4月25日
多分、曇り。
昼には晴れるらしい。
そして院長の回診。
目は全快し、肘とおでこは打撲で軽症、他に異常は診られないので退院。
その連絡はノエルへと行き、迎えに来て貰う事となった。
《良かった、たんこぶだけで本当に良かったよ》
「ハグは程々でお願いします、肘も痛いので」
《当たったかい?》
「いいえ、でも当たりそうで怖いんで」
《ふふ、痛いのは嫌だものね、じゃあ君を家に送ろう》
「それは知り合いにもう頼んだので大丈夫です、それよりお仕事は大丈夫なんですか?病院のお金もだし」
《大丈夫、契約書類は持っているね?》
「はい。直ぐにサイン貰えたらどうすれば?」
《あぁ、サインが貰えたら短編はまた持って来て欲しい。長編は書き終えるまで手元に置いてて構わないよ》
「了解しました」
《それと、一時許可証は診断書と一緒に渡してくるけど良いかな》
「あ、すみません、お願いします」
《じゃあまたねシオン》
「はい、また」
そして空間を開いた先に、ベールを被ったラウラが待って居た。
伝書紙で指定した場所なのだが、時間は少し遅れただろうか。
「待ちました?」
「凄い待った、時間間違えた?」
「え?あれ?」
「嘘、帰ろう」
「はい」
コレは多分、スズランだな。
そうして1日だけの休憩となる筈が、マーリンの指示で再びノエル家に戻る事に。
過保護マティアスが猛反対している。
「なんで」
《ケガしてるし》
「貧血、起立性低血圧を知らんのか」
《それで?》
「おう」
《だけ?》
「禁書読んで、知恵熱出た【御使いの青い妖精】」
《どんなの?》
「御使いが妊娠しまくり、まさに産む機械」
《どうしてそんな》
「さぁ、分からん」
《もー》
「本出したく無いのか?」
《シオンが変な事に巻き込まれるなら却下、出さなくて良い》
「変な事には何1つ巻き込まれて無い」
《帰って来なかった》
「起立性低血圧とブリザード」
《理屈は合うけど》
「心配し過ぎ」
《その、嘘から守る魔道具外せる?》
「外せるし神にもミカちゃんにも誓える、だからサインくれよ」
『私、マティアスのサイン完璧に偽造出来るよ?』
《止めて下さいマーリン。本当に大丈夫?》
「おう」
マジで死なない以外はかすり傷の無敵状態なんだし、何を心配しているのか。
なんだ。
『何を心配してるのかが分らんって顔だね』
「おう」
《万が一が怖い》
「ワシは強い」
『だね、トール神に負けず劣らずだと思う。少なくとも、私よりは強い筈だよ』
「はい、強いです」
『ほら、笑顔で送り出してあげてよ、子供のお使いじゃ無いんだから』
「そうだそうだ、大人だぞ」
『ダメか、少し時間が掛かりそうだね、取り敢えず準備しててよシオン』
「おう、風呂行ってくる」
暗器を仕込むべきか。
ただ、それがバレたらバレた事に気付かれるし。
ダメだ、もう仕込めない。
それからマーリンに髪を乾かして貰い、白シャツにリボン蛇を付けた頃。
マティアスが話し掛けて来た。
《書いた》
「おう、ありがとう」
《本当に何も無い?》
「無くは無い、娘のマリーちゃんが熱出したりしてた。それで風邪かもって、泊まれって、噂通りの人だよ、良い人過ぎて怪しいって。ほら、怪しいでもダメなら何も言えないじゃ無いのさ」
《ごめん、行ってらっしゃい》
「おう、行ってくるよお母さん」
そうしてまた国境へ行き、仕事が見付かるかもとの理由で許可が出た。
無理はしない様にと心配され、街へ向かった。
そこから電話でノエルへと連絡出来たのはお昼過ぎ、驚いていたものの、迎えに行くので暫く待っていて欲しいと伝えられた。
晴れた中、街を散策。
イナリに近い規模、オウル程では無い。
スーパーは2件、映画館1つ、大きな家具屋も有る。
必要な物は、ほぼこの街で揃う。
揃わなそうなのは禁書位のモノだろうか、指定された場所へ少し前に向かうと。
既にノエルが待っていた、直々に来てくれるとは。
《待たせたね》
「いいえ、コチラこそ。すみません、今日の今日で」
《良いんだよ、元気そうで良かった》
「じゃあ、この書類を」
《あぁ、待って。家で見て良いかな、重要書類だからね》
「はい」
彼の運転は非常に穏やか。
例え車が居なくとも、速度制限を守りウインカーを出す。
そして家にはメイドのサラさんは居らず、ノエル1人だそう。
《サラは子供達が居る時だけ来て貰っていてね、勿論、買い物なんかは頼むけど。今日みたいな日にはお休みして貰っているんだ》
「じゃあ珈琲とか要らないんで、終わったら直ぐに帰ります。コレ以上、お仕事のお邪魔になりたく無いので」
《大丈夫だよ、遠慮しないで》
家に着くと、珈琲をステンレスのドリッパーで淹れ、アールト社のロゴ入りマグカップに注ぎ、渡してくれた。
良い匂い。
「ありがとうございます」
《そのカップならいくらでも割ってくれて構わないからね、沢山余っているんだ》
「すみません、何から何まで」
《どうしたんだい?急に委縮して》
「いや、普通に考えてですよ。アポも取らずに持ち込みして、倒れまくるって、大人としてどうかと。恥ずかしいのと色々で」
《体が弱い事は恥じゃ無い、君は鍛えて健康にも気を使ってるんだし、君の責任は何処にも無い。まして熱はウチの子の可能性も有る、君のミスじゃない、君は悪く無い》
「マリーちゃんとダニー坊やは幸せですね。貴方の様な人が父親で、とても羨ましいです」
《なら、ウチの子になるかい?》
「えぇ、喜んで」
《ふふ、冗談と思っているんだろうね》
「えぇ、勿論ですよ、こんな無能を息子にするアホは中々居ませんから」
《それは君を導く人が居なかったから、君がそう思い込んでるだけだよ》
「いえいえ、自分で良く分ってます。競争心が余り無くて、屁理屈ばかりで頭が固い。物覚えも良くないし、何かのセンスがずば抜けてるワケでも無い」
