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37:いいや、だめだね!

一途と押崎さんは逃げ帰る遥を心配に思いながら授業を終え、教室で配信を確認する。

そこには二人の心配をよそに楽しく配信する彼の様子があった。

 鷹野という人物が来てからというものの遥も俺も、気でも狂ったかのように喜んだり落ち込んだりを繰り返していた。心にモヤがかかったような違和感。そして俺はエルちゃんの動画が見れなくなっていた。


「俺、ホントにどうしちまったんだ?」


「うーん、重症ですね。推しが見たいのに、見れない。体によくないよ? ちゃんと見ないと」


「いや、それじゃ推しが健康食品みたいじゃん」


俺が苦笑いを浮かべると押崎さんは吹き出し始めた。


「プフッ......。フフフ、でも私たちは推しが生きてるから楽しいんでしょ。自分の活力になってるんでしょ? それなら、健康食品となんら変わらないよ。遥君もきっと寂しがってるよ?」



寂しい......。確かに、エルちゃんの動画を見れていなくて心に穴が開いたような、感情がうまく表現できなくなっていた。遥も同じこと考えていたんだろうか。


「そうだね。ちょっと覗いてみるか」


必須科目を終えて誰もいなくなった教室。五限の授業では使われてないのをいいことに、俺たちはスマホを取り出してエルちゃんのチャンネルに移動する。


「え、らいとママ?」


「ホントだ。コメントがママの話でいっぱいだ。あの衣装って原画は押崎さんだよね?」


「まあ、別に遥くんには好きに使っていいよとは言ったけど、まさかママに改造してもらえるなんて夢みたい......。それに遥くんも楽しそうでなによりだね」


「ああ......。なんか俺たちの不安とか心配って杞憂だった?」


「きっと、文化祭になったらケロッとしてるって」


俺もそうなることを信じて、今日はどこにもよらず帰ることにした。

家に戻ると遥が俺の住むマンションのドア前で立っていた。思いがけない彼の訪問に立ち止まってしまった。すでにライブ配信が終わって落ち着いた雰囲気だった。立ち姿はなんだか片足をドアにくっつけてカッコつけてるみたいでむかつくけど......。ていうかそれじゃ俺、部屋の中入れないし。


「遥、お前なにしてんの?」


「お、おう。なんか、お前に会いたくて......な」


会いたい? なんだよ急に、むずがゆいな......。遥のうるむ瞳の奥に俺が映る。配信の時とも、いつもとも違うしおらしさ。女装もしてない彼の仕草と容姿に、俺の胸をざわつかせていく。


「なんだよ、急にいなくなって配信し始めたくせに」


「そう、逃げてしまった。お前からも、鷹野仁からも」


「鷹野仁、なにもんなんだ? おまえにとって大切な存在なのか?」


「多分......。おまえにはすべてを打ち明かすよ。彼は、オレの恩人でvtuberのジンさんの中の人。そして、今なぜか好意を寄せられてて困ってる」


......。は? こいつは何を言ってんだ? 俺は一瞬固まってしまった。


「ん? ええ!? いやいやいやいや、情報量多すぎてついていけんわ!」


「オレもそう思う。それで悩みが多くなって逃げだしたってわけよ」


「た、確かにそれは逃げ出すわ......。なんというか、災難だな?」


言葉が見つからない。鷹野という男をよくわからない人だと思っていたけど、彼の言動ひとつひとつの意味合いが分かってきた。でも、正直そんなことはどうでもいい。


「災難というよりも、少し疲れたかな」


「よくいままでそんな面倒なこと一人で悩もうと思ってたな。......なぁ、もう俺たちの中で隠し事とかすんのやめね? これからもっと大変なことが起こるかもしれんし、頼れる人間を増やすってのをしていってほしい。だから俺がお前を守るファン一号になってやる。いや、ならせてくれないか?」


遥は少し考えるために周りを見渡していた。あいつのよくやる癖だ。はじめはなんだか目をそらされていい気はしなかったけど、観察するたびに考えている顔が面白くてつい見てしまうようにまでなっていた。


「まあ、良いけど......」


恥ずかし気に頭をかきながら頷いた遥からはさわやかな笑みがうかんでいた。こいつの笑顔を見ると俺もなんだかうれしい気分になって笑顔を返した。正直、文化祭当日より前に遥と出会えてよかった。もし、会えなかったとしても俺は会いに押しかけていっただろうし......。

文化祭当日は一度、今日と同じ俺の部屋のドア前に二人で一度集合と決めて今日のところは帰った。


泥のように眠って、そして朝を迎え文化祭当日、俺は何気ない普通の服装で家の前の廊下で待っていると階段を駆け上る音が聞こえてきた。


「おまたせぇ~」


「おう!? おまえ、それでいくのか?」


目の前にいたのは胸元の空いたチャイナドレスを着た遥だった。遥は片手で空いた胸元の部分を持って少し丈の短さを強調しようともう一方の手で腰回りの裾を引っ張って立って二やついていた。


「今日は文化祭、それにハロウィンなんだぜ? 誰も不思議がらないって」


「まあ、それはそうか。じゃあ、行きますか!」


遥の手を引っ張り、大学へと向かう俺をよそに遥は自分の家に戻ろうとしていた。


「え、ええ~!? 着替え、着替えだけでも取りに」


「いいや、だめだね!」


俺は、俺自身にいたずらで女装して惑わせた仕返しに強引に遥を引っ張っていく。誰かに絡まれようとも構わない。俺がこいつを守る“一途な一号”だからな。




一途に手を引っ張られ文化祭へと向かう遥。

そこに待ち受けるは......押崎さんと鷹野による連写の応酬!?

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