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5月11日(月)

 曇り。


 20時には寝ていたので、7時間は寝れた。

 今は夜中の2時、大國さんからの着信で起きた。


【病み上がりとは聞いているんだが】

「大丈夫、出れます」


 集合場所は公園、デッカい靄が突如発生したが、1ヶ所でじっとしたまま動かないらしい。

 対話の可能性を信じての要請らしく、よもぎちゃんも連れて行けとの事。


 家から家に直接転移し、よもぎちゃんと共に公園へと向かった。


《早寝しといて良かったぁ》

「ですよね、ワシもや」


「科捜班の話しだと、露天商で指輪を買ったまでは追えたらしいが、カメラの無い場所を通ってココまで来たらしい」

「古物?」


「新品の筈だと露天商が言っていたらしい、買い物の前後も普通だったと」

《指輪って曰くが多いけど、新品は聞かないなぁ》


「手作りはあるべ」

「置いて無いらしい」

《んー、何処かで紛れ込まされたのかな》


「念の為に、無線機だ」

「お、骨伝導のか」


「あぁ」

「じゃ、取り敢えず行きますか」

《うん》


 先ずはよもぎちゃんが靄へと問いかけるが、返事も反応も無し。


 続いてソラちゃん、同時通訳宜しく。


「何かお困りですか」

【何かお困りですか】


 反応アリ、モゾモゾした動きが一瞬止まったが、また再びモゾモゾしだした。


 薄目で見ると、しゃがんで何かを書いている風にも見えるが。


【何か希望はありますか】


 その言葉に動きが止まると、今度はキョロキョロしている風にも見える。


 ソラちゃんだけに反応しているのかチェック。


「何してるんです?」


『よぶのぉ、かぃてる』


 コッチもか、何だろ。


「よもぎちゃん下がってて」

《うん》


『てつだぅ?』

「何を呼ぶかによります」


『う゛ぁぁる』

【蜘蛛の胴体をお持ちですか】


『ぅん』


【ソロモン72柱、序列1位の】

「バアルさんか、会いたいけども戦いたく無いな」


『アナタ、あぃ、きたぁ』


 その言葉と共に黒い靄が膨れ上がった。

 そして逆再生する様に収束すると、2人の人影が見えた。


 指輪を買ったとされる女性と、その気を失っている女性を抱える紳士。


 王冠を模したデザインのシルクハット、黒地に黒い糸で蜘蛛の巣が描かれたスーツ、襟元には黄金の蛙のピンを付け、手には猫の頭を模した仕込み刀らしき杖。


《どうも、バアルです》

「鈴藤です」


 日本語て。


《警戒してらっしゃる?》

「そらもう、人質居ますし」


《あ、大丈夫ですよ。人質では有りませんから引き渡しますね、はい》


 女性を抱え上げると、後方で待機していた前駆部隊の前に降ろし、再びコチラに戻って来た。


 暫くすると無線機からの情報で女性の無事が確認された、ただ霊力を使われただけらしい。


「無事が確認出来ましたが」

《害しては話しが始まりませんからね》


「お話しとは」

《我が国へ来ませんか?》


「不勉強で申し訳無い、それは何処に有るんでしょうか」

《地中海、トルコとエジプトの間にある土地と言えば分かるでしょうか》


「なんとなく」

《如何です?》


「なぜ呼びますか」

《お力が有るからですよ、この小さい国では何かとご不便でしょう》


「何に利用しますか」

《信仰。次世代の神官の担い手、またはその見本。科学の発展と対照的に信仰が不安定に成りつつあるのです、どの国も、例外は有りません》


「うーん、断ると何か有りますか」

《いいえ、ただせめてソロモンとはお会い頂けたらとは思います》


「また不勉強が、ソロモンさんとはどんな仲で?」