《天才か無能ししか居ないワケじゃ無いのは分って居るよね、普通の幅の広さを君は知っているだろう?》
「そうですね、自己評価が低いらしいです。ただ他人は低いと言いますけど、僕にとって正常な位置でも、他人にしてみたら低い。でも、コチラから見ても明らかに低く有るべきなのに、高い自己評価を持ってる人も居る。恥ずかしく無いのかなって思うんですよね、バカが自信満々に着飾って歩いてて、それをカッコいいと思えなんて、無茶ですよ」
《自分が正しいと?》
「はい、ソコは正しいと思ってます。認識や認知の歪みは理解してるつもりです、主観でモノを語る以上は絶対に介在する厄介な存在があっても、ソコは正しいと思ってます。思い込んでます、じゃなきゃ狂っちゃいますよ、カラスは黒いし、空は青い」
《リンゴは赤い。クオリア、集合的無意識の話しは知っているかい?》
「素人が齧った程度で、全体の潜在的な共通認識みたいな?感じ?国を超えて同じ様に感じる」
《そう、そんな感じだ。まだまだ難しい分野なんだけれど、私はね、グループ分けがあると思っているんだよ、普通と言われる大分類のグループ、そして少数派のグループ、共感覚者とかね》
「音や数字に色が付く人ですか」
《それにサヴァン。普通とは違う人間が同じグループに属し、少しでも繋がっていた方が良いと思わないかい?何せ、生物は異物を排除する本能があるのだから》
「そのグループ分けをしてくれるんですか?」
《そう、物分かりが良くて助かるよ》
「あの、著者をですか?」
《君をだ。この話しに関しては、著者は恵まれていそうだからね、興味が無いんだ。君が不幸とは言わない、でも今以上に、より良い幸せを提供したい》
「なぜ」
《生まれる前から家には沢山の本が有った、特にこの、祖父の家には今でも読み切れてない本が沢山有る。そこで医学の知識も精神医学も学ばせて貰った、ただ、私は何かへの情熱が無い子供で、本を読むことが1番だった。そうして学校と言う社会へ出て、実地の大切さを学んだ。誰をどう仕向ければケンカが起るか、どうしたら教師に気に入られるか。それでも満たされなくてまた本に戻った、絵本に。それを読んでいる所を祖父が見付けてね、御使いは居ると教えてくれた》
「御使いが実在すると」
《あぁ、妖精もね。この家族は何処で仕入れたのか、妖精の粉を持って居て、それを使って1回だけ見る事が出来たんだ。そしてこんな風に掴んで、羽根を摘まんだら死んでしまった》
居ないはずのスズランの羽根が掴まれたと同時に、目の前に現れた。
そして本当にスズランの君の体は崩れ、羽根だけが残った。
「なんてこ」
《余りに悲しくて何かの呪いかと思ったんだ、そうして調べていくと、本当に呪いだった。ロキの事が書かれた未発表の原稿に、ロキの血の流れる者は妖精を捕まえる事が出来ない、と。それからはもう必死にロキの事を調べた、調べ尽くした時に祖父が教えてくれた。昔に自分を助けてくれた神が居る、それがロキだと》
「ロキまで居ますか」
《居るよ、トール神と同じくね。来て下さい、ロキ》
ノエルとは違った服装でロキが出て来た。
もう殺していいだろう、スズランの君を殺したんだから。
もう2人とも死刑で良いだろう。
立ち上がろうとすると、ロキが前に出た。
『サラが死んでしまうから、止めて欲しい』
止まってしまった。
仲良くするんじゃ無かった。
《サラだけじゃ無いよ、街の至る所に仕掛けて有る、毒や爆弾がね。私が殺されたなら、それが作動する。そして君が言う事を聞かなくても作動する、順に、バレない様に、徐々に全滅させられる》
「それで、どうしろと」
《さっき言った通り、ウチの子に、家族になるんだ》
「脳内で父を殺し、母を殺した人間でもですか」
《その位なら珍しい事じゃ無いよ》
「何で、アナタは、親を殺しましたか」
《そこは察しが良いんだね、生きるのに不向きな人間が居るんだよ。極稀に、生きてたら自身も周りも苦しむ、そう言う人間が居るんだよ》
「ならコッチは3桁も見殺しにした実績が有るんだ。今更あの街ごときで止めると思うか?」
《意外な経歴だね、でも君は今、見殺しと言った。今回もその見殺しに当て嵌まるんだろうか?》
問答が止まってしまった、負けた。
即答できなかった段階で論破されたも同然、全てが、手も足も出ない。
『シオン、ごめんね』
《そうそう、家族のケンカには家族の仲裁を。お願いしますねロキ》
ノエルの言う事が嘘だと信じきれたら殺せた、実際に被害が出ても生き返らせれば良い。
それか、全て信じて素直に諦めれば楽。
ただ、脳の再生は試した事が無いから、全てを生き返らせられる自信が無いから、殺せなかった。
まさかサラを殺すとは思えない、そんな迷いもあった。
プロなら、ミカちゃんなら殺したんだろう。
そうしてまた自分の責任として背負って、生き返らせる事が出来なかった人間の事も背負う。
背負う覚悟が無かった、どうしてもロキを脅威として認める事が出来なかった。
間違いを犯してでも、世界を守る意志が自分には無かった。
「ほら、やっぱり無能だ」
《あぁ、言い忘れていたけれど。君が自殺しても作動する様に設定したからね、自傷行為も控える様に》
御使いの心を折るのが楽しいドSか、馬鹿か、アホか。
『シオン、座って。君は正しい選択をしたんだ、あの街にはサラの家族も住んでる。マリーもダニーも居る、だから君は無能じゃ無い、有能だから正しい選択が出来たんだよ』
「ノエルの遺伝子は根絶させるべき」
《残念だね、精子は他人の名義で既に保管してあるし、子供だってあの子達以外にも居るかも知れない。それに一族も殺して周るのかな、大変だと思うよ》
「クソが」
《私は君のお兄ちゃんであり父親なんだから、そんな口を効くのは良くないよ》
ノエルが歩み寄り手を振り上げる。
ロキが庇うフリなのか何なのか、立ち塞がって直ぐに退かされた。
