4月21日
ドリームランドから。
ココはシバッカルの宮殿。
目の前にはマーリン。
『そんな感じで良い?』
マーリンの言葉で体を見ると、幸いにも下着を着たシオンの体になっていた。
うん、良い感じ。
「どうだろうか、細マッチョ」
《良いと思うぞ》
『もう少し筋肉が欲しいが、まぁ、良いか』
そのままマーリンとロウヒがシオンのヘアスタイルの相談を始めたので。
シバッカルを猫可愛がりしていると、シーリーが加わり、マティアスまでやって来た。
そしてレーヴィが来た所で、一気に感覚がゆっくりと感じられる様になった。
処理落ち、人間が多いと負荷が掛かるらしい。
「君は、少しコッチに来た方が良いかも知れないね」
周りがゆっくりと動く中、自分とクラネスだけは通常の速度で動き。
扉を開けて王都に出た。
そうして別荘でクラネスと共に海を眺めながら、色々と話した。
クラネスは、おじさんみたいだと思った。
『おはよう、大丈夫?』
「負荷が、人数が多かったから、人間の」
『そっか、気が付かなくてごめんね、今は大丈夫?』
「おう、初めてだったし、同じ場所がダメなだけだから大丈夫。どう見えてた?」
『気が付いたら居なくて、でもまぁ良いかなってなっちゃった』
「なら良かった、シーリーすっかり元気だね」
『うん、結界はそのままだから、いつでも会いに行って大丈夫だよ』
「おう、考えとく」
先にベッドから降りたマーリンを見送り、計測。
中域。
曇り。
シオンへ変化、昨日よりはマシ、元に戻ってる。
そしてそのまま下階へ。
《おはよう、似合うね、そのままでも良いんじゃない?》
『そうですね、不思議な雰囲気でラウラより中性的ですし、噂に聞くベラモとのハーフみたいですよ』
《アッカ、マデラッカの子孫じゃない?最初は女の子で、後から男の子になるんだし》
「聞き慣れぬ単語だらけ」
《精霊なんだけど、単語を聞いても分からない?》
「知識に無いと分からないんだと思う」
『へー、ならベレヌスは?』
「明るいとか、輝く?」
『地方の太陽神で治療師なんだけど、英語は生来出来たの?』
「いや、マーリンの存在は前から知ってた、その神様は知らない」
《どんな感じで聞き取れるの?》
「ちょっと間が有って意味が分かる感じ、凄い訛りを聞き取る感じ」
《あー、リタが言ってたね、凄い訛りが聞き取れるからビックリしたって》
「でも表現が難しい、ニュアンスが少し違く感じるのと、こう、訛りが分かる感じの違いと言うか」
『僕は何となく分かりますよ、元がロシア語やフィンランドの混ざった感じでしたから。フィンランドが長いと、ロシア語の意味が分かるのに少し時間が掛かるんですよね』
《あぁ、なるほどね。最初の頃、凄いロシア訛りで可愛かったんだよ》
「聞きたい」
《私も久し振りに聞きたい》
『それが難しいんですよ、誰かロシア語を話してくれないと、スッと出ないんですよね』
「わかる」
《訛りは自然に出来るの?》
「それも感性だから無理、その訛りに合わせる事は出来るけど」
『聞かないとスイッチが入らないんですよね』
「そうそう」
『それ、ブレッシングっぽいよね』
「あぁ、誰がくれたか知らんけど、皆こうだった」
《でも字は?》
「読めないんだよなぁ、不思議」
《不思議》
『朝食、何か用意しましょうか?』
『レーヴィの方が大人だなぁ』
適当に盛り合わせを出し選んでいると、2人が適当に皿に盛ったりそのまま食べたりと、持って行ってしまった。
まぁ良いか。
朝食を終えて直ぐロウヒの部屋へと繋ぎ、髪の色を少し変えさせられてからカットして貰った。
切った髪はシオン用のカツラになる事に、そのままドイツに繋ぎ、髪が引き渡された。
