5月15日(金)
曇り時々晴れ、基本的には常にこんな天気らしい。
測定、中域。
寝起き珈琲中に小さなノック音、扉を開けるとバアルさん。
後方にウキウキのソロモンさん、そしてワゴンいっぱいの朝食達。
《おはようございます、押し掛けてしまい申し訳御座いません》
「どうぞ、直ぐせいちゃんも起きると思う」
カタカタと静かにテーブルがセッティングされていき、給仕係が下がるタイミングで寝室からせいちゃんが出て来た。
ナイスタイミング。
『へ、おはようございます』
《おはようございます、まだ早朝ですし、おやすみになられてても大丈夫ですよ》
「せいちゃん寝れる?寝かし付けたげよか」
『大丈夫です、起きます。先に始めていて下さい』
そして早速タブレットとソラクマちゃんをせいちゃんに渡し、ドリームランドでの経緯を読ませた。
マジ便利、ソラクマちゃんとタブレットの組み合わせ最高。
《そのタブレットの操作権は》
「ソロモンさんだた1人」
『“楽しみだなぁ”』
「本体は?」
《何種類か用意させて頂きました》
「ソラちゃん、選んでおくれ」
タブレットのペンを持ったまま膝から膝を渡り歩き、ポスポスと1つの箱を指した、可愛い。
《何てあざと可愛らしいんでしょうか》
「あざとす」
『“他は使えないのだろうか、予備に受け取って貰えたらと思うのだけれど”』
「日本語対応してなくない?」
《可能です》
《流石ですね》
あっという間にストレージにしまうと、せいちゃんの膝に戻って行った。
恐可愛。
『“あの子は、どうしたら譲って貰えるのだろうか”』
「それは無理、半身だもの。外身は貰い物だし、中身ヨグさんとこの精霊だし」
《経歴と外見の不一致が凄まじいですね》
「なー、超愛しいでしょ」
『“ポロポロと情報が零れている様だけど、大丈夫かな?”』
「お気遣いどうも、でもどうせ分かる事だし、今更ねぇ」
《もしかして、交渉事に飽きました?》
「はい」
『はいって、折角、昨日はあんなに頑張ってた様子だったじゃないですか』
「ガラスハートだから、乱入されてどうでも良くなった」
『短気過ぎですよ』
《マーリン導師ですね、間が良いのか悪いのか》
『“それでもだよ、警戒心を解いてくれたのは素直に嬉しい”』
「バックに残り71神も居られるのでしょう、変に期待値を上げてガッカリされても困るので、下げてみました」
《と、見せ掛けて何処まで値踏みするか様子を窺う為では?》
「天才か、流石右腕」
《私なんて、人差し指が良い所ですよ。何せ72柱居りますからね》
「心臓が居られるか」
『“どうだろう、心と言う意味では居るね。シェヘラザード、72柱では無いけれど”』
「わお」
『“そう言った仲では無いよ、彼女は人間しか愛せないからね。私も同様に人間しか愛せない、いわば同士だよ”』
「なんて茨の道を行きなさる」
『“優しいね、ありがとう。友が居るから善行を尽くそうとも、人間を愛そうとも出来る部分があるのかも知れない”』
「ワシには無いモノだ」
『“ソコに居るのでは?”』
「“また離れる、だからこそ無責任な事が出来ないだけで、そう言うの違う”」
『“それでも、今は友と呼んで差し支え無さそうだけど”』
「“コッチが勝手にそう接してるだけ、別に友で無くても良い。ココでの指標、軸、存在すべき者に思えるから、大事にしてるだけ”」
《“あんまりしんみりしては不審がられますよ”、そろそろお話を変えて下さい》
『“そうだね、シェヘラザードとの出会いでも話そうか”』
近隣諸国との合併の際に出会った。
死の間際の夫と、それを労わる彼女。
神としての身分を隠しながらも夫を支える彼女に共感し、その夫が亡くなり葬儀が終わる迄、接触は控えた。
そこから次第に打ち解け合い、良き相談相手として自国に所属して貰う事になったんだそう。
バアルさん曰く。
ちょっぴり病んでるのや、少しダメなのが好みらしいが。
『良かった、鈴藤さんがどうにか成る心配は無さそうですね』
「そうか?」
『鈴藤はちょっとダメ男の匂いがするから、どうだろう』
『“そうだねぇ、弱い男に弱いんだ彼女”』
《念の為ですが、今お相手が居りませんので、接触せぬ様に我々も細心の注意を払わせて頂いております》
『そこまで、意外としっかりしてる方だと思いますよ?』
『せいちゃんはだからモテない』
『何でそうなるんです?』
《あぁ、王よ》
『“少し私からもお話が必要かも知れませんね”』
と言いつつ、ソロモンさんの一言にバアルさんが何倍もの言葉を重ねて解説。
実生活と内面は違うだとか、繊細さの欠片はどこそこだとか。
半ば自分を解剖される形で、せいちゃんへの恋愛指南が行われた。
「ワシも巻き込まれて肉も骨も切られた感じなのだが」
《すみません、身近な方で話すのが1番かと思いまして》
『繊細さんなんだよ鈴藤は』
『確かにそうらしいですけど、凄い嬉しそうに下ネタ言う人ですよ?』
「花の様に、正しく名前の様に繊細なの」
『一部では強さから雑草扱いですが』
「えー、じゃあ桑野で、繭にすれば良かったか」
『虫、お嫌いでは?』
「きらい」
《ですがシルクは良い名だと思いますよ》
『“シルクは良いよね、素晴らしい繊維だよ”』
「あ」
『また何を思い付いたんです』
「いや、思い出した。あまりにアレで封印してたわ」
『魔道具ですか?』
「多分。それよりだ、もっと大事なのはエリクサーよ、作る場が欲しいのだけれど、キャンプ地みたいな所を紹介して欲しい」
《ここら辺一体は、どうにも流砂が混入する危険性があるかと》
「あー」
『その、イギリスで行われては?迎えに行くんですよね?』
「それさぁ、マーリンの生霊を運ぶの?実体あるのかね、アヴァロンで眠ってると言ってたんだし」
《迎えに行ってみるのが1番かと》
思い切って、目の前でバアルさんから教えられた地点の空間を開く。
正面には壮年のマーリン、両サイドには怪訝な顔の幼いティターニアとウキウキのオベロン。
「おはようございます、お迎えに来ました」
《おはよう、じゃあ、行ってくる》
日本語。
そして今にも人身御供に召し上げられん息子を見送る様なティターニアと、何事も無くてつまらんといった表情のオベロン。
なんだろう、別に取って喰うワケでも無いのに。
「お待たせしました」
《僕が言うのも何だがね、朝に迎えに行くとは随分ザックリだ》
《失礼しました、何せ初会合ですので》
《その割に、既に始まっている様なんだが》
「毒味ですよ、毒味」
『日本のスクナ彦だ、宜しく』
《いらっしゃるとは、古き神々の会合にお招き頂き、ありがとうございます》
「お、紳士、サイズも紳士だし」
