30:すでに出会っていた二人
一周年記念に再び、鷹野仁と会うことになった遥。
前回あったときは素顔を見られなかったが今回はそうならず二人は出会った。
そこで出会ったのはまさかの相手だった。
Vtuberとして配信を初めて2年がたった。
高校2年の時、顔を出さずにゲーム実況を趣味であげたのがきっかけでUtubeを本格的に初めて、いろんな人に声をかけまくってなんとか『ガワ』を手に入れ、ジンさんと同じ土俵に立てた。
そして、【神野エル】としての2年間は濃いものだ。特に一番のファンであった一途に、オレがエルちゃんだってばれてしまった時が一番狂いそうになった。やめようと覚悟を決めたこともあった。でも、一途やジンさんがいたからオレはここまでこれた。
『配信お疲れ! これからもがんばってくれ!!』
親友の熱いメッセージが胸にじんとこみあげてくる。一途のライン画面にフッと微笑んでいるとSNSのDMの通知が届いてきた。こんな夜更けに誰だろう?
神野エル公式アカウントとして運営してるSNSのDMを覗いてみるとジンさんからだった。
『オフで飲みに行こうよ。2周年祝いで』
突然の誘いだった。前にジンさんがどんな人なのか知りたいがために誘った時以来かもしれない。顔はグラサンしててわからなかったけど、今度はしっかり顔が見れるといいな......。
『いいですよ! もちろん、ジンさんのおごりで』
『ハハハ、もちろんだよ。ハルちゃん』
やった......。でも、まだ未成年だし、お酒とか飲めないじゃん。でも、成人したら真っ先に仁さんと飲みに行きたいな......。一途とも飲みに行きたいし、ついでに押崎さんもだな。
『あっ、でもお酒は飲めないですよ。まだハタチなってないですし』
『あ、そうだったね。じゃあ、またシャンジェリアで』
自分の中で何かが跳ね上がった。また仁さんと会える。そう思っただけで袖を通す腕も早まる。すぐに家を出て星空があがる寒空の中自転車を走らせる。仁さんも仕事でこのあたりに来ているらしいから前よりもスムーズに集合できる。
大学にもっとも近い駅の向かいのシャンゼリア。その明かりに照らされてスマホを眺めてすらりを待つ青年。彼はそこにいた。
「やぁ......。運命的だね、ハルちゃん」
この間のようにマスクをつけているけど、目元は見える。鷹野 仁の瞳は優しくオレを見つめる。話し始めた途端、口元をはずしていた。その瞬間気づいた。彼が一体何者なのかを......。
「あんた......。コミケの時に会った不思議な人!」
「覚えててくれて嬉しいよ。あの時は変な誤解を生んで出会いは散々だったけどきっと僕たちは仲良くなれるよ」
前と同じようにやや強引にオレの背中を押してシャンゼリアの中に入る。彼の声色は何度も聞いてきたはずなのにいつもよりよそよそしく、別人と話してるように感じる。
「あの、コミケの時も言ってましたけど、『運命の出会い』ってなんなんすか?」
対面する仁さんに語り掛けるも、彼は鼻歌まじりでメニュー表を見つめて返事を返さない。あげくには自分の勝手なタイミングで店員を呼びつける。オレはまだ決まってないのに。
「すみません、マルゲリータ1枚とカルボナーラ一つ。後、赤一つ。ハルちゃんは?」
なにを食べるかも決めてないのに理不尽にもオレにふる。オレは少しいら立たせながらもパスタを注文するしかなかった。
「......。ジェノベーゼで」
「いいね! バジルソースはおいしいからね。でも、いつもナポリタンのイメージなのに珍しいねハルちゃん」
「......」
コミケの時、一途に止められなかったら一体どこに連れ去られていたのだろうと考えただけで彼の顔を見るたび、鳥肌が立ってくる。
「うーん。いつも通りに接してほしいって言ってもあまり聞いてくれなさそうだね」
「あのとき......どこに持ち去ろうとしたんですか?」
「さすがにそんな趣味はないよ。入口に設置されてた案内所でアナウンスしてもらおうと思っただけだよ」
「それなら、良いんですけど......」
微妙な空気が流れゆく中、マルゲリータと先にオレの頼んだバジルソースのスパゲッティ、ジェノベーゼが届いた。
「食べよっか。お腹すいたでしょ」
そういって仁さんはすでに切られたピザを口に運ぶ。イケメンと呼ぶには少し疲れと憂いを帯びたような顔が一気に少年のように輝きだしてチーズを引き延ばす。オレはジェノベーゼをフォークでくるくると回しながら無心で眺める。彼は視線に気づくといたずらに笑いかけた。
「ほしいなら勝手に食べてよ。ピザ一枚なんて30手前のおじさんには胃が重たいんだから」
年上だとは聞いていたけど、そこまで年齢が上だとは思わなかった。彼の対する理想というメッキがはがされ、鷹野仁という普通の男が現れてくる。
「いただきます。というか、おじさんだなんて言わないでくださいよ。それでもみんなのアイドルなんですから」
ジェノベーゼがいつも食べてるよりすこししょっぱい。そして、胃に流れた途端胃もたれとは違う胃の底に落ちる重みが心に流れてきた。
「アイドルか......。いまでも僕のことはアイドルだと思うかい?」
「それは、そうですよ。だって、オレの憧れなんですから。たとえ出会いがどうであれ恩人であり、憧れであることは変わらないです」
フォークをおいて下を向く。仁さんの配信がここ最近少ないのも心配していたが、なんとなく彼は迷っているんだと悟った。
「そうか......。それなら嬉しいよ。今後も配信を続けられそうだ。また、コラボしようねお姫様」
思わず声を出しそうになったが顔をあげただけに踏みとどめておいた。彼は料理に目を向けて粉チーズとポーチドエッグの乗った豪華なカルボナーラをぐちゃぐちゃにかき混ぜてフォークですする。オレは首を縦に振るふりをして受け入れ切れない思いをフォークにのせて緑色したジェノベーゼを口に運んだ。
あっという間に時間は過ぎ去り、仁さんとオレは料理を平らげ、それぞれの道に戻っていった。これからも仁さんとは会うことになるだろう。そう考えていると彼の合点のいかない不思議な行動が脳裏によぎって離れないでいた。
俺たちに加え、仁さんがやってくる。
彼は何のために遥に近づくのか?