仕事を押し付けられてるだけにも見えるが、2人は喜んでるので黙ってる事にする。
そのままレーヴィとマーリンはウツヨキへ。
ルーカスの筋トレ指導に行くらしいので、盛大に送り出した。
そこで漸くシャワーへ、まだ動くには早いのでエリクサー作り。
蒸留器と鍋を設置。
滓を擂り鉢で擂り、ひたすら擂る。
ゴマ、ゴマダレで何か食いたいな。
しゃぶしゃぶとか、お団子。
あ、お団子忘れてたけど、まぁエリクサーが先だし。
マティアス勉強してるし。
エリクサーが出来上がり、丸薬を練るか悩んでいるとマーリンが帰って来た。
そのままシオンとしてマーリンとイギリスに行き、銀行へ。
国連やフィンランド軍からの入金により、お金が沢山入っていた。
先ずはラウラ・エリクセンの運送屋への出資金を送金、コレはすんなり出来たが。
出金は別、妹との同居費用や当面の生活費、人形の領収書を出しても、引き出すのは4000ユーロが限界だった。
そしてそのままシオンとして出国審査を受ける。
国連での事件直後、爺やがシオンとして帰国していたので、この手間が掛かる事になった。
シオンは金髪メッシュにパンクスタイル、妹を喜ばせる為にした恰好。
そして妹が心配なので、暫く同居しに行くと。
そう言う口実でも出国許可は降りた。
以前と同じく就労は無し、見習いは取り下げられたそうで、また無職に。
そのままフィンランドへ入国、そしてソダンキュラへ。
出迎えたのはラウラ爺とマティアス、さっき会ったのに久し振りだと挨拶を交わし、ラウラに付き添い銀行へ。
暫し車で待つ事に。
そして先ずは皆で家に帰る事になった。
ラウラ爺とマティアス曰く、出資金への利息を1年分先払いしても、残高はかなりのモノになっているとか。
お兄ちゃんとの同居と、遊び過ぎてすっからかんだと言うと希望の金額が下ろせたと。
ラウラの2000ユーロを合計し、手持ちは6000ユーロに。
大富豪、お金持ち。
「でも、なんで納得してくれたんだろうか」
《その恰好を見て納得してた》
《そうですな、笑っておられました》
「そっか、すまんな、借金返すわ」
《本でチャラにしたでしょ?》
「アレはプレゼント」
《頑固》
「いきおくれ」
《酷い、倍にして返さなくても》
『まぁまぁ、暫くは変わらず引き籠りのラウラと、シオンは自由にして良いからね』
「取り敢えずはプールだな、出版社は明日」
《そうそう、少しは普通もお願い》
『その為には、もう1人のラウラを紹介しないとね。出ておいで』
昨日買った服を着たラウラが、洗面所から出て来た。
金髪に青いメッシュ、パンクファッションの自分。
正直、もう既に自分の像から離れているので自分とは思えない。
髪だけで無く、化粧までしてるし。
「絶句、化粧はどうしたの」
「ロウヒにして貰いました」
「スズランの君や、声まで。家では少しややこしいので、声とか話し方は元のでお願いします」
《お化粧の仕方は覚えて来ましたから、心配しなくても大丈夫ですからね》
「益々脳が混乱するな。おかえり」
《はい、ただいま》
《私はもっと混乱してるよ、ラウラが声を変えただけかもだし》
「なるほどね」
《もう少しこうしてましょうよ、マティアスが面白いですし》
『ふふ、入れ替わりごっこは妖精の得意技だからね』
《もっと遊びましょ、ね?》
『ならサウナに行っておいで』
髪の色は一時的なモノで、洗うと直ぐに落ちた。
そうしてコチラはカツラを付け、スズランの君は化粧を落とす。
鏡の前で2人で並ぶと、脳みそがクンクンと揺さぶられ、混乱する。
「自分じゃないと思うだけで、こんなにも平気なのか」