そうして再びノエルは思い切り手を振り上げ、振り下ろした。
苦悶の表情で、唇を噛みしめ。
顎にクリーンヒットしたらしく、またしてもベッドへ寝かされていた。
魔道具は取り上げられては居ないが、ストレージは変わらず使用禁止。
あぁ、制御具か。
そしてロキの姿形をした何者かが、ベッドへと突っ伏して居る。
「君は誰だ」
『ロキだよ』
「本物の証拠は」
『ノエルが変えられるのは顔と声だけ、体格は真似出来ない』
「男の体の見分けなんかつくかよ」
『服を脱ぐと良く分ると思うんだけど。私の方が少し身長が高いのと、肩幅が小さい』
「並べないと分らん、そんなにノエルの身体なんか見てないんだから」
『それは、そうだろうけど』
《起きたかな、君の友人に伝書紙を出しておくれね。養子の話しが出て前向きに検討したいので、暫くココに滞在して話し合いをします。とね》
「分かった」
下階へ降り、ノエルから伝書紙を受け取る。
フィンランド語で伝言を込めた。
【マーリンへ。養子の話しが出て前向きに検討したいので、暫くココに滞在して話し合いをします。シオンより】
ただの紙飛行機が上空へと舞い上がり、ふわりフワリと上昇し、何処かへと飛んで行った。
前と同じく、硝子越しに見える2人を見比べる。
確かに肩幅が狭く背は高いが、コレを直ぐに覚えられる程の空間把握能力は無い。
《良い子だね、庭でフィーカにしよう》
言われるがままに向かい、進められるがままに珈琲やオヤツを口に入れる。
味がしないのは、毒か何かのせいだろうか。
「妖精の羽根はどうしました」
《あぁ、コレかな》
テーブルの上にヒラヒラと落ちた4枚の羽根、スズランの君の模様と全く同じ。
何でココに居たんだろうか、それとも幻覚なのだろうか。
『シオン、知ってる子?』
答えてどうなる、答えてどうする。
不利な情報に使われて終わるだけだろうに。
《まさか本当に》
『ごめんよシオン』
「アナタ達は、聞いてどうしたかったんですか」
『他意は無いんだ、ごめん』
《謝るよ、そして一緒に妖精の墓を》
「そうですか。もう部屋に戻って良いですか」
《あぁ、良いよ。食べ終わってからだ》
泥水と砂利を飲み干し部屋へと戻った。
そうして窓を開け、羽根を粉々にし天へと返した。
『シオン、ごめん』
「もう良い、妖精は返せた」
『それだけじゃ無くて、こうなると思って無かったんだ本当に』
「前例が無いとでも?」
『無い。身寄りの無い子や、才能の有る子を街や村、旅先で見付けては連れて帰ったり、面倒を見て適切な場所へ送ってただけなんだ。寮へ入れたり、子供の居ない夫婦に紹介したり。少なくとも、私が関わった中でこんな事は初めてなんだ』
「そう、何ででしょうね」
『私を生かすのも殺すのも君だって言ってた、君次第で世界が変わるって』
「知る限りロキ神はトリックスター、奇抜な天才で子煩悩、トールの親友。アナタがそうとは思えない、残酷で残虐なロキと思えない」
『それでも私はロキなんだ、どう不甲斐なくても』
「アナタが僕を殺したらどうなります?」
『それは何も言われて無いけど』
「じゃあロキ神の殺意全開で殺しに掛かって下さいよ、そうして殺意を感じられたならロキと認めます。もし殺意を向けてくれないなら、アナタもノエルも殺します、それか自殺します。他人なんて知るか」
部屋を出てストレージから短刀を取り出す。
『止めて、待って、話を聞いて』
「聞いてますからどうぞ」
『死なないで欲しい、もう誰も死んで欲しく無い』
「もし家族に見合わなかったら、殺される可能性が有る。そして次が狙われる」
『ノエルはそんな事』
「こんな事をしてるのに、まだそんな事を言う」
『違うんだ、きっと何か意味が』
「分からないのか、本物ならとっくに分かってる。こうなる前に止めてくれる。自殺だって、誰かを巻き添えにするなら対象を搾る、そうやって意味のある大きな事をする、だから神様なんだよ。復讐者で代弁者で、利己的だけど子供思いの、子供と友人思いの神様。だから向こうではアナタの理解者は居た、人間も神様も少しだって好きだから、見逃したり笑って済ませてた。何だよアンタ、誰」
『私は、神様じゃ無い』
「じゃあ何だよ」
『神の子』
「人間から神になるのは知ってるけど」
『そうじゃ無い、それじゃ無い』
「まともに話す気が出たら呼んでくれ、下に行く」
下へと降り、そしてノエルの仕事部屋をノックした。
《仲直りは出来そうかな》
「アレは暫く時間が掛かる、今はコッチだ」
《そう、仕事しながらで良いかな》
「それでも大丈夫なら」
《うん、どうぞ》
「アレは誰?」
《ロキだよ、北欧の神ロキ》
「違う、ロキの何かを持ってる誰かだ」
《どうしてそう思うのかな?》
「勘。アレは違う、変身以外は欠片も無い」
《そう、他には?》
「飛んでる所も見て無い、彼独特の思考も、彼の魔道具も無い。そんなんでロキと認めるのは彼が怒る」
《何処の彼?》
「実際の彼だよ。アレは、僕の家族のどの位置なんだ?父?弟?」
《息子、父であり、そして母》
「あー、息子以外は殺す対象だ。タバコ有る?」
《好きなのをどうぞ、中庭で吸っておくれね》
「はい、どうも」
金持ちは凄い、接待用なのか全銘柄が揃ってる。
取り敢えずは見慣れたパッケージに近い箱と、差し出されたライターと灰皿を借り、キッチンへ。
コップに作り置きされている珈琲とインスタントを少し混ぜ、後は氷を入れ中庭へ向かった。
ソラちゃん、ココは何の禁止区域。
【中庭は外部からの移動魔法による侵入禁止、外部からのストレージ発動禁止のみ。内部でのストレージ発動は許可されています】
ガバガバだ。
ガバガバだったのは外部に仕掛けがあるからだけど、突発の攻撃には弱いだろうに。
まして内部犯には特に。
その理由は本当に、ノエルに見る目があるからか。
ギフトか加護持ち?
