人しかったのかも知れないが。


「好意には、応じるべきかと」

『彼の子供が見たいのです、私は怪我の癒着が酷くて産めませんから』


 立ち止まり翠ちゃんの腹部を確認、確かに内臓が酷く癒着していた。

 コレを治すには痛みを伴いそう、後でだ。


「後で時間を下さい」

『良いんです、死なないので。それよりココの人達を、どうかお願い致します』


 幸いにも死者は無し、患者も増えてない。

 そのまま1人ずつ治して居ると、笹野さんが入れ替わりでやって来た。


「彼女も治しますから、頑張って下さいね」


《宜しいのでしょうか》

「有能で気の良い人間には繁殖して貰いたいのです、良い人間が増えるのは良い事だと思っています。だから無理せず、頑張って下さい」


《はい、ありがとうございます》


 患者が次々に覚醒し、晶君も手伝っているが追い付かない様子なので、一時手を止める。


 今回は晶君の様な回復は無し、悪目立ちは控えたいので、残念だがリハビリを頑張って貰う。


『お疲れでは有りませんか?』

「大丈夫。治して欲しく無い理由があるなら、今の内に言って下さい」


『あ、いや、私なんか』


 ただの遠慮らしいので、そのまま治療開始。

 痛覚遮断により引き攣れ感が消えたらしく治療に気付かれたが、抵抗は無し、横になって貰う。


 そのまま癒着部の細胞をアポトーシスさせ、自分の内臓と同じ様にしていく。


「表面の傷跡はどうしますか」

『残して頂けますか?何も無いと寂しいので』


 だが、傷の引き攣れも酷いので、妊娠に問題が無さそうな程度まで皮膚も治し、痛覚を戻し治療が完了。


 多分。


「お医者に見て貰って下さい、慣れない事なので見落としが有るかも知れませんから」

『そうなんですか?では一体、何の神様なのですか?』


「デウスエクスマキナとか言われたりしてます」

『ふふ、機械仕掛けの神様ですね』


「破壊神かも知れません」

『こんなお優しい破壊神様のお話しは聞いた事無いですよ、ふふ』


《準備が出来ました》

「では、続けます」




 後半はかなりスムーズ。

 前回の晶君で慣れていても、医師や看護師達の動揺は激しかったらしく、休憩を経て落ち着いたらしい。


 そして半分を過ぎた頃、人集りが増え、果ては窓から覗き込む者まで現れた。


《申し訳御座いません、そろそろ人払いを》

「構いません。皆さん、今後この方達の辛いリハビリが待っています、支え応援してあげて下さい。そして、私は目立つ事を嫌います、理解して下さい」


『だそうです、一旦お仕事へ戻りましょう皆さん』


 不満を言うでも無く、程なくして人々が仕事へと戻って行った。

 そうして残りの患者も終え、翠ちゃんの部屋へと向かった。


「他にも何かすべきなのかどうか」

『いえ、頑張りますのでお任せ下さい』


「それでも何か有れば、須藤晶へお願いします。それと、身分証を返します。じゃあ、帰ります」

『はい、ありがとうございます、いってらっしゃいませ』


 省庁前の公園を経由し、晶君と共にフィンランドのホテルへ戻る。


 計測、中域。

 着替えて鈴藤に戻り計測、中域。


 髪も胸も肌も、元に戻っている。

 時間が長かったから、定着してくれたのだろうか。


 次は月読さん、晶君を置いて単身で向かう。




『おはよう』

「おはようございます、もう1枚の身分証の発行もお願いします」


『あら、職場はどうしようかしら』

「無職でも構いません、養うんで」


『そう?じゃあ下で顔写真を撮って』

「ココで出来ませんか」


『大丈夫よ』

「人払いと、ちょっと御簾の裏を借りても?」


『良いわよ、下がって頂戴……はい、どうぞ』

「失礼しますね」


 お座敷で変身を解き、適当な服に着替える。


 いざ、初対面。


『あら、面白いわね』

「どうも、桜木花子です」


 察しが良いのか予見していたのか、呼び戻された黒子ズに写真を撮られ、そして大國さんの親戚、楠家の縁者と言う事になった。

 どうやら本名は封印らしい。


『恵比寿、ヒルコ信仰は知っているわよね?楠家は漂着物、漂着者を祀る家系なのよ』

「楠花子ですか」


『無職だと保護申請時に審査が入ってしまうの。だから、亡き母親が楠家の子供と勝手に思い込んで、敢えて戸籍を作らなかった、そんな子を不憫に思い楠家の当主が引き入れた。と言っても直接の繋がりは無いわ、名字だけ、そう言う事』