《きっと、呪いのせいですよ》
「あぁ、そうか、本当に呪いだな」
マーリンの対処は適切だと確信がいった、こうやって鏡に映る姿や目の前のスズランの君には、嫌悪や憎悪がさして浮かばない。
中身がスズランの君だからこそ、大事に出来るかも知れないとすら錯覚しそうになる。
それでも、正視はまだ出来ない。
『もう良いーかい?』
「「もー良いーよ」」
隣り合い、マティアスを出迎える。
姿勢や仕草は敢えて合わせず、ただニヤニヤと見守る。
《ホクロも同じだし…質問は?》
『3つまで』
「じゃないと泡になって消えちゃうかも」
「2人とも消えちゃう」
《えー、それは困る。好きな食べ物は?》
「「えび」」
《嫌いな食べ物》
「「セロリ」」
《じゃあ、好きな色は?》
「黒」
「青」
『ふふ、じゃあ残り3分』
自分では気付かない癖も見事にトレースしている。
そういえば取り替え子は妖精の仕業なんだっけか、にしても凄い。
《青って言った子》
『理由は?』
《少し後で言ったのと、そういう事をするのはラウラかなって》
『正解は』
「黒ー、バーカバーカ」
《作戦勝ちですね》
『ふふふ、面白かったぁ』
《残念、勘って鋭く出来るかなぁ》
「あーあ、泡になっちゃうね」
《ですね、海に溶けないと》
《お菓子で許して》
『ふふふ』
全てはマーリンの計画通り、話す事も答えも全部マーリンがスズランの君へ伝えていた事。
それをただ話しただけ。
こんな所で演算を無駄にして、勿体無い。
ただ、凄く嬉しそうで楽しそうだから何も。
何も言わないでおこうと思ってしまうのすら、マーリンの計算なのだろうか。
「恐ろしいな」
『うん?ありがとう?』
サウナから出てシオンに変わり、自転車でプールへ。
今日は例のお姉さんもおじさん達も居ない、残念。
久し振りのプールで泳ぎを忘れてないか心配したが、普通に泳げた。
カナヅチだった自分が、水中で早く動けている。
しかもスムーズにコントロール出来て、前世はジュゴンかアザラシだったんじゃ無いかと思える位にスイスイ泳げる。
たっぷり泳ぎ、オヤツの時間に休憩してまた泳ぐ。
そうして飽きる程泳ぎ、自転車で家に帰り、マーリン入りのサウナへ入る。
『どうだった?』
「楽しかった、フィンが欲しい、マジで」
『買えば良いのに』
「あ、マティアスに受け取らせないと」
『もう禁書で良いんじゃない?』
「確かに」
サウナから出ると、まだ妖精はラウラのまま。
なんでも、シオンがラウラを見ても驚かない様にとの事らしい、慣れるまで妖精はラウラのまま。
そしてぐったりしてる理由は、吸血鬼の映画を見終わりセンチメンタルなんだと。
《このお話し、皆さんはどちらを切なく思ったんですか?》
《幼馴染かな》
『どっちも』
「幼馴染よりの、どっちも」
《えー、その答えがアリならソレ》
《ふふふ、同情するなら?》
「男と吸血鬼以外、全部」
『男にも同情しちゃうな、少し』
《んー、男以外かなぁ。吸血鬼も寂しくてしたのかもだし》
「愉快犯かも知れんよ、自分の目くらましに使ったのかも知れんし」
《そうかなぁ》
「それこそ執着してたら、牧師か何かが来る前に迎えに来てたんじゃ無い?」
『実は、そのパターンもあったらしいよ、次回作の交渉が上手く行かなかったから、変えたんだって。それでヒットって皮肉だよねぇ』
「調べたのか」
『ロウヒが教えてくれた』
《なら、私の当たりだね》
「描かれてないからだめー」
『そうそう、その話しが出て、却ってこの方が良かったって評判に監督が凹んだらしいよ』
「どんだけ好きなのよ、ロウヒ」
