4月22日
雪。
計測は高値、昨日の蜂蜜酒のお陰だろうか。
しかも朝と言うより、もう昼に近い。
下に降りるとマーリンとラウラが例の、精霊の歌の映画を観ていた。
『おはよう』
「おはよう」
《おはようございます》
朝食を食べ、シャワーを浴びてソファーへ座る。
そしてうっかりそのまま眠ってしまい。
起きたのはオヤツの時間。
どんだけ筋肉痛の回復に回してるのか、もう自主的に治すべきだろコレ。
『寝たねー』
「おう、治した方が効率的やな、毎日コレは不味い」
『だね、2人はお仕事行ったよ』
「おう。ワシ、無職なんよな」
『でも用事は有る。例の出版社、国連でも調べて何も無し。他の伝でも問題無し、どうする?』
「シオンが行くなら問題無いでしょう、血縁と知ってるのは限られた人だけだよね?」
『うん、送ろうか?付いてく?』
「コレから方々回るかもなのに、全部は無理でしょ」
『出来なくは無い、合わせれば』
「もう成人してるんで止めときます」
『じゃあ、もし何かあったら伝書紙で』
「それか精霊でも飛ばすよ、じゃあね」
『いってらっしゃい』
《行ってらっしゃーい》
心の声を聞かせない魔道具以外を装備、予備のコート、眼鏡等で準備を万全にし、先ずはスウェーデン国境沿いのコラリで一時入国審査。
仕事にしなきゃ買い物をしに単独でどう動いても問題は無いらしいが、ただ少し驚かれた後に、運送屋の仕事を勧められた。
純粋な親切心なんだろう。
今回は特にブルーラグーンへ行った事が役に立った、同じ経路でマールングまで移動。
少し街を回るだけで、ノエルの家が何処ら辺に有るのかも分かってしまった。
人形効果、凄い。
そうしてノエル・アールトの家へと向かう。
少し歩いて居ると降る雪の量が多くなってきた、天気予報を確認すべきだったか。
でも訪ねるには好都合、良い人を装うなら家に入れてくれるだろう。
「すみません、絵本の人形の事で来ました。お話しさせて貰えませんか?」
【お約束は】
「してません、コレです、お願いします」
【暫くお待ち下さい】
何秒待つか数えていると、1分もしないうちに門が開いた。
余程のセキュリティーなのか、本当に良い人なのか。
『お待たせしました、どうぞ』
「ありがとうございます」
警備無し、今の所はメイドさん1人。
結界は良くある感じ、多分ストレージと移動魔法禁止。
そして内部も質素でシンプル、ただ上等な品物の中に古い物も混在する空間。
そして子供や家族の写真が暖炉の横に僅かに飾られている、全体的に品が良くて落ち着いた雰囲気。
メイドさんから珈琲を頂き、冷める間も無く家の主人が現れた。
《この雪の中を、大丈夫でしたか?》
「こう降ると知らなくて、突然すみません」
《いえいえ、どうぞ座って。絵本の人形の事で訪ねて来られたそうですが?》
「あ、はい、コレです」
小脇から出した可愛らしくも美しい人形を見て、少し表情を緩めた。
普通に良い人そうに見えるけど。
《少し見せて貰えるかな、それと事情も》
「この子、絵本が無いんです。それと、原稿の持ち込みの事も相談したくて、何処に持ち込むのが良いか相談させて貰えないかと」
《同じ人形の様だ、ウチの子も持っているんだ、そろそろ車で帰って来ると思うけど。それまでで良ければ原稿を見ようか》
「ありがとうございます、お願いします」
《コレは君が?》
「いえ、知り合いです、その挿絵も」
《そう。それでその人形の由来を聞かせてくれるかな?》
「町で見掛けて買いました、そうしたら本と人形はバラバラなんだと聞いて。どうやらお子さんを亡くしたとかで、本を探すのに、何か伝があるんじゃないかと」
《本が有っても、それでも受け取らないかも知れないよ。子供を失うなんて、考えられない位に辛い事だろうから》
