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31:出会いは突然に

バイトに入る小田倉一途は店長の代わりにやってきた男と店番を頼まれる。

一途は彼を知っている。眉を顰める彼に男は言い放つ。


「僕は遥君のこと、何でも知ってるよ」

土曜は朝から日中はコンビニでバイトざんまいだ。

今日も店長がレジのカウンターから手を振って向かい入れる。


「おっはー。いっくん」


「おはようございます。今日も元気っすね店長」


「今日実は珍しく休めるのよ。大丈夫、アタシの代わりを務めてくれる子がいるから」


そういうとスタッフルームにいる誰かをカウンターに手招き入れる。スタッフルームから体を少し屈ませてカウンターに入る男。彼の制服には銀色に輝かせた文字で『鷹野』と書かれていた。

顔は柔和で優しそうな面持ち。鷹野は初めて見るような顔で見つめるが、俺はこいつを知っている。


「あんた......。あんときの」


「あれ? もしかしてオシリあい? ひとしちゃん」


店長に名前で呼ばれた鷹野という男は頭をぽりぽりと掻いて少し表情を曇らせる。


「いえ、僕は記憶にないですね......。どこかで会いましたっけ? 僕たち」


覚えていないのか?コミケで出会った時も普通の格好していたし、顔を覚えるのは得意な方だから見間違うはずがないんだけど......。俺は顎に手を当てて悩ませていると彼の顔がうっすらと白い歯をゆっくりと見せつけた後、彼は店長に優しく冗談を振りまく。


「まあ、僕みたいなモブ顔いっぱいいますからね。誰かと勘違いしたんじゃないですかね」


「モブ顔だなんて、イケメンが謙遜しちゃダメよ! あ、ごめんねいっくん。改めて紹介するわ、こちら鷹野 仁ちゃん。アタシの後輩ね」


「よろしく、アルバイトくん」


店長から俺に目線を変えた瞬間、笑顔で細くなった目が真顔になったように見えた。まるで俺を監視しに来たかのような冷たく、怒りに近い目線。俺は少しぶっきらぼうに自分の名前を告げた。


「『アルバイト』じゃなくて小田倉っす。小田倉おだくら 一途いっと


「そっか。よろしくね小田倉くん」


彼はカウンター越しに手を差し伸べる。俺は店長の見る前で無視するわけもいかず、俺は彼の前で手を出して握手を交わした。スタッフルームに入り、カバンを置いてコンビニのいつもの青い制服に袖を通す。


「それじゃ、あとは二人で頑張ってねぇ~」


レジに立つ二人を胸元の空いたすこしぴっちりした白シャツを着た店長が手を振ってコンビニを後にする。二人取り残された時間は気まずい雰囲気が流れていた。店内はまだがらんとしている。


「君、記憶力良すぎない? ハルちゃんもそうだけどさ」


「やっぱり、覚えてたのか。俺たちの事......。っていうか、遥のこと知ってるのか?」


「まあね、いろいろ知ってるよ。例えば、彼がVtuberだってことも知ってるよ」


「えっ......どうしてそれを」


霜野遥がVtuber「神野エル」だってことを知っているのは俺と押崎さんくらいなもんだ。それなのにどうしてこの人はどう考えても知りえないことを知ってるんだ?


「やっぱり知ってるんだね、小田倉君。まあ僕が知ってるわけは教えないけどね。これだけはハルちゃんと僕の約束だからね」


ニコッとさわやかに笑った後、レジから商品棚の方へ出ていった。ほんとつかめない人だ。

客がちらほらと入って商品を物色する。鷹野は客に『いらっしゃいませ』とすがすがしく声掛けをしつつ商品棚を整理する。


客の一人がジュースを持ってレジに向かってきた。


「いらっしゃいませ」


いつも通り、いつもよりワントーン高い声であいさつする。バーコードを打ってお金をもらう。

突然目の前にいる女性客が少しぶっきらぼうな声で独り言をつぶやく。


「あのイケメン君にレジ打って欲しかったなぁ......」


「あ、ありがとうございましたぁ......」


なんだよチクショー、別にいいだろ普通の人間がレジ打ってても......。

ふてくされていると鷹野がレジ側に来た。なんだかこのさわやかな顔に腹が立ってきた。


「顔に出てるよ。きみ、接客に向いてないんじゃないの?」


「向いてる向いてないとかじゃないくて、自分が稼ぎたいからやってるんですよ。あなたはなんのために働いてるんですか?」


「表の顔が欲しかったから。かな?」


「意味がわかんないですよ。いやそんなのはどうでもよくて、遥とはどういう関係なのか教えてくれてもいいでしょ」


鷹野はだんまりを決め込んでいる。この人はなんなんだ本当に......。ていうか俺はなんでここまでムキになってるんだ? Vの中身を知っている事情通だから? それとも自分だけが遥かの秘密を知ってるわけじゃなかったから?


「今は言えないけど、これだけは言える。君は特別じゃないよ、遥くんにとってもエルちゃんにとっても......」


不適だけどどこか憎めない爽やかな笑みを浮かべて彼は俺をドリンクの補充へと急がせた。彼がレジに立つと特に女性客は甘くとろんとした表情で帰っていく。やりきれない気持ちと、なにか胸の中に突っかかって心がずんと落ちる音がした。


床に目を落とすと、単に補充しようとしていたお茶が手から落ちただけだった。


彼が何者なのかは一途は知らない。

だが、遥はなにか知っているようだった。その微妙なやりとりに彼はまたもわけのわからない感情があふれ出す。

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