『観賞用に保存用、コレは布教用らしいね』
「マジか、それ位に好きな映画ある?」
《精霊の歌って映画。元が絵本で、古いけど観賞用と保存用で持ってる》
「オタクがココにも、どんなのよ」
《普通の、湖の精霊の話し、はい絵本》
【精霊の歌】
深い森の湖のほとりに3姉妹の精霊が居ました、歌は上手だが醜い者、裁縫が得意だが目も口もきけぬ者。
そして、美しいが声が呪われた者。
仲睦まじく支え合い、とても仲良く暮らしていました。
そこに1人の騎士がやって来ます。
その者は精悍な顔立ちに逞しい肉体、そして気高い精神を持って居ました。
ですが血にまみれになり大怪我をして、今にも息を引き取りかねません。
神聖な泉を汚したく無かった精霊達は、其々に知恵を出し合い、何とか無事に追い出そうとします。
彼が気を失って居る間に1人は傷口を縫い、1人は歌で傷を治し、1人は呪いの力で彼を黄泉から連れ出しました。
そうして彼が気が付くと、歌の上手い精霊が、呪いの声を借りて追い出そうとします。
《立ち去れ、穢れた騎士よ、この湖から立ち去るのだ》
「それでもどうか、命を救って頂いたお礼を、どうかさせて下さい」
《もしそう思うなら、海に住まう精霊に伝言を届けるが良い》
この地から追い払う為だけの伝言を、彼に授けました。
ですが彼はそれを信じ旅に出ます。
愛馬と共に、アザラシの精霊に会いに。
時に悪い精霊に騙され、西へ進み。
悪い魔女に東へ連れ去られたり、そうしてやっと北の海へ辿り着きます。
ですがアザラシとアザラシの精霊を見分ける事が出来ないので、伝言を伝える事は出来ません。
間違ってただのアザラシに伝言を伝えては、呪いで死んでしまうからです。
困った騎士は知恵を絞り、立て看板を設置します。
【伝言アリ、求む、アザラシの精霊】
人間への警戒心が強いアザラシの精霊が出てくる筈も無く、ただただ寒い海辺で過ごす騎士。
そこへ花の精霊が通り過ぎ、彼に取引を持ちかけます。
アザラシの好物にそっくりな貝を、木で作ってくれたらヒントをあげる。
その言葉に1も2も無く返事をし、手持ちの小刀で流木から貝を作りあげました。
そうして花の精霊に渡すと、1匹のアザラシ前に投げました。
そのアザラシは貝の彫り物をジッと見ると、口から人の手を伸ばし取ったのです。
そうしてやっとの事でアザラシの精霊を見付けられたので、伝言を伝えます。
「湖の精霊は元気にしています」
何の事か分らないアザラシの精霊ですが、ニコニコと海へと返って行きました。
そして今度は、伝言を伝えたと報告しに湖へと戻ろうとします。
そこでまた悪い精霊に南へ連れ去られたり、悪い人間に陥れられたり。
何度も邪魔をされながらも、彼は湖へ戻って来ました。
追い返した筈の人間が帰って来たので、姉妹は怒りましたが。
旅の話を聞くうちに、こんな誠実な人間が居るのかと驚き、そして湖に立ち入る許可を出します。
そうして彼は家を建て、得意の木彫りで生計を経て始め、街へ行き面白い話を仕入れては3姉妹に振る舞う。
そうやって何年か過ぎた頃、裁縫の得意な精霊が姉妹に打ち明けます。
彼を愛してしまったと。
そして2人の姉妹もまた、彼を家族として愛していると話します。
ですが彼は人間、姉妹は精霊。
姉妹は思い悩んだ末に、裁縫の精霊を眠らせ、声と目を、寿命と言う呪いをあげました。
そうして泡となって消えた姉妹を思い、夫婦になった2人は仲良くその地で幸せに暮らしましたとさ。
「ギリ、ハッピーエンドか」
《ハッピーエンドだよ、ほらコレ、生まれ変わった2人だと思うんだ、この裏表紙の妖精》
「確かに、カラーリングがそうかも」
