4月20日
幕間や何かを除いて100話目ですね。
晴れ、中域。
まだマーリンが眠っているので、一旦トイレに行ってから眼鏡を掛け、コップで何杯かエリクサーを飲む。
12杯目で漏れ出したので中止、試しに空になりかけの魔石を取り出してみる。
魔石が空中の魔素を取り込んでいるが、それに負けず劣らずマーリンが吸い取っている。
放出が収まるまで観察し、眼鏡を外す頃にマーリンが目覚めた。
『何か、凄い心地良い感じがしたのに、消えた気がする』
「満タンにした、ついでに少し漏れた」
『えー、もっとー』
「国へ帰りたまえよ」
『飽きたら捨てるなんて酷い』
「誤解しか生まない言い草をすな。で、まだお出掛けはダメか」
『良いよ、でも先ずは買い出しに付き合ってあげたらどうかな、マティアスの』
初仕事は身内からの依頼、マティアスと共にヘルシンキに買い出しへ。
勿論、マーリンも隠れて同行するらしい。
「それで、この依頼書にサインして、複写を渡して終わりだっけ?」
《3枚綴りだから、終わったら私がそっちのにサインする》
『で、保管しとくだけ』
「保険は?」
《毎年更新に行って、お金は引き落とし。車の保険と同じで等級が上がれば安くなるけど、収入に合わせてだから、結構複雑だよね》
『まぁ、それで税金も計算されるから仕方無いみたい』
「良く知ってるねぇ」
《暇な時にね、読んだ事があるから》
話しながら朝食を食べていると、レーヴィが帰って来た。
無言で軽く朝食を食べ、シャワーを浴び、気絶する様にソファーで眠ってしまった。
『流石に彼も疲れる時が有るんだね』
《表に出さないのが得意なだけなんですよ、じゃあ行きましょうか》
黒髪で出歩くのは少し注目度が高くなるとの事で、地毛の色素を抜き金髪にし、移動する事となった。
ヘルシンキの朝市は、潮っぽくて湿っていて活気がある。
そして豊富な種類が取り揃えられ、まさに朝市と言う感じ。
「タコだぁ、うまそう」
《安い、買っちゃおう》
「まとめ買いで安くならんかね、お兄さん」
《だね、お願い》
《良いけどもなぁ、他のも買ってくれたらなぁ》
向こうも値切られ慣れているが、マティアスに掛かればどうと言う事は無い。
こう言った場合には心を読むのを暗黙の了解とし、知らない事にしておく。
《これは?》
《安くしちゃう、オマケも》
《要らない、代わりにコッチ付けてよ》
《くぅー、良いよ、オマケだ》
仲買人にでも成れば良かったのに、そしたらお金が。
お金持ちの息子だから、そう考えなかったんだろうか。
「仲買人にでも成れば良かったのに」
《それも考えたんだけど、嫌な面が多そうで止めちゃった。それで寄付しても心がね、費用対効果が悪そうだなって》
「頭良いなぁ」
《でしょう、あ、カボチャだよ》
それからは業者が如く仕入れを行い、スイーツを買い漁り、ついには服にまで手を出そうとし始めた。
「お客さん、限度額」
《君のが残ってるでしょ、もう手持ち無いの?》
「いや、まぁ、有るけど。余分な物を買うお金はありません」
《春物、あるの?》
「流用する」
《もー、折角ココまで来たのに》
「じゃあ選んで、考えるから」
《じゃあねぇ》
洋服店へと向かう道すがら、あの中継や治療行脚からそう日が経っていないのに、もう着物や着物をリメイクした商品が出回っているのが見えた。
中にはあの着物の柄を真似たTシャツまで、どんな気持ちで店頭に並べているのだろうか。
「縁起悪く無いですか?」
『そうかい?君みたいなアジア系はそう思うのか、なる程。でもね、神様の衣装を売ってると思ってるんだよ、神様を身近に感じたいんだ。彼女は日本の人間だそうだけど、治して貰った者にとっては、神様なんだよ』
だからミカちゃんは敵認定なのか、成程。
それを味方に付けたと思われて。
ミカちゃんをもっと励ませば良かったか。
《買う?》
「やめとく、天使さんのは無いのかしら」
