【サブチャンネル】:バレンタインは推しイベとともに
一年生ももうすぐ終わり、一途たちは1年生最後の2月を過ごしていた。
彼らは春休み真っただ中のバレンタインデーに秋葉原へと行くこととなった。
一途と遥は互いの気持ちを理解しあい、依然として友人として関係を進めることにした。それから時は流れて、春休み。2月となった寒空にはまだちらほらと白い結晶が見え隠れする。
「ヴェッックシュン! さむ」
小田倉一途は寒いにも関わらずダメージジーンズを着てきたことを若干後悔した。上に来た軽めのダウンコートがまだましにはしているものの、彼の寒がりな性格には耐えられない。
「ほんとバカだな、一途は。ほら手ぇ出して」
遥は一途の手を握ると、自分のダッフルコートのポケットの中に入れた。
そこにはカイロが入ってあり、一途はほっと一息をつくも、少し顔を赤くした。
「これ、恋人がやるやつじゃん」
「別にいーじゃん、どうでも。あったかくなるんなら手段は選ばないの」
恋人の距離で二人は最寄り駅へと向かう。今日は二人で出かける約束をしていたのだ。二人の数少ない共通の趣味、アニメ「プリティまじかるギャル」のイベントに行くため、二人はオタクの聖地秋葉原へと歩みを進める。
「まさか、遥もプリギャル好きとは高校の時は思わんかった」
白い息を吐き出しながら一途は遥との過去を少し語った。
すると、遥は少し笑みを浮かべて一途を見つめる。
「ま、それのおかげでオレ達こうやって仲良くなれたようなもんだけどな」
最寄り駅の改札を通り、電車に揺られていく。そして二人は秋葉原駅に着いた。
二人は電気街口から通りを歩いていき、イベント会場となったアニメイズへと向かう。
「久しぶりにアニメイズ行くなぁ。にしても人多すぎんだろ」
一途が一息つき、アニメイズの入り口の前に立ち尽くす。そこには既に、プリギャルグッズを身につけた大人や子供たちが集まっていた。遥は予想以上のアニメイズの盛況ぶりにただ開いた口がふさがらなかった。
「おいおいおい、すげぇな。これ、グッズ買えるんか?」
「確かに。だが俺たちは、この戦争に勝たなくちゃならない。限定グッズ争奪戦というな。いくぞ、戦場へ」
人込みをかき分け、イベントブースへと向かう二人。その間も二人は離れないように手をつないでいた。人に見られることも気にせずに、イベントブースまで自然に彼らは手を握っていたことに気づき、二人は慌てて手を放す。特に彼らは示し合わせる訳でもなく、自分たちのほしいグッズをかごの中に詰めていく。
それぞれで会計を済ませ、二人は外にでてほっと一息つく。二人のプリギャルグッズが詰められたカバンは行きしなのときより確実に重くなっていたが、一途も遥も、意気揚々として秋葉原を闊歩する。
「いい時間だし、お昼にしよっか」
「たしかに、腹減ったわ」
適当なファストフード店に入り、二人はハンバーガーのセットを注文して向かい合う。
「どう? 戦利品のほうは」
「ユナさんのチェーン、最後の一つでした! 他の人には申し訳ないが......。悲しいけどこれ、戦争なのよね」
「まあ、よかったんじゃね? ユナ人気だし。オレはジュリちゃまだけど普通に買えた。ファンとしては複雑だが」
ハンバーガーとポテトを二つ一遍に口の中に放りこむ一途に対し、かわいく、小さくパクパクとハンバーガーを口にしながら遥は一途に微笑む。
「ほら、そんな食べ方してるから。ケチャップ口についてるよ」
一途が口元に手を当てる前に、遥は一途についたかわいい汚れを親指でふき取り、舌でなめとる。その所作一つ一つは普通だが、一途にとっては少し胸が熱くなるような目のやりどころに困る仕草で思わず目をそらしてしまっていた。それをみて遥は、含み笑顔を浮かべてジュースをストローですすった。
「......なんだよ」
「別に? かわいい一途な子を見つめてるだけです」
「あ、そう。......そういえば、はいこれ」
一途は遥に箱を渡してきた。遥は中身を開けずに外見をぐるぐると見つめたり、振ったりした。
「振るなよ」
「なんこれ」
「いいから、開けろ」
箱を机に置き、汚れた手を紙ナプキンでふき取った後再度遥は箱を開けた。そこにはオレンジ色のイヤリングが入っていた。
「えー、男が男に贈り物?」
「悪いかよ。それ、ジュリちゃんをイメージしたイヤアクセだって。穴を開けなくていいタイプらしいからオタクにも子供にも優しいぞ。別に悪いもんじゃないし、嫌なら飾るくらいでも」
言いかけると、遥はイヤアクセを手に取り右耳に取り付けた。すんなりと耳になじみ、その端正で柔和な顔に似合うものだった。一途は、やはりなと言わんばかりにうなずく。
「やっぱ俺の目に狂いはなかった。似合ってるよ、ハル」
「変じゃない? あまりこういうチャラいの苦手なんだけど」
「かわいいよ」
すんなりと一途から放たれる直線的な優しさと好意は遥かに率直に届き、照れ笑いを浮かべて少しうつむく。少し耳にかかった髪の毛をかき分け、オレンジのイヤアクセをキラつかせる。
「あ、そういえば今日ってバレンタインじゃん! もしかして一途、これ」
「別に、バレンタインだからって買ったわけじゃないんだからね!」
そういうと、遥は一途の耳まで顔を近づけてささやく。
「不器用なやつ」
ぞわっと身を震わせながら遥の方に目を向けて少し、眉を顰める一途だったが耳につけられたアクセサリーを自分の手で揺らしながら彼の顔に触れる。
「そうやって勝ち誇った気になってんのも今のうちだからな。いつか、お前も俺の『推し』になって堕ちてもらうぞ」
一途が勝ち誇りドヤ顔の遥を手でぎゅっと挟んで再び座らせると、遥は少し顎を気にしながら一途を見つめる。
「そんな野望いつからもってたんだよ」
「今、この瞬間! バレンタインに推しと過ごしたこの瞬間に思いついた」
「そういうとこ、ほんと嫌い」
そう言ってプイと顔を一途から背けるも、その耳は正直に赤らんでいた。
二人の過ごし方はいつもと変わらない。だが、その不変の積み重ねが彼らの距離を短くするのだった。