《マーリンは気に入らなかった?》
『いや、凄く素敵だと思うよ、凄く』
《でしょ、誰も不幸にならなくて、色々な精霊も出るし。あのアザラシの精霊は、あの絵本の女の子がアザラシの精霊になった姿なんじゃ無いかなって》
「確かに、精霊マニアには堪らんな」
《うん、大きくなったらあの兄妹にもプレゼントするんだ、他の絵本もセットで》
「依怙贔屓して良いんか?」
《引き取り手が無かったら、私の養子にしようかなって。まだ家族には言って無いけど》
「母性本能か」
《父性本能だと思うんだけど、手元に置きたいって初めて思ったから》
「レーヴィは?」
《レーヴィは最初からウチの子、少し遠い所で生まれただけ。あの兄妹は、兄じゃなくて、親になりたいって思ったんだ》
「先ずは結婚では」
《審査は厳しくなるけど、独り身でもなれるし》
「医者の忙しさで?」
《だから迷ったのもある、だけど、大きくなったら2人で何とかなるだろうし。そこをサポートしたいなって》
「ほう。何だマーリン、静かだな」
『ちょっと、眠くて』
「お、昼寝するべや」
マーリンを引き連れ寝室へ向かう。
寝付きが良いなマジで。
ニーダベリルとも少し違う雰囲気の泉の畔、さっきの絵本に似ている風景。
傍らには、小さなマーリン。
『母が、語ってくれた話し』
「うん」
『それを、本当に妹が伝えて、本にしてた』
「凄いよな」
『少しでも話しが違うと、きっと私は不満を抱いてしまうと思って。ずっと、知らないフリをしてた』
「わかる」
『あんまりにもそのままで。嬉しいのか、悲しいのか』
「両方かもよ」
『もっと早く、見れば良かった』
「怖いモノは誰にでもある、にしても良く知ろうとしたね」
『何でだろう、涙も、アレ以来出なかったのに』
「良い変化なら良いけど、死んじゃうか?」
『感傷で?それは、無いと思うけど』
「人と居過ぎた?アヴァロン帰る?」
『私が、影響されて人に戻りかけてるって、心配してる?』
「それで君が困らないか心配してる」
『ふふ、もしこんな事で人に戻れるなら、きっとロキは戻って、もう死んでると思う』
「あー、気配が消えないとなぁ、ココを離れるのが心配になる」
『ね、思い残す事ばかり増えるのは嫌だよね』
「良い人を亡くすと泣けて、悪い人だと嬉しい。自分の親が死んだら、どう思ったんだろうか」
『私はこんなモノかって思った、ホッとした。母親が死んだ時は、涙が枯れないのが不思議でしょうがなかった、枯れて萎れちゃうから、泣き止まないとって言われてたから』
「ファンシー」
『ふふ、何せ神様だから』
「しかも君は精霊の子で、4人も良い親が居て羨ましい」
『もー、それを言わないで』
持ち直した所をまた泣かせ、あやしていると綺麗な歌声が聞こえて来た。
それに気付いたマーリンが、水辺に駆け寄った。
3人の精霊とマーリンが水辺で遊ぶ姿を、ただ眺める。
目が覚めると、マーリンはまだ眠ったまま。
そして良い匂いがする。
下に降りると、レーヴィやラウラがご飯の支度をしてくれていた。
「良い匂い、レーヴィはどうやって?」
『隊の子に、あの子も合格したんですよ』
「あら、めでたい、お腹減った」
『もう少し待ってて下さいね』
床に座り勉強に熱中するマティアスの、後ろのソファーへ寝転ぶ。
《何だと思う?夕飯》
「シーフードでチーズでクリームだろ、無限にあるやん」
《ふふふ、パスタ茹でてる音はしたよ》
「器用やね君は、集中してても聞こえるんか」
《偶々だよ、伸びをしてたらザッパーンって》
「あー、じゃあパスタグラタンかな。アレは無限に食えるからなぁ」
《じゃあ私は違う方に賭ける》