『それこそ、そんな怖い物置けないよ。有るとするなら、パンクとかロック系のお店だろうね』
通りすがりにニシンのフライ、屋台で血入りのソーセージを食べ歩き。
爆音でメタルなのか何なのかが流れる店に行くと、ミカちゃんが描かれたTシャツを発見。
似てるし、格好いい。
《まさか》
「これ下さいー」
ロウヒとお揃い用、予備やサイズ違いを3枚、そのままその店で新作のヘアカラー剤や洋服を買い込んだ。
店員さんとも仲良くなり、ミカちゃんグッズが買える他のお店を紹介して貰った。
天使をかたどった蝋燭や、ミカちゃんの剣のペーパーナイフ。
ラフィーちゃんグッズも健在、ココでも服やグッズを買い、店を出た。
《意外、着るのに興味が無いと思ってたけど》
「金髪にしたんだし、イメチェンしとこうかと。シオンの殆ど無いし、兄妹でお揃や」
《成程ね、シオンのは失念してた、ごめんね》
「たまにしか着る機会は無さそうだけど、無いよりはね。あ、普通のも買おう」
それはそれはありふれた白いシャツにカーキ色のパンツやら、薄手のニットやらを買い、散財の限りを尽くした。
そして何度目かの休憩で、軍人さんから声を掛けられてしまった。
『どうも、お買い物は如何ですか?』
《楽しませて頂いてます、私はソダンキュラの看護師長マティアスです。お仕事ご苦労様です》
『おぉ、同業でしたか。お噂はかねがね、大変でらっしゃったでしょう、エリクサー助かりました』
《いえいえ、私は殆ど関わって無いんです。トール神のお陰ですよ》
『遠くからお見かけする事が出来ましたが、威厳のある素晴らしい方で、ご一緒に仕事をなされてたとは羨ましい限りです』
《ほんの数回お会いしただけですし、禄に話せませんでしたよ。もうオーラが凄くって》
『ははは、私も縮みあがる自信しかありませんよ』
「あの、身分証を出すべきでしょうか?」
《そうだね、ウチの治療師なんです》
「どうも、ラウラです」
『お美しい黒髪が勿体ない、染め直すなら今ですよ』
「今は悪目立ちしたくないので、考えときます」
『あぁ、そうですね、あんな事がありましたから。どうぞお気をつけて、では失礼致します』
《大丈夫、悪意は無いし大体はあんな感じだから》
「何で声を掛けられましたか」
《君、年》
「あー、あ?本当に?」
《未成年らしき人間と買い物してるのが居るって通報みたい、貢いでるとか。買春容疑だね》
「やっぱラルフと結婚すべきだったか」
《毎回声を掛けられるラルフが可哀想じゃない?》
「んー、化粧もしないとダメか?」
《どうだろう、警備とか軍人には効かないかも》
「慣れろってか」
《だね、どんまい》
マンミと言う謎の黒い物体を食べ終え、ヘルシンキを後にした。
『お帰りなさい』
「ただいま、もう寝なくて大丈夫?」
『あまり眠ると夜に寝れなくなるので、大丈夫ですよ。それより、買い出しはどうでしたか?』
「見て、どうよ」
ミカちゃんグッズを見せると、レーヴィの時が止まり、顔を覆って肩を震わせ始めた。
マティアスを見ると笑っては居ないが、マーリンは笑っている。
『どうして、しかも、何枚も』
「ロウヒと着る、外では着ないよ流石に。ミカちゃんに元気出して貰おうかなと思って」
『なるほどね、じゃあ見せに行こうか』
マーリンの魔法によって空間移動。
バチカンの例の同じ場所にミカちゃんは立っている、凄く眉間に皺を寄せ、たった1人で。
「ミカちゃん、コレ見て元気出しておくれ」
《それは、作ったのか?》
「買った、ヘルシンキで売ってた。ミカちゃんの事を好きな人も居るって事を伝えに来たのだが。大丈夫か?」
《あぁ、激励や礼の手紙も来ている。ただ、離職者も多くてな。マーリンの言う通りになったのがまた、苦々しい》
「また戻って来るかも知れんでしょう、ね?」
『うん、半分は確実に戻って来ると予想してる。結局は慣れた環境の方が良く思えるからね』
《それもどうせ当たるのだろうな、だが離職者を多く出した事が悔しくてならない。御心をただ伝えるだけでは、上手くいかんとは》