《君ねぇ、本来僕はこの姿形で行動しているんだ、アレは例外。寧ろ君の方こそだ》
『異性装の護法なのだよね、鈴藤』
「さようでおます」
《フザケた口を聞く子だなぁ、転生者とは大違いだ》
「RTTもご存知?各国に支部がある感じ?」
《あぁ、勿論だが》
「あ、たんま。もしもし?晶君?」
【はい、今宜しいですか?】
「良き良き、資料?」
【はい、お時間が掛かり申し訳御座いません。交渉したのですが、暗記のみで持ち出し禁止と言われてまして、必要であろう部分は暗記しましたが、残りはどう致しましょうか】
「マジか、ごめんね、ちょっとだけ待ってて」
【はい】
「マーリン導師、転生者用のマニュアルとかの資料持ち出し禁止ってどゆこと、ウチのが苦労してるんだけど」
《それは、君の事は伝わった上でのその処置なのか?》
「おう、ちょっとあってな」
《“候補の事”か、意外と日本は警戒しているのだな》
「“言ってなくてコレだ”そっちはどうなの」
《英語の文章であれば、コピーをいくらでも出せる》
「オケ、晶君、英語の文章読める?」
【はい、一応。日本語より少し遅いかとは思いますが】
「よし、今何処」
【即入居物件が有りましたので、家に居ます】
「迎えに行くから準備して。住所は?」
【板橋…】
せいちゃんと初対面か、不思議な感じ。
一生会わせないつもりだったし、変な感じ。
「ご挨拶は今度、マーリン導師から資料提供して貰える事になった」
『了解しました』
《協力者が居るのに、一体どうなってる》
「向こうが失敗したんだよ、コッチじゃ無い」
『もう少し穏便にと進言したのですが、力及ばず。申し訳御座いません』
《そうか、詳細は少しつつかせて貰うよ》
「河瀬は苛めるなよ、多分かなり凹んでる筈だから」
《考えてはみるが》
『それで、コレから私はどちらに向かえば?』
《鈴藤、さっきの場所へ繋いでくれんかね》
「君、移動魔法も使えんのか」
《大概は国内限定だ馬鹿者め》
「さよか、ホレ」
アヴァロンに空間を開くと、マーリンが目の前で空間を開いた。
《この者を連れて直ぐ帰って来るからな、待ってろよ》
空間移動魔法の違いはそこまで感じられない。
聖と魔を分けるのはどこなのだろう、何が違うのか、違いが見えないだけ?
「“ソロモンさん、移動魔法の違いが分かる?”」
『“どうだろう、詳しく探れば可能かも知れないけれど”』
《強いて言えば移動の条件でしょうか、マーリン導師は移動する人物像とご一緒で無いと移動が出来ないかと》
「見た目変わらんのにな、何が違うんだろ」
《その違いだけで充分脅威ですが、ご自覚は》
「無いけど、自覚は今した。人流と物流ヤバいな」
『“敵地に送り込み放題だね、コレだけの維持も中々だし”』
「は、アイツ試したのか、意地悪だ」
《魔力は大丈夫ですか?》
「おう、ココは魔法浸透してるの?」
《多少は、一部は封印されたままですね》
『“危ないのはね、特に。今は発展途上なんだ、安全に使えるのから段階的に解放していってる。魔力の飽和と解放の問題が、最近解決したばかりだから”』
「どうやった」
『“対価は体”』
《冗談は止めて下さい、本当に彼に殺されますよ》
「え、別に良いのに、方法次第だけど」
『“少しだけ空間を閉じて、コレは大事な事だから”』
「ほい」
『“人身御供無しで循環させた。誰にも内緒だよ”』
「くわしく」
『“コレはかなり大きい対価になる、本当に”』
《続きはタブレット次第です。さ、またお待たせしては拗ねられてしまいますよ》
「たしかに」
《おいおい、何してたんだよ》
「内緒話」
《少しピリピリしてしまっただけですよ》
「そんなピリピリする能力は見せて無いのにね」
《ほう、有る様な口ぶりだな》
「ブラフだよブラフ、ハッタリは必要でしょう神様相手なんだから。それよりソッチ」
《渡した、何で閉じない》
「タブレットに情報入れて渡そうと思うんだけど、用意ある?」
《ほれ》
「1個かケチ」
《失敗する要素があるのか?》
「無いけど、ケチ」
《もう、何だ君はぁ》
受け取ったタブレットをストレージにしまい、晶君にはそのまま部屋で食事を取って貰い、コチラはコチラで話しを進める。
「マーリン導師の所は魔法どうなってるの?」
《“かなり大昔に代償を払って循環させた、僕の身体を引き換えにね”》
「何処の国でも可能?」
《“なら何処もとっくに解決してるさ、だから魔法に差がある”》
「日常的に使ってる?」
《“あぁ、一部だが。殆どは法で縛られ使えず、廃れた”》
「勿体無い」
《だろう、昔の知恵を掘り尽くす前に埋もれた。条件が厳しいんだ、廃れもするさ》
「エルフは?」
《地上に降りている。たまに先祖返りで耳の長い者も生まれるが、手術で切り取って終わり、だがその分魔力の保有量は高いが、宝の持ち腐れだ》
「あー、色々と話したいがなぁ」
《対価だろう、“アヴァロンに匿う事は可能だが、下界とは隔絶する事になるが”》
「“合同訓練は可能か?ココや日本との軍事演習”」
《“海上なら、日本と行った事もあるが”》
《ウチとは関わりが少なかったですから、少し口実が必要になりますね》
「がんばれ」
《そう言われてもだ、どうするつもりなんだ》
「“怪獣になるのです”」
《“その怪獣を合同で倒すんです、政治的混乱を招かぬ範囲で”》
『訓練だから、殺しちゃダメなんだからね』
《王よ》
『“うん、本気だよ。提供出来る事が限られてるからね、等価交換だ”』
《“出来て海上訓練だとは思うが”》
「動いてくれるかね、タブレットと今日のイベントで」
《中身次第だ》
《では、出発しましょうかね》
「晶君、そっち夕方なんでしょ?次に話せるの凄い時間になるかもなんだけど」
『構いませんよ、起こして頂ければ大丈夫です』
「いやいや、日頃何時に起きるのよ」
『早ければ日の出には起きられます』
「最悪はそうなるが、基本的には自由にしててね、今すぐ絶対に必要な情報は無いだろうから」
『はい、ありがとうございます』
「こちらこそありがとう、また後でね」
晶君を送り届け、車に乗り込む。
長く掛かるらしいので、車でお昼寝かしら。
『あの、先ほどの方は』
「RTT、教団の」
『あぁ、そうなんですね。全然態度が違うのは気のせいですか?』
「そう?せいちゃんに優しく無い?」
『気軽に誂うじゃ無いですか』
「揶揄の方?ならして無いけど」
『言う、の方です』
「晶君は誂えないもの、神様扱いしてくるし。病気から回復したばかりだし、真面目過ぎて冗談も云えないわさ」
『私も真面目な方なんですが』
「あんな感じに扱う?」
『誂わないで頂けると助かると言う意味です』
「そんな誂った?」
『自覚無いんですか?』
『“2人はどうしたのかな?スクナ彦神”』
