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5月8日(金)

微ホラー有り。

 晴れ。

 4時、実質真夜中、ソラちゃんからの着信の知らせで起きた。

 大國さんから現地集合のお知らせ、場所は石神井署。


 家庭内暴力の通報、子供が刃物を持って暴れ今は自室に籠ってるとの事。

 お狐さんの情報で介入が決定したらしい、黒い霧を纏った何者かが家の窓際に立っているんだとか。

 通報があった家に車2台で近くまで行く、周りは住宅街な事もあり先行組は時間貸しの駐車場へ。


 大國さんは大立ち回り様なのか駐車場で待機、同行者は観上(みかみ)の名を持つ温和そうな中年女性と、都木讀(つきよみ)の名を持つ厳つめの年配の男性。


 3人で玄関へ向かいノックをすると、直ぐに玄関が開いた。

 ただしチェーン付き。


《夜分にすみません、石神井署から参りました、観上と申します》


 嘘では無い。

 観上女史が手帳を玄関ドアから突っ込み、受け答えに応じた女性に見せる。


 スマホと手帳をよくよく見比べてから、チェーンを外し中へと案内してくれた。


『すみません、どうぞ』


 室内はすっかり荒れ果て、女性はボロボロ。


 詳しく聞くと夫は単身赴任中、息子は中学校に入ってから引き籠り。

 今年で2年目、中学2年生。


 小学校までは特に問題は無かったらしい、お狐さんの内偵でも同様の報告だそうだ。


「鈴藤君が1番年が近いかな、少し話しに行ってくれないか」

「はい」

『でも』

《大丈夫ですよ角子さん、安心して貰える様に名乗らせるだけですから。角子さん、もう少し詳しくお話をお願いします》


「私は少し電話に出ますので、廊下にいさせて頂きますよ」


 階段を登ると突き当りにトイレ、左右に部屋があるが一体どっちだろう。


 両方をノックし名乗る。


「石神井署の方から来ました、鈴藤です。年は22才です、宜しくお願いします」


 返事は無い。


 何か情報が足らなかっただろうか。


【署に、記録無いよ】

「最近配属されたばかりなので無いのかも知れません、警察庁に問い合わせてみて下さい」


 くぐもって男とも女とも判断の付かない声、少し鼻声にも聞こえる。

 確か男の子だった筈だが、声変わりが遅い方なのだろうか。


 暫くして携帯かスマホは持っているらしく、返事が来た。


【確認できた】


「女性が良いなら下に居ますから、代わ」

【アナタで良い】


「そうですか。何か要求はありますか?もう少し下がれとか、帰れとか」


【いい、帰らないで】

「お腹は減ってませんか、喉は乾いていませんか」


【お腹減った、眠いのに寝れない、こわい】

「夢は見ますか、悪夢とか、金縛りとか」


【分かんない、夢か分らない、ずっと夢みたいで、夢なら早く起きたい】

「色々と食べ物ありますけど、何が良いですか、甘いのとか、カップ麺もありますよ」


【お湯が無い】

「急いで来たので、作り立てがあります、それか僕の作ったのとか、味は保障しません」


【そのまま持って来たの?】

「はい、勿体無いので」


【両方置いといて、トイレの前。置いたら階段の真ん中まで下がって】

「了解です」


 5分で出来上がるタイプのラーメンと、盛り合わせを置き下がる。

 壁を背にし、下まで見える様に両手を上げて待っていると、鏡がチラチラと見えた。


 そうしてゆっくりと布団を被った物体が、カップ麵と盛り合わせを手に取り、また下がっていった。


 手は青白く細い、ケガは無さそう。

 あんなに暴れたなら痣の1つでも有りそうなのに、左手が利き手なんだろうか。


「鈴藤君、見たか」

「はい、怪我無しでしたね」


「暫くココで様子を見よう」

「あの、連絡先を渡すのはマズイのでしょうか」


「推奨はされていないね」

「ですよねぇ」


「若者なら、アプリでの連絡なら可能だろう、これだ」

「あー、はい、今登録します」


 RingSと言うアプリに登録、名前も何もかもを適当に登録し、上に登り扉をノック。

 彼は、登録して無いらしい。


【危ないからダメって】

「マジか、危ないのか」


【だから学校でもハブられた、スマホも制限掛かってる】

「どう君と連絡を取れば良い、ケガが無いか確認したい」


【メール、だけど全部見られるから、送れない】

「君を守る意味で保護するか、逃げ出す手伝いをするか、色々考えてるんだけど、君はどうしたいか聞きたい」


【逃げ出したい、この家から出たい、でも出たら捨てられる、捨てられたら不幸になる】

「自分は今、両親が居ないけど特に不幸じゃ無いよ、何なら幸せな位だし」


【それは大人だからでしょう】

「まぁね、だから大人になるまで我慢するか、不便を背負って直ぐに幸せになるかは、君が選ぶ事になる。親が居る不便も、居ない不便も種類が少し違うだけで、不便は不便、どっちを選ぶかは君次第」


【居ないとどう不便?】

「信用されないかも、あ、居ても親が犯罪者とかで信用されない事も有るし。具合悪い時に知り合いや友達が居ないと不便、放置タイプの親が居ても同じ不便が有る。過保護なら子供の頃だけは有利だけど。信頼出来ない親なら捨てるべき、友達の方がマシ」


【友達居ない】

「ワシも、コッチ来たばっかで何も無い」


【でも前の場所には居るんでしょう?】

「友達の定義による、その前もその前も、その定義によってはマジで0。君の言う友達って何よ」


【何か、大事な相談が出来て、助けてくれる人は?】

「それだけなら居るけど、友達と言えるのか、だ。遊びに出掛けた事は無いし、長い付き合いでも無い。それで良いなら友達は居た事になるけど、どうかね」


【居ないに、なる?何で大人なのに居ないの?】

「根暗なのと、転々としてるのと、自分の都合じゃなく移動させられてるのよ。遠くだから連絡も取れない、そんなのばっか」


【ネットが有るのに?】

「ネットも届かない場所、手紙も何も、多分届かない」


【死んだの?】

「死んだのも居る」


【苦しくない?辛くないの?】

「それよりもやる事がある、自分の感情や気持ちに振り回されてやるべき事をやらないと死ぬ。家探しとか、食料の確保とか、居場所の確保しないとね。コッチ来てまだ1週間も経って無いから、大人でもサボると死ぬ」