《盟友ですよ》


「もう少し、勉強してからでも良いですか?」

《えぇ》


『終わったかしら』

《こんばんは、日本の夜の女王》


『もう良いかしら』

《いいえ、嫌味の1つも言わせて下さい。宝を持ち腐れては何れ腐敗は拡がり、土台が崩れ、船が沈むかも知れませんよ。少しは荷を捨ててはどうですかね》


『ご忠告痛み入ります、気を付けさせますわ』


《まぁ、暫く滞在しますから、どうぞ気軽に訪ねて来て下さいね。鈴藤さん》


 バアルさんが何かをコチラに手渡そうとするのを月読さんが奪い取り。

 それを月読さんが良く確認してから、コチラに手渡してくれた。


 名刺。

 ウガリット共和国大使館の代表者の名刺、そして裏にはbaalとだけ書き加えてられていた。


 その名刺から視線を戻すと再び靄へと戻り、木の影に紛れて消えた。


『はぁ、本来こう言った事は事前に知らせる決まりなのだけど、時間的にアナタと接触するのとほぼ同時に連絡が来て。驚い、ては居ないのね』

「まぁ、魔王候補になった時に会おうか考えた事も有るんで」


『各国から悪魔と恐れられた神は、そちらにも居るのね』

「1でね、会いはして無いよ、止められたし」


 月読隊は即解散、そして大國さんと共に警視庁に戻り、いつの間にか既に上の階に戻って居た月読さんと話し合う事になった。




『ザックリ言うと、取り合いが始まったの。各国から神々が接触して来るわ。バレたのよ、アナタの存在が』

「思い当たる節しか無いが、何でよ」


『1つは魔と接触した事、1つは死者を蘇らせた事、そして神霊級の聖なる者と接触した事。まぁ、いずれバレたのよ』

「引きこもって何もしなければワンチャンあったかなぁ」


『どうかしらね、この前の様に霊がアナタを呼ぶと思うから、難しいでしょう』

「前回の教訓を生かした筈なのに」


『軍や国連への所属ね、せいちゃんの報告書で読ませて貰ったわ』

「焦ってたし、ミスったかな」


『人が神に祀り上げられれば、誰だって逃げたくなるわよ。諦めなさい、永久に引き籠るなんて不可能なんだから』

「ぅう、ごめんね」


『良いのよ、アナタの話を聞いて直ぐに覚悟はしてたわ』

「何で言わん」


『だって、今日まで本当に何も無かったのよ。見逃してくれるのかなって、少し期待してたの』

「見逃すて」


『人の口に戸は立てられないのと同じ、どうしたって広がるのよ。アナタが貴重な財産であり資源と言う情報は、何もせずとも広がってしまう。それがココの理だから』

「厄介な」


『そうね、せいちゃんの事は直ぐに決着が付いたのだけれど、アナタは成人だし、これからね』

「未成年の方が良かったかしら」


『そっちの方が余計に揉めるわよ』

「どっちにしても揉めてる気が」


『どっちがマシかよ』

「ご迷惑お掛けします」


『いいえ、頼ってくれたのだから。それに応えるのも神としての仕事、さ、休憩時間よ、存分に休憩して頂戴ね』


 大國さんと下がり、下の階へと向かう。


 そうは言ってもだ、何か回避方法があったのではと思ってしまう。


「清一も、こう悩むと思いますか」

「急に丁寧語」


「アナタの立場を明確には知らされて無かったので」

「あぁ、今知ったのね。前のままで良いのに」


「同じ立場なら、どう思う」

「切り替え早い。まぁ、悩むでしょうよ、まして国を救えるとなれば余計に。でも知らんで良いと思うよ、ギリギリまで。最終的に選ぶのはせいちゃんだけど、何なら知らないまま過ごして欲しいが」


「鈴藤も、悩んでいるのか」

「向こうは国単位じゃないから、成れるなら成るよ。だからコッチでは人身御供には成らん、せいちゃんにもやらせるつもりは無い。ただ1国となると、悪人が多ければ見捨てる、つもり」