「なら良いんです、話しも本当か分からないし、自己満足ですから。僕、親が居ないので、何かして上げたいって思っただけなんで」
《なるほど、本屋はどの位回ったんだい?》
「まだ両手程です、それとは別に探す方法が無いかと思って」
《うん、ルートはそれぞれあるからね、探させよう。君の家は?連絡先は何処になるのかな?》
「ソダンキュラです、知り合いの家に住まわせて貰っています」
《仕事は何を?》
「社会に出たばかりで、無職です」
《それで小間使いを、でもお金には困って居なさそうだね》
「はい、周りに恵まれまして、贅沢をしなければ生きて行けます」
《ふふ、そろそろ娘を出迎えに行かなくていけないんだが、まだ時間は大丈夫かな?》
「はい、大丈夫です」
《そうか、直ぐに風呂へ送り出すから、ゆっくりしていてくれね》
柔らかい物腰で若いのに貫禄がある、20も離れてないのに、こうも違うのか。
知ってる身近な大人とはかなり違う。
暫くして小さな女の子だけが抱えられて入って来た、確かお兄さんが居たような。
「可愛らしいお子さんですね」
《そうだろう、上の子が風邪で今は妻の方に。なぁマリー、ご挨拶は?》
《マリーです、こんにちは》
「こんにちは、シオンです」
《良い名前だね》
「名乗り忘れてました、申し訳ない、豪邸で緊張してしまって」
《良いんだよ、後で聞こうと思っていたから。さ、マリーはお風呂に入れて貰いなさい》
《うん》
メイドと共に扉へと向かうマリー、お人形の様に可愛らしい子。
《珈琲は苦手かな?》
「あ、いえ、熱いのが苦手で、大丈夫です」
本当に緊張して手をつけ忘れていただけ、うん、美味しい。
《それで、少し読ませて貰ったけれど面白い短編集だね。中には中、長編にした方が良い物も有る。それを書き直して余所へ持ち込むか、ウチで預かるか、どうだろう?》
「本当ですか?そんなに?」
《誤字脱字も無くて、子供でも読み易い。今の時代は手直しの人件費も絞らないといけないから、綺麗な文章は助かるよ。それに挿絵も参考資料では無く、本当に描いて貰ってはどうかな》
「それは、その人には本職がありまして。それで断られました」
《残念だ、セットで欲しかったんだけどね》
「もし似た絵の方をご存じなら、僕が行って交渉してきます」
《ふふ、そこはウチに任せてくれるなら大丈夫。この雰囲気の絵師なら受けてくれる人間を知っているから、君の好きな話しはどれだい?》
「あー、読んでないんですよ、本になったら読むって言っちゃったんで」
《凄い自信を、いや、信頼してるんだね、友人を》
「まぁ、知り合いの知り合いなんですけどね」
《もしかしたら、同居人かな。まぁ詮索はしないでおくよ》
「同居人です、僕、無能なんで」
《ふふ、この著者は、何か書いた事があるのかな?》
「いや、その人も本職の合間に書いただけで、何か書いたとは聞いて無いですけど」
《創作グループでも無いんだね?》
「はい、知り合いに話を見せたら挿絵を書いて貰っただけです」
《交友関係や顔が広いのかな?》
「それも知り合いの伝手で、世間に出たばかりで、頼ってばっかです」
《それも事情がありそうだ、この並びに拘りはあるんだろうか?》
「大した事情じゃ無いですよ。並びは、それは聞いて無いです」
《なら少し並びを変えて欲しいんだが、コレは中、長編で書き直して貰うのに分けて》
話を聞きながら速読かとも思えるスピードで読破し、束を並べ替え、そうして分けられた束を返された。
「コレを?」
《この並びで良いか。そしてコチラは長編で書けないかの相談をして来て欲しい、長編が無理なら中編でも良いし、それが無理でも短編集は出す条件で、どうだろうか?》