「また因果な、大丈夫なんですかその家」


『もう話してあるわ、次に漂着者が来れば保護する様に言ってあるの』

「度量が凄い」


『ふふ、恵比寿は外来の神とも言われているのよ、アナタの守護神かも知れないわね』

「挨拶に行って参ります」


 先ずは着替えて兵庫の西宮神社へお参り、向こうと変わらぬ恵比寿さんへお菓子を差し出すと、お団子を1つ受け取りニコニコと社殿の奥へ帰って行った。


 そして次は楠家へ挨拶に。


 事前に話が行っている事もあり、玄関先とは言えスムーズだった。

 恵比寿さんに上げたお菓子と同じモノを渡し、直ぐに省庁へ帰って来た。


『お帰りなさい、はい、身分証ね』

「早いが、19とな」


『だから最速で出来たの。鈴藤で自由にして頂戴ね、アナタの住所は前のせいちゃんの家にしといたわ、あ、部屋は違う番号よ』

「うい、家賃の出所は楠家?」


『いいえ、そこはスクナ基金からの出資よ』

「すんません、ありがとうございます。ちょっと、行ってきますね」


『ええ、行ってらっしゃい』


 そうして次は例の病院へ向かった、名目は月経異常。

 血液検査、尿検査各種を行い、暫し喫茶で休憩。


 結果、ホルモンの数値が異常に高い値が出てしまった、E2とP4高値。

 いつ出血してもおかしく無い状態、内診は腹痛も有るのでと一旦遠慮し、急いでホテルに戻り鈴藤に変身。


 数値を見てしまったからか、眩暈がする。


「晶君、検査した、はい」

『横になりますか?』


「トイレと仲良くしとく」




 吐いたからか、体が落ち着いたからか。

 吐き気も眩暈も嘘の様に収まった、コロコロ変えたからか、ホルモンのせいか。

 非常に不味い、もう今は花子に長時間戻れない。


『男性化が良くないのでは』

「前から言われてたんだわ、ちょいちょい戻せって」


『でしたら』

「もうね、こうなるともう、下手したら最低でも1週間潰れるのよ」


『それでも、そんな体調で戻るつもりですか?』

「それもそうなんだけど、落ち着ける場所が無くて」


『私の家では、ダメでしょうか』


「ううん、ありがとう、考えとく」


 省庁へ戻り、忍さんを連れて渋爺の家へと帰り、スオミさんに呼ばれるまで休ませて貰う事にした。






『おう、飯だぞ』

「ん、スオミさんは?」


『コレからだ、ほれ』


 朝食はキノコスープ、スクランブルエッグにベーコンと、グリルされた芋。

 咀嚼と讌下に自信が無い今は、非常に有り難い。


 鈴藤の測定は低値、ストレスか。


 エリクサーをがぶ飲みし、渋爺の移動でスオミさんの工場へ向かう。


《あの、顔色が悪いようですが》

「大丈夫、直ぐ良くなるから」


《そうですか?では先ず刺青のお話しから》


 渋爺のお陰でインクは完成、後はライトだけなのだが、偏光板に少し時間が掛かる以外は問題が無いそう。


 伝書紙、コレは各国で開発するそう。


 そして義体。

 動力部等のハードの解析は出来ないままだったが、ソフトはイケるらしい。

 試作機なのでプロテクトが甘かったのと、ソラちゃんのお陰だそう。


 そして嘘発見器は人間にはまだ不可能な領域だそうで、コレから開発して行くとの事。

 魔除けの鈴も少し難しいそうだが、ここは無理しても人間に作らせるらしい。


【主、ストレージバッグは如何致しましょうか】


 忘れてました。


「この、ストレージバッグはどうしましょうかね」


《は、え、また急に》

「すんません」

『どらどら』


 渋爺が、しげしげと鞄を見る。

 傍から見れば何の変哲もない鞄なのだが。


「人間にいけますか」

『まだ無理だな、移動と違ってコレは異空間へ保存する出入り口なんだ。その神々と先ず交渉せにゃならん』