「ラフィーちゃんに相談したらどうよ」
『現界出来るのはただ1人、そして声も主のみなんだ』
「ラフィーちゃーん、話そーう」
『流石に無理なんだね』
「残念、不便」
《あぁ、だが主からの声は聞こえた。お前に礼をと、ありがとうラウラ》
「元気出たか?何か要るか?」
《あぁ、問題ない》
主さんの声は相当強力な魔素をくれるのか、ミカちゃんはマジで主さんを大好きなのか。
元気になったミカちゃんの次は、ロウヒの元へと向かった。
「お土産」
『は、あの天使のか』
「元気出して貰おうかと思って、コレも見せて来た」
『今さっきね、ふふふ』
「元気出たみたい、後コレも、新作だって」
『有り難いが、ふふ、コレはちょっとだな』
「外では着ないよ」
『お前の励まし方がな、ふふ、凄、くふふ、良い、それで、どうだったマーリン』
『困惑して、驚いて、喜んでた。無表情で』
『ふふ、そうか、ふふふ、偉いぞラウラ』
「何でそんな笑う」
『あの天使を知っているからこそだ、一目見た時はさぞ混乱しただろうと思うと、ふふ』
『レーヴィもだよ、初めて見た』
「ちょっと、変な愛情表現になってしまったか」
『ふふ、以前にな、お前の愛情表現は、少し遠回りする時が有るだろうと皆で話していて、ふふふ、こうとは、ふふふ』
「ファングッズを見せるのは遠回りか?」
『ふーー、その話しとそのシャツが少し上手く噛み合っちゃって、ごめんね』
『そうだぞ、知っているからこその、グフッ、面白みがあるのだよ。お前は、うん、良い子だ』
「まさかこのシャツを買うのもお見通しだったのか、マーリン」
『えっ、いや、まさか』
「じゃあなに」
『蝋燭とかを予想してて、Tシャツは予想外だった、本当に』
「まず予想したマーリンが怖いわ」
『ロウヒが遠回りな愛情表現をしがちだって言うから』
『ほれほれ、誤解して拗ねるで無いよ。素直で良い子は褒め言葉だ、お馬鹿などとは思っておらん』
『そうだよ、君が良い子なのを喜んで安心してるだけ』
「安心?やっぱり心配掛けた?」
『それもあるが、こう身近に純粋な善意が有るだけで助かるのだよ。悪意を多く見るとな、良い心で薄めたくなる』
「元気出た?」
『出たよ、勿論だとも』
『うん、私も』
ファングッズを見せるのは良くなかったのか分からないまま、取り敢えず家に帰る。
「ただいま」
《おかえ、ふふふ》
「感染してる」
『お帰りなさい、サウナを用意してありますよ』
家に帰り、服を洗濯機へ突っ込む。
そしてサウナへ。
久し振りの外出で少し疲れた、最近シオンになってないが。
シオンの、折角の筋トレも水泳もリセットされてるだろうか。
いつもそう、追い付けもしないままに病気や怪我でリセットされ。
どんどん引き離される。
少しイラっとしていると、マティアスとレーヴィが入って来た。
《どうしたの、何で怒ってるの?》
「いや、久し振りの外出で疲れたのと。シオンで筋トレもしてないし、水泳も。全部リセットされちゃったかもって、いつもそうだなってムカついてる」
《0では無いと思うけど》
「こんなへなちょこぞ、シオンは筋肉マンにしたかったのに」
《シオンになって確かめた?》
「そこまではして無い、0だったら心が折れちゃう」
《レーヴィも居るんだし、大丈夫だよ、ね》
『はい、一緒に頑張りましょう』
「おう」
シャワー室へ向かい、試しにシオンの体になってみる。
薄っぺらい体に絶望した所で、マーリンが涼む為に出て来た。
『なに、どうしたの』
「絶望してる、筋肉がリセットされた」
『恒常性が働いてるから仕方無いよ、ましてやせ細ってる事で君が安心してるから。その姿以外を受け入れるまで、体が勝手にその姿に戻ろうとする。魔法と君の意志でね』
「昔、バケモノって親に罵られた呪いがありまして、どうにも最初の姿に自信が無い」
『それでも、やせ過ぎはどうかと思うよ』
