5月18日(月)
グロ注意。
夜中の1時。
今回は神器を取り戻したスクナさんと共に出動。
場所は羽田空港近くの神社、大國さん達は浅草らしい。
両方共に、牛の面を付けた不審者の通報。
「牛頭さんよね、見た目は」
『良い気は無いから、良く似た怪異だと思う』
特殊メイクなのか、顎下の首の皮膚にピッタリと牛の皮が付いている。
首からして女性、何かを赤子の様に抱え境内をウロウロしている。
目を閉じ内部を拝見。
首から上にはすっかり人間の面影は無く、牛の頭骨が見えただけ。
布の中も不可視でも掛けられているのか、良く見えない。
「こんばんは、何をお困りですか?」
《赤ちゃん、抱いて下さい』
『僕が抱くよ』
スクナさんが腕から降り、大人形態へ変化、何かを抱くと動きが突然止まった。
それと同時に牛面が大きな口を開ける。
胸から剣を出しながら、そのまま牛面の首を刎ねる。
「危ないでしょうが」
『だって、本当に赤ちゃんなんだもの』
胴体の出血を止め、スクナさんが抱く布を覗き込むと。
干からびた嬰児の遺体が大事そうに包まれていた。
再び牛面を良く見ると、人間の頭骨へ牛の皮膚が被されている状態に変化していた。
剥がれかけている後頭部の皮膚から剣で牛皮を割くと、真っ赤な血に濡れた人の頭髪が見えてきた。
すっかり皮を剥いでから顔を見ると、男の顔。
転がる胴体は出血を止めたのに、干乾び始めた。
どうやらこの頭は生きているらしく、脈打ち出血している。
「どうなってるの」
後方の前駆部隊に大國さんへ連絡を取らせるが、未だ戦闘中との事。
だが隊員の報告によると、体は男らしい。
後処理を部隊に任せ、頭部と御包みを持って、浅草の駒形橋近くの土手へ転移。
コチラとはうって変わって、かなり大暴れ。
体格も何もかもが、想像していた牛頭の姿をしている。
「来てくれたのか」
「おう、コレ宜しく。2人とも下がってて」
『うん、気を付けてね』
袋に入った男の頭部と御包みを大國さんに渡し、小さくなったスクナさんと共に下がらせた。
隠匿の魔法を掛け、術師が張った結界内に侵入する。
「こんばんは」
言語として成立すらしてない声を、ただただ絶叫している。
女とも男とも判別の付かない雄叫びは結界内で反響し、鼓膜を大いに揺さぶる。
喉仏の丁度真上から牛の皮が融合している、そこを狙って一刀。
身を守ろうとした手首ごと切り落とすと、黒い靄を吐き出しながら倒れた。
手首と頸部からは血が吹き出したので、止血し繋げ。
預けていた袋から頭を取り出し、頭部もくっ付ける。
そして隊員の蘇生処置により、息を吹き返した。
その人間は隊員に任せ、もう1つの頭部の皮を剥ぐ。
中は女性、羽田の遺体と同様に干乾びている。
蘇生出来る気配は無い。
切った筈の傷口は、荒く歪な形状をしていた。
そして牛の皮は黒い靄となり、霧散して行った。
嬰児と共にご遺体を隊員に任せ、清浄の魔法を掛ける。
土手の血溜まりは消えたので、その場で着替えて羽田の神社へと戻った。
頭部から出血した血によって汚された場所には、まだ黒い靄が留まっている。
そこも清浄化し、シャワーを浴びに省庁へと戻った。
身元確認が困難であった為、月読隊のイタコさんの口寄せで身元が判明。
行方不明の届け出は出されていなかったご遺体。
身内は居らず、丁度仕事も辞めていたので誰も届け出を出していなかった。
家賃の滞納も無く、大家は業者であった事、腐敗臭が無かった事から室内で亡くなっていた事から、誰も気付かなかった。
その彼女の口座に毎月金を振り込んでいたのが、大暴れしていた例の男。
既婚者だそう、そこそこの企業のサラリーマン。
不倫相手である彼女に認知を迫られたが、それを拒否しているウチに子供が死亡、突然死だったらしい。