《はぁ、最後にデカいのを》


「すまんね、マジで忘れてたんだわ」

《お忙しそうとは聞いてましたが、本当に大丈夫なんですか?ウチならソコまで過労に追い込みませんよ?》


「いや、コレはまぁイレギュラーで、大丈夫です」

『ま、作りは分かったんだ。何十年先かは分らんが、作り上げられる様に人間を押し上げていくさ』


「貢献出来ましたかね」

《はい、そもそも刺青とライトだけでも充分でしたのに》


「なら良かった。彼もココを気に入ったらしいので、喜んで貰えて何よりです」

《コチラこそ、いつでもお待ちしております。それと、ロシアルートなのですが、交渉可能になりました》


「おぉ、何でまた」

《森と水の精霊のお陰です、向こうからご連絡頂けました》


「あら、お礼言っとかないと」

《ですので、このまま滞在して頂ければ、近日中にはロシア滞在も可能かと》


「空いてる時間は渋爺の所に行きたいんだが」

『おう、勝手にしてくれて構わんぞ』


「忍さん、せいちゃん、もう少し滞在する事になるんだけど」

「僕は書類が揃ったら帰る予定だし、大丈夫」

『私は鈴藤さんに合わせて行動する様にとの事なので、問題有りませんよ』


「じゃあ、改めて宜しくお願いします」

《はい、コチラこそ宜しくお願い致しますね》


 今度は渋爺にもホテルまで来て貰い、見守り君を見せる。


 コレは元々同じ機能のモノが有るそうなので、いくつか戴いた。

 晶君の家に置かせて貰おうか。


 休憩、計測。

 低値。


 これは、体の均衡を保つのに継続して使われているんじゃ無かろうか。

 もう、ギリギリアウトじゃん。


「忍さんとせいちゃんは、このまま渋爺の島に行って貰ってて良い?」

『良いですけど、本当に大丈夫ですか?顔色悪いですよ』


「大丈夫だけど、念の為調整するから、最悪は泉で帰って貰いたい」

「おっけー、何か有ったら言ってね?」

『そうですよ』


「おう」


 2人を島へと送り届け、スクナさんを受け取り、そのまま晶君の家へと向かう。

 日本は夕方、今日も勉強している。




『大丈夫ですか?』

「ギリギリアウトみたい、消耗し続けてる」

『鈴藤、もう戻さないと』


「うん、晶君、スクナさん、着替えたら、後は宜しく」


 渋爺から貰った見守り君を発動、着替えを済ませ、身分証と検査票は晶君へ。


 クエビ子杖をスクナさんに渡し、痛覚を遮断。

 透明な鍵を握った。






 白い宮殿。

 枕にしていたのは、シバッカルさんの膝だった。


《お、やっと逃げて来たんだねぇ》

「予見してましたか」


《そりゃアンタもだろうに、じゃなきゃ私には分からないよ》

「イケるとも少しは思ったんですけどね、様子見したのがダメだったかも」


《まぁ、それは少し有りそうだねぇ》


 シバッカルが不意に視線を向けた先に。

 ドリアードやクエビコさん、スクナさんがやって来た。


『全く、倒れたそうじゃの』

「寝込んだと言って欲しいんだが」

《状態的にはさして変わらんがの》

『そうだよ、晶君を宥めるのに大変だったんだからね』


「あら、起きた方が良いかしら」

『大丈夫、黒子が医療班を連れて来たから』


「迷惑よな、ごめんね」

『仕方無いよ、早く良くなる様に、楽しい事をしようね』


 スクナさんに促され向かったのは王都の先にある港町、そこには遊園地にサーカス、動物園まで出来ている。

 いつの間に開拓されたのだろうか。


「いつの間に」

《俺達の対価だ》


「マーリン、マジか」

《気に入らないか?》


「いや、有り難い」


 王都を背にし、右側には海が拡がり。