「清一は、いつもどうしてる」

「普通、恋人が居ない事以外は普通に平和。せいちゃんから昔話を聞いたけど、何でそんなんなったのよシューちゃん」


「清一が大義を成す身分だと知って、自分が守らないといけないと思った。清一には制限が有る、だから自分も同じ様にすべきだと思ったら、こうなった」

「不器用系男子、術で心とか精神を制御してるんでは」


「している。神々に、お前は直ぐ嘘がバレると言われて、施して貰った」

「神様にかぁ」


「いや、晴明家だ、古くから親交がある」

「たー、有名人キター」


「古い家の者しか知らない筈なんだが」

「違う世界から来た、って、そこも知らないのか」


「あぁ、ただ丁重に重用しろと言われただけだ」

「雑」




 エレベーターを降り、裏の休憩所で暫くお茶をしばいていると館内放送での出動命令。


 《浦和、辻1丁目、国道298号線沿いに不審物の通報。黒いビニール袋が落ちていると一般からの通報、出動願います》


 大國さんの解説によると、連続死体遺棄事件なのだそう。

 通称、()()沿()()()()()とネットで都市伝説として書かれた後、実際に事が起こってしまい、一躍騒がれる事となった事件。

 噂はとても単純で、国道298号線沿いに捨てられた黒いビニール袋の中にはバラバラに解体された死体が入っている。


 実際に有りそうで、単純で短く平凡。

 そのせいか尾ヒレだ何だのが付いて広まってしまったらしく、見物人や荒らす者が多く出た為、即時封鎖命令が出ているんだとか。


 その尾ヒレが厄介。

 中の死体を食べれば不老不死の力を得られるだの、病気が治るだの、家に置いておけば座敷童の代わりに幸運が訪れるだの、金持ちになるだの、所有や持ち去る方向のモノが特に多いんだそう。


