54:まったり、ゆったり
ゲッツ忍との初コラボ配信を成功に収められたが、遥のやる事は配信だけじゃない。
彼はまだ大学生である。学生の本分として学業もしっかりしないといけない。
ゲッツさんと配信は、なんとか面白い形で終えられてよかった。
まぁ、でも後3日したらまたゲッツさんとコラボ配信することになるんだけど今から緊張してきた。
他の人の配信へ遊びに行くのジンさん以外あまりやってこなかったからなぁ。そういうのも増やしていきたいな。
「まぁ、それまで時間あるし今日はまったりとみんなと雑談していきたいな。......それはそうと講義行かないとな」
鞄に教材を詰め込み、勢いよく玄関を開ける。
今日は一途たちとも会える必須科目だから出ておかないとな。
「よし、キャンパスライフしますか」
階段を素早く駆け下りて、自転車を駐輪場から取り出す。
オレはペダルに足をかけて走り出した。
「さみぃーーーーーーーー!」
自転車で駆け上がる冬のあの上り坂はいつも以上に体力を消耗する。白い息が乱れ出ていく。
「やっぱ、むり......かも」
そういって自転車から降りて押し進めていると後ろから化け物のような声が響き渡る。
「う”お”お”お”ーーーーーーーーーー!!!」
「うわぁっ!? って一途かよ、びっくりさせんなよ!」
「おい遥! ゼェ、ゼェ......。 お前降りるだなんて卑怯だぞ!」
さすがにこの上り坂を自転車で意地張って降りずに上る奴もいるだなんて思わなかった。ていうかこんなところで会うなんて珍しいな。
「俺と同じ時間くらいに来るなんて珍しいな。なんかあったのか?」
「誰のせいで、ハァ......遅くまで起きてると思うんだよ!」
「昨日は21時くらいに終わっただろ!? オレ関係ないじゃん!」
「違うって! 俺、お前の切り抜き作ってた!」
は? 切り抜き? まぁ、この界隈は特に暗黙の了解になりつつあるけど、それ本人に言う?
「え? ま、確かにオレ可愛いし? ゲームもうまいのに? なぜか切り抜き作られてなくて不満ちゃ不満だったけどさぁ......。なんでおまえが」
あいつは自転車を降りることなくペダルを一つ一つ歩くように漕いでいく。俺の歩くスピードとほとんど変わらないくらいだ。これなら普通に降りてしゃべった方がいいだろ。
それでも、あいつはペダルをこぎ続ける。
「お前をもっと知ってほしくて! 他の人に、V見たことない人にも届くように! 推しを応援するため! 一途に突っ走る! それが俺のスタイルだって!」
嬉しくないというのは嘘だけど、あいつにそんな編集能力あったか? というか、投稿自体初めてなんじゃ......。
「編集技術とかどうやって学んだんだよ」
「Utube! それと、気合!」
「いや、気合でどうにもなんねえよ!」
「それはどうかな!? お前はこの上り坂を俺が登れねえって思ってるだろ?」
「サイクリングクラブでもしんどいって言われてんだぜ? 素人には手ぇ出しちゃいけないやつだろ」
サイクリングクラブの知り合いが言っていた。あの上り坂はまじでクライマー向けだって。クライマーが何すんのか知らねえけど。要は、山登り担当の自転車こぎでもないと登らないらしい。
「オタクがぁ!! 上るとこ、とくとみやがれぇ!! 心のケイデンスを燃やせ!!」
「分かんねえけど、いろんな漫画ネタ渋滞してるぞ!」
そのツッコミは彼には届いておらず、一途はただ前を見ていた。
あいつのひたむきさは誰よりも知っている。配信を始めてからずっと追いかけてくれていた愚直でバカで、すごいやつ。こんなに近くで応援してくれているファンがいるって思ったから頑張れたんだ。
確かにジンさんに憧れたところもある。けど、一番の続ける材料になったのは一途お前がオレの前を走り続けてくれたからだよ。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!! ギア......を2から1にしてこれか! だがあと、少し!!」
とんだ気合で一途は、なんと駐輪場まで足をつくことなく到達することができた。
俺はトロトロと自転車を押して駐輪場にたどり着いた。
「っしゃあああああ!!!」
「これから、授業だけど気力ある?」
「多分、大丈夫......。ちょっと足痛えけど」
ほんと、面白いやつだよ。オレよりずっと。輝いて見える。棒のようになった足を震わせながら一途は授業のある講義室へと向かう。オレはそれを見届けて先に教室に入る。
「あ、二人ともおはよー。今日は二人仲良く到着だね」
「おはよ、押崎さん。今日もかわいいね」
「ありがとう! かわいい遥くんに言われるとちょっと照れますなぁ。ところで、今日の配信は」
ここまでフランクに自分の活動内容を話すようになったのも不思議なことだ。
企業秘密とかでもないし、SNSでも予告してるから問題はないんだけど......。
「今日は、雑談枠だよ。ていうか、もうちょっとコソコソしてよね。これでも活動は秘密なんだから」
「あ、ごめんごめん。雑談だって、一途くん」
「ん? うん。知ってるけど......。またコメント返しみたいなもんか。またなんか送るわ」
「お前はラインとかでいつでも聞けるだろ」
「そういう問題じゃありませーん」
「うざ。その口か! 嫌なこと言うのは!」
オレは意図せず一途の片手で顔をぎゅっとさせて、そのままクイッと上げた。
もしかしてこれって顎クイか?
「はわああああああああああああああああ!」
「「押崎さん!?」」
「す、すまないが私はここまでのようだ......。二人とも、ありが」
「いや、大げさすぎ。ていうか、押崎さんってそんな明るいキャラだったっけ?」
そういうと、彼女はかわいらしい笑顔でこちらを向いた。
「さぁ? 誰のせいだろうね?」
「誰がというより、お互いに影響しあってる部分はあるんじゃないかな……。俺も動画投稿始めたし」
「あ、言ってたね、切り抜き作るって。どんな感じ?」
押崎さんが興味津々に一途を見つめる。正直オレも気になってる。一途がスマホを取り出して自分のチャンネルを見せた。
「とりあえず二つだけ」
怖がるオレと、カッコいいオレの切り抜きかぁ……。
なんかちょっと恥ずかしいけど、こういうのは嬉しいかもな。 オレももっとチャレンジしていって面白いところ切り抜いてもらいたいな。ま、本音は自分のチャンネルを全部見てほしいけど。
何気ない3人の会話は授業開始まで続いた。