 手前から動物園、サーカス、そして大きな観覧車の有る遊園地が海沿いに連なっている。


 その海沿いの平地には主に商店や飲食店、そして民家が密集している。

 その更に遥か奥には山々が青々と佇んでいる。


《流石に王都はデカかったんだな、右も左も海だものな》

「流石よな、じゃあ、山向こうにも港町が?」


《いや、山向こうは川沿いの町だったぞ。まぁ、そこまでしか探索して無いがな》

「ありがとう、大丈夫だよ対価の心配しなくても。特に要求も無いし、寧ろ何か欲しいモノは?」


《要求は、魔素の循環だな》

「おう、頑張るよ」


 遊園地も良いのだが、川沿いの町が気になったので、スクナさんと共にマーリンに抱えられて向かう事にした。

 何度目かの跳躍で着いた町は山々に囲まれ、何かの畑が大きく広がっている、第1町人発見。


「こんにちは、何の畑ですか」

『藍だよ、藍染の町だ。この一体は染谷と呼ばれてるんだよ、藍、紅花、その先の港町では貝紫だ』


『貝紫は高級な色なんだよね』

『あぁ、良く知ってなさるね。まぁ、染め物しか無いけれど、見ていっておくれ』


 手が青い人々の町を通り過ぎ、暫く街道を歩いて貰うと次は手先がオレンジ色の町へと辿り着いた。

 穏やかで鮮やかな光景、夕暮れ時とあって一面がオレンジ色の町になっている。


《お前は、コッチが良かったか》

「と言うか、どう作ってるか気になるじゃない」

『ふふふ、行こう』


 藍の町にも有った小さな宿屋がココにも有る、そうして同じく道の反対には飯屋。

 今日はココでお泊まり。


 宿屋で3人分の料金を金の粒で支払い、飯屋へ向かう。

 ガラス窓には、山菜の天ぷらに川魚の刺身や焼き物のサンプルが置かれて居る。


《観光特化して無くとも、こう見本が有るのは有り難いな》

「なのよね、必ず有るもの」

『川魚のお刺身って凄いね』


『あぁ、いらっしゃい。お刺身はね、生け簀を作って特別に食べれる様にしてあるんで、だから大丈夫なんですよ』

「思い出した、1だけかと思ってたけど、0でも見たわ、姫鱒の養殖」


『良くご存知で、良かったら食べてって下さい』


《結構重要だと思うが?》

「そう?仕組み自体は単純だったハズ、寄生虫が付かない様に厳重に囲って養殖してた」


 焼き魚にお刺身、山菜の天ぷらを食べて、宿屋の奥にある共同温泉で温まる。

 そうしてポカポカしてからふかふかのお布団へ入ると、あっという間に朝になっていた。


 朝日に照らされ、黄金色に輝く紅花畑を眺める。

 良く見ると山の麓には川魚の生け簀が段々畑の様に広がり、宿屋側の山では炭焼き小屋が煙を上げている。


『次も楽しみだね』

《だな》

「おう、行こうか」


 マーリンの跳躍で次の町へ向かうウチ、海の匂いがして来た。

 町とは聞いていたが、寧ろ工業地帯に近い、貝殻の加工所に缶詰工場にお土産屋、そして貝紫の染め物屋に、宿屋と飯屋、大きな店が揃っている。


『コレは、アカニシ貝だね』

《余す事無く使うもんだな》

「ね、凄いわ」


 飯屋の名物はイシダイやタコ、貝の天敵とアカニシ貝の身がメインらしい。

 ガラス窓にへばりついていると、近くのお爺さんが更に色々と教えてくれた。


 法螺貝は通年禁漁なんだそう、食べても美味しくないヒトデを駆除するのに役立ってくれてるからだと。

 そうしてお山には、間違って取れて死んでしまった法螺貝の殻を祀ってるんだそう。


《完全循環だな》

『山のお陰、川のお陰だよ』

「だね」


《んだ、お参りしてくと良いすけ、行かなが》

「あいよ、へばね」


 マーリン楽々便により、険しくうねった参拝道も難なく登れた。

 お社の1番奥には大きな法螺貝が祀られ、取れてしまった年の順に法螺貝達が並べられている。