『痴話喧嘩』
《ですね》
《そうか》
『もー、神様達まで巻き込んで』
「今のはスクナさんだろう」
『他愛ない話を指すもん』
『鈴藤さんのせいですよ、スクナ彦様が悪影響を受けてらっしゃるじゃ無いですか』
『僕は前からこんな感じだよ?冗談も言う、せいちゃんが真面目過ぎる』
『真面目、過ぎですか?』
『ソロモンもバアルも冗談言う、マーリンは、言わない?』
《まぁ、言いますが》
『ほら、アマテラスも月読も言う、スサ彦もだよ。せいちゃんは鈴藤が僕らと普通に話すのが嫌?冗談を言うのが嫌?』
『不敬を買わないか心配してるんです、私に馴れ馴れしくても良いんですけど。他の、それこそ神々へは』
『不敬って友達に使うの?金山彦達にはちゃんとしてるのは見たでしょう?』
『“私は不敬とは感じない方なのだけれど、そう見えて心配させてしまったかな?”』
《いえ、彼の早とちりかと》
《いやぁ、不敬だろう》
《マーリン導師、引き攣ってますよ》
『ふふ、分かり難い冗談だー』
『“難しい問題なのかも知れないね”』
《まぁ、畏まられて話しが進まないのも苛立つものだしな》
「ね、“でも馴れ馴れしいはグッときたな、自重しないと、彼と長居し過ぎたかも”」
『そうやって、私の分からない言語で話してる時が、凄く心配なんです』
「日本と君の不利になる事は話して無い、スクナさんが証人」
『そう心配してるんじゃなくて』
『せいちゃん、理由を考えた?鈴藤がこんな態度な理由』
「スクナさんどした」
『ねぇ、考えたの?』
『いえ』
『じゃあ鈴藤、教えて』
「へ、なんで」
『じゃあ、理由は無いの?』
「こんなバカな若造に理由が有るかしら」
『ほら、柔らかく誤魔化すのに便利なんだよ。言えない事が沢山あるのに、差し控えさせて頂きますとか、言えませんばかりじゃつまらないし、突き放してるみたいでしょう?だから僕は、こうしてるんだと思うんだ』
《あまりに公開拒否が連続すると、聞き手の心証は良くないですからね》
「買い被りで御座る」
《だが、本当の所はどうなんだ?》
「“敬語の知識も経験も無いので出来ないのと。神様だ、悪魔だ人間だってコロコロ態度を変えるのは気持ち悪いからしてないだけ、悪意も他意も無い。其々を神聖な、尊い敬う存在だと、ちゃんと思ってる”」
《おい、それを日本語で言ってやれよ》
「え、やだ、恥ずかしい」
《スクナ彦神、この女性の様な雰囲気もですかね?》
『全ては和ませる為だと思う。カチカチの会話が好きな人には煩わしいと思うけど、僕は緩急が有って好き』
『カチカチ、ただ不遜と受け取られないか心配なだけで』
《そうなんでしょうけれど。我々が狭量で、度量も懐も尻の穴も極小だと思われたとあっては、とても心外ですねぇ》
『すみません、出過ぎた発言でした、失礼致しました』
「ました」
《それに、馴れ馴れしいのお嫌いですか?観上さんは》
『いえ、あ、そうでは無くて。すみません鈴藤さん、他意は無いんです』
「そう?無理しなくて良いのに」
《“但し、僕には最上を持って敬ってくれよ”》
「“ソロモンさんより扱いが上になるが、宜しいか”」
《“冗談を真に受けられると困るんだが?”》
「“冗談なんてそんな謙遜を、今後はしっかり敬わせて頂きます”」
《“止めてくれ、居辛くなる”》
「そんな事はお気になさらず、どっしり構えて居て下さいよぉ」
《バアル神、何とかしてくれないだろうか、この子》
《“彼は観上さんの言う事しか聞かないですよ”》
『“そうだね、彼に日本語をもってして助けを請うか、分かり易い英語で助けを求めるしか無いよ”』
『だね』
《ヘルプミー、ミカミ》
『え、はい?どうしました?』
『今度はマーリン導師を皆で誂ってるの』
『もう、どうせまた鈴藤さんが何か言ったんでしょう』
「ソロモンさんより敬えと言うから、ハイと答えただけだし」
『本当ですか?何か端折ってません?』
「じゃあ神々に聞けよぅ」
『難易度の高い事を』
『ふふ、旅は楽しいね』
「ねー」
マーリンから移動短縮を提案されたので、途中の休憩所で車ごとオアシスへ移動する事になった。
砂漠地帯の人工オアシス、オアシス自体を見たのが初めてなので人工か分からん。
砂っぽいのに湿気がある、不思議。
『“どうかな?”』
「初めてだし、不思議な感じ」
『ですね』
『ねー』
《なぁ、何をするか聞いても良いだろうか?》
《少しお待ち頂ければ直ぐかと、鈴藤さんはコチラへ》
「はい、スクナさん待っててね」
セキュリティチェックを何度も通り地下へ案内されると、そこには何トンなのかも分からない水のタンクが何個もあった。
ろ過や塩素で綺麗にされた雨水と地下水らしいが、こう貯められる程に豊富と言う事なのだろうか。
《3つ、いけますか?》
【可能です】
「はい」
タンクからストレージに水を移動させ、指定された位置へ、スタンバイ。
コレ、全て使い切らずに最小限でいけたら1番だろう。
【了解】
後はただ、合図に合わせて水を出すだけ。
乾燥しているので初手から虹は出なかったものの、少し量を増やして何とか完成。
風が少し邪魔だが、指定された方法も何もかもが計算通りで間違い無さそう。
《素晴らしかったですね、余りは出ましたか?》
「そこそこ」
《では、タンクに戻しに行きましょうか》
「うい」
《あの、お節介を承知で言いますが、今後も観上さんのお側に居た方が宜しいかと》
「何故」
《もう既に、観上さんを捧げればアナタを自由に出来る時間が増えると考える阿呆や、逆に交渉材料に使おうと考える阿呆が出ていても、可笑しくは無いかと》
「あ、失敗した」
《いいえ逆ですよ、警護対象が常に1セットの方が楽なんですよ、守る方としてはね。それに、アナタが何かしらの方法を見付けてから観上さんに近付くのは、難しかったかも知れません。例えばでしが、アナタの悪口を観上さんに吹き込めば、ね?》
「あー、ピュアだものなぁ」
《そうです、だからこそ今が最適解。自信を持って行きましょう》
「へい、ありがとうございます」
そして休憩。
オアシスは小さな湖サイズ、人口とは言うが大昔にあったオアシスを再建したので半人工らしい。
地下から湧き出る水を利用しているらしいが、地下を少し見た程度では全く仕組みは分からん。
今は水辺の木陰のカフェで紅茶を頂く。
基礎は石造りが主となっていて木材の使用は直接皮膚に接触する部分に限られている、木が貴重だからこその独特な家具や建物、今までの場所とは対極の環境。
木も植物もそこら辺に豊富にあったし、なんなら雪で埋もれてたし。
もう1つの地球は、何でコレが広がってしまったんだろうか。
温暖化?環境破壊?経年劣化?