「機能が戻るのが怖いのもある、この体なら戻るまでに時間が掛かるだろうし」
『そんな半端な魔法を掛けられたの?』
「いや、完璧。ただ怖がってるだけ」
『だから、変身魔法の素質はあるのに誰も教えないんだよ?元に愛着が無いと、戻れなくなるから』
「知ってる、向こうでも言われた、でも愛着は無いからなぁ」
『賭けになる方法なら有るけど』
先ずはドリームランドでシオンの体の理想像を作り、定着させ、元の体へと影響させていく提案がなされた。
ただ、マーリンも試みた事の無い実験的な内容なので、成功するかどうかは分からないらしい。
良い方向へ向くかも、賭けであると。
「賭けだなんて珍しい」
『人の心は複雑なんだもの、まして君は呪いが掛かってるし。まぁ、どう転んでも良い様には考えてるけどね』
「したい」
『シオンの姿だし、元に戻れなくなる心配が無いのは良いんだけど。後は元の、君の姿だよね。どうにかして自信を持って欲しいんだけれど』
「それには途方もない時間と労力と色々が必要だから、まぁ、気長にやりましょうや。先ずは実験が優先、はよ」
『いつになるのかなぁ。まぁ、説明しに行こうか』
そしてラウラに戻させられ、サウナに居るマティアス達へマーリンが説明、当然の如く反対された。
なんで。
「なんでよ」
《男のままのになる可能性が、リスクがあるじゃない》
「リスク?いや、別に無いが」
《男のままでも良いの?》
「おう、妊娠しないし、元気で体力もある。何が問題か」
《もー、何で相談してくれ無かったんですか、マーリン》
『今さっきの話しだもの、最悪は無いし、本人がこうだし』
『そうですけど、これからどうするんです?』
『また入れ替えるのは面倒だから、兄妹で暮らして貰う。2人が一片に必要になったら妖精に変身の魔法も教えてあるし、ラウラかシオンになって対応して貰う予定』
「スズランの君が爺やに汚染されてないと良いのだけれど」
《もう切り替えてる、アイデンティティとかを少しは大事に》
「なんで、どうしてダメか。生き死にに必要か?個性だって、平凡で個性が無い方がスムーズにいけるじゃない」
『暗殺者にでもなるつもりですか?』
「場合によっては、いっぱい死ぬより1人殺す方が良い。その方が精神衛生的にも、独裁者を殺す方が良い」
『それでもラウラの人生を捨てて貰っては困る、表の顔も無いとね』
「そこは頑張る、取り敢えず金髪カラフルパンクガールで暫くいく」
《無理して無い?》
「皆無、丁度良い」
そして兄妹揃ってパンキッシュな格好にハマったと言う設定の元、身分証とはかなり違う印象で過ごす事が決定。
マティアスは不満げ、何故なのか。
『君の理想は着物姿の大和撫子?』
《そうじゃ無いですけど》
『我慢したり無理して地味な恰好したり、パンクな恰好をしようと思ってるワケじゃ無いのにね?』
「おう、効率重視。全部終わったら色々遊ぼうと思ってて、少し早まっただけ。シンプルなのも別に苦じゃ無い、寧ろ楽。ただただ、楽な方を選んでるだけ」
《並行して、楽しむ事は出来ない?》
「むり、そんな器用ならとっくに世界征服でもしてる。無理、バランス取るの下手」
『女の子が変わって行く事が、少し寂しいんですよね、マティアスは』
「家の中では変わらんよ、そこまで無駄使い出来ないし。外での恰好が変わるだけさね」
『そうそう、中身はこのままだよ。寧ろ変えたくても、そう変わってくれないし』
『頑固だそうですからね、ふふ』
全く受け入れる姿勢を見せないマティアスをテラスへ連れて行き、説得開始。
理解は欲しい、そして協力も。
「リリーちゃんの事で引っ掛かってるのか?」
《変化が苦手なんだ、凄く。他人が、女の子の変化が特に苦手。だって、凄い急に変質したりするじゃない。理屈抜きで、あの映画の子みたいなのは本当に怖い》
「あれって急に変わったか?」
《私が言える事じゃ無いんだけど、凄い急に冷めてたじゃない?アレが恐い、理由も分らないし》