亡くなった子供をせめて抱いて欲しいと迫られたが、気味が悪いと拒否し、部屋を出たのが半年前。
そして4ヶ月前、携帯に着信が有るも無視。
だが不倫バレが怖くなり、ほとぼりが覚めたかと再び家に行くと、彼女の遺体を発見。
首吊りだったらしい。
そして既に首と胴体は干乾び、充電され続けていたスマホの上に落ちていた、と。
どうしたら良いか分らず、直ぐに家を立ち去り家賃や光熱費として口座に金を振り込み続けていた。
そして昨日の夜、嫁の妊娠が発覚。
また突然怖くなり、家を飛び出し再び部屋に行くも、既に2体の遺体もスマホも消えていた。
ホッとして帰路に付く途中、意識を失ったそうだ。
『怒ってるの?』
「生き返らせなきゃ良かったかしら」
『そしたら本当の事が分らなかったよ、多分』
《もう大分薄くなってしまって、名前がやっとでしたから、コレで良いんですよ》
この、かりゆしのワンピースを着たお婆さんが月読隊のイタコ、ユタさん。
そのユタさんが言うには、不倫とは知らず子を孕み、周りに相談できぬままに産んだイメージが見えたらしい。
実際にも彼女の経歴がそれを匂わせた、山陰から都会に出て来た元看護師。
両親は高齢の為に既に他界、結婚歴は無し、32才の普通の女性。
遺体の服に入っていた携帯には、奥さんへの遺書が謝罪と共に書かれていたそう。
そして真夜中だと言うのに、その奥さんは旦那の為に身重で病院へ向かい、事情を聞いて遺書を見に真夜中の警視庁にまで来てしまった。
「体に障りますよ?」
「良いんです、見せて下さい」
保存袋の上から画面を操作し、携帯を手渡す。
とても落ち着いている様には見えるが、かなりの心拍数、お腹に良くないのに。
そして見終わると、ゆっくりと息を吐き、一拍置いてから携帯を静かに返してくれた。
「送らせますね」
「大丈夫です、ありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました、主人に代わってお詫びします」
奥さんには、旦那さんが嬰児の遺体を抱き錯乱していたと報告されている。
この感じからして離婚は無さそうだが、少し自棄にも見える。
《奥さん蔵前に住んでるのよね、私もその方向に用事があるのよ、一緒に行きましょうね》
ユタさんも同じ気配を察してか、スムーズに送り届ける手筈を整えてくれたので任せる事にした。
そして公園に行き、一服。
《お疲れさん》
「おう、何だったんだアレ」
《良くお参りに来てくれはった近くの子らしいよ、お子も可哀想やったし少し力を貸すつもりが、相性が良くて力を持ってかれてしまったって言うてはるけど、ホンマやろかねぇ》
「まぁ、他に被害が無いなら良いんじゃない」
《牛頭さんは、土蜘蛛さんの家系なんよねぇ?スクナ彦様》
『疫病と子守りと、復讐の神様』
「お知り合いか」
『ううん、でも知ってる、良い神様だよ』
「おう、嫌いじゃ無い」
そして省庁に戻ると直ぐに、月読さんから呼び出しがあった。
もう消されるからと見せてくれた映像には、彼女の家から出てくる男の姿。
家を出た彼の背中には服に噛みつく彼女の頭、そして子を抱く首無しが真後ろを歩いている。
そして頭は彼の頭上へ飛び上がり、牛に変化すると男の頭を丸齧りした。
既に現場は清掃され、清められている最中なのだそう。
『帰って来て早々にご苦労様』
「いえいえ、お土産です、どうぞ」
『あらありがと、向こうはどうだった?』
「良い感じでした」
『ふふ、海に入ったんだよねー』
ココの黒子ズにも菓子折りを渡し、家へと戻り、眠った。
朝、曇り。
せいちゃんと共に生卵屋へ朝食を食べに行き、そのまま警察庁の仮眠室で眠る。