『“砂漠は初めて?”』
「あ、うん、もうタブレット渡すね。はい、どうぞ」
『“ありがとう。それにしてもあの砂漠の地は、一体何なのだろうね”』
「それね、何であんな広がったのか考えてたけど、分らん」
『“あの距離だったのだから難しいとは思うけれど、何処まで察知出来ただろうか、神や精霊の存在を”』
「あぁ、分かんない。“戦闘記録も公開しとこか、前半だけ”」
【了解】
《ほう、君の視点からか。他にも居るのか、君の様な人間が》
「もっと有能なのがね、3人」
『“この時点では2人の様だね”』
「その後で来た、“その子も戦闘系、自分以外全員何かしらの戦闘技能や特技を持ってる”」
『“君の、経歴の大半が伏せられているのだけれど”』
「人見知りで恥ずかしがり屋さんなので」
《冗談を、余裕そうだがな》
「“逆よ、余裕が無いからね、人見知りだの恥ずかしがり屋だの言ってられない”」
『“地球が相手なら、尚の事、そうなってしまうんだろうね”』
《“あの戦闘で死傷者数が0だぞ、どうなってる”》
「“知り合いに北欧のヘルさんが居る”」
《また、随分と古い神と連携しているな》
「北欧の神々にはとてもお世話になった、名前なら全部開示しても問題無いでしょう」
【了解】
『“ロキ神に、ヴァルキュリア”』
「天使さんもね、目の前で死んじゃったけど、また蘇生してるでしょってヘルさんが言ってた」
『それは、諍いですか?』
「まぁ、ヘルヘイムに来て勝手をして怒られた感じ」
《流石、死の神だな》
《全員が、クトゥルフとの繋がりが有るんですか?》
「いいや、他は宇宙人のアクトゥリアンの加護で色々獲得はしてる、色々は秘密」
《何故、宇宙人》
「それは多分、アクトゥリアンの項目で分かると思う」
そこから各々が黙々とタブレットに向かい始めた。
中々に熱中している様子。
《鈴藤さん、この街は小さく安全ですし、少し見て回られては?》
「お、はい、そうします。行こうかせいちゃん」
『はい』
砂浜にでも居るかの様な感覚だった。
ただ違うのは波立つ事も無く、静かだと言う事。
ホテル以外には僅かな商店と飲食店、それ以外はどうやら民家らしい。
自国民の観光地なのか、外部の観光客はかなり少なめでマジ静か。
コレも観光雑誌には載っていなかったし、秘境なのだろう。
商店でスノードーム発見。
オアシスにキラキラしたホログラムが舞うタイプと、砂が舞うタイプの2種類。
勿論キラキラした方を買おうとすると、せいちゃんが興味を示した。
「記念に良くない?」
『なら砂の方じゃ無いですか?』
「綺麗とか可愛い方が、女受け良いんじゃ無い?」
『じゃあ私はコッチにしておきます』
「興味無さそうだったのに」
『初海外なのに記念品が無いのもどうかと思い直したんです』
お会計はせいちゃん、スノードームを鞄越しにストレージにしまい、カフェへ戻ると帰る事に。
そのまま駐車場へ向かった。
《帰りも楽がしたいんだが》
「酔う方か」
《頼むよ、ヘルプミー》
「へいよ」
そのまま空間移動でホテルの駐車場に直行、マーリンを送ってもなお余裕が出来たので、昼食の時間まで暫し自由時間。
ベランダに淡雪を出し、一緒に日向ぼっこ。
気温は丁度良く、花の甘い匂いがほのかに香る。
《ねぇ、もっと妖精を生み出したら役に立つと思うのだけど》
「却下、君らホイホイ死ぬからダメ」
《見たのね》
「正解、ノエルがね。威嚇の際に何故か知り合いが居て、羽根を砕いたらアヴァロンで蘇生したみたいだけど、でも嫌、却下」
《死に際は忘れてるんだから、別に気にしなくても良いのに》
「ココではどうか分らないでしょう」
《じゃあ、聞けば良いじゃない》
「確認したら、無茶するかもでしょ。却下」
《ケチ》
「はい」
昼食のメインはお魚、朝は野菜で軽めだったので、夜はお肉の予定らしい。
サヤディエと言うお魚の炊き込み御飯、変わり種はフィッシュ&チップス、それとメゼ、野菜の前菜兼箸休め。
その食事の合間に、タブレットの気になる項目への質問が挟まれる。
『“この殺害数の()の意味は?”』
「“見殺しにした人間の数、その日付に何が起こったか書いてある筈”」
『“そう、お魚は美味しいかな?』
「“この魚は臭くないので美味しい、ピクルス苦手なのにタルタルは好き”」
『“そうだ、好物は”』
「えび」
『“早い”』
「エビ、牛とラム、酸っぱいのは苦手、このレモンは別、レモンの酸味は好き」
『“美味しそうに食べるね”』
「不味そうに食べる方法を教えて頂きたい」
『“表情とペースを一切崩さない事だけれど、しないで、口に合わなかったんじゃ無いかと心配になる”』
「その時は素直に言いますし、ソッと避けますよ」
『“うん、そうしてね”』
昼食を終え、次は夕飯まで自由時間。
せいちゃんと少しだけお昼寝。
日当たりの良い縁側、いつもの家。
片手にはソロモンの、と大きく下手な字で書かれた本が置いてある。
「ソロモンさん?」
返事は無い。
この状態だと碌に字が読めないのに、困る。
兎に角開いてみると、挿絵と共に何か字が書かれている。
読める字は疎ら、パラパラとめくる。
悪魔と呼ばれる様な姿以外に、小さなロバや大きなカラスの絵が書かれている。
多分、72柱の事が書かれているのだろうが、読めない。
《読んでやろうか?》
声の主を探し頭を上げると、いつもの梟が喋ったらしい。
良く見ると足が1本多い、八咫さんだろうか。
「八咫さん?」
《あぁ、少しこの梟の姿を借りている、読んでやろうか?》
「お願いします」
読み上げて貰った内容だが、主に過去や未来を教えるモノ。
順に学問や知識を教えるモノ、富を与えるモノ、情愛を湧かせるモノ等が多かった。
《愛や愛する相手を欲するは、国籍も時代も問わんものだ》
「無理矢理振り向かせて、後になって魔法が解けたらと思うとあまり気が進まないな」
《それを長続きさせる為、また更に呼び出させるのでは無いのだろうかね》
「終わりが無い」
《欲とはそう言うモノだろう》
「まぁ、際限が無いそうですが。最低ラインは欲しいですよね、上には上、下には下がありますし」
《そうだな、最底辺には、この本は最低限への最短とも言える》