「頭良いのに分からんの?気付いたんだよ、急に、あの男が馬鹿だって。それを好きになった自分も馬鹿だって理解したのよ。教養の有る頭良さそうな事務員を吸収してたじゃない?それが切っ掛けだろうって、そう思ったんだけど」
《気付いた程度でそんなに?》
「もしかしたら、もっと早くに気付いてたのかもだけど。急に凄い気付くと、あんな風になるんだと思うけど、君だってそうじゃ無いの?」
《私のは少し違うんだ、気付いてから、答え合わせになる》
「ワシは無いから分からんけど、リリーちゃんの、何が聞こえたの?」
《酷い事》
「聞きたい、もうリリーちゃんどうでも良いし」
《こんなに好きなのに、分かって貰えないのはラウラのせいだ。って》
「わお」
《知らぬ間に、こんな馬鹿で頭が悪い子になっちゃったんだって。そう思っちゃったら、どうでも良くなっちゃって》
「もっとわおだわ、凄い振り切れ方よな」
《無いの?》
「無い、まだ根に持ってる人間のフルネームも顔も思い出せる。とても執念深い、なんで、どうしてって思ってる」
《ラウラがそうやって歩み寄る必要無いのに》
『冷えちゃいますよ』
《入り直そう》
「おう」
今度は2人でサウナへ。
サウナで話す理由が分かって来た気がする、良い話しの切り替えが出来るもの。
《さっきの続きだけど、ラウラも、何かに気付いたらそうなるかも知れないじゃない。もしそうなったら、別の人間に思えちゃうから、それが嫌》
「執着か。内緒だけど、他にも御使いは居るぞ?」
《御使いだからじゃなくて、人間だと思ってるし》
「シスコンクソ野郎」
《そこまで重ねて無いよ》
「じゃあ、便利だから?」
《違う。ラウラが執着しない様にしてるのは分るけど、普通は違うんだよ》
「分るから、固執するなと言っている。してどうなる、離れるのが辛くなるだけじゃないか」
《辛いだけじゃ、今は辛いだけなの?》
「神獣の親代わり、しかも3人の親代わりになる気で、その気持ちで居た。今でもその気持ちは有って、どうしてるか、探し回ってないか、寂しがってないか、悲しんでないか、ご飯は食べてるか、寝てるか、ケンカしないで居てくれてるか、そう思ってるけど。でも、考えない様にしてるけど、偶に浮かぶ」
《ごめん、ごめんね。そうなんだね、私の為なんだね、ごめんね》
『あーぁ、泣かして』
「まだ泣いてない」
『怒っておきますから、もう上がって下さいね』
「まだ」
『分かったから、シャワー行って、ほら』
悲しみより怒りだった。
どうして分かってくれないのかと。
親しくなればなる程、別れが辛いのに。
「浴びた、まだ話す」
『はいはい、休憩してて、呼んでくるからソファーで待ってて』
「なんで寝かした、話しがまだだ」
『お昼寝して無かったでしょ?それに、気分を変えるには寝ないと。そもそもだよ、あのまま喧嘩になられたら皆が困っちゃう結果になってたし』
「そうか、すまん」
『良いよ、でもあそこまでマティアスが大人気無いとはね』
「聞いてたのか、レーヴィはどうした」
『妖精がね、喧嘩になりそうだって、それで止めに行って良いか聞いたら、許可してくれた。ちゃんと怒ってたよ、また問い詰めたんだろうって』
「違うけど、コッチは帰る気なのに、執着してるんだもの」
『御使いだからとか妹代わりじゃないよ、マティアスは大丈夫』
「そう?」
『うん、だから君がマティアスの執着を心配しなくても良いの』
自分がマティアスの立場なら、ココまで一緒に居て離れるのは辛いだろうに。
それでもマティアスが平気なのは、家族が居るからだろうか。
良い姉弟が居るし、両親も、友人も。
「分った」
『2人共隣に戻しといたから、仲直りしてくる様に』
「洗濯物、しまったら行く」
ランドリー室へ行き服を畳み、ストレージにしまい。
そうして気を落ち着けてから、隣の家を訪ねる。
《お夕飯食べた?》
「いや未だ、仲直りしてこい言われた」