亜人で魔力容量もそこそこって既にイレギュラーなのに、更に加護持ち?ロキが与えた?
自分より優れた審美眼を与えるか?
そもそも加護のルールを知らないしな、聞いとけば良かった。
聞くか。
《何かな?》
「ギフトか加護持ち?ロキ擬きが与えた?」
《加護は無いよ、膜を治して貰っただけ》
「その審美眼はなに」
《ほら、頭が良いし。ギフトかも》
「マジか、ありがとう」
《いいえ》
イレギュラーマン、ロキなら確かに目を付ける。
そもそも、こうやって右往左往する人間や神を見て喜ぶタイプな筈だが。
あの、オロオロなよなよしたのが演技なら、確かにロキだ。
「ロキ擬き、子供に加護を与えた事は」
『あ、うん、有るけど』
「なんだ、ハッキリ覚えて無いのか」
『名前が分らないのが多い、その子の顔と加護なら覚えてる』
名前か、そうか確かに。
マティアスの子供の頃の写真を借りないと、どうやって?
「また邪魔する、許可が欲しい」
《うん、火は消してあるよね?》
「真ん中に刺したまま煙が消えるの見た。で、知り合いの写真が欲しい」
《連絡は自由だよ、ただ家族を売る様な事は禁止》
「家族になる前に既に売ってたら?」
《それは勿論、除外だよ》
「コレ、外して欲しい」
《分かった、はいどうぞ》
「度々ありがとう」
《いいえ》
小窓へ行き、伝書紙を取り出す。
仕事部屋やリビングと比べても、この一画だけ特に華美。
リビングから丸見えのガラス窓に背を向けた先、その一画がフレームの様に装飾が施され、ミカちゃんの主が飾られている。
こう言う場合、仕掛けて有るのはカメラだろうか。
場合によってはマイクも有るんだろうが、仕方無い。
【マティアスへ、子供の頃の写真を求む。シオンより】
向こうにはマーリンか誰か居るだろう、これで誰も居なかったら殺す。
マジで殺す。
後は返事を待つだけ。
中庭で煙を吐き出してると、ノエルの服を着たノエルが来た。
もう入れ替わりは止めたのだろうか。
「もう入れ替わる必要が無くなりましたか」
《あぁ、そうだね。にしても凄い人格交代だね君も》
「人間なんて、どうせこんなものでしょう」
《美味しそうだね、ソレ》
「作ります?アイスコーヒー」
《あぁ、頼むよ》
火を消しキッチンへ向かう。
大きなコップにインスタント少しと作り置きの珈琲を混ぜ、それから氷とストロー。
トレイにシロップとミルクを置き、持って行く。
割ろうが何しようか知るか、家族なんだろ。
「どうぞ」
《ありがとう》
「御使いは置いといて、どう見えてたんですかね」
《怒らせると怖そうだなとか、律儀だったり真面目そうとか。端々からポロポロと零れる情報を繋いでる》
毎回ココに来て先ずは手洗いをする、そういった衛生面がしっかりしてるのは病気をした事が有りそうだとか。
メイド以外に販売員、店の売り子にも普通に接するのは販売関係に携わった事が有るか、身近に関わっていたか。
経済面では普通か少し裕福、何が高いかを少しは分っていそう。
マナーを異常に気にするのは過度な親の躾か、自分を良く知っているからか、もしくはその両方。
「そうじゃ無くて」
《ふふ、まぁまぁ落ち着いて》
しっかりしている割には不安げ、特に常識や知識の面では聞き手になり意見を控える。
親の過度な躾か、世間を知らない場合。
さらに問題なのは、どう世間を知らないか。
世間知らずの傍若無人な発言は無い、人当たりにも問題が無いなら、何処か隔絶された世界で生活していた可能性が出る。
ただ、過度な抑圧の気配は大分過去のモノ、かといって執着が見られないので不本意に囲われていたワケでも、自分から閉じこもっていたのでも無い。
なら、単純化した答えは。
この世ならざる者。
神や天使、そして御使い。
「宇宙人、異星人の可能性が抜けてますよ」
《確かに、それが抜けていたね、考え直さないと》
「宇宙にも居ますからね、ずっと神の様に見守る存在」
《その名は?》
「アクトゥリアン、重要な人間が呼ぶと手助けしたりも有る」
《見守るのに、手出しをするのかい?》
「介入には限度がありますけど、その範囲内なら手出しは可能です」
《ほう、外見は?》
「宇宙人の写真あります?参考資料とか」
《あるよ、少し待っていておくれね》
休憩じゃないのか、仕事大丈夫かあの人。
暫くして、本や資料を沢山抱えて戻って来た。
それを眺める間にオヤツを用意してくれた。
サイコパスにこの行動が、出来るか、見本が居れば良いんだし。
「お仕事は大丈夫ですか」
《うん、折角日差しもあるんだし、本当は外で仕事が出来たら良いんだけどね》
「ですね。アクトゥリアンに近いのはコレ、つかほぼコレ」
《艶は?》
「艶無し、ただ地球環境への対応でそうなってる可能性はある、宇宙なら艶有りかも知れない」
《皮膚呼吸やそういった環境の為の皮膚だものね、有り得る》
「それと、テクノロジーがヤバい。コレでネットに繋がって何でも出来る」
《手に取らせて貰える事は?》
「ダメ」
《欲しいなぁ、今欲しい》
「ダメ、オーバーテクノロジーは人類が絶滅するから」