「使えたらですけどね」
《話しのタネにはなる。それに、ソレは某かの対価だろう》
「情報の等価交換か、なら今見聞きしたのは忘れて欲しいんですが」
《請われずとも問題無い。ココでの全ては借りモノ、向こうに知識を持ってはいけぬ。もし向こうで会う事が有れば、初めての挨拶になるだろう》
「そうですか、ありがとうございました」
目を覚ますと、せいちゃんもスクナさんも午睡中。
先ずはバアルさんに連絡。
【はい】
「ソロモンの本とか言うモノを夢で見たんだが」
【あぁ、はいはい、はい?】
「ガミュギュン、可愛い。マルコシアスをモフモフしたい」
【そう言う目線ですか】
「能力はまぁ、それよりモフモフしたいのでソロモンさんに話しを通してくれませんか」
【分かりました、少しお待ち下さいね】
「うい」
直ぐ近くに居たのか、今夜にでも話そうと先延ばしにされてしまった。
モフモフ、ネコカフェ無いかしら。
調べるか。
当然の如く無い、日本にはある。
省庁と駅の間、長毛種も居る。
『何を調べてるんですか?』
「あ、おう、おはよう。ネコカフェ、もふもふ」
『百合車さんを撫でられては?』
「は、そうか」
『本当に、猫として認識してらっしゃらないんですね』
「あの最初の百合車の姿が殆どだからね、普通の服を着て病院に居たりしてたから。それに何か、喋る動物は少し違う、意思疎通ギリギリなのが良い」
『意思疎通出来た方が良さそうな気がするんですけど』
「そりゃ良いけど、単に気軽に愛でるだけなら喋らない方が良い。喋り始めたら家族になってしまう、単に愛でるだけでは済まなくなる、そんな責任取れないもの」
『想像以上に、考えての事なんですね』
「根無し草だし、病弱だから飼いたくても飼えないとか、そう言う発想。モフモフして、可愛いねー、だけを得たいの」
『ペットロボットはどうなんです?』
「フワフワとかスベスベのアタッチメント有ったら良いのにね」
『そこにもフワフワが』
「あ、フワフワスベスベの布団欲しいんだった、帰ったらプラトン行かないと」
『どれだけ重視してるんですか』
「冬はモフモフ、夏はスベスベ。只の綿は味気ない」
『シルクはどうなんです?』
「モノの差が凄いし、たかい」
『確かに高いですけど』
「そもアレはツルツルジャンル、少し違う。柔らかい綿のサラサラの方が上位」
『凄い、肌触りランクが』
「フワフワ1位は猫の耳の近くのフワフワ、サラフワのモフモフ」
『じゃあ鳥は圏外ですか?』
「サイズと部位如何では上位、フワモフ、サラモフ。サクッてなる、埋まる」
『埋まる』
「神獣が鳥類と竜種だったからね、竜ツルスベ」
『強さでは無く、肌触りで選んだんですか?』
「夏は竜種、冬鳥類。選んだんじゃ無くて勝手に来た」
『基本的には、召喚者に必ず神獣が居るんですか?』
「ノー、無い事もあったらしい。2体は激レア」
【開示しますか】
「おう」
タブレットを抱えたソラクマちゃんが目の前の空間から出て来た。
そうだ、最高な子が居るじゃない。
タブレットをベッドに置いた瞬間に抱き締めて頬擦りすると、無抵抗、されるがまま。
この反応もまた愛おしい。
『凄い脱力してる様にも見えますけど』
「抵抗されても無抵抗でも、嫌がってても喜んでても良いの」
『あ、新着が有りますね』
「お、ほいほい」
タブレットからペンを外し、新着をタッチ。
神獣の説明と種類のみ、名前は伏せられている。
『名前が伏せられてますが』
「ソラクマ様のご配慮で御座い」
『ソラさんは家族なんですね』
「それ以上、半身以上。無能だから、居無かったらとっくに死んでる」
『そうなんですか?』
「全てはカモフラよ」
そして久し振りに本来のタブレットを出す。
カールラやクーロンの写真が無いか確認、有った。
【共有しますか】
うん。
『あ、タブレットに写真が共有されましたよ』
「探したらあった」
『幼体ですか?可愛いですね』
「でしょう」
それから無難そうな風景や、魔王の写真なんかを見せた。
懐かしい。
こうして確認出来ると、妄想でも夢でも無かったんだと安心出来る。
『寂しいですよね』
「慰めてくれよべいべー」
『無理かと、両親も健在で、友人知人も健在なので、禄なことが言えないと思うんですけど』
「カチカチマンめ」
『カチカチマン』
「お、スクナさん起きた」
『起きた、日本時間に引きずられてるの』
「あ、晶君大丈夫かな」
今は15時前。
向こうは6時か、少し早いか。
『起こすには、少し早いかも知れませんね』
「だね、オヤツのついでにお土産を買いに行こう」
『オヤツー』
昼食時に貰ったメモのお店を訪問。
何軒かバクラワやお菓子を買って、そのままお店でオヤツタイム。
そう言えば、ロウヒに買ってあげる約束だったのに全然出来なかった。
後回しにすべきじゃ無かったかも知れない。
「向こうの大魔女がバクラワ好きって言ったから、アチコチのを買う約束をしてたのよ。運送業の免許も取ったのに、後回しにした、今後悔してるわ」
『いきなり戻されなかったら、行くつもりだったんですよね?』
「おう。凄い甘いの好きで、だから探して、買うつもりだった」
『後回しにした理由は?』
「最初は国連、次はロキ。大移動は珍しいから迂闊に出来なくて、小刻みは別のリスクが有ると思った、何処で誰にどう目を付けられるか分からなかったから」
『なら、答えは出てるね』
「そうなんだけど、写真でおセンチになったかも、後悔ばかりです」
『お取り寄せが出来るなら、きっと今頃は食べてくれてますよ』
『うん、好きなら食べてると思う』
「そうかも、確かに運送屋の伝手はあるし、食べてるか」
『僕はコレ位の甘さが良い』
『私もです』
海外の甘味処で男が泣き出したら周りがドン引きする、と自分に言い聞かせ、静かに深呼吸をしてから紅茶を飲んだ。
濃いめの紅茶、美味しいです。
今か。
今、漸く振り返るタイミングか。
おセンチ、時間と余裕が有るとこうなるのか、危ない、何かで時間を埋めないと。
「ちょっと、他のお土産も見よう」
それからは本格的に買い物。
石鹸やタオル、可愛いランプの小物にストール、服を数枚買った。