 今回の通報者はまともな神経の持ち主だったらしく、幸いにも現場に留まりつつも、何も触らず通報してくれたらしい。


 大半の通報ではマネキンが入っただけの摸倣や悪戯なのだが、今回は交番に配備されていた特殊なカメラによって中身が死体と言う事は既に確認されているんだそう。


 そして今回の先頭車両は科捜班。

 後方に大國さん等の自分達が乗った車両、次にお坊さんの実働部隊、前駆部隊と複数の車両での出動となった。


 なぜ。


「袋から黒い靄が出ていたり、犯人が現場近くにいる可能性もある」

「成程、怪異が一応関わってるのね」


「書き込み主が犯人だと思われてはいるが、特定が出来てない」

「あー、ネットの闇だ、良くない」


 ソラちゃんなら辿れるとか無いかな。


【不可能です、鍵無しの公衆回線からの書き込みにより特定は不可能】


 なん、もうしたのか、凄いな。


【科捜班からデータを提供して頂きました】


 おう、マジかよ。

 お礼しとかないと。


【はい】




 そして現場に着くと、科捜班とお坊ズが揉めだした。

 その遺体や何かを使い術式で犯人へ導くべきとの科捜班と、使うべきでは無いとするお坊ズの主張。


 ずっと無線でやり合ってたらしい。


「もう決着が付いた筈なんだが、術式を使うと」


「ねぇ、犯人を捕まえたい?」


 何の気も無しに、口が堅く閉じられたままの袋に向かって話し掛けてしまった。


 すると、ソラちゃんの声無しに黒いビニール袋が反応した。

 ガサガサと袋全体が動き出し、内側から何かが破り出てきた。


 左手、薬指には指輪がはめられている女性の手が2本。


 そしてその手は一方向に進んで行く、ズルズルと地を這う様に動き、ある方向を指差し、力尽きた。


 方向的には298号線沿いで、暫くは建物や物件は無い。


 この事態を見て坊ズは引き下がったらしく、科捜班が術式を執り行った。


 袋が再び蠢くと、半透明の女性が2人出て来た。

 フラフラと、298号線沿いに歩き出す。


 科捜班、大國さんと共に歩いて追跡。

 何処まで歩くんだろうか。


 曇りで少しジメジメとした空気の中、方向は定まっているらしく真っ直ぐに歩いている。


 ぶっちゃけ怠いし、犯人が徒歩以外の手段を持っているなら、かなり時間が掛かるだろうに。


【主、この先の空間を複数開いてみては】


 ソラちゃんの助言通り、空間を3つ開く。


 その1つを霊が通った。

 そしてコチラの怠さが増す、もっていかれているのだろう。


「どうした」

「移動の度に、持ってかれるかも」


 タブレットを取り出し、地図を見ながら空間を開く。

 どれも外れだと通らないので、方向と距離を見定めながら空間を開いた。


 そうして何個目かの空間の先に、自転車に乗り大きな鞄を背負った人間が居た。


 女性2人は、その男を指差した。


 全員の時間が止まる。


 真夜中の午前4時半過ぎ。

 不審者集団と不審者、犯人で無くともビックリはするだろう。


 逃げ様としても当然と思えるが。

 霊達が、男や自転車に巻き付き黒い靄を発し出した。


「少し宜しいですか」


 大國さんは眼鏡無しでも見えるのか、何の感情も無しに自転車の男に声を掛けた。


 男は一切の身動きが取れ無いのか、ガタガタと震えて正面を見据えたままで居る。

 その隙に科捜班が周囲を取り囲み、自転車の登録番号から身元を割り出した。


「もう良いみたいだから、帰ろう」


 黒い袋の前に空間を開けると、黒い靄を背負ったまま袋へと戻ってしまった。


 坊ズの危惧はこの事なのだろう、もうもうと靄が大きくなっていく。


 だが坊ズがお経を唱え始めると靄の拡張は止まり、拡散し始めた。

 ゆっくりとキラキラが空に舞う、分厚い雲の赤い空に、ゆっくりと浄化されていった。




 近くの署に連行された自転車男が、案の定犯人だった。


 メールに添付された報告書によれば。

 以前に働いていた路上清掃の仕事でカメラの場所を把握していたらしい、その仕事場は揉めて解雇。

 揉めた理由は、カメラで見えない場所のゴミも処分すべきだと、至極真面目な意見に大多数が不平不満を口にしたから。


 以降は宅配員として働いていたが、そこまで稼げていないにも関わらず消費や貯蓄、納税の部分から問い詰められ、全て吐いたらしい。


 最初の被害者、独居老人の死に際に立ち会ってしまった所から事件が始まった。


 いつもの様に玄関まで入り荷物を渡していると、突然苦しみ出し呆気に取られていると、そのまま老女は亡くなってしまった。

 独り身であると知っていた彼は、そのまま金品を強奪。

 隠蔽の為に老女を仕事用の鞄に入れ、家に帰る途中で件の書き込みを思い付いた。


 家に着くと先ずは死体の処理方法をネットで調べ、近くの川へと遺棄。

 帰り道の公衆ネットワークで書き込みをした。


 以降は定期的にネットで尾ヒレを付けたり、偽装の袋を捨てて攪乱したりしながら、独居の女性を狙い犯行に及んだ。


 離婚で揉めている女性、誰かから逃げ出した女性、そうした孤独な女性を狙って家に押し入った。

 と、だが今回の女性に至っては、2人共に孤独でも何でも無い女性。

 しかも金品も殆ど手が付けられていなかったらしく、もう目的と手段が逆転してしまっていた。


 そして彼曰く、少しでも身の上話しをするから悪いんだ、と。

 人の良さそうな優しい顔で、そう話していたらしい。


 遺体確認には単身赴任中の夫と、同棲間近だった婚約者が来るんだとか。

 坊さんの出番ですな。


「気が済んだか」

「ありがとう、早いんだね」


「良くも悪くもネット社会なんだ。貯蓄や税、携帯の位置データを照会出来た」


「今度は、違う都市伝説が上書きされると良いんだけどね、犯人が捕まるスッキリしたやつ」

「そうだな、せめて物語なら、後味が良い方が好きだ」




 大國さんオススメのモーニングビュッフェの店に行く途中、河瀬からメールが届いた。


 都市伝説が書かれたサイトのURLだけ。

 情報に貴賤は無いので確認すると、今回の事件を模倣したモノが書かれていた。


 [友達の友達が例の黒い袋を見付けたらしいんだけどさ。その子は嫌な事があって、家出しようとしてフラフラ歩いてただけらしいんだけど、298号線の歩道でウッカリ黒い袋見付けちゃって、怖くなって警察に通報したんだって。]