 マーリンに下ろして貰い、お参り。

 供物は一升瓶に入ったお酒らしいので、後で空瓶を買っておこう。


《蜂蜜酒なら、コルク栓のこう言うのか》

「あるじゃん、ちょうだい」


 蜂蜜酒を注ぎ入れ、酒瓶の群れに置いてから下山。

 試しに町の端に行くと、崖崩れで道が塞がっていた。


 もし先へ行くなら、土砂や大岩が退けられるまで待つか、遊園地まで戻る必要が有りそう。

 どうしようか。


『休憩しよ』


 スクナさんが指差す先に、またしても炭焼き小屋。

 お爺さんとお婆さんがお茶を入れてくれた、害獣退治も担っているそうで、立派な猟銃が梁に掛けられている。


 縁側には暖かい日差しが。






 真夜中かと思う程暗い。

 体を起こすと、隣で寝袋に入っていた晶君が起きた。


「ごめん、布団を占領した」

『いえ、仮眠してただけですから』


 晶君が医師免許持ちなのもあり、変装した黒子が医療器具を置いて早々に帰ったらしい。

 そしてスクナさんはまだ眠っている。


「すまんね、ちょっとトイレ」


 点滴棒を押し、トイレに行き確認。

 失血死するんじゃ無いかコレ。


 試しに変身しようとしても、魔道具は作動してくれない。


 眩暈も凄い。

 顔を洗ったり、なんだかんだとモタモタしていると、心配した晶君がノックをして来た。


『大丈夫ですか?』

「大丈夫、もう出る」


『いえ、お食事はどうしますか?』

「あるから大丈夫、一緒に食べる?」


『はい』


 魚も鶏もダメ、もう諦めて納豆丼を飲むも美味しく無い。

 お茶漬けもダメ、サンドイッチはイケる、助かった。

 〆にエリクサーをがぶ飲みして測定。


 低域。


 純粋に体調から来る怠さか、低値のせいか、その両方か。

 ボーッとしているとスクナさんが起きて来た。


「すまん、怠いし頭回らんのだけど、移動すべきかしら」

『居て下さい、入院されては看れませんから』

『そうだよ、お薬出されても良くならないよ』


「ホルモン剤はダメなのか」

『うん、体が戻ろうとしてるから、余計な事したらダメ』

『寒くは無いですか?』


「うん、だけど一応自前のお布団出すね、ありがとう」


 持ち歩いていた自前の布団を取り出し、ついでに毛布も取り出した。

 今楽しめるのはこのスベスベだけ、もう何も考えられないし、何も出来ない。


『もう少し飲んで』

「おう」


 大國さんへ渡すハズだった仙薬が消えて行く、勿体無い。

 時間も何もかもが勿体無い、こうなるならこまめに戻るべきだった。


 でも何処に、タイミングがあった。


『痛みは大丈夫ですか?』

「それは切ってある。スクナさん、どのタイミングで戻せたかな」


『難しい、眠る時に戻してたら大丈夫だったかもだけど』

「せいちゃんがなぁ、仕事も有るし」


『うん、それはそれで大変だったと思うから難しい』

『私の所では、ダメなんでしょうか』


「君は一般人だから、普通に、関わらずに過ごして貰おうと思ってたんだけど。今となってはね、そう遠慮したのが不味かったかも」


『ご配慮だと思っています、ありがとうございます』

「年下なのに敬語使わせて、馬鹿でごめんね」


『私でも思い通りに行かない事はあります、どうかそんな青白い顔で謝らないで下さい』

『そうだよ、弱ってる時の気弱は良くない』


「ごめんね」


 余りにも情けなくて辛い。

 コートを羽織り魔法を唱え、再び布団へ入った。






 縁側で起き上がると、スクナさんは居ないがマーリンは変わらずお爺さん、お婆さんと談笑していた。

 隣の川魚の事や、炭焼きにと色々と聞いていたらしい。


《スクナ彦神は山菜を取りに行ったらしいぞ、お前の好きなタラの芽とか言うのだ》