今なら少し分かる、買い物依存症の入口はコレなんだろうか。
買い物を終え、部屋に戻ってから晶君の家に向かった。
すっかり起きていて資料を読み込んでいる、真面目。
『おはようございます、どちらでお話ししましょうか?』
「コッチで」
珈琲とお菓子を準備し、話を聞く。
せいちゃんとスクナさんと妖精は中庭で読書、漸くブルジョア的休暇をしてくれている。
『では、先ず今居る国の説明から始めます』
向こうで中東と呼ばれていた地域ほぼ全てが、ウガリット王国らしい。
例外はエジプトやトルコ等、他の神々が統べる国は除かれている。
そして、石油産出国でもあるらしい。
成る程、ストールをする人も居るし、財を成す神々が居るのも分かる気もする。
「納得」
『次は日本です』
イギリスからの情報と統合した上で。
トップクラスで精霊や神々を数多く持つ国、違いはさして無い、とだけ。
「あるけど、まぁ、問題は無い、うん」
次に中つ国。
黄帝が人と共に治世をしているそう。
地理の変更は重要視される程の変更点は無し、ただ近隣であるからこそ、注意深く観察すべしとの事だそう。
そしてロシア。
地理的には0と違い、横に分断されている。
ペルーン神と呼ばれる雷神が最高神で居たらしいが、昨今は全く確認されてないそう。
他には精霊や魔女、そして吸血鬼と人狼と竜人が居るらしく、治安は都市部で有ればそこそこ。
そう言った環境から内政で手一杯らしく、領地はこの状態なのだそう。
イギリス。
妖精と精霊の国。
ココも浮島のアヴァロンがあり、常に移動しており目視も困難との事。
浮島に至った理由はやはり妖精、近代化に伴い早々に浮島へと移行、大半のエルフが地上に残った。
米国はカナダ自治区となり、地図の大半を占めている。
天使達と共にバチカンと提携し、勤勉にやっているらしい。
そして元の土地には先住民達が今でも伸び伸びと暮らしているんだそう、要は割合が逆転しているんだと。
但し、ベガスは同じ地で米国人が経営しているが、バックにはRTTや転生者が居て、先住民との繋がりを何とか保っているらしい。
頑張ってる。
『他はどうしましょうか』
「北欧は?北欧の神々が気になる」
コレも神々の国が別次元にあるらしく、至れた者はほぼ居ないらしい、そして神々の出現は疎ら。
フィンランドは神が健在の為、北欧神の影響はさほど無く、堅実に平和な治安が築けてるらしい。
国境沿いや地理も、2とほぼ変わりなし。
ココではウッコ神が国境を分断したらしい、物理的に離すって大事なのかも知れん。
『物足りないかとは思いますが、如何ですか?』
「ありがとう、コレ以上はパンクしちゃうから後日で。休憩しよう」
『はい』
今の所、逃亡先候補は結構あるが、問題は神様がどんな感じなのか不明なのが何とも。
転生者も国によって其々だろうし。
ロシアの吸血鬼とか凄い気になるから行きたいけど、渡航危険度が5段階中の2だし、せいちゃん連れてくのもアレでしょうし。
議論はしたが、結局はどうしたら帰れるのか不明だし。
スクナさんの神器返還も見届けないとだし。
取り敢えず神器と、ソロモンの本とか言うのの真意を聞くのが優先か。
あとスベスベの布団。
目先の目標と計画が出来たので、晶君を帰し部屋を出た。
そして夕飯まで暫し中庭で過ごす。
『大丈夫ですか?もしかして具合悪いですか?』
「なんで」
『人目も気にせず黙ってぬいぐるみを顔で撫でてるので』
「あ、ボーッとしてただけ。ギアチェンしないと、パンクして熱出しそうだから」
『そんなに違います?』
「そこそこ」
『次に行くとしたら何処ですか?』
「んー、せいちゃん行きたい所ある?」
『そうですね、今度は真逆が良いですね』
「カナダ?」
『それこそフィンランドや、亜熱帯地域とかですかね』
「ジメジメ、湿地帯、アマゾン?アマゾネス居るのかしら」
『興味はそこですか?』
「弓の為に片乳を切る勇ましさよ」
『確かに凄い覚悟だとは思いますけど』
「スクナさん、土蜘蛛は居る?」
『んー、山の民の事ならスサ彦の元で氏族達が働いてるよ』
「なら、仲良い?」
『うん、凄い強いけど控えめで僕は好き』
「あー、会いたいかも」
『噂では、裏社会を仕切ってると聞きましたが、大丈夫なんですか?』
『せいちゃんの反対側だから、確かにそうかも』
「裏社会って、どゆことよ」
噂では失せモノ探しから呪詛返しまで、怪しい事を何でも行うと。
そして表では、面倒な取り立てや立ち退きを請け負っている何でも屋。
合法ギリギリの山民会なる組織が土蜘蛛族の果てらしいが。
合法ギリギリて。
『違法行為の現認が無いのと、訴えも直ぐに取り下げられるので、アマテラス様も特に何か動くと言う事は無いんですが』
『必要悪だって言ってたよ』
「難しい所を行きなさるのね」
『うん』
『民間でも賛否両論ですから、あまりオススメ出来ないんです』
「子供の頃、何でも屋に成りたかった」
『呪詛返しするんですか?』
「そこまでは考えて無かったけど、何でも出来たら格好良くない?」
『格好良い』
『器用貧乏になりませんかね?』
「そこを人員でカバーしてんだろうね、成程」
『興味削ぐの無理みたい』
『ですね』
計画ランキング上位に山民会が出現。
もう違いを片っ端から確認するのが先なのか、もう流れに身を任せちゃうか。
強制的に頭を休ませる為、せいちゃんと部屋に戻り、少し仮眠を取らせて貰う事にした。
せいちゃんに起こされた、そしてバアルさんに言われるがままにホテルをチェックアウトし、徒歩移動。
怪しげなお店に入り、床に座る。
食前酒が振る舞われ、民族楽器が奏でられると、ベリーダンスが始まった。
《ホッとした様子ですね?》
『すみません、正直ホッとしました』
「コレは良いのか」
『歌舞伎とかそういう類じゃ無いですか?』
「間違いでは無いが、情緒ねぇな」
《ふふ、そうですね》
メゼお馴染みのナスやひよこ豆のペーストに、パセリサラダが小皿に乗り、串焼きのお肉が目の前でスライスされ振る舞われ、合間に揚げ立てのコロッケや焼き立てのパン、お酒は如何と給仕係が来る。
エキゾチック接待、悪くない。
《本当に、飲まれないんですね》
「寝酒なら飲みますよ」