【お家無いの?】

「無い、知り合いの家に居候させて貰ってる、その前はホテルだった、バイキングめちゃ美味かった」


【帝都ホテルは行った?美味しいよ】

「行った、この前は子供の日ランチバイキングを頂いた」


【良いな、また行きたい】

「また行くには、どうしたら良いと思う」


【お母さんの言う事を聞く】

「正しい場合のみな、親も大人も間違う場合が稀に有るから、それに従うと不幸から抜け出せなくな」

『ウチの子に、変な事を吹き込まないで』


 すっかり話しに夢中で母親の存在を忘れていた。


 ソラちゃん、致命傷以外は受けるモードで。


【了解】


 階段からもの凄い力で引き摺り落とされた、それからはもう殴る蹴るの嵐。


「やめてください」

《角子さん、止めて下さい、それ以上は公務執行妨害に成りますよ》

「角子さん、止めた方が良い、それ以上は息子さんと離れ離れになりますよ」


『煩い、なら早くあの子を引き摺り出してよ』

「やめてください、痛いです」


『役立たず、役立たず、邪魔をしないでよ』

「やめてください」

《角子さん、止めて下さい》

「角子さん」


 静かに罵られ、女性とは思えない怪力で殴られ、蹴られ続ける。


 誰も暴行を止める気配が無さそうだったのだが、観上女史が突然角子さんを壁に捻じ伏せた。


《再三の制止要求にも応じなかったので、公務執行妨害で現行犯逮捕します。都木讀さん、記録は撮れてますか》

「はい、2020年5月8日午前6時3分、都木讀始、記録。公務執行妨害及び暴行を現認しました」


《鈴藤君、私達はコレから現場記録の為にこのまま撮影します、救急隊を呼んでありますから引き渡しを、分らない事は直ぐ大國君が来るので聞く様に》

「了解です」


 手錠をされた角子さんは、すっかり大人しくなり、ただブツブツと呪詛の様に何かを呟いている。

 直ぐに玄関がノックされ、大國さんの声が聞こえたので鍵を開ける。


 そのまま母親は手錠を前に付け直され、担架へ乗せられ救急隊に運び出さた。

 ブツブツと愛してるだの、私は悪くないだのと呟きながら、大國さんと共に来た人と救急車の中に入れられた。


 そして家の中に戻り、現場の撮影が終わった観上女史にカメラを向けられる。

 体の傷の撮影、服をめくり打撲痕や擦過傷を撮影。


 そうしてやっと、上に居る息子君と対面が出来た。


 髪は長く伸び、左手首の自傷痕以外は無傷。


「お母さんが、ごめんなさい」

「大丈夫、意外と平気」


 階段でそのまま簡単な聴取が始まった。

 記録係の都木讀さんと3人、今日の出来事を話して貰う。


「お母さんが夜中に部屋に来た、もう嫌だったから包丁を見せて、部屋から追い出した」


 それから母親は自ら暴れ回り、警察へ息子が暴れたと通報した。

 抵抗する度に毎回暴れ、捕まれば刑務所だ、離れ離れは不幸だと、警察を使い母親が子供を脅していたらしい。


 父親に助けを求めなかった理由は、他県への赴任の辞令と共に浮気が発覚し、問い詰めた母親を殴りそのまま家を出たから、父親への嫌悪と憎悪から、助けを求める事が出来なかったと話した。


 そうして今度は都木讀さんが話し始めた。


「君は、コレから少し選ばないといけません、親戚や父親の元で生活するか、施設に入り生活するか。ただし、選んだからと言ってその通りになるとは限りません。そして今直ぐに選ばなくても、今日は緊急用の施設には行きます、そこで良く考えてから、選んで下さい」


「あの、都木讀さん、不勉強で申し訳ないんですが。親戚を選んだけど途中から施設へ、または逆に施設から親戚等の選択肢はありますか?」


「はい、父親から親戚、その逆も可能です。学校や住む場所も変わる可能性がありますから、良く調べて相談して、考えておいて下さい。君は選べる立場でもあると、良く覚えておいて下さい」

「良かったね、選べるは良い事だよ」

「はい」


 そうして後から追加で来た救急車に、息子君と共に乗り込む。

 そこまで記録していた都木讀さんからカメラを渡され、大國さんと観上女史とも分れた。


 救急車内の息子君は少しカメラを気にしてはいるが、母親とは別の病院と聞いて安心した様子を見せた。


 病院に着くと、車で後を付いて来ていたらしい都木讀さんが居た。

 観上女史は現場で立会いを継続中なんだとか。


 男性の看護師に付き添われ、車椅子に乗った息子君とはお別れ。


 コチラは最速で医師の診断書と科捜班による撮影記録が開始され、この後に、息子君の方に行くらしい。

 良くも悪くも慣れているのか、病院側は素早く終わらせて立ち去っていったので、コチラも病院を出る事に。


 そして都木讀さんから聞いたのは、児相からの情報と少しばかりの可能性の話し。


 以前にも児相は動いたが、対面した際に息子君が手も腕も隠したので、暴れたかどうか判定が不明だったのと、母親がカウンセリングや面接に積極的だった事、通報の回数が少ない事から要介入の判定が下されなかったと。