「わぉ、やった」


《暫く掛かるそうだから、一旦戻ろう》


 お爺さんとお婆さんにお礼を言い、お菓子を渡して山を降り、谷間を戻り、遊園地まで戻った。

 そして先ずは動物園、年間パスポートは金1粒、様々な種類のウサギを触り比べたり、モルモットにチンチラ、モモンガにリスを触りまくった。


 キリンに象、そしてコアリクイ。

 威嚇が威嚇と思えない可愛いさ、悪夢を食べてくれるバクがこの子なら、どんな悪夢も可愛いくなりそう。


 次はサーカス、綱渡りに空中ブランコ、奇妙なピエロの大道芸にマジック。

 そしてソロモンさんソックリな猛獣使いが、虎やライオン、豹に火の輪くぐりやダンスをさせる。


「上手すぎ、あはははは!」

《コレは、笑って良いのだろうか》


 群衆は歓声を上げたり笑ったり、反応は様々。

 そして群衆も様々、亜人も人間も入り混じり、皆で大喜び。


 そして〆は、大きな水槽に入った人魚の水中舞踊。

 羽衣の様な薄絹を漂わせ、美しく優雅に舞っていた。


「コレもね、0で見たの、中身は人間で、水中でパイプから酸素吸うの」

《奇想天外だな》


「ね」


 永遠に見ていたい。

 シバッカルの宮殿に置いといてくれないものか。


《別に良いが、デザインはどうするんだい》


「良いのか」

《あぁ、おいで》


 入って直ぐの右側に人魚用の大きな水槽、プールからも眺められる長方形。

 近寄ると更に深く、階段状に設けられた観覧席が有った、深くて大きな水槽には珊瑚に海藻、綺麗な魚も泳いでる。


 海と繋がってるから、好きな時に人魚が来て踊ったり遊んだりしてくれて。

 たまにイルカも乱入して、いつ見ても飽きない水槽。


《美しいな》

「不埒者め、男も居るんだからね」


 夕陽が落ち、星空が瞬くと人魚の瞳も金色に輝く。

 夜行性の人魚は深い色の鱗持ち、紺色に深緑、髪も肌も様々な彩りで、海ほたるを伴って怪しく漂う。


《人魚は人間に惚れてしまうと聞くが?》

「発情期には近寄らない様にさせる、シャチとかイルカのショーになる」

《ふふ、意地悪しても逆効果だよ、反骨精神で出来てるからね》


「それを否定したら、肯定になっちゃうじゃない」

《ふふふ、良い子良い子》


 シバッカルに抱っこされ、背中をさすられると、どうしても瞼が。






『起こしましたか?』

「いんや、寝てても大丈夫よ」

『ほっといたら無理して何処かに行きそうなんだもの、ね』


『そうですね』

「そんな元気は無いから大丈夫、トイレ」


 時間はもうすぐ日付が変わる頃。

 数多の血を失っている事を確認しては、仙薬をがぶ飲みし、横になる。


『さっきより顔色が良いね』

「お陰様で、少し頭は回り始めたかも」

『では、歴史の話しでもしましょうか』


「今は寝ちゃう、せめて御伽噺にして」


『かぐや姫はご存知ですか?』

「宇宙人だと思う」


『ふふふ、そう仰る方に初めてお会いしましたよ』

「兄がね。活動範囲が狭いから家に居て、サンプルを持って来させて、宇宙に帰ったんだって。初めての宇宙人との遭遇だって」

『じゃあ、桃太郎は?』


「女の鬼と人間の男の子供、鬼は卵生で桃型の卵を川辺で生んだけど、人間の男が受け止めきれずに、そのまま流しちゃったって」

『では、人魚姫はどうなってるんですか?』


「アレは、そのままだったな。お互いに不細工ならどうなったかって話しになった」

『どうなるんですか?』


「話しが直ぐ終わる、助けて貰ってどうもって、それで終わり。どっちかが不細工だと、付きまとって終わりか。人魚姫がそこそこだから、あぁなった。本当に美女なら、俺なら移動式の見世物小屋を作って、一生一緒に世界を回るって」