《確かに、でも私に見せて大丈夫なんだろうか》
「再現出来ないでしょう、中身とソフトを見ないとね」
《確かに。残念だ、少し勉強しておくよ》
「そのウチ出来るでしょ、シンギュラリティが神々によって抑圧されて無いのなら、そのウチ出来る」
《楽しみだ、代替品が有れば手に取らせては》
「ダメ、知識も詰まってるから。アカシックレコードに触れると深淵でパンドラの箱が開く」
《それも良いね、書かせよう》
「出版脳」
《ありがとう褒めてくれて。やっぱりあの話は君が発案者だね》
「妄想の小話を聞かせただけ、改変はかなりある。上手く纏めて作品にしてくれたのは著者」
《恋人?》
「さぁ」
《何だ違うのか、そこからまた1作品出来上がると思ったのに》
「大事なのは君が壊した」
《妖精は本体が死なない限りは、また生き返るんだろう》
「君そっくりの体と脳、記憶を持った物体が有るとする。それに命を吹き込めば君になるのか?それはあくまでも君のコピーであって、君では無いんじゃ無いか?まして死を経験した君と経験していない君、もう分岐しているんだ、違う行動を取る可能性が有る。じゃあそれは、どっちが本物?本来の君は?」
《それも良いね、書かせよう。それと、その答えならどっちも私だ、もう1つ体が欲しかったから協力して私になる、集合体の私に進化するだけ。そしてどちらかが死んで、どちらかが生きていてもそれは私、私の記憶や感情を持っているなら私、増えてもそう、私が私達になるだけ》
「記憶と感情ね」
《例え記憶が同じでも感情の発露に余りにも差が有るなら、それは私では無いから。多分、殺してしまうね、今生きてるこの環境や立場自体が有限だから、奪い合いになる前に殺す》
「生き返って、自分の感情の発露に違いがあったら?」
《それは生きていても起る変化、そこを踏まえて私として生きる。ただ、死の記憶が無い方が変化は少ないだろうね。衝撃的で、誰しも人生観に変化が起るだろうから》
だからティターニアは死の記憶が消える様にしたのか、その変化が多大な影響を及ぼすから。
「それでも、他者が同一と認めないなら、同じ人間では無いのでは?」
《そこは生きる者の定め、話し合いしか無いだろうね。そこで別れが起きるなら、いずれ何処かで別れが来る》
「モテて、何でも持ってる人間は踏ん切りが違いますな」
《執着は有るよ。ただ、執着を続けた先が悲惨だと知ってるし、分かるから。その執着へ執着が出来ないんだ》
「そして貴方の世界は大きくて広いから、代わりや、より良い人間が見付かる、そして執着する必要も無い」
《うん、そうだよ。小さな世界で生きるなら執着も必要だけれど、もうこの世界に行けない場所なんて殆ど無い。人種や地域を選ばなければ、似た人間はいくらでもいる》
「僕に似た人間は何処に居ますか」
《宇宙かな》
「範囲が広過ぎ」
《だって、君は宇宙人だろう?》
「否定すると?」
《御使いか神様か天使か、もし神様なら私はとんでもない天罰を受けるだろうね》
「御使いなら?」
《人間の枠内で罰してくれると思う》
「じゃあ、この国でも滅ぼしますか」
《神様なら、優しい神様だね》
「もう全部否定したいわ」
《ふふ、本当の事を言うと、見当がまるで付いてないんだ。ただ、この世ならざる者なのは確信してる、神様なのか天使なのか、御使いなのか宇宙人なのかは測りかねてる》
「神様なら、目の前で願い事してみるのも有りですよ」
《世界平和、ネットとテクノロジーの解放をお願いします》
「具体的にお願いするものなのよ、それも1つ」
《それが日本式?》
「まぁ、そうです」
《ネットやテクノロジーが民間へも解放されていく事によって、世界平和へと繋がる筈なので、どんどんネットを含むテクノロジーを進化や発展させ、人々がその恩恵に早く与かれる様にして下さい。お願いします》
「因みに神様の属性によって全く無理な場合も有ります、金属の神様に水は操れないから。個人的な中位の願いは?」
《君と家族になる事で、ロキや私。世界が平和になる事》
「小さいのは?」
《明日も暑いらしいから、アイスコーヒーが明日も飲みたい》
「小さっ、最初から濃く作るかインスタントを混ぜてから、氷を入れれば良いんです」
《なら、アイスコーヒー用のポットも作って冷蔵庫に入れておこう》
「ミルクは濃い牛乳が良い」
《なら明日は買い物に行こうか、神様ならもっと栄養を取らないと辛いだろう?》
「ロキはどう補給してる」
《私と同じ普通の食事だけ。拒食症みたいなもので、自分の容量を満たしたがらないんだ。死にかけた時や、暴走した時に周りに迷惑がいかない様に、敢えて抑えているみたいだね》
「不死の拒食症患者って、難し過ぎ」
《だから思考も纏まらないし、あんなに不安定なんだ。だから、極限まで弱り続けた神様だって事は念頭に置いて欲しい。昔はもっと聡明だったんだよ、その昔も、もっと》
「少し考える」
《うん、じゃあ仕事に戻るよ、ご馳走様》
確かに、人間なら脳が委縮して思考も何も上手く考えられない、纏まらないのも分る。
ただ、それが神に当て嵌まるか?
