5月17日(日)
「凄く良い話しを聞いたのに、思い出せない」
『夢の事ですか?』
「うん、凄い心穏やかで、幸せだった気がするんだけど、思い出せない」
『寝直しますか?』
「いや、起きる、お腹減った」
バイキングもそこそこに、今日は市場で買い物。
お佐予ちゃんのストールと、花子用のサンダルや服を購入。
そして要所要所でミートパイやケバブ、柘榴等のジュースを購入。
せいちゃんのお気に入りはニンジンジュース。
お昼寝を経て先ずは海、からのプール。
そしてホテルのランチバイキングをソロモンさん達と取る。
『まだ、何も思い出せないんですか?』
「うん、カップルの話しで、凄く良い話しを聞いたのに思い出せない、穏やかで優しい話し」
《それは、昔話ですね、ね?》
顔を両手で押さえるソロモン。
あぁ、ソロモンさんの話しだったのか。
「羨ましい、そんな心穏やかに過ごせる相手が居たなんて、実にマジで羨ましいしか無い」
『“話を、詳しく思い出せないで居てくれて助かるよ”』
「“膝枕”」
『“少しは覚えているじゃないか、もう”』
「断片ですってば」
再び顔を押さえて、実に人間らしい反応。
元人間らしいとの逸話があるからかなのか、バアルさんより人間味がある。
『鈴藤さん、まさか王様を誂ってませんよね?』
「まさか、ねぇ?」
『ふふ、どうだろー、分かんなーい』
またプールに入る為に腹8分目で済ませ、日向で身体を温める。
ソロモンさんは変わらずコピータブレットと睨めっこ、バアルさんはパソコンと睨めっこ、絵本の校正中らしい。
そして海へ。
水中で呼吸出来ないのが恨めしい、人魚が羨ましいのは美しさと潜水能力。
だけど足を失ってまで得たくは無い、ケバブプレートも、布団も、失うにはあまりに惜しい。
にしても潜るコツを得るには時間が掛かりそう、イマイチスムーズに潜れん。
淡雪にめっちゃニヤニヤされてるし。
「スムーズに潜れん」
《ふふ、バタバタしてるものね》
「うるちゃい」
《教えて貰ったら良いのに》
「対価の個人使用は控えてる」
『鈴藤さん、流されてますよ』
「マジだ、戻るわ」
眼鏡の上からシュノーケルを付け、海中に身を沈める。
足元に広がる深い海、サメも魔獣も居ないのは分かっていても怖い、綺麗と怖いが共存している、ビビりにはもう少し遠浅が良いのかも知れない。
そして浜に戻り進捗を伺う。
《原文自体の誤字脱字がほぼ無いので、思った以上に早く出せると思いますよ》
「お、楽しみ」
再び日光浴で身体を温め、シャワーを浴び帰宅準備。
準備と言っても、水着を洗いソラクマちゃんに乾かして貰うだけ。
以上だ。
『“もう、このまま帰るかい?”』
「出国手続きは?」
《はい、スタンプですよ、パスポートを開いて下さい》
記録上はプライベートジェットで送った事にするんだそう、そして今回使用した金額と同等だとユーロを受け取ったが、多い。
多い理由は物価からの計算を含んでるとかで、同額だと押し切られた。
そうして、呆気なくホテルからそのまま帰路に。
もう玄関、余韻無し。
『経費と時間の削減とは言え、余韻が無いのも寂しいですね』
「なー、ファーストクラス惜しい」
名残惜しいが、仕事がある。
先ずは警察庁のアマテラスさんに報告へと向かう。
《あら、良い焼け具合ね鈴藤ちゃん》
「そうですか?」
『私は気を付けましたので、ほら、腕を見比べて下さいよ』
「あら健康的」
《そうね、最初より健康的だわ》
そしてそのまませいちゃんの報告データが転送され、要点が読み上げられる中、アマテラスさんへストールを1つ。
お菓子のお土産を1つ。
「すみません、色々と勝手に決めました」
《良いのよ、好きにしてと言ったのだから。それにね、悪い事では無いから大丈夫》
「日が浅いので、判断を信じますね」
《えぇ、そうして。他にも少し話があるのだけれど、スクナとせいちゃんは先に下で待っていて頂戴》
『うん』
『はい』
スクナさんも、せいちゃんも下げさせるとは。
神器回収か、または他の仕事なのか。
《じゃあ、早速だけれど神器の回収に向かって頂戴ね》
「21時半ですけど、大丈夫ですか?」
《えぇ、強制回収だから》
「捕まったのでは?」
《管理はね、保管はまた別なの》
「了解です」
場所は大阪、三島の鴨神社。
準備を万端にし、隠匿の魔法を使いアマテラスさんの居る階層の廊下から、神社の上空へ空間移動。
仕舞われている場所は本殿の最奥、マスターキーでも良いのだが、解錠の魔法をクエビ子さんの枝で久し振りに使う。