お昼、雨。
容量は中域。
せいちゃんとランチバイキングへ向かう。
和食、里芋とイカの煮物最高、メインは麦飯とろろ。
「飲み物だよね」
『少しは噛んだ方が良いですよ』
そうしてせいちゃんから今朝の事件の続報が入った、例の男は死体損壊に遺棄がセットになりそうだとの事。
そして何と奥さんが、亡くなった彼女と嬰児の葬儀を行う手筈らしい。
「マジか、凄いな」
『不倫だと知らせたのは奥様だそうで、その罪悪感からだとか。帰り際にユタさんにご相談なさったそうで、お坊さんへと引き継がれたそうです』
「あー、だから冷静だったんか」
『彼女が死ぬとは思って無かったそうで、少し体調を崩し今はご実家で静養されてます』
「1番悪いのは男よなぁ」
『その事なんですが』
ショックからか記憶障害になっているそうで、仮眠から目覚めると何故自分が捕まっているのかと騒いだらしい。
警官が彼女の写真を見せ事情を話すと、また同じ様に供述を始めるんだそう。
「意外にも脳は無事だった筈なんだが」
『畜生道の無間地獄だね』
「お優しい、現世で浄罪させるなんて」
『ふふ、優しくて良い神様だよね』
食事を終えるとせいちゃんは仕事に戻った、自分は腹ごなしに羽田の神社へと向かう。
もう規制線も何も無く、まるで何も無かったかの様に日常が広がっている。
本殿へお参りした後、社務所へご挨拶し御朱印を貰った。
そして浅草の駒形堂へもご挨拶、ココにも日常が広がっていた。
今日の説法は、畜生道へ落ちた男を観音様が怒ったり諭したりと、三面相にて救おうとするお話し、後悔して初めて救われるのだが、あの男にはまだ先が長そう。
説法が終わった後、そのままスクナさんと近辺で甘味を買い漁って居ると、着信があった。
警察庁の科捜班の忍さん。
【お待たせ!何か、ウガリット王国と提携する事になって時間掛かっちゃった、ごめんね。しかも、他国も加わるかもって調整係にされちゃって。で、今、動けます?】
「うい」
そうして再びウガリット王国大使館へと赴いた。
近くに公園が有って助かる。
「じゃあ、少し説明するね」
両国の転生者からの要請で、正式に忍さんが鈴藤との連絡係となったらしい。
そして遅れてバアルさんも登場、さも初対面の挨拶を受けたので同じ様に返した。
《では、このタブレットにお願いしますね》
「はい」
既にコピーされているタブレットを受け取り、鞄へしまう。
《暫くお時間が掛かるでしょうから、お茶でもどうぞ》
「ありがとうございます」
茶番なのだが、大事な茶番なのだろう。
ココで初めて、繋がりを持ったと人間用の公的記録がなされるのだろうか、忍ちゃんやせいちゃんを守るにも、きっと大事な事なのだろう。
「鈴藤さん、先に義体の事なんだけど、与かりたいんだって」
「それは困るんだけど」
《ですよね、まだ出会ったばかりですし、信用もまだ頂けてはいないでしょう。ですので、研究は第三国のフィンランドで行えればと思っています》
「神様居るって聞くし、治安も良いから大丈夫とは聞いてるんだけど、どう?」
「アマテラスさんは?」
「鈴藤さんに協力しろって、だから鈴藤さんの気が進まないなら断っても大丈夫、イギリスでも研究は可能だよ」
《ただ、北欧3か国、フィンランド以外にも、スウェーデン、ノルウェーが協力する姿勢を見せていますので、先にフィンランドへ行って頂けると話しが早いかと》
「ロシアに興味あるんだよなぁ」
《それも可能かと、お手続き頂ければ向こうのお休みの間に。なんせ隣国ですから》
「でもあまりオススメしないよ僕は、治安が良いとは言えない場所もあるって聞くし」
《そうですね、先ずはじっくりロシアの様子を伺い、行くべきかどうかを判断すべきだとは思います》