 そしてどちらが正しいかは分らない事、彼の方がコントロールして、母親を暴れさせた可能性も否定出来ない、と。


「だから、あまり感情移入しない方が良い、たまに凄いのが居るからね」

「ですよね、聞いた事あります。ただ、近隣で動物の不審死は」


「通っていた小学校の近くで、2件」

「あー、マジでどっちか分らないな」


「後は神のみぞ知るだが、たまに良い知らせが聞ける時も有る。だからそれまで、ひたすら心を無にする方が楽だよ」

「はい、心得ました」


「ただ、暫く子供にも監視は付くから。そうだ、少し休憩してくると良い」

「そうですか、期待せず願掛けでもしときます」




 スマホで喫煙所を探しながら、外をフラフラしていると百合車が話し掛けて来た。


《お疲れさん》

「どうも、良い神社無い?子供の健やかなる成長を願うタイプのやつ」


《そやなぁ》


 雑司ヶ谷の鬼子母神、今回の事件の要になった母親が良くお参りに来ていたらしい。

 一緒に祀られているのが、観音菩薩様だそう。


「なんでココなの」

《ほら、コレや》


「おう」


 案内板に由来が書かれていた。

 子持ちの鬼が他人の子を奪って喰い、自分の子は慈しんだ、それを諫める為に仏様が子を隠すと鬼は悲しんだ、そうして改心したとある。


 そして西遊記では、その子供が悪い事をしたが、観音様によって改心したと。


《どぅや?》

「スッキリせん」


《ふふ、大丈夫やって。あの子や無くて、母親の方やし》

「何で直ぐに言わん」


《先入観はアカンやろ?》

「まぁ」


《あの子はええ子よ、良く塾の帰りにお稲荷さんくれはったし》

「食い物か」


《そやで、俗物的やもん》


 もし全ての事が片付いて治したいと願われたら、全ての傷を治したいと思う。

 悪い子でも良い子でも、最悪は脳味噌を組み替えるし。


「まぁ、良いか」

《何考えてるん?》


「全部終わったら悪い子でも傷を治そうかなって、傷跡は面倒だから」


《あら、ええやん、そないなったら教えてあげる》

「宜しく」




 電柱から病院へ戻り駐車場へ向かうと、仮眠を取る大國さんが車の中に居た。


 そして都木讀さんからの電話。

 署への引継ぎも終わったので、帰るから駐車場に居るようにとの事。


 睡眠の邪魔をしてもアレなので、暫く車外で待つと、少しだけ晴れやかな表情の都木讀さんが来た。

 そして大國さんを寝かせたまま車を走らせ、そして話し始めた。


 母親が目を覚まし、少しずつ観上女史に話し始めたらしい。

 そして現場検証で見付かった神棚の独鈷が、少しばかり悪さをした可能性が有ると。


 仏具とかよね、置かれてたのが神棚だから?


「置かれた場所の問題ですか?」

「いいや、露天商で買ったらしいんだが、何も詳しく覚えて無いそうだ」


「柘榴でも描かれてたんですかね、その独鈷」

「柘榴は俗説だそうだよ、鬼子母神が持って居るのはピラカンサと呼ばれる植物だと言うのが、最近の説だね」


「ほう、全然違う」

「ただ、そのピラカンサはあの家の庭に植えられているらしい」


「偶然なら凄い」

「あぁ」


 警視庁に戻り、都木讀さん立ち会いの元で大國さんによって調書を書いて貰い、被害届を提出。

 公務執行妨害とは別に暴行罪での起訴、傷を治すのは先になるらしい、面倒。




 服も科捜班に提出になるし、綺麗な服が少ないのに。

 マジで面倒。


「あのー」

「あぁ、服は3日位で返すよ、クリーニング出しとく?」


「安物なので自分で洗濯します」


 公園に行き一服、木陰からせいちゃんの家を覗くと、出勤準備中のせいちゃんとスクナさんと目が合った。


『また吸ってる』

「すんましぇん」

『ちょうど良かった、スクナさんをお願いしますね』


「うい」


『朝食は食べた?』

「あ」


『食べないは良くない』

「暇が無かってん」


『吸う時間が有るのに。暇は作るモノだって聞いたよ』

「さようでございます」


 近くのコインランドリーに行き、洗濯物を突っ込んでから。

 最寄りのホテルのバイキングへ向かった。


 中華粥が胃に染みる。

 2杯目を食べ終えた所で着信、名義は大國さん。


【朝食は食べたか】

「今食べてる、バイキング」


【そうか、俺はこのままココで待機だが、自由にしててくれ】

「うい、あざーす」


 新人なのに朝食バイキングとか舐めてる、とか思われんのかな。

 しかも子連れなのに1人で食べて、確実に舐めとるな。


『ふふ、良く食べる』

(独り言になるから、あんま喋るのはちょっと)


『あぁ、あまり気にならない様になってる筈、僕の事が見えないのは、そう言う事でもあるから』

(ほう、でもなぁ)


『良く見て、携帯を耳に当てないで話してる位だし』

(まぁ、確かに)