《寝酒ですか》
『“ならワインを後で渡そう、悪酔いしないと評判なんだよ”』
「お、楽しみ。ありがとうございます」
そして食事が一段落すると水タバコ、せいちゃん用はニコチン無しの青リンゴ味。
コチラはニコチンバリバリのジャスミン、お茶の風味でほの甘いが吸い易い。
基本的には回し吸い、自分が吸う際にマウスピースを嵌めて吸う。
ヤニクラも臭さも無いので、スクナさん的にはギリギリ大丈夫らしい。
『身体に悪いのと、臭いのが嫌いなの』
「なら青リンゴは良いのね」
『鈴藤のも悪いの無い方が良いけど、煙草より少ないから、少し許す』
「あざーす。フレーバー買ってせいちゃんちに置くか、シーシャだけならあるし」
『向こうで買ったんですか?』
「お土産か貢ぎ物用に、可愛かったので」
《フレーバーは店で買うと量が多いですから、小分けの品をお渡ししますね。それと、そのシーシャを見せて頂けませんか?》
「どうぞ」
鞄からシーシャを大中小と取り出し、先ずは隣のソロモンさんへ。
そしてソロモンさんがバアルさんへ渡す。
《特に違いは無いんですね、残念》
「そう違いがあっても困る」
『“丁寧な作りではあるね”』
《確かにそうですが》
「やっぱりオススメは大きい方?」
《そうですね、小さいのは飾りに近いので》
「何で小さいのダメよ」
《水が直ぐ熱くなりますし、ニコチンが濃くなったり、煙のコントロールも。扱いが難しいんです》
「ほう、ニコチン欲しい時用ね」
《直ぐに抜け道を見付けますねぇ》
『“良い事だと思うよ”』
「どうも。で、あの本なんですが」
『“ココでは何だから、場所を移動した時で良いかな?”』
《では、次へ行きましょうか》
車で移動し、以前に行った海辺のホテルへと着いた。
今回はココか、楽しみ。
砂浜色の近代的な建物。
今度は逆に凄いシンプルだが、端々に観葉植物やお洒落な家具が置いてある。
あの宮殿テイストも良かったが、オーシャンビュー強い、綺麗。
案内のままに部屋へと入り、お茶の準備が整うと話が始まった。
『“72柱の大半は、あのオアシスで眠っているんだ”』
「“人じゃないけど、ほぼ同じじゃ無いですか”」
『“眠る事を選んだモノ達だけ、使役される事を望まないモノも居るから。だけれど自ら起きる事も出来る、君が思うのとは少しだけ違うんだよ”』
「ほう」
『“私とバアルには声が聞こえていてね、とても君に興味津々なんだ”』
「“それでオアシスに?”」
『“君に声が届かないと嘆いていたよ。それで、私の夢の繋がりを使って、君に接触したのだと思う”』
「“起こしたら、循環が途切れる?”」
『“何処も、そうなのだと思う。人の居ぬ地にはまだ、前の世界で云う魔堝が存在する。転生者から聞いたデルタ地帯、と言うソチラにもあった不思議な場所があるだろう?そう言う所が未だに存在するんだ、人々が繁栄し出した時から、世界全体にね”』
「パッと見、安定してるのに」
『“魔獣もね、だからクトゥルフが侵攻しきれなかった面もある、既に身近な恐怖が人間には存在しているから”』
「“向こうでは、2のフィンランドでは妖精が循環の担い手でした。1は心臓の弁の様な蓋が存在してるらしく、見た事は無いけれど、大穴があって溢れる時は宇宙へ放出されるそうです”」
【共有します】
その言葉と共にタブレットが出て来た。
大穴が開いた時の歴史の部分、そのページが開かれていた。
召喚者が魔堝の存在に気付き、対処の為に各地を転々とした。
途中魔王と接敵するも、召喚者が魔王に興味を示さなかった事で戦闘は回避され、研究は続行。
そして自身を対価とし宇宙の膜に大穴を開けた、と。
「詳しく書かれてないのは資料の消失か、敢えて伏せてるか、向こうでなら詳しいモノに聞ける可能性があるんだけど」
『“行き来出来なくては無理だろうね”』
「“なら、自身を対価とし、を考えるしか無さそう。多分、コレ、ワシの役目でしょうかね”」
『“死んで欲しくは無いのだけれど”』
「“死んだとは書いて無いし、こう古い文献だろうから大袈裟に書かれてる事もあると思う、恐怖から敵が大きく描写されるとかあるし”」
《“退治されるドラゴンしかり、良くご存知で”》
『“何への、対価だろうね”』
「世界、かね?呼んだのは世界だって1ではもっぱらの噂。どこの神も呼んでないらしい」
『“私は、どうにか出来るモノの出現を毎日願っていたよ”』
「最初にココに来た時も、願い請われて来た感じだったけど、ハズレじゃね?神じゃ無いし」
《例の教団ですね。ですが彼らの教義は神に限ってはいないんです、精霊でも何でも構わない、この世界の神を救って欲しいと、健気で好きですよ。だから目の前に突如現れたアナタを神と呼んだだけ、何者であっても、捨てる神の対極にある、救う神だと思ったのでしょうね》
「ココでの危険度は?」
《良い子達ですよ。ただ本部がソチラなので、情報はソチラの方が上かと》
「雲隠れしたまんまなのよね、どう転ぶか分からんと言われて、正直持て余してる」
『“少し話が逸れるのだけど、ココの情報も更新されるのは、アクトゥリアンの能力のお陰なのかい?”』
「それはマジで良く分からん」
《ふふ、細事を気にしないんですねぇ》
「もうソラちゃん居たし、違いが分からんの、比べる事も無かったし」
『他の召喚者と仲が良かったんだね』
「1人保護したのワシやし、先輩だからね」
《それは、この、従者がする事では?》
「従者の情報開示、心得表示して」
【了解】
《コレは、召喚者が本来知るべき内容では無さそうですが》
「身内がポロッた、善意で。まぁ、仕方無いし、あくまでも心得だから」
《心が広いのか、向こうの方々は余程の善人なのか》
「後者、良い人達ばかり。少ない関わりだったけど、悪意には触れなかった」
横では会話に入れないせいちゃん用に、ソラクマちゃんがコピータブレットを操作している。
せいちゃんは何か言おうとしては、言葉を飲み込んでいる様子。
《観上さん、何かご質問が?》
『この心得を知っても揺らがない信頼関係を、どう従者が得たのかと思いまして』