「ですね、いきなり行かれて怪我されたら嫌だもの」
「じゃあ、フィンランドでお願いします」
そうしてコピータブレットを渡すと、運転手に警察庁まで送り届けて貰う事になった。
最後まで素晴らしく他人行儀、流石プロ。
自分の日焼けが無かったら、昨日までの事は全部夢だったんじゃ無いかと疑うレベル。
「良かった、すんなり行って。大変だったんだから、転生者さん達が混乱してて」
「お世話様です。忍さんはお仕事はどうするんです?」
「僕も一緒に行くよ、ココまで漕ぎ着けたんだもの」
警察庁に着くと、忍さんは科捜班にご挨拶に。
コチラはアマテラスさんの部屋へ。
「忍さんもですか」
《えぇ、せいちゃんのお守りが居ないと、自由に動き難いでしょう?》
「信用出来るんですね」
《えぇ、神々にも鑑定させたから間違い無いわ》
「ふぇい」
《ふふ、それでタブレットの事なのだけど》
「あ、タブレットは月読さんに、PCは科捜班でも良いですか?それなら情報分散し易いかと」
《えぇ、構わないわよ、ありがとう》
そうして仮眠室に向かい、休憩。
18時半、せいちゃんに起こされた。
残業してたらしく、家でも残業するとの事。
夕飯は中華、オーダー制の食べ放題。
飲み物は数種類のお茶の中から1つ選んで、随時お湯を入れて貰うタイプ。
点心の数々で胃袋のエンジンを掛け、牛肉のXO醤炒めやアワビのクリーム煮を箸休めに。
エビチャーハンに五目焼きそばで満たしていく。
デザートの杏仁豆腐は本物の杏仁を使用しているらしく、キラキラ、デザートもキラキラなのは特にアジア系に多いが、段違い、素晴らしい。
「最高」
『大使から連絡を頂いて、教えて貰ったんですよ』
「あら、お礼しとかないと」
『ですね』
値段そこそこでクオリティの高いお店を紹介してくれるとは、マジ感謝。
あまりに美味しかったので、お土産として幾つか買って店を後にした。
そして毎日出掛けるのも何なので、明日の朝は納豆丼、卵と貝を買い足し、ネギや納豆を大量に買い込んでから帰路に着いた。
寿司桶に残っていたお米を丼に寄せ、お米を炊きまくる。
炊飯器に土鍋を駆使し、温泉卵を作りつつ、ネギを刻みまくる。
それが終わったらお味噌汁、貝の殻は剥がして捨てる。
大鍋には大量の貝の味噌汁、大きな丼ぶりに刻みネギ、ボウルには割り入れられたホクホクの温泉卵。
刻みと粒の納豆もボウルに満タン。
何も無ければ1週間は持ちそうだが。
少し不安。
「もうちょっと作るか、皿もあるし。買い物行ってくる」
『僕もー』
『はい、いってらっしゃいませ』
スクナさんと一緒に、先程とは違うスーパーへお買い物。
丸鶏と胸肉を大量に買い込んで、梅塩昆布和えとカオマンガイを作る予定。
大鍋で鶏肉をニンニクと薄切り生姜と塩で煮込む間に、タレを仕込む。
ナンプラーのボトルに刻みニンニクと千切り生姜、輪切りの唐辛子を少し入れて終了。
少し休憩し、今度は鶏の煮汁でジャスミンライスを炊きながら、胸肉を皮と身に分ける。
何割かをボウルいっぱいに裂き、梅塩昆布で和える。
後はひたすらに一口大に切り鍋に詰め、煮汁で乾燥を防ぐ。
剥いだ皮は、焼き鳥屋さんでオススメされて美味しかった甘辛煮込みにし、冷まして味を浸み込ませる。
カオマンガイの添え物にキュウリの千切りを大量に作る、余ったらサラダ行き。
スープには大根と人参の角切り、塩を少し足して煮込む。
時間は22時、後一息。
風呂上がりのせいちゃんに味見させる。
「どや」
『美味しいです、小腹が空く位』
小盛にしたカオマンガイと少しの甘辛煮、丸鶏のスープを出し夜食を一緒に食べる。
風呂上がりに匂いでやられたらしい。
「すまんね、換気してたんだが」
『耐えられなかった私の負けです』