『面白い事を一緒に考えてたんですね』


「最初に、かぐや姫が不細工なら相手にされないんじゃ無いかって聞いたから、上手くかわしたなと思う、それから違う話しを持って来てくれてた」

『年が離れてるんですか?』


「うん、晶君位かな」

『私にこんな離れた年の妹が居たら、構い過ぎるかも知れませんね』


「顔によるよ」

痘痕(あばた)(えくぼ)だよ』


「掃き溜めにウンコ」

『ふふ、例えになって無いよ』


「つい癖で。豚に真珠は見た事無いし、猫に小判は似合うと思う、虹の袂に宝が有ったら、皆今頃お金持ち」

『口上みたいだ』


「確かに、外郎売り好きよ」

『落語、好きなんですか?』


「いいや、饅頭怖い。でもお話しは好き、お話であれば何でも、怖いのは程々、トイレ1人で行けなくなるし」

『一緒に行くよ』


「いざという時はお願いします」

『本当に怖がりだぁ』


「晶君の怖いものは?」

『また、苦痛なままに寝たきりに戻る事ですかね、次は麻酔の量を増やす様に医療指示書に残しました。私は怪異を幻覚だろうと否定して来たので、怖いモノは現実ですね』


「幸せな夢を見続ける事が出来たら?」

『今はまだ求めてませんが、苦痛な時は手を出すかも知れませんね』


「変な薬みたいな言い方を」

『生命維持は難しいですから、安全に夢を見続けるには医療の手は必須かと』


「確かに、普通は直ぐに朽ちちゃうか。夢見る機械は、機械が夢を見るのか、夢を見る機械なのか」


『誰かの夢を見る機械なのか、自分の夢を見る機械なのか、も有りますね』

『全部出来るのかも?』

「あー、そうかも。歯車で機械で、壊れたら良くないのに」






 再びシバッカルの膝枕で目覚めた。

 温もりが恋しいのだろうか。


《ワケ分からん事を言ってたが、寝言か》

「あれ、良く行き来しちゃうな」

《深層まで行けないんだ、仕方無いさ。もう暫くの辛抱だよ》


「ココに来るのは良いんだけどね、体が心配で」

《まぁ、気にせず行こうじゃ無いか》


 マインドパレスの水族館の建設途中だったので、人魚ブース以外にも設計していく。

 深海魚から美味しそうな魚のブース、ジュゴンにサメ、特に注目はクラゲとクリオネ。


 半透明な個体の美しさよ。

 キラキラ光る深海のクラゲに、リュウグウノツカイも居る。


 うん、完成。

 後は、どうしようか。


《そういや、遊園地の奥に水族館が有ったな》

《ふふ、それでもだ、先ずは遊園地だろうに》

「だね」


 絶叫マシンにメリーゴーランド、メジャーなモノから珍しいモノまで何でも揃っている。

 ゴーカートも輪投げも、懐かしいモノから最新作まで遊べるモノが揃っている、景品は勿論スベスベもふもふ。


 今日は珍しく観覧車から乗ってみる。

 遠くには王都の旗が僅かに見え、後は全て海と山だけ、絶景。


 少しだけ、どうしてもこの先が気になる。