 [そしたら直ぐにお坊さんとか科学捜査とかの制服を着た人達がワラワラ来て、最初は未成年だし夜中に出歩いてたから怒られるかもと思ったんだけど、缶コーヒーをくれたりパトカーで待つか聞いてくれて、そこで暫く事情聴取的なのが有って、どう発見したか説明してて。]


 [で、中々何もしないなと思って見てたら、制服着た人とか、お坊さんとか来たんだけど。普通の服を着たお兄さんが袋に近寄って、何か言ってて、そしたら動いたんだって、袋。]


 [それからはビニールシートで覆われちゃったし、署に連れて行かれたから何が起ったか見えなかったんだけど。本当にさっき]


 [犯人捕まったって、それで後から来たお坊さんが両親説得してくれて、転校しないで済んだって。]




 大國さんに停車させ、見せると直ぐに所轄へと確認してくれたのだが。

 発見した女性は成人、掛け持ちのバイトの帰りだったらしく、彼氏が迎えに来てたった今帰ったと。


 スマホは持っていたが、ずっと彼氏と電話しているか女性警官と話をしていて、長い書き込みをしている気配も無かったそう。


 そして以降の書き込みも次々に野次や憶測が混じり、変化していった。


 [私が聞いたのは、黒い袋が犯人を追い掛けたって。]

 [川から犯人の家まで続く水痕を警察が見付けて、逮捕したらしい。]


 果ては黒い袋を見付けて、通報して初めて後利益が有るんだとまで書かれていた。


 まるで釣り堀でも見ている様なデジャブ感、ご丁寧にIPアドレスも口調もバラバラ。

 河瀬のグループか誰かが介入したのだろう、そも証拠品を持ち帰られたら普通に困るワケだし、良い方向へは向かっている。


 そうしてビュッフェに到着後。

 お茶漬けや玉子粥、和惣菜をしこたま食べた。


 再び大國さんに運転して貰い。






「なんか、夢みたわ」

「そうか、公園前に着いたぞ」


「あの2人が、仲良く喫茶店でお茶してた、死んでから友達になるとか有るんだろうか」

「仏門の人間に聞いた方が早いだろう」


「確かに」


 かと言って単なる夢とバッサリいかれても切ないし。


 帰宅する大國さんを見送り、公園で一服。


 コレで朝日が眩しかったら良いエンディングなんだが、今日は曇り、昼から晴れ出すらしい。


《お疲れさんどす》

「疲れた、ゴッソリいかれたわ」


《せやねぇ、今日は盛りだくさんやったし、そろそろ帰って寝はったら宜しいわ》

「本当にな、どうしよ」


《勧誘の事?》

「せや、国内で納まるかと思ったのに、海外も視野に入れるとなると、一体何を成せば良いのか」


《せやねぇ、長期戦なのかも知れへんねぇ》

「困る、何年も経ってて向こうが滅んでたら、普通に暴れるわ」


《その逆で、数分後に戻れてたらどないするん?今までの苦労を信じて貰えるん?》

「そこは信じてる、驚いて労ってくれると思う」


《向こう、2ヶ月位しか居らんかったんやろ?何でそんなに信頼してはるん?》

「全員善人だったからかなぁ、ちょっとミスったりはあるけど、全部善意だったから」


《それだけなん?》

「なんや君、何を探ろうとしてんねん」


《鈴藤ちゃんに他の国に行かれたら寂しいねんもん、せやから、どうしたら居てくれはるか聞きたいねん》


「ココより飯が美味い場所が有れば行くかもだけど、ココって結構何でも食えるし、行かないと思うけどなぁ」

《ホンマ?》


「多分、善人が多ければ尚良しだな」

《あぁん、痛い所やわぁ》


「百合車は良い子じゃん」

《ふふ、そう?》


 猫のまま撫でられ、満足したのか何処かへと歩き去って行った。


 モフモフ、良い気分で寝れそう。


 通行量も多いので、公園の木の影からせいちゃんの家の玄関に繋ぐと、起きてる気配は無し。


 そのまま風呂に向かい、妖精とスクナさんが元気に遊ぶ小部屋で本格的に睡眠を取った。






『もうお昼ですけど、どうします?』


「起きる、おはよう」


 最近まで流行っていた病のお陰で今は在宅仕事が推奨されてるらしく、せいちゃんはお家でお仕事らしい。

 やっと布団が干せる。


 お昼は出前、あんな事が有ったのに、頼むのは少し無神経なんだろうか。


『犯人、今みたいな宅配員だったって聞きましたけど』

「人の良さそうな普通のお兄さんらしいね、黒い靄で動けなくなってたし、普通の顔見て無いねん」


『そうなんですね、お疲れ様でした』

「いえいえ、頂きましょう」


 せいちゃんオススメのベトナム料理。

 生春巻き数種にカオマンガイ、ベトナム風具沢山オムレツにエビチャーハン、鶏のフォー。

 せいちゃんとシェアしながら食べる、美味い、量も多いし安い。


『量も多いので、いつも頼む時に迷っちゃうんですよね。ありがとうございます、リクエスト聞いてくれて』

「旨けりゃ何でも食うから大丈夫、同じの連続も平気だし、じゃんじゃん言って」


『はい、助かります』


 せいちゃんも中々の食い道楽、煙草も止めて酒が好きじゃ無いなら、こうなるのも分かる気もするが。


「運動系はしないの?」

『ジムには行きますけど、それ以上はちょっと。筋肉痛とか疲労で動けないのは好きじゃ無いんですよね』


「あ、プールは?」

『凄い疲れますよね、夏場なら良いんですけど。行きます?近くに有りますよ』


「フィン付きで泳げる?」

『それは無理かと、調べておきましょうか?』


「大丈夫、調べる」


 スマホを出すと、何も触ってないのに画面が動き出した。


 ソラちゃんか?


【はい】


 ちょっとビビっちゃった、ありがとう。


 画面には近くのダイビングスクールが表示されていた、しかも官庁御用達なんだとか。

 せいちゃんに見せると、確かに省庁での訓練等で使われる場所らしい。


『レクリエーションも兼ねてますし、ココから少し遠くても鈴藤さんなら問題無いですもんね』

「せいちゃんも行かない?フィンならそこまで疲れないよ」


『うーん』




 先ずは見学だけとの約束で、水着も何も持たず車で向かった。


 省庁御用達だけあって、見学ですら身分証の提示やら契約書やら厳重、せいちゃん居て助かった。

 せいちゃんに要点を説明され、書類にサイン。


 そうしてやっと中に入る。

 50㍍プールの横に、水流の激しい流れるプール、そして囲いの中に濃い色の丸いプール。

 何処かに所属するダイバー達が潜水訓練をしている。


「怖いわ、あの深さ」

『10㍍だそうですね』


「興味は有るが、装備がなぁ」


 フェイスタオルやバスタオル、フィンとウエットスーツ、酸素ボンベの貸し出しが可能。

 試しに持ち込みのフィンを見せたが、使用しても良いとの事。


 見学所で持ち込み仕事をするせいちゃん、スクナさん、妖精に見守られながらプールに入る事になった。

 先ずはフィンとシュノーケルを消毒液に漬け、髪や体を良く洗う、トリートメントやリンスは禁止。

 そうして水着を着てから、ようやくシュノーケルとフィンを軽く水で洗い流し装着。


 水温36度、室内温度は28度と暖かい時期の外気温と同じに保たれている。


 久し振りのプール、例の透明なフィンはどうしただろう。

 欲しかったな、透明なフィン。


 1時間程泳いで休憩。

 サンダルを出し、レンタルのバスローブを借りて休憩所へと向かった。


『気持ち良さそうでしたね』

「おう、フィン無しじゃ殆ど泳げないからな、超楽しい」


『そうは見えませんでしたよ?』

「実はマジでカナヅチ、フィン有りでようやく泳げた、最近」


『1でですか?』

「いんや、2で」


『本当に最近じゃ無いですか、運動神経良いんですか?』

「悪い、運痴」

『うんち』

《良い響きじゃ無いわよねぇ》


『山で育ったんですか?』

「都会じゃい、それと山にも川位は有るわい。こう見えても病弱でしたのよ奥さん」


『そうは見えないですよね』

「ねー、筋トレもしないとな、運痴なりに」

『うんち』

《もう》


 それからもう1時間泳がせて貰い、シャワーを浴びて施設を出た。

 官庁などの職員である事が入会の最低条件、会費は他の施設より高いが、設備が違うのだし。

 まぁ、1年間分は払いましょう。


「お給料まだかなぁ」

『足りなくなったらまた出ますから大丈夫ですよ』


「それもなぁ、税金だし」

『歩合制なら今までの分で既に間に合ってますよ、きっと』


 そのまま家に戻り、今度はせいちゃんの通っているジムへ。




 マジ近所、老若男女勢揃い。

 今の良い季節は特に人が多いらしい、換気の為に開けられた窓からは、商店街の喧騒が聞こえる。


「盛況ですな」

『前まで結構空いてたんですけどね』


 こういった場所で感染が広がったりと、流行り病の初期で危うくなったそうだが。

 大きな窓と地元の信頼から何とか継続出来たそう、自粛期間中は通わなくとも支払いは継続していたらしい。


「自粛期間?」

『都市封鎖寸前までいったんですよ、他県への移動自粛、在宅仕事推奨。そのお陰か事件も少なかったんですけどね』


「人出と共にですか」

『そうでも無いんです、収束に3年掛かりましたから、特に減ったのは最初の1年でしたね』


 取り敢えずはお試し体験へ。

 せいちゃんはお仕事を早目に切り上げるそうなので、後で合流する予定。


 コチラはチート出来るので限界まで筋肉を追い込み、せいちゃんはいつも通りのメニュー。

 コーチは爽やか筋肉マン、奥様方にモテモテだった。


 そして施設のシャワーを浴びて、これまた近所のお店へ。




 お夕飯は外食、筋肉の為に焼鳥屋さんで晩ごはん。

 親子丼とそぼろ丼と焼鳥の盛り合わせ、せいちゃんは焼き鳥丼。


 そして他のお客さんはビールを美味しそうに飲んでいる、少し暑かったものね。


「旨そうに呑んでるけど、苦いんよなぁ」

『ですよねぇ、最初ジンジャエールみたいかと思って飲んだ時の衝撃ってもう』


「騙された!って、それから何度騙されたか」

『いつか飲める様になると思って、この年ですからね』


「試す?」

『止めときます』


 食後には公園で休憩し、念願の銭湯へ。


 黒湯だ。


「あっつぅ」

『無理しないで下さいよ』


 爺さん達は真っ赤になりながらも、平然とした顔で上がっていく。

 お湯に浸かってたラインくっきり、真っ赤やんお爺達。


 そして外へ出て涼んでは熱湯へ。

 フィンランドと行動が、そう変わらん気がする。


 せいちゃんは2回で終了し、早々に普通の温度の露天風呂へ。

 合わせて入っていると、少しほうっとして来た。


 風呂から上がり、番台まで出てアイスを物色。

 懐かしいアイス発見、ほんのり甘い氷の中にブドウジュレが入ったヤツ。

 もし河瀬考案なら、そこだけは褒めとこう。




 後はただ家に帰り、寝るまでまったりするだけ。


 コピータブレットをせいちゃんと弄りながら、スクナさん達と遊ぶ。


 今回はスクナさんと妖精を連れ回してみたが、本当に反応する人間は極僅か。

 赤ちゃんやギリギリそうなお年寄りが中心で、銭湯なんかでも普通に入れていた。


 霊力持ちは結構居たのに、見るとなるとまた違うらしい。

 それとも敢えて、無視してくれてたんだろうか。


「スクナさん、見えるのと霊力は直結しないの?」

『うん、お金があるからって使う使わないと同じ。それと、守られてる』


「人間が守られてるから見えない?」

『うん。皆が皆、何でも見えたら疲れちゃうし、憑かれちゃうから』


「たはー、2つの意味でか、やりますなぁ」

『あ、鈴藤さんストップ。この魔王の項目良いですか?』


「どぞ」


 魔王は消えました!

 以前は居ましたが、召喚者の手により消えました。

 もっと正確に言うと、2人の人間と狼に分かれました。

 人間の研究成果がこう生きるとは、流石ですね召喚者!


『鈴藤さん、知ってます?』

「まぁ、この回顧録とかもそう」


 旅館で聞いた魔王の話、2で言う魔渦により、魔力を得た魔王の昔話。

 ソラちゃんが文章にしたらしい。


 せいちゃん、泣きそうじゃん。


『コレも、ですか?』

「おう、だから何とかしたいと思って、色々したら、出来た」


『そう言い淀むって事は、何か規格外の事をしましたね』

「まぁ、人造人間みたいなんよ」


『もしかして、1の世界的には、それでお役目達成なのでは?』

「えー、時期的に落ち着いた感じになったのは、まだ先よ?」


『それでもですよ、他は全て蛇足だったとか、鈴藤さんだけが帰る切欠が違うとか。4人とも同じ事を達成して帰れるとは限らないのでは?』


「まぁ、確かにそうかもだけども、声が聞こえるらしいんだよ、帰るか聞かれるって」

『2では?』


「まぁ、無かった」

『鈴藤さんはご自身をイレギュラーと言ってましたし、現にそう言った立場ですし。死にたくないが優先されているからこそ、承諾も無しに飛ばされている可能性が有るのでは?』


「怖い事を言う、したら一生1に帰れないやん」

『可能性の話しですから、例えばですけど1の混乱後に帰れる可能性も有るとは思うんです。コレだけの能力でも他に3人呼ばれたとなると、厄災はかなりの規模かと、そこが過ぎるまでの過程なのかも知れませんし』


「地球、もう1つの地球。砂漠多めの地球だった、ココでも2でも無いと思う。関係無さそうなんだが」


『それで、そこに帰ろうとしてるんですか?』

「おう、実際に敵か分らんよ。その確認前に飛ばされたから」


『最悪、死にに行く事になるのでは』

「一部では味方だろうって話しも有ったし、しぶといし、大丈夫」


『死からの回避方法の1つで、飛ばされているとしてもですか』

「そりゃ帰る意味が無いなら帰らんよ、ただ帰る意味があると思うから帰る。関わった人全て死んで欲しく無いから、だから出来るだけの事をしたいだけなのよ。死ぬのは嫌だし、死ぬつもりも無いけど、死なないとダメなら、死んじゃうかも知れん」


『そう聞いたら、帰るのには反対なんですが』

「2でも言われたけど、帰るしか無いのよ。向こうでも、最後には居なくても大丈夫って思って、フワフワしてたんよね。故郷であり骨を埋めるべきは1って感覚は、ずっと変わらない。逆にその感覚になって初めて、そこに定住するのかも知れんが、分らん」


『そんなに違いますか?』

「転生者のね、友達?知り合いが居たし、神獣も居たし、ココみたいに自分と合わんと思う事なんて殆ど無かった。偶々、嫌な思いしてないだけかもだけど、美味しいかったし。おっぱいがもっと身近に有ったし」


『従者の方はさぞ気苦労が多かったでしょうね、どれだけ呑気なんですか』

「苦労は掛けたと思う、ずっと突拍子も無い事ばっかで、ぶっ倒れたり寝込んだりしてたから」


『今と殆ど変わらないじゃ無いですか、少しは学習して下さいよ』

「へい」


 全くもってその通り。


 そうして今日は大人しくこのまま寝ろと、寝かしつけられてしまった。

「大國さん」《(よもぎ)ちゃん》『月読さん』


《バアルさん》 ソロモン72柱、序列1位、嵐、雷雨の神様、オシャレさん


《百合車》『せいちゃん』『スクナさん』《淡雪》

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