 ワイヤレスイヤホンで話してる人は確かに居るが、相変わらず見慣れない。

 つかやる気にもならんが。


 取り敢えず、スマホを飾りとしてでも置いておこう。


 それからはもう自由に食べた、スクナさんのお陰で大食いがあまり気にされないし。

 オムレツなんかは何回並んでもギョッとされないし、溢れる前にスクナさんに分ければ良いし。

 有り難いしか無い。




 腹一杯に食べ、スクナさんを神田に置いて、いざ警察庁へ。


 後はタブレットを任せられるかどうかは、人次第。

 ダメそうなら警視庁の方に行ってみよう。


「はいはい、鈴藤さんね、何でしょ」

「お時間有るなら、謎のタブレットの解析してみませんか」


「時間を作り出してでも、します」


 ノリノリで話が早い。


 先ずはコピー先を用意して貰うのだが、スペックが中々の物を用意しないといけないらしい。


 先ずは上に承認を通すのかと思ったら、それらをすっ飛ばして購入し、事後請求にするらしい。

 臨機応変過ぎ。


 ソラちゃんの要項からオススメのタブレットを科捜班の人に選んで貰い、購入しに1人コソコソと電柱を渡り歩き、電気街で本体をゲット。

 領収書を科捜班名義で貰い、ストレージにしまう。


 コピー宜しく。


【了解】


 コインランドリーで洗濯物をしまってから、科捜班へと戻った。


 何処までも舐めた行動。


 科捜班に着く頃にはコピーが完了したらしく、持って居た鞄がストンと重くなった。


 そして手渡そうとすると、ジッパー付きの透明なビニール袋を差し出された。


「コレに?」

「はい、防水じゃ無いですし、濡れて壊れたら困るので」


「うい、どうぞ」


 同機種のタブレットを引き出しから取り出し、同梱のペンを外すと操作し始めた。

 有るんかい、私用だろうか。


「操作出来ませんね、反応が無いです」

「どらどら」


 コピー品であっても、大本の人間にしか使えない仕様は変わらないのか、安全装置なのか。

 電源ボタンを押し、ペンを借りて無難そうなマークをタッチ、歴史の教科書。


「えー?何でだろぅ」

「元の方もこんな感じなんで、付き添わないとダメかも。どうします?」


「居られる限り居て下さい」

「うい」


 幸いにも画面は出力可能で、動画を録画しページを読み込ませる。


 他にも参加者が加わり、内容の吟味までもが始まった。

 何処が違うだの、違う理由は何だの。

 そして果ては、その動画を歴史研究のグループに送る事になった。

 考査してくれるのはマジで有り難い。


「面白い読み物ですねぇ、凝ってるなぁ」

「ですな」


 ページを次々にめくる作業だけが続く、何ページあるのか。


 お茶を淹れて貰ったり、お菓子を頂いたりしながら時間は過ぎ。

 3杯目のお茶が出された頃に、読み込みが終わった。


「お疲れ様です、いやぁ、ネットが使えたのは助かりました。多分、UIが変更されたりしてるんで、形式が、あ、パソコンにもコピーしたら良いのかなぁ?」


【可能です】


「あります?パソコン」


 科捜班総出で使えそうなスペックを探し、1人が私物を提供する事になった。

 中身は全部クラウドに有るとの事なので、そのまま上書き。


「楽しみだなぁ」

「こんな奇々怪々な事あります?」


「無い無い!初めて、作ったにしてもココまで手の込んだのは無いよ。あの、この宇宙人のマークは何?」

「アクトゥリアン、友好的な宇宙人のアプリ」


「タッチしてみてよ、何が起こるんだろうなぁ」


 起動するとwelcomeの文字と、ようこそアクトゥリアンの世界へ。

 と、見た事も無い画面になった。


 パソコンもコピーが完了したので起動すると、同じ画面。


「コレは、元と違う」

「あー、コピーブロックみたいなのかも、色々見てみよう」


 少しスクロールすると、大きな文字の注意事項が書かれている。


 貴殿らにはオーバーテクノロジーである可能性がある事、元の端末を持つ人間の了承無くコピーし起動したならば、全てのデータが消去される。

 尚、更に閲覧したい場合は下記のアクトゥリアンをクリック、と。


 画面いっぱいの宇宙人マークの中に、1人だけワシの顔が有るのだが、科捜班の人にはどれも同じに見えるらしい。


「マジで違い分かりません?」

「冗談でしょ?同じマークしか無いよ?」


 ピアスも鳴らないし、マジらしい。

 そして自分の顔をクリックすると、思ってもみない画面が表示された。


【アクトゥリアンです、お困りですか?】


 チャット形式のヘルプページ、宇宙人が吹き出しメッセージを吐き、フヨフヨと動いている。

 ソコを模倣するのか、古い。


「わぁ、懐かしいイルカそっくりだよ」

「なんて入力します?」


「そだなぁ。今、この世界にアクトゥリアンは居ますか?」


【検索中、暫くお待ち下さい】


「ナニで、何処をどう検索してるのかと」

「その追求は追々だね」


 数分してエラーメッセージが表示された、音までそっくりでドキッとした白衣が何人か居た。


【検索出来ませんでした、以降の動作を確認の上、再度お試し頂くか。キーワードをお試し下さい】

「じゃあ、キーワード」

「うい」


【主なキーワードや検索候補は以下の通りです】


 アクトゥリアンの説明。

 アプリの説明。

 異世界でのノウハウ。

 魔法とは。

 等々。


「魔法!魔法、魔法?法力とか術の事かなぁ?」

「まぁ、クリックしてみましょ」


 魔法とは魔力によって発動される何某の事です、主にドライ、ライト等の身近に使用される事が多いが。

 召喚者や御使いは更に上級とも言える特殊な魔法を使える事が多い、そしてアナタ自身にその素質が無くとも、出来る事は沢山ある筈なんで、気にしないで下さいね!と。


 後半になるごとに、向こうのアクトゥリアンと同じ口調で文章が書かれてる、居ないのが残念だ。


「召喚者!えー?製作者、召喚者シリーズのファンなのかなぁ」

「ね、凝ってますな」


「ねー、このドライって魔法、タッチしてみて」


 ドライ、最も使用者の多い魔法の1つ、官民問わず幅広く使用されています。

 その名の通り、人体や物体を適度に乾かす魔法です。

 この適度が大変で、編み出されるまで数々のミイラの山が築かれたとの都市伝説は有りません、はい、冗談です、嘘です。


 水の神々や妖精、精霊。

 水を操れる全ての者達が、一定の数値で乾燥させるとの条約が締結された事が切っ掛けで、魔法発動の条件が安定した年以降は過度な乾燥が人体では起こらなくなり、一躍広まる事になりました。

 尚、発案者であるエジプトのアヌビスさんは、我々とも非常に友好的です、魔法をご使用になりたい場合は1度お尋ねする事をオススメします。


 マジか、そうか、ミイラか。


「マジかぁ」

「アヌビス神かぁ、お金貯めたら今度はエジプト行こ」


「居るんですか」

「居るよー。毎年数人があのジャッカルだか犬の顔を触って死んでる、触りたいけど死ぬのはねぇ」


「誘惑に耐えられなかったのか、自殺か」

「半々みたい」


「半々、それで死ぬのは少し可哀想な気もしますが」

「何か偶に生き返ってるみたい、条件が有るみたいだけど、生き返った人は何も話さないから分らないんだって」


「冥界に行かれたのか、貴重」

「ね。だけど、その冥界を探ろうとする人は確実に帰って来れないみたい、遺書とかでそう言う事を書いてたり、研究職の人は帰って来れて無いっぽいよ」


「神秘」

「ね」


 そしてライトの説明、アクトゥリアンの説明を見た科捜班の人々は、設定厨が作ったタブレット派、異世界のタブレット派と分かれ、意見が真っ向から対立。


 そして標的はコチラへと向けられた、どうすべか。


 ソラちゃんの義体の事もあるし、代替品がココでゲット出来たら戦い易くなるかもだし。


「異世界のタブレットと思って下さい」


 半分からは歓声が上がり、もう半分からは感嘆の声が上がった。

 順応性高過ぎ。


「だよねぇ、君の役職名がそうだもんね」

「あぁ、そう読み解きましたか」


「役儀って役目をこなす人の事だし、御使いが役目を担う事なら、君がお役目様だって事になる」

「お役目様は却下されたらしいですが、まぁ、はい」


「嬉しいなぁ、初めての人に出会うなんて。あ、信じてくれての行動?何かの罠?」


「半々です」

「だよね、自分ならって、良く想像してたから」


「だからって順応性が凄過ぎませんか」

(僕はRTTだし、良くココでも討論して遊んでたから)


(マジですか)

(うん、神々や行政にスパイや敵対者だと思われない様に情報の区分けがされてる。会員の上の方はバランスが良い様にって、職業で決められてるみたい。だから、警視庁にも最低1人は居る)


(くわしく)

(むり)


(なんで)