そんな神様居たか?
何処に。
日本に居たっけか?
タブレット出すか?
『シオン』
「なに」
『妖精の事、止められなくてごめん』
「知らなかったなら良い」
『粉の事は知ってた、でも、私にも見えなかった妖精が見えるなんて思わなかった』
「なら何も出来ないでしょう、なら良い」
『昔は探れば分った事もあるけれど、今は分らなくて、ごめん』
「なら良い。どう探った」
『微かな匂い、特に花の妖精はその花の匂いがするんだ。野原で探すのは難しいけど、人里に降りた妖精は匂いと、気配で分る。微かに違う風の流れとか、移動してれば分る』
「獣の王ロキか、ノエルに君の血が入ってる?」
『入ってる』
「それでか、感覚が鋭くなって。神の血ならそうか」
『多分、そうなのかも知れない』
断言できない位に思考が纏まらないのか、誤魔化してるのか。
弱って衰える、弱って何かが衰えた神様なんて居たか?
居るか、日本に。
最初の世界の黄泉の国の女王。
少なくとも外見が衰えた、能力は?変異か。
ならロキも衰えて変異した?だから感知もされなかった?
でも、記憶喪失の凶悪犯を見てる気分で、断罪し難い。
危険が無ければ全盛期のロキになって、思考が正常になってから死んで欲しい。
でもそれがロキの狙いなら、隣国のフィンランド所か世界が危ない。
これが役目?
なら殺すしか。
殺せるか?リボン蛇で向こうのは死んだけど、死や昇華の原理が根本的に違うかも知れない。
一定のルールに則った死?
死にもルールが絡んでる?
有り得るかも知れない。
神様が少ないし、殺された神様も居る。
神様を守る何か、ルールか何かが有るかも知れない。
正式な手順を踏まないと死なない、死ねない、昇華出来ない。
でも何だ?
トール神に直接殺されないとダメ?
でもそれは多分、とっくに試してるだろう。
なら何だ。
関連がある者が殺すだろうに、でも、トリックスターだからその枠組みから外れてる?
御使いに殺される事が条件?
なら、もっと手軽に出来てるハズ。
日本にでも乗り込めばイチコロだろう、移動に制限が無ければ、だが。
「日本へ行った事は?」
『あるけど、誰も殺して無いよ』
「殺された事は?」
『ごめん、ある。御使いかと思って襲って刺されたけど、死ななかった』
手順が違うのか?
それともトールか関係者じゃ無いと無理なのか?
「トールには?」
『何度も、でも、凄く悲しそうで。だからもう、止めた』
確かにロキなのかも知れない、でも、ならどうしたら死ねる。
何の条件が必要なんだ。
「理想の死は?」
『家族に見守られながら衰弱死』
「だからって、栄養不足はイカンだろう」
『鬱って、ある程度回復して、よし死のうって死ぬ元気が出て、自殺するのが多いって聞くから』
「それでもだよ、君を殺すには殺しに来てくれないと殺せないから、少しは回復して欲しいんだが」
『でも、うっかり死にたくなって、その考えに取り付かれたら、止められる自信が無いんだ』
「何年、その状態だ」
『爆弾自殺から、特に低い容量なのは30年以上』
100年お腹が空いてたら気が狂いそうなものだが。
もう狂ってるから、もうコレ以上狂わない?
そんな事有るか?
それとも、コレが狂ってる状態なのか。
それは置いといても、変質してるまま殺してもルールがあるなら死なないハズ。
何だコレ、謎解きか何かか?
ロキの家族が役目?
有るか?そんな事。
自分がその適任者の自負は無いが、他に適任者は?
適任者、マーリンはこの事を言っていた?
怖い、マジ怖いわ。
しかも親ならともかく、ロキを息子って。
未妊娠のノット経産婦にか?