 山向こうのその先は、どんな場所が有るのだろう。


《今日はココのホテルに泊まってきな》

《お城みたいだぞ、ほら》


 観覧車が降りる最中、真っ白で立派なお城が目に飛び込んで来た。

 客室からは、水色のメイド服を着た清掃員が手を振ってくれている。


 観覧車を出てお城へ向かう。

 古いながらも後付けの窓や家具はしっかりしていて、とても綺麗。


 部屋に至っては、天蓋付の大きなベッド、猫足バスに豪華な鏡台とロココ調の家具が揃えられ。

 バスローブもタオルもお姫様の様にブリブリ、まさしくお城のお姫様ごっこが出来そうな場所。


 マーリンとシバッカルと3人で大きなジャグジーに入り、ベランダから海を眺める。

 遊園地の観覧車がキラキラ光り、星が明滅している。






『寝言言ってたね、ふふふ』

「寝落ちしちゃった」


 晶君が起き上がろうとしたので、少し抑えつけてそのまま眠る様にと促し、トイレに向かった。


 多分、全身の血液や細胞が入れ替わったんじゃなかろうか。

 体も軽いし、少し様子見にと痛覚を戻したが、結構腹が痛い。


 まだか、まだ終わらんか。


 そして頭痒い、髪も爪も伸びてるし。

 1度ホテルへ戻って頭を洗おう。


 書き置きし、スクナさんを連れてフィンランドのホテルへ戻った。

 清掃が入ったのでベッドのシーツもタオルも綺麗、先ずはバスルームで爪切り。


 そのまま自分で頭を洗おうとしたら、スクナさんに激しく止められ、洗って貰う事になった。


 バスルームに手頃な椅子を運び入れ、スクナさんに頭を流して貰ったのだが、感触からも音からしても、シャンプーが泡立っていない。


 どんだけ代謝したのよ。


 合間にエリクサー休憩を挟み、2回目のシャンプー。


 シャカシャカと良い音、やっと普通に洗えてる。


 だがそうすると、体のアチコチが痒くなってきた。


 まだ鎖骨に点滴が刺さってるのに。


『痒い?』

「体がね」


『少しずつ流してあげる』


 ソラちゃんに髪を乾かして貰い、先ずは腕から洗面所でジャブジャブされ、次は浴槽で足。


 端から見れば贅沢なのだが、コチラは必死。


 掻くとミミズ腫れになり垢が出て来る、かと言って測定が中域から上がらないので点滴は外せない。

 痒いのに掻け無い、大変必死なのだ。


「すまんね」

『コレじゃあ深く眠れないよね、大丈夫』


 背中はスクナさんの軟膏で痒みを抑え、晶君の所へと戻った。


 すぅすぅと寝息を立ててくれている、もう一眠り。

『ドリアード』《クエビ子さん》『翠ちゃん』《笹野》『月読さん』『晶君』『渋爺』《スオミ》

《シバッカルさん》『スクナさん』《マーリン》


月経過多、月経痛の有る方は是非病院へ。

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