少し手間取ったが解錠出来た、2つ目に取り掛かった所で人の気配。
「スクナ彦様でらっしゃいますか」
「違いますが、知り合いです」
「御本人以外にお渡しは出来ません」
「取り上げておいて何を言っているのか」
「取り上げた等とは」
経緯は知っているのだろう、嘘と動揺の音がピアスから鳴り響く。
震える様に響く不快な低音と高音。
「嘘つきには預けてられません、ご本人にお返しします。真実が気になるなら、ご本人にお会いしたら良い」
それでも神器を守る為なのか、人がぞろぞろやって来た。
さす股や警棒、刃物や銃火器は無いが体格が良い者ばかりが揃っている。
怪我させずに、槍でそこらに縫い付けといて。
【了解】
解錠に集中し2つ目の鍵を解く。
そして3つ目の前には怪異用の結界らしきモノが。
自分には特に効かないのでそのまま入り解錠し、箱を開ける。
緑色の翡翠で出来た薬を摺る道具と、真っ黒な土瓶。
ストレージに入れ正面から出る。
移動禁止結界の切れ目直前で槍をストレージに収納し、近くの小川の橋の下から警察庁上空へと転移した。
簡単過ぎて罠かと疑うレベル、大國さんレベルが来るかと思ってたのに。
アレか、力が有る人は協力して無いのかしら。
《お帰りなさい》
「ただいま帰りました」
《無事な様ね、もう帰って大丈夫よ》
「2人には何と」
《そうね、どう向こうの神々に取り入ったのかしら?》
「特に何もしてないんですが、魔の特性が気に入られたみたいです」
《移籍、しちゃう?》
「いや、まだそこまでは考えてません」
《良かった。じゃあ、その話しをしていたと仰いな》
「了解」
部屋を出て黒子ズにも菓子折りを押し付け、下へと戻る。
跳ね飛び出そうな心臓を抑え、深呼吸を繰り返し、エレベーターを降りた。
『何か問題が?』
「いんや、どうやって気に入られたのかって。移籍は本当かとか、問題は無いお。家に帰ろ」
『はい』
『おうちー』
目の前の公園の木陰から、家の前の公園へ。
そして近所のスーパーへ向かう。
卵やら牛乳を買い、やっと家へ到着、見守り君発動。
「先にお風呂入ってて、焼鳥屋行ってくるけど、せいちゃん要らないよね?」
『いえ、泳いで消費したみたいで、焼き鳥丼ミニサイズでお願いします』
「あいよー」
焼鳥屋の店主に注文すると、少し待つとの事なので店先でコーラの焼酎割りと、串を3本頼んだ。
1杯飲んで一服、沁みる。
《お帰りやっしゃ鈴藤ちゃん》
「ただいま、何か頼む?」
《お兄ちゃーん!この人と同じの頼むわ。ふふ、スクナ彦様に渡すタイミング考えてはるの?》
「せや」
《なぁ、何か変やけど、大丈夫なん?何か有ったん?》
「淡雪に抑えろ言われた、小さいのがビビるって」
《向こうではそやろけど、ココでは大きい方がええよ?威嚇せなアカンから》
「そう?帰ったらそうするわ」
《あ、ありがとうお兄ちゃん、おおきに》
「はい、袖の下」
《あぁん、甘いお土産やん》
「足りる?いっぱい居るんでしょ?」
《あー、並列化してる言えばええって聞いたんやけど、伝わる?》
「おう、伝わった」
《よう帰って来てくれたね?ええ所なんやろ?》
「まぁね」
《望むモノ有らへんかった?》
「見つからなかった」
《それでヤケ酒?》
「もう分解してる。気にしてるのは、もう1個の方」
《誰も怪我させんと、良うやったや無いの》
「嘘がね、何でだろうって、どうしてって思う」
《末裔のお社なんよ、預かった後で知って、気まずかったんちゃう?》
「あー、悲しまれないかな」
《穏便に返してもろてたやん、何がアカンの?》
「穏便かぁ?」
《だーれも死んでへんし、怪我も無いやん、お家が少し壊れただけやもん、誰も怒ってへんよ》
「そう?」
《せやせや、心配やったら今度見に行ったら宜しいわぁ》
お弁当が出来上がったので、百合車の分も払って店を後にした。
先ずは部屋に戻り、偽装を解く。
『お帰りなさい、混んでました?』
「少しだけね」
『タバコのにおいするぅ』
親子丼と焼き鳥丼を平らげてからシャワーを浴び、寝間着では無く私服に着替え、遅番用に待機。
せいちゃんが眠った頃を見計らい、スクナさんに話しを切り出す。
「預かってきましたよ、お返しします」
『わぁ、いつの間に?さっき?』
「ひみちゅ、綺麗だね」
『ふふ、ありがとう鈴藤』
淡雪に見せびらかすスクナさんを眺めた後、暫し仮眠を取る。
『せいちゃん』《バアルさん》『ソロモンさん』『スクナさん』
《アマテラスさん》《白百合》