『ふふ、美味しいね』
食べ終えた後、腹ごなしにとせいちゃんが洗い物を引き受けてくれたので、丸鶏の骨を抜き取る。
軟骨は残す、コレが旨味にもなるし。
『貝もですけど、どうして先に取ってるんですか?』
「大量に食べる時に邪魔だし、ゴミ捨てを先にしてる感じ?何処でどう食べるか分らないし、ゴミは無い方がね」
『確かに、自炊慣れしてますね』
「そう見えない?」
『外見はそうですね、チャラいのが居るって噂になってましたよ』
「ギャップモテしないかな」
『モテたいですか?』
「いや、嫌な事件ばかりで嫌になる」
この家は四六時中ゴミ捨て可能なのが助かる、下にゴミを捨てに行くついでに一服。
吸い終わり、公園を去ろうとすると背後から呻き声。
ゆっくりと後ろを振り向くと、犬の胴体に女性の顔。
犬の首を異様に傾けながら、女の声で異国の言葉を話し始めた。
《“だずげで、ぐだざい”』
「“いいよ、どうしたら良い?”」
『“はなじで、ぐび、はなじで”》
「“良いけど、体は?”」
《“わがんなぃ”』
「“そっか、じゃあ切り離すね”」
『謝謝》
犬の体と女性の頭、双方の痛覚と血管を閉じ、切り離した。
最初から最後まで、黒い靄は見えない。
2人の接合部は、人工的に一直線で縫った様な痕跡もある。
心臓の止まった犬の遺体をストレージに入れ、頭部はストールで包んで、鞄へと入れた。
家に戻り、少し出掛けると告げて警視庁の科捜班へと向かう。
「え、近所に?」
「はい、公園に。類似事件は?」
「いや、初めてだよ。人面犬も件も基本的には男だし、蛇や龍なら女性だけれど。コレは、そもそも人工的だし」
「ですよね、縫い目が見える」
【収納可能になりました】
「まぁ、コレから詳しく見るから、預かるね」
「いや、体が見付かる迄は預からせて下さい、蘇生の可能性があるんで」
「なら後少し、写真を撮らせて」
「どぞ」
顔認識プログラムでの行方不明者にはヒットしなかったが、傷口の治り具合からして2週間は経過しているとの事。
そして犬の方の胃は空っぽ、点滴で生き永らえていたらしい。
「脱走の割には怪我は少ないし、捨てたなら健康状態も悪く無いし、なんだろうかねぇ」
『件を、作ろうとしたんでしょうね』
「今晩は月読さん」
「あ、お疲れ様で御座います」
『今晩は、アナタ何に巻き込まれたのかしらねぇ』
「さぁ」
「本来ならご遺体を色々と調べるんですが」
『今回は他の方法でお願い。鈴藤、ちょっとコッチへ』
そのまま月読さんの部屋に行き、促されるまま部屋の奥にある畳に腰かけた。
「なんでしょ」
『日本を出て欲しいの』
「了解」
『待って待って、一時的によ。今直ぐじゃ無いんだってば』
「別に今でも良いですけど」
『公に、正式な出国をして欲しいの、この国には居ませんよって記録をね』
「目星付いてるんですね」
『えぇ、ただご遺体を持って回るのは大変だろうから、預からせて欲しいの』
「嫌です、蘇生の可能性が有るし」
『だから、その能力を誰かに与えて欲しいの』
「クトゥルフと交渉しろと?同じヨグさんか分からないのに」
『与える人間も、交渉もアナタに任せるわ』
「なら、河瀬」
『ダメ、失敗させようとしないで頂戴よ』
「アクトゥリアンを待てば良いでしょう」
『待てないの、アナタの命に関わるのよ』
「なんでよ」
『今回の事は大きな組織絡みなの、細事や調査は任せて欲しい。だから、必要なのよ』
「大國さん」
『そうよね、特別室を用意させるから、今夜お願い』
「少し考えさせて欲しい」
『えぇ、ただ準備はさせて貰うわよ』
月読さんの部屋から公園へ行き、一服。
ソラちゃん、どう思う。
【危険はあります】
だよね、でも他に方法ある?
