91:6期生を後輩と見届けよう。
遥パート:一途がゆーらいぶの面接を受けているとも知らずに、遥は6期生の紹介動画を見守ることにした。
一途がVになってから数日が経ち、オレ達が遊ぶ回数も減ってきてしまった。
少し寂しさもあるが、彼のやりたいことは応援したいと思う。だが、オレより先に100万人とれとは言ってないだろ!!
「はぁ。なんか、面白いゲームないかなぁ......」
時々、家電量販店に行っては、何の成果もなくうろつくのが日課になってしまっている。
今日もゲームカセット売り場で物色していると、後ろから肩をトントンとされた。
「やっぱり、遥じゃん。おひさ~」
「ああ、ミアさん。お久しぶりです」
鬼灯ミア、多分オレより年上だがVtuberとしては後輩『シスターミィア』である。
彼女もゲームを探しにきたんだろうか。
「ミアさんも、ゲーム探し?」
「まあ、そんなとこ。最近、個人勢も油断できないくらいに人気だからね」
「例の鯨鮫ちゃんですね」
ミアさんは、ゲームのカセットが入ったパッケージを眺めながらうなずく。
そういえばミアさんは、鯨鮫おるかが一途だって知らないよな?
いつかコラボすることがあるなら言った方がいいのかな。
「あの子、面白いよね。なんか、あんたの彼氏思い出しちゃった。えっと、小田倉君だっけ」
「別に......彼氏じゃないですよ。ただの友達」
自分でもまだ、一途との関係はよくわかっていない。友達として接したいのか、もっと深くまでいっていいのか......。この間も、酔った勢いとはいえキスしてたみたいだし......。
「ほんとかぁ? 彼と会えなくて寂しいって女の顔になってるぞ?」
一瞬、ギクッと体全体が動いてしまった。
それにミアは気づいていたが、あえて言及せずに話を変えてきた。
「そういえば、マネージャーから聞いたのだが今度また新しい子たちがゆーらいぶに来るらしいよ」
ミアは一つゲームを選び、レジの列に並ぼうとしていた。オレは、結局どれもピンとこずに何も持たずにミアさんについていくしかなかった。
「ええ? このあいだミアさんたちが入ったばっかりじゃないですか!」
「まあな。年に1度あるかないかでオーディションされていたというが、今年から半年に1度になったのだろうか......」
「そればっかりはわかんないすね」
ミアさんの買い物を見届けた後、店を出る。
すると、ミアさんはハッとしてオレに提案をしてきた。
「そうだ、一緒に後輩を見守らないか? 以前、遥がやってたみたいにさ、私もやってみたかったんだ!」
断る理由もなく、オレは即座にOKして自分の部屋に招き入れた。
防音対策マットとかもろもろ敷いたとはいえ、学生が使うような安アパートだ。
静かにミアさんをまた招き入れた。
「前から何も変わらないね。君の稼ぎで引っ越せばいいのに」
「それはどっちかというと親の仕送りと奨学金に当てているので」
「堅実すぎないか? ほんとにあんたVtuber ?」
「当たり前じゃない! ほら、始めますよ」
6期生一斉紹介のプレミア公開を、同時視聴できるように、なつきさんと調整し準備は整った。
私たちは配信の開始ボタンを押した。
「さてさて、この間私たちが来たばかりのゆーらいぶだけどどんな子たちが来るかな?」
コメント欄もみんなワクワク、そわそわしている様子だ。
ミィアさんから来た子たちもこぞってコメントしてくれている。
「久しぶりのミィアちゃんとのコラボ嬉しいよ! なんか、ミィアちゃんたち迎えたとき思い出すなぁ」
「言って、数か月も立ってない気がするわよぉ? お、来た来た」
ミアさんの言葉と同時に、二人のVtuberが画面上に現れる。一人は、チャイナな衣装と面持ちでパンダのピン止めを付けている。もう一人は、紳士風のスーツを着こなしているがネクタイが黄色と茶色の奇抜な模様の柄だし、顔がリアルなキリンだ。
『はじめまして、こんパンダ~! ゆーらいぶ6期生となりました! 山茶花パンダと申します! 気軽にパンちゃんって呼んでねー! そして』
『こんにちは。キイドリアン・リ・ングライフォルツと、申します。この度、個人からゆーらいぶへ移籍することとなりました。さらに、山茶花パンダさんと【きりぱんずー】というコンビで活動します! よろじらふ』
パンダとキリンと動物コンビか......。
変わった組み合わせだが、人気がある者同士だし面白そうだな。
コメント欄もキリンやパンダの絵文字が飛び交い遊ばれている。
「へー、キリンちゃんとパンダちゃんかぁ。かわいいねぇ......。にしてもコンビってあんまいないんじゃない?」
「いや、たしか先輩でいた気がする。あまりコラボとかしたことないけど」
2人の紹介が終わった後、もう一人のシルエットが見えた。
さらにソロでVtuberが入るのか!