「こんな、スムーズにいきますか」
《大元だからね、コレ位はネジ込めるよ。ただ、君が読んでくるのが条件だ、この並びでね》
「わー、頑張ります、時間掛かりますが」
《字が、不得手なのかい?》
「少し辞書が必要で、すみません、学校に殆ど行って無いので」
《なら、私がマリーと君に読み聞かせるのはどうだろうか?もし時間が有るならだけれど》
「嬉しいんですけど、良いんですか?」
《兄が居なくてマリーが少し寂しがっていてね、本当は居て欲しいのが本音だよ。何せ兄と離れて過ごすのは初めてで、今朝は学校へ連れて行くのも大変だったんだ》
「凄い人見知りしてましたけど」
《だから大人しいんだよ、君が居なくなったらもう、どうなる事か》
「あー、じゃあ泊りにならない程度でお願いします。料理を頼まれてるので」
《そうか、じゃあそうしよう》
ノエルさんが湯上りのふわふわマリーちゃんを膝に乗せ、挿絵を見せながら朗読会。
良い声で読み上げられる綺麗なお話、その心地好さにマリーちゃんが眠ってしまった。
「寝ましたけど、どうします?」
《よし、じゃあ今日はココまでにしようか。また明日、良ければ、今度は13時頃はどうだろう?》
「はい、喜んで」
近くの街までメイドさんに車で送って貰い、少し買い物をして移動し、コラリへ。
一時許可証の返却。
移動魔法で、ソダンキュラへと帰った。
《お疲れ様でした》
『追跡は無いね』
「いやー、緊張したー」
『お疲れ、それでどうだった?』
「嘘も無いし、スムーズに出版の確約まで貰った。ただ全部読めって、読むのに時間が掛かるって言ったら読み聞かせしてくれたし、子供可愛かった」
『警戒し過ぎだったかなぁ』
「まだ分らんけどね」
《マティアスはまだですし、読み聞かせましょうか?》
「うん、お願い」
殆どが自分の体験談や、最初の自分の世界での話し。
そして黒い妖精と黒い御使いの話は、長編で書けと言われていた作品。
創作を交えながらとは言え、現行の自分の話しが書かれていて、こそばゆい。
『コレを長編にねぇ』
「こそばゆい、良く許可したね君」
『食い付くならコレだと思ってね、そうかぁ、気が抜けないなぁ』
「どう警戒してるの?」
『マティアスみたいな御使いマニア、御使いを利用したい者、御使いを逆恨みしてる者かなぁ』
「マニアは男だし、大丈夫っしょ」
『妊娠の心配だけはね』
《全部、ラウラのお話なんですか?》
「創作も混ざってるけど、ほぼそう」
『本来なら共同制作者に名を連ねる事が出来るんだけどね、リスクを計算したくない』
「なー」
《僕はこの話しが好きですよ、とっても》
『コレも長編のリクエスト付きかぁ、困るなぁ』
それは元の、前の世界のお話。
病院のベッドで目が覚め、夢か天国かと疑う所から始まる。
滑稽だけれど、でも本当に疑った。
そして今も少しだけ疑っている、夢なら覚めてて欲しいと。
ただ、最初の世界で目覚める位なら、覚めたくない。
《そんなに心配なら、明日は止めときます?》
『いや、手掛かりなら追った方が良いんだけど。少しマニアの傾向も有るからさ、そこが心配』
「ほう、その予想を外す方法は?」
『家はどんなのだった?』
「家族写真は少な目、数枚だけ暖炉の脇にあって……」
思い出せる限りの情報を絞り出し、マーリンへと蓄積させる。
『その子供は1人だったの?』
「お兄ちゃんが風邪で奥さんの所に居るって、だから今朝もぐずって大変だったとか。大人しくて静かな子だったな、外面が良いのかも」
『メイド1人だけで家に入れるなんて、不用心だとは思わなかった?』
「セキュリティーが凄いのかなって、門も自動開閉だったし。結界も有った、多分、ストレージと移動禁止の結界」
