68:人気者になる準備
遥に対して一途は「Vtuber」になると宣言したのはいいものの、
どうやって行けばいいかわからないでいた。
それを後押しするように押崎と作戦会議をするのであった。
遥にできて俺にできないことはない。大変だと思うけど、Vtuber......やってみる価値はある。
「あーあ、でも今日は遥くんと遊べなかったね」
押崎さんが肩を落として残念そうにしていた。彼女は遥の心配をしてきただけじゃなくて遊ぼうとしてたのか。俺はぽつりと彼女に返す。
「あ、当初の目的忘れてた。まあ、今日は忙しそうだったしなあ」
忙しいからこそ、俺も同じ立場になれば仕事として同じ時間を共有できる。
たったそれだけの理由だけど、俺はまた3人が同じような目標に向かっている気がしてうれしい。
「うん、でもこれから私たちも忙しくなるよ。Vtuberになるための準備は大変だよ? 多分」
せっかくVtuberというものがつないでくれた縁だ。この縁は大切にしたい。
だから、俺たちは次のステージに進んでいこう。
「まあ、まずはうちで作戦会議する?」
「いいね。お菓子でも食べながらね」
そういって俺たちは、自分のバイト先であるコンビニへ向かった。
「いらっしゃい、いっくん」
レジから店長が出迎えてくれた。今日は一人なのかな?
「どうもっす」
会釈した後、俺たちはお菓子コーナーへと足を運ぶ。
「お菓子何にする?」
「う、うん。やっぱりポテチかな。でも、このチョコ買ったらゆーらいぶのクリアファイルがもらえるのか......」
棚の上にはゆーらいぶに所属しているVtuberたちが並んだ絵柄のクリアファイルが並べられていた。
そういえばこういうのがあるって言ってたな。すっかり忘れてたわ。
「両方買えば?」
「太るよ! うーんどうしよ」
「じゃあ、チョコは俺が食うよ。俺も欲しいし、おごるよ」
「え! 本当!? やったぁ。じゃあ、これにしようっと」
押崎さんは大きな袋のポテチをとりだし、両腕に抱えた。俺はコラボの対象商品を2つ買い、クリアファイルを二つ手に取った。俺はレジに向かうと、今度は鷹野仁が出迎えてくれた。
「やあ、一途君」
「うっす。今日シフトだったんすね」
「うん。活動のためにも頑張らないとね」
そういうと、押崎さんは興味ありそうに鷹野に質問した。
「活動って?」
「うーんと、V」
「バンド! ヴィジュアル系バンド、でしたよね!」
さすがに今ここで目の前にいる人が、ジンだと知ったら押崎さんが倒れかねない。
ここは俺に話を合わせてもらわないと
「あー。うんうん。そんな感じ」
危機を察したようで、鷹野さんは俺に話を合わせてくれた。見事、事なきを終えて俺たちはようやく俺の家へと向かう。
「さて、作戦会議といきますか」
「お邪魔しまーす」
掛け声と同時に押崎さんは、鞄の中からパッドを取り出す。すると、いくつかの画像ファイルを取り出してきた。
「私、イラストレーター目指してたことあったからこういうストックはいっぱいあるよ! さ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
彼女の持つデータの中には、獣耳の巫女や、ヴァンパイアのような歯とタキシードの男性などいろんなキャラクターが描かれていた。中には前にくれた神野エルの新衣装もあった。今でも、俺の机の上に飾ってある。
「どれも可愛いし、かっこいいなぁ。やっぱ押崎さん、センスあるよ」
「えへへ、そうかなぁ。こうやって、飾ってくれてるのも悪い気しないなぁ。さて、どれを選ぶんだい?」
「これは、なにがモチーフ?」
「これ? ああ、シャチとかサメ?」
デザインを見る限り、シャチのような白黒のもようがフードになっているみたいだ。
でもなんかみたことあるんよな。フードにはギザギザの歯が描かれていてサメにも見える。
これもなんか見たことがある。
「シャチ? サメ? どっちよ」
「シャチもサメもいるからなぁ。鯨にする?」
なぜかその子にはB案もあったようで、鯨の下あごのような線が入っている水兵帽子をかぶった女の子だった。
「これ、いいかも」
彼女の姿に俺は命を吹き込む。そう思ったとき、不安と喜びとで胸が高鳴った。
押崎さんはパッドを自分の顔に近づけて微笑む。
「これで、遥君といちゃいちゃできるね」
これで、俺は遥とまた同じ時を多く過ごせる。一緒に笑い、楽しみ、そして......。
そして俺は、どうしたいんだ......? 自然と上がっていた口角を必死に下げて俺は首を横に振る。
「いちゃいちゃしたいわけじゃないよ」
だけど、彼女の持つキャラクターを見るたび、変な笑いがこみあげてくる。
でもこれは多分、恋じゃない。
「にやけてる」
「にやけてない」
「そう? それで、名前、どうする?」
押崎さんは、自分の絵を見つめつつタッチペンで最終調整している。
名前......。彼女のキャラクターの方向性を決める重要なことだ。
「鯨鮫......おるか......ってどうかな?」
「まんまだねぇ。そういうセンス嫌いじゃないけど。おっけー! それで調整してみる。完成したらまた連絡するね! 今日はありがとう! じゃあ帰るね」
「うん。こちらこそ、ありがとう。また、よろしく」
押崎さんは自身の鞄のひもを肩にかけ、立ち上がった。俺も彼女を見送るため、立ち上がる。
そして、彼女が玄関先で靴を履くため座りながらつぶやく。
「私はいいよ。それよりもちゃんと、遥くんとの時間を作るんだぞ! そのために頑張ってるんだから。私は二人の大切な時間を壁として堪能できればいいのです......」
「壁って......。まあ、押崎さんらしい言い回しではあるけど。確かに、あいつとの時間は大切にしたい。他のどんなことよりも」
押崎さんは、頭をブンブンと縦に振って、賛同してくれた。
その背中はいつも以上に頼りがいのある背中だった。こんな友人を初めて持てて俺は嬉しい。
再び彼女は立ち上がり、ドアノブに手をかけて、手を振る。
「じゃあ、また連絡するね」
「気を付けて」
彼女は去り、部屋は静かになった。俺は再びリビングのパソコンの前に座り込む。おっと、もうこんな時間か。今日は配信に間に合ったみたいだ。神野エルのチャンネルに向かうと、彼女以外に修道女のシスターミィア、むま・むうま、そして冥土みやげが準備画面の立ち絵にいた。4人の配信ってどうなるんだ?
今から楽しみだ。
Vtuberとして本格的にかつどうすることを心に決めた一途。
鯨鮫おるかとして輝くのはまだ、先の話。