「お、なにか、来月の給料全額か」
《そんなギャンブラーな、禁書、欲しい》
「じゃあ、負けたら寝間着はミカちゃんTシャツな」
《乗った》
そして負けた。
シーフードタラコパスタと、キノコのクリームスープ、野菜のチーズ焼きでした。
「くそう、美味しいけど悔しい」
『合わせたら、そうなりますしね』
《今度、作りましょうねレーヴィ》
《ラウラも上手だしね》
中にスズランの君が入っているから、何とも微笑ましい食卓に見える。
そして確かに幼い、ワザとか、ワザと幼くしているのか。
「こんな幼いかねぇ」
《少しは自覚してきた?》
『通報されるなんて、初めてですよねマティアス』
《僕もその時は気を引き締めないとですね》
「君、幼くしては?」
《してませんよ、認識を歪めては支障が出かねないって、マーリンが言ってましたから》
「解せぬ、解せぬ連続」
《そのマーリンは大丈夫なの?》
「あぁ、男の子の日で、少し眠れば大丈夫でしょ。あ、作って貰いたいのがあるんだが」
あの強烈な度数の蜂蜜酒で作ったスイーツ、そこで提案されたのはゼリーとパウンドケーキ。
蜂蜜酒にドライフルーツを浸し、材料ごと焼き上げるか、型に入れて冷やすか。
少し手の込んだ方法のパウンドケーキをお願いする事に、ただ、時間が掛かるのが欠点。
そしてもういい加減、樽の事をバラす事に決めた。
《密造酒?》
「まぁ、アレね」
《え、出した?》
「有った、もうマティアスずっと居るし、ドキドキすんの面倒だし、バラす。密告しないでおくれよ」
『もう飲み放題ですね』
《ふふ、レーヴィは大丈夫だと思いますけど、マティアスはかなり薄めないとですね》
「因みに、すんごい濃いのがコレ、はい眼鏡」
『ちょっと、怖くなる魔素量ですね』
《倒れる自信しかないんだけど》
《良い匂い》
好奇心が勝ったマティアスが舌先に濃厚な蜂蜜酒を載せた、そうして数秒後には真っ青に。
急性魔素中毒、それを治したのを見ているにも関わらず、入れ替わりにレーヴィも舌先で舐める。
コチラも真っ青。
「どうして試す」
『そこに、山があったので』
《山だと思ったら、全部凶器だった》
《ふふふ僕は美味しいですよ》
《シオンは飲んだ?》
「ビビって飲んで無い」
『味は良いですよ、味は』
《飲まないといけなさそうですね》
「さよか、アテを出すかな」
強烈な匂いの塩辛を小皿に出し、妖精と同じくスプーン1杯飲み干す。
強烈な甘味の薬用酒、キツいアルコールが蒸発し、甘さと風味だけが残る感覚。
久し振り。
そこへ塩辛を1口。
美味い、大事に食べなくては。
《もうそっちが気になるんだけど》
「さよか」
『大事そうに食べてますし、きっと高級な珍味なんですよ』
「ココでは。ただ、新鮮なら手作りは可能、イカの肝和えです」
《イカスミが美味しいんだもの、レバーなんて絶対美味しいじゃない》
『お酒と合うと言う事ですよね、持って来ますね』
《パーティーですね》
早くも大使館へ顔を出しに行く理由が生まれそうになっている。
しかも他のメニューまで嗅ぎつけられた、なぜ。
《だってもう既に封が空いてるんだもん》
「嗅覚」
『自信が無いんですか?』
「無い無い、無いので自分用なんですよ」
『じゃあ皆で味見してみましょう、改善点が出るかも知れませんし』
《グイグイ行きますね》
《酔うとああなの》
肉じゃがに、芋とキャベツの塩辛バターを取り出す。
肉じゃがは普通に食べるし、果ては塩辛はチーズを載せたバゲットにも合うと言い出し始めた。
『どうです?』
「まぁ、食い慣れてるから美味しいけども」
《アンチョビとかニシンと似てるし、平気だよね意外と》