【クラネスに相談を】
あぁ、そうか。
公園から1度家に帰ると、せいちゃんはもう寝ていてくれた。
ソファーで仮眠。
目指すは王の間。
確かに玉座に座るクラネスを目の前にしているのだが。
違和感、なんだろう。
「ココのヨグに変わりは無いよ」
「他の神様は違うのに」
「君の場所だからこそ、君の願いを聞く。君の願いから逸れれば、僕らは居られなくなる」
「言う通りなだけなのか、ウムル」
「それは違う、互いに望まなくてはこの場所は成立しない」
「帰りたい、おじさんは何処?」
「向こうで君を待ってる」
「ズルい、もう帰りたい」
「疲れたんだね」
「疲れた、辛い、早く生き返らせて帰りたい」
「もっと、ココに来ても良いんだよ」
「寝るは逃げだって言われた」
「もう君を理不尽に怒る父親は居ない、もう消えたんだよ」
「じゃあ、何が正しいの。前の基準は親だった、クソでも、親だった」
「今は、せいちゃんが居る」
「そうだけど、せいちゃんは正しい子だと思う?」
「標準、模範的人間。規範や規則に煩いのは、君も知っているでしょう」
「ウムルにも不敬だと心配するんだろうか」
「呼んだら良い」
「ココは危ないって皆言う」
「それは全てを知らないから、君は全てを分かってる。危ないと思っている?」
「そこまでは、生きてるのと変わらない程度」
「そう、生きるのと変わらない、時は止まらないで動き続けてる、ただ速度に差があるだけ。鼓動が遅い事は死じゃ無い、完全停止こそ死。思考し、感じ続ける限り、生き続ける」
『引き籠りの話しですか?』
「王の前ぞ、せいちゃん、平伏せい」
せいちゃんを視認し、視線を戻すとウムルの気配は消えていた。
もう、元のクラネスと玉座。
「ふふふ、平伏は要らないよ。友達の友達は、友達だからね」
「友達の友達は知り合いじゃ無い?」
「但し書きがあるんだよ、気が合う場合は友達だって、ね?」
『あ、はい、そう言う場合もあるかと』
「せいちゃん有った?」
『子供の頃なら、友達の友達と公園で一緒に遊んだりして、気が付いたら友達にって事なら』
「皆、そうやって恵まれちゃってさ」
「君は体が弱くて機会が無かっただけだよ」
「気難しかったし、運痴だから、健康でも無理だったと思う」
『一応、主だった病歴を教えて貰えます?』
「覚えてられる?」
『そんなにですか?』
「君はどうなのさ、胃カメラの回数」
『健康診断を抜かしたら、小児でですよね、3回』
「胃腸だけか」
『低気圧頭痛でした、台風と梅雨が最悪でしたね』
「入院」
『3回』
「勝った、13」
『子供の頃で、ですよね?』
「大人の入れたら15、1で1回、2でも1回、喘息の既往歴は無し」
『それは確かに、メモが必要ですね』
「不健康自慢とは、あまり健康的では無いと思うのだけれど」
「人生の半分以上、病気や怪我をしてたから、切っても切れないもの」
『虐待は無いんですよね?』
「過干渉と父親のネグレクト気味が少々、それと少しの言葉の暴力なんてのは、皆あるでしょう」
『私もそう思ってた時期が有ったんですけど、どうやら違うみたいですよ?』
「親バカは除外だよ?」
『社会に出る程に、分かりますよ』
「えー、当たりが悪かった?」
「稀に良くあると言うヤツだね」
『えぇ、そうみたいです』
「それで、結論は出たのかな?」
「あ、せいちゃん、大國さんにクトゥルフの力を少し使わせても良い?」
『羨ましい気持ちを除いての評価が難しいんですが』
「せいちゃんも使いたい?」
『えぇ、少しは役に立ちたいですからね』
「また胃腸悪くなっても?」
『対価ですか?それは少し、うーん』
「まぁ、冗談だけれど、何が使いたい?」
『鈴藤さんの何でも入る鞄や、移動ですかね』
「この透明な鍵はココへ行き来が出来るし、人を呼んだり、呼び起こしたりも出来る」
『ココに、勝手に来て良いんですか?』
「出入り口はシバッカルの宮殿だけどね、かなり拡張されてるだろうから良い所だと思うけど。前はどうだった?」
『確かに熟睡感や幸福感はありましたけど』
「プールと、もふもふもある」
『もふもふ』
「行っておいで、きっと待っているよ」
「ありがとう、クラネス」