《そっか、食べれそう?》
「まだ先かも」
《じゃあ、準備だけしてみようか。レーヴィは出掛けてるけど、向こうで待ってようよ》
「おう」
家に帰るとマーリンの姿は無かった。
何か用事か気を効かせたのか。
バーベキューコンロに火を入れ、ソーセージを焼くだけ。
手慰みの作業、気まずい。
《ごめんね、本当に、子供扱いして。もう大人なのは知ってるのに》
「ちょっと言い過ぎました、ごめんなさい」
《私も、心配し過ぎた、ごめんね》
「傷付いて欲しくないのは、分ってくれるか?」
《うん、私もそう思ってるんだけど、伝わってる?》
「伝わった上で、無視してる。多分、目的に合わない事はコレからも無視すると思う」
《私は、普通に生きて欲しい》
「帰る一択」
《だよね、それも分ってたのに我儘言ったから》
「我儘だ、困るよ君、大人なんだから」
《だけどさ、大人は神様じゃ無いから》
「ね、子供の頃はそう思ってたけど、そうでも無いのよな。凄い聖人が偶に居て神様に見えるけど、稀なのよ」
《ましてココは神様が少ないし》
「それな、もっと居ても良いのに、何でだ」
《私は見えてないだけで、見守ってくれてるとは思う。見逃しもあるだろうけど、気にしてくれてるって勝手に思ってる》
「ウッコ神とか?」
《他の神様も、妖精みたいに、実は居るんじゃ無いかなって》
「なら帰してくれー、頼むー」
《ふふ、それにしても、まさか親代わりだと思ってたとは思わなかった》
「歩いて喋れて戦えるから、そこは心配して無いんだけど。焼きもち焼いたり拗ねたり、まだ幼獣だから心配。探してくれてると思えるから、余計心配」
《ごめんね、聞けば良かった》
「言わなかったらコレは分らんだろう」
《でもマーリンなら、マーリンに色々な事を話せてるなら、もっと相談しようかなって思う》
「いや、言ったか怪しいぞ、アレもどれだけ予測演算してるか分からんし」
《ふふ》
「なに」
《蝋燭の事、聞いたから、ふふふ》
「それ詳しく知らんのだけど、何が面白いのよ」
《予測出来る事と予測出来ない事の振り幅がね、面白くて、ふふ》
「そうか、頭良い奴のみ面白いのか」
《そうそう、そう思ってて、ふふふ》
少しして、レーヴィが映画を借りて来てくれた。
そしてソーセージにはビールだと。
ビールとジュースを合わせたモノと、ソーセージ、盛り合わせを食べながら映画をセット。
そしていつの間にかマーリンも加わり、映画鑑賞へ。
今日はファンタジー。
イルマリネンの生涯がコメディカルに描かれていく。
黄金の乙女の話しから、アンドロイドやホムンクルスの話しになり、義体の話しに及んでしまった。
「例えばね、例えばよ」
《もう、絶対有るじゃんその言い方》
『だよねぇ。レーヴィ、魔王はどれで人間になったと思う?』
『ホムンクルスでしょうかね』
《あ、当たりみたい》
「なんでそう思う」
《呼吸、不規則になったから》
「クッソ」
『言葉遣い』
『明日にはシオンになるんですし、大目に見ましょう』
「もう、その結論になったの?」
『不健康より良いですし、ラウラも影響されないとは限らないそうですし』
《細いかマッチョかって極端過ぎ》
『本当に、でも中身も極端だし、仕方無いよ』
「そんな、ゴリマッチョには、あ、アマゾネスにマーリンが迫られたって話」
『私じゃないからね?』
『アマゾネスって本当に居るんですか?』
《実はラウラはその子孫で》
映画が終わっても宴会は続き、ひたすらレーヴィを騙し続ける展開になった。
そしてレーヴィがふと騙されていると気付き、レーヴィの勘が良い事が証明された。
そのまま後片付けになり寝室へ向かうと、既にすっかり寝息を立てているマーリンが、今日はベッドの片隅に居る。
そうして布団に入ると、まるで起きてるかの様に寝返りし、背中にピッタリとくっ付いてくる。
暖かくてお腹がいっぱいだと、眠くなる。
『マーリン』《マティアス》『レーヴィ』《ミカちゃん》『ロウヒ』