「常に真摯に対応してくれた、不味いエリクサーの毒味もしてくれたし、怒ったり、心配したりしてくれた。役目全うの為じゃなく個人を尊重してくれた、我慢ばかりすると諫めてくるし。たまたま特に良い従者だったと思う、従者大好き従者マニア」
『そこは、召喚者マニアでは無いんですね』
「みたい。子供の頃に映画を見て従者の方に憧れたらしい」
『“映画の内容が気になるね”』
「それこそ、転生者や召喚者が元の世界の作品をオマージュして作った作品が沢山あるらしい、逆に全く無かったら、異世界過ぎて馴染めなかったかも知れん」
『じゃあ、鈴藤さんが言ってたプラトンの音楽は』
「そう、まんま」
『“転生者も、公にされているんだろうか”』
「どうだろう、ただココ程は居ないし、大事に重用されてる。そして過労死したいのかって位に働いてる、まだ子供なのに、良くやってる」
《労働基準はあるんですよね?》
「本人の個人的な願いの為に働いてる」
『コレは、従者部門を設立すべきでしょうか』
《予備部門は有ったほうが良いでしょうね、頻度は不明でも伝えて行くべきですし、資産流出を避ける為にも、少なくとも我々は作るかと》
『“例え我が国に出現しなくとも、手助けは可能だろうからね”』
「それこそ、100年現れないかもよ?」
『“それか、明日現れるかも知れないね”』
「やめてよ、そんな冗談言ってマジで来ちゃって保護したんだから」
《それは、まるで鈴藤さんが呼び水の様ですね》
「マジ困る、環境が整って無いのに来られたらマジでパンクしちゃう」
《ふふ、それにしても、どう察知出来たんですか?》
「あー、どうなんだろ、報告受けて向かっただけだし。神様か魔力かな?分からん」
《それならば、神々が保護しない理由は何です?》
「一定の不可侵条約がある、今回の場合であっても過度な介入は禁止らしい。求めないと出会えないし、求めても相性が悪いと会うのすら拒否される。だからだと思う、何だかんだ人間に任せてる部分はかなりあるから、転生者も従者も神々に会うのは初めてだったし。気紛れで一般人を手助けする神様もいるけど、結局はそれぞれ」
《思ったよりも介入が少ないんですね》
「科学や人間自身の発展を重視したからだと思う、“廃れた魔法もあるし”」
《“そこは聞けますかね”》
「“治療と雷電”」
『“君は使えるんだね”』
「教えなーい」
『“やっぱりタブレットを受け取ったのは間違いだったんじゃ無いだろうか、バアル”』
《コレからですよ、頑張りましょう》
『まだ鈴藤が欲しいのか、難儀だなぁ』
『え、またその話しなんですか?』
《すみません、ウチのソロモンも諦めが悪いんですよ》
「何でよ、居なくなるかも知れんのに」
『“食べるつもりは無いけれど、良い匂いのする美味しそうなエビが、頑張れば手に入るかも知れないとなれば、頑張らない?”』
「エビて、そのエビをどう使う」
『“愛でたり、働いて貰ったり”』
《“主に運輸業ですかね。航海における護衛等、色々有りますから、海は”》
『“そんな小さい事には使いたく無いのだけれど、ウチは安定しているから、派遣と言う形になると思う”』
「今とそこまで変わらんのでは」
《所有、所属して頂けるだけでも違うものなんですよ》
「そう役に立てるとも思えんがね」
《そこは我々が考えるので大丈夫です》
「そうなったら、教団はどうする?」
『“今まで通り。ただ君を教団の所有物と認識しているなら、改めて貰うかな”』
《ハッキリ言って彼らの功績とは思えませんが、かと言って放置は不味いでしょう。調子に乗って供物を捧げるなんて事になられては、寝覚めが悪いでしょうし》
「んー、保留。関係者を増やすなら誰が良い?」
《やはり転生者でしょうね、RTTでも構いませんし》
「もし要請したら、協力してくれる?」
《えぇ、勿論ですよ》
『“対価は?”』
「エリクサーは?」
《そうですね、サンプルは在りますか?》
『“うぅ、我々の手持ちのカードが思ったより少ないのが困る”』
「未経験者には有用なカード多いし、自信を持って。何だかんだガミュギュンとか興味は有るよ、触り心地の意味で」
『“そう?なら夢の世界へ招待するのはどうだろうか”』
「それ、大丈夫かね」
『“君の魔力が使用される可能性があるから、万が一の為に医師や看護師を用意しようとは思っているよ”』
《コチラのエリクサーか、ソチラのエリクサーを使用する事にはなるかと思います》
「見せて」
バアルさんが影から取り出したのは、ガラスの密閉容器に入ったエリクサー。
最高級の輸入品らしいが、キラキラ薄め。
《材料が少なく量産出来る程には自作出来ないので、海外へ頼るしか無いんです》
「にしても薄い、サンプルはその容器に?」
《はい》
「コレは自作、材料は貰った、ユグドラシルに溢れてて、何れはエジプトに撒こうとしてたらしい」
《“医療が進歩し治療魔法すら廃れれば”、確かにそうなるのかも知れませんね》
「みたい。アホ程ストックあるけど、ココもそうなら、北欧と交渉した方が良いと思う」
『“君が行ってくれると1番なんだけれど”』
《そうですね、我々は本来の地から離れるのも、神々への接触も難しいんです。警戒もされてますから》
「あの登場の仕方はね、でしょうよ」
《すみません、でもそれしか無いんですよ。出国申請の時点で目的地の大使館から呼び出され、何だかんだと1週間は出国させては貰えませんし、行けてもアナタや神々への接触に更に1週間以上待たされた挙げ句に、アナタの場合は却下されるでしょう》
『“なんせ悪魔呼ばわりだから、仕方無いとは思うけれど、難しいよね”』
「転生者は?」
『“彼らは臆病で警戒心が高い、そして我々の事を良く知っているからこそ、他国へ行く事を恐れているんだ”』
《知識以外は至って普通ですし、付き添おうとして引き剥がされた事も、何より人質にされては困りますからね》
「あー、何処もそうなのね。だから神々の連携が微妙だと?」
《そうなりますね》
「なら後は夢で相談だ、眠い」
ソロモン達が帰った後、直ぐにシャワーを浴びて、ベッドへ入った。
《バアルさん》『せいちゃん』『ソロモンさん』《マーリン》『スクナさん』『晶君』《淡雪》
《八咫烏》 ドリームランドの梟の姿を借りて現れた