「あぁ、また、何時でもおいで」
クラネスの差す方向を見ると、大理石の扉が出現した。
そして誘うように僅かに扉が開いている。
「お邪魔しまう」
《はいよ、いらっしゃい》
『なんか、本当に、もふもふが増えてますね』
《まぁ、害が無いから良いんだけどね》
「すんませんね、まさかコッチにも来るとは思わなくて」
《良いの良いの、他の子も喜んでるんだよ、ほら》
ツグミにパズルを邪魔されながらも、怒るでも無くニコニコとツグミを撫で、諫めながらパズルをする者。
豹の尻尾に顔をはたかれながら読書をする者、ガミュギュンを枕に青空を眺める者、前より更にニコニコしてる。
「なら良かった」
《それで、この子に鍵を渡すのかい?》
「大丈夫なら。それと大國さんにストレージ、空間移動を、シバッカルにお願いしたい」
《私で良いのかい》
「あの子は、共有したく無い」
《ふふ、私なら共有しても良いと?》
「いや、えーと、なんで意地悪する」
《ふふふ、ヤキモチだよ》
「なんで」
《だって、独占欲なんて、とっても素敵じゃないのさ》
『誰の話しなんです?』
「もし鍵を受け取ったら、知れるかもよ」
《ほらほら煽らない、私の透明な鍵はココだけだよ》
「もふもふも助けてくれるし、ね?」
せいちゃんが恐る恐るライオンに触れる、暫く撫で、そしてすっかり歯止めが効かなくなったのか抱きついてる。
好きなら遠慮しなきゃ良いのに。
『私が個人使用しても良いんですか?』
「どうぞ」
《この子らの虫の居所が嫌なら現れないし、要求もしない。それがこの子達の、ココでのルール》
「皆其々のルールがある、ココには無法地帯は無い」
意を決したのか、せいちゃんの前に透明な鍵が現れた。
自分とは少し違うデザイン。
《受け取ったら、もうアンタの物だ》
『鈴藤さんのはどうなるんですか?』
《何も変わらないよ、合鍵を持つ人間が増えるだけだ》
「そうそう」
『ココの鍵も、大國に任せるべきでは?』
《何事にも適性があるんだよ。アンタ、反対しないのかい?》
『大國は、きっと誰よりも役立ててくれると思います』
《そうか、ならそうしようかね》
「よろしくお願いします」
《あいよ、じゃあ後は私に任せて行ってきな》
「うん、ありがとう」
鍵を手放し目を開けると、時間は30分程経っただけ。
玄関から警視庁前へ転移、一服。
少しクラクラする、さっきの何処かで使って無い筈。
なら、72柱とも契約が成立したのだろう。
《また、めっちゃ減ってるやん》
「な、凄いヤニクラだわ」
《せやのに消さんのね》
「意地汚いねん」
《なぁ、別にええねんよ?せいちゃんと何処かに逃げても、ええんよ?》
「逃げるのは癪に障るし、第一、せいちゃんが喜ばないでしょうよ」
《それでもや、何とかしてくれはる神様知ってるんやろ?あんまな、無理せんで欲しいねん》
「そんな無理してる様に見える?」
《だって、公園で切った時、泣きそうな顔してはったやん》
「声掛けい」
《代わってあげられへんし、何て声掛けたら良いか分らんかってんもん。ウチラ鈴藤ちゃんと同じ経験した事、無いねんもん》
「別に同じ経験してないと言っちゃダメでは無いでしょう」
《でもだって、鈴藤ちゃんは良う頑張ってはるのに、何も言う事聞いてくれへし》
「話しは聞いてるべ」
《良う頑張ってはるって言うても、ハイハイ流すやん》
「そうだねって受け入れたら気が抜けると思う、だから気を抜けないんだ、ごめんね」
《ほら、分かってあげられへん》
「そう気にする?」
《寄り添うんが神様やん、それが出来ないって、悔しくて悲しいねんで》
「なー、荒ぶって訛りがとんでもない事になってるもんな」
《ウチまで誂うんかいな。なぁ、ウチラがダメやったら、誰でも良いからちゃんと話すんやで?》
「おう、ありがとう」
警視庁に向かい地下へ行くと黒子ズが待っていた、先ずは休憩室で大國さんと食事。
時間はそろそろ12時を迎えようとしている。
『スクナさん』「大國さん」《百合車》『月読さん』【「忍さん」】《バアルさん》『せいちゃん』
「《ウムル》」「クラネス」
《ユタさん》 警視庁の沖縄のイタコさん
日付け跨ぐパターン多し。