『マリアナ海溝で私と握手! はじめまして! 深界のプリンセス、鯨鮫おるかです! この度私、鯨鮫おるかは個人からゆーらいぶ6期生として活動します! 一緒に盛り上がってくれてたら嬉しいな!!』
知り合いである一途の登場にオレはギョッとした。
あいつ、最近見ないと思ったらゆーらいぶのオーディション受けてたのか?
でも、ちゃんと受かるなんて運がいいというか、持ってるな......。
「あらぁ、あの子例のおるかちゃんじゃん。正式にうちの子になったのね! うれしいわぁ」
ミアさんはハスキーながらも、母性を感じるおっとりした口調で嬉しそうに語る。
まあ、中身知ったらもっと驚くだろうな......。
「そうだね! やっと、これで正式にコラボできるね! おるかちゃん、待ってるよ!!」
オレの言葉と共にコメントがさらに加速する。
おるか、というより一途の知名度がうかがえるくらいの速さでいろんな人がコメントを残していく。
みんな知らない人ばかりだ。
「おるかちゃんのファンの子たちかな? コメント、ありがとうね!! 先輩としてみんなのこと応援しなくちゃね! がんばえーる!」
だが、素早いコメントの中で少しだけ見えたのは、【らぴす】の文字だった。
【らぴす】「エルちゃんの声久しぶりに聞いたけど、やっぱ男の声丸出しでキモw ま、そこがかわいいんだけど」
無視すればいいと思ったが、同じ文章が何回も打たれていた。他の人も少し注意するが、コメントは消えない。それを見かねたミアさんが、自分のパソコンをカタカタと打ち込み始めた。
『はい、おもしろくないコメントはしまっちゃおうねぇ。シスターとの【お約束】だからねぇ』
【翻弄されるエルフ】「出た! シスターの制裁」
【洗礼されしもの】「慈悲がねえな。まぁ、スカッとはするけど」
どうやら、シスターのチャンネルではよくやっていたことのようだ。
よくわからないが、コメント削除のやり口が早すぎる。オレなら30分くらいかかりそうなのに......。
「ありがとう、シスター」
「いえいえ。シスターの職務ですから」
「どういう職務?」
さて、ひと悶着終えたところで紹介動画が終わり、配信もなだらかに終わりを告げた。
一人伸びをするオレにトントンとミアさんが腕を触った。
「あれ、もう帰るんですか?」
「うん、配信終わったし! ......うーん、でもおるかちゃんにはコラボしてもらおっかな」
思わず、帰り支度をして玄関のドアノブに触れる彼女を少し引き留めてしまった。
「え? 彼女とですか?」
「駄目なの?」
彼女の純粋なまなざしと疑問が、少し痛い......。
「駄目じゃないですけど、びっくりしないで下さいよ?」
「なんもびっくりすることなんて」
「いや、鯨鮫おるかは小田倉一途なんですよ!」
オレがそういうと、ミアさんはきょとんとした後、間が開いた。しばらくして
「ハハハハハハ! ヒャー!」
「え、え?」
「ごめん、ごめん。 でも大丈夫、取って食いはしないわよ、あんな男」
「一途は『あんな男』じゃ、ありませんよ!」
「わかった、わかったから! じゃあね、またコラボしよ」
そう軽くオレのことをいなして、玄関から華麗に去っていった。
一途、大丈夫かな?
遥は一途が自分の後輩になったことに内心驚きつつも、納得する部分が多かった。一方いよいよ近づきつつあるハルとの正式コラボに一途は奮闘していくのだが……?