アホか。
「どうも、宇宙人ですけど」
《ちょっと待っててね……はい、何かな?》
「弟じゃ無くて、何で息子?」
《別に娘と思ってくれても構わないよ?》
「で、何で子供?」
《ヒントは他者》
「えー、後じゃあ、ロキの本が読みたいんですが」
《資料ね、なら出て直ぐの階段横が資料室だから、好きに入って良いよ。ただし》
「火気厳禁、飲食厳禁ね、しませんよ」
《うん、それとロキも侵入禁止、持ち出しも禁止。はい、鍵》
「了解」
家族として考えるなら、彼のルールに問題は無い。
家族を売るのも、自殺が禁止なのも。
本当に家族を目指してるんだろうか。
洗い物をしてくれているロキを確認し、鍵を開けて資料室へと入る。
ソラちゃん、ココはどんな感じよ。
【全ての魔法禁止です】
厳重。
目の前には明かり窓と金庫、両サイドには本棚の群れ。
後ろ手に鍵を締め、本を探す。
本屋と同じく分類分けがなされているが、タイトル順に並べられたり、物によっては著者名順に並べられている。
その中に、北欧神話を見付けた。
前に本屋で見付けた物よりも、遥かに古い本。
当然と言うべきなのか、中身が微妙に違っている。
アールト社のは最初の世界の話に近く、他の社や、特にこの古い本は後半がかなり違う。
ラグナロクでは多くの者が死に、時にはその地を焼き尽くさんばかりに燃える劫火に身を投げた、そんな中で生き残る様に命じられたのはトール達。
そしてヘル。
死の女王無くしては、死んだ者を蘇らせる事が出来ない故に、生きる事を命じられた。
だが死の国で生きる事に疲れたヘルは劫火へと身を投げた、そして他の兄妹達も次々に身を投げ入れる。
そして死の女王が居なくなった事で、神々や人々の蘇りが不可能となり、その責を問われたロキは下界へと堕とされる。
黒い羽根も捥がれ、飛ぶ事も出来なくなった彼を可哀想に思った神が、生まれ変わらせる事にした。
天使を携えたその神がロキに問うた、不死の邪神よ、どの様な死を願う。
ロキは答えた、想像も出来無い死に喰らい尽されたい。
そうして喰らい尽されたロキは、生まれ変わり、地の底で今も死の番人をし。
その神に赦されたトール達は、泉のほとりで静かに暮らしました。
全然違う、しかもかなり教会の介入が見える。
確かにロウヒの話しも介入が有ったみたいだけど、コレは。
コレが史実に近いのかも知れない。
それにアールト社の方、御使いの協力者が居るからこの話しの筋になってるハズだし。
御使いと協力関係なら、もうとっくにロキを殺せてるハズ。
それは何故か。
家族じゃ無いから?理想の死では無いから?
どちらのロキの理想の死?
え?合わせ技?
欲張りだ、ただロキは欲張りな方だ。
有り得る。
ただ、想像も出来無い死って何よ。
しかも喰らい尽くされたいって、地割れ?
あれ?何しに来たんだっけ、家族の事だよな確か。
ヒントは他人。
分らん、コレ以上は知恵熱出る。
持ち出し禁止だし、出よう。
資料室から出ると、良い匂いが漂う。
塩肉じゃがの匂いだ、久し振りだな。
『もう直ぐ夕飯だけれど、食べられる?』
「おう」
少し埃と湿気のある場所で、しかも古い本を触ったので手と顔を洗って居ると背後に気配がした。
振り向くと、ノエルがニコニコしている。
《ほら、思った通り》
「潔癖では無い」
《そうは言ってないよ、綺麗好きだね》
「散らかってるのは平気、多少は。でもあそこは空気の入れ替えをすべき、埃も」
《だよね、そこで相談なんだけど。私が明日空気の入れ替えをするから、ノエルの恰好したロキと買い物に行って欲しいんだ》
「不用心な提案をしよる」
《そこで君とロキが何処かへ逃げても良いよ、それでも、もう誰も殺さない》
「逃げた先で殺したら?」
《それでもロキは戻って来る。もし君が戻って来なかったら、また候補を探すよ》
「薬な、変な副作用出たらどうする、次はうっかり死ぬかも知れんぞ」
《本当にね、焦ったよ君の副反応は。もう少し改良する》
「それでも副作用からは逃れられんよ、体質は千差万別なんだから。エピペンとか用意して、もう少し医師や看護師を噛ませた方が良い」
《そうするよ。でも他の子では何も出なかったのにな、君が宇宙人だからだろうか?》
「副作用が出やすい体質、しかも確率が低いのが良く出る。そう言う宇宙人なんだよ」
《花もね、改良が完璧だったハズなのに、効き目が全然だったし》
「自分で改良したの?アレ欲しいんだけど」
《まさか依存性が?》
「無い無い、他に使いたい」
《そう、じゃあ後で温室に行こうか》
「やった」
3人の食卓は初めて。
何だか緊張するし、落ち着かない。
『大丈夫?』
「1人で食べた方が落ち着く、基本は箸だし、器持つし」
《なら手軽に食べれる物の時だけ同席しよう、サンドやグラタンなら大丈夫だろう?》
「そうして下さい、お願いします」
お代わりもするので、今回は特別にキッチンで食べる許可が出た。
キッチンで1人、立って食べるのが1番落ち着く。
溢しても直ぐ拭けるし、食べ方で怒られないし、どうせ直ぐ食べ終わるのにテーブル拭くだの面倒な事を省けるし。
ずっとこの方法でやらせて欲しいが、無理なんだろうな。
《何度目のお代りなのかな?》
「まだ1」
《足りそうだろうか》
「足らんよ、食べ尽くしても足らん」
《なら作ろうか》
「良い、ある」
ストレージから盛り合わせを出して食べる、久し振りに食べる自分の味。
コレも何も味がしない。
粘土か土、そして砂利、薬の副作用なんだろうか。
《自作なのかな、宇宙人は料理も出来るんだね》
「おう、こっち見んな」
《美味しそうだなと思って見てるだけだよ》
「大した事無いよ、ほら」
《美味しいのに。何か納得いかない出来なのかい?》
「味がしない、多分薬の副作用」
《待って、それは》
「前は有った。多分、副作用が遅れて出たんでしょ。だから気を付けろって事よ」
《それなら医者に行こう》
「薬か花か、それバラさないとダメでしょ。そのうち治る」