『はい、近隣のスーパーに仕入れの嘆願をすべきですね』
「冷凍保存とは言え、日持ちがどうかと。開封したら早めに食べ切れともあるし」
『1晩で食べ切る自信がありますよ、ね、マティアス』
《もう少し大事に食べたいな、2晩は欲しい》
『なんか、私が寝てる間に楽しそうな事してる』
「樽の話しから、こうなった」
《濃い蜂蜜酒をお2人が試したんですけどね、凄かったですよー》
マーリンが濃い蜂蜜酒を飲んだ。
効くらしい、マジで大丈夫かマーリン。
「大丈夫か?」
『うん、夢のお陰かも、向こうでも飲んでるし』
「ぁあ?あぁ、飲んでたんかい」
『直ぐに理屈を考える』
《意外と頭でっかち》
『その割に感性で話したりもしますよね』
「あぁ、マジで塩辛が消える」
《一緒に仕入れに行きましょうね》
「おぅ」
シオンは成人男性と言う事もあり、お酒を程々に嗜むが。
マーリンは濃い蜂蜜酒を飲みまくるわ、レーヴィはずっと肉じゃが食べてるわ、マティアスはケーキの下準備を鼻歌を歌いながら始めるし。
ラウラは良い子、未成年だしお酒はさっきの1口だけ。
その良い子は、マティアスのお手伝いに行ってしまった。
『大丈夫そうだね』
「違う生き物だし、中身が」
『じゃあ、そのまま入れ替わっちゃう?』
「なー、生殖機能はどうなるんだろうな」
『ずっとそのままなら、出来ると思う』
「じゃあカットし、いや、取るか」
『ちょっと待って下さい、それは流石に』
「えー、何かあっても責任取る気無いし」
『それを回避したいのは分りますが、取るのは』
「だってカットしたのを治されたら出来ちゃうし、向こうでは再開通の事例有るし」
『だとしても、可能性を残すべきでは?』
「うーん、まぁ、そうねぇ。マティアス」
《何?》
「精子の冷凍保存は?」
《出来るけど、誰の?》
「ワシの、そんで取る」
《え、待って、何で?》
「何かあっても責任を取りたくないから」
《今、機能してるの?》
「知らん、でも念には念をだ」
《えー、と、もう少し相応の理由が欲しいんだけど》
「じゃあ帰還用の念の為の保存。最悪は自分で取るが」
《もっと止めて》
「えー、マーリン、反対された」
『意外、帰還出来るかもなのに』
《だからって取るのはちょっと》
「容器に出す方が嫌なんだけど」
『あぁ、一応中身は女の子ですもんね』
「どっちの意むんっぐぐ」
《もー、本当にどっちなのか疑われちゃいますよ?》
《本当、ちょっと不安になって来た》
『隊の人間から何か借りて来ましょうか?』
『君は乗り気なんだね』
『もし自分なら、誰かとそんな事の為にするよりは罪悪感が少ないので』
「それな、そも萎えちゃいそうだし。もう、千切って子種成長させて渡すか」
『する気は無いんだね』
《千切るのは別として、そんな事出来るの?》
『エリクサーにでも漬けて促せば出来そうだよね』
「確かに、それが1番良いかも」
《もー》
『じゃあ機能するまでこの件は放置、その前にもし出来たら、マティアスに何とかして貰おう。止めた責任が有るんだから』
「じゃあそうするか」
《え、良いの?》
『マティアス、喜んで受けたら思うツボですよ』
《別に、喜んでは》
「はい嘘ー、よろしく」
《うん》
『あー…マティアスには一応、普通に結婚して貰おうと思ってたんですけど』
『それも余裕で受け入れられる人なら大丈夫でしょ』
《ふふ、普通って大変ですね》
マティアスのお菓子の仕込みも終わり、宴会は解散。
布団へ入ると、今日は丸くならないマーリンと共に眠った。
『マーリン』《シバッカル》『ロウヒ』「シーリー」《マティアス》『レーヴィ』《爺や》《スズランの妖精》