『うーん、後は私室の情報が有れば良いんだけどなぁ、付いて行けば良かった』
「それこそドンピシャで当たりの家なら、気付かれるかもだし」
『向こうのは、そんなに勘が良かった?』
「運とか勘とか、良い意味でも悪い意味でも良かった」
『私は一瞬だったし、ココのもそうなのかどうか』
「トールは?」
『トールにとっての勘が良いだから、当てにならないよ、ロウヒはのんびりした印象だって言うし』
「うむ、分らんな」
『トールが追って見付けた情報もそう、大人しそうだったのに暴れ出したとか。泣きながら暴れてたとか。鈍い人の勘が良いは当てにならないし、上っ面しか見ない人の優しそうは願望も含んでるし』
「現場が1番ですか」
『うん、どんな人がどう思ったかまで聞かないとね』
「今思うと、大人っぽかった、君らより」
『酷いなぁ、精神年齢を合わせてあげてるんだよ』
「はいはい、凄い凄い」
《ふふ、僕もですよー》
「ラウラは良い子だ、偉いね」
『よし、明日はスズランを連れて行って』
「いや、むり」
『今日の明日で私室は探れないだろうに』
「でもだ、そこまではしたく無い」
《大丈夫ですよ、隠れられるんですし》
「知ってるロキに近いなら、それすら勘で殺すから無理」
『そんな?』
「そんな、勘で当てて勘で避ける。本人の言う事が本当ならね」
『嘘なら、何かを探知してるだけになるけど』
「このマントが探知出来る程では無い筈、多分」
『確かに、このマントで隠れられたら私でも無理だけど』
「だから却下」
《本体が無事なら、また生まれる事が出来るんですよ?》
「その生き返った魂が本当に本人なのか確認できないでしょ。もう、向こうで考えた事が有るんだよ」
《ラウラや自分が本人だと思えば、本人だと思うんですけど》
「それを見抜く術が無いから、躊躇った」
『躊躇って、それから?』
「それでも作った、人工生命体を、人間の技術と、神様のと」
『ハイテクだとは思ってたけど、そこまでなんだね』
「初成功で。でもダメ、死の記憶が無くても、だめ」
『他の説得材料が無いね、今日は諦めて』
《はい、もう少し考えておきます》
「じゃあ、シャワーを浴びてくる」
念には念を、股関節の痛覚を切り、血管を避けて慎重に傷を付ける。
そしてマスターキーを入れ、傷口を閉じた。
そうして夕飯の支度に入った頃、マティアス達が帰って来た。
いつも通りにシャワーを浴びて、食卓に付き夕飯を食べる。
それからレーヴィが借りて来てくれたアクション映画のシリーズ2作目を鑑賞しながら、エリクサーを作る。
《そうだ、今日は行けたの?出版社に》
「おう、出版するってさ。この並びで良いかと、コッチ長編で書けないかって、中編でも良いし。それが無理でも出すってさ」
《また冗談を言って》
「マジだってば、誤字脱字が無いのが特に助かるってさ、挿絵も褒めてた。プロかプロ集団を疑われた」
《どうしよう、嬉しいんだけど》
「そして読まされた、それが条件だって言われたから」
《え、どうだった?》
「不思議な感じ、自分の事だったのが嘘みたい。アレは好きだよ、マティアス完全創作のお話」
《あれはその、あ、コレも良いの?》
「弾いたのは無かったよ、並びを聞けってだけ」
《嬉しいなぁ》
「まだ出てないぞ、出てから喜ばないと」
《でも、無理して出さなくても良いからね、本当に》
「そんな変な営業せんよ」
《それでも、危なくなったら逃げてね》
「勿論です」
映画を見終わり、布団へ入り、いつも通り就寝。
『マーリン』《スズランの妖精》《マティアス》
『メイド』 ノエル家メイド
《ノエル・アールト》 レヘティア社の子会社役員
《マリー》 ノエルの娘。