《匂いは?》
「不思議な事にあるんだ、だから珈琲飲んでるんだし」
《治療師の方が良いかも知れないね、当ては有るんだよね》
「もう少し様子見したらね、匂いが分るんだし大した問題じゃ無い」
仙薬飲むのに便利だしね、もうゴクゴク飲める。
鼻から息を出さなければ、少しトロミの有るただの液体。
良い、別にこのままで問題無し。
食洗器の横で、壺からガブガブと仙薬を飲んでいると。
ロキが少し怪訝な顔で見ている、流石に不味かったんだろうか。
『良く飲めるね』
「やろうか、ほれ」
『でも、君の分が』
「まだある。MAXは何処まで飲める、コレ基準で」
『多分、200杯以上』
「いけるなぁ、やっぱ神様なのか。ごめんな、疑った」
『その事で話が有るんだけど』
「もう今日はパンク寸前で、コレ以上は知恵熱出るからタイトルと要点だけ言っておくれ」
『親は神様』
「そらそうでしょう」
『それと、私は自分の事を神様と言った事は無いんだ』
「んー」
『それと、私の話』
「ロキの本は資料室で読んだけど、結構違いがあるのね、知ってた?」
『うん』
「おう、で、飲むか?」
『うん、1杯だけ』
「なぁ、ノエルにも飲まそうや」
『ふふ、ノエルならこの位までなら平気だと思う』
「溢れても吸い取るから平気、こん位飲まそう、後でな。温室行く予定だし」
『花に依存性は無い筈だけど』
「余所で使うから欲しい、いつ使うか分らんけどね」
『そう、気を付けて』
《栄養補給できたかな》
「おう」
鍵付きの温室には白衣にマスクを付けて入る、断ったがどうしてもと無理矢理付けられた。
暑い、そして息苦しい。
奥へ進む毎に熱くなる、匂いも嗅げないし、外すか。
《待って》
「大丈夫、もう解毒出来る。良い匂いだよね、本当に」
濃厚なのに爽やかな甘い香り。
癖の無い、癖になる良い匂い。
《本当に、君は宇宙人か、神様なんだろうか》
「宇宙人にしとこう、想像を絶する天罰が怖くて恐れ慄いて、震えて夜も眠れなくなれば良いよ」
《あぁ、そうだね》
「この匂いの香水とか無いのかね、この匂いそのままが良い」
《有るよ、近隣ではウチの街限定で卸して貰ってるんだ》
「怖いわぁ、富豪の考える規模は恐ろしいわぁ」
《ふふ、訛りも面白いね君は》
「手前に有った枯れてたのは?」
《ロキが持って来たモノらしい、ずっと休眠中のまま》
「いつからコレを?」
《ロキと会って以降の先祖が代々継いで来たものなんだ、気に入らないライバル企業に渡す嫌がらせにとロキが考えたらしい。その特性もね、だからロゴにも使ってる》
「代々品種改良を?」
《祖父がね、植物を育てる魔法が使えたから。後は植林にも協力して、その能力も良い事に使ってたよ》
「使用したのは君が初めてか?」
《そうハッキリと使ったって記録は残されて無いけれど、読み進めれば使ったんだろうと予想出来る日誌や何かはある。大概は私怨と仕返しだね。結構道徳的な人間が多かったから、悪用とまで言い切れるのは極僅かだよ》
「そこにこんなのが生まれたと」
《そう、そして育った》
「ココの花を使えなくしたらどうする」
《庭師を呼ぶかな、ソダンキュラかその近くの者を呼ぶ》
「ギリギリを攻めるね君は」
《商売にはそこも必要だからね》
「で、どれをくれますか」
《どれでも、ただ鉢の方が良いだろうね》
「ですな、この休眠中の子にします」
《それは少し根付きが悪くて、コッチなら大丈夫だよ》
「コレにします。品種改良中なのは無いんですか」
《あるけれど、当分咲かないよ》
「どう改良をしてますか」
《ひみつ》
「ほう」
《流石に心配だから、そろそろ出て欲しいんだけれど》
「おう」
外へ出て白衣を良く叩いてから、外部を内側に丸めて、車庫内の洗濯機へ放り込む。
子供も出入りするからか、かなり気を付けている様子。
《じゃあ、私はこのままシャワーを浴びてくるから、服を叩いて1階のバスルームを使うと良いよ》
「マリーちゃん達が来たら心配になるし、ココで待ってます。ごゆっくりどうぞ」
《分った、念入りに手早く出るよ》
「うい」
リボン蛇を入念に叩き、清浄魔法を端に掛ける。
変異無し、全体に掛けストレージへしまう。
そんな事をしている間に、もう出て来た。
《向こうで再度浴びるから、ココでは軽く落とすだけで充分だよ》
「うい、じゃあ自分の服もお願いします」
《はい、どうぞ、開けとくから投げ込んで》
ノエルに倣い、先ずは靴を叩く。
そして入念にシャワー室でコートを叩き、魔法を掛けストレージへ。
それから服、靴下、全てを投げ入れようとドアを開けると、まだ居た。
「帰って宜しいが」
《操作分る?》
「多分、イケる」
《ココ押せば、また動くからね》
「うい」
思いっ切り見られちゃったね。
つか、待ってそうよね、この神経質みと過保護感には覚えが有る。
全身を洗い流し、ドアを開けると本当に居た。
《その位で大丈夫》
「あ、はい」
裏口で再び靴を叩き、其々に再び浴室へと向かう。
部屋の前で寝間着や下着一式を取り出しベッドへ置く。
早く花を咲かせたい。
浴室でエリクサーを少しあげ、ゆっくりと成長させる。
シャワーで水をあげながら、蕾まで成長させた。
この子も妖精が出るのだろうか、それとも出ないでくれるだろうか。
出ても良いけど、ココから遠くに行って欲しい。
でもそれは無理なんだろう。
名前を付けてあげたら、こんな事はしないでくれただろうか。
あの子は何で居た、情報はマーリンにあげたのに。
心配して来た?
それともマーリンの命令?それとも。
多分真実は分らない、もうあの子を蘇らせても真実は聞けない。
マーリンも、きっと本当の事を言わないだろうし。
もう、そうとしか思えない事態だから。
今日はもう開き直って、ぬいぐるみを抱いて寝よう。
スーパーで買った青いウサギ、きっと良い夢が見られるハズ。
《ノエル》《スズランの妖精》《マティアス》『マーリン』『ロキ』