(だって全員覆面の匿名だから。ただ、職業とか立場は名札で出てる、そこに警視庁って名札の人は居たけど、ボイチェンも使ってるから性別も何もが不明。どんな上かは分らないけど、離反者も裏切者も今の所は無し)


(そうですか。下地を作って頂いて、ありがとうございます)

「いえいえ、佐藤忍です、宜しくどうぞ」


 味方も増えたけど、同時に同じ数かそれ以上の敵が増えた可能性も考慮せにゃならんが。

 忍ちゃん曰く、少なくともココの6人全員は大丈夫らしい。

 それに同意する様に、其々が自己紹介をしてくれた。


 明石三治、近藤正雄、坂崎真司、武田哲夫、三波原照義。

 中年男性、イケメン男子、線の細い如何にも研究職、体格の良い中年男性、ニコニコマン。

 何だろう、凄い親近感。


 そして紅一点、佐藤の忍ちゃんが唯一、年が近いのかも知れない。

 ボーイッシュ眼鏡とか、レアキャラ。

 髪が短いのが残念、簪を渡したかった。


「それでその、もうお昼を過ぎたんですが」

「あ、お昼ごはんか、皆何する?」




 研究職同士は仲が良い、全員で表にしか無い食堂へ向かった。

 愛妻弁当やコンビニの新作飯、定食に手作りシェイクのみ、と食べる物はバラバラだが、全員で同じテーブルで食事をする。

 そしてココではタブレットの話題は出ず、アヌビス神への考察が議論された。


 アヌビス神の顔の毛を何本触れば死ぬのか、と。

 最小数の1本で死ぬなら凄い凶器となるし、神聖なる神の物としては正しいんじゃ無いのか、と。

 なら、その1本にどの程度触れれば死ぬのか、そうして触る、の定義へ。

 果ては犬なのかジャッカルなのか、抜け毛に効果が有るのか、にまで及んでいった。


 こう話しながら食べるのは、体の為なのだと忍ちゃんが教えてくれた、早食い防止になるからと。

 先々代の班長が胃を壊して以来のルールだそうで、話し下手は皆に合わせて食べるだけで良いと、コミュ障にも優しいルール。


 月見うどんとカツカレーを食べ終え、科捜班の部屋へ戻る。


 そしてまだまだタブレットへの探求は終わらず、遂には盟約魔法の解説へと辿り着いてしまった。


「興味有りますか」

「使われる方にね、信用を得られるって大事な事だし」


「指とか爪が捥げるって書いてありますよ」

「爪なら別にまた生えてくるしなぁ、使えない?」


「その話しの前に、全身義体が存在するか確認したいんですが」

「あー、研究はされてるけど、実用化はまだかなぁ」


「どの段階まで来てます?」

「四肢かな、腕や脚が治験で止まってるらしい、ほら」


 忍ちゃんが表示してくれた画面を見ると、人権擁護団体と名乗っている組織が治験反対のデモで大暴れした記事が載っていた。

 このままでは機械に仕事を奪われ、果ては人間が乗っ取られる、と仰ってる。


 人の温もりや個性について、逆にどう思ってるんだろうか。


「面白い思想の方達でらっしゃる」

「脳に電極なりを入れるから、怖いのは分かるんだけどねぇ」


 四肢義体のシステムとしては脳からの信号をキャッチし、腕や足を動かすらしいが。

 別に、電脳化じゃあるまいに。


 こうなると多脚式戦車は、まだまだ先の遠い未来なんだろうか。


「多脚式戦車みたいなんは有ります?」

「あ、それは有る。海外企業が開発してる」


「あらー」


 丸いフォルムに青い体、蜘蛛の様な脚は、まさしくアノ憧れの存在。

 赤いのや緑色のプロトタイプまで居る、良いなぁ、乗り込みたい。


「こう言うの好きなんだね」

「好き、欲しいなぁ」


「高いよー、免許は勿論、中型、しかも運転許可証も専用のを取らないとだし。公共では道路でも特定の場所以外では使用禁止、整備点検も厳しいけど、法律が追い付いて無いんだ」


「道路を走れるだけでも、っっ高っ!」

「発案者が軍用やそれに転用する事を一切禁止したからね、通常はそう言う場所で予算が付いて研究して。それから初めて民間に降りてくるらしいんだけど、それを飛び越すと開発費だなんだで、こう高くなる」


「あぁ、そうか、確かに」

「小さいのはあるよ、このサイズで20万位の」


「マジか」

「自律稼働も可能だし、お話し出来るペットロボット」


「ちょっと、買いに行きたいけど、高いなぁ」

「他のペットロボットより高いものね、他は5万とかだし」


「お給料はいつなんだろ」

「まだだねー、貸そうか?」


「あ、いや、質に入れられるのを探して金策します」

「それなら、何かを研究材料に提出してくれたら、研究費名目で買い取るよ」


「マジ?」

「マジ」


 各世界のエリクサーや仙薬、そして貰った金塊にドリームランドの金の粒を提出。


 向こうもココまで出ると思って無かったのか、漸く少し驚いてくれていた。

 まだまだ有るぞぅ。


「10個提出だから、前金で20万。後は成果報酬になるんだ、ごめんねギリギリで」

「いえいえ、こんなんに2万って高待遇ですな、真偽不明なのに」


「外回りの際の、古道具屋での購入費でもあるからね、ヤバそうなのは先に押さえる。領収書が無い場合の平均が2万、但し、返品できる場合に限る。何も無かったら返品するから、ガバガバ出せないんだ」

「充分でござ、買うでおま」


「うん、行ってらっしゃい」


 ルンルンで部屋を出ると、丁度せいちゃんと出会った。

 台車を押してる。


『あ、この子達はこれから古道具屋に行くんですよ』

「かの者たちか」


『はい、一緒に来ますか?』

「電気街方面行くなら乗せて、お買い物しますのん」




 この売りに行く作業も、せいちゃんのお仕事らしい。

 よもぎちゃんは車の免許が無いのと、大昔はスーツ組に任せてたらしいが、今のスーツ組には特に任せられんとアマテラスさんが仰っての事だそうだ。


 以前には私物化騒ぎもあったので、昨今は特に慎重なんだそう。


『領収書無しで買い取ったまま持ち帰った件と、領収書を発行させたにも関わらず、コチラに届け出が無かった事で発覚したそうです』

「何と短絡的な犯行を。古道具屋さんはコッチ側なの?」


『はい、お陰で直ぐに解決したそうで。稀にそうやって魅入られる人が出る事も有るので、今は人選中なんだそうです』

「おー、頼もしい」


『でも、この先が気が重いんですよ、もう代替わりした方も居るそうなんで。蓬さん曰く、昔気質の人が多いとか』

「よもぎちゃんの根回し有るなら大丈夫じゃろ、どんまい」


 向こうには日時指定は特にして無いらしいので、先に電気街近くの古道具屋に一緒に行く事にした。


 大きな蔵、古くから有る感じがひしひしと伝わってくる、折角近いしスクナさんも呼ぼう。

 神田さんの隣の公園に空間を開くと、目の前に居た。


『お仕事終わった?』

「まだなんだなぁ、今はせいちゃんの手伝いで古道具屋さん行くが、来る?」


『行く!』


 スクナさん的には玩具売り場も同然だそうなのだが、結界が有り単身では入れない楽しい場なんだそう。

 そう聞いてスクナさんを抱えて入ろうとしたのだが、入れない。

 1歩踏み入れた足が、地面から剥がれないのだ。


「ちょっと困りますよお客さん、座敷童なんぞ連れて来たら道具が騒いじまう」

『座敷童違うのに』

「うん、確実に違います」


「そうかい?貧乏神も困るよ、幽霊もダメだからね」

『すみません、薬師系の神様とだけ。私達、こう言う者です』


「あぁ、こりゃ失礼した、どうも。じゃあ小さいお方、見て行っても良いけど触ったらいかんよ」

『はーい』


 〇質の前掛けを掛けたおじさんが柏手を2回打つと、ようやっと足が動いた。

 多分、スクナさんを置けば入れたのだろうけど、ちょっとビビった。


 眼鏡越しに見えるのは、様々な色のキラキラを漂わせる道具がチラホラ。

 中には、眼鏡無しでもハッキリとキラキラする物まである。


「せいちゃん、凄いなココ」

「お兄ちゃん見えるんか、なら1番凄いのどれだ?」


「アレ、売り物じゃ無いんだろうけど、出てる量が凄い」

「ほう、マジで見えてるか」

『お守りだね、ココの』


「御坊も流石だ、どれ、お茶でも淹れさせよう」

「お、じゃあ和菓子をどうぞ、お気に召すかどうか」


「おう!甘いのは好きだぞ!」


 神社周りで買い漁った和菓子を差し出すと、神棚に1度上げてから開封し始めた。


 昔に大病をしたので食事制限をしており、手土産でしか甘い物を食べられないんだそうだ。

 良く体内を見ると、確かに心臓にステンレスが入っている。

 そして首には皺、かなり頑張って痩せたのだろう。


「お酒もダメなら、甘い物しか無いですもんね」

「おう、分かるか。もうこの食べ道楽しか残って無くてな」


「すんません、少し煙草臭くて」

「良いんだよ、懐かしくて、くせぇなぁ」

『そうだよ、健康に良くないんだから』


「へい」

「で、道具だな、どれ位だ」


 せいちゃんが台車を押し、運び入れた品数は9品。

 どれも銘無しだったり箱が無かったり、普通なら安く買い叩かれそうだが、おじさんは帳簿に筆でホイホイと商品名と金額を書いていく。

 3,000だったり50,000だったり、安いのは200なんてのも有る。


 そしてその合計金額分のお金や明細書を封筒に入れて、せいちゃんに手渡した。


「あっさり」

「んなもんだよ、本人希望の適正価格っつうのが有るからね。無銘でも箱無しでも、自分の値段を自然と言うんだ」

『そうなんですね、ありがとうございました』


「いやいや、コレからも精々頑張ってくれよ。困った品物の行先は、何だかんだでお宅らしか居ないんだから」

『はい、頑張らせて頂きます。では、失礼致します』

『じゃあね、ばいばーい』

「失礼しまーす」


 頭を上げる際、目端に一瞬着物の女の子が見えた気がした。

 そこはスクナさんが手を振った方向、裸眼にも眼鏡にも既に何も写らなかった。


 ちょっと怖いやん。


『ふう、手土産ありがとう御座いました、すっかり失念してましたよ』

「ええんよ、予備も何個かやろう」


『ありがとうございます』

「つか見えた?女の子」

『居たね、赤い着物の子だよ』


『え』

「座敷童さんか」

『うん』


「良かったぁ、幽霊かと思ってビビったわ」

『え、居たんですか?』


「一瞬見えた気がした」

『うん、恥ずかしがり屋さんなんだと思う』

『はぁ、見たかったなぁ』


「通う様になったら見れるべ、いつか」

『そうかもね』

『そう期待しておきます』




 せいちゃんとスクナさんとはそこでお別れし、少し歩いて電気街へと向かった。


 目的地は玩具売り場。


 有る。

 現物有る、箱デカい、流石に鞄に入らん。

 手持ち用の紐を掛けて貰っている間に支払いを済ませ、前回作ったポイントカードにポイントゲット。


 そして電柱との隙間も通れないので、公園から公園へと転移しつつ収納。


 一服、ちょっと眠い。


 黄昏時、オレンジ色の夕焼け、ちょっと肌寒い。


《またサボってはるぅ》

「なー、舐めてるとしか思えんよなぁ」


《ふふ、実質非常勤みたいなもんやし大丈夫やろ。それよりな、さっき何かオモチャ持ってたやろ、青い箱の》

「プレミアムエディションな、買っちゃった」


《それやねんけど、電源入れてしもうたら昨日揉めたとこと間接的に繋がってしまうんやけど、ええのん?》

「くそっ、マジか、ぶっころ」


《まぁまぁ、他の者も謝りたいって言うてはるし、挨拶位は》

「いーやーだー、あぁー、返品は嫌だなぁ」


《1回もアカン?お佐予ちゃんは?》

「それならええけど、なら普通に連絡せぇや」


 コンピューターお婆ちゃんは携帯やスマホが苦手らしいのだが、ペットロボットは良いらしい。

 手筈としてはコチラから「お佐予ちゃんに電話」と呼び掛ければ、内臓された通信機で話せるんだと、しかも付属の画面を繋げばテレビ電話になる。


 猫型を彷彿とさせる便利さ。


《まぁ、そう言う事やから、堪忍ね》

「ええよ、じゃあね」




 科捜班にも定時の概念はある、他と同様に三交代制。

 残業は可能だが月の働ける総時間が決まっているので、1秒でも越したら産業医との面談をセッティングされてしまうんだそうだ。


 しかも仕事を持ち帰るのも不可能なので、ソワソワと待っていてくれたらしい。


「って事なんですよ、鈴、藤、さん」

「すんませんでした」


 待って居る間にタブレットに何をどう質問するかが纏められていて、その手順書と記録の取り方を任されてしまった。


 寝るに寝れない。


「あ、欠伸。そっか、仮眠優先でお願いしますね、これらは二の次で。お体最優先です」

「すんません、仮眠室お借りします」


 清浄魔法で綺麗にしてから、仮眠用の簡易ベッドへ横になった。






 夜の警察庁。

 表も裏も人は疎ら、科捜班は3名、スーツ組3人と実働隊3人、前駆部隊は15名とコンパクト。


 給湯室で珈琲を淹れていると、お坊さん達が食事に行く話しをしていた、眠気眼でフラフラとイケメン坊主も居たので一緒に向かった。

 食堂も一角だけ調理場が解放されており、メニュー少なめ、サンマ定食と山菜蕎麦、ホットドッグ。

 後は珈琲と今日の甘味のみ。


 お坊さん達は全員お蕎麦、自分はホットドッグとサンマ定食と蕎麦を流し込み、裏へと戻って歯磨き。

 仮眠。






 21時、出勤の連絡が入った。

 大きな川に掛かる橋から、何者かが飛び降りたとの通報で捜査中、評判の良く無い橋なので増援が必要との事。

 先に行ってますとだけ伝え、集合場所の橋へと1人向かった。


 真っ赤な赤い橋、ライトアップも完璧なのに飛び込むなんて、よっぽどの事があったのだろうか。


 警察官に手帳を見せると、規制線の中へと通してくれた


「ありがとうございます。随分お早いんですね」

「近くだったんで、詳しく聞いても?」


「はい、学生服を着た女性で、身長160cm位、痩せ型、黒髪の三つ編みが腰まである子が、中央あたりで飛び降りたと」

「お詳しい」


「目の前で落ちたのに着水音は無しだったそうで、ここ数年なんですけど。偶に有るらしいんです、同じ通報が」

「あー、今日はピッタリの方々が来ると思うんで、安心して大丈夫だと思いますよ」


「そうですか、ありがとうございます」


 通報者はチャラい夜の男性、真っ青、そしてその男を睨む女の子。

 どう見ても落ちたと言われる子に似てるんだが、誰も話し掛け無いし、幽霊なんだろうか。

 怖い。


 早く来てお坊さん達。


 そうして通報者が解放され、移動すると同時に女の子も動いた。

 目の前を通り過ぎる時には憎しみ殺さんばかりの表情、移動しても、誰も気にしてはいない様子。


 そして彼の後ろをただ付けるだけの女の子、影なのか例の黒い靄なのか分からないものが地面には有る。

 足音無い。


 もうマジで幽霊か暗殺者じゃんよ。


 どんどん線路沿いを進み、果ては人気も無くなり始めた、途中からは隠匿の魔法で隠れつつ電柱の上から追尾。


 どうしましょうね、マジで。


【僧侶から着信】


 僧侶て。

 携帯を取り出すと、確かに僧侶の名で着信があった。


 役職毎に共有なのかしら。


【先に現場に到着したと伺いましたが】

(はい、今は怪しいモノを付けとります)


【助けはいりますか】

(お願いします、幽霊か人間か分からんのです)


 眼鏡を通しても、影以外に黒い部分が無い。

 その影も、靄なのかは鑑別不可。


 でも、何か変。


【影の色は、変わりますか?】

(あ)


 確かに、違和感の正体は影だった。

 どんな光源の下に行っても、真っ黒。


 しかもその影の持ち主は、チャラ男の方。


 どう言うこっちゃ。


【大丈夫ですか】

(人間と思ってた方、通報者の影が真っ黒で。後ろには影が薄いままの、女学生です)


【場所は】

(今は江東の)


 住所を伝え終え電話を切り、暫く観察していると。

 男がどん詰まりにある公園の前で止まり、タバコを吸い始めた。


 そうして今度は逆に、女学生が男の前を通り過ぎ、公園に入って行く。


 男は視認出来てたのか目で追ってたし、なんコレ、狸の化かし合いか?


 兎に角、木が生い茂って良く見えないので地面に降り、煙草を持ったまま女学生の後を付けるチャラ男の後を追う。


 何やら話し掛け素っ気ない態度を取られると、案の定茂みへと連れ込んだ。

 だが悲鳴は無し、茂みで草や服が擦れる音がした。


 様子を伺う為に近寄ると、どんな速さで殺したのか既に女学生は身動きせず、男はただ立ち尽くして居た。


 そして男は公園の管理室近くにあった棒を持ち、公園内の端にあるマンホール蓋を開け、女学生を担ぐとソコへと放り込んだ。


 が、生きていたのか女学生が足を掴み引き摺り込んだ、怖い。

 何がどうなってるの。


 携帯で僧侶に掛けながら、恐る恐るマンホールを覗き込む。


 そこには白骨化した女学生の遺体と、頭から血を流すチャラ男が横たわって居た。


【はい】

「救急車と、あと、白骨化したご遺体はどうしましょう」


【今近くです、場所は】

「目の前の公園です」


【工事現場なら、有りますが】


 顔を上げると、工事の為に囲われたと思われる場所に立って居た。


 初めての心霊現象、マジ無理。


「すんません、その中です」


 お坊さん達に迎えに来て貰い、何とかその場から動ける様になった。

 マジもう1人行動は止めとこうか、ありがとうイケメン坊主。


《憑かれては無い様ですね》

「ありがとうございます。もう単独行動はしましぇん」


《アナタが彼の後を付けてくれたお陰で、彼女が見付けられたんでしょう。良き事をなさいました》




 警察も到着し、ココの現場監督から話を聞く事が出来た。


 素行が悪いと評判のチャラ男は一時期この現場で働いており、気が付いたら仕事を辞めていたそうだ。

 マンホールの異臭騒ぎでは中を調べたが、その時には遺体は無かったそうで、その時にはもう辞めていたと。


 どうやら潮の満ち引きでご遺体が移動していたらしく、今日はたまたまマンホールの真下に来ていたと。

 そして被害者は、3年以上前に失踪届が出されていた子。


 お坊さん曰く。

 橋で飛び降りたと何度も通報があったのは、見付けて欲しかったから。

 今回は偶々、加害者の男が通ったから、その男に取り憑いたんだろうと。


「怪我させたみたいだけど、成仏出来ますか」

《ご心配なら、一緒にどうですか》


 お数珠を渡され、マンホールから引き上げられた女の子に向かって、目を閉じ手を合わせる。


 そうしてお経が終わり目を開けると、半透明になった女の子が起き上がり、工事現場の囲いをすり抜けて行った。


「通学路だったのね」

《もしそうなら、今頃もう帰れているでしょう》


「ビビったぁ、ありがとうございました」

《いえいえ。それより、失礼かも知れませんが、こういった事は初めてでらっしゃいますか?》


「はい、もう夜1人でトイレに行け無い」

《そうでしたか。それなら良く見えてしまう様ですし、やはり気を付けた方が宜しいかと。場合によっては橋が無い川に、誘い込まれたりもしますから》


「気を付けたいのは山々ですが、どの様に?」




 それは帰りの車の中で聞かせて貰ったのだが。


 影や黒い靄に注意して、実体が有るかどうか見極める。

 影の変化の乏しいモノは、霊的に揺らいでいる証拠なんだとか。


 そして靄の正体を、魔と呼んでいると。


《お強いとは思いますが、目が少し影響を受け易いかと。ですのであまり惑わされぬ様に。気配や匂いにも気を配って頂ければと》


「ありがとうございます。マジで目が弱いんですよねぇ、どうしたら良いでしょう」

《影響を受け易いと言うのは、一概に良い悪いで表せませんから。場数を踏み、慣れるのが1番かと》


「おふぅ、お若いのに無茶を言いなさる」

《そう若くもありませんよ》


 稀に居る、坊主が似合うタイプのイケメン坊主。

 しかも低音ボイスで、檀家さんにモテモテやろなぁ。


「精進してみます」

《はい》


 そのまま車は警察庁へと戻った。


 夜勤のスーツ組は真面目そう、それともお坊さん相手だからだろうか。

 駐車場で一旦解散し、そのまま公園に出向く。




「百合車や」

《はいな?どしたん》


「初幽霊、今度から付き添ってや」

《アカン、向こうが私らに影響受けたり、逆にコッチが影響受けてしまうから。あきまへん》


「ぐぬぬ」

《スクナ様と一緒に居ったらええやん》


「何か、そう言うのは見せて良いか、悩む」

《まぁ、大丈夫やと思うよ。何ならアマテラス様も月読様も会いたい言うてはるみたいやし》


「そう?何か火中の神様を連れ回してたら、注目浴びるやろ」

《そこは特別な結界やってん、神様達の良い様に動ける空間らしいよ》


「あら、子連れでも良かと?」

《良かとばい、私らは逆に許可無しやと入られへんのよ》


 火に関連するモノ、魔のモノ等が特に退けられる結界で。

 それ以外は神霊級であっても、敵意のあるモノを弾くんだそう。


「せやから、スクナさんが適任?」

《そやで、昔はそうやって皆で仕事を回してたんよ》


 以前はスサノオさんが警察庁の裏のトップをしていたそうだが、年々政治的な事が絡んで来て、嫌になって辞めてしまったんだそう。

 以後は私立探偵の事務所を構え、警察庁と警視庁と仕事を分け合っているんだそうだ。


「まだ会えぬかね」

《あ、ごはん行きはるみたい、場所はねぇ》


 焼肉屋、元スーツ組と一緒に遅めの夕飯を食べてるらしい。

 スクナさんを迎えに行き、その焼肉屋へと向かった。




「良い匂い、頂きます」

『召し上がれ』


 一先ずは向こうが楽しそうなので、コチラも暫くお肉を楽しむ。


 ハラミ、ザブトン、牛タン、ビビンバでお野菜を摂取。

 どうやら先程の幽霊さんに持っていかれたらしいのか、溢れる気配は無し。


 内臓刺しの盛り合わせをつまんでいると、スーツ組を解散させたスサノオさんがコチラに向かって来た。


『イチボ喰え、イチボ』


 そのまま目の前の席に座り、ウーロンハイ1つとイチボを2人前頼んだ。


 なんか、この感じ初めてで、ドギマギしちゃう。


「こんばんは、鈴藤紫苑です」

『やぁスサ彦、久し振り』

『おう、元気そうだな、噂の人間はコイツか?』


『うん、良く食べる良い子だよ』

『そうか?死体くせぇぞ』

「橋の子を見付けたので、それかと」


『マジか、何処でだ?』

「少し奥の公園だった工事現場の、マンホールで、潮の満ち引きで移動してたらしいです」


『そうかそうか、お前が見付けたか。偉い、驕ってやるからもっと喰え』

「やったー!」


 厚切りランプに、薄切り炙りサーロイン、贅沢カルビ、ご飯3杯目にして魔力が溢れた。

 ココ美味過ぎ。


『おうおう、良い感じだなおい、飲むか?』

「いや、まだ仕事あるんで」


『両方、兼任だったか、働き者だな』

「もう後悔してます」

『眠らないと元気出ない子だからね』


「おう、この後また寝たいわ」

『大丈夫かそんなんで、まだ夜は長いぞ』


「どうなんでしょ、初めて過労でぶっ倒れるかも知れません」

『無理すんなよ、お前せいちゃん守りたいんだろ。帰ってやれ』

『だね、お家決めようって言ってたし』


「せめて連絡先の交換をば、致したく」

『仕事用以外持ってるか?』


「コレで」


 血糖値なのか心労なのか、急激な眠気に襲われながら自分名義のスマホを差し出すと。

 連絡先を勝手に交換してくれたが、登録名スーちゃんて。


『よし、鈴藤だな、帰って良く寝ろ』

「ありがとうございます」


 電柱の間から、せいちゃんの家の玄関に直接帰る。

 女物の靴は無し。


『ただいまだよー』


 寝る準備をしていたのか、せいちゃんがパジャマ姿で玄関に来た。


『おかえりなさい』

「ただいま、眠い」

『だめー、お風呂に入って』


 スクナさんを預け今日は1人でささっと入り、せいちゃんが敷いてくれたお布団へ倒れ込んだ。

《観上女史》  中年女性

都木讀(つきよみ)」 中年男性

「佐藤忍」 警察庁の科捜班、班長

《イケメン坊主》

『スサさん』


『せいちゃん』『